説明

網膜電位測定装置

【課題】眼球非接触型の電極を使用する網膜電位の測定において、ノイズ信号を低減して精度良く網膜電位を測定することの出来る網膜電位測定装置を提供すること。
【解決手段】被検者の左右の被検眼の一方に光刺激を与えて生じる網膜電位の変動を、対応する眼球非接触型の電極により検出すると同時に、光刺激されていない他方の被検眼の電位を、対応する眼球非接触型の電極により検出せしめて、それら同時に検出される二つの電位検出信号の差分を求めて、網膜電位記録信号として取り出し、それに基づいて、光刺激が与えられた一方の被検眼の網膜電位波形を求めて、網膜電位図として記録するように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜電位測定装置に係り、特に、照射光により光刺激が与えられた被検眼に生じる網膜電位の変動を、電極により測定する網膜電位測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、ヒトの眼球、特に網膜には、一定の電位(網膜電位)が存在しており、その電位は、光の刺激によって変化することが知られている。そして、そのような現象は、検査、研究等に広く利用されており、例えば、かかる電位の変動を時間を横軸にして記録したものが、所謂網膜電位図(ERG)であり、この網膜電位図を用いて、網膜或いは視覚の電気生理学的検査が行なわれているのである。
【0003】
ところで、そのような網膜電位図(ERG)を記録するには、従来より、例えば、特開平8−154897号公報や特開平8−140951号公報、特公平3−23047号公報等に示されている如く、被検眼の角膜や結膜に接触するように電極を装着して、網膜に光刺激を与え、角膜や結膜に接触する電極にて検出される電位信号を経時的に記録して、網膜電位の波形を得ることが行なわれている。また、その際の光刺激には、ドーム状の内面を光照射する機構を持つ光源や、発光ダイオードを組み込んだ角膜電極が使用され、被検者の左右両眼を同時に光刺激して、網膜電位を記録することが行なわれている。
【0004】
しかしながら、かかる従来の方法にあっては、被検眼に対して直接に電極を装着せしめるようにしたものであるところから、角膜を傷つける危険性があり、また、角膜に損傷のある患者等、角膜に電極を装着することが出来ない被検者では、網膜電位の測定を行なうことが出来なくなる。更に、感染症患者に使用された電極は、それを滅菌するか、或いは使い捨てることとされているために、測定作業に負担が掛かり、また、測定費用が高価となる等の問題が内在している。
【0005】
一方、被検者の眼の角膜や粘膜に電極を接触させないで、網膜電位を測定する方法として、眼の近傍の皮膚上に電極を貼り付けて、網膜電位を検出するようにした手法も考えられてはいるが、そのような電極によって検出される電位が微弱であるために、ノイズの混入による影響が大きく、得られる網膜電位図が歪められるようになる問題があり、そのために、一般的には採用され難いものであった。
【0006】
すなわち、被検眼の近傍の皮膚上に設けた電極にて検出される網膜電位信号から、網膜電位図を記録する上記の測定方法は、眼に直接に電極を装着しないことから、角膜を傷つけることがなく、感染の危険性がない等の特徴を有しているものではあるが、被検眼の近傍の皮膚から検出される網膜電位は、角膜上から検出される網膜電位と比較して、検出電位が1/5〜1/10程度と極めて小さくなるために、網膜電位波形が確認し難く、そして眼球運動や瞬目に伴ない発生する筋電図等の各種のノイズが混入した場合においては、そのようなノイズ信号の影響を受け易く、正しい網膜電位図を記録することが出来ないという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−154897号公報
【特許文献2】特開平8−140951号公報
【特許文献3】特公平3−23047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、眼球非接触型の電極を使用する網膜電位の測定において、ノイズ信号を低減して精度良く網膜電位を測定することの出来る網膜電位測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そして、本発明は、上記した課題、又は明細書全体の記載や図面から把握される課題を解決するために、以下に列挙せる如き各種の態様において、好適に実施され得るものであるが、また、以下に記載の各態様は、任意の組合せにおいても、採用可能である。なお、本発明の態様乃至は技術的特徴は、以下に記載のものに何等限定されることなく、明細書全体の記載並びに図面に開示の発明思想に基づいて、認識され得るものであることが、理解されるべきである。
【0010】
(1) 光刺激により生じる網膜電位の変動を測定するための装置にして、
被検者の左右の被検眼にそれぞれ対応して、その近傍の皮膚上に別個に配置される二つの電極を有し、それら二つの電極に対応する左右の被検眼の網膜電位をそれぞれ検出するようにした網膜電位検出手段と、
左右の被検眼に対して選択的に光刺激を与えるように構成した光刺激手段と、
該光刺激手段にて光刺激された一方の被検眼に対応する、前記網膜電位検出手段の一方の電極において得られる網膜電位検出信号から、該光刺激手段にて光刺激されない他方の被検眼に対応する、前記網膜電位検出手段の他方の電極において得られる電位検出信号を差し引き、前記光刺激手段にて光刺激された被検眼の網膜電位記録信号として求める演算手段と、
前記光刺激手段により光刺激が与えられる被検眼の一方を選択し、他方の被検眼には光刺激が与えられないように制御する一方、前記演算手段にて得られる網膜電位記録信号に基づいて、前記光刺激が与えられた一方の被検眼の網膜電位波形を求めて、網膜電位図として記録する制御手段と、
を有することを特徴とする網膜電位測定装置。
(2) 前記光刺激手段が左右の被検眼に対して交互に光刺激を与えるものであり、そして前記制御手段が、該左右の被検眼に対する複数回の光刺激によって、該左右の被検眼のそれぞれについて、複数の網膜電位波形を求めて、それらを加算平均することにより、前記網膜電位図を左右の被検眼について得るものであることを特徴とする上記態様(1)に記載の網膜電位測定装置。
(3) 前記制御手段に記録される左右の被検眼についての網膜電位図をそれぞれ表示する表示手段が、更に設けられている上記態様(1)又は(2)に記載の網膜電位測定装置。
(4) 前記網膜電位検出手段の二つの電極が、それぞれ、前記左右の被検眼の下眼瞼の皮膚上に配置される上記態様(1)乃至(3)の何れか一つに記載の網膜電位測定装置。
(5) 前記演算手段にて得られる左右の被検眼についての二つの網膜電位記録信号のうちの一方の極性を反転する極性反転回路が、更に設けられている上記態様(1)乃至(4)の何れか一つに記載の網膜電位測定装置。
(6) 被検者の基準電位を取り出す基準電位検出手段と、前記網膜電位検出手段にて得られる左右の被検眼についての二つの電位検出信号から、それぞれ、該基準電位検出手段にて得られる基準電位信号を差し引いて、それぞれの被検眼の個別電位信号として出力する信号分離手段とが、更に設けられていると共に、
前記演算手段が、該信号分離手段から出力される左右の被検眼の個別電位信号に基づいて、前記光刺激手段にて光刺激された被検眼の網膜電位記録信号として求めるように構成されている上記態様(1)乃至(5)の何れか一つに記載の網膜電位測定装置。
(7) 被検者の基準電位を取り出す基準電位検出手段と、前記網膜電位検出手段にて得られる左右の被検眼についての二つの電位検出信号から、それぞれ、該基準電位検出手段にて得られる基準電位信号を差し引いて、それぞれの被検眼の個別電位信号として出力する信号分離手段とが、更に設けられていると共に、
前記演算手段が前記制御手段に一体的に組み込まれて構成され、該制御手段において、前記信号分離手段から出力された二つの個別電位信号の差分処理が実行されて、前記網膜電位波形が求められる上記態様(1)乃至(6)の何れか一つに記載の網膜電位測定装置。
(8) 前記制御手段が、左右の被検眼のそれぞれの光刺激時において、左眼についての前記個別電位信号に基づく波形を記録するメモリと右眼についての前記個別電位信号に基づく波形を記録するメモリとを、それぞれ有すると共に、それら二つの波形記録メモリにおける記録波形の差分を求めて、前記網膜電位記録信号乃至は前記網膜電位波形を得て、記録するメモリを、前記演算手段として有している上記態様(6)又は(7)に記載の網膜電位測定装置。
(9) 前記制御手段の各メモリに記録された波形をそれぞれ表示する表示部を有する表示手段が、更に設けられている上記態様(8)に記載の網膜電位測定装置。
(10) 前記基準電位検出手段が、左右の被検眼に対して等電位となる被検者の額の中央部に配置される電極にて構成されている上記態様(6)乃至(9)の何れか一つに記載の網膜電位測定装置。
(11) 前記光刺激手段が、左眼に対して光刺激を与えるための左眼用発光制御回路と、右眼に対して光刺激を与えるための右眼用発光制御回路とを有している上記態様(1)乃至(10)の何れか一つに記載の網膜電位測定装置。
【発明の効果】
【0011】
このように、本発明に従う網膜電位測定装置にあっては、被検者の左右の被検眼の一方に光刺激を与えて生じる網膜電位の変動を、対応する眼球非接触型の電極により検出すると同時に、光刺激されていない他方の被検眼の電位を、対応する眼球非接触型の電極により検出せしめて、それら同時に検出される二つの電位検出信号の差分を求めて、網膜電位記録信号として取り出し、それに基づいて、光刺激が与えられた一方の被検眼の網膜電位波形を求めて、網膜電位図として記録するようにしたものであるところから、眼球運動や瞬目に伴ない発生する筋電図等のノイズ信号が効果的に低減乃至は除去され得て、精度良く、目的とする網膜電位図を得ることが出来ることとなったのである。
【0012】
すなわち、本発明においては、眼球運動や瞬目等によるノイズ、交流電源から誘導される交流ノイズ等のノイズ信号が、検出される網膜電位信号に混入しても、左右の被検眼の(網膜)電位が同時に検出され、そしてそれらが差分処理されることによって、その混入したノイズ信号が有利に除去乃至は低減せしめられ得ることとなるのであり、以て、そのようなノイズ信号の影響を極力低減せしめた、より正確な網膜電位図を得ることが出来るのである。
【0013】
しかも、本発明にあっては、眼球非接触型の電極を網膜電位検出手段として用いているところから、これまでは角膜に接触する電極を用いた網膜電位図の測定には困難であった、角膜に障害のある患者や感染症の患者、小児患者等に対して、その網膜電位図の記録を容易に行なうことが出来ることとなり、また、ノイズの混入が少ない網膜電位図の記録を提供することが可能となったのである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に従う網膜電位測定装置の一つの実施形態について、その構成を示す説明図である。
【図2】本発明における光刺激手段を構成する光刺激装置の一例を示す説明図であって、(a)は、その斜視説明図、(b)は、その断面説明図である。
【図3】図2に示される光刺激装置の二つを取り付けてなる眼鏡タイプの光刺激メガネの斜視説明図である。
【図4】本発明における網膜電位検出手段を構成する電極として用いられる眼球非接触型の電極の一例を示す説明図であって、(a)は、その平面図、(b)は、(a)におけるA−A断面説明図、(c)は、その底面説明図である。
【図5】本発明に従う網膜電位測定装置を用いて得られた波形(電位信号)を差分処理して、光刺激された被検眼の網膜電位波形を得る形態を示す説明図である。
【図6】本発明に従う網膜電位測定装置の実施形態の他の一例を示す、図1に対応する説明図である。
【図7】図1に示される実施形態の一つの変形例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の代表的な実施の形態について、図面を参照しつつ、詳細に説明することとする。
【0016】
先ず、図1には、本発明に従う網膜電位測定装置の一例が、概略的に示されている。そこにおいて、被検者の左右の被検眼に対して光照射による光刺激を与えるために、左眼用光刺激装置2Lと右眼用光刺激装置2Rとが、左右それぞれの眼前に配置せしめられ得るようになっている。そして、それら左右の光刺激装置2L,2Rは、それぞれ、左眼発光制御回路4L及び右眼発光制御回路4Rにて、照射光の強さやタイミングが調整されて、適切な刺激光量となるように制御されているのである。即ち、ここでは、制御装置(CPU回路)6から出力される発光制御信号により、左眼発光制御回路4L及び右眼発光制御回路4Rを通じて、左眼用光刺激装置2L及び右眼用光刺激装置2Rが、交互に発光するように、選択的に発光制御せしめられ、被検者の左眼と右眼とを交互に光刺激し得るようになっているのである。
【0017】
また、被検者の左右の被検眼の網膜電位をそれぞれ検出するために、左眼用電極8Lと右眼用電極8Rが、左右の被検眼にそれぞれ対応して、その近傍の皮膚上に、ここでは、それぞれの被検眼の下眼瞼の皮膚上に、別個に配置され得るようになっている。そして、それら二つの電極8L,8Rにて検出して出力される電位検出信号は、それぞれ、差動増幅器10に入力され、そこで、差分処理(減算処理)が施される一方、信号増幅が施された後、A/D変換器12にてデジタル信号に変換されて、制御装置6に入力せしめられるようになっている。
【0018】
さらに、制御装置6においては、上述せるように、左眼発光制御回路4L及び右眼発光制御回路4Rに対して、選択的な発光制御信号が出力されるようになっている一方、A/D変換器12から入力される網膜電位記録信号としての差分信号を、左眼光刺激時においては、左眼波形メモリ14Lに記憶し、そこに蓄積される複数の波形記録を加算平均して、網膜電位波形を求め、左眼網膜電位図として記録するようになっており、また、右眼光刺激時においては、極性反転回路16にて網膜電位記録信号の極性を反転させて、右眼波形メモリ14Rにて記録し、そしてその複数を加算平均することにより、網膜電位波形を求め、右眼網膜電位図として記録するようになっている。
【0019】
そして、かかる制御装置6において得られた左眼の網膜電位図や右眼の網膜電位図は、表示器18において、それぞれ表示せしめられる一方、必要に応じて、それぞれの被検眼の網膜電位図(ERG)として印刷することが出来るようになっているのである。
【0020】
なお、このような本発明に従う構造の網膜電位測定装置において、光刺激装置2L,2Rや電極8L,8Rとしては、何れも、公知の各種のものの中から適宜に選択して用いられ得るところであって、例えば、その一例が、図2〜図4に示されている。
【0021】
すなわち、それらの図において、先ず、図2は、光刺激装置2L(2R)の一例に係る構造を概略的に示すものであって、そこでは、黒色の有底円筒ケース20の内部に光刺激用発光ダイオード22が内蔵、配置され、かかる発光ダイオード22からの光が拡散球面24にて拡散されて、略均一な輝度面が形成され、更に、有底円筒ケース20の内面に配置された円筒状の光反射筒26によって反射されて、拡散球面24からの光が効率良く被検眼に対して照射せしめられるようになっている。なお、円筒ケース20の内部には、固視灯用発光ダイオード28が設けられて、拡散球面24の中央を被検者が固視し得るようになっている。また、それら光刺激用発光ダイオード22及び固視灯用発光ダイオード28には、LED駆動電線30が電気的に接続されて、それぞれ、発光駆動され得るようになっている。
【0022】
そして、かかる図2に示される如き構造の光刺激装置2L(2R)は、図3に示される如く、眼鏡のメガネ枠に取り付けられて、被検者に装着せしめられ得るようになっているのである。即ち、そこでは、左眼用光刺激装置2Lと右眼用光刺激装置2Rとが、例えば、検眼メガネ32のテストレンズ枠34に、それぞれ着脱可能に取り付けられて、用いられるようになっており、これにより、従来から病院施設が所有している検眼メガネを、そのまま、利用することが出来るようになっている。
【0023】
また、図4に示される電極8L(8R)は、円盤形状の支持部の下面に、銀等の材質からなる円板形状の電極板38が一体的に設けられてなる構造を有し、この電極板38に対して、信号導出用電線40が電気的に接続されて、かかる電極板38にて検出される電位信号が、導線40を通じて取り出されるようになっている。なお、電極支持体36は、電極板38と信号導出用電線40と共に、一体的に樹脂モールド成形することによって製造され得るものである。そして、このような電極8L(8R)は、従来から知られている導電性の電極糊を用いて、被検者の左右の被検眼にそれぞれ対応して、その近傍の皮膚上の所定位置に、一般的には、左右の被検眼の下眼瞼の皮膚上に、それぞれ位置固定に接着せしめられて、それぞれの被検眼の電位測定が行なわれるようになっている。
【0024】
ところで、図1に示される如き構成の網膜電位測定装置を用いて、被検者の左右の被検眼について、それぞれ、網膜電位図(ERG)を測定するに際しては、先ず、制御装置6からの発光制御信号により、左眼用光刺激装置2Lと右眼用光刺激装置2Rとが、左眼発光制御回路4L及び右眼発光制御回路4Rを介して、選択的に発光せしめられて、左右の被検眼に対して選択的に光刺激が与えられることとなる。即ち、左右の被検眼の一方に対して光刺激が与えられる一方、他方の被検眼には、光刺激が与えられないようにされるのである。そして、そのような光刺激状態の下において、左右の被検眼の電位が、それぞれ対応する二つの電極8L,8Rにて、それぞれ取り出され、電位検出信号として、差動増幅器10に、それぞれ入力せしめられるようになっているのである。要するに、左右の被検眼のうち、左眼に対して光刺激が与えられた場合においては、左眼用電極8Lにて取り出される電位信号は、光刺激により生じる網膜電位の経時的な変動を示すものであるが、そこには、よく知られている如く、各種のノイズが混入するのである。一方、光刺激の与えられていない右眼に対応して配置された右眼用電極8Rから検出される電位信号は、光刺激のない状態での網膜信号と見做され、そこにも、左眼用電極8Lにて検出される網膜電位検出信号と同様に、各種のノイズが混入した電位検出信号となるのである。
【0025】
そして、それら二つの電極8L,8Rにて検出される二つの電位信号が、差動増幅器10に入力されて、そこで差分(減算)処理されることによって、左右の被検眼に同時に混入するノイズが効果的にキャンセルされることとなるのであり、以て、左眼或いは右眼に対応する、目的とする網膜電位図(ERG)を、より精度の高い状態において得ることが出来るのであり、その差分処理の形態が、図5に示されている。即ち、図5において、上段右側には、光刺激された左眼における、電極8Lにて検出される網膜電位の経時的な変動の波形が示されており、また、上段左側には、光刺激のない状態において、電極8Rにて検出される右眼の電位の変化の波形が示されており、そして、その左眼波形から右眼波形を減算処理することによって、図5の下段のグラフに示されるような、ノイズの除去された左眼の網膜電位図(ERG)が得られることとなるのである。
【0026】
なお、ここでは、制御装置6により、左眼用光刺激装置2Lと右眼用光刺激装置2Rの発光制御が、交互に行なわれ得るようになっており、これによって、被検者の左眼及び右眼に対する光刺激を、交互に複数回、繰り返し行ない、それによって得られる左眼についての複数の網膜電位波形を、左眼波形メモリ14Lにおいて記録し、そして、それら複数の記録波形を加算平均するようになっており、また、右眼についても同様に、複数の網膜電位波形を右眼波形メモリ14Rにおいて記録し、そして、その複数の記録波形を加算平均して、ノイズ量を減少させ、以て、網膜電位図に混入したノイズの低減をより一層効果的に行ない、目的とする左眼網膜電位図や右眼網膜電位図を、より精度良く測定し得るようになっている。
【0027】
また、図6に示される本発明に従う網膜電位測定装置の他の例においては、被検者の左右の被検眼に対して等電位となる被検者の額の中央部に、額用電極42が設けられるようになっており、この額用電極42によって検出される電位が、基準電位として用いられるようになっている。そして、そのような基準電位が、左眼用電極8L及び右眼用電極8Rにて得られる左右の被検眼についての二つの電位検出信号から、それぞれ、信号分離手段としての差動増幅器44L及び44Rにおいて差分(減算)処理されて、それぞれの被検眼の個別電位信号として出力され、更に、左眼用A/D変換器46L及び右眼用A/D変換器46Rにてデジタル信号に変換された後、それぞれ、制御装置48に入力せしめられるようになっているのである。なお、額用電極42は、先の左眼用電極8Lや右眼用電極8Rと同様な構造を有するものであり、また、左眼用光刺激装置2L及び右眼用光刺激装置2Rは、図1に示される例と同様に、制御装置48からの発光制御信号に基づき、左眼発光制御回路4L及び右眼発光制御回路4Rにて、対応する被検眼に照射される光の強さとタイミングにおいて、それぞれ、発光制御せしめられるようになっている。
【0028】
そして、制御装置48においては、左眼光刺激時用としての左眼波形メモリ50L、右眼波形メモリ50R及び(左眼−右眼)波形減算/記録メモリ52と、右眼光刺激時用としての右眼波形メモリ54R、左眼波形メモリ54L及び(右眼−左眼)波形減算/記録メモリ56とが設けられており、それぞれの被検眼の個別電位信号が、それぞれ、対応する波形メモリ50L,50R;54L,54Rに入力せしめられるようになっている。即ち、左眼に関して検出された電位信号を差動増幅器44Lにて分離して得られる個別電位信号は、それぞれ、左眼光刺激時用の左眼波形メモリ50Lと右眼光刺激時用の左眼波形メモリ54Lに入力されて、その電位波形が記録され、また、複数の入力波形に対しては、加算平均せしめられるようになっているのであり、一方、右眼について検出された電位信号を差動増幅器44Rにて分離して得られる個別電位信号は、左眼光刺激時用の右眼波形メモリ50Rと右眼光刺激時用の右眼波形メモリ54Rにそれぞれ入力され、その電位波形として記録され、更に、その複数の電位波形が加算平均せしめられ得るようになっているのである。
【0029】
さらに、(左眼−右眼)波形減算/記録メモリ52は、左眼光刺激時において、左眼波形メモリ50Lに記録された網膜電位波形(網膜電位記録信号)から、右眼波形メモリ50Rに記録された右眼電位波形(ノイズ等を含む電位検出信号)を差分(減算)処理して、記録するようになっており、また、(右眼−左眼)波形減算/記録メモリ56は、右眼光刺激時において、右眼波形メモリ54Rに記録されている網膜電位波形(網膜電位記録信号)から、左眼波形メモリ54Lに記録されている左眼電位波形(ノイズ等を含む電位検出信号)を差分(減算)処理して、記録するようになっている。
【0030】
そして、ERG波形(網膜電位波形)の表示器58においては、制御装置48における左眼波形メモリ50L、(左眼−右眼)波形減算/記録メモリ52、右眼波形メモリ50R、右眼波形メモリ54R、(右眼−左眼)波形減算/記録メモリ56及び左眼波形メモリ54Lに対応して、それぞれ、左眼ERG(非差分)、左眼ERG(差分)、右眼ノイズ、右眼ERG(非差分)、右眼ERG(差分)及び左眼ノイズが、波形表示され得るようになっている。
【0031】
従って、このような構成の網膜電位測定装置においては、左眼光刺激時には、(左眼−右眼)波形減算/記録メモリ52からの出力に基づくところの左眼ERG(差分)が、表示器58に表示される一方、右眼光刺激時においては、(右眼−左眼)波形減算/記録メモリ56からの出力に基づくところの右眼ERG(差分)が、表示器58に表示され、以て、目的とする網膜電位図を得ることが出来ることとなるのである。また、そこでは、その目的とする網膜電位図の測定に際して、光刺激を与えない被検眼から検出される波形信号のみに極端なノイズが混入したときには、表示器58における右眼ノイズや左眼ノイズの状況を観察して、差分(減算)処理する前の網膜電位波形を用いて得られる左眼ERG(非差分)又は右眼ERG(非差分)を、目的とする網膜電位図として採用することが出来るようになっており、これにより、よりノイズの混入の少ない波形図を得ることが出来るようにもなっているのである。
【0032】
以上、本発明の代表的な実施形態について詳述してきたが、それは、あくまでも、例示に過ぎないものであって、本発明は、そのような実施形態に係る具体的な記述によって、何等、限定的に解釈されるものではないことが、理解されるべきである。
【0033】
例えば、図1に示される網膜電位測定装置においては、左眼発光制御回路4L及び右眼発光制御回路4Rが、制御装置6とは別個に設けられているが、これとは異なり、図7に例示される如く、制御装置6’内に左眼発光制御回路4Lと右眼発光制御回路4Rとを一体的に設けてなる構造を採用することが可能であり、同様に、図6に示される網膜電位測定装置においても、制御装置48と左眼発光制御回路4L、右眼発光制御回路4Rとを一体化せしめることが可能である。
【0034】
また、図6に示される網膜電位測定装置においては、光刺激時及び光非刺激時における、それぞれの被検眼の個別電位信号を記録する、左眼波形メモリ50L,54Lと右眼波形メモリ50R,54Rの記録情報に基づき、(左眼−右眼)波形減算/記録メモリ52や(右眼−左眼)波形減算/記録メモリ56にて差分(減算)処理し、更に、それを網膜電位波形として記録しているが、これに代えて、図1に示される差動増幅器10と同様な差分(減算)回路を、制御装置48の外部に又は内部に設けて、目的とする網膜電位図を記録するようにすることも可能である。
【0035】
さらに、光刺激装置2L,2Rとしては、例示の構造のものの他にも、公知の各種の構造が適宜に採用され得るところであり、例えば、特開2001−37720号公報、特開2004−73807号公報等に明らかにされているものを用いることが可能である。
【0036】
加えて、図6に示される例においては、被検者の基準電位を取り出す基準電位検出手段として、一つの額用電極42が設けられているが、左眼用及び右眼用として、二つの電極を用いて基準電位を検出して、基準電位信号として取り出して、対応する被検眼の電位検出信号との間で差分処理するようにすることも可能である。尤も、その場合においては、それら二つの電極にて取り出される基準電位信号が略同一となるような被検者の体の位置に対して、それぞれの電極が設けられることとなる。
【0037】
その他、一々列挙はしないが、本発明は、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加えた態様において実施され得るものであり、そして、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、何れも、本発明の範疇に属するものであることは、言うまでもないところである。
【符号の説明】
【0038】
4L,4R 発光制御回路 6,6’,48 制御装置
8L,8R,42 電極 10,44L,44R 差動増幅器
12,46L,46R A/D変換器
14L,14R,50L,50R,54L,54R 波形メモリ
16 極性反転回路 18,58 表示器
20 円筒ケース 22 光刺激用発光ダイオード
24 拡散球面 26 光反射筒
28 固視灯用発光ダイオード 30 LED駆動電線
32 検眼メガネ 34 テストレンズ枠
36 電極支持体 38 電極板
40 信号導出用電線
52 (左眼−右眼)波形減算/記録メモリ
56 (右眼−左眼)波形減算/記録メモリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光刺激により生じる網膜電位の変動を測定するための装置にして、
被検者の左右の被検眼にそれぞれ対応して、その近傍の皮膚上に別個に配置される二つの電極を有し、それら二つの電極に対応する左右の被検眼の網膜電位をそれぞれ検出するようにした網膜電位検出手段と、
左右の被検眼に対して選択的に光刺激を与えるように構成した光刺激手段と、
該光刺激手段にて光刺激された一方の被検眼に対応する、前記網膜電位検出手段の一方の電極において得られる網膜電位検出信号から、該光刺激手段にて光刺激されない他方の被検眼に対応する、前記網膜電位検出手段の他方の電極において得られる電位検出信号を差し引き、前記光刺激手段にて光刺激された被検眼の網膜電位記録信号として求める演算手段と、
前記光刺激手段により光刺激が与えられる被検眼の一方を選択し、他方の被検眼には光刺激が与えられないように制御する一方、前記演算手段にて得られる網膜電位記録信号に基づいて、前記光刺激が与えられた一方の被検眼の網膜電位波形を求めて、網膜電位図として記録する制御手段と、
を有することを特徴とする網膜電位測定装置。
【請求項2】
前記光刺激手段が左右の被検眼に対して交互に光刺激を与えるものであり、そして前記制御手段が、該左右の被検眼に対する複数回の光刺激によって、該左右の被検眼のそれぞれについて、複数の網膜電位波形を求めて、それらを加算平均することにより、前記網膜電位図を左右の被検眼について得るものであることを特徴とする請求項1に記載の網膜電位測定装置。
【請求項3】
前記制御手段に記録される左右の被検眼についての網膜電位図をそれぞれ表示する表示手段が、更に設けられている請求項1又は請求項2に記載の網膜電位測定装置。
【請求項4】
前記網膜電位検出手段の二つの電極が、それぞれ、前記左右の被検眼の下眼瞼の皮膚上に配置される請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の網膜電位測定装置。
【請求項5】
前記演算手段にて得られる左右の被検眼についての二つの網膜電位記録信号のうちの一方の極性を反転する極性反転回路が、更に設けられている請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の網膜電位測定装置。
【請求項6】
被検者の基準電位を取り出す基準電位検出手段と、前記網膜電位検出手段にて得られる左右の被検眼についての二つの電位検出信号から、それぞれ、該基準電位検出手段にて得られる基準電位信号を差し引いて、それぞれの被検眼の個別電位信号として出力する信号分離手段とが、更に設けられていると共に、
前記演算手段が、該信号分離手段から出力される左右の被検眼の個別電位信号に基づいて、前記光刺激手段にて光刺激された被検眼の網膜電位記録信号として求めるように構成されている請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の網膜電位測定装置。
【請求項7】
被検者の基準電位を取り出す基準電位検出手段と、前記網膜電位検出手段にて得られる左右の被検眼についての二つの電位検出信号から、それぞれ、該基準電位検出手段にて得られる基準電位信号を差し引いて、それぞれの被検眼の個別電位信号として出力する信号分離手段とが、更に設けられていると共に、
前記演算手段が前記制御手段に一体的に組み込まれて構成され、該制御手段において、前記信号分離手段から出力された二つの個別電位信号の差分処理が実行されて、前記網膜電位波形が求められる請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の網膜電位測定装置。
【請求項8】
前記制御手段が、左右の被検眼のそれぞれの光刺激時において、左眼についての前記個別電位信号に基づく波形を記録するメモリと右眼についての前記個別電位信号に基づく波形を記録するメモリとを、それぞれ有すると共に、それら二つの波形記録メモリにおける記録波形の差分を求めて、前記網膜電位記録信号乃至は前記網膜電位波形を得て、記録するメモリを、前記演算手段として有している請求項6又は請求項7に記載の網膜電位測定装置。
【請求項9】
前記制御手段の各メモリに記録された波形をそれぞれ表示する表示部を有する表示手段が、更に設けられている請求項8に記載の網膜電位測定装置。
【請求項10】
前記基準電位検出手段が、左右の被検眼に対して等電位となる被検者の額の中央部に配置される電極にて構成されている請求項6乃至請求項9の何れか1項に記載の網膜電位測定装置。
【請求項11】
前記光刺激手段が、左眼に対して光刺激を与えるための左眼用発光制御回路と、右眼に対して光刺激を与えるための右眼用発光制御回路とを有している請求項1乃至請求項10の何れか1項に記載の網膜電位測定装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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