説明

耐水性リグニン炭化物及びこれを含有したプラスチック材料

【課題】リグニンに耐水性を付与した耐水性リグニン炭化物を提供する。
【解決手段】リグニンを水熱処理し炭化させることにより耐水性を付与したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニンを水熱処理して得られる耐水性リグニン炭化物及びこれを含有したプラスチック材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
石油由来材料であるプラスチックの生産は、今後、石油ピーク問題から大きな影響を受けると予想される。現在、石油資源を少しでも節約するべくプラスチックのリサイクルや石油原料代替としてバイオマスの利用などが積極的に検討されている。特にバイオマスの利用は今後永続的に資源を確保していく手段として注目されているが、その中に現在多くが廃棄、焼却処分に供されているリグニンの有効活用がある。
【0003】
リグニンは木質バイオマスの主要成分の一つであり、木材の約20〜30%を占めるが、木材のパルプ化工程において紙の変色の原因となるため不要物として分離除去された後、そのほとんどが廃棄もしくは焼却処分されている。
【0004】
非特許文献1ではリグニンはp−ヒドロキシフェニルプロパン骨格がエーテル結合や炭素-炭素結合で結合した構造を有しており、またヒドロキシル基やメトキシ基などの官能基を多く有したポリマーであることが示されている。この構造を利用してリグニンを原料とした様々な新規材料を作製する方法が特許文献1〜4に示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−57433号公報
【特許文献2】特開2009−74082号公報
【特許文献3】特開2007−5054号公報
【特許文献4】特開2007−42521号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sakakibara,a.,Wood Sci.Technol.,14,89(1980)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、電気用品用プラスチック材料、特に電線・ケーブルの被覆材などのプラスチックにリグニンを配合する場合、リグニンがヒドロキシル基などの親水部分を多く含有するため、配合したコンパウンドの耐水性が問題となる。
【0008】
そこで本発明の目的は、リグニンの耐水性を向上させた耐水性リグニン炭化物及びこれを含有したプラスチック材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成すべく請求項1の発明は、リグニンを水熱処理し炭化させることにより耐水性を付与したことを特徴とする耐水性リグニン炭化物である。
【0010】
請求項2の発明は、前記水熱処理は、温度300℃以上、水密度167kg/m3以上の条件で行う請求項1に記載の耐水性リグニン炭化物である。
【0011】
請求項3の発明は、前記リグニンがアルカリリグニンである請求項1又は2に記載の耐水性リグニン炭化物である。
【0012】
請求項4の発明は、請求項1〜3に記載の耐水性リグニン炭化物を含有したことを特徴とするプラスチック材料である。
【0013】
請求項5の発明は、請求項1〜3に記載の耐水性リグニン炭化物を含有し、電気用品用プラスチック材料として用いることを特徴とするプラスチック材料である。
【0014】
請求項6の発明は、請求項1〜3に記載の耐水性リグニン炭化物をカーボンニュートラル剤として含有し、電線・ケーブルの被覆材料として用いることを特徴とするプラスチック材料である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、リグニンに耐水性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例及び比較例で使用する回分式反応器の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好適な一実施の形態を詳述する。
【0018】
本発明は、木材中に約20〜30%含有され、主に廃棄されていたリグニンを水熱処理し炭化することにより耐水性を付与して、電気用品用等のプラスチック材料に好適に用いることができるようにするものである。
【0019】
まず、リグニンに耐水性を付与した耐水性リグニン炭化物の生成方法について説明する。
【0020】
本発明で使用するリグニンは、特にアルカリリグニンであることが望ましい。アルカリリグニンとは木粉からアルカリ水溶液またはアルカリ・アルコール溶液でリグニンを抽出した後、抽出液に鉱酸を加えて沈殿させたものである。また、水酸化ナトリウムと硫化ソーダを用いて木粉からリグニンを抽出した後、抽出液に鉱酸を加えて沈殿させたクラフトリグニンもその製造方法が類似することからアルカリリグニンに含まれるものとする。
【0021】
このリグニンを水とともに回分式反応器(以下、反応器とも言う)で水熱処理を行う。水熱処理を行うことで、リグニン分子内または分子間でヒドロキシル基などの親水部分が脱水縮合などにより炭化され、リグニンが疎水化されて耐水性リグニン炭化物が得られる。
【0022】
水熱処理時間は10分〜50分、量産性の観点からは10分〜30分程度がより好ましい。また、水熱処理条件は、温度300℃以上、反応器の容積に対する水の密度(以下、水密度)は167kg/m3以上とすることが特に好ましい。このような水熱処理条件にて処理することで、未処理であれば完全に水溶してしまうリグニンを、吸水率20%未満である耐水性が向上した耐水性リグニン炭化物とすることができる。なお、上記温度は水熱処理時に用いる溶融塩の温度を指す。
【0023】
次に、耐水性リグニン炭化物を添加したプラスチック材料について説明する。
【0024】
上述した条件で生成した耐水性リグニン炭化物をプラスチック材料に配合することで、耐水性リグニン炭化物を含有したプラスチック材料とすることができる。
【0025】
この耐水性リグニン炭化物のプラスチック材料への配合量は、そのプラスチック材料から形成される製品によるが、製品としての使用時に問題の生じない範囲で選択できる。
【0026】
本発明では、耐水性リグニン炭化物を、特にカーボンニュートラル剤としてプラスチック材料、特に電気用品用(電線・ケーブル用)の被覆材料に配合する。
【0027】
ここで、カーボンニュートラル剤とは、燃焼しても大気中の二酸化炭素総量の増減には影響しないとされるカーボンニュートラルの性質を持った添加剤を意味する。このカーボンニュートラル剤をコンパウンドに配合することで、コンパウンドおよびこのコンパウンドを使用する製品の環境性能を向上させることができる。
【0028】
以下に、本発明の耐水性リグニン炭化物を配合する電線・ケーブル用の被覆材の構成材料を述べる。
【0029】
電線・ケーブル被覆材料のベースポリマとしては例えばポリオレフィンや変性ポリオレフィンであり、具体的には低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、直鎖状超低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、塩素化ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、クロロスルホン化ポリエチレン、ポリプロピレン、塩素化ポリプロピレン、エチレン−アクリル酸エチル共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−メタクリレート共重合体、エチレン−スチレン共重合体、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−ブテン共重合体、エチレン−オクテン共重合体、マレイン酸グラフト低密度ポリエチレン、マレイン酸グラフト直鎖状低密度ポリエチレン、マレイン酸グラフトエチレン−メチルアクリレート共重合体、マレイン酸グラフトエチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−無水マレイン酸共重合体、エチレン−エチルアクリレート−無水マレイン酸三元共重合体、ブテン−1を主成分とするエチレン−プロピレン−ブテン−1三元共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体、クロロプレンゴム、シリコーンゴム、ブタジエン系ゴム、天然ゴム、イソプレンゴム、アクリルゴム、水素添加スチレン−ブタジエン共重合体、ポリエステル系熱可塑性エラストマ、ウレタン系熱可塑性エラストマ、スチレン系熱可塑性エラストマ、オレフィン系熱可塑性エラストマ、エチレンと炭素数が4〜20のαオレフィンとの共重合体などが挙げられ、これらの単独または2種以上をブレンドして用いることができる。また、これらに限定されるものではない。
【0030】
ベースポリマに添加される主なものとしては酸化防止剤、難燃剤、滑剤などが挙げられる。
【0031】
例えば、酸化防止剤としては、2,2−チオ−ジエチレンビス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、ペンタエリスリチル−テトラキス[3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、オクタデシル3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、2,4−ビス−(n−オクチルチオ)−6−(4−ヒドロキシ−3,5−ジ−t−ブチルアニリノ)−1,3,5−トリアジン、ビス[2−メチル−4−{3−n−アルキル(C12またはC14)チオプロピオニルオキシ}−5−t−ブチルフェニル]スルフィド、4,4’−チオビス(3−メチル−6−t−ブチルフェノール)ジラウリルチオジプロピオネート、ジミリスチルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ジトリデシルチオジプロピオネート、テトラキス(メチレンドデシルチオプロピオネート)メタンから選ばれる1種類または2種類以上とすることができるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
例えば、難燃剤としては、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、ハイドロタルサイト、カルシウムアルミネート水和物、ハードクレーなどの金属水酸化物や、メラミン、シアヌル酸、イソシアヌル酸、メラミンシアヌレート、硫酸メラミン、ベンゾグアナミンなどのメラミン化合物に代表される非金属水酸化物から選ばれる1種類または2種類以上とすることができるが、これらに限定されるものではない。
【0033】
例えば、滑剤としては、エルカ酸アマイド、ステアリン酸アマイド、オレイン酸アマイド、エルカ酸ビスアマイド、ステアリン酸ビスアマイド、オレイン酸ビスアマイド、エチレンビスステアリン酸アマイドなどの脂肪酸アマイド系もしくは脂肪酸ビスアマイド系やリシノール酸、リシノール酸カルシウム、オレイン酸亜鉛などの脂肪酸金属塩やカルナウバワックス、モンタン酸エステル、部分ケン化モンタン酸エステルなどの脂肪酸エステルやエチレングリコールモノステアレート、ポリエチレングリコールモノ又はジステアレート、グリセリンモノステアレート、トリメチロールプロパントリラウレート、ペンタエリストールテトラミリステート、大豆油、亜麻仁油、エポキシ化大豆油、エポキシ化亜麻仁油などの多価アルコールの脂肪酸エステル、多価アルコールの脂肪酸エステルの誘導体から選ばれる1種類または2種類以上とすることができるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
また、被覆材料には、上記の他にも、難燃助剤、界面活性剤、軟化剤、可塑剤、無機充填剤、相溶化剤、安定剤、塩化ビニル用非鉛安定剤、架橋剤、紫外線吸収剤、光安定剤、銅害防止剤、カーボンブラック、フィラー、着色剤、加工助剤、加硫促進剤、加硫促進助剤、発泡剤などの添加物を更に添加することができる。
【0035】
以上要するに、本発明によれば、現在主に廃棄されているリグニンに耐水性を付与することで、電線・ケーブル用の被覆材料等のプラスチック材料に好適に配合することができる。
【実施例】
【0036】
本発明の効果を実証すべく、種々の条件の水熱処理で得られたリグニン炭化物の評価を行った。評価方法及び評価項目を以下に述べる。
【0037】
図1に示すSUS316製の回分式反応器(内容積6ml)を用いてリグニンの水熱処理を行った。この回分式反応器は、SUS製1/2インチのチューブ1の下端にSUS製1/2インチのキャップ2をねじ込んでチューブ1の下端を閉じ、チューブ1の上端にSUS製1/16−1/2インチの径違いユニオン4をねじ込み、さらにその上端にSUS製1/16インチのキャップ3をねじ込んで形成したものである。
【0038】
反応器の材質として用いたSUS316はFe,Cr,Ni,Moなどの金属元素を含んでいる。このため、本反応器をそのまま用いた場合、反応器内表面の金属元素が触媒作用によって反応に関与し、生成物の特性評価結果に誤差を生じさせる可能性が考えられる。ここでは、触媒作用による誤差を低減させることを目的として反応器内表面に酸化被覆を施した。酸化処理は反応器に10mass%過酸化水素水を約3g仕込み、673Kで30分以上反応させることで行った。
【0039】
リグニンの水熱処理手順は、まず所定量のリグニンと水を回分式反応器に仕込み、反応器内をArガスでパージした。これを予め所定温度にしておいた溶融塩に投入し、所定時間後に取り出して水冷した。十分に水冷した後、反応器内の生成物を蒸留水で回収し、濾過後の固形分を恒温槽にて乾燥してリグニン炭化物を得た。このリグニン炭化物について吸水率、炭素比率の測定を行った。
【0040】
吸水率の測定は、予め重量を測定しておいたアルミパンに乳鉢ですり潰したサンプルをのせ、60℃に設定した真空オーブンで12時間乾燥させた後、乾燥サンプルの重量を測定した。このサンプルがのったアルミパンを水を張ったデシケーター内のプレートの上に置き、蓋をした後アスピレーターでデシケーター内を減圧することにより、デシケーター内を水蒸気で飽和させた。所定の時間後に蓋を開けてサンプルの重量を測定することにより生成炭化物の吸水量を求めた。吸水率は式(1)のとおり算出した。
吸水率(%)=(吸水量(mg)/乾燥サンプル重量(mg))×100 ・・・式(1)
【0041】
また、炭素比率は元素分析計Perkin Elmer 2400 IIを使用してC,H,N,Sの比率を測定することにより求めた。約1mgの乾燥サンプルをスズカップに包み純酸素中で燃焼し、カラム分離方式により分離した後、TCD検出することで測定した。
【0042】
電線・ケーブルの被覆材としての配合は、上記のとおりに作製したリグニン炭化物を6インチの小型ロール機を用いて添加剤とともにベースのプラスチックに180℃、10分間の条件で練り込むことで検討した。混練にはミキサーや押出機を用いてもよく、水の沸点以上で混練することによりこのとき含まれる水を揮発させることができる。リグニン炭化物を練りこんだコンパウンドはプレス成形(180℃、5分)により1mm厚のシート状にした後、約1.5gの重量となるように正方形に切断したものを試験片として吸水性を評価した。ここでの吸水性の評価は以下の手順で行った。まず、試験片の初期重量を測定し、水を張ったアルミカップ中に試験片を浸水させて密栓する。アルミカップを80℃の恒温槽に保管して7時間後に取り出し、試験片の表面に付着した水滴を拭き取る。水滴を拭き取った後の試験片重量を測定して吸水量を求めた。吸水率は、式(2)のとおり算出した。
吸水率(%)=(吸水量(mg)/初期重量(mg))×100 ・・・式(2)
【0043】
以下に、本発明の実施例1〜17、比較例1〜3及び従来例1について述べる。
【0044】
本実施例1〜17及び比較例1〜3では、リグニンはAldrich社製のアルカリリグニン(CAS No.8068−05−1、製造番号 370959−100G)を使用した。まず、水熱処理における炭素比率および吸水率の水密度依存性を測定した。この測定ではアルカリリグニンを0.3g、水を0〜3.0g(水密度:0〜500kg/m3)秤量し、図1に示す回分式反応器に仕込んだ。溶融塩は300℃または400℃に加熱し、反応時間(溶融塩投入から水冷開始までの時間)は30分とした。この条件で得られたリグニン炭化物について吸水率、炭素比率を測定したところ、表1のとおりであった。
【0045】
【表1】

【0046】
表1中、判定は水熱処理後のリグニン炭化物の吸水率が50%未満であれば十分に耐水性が向上したもの(合格:○)とし、さらに20%未満であれば電線・ケーブルの被覆材料への適用が可能なレベルにまで高度に耐水性が向上したもの(合格:二重○)とした。リグニン炭化物の吸水率が50%以上であれば十分に耐水性が向上されていないもの(不合格:×)とした。
【0047】
表1の実施例1〜8及び比較例1〜3について説明する。
【0048】
〔実施例1〕
アルカリリグニン0.3gを水0.5g(水密度83kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率72.2%、吸水率20.2%であった。
【0049】
〔実施例2〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率72.8%、吸水率16.3%であった。
【0050】
〔実施例3〕
アルカリリグニン0.3gを水2.0g(水密度333kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率75.6%、吸水率7.3%であった。
【0051】
〔実施例4〕
アルカリリグニン0.3gを水3.0g(水密度500kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率74.1%、吸水率5.1%であった。
【0052】
〔実施例5〕
アルカリリグニン0.3gを水0.5g(水密度83kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率82.7%、吸水率33.0%であった。
【0053】
〔実施例6〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率84.4%、吸水率10.4%であった。
【0054】
〔実施例7〕
アルカリリグニン0.3gを水2.0g(水密度333kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率83.3%、吸水率6.4%であった。
【0055】
〔実施例8〕
アルカリリグニン0.3gを水3.0g(水密度500kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間30分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率85.2%、吸水率2.1%であった。
【0056】
〔比較例1〕
水熱処理前のアルカリリグニンの炭素比率を測定したところ51.4%であった。また、吸水率はアルカリリグニンが水溶してしまったために測定できなかった。
【0057】
〔比較例2〕
アルカリリグニン0.3gを水なし、溶融塩温度300℃、反応時間30分の条件で熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率62.7%、吸水率75.6%であった。
【0058】
〔比較例3〕
アルカリリグニン0.3gを水なし、溶融塩温度400℃、反応時間30分の条件で熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率74.7%、吸水率163.7%であった。
【0059】
実施例1〜8より、水熱処理によりリグニンの吸水率を十分に低減できることが分かった。また、比較例1よりアルカリリグニン自身は水溶性を示すほど親水性が高いこと、比較例2,3より、熱処理(水を使用しない)のみではリグニンの吸水率を十分に低減することはできないことが分かった。
【0060】
さらに、水密度が167 kg/m3以上であれば温度によらず吸水率を20%未満にまで低減できることが分かった。また、水密度の増加に伴い炭素比率が増加していることから、吸水率の低下は炭化が促進されたことで疎水性が向上したことによるものと考える。従って、これより先の検討では、水密度167 kg/m3でアルカリリグニンを水熱処理することとした。
【0061】
次に、水熱処理における炭素比率および吸水率の反応時間依存性を測定した。
【0062】
この測定ではアルカリリグニンを0.3g、水を1.0g(水密度:167kg/m3)秤量し、上述した回分式反応器に仕込んだ。溶融塩は300℃または400℃に加熱し、反応時間(溶融塩投入から水冷開始までの時間)は10〜50分とした。この条件で得られたリグニン炭化物について炭素比率および吸水率を測定したところ、表2のとおりであった。また、判定基準は実施例1〜8と同様とした。
【0063】
【表2】

【0064】
表2の実施例9〜16について説明する。
【0065】
〔実施例9〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間10分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率70.9%、吸水率18.8%であった。
【0066】
〔実施例10〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間20分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率71.8%、吸水率16.2%であった。
【0067】
〔実施例11〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間40分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率73.3%、吸水率15.2%であった。
【0068】
〔実施例12〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間50分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率74.0%、吸水率11.9%であった。
【0069】
〔実施例13〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間10分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率79.6%、吸水率16.2%であった。
【0070】
〔実施例14〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間20分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率83.2%、吸水率10.0%であった。
【0071】
〔実施例15〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間40分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率83.0%、吸水率14.4%であった。
【0072】
〔実施例16〕
アルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度167kg/m3)、溶融塩温度400℃、反応時間50分の条件で水熱処理したところ、処理後のリグニン炭化物は炭素比率83.7%、吸水率19.5%であった。
【0073】
表2より、吸水率は反応温度によらず反応時間が10〜50分で20%未満となることが分かった。また、比較的短時間である反応時間10〜30分でもある程度炭化が促進されて疎水性が向上し、吸水率は20%未満になることが分かった。
【0074】
次に、リグニン炭化物の電線・ケーブルの被覆材への適用可能性を検討するため、リグニン炭化物を電線・ケーブル被覆材にカーボンニュートラル剤として配合し、コンパウンドの吸水性を評価した。
【0075】
ここで使用するリグニン炭化物はアルカリリグニン0.3gを水1.0g(水密度:167 kg/m3)、溶融塩温度300℃、反応時間30分の条件(すなわち実施例2の条件)で水熱処理したものである。表3に配合表および評価結果を示す。評価結果の判定基準は、吸水率が4%未満であれば合格(電線・ケーブルの被覆材への適用可能性あり)、4%以上であれば不合格(電線・ケーブルの被覆材への適用は困難)とした。
【0076】
【表3】

【0077】
また、表3中の従来例1及び比較例4は、実施例17のコンパウンドの吸水性を相対的に評価すべく行ったものである。
【0078】
表3の実施例17、従来例1、比較例4について説明する。
【0079】
〔実施例17〕
ベースポリマにエチレン酢酸ビニル共重合体(EVA)100部、難燃剤として水酸化マグネシウム32部、カーボンニュートラル剤としてリグニン炭化物を35部、酸化防止剤としてフェノール系酸化防止剤0.5部、滑剤として脂肪酸アマイド0.2部、着色剤としてカーボン5部を混合した。この吸水率を測定したところ、3.1%であった。
【0080】
〔従来例1〕
カーボンニュートラル剤であるリグニン変性物を含まない一般的な電線・ケーブル被覆材の配合として、ベースポリマにエチレン酢酸ビニル共重合体(EVA)100部、難燃剤として水酸化マグネシウム67部と酸化防止剤としてフェノール系酸化防止剤0.5部、滑剤として脂肪酸アマイド0.2部、着色剤としてカーボン5部を混合したコンパウンドを作製した。このコンパウンドの吸水率を測定したところ、0.5%であった。
【0081】
〔比較例4〕
疎水化処理されたリグニン変性物としてバニレックスN((リグニンスルホン酸ナトリウム)日本製紙ケミカルズ製)をカーボンニュートラル剤として用いた配合として、実施例17に示す配合中のリグニン炭化物を置き換える形でコンパウンドを作製した。このコンパウンドの吸水率を測定したところ、8.5%であった。
【0082】
実施例17のように、カーボンニュートラル剤としてリグニン炭化物を配合しても、電線・ケーブル被覆材としての適用は十分に可能なレベルにあると考える。また、実施例17で使用したリグニン炭化物は実施例2の条件で得られるリグニン炭化物であり、リグニン炭化物自体の吸水率は16.3%である。これより、表1において実施例3,4,6,7,8で得られるリグニン炭化物自体の吸水率は実施例2の条件で得られるリグニン炭化物自体の吸水率よりも小さいことから、実施例17と同様にカーボンニュートラル剤として配合した場合、コンパウンドの吸水率は3.1%以下となることは容易に想像でき、電線・ケーブル被覆材としての適用は十分に可能と考えられる。表2における実施例9〜16で得られるリグニン炭化物を実施例17と同様にカーボンニュートラル剤として配合した場合も、リグニン炭化物自体の吸水率は実施例2の条件で得られるリグニン炭化物とほぼ同等であることから電線・ケーブル被覆材としての適用は十分に可能と考えられる。
【0083】
すなわち、カーボンニュートラル剤の配合により、従来と比べて環境に配慮された電線・ケーブル被覆材の作製が可能となる。
【0084】
従来例1、比較例4の結果から、今回の配合量の場合では、実施例17に示すようにアルカリリグニンを水熱処理したリグニン炭化物をカーボンニュートラル剤として使用すれば、従来のカーボンニュートラル剤が含まれないコンパウンドよりも吸水率が若干上がるものの電線・ケーブルの被覆材としては十分に適用可能なレベルであり、市販の疎水化リグニン変性物と比べてコンパウンドの吸水率を1/2以下に抑制できることが分かった。また、市販の疎水化リグニン変性物の配合量を少なくすることでコンパウンドの吸水率を上がらないようにすることは可能と考えるが、非常に少量しか配合できず、水熱処理したリグニン炭化物と比べてその利用効果はあまりないと思われる。
【0085】
以上より、本発明によれば、リグニンの吸水率を大幅に抑制することができ、且つ水密度167kg/m3以上とすれば高度に耐水性を向上させることが可能であることから、カーボンニュートラル剤として電線・ケーブルの被覆材への適用が期待できる。また、バイオマス資源の有効利用の観点から、本発明は優れた環境配慮技術であると言うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニンを水熱処理し炭化させることにより耐水性を付与したことを特徴とする耐水性リグニン炭化物。
【請求項2】
前記水熱処理は、温度300℃以上、水密度167kg/m3以上の条件で行う請求項1に記載の耐水性リグニン炭化物。
【請求項3】
前記リグニンがアルカリリグニンである請求項1又は2に記載の耐水性リグニン炭化物。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の耐水性リグニン炭化物を含有したことを特徴とするプラスチック材料。
【請求項5】
請求項1〜3に記載の耐水性リグニン炭化物を含有し、電気用品用プラスチック材料として用いることを特徴とするプラスチック材料。
【請求項6】
請求項1〜3に記載の耐水性リグニン炭化物をカーボンニュートラル剤として含有し、電線・ケーブルの被覆材料として用いることを特徴とするプラスチック材料。

【図1】
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【公開番号】特開2011−178851(P2011−178851A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−43071(P2010−43071)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】