説明

絶縁組成物および電線・ケーブル

【課題】電気特性を低下させることなく、耐水トリー性を向上させることのできる絶縁組成物および電線・ケーブルを提供する。
【解決手段】ケーブル1は、導体2を中心にして、その外側に、内部導電層3、絶縁体4、外部半導電層5、遮蔽層6及びシース7が順次形成されており、絶縁体4は、非導電性で平均粒径がナノサイズの無機充填剤をポリオレフィン樹脂中に分散させた絶縁組成物を用いて構成されている。ポリオレフィン樹脂として低密度ポリエチレン(LDPE)を用い、無機充填剤としてナノサイズのMgOを用いている。ナノサイズのMgOを添加することで、湿潤雰囲気下でケーブルを使用した場合でも水トリー発生数を抑止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリオレフィン樹脂中に無機充填剤が分散された絶縁組成物、及びこの絶縁組成物を被覆材に用いた電線・ケーブルに関し、特に、電気特性を低下させることなく、耐水トリー性を向上させた絶縁組成物および電線・ケーブルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、電線・ケーブルを湿潤雰囲気下で用いた場合、絶縁体中に水トリーを発生することが知られている。絶縁体中に水分が浸入した状態で絶縁体の外部から電界が加えられると、絶縁体中の水分が高電界部に向かって移動する(これを誘電泳動という)。水トリーは、絶縁体中に進入した水分がこの誘電泳動によって、絶縁体中の異物、ボイド、突起などの高電界部に移動集中することにより発生する。水トリーが発生すると、数10年間と長期間に亘って使用される電線・ケーブルの絶縁性能が次第に低下することになり、水トリーを抑止する対策は重要であり、従来より種々の方法が検討されてきた。
【0003】
その1つに絶縁体に添加剤を加えて水トリーの発生を抑止する方法があり、EVA(エチレン酢酸ビニル共重合体)をポリエチレン等のポリオレフィン樹脂に添加する方法が知られている(例えば、特許文献1,2参照。)。
【0004】
また、絶縁体中にカーボンブラックを添加する方法(例えば、特許文献3参照。)や、ポリエチレン等のポリオレフィン樹脂中に、酸化マグネシウム(MgO)を含有させる方法が知られている(例えば、特許文献4参照。)。
【特許文献1】特開平5−89725号公報
【特許文献2】特開平2002−289043号公報
【特許文献3】特開平10−312717号公報
【特許文献4】特開平5−250919号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1,2に記載された方法は、ポリエチレン(PE)中に点在したEVAが海島構造のように分散し、そのEVAに水分が捕獲されることで水トリー発生を抑止できるという反面、EVAの添加は体積抵抗率等の電気特性の低下を招くことから、EVA添加量の上限に制約が生じて満足できる耐水トリー性が得られなかった。
【0006】
また、特許文献3に記載された方法は、PE中に添加剤としてカーボンブラックを配合するわけであるが、カーボンブラックの添加量を増すにつれて絶縁体中にカーボン粒子の凝集物が生成され、この凝集成分が絶縁性能に影響を及ぼすという問題から、カーボンブラックの添加量が制限され十分な耐水トリー性が得られなかった。
【0007】
さらに、特許文献4は絶縁体の体積抵抗率の改善を目的としてMgOの添加量について種々検討を重ねているが、MgOによって絶縁体の体積抵抗率が上がり絶縁抵抗等の電気特性は向上しているものの、耐水トリー性の特性については何ら検討がなされていない。
これは、添加したMgOの平均粒径が大きいことから耐水トリー性を向上させるほどの効果を見出すことができなかったからであると思われる。
【0008】
従って、本発明の目的は、電気特性を低下させることなく、耐水トリー性を向上させることのできる絶縁組成物および電線・ケーブルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の発明は、上記目的を達成するため、ポリオレフィン樹脂中に無機充填剤が分散された絶縁組成物であって、前記無機充填剤の平均粒径が直径500nm以下であることを特徴とする絶縁組成物を提供する。
【0010】
第2の発明は、上記目的を達成するため、上記絶縁組成物を、導体を絶縁する絶縁体として形成したことを特徴とする電線・ケーブルを提供する。
【発明の効果】
【0011】
第1の発明に係る絶縁組成物によれば、平均粒径が直径500nm以下のナノサイズの無機充填剤がポリオレフィン樹脂中に分散されていることにより、無機充填剤は、その吸水効果によって絶縁組成物内の水分の移動を抑止するので、水トリーの発生を抑止することができる。
【0012】
第2の発明に係る電線・ケーブルによれば、絶縁組成物内の水分の移動を抑止し、水トリーの発生を抑止する絶縁組成物を絶縁体として形成したことにより、湿潤雰囲気下でケーブルを使用しても水トリーの発生数を抑止することができる。従って、絶縁破壊特性、絶縁抵抗等の電気特性を低下させることなく、耐水トリー性を向上させることのできる絶縁組成物および電線・ケーブルを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(ケーブルの構成)
図1は、本発明の実施の形態に係るケーブルの構成を示す。このケーブル1は、中心に略真円断面形状の導体2を有し、この導体2の外周に、内部半導電層3、絶縁体4、外部半導電層5、遮蔽層6及びシース7を順次被覆して構成されている。
【0014】
(絶縁体の構成)
絶縁体4は、非導電性で平均粒径が直径500nm以下であるナノサイズの無機充填剤をポリオレフィン樹脂に分散させた絶縁組成物を用いて構成されている。
【0015】
ポリオレフィン樹脂として、低密度ポリエチレン(LDPE)を用いることができる。このポリオレフィン樹脂は、LDPEのほかに、高密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、超低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン等であってもよく、また、これらを架橋したものであってもよい。
【0016】
また、無機充填剤は、ポリオレフィン樹脂100重量部に対して1重量部以上を分散させている。そして、無機充填剤は、平均粒径が500nm以下の酸化マグネシウム(MgO)であり、高い耐水トリー性が得られるように、LDPE中に均一に分散させている。なお、無機充填剤は、MgOのほかに、酸化チタン、炭酸カルシウム、水酸化マグネシウム、シリカ等であってもよい。
【0017】
無機充填剤をポリオレフィン樹脂に分散させる方法としては、二軸押出機を用いた方法があり、ポリオレフィン樹脂と無機充填剤を混練するものである。この混練方法は、無機充填剤の平均粒径が直径500nm以下になるように制御可能であれば、上記方法に限定されるものではない。他の方法として、例えば、二軸押出機とロール機を併用し、高濃度に無機充填剤を添加したポリオレフィン樹脂の材料をロール機によって低濃度に希釈する方法がある。
【0018】
また、無機充填剤は、ビニルシランによる表面処理を施した後、ジェット粉砕による粉砕処理を施している。
【0019】
(実施の形態の効果)
本実施の形態によれば、下記の効果を奏する。
(イ)絶縁体4は、ポリオレフィン樹脂中に平均粒径が500nm以下の無機充填剤を分散させた構成にしたため、無機充填剤の吸水効果により、ポリオレフィン樹脂内の水分の移動を抑止でき、絶縁破壊特性や絶縁抵抗等の電気特性に影響を与えることなく、ケーブル1の水トリー抑止効果を高めることができる。
(ロ)ポリオレフィン樹脂中にナノサイズの無機充填剤を均一に分散させた絶縁体4は、より高い耐水トリー性を得ることができる。無機充填剤は粒径が小さくなるほどポリオレフィン樹脂中に分散した無機充填剤の粒子間距離が短くなり、水分の捕獲確率が高くなる。すなわち、粒径が小さく、かつ粒子間距離が短いほど、ケーブル1の水トリー抑止効果を高めることができる。
(ハ)また、同一粒径の無機充填剤であれば、ポリオレフィン樹脂100重量部に対して、1重量部以上を分散させることにより、ポリオレフィン樹脂中における無機充填剤の粒子間距離が短くなり、水分の捕獲確率が高くなるため、水トリー抑止効果を高めることができる。
(ニ)無機充填剤は、ビニルシランによる表面処理及びジェット粉砕による粉砕処理を施すことによって、ポリオレフィン樹脂中における再凝集を防止することができ、より均一な分散状態を得ることができる。
【実施例1】
【0020】
次に、本発明の実施例1、2、3について説明する。
試料として、図1に示した構成のケーブル1を以下の要領で作製した。導体2として、断面積が100mmの銅を主成分とする導体の外周上に、内部半導電層3を厚さ0.7mmとなるように押出し成形した。次に、内部半導電層3の外周上に表1に示す絶縁組成物を絶縁体4として厚さ3mmとなるように押出し成形し、更に、絶縁体4外周上に外部半導電層5を厚さ1mm、遮蔽層6及びシース7を各々厚さ3mmとなるように順次押出し成形して、ケーブル1を作製した。
【0021】
【表1】

【0022】
(実施例の詳細)
表1は、MgOの平均粒径を一定にし、その添加量を変化させた場合を示し、図1の絶縁体4として、低密度ポリエチレン(LDPE)によるベースポリエチレンに対して、平均粒径50nmのナノサイズのMgO(以下、ナノサイズMgOという。)を1phr添加した絶縁組成物によるケーブル1を実施例1、同様に5phr添加したケーブル1を実施例2、同様に10phr添加したケーブル1を実施例3として、水トリー発生を評価した。
【0023】
(比較例の詳細)
また、MgOを添加しないLDPEを絶縁体4としたケーブル1を比較例1とした。更に、平均粒径が1μmのマイクロサイズのMgO(以下、マイクロサイズMgOという。)を10phr添加した絶縁組成物を絶縁体4に用いたケーブル1を比較例2とした。
【0024】
(水トリー発生の評価)
水トリー発生については、次のようにして評価した。ケーブル1のシース7の一部を剥ぎ取り、ケーブル1を常温水中に入れ、外部半導電層5が水に直接触れる状態とし、500Hz、4.5kVの交流高電圧を導体2と遮蔽層6の間に印加した。課電開始から90日経過した時点で課電を停止し、絶縁体4を1mmの厚さでスパイラル状にスライスし、これを水トリー観察サンプルとした。このスライスしたサンプルを所定のサイズのスパイラル片にし、その20枚をメチレンブルー水溶液で染色し、絶縁体4中に発生しているボウタイトリー(BTT)の大きさと発生個数を光学顕微鏡で調査した。BTTの発生個数は、体積当たりの累積発生個数で評価し、大きさ150μm以下のBTT累積発生個数、大きさ300μm以下のBTT累積発生個数をそれぞれカウントして評価し、表1に示す結果を得た。
【0025】
(体積抵抗率の評価)
また、体積抵抗率は、次のようにして評価した。ケーブル1の遮蔽層6を接地し、導体2と遮蔽層6との間に直流電圧240kV(電界にして80kV/mm)を印加し、遮蔽層6と接地間に流れる体積漏れ電流を測定し、体積抵抗率を求めて評価した。体積漏れ電流の測定は、ケーブル1を90℃に加熱した状態で実施した。
【0026】
(絶縁破壊強度の評価)
更に、絶縁破壊強度は、次のようにして評価した。ケーブル1の遮蔽層6を接地し、導体2に60kVの交流高電圧を印加し、60kVから10分毎に3kV昇圧し、ケーブル1が絶縁破壊する電圧を測定し評価した。このときのケーブル温度は常温とした。
【0027】
(実施例1〜3の評価)
表1から以下のことが分かる。まず、LDPEからなる絶縁体4中にナノサイズMgOを添加した実施例1〜3は、MgOを添加しない比較例1に比べ絶縁体4中のBTTの発生個数が大幅に少ない。更に、実施例2及び3のように、ナノサイズMgOの添加量を増やすことにより、BTTの発生個数が更に少なくなっている。一方、マイクロサイズMgOを添加した比較例2は、実施例1〜3と比較してBTTの抑止効果が小さい。
【0028】
体積抵抗率は、実施例1〜3では、ナノサイズMgOの添加により向上し、しかも添加量を増やすことにより更に改善できている。絶縁破壊強度は、各実施例と各比較例は同等の値若しくは同程度の値であった。なお、比較例2は、比較例1よりも体積抵抗率は向上したが、絶縁破壊強度は比較例1に比べて低下し悪くなっている。
【0029】
以上の結果から、実施例1〜3は、ナノサイズMgOの添加によってBTT抑止効果が得られ、しかも他の電気特性には影響を及ぼさないことが分かる。一方、マイクロサイズMgOを添加した比較例2は、充分なBTT抑止効果が得られず、しかも絶縁破壊強度が低下することが分かる。
【0030】
(実施例4、5)
次に、本発明の実施例4、5について説明する。
図1に示したケーブル1において、絶縁体4として、LDPEに平均粒径200nmのナノサイズMgOを10phr添加した絶縁組成物を用いてケーブル1を作製し、これを実施例4とした。同様に、平均粒径500nmのナノサイズMgOを10phr添加した絶縁組成物を適用したケーブル1を実施例5とした。これらのサンプルのBTT累積発生個数の評価結果が表2である。なお、比較例としては、上記実施例1で実施し表1に示した比較例2である。また、評価方法は、実施例1と同じ方法により行った。
【0031】
【表2】

【0032】
表2は、MgOの添加量を一定にし、その平均粒径を変化させた場合を示す。
【0033】
(実施例4,5の評価)
表2から明らかなように、実施例4,5は、MgOの平均粒径を実施例1〜3の4倍及び10倍以上にしているが、この場合においても、比較例2に比べて絶縁体4中のBTTの発生個数が大幅に少ない良好な結果が得られている。
【0034】
(総合評価)
表1及び表2の結果から、MgO添加量が同じであれば、MgOの添加によるBTT発生抑止効果は、MgOの平均粒径が小さいほど、より大きな効果が得られることが分かる。また、MgOの平均粒径が500nm以下であれば、比較例1のMgO無添加の場合に比べて体積抵抗率は向上しており、絶縁破壊強度は低下しないことが分かる。即ち、無機充填剤の粒径がナノサイズと小さくなるほどLDPE中に分散した無機充填剤の水分の捕獲確率が向上し、更に、粒子間距離が近いほど、ケーブルに対する水トリー抑止効果を高めることができる。
【0035】
[他の実施の形態]
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されず、その要旨を変更しない範囲内で種々な変形が可能である。例えば、ケーブル1にシース7を設けていない導体が絶縁体で被覆された電線であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施の形態に係るケーブルの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0037】
1 ケーブル
2 導体
3 内部半導電層
4 絶縁体
5 外部半導電層
6 遮蔽層
7 シース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリオレフィン樹脂中に無機充填剤が分散された絶縁組成物であって、
前記無機充填剤の平均粒径が直径500nm以下であることを特徴とする絶縁組成物。
【請求項2】
前記ポリオレフィン樹脂は、架橋されたものであることを特徴とする請求項1に記載の絶縁組成物。
【請求項3】
前記ポリオレフィン樹脂は、低密度ポリエチレンであることを特徴とする請求項1または2に記載の絶縁組成物。
【請求項4】
前記無機充填剤は、表面処理及び粉砕処理が施されたものであることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の絶縁組成物。
【請求項5】
前記表面処理は、ビニルシランを表面処理剤として用いることを特徴とする請求項4に記載の絶縁組成物。
【請求項6】
前記粉砕処理は、ジェット粉砕により行われることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の絶縁組成物。
【請求項7】
前記無機充填剤は、酸化マグネシウムであることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の絶縁組成物。
【請求項8】
前記無機充填剤は、ポリオレフィン樹脂100重量部に対して、1重量部以上を分散させたことを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の絶縁組成物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の絶縁組成物を、導体を絶縁する絶縁体として形成したことを特徴とする電線・ケーブル。

【図1】
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【公開番号】特開2007−103247(P2007−103247A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−293932(P2005−293932)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(501304803)株式会社ジェイ・パワーシステムズ (89)
【Fターム(参考)】