説明

耐塩性イネ突然変異系統の作出方法

【課題】変異率を増加させ、選抜系統数を減少させることにより圃場レベルの栽培での耐塩性評価を可能にし、かつ短期間に効率よく耐性変異系統を作出する手段を提供すること。
【解決手段】以下の(a)〜(c)の工程を含む耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(a) イネ種子に重イオンビームを照射する工程
(b) 重イオンビームを照射したイネ種子を栽培し、得られたM個体からM種子を採種する工程
(c) 採種したM種子を塩水付加水田で栽培し、得られたM個体の中から耐塩性を示す個体を選抜する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重イオンビームを照射することによって耐塩性イネ突然変異系統を効率よく作出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌に塩分が集積し、土壌環境や農業に深刻な被害をもたらす塩害は、アフリカ諸国やパキスタン、中国などのアジアの諸外国で深刻化している。また、インドやアメリカにおいては地下水の渇水による耕地での塩害が問題になっている。このため、塩害による育成阻害をいかに防止するかが大きな課題となっており、近年、耐塩性イネの育成方法の研究開発が望まれている。一般に環境耐性は1遺伝子ではなく、複数の遺伝子に支配されているため、耐性変異系統を育成することは難しいとされている。イネでは耐塩性品種(Pokkali、Nona Bokra、IR4630など)や塩感受性品種(I Kong Pao、IR28など)が知られており、交配や変異処理により感受性品種に耐性を付与する実験が行われている。これに対し、通常の栽培イネ品種を用いて体細胞変異やEMSやエックス(X)線などによる突然変異誘発により耐塩性変異系統の作出、育成を試みた例は少ない。例えば、Zhangら(非特許文献1)は、EMS(ethyl methanesulfonate)処理による耐塩性変異系統の作出を報告している。Zhang文献においては、EMS処理した葯1800個より誘導したカルスをNaCl添加した培地に置床し、耐塩性カルスを選抜し、再分化個体を育成したところ、稔性が22個体(R0)に認められた。それらより得た種子(R1)を0.5%NaCl(85.6 mM)を添加した土壌に播種した結果、生育可能な9系統を耐塩性系統として選抜したことが記載されている。Guoら(非特許文献2)は、上記で得られた耐塩性系統の自殖を繰り返し、R9からR11世代で耐塩性を検討したところ、最も強い系統で、稔実率が77%、千粒重が無処理区に比べて82%(20.5/25.1)であったことを記述している。また、Leeら(非特許文献3)は、ガンマ(γ)線照射による耐塩性変異系統の作出を報告している。Lee文献においては、イネカルスにガンマ(γ)線を照射し、再分化個体(M)を圃場に展開し、生長が悪いものを除いた200個体よりM種子を収穫し、M種子を自殖して得られたM種子3000系統を冠水状態でポット栽培し、10日間冠水状態に置き、3葉期に草丈、根長、根の本数を指標として冠水抵抗性の選抜を行った結果、64系統の冠水抵抗性系統が得られ、そのうち1系統が耐塩性を示したことが記載されている。しかしながら、これらの報告ではいずれも幼植物期段階やポット栽培における耐塩性を確認したにすぎず、実際の圃場レベルの栽培において耐塩性を示すか否かは確認されていない。一般に耐性変異系統の選抜には1000系統から10000系統が必要とされており、そのような多くの系統の栽培には広い面積を要する。従って、実際の圃場レベルの栽培において耐塩性を評価することは事実上困難であり、これまで行われた例はない。従って、圃場レベルの栽培における耐塩性の評価を実現するには、変異率を上げて選抜系統数を減少させることが必要である。
【0003】
また、これまで用いられていたガンマ(γ)線やエックス(X)線などの放射線は植物の特定の組織を正確に照射することが困難であるので、一部の細胞に起こった遺伝子変異を個体全体の遺伝形質として固定するために、多大な労力を必要とする。また、EMS等の薬剤は、突然変異を誘発するとともに植物体自体を損傷させ、発芽率を低下させるので、多数の突然変異体を得るのは困難である。さらに、耐性変異系統を選抜後の後代に発現される目的としない変異の排除に、優良系統との交配を繰り返さなければならず、長い年月、労力、および費用を必要とする。従って、変異処理によって耐塩性以外の形質に影響を及ぼすことなく、かつ選抜の短期化と労力の軽減化を図る手段が望まれる。
【0004】
一方、炭素などのイオン原子を、加速器を用いて高速に加速した重イオンビーム(重粒子線)を照射する変異誘発方法が新たに開発されており、すでに植物に対しても変異体の作出に利用されている(特許文献1〜3)。重イオンビームは花卉園芸植物の変異原として実用化が進んでおり、その際の花色や花型変異株の出現率は数%から数十%と高率である。さらに、変異体出現率を向上させるために、重イオンビーム照射条件(照射イオンビームの種類や強さ、照射材料の前処理)の検討について報告がある(非特許文献4〜7)。重イオンビーム照射はガンマ(γ線)より強いエネルギーを持ち、染色体に大きな変化をもたらすため、ガンマ(γ線)では得られない突然変異を誘発できる期待がある。
【0005】
【特許文献1】特開平09−28220号公報
【特許文献2】特開2002−125496号公報
【特許文献3】特開2003−199447号公報
【非特許文献1】Zhang G.-Y., Guo Y., Liu F.-H. Chen S.-Y. Chen, S.-L. (1994) RFLP analysis of nine salt tolerant rice mutants, Acta Botanica Sinica, 36(5), 345-350
【非特許文献2】Guo Y., Chen, S.-L., Zhang G.-Y., Chen S.-Y. (1997) Salt-tolerance in rice mutant lines controlled by a major effector gene was obtained by a cell engineering technique, Acta Genet. Sin., 24, 122-126.
【非特許文献3】Lee I. S., Kim D. S., Hua J. Kang S. Y., Song H. S., Lee S. J., Lim Y. P., Lee Y. I. (2003) Selection and characterizations of gamma radiation-induced submergence tolerant line in rice, J. Plant Biotechnology, 5(3) 173-179
【非特許文献4】Abe T., et al. (1999) Effective plant-mutation method using heavy-ion beams (III), RIKEN Accel. Prog. Rep., 32, 145
【非特許文献5】Abe T., et al. (2005) Chlorophyll-deficient mutants of rice induced by C-ion irradiation, RIKEN Accel. Prog. Rep., 38, 132
【非特許文献6】Abe T., et.al. (2006) Isolation of morphological mutants of rice induced by heavy-ion irradiation, RIKEN Accel. Prog. Rep., 39, 137
【非特許文献7】Abe T., et al. (2000) Stress-tolerant mutants induced by heavy-ion beams, Gamma Field Symp., 39, 45-54
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、変異率を増加させ、選抜系統数を減少させることにより圃場レベルの栽培での耐塩性評価を可能にし、かつ短期間に効率よく耐性変異系統を作出する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討を行った結果、重イオンビーム照射を行ったイネ種子を栽培したM個体から採種したM種子を塩水付加水田(塩水を付加して作られた水田)にて直接栽培すると、M個体の中に耐塩性を示す個体が1%という高い出現率で得られることを見出した。また耐塩性を示した個体は環境制御室内の過剰なNaClを付与した水耕栽培試験においても耐塩性を示すことも確認した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 以下の(a)〜(c)の工程を含む耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(a) イネ種子に重イオンビームを照射する工程
(b) 重イオンビームを照射したイネ種子を栽培し、得られたM個体からM種子を採種する工程
(c) 採種したM種子を塩水付加水田で栽培し、得られたM個体の中から耐塩性を示す個体を選抜する工程
(2) 塩水付加水田の湛水のナトリウムイオン濃度が50〜100mMであることを特徴とする、(1)に記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(3) 重イオンビームが100MeV/u以上の重イオンビームであって、LETが20-40 keV/μmの範囲にある、(1)または(2)に記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(4) 重イオンビームが、炭素イオンビームまたは窒素イオンビームである、(1)から(3)のいずれかに記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(5) 選抜が、M個体の葉身の枯れ程度、草丈、穂数、及び穂重から成る群から選択される少なくとも1種以上の形態または形質を指標に行う、(1)から(4)のいずれかに記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(6) 耐塩性を示すM2個体よりM種子を採種し、採種したM種子を塩水付加水田で栽培し、M植物および/またはその後代植物において耐塩性形質を固定化する工程をさらに含む、(1)から(5)のいずれかに記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(7) (1)から(6)のいずれかに記載の方法により得られた耐塩性イネ突然変異系統。
(8) 耐塩性イネ突然変異系統6-99(FERM AP-21011)。
(9) 耐塩性イネ突然変異系統19-55(FERM AP-21012)。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、重イオンビームによって変異誘発したイネ種子のM世代において耐塩性を示す個体を1%という高出現率で得ることができる。すなわち、変異率の増加によって、目的とする耐塩性変異系統を取得するための選抜系統数を減少させることができる。その結果、限られた栽培面積である塩水付加水田において、耐塩性変異系統を短期間に効率よく作出できる。本発明の方法に作出された耐塩性変異系統は、圃場レベルにおいて耐塩性を評価したものであるので、実際の塩害水田の栽培で十分な耐塩性を発揮できるものである。また、選抜した耐塩性変異系統の塩害耐性形質は、M世代やM世代で固定できたということより、単一遺伝子に支配されていると考えられる。従って、これらの変異系統を交配親に用いることにより栽培イネに耐塩性を付与でき、塩害が進んだ耕地でも栽培可能な塩害耐性のイネ育種が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法であって、以下の(a)〜(c)の工程を含む。
(a) イネ種子に重イオンビームを照射する工程
(b) 重イオンビームを照射したイネ種子を栽培し、得られたM個体からM種子を採種する工程
(c) 採種したM種子を塩水付加水田で栽培し、得られたM個体の中から耐塩性を示す個体を選抜する工程
【0011】
まず、工程(a)では、イネ種子に重イオンビームを照射する。重イオンビームを照射するイネ種子の品種は、公知の耐塩性品種を除く普通品種であれば特に限定はされないが、例えば、水稲品種「日本晴」、「コシヒカリ」、「ヒトメボレ」、「ヒノヒカリ」、「ササニシキ」、「あきたこまち」、「キヌヒカリ」などが挙げられる。
【0012】
イネ種子は重イオンビーム照射前に吸水(浸種)し催芽種子とする。吸水は、例えば種子量の約2倍量の水に温度25〜30℃にて2〜3日間浸漬することにより行う。また、催芽種子は、吸水により発芽した種子のことである。
【0013】
重イオンビームの種類は、イネに耐塩性を誘発できるものであれば特に限定されず、例えば、炭素(C)イオンビーム、窒素(N)イオンビーム、アルゴン(Ar)イオンビーム、ネオン(Ne)イオンビーム、鉄(Fe)イオンビームなどを用いることができるが、好ましい重イオンビームとしては、炭素(C)イオンビーム、窒素(N)イオンビームが挙げられる。
【0014】
重イオンビーム照射におけるLET (Linear Energy Transfer)は、20〜40 keV/μmの範囲が好ましく、22.6-37.4keV/μmの範囲がより好ましい。重イオンビームの照射線量は、用いるイオンビームの種類に応じて決めればよく、イネ種子に損傷を与えず、変異を誘発できる範囲内であれば特に限定されないが、高い頻度で変異を誘発する上で、炭素または窒素イオンビーム(135MeV/u)であれば、20〜40Grayの範囲が好ましい。
【0015】
次に、工程(b)では、イオンビームを照射した種子を普通田で栽培し、得られたM個体より、個体別(系統)に後代種子(M種子)を採種する。採種したM種子を、系統ごとに50粒づつ湛水のNa+濃度を50〜100 mMに調整した塩水付加水田で栽培する。
【0016】
続いて、工程(c)では、上記の塩水付加水田で栽培したM個体の中から耐塩性を示す個体を選抜する。このとき、耐塩性を示さない正常個体は生育が阻害され草丈が短くなり、収穫時に落水し根圏の塩濃度が上昇すると枯れ上がる。従って、選抜は、葉身の枯れ程度、草丈、穂数、穂重などを指標にして行う。耐塩性変異株はNaClを添加した培養液で水耕栽培を行い、耐塩性形質の特長を分析、確認する。
【0017】
選抜した耐塩性変異株よりM種子を採種する。耐塩性変異株よりとれたM種子は上記と同じ塩水付加水田に播種してM植物を栽培し、あるいは同様にしてさらに後代植物まで栽培し、耐塩性形質の安定性を調査する。
【0018】
上記の方法により得られる耐塩性イネ突然変異系統のうち、6-99系統と19-55系統の系統の種子は2006(平成18)年8月29日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)にそれぞれ受託番号FERM AP-21011、FERM AP-21012として寄託されている。
【0019】
尚、6-99系統の塩水付加水田における稔実率は普通田の78%(67/86)、千粒重は88%(18.4/20.8)、また、19-55系統の塩水付加水田における稔実率は普通田の100%(93/93)、千粒重は102%(20.2/19.9)であり、極端な低下は認められない。
【実施例】
【0020】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
(実施例1)変異処理および変異系統作成
(1) 変異系統1の作成
理化学研究所仁科加速器研究センター施設内のリングサイクロトロンにおいて、日本水稲品種「日本晴」を吸水(28℃, 3日間)後、催芽種子150粒に、炭素イオン(核子当り135MeV、LET 22.6 keV/μm)を40Gy照射した。照射種子は圃場で栽培し、M個体それぞれからM種子を採種し、M128系統を得た。そのうち稔性が低い系統、形態変異株が分離する系統などを除いたM91系統を、耐塩性系統の選抜に用いた。
(2) 変異系統2の作成
理化学研究所仁科加速器研究センター施設内のリングサイクロトロンにおいて、日本水稲品種「日本晴」を吸水(28℃, 3日間)後、催芽種子150粒に、炭素イオン(核子当り135MeV、LET 22.6 keV/μm)を20Gy照射した。照射種子は圃場で栽培し、M個体それぞれからM種子を採種し、M82系統を得た。これらすべてを耐塩性系統の選抜に用いた。
【0021】
(実施例2)耐塩性系統の選抜方法および変異形質の固定
実施例1で得た合計M173系統の種子を吸水発芽誘導処理(30℃)開始から2日目にイネ育苗用培土(合成培土3号、三井東圧肥料)を入れたビニールポットに播種し(4月上旬)、温室で育成した。4葉展開にまで生育したイネを、5月下旬に東北大学大学院生命科学研究科・湛水生態系野外実験施設内の試験水田に30×15cmの間隔で移植した。試験水田には、遅効性化成肥料(コープケミカル製、商品名:てまいらず)を、移植7日前に水田10 aあたり、18.75kgの割合で散布した。この遅効性肥料は、窒素、リン酸およびカリを成分比でそれぞれ16%の割合で含んでいる。移植後2週間は、全処理区に農業用水(Na+ 濃度10 mM以下)のみを湛水した。塩水付加処理は、移植2週間目から開始した。塩水付加処理区の湛水の塩濃度は、Na+ 濃度120mMの塩水と上述した農業用水とを流し入れることにより、50〜100 mMに調節した。湛水のNa+濃度は、ナトリウムイオン電極(NA-2011、東亜電波工業株式会社製、東京)を用いて1週間毎に計測し、調整した。
【0022】
耐塩性評価の指標として、10月下旬収穫時に耐塩性個体と感受性個体の分離比や草丈を観測し、種子を乾燥した後、穂重などを測定した。各個体の耐塩性は、葉身の枯れ程度、草丈、穂数、穂重を指標として評価した。耐塩性を示した変異系統は種子を採種し、M世代を塩水付加水田で育成し、変異形質の安定性の確認および固定を行った。その結果、実施例1で作成した変異系統1の中から6-99系統、変異系統2の中から19-55系統の2系統を耐塩性イネとして選抜した。耐塩性株の出現率は1.1%(6-99系統)および1.2%(19-55系統)であった。塩水付加水田において、6-99系統は他の個体より背が高くて草の勢いが強く、また19-55系統は他の個体よりも背は高くないが、草の勢いが非常に強いという特徴を呈し(表1、図1)、稔性が高く(表2)、収穫時にも葉色が緑色を保っていた。6-99系統はM世代では耐塩性株と感受性株が1:3に分離したが、M世代で固定できた。それに対して19-55系統はM世代ですべての個体が耐塩性を示した。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
(実施例3)耐塩性系統の耐塩性検定方法
選抜した耐塩性系統の耐塩性の程度を評価するため、ネットフロートによる水耕栽培法、すなわち、プラスチック製のネットを水耕液に浮かべて幼植物を栽培する方法を用いた。187×130 mmに切断したネットを、中をくりぬいた厚さの異なる2枚のノリ付き発泡スチロール(187×130×5mm、187×130×7mm)で挟みネットフロートを作成した。次に、このネットフロートを発泡スチロール容器(220×145×237mm)内の水耕液上に浮かべた水耕装置を作成した。水耕栽培に用いた水耕液は、文献(Mae, T. and Ohira, K. (1981) The remobilization of nitrogen related to leaf growth and senescence in rice plants (Oryza sativa L.), Plant and Cell Physiology, 22, 1067-1074)の水耕液養分組成に従って作成した。6-99系統(M世代)、19-55系統(M世代)の催芽種子を5,000 mlの水耕液を入れた容器内のネット上に1容器当たり約90粒播種した。それらの水耕容器を、ただちに気温25℃の12時間日長に調節された環境調節装置内に搬入した。
【0026】
播種から5日後、第2葉展開時期イネ幼植物にNaClを付与した。NaClは、水耕液のNa+濃度がそれぞれ0、50、75、100mMになるように特級塩化ナトリウム(和光純薬)を添加した。水耕液のpHは、0.1Mの塩酸または水酸化ナトリウム水溶液を用いて5.5に調節した。pHの測定にはpHメーター(HM-20P、東亜電波工業株式会社製、東京)を用いた。また、栽培期間中の水耕液の交換は一日一回行った。試験は再現性を確認するため、最低2回繰り返した。
【0027】
耐塩性評価は播種後16〜20日目に行い、耐塩性の指標として草丈を計測した。また、測定後、植物体を封筒に入れ、5日間80℃で乾燥した後、地上部の乾燥重を計測した。その結果、NaCl(Na+濃度50、75、100mM)付与に対し、塩害耐性イネとして選抜された6-99系統および19-55系統の草丈と地上部乾燥重の相対成長率は、正常株に比較して高く保たれた(表3及び表4、図2)。特にNa+濃度75mM条件下における6-99系統の草丈の相対成長率は81%で、日本晴に比較して24%高かった。また、同条件下で19-55系統の地上部乾燥重の相対成長率は97%で、日本晴に比較して16%高い値を示した。これらの結果から、野外の塩水付加水田において選抜された6-99系統および19-55系統は、NaCl付与に対し耐性を示す耐塩性系統であることが示された。さらに、高塩濃度Na+濃度100mMの塩水においても両系統は強い耐性を示すことが明らかになった。
【0028】
【表3】

【0029】
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、耐塩性株(6-99系統)の塩水付加水田における草姿を示す。
【図2】図1は、播種後16日目のの耐塩性株(6-99系統)、播種後20日目の耐塩性株(19-55系統)の正常株と比較した草丈を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)の工程を含む耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
(a) イネ種子に重イオンビームを照射する工程
(b) 重イオンビームを照射したイネ種子を栽培し、得られたM個体からM種子を採種する工程
(c) 採種したM種子を塩水付加水田で栽培し、得られたM個体の中から耐塩性を示す個体を選抜する工程
【請求項2】
塩水付加水田の湛水のナトリウムイオン濃度が50〜100mMであることを特徴とする、請求項1に記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
【請求項3】
重イオンビームが100MeV/u以上の重イオンビームであって、LETが20-40 keV/μmの範囲にある、請求項1または2に記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
【請求項4】
重イオンビームが、炭素イオンビームまたは窒素イオンビームである、請求項1から3のいずれかに記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
【請求項5】
選抜が、M個体の葉身の枯れ程度、草丈、穂数、及び穂重から成る群から選択される少なくとも1種以上の形態または形質を指標に行う、請求項1から4のいずれかに記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
【請求項6】
耐塩性を示すM2個体よりM種子を採種し、採種したM種子を塩水付加水田で栽培し、M植物および/またはその後代植物において耐塩性形質を固定化する工程をさらに含む、請求項1から5のいずれかに記載の耐塩性イネ突然変異系統の作出方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の方法により得られた耐塩性イネ突然変異系統。
【請求項8】
耐塩性イネ突然変異系統6-99(FERM AP-21011)。
【請求項9】
耐塩性イネ突然変異系統19-55(FERM AP-21012)。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−61628(P2008−61628A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−245980(P2006−245980)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名:2006年9月 日本育種学研究 巻数:第8巻 号数:第3号 研究集会名:日本育種学会第110回講演会 主催社名:日本育種学会 講演番号:315 刊行物発行年月日:2006年9月1日
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】