説明

耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄およびその熱処理方法

【課題】 衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材用の、耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄およびその熱処理方法を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:2.5〜3.5%、Si:0.2〜1.0%、Mn:0.6〜2.0%、Cr:11〜22%、Mo:1.0〜3.0%、N:0.01〜0.15%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる高Cr鋳鉄であって、CrとCの含有量の比Cr/Cを4.5〜6.5の範囲とするとともに、MnとMoの含有量の積Mn*Moを1.8〜2.5の範囲とし、この高Cr鋳鉄の焼入れ時の表面の冷却速度を5℃/sec以下とすることによって、組織中の残留γを体積率で30%以下とし、耐ヒートクラック性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性は勿論、耐ヒートクラック性に優れており、高温の熱サイクルに曝される耐摩耗部材、特に、高温の鋼材搬送用のローラまたはリフター、あるいは、製鉄所の高炉周りや焼結工場など、高温の鉱石や石炭類などとの接触や衝突が生じるライナ−などの部材に好適な高Cr鋳鉄に関するものである。
【背景技術】
【0002】
棒鋼などの鋼材圧延ラインにおける、高温の鋼材搬送用のローラには耐摩耗性が要求される。従来、この種ローラとしては、S45Cなどの鋼材に、耐摩耗性を付与するための、13Crマルテンサイト系ステンレス鋼やタングステン炭化物、クロム炭化物系サーメット材料などの硬質層を溶射したものが使用されていた。
【0003】
しかし、前記鋼材搬送用のローラには、更に、600〜1200℃の赤熱した高温の鋼材が断続的に接触することによるヒートサイクル(熱サイクル)が加わる。このため、ローラ表面の硬質層にはこのヒートサイクルによるヒートクラックが生じやすくなる。ローラ表面硬質層にこのヒートクラックが生じた場合、ローラの耐摩耗性を損なうとともに、硬質層の一部が剥離して、搬送中の鋼材を傷つける可能性がある。このため、ヒートクラックが生じたローラ表面硬質層(以下、ローラ表層部とも言う)の検知と補修に多くの労力を費やす必要が生じる。また、このローラ補修のための設備休止も、鋼材の生産性に与える影響が大きい。
【0004】
これに対して、粗圧延後の高温の赤熱スラブの搬送用のテーブルロールに、高Cr鋳鉄を使用することが提案されている(特許文献1参照)。この技術は、赤熱スラブによるテーブルロールの焼付きを防止するとともに、耐摩耗性にも優れたテーブルロールを提供しようとしている。このため、7.5〜18%のCrに、Ni、W、Mo、Vなどを含有させた高Cr鋳鉄の、マルテンサイト生地中に炭化物を析出分散させた組織を持たせるものである。
【0005】
また、高Cr鋳鉄において、上記炭化物を、硬度や靱性の向上に用いる技術も提案されている。例えば、圧延用ロールや切削工具などの用途向けに、高Cr鋳鉄の凝固時に形成される炭化物の形態に着目し、Vを3〜10%添加した上で、基地組織と、形成された一次炭化物であるMC型炭化物やM7 3 型炭化物との界面に、平均粒径が3μm以下の微細なM6 C型炭化物を形成させ、高硬度を得る技術も提案されている(特許文献2参照)。また、圧延用ロールの用途で、M7 3 型炭化物の他に、M236 型炭化物を分散させて、靱性を向上させる技術も提案されている(特許文献3参照)。
【特許文献1】特公平2−2941号公報(特許請求の範囲、第1〜2列)
【特許文献2】特開2001−316754号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開昭63−121635号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高Cr鋳鉄の硬度は、700Hv以上、場合によっては900Hv以上と高い。このため、耐摩耗性が要求される前記鋼材圧延ラインにおける、高温の鋼材搬送用のローラには好適と言える。
【0007】
しかし、本発明者らの知見によれば、高Cr鋳鉄は、前記特許文献1〜3のような高Cr鋳鉄組織中の炭化物制御によっても、前記鋼材搬送用のローラにおけるヒートクラックや、これに基づくローラ表層部の剥離に伴う搬送中の鋼材の傷付きを十分に抑制できない。
【0008】
前記鋼材搬送用のローラでは、前記特許文献1の赤熱スラブの搬送用のテーブルロール用途とは違い、高温の棒鋼などの鋼材が高速で通過する。このため、前記棒鋼などの鋼材搬送用のローラでは、棒鋼による衝撃も熱と共に付加されて、前記ヒートサイクルが、より過酷な状態でローラ表面に加わるものと推考される。したがって、現状の高Cr鋳鉄や、前記高Cr鋳鉄組織中の炭化物制御によっては、前記ヒートクラックの発生や、これに基づくローラ表層部の剥離に伴う搬送中の鋼材の傷付きを十分に抑制できない。
【0009】
したがって、前記鋼材搬送用のローラなどに対し、衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材において、表面のヒートクラックを防止しうる高Cr鋳鉄はこれまでなかったのが実情である。因みに、前記した特許文献2、3などの圧延用のロールや切削工具などの用途向けには、元々高Cr鋳鉄の靱性が低いために、高Cr鋳鉄の適用自体が不適である。
【0010】
本発明は、かかる問題に鑑みなされたもので、前記鋼材搬送用のローラなど、衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材用の、耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄およびその熱処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的を達成するために、本発明の耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄の要旨は、質量%で、C:2.5〜3.5%、Si:0.2〜1.0%、Mn:0.6〜2.0%、Cr:11〜22%、Mo:1.0〜3.0%、N:0.01〜0.15%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる高Cr鋳鉄であって、前記CrとCの含有量の比Cr/Cが4.5〜6.5の範囲であるとともに、前記MnとMoの含有量の積Mn*Moが1.8〜2.5の範囲であり、製品鋳鉄表面から深さ5〜10mmの表面部位組織中の残留γが平均体積率で30%以下であることとする。
【0012】
また、この目的を達成するための本発明の耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄の熱処理方法の要旨は、上記要旨の高Cr鋳鉄の熱処理方法であって、高Cr鋳鉄を焼入れするに際し、焼入れ時の高Cr鋳鉄表面の冷却速度を5℃/sec以下とすることである。
【発明の効果】
【0013】
本発明者らは、高Cr鋳鉄の成分組成および組織と、耐ヒートクラック性との関係について調査した。この結果、特に、高Cr鋳鉄の表面部位組織中に多く存在する残留γが耐ヒートクラック性を顕著に低下させることを知見した。
【0014】
この残留γが耐ヒートクラック性を低下させる理由は定かではない。ただ、残留γの組織部分と、他の組織部分とでは、その熱膨張係数の差が大きい。このため、棒鋼などの圧延ラインにおける鋼材搬送用のローラ表面に、鋼材による熱が衝撃と共に付加されるようなヒートサイクルが加わった際には、高Cr鋳鉄ローラ表面で局部的な熱膨張の差が大きく生じやすい。この結果、ヒートサイクル、特に衝撃を伴うヒートサイクルが持続的に加わった場合には、高Cr鋳鉄ローラ表面のヒートクラックに到るものと推考される。
【0015】
これに対して、本発明では、高Cr鋳鉄の耐ヒートクラック性に大きく影響する表面部位組織中における残留γを平均体積率で30%以下に規制することによって、前記局部的な熱膨張係数の差を少なくする。そして、前記鋼材搬送用のローラなど、衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材の耐ヒートクラック性を高めた上で、高Cr鋳鉄本来の耐摩耗性を発揮させる。
【0016】
通常の高Cr鋳鉄の熱処理方法では、高Cr鋳鉄を焼入れするに際し、焼入れ時の高Cr鋳鉄表面の冷却速度を5℃/secを遥かに超える速い冷却速度で行なう場合がある。これは、高Cr鋳鉄の通常の主たる用途である破砕機などに用いられる耐摩耗部材では、疲労亀裂に対する抵抗性が求められ、この抵抗性を高めるために、焼入れ時の高Cr鋳鉄表面の冷却速度を速くしているからである。しかし、この通常の焼入れ方法では、必然的に、高Cr鋳鉄組織中の残留γ量が平均体積率で30%を超えて高くなり、耐ヒートクラック性が低下する。
【0017】
このため、高Cr鋳鉄を焼入れる際には、鋳鉄表面の冷却速度を、上記要旨の通り、5℃/sec以下と遅くする必要がある。但し、このように高Cr鋳鉄表面の冷却速度を遅くした場合、高Cr鋳鉄の成分組成によっては、硬度が低くなり、耐摩耗性が低下する。また、高Cr鋳鉄表面の冷却速度を遅くしても、高Cr鋳鉄の成分組成によっては、確実に高Cr鋳鉄表面の残留γ量を平均体積率で30%以下と規制できない場合が生じる。
【0018】
したがって、焼入れ時の鋳鉄表面の冷却速度を5℃/sec以下と遅くしても、高硬度を確保するとともに、確実に高Cr鋳鉄表面の残留γ量を平均体積率で30%以下と規制して耐ヒートクラック性を保障するため、高Cr鋳鉄の成分組成も同時に調整する必要がある。このため、本発明では、上記基本成分の内、前記CrとCの含有量の比Cr/Cと、前記MnとMoの含有量の積Mn*Moを、更に特定の範囲に限定する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(高Cr鋳鉄組成)
先ず、本発明の高Cr鋳鉄の化学成分組成(単位:質量%)について、各元素の限定理由を含めて、以下に説明する。
【0020】
本発明における高Cr鋳鉄の基本的な化学成分組成は、高硬度や靱性などの基本特性を確保するために、C:2.5〜3.5%、Si:0.2〜1.0%、Mn:0.6〜2.0%、Cr:11〜22%、Mo:1.0〜3.0%、N:0.01〜0.15%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるものとする。
【0021】
そして、本発明では、前記した通り、焼入れ時の鋳鉄表面の冷却速度を遅くしても、高硬度を確保するとともに、高Cr鋳鉄表面組織中の残留γを平均体積率で30%以下に規制するために、上記基本的な化学成分組成の内、更に、CrとCの含有量の比Cr/Cを4.5〜6.5の範囲とするとともに、MnとMoの含有量の積Mn*Moを1.8〜2.5の範囲に、より限定する。
【0022】
C:2.5〜3.5%。
Cは、Cr、Mo、あるいは不純物であるFeなどと、高硬度の炭化物(MC型、M7 3 型、M236 型、M3 C型など) を形成するとともに、基地中に固溶し、鋳鉄の焼入れ処理(空冷処理)によって、オーステナイトから硬さの高いマルテンサイトへの変態を支配する (マルテンサイト組織を得る) ための元素であり、必要硬度確保のための重要な元素である。
【0023】
一般にマルテンサイトの硬さは、固溶するC量が多いほど高くなることが知られており、C含有量が2.5%未満の場合は、基地中に固溶するC量が不足し、基地硬さが不足するだけでなく、晶出および析出する前記炭化物も少なくなるため、鋳鉄乃至耐磨耗部材としての硬さも不足し、必要な耐摩耗性が得られない。一方、C含有量が3.5%を超えると、生成する前記炭化物が粗大化して、鋳鉄乃至耐磨耗部材が脆弱となり、脆性破壊が生じてしまう。また、基地中に固溶するC量が多すぎるため、硬さの低いオーステナイトが多量に残留する結果、やはり硬さ不足を招来して、必要な耐摩耗性が得られない。従って、C量は2.5〜3.5%、好ましくは2.8〜3.3%の範囲とする。
【0024】
Si:0.2〜1.0%。
Siは、鋳鉄鋳造時の溶湯の流動性を確保し、また、溶解・精錬時の脱酸に有効な元素であり、こうした効果を発揮させるためには、0.2 %以上の含有量が必要である。一方、Siはフェライト生成元素であり、Si含有量が1.0%を超えると、フェライト変態を促進して、基地硬さの低下を招来するばかりか、靭性低下をもたらす。したがって、Si含有量は0.2〜1.0%の範囲、好ましくは0.3〜0.8%の範囲とする。
【0025】
Mn:0.6〜2.0%。
Mnは、高Cr鋳鉄の焼入れ性を改善し、特に基地中に固溶して、オーステナイトが硬さの低いベイナイトに変態するのを抑制する効果を有し、基地をマルテンサイト組織とするために必須である。Mn含有量が0.6%未満ではその効果が発揮されないため下限は0.6%とする。一方、Mnはオーステナイト安定化元素であり、過剰に含有すると基地中の残留オーステナイトが多量になり、硬さが低下するため、Mn含有量の上限は2.0%とする。従って、Mn含有量は0.6〜2.0%の範囲、好ましくは0.8〜1.5%の範囲とする。
【0026】
Cr:11〜22%。
Crは、Cと同様に、耐摩耗性の高い各種炭化物を形成するとともに、基地中に固溶して、オーステナイトが硬さの低いフェライトに変態するのを抑制する効果を果たす必須の元素である。従って、必要な硬さが得られるに十分な炭化物量を形成させるとともに、フェライト変態防止に有効な量のCrを基地中に固溶させる必要がある。Cr含有量が11%未満の場合は、基地中に固溶するCr量が不足して、基地のフェライト変態が生じ、基地硬さが低下するだけでなく、晶出および析出する炭化物も少なくなり、硬さ不足を招来し、必要な耐摩耗性が得られない。
【0027】
一方、Cr含有量が22%を超えると、生成する炭化物が粗大化して、脆弱となり脆性破壊が生じてしまうとともに、基地中に固溶するC量が減少して基地の硬さが低下し、やはり硬さ不足を招来して必要な耐摩耗性が得られなくなる。従って、Cr含有量は11〜22%の範囲、好ましくは14〜18%の範囲とする。
【0028】
Cr/C:4.5〜6.5。
但し、本発明では、前記した通り、高Cr鋳鉄の焼入れ時の冷却速度を5℃/sec以下と遅くしても、高Cr鋳鉄表面組織中の残留γを平均体積率で30%以下に規制するとともに、必要な硬度を確保するために、更に、CrとCの含有量の比Cr/Cを4.5〜6.5の範囲に限定する。
【0029】
Cr/Cが6.5を超えた場合、基地中に固溶するC量が不足する。このため、高Cr鋳鉄の焼入れ時の冷却速度を5℃/sec以下と遅くした際に、基地の硬さが低下し、必要な耐摩耗性が得られなくなる。また、オーステナイト(γ)からマルテンサイトへの変態量が少なくなり、残留γが多くなり、高Cr鋳鉄表面組織中の残留γを平均体積率で30%以下にできない。
【0030】
一方、Cr/Cが4.5未満では、基地中に固溶するCr量が不足するか、基地中に固溶するC量が多すぎる。このため、Cr量が不足した場合には、高Cr鋳鉄の焼入れ時の冷却速度を5℃/sec以下と遅くした際に、基地のフェライト変態が生じ、基地硬さが低下するだけでなく、晶出および析出する炭化物も少なくなり、硬さ不足を招来し、必要な耐摩耗性が得られない。また、基地中に固溶するC量が多すぎる場合には、硬さの低いオーステナイトが多量に残留する結果、高Cr鋳鉄表面組織中の残留γを平均体積率で30%以下にできないし、やはり硬さ不足を招来して、必要な耐摩耗性が得られない。
【0031】
Mo:1.0〜3.0%。
Moは、Crと同様に、耐摩耗性の高い各種炭化物を形成するとともに、基地中に固溶してオーステナイトが硬さの低いパーライトに変態するのを抑制する効果を有している必須元素である。従って、必要な硬さが得られるに十分な炭化物量を形成させるとともに、パーライト変態防止に有効な量を基地中に固溶させる必要がある。Mo含有量が1.0%未満の場合は、基地中に固溶するMo量が不足するため、基地中のパーライト変態が生じ基地硬さが低下するだけでなく、晶出および析出する炭化物も少なくなり、硬さ不足を招来し、必要な耐摩耗性が得られない。一方、Mo含有量が3.0%を超えると、基地中に固溶するC量が減少して基地硬さが低下するとともに、残留γ量も増大するので、やはり硬さ不足を招来して必要な耐摩耗性が得られなくなる。従って、Mo量は1.0〜3.0%の範囲、好ましくは1.5〜3.0%の範囲とする。
【0032】
Mn*Mo:1.8〜2.5。
但し、本発明では、前記した通り、高Cr鋳鉄の焼入れ時の冷却速度を5℃/sec以下と遅くしても、高Cr鋳鉄表面組織中の残留γを平均体積率で30%以下に規制するとともに、必要な硬度を確保するために、MnとMoの含有量の積Mn*Moを1.8〜2.5の範囲により限定する。
【0033】
Mn*Moが1.8未満では、MnかMoの含有量が不足する。このため、基地中に固溶するMnかMoの量が不足するため、焼入れ時の鋳鉄表面の冷却速度を5℃/sec以下と遅くした場合、高Cr鋳鉄の焼入れ性が低下し、必要な硬度が確保できない。
【0034】
一方、Mn*Moが2.5を超えた場合、Mn量が過剰な場合には、高Cr鋳鉄の焼入れ時の冷却速度を5℃/sec以下と遅くした場合にでも、基地(組織)中の残留γが多量になり、高Cr鋳鉄表面組織中の残留γを平均体積率で30%以下にできないし、やはり硬さ不足を招来して、必要な耐摩耗性が得られない。また、Mo量が過剰な場合にも、高Cr鋳鉄の焼入れ時の冷却速度を5℃/sec以下と遅くした際に、基地中に固溶するC量が減少して基地硬さが低下するとともに残留γ量も増大し、やはり硬さ不足を招来して必要な耐摩耗性が得られなくなる。
【0035】
N:0.01〜0.15%。
Nは、衝撃値を低くする晶出物、析出物を生成させることなく、鋳鉄の耐摩耗性を高める効果がある。この効果を発揮させるためには、Nを0.01%以上含有させる必要がある。一方、N含有量が0.15%を超えると、窒化物などを形成して靱性が低下する。したがって、Nは0.01〜0.15%の範囲で含有させる。
【0036】
その他の元素。
その他の元素は基本的には不純物であり、含有量は少ない方が好ましい。ただ、スクラップなどの溶解原料から混入する場合もあり、含有量を規制することは溶解、鋳造のコストとの兼ね合いとなる。
不純物の内、Ti、V、Zr、Nbなどは、硬度や靱性を向上する効果も有する。Ti、V、Zr、Nbは、鋳鉄の凝固時に、球状の主としてMC型炭化物を優先的に形成させ、上記平板状あるいはフィルム状のM7 3 型炭化物の生成を抑制しつつ、炭化物の球状化を促進させる効果がある。MC型炭化物の硬度は、他の型の炭化物よりも硬度が高く、硬さ、耐磨耗性を向上させる。また、この炭化物の球状化によって、硬度レベルを低下させずに、靱性を向上させる。このため、Ti、V、Zr、Nbの含有を、これらの合計の含有量が10%以下となる範囲で許容する。
【0037】
(鋳鉄組織)
本発明では、鋳鉄組織の耐ヒートクラック性に寄与する製品鋳鉄表面部位の組織中の残留γを平均体積率で30%以下に規制することによって、前記鋼材搬送用のローラなど、衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材の耐ヒートクラック性を飛躍的に高める。表面から深さ5〜10mmの表面部位の残留γが平均体積率で30%を超えた場合、耐ヒートクラック性が低下して、前記鋼材搬送用のローラなど、衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材として使用できない。なお、製品鋳鉄表面部位の組織中の残留γを平均体積率で30%以下とすれば、より内部の組織の残留γは必然的に少なくなり、耐ヒートクラック性にとって良好な方に向かう。表面から深さ5〜10mmの表面部位の、残留γの平均体積率とは、例えば、この深さ範囲(5mm範囲深さ)を1mm間隔毎に6箇所計測した各残留γの体積率を平均化したものを言う。
【0038】
なお、本発明においては、高Cr鋳鉄の表面部位の残留γ平均体積率を規定する位置として、製品鋳鉄表面から深さ5〜10mmの表面部位としている。耐ヒートクラック性には、勿論、これより表面側(深さ5mm未満)の製品鋳鉄最表面までの組織中の残留γ体積率も大きく影響する。しかし、これより表面側の製品鋳鉄最表面組織は、製造後の素材鋳鉄を機械加工して製品鋳鉄とするため、この機械加工による歪み等の影響を受けて残留γ体積率自体が変化する可能性があり、再現性や信頼性に乏しい。このため、本発明においては、これら機械加工の影響を受けずに、しかも耐ヒートクラック性に大きく影響する部位として、製品鋳鉄表面から深さ5〜10mmの表面部位を残留γ平均体積率を規定する位置としている。なお、表面から深さ5〜10mmの幅を持たせているのは、この表面部位領域が耐ヒートクラック性に大きく影響するとともに、前記鋼材搬送用のローラなどの耐摩耗部材表面が長期の使用によって摩耗していっても、表面摩耗によって順次最表面となる内部の組織の耐ヒートクラック性を保障するためである。これによって、本発明高Cr鋳鉄はローラなどの耐摩耗部材としての使用期間中の耐ヒートクラック性を高めることができ、耐摩耗部材としての寿命自体も向上できる。
【0039】
本発明では高Cr鋳鉄の主組織は、、耐磨耗部材の高硬度高靱性の要求特性を満たすために、高Cr鋳鉄の主組織は、マルテンサイト主体の組織とする。また、750Hv以上の高硬度と、シャルピー衝撃値で2J/cm2 以上の高靱性を確保するためには、高Cr鋳鉄の組織を、マルテンサイトの体積率(体積分率)で50%以上とすることが好ましい。
【0040】
また、耐ヒートクラック性および硬度と靱性の特性を阻害しない範囲で、マルテンサイト中に、硬さの低い、残留オーステナイトや、パーライト、フェライト、ベイナイトなどを、含むことを許容する (但し、残留γは体積率で30%以下) 。
【0041】
(製造方法)
本発明高Cr鋳鉄は、常法により製造可能である。即ち、前記規定した化学成分組成を有する鋳鉄を、溶解、鋳造したのち、例えば、800〜1100℃の温度範囲で0.5〜10時間加熱保持して溶体化処理(均質化処理)する。溶体化処理は、鋳造時に生成した炭化物をオーステナイト中へある程度溶解させることで靱性低下を防止するとともに、マトリックス(マルテンサイト)中のC濃度を増すことにより、耐摩耗性を高める。
【0042】
この溶体化処理後に、焼入れ処理し、その後、選択的に焼戻し処理を行ない、マルテンサイトを主体とする組織とする。但し、高Cr鋳鉄組織中の残留γを体積率で30%以下に規制するために、空冷あるいは強制冷却、炉冷などの焼入れ処理における鋳鉄表面の冷却速度を5℃/sec以下とする。
【0043】
これら熱処理後の鋳鉄は、適当な機械加工を施されて、高温の鋼材搬送用のローラなど、適宜の用途の耐磨耗部材とされる。
【実施例】
【0044】
以下に本発明の実施例を説明する。成分組成、組織を種々変えた高Cr鋳鉄を得て、その硬度、靱性、などを各々評価した。即ち、高周波誘導溶解炉で、下記表1に示す1〜24の各成分組成の高Cr鋳鉄の円筒インゴット(外径:270mmΦ×内径:180mmΦ×長さ:250mm)を、液相線温度+50〜150℃で各々溶製した。
【0045】
上記各高Cr鋳鉄インゴットを、共通して900〜1000℃×6時間の溶体化処理を行なった後に、表2、3に示す、高Cr鋳鉄表面の種々の冷却速度で空冷した。その後、各高Cr鋳鉄を、共通して150〜250℃×2時間焼戻した。
【0046】
この熱処理後の高Cr鋳鉄を機械加工および表面研磨して、前記した棒鋼搬送用のローラを製造し、実操業における高温の棒鋼搬送用のローラに設置した。そして、合計約30万トンの、600〜1200℃の高温で18〜120mmΦの棒鋼を通過させ、その間の実際のローラの摩耗量と耐ヒートクラック性とを評価した。この棒鋼搬送用のローラには、前記高温棒鋼の断続的な接触によるヒートサイクルが加わる。これらの結果を表2、3に各々示す。
【0047】
なお、ローラの摩耗量は、使用前と使用後とのローラ表面の摩耗量(mm)を計測した。ローラの摩耗量は、2.0mm以下が、ローラ表面のヒートクラックが問題となる耐磨耗性部材として合格である。
【0048】
また、ローラの耐ヒートクラック性は、使用後の棒鋼と接触したローラ表面を観察し、目視で明らかにヒートクラックが生じているものを×、ルーペによる観察で微細なヒートクラックが生じていることが分かるものを△、ルーペによる観察でも微細なヒートクラックが生じていないものを○、として評価した。
【0049】
更に、上記熱処理後の各高Cr鋳鉄から各々試験片を採取して、機械加工されていない製品鋳鉄として、表面組織の耐ヒートクラック性に寄与する表面部位(表面から深さ5〜10mm)の、残留γの平均体積率とマルテンサイトの平均体積率(残留γと同様の測定方法による)を測定した。これらの結果を表2、3に示す。
【0050】
各試験片の残留γとマルテンサイトの平均体積率は、試験片表面から深さ5〜10mmの範囲内の1mm毎の各部位における、X線解析により公知のRietveld法により定量分析を行なった。即ち、X線解析により測定される、α(マルテンサイト)、γ(残留γ)の各ピーク値の面積率を積算して、各部位における、これらの体積率を算出し、平均化した。
【0051】
また、上記熱処理後の各高Cr鋳鉄から採取した各試験片の硬度と靱性とも計測した。これらの結果も表2、3に各々示す。
【0052】
硬度は、JISZ2244に準じて、ビッカース硬度計を用い、押し込み荷重(試験力)30kg(294.2N)で、各試験片の表面硬度(Hv)を5点測定して、平均化したものを鋳鉄の硬度とした。耐磨耗性は、この硬度が750Hv以上で、高温の鋼材搬送用のローラまたはリフターなど、特に前記した衝撃を伴うヒートサイクルが持続的に加わり、ローラ表面のヒートクラックが問題となる耐磨耗性部材として、合格である。
【0053】
靱性は、シャルピー衝撃試験により、2mmのUノッチのJIS3号試験片を用いて、ハンマー荷重:294.2N(30kgf)、試験温度:室温にて行った。なお、シャルピー衝撃値(J)は吸収エネルギーを試験片断面積で除して求めた。そして、靱性は、シャルピー衝撃値が2J/cm2 以上で、ローラ表面のヒートクラックが問題となる耐磨耗性部材として、合格である。
【0054】
表1、2から明らかな通り、発明例1〜12の鋳鉄は、表1のA〜Kまでの本発明成分組成範囲内の高Cr鋳鉄を用いている。そして、これら本発明成分組成範囲内の高Cr鋳鉄を、焼入れ処理における鋳鉄表面の冷却速度を5℃/sec以下として熱処理している。
【0055】
この結果、表2から明らかな通り、発明例1〜12の鋳鉄は、マルテンサイト分率が50%以上であるマルテンサイト主体の組織を有し、組織中の残留γが体積率で30%以下である。
【0056】
そして、ローラとしての実際の使用時の評価においても、発明例1〜12の鋳鉄は、摩耗量が2.0mm以下であり、また、ローラの耐ヒートクラック性も、ルーペによる観察でも微細なヒートクラックが生じておらず、ローラ表面のヒートクラックが問題となる耐磨耗性部材として合格である。
【0057】
また、機械的な特性においても、発明例1〜12の鋳鉄は、硬度が750Hv以上と高く、靱性もシャルピー衝撃値で5J/cm2 以上を確保している。
【0058】
これに対して、表3の通り、比較例13、14は、表1のAの本発明成分組成範囲内の高Cr鋳鉄を用いているものの、焼入れ処理における鋳鉄表面の冷却速度が5℃/secを超えている。この結果、表3から明らかな通り、組織中の残留γが体積率で30%を超えている。
【0059】
この結果、ローラとしての実際の使用時の評価において、発明例に比して、摩耗量が大きく、ローラの耐ヒートクラック性も、目視でヒートクラックが生じており、ローラ表面のヒートクラックが問題となる耐磨耗性部材として不合格である。
【0060】
また、表1、3の通り、比較例15〜24は、表1のL〜Uの本発明成分組成範囲外の高Cr鋳鉄を用いている。比較例15の高Cr鋳鉄LはC含有量が下限を外れる。比較例16の高Cr鋳鉄MはC含有量が上限を外れ、Cr/Cが下限を外れる。比較例17の高Cr鋳鉄NはSi含有量が上限を外れ、Cr/Cが下限を外れ、Ti、V、Zr、Nbなどの不純物の合計含有量が10%を超える。比較例18の高Cr鋳鉄OはMn含有量が上限を外れ、Mn*Moが上限を外れる。比較例19の高Cr鋳鉄PはCr含有量が上限を外れ、Cr/Cが上限を外れる。比較例20の高Cr鋳鉄QはN含有量が上限を外れる。比較例21の高Cr鋳鉄RはC含有量が下限を外れ、Cr含有量が下限を外れ、Cr/Cが下限を外れる。比較例22の高Cr鋳鉄SはC、Cr含有量は範囲内だが、Cr/Cが上限を外れる。比較例23の高Cr鋳鉄TはMn、Mo含有量は範囲内だが、Mn*Moが上限を外れる。
【0061】
このため、比較例16、18、19、21、24は、焼入れ処理における鋳鉄表面の冷却速度は5℃/sec以下であるものの、組織中の残留γが体積率で30%を超えている。この結果、ローラとしての実際の使用時の評価において、発明例に比して、摩耗量が大きく、ローラの耐ヒートクラック性も、目視でヒートクラックが生じており、ローラ表面のヒートクラックが問題となる耐磨耗性部材として不合格である。
【0062】
比較例15、17、22、23は、ローラの耐ヒートクラック性は良好であるものの、硬度が低過ぎるため、耐磨耗性部材として不合格である。比較例20もローラの耐ヒートクラック性は良好であるものの、靱性が低過ぎ、耐磨耗性部材として不合格である。
以上の実施例の結果から、本発明各要件の臨界的な意義が分かる。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0066】
以上説明したように、本発明によれば、鋼材搬送用のローラなど、衝撃を伴うヒートサイクルを受ける耐摩耗部材用の、耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄およびその熱処理方法を提供することができる。また、高Cr鋳鉄製耐摩耗部材の寿命自体も高めることができる。このため、本発明高Cr鋳鉄は、衝撃を伴う高温のヒートサイクルに曝される耐摩耗部材、特に、高温の鋼材搬送用のローラまたはリフター、あるいは、製鉄所の高炉周りや焼結工場など、高温の鉱石や石炭類などとの接触や衝突が生じ、ヒートクラックが問題となるライナ−などの耐摩耗部材に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:2.5〜3.5%、Si:0.2〜1.0%、Mn:0.6〜2.0%、Cr:11〜22%、Mo:1.0〜3.0%、N:0.01〜0.15%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる高Cr鋳鉄であって、前記CrとCの含有量の比Cr/Cが4.5〜6.5の範囲であるとともに、前記MnとMoの含有量の積Mn*Moが1.8〜2.5の範囲であり、製品鋳鉄表面から深さ5〜10mmの表面部位組織中の残留γが平均体積率で30%以下であることを特徴とする耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄。
【請求項2】
前記高Cr鋳鉄が高温の熱サイクルに曝される耐摩耗部材用である請求項1に記載の耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄。
【請求項3】
前記耐摩耗部材が高温の鋼材搬送用のローラまたはリフターである請求項1に記載の耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄。
【請求項4】
前記耐摩耗部材が高温硬質物が通過する場所に設置されるライナーである請求項1に記載の耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の高Cr鋳鉄の熱処理方法であって、高Cr鋳鉄を焼入れするに際し、焼入れ時の高Cr鋳鉄表面の冷却速度を5℃/sec以下とする耐ヒートクラック性に優れた高Cr鋳鉄の熱処理方法。

【公開番号】特開2006−70350(P2006−70350A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−258532(P2004−258532)
【出願日】平成16年9月6日(2004.9.6)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(592184533)高周波鋳造株式会社 (2)