耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置
【課題】例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできる耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置を提供する。
【解決手段】検査対象である耐熱鋼を腐食させて該耐熱鋼表面に腐食ピットを発生させ、該腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度の検出を行うとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度との関係線図を予め用意しておき、前記ピット個数密度の検出値に基づき前記関係線図から前記クリープ余寿命を求める。
【解決手段】検査対象である耐熱鋼を腐食させて該耐熱鋼表面に腐食ピットを発生させ、該腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度の検出を行うとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度との関係線図を予め用意しておき、前記ピット個数密度の検出値に基づき前記関係線図から前記クリープ余寿命を求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置に関するものであり、特に火力発電プラントなどの高温・高圧機器に使用されるフェライト系鋼及びオーステナイト系鋼の母材部から溶接継手部に至るまでのクリープ余寿命を評価する方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力プラントなどの高温・高圧環境で長時間用いられる機器を構成する耐熱鋼は、クリープ、熱疲労、腐食などの様々な損傷を受けることが知られている。例えば、火力発電プラントを構成するボイラにおいては、長時間の高温・高圧下で運転されるため、クリープ損傷の影響が大きい。また、近年二酸化炭素削減及び発電効率の高効率化の観点から火力発電プラントの蒸気条件はさらなる高温・高圧化が求められており、このことに伴い、クリープ損傷はさらに大きくなると予想されている。従って、部分的な交換や、補修を計画的に行うことによって、プラント全体の寿命を延長することが必要であり、そのためにはクリープの損傷の程度を精度よく評価することが重要である。
【0003】
従来より行われているクリープ寿命の評価手法は、破壊検査と非破壊検査の2つに大別される。
破壊検査としては例えば特許文献1に開示されているように、検査対象部からサンプルを採取し、クリープ破断試験を行うものがあるこの検査方法は、実際のクリープ破断試験からクリープ破断寿命を求めるため、精度良く評価することができるが、ボイラ等に使用される耐熱鋼において、管内面では生成する水蒸気酸化スケールによる減肉、管外面では酸化による減肉があるため、応力は徐々に変化していく。従って、クリープ破断試験では実機環境を正確に考慮した評価は困難である。
【0004】
また、非破壊検査としては、例えばUT(超音波探傷検査)、MT(磁粉探傷検査)、PT(浸透探傷検査)、TOFD法(飛行時間回折法(Time of Flight Diffraction))及びボイド個数密度法による寿命評価法等が知られている。
しかしながら、前記非破壊検査のうち、UT、MT、PT及びTOFD法は亀裂が発生した末期の寿命を評価することはできるが、亀裂が発生する前の寿命評価をすることができない。
また、前記ボイド個数密度法を用いた寿命評価法は例えば特許文献2に開示されている。ボイド個数密度法は、ボイラ等の耐熱鋼はクリープ損傷中にクリープボイドと言われる小孔が発生し、該クリープボイドはクリープ損傷の進行に伴い増加することを利用して、単位面積当たりのクリープボイドの個数密度を実測することにより、検査対象の耐熱鋼のクリープ余寿命を推測する手法である。しかしながら前記クリープボイドの個数密度であるボイド個数密度は、クリープ損傷量とは必ずしも直接的な関係ではなく、鋼種、使用環境及びボイド観察位置によっても変化するものである。
【0005】
さらに、その他のクリープ寿命の評価法として、例えば特許文献3には固溶合金元素濃度とクリープ寿命消費率との関係から、クリープ寿命を評価する方法が開示されている。
しかしながら、特許文献3に開示された方法では、固溶合金元素の析出が長時間経過すると飽和状態となるため、クリープ寿命消費率を求めることが困難となる。
例えばオーステナイト系耐熱鋼のような他の低合金鋼やフェライト系耐熱鋼よりも高強度であり、3万時間を越えて使用されることから、このような長時間の耐久性を有する耐熱鋼においては、特許文献3に開示された方法でクリープ寿命を評価することは適さないものである。
【0006】
【特許文献1】特開2000−292419号公報
【特許文献2】特開2004−85347号公報
【特許文献3】特開平10−132810号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明はかかる従来技術の問題に鑑み、例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできる耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
例えば、常温でSUS316Lに引張歪みを負荷した場合、歪み量の増加に伴い、転位は増加して転位密度は高くなる。図11に常温でSUS316Lに引張歪みを負荷した場合の粒界近傍の転位組織変化の概略図を示す。引張歪みを負荷することで図11(A)に示したように、粒界に転位が堆積し、さらに引張歪みを負荷すると、図11(B)に示したように粒界での転位堆積量が増大する。さらに引張歪みを負荷していくと、一部の転位が粒界を越えて他の粒界にも堆積し、さらには図11(C)に示したように、粒内の転位密度が高まり、転位が均一に分散するようになる。
一方、クリープにおいては、高温に曝された状態で変形するため、前記常温の場合とは異なり、転位の導入と回復が同時に起こる。クリープ前期では転位の導入が支配的であり、クリープ後期では転位の回復が支配的となる。このように転位密度とクリープ寿命消費率の間には相関があり、縦軸に転位密度、横軸にクリープ寿命消費率としたとき、図12に示したように転位密度とクリープ寿命消費率の間には相関がある。
【0009】
上記知見に基づき、上記課題を解決するため本発明における耐熱鋼の損傷評価方法は、検査対象である耐熱鋼を腐食させて該耐熱鋼表面に腐食ピットを発生させ、該腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度との関係を予め設定し、前記ピット個数密度の検出値に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする。
【0010】
転位は優先的に腐食されやすい特性を持っているため、ある腐食条件で腐食させると、転位と相関のある腐食ピットを現出させることができる。従って、前記腐食ピットの単位面積当たりの個数密度を検出することで、転位密度を精度よく予測することができ、さらにはクリープ寿命消費率を精度よく予測することができる。
転位密度を計測する方法としては、前記ピットの単位面積当たりの個数密度を検出する方法以外に、耐熱鋼の硬さ測定をする方法があげられるが、硬さは転位の他に析出物の影響を受けるため、硬さ測定によって転位密度を精度よく予測することは困難である。
【0011】
ここで、クリープ寿命消費率とは、耐熱鋼がクリープ破断に至るまでの当該耐熱鋼で形成したプラントの運転時間を1.0としてこの運転時間に対する割合を数値化したものである。これにより検出したピット個数密度の耐熱鋼が前記破断に至るまでにどの程度の余裕があるか、すなわち破断に至るまでにどの程度の時間運転し得るか(余寿命)を数値化したものである。
【0012】
また、本発明において好ましくは、ピット個数密度が前記耐熱鋼の金属結晶の粒界に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒界ピット個数密度と、粒内に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒内ピット個数密度とであり、該粒界ピット個数密度と該粒内ピット個数密度の比を求めるとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比との関係を予め設定し、前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする。
転位は歪み量が小さい場合、粒界近傍の方が粒内よりも転位密度は大きいが、ある一定の歪み量を超えるとその傾向は逆転する。従ってこの関係を用いることで、クリープ変形量の小さいクリープ前記のクリープ寿命予測の精度を向上させることができる。
【0013】
また、本発明において好ましくは、前記耐熱鋼の内面から外面の方向の少なくとも2ヶ所以上のクリープ余寿命を求めて、最大損傷部位を特定することを特徴とする。
このことにより、管内面から外面にわたった対象部材のうち最大損傷部位を特定することができるため、対象部材全体の寿命予測の精度を向上させることができる。
【0014】
また、本発明において好ましくは、前記耐熱鋼の硬さを検出して、前記ピット個数密度と該硬さの比を求めるとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度と硬さとの比の関係を予め設定し、前記ピット個数密度と硬さとの比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする。
耐熱鋼の硬さ変化は転位密度の増減による硬さ(HA)の変化と、析出による硬さ(HB)の変化によって決定される。転位密度の増減による硬さ(HA)と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(HA/HA+B)はクリープ寿命消費率と相関があることが知られている。また、転位密度の増減による硬さ(HA)はピット個数密度と相関があることから、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(ピット個数密度/HA+B)はクリープ寿命消費率と相関があることとなる。
従って、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さを検出することにより、クリープ寿命消費率を予測することができ、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さという2つのパラメータからクリープ寿命消費率を予測するため、クリープ寿命予測精度を向上することができる。
【0015】
さらに、請求項5の発明は耐熱鋼の損傷評価を行う装置発明であり、検査対象である耐熱鋼を腐食させて腐食ピットを発生させる腐食手段と、前記腐食手段によって腐食された耐熱鋼の腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するピット検出手段と、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率とピット個数密度との関係を求める設定手段と、前記ピット個数密度の検出値に基づいて前記設定手段による関係を用いてクリープ余寿命を算出するクリープ寿命消費率算出手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
以上記載のごとく本発明によれば、例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできる耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例を例示的に詳しく説明する。但しこの実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【実施例1】
【0018】
まず、検査対象である耐熱鋼のピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を得る方法について説明する。
例えば、腐食手段によって、オーステナイト系ステンレス鋼を対象として、図1に示す腐食条件で腐食ピットを現出させる。対象の部位からサンプルを採取し、所定の試験片サイズに切断した後に、樹脂埋めし、試料表面を鏡面まで研磨する。その後、該試験片表面を図1に示した条件の腐食液に浸漬させ、図1に示した腐食条件にてアノード溶解(ピット現出)させる。その後、ピット検出手段よって、例えば走査型電子顕微鏡により一定範囲内のピット数を計測して、ピット個数密度を求める。
クリープ寿命消費率関係設定手段によって、この作業を当該耐熱鋼がクリープ破壊に至るまで多数回繰り返して、ピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を得る。
【0019】
図3にピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示している。ピット2は図3に示したように異なる大きさのものが現出するが、本実施例1においてはピットの大きさは前記関係線図を得る際には影響せず、一定の面積内のピットの個数のみに基づいて求める。
【0020】
このようにして得たピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を図2に示す。縦軸はピット個数密度であり、横軸はクリープ寿命消費率である。図中×印はクリープ損傷によって亀裂が発生したり、破断したりして大きな損傷に至った点を示しており、該×印の時点でクリープ寿命消費率は1となる。耐熱鋼を使用する温度により、図1に示すピット個数の変化の程度や破断に至るまでの時間は異なるが、何れの温度においてもピット個数密度はクリープ寿命初期では時間の経過に伴って増加し、クリープ寿命中期から後期にかけては減少する傾向を示している。
【0021】
次に、クリープ寿命消費率算出手段によって、耐熱鋼のクリープ寿命消費率を予測する方法について説明する。
評価を行う耐熱鋼の対象の部位からサンプルを採取し、ピットを現出させる。サンプルの採取部位は特に限定されるものではなく、例えば耐熱鋼の溶接金属部、溶接熱影響部の細粒域、溶接熱影響部の粗粒域、溶接部の母材部、またはそれらの境界部分等何れの部位でもよい。
なお、溶接熱影響部とは、溶接の加熱・冷却の熱サイクルを受けることにより母材と異なる金属組織となる部分であり、溶接時の温度勾配(接合部に近いほど高温に曝される)によって、粗粒域と細粒域が形成される。
【0022】
また、ピット現出条件についても特に限定されるものではないが、前記関係線図を得るときと同じ条件であることが好ましい。そして、ピットを現出したサンプルを電子走査型顕微鏡により一定範囲内のピット数を計測して、ピット個数密度を求める。ピット個数密度はどのような方法で検出してもいいが、前記関係線図を得るときと同じ条件で検出すると、検出機器の機差による誤差が生じないため好ましい。
そして、前記ピット個数密度から、前記関係線図を用いることによりクリープ寿命消費率を予測することができる。
【実施例2】
【0023】
次に、ピット個数密度として、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度との比を用いる実施例2について説明する。まず、検査対象である耐熱鋼のピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を得る方法について説明する。ピットの現出方法については実施例1と同様に行うため、説明を省略する。ピットを現出させた後、例えば走査型電子顕微鏡により一定範囲内の金属結晶の粒界に発生したピット数と粒内に発生した腐食ピット数を計測して、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度を求めて、該粒界ピット個数密度と該粒内ピット個数密度の比を算出する。
この作業を当該耐熱鋼が破壊に至るまで多数回繰り返して、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比と、クリープ寿命消費率との関係線図を得る。
ここで、図4に粒界及び粒内にピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示す。
前記粒界に発生したピットとは3で示したような金属の結晶粒界1上に現出するピットであり、前記粒内に発生したピットとは4で示したような金属の結晶粒界1以外の箇所に現出するピットを意味している。
【0024】
このようにして得た(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)とクリープ寿命消費率との関係線図を図5に示す。縦軸は(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)であり、横軸はクリープ寿命消費率である。図中×印はクリープ損傷によって亀裂が発生したり、破断したりして大きな損傷に至った点を示しており、該×印の時点でクリープ寿命消費率は1となる。(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)はクリープ寿命初期では時間の経過に伴って減少し、クリープ寿命の中期前半から後期にかけては増加している。
【0025】
ここで、転位は歪み量が小さい場合、粒界近傍の方が粒内よりも転位密度は大きいが、ある一定の歪み量を超えるとその傾向は逆転する。つまり、(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)と歪み量の関係は図6に示したような関係となり、歪み量とクリープ寿命消費率は相関関係があることから、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比と歪み量の関係線図は図5に示したような形状となる。
【0026】
次に耐熱鋼のクリープ寿命消費率を予測する方法について説明する。
評価を行う対象の部位からサンプルを採取し、ピットを現出させる。ピット現出条件は特に限定されるものではないが、前記関係線図を得るときと同じ条件であることが好ましい。そして、ピットを現出したサンプルを電子走査型顕微鏡により一定範囲内の粒内ピット数及び粒界ピット数を計測して、粒内ピット個数密度及び粒界ピット個数密度を求め、(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)を算出する。ピット個数密度はどのような方法で検出してもいいが、前記関係線図を得るときと同じ条件で検出すると、検出機器の機差による誤差が生じないため好ましい。
そして、前記(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)から、前記関係線図を用いることによりクリープ寿命消費率を予測することができる。
【0027】
本実施例2によれば、実施例1の図2と比較した場合、図6のグラフの変曲点Aがクリープ前期側であるため、クリープ変形量の小さいクリープ前期のクリープ寿命予測精度を向上させることができる。すなわち、図6において、(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)がBの場合には、クリープ寿命消費率がC1とC2との2点と予測する。一方実施例1の図2においては、同様にピット個数密度がDの場合には、クリープ寿命消費率がE1とE2との2点と予測する。この実施例2の場合には、変曲点Aがクリープ前期側であるためC1とC2との差が、実施例1のE1とE2との差より小さくなり、クリープ前期のクリープ寿命予測精度を向上させることができる。
【実施例3】
【0028】
実施例1と同様の方法で、前記耐熱鋼の内面から外面の方向の多数点のピット個数密度を求めて、管内の位置とピット個数密度の関係を図7に示した。
図7に示したように管内面から管外面にわたって、ピット個数は同じではなく、つまりクリープ寿命消費率も異なる。
このように、管内面から外面にわたってピット個数密度を求めることで対象部材のうち最大損傷部位を耐熱鋼の厚さ方向において特定することができるため、対象部材全体の寿命予測の精度を向上させることができる。
【実施例4】
【0029】
次に、ピット個数密度と硬さとの関係を用いて寿命を予測する実施例4について説明する。まず、検査対象である耐熱鋼のピット個数密度と硬さの比とクリープ寿命消費率の関係線図を得る方法について説明する。ピットの現出方法については実施例1と同様に行うため、説明を省略する。ピットを現出させた後、例えば走査型電子顕微鏡により一定範囲内に発生したピット数を計測して、ピット個数密度を求める。次に前記ピット個数密度を求めた耐熱鋼の硬さを測定して、ピット個数密度と硬さの比を算出する。
この作業を当該耐熱鋼が破壊に至るまで多数回繰り返して、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比とクリープ寿命消費率の関係線図を得る。
【0030】
このようにして得たピット個数密度と硬さの比とクリープ寿命消費率の関係線図を図8に示す。縦軸はピット個数密度と硬さの比(ピット個数密度/硬さ)であり、横軸はクリープ寿命消費率である。図中×印はクリープ損傷によって亀裂が発生したり、破断したりして大きな損傷に至った点を示しており、該×印の時点でクリープ寿命消費率は1となる。(ピット個数密度/硬さ)はクリープ寿命初期から破断に至るまで時間の経過に伴って減少している。
【0031】
ここで、図9に示したように耐熱鋼の硬さ(HA+B)の変化は転位密度の増減による硬さ(HA)の変化と、析出による硬さ(HB)の変化によって決定され、転位密度の増減による硬さ(HA)と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(HA/HA+B)はクリープ寿命消費率と図10に示したように相関があることが知られている。また、転位密度の増減による硬さ(HA)はピット個数密度と相関があることから、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(ピット個数密度/HA+B)はクリープ寿命消費率と相関があることとなるから、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(ピット個数密度/HA+B)とクリープ寿命消費率の関係線図は図8に示したような形状となる。
【0032】
次に耐熱鋼のクリープ寿命消費率を予測する方法について説明する。
評価を行う対象の部位からサンプルを採取し、ピットを現出させる。ピット現出条件は特に限定されるものではないが、前記関係線図を得るときと同じ条件であることが好ましい。そして、ピットを現出したサンプルを電子走査型顕微鏡により一定範囲内のピット数を計測して、ピット個数密度を求めるとともに、該サンプルの硬さを測定して、(ピット個数密度)/(硬さ)を算出する。ピット個数密度及び硬さはどのような方法で検出してもいいが、前記関係線図を得るときと同じ条件で検出すると、検出機器の機差による誤差が生じないため好ましい。
そして、前記(ピット個数密度)/(硬さ)から、前記関係線図を用いることによりクリープ寿命消費率を推測することができる。
【0033】
本実施例4によれば、実施例1、実施例2と比較した場合、ピット個数密度と硬さという2つのパラメータによってクリープ寿命消費率を予測するため、クリープ寿命予測精度をさらに向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできるため、ボイラメンテナンス及びトラブル未然防止の対策として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】オーステナイト系ステンレス鋼を対象としたピットを現出させる腐食条件の一例をまとめた表である。
【図2】ピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図である。
【図3】ピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示す図である。
【図4】粒界及び粒内にピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示す図である。
【図5】(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)とクリープ寿命消費率の関係線図である。
【図6】(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)と粒内ピット個数密度の比と歪み量の関係を表すグラフである。
【図7】管内の位置とピット個数密度の関係を表すグラフである。
【図8】ピット個数密度と硬さの比とクリープ寿命消費率の関係線図である。
【図9】耐熱鋼の硬さ(HA+B)の変化を表すグラフである。
【図10】転位密度の増減による硬さ(HA)と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(HA/HA+B)とクリープ寿命消費率の関係を表すグラフである。
【図11】常温でSUS316Lに引張歪みを負荷した場合の粒界近傍の転位組織変化の概略図である。
【図12】転位密度とクリープ寿命消費率の関係を表すグラフである。
【符号の説明】
【0036】
1 結晶粒界
2 ピット
3 粒界に発生したピット
4 粒内に発生したピット
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置に関するものであり、特に火力発電プラントなどの高温・高圧機器に使用されるフェライト系鋼及びオーステナイト系鋼の母材部から溶接継手部に至るまでのクリープ余寿命を評価する方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力プラントなどの高温・高圧環境で長時間用いられる機器を構成する耐熱鋼は、クリープ、熱疲労、腐食などの様々な損傷を受けることが知られている。例えば、火力発電プラントを構成するボイラにおいては、長時間の高温・高圧下で運転されるため、クリープ損傷の影響が大きい。また、近年二酸化炭素削減及び発電効率の高効率化の観点から火力発電プラントの蒸気条件はさらなる高温・高圧化が求められており、このことに伴い、クリープ損傷はさらに大きくなると予想されている。従って、部分的な交換や、補修を計画的に行うことによって、プラント全体の寿命を延長することが必要であり、そのためにはクリープの損傷の程度を精度よく評価することが重要である。
【0003】
従来より行われているクリープ寿命の評価手法は、破壊検査と非破壊検査の2つに大別される。
破壊検査としては例えば特許文献1に開示されているように、検査対象部からサンプルを採取し、クリープ破断試験を行うものがあるこの検査方法は、実際のクリープ破断試験からクリープ破断寿命を求めるため、精度良く評価することができるが、ボイラ等に使用される耐熱鋼において、管内面では生成する水蒸気酸化スケールによる減肉、管外面では酸化による減肉があるため、応力は徐々に変化していく。従って、クリープ破断試験では実機環境を正確に考慮した評価は困難である。
【0004】
また、非破壊検査としては、例えばUT(超音波探傷検査)、MT(磁粉探傷検査)、PT(浸透探傷検査)、TOFD法(飛行時間回折法(Time of Flight Diffraction))及びボイド個数密度法による寿命評価法等が知られている。
しかしながら、前記非破壊検査のうち、UT、MT、PT及びTOFD法は亀裂が発生した末期の寿命を評価することはできるが、亀裂が発生する前の寿命評価をすることができない。
また、前記ボイド個数密度法を用いた寿命評価法は例えば特許文献2に開示されている。ボイド個数密度法は、ボイラ等の耐熱鋼はクリープ損傷中にクリープボイドと言われる小孔が発生し、該クリープボイドはクリープ損傷の進行に伴い増加することを利用して、単位面積当たりのクリープボイドの個数密度を実測することにより、検査対象の耐熱鋼のクリープ余寿命を推測する手法である。しかしながら前記クリープボイドの個数密度であるボイド個数密度は、クリープ損傷量とは必ずしも直接的な関係ではなく、鋼種、使用環境及びボイド観察位置によっても変化するものである。
【0005】
さらに、その他のクリープ寿命の評価法として、例えば特許文献3には固溶合金元素濃度とクリープ寿命消費率との関係から、クリープ寿命を評価する方法が開示されている。
しかしながら、特許文献3に開示された方法では、固溶合金元素の析出が長時間経過すると飽和状態となるため、クリープ寿命消費率を求めることが困難となる。
例えばオーステナイト系耐熱鋼のような他の低合金鋼やフェライト系耐熱鋼よりも高強度であり、3万時間を越えて使用されることから、このような長時間の耐久性を有する耐熱鋼においては、特許文献3に開示された方法でクリープ寿命を評価することは適さないものである。
【0006】
【特許文献1】特開2000−292419号公報
【特許文献2】特開2004−85347号公報
【特許文献3】特開平10−132810号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明はかかる従来技術の問題に鑑み、例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできる耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
例えば、常温でSUS316Lに引張歪みを負荷した場合、歪み量の増加に伴い、転位は増加して転位密度は高くなる。図11に常温でSUS316Lに引張歪みを負荷した場合の粒界近傍の転位組織変化の概略図を示す。引張歪みを負荷することで図11(A)に示したように、粒界に転位が堆積し、さらに引張歪みを負荷すると、図11(B)に示したように粒界での転位堆積量が増大する。さらに引張歪みを負荷していくと、一部の転位が粒界を越えて他の粒界にも堆積し、さらには図11(C)に示したように、粒内の転位密度が高まり、転位が均一に分散するようになる。
一方、クリープにおいては、高温に曝された状態で変形するため、前記常温の場合とは異なり、転位の導入と回復が同時に起こる。クリープ前期では転位の導入が支配的であり、クリープ後期では転位の回復が支配的となる。このように転位密度とクリープ寿命消費率の間には相関があり、縦軸に転位密度、横軸にクリープ寿命消費率としたとき、図12に示したように転位密度とクリープ寿命消費率の間には相関がある。
【0009】
上記知見に基づき、上記課題を解決するため本発明における耐熱鋼の損傷評価方法は、検査対象である耐熱鋼を腐食させて該耐熱鋼表面に腐食ピットを発生させ、該腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度との関係を予め設定し、前記ピット個数密度の検出値に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする。
【0010】
転位は優先的に腐食されやすい特性を持っているため、ある腐食条件で腐食させると、転位と相関のある腐食ピットを現出させることができる。従って、前記腐食ピットの単位面積当たりの個数密度を検出することで、転位密度を精度よく予測することができ、さらにはクリープ寿命消費率を精度よく予測することができる。
転位密度を計測する方法としては、前記ピットの単位面積当たりの個数密度を検出する方法以外に、耐熱鋼の硬さ測定をする方法があげられるが、硬さは転位の他に析出物の影響を受けるため、硬さ測定によって転位密度を精度よく予測することは困難である。
【0011】
ここで、クリープ寿命消費率とは、耐熱鋼がクリープ破断に至るまでの当該耐熱鋼で形成したプラントの運転時間を1.0としてこの運転時間に対する割合を数値化したものである。これにより検出したピット個数密度の耐熱鋼が前記破断に至るまでにどの程度の余裕があるか、すなわち破断に至るまでにどの程度の時間運転し得るか(余寿命)を数値化したものである。
【0012】
また、本発明において好ましくは、ピット個数密度が前記耐熱鋼の金属結晶の粒界に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒界ピット個数密度と、粒内に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒内ピット個数密度とであり、該粒界ピット個数密度と該粒内ピット個数密度の比を求めるとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比との関係を予め設定し、前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする。
転位は歪み量が小さい場合、粒界近傍の方が粒内よりも転位密度は大きいが、ある一定の歪み量を超えるとその傾向は逆転する。従ってこの関係を用いることで、クリープ変形量の小さいクリープ前記のクリープ寿命予測の精度を向上させることができる。
【0013】
また、本発明において好ましくは、前記耐熱鋼の内面から外面の方向の少なくとも2ヶ所以上のクリープ余寿命を求めて、最大損傷部位を特定することを特徴とする。
このことにより、管内面から外面にわたった対象部材のうち最大損傷部位を特定することができるため、対象部材全体の寿命予測の精度を向上させることができる。
【0014】
また、本発明において好ましくは、前記耐熱鋼の硬さを検出して、前記ピット個数密度と該硬さの比を求めるとともに、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度と硬さとの比の関係を予め設定し、前記ピット個数密度と硬さとの比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする。
耐熱鋼の硬さ変化は転位密度の増減による硬さ(HA)の変化と、析出による硬さ(HB)の変化によって決定される。転位密度の増減による硬さ(HA)と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(HA/HA+B)はクリープ寿命消費率と相関があることが知られている。また、転位密度の増減による硬さ(HA)はピット個数密度と相関があることから、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(ピット個数密度/HA+B)はクリープ寿命消費率と相関があることとなる。
従って、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さを検出することにより、クリープ寿命消費率を予測することができ、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さという2つのパラメータからクリープ寿命消費率を予測するため、クリープ寿命予測精度を向上することができる。
【0015】
さらに、請求項5の発明は耐熱鋼の損傷評価を行う装置発明であり、検査対象である耐熱鋼を腐食させて腐食ピットを発生させる腐食手段と、前記腐食手段によって腐食された耐熱鋼の腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するピット検出手段と、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率とピット個数密度との関係を求める設定手段と、前記ピット個数密度の検出値に基づいて前記設定手段による関係を用いてクリープ余寿命を算出するクリープ寿命消費率算出手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
以上記載のごとく本発明によれば、例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできる耐熱鋼の損傷評価方法及びその装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例を例示的に詳しく説明する。但しこの実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【実施例1】
【0018】
まず、検査対象である耐熱鋼のピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を得る方法について説明する。
例えば、腐食手段によって、オーステナイト系ステンレス鋼を対象として、図1に示す腐食条件で腐食ピットを現出させる。対象の部位からサンプルを採取し、所定の試験片サイズに切断した後に、樹脂埋めし、試料表面を鏡面まで研磨する。その後、該試験片表面を図1に示した条件の腐食液に浸漬させ、図1に示した腐食条件にてアノード溶解(ピット現出)させる。その後、ピット検出手段よって、例えば走査型電子顕微鏡により一定範囲内のピット数を計測して、ピット個数密度を求める。
クリープ寿命消費率関係設定手段によって、この作業を当該耐熱鋼がクリープ破壊に至るまで多数回繰り返して、ピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を得る。
【0019】
図3にピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示している。ピット2は図3に示したように異なる大きさのものが現出するが、本実施例1においてはピットの大きさは前記関係線図を得る際には影響せず、一定の面積内のピットの個数のみに基づいて求める。
【0020】
このようにして得たピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を図2に示す。縦軸はピット個数密度であり、横軸はクリープ寿命消費率である。図中×印はクリープ損傷によって亀裂が発生したり、破断したりして大きな損傷に至った点を示しており、該×印の時点でクリープ寿命消費率は1となる。耐熱鋼を使用する温度により、図1に示すピット個数の変化の程度や破断に至るまでの時間は異なるが、何れの温度においてもピット個数密度はクリープ寿命初期では時間の経過に伴って増加し、クリープ寿命中期から後期にかけては減少する傾向を示している。
【0021】
次に、クリープ寿命消費率算出手段によって、耐熱鋼のクリープ寿命消費率を予測する方法について説明する。
評価を行う耐熱鋼の対象の部位からサンプルを採取し、ピットを現出させる。サンプルの採取部位は特に限定されるものではなく、例えば耐熱鋼の溶接金属部、溶接熱影響部の細粒域、溶接熱影響部の粗粒域、溶接部の母材部、またはそれらの境界部分等何れの部位でもよい。
なお、溶接熱影響部とは、溶接の加熱・冷却の熱サイクルを受けることにより母材と異なる金属組織となる部分であり、溶接時の温度勾配(接合部に近いほど高温に曝される)によって、粗粒域と細粒域が形成される。
【0022】
また、ピット現出条件についても特に限定されるものではないが、前記関係線図を得るときと同じ条件であることが好ましい。そして、ピットを現出したサンプルを電子走査型顕微鏡により一定範囲内のピット数を計測して、ピット個数密度を求める。ピット個数密度はどのような方法で検出してもいいが、前記関係線図を得るときと同じ条件で検出すると、検出機器の機差による誤差が生じないため好ましい。
そして、前記ピット個数密度から、前記関係線図を用いることによりクリープ寿命消費率を予測することができる。
【実施例2】
【0023】
次に、ピット個数密度として、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度との比を用いる実施例2について説明する。まず、検査対象である耐熱鋼のピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図を得る方法について説明する。ピットの現出方法については実施例1と同様に行うため、説明を省略する。ピットを現出させた後、例えば走査型電子顕微鏡により一定範囲内の金属結晶の粒界に発生したピット数と粒内に発生した腐食ピット数を計測して、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度を求めて、該粒界ピット個数密度と該粒内ピット個数密度の比を算出する。
この作業を当該耐熱鋼が破壊に至るまで多数回繰り返して、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比と、クリープ寿命消費率との関係線図を得る。
ここで、図4に粒界及び粒内にピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示す。
前記粒界に発生したピットとは3で示したような金属の結晶粒界1上に現出するピットであり、前記粒内に発生したピットとは4で示したような金属の結晶粒界1以外の箇所に現出するピットを意味している。
【0024】
このようにして得た(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)とクリープ寿命消費率との関係線図を図5に示す。縦軸は(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)であり、横軸はクリープ寿命消費率である。図中×印はクリープ損傷によって亀裂が発生したり、破断したりして大きな損傷に至った点を示しており、該×印の時点でクリープ寿命消費率は1となる。(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)はクリープ寿命初期では時間の経過に伴って減少し、クリープ寿命の中期前半から後期にかけては増加している。
【0025】
ここで、転位は歪み量が小さい場合、粒界近傍の方が粒内よりも転位密度は大きいが、ある一定の歪み量を超えるとその傾向は逆転する。つまり、(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)と歪み量の関係は図6に示したような関係となり、歪み量とクリープ寿命消費率は相関関係があることから、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比と歪み量の関係線図は図5に示したような形状となる。
【0026】
次に耐熱鋼のクリープ寿命消費率を予測する方法について説明する。
評価を行う対象の部位からサンプルを採取し、ピットを現出させる。ピット現出条件は特に限定されるものではないが、前記関係線図を得るときと同じ条件であることが好ましい。そして、ピットを現出したサンプルを電子走査型顕微鏡により一定範囲内の粒内ピット数及び粒界ピット数を計測して、粒内ピット個数密度及び粒界ピット個数密度を求め、(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)を算出する。ピット個数密度はどのような方法で検出してもいいが、前記関係線図を得るときと同じ条件で検出すると、検出機器の機差による誤差が生じないため好ましい。
そして、前記(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)から、前記関係線図を用いることによりクリープ寿命消費率を予測することができる。
【0027】
本実施例2によれば、実施例1の図2と比較した場合、図6のグラフの変曲点Aがクリープ前期側であるため、クリープ変形量の小さいクリープ前期のクリープ寿命予測精度を向上させることができる。すなわち、図6において、(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)がBの場合には、クリープ寿命消費率がC1とC2との2点と予測する。一方実施例1の図2においては、同様にピット個数密度がDの場合には、クリープ寿命消費率がE1とE2との2点と予測する。この実施例2の場合には、変曲点Aがクリープ前期側であるためC1とC2との差が、実施例1のE1とE2との差より小さくなり、クリープ前期のクリープ寿命予測精度を向上させることができる。
【実施例3】
【0028】
実施例1と同様の方法で、前記耐熱鋼の内面から外面の方向の多数点のピット個数密度を求めて、管内の位置とピット個数密度の関係を図7に示した。
図7に示したように管内面から管外面にわたって、ピット個数は同じではなく、つまりクリープ寿命消費率も異なる。
このように、管内面から外面にわたってピット個数密度を求めることで対象部材のうち最大損傷部位を耐熱鋼の厚さ方向において特定することができるため、対象部材全体の寿命予測の精度を向上させることができる。
【実施例4】
【0029】
次に、ピット個数密度と硬さとの関係を用いて寿命を予測する実施例4について説明する。まず、検査対象である耐熱鋼のピット個数密度と硬さの比とクリープ寿命消費率の関係線図を得る方法について説明する。ピットの現出方法については実施例1と同様に行うため、説明を省略する。ピットを現出させた後、例えば走査型電子顕微鏡により一定範囲内に発生したピット数を計測して、ピット個数密度を求める。次に前記ピット個数密度を求めた耐熱鋼の硬さを測定して、ピット個数密度と硬さの比を算出する。
この作業を当該耐熱鋼が破壊に至るまで多数回繰り返して、粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比とクリープ寿命消費率の関係線図を得る。
【0030】
このようにして得たピット個数密度と硬さの比とクリープ寿命消費率の関係線図を図8に示す。縦軸はピット個数密度と硬さの比(ピット個数密度/硬さ)であり、横軸はクリープ寿命消費率である。図中×印はクリープ損傷によって亀裂が発生したり、破断したりして大きな損傷に至った点を示しており、該×印の時点でクリープ寿命消費率は1となる。(ピット個数密度/硬さ)はクリープ寿命初期から破断に至るまで時間の経過に伴って減少している。
【0031】
ここで、図9に示したように耐熱鋼の硬さ(HA+B)の変化は転位密度の増減による硬さ(HA)の変化と、析出による硬さ(HB)の変化によって決定され、転位密度の増減による硬さ(HA)と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(HA/HA+B)はクリープ寿命消費率と図10に示したように相関があることが知られている。また、転位密度の増減による硬さ(HA)はピット個数密度と相関があることから、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(ピット個数密度/HA+B)はクリープ寿命消費率と相関があることとなるから、ピット個数密度と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(ピット個数密度/HA+B)とクリープ寿命消費率の関係線図は図8に示したような形状となる。
【0032】
次に耐熱鋼のクリープ寿命消費率を予測する方法について説明する。
評価を行う対象の部位からサンプルを採取し、ピットを現出させる。ピット現出条件は特に限定されるものではないが、前記関係線図を得るときと同じ条件であることが好ましい。そして、ピットを現出したサンプルを電子走査型顕微鏡により一定範囲内のピット数を計測して、ピット個数密度を求めるとともに、該サンプルの硬さを測定して、(ピット個数密度)/(硬さ)を算出する。ピット個数密度及び硬さはどのような方法で検出してもいいが、前記関係線図を得るときと同じ条件で検出すると、検出機器の機差による誤差が生じないため好ましい。
そして、前記(ピット個数密度)/(硬さ)から、前記関係線図を用いることによりクリープ寿命消費率を推測することができる。
【0033】
本実施例4によれば、実施例1、実施例2と比較した場合、ピット個数密度と硬さという2つのパラメータによってクリープ寿命消費率を予測するため、クリープ寿命予測精度をさらに向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、例えばオーステナイト系ステンレス鋼のような長時間の耐久性を有する耐熱鋼に関しても、精度よく、クリープ余寿命を評価することのできるため、ボイラメンテナンス及びトラブル未然防止の対策として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】オーステナイト系ステンレス鋼を対象としたピットを現出させる腐食条件の一例をまとめた表である。
【図2】ピット個数密度とクリープ寿命消費率の関係線図である。
【図3】ピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示す図である。
【図4】粒界及び粒内にピットが発生した場合の粒界近傍の様子を示す図である。
【図5】(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)とクリープ寿命消費率の関係線図である。
【図6】(粒内ピット個数密度)/(粒界ピット個数密度)と粒内ピット個数密度の比と歪み量の関係を表すグラフである。
【図7】管内の位置とピット個数密度の関係を表すグラフである。
【図8】ピット個数密度と硬さの比とクリープ寿命消費率の関係線図である。
【図9】耐熱鋼の硬さ(HA+B)の変化を表すグラフである。
【図10】転位密度の増減による硬さ(HA)と耐熱鋼の硬さ(HA+B)の比(HA/HA+B)とクリープ寿命消費率の関係を表すグラフである。
【図11】常温でSUS316Lに引張歪みを負荷した場合の粒界近傍の転位組織変化の概略図である。
【図12】転位密度とクリープ寿命消費率の関係を表すグラフである。
【符号の説明】
【0036】
1 結晶粒界
2 ピット
3 粒界に発生したピット
4 粒内に発生したピット
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象である耐熱鋼を腐食させて該耐熱鋼表面に腐食ピットを発生させ、該腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するとともに、
前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度との関係を予め設定し、
前記ピット個数密度の検出値に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項2】
前記ピット個数密度が前記耐熱鋼の金属結晶の粒界に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒界ピット個数密度と、粒内に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒内ピット個数密度とであり、該粒界ピット個数密度と該粒内ピット個数密度の比を求めるとともに、
前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比との関係を予め設定し、
前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする請求項1記載の耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の耐熱鋼の損傷評価方法において、
前記耐熱鋼の内面から外面の方向の少なくとも2ヶ所以上のクリープ余寿命を求めて、最大損傷部位を特定することを特徴とする請求項1又は2記載の耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項4】
前記耐熱鋼の硬さを検出して、前記ピット個数密度と該硬さの比を求めるとともに、
前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度と硬さとの比の関係を予め設定し、
前記ピット個数密度と硬さとの比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする請求項1に記載の耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項5】
検査対象である耐熱鋼を腐食させて腐食ピットを発生させる腐食手段と、前記腐食手段によって腐食された耐熱鋼の腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するピット検出手段と、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率とピット個数密度との関係を求める設定手段と、前記ピット個数密度の検出値に基づいて前記設定手段による関係を用いてクリープ余寿命を算出するクリープ寿命消費率算出手段と、を有することを特徴とする耐熱鋼の損傷評価装置。
【請求項1】
検査対象である耐熱鋼を腐食させて該耐熱鋼表面に腐食ピットを発生させ、該腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するとともに、
前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度との関係を予め設定し、
前記ピット個数密度の検出値に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項2】
前記ピット個数密度が前記耐熱鋼の金属結晶の粒界に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒界ピット個数密度と、粒内に発生した腐食ピットの単位面積当たりの個数である粒内ピット個数密度とであり、該粒界ピット個数密度と該粒内ピット個数密度の比を求めるとともに、
前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比との関係を予め設定し、
前記粒界ピット個数密度と粒内ピット個数密度の比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする請求項1記載の耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の耐熱鋼の損傷評価方法において、
前記耐熱鋼の内面から外面の方向の少なくとも2ヶ所以上のクリープ余寿命を求めて、最大損傷部位を特定することを特徴とする請求項1又は2記載の耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項4】
前記耐熱鋼の硬さを検出して、前記ピット個数密度と該硬さの比を求めるとともに、
前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率と前記ピット個数密度と硬さとの比の関係を予め設定し、
前記ピット個数密度と硬さとの比に基づき前記関係を用いて前記クリープ余寿命を求めることを特徴とする請求項1に記載の耐熱鋼の損傷評価方法。
【請求項5】
検査対象である耐熱鋼を腐食させて腐食ピットを発生させる腐食手段と、前記腐食手段によって腐食された耐熱鋼の腐食ピットの単位面積当たりの個数であるピット個数密度を検出するピット検出手段と、前記耐熱鋼が破壊に至るまでの余寿命を示すクリープ寿命消費率とピット個数密度との関係を求める設定手段と、前記ピット個数密度の検出値に基づいて前記設定手段による関係を用いてクリープ余寿命を算出するクリープ寿命消費率算出手段と、を有することを特徴とする耐熱鋼の損傷評価装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
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【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−32480(P2008−32480A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−204947(P2006−204947)
【出願日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】
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