説明

置換メッキ前駆体の製造方法

【課題】外部電源を用いることなく、Pt粒子又はPt合金粒子の表面にCu単原子層を形成することが可能な置換メッキ前駆体の製造方法を提供すること。
【解決手段】Cuイオンを含む酸水溶液とCu電極の少なくとも一部分とを接触させ、Pt若しくはPt合金からなるコア粒子、又は、前記コア粒子が導電性担体に担持された複合体と前記Cu電極とを前記酸水溶液内又は前記酸水溶液外において接触させ、かつ、前記コア粒子と前記酸水溶液とを、不活性ガス雰囲気下において接触させることにより、前記コア粒子の表面にCu層を析出させる析出工程を備えた置換メッキ前駆体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、置換メッキ前駆体の製造方法に関し、さらに詳しくは、外部電源を用いることなく、Pt又はPt合金からなるコア粒子の表面がCu単原子層で被覆されたコアシェル型粒子を製造可能な置換メッキ前駆体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メッキ、物理蒸着(PVD)、化学蒸着(CVD)などの表面処理は、一般に、基材表面を異種材料で被覆することによって、基材の性質を維持したまま、基材表面の性質のみを改変するために行われる場合が多い。一方、この種の表面処理は、高価な材料の使用量の低減、利用率の向上、あるいは、特性劣化の抑制のために利用される場合もある。
例えば、燃料電池用電極触媒には、一般に、比表面積の高いカーボン粉末に、粒子径数ナノメートルのPtあるいはPt合金を担持した触媒(Pt担持カーボン(Pt/C))が利用されている。Pt/C触媒は、Pt粒子の表面近傍にある原子のみが触媒として機能するため、高価なPtの利用率が低いという問題がある。そのため、Ptの使用を粒子表面から数原子層に限り、粒子内部を別の材料で代替する技術が提案されている。
また、Pt/Cを燃料電池環境下で使用すると、Pt粒子が粗大化し、電池性能が低下することが知られている。そのため、Pt粒子の表面に薄いAu層を形成し、Pt粒子の粗大化を抑制する技術が提案されている。
【0003】
このような表面処理技術に関しては、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(1)約3〜10nmのPtナノ粒子を適当な電極上に置き、この電極を窒素雰囲気中で〜50mM CuSO4/0.10M H2SO4水溶液に浸漬し、
(2)電極に適当な還元電位を印加することにより、銅の単原子層をPtナノ粒子上に堆積させ、
(3)銅被覆Ptナノ粒子を含む電極を精製水で濯ぎ、溶液内に存在するCuイオンを除去し、
(4)銅被覆Ptナノ粒子を含む電極を〜1.0mM HAuCl4水溶液に1〜2分間浸漬することにより、銅の単原子層を金の単原子層で置換し、
(5)電極を再度濯ぐ
酸素還元電極触媒の製造方法が開示されている。
同文献には、Ptナノ粒子の表面をAu単原子層で被覆することによって、Ptを酸化及び溶解から保護することができる点が記載されている。
【0004】
また、非特許文献1には、アンダーポテンシャルデポジション(UPD)法を用いてPt表面をCu単原子層で被覆し、Pt上のCu単原子層をAuでガルバニック置換(galvanic displacement)する酸素還元電極触媒の製造方法が開示されている。
同文献には、
(1)このような方法により、Pt触媒(カーボンに担持されたPtナノ粒子)上にAuクラスターを析出させたAu/Pt/C触媒が得られる点、及び、
(2)Ptナノ粒子をAuクラスターで修飾すると、酸化雰囲気下、0.6〜1.1Vの電位サイクルを3万回与えても、Au修飾Ptの活性や表面積がほとんど変化しない点
が記載されている。
【0005】
さらに、非特許文献2には、UPD法を用いてPd(111)単結晶又はPdナノ粒子の表面にCu単原子層を形成し、Cu単原子層をPtでガルバニック置換するPt単原子層電極触媒の製造方法が開示されている。
同文献には、PtML/Pd/Cの酸化還元反応の活性は、Pt/Cより高くなる点が記載されている。
【0006】
UPDとは、溶液中の金属イオンがその熱力学的平衡電位よりも貴な電位(通常は、金属イオンの析出が起こらない電位)で、金属イオンとは異なる下地金属上に析出する現象をいう。UPDは、異種金属間の相互作用が大きい場合に起こるため、UPDを起こす金属の組み合わせは限られるが、下地金属の表面を単原子層の異種金属で被覆できるという特徴がある。
UPDを用いた金属単原子層の析出は、通常、金属イオンを含む溶液中に、下地金属が接続された作用極(WE)、並びに、対極(CE)及び参照極(RE)を浸漬し、外部電源を用いて作用極を所定の電位に保持することにより行われている。
【0007】
例えば、UPD法を用いてPtナノ粒子(又は、カーボン等の担体に担持されたPtナノ粒子)の表面にCu単原子層を析出させる場合、外部電源を用いてPtナノ粒子を所定の電位に保持するためには、作用極表面にPtナノ粒子を塗布し、固定する必要がある。しかしながら、塗布法は、加工コストが高く、処理に要する時間も長い。また、μgレベルの合成には適するが、量産には適さない。
【0008】
また、外部電源を用いて作用極に固定されたPtナノ粒子を所定の電位に保持すると、作用極ではCuイオンの還元反応が起きると同時に、対極では何らかの酸化反応が起こる。例えば、金属イオンを含む溶液が硫酸水溶液である場合、対極では酸素ガスが発生する。この場合、発生した酸素がPtナノ粒子に接触すると、Ptナノ粒子の電位が高くなり、析出したCu単原子層が剥離するという問題がある。
一方、Cu単原子層の剥離を抑制するには、作用極とはイオン的に導通しつつ、作用極が発生ガスの影響を受け難いように、対極を設計する必要がある。しかしながら、これらの課題を解決し、かつ、量産に適した反応容器の設計は困難と考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2009−510705号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J.Zang et al., Science, 315(2007) pp220
【非特許文献2】M.B.Vukmirovic et al., Electrochimica Acta, 52(2007) pp2257
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、外部電源を用いることなく、Pt粒子又はPt合金粒子の表面にCu単原子層を形成することが可能な置換メッキ前駆体の製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、量産に適し、しかも、対極で起こる酸化反応の影響を受け難い置換メッキ前駆体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る置換メッキ前駆体の製造方法は、
Cuイオンを含む酸水溶液とCu電極の少なくとも一部分とを接触させ、
Pt若しくはPt合金からなるコア粒子、又は、前記コア粒子が導電性担体に担持された複合体と前記Cu電極とを前記酸水溶液内又は前記酸水溶液外において接触させ、かつ、
前記コア粒子と前記酸水溶液とを、不活性ガス雰囲気下において接触させることにより、前記コア粒子の表面にCu層を析出させる析出工程
を備えている。
【発明の効果】
【0013】
Cuイオンを含む平衡状態の酸水溶液中にCu電極の少なくとも一部分を浸漬すると、Cu電極の電位は、場所によらずCuの標準電極電位(約0.35V)に等しくなる。このCu電極とコア粒子又は複合体とを接触させると、接触箇所が酸水溶液中か否かにかかわらず、コア粒子の電位は、Cu電極と同電位となる。この状態でコア粒子と酸水溶液とを接触させると、ほぼ瞬間的にUPDが起こり、コア粒子の表面がCu単原子層で被覆される。
本発明に係る方法は、酸水溶液と接触しているCu電極が0.35Vの電源として機能するため、UPDを生じさせるために外部電源や参照極を用いる必要がない。また、コア粒子を作用極に塗布・固定させる必要がなく、量産にも適している。さらに、Cu電極は、対極としても機能するが、Cu電極表面では、酸化反応としてCuの溶解反応(Cu→Cu2++2e-)が起こるだけで、酸素の発生を伴わない。そのため、一旦析出したCu単原子層が剥離するおそれも少ない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る方法を説明するための概念図である。
【図2】試験装置の概略構成図である。
【図3】図2に示す試験装置を用いた試験手順のブロック図である。
【図4】基板とCu電極との接触前及び接触後のレストポテンシャル(R.P.)測定の結果を示す図である。
【図5】Cuのリニアスウィープボルタムメトリ(LSV:1サイクル目)及びサイクリックボルタムメトリ(CV:2サイクル目)の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 置換メッキ前駆体の製造方法]
本発明に係る置換メッキ前駆体の製造方法は、
(a)Cuイオンを含む酸水溶液とCu電極の少なくとも一部分とを接触させ、
(b)Pt若しくはPt合金からなるコア粒子、又は、前記コア粒子が導電性担体に担持された複合体と前記Cu電極とを前記酸水溶液内又は前記酸水溶液外において接触させ、かつ、
(c)前記コア粒子と前記酸性水溶液とを、不活性ガス雰囲気下において接触させることにより、前記コア粒子の表面にCu層を析出させる析出工程
を備えている。
【0016】
[1.1. 酸水溶液とCu電極の接触]
[1.1.1. 酸水溶液]
「酸水溶液」とは、Cuイオンを含む酸性の水溶液をいう。
酸水溶液は、UPDが可能であり、かつ、Pt又はPt合金を被毒しない限りにおいて、Cuイオン、酸及び水以外の成分が含まれていても良い。他の成分としては、例えば、可溶性のCu塩に由来する陰イオン、還元能力の弱い有機溶媒(例えば、高級アルコール類)などがある。
また、酸水溶液は、溶存酸素を除くため、反応中又は反応前に十分に不活性ガス(例えば、N2やAr)でバブリングするのが好ましい。
【0017】
Cuイオンを含む酸水溶液は、可溶性のCu塩を酸水溶液に溶解させることにより得られる。可溶性のCu塩としては、例えば、CuSO4、CuCl2、Cu2(CH3COO)4、Cu(NO3)2などがある。
【0018】
酸水溶液中のCuイオン濃度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な濃度を選択することができる。本発明においては、UPDにより析出した分だけ、Cu電極からCuが溶出する。そのため、Cuイオン濃度がμMレベルでも反応は進む。しかしながら、工業的には、反応を速やかに進める必要がある。そのためには、Cuイオン濃度は、1mM以上が好ましい。
一方、Cuイオン濃度が過剰になると、溶質が析出しやすくなる。従って、Cuイオン濃度は、飽和濃度以下が好ましい。Cuイオン濃度は、さらに好ましくは、飽和濃度の90%以下である。
【0019】
水溶液中に含まれる酸は、Cuを溶解可能なものであれば良い。このような酸としては、具体的には、硝酸、硫酸、過塩素酸、リン酸、塩酸、ホウ酸などがある。
Cu塩と酸の組み合わせは、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。
【0020】
一般に、酸水溶液中のpHが大きくなりすぎると、Cu電極を所定の電位にするのが困難となる。また、酸水溶液中のpHが大きくなるほど、反応速度が低下する。従って、酸水溶液のpHは、4以下が好ましい。
一方、処理対象物が複合体である場合において、pHが小さくなりすぎると、担体(例えば、カーボン)の表面を酸化させる場合がある。従って、酸水溶液のpHは、1以上が好ましい。
【0021】
[1.1.2. Cu電極]
「Cu電極」とは、少なくともその表面がCu又はCu合金からなり、Cu電極−コア粒子−酸水溶液間を直接的又は間接的に、イオン的に導通することが可能なものをいう。
Cu電極は、少なくともその表面がCu又はCu合金であれ良く、必ずしも全体がCu又はCu合金である必要はない。
【0022】
Cu電極は、高純度Cuが好ましいが、コア粒子の電位をCuの標準電極電位(約0.35V)にすることが可能な限りにおいて、不可避的不純物を含む低純度Cuや合金元素を含むCu合金でも良い。
例えば、酸化還元電位がCuより低い金属(例えば、Zn、Snなど)を含むCu合金は、Cu電極として用いることはできない。これは、Cuより卑な金属が優先的に溶解するため(又は、溶解時に電極がCuの標準電極電位より低い電位になるため)である。
一方、Cuより貴な金属(例えば、Pt、Ag、Au、Pd、Irなど)を含むCu合金は、Cu電極として用いることができる。
Cu電極としてCu合金を用いる場合において、Cu含有量が少なくなるほど、Cuの溶解速度が遅くなる。また、Cuの溶解が進むと、電極表面のCu比率が下がり、Cuとコア粒子との接触が起きにくくなる。従って、Cu電極としてCu合金を用いる場合、Cu電極のCu含有量は、多いほど良い。
【0023】
Cu電極としては、具体的には、
(1)固体のCu又はCu合金からなる粒、板、棒、細線、網(メッシュ)、塊、
(2)内壁面がCu又はCu合金で被覆された容器、
などがある。
【0024】
[1.1.3. 接触方法]
酸水溶液とCu電極の接触方法は、Cu電極の少なくとも一部分を酸水溶液と接触させ、Cu電極の電位をCuの標準電極電位にすることが可能な方法であれば良い。この場合、酸水溶液とCu電極が直接、接触していれば良く、必ずしもCu電極とコア粒子又は複合体が直接、接触している必要はない。
【0025】
具体的な接触方法は、Cu電極の形状や大きさ、酸水溶液中におけるコア粒子や複合体の状態等に応じて、最適な方法を選択すれば良い。
例えば、Cu電極が粉末である場合、酸水溶液中に粉末を分散させるだけで良い。
また、Cu電極が板、棒、細線又は網である場合、酸水溶液中に板等の全体を浸漬しても良く、あるいは、板等の一端のみを浸漬しても良い。
また、Cu電極が塊である場合、酸水溶液中に塊の全体又は一部を浸漬しても良く、あるいは、塊の表面に酸水溶液を滴下又は噴霧しても良い。
また、Cu電極が容器内壁面に形成されたCu層である場合、容器内に酸水溶液を入れるだけで良い。
【0026】
[1.2. コア粒子又は複合体とCu電極の接触]
[1.2.1. コア粒子又は複合体]
「コア粒子」とは、Pt又はPt合金からなる粒子をいう。
「Pt合金」とは、Pt含有量が50at%以上である合金をいう。Pt合金としては、例えば、PtCo合金、PtCu合金、PtFe合金、PtSn合金、PtRu合金、PtNi合金、PtIr合金、PtAu合金などがある。
「複合体」とは、コア粒子が導電性担体に担持されたものをいう。導電性担体は、粉末であっても良く、あるいは、板、棒、網等であっても良い。導電性担体としては、例えば、カーボン、チタン酸化物(Ti47)、モリブデン酸化物、タンタル酸化物などがある。
【0027】
コア粒子の大きさは、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。例えば、本発明に係る方法により得られる置換メッキ前駆体を燃料電池用の電極触媒として用いる場合、コア粒子の直径は、2〜10nmが好ましい。
【0028】
[1.2.2. 接触方法]
コア粒子又は複合体とCu電極との接触は、コア粒子をCu電極と同電位(Cuの標準電極電位)にするために行われる。そのため、両者は、必ずしも酸水溶液中で接触している必要はなく、酸水溶液外で接触していても良い。また、UPDは、ほぼ瞬間的に起こるため、コア粒子又は複合体とCu電極とは、常時接触している必要はなく、UPDが完了するまでの僅かな時間だけ接触していれば良い。
【0029】
具体的な接触方法は、Cu電極の形状や大きさ、酸水溶液中におけるコア粒子や複合体の状態等に応じて、最適な方法を選択すれば良い。
例えば、複合体及びCu電極がともに粉末である場合、両者を酸水溶液中に分散させ、分散液を攪拌すればよい。
また、複合体が粉末であり、Cu電極が棒である場合、複合体を酸水溶液中に分散させた分散液にCu電極を浸漬し、分散液を攪拌すればよい。
また、粉末の複合体が導電性の基板(例えば、グラッシーカーボン)の表面に固定されており、Cu電極が細線である場合、細線の一端に基板を接続すれば良い。
【0030】
[1.3. コア粒子又は複合体と酸水溶液との接触]
酸水溶液−Cu電極間、及び、コア粒子又は複合体−Cu電極間が接触している状態において、コア粒子と酸水溶液とを接触させると、コア粒子の表面にCu層を析出させることができる。
この場合、雰囲気中に酸素が含まれていると、コア粒子と酸素とが接触し、コア粒子の電位が高くなる。コア粒子の電位がCuの標準電極電位より高くなると、コア粒子表面に析出したCu層が剥離する。従って、コア粒子と酸水溶液との接触は、不活性ガス雰囲気下において行う必要がある。不活性ガス雰囲気としては、例えば、N2、Arなどがある。
ここで、「不活性ガス雰囲気下で接触させる」とは、コア粒子が酸素を含むガスと接触しない状態で、コア粒子又は複合体−酸水溶液間の接触を行うことをいう。
【0031】
[1.4. 析出工程の具体例]
不活性ガス雰囲気下において、コア粒子又は複合体−酸水溶液−Cu電極間を接触させる方法としては、具体的には、以下のような方法がある。
【0032】
[1.4.1. 具体例1]
第1の方法は、容器内に酸水溶液、Cu電極として機能するCu又はCu合金からなる固体、及び、コア粒子又は粉末状の複合体を入れ、酸水溶液を攪拌する方法である。
Cu電極は、粉末であっても良く、あるいは、板、棒、細線、網、塊であっても良い。酸水溶液の攪拌は、スターラー等を用いて行っても良い。また、Cu電極が板、棒等からなる場合、Cu電極を用いて酸水溶液を攪拌しても良い。酸水溶液を入れた容器は、酸水溶液表面におけるコア粒子と酸素との接触を防ぐために、不活性ガス雰囲気中(例えば、グローブボックス内)に置くのが好ましい。
酸水溶液を攪拌すると、酸水溶液中においてCu電極とコア粒子又は複合体とが接触する。コア粒子又は複合体とCu電極との接触頻度は、粉末の分散量及び攪拌速度により制御することができる。
【0033】
[1.4.2. 具体例2]
第2の方法は、容器の少なくとも内壁面にCu電極として機能するCu層又はCu合金層を形成し、容器内に、酸水溶液、及び、コア粒子又は粉末状の複合体を入れ、酸水溶液を攪拌する方法である。
この場合、容器は、全体がCu又はCu合金からなるものでも良く、表面のみがCu又はCu合金からなるものでも良い。酸水溶液を入れた容器は、酸水溶液表面におけるコア粒子と酸素の接触を防ぐために、不活性ガス雰囲気中に置くのが好ましい。
酸水溶液を攪拌すると、Cu電極として機能する容器の内壁面とコア粒子又は複合体とが接触する。コア粒子又は複合体とCu電極との接触頻度は、粉末の分散量及び攪拌速度により制御することができる。
【0034】
[1.4.3. 具体例3]
第3の方法は、両端が開放している容器内にCu電極として機能するCu又はCu合金からなる固体を充填し、酸水溶液にコア粒子又は粉末状の複合体を分散させた分散液を容器内に流通させる方法である。
容器内に充填されるCu電極の形状は、特に限定されるものではなく、分散液を流通させることが可能なものであれば良い。Cu電極は、例えば、粒度の粗い粉末、板、棒、網、あるいは、塊のいずれであっても良い。分散液の流通経路は、不活性ガス雰囲気とするのが好ましい。
Cu又はCu合金からなる固体が充填された容器の一端から他端に向かって分散液を流通させると、流通過程で分散液中のコア粒子又は複合体とCu電極とが接触する。コア粒子又は複合体とCu電極との接触頻度は、容器内へのCu又はCu合金からなる固体の充填量、分散液中の粉末量、分散液の流通速度などにより制御することができる。
【0035】
[1.4.4. 具体例4]
第4の方法は、コア粒子又は粉末状の複合体を酸水溶液中に分散させた分散液を、Cu電極として機能するCu又はCu合金からなる固体の表面に噴霧する方法である。
Cu電極の形状は、特に限定されるものではなく、粉末、板、棒、細線、網、塊のいずれであっても良い。また、噴霧は、不活性ガス雰囲気中で行うのが好ましい。
Cu電極の表面に分散液を噴霧すると、Cu電極/分散液界面において、コア粒子又は複合体とCu電極とが接触する。コア粒子又は複合体とCu電極の接触頻度は、分散液中の粉末量、噴霧量、Cu電極の表面積などにより制御することができる。
【0036】
[1.4.5. その他の具体例]
その他の方法としては、例えば、細線状のCu電極の一端に導電性基板を接続し、導電性基板の表面にコア粒子又は複合体を固定し、細線をU字形に折り曲げて、細線の一端と導電性基板とを同時に酸水溶液中に浸漬する方法などがある。
【0037】
[1.5. 用途]
本発明に係る方法により得られる置換メッキ前駆体は、Pt又はPt合金粒子の表面がCu単原子層で覆われている。表面のCu単原子層は、ガルバニック置換法を用いて他の材料(例えば、Au)に置換することができる。Au被覆Pt(又は、Pt合金)粒子は、燃料電池などの各種電気化学デバイスの触媒として用いることができる。
また、Au被覆Pt(又は、Pt合金)粒子は、各種センサ(例えば、アルコールセンサやガスセンサ)などに用いることができる。
【0038】
[2. 置換メッキ前駆体の製造方法の作用]
外部電源を用いた従来のUPD法において、Ptナノ粒子の表面にCu単原子層を析出させるためには、作用極表面にPtナノ粒子を固定する必要がある。しかしながら、この方法は、量産には適さない。
一方、Ptナノ粒子を水溶液に分散させた分散液中に、外部電源により電位制御された寸法安定電極(作用極)、対極、及び、参照極を浸漬し、分散液を攪拌する方法も考えられる。分散液を攪拌すると、Ptナノ粒子と電位制御された寸法安定電極とを接触させることができる。しかしながら、この方法では、対極から酸素ガスが発生し、Cu単原子層が剥離しやすいという問題がある。また、分散液を用いているために、参照極が汚染されたり、あるいは、参照極に至る経路がPtナノ粒子で目詰まりしやすくなる。その結果、電位制御の長期の安定性が損なわれる可能性が高い。
【0039】
これに対し、固体Cuを酸水溶液に浸漬すると、Cuイオンが溶解する。Cuイオンが存在する酸水溶液中では、固体Cu表面では、Cuの溶解とCuイオンの析出とが起こる。これが平衡状態に達すると、この時の固体Cu表面の電位は、約0.35V(SHE基準)となる。この固体CuにPt(カーボンなどの電子伝導体を介しても良い)を接触させると、そのPtの電位は、0.35Vとなる。また、電子伝導体の端部が固体Cuに触れただけでも、電子伝導体全体がその電位になる。このCuの平衡電位では、PtやPd上に、究極のメッキとも言うべきCu単原子層からなる被膜が析出する現象(UPD)が生じる。本発明は、この原理を利用している。
【0040】
すなわち、図1に示すように、Cuイオンを含む平衡状態の酸水溶液(Cuイオン溶液)中にCu電極の少なくとも一部分を浸漬すると、Cu電極の電位は、場所によらずCuの標準電極電位(約0.35V)に等しくなる。このCu電極とコア粒子又は複合体とを接触させると、接触箇所が酸水溶液中か否かにかかわらず、コア粒子の電位は、Cu電極と同電位となる。この状態でコア粒子と酸水溶液とを接触させると、ほぼ瞬間的にUPDが起こり、コア粒子の表面がCu単原子層で被覆される。また、一旦、UPDによりコア粒子の表面がCu単原子層で被覆されると、Cu電極からコア粒子が離れても、UPD状態は壊れない。
【0041】
本発明に係る方法は、酸水溶液と接触しているCu電極が0.35Vの電源として機能するため、UPDを生じさせるために外部電源や参照極を用いる必要がない。また、コア粒子を作用極に塗布・固定させる必要がなく、量産にも適している。さらに、Cu電極は、対極としても機能するが、Cu電極表面では、酸化反応としてCuの溶解反応(Cu→Cu2++2e-)が起こるだけで、酸素の発生を伴わない。そのため、一旦析出したCu単原子層が剥離するおそれも少ない。
【実施例】
【0042】
(実施例1)
[1. 試料の作製]
市販のPt/Cを基板表面に固定した。基板には、グラッシーカーボンを用いた。また、Pt/Cの固定は、Pt/Cを溶媒に分散させてインクとし、インクを基板表面に塗布し、溶媒を乾燥させることにより行った。
【0043】
[2. 試験方法]
図2に、試験装置の概略構成図を示す。図2において、試験装置10は、容器12と、作用極(WE)14と、対極(CE)16と、参照極(RE)18と、Cu電極20とを備えている。
容器12は、Pt粒子の表面をサイクリックボルタムメトリ(CV)クリーニングするためのクリーニング液、あるいは、Pt粒子の表面にCu単原子層を析出させるための酸水溶液を保持するためのものである。本実施例において、クリーニング液には、0.1M HClO4水溶液を用いた。また、UPD用の酸水溶液には、50mM CuSO4+0.1M H2SO4水溶液を用いた。
【0044】
作用極14の先端には、Pt/Cを固定した基板22が接続されている。作用極14、対極16及び参照極18は、図示しない外部電源に接続されている。また、容器12内の酸水溶液中には、細線状のCu電極20が浸漬されている。
本実施例において、外部電源は、Pt粒子の表面をCVクリーニングする場合、及び、電流−電圧特性を測定する場合にのみ用いた。
一方、UPDは、作用極14に接続された基板22をUPD用の酸水溶液に浸漬し、基板22とCu電極20とを接触させることにより行った。その際、作用極14及び参照極18は、電位の計測のみに用いた。
Cu電極20と基板22とを接触させると、Pt粒子表面では、次の(1)式の反応が起こる。また、これと同時に、Cu電極20の表面では、次の(2)式の反応が起こる。
Pt+Cu2++2e- → Cu−Pt ・・・(1)
Cu → Cu2++2e- ・・・(2)
【0045】
図3に、図2に示す試験装置10を用いた試験手順のブロック図を示す。
まず、容器12にクリーニング液を入れ、クリーニング液中にPt/Cを固定した基板22を浸漬し、CVクリーニングを行った。CVクリーニング条件は、電位幅:0.05〜1.2V、走査速度:50mV/s、サイクル数:50回とした。
次に、容器12にUPD用の酸水溶液を入れ、CVクリーニング後の基板22を酸水溶液中に浸漬した。次いで、酸水溶液中に浸漬されたCu電極20の一端を基板22に接触させ、レストポテンシャル(R.P.)を測定した。
さらに、R.P.測定後、Cuのリニアスウィープボルタムメトリ(LSV:1サイクル目)及びサイクリックボルタムメトリ(CV:2サイクル目)を行った。LSV条件は、電位幅:0.35〜1.2V、走査速度:50mV/s、走査時間:17秒とした。また、CV条件は、電位幅:0.35〜1.2V、走査速度:50mV/s、走査時間:34秒とした。
【0046】
[3. 結果]
[3.1. R.P.測定]
図4に、基板22とCu電極20との接触前及び接触後のレストポテンシャル(R.P.)測定の結果を示す。図4より、基板22とCu電極20とを接触させると、ほぼ瞬間的に基板22の電位が約0.35V(Cuの標準電極電位)になることがわかる。
【0047】
[3.2. LSV及びCV]
図5に、CuのLSV(1サイクル目)及びCV(2サイクル目)を示す。図5より、以下のことがわかる。
(1)LSVにおいて、0.35Vから電位を上昇させると、電流が上昇した。
これは、(a)Cu電極20と基板22とを接触させるだけでUPDが生じたこと、及び、(b)Cu電極20との接触時に形成されたPt粒子表面のCu単原子層が電位上昇によって剥離したこと、を示す考えられる。
(2)CVにおいて、1.2Vから0.35Vまで電位を下げると、電流が減少した。これは、外部電源を用いた電位制御により、Pt粒子表面がCu単原子層で被覆されたことを示すと考えられる。
(3)CVにおいて、0.35Vから電位を再度上昇させると、上昇時のCVは、LSVとほぼ一致した。これは、基板22とCu電極20との接触によって、外部電源を用いたUPDとほぼ同等のUPDが生じたことを示すと考えられる。
【0048】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明に係る置換メッキ前駆体の製造方法は、表面が異種金属で被覆された各種触媒を製造するための前駆体の製造方法として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuイオンを含む酸水溶液とCu電極の少なくとも一部分とを接触させ、
Pt若しくはPt合金からなるコア粒子、又は、前記コア粒子が導電性担体に担持された複合体と前記Cu電極とを前記酸水溶液内又は前記酸水溶液外において接触させ、かつ、
前記コア粒子と前記酸水溶液とを、不活性ガス雰囲気下において接触させることにより、前記コア粒子の表面にCu層を析出させる析出工程
を備えた置換メッキ前駆体の製造方法。
【請求項2】
前記コア粒子は、直径が2〜10nmである請求項1に記載の置換メッキ前駆体の製造方法。
【請求項3】
前記酸水溶液のCuイオン濃度は、1mM以上飽和濃度以下である請求項1又は2に記載の置換メッキ前駆体の製造方法。
【請求項4】
前記酸水溶液のpHは、1以上4以下である請求項1から3までのいずれかに記載の置換メッキ前駆体の製造方法。
【請求項5】
前記析出工程は、
(a)容器内に前記酸水溶液、前記Cu電極として機能するCu又はCu合金からなる固体、及び、前記コア粒子又は粉末状の前記複合体を入れ、前記酸水溶液を攪拌する方法、
(b)容器の少なくとも内壁面に前記Cu電極として機能するCu層又はCu合金層を形成し、前記容器内に、前記酸水溶液、及び、前記コア粒子又は粉末状の前記複合体を入れ、前記酸水溶液を攪拌する方法、
(c)両端が開放している容器内に前記Cu電極として機能するCu又はCu合金からなる固体を充填し、前記酸水溶液に前記コア粒子又は粉末状の前記複合体を分散させた分散液を前記容器内に流通させる方法、又は、
(d)前記コア粒子又は粉末状の前記複合体を前記酸水溶液中に分散させた分散液を、前記Cu電極として機能するCu又はCu合金からなる固体の表面に噴霧する方法、
を用いて、前記コア粒子の表面に前記Cu層を析出させるものである請求項1から4までのいずれかに記載の置換メッキ前駆体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−172162(P2012−172162A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−32554(P2011−32554)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】