説明

耐HIC性および溶接部靱性優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板およびその製造方法

【課題】耐HIC性および溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明の高強度電縫鋼管用熱延鋼板は、所定の成分からなり、かつ、C,Si,Mn,Cu,Ni,MoおよびVが下記(1)式を、Ca,OおよびSが下記(2)式を、CaおよびSが下記(3)式を、各々満足するように含み、
Px=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7≦0.17 ……(1)
1.4≦Py={[Ca]−(130×[Ca]+0.18)×[O]}/(1.25×[S])≦3.4 ……(2)
Pz=[Ca]×[S]0.28×104≦5.0 ……(3)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
さらに、鋼組織はパーライト占有率が2vol%以下(0vol%を含む)で、残部が平均結晶粒径10μm以下のフェライトである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、石油あるいは天然ガス等の輸送に使用されるパイプライン用電縫鋼管の素材として好適な、耐HIC性および溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼管は、石油あるいは天然ガスの採掘や輸送に必須の工業材料である。例えば、採掘した石油や天然ガスを油井やガス井のある生産地から需要地あるいは積出地まで大量輸送するためのパイプラインには、サブマージアーク溶接や電縫溶接により造管した溶接鋼管が使用されることが多い。特に、最近では、パイプラインの輸送効率向上のために高圧力での輸送が行われており、高圧輸送に耐え得る高強度の溶接鋼管が求められている。
【0003】
溶接鋼管の中でも電縫鋼管は、熱延鋼板のような薄鋼板を素材として造管されるため、製造可能な寸法が比較的薄肉小径の領域に限定される。しかし、素材鋼板の鋼帯から連続的に成形・溶接して高速造管できるため、生産性に優れて安価であるという利点があるため、電縫鋼管が適用可能な寸法のラインパイプでは、その他の溶接鋼管から電縫鋼管への材料代替が進みつつある。
【0004】
ところで、近年開発される油田あるいはガス田から採掘される石油あるいは天然ガス中には多量のH2Sが含まれることが多く、これらの石油や天然ガスを輸送するパイプラインに使用される溶接鋼管は、いわゆるサワー環境下で使用されることになる。そのため、使用鋼管に対しては、H2Sに起因して発生する水素誘起割れ(HIC)に対する耐性の向上が強く求められるようになってきた。
【0005】
このような要求に応えられる高強度電縫鋼管の素材として、例えば、特許文献1には、0.01〜0.1mass%のCの他にCr、Cu、Ca等を所定量含有し、Mn、SおよびOの含有量が特定の関係を満足する耐食性と耐硫化物応力割れ性に優れた鋼板が提案されている。
【0006】
特許文献2には、0.02〜0.10mass%のCの他にTi、Nb、Ca等を所定量含有し、Ca、SおよびOの含有量が特定の関係を満足する鋼を、所定の条件で圧延および冷却する、耐サワー性の優れた薄手高強度鋼板の製造方法が開示されている。
【特許文献1】特許第3487895号公報
【特許文献2】特許第3009558号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示されている技術は、CrとCuの複合添加およびMn、SおよびOの含有量制御により、炭酸ガスとともに微量の硫化水素が混入する環境において、耐全面腐食性と耐水素誘起割れ性を有する鋼板を得るものである。しかしながら、この技術によって得られる鋼板の強度は40〜55kgf/mm2程度であり、近年のパイプライン用高強度溶接鋼管への適用に際しては、もはや十分な強度水準とは言えないものである。
【0008】
また、特許文献2に提案されている技術は、Ca、OおよびSの含有量制御により耐サワー性を確保し、NbとTiの添加によって優れた低温靱性を付与するものである。しかし、特許文献2に提示されている技術は、板厚11mm以下の薄手鋼板の製造方法に関わるものであり、パイプライン用溶接鋼管への適用に際しては、その利用範囲が非常に限定される。
【0009】
加えて、パイプライン用の電縫鋼管では、母材部であるボディ部に加えて、溶接部であるシーム部の靱性に優れていることが必要である。また、パイプラインに用いられる鋼管は、パイプラインを敷設する現地で接続部を全周溶接するため、全周溶接部の靱性にも優れていることが求められる。
【0010】
本発明はかかる事情に鑑み、上記の問題を有利に解決し、耐HIC性および溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、従来技術が抱える上記問題点を解決するために、鋼の成分組成および組織が鋼板の強度、靱性、耐HIC性に影響を及ぼすと考え、鋭意研究を重ねた。その結果、成分組成と鋼板組織を所定の範囲内に調製することにより、熱延鋼板とその溶接部における強度、靱性および耐HIC性を大きく改善することができることを見出した。
【0012】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]mass%で、C:0.02〜0.05%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.5〜1.5%、P:0.010%以下、S:0.0010%以下、Al:0.01〜0.10%、Nb:0.01〜0.10%、Ti:0.001〜0.025%、Ca:0.001〜0.004%、O:0.003%以下、N:0.005%以下を含有し、V:0.01〜0.10%、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%、Mo:0.05〜0.50%の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、C、Si、Mn、Cu、Ni、MoおよびVが下記(1)式を、Ca、OおよびSが下記(2)式を、CaおよびSが下記(3)式を、各々満足するように含み、さらに、パーライト占有率が2vol%以下(0vol%を含む)で、残部が平均結晶粒径10μm以下のフェライトである鋼組織を有することを特徴とする耐HIC性及び溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板。
Px=[C]+[Si]/30+[Mn]/20 +[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7≦0.17 ……(1)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
1.4≦Py={[Ca]−(130×[Ca]+0.18)×[O]}/(1.25×[S])≦3.4 ……(2)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
Pz=[Ca]×[S]0.28×104≦5.0 ……(3)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【0013】
[2]前記[1]において、さらに、mass%で、Cr:0.1%未満、B:0.003%以下の1種または2種を含有し、前記(1)式に代えて、C、Si、Mn、V、Cu、Ni、Mo、CrおよびBが、下記(4)式を満足するように含むことを特徴とする耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板。
Px2=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7
+[Cr]/20+5×[B]≦0.17 ……(4)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【0014】
[3]前記[1]または[2]において、前記フェライトがベイニティックフェライトであることを特徴とする耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板。
【0015】
[4]前記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼スラブを1000〜1300℃に加熱し、(Ar3変態点−50℃)〜(Ar3変態点+50℃)の仕上圧延終了温度で熱間圧延を行った後、直ちに、10℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜600℃の温度で巻き取ることを特徴とする耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法。
【0016】
なお、また、本明細書において、鋼の成分を示す%はすべてmass%である。
【0017】
また、本発明において高強度電縫鋼管用熱延鋼板とは、引張強度(以下TSと称す)531MPa以上の熱延鋼板であり、鋼帯も含むものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板を得ることができる。そして、耐HIC性、溶接部靱性、強度と全ての特性に優れており、かつ板厚の限定なしに製造できるので、例えば、API規格5Lに規定されたX65級以上の高強度ラインパイプ素材として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の熱延鋼板の成分組成を限定する理由について説明する。
【0020】
C:0.02〜0.05mass%
Cは、鋼の高強度化に必須の元素である。所望の鋼板強度を得るためには0.02mass%以上含有することが必要である。ただし、Cの含有量が0.05mass%を超えると、鋼組織中にパーライト等の第二相が生成しやすくなり、鋼の耐HIC性を劣化させる他、靱性や溶接性の低下も招く。よって、Cの含有量は0.02 mass%以上0.05mass%以下とする。
【0021】
Si:0.05〜0.50mass%
Siは、鋼の脱酸剤として有用な元素であり、固溶強化によって鋼の強度を上昇させる作用もある。このような効果はSi含有量が0.05mass%以上の場合に発現する。一方、Siの含有量が0.50mass%を超えると、溶接部の靱性が低下する。よって、Siの含有量は0.05 mass%以上0.50mass%以下とする。好ましくは、0.10 mass%以上0.40mass%以下である。
【0022】
Mn:0.5〜1.5mass%
Mnは、鋼の強度と靱性を向上する元素であり、0.5mass%以上を含有させる。しかし、過度のMnの含有は、偏析を強めて鋼の耐HIC性を大きく低下させるため、Mn含有量の上限は1.5mass%とする。以上より、Mnの含有量は0.5 mass%以上1.5mass%以下とする。好ましくは、0.8 mass%以上1.2mass%以下である。
【0023】
P:0.010mass%以下
Pは、鋼中に不純物として存在する元素である。多量のPは、鋼の靱性を低下させるとともに、偏析により鋼の耐HIC性を低下させる。そのため、Pの含有量は0.010mass%以下とする。より好ましくは、0.008mass%以下である。
【0024】
S:0.0010mass%以下
Sは、鋼中に不純物として存在する元素である。多量のSは、鋼の靱性を低下させるとともに、MnSの形成を通じて鋼の耐HIC性を低下させる。そのため、Sの含有量は0.0010mass%以下とする。より好ましくは、0.0008mass%以下である。
【0025】
Al:0.01〜0.10mass%
Alは、鋼の脱酸のために添加される元素である。Alの含有量が0.01mass%未満では十分な脱酸効果が得られない。一方、Alの含有量が0.10mass%を越えると、前記脱酸効果は飽和する上、介在物の増加により鋼の耐HIC性や靱性が低下する。そのため、Alの含有量は0.01 mass%以上0.10mass%以下とする。好ましくは、0.02 mass%以上0.08mass%以下である。
【0026】
Nb:0.01〜0.10mass%
Nbは、鋼の結晶粒を微細化し、鋼の高強度化および高靱性化に有効な元素である。このような効果を十分に得るためには0.01mass%以上の含有が必要である。しかし、多量に含有しても効果が飽和する上、経済的にも不利となる。よって、Nbの含有量は0.01 mass%以上0.10mass%以下とする。好ましくは、0.02 mass%以上0.08mass%以下である。
【0027】
Ti:0.001〜0.025mass%
Tiは、鋼の結晶粒を微細化し、鋼の高強度化および高靱性化に有効な元素である。このような効果を得るためには0.001mass%以上の含有が必要である。しかし、多量に含有するとTiCの析出により鋼の靱性に悪影響を与える。よって、Tiの含有量は0.001 mass%以上0.025mass%以下とする。好ましくは、0.005〜0.020mass%である。
【0028】
Ca:0.001〜0.004mass%
Caは、鋼中の硫化物の形態を変化させ、硫化物を無害化する作用を有する元素である。このような効果はCa含有量が0.001mass%以上で得られる。一方、Caの含有量が0.004mass%を超える場合は、Ca系介在物に起因して鋼の耐HIC性や靱性が低下する。このため、Caの含有量は0.001 mass%以上0.004mass%以下とする。
【0029】
O:0.003mass%以下、N:0.005mass%以下
OおよびNは、微量ながら鋼中に不可避的に含有される元素である。これらの元素は介在物の形成を通じて鋼の耐HIC性や靱性を低下させるので、それぞれの含有量は可能な限り少ないほうが好ましい。しかし、これらの元素の含有量の大幅な低減は、鋼の溶製コストの増大を招く。よって、許容範囲として、OおよびNの含有量は、それぞれ、0.003mass%以下および0.005mass%以下とする。
【0030】
本発明の熱延鋼板は、上記の成分に加えて、さらに、V、Cu、NiおよびMoの中から選ばれる1種または2種以上を下記の組成範囲で含有する。
【0031】
V:0.01〜0.10mass%
Vは、析出強化により鋼を高強度化する作用を有する。このような効果は、Vの含有量が0.01mass%以上で得られる。一方、多量のVの含有は、鋼の靱性や溶接性を劣化させる。そのため、Vの含有量は、0.01 mass%以上0.10mass%以下とする。好ましくは、0.02 mass%以上0.08mass%以下である。
【0032】
Cu:0.05〜0.50mass%、Ni:0.05〜0.50mass%、Mo:0.05〜0.50mass%
Cu、NiおよびMoは、固溶強化により鋼の強度を増す元素である。また、鋼の焼入性を向上する効果があり、熱間圧延後の鋼板冷却中におけるパーライト変態を遅延させる。このような効果は、それぞれの含有量が0.05mass%以上の場合に得られる。一方、これらの元素の多量の含有は、経済的に不利になるだけでなく、鋼の溶接性等を劣化させる。そのため、Cu、NiおよびMoの各元素の含有量は、それぞれ0.05 mass%以上0.50mass%以下とする。なお、これらの元素の合計含有量は、1.0mass%以下であることが好ましい。
【0033】
残部はFeおよび不可避的不純物とする。
【0034】
さらに、本発明では、上述した成分組成範囲に加え、C、Si、Mn、Cu、Ni、MoおよびVが下記(1)式を、Ca、OおよびSが下記(2)式を、CaおよびSが下記(3)式を、各々満足するように含むことが必要である。
【0035】
Px:0.17以下
上述したC、Si、Mn、V、Cu、NiおよびMoを、下記(1)式で定義されるPxが0.17以下となるように含むこととする。このPxは、溶接部の割れ感受性の指標となる値である。Pxの値が0.17を超えると、鋼の焼入性が高くなりすぎて溶接部の靱性が低下する。よって、Pxの値は0.17以下に限定する必要がある。より好ましいPxの値は0.15以下である。
Px=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7 ……(1)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【0036】
Py:1.4〜3.4
上述したCa、OおよびSを、下記(2)式で定義されるPyが1.4〜3.4となるように含むこととする。このPyは、硫化物系介在物の形態制御の指標となる値である。Pyの値を1.4以上3.4以下の範囲内に制御することにより、鋼の耐HIC性に及ぼす硫化物介在物の悪影響を低減できる。
Py={[Ca]−(130×[Ca]+0.18)×[O]}/(1.25×[S]) ……(2)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【0037】
Pz:5.0以下
上述したCaおよびSを、下記(3)式で定義されるPzが5.0以下となるように含むこととする。このPzは、硫化物系介在物の偏析強度の指標となる値である。Pzの値が5.0を超えると、硫化物の偏析が強まり、鋼の耐HIC性が低下する。そのため、Pzの値は5.0以下に限定する必要がある。より好ましいPzの値は4.0以下である。
Pz=[Ca]×[S]0.28×104……(3)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【0038】
また、本発明の熱延鋼板は、上記の必須含有元素で目的とする特性が得られるが、所望の特性に応じてCrおよびBのうちの1種または2種を下記の範囲で含有することができる。
【0039】
Cr:0.1mass%未満
Crは、微量の添加により鋼の耐食性を向上する作用を有する元素である。ただし、多量に含有してもその効果は飽和するので、Crを含有する場合、その含有量は0.1mass%未満とする。
【0040】
B:0.003mass%以下
Bは、鋼の焼入性を向上するため、鋼の高強度化および高靱性化に有効な元素である。しかし、多量に添加してもその効果は飽和するので、Bを含有する場合、その含有量は0.003mass%以下とする。
【0041】
なお、上記のCrおよびBのうちの1種または2種を添加する場合には、C、Si、Mn、V、Cu、Ni、Mo、CrおよびBは、上記(1)式で定義されるPxに代えて、下記(4)式で定義されるPx2が0.17以下となるように含むことが必要である。
Px2=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7
+[Cr]/20+5×[B] ……(4)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【0042】
次に本発明鋼板の耐HIC性と溶接部の靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板の組織について説明する。本発明の熱延鋼板は、パーライトの占有率が2vol%以下(0vol%を含む)であり、残部が平均結晶粒径が10μm以下のフェライトである鋼組織を有するものとする。
【0043】
鋼組織中にマルテンサイトやベイナイトのような硬質第二相が存在すると、これらの第二相は母相であるフェライトとの硬度差が大きいため、鋼の靱性が低下する。さらに、硬質第二相と母相との界面は、HICの起点や伝播経路となりやすいため、耐HIC性の低下も招く。また、第二相がパーライトであっても、その占有率が2vol%を超えると、耐HIC性が低下する。そのため、本発明の熱延鋼板の第二相は、占有率2vol%以下のパーライトに限定する。もちろん、パーライトが第二相として存在しなければ、上記した問題は生じないので、パーライトが0vol%の場合がより好ましい。
【0044】
本発明鋼板の母相は平均結晶粒径が10μm以下のフェライトとする。ベイナイトやマルテンサイトを母相とすると、鋼板が過度に高強度化して靱性の確保が困難になる他、造管性も低下する。また、鋼板に所望の強度と靱性を付与するためには、微細な鋼組織とする必要があり、フェライトの平均結晶粒径が10μmを超える場合には、所望の強度と靱性を達成することが難しい。なお、フェライト相の結晶粒内および結晶粒界には、若干の粒状あるいは膜状のセメンタイトが析出しやすい。本発明の熱延鋼板では、鋼板の耐HIC性や靱性を阻害しない3vol%以下程度のセメンタイトの析出は許容できるものとする。
【0045】
本発明鋼板の母相がすべてベイニティックフェライトである場合には、鋼板の高強度化および高靱性化にさらに好適な鋼組織となるため、母相である平均結晶粒径が10μm以下のフェライトは、ベイニティックフェライトであることが好ましい。なお、本発明でいうベイニティックフェライトとは、結晶粒内の転位密度が高い、低温で変態したフェライト相のことを意味する。
【0046】
次に、本発明の耐HIC性と溶接部の靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法について説明する。
【0047】
本発明の熱延鋼板は、以上の成分組成を有する鋼スラブを1000〜1300℃に加熱し、(Ar3変態点−50℃)〜(Ar3変態点+50℃)の仕上圧延終了温度で熱間圧延を行った後、直ちに、10℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜600℃の温度で巻き取ることにより製造される。以下、各条件の限定理由について説明する。
【0048】
本発明の熱延鋼板の素材となる鋼スラブは、上記に説明した成分組成を有する鋼を転炉で溶製し連続鋳造機で鋳造して製造することが、生産効率およびスラブ品質の観点からは好ましい。しかし、これに限定されず、その他の設備あるいは手段を用いても構わない。また、必要に応じて、溶銑予備処理や脱ガス処理等の各種予備処理あるいは二次精錬を実施しても良い。
【0049】
スラブ加熱温度(SRT):1000〜1300℃
鋼スラブの加熱温度は、1000〜1300℃の範囲とする。加熱温度が1300℃を超えると、鋼の結晶粒が粗大化して鋼板の靱性が低下するだけでなく、加熱に要するエネルギーの点からも好ましくない。一方、加熱温度が1000℃未満になると、鋼板に必要な強度を付与し難くなる上、所定の終了温度で仕上圧延を終了できなくなる。そのため、鋼スラブの加熱温度は1000℃以上1300℃以下とする。好ましくは、1150℃以上1250℃以下である。
【0050】
仕上圧延終了温度(FT):(Ar3変態点−50℃)〜(Ar3変態点+50℃)
熱間圧延の仕上圧延終了温度が(Ar3変態点−50℃)未満の場合には、鋼板の組織が不均一となり、必要な特性を得られなくなる。一方、仕上圧延終了温度が(Ar3変態点+50℃)を超えると、結晶粒が粗大化しやすく、鋼板に所望の靱性を付与し難くなる。そのため、仕上圧延終了温度は(Ar3変態点−50℃)以上(Ar3変態点+50℃)以下とする。なお、本発明における仕上圧延終了温度とは、仕上圧延終了時の鋼板の表面温度を意味する。
【0051】
冷却速度(CR):10℃/s以上
仕上圧延の終了後は、パーライトの析出および結晶粒の粗大化を抑制するため、鋼板を10℃/s以上の冷却速度で直ちに冷却する必要がある。なお、仕上圧延の終了後に直ちに冷却するとは、圧延終了後10秒以内に冷却を開始することをいう。
【0052】
巻取温度(CT):400〜600℃
熱間圧延後の鋼板の巻取温度が600℃を超える場合には、結晶粒の粗大化と過度の析出強化が起こり、鋼板の靱性が低下する。一方、巻取温度が400℃未満になると、巻取性が低下して生産効率を阻害する。そのため、巻取温度は400℃以上600℃以下とする。また、Nb等の析出強化を積極的に利用して鋼板強度を高める場合には、巻き取った鋼帯を徐冷することが望ましい。なお、本発明における巻取温度とは、巻取機で巻き取る直前の鋼板の表面温度を意味し、徐冷とは、巻取後の鋼帯を常温下で放冷する程度の冷却のことを指す。
【実施例1】
【0053】
表1に示す成分元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼スラブを溶製し、表2に示す条件にて熱間圧延して板厚17.5mmの熱延鋼板を得た。このようにして得られた熱延鋼板について、下記の要領で、鋼板組織中のフェライトの平均結晶粒径とパーライト占有率を測定した。また、各熱延鋼板の引張強度と耐HIC性および靱性についても評価した。
【0054】
【表1】

【0055】
鋼板組織中のフェライトの平均結晶粒径は、熱延鋼板の1/4幅位置の圧延方向断面における表面から1/4厚深さの位置の断面組織写真を撮影し、この写真から結晶粒度を求めて算出した。また、パーライトの占有率は、前記断面組織写真を画像解析してパーライトの占める面積率を測定し、これをパーライトの占有率とした。
【0056】
鋼板の強度は、ASTM規格E8の規定に準拠し、引張試験により調査した。試験方向が圧延方向に直角となるように採取した標点間距離2インチ、平行部板幅1/2インチの板状試験片を用いて、室温における引張強度(TS)を測定した。API規格5Lに規定されている×65級以上に相当する531MPa以上のTSである場合を良好とした。
【0057】
鋼板の靱性は、ASTM規格E1290の規定に準拠し、CTOD(Crack-Tip Opening Displacement)値を測定して調査した。CTOD試験片は、熱延鋼板の母材部については、試験片の長手方向が鋼板の圧延方向に直角となるように採取した。また、溶接部については、溶接線が圧延方向に平行になるように熱延鋼板を電縫溶接して継手を作製し、この継手から試験片の長手方向が鋼板の圧延方向と直角になり、溶接線が試験片の中央になるように採取した。これらの試験片に対して、試験荷重を三点曲げ方式で負荷し、各試験片に設けた図1に示す形状の切欠に変位計を取り付けて、-10℃におけるCTOD値を測定した。このCTOD値が0.25mm以上である場合には、靱性が良好であると判断できる。
【0058】
鋼板の耐HIC性は、NACE規格TM0284の規定に準拠し、CLR(Crack Length Ratio)値を測定して評価した。母材部評価用の試験片は熱延鋼板から、また、溶接部評価用の試験片はCTOD試験片と同様に電縫溶接して得た継手の溶接部から、試験片の長手方向が鋼板の圧延方向に平行となるように採取し、これらの試験片を前記規格に規定のA溶液中に浸漬した後、CLR値を測定した。このCLR値が10%以下である場合には、耐HIC性が良好であると判断できる。また、CLR値が0%である場合は、HICの発生が認められず、耐HIC性が極めて良好であることを意味する。上記測定および評価の結果を表2に併せて示す。
【0059】
【表2】

【0060】
表2より、本発明例では、531MPa以上の高い引張強度を有し、母材部および溶接部とも靱性に優れかつ耐HIC性も良好である。このように本発明の熱延鋼板は、強度、靱性、耐HIC性の全てに優れているので、API規格5Lに規定されているX65級以上のラインパイプ素材として好適な電縫鋼管用熱延鋼板となっていることがわかる。特に、本発明例のうち、母相がベイニティックフェライトである各鋼板は、発明例の中でも、一段と高い水準の靱性を有している。
【0061】
一方、成分組成あるいは鋼板組織が本発明の範囲外である比較例では、引張強度が531MPa未満であるか、靱性あるいは耐HIC性のいずれか一つ以上が劣り、耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板としては不適当であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の熱延鋼板は、石油や天然ガスを輸送するパイプラインに使用される電縫鋼管用熱延鋼板など、高強度であり、かつ優れた靱性及び耐HIC性が必要とされる分野で好適である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】CTOD試験片の切欠部の形状を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mass%で、C:0.02〜0.05%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.5〜1.5%、P:0.010%以下、S:0.0010%以下、Al:0.01〜0.10%、Nb:0.01〜0.10%、Ti:0.001〜0.025%、Ca:0.001〜0.004%、O:0.003%以下、N:0.005%以下を含有し、V:0.01〜0.10%、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%、Mo:0.05〜0.50%の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
かつ、C、Si、Mn、Cu、Ni、MoおよびVが下記(1)式を、Ca、OおよびSが下記(2)式を、CaおよびSが下記(3)式を、各々満足するように含み、さらに、パーライト占有率が2vol%以下(0vol%を含む)で、残部が平均結晶粒径10μm以下のフェライトである鋼組織を有することを特徴とする耐HIC性及び溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板。
Px=[C]+[Si]/30+[Mn]/20 +[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7≦0.17 ……(1)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
1.4≦Py={[Ca]−(130×[Ca]+0.18)×[O]}/(1.25×[S])≦3.4 ……(2)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
Pz=[Ca]×[S]0.28×104≦5.0 ……(3)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【請求項2】
さらに、mass%で、Cr:0.1%未満、B:0.003%以下の1種または2種を含有し、前記(1)式に代えて、C、Si、Mn、V、Cu、Ni、Mo、CrおよびBが、下記(4)式を満足するように含むことを特徴とする請求項1に記載の耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板。
Px2=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[V]/10+[Cu]/20+[Ni]/60+[Mo]/7
+[Cr]/20+5×[B]≦0.17 ……(4)
但し、[M]は元素Mの含有量(mass%)
【請求項3】
前記フェライトがベイニティックフェライトであることを特徴とする請求項1または2に記載の耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板。
【請求項4】
請求鋼1または2に記載の成分組成を有する鋼スラブを1000〜1300℃に加熱し、(Ar3変態点−50℃)〜(Ar3変態点+50℃)の仕上圧延終了温度で熱間圧延を行った後、直ちに、10℃/s以上の冷却速度で冷却し、400〜600℃の温度で巻き取ることを特徴とする耐HIC性と溶接部靱性に優れる耐サワー高強度電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−274338(P2006−274338A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−94064(P2005−94064)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】