説明

結晶性ドセタキセル三水和物の製造方法

【課題】 無水結晶性ドセタキセルを水に懸濁後、ろ過し乾燥して結晶性ドセタキセル三水和物を得る方法の提供。
【解決手段】
無水結晶性ドセタキセルを、1〜100体積当量、好ましくはギ酸、酢酸等の有機酸の存在下で10〜50体積当量の水に懸濁し、得られた結晶をろ過し、室温〜60℃、1〜300mmHgの条件下で乾燥することにより、医薬原体として使用できる品質の結晶性ドセタキセル三水和物を得る。従来の方法に比べて結晶化に使用した溶媒を除去しつつ水和水を残す必要がないため、乾燥工程の管理を極めて容易にすることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶性ドセタキセル三水和物を製造するための新規な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドセタキセル〔4−アセトキシー2α―ベンゾイルオキシー5β,20−エポキシ1,7β,10β−トリヒドロキシー9−オキソータキセー11−エンー13α―イル(2R,3S)−3−tert−ブトキシカルボニルアミノー2−ヒドロキシー3−フェニルプロピオネート〕三水和物はC4353NO14・3H2Oの分子式、861.9の分子量を持つタキソイド系の抗腫瘍剤であり、セイヨウイチイから抽出された10−デアセチルバッカチンIIIを原料とした化学合成により製造され供給されている。日本では、ドセタキセル三水和物はタキソテール(商標)注の名称で20mg(0.5ml)または80mg(2ml)注射剤として市販されている。水和物結晶は無水結晶性ドセタキセルに対しその溶解性の面で有利な形態であり、これらの製剤の原薬として供給されており工業的に重要である。
【0003】
ドセタキセル三水和物は水とC1−3の脂肪族アルコールより結晶化し、得られた結晶を38〜40℃、4〜7kPaの圧力下、相対湿度80%の雰囲気下で乾燥することで調製できることを開示している(特許文献1および非特許文献1参照)。
【0004】
一方、粗タキソテールを結晶化工程に付し、無水物の結晶性ドセタキセルを取得する方法についても数多く報告されている。
例えば、粗タキソテールをアルカン、クロロアルカンからなる選択された溶媒と混合し結晶化する(特許文献2参照)。
粗タキソテールをアルキルケトンに溶解しアルカンを加え結晶化する(特許文献2参照)。
粗タキソテールをジクロロメタンとヘキサンからからなる選択された溶媒と混合し結晶化する(特許文献3参照)。
粗タキソテールをアセトンに溶解しヘキサンを加え結晶化する(特許文献3参照)。
粗タキソテールをメチルイソブチルケトン及び有機溶媒(C5−8のアルカン)の混合物から結晶化する(特許文献6参照)。
粗タキソテールをアセトン及び酢酸エチル、アセトン及びt−ブタノール、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、t−ブタノール、エタノール及びそれらの混合物からなる群から選択された有機溶媒及び有機溶媒(C5−8のアルカン)の混合物から結晶化する(特許文献6参照)。
粗タキソテールをハロアルカン、ケトンから少なくとも一つの溶媒に溶解し非極性溶媒(アルカン、シクロアルカン、ジイソプロピルエーテルより低極性の溶媒から少なくとも一つ)を加えろ過する(特許文献7参照)。但し、この場合はアモルファスが得られるとされている。
粗タキソテールをケトンに溶解しアンチソルベント(エーテル、ハイドロカーボン)を加え結晶化する(特許文献8参照)。
粗タキソテールをテトラヒドロフランに溶解しトルエンを加え結晶化する(特許文献8参照)。
粗タキソテールをハロハイドロカーボンに溶解しアンチソルベント(C5−8の直鎖・分岐アルカン)を加え結晶化する(特許文献9参照)。これらの方法等で、結晶性ドセタキセルを調製できることが開示されている。
【0005】
また結晶性ドセタキセル三水和物を取得する方法についても数多く報告されている。
例えば、粗タキソテールをアセトニトリルに溶解し水を加え結晶化する(特許文献3、8、9参照)。
粗タキソテールをアセトンに溶解し水を加え結晶化する(特許文献4参照)。
粗タキソテールを化学的に不活性な溶媒(有機酸、エーテル、極性アプロティック溶媒、ハロゲン化溶媒、芳香族溶媒など)に溶解し水、水−共溶媒混合物を加え結晶化する(特許文献5参照)。
粗タキソテールを有機溶媒(メタノール、エタノール、プロパノール、アセトン、アセトニトリルの内から少なくとも一つ)に溶解し、水または緩衝液を添加し結晶化する(特許文献7参照)。これらの方法等で結晶性ドセタキセル三水和物を調製できることが開示されている。
【0006】
前述したように結晶化法については数多くの報告がされている。しかし、結晶性ドセタキセル三水和物はその何れもが粗ドセタキセルを有機溶媒系での結晶化後、またはそのまま有機溶媒と水で結晶化する方法で調製されている。一方、結晶性ドセタキセル三水和物は原薬であるので、その残留溶媒は品質規格により厳しく制限されおり、結晶化に使用した溶媒を除去しつつ水和水を残すために厳密な乾燥条件の制御によって、残留溶媒の基準をクリアした結晶性ドセタキセル三水和物が調製されている。
【0007】
【特許文献1】特許第3753155号公報
【特許文献2】米国特許第6881852号明細書
【特許文献3】米国特許第6838569号明細書
【特許文献4】米国特許第7332617号明細書
【特許文献5】国際公開第2005/061474号パンフレット
【特許文献6】特開2008−523111号公報
【特許文献7】国際公開第2007/078050号パンフレット
【特許文献8】国際公開第2007/109654号パンフレット
【特許文献9】国際公開第2008/051465号パンフレット
【非特許文献1】J.Phys.IV.France11,Pr10,221−226(2001)
【0008】
上記特許文献1〜9および非特許文献1の全記載は、ここに特に開示として援用される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の結晶性ドセタキセル三水和物はその何れもが粗ドセタキセルを有機溶媒系での結晶化後、またはそのまま有機溶媒と水で結晶化する方法で調製されている。しかし、結晶化に使用した溶媒を除去しつつ水和水を残すために、温度、湿度、減圧度、時間などの条件を厳密に制御する必要があり、そのような厳密な乾燥条件の制御なしには目的物が調製できないという問題があった。さらにこれらの結晶化法を今回追試したところ、結晶性ドセタキセル三水和物を有機溶媒と水で結晶化する調製法では、ほとんどドセタキセルの精製効果がなく、実質的に精製効果があるのは有機溶媒系での結晶化工程であることが確認された。従って、このように煩雑な工程や厳密な乾燥条件の制御を回避し、容易に結晶性ドセタキセル三水和物を取得できる工業プロセスの開発が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を進めていたところ、無水結晶性ドセタキセルを水に懸濁するのみで結晶性ドセタキセル三水和物を容易に得ることができることを見出した。すなわち、本発明は、以下の[1]〜[3]である。
[1] 無水結晶性ドセタキセルを水に懸濁した後、ろ過、乾燥することを特徴とする結晶性ドセタキセル三水和物の製造方法
[2] 有機酸の存在下で懸濁する[1]に記載の製造方法。
[3] 無水結晶性ドセタキセル1gに対し、1〜100mlの水で懸濁する[1]または[2]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば原薬の最終工程で有機溶媒を全く使用せず結晶性ドセタキセル三水和物を得ることができるため、最終品への残留溶媒の影響が小さい。また従来の方法に比べて結晶化に使用した溶媒を除去しつつ水和水を残す必要がないため、乾燥工程の管理を極めて容易にすることが可能である。また原料として使用する無水結晶性ドセタキセルは公知の方法やそれ以外の有機溶媒系での結晶化により十分に精製して使用することができ、無水結晶性ドセタキセルの乾燥はその化合物に影響を与えない程度の条件下であれば特に厳密な制御をせずに使用した溶媒が適当に除去できるまで行うことができる。
【0012】
また無水または三水和物のドセタキセルには結晶多形の存在が開示されているが、XRPD(粉末X線結晶回折)などにより特徴付けられる結晶形は水溶液におけるそれらの溶解性、物質自体の安定性に影響を与える重要な物性であることは周知の事実である。本法で得られる結晶性ドセタキセル三水和物のXRPDパターンは、公知の方法で調製された結晶性ドセタキセル三水和物のものと完全に一致することが確認された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
無水結晶性ドセタキセルを水に懸濁した後、ろ過、乾燥することを特徴とする結晶性ドセタキセル三水和物の製造方法である。
【0014】
本発明で使用される原料の無水結晶性ドセタキセルは特許、文献などに開示されている公知の方法により調製することができる。また公知の方法以外に、本発明で使用される無水結晶性ドセタキセルは粗ドセタキセルを0℃〜70℃好ましくは室温〜40℃で、粗ドセタキセル1gに対し、1〜20ml、好ましくは3〜10mlのテトラヒドロフランに溶解し、そこへイソプロピルエーテルを、テトラヒドロフランとの比が1/1〜1/50(v/v)、好ましくは1/2〜1/20(v/v)になるように滴下して、晶析、ろ取することによっても調製することができる。
【0015】
得られた無水結晶性ドセタキセルを、無水結晶性ドセタキセル1gに対し、1〜100ml、好ましくは10〜50mlの水に懸濁し、結晶をろ過、乾燥することで結晶性ドセタキセル三水和物を得ることができる。水への懸濁は、0.5〜24時間、好ましくは0.5〜3時間で行うことができ、温度は0〜100℃、好ましくは0℃〜室温、より好ましくは0〜10℃で行うことができる。また水への懸濁は有機酸の存在下であってもよい。有機酸としては化合物に影響を与えないものであればよく、例えばギ酸、酢酸またはアスコルビン酸、好ましくは酢酸を使用することができ、その濃度は0.01〜5%、好ましくは0.1〜1%で行うことができる。乾燥は化合物に影響を与えず、水和水が失われない条件下あればよく、例えば室温〜60℃、1〜300mmHg、好ましくは室温、10〜100mmHgで行うことができる。また乾燥を水を通過させた空気、窒素などの気流下で行うこともできる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明を実施例により説明する。但し、本発明は、以下の態様に限定されるものではない。また後述する例1〜7で得られた結晶は以下の条件でそれぞれ分析を行った。
【0017】
TG
装置;Rigaku Thermo plus TG8120
昇温速度;10℃/min,窒素,常圧下
【0018】
XRPD(粉末X線結晶回折)
装置;JEOL JDX−8030
線源;CuKα
【0019】
HPLC
装置;Hewlett Packard 1100 HPLC
カラム;ZORBAX Eclipse XDB−C18
4.6mmI.D.x150mm,5μm
カラム温度;35℃
移動相;(A)アセトニトリル/(B)水 グラジェント
(A)35−75%(0−15min),100%(15−17min),
35%(17−23min)
流速;1ml/min
検出;UV232nm
注入量;10μL
【0020】
例1(参考例)
粗ドセタキセル201.5mgをテトラヒドロフラン1.0mlに懸濁した。その懸濁液を40℃まで加熱して溶液とし、ここへイソプロピルエーテル3.0mlを滴下(0.1ml/min)したところ結晶が生成した。混合液を徐々に10℃まで冷却し1.5時間撹拌した。結晶をろ過しイソプロピルエーテル5.0mlで洗浄した後、1.9mmHg、室温で5時間乾燥したところ190.0mg(収率94%,HPLC純度;99.52%,TG;−0.6%)の無水結晶性ドセタキセルを得た。得られた無水結晶性ドセタキセルのXRPDパターンを図1に示す。
【0021】
例2(実施例)
例1で得られた無水結晶性ドセタキセル90.7mgを精製水2.7mlに懸濁した。その懸濁液を10℃で1時間撹拌後結晶をろ取し精製水5.0mlで洗浄した後、10mmHg、室温で1時間乾燥したところ91.0mg(quant.,HPLC純度;99.55%,TG;−5.2%)のドセタキセル三水和物結晶を得た。得られたドセタキセル三水和物結晶のXRPDパターンを図2に示す。
【0022】
例3(実施例)
例1で得られた無水結晶性ドセタキセル75.9mgを0.5%酢酸水2.3mlに懸濁した。その懸濁液を10℃で1時間撹拌後、結晶をろ取し精製水5.0mlで洗浄した後、10mmHg、室温で1時間乾燥したところ76.2mgの(quant.,HPLC純度;99.62%,TG;−5.2%)のドセタキセル三水和物結晶を得た。得られたドセタキセル三水和物結晶のXRPDパターンを図3に示す。
【0023】
例4(参考例)
粗ドセタキセル100.2mg(HPLC純度;99.53%)をエタノール1.0mlに懸濁した。その懸濁液を40℃まで加熱して溶液とし、ここへ精製水2.0mlを滴下(0.1ml/min)したところ結晶が生成した。混合液を徐々に10℃まで冷却し1.0時間撹拌した。結晶をろ過しエタノール/精製水(1/2)(v/v)5.0mlで洗浄した後、14mmHg、室温で1時間乾燥したところ99.3mg(収率99%,HPLC純度;99.52%)の結晶性ドセタキセル三水和物を得た。
【0024】
例5(参考例)
粗ドセタキセル100.0mg(HPLC純度;99.53%)を例4に準じた方法でアセトンおよび精製水を用いて結晶化し、94.9mg(収率95%,HPLC純度;99.46%)の結晶性ドセタキセル三水和物を得た。
【0025】
例6(参考例)
粗ドセタキセル100.0mg(HPLC純度;99.53%)を例4に準じた方法でアセトニトリルおよび精製水を用いて結晶化し、90.2mg(収率90%,HPLC純度;99.54%)の結晶性ドセタキセル三水和物を得た。
【0026】
例7(参考例)
粗ドセタキセル100.1mg(HPLC純度;99.53%)を例4に準じた方法でジメチルスルホキシドおよび精製水を用いて結晶化し、104.2mg(quant.,HPLC純度;99.49%)の結晶性ドセタキセル三水和物を得た。
【0027】
例4〜7で得られたドセタキセル三水和物結晶のXRPDパターンを図4に示す。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】例1で得られた無水結晶性ドセタキセルのXRPDパターンを示す図である。
【図2】例2で得られたドセタキセル三水和物結晶のXRPDパターンを示す図である。
【図3】例3で得られたドセタキセル三水和物結晶のXRPDパターンを示す図である。
【図4】例4〜7で得られたドセタキセル三水和物結晶のXRPDパターンを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無水結晶性ドセタキセルを水に懸濁した後、ろ過、乾燥することを特徴とする結晶性ドセタキセル三水和物の製造方法。
【請求項2】
有機酸の存在下で懸濁する請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
無水結晶性ドセタキセル1gに対し、1〜100mlの水で懸濁する請求項1または2に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−138084(P2010−138084A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−313883(P2008−313883)
【出願日】平成20年12月10日(2008.12.10)
【出願人】(000001915)メルシャン株式会社 (48)
【Fターム(参考)】