説明

緑藻綱藻類を原料としたエタノールの製造方法

【課題】食糧と競合せず、かつエネルギーを多く消費する前処理を必要とすることのない、効率的で低コストのエタノールの製造方法を提供する。
【解決手段】緑藻綱藻類を原料とし、該緑藻綱藻類が含むセルロースを糖化してグルコースとし、該グルコースを発酵してエタノールを製造する。緑藻綱藻類としては、ホソジュズモ及びアオノリから選ばれる。糖化は、セルラーゼ及びβ−1、4−グルコシダーゼで行うことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緑藻綱藻類を原料としたエタノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界中でバイオエタノールが注目されている。バイオエタノールは、カーボンニュートラルな燃料として扱われているため、地球温暖化対策の一手段として重要である。カーボンニュートラルとは、燃料過程において排出される二酸化炭素量は、生育過程において吸収した二酸化炭素量と相殺されるという考え方である。
【0003】
現在、原料として主に利用されているのは、トウモロコシ、麦、サトウキビ、テンサイ等の食用植物である。これらの食用植物は、貯蔵部位にデンプン又はスクロース等の糖質を高濃度で貯蔵しているため、グルコースを高濃度かつ大量に得ることができ、効率よくエタノールを製造できる。しかし、原料となる食用植物は、食糧と競合することになって食糧価格の高騰をまねき、エタノール原料としてのコスト増大に直結するという問題がある。そして、結果的にエタノールの供給安定性及び価格安定性を確保できなくなってしまうという問題がある。
【0004】
こうした問題に対し、食糧と競合しない木材等の木質系バイオマスが検討されている(特許文献1〜3を参照)。木材の一般的な組成は、セルロース50%、ヘミセルロース30%、リグニン20%である。しかしながら、木材中においては、リグニンがセルロースとヘミセルロースを強固に保護しているため、セルロースを利用するには、粉砕処理等によってセルロース表面を露出させる、若しくはリグニンを化学的に除去する等の前処理工程が必要となる。そのため、十分な酵素加水分解率を得るには、多くのエネルギーやコストを前処理に費やさなければならないという問題がある。したがって、木材はバイオエタノール利用へのポテンシャルは十分にあるが、このような前処理に解決すべき課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−161125号公報
【特許文献2】特開2009−22165号公報
【特許文献3】特開2009−112246号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、食糧と競合せず、かつエネルギーを多く消費する前処理を必要とすることのない、効率的で低コストのエタノールの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明に係るエタノールの製造方法は、緑藻綱藻類を原料とし、該緑藻綱藻類が含むセルロースを糖化してグルコースとし、該グルコースを発酵してエタノールを製造することを特徴とする。
【0008】
この発明によれば、食用に用いられていない緑藻綱藻類を原料として用いたので、食糧と競合せず、しかも、緑藻綱藻類は木材のような強固な保護組織を持っていないので、エネルギー多消費な前処理を必要とすることなく高い糖化率が得られる。その結果、緑藻綱藻類を原料とすることにより、低コストなエタノール製造を実現できる。
【0009】
本発明に係るエタノールの製造方法において、前記緑藻綱藻類が、ホソジュズモ及びアオノリから選ばれる1種又は2種である。この発明によれば、ホソジュズモ又はアオノリを適用でき、特にホソジュズモが好ましい。
【0010】
本発明に係るエタノールの製造方法において、前記糖化を、セルラーゼ及びβ−1、4−グルコシダーゼで行う。この発明によれば、高い生成率でグルコースにすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るエタノールの製造方法によれば、食用に用いられていない緑藻綱藻類を原料として用いたので食糧と競合せず、しかも、緑藻綱藻類は木材のような強固な保護組織を持っていないのでエネルギーを多く消費する前処理も必要としない。その結果、緑藻綱藻類を原料としたエタノールの製造方法によれば、エタノールを低コストで効率的に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】基質としてホソジュズモも用いた場合の、セルラーゼ添加量の違いが及ぼすグルコース生成率への影響を示すグラフである。
【図2】基質としてアオノリを用いた場合の、セルラーゼ添加量の違いが及ぼすグルコース生成率への影響を示すグラフである。
【図3】基質濃度の違いが及ぼすグルコース生成率への影響を示すグラフである。
【図4】基質濃度の違いが及ぼすグルコース濃度への影響を示すグラフである。
【図5】攪拌方法の違いが及ぼすグルコース生成率への影響を示すグラフである。
【図6】酵母T−ND−42を用いてホソジュズモ由来のグルコース培地及びYPD培地(初期グルコース濃度は14mg/mL)を発酵させた際のエタノール濃度を示したグラフである。
【図7】酵母T−ND−42を用いてホソジュズモ由来のグルコース培地及びYPD培地を発酵させた際の残存グルコース濃度を示したグラフである。
【図8】ホソジュズモからのエタノール生産における収支であり、ホソジュズモ、グルコース、エタノールを重量比率で示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るエタノールの製造方法は、緑藻綱藻類を原料とし、その緑藻綱藻類が含むセルロースを糖化してグルコースとし、そのグルコースを発酵してエタノールを製造することに特徴がある。以下、各構成について詳しく説明するが、本発明はその技術的特徴を有する範囲を包含する限り、以下に示す形態等に限定されない。
【0014】
(緑藻綱藻類)
緑藻綱藻類は、本発明の原料であり、例えば、ホソジュズモ、アオノリ、アオモグサ、アナアオサ及びアミアオサ等を挙げることができ、これらから選ばれる1種又は2種以上の緑藻綱藻類を適用できる。これらの緑藻綱藻類はいずれも成分としてセルロースを含んでいる。セルロースは、糖化によりグルコースになり、そのグルコースは発酵によりエタノールになるので、セルロースを主たる成分として有する緑藻綱藻類を特に好ましく用いることができる。こうした緑藻綱藻類は、食用に用いられていないので食糧と競合せず、しかも、木材のような強固な保護組織を持っていないので前処理を必要としない。その結果、緑藻綱藻類を原料とすることにより、低コストなエタノール製造を実現できる。
【0015】
中でも、ホソジュズモ(学名:Chaetomorpha crassa(C. Agardh) Kutzing)は、セルロース成分の含有割合が約39%程度と、代表的な木材であるスギとほぼ同等な含有率を有しているので好ましい。ホソジュズモは、シオグサ目シオグサ科で、北海道東部、本州、四国、九州、南西諸島等、日本全国に広くしかも多量に分布し、原料としての入手が容易で好ましい。ホソジュズモは、糸状で分枝はなく、例えば直径0.3〜0.5mm、高さ0.3〜0.7mm程度の細い円柱状の細胞が1列に連結した形態であり、伸ばすと30〜70cm程度であり、中には1m以上のものがある。千切れたホソジュズモは、栄養繁殖し、他の海藻にからみついて大きくなる。
【0016】
なお、コンブ、ワカメ、ホンダワラ、ヒジキ、アラメ等の褐藻綱は主成分がアルギン酸であり、フサノリ、ヒラクサ、スギノリ、キジノオ、フシツナギ等の紅藻綱は主成分が寒天(アガロース)である。褐藻綱の主成分であるアルギン酸を構成しているのはマンヌロン酸及びグルロン酸であり、また、紅藻綱の主成分は、1→3結合β−D−ガラクトースと1→4結合3,6−アンヒドロ−α−L−ガラクトースとの交互結合からなるアガロースである。これらは、糖化によって単糖にまで解重合してもグルコースは生成しないため、エタノールを得るのは容易ではない。
【0017】
緑藻綱藻類は、洗浄と乾燥が行われて原料として供される。洗浄が先でも乾燥が先でもよい。後の工程に悪影響を及ぼさないのであれば、塩分を除くための洗浄は必ずしも必要ではない。さらに、乾燥についても原料の保存を考えると含水率を下げておくことは重要であるが、糖化及び発酵そのものは水系で実施されるので、完全に水分を除くことは必ずしも必要ではない。洗浄は、塩分を含まない水による洗浄であれば特に限定されず、水道水でも、河川の水でもよい。洗浄については、湾岸で穫った緑藻綱藻類を、河川の上流側に移送してしばらく(例えば1日〜1週間)保持し、河川の流水で洗浄すればコスト低減に寄与できる。こうして洗浄された緑藻綱藻類は、最終的な水洗浄を行って原料として供することができる。乾燥は、天日乾燥でも乾燥機等による乾燥でもよい。なお、後述する実験例では、穫った緑藻綱藻類を天日乾燥させた後、水道水で洗浄し、再び乾燥機等で乾燥させて原料に供している。
【0018】
なお、必要に応じて粉砕を行ってもよいが、緑藻綱藻類は手で千切れるほどであるので、粉砕は必ずしも必要ではない。
【0019】
(糖化)
糖化は、緑藻綱藻類が含むセルロースをグルコースにする処理である。糖化する方法は特に限定されないが、酵素糖化を行う場合は、セルロースを加水分解によって低重合度化し、さらにグルコースにまで分解する酵素として、セルラーゼとβ−1,4−グルコシダーゼを用いることが好ましい。なお、セルラーゼとβ−1,4−グルコシダーゼは酵素製剤として用いてもよい。
【0020】
具体的には、例えば、メイセラーゼ(明治製菓株式会社製)や、Celluclast1.5LとNovozyme188を用いることができる。Celluclast1.5LとNovozyme188(いずれもNovozymes社製のセルラーゼ製剤)を用いる場合は、Celluclast1.5L:Novozyme188(容量比:v/v)が5:5〜5:3とすることが好ましく、高い生成率でグルコースにすることができる。なお、Celluclast1.5Lは、主にセルラーゼ(高分子セルロースに作用し、ランダムに分子鎖を切断してオリゴマーを生成するエンドグルカナーゼと分子鎖末端から2量体セロビオースを切り出すセロビオヒドロラーゼが主体)を多く含む。一方、Novozyme188は、2量体(セロビオース)若しくはオリゴマーからグルコースを生成するβ−1,4−グルコシダーゼを多く含む。
【0021】
糖化時間(反応時間)は特に限定されないが、通常は約6〜48時間の範囲である。
【0022】
糖化によって生成するグルコースの生成率と生成したグルコースの濃度は、セルラーゼ添加量、基質濃度、攪拌強度に影響される。一例として、Celluclast1.5LとNobozyme188とを5:3.6(v/v)で混合した酵素液を用いてホソジュズモとアオノリを糖化する場合について述べると、酵素液添加量は、2.5〜35(μL/10mg基質)の範囲であることが好ましい。セルラーゼ添加量が2.5(μL/10mg基質)未満では十分なグルコース生成率を得るのに長時間を要することがあり、一方、セルラーゼ添加量が35(μL/10mg基質)を超えても、グルコース生成率は大きく変化しない。
【0023】
また、基質濃度は、グルコース生成率(%)とグルコース濃度(mg/mL)とで傾向が逆になる。具体的には、一定量のセルラーゼを添加した場合において、基質濃度が小さいときは、単位重量あたりの基質からグルコースが生成する割合(グルコース生成率)は高くなるが、基質濃度が大きいときは、単位重量あたりの基質からグルコースが生成する割合(グルコース生成率)は低くなる(後述の図3参照)。一方、一定量のセルラーゼを添加した場合において、基質濃度が小さいときは、生成したグルコース濃度は低くなり、基質濃度が大きいときは、生成したグルコース濃度は大きくなる(後述の図4参照)。好ましい基質濃度の範囲は、生成するグルコースの生成率を位高めたいのか濃度を高めたいのかによって異なるので、一概に言えないが、一例としてホソジュズモを基質とした場合には、10〜70(mg/mL)の範囲であることが好ましい。
【0024】
また、攪拌は強い方が好ましく、強い攪拌によって、グルコース生成率を高めることができる。
【0025】
こうしたセルラーゼ添加量、基質濃度、攪拌強度を好ましい条件に設定することにより、本発明では、基質に含まれているセルロースを70%以上、条件によってはほぼ100%の高い収率でグルコースに変換することができる。
【0026】
(発酵)
発酵は、糖化で生成したグルコースからエタノールにする処理である。発酵で用いる微生物としては、一般的にグルコースからエタノールを生産する微生物であれば特に限定しないが、例えば酒造用酵母であるサッカロミセス セルビシエ(学名:Saccharomyces cerevisiae)K901株、K701株、T−ND−42株及びT−S−1株から選ばれるいずれかを用いて行うことができる。これらの酵母は、グルコースからエタノールへの分解を少なくとも理論収量の80%〜90%程度の範囲で実現できる。
【0027】
(精製)
発酵により得られたエタノールは、その後に精製される。精製手段としては特に限定されないが、例えば一般的に利用される蒸留や分離膜等の精製手段を挙げることができる。
【0028】
以上説明したように、本発明に係るエタノールの製造方法によれば、食用に用いられていない緑藻綱藻類を原料として用いたので食糧と競合せず、しかも、緑藻綱藻類は木材のような強固な保護組織を持っていないのでエネルギーを多く消費する前処理も必要としない。その結果、緑藻綱藻類を原料としたエタノールの製造方法によれば、エタノールを低コストで効率的に製造できる。そして、ホソジュズモを含めたさまざまな藻類が、バイオエタノール原料としての利用の可能性を広げることができる。
【実施例】
【0029】
以下、実験例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。本発明はこれらに制限されるものではない。
【0030】
[実験1]
<1 原料>
原料として、宮城県気仙沼市で穫ったホソジュズモとアオノリをそれぞれ天日で約10日間乾燥させた後、水道水で1週間流水洗浄し、乾燥機を用いて40℃で48時間乾燥させた。その後、ミルで粉砕し、40℃で2時間真空乾燥させた。
【0031】
<2 硫酸加水分解による事前試験>
(2.1 試験方法)
最初に、硫酸加水分解による事前試験を行ってグルコースを定量し、その定量に基づいて緑藻綱藻類中のセルロース含量を算出した。ホソジュズモとアオノリをそれぞれ100mg精秤し、72%硫酸を1.0mL添加し、室温で時々攪拌しながら4.5時間放置した。そこに純水を27.5mL添加した後、121℃で1時間処理した。ここから1.0mL採り、遠心分離(6160×g、8分間)した。上澄みを399μL採り、1Mリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)を385μL添加して中和した。その後、硫酸加水分解によって生成したグルコースを、下記2.3の定量方法により定量した。
【0032】
(2.2 結果)
ホソジュズモとアオノリについて、それぞれ、42.7mg、12.7mgのグルコースが得られた。[生成したグルコース量(g)/基質(g)]×100を「グルコース生成率」と定義すると、ホソジュズモのグルコース生成率は42.7%、アオノリのグルコース生成率は12.7%となった。
【0033】
(2.3 グルコースの定量)
グルコースの定量には、和光純薬工業株式会社の「グルコースCII−テストワコー」を用いた。定量は、糖化液を遠心分離(6160×g、8分間)にかけて、得られた上澄みをグルコース濃度が0〜5.0mg/mLの範囲に収まるように希釈して希釈液を調整した。検量線作成用のグルコース標準液(0〜5.0mg/mL)と前記希釈液とを20μLずつ採り、そこにグルコースCII−テストワコーの発色液を1.5mL添加した後、インキュベート(37℃、5分間)した。その後、分光光度計(HIACHI spectrorhotometer U-2810)を用いて、505nmにおける吸光度を測定した。
【0034】
<3 糖化処理>
(3.1 処理方法)
次に、酵素による糖化処理を行った。糖化処理は、緑藻綱藻類が含有するセルロースをグルコースにする処理である。Novozymes社の「Celluclast1.5L」と「Novozyme188」とを18:13(v/v)で混合したものをセルラーゼ溶液として用いた。溶媒として、20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.1)を用いた。糖化処理は全て37℃の恒温器中で行った。
【0035】
(3.2 影響因子の分析)
(3.2.1 セルラーゼ量の影響)
ホソジュズモ、アオノリそれぞれについて、10mgに対してセルラーゼ溶液をそれぞれ3.1、6.2、15.5、31.1μL添加し、さらに総量が1mLとなるように緩衝液を加え、これらをロータリーミキサー(NISSIN ROTARYMIXER NRC-20D)で撹拌しながら0、6、12、24、48時間処理し、グルコース定量をした。
【0036】
図1は、基質としてホソジュズモも用いた場合の、セルラーゼ添加量の違いが及ぼすグルコース生成率への影響を示すグラフであり、図2は、基質としてアオノリを用いた場合の同様のグラフである。図1(ホソジュズモの場合)及び図2(アオノリの場合)に示すように、グルコース生成率は反応時間の経過とともに増加し、また、セルラーゼ添加量を増すとともに値が高くなることが観察された。セルラーゼ添加量31μL、反応時間48時間の時点でのグルコース生成率は、ホソジュズモ40.2%、アオノリ16.8%であるので、硫酸加水分解のグルコース生成率に対する収率はホソジュズモ94.1%、アオノリ132.3%と算出される。この結果により、酵素を用いて糖化した場合でも、反応条件によっては硫酸加水分解によるグルコース生成率とほぼ同等な値が達成できることが明らかとなった。また、セルラーゼ添加量を15.5μLとした場合と31μLとした場合のグルコース生成率の差は小さく、これ以上セルラーゼを添加しても生成率は高まらないと考えられた。したがって、適切なセルラーゼ添加量は「31μL/10mg基質」であるとして、以下の実験の添加量はこれに固定した。
【0037】
アオノリについては硫酸加水分解よりも酵素糖化の方が僅かではあるがグルコース生成率は高かった。これに関して原因は定かではないが、いずれにしろ、アオノリ中のセルロースのほぼすべてがグルコースに変換されたと判断できる。ただし、アオノリの場合、ホソジュズモと比べて得られるグルコースの絶対量が少ないので、以下では基質としてホソジュズモを用いて実験を行った。
【0038】
(3.2.2 基質濃度の影響)
基質10mgあたりのセルラーゼ量を31μLに固定し、ホソジュズモ基質量を10、30、50、70mgとして、これらをロータリーミキサー(NISSIN ROTARYMIXER NRC-20D)で撹拌しながら0、6、12、24、48時間処理し、グルコース定量をした。
【0039】
図3は、基質濃度の違いがグルコース生成率に及ぼす影響を示すグラフであり、図4は、基質濃度の違いがグルコース濃度に及ぼす影響を示すグラフである。図3に示すように、基質濃度が高くなるにしたがってグルコース生成率は低くなった。例えば、反応時間が48時間で比較した場合、基質濃度が10mg/mLではグルコース生成率は40%を超えていたのに対し、基質濃度が70mg/mLのときのグルコース生成率は28%であった。この現象は、ホソジュズモ由来の固形物により粘度が増してしまい、十分に撹拌することができなかったことが原因だと考えられる。
【0040】
一方、図4に示すように、基質濃度が高いものは最終的に高濃度のグルコース液が得られた。例えば、反応時間が48時間の場合、基質濃度が70mg/mLのときのグルコース濃度は19.9mg/mLであったのに対し、基質濃度が10mg/mLのときのグルコース濃度は4.1mg/mLと低くかった。したがって、基質濃度を高めることは、グルコース生成率が下がることを考慮してもなお、高濃度のグルコース液を得るためには有効な手段だと言える。
【0041】
(3.2.3 攪拌方法の影響)
ホソジュズモを基質としてロータリーミキサー(NISSIN ROTARYMIXER NRC-20D)、往復震とう機(NISSIN RECIPROSHAKER NA-201)、マグネチックスターラー(ADVANTEC SR500)でそれぞれ撹拌しながら経時的にサンプリングし、グルコース定量をした。なお、基質10mgあたりのセルラーゼ量は31μLと一定にした。
【0042】
図5は、攪拌方法の違いが及ぼすグルコース生成率への影響を示すグラフである。図5に示すように、グルコース生成率は撹拌方法に大きく影響されることが分かった。ロータリーミキサーのタッピング機能による激しい撹拌が非常に効果的であり、24時間で35.2%であった。往復震とう機とマグネチックスターラーで撹拌した場合、それぞれ24時間で25.0%、16.8%であり、ロータリーミキサーと比べて低いグルコース生成率になっていた。このように撹拌の程度や方法が糖化効率に大きく影響を及ぼすことが明らかとなった。
【0043】
(3.2.4 セルラーゼ中のタンパク質濃度の定量)
Celluclast1.5LとNovozyme188に含まれるタンパク質濃度をブラドフォードの方法(Bradford, M. M. (1976). A rapid and sensitive method for the quantitation of microgram quantities of protein utilizing the principle of protein-dye binding. Analytical Biochemistry, 72, 248-254)によって定量したところ、平均値で、Celluclast1.5Lが60.9mg/mLであり、Novozyme188が65.0mg/mLであった。この糖化実験では、Celluclast1.5LとNovozyme188とを18:13(v/v)で混合してセルラーゼとしているので、セルラーゼのタンパク質濃度は62.6mg/mLと定めた。
【0044】
<4 発酵処理>
緑藻の糖化で得られたグルコースを含む糖化液が発酵処理によってエタノールに変換できることを確認するために、以下の実験を行った。
【0045】
発酵に用いる微生物として酒造用酵母サッカロミセス セルビシエ(学名:Saccharomyces cerevisiae)T−ND−42株を用い、培養はYPD培地(20g/L Glucose、20g/L Peptone、10g/L Yeast Extract)で、37℃48時間行った。
【0046】
ホソジュズモ200mg、セルラーゼ6.2mL、緩衝液33.8mLのように調製し、往復震とう機で72時間糖化させたところ、672mgのグルコースを含む糖化液が得られた。これにPeptone及びYeast ExtractをYPD培地と同様の濃度になるように添加し、これをホソジュズモ培地とした。ホソジユズモ培地の一部をサンプリングして、グルコース定量を行い、グルコース濃度を確認した。また、比較のため40mLのYPD培地も調製した。ただし、グルコース濃度はホソジュズモ培地と同様とした。
【0047】
サッカロミセス セルビシエ(学名:Saccharomyces cerevisiae)T−ND−42株をYPD培地で、37℃48時間前培養を行った後、遠心分離によって菌体を集め、生理食塩水で2回洗浄し、上記ホソジュズモ培地及びYPD培地に植菌した。37℃で6、12、24時間培養し、エタノール生成量及び残存グルコース量を測定した。エタノールの定量には、J.K.インターナショナル社の「F−キットエタノール」を用いた。発酵液を遠心分離(6160×g、8分間)にかけて、得られた上澄みを、添付のマニュアルに従ってエタノールを定量した。グルコースの定量には、「グルコースCII−テストワコー」を用いて前記と同様に行った。
【0048】
図6は、酵母T−ND−42を用いてホソジュズモ由来のグルコース培地(初期グルコース濃度は14mg/L)を発酵させた際のエタノール濃度を示しており、図7は、その際の残存グルコース濃度を示している。ホソジュズモ培地とYPD培地とは、両者とも培養12時間後にはほぼすべてのグルコースがエタノールに変換されており、エタノール生成速度及び最終生成量に明瞭な差異は一切認められなかった。このことは、ホソジュズモを原料として糖化液を用いて発酵を行っても、これに由来した物質が発酵を阻害することはないことを示している。
【0049】
以上の糖化処理及び発酵処理を踏まえ、エタノール収率の評価を行った。図8は、ホソジュズモからのエタノール生産における収支であり、ホソジュズモ、グルコース、エタノールを重量比率で示したグラフである。図中の矢印内の数値は、理論値に対する実測値の収率を表す。図8からわかるように、基質となるホソジュズモ重量を100gとすると、含まれているセルロースは約39gである。セルロースがすべて糖化されたとすると、43gのグルコースが得られるはずである。実際に基質濃度50mg/mLで、往復震とう機を用いて糖化したところ、34gのグルコースが得られた。すなわち、この実験における糖化の収率は78.7%だといえる。得られた34gのグルコースが全て発酵されたとすると、17gのエタノールが得られるはずである。実際にグルコース培地を発酵させたところ、14gのエタノールが得られた。すなわち、この実験における発酵の収率は81.1%だといえる。以上より、100gのホソジュズモから理論上得られるエタノールは約22gなのに対し、本実施例では14gが得られたので、その収率は63.8%と算出される。
【0050】
以上のように、ホソジュズモからエタノールを製造できることを示した。ホソジュズモ等の緑藻綱藻類は、食用ではないため食料と競合せず、且つ特別な前処理を必要とせず、乾燥と粉砕等を経ただけで酵素による糖化ができることがわかった。なお、ホソジュズモ等の緑藻綱藻類は、天日干しをしただけの状態で手でちぎれるほど柔らかかったので、実験例で行った粉砕も不要となろう。
【0051】
酵素を用いた糖化実験において、ホソジュズモを糖化する際には、基質濃度、酵素濃度、撹拌方法がグルコース生成率に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。それらの条件によってはホソジュズモに含まれているセルロースを90%以上分解することができた。しかし、その条件では最終的に得られるグルコース液の濃度は非常に低かった。一方、高濃度のグルコース液を得るために高い基質濃度にするほど、グルコース生成率は低下したが、この低下を改善して高基質濃度で、高いグルコース生成率を実現するためには、強攪拌を行うことが望ましいことを確認した。酵母を用いた発酵実験では、ホソジュズモ由来の物質が酵母の働きを阻害することがなく、また、非常に粘度が高い培地でも問題なく発酵されることが明らかとなった。
【0052】
[比較実験1]
原料として、千葉県房総で穫ったシオグサを用いた。事前の原料の処理は、水道水で3日間流水洗浄し、乾燥機を用いて60℃で48時間乾燥させた。その後、ミルで粉砕し、105℃で2時間乾燥させた。こうして得られたシオグサ原料について、上記実験1と同様の各処理及び分析を行って、硫酸加水分解によるグルコース生成率A(%)、セルラーゼ糖化(24時間)によるグルコース生成率B(%)、及び、グルコース生成率Aに対するセルラーゼ糖化の収率((B)/(A))を評価し、実験1で得られたホソジュズモ及びアオノリの結果と対比した。なお、ホソジュズモ及びアオノリのセルラーゼ糖化の24時間結果は、図1と図2の結果から得られている。その対比結果を表1に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
表1の結果からわかるように、シオグサの硫酸加水分解によるグルコース生成率Aは28.9%であり、ホソジュズモの42.7%と比較して低い値となったことから、セルロース含有率はホソジュズモの方が高いという結果が得られた。また、セルラーゼ糖化(24時間)のグルコース生成率Bは、シオグサはホソジュズモとアオノリよりも低かった。そして、(B)/(A)で表される収率では、ホソジュズモは83.6%、アオノリは119%であったのに対し、シオグサは37.7%とかなり低く、シオグサのセルラーゼ糖化に対する抵抗性がかなり高いことが示唆された。
【0055】
なお、ここで実験したシオグサはアオサ藻類であるが、本発明に係る緑藻綱藻類のホソジュズモやアオノリは特別な処理(結晶構造を変える処理等。例えばアンモニア処理で結晶構造を変えて結晶密度を下げる処理、等)を行わなくても、顕著に高い収率等の結果を得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
緑藻綱藻類を原料とし、該緑藻綱藻類が含むセルロースを糖化してグルコースとし、該グルコースを発酵してエタノールを製造することを特徴とするエタノールの製造方法。
【請求項2】
前記緑藻綱藻類が、ホソジュズモ及びアオノリから選ばれる1種又は2種である、請求項1に記載のエタノールの製造方法。
【請求項3】
前記糖化を、セルラーゼ及びβ−1、4−グルコシダーゼで行う、請求項1又は2に記載のエタノールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−125324(P2011−125324A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70109(P2010−70109)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【特許番号】特許第4654362号(P4654362)
【特許公報発行日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(304036743)国立大学法人宇都宮大学 (209)
【出願人】(599036233)株式会社谷黒組 (2)
【Fターム(参考)】