説明

肢虚血の治療

本発明は、末梢動脈疾患を罹患する患者の治療のための薬剤の製造において神経幹細胞を使用する。本発明は特に、肢虚血またはバーチャー病を治療するのに適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、急性および慢性重症肢虚血、バーチャー病、ならびに糖尿病における重症肢虚血を含む末梢動脈疾患の治療のための細胞療法に関する。
【背景技術】
【0002】
下肢末梢動脈閉塞性疾患は、伝統的な血管内療法に対してユニークな挑戦を提起する。下肢アテローム性疾患のびまん性特質、慢性完全閉塞の存在、乏しい遠位流出、および肢虚血の存在は、治療において期待外れの結果に寄与する。米国において〜12万人が末梢動脈疾患(PAD)を患っており、そして、米国および欧州では毎年約220,000〜240,000件もの切断手術が行われている。PADは、四肢遠位の切断手術のリスクへと導く重症肢虚血へと進行する慢性肢虚血と、数時間以内に組織を損傷させる血流量の急速な損失を伴う急性肢虚血とを含む。重症肢虚血(CLI)はしばしば糖尿病と関連し、血管系の損傷および肥大化した組織の損傷をもたらす。異なる慢性疾患であるバーチャー病は、手足への血流を阻害し、手指および足指の喪失をもたらす。慢性PADは通常、非外傷性の切断手術の結果として、患った肢の喪失をもたらすこともある、肢および四肢における乏しい創傷治癒、潰瘍および組織ネクローシスをもたらす。
【0003】
CLIでは、確認された閉塞性疾患に起因する血流低下の結果として、慢性虚血性の安静時疼痛、組織潰瘍の存在、または壊疽を患う患者が存在する。この症状は、足における低脈または脈の欠如、足関節上腕血圧比の低さ(ABI、くるぶしにおける血圧/上腕における血圧<0.6)、足指での血圧の低下(<30−50mmHg)、および経皮酸素の低下(<30−50mmHg)によって診断されるように、PADの進行である。動脈の閉塞は通常、血管造影法または複式超音波走査を用いて確認される、大交通動脈内でのアテローム性動脈硬化症によって引き起こされる。一旦、重症肢虚血として診断された患者の10〜40%が、最初の1年以内に肢を失くすリスクを有する。また、CLI患者は通常、心筋梗塞、発作、および冠動脈疾患のリスクを有する。
【0004】
PADは、糖尿病を患う患者においてありふれた心血管合併症である。糖尿病を患っていない個体における末梢動脈疾患とは対照的に、糖尿病は多くの人々が罹患しており、遠位領域の血管障害が原因であり、末梢性ニューロパシーと関連していて、かつ、一般的に無症状である。PADの症状を示す患者の約20%が糖尿病であると推測されている。肢虚血を伴う糖尿病患者は、より高い組織損傷のリスクを有する。糖尿病にかかっていない患者が歩行中に感じる痛み、すなわち、肢虚血の最初の兆候は、末梢性ニューロパシーの存在に起因して、糖尿病患者によって知覚されない場合もある。糖尿病の患者は、予備血流の損失に起因して、歩行中に大腿部および臀部の痛みに気付く場合もあるし、または、筋肉が疲れたという感覚を有する場合もある。
【0005】
軽度の肢虚血を罹患する患者は、抗血小板物質(クロピドグレル)および血管拡張療法(ペントキシフィリン)を用いて医学的に治療される。また、喫煙を止め、かつ、高血圧症を制御する(喫煙および高血圧症はPADに寄与する因子である)リスク軽減が用いられる。1週間に少なくとも3回、30分間を超える継続したセッションによる少なくとも6か月間継続するプログラムを用いる、観察された運動管理療法は、最も効果的なPADの治療である(Gey et al 2004)。
【0006】
中度の肢虚血を患う患者は、中度から重度の間欠性跛行であり、200メートル以下の歩行距離は、薬物療法とともに、経皮経管的血管新生を行う可能性が高い(Gray et al 2008)。虚血性の安静時疼痛および慢性潰瘍を含む重篤な症状を有する患者は、ステント挿入および/またはバイパス術を使用するかまたは使用しないで、血管新生術を受ける可能性が高い。残念ながら、血流を回復させる外科処置は通常、病気に冒された動脈の再狭窄を有する患者の最大20%において1〜2年後に血管の開存性が損失するという結果をもたらす。また、合併症は、傷口の治りが悪い患者の最大25%に生じる。
【0007】
CLIの最も重篤な症状を有する患者の約20〜30%は、血管処置または血管内処置を施すとは考えられていないため、切断手術になると考えられる。乾燥した切断手術のいくつかのケースでは、冒された組織が剥げ落ちるけれども、壊死組織と、湿ったまたは乾燥した壊疽とを有する患者は普通は切断手術になると考えられる。低い足関節上腕血圧比値(<0.3)を伴う進行性の虚血の場合、切断手術も考えられる。
【0008】
急性肢虚血(ALI)は、肢かん流の突然の減少または悪化として定義される(Gray et al 2008)。ALIの原因は通常、以前から存在する狭窄動脈部分の急性血栓症の閉塞(60%のケース)、または、通常心臓に由来するかまたは末梢動脈の血流を止めるアテローム性血小板の部分に由来する塞栓(塊)(30%のケース)である。また、閉塞は外傷、骨折、鈍的外傷および浸潤性の傷害、ならびに外科処置の合併症から生じる。ALIに由来する損傷は、冒された筋肉において、発病から数時間内に生じる。
【0009】
ALIを患う患者は、肢への血流の損失により生じる全身型症状を示す。これらの症状は、痛み、蒼白(肢の白さ)、生気のなさ、変温性(Poikolothermia)(肢想定周囲温度)、感覚異常(Parasthesia)(チクチクする感覚)および麻痺を含む。ALIの期間が長くなると、血液が凝固しはじめるので、肢はまだら状の外観を呈し始める。知覚麻痺の存在により、患者の肢の触覚が不全となり、そして、足指または手指を小刻みに動かすことができないことは、完全な虚血と診断する鍵となり、緊急の外科治療を必要とする(Callum & Bradbury 2000)。
【0010】
数時間の消散(resolution)が、肢切断手術(および起こり得る死)と肢機能の回復との間の差を生む可能性があるため、ALIの迅速な治療は必須である。ヘパリン投与は通常、血栓の増殖を抑え、かつ冒された肢の側副血行を保護するための第1選択治療である(Gray et al 2008)。生存可能な肢を有する患者または危険な兆候の淵にいる患者(感覚消失がないかまたは最小源の感覚消失であり、かつ静脈信号を聞き取れる)は通常、カテーテル導入による血栓溶解療法を用いて治療される。緊急の危険な損傷(痛み、筋肉の脆弱性および聴き取れない動脈信号)を伴うケースは、血栓溶解療法、経皮血栓除去装置または外科バイパスを用いて治療されるかもしれない。不可逆な損傷(感覚の損失、筋肉の硬直を伴う麻痺、ならびに聴き取れない動脈信号および静脈信号)がある生存不可能な肢を有する患者は、肢の切断手術に直面する。
【0011】
ALIを患う患者は依然、再かん流傷害に起因する血流回復後の肢への二次的な損傷のリスクに直面する。組織は、肢の腫れとともに、過酸化および好中球浸潤を患う。虚血性期によって生じた末梢神経傷害およびその結果生じる再かん流は、慢性的な痛みを引き起こすかもしれない。虚血性症状の発現の結果である、血液中の産物に由来する、周辺臓器におけるストレスは、損傷および臓器不全を導く可能性がある。冠動脈疾患を患う患者は、ALI後の死のリスクが高まる。
【0012】
米国では毎年、約200,000件のALIが生じる。これらのケースのうち10〜20%は心不全および/または再発性塞栓症に起因して、入院中に死に至る。
【0013】
また、虚血に対して血管新生反応が生じる。虚血に誘導された血管新生は、新しい微小血管系の成長および毛細血管のベッドを含む。虚血性組織内の細胞は、低酸素状態に反応し(低い酸素レベル)、かつ、低酸素状態誘導可能因子1(HIF−1)を介して血管新生を誘導する。
【0014】
血管かん流の減少に関連する疾患のステージは、組織の再かん流療法を促進する戦略を用いて治療されてもよい。血管新生の促進に対する最も多くの試みは、遺伝子または成長因子(典型的にはVEGFおよび/または繊維芽細胞成長因子(FGF))の伝達を中心とするものである。血管新生療法に対する臨床試験は、派生的な症状を軽減することが示されているけれども、血管新生薬剤の承認に関する米国食品医薬品局の最初の評価項目である、運動能力における改善を実証できていない。低血圧症、浮腫、腎不全および血管漏出を含むいくつかの副作用が、VEGFおよびFGFの投与と関連している。
【0015】
VEGFの暴露によって刺激された血管新生は、常に安定した機能性血管系を形成するわけではない。VEGFへの長期間の暴露は、VEGF刺激の中止後に分解しない、安定した微小血管系を産生することが要求される。低容量のVEGFは、浮腫へと導く、浸透性が増加した血管を生じさせ、高用量のVEGFは、血管腫の形成および血管漏出を引き起こす可能性があるため、VEGFの濃度も重要である。
【0016】
成長因子に埋め込まれている溶解性マトリクスの移植を、成長因子源として使用してもよい。成長因子(FGFおよびVEGF)は、マトリクスが分解するにつれてゆっくりと解放される生分解性足場(例えばPLGAをベースとした)に組み込まれていてもよい。このような試みは、目的の部位に局所的に伝達される成長因子の時限解放を可能にする。新しい血管系が確立されたときに、成長因子は、新しい血管の最適な機能性を維持する制御された手法にて投与されてもよい。
【0017】
また、細胞に基づく療法が提案されている。骨髄を起源とする内皮前駆細胞(EPC)は、損傷した血管の内因性の新血管新生において重大な役割を果たしている。EPCの移植は、虚血性心筋および後肢における新しい血管の形成を誘導し、かつ、ヒトおよび種々の動物モデルにおいて、損傷した血管の内皮組織の再形成および人工的に装着された血管の接合を早めることが示されている。EPCは、虚血性組織および損傷した血液血管の救済および回復のための細胞をベースとする戦略に対する潜在的な療法として実施されている。EPCは、骨髄における多数の前駆体に由来すると考えられている。有限数の細胞分裂であるにも関わらず、細胞は高い増殖可能性を有する。EPCの数は通常の条件では少ないが、しかしながら、外因性サイトカインおよびホルモンを用いた刺激は、EPCの数を数倍に上昇させる。可動化を支配する機序、インビボ(in vivo)でのEPCの帰還(homing)および分化は、概して知られていないままである。EPCは末梢血から単離することができ、かつ、自己移植に十分な数を提供するために増やすことができる。
【0018】
EPCの数は、心血管疾患の重大なリスクを有する患者では減少している。重篤な冠動脈疾患を有する患者では、コロニー形成能力および移動活性によって定義されるように、EPCの有効性は著しく減少し、かつ後肢虚血における新血管新生の減少と関連する(Heeschen et al 2004)。同様に、EPCの数は、I型糖尿病またはII型糖尿病を患う患者でも減少する。血管新生をインビトロ(in vitro)で誘導するEPCの能力も減少する。欠点を示唆するEPCの数の減少およびEPCの活性減少は、広範性のアテローム性動脈硬化症および虚血性事象の後に損なわれた新血管新生に患者を罹患しやすくさせる、内皮機能不全等の糖尿病と関連するいくつかの血管合併症と関係がある。
【0019】
虚血性肢へのEPC前駆細胞の移植は、冒された肢での新しい血管新生(新血管新生:neoangiogenesis)を促進することが示されている。後肢虚血のマウスモデルへの骨髄細胞の投与は、細胞療法が、虚血性発作の後に生じる新血管新生に寄与することができる最初の所見である(Asahara et al 1999)。2002年に、Tateishi Yuyamaらは、自己骨髄単核細胞移植が、末梢動脈疾患に起因する虚血性肢を患う患者にとって効果的な治療であると最初に報告した(Tateishi-Yuyama et al 2002)。付加的な研究では、肢虚血の治療に対して自己骨髄由来の細胞の最適な用量は、1×10細胞(個)以上であり、最適な移植用量は1×10細胞(個)であると報告されている(Gu et al 2006; Liao & Zhao 2008)。
【0020】
後肢虚血を患うラットにおける踏み車活動を観察する機能性研究は、肢のかん流および処理対象動物の能力の両方において増加を示している。また、骨髄投与は、後肢虚血を患う糖尿病のラットにおける血管新生を増加させる。
【0021】
骨髄細胞集団を虚血性の後肢の筋肉に注入する数々の治療は、内皮前駆細胞の促進によって、血管新生因子の生成を介した血管新生の促進を実証している。
【0022】
造血幹細胞、内皮幹細胞および間葉幹細胞、またはこれらの組み合わせを含む自己骨髄由来の細胞を用いた細胞移植の実行可能性は、数多くの臨床研究で実証されており、様々なレベルの便益が観察されている。総合的に肯定的な結果が観察されているが、限界は明らかである:高齢患者および糖尿病患者では、治療に使用することができる患者自身の細胞が少ない。加えて、抽出、単離、精製、解縛試験および患者固有の幹細胞の再投与の不便さおよびコストは、幅広く賠償され得る医療用途への妨害である。
【0023】
末梢虚血のすべての兆候において、末梢虚血の治療のための細胞移植における実際の臨床および産業上の進歩は、所望の特徴をすべて満たすことができる幹細胞産物を要求する:
・高い治療上の有効性
・優れた安全プロファイル
・すべての患者にとって規格化されている(すなわち、患者固有ではない)
・緊急の状況であっても、要求に応じて利用可能である
・低コストの商品(患者に固有な治療と比較して)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】Gey DC, Lesho EP, Manngold J. 2004. Management of peripheral arterial disease. Am Fam Physician 69:525-32
【非特許文献2】GrayBH, Conte MS, Dake MD, Jaff MR, Kandarpa K, et al. 2008. Atherosclerotic Peripheral Vascular Disease Symposium II: lower-extremity revascularization: state of the art. Circulation 118:2864-72
【非特許文献3】CallumK, Bradbury A. 2000. ABC of arterial and venous disease: Acute limb ischemia. Bmj 320:764-7
【非特許文献4】AsaharaT, Masuda H, Takahashi T, Kalka C, Pastore C, et al. 1999. Bone marrow origin of endothelial progenitor cells responsible for postnatal vasculogenesis in physiological and pathological neovascularization. Circ Res 85:221-8
【非特許文献5】Tateishi-Yuyama E, Matsubara H, Murohara T, Ikeda U, Shintani S, et al. 2002. Therapeutic angiogenesis for patients with limb ischemia by autologous transplantation of bone-marrow cells: a pilot study and a randomised controlled trial. Lancet 360:427-35
【非特許文献6】Gu Y, Zhang J, Qi L. 2006. [Effective autologous bone marrow stem cell dosage for treatment of severe lower limb ischemia]. Zhongguo Xiu Fu Chong Jian Wai Ke Za Zhi 20:504-6
【非特許文献7】Liao L, Zhao RC. 2008. An overview of stem cell-based clinical trials in China. Stem Cells Dev 17:613-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
これにより、肢虚血を含む末梢動脈疾患のための改善された治療に対する明確な必要性が存在する。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明は、末梢動脈疾患の治療に有用である有益な特徴を有する細胞株の開発に基づく。
【0027】
本発明の第1の態様によれば、多能性神経上皮細胞は、末梢動脈疾患と関連する疾患の治療のための薬剤の製造において使用される。
【0028】
第2の態様によれば、治療用量の神経幹細胞を患者に投与する工程を含む、患者の末梢動脈疾患を治療する方法である。
【0029】
第3の態様によれば、神経幹細胞は、末梢動脈疾患を罹患する患者の治療に使用される。
【0030】
前記細胞は特に、肢虚血の治療に適している。
【0031】
添付の図面を参照して本発明を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】A)は、ビヒクルのみで処理された虚血性肢と比較して、神経幹細胞で処理された虚血性肢では、血流量が増加しかつ持続することを示す線グラフである。血流量の測定は、レーザドップラーを用いて0、3、7、14および21日間行われた。データは、非虚血性(体側)肢に対して虚血性肢内で測定された血流量の平均比率として表現される。B)は、A)で示される各曲線より下の領域に描かれるヒストグラムである。B)は、ビヒクルのみで処理された虚血性肢と比較して、細胞で処理された虚血性肢では、本研究にわたって総合的に改善していることを示す。
【図2】A)は、21日目において、ビヒクルのみで処理された虚血性肢筋肉と比較して、神経幹細胞で処理された肢筋肉は、血流量(組織ml/分/グラム)が増加していることを示す散布図である。動物は、21日間の研究の終わりに、蛍光微小球を静脈内でかん流させ、虚血性肢(IL)および体側(CL)肢の筋肉組織に存在する蛍光微小球の量が測定された。肢筋肉組織内に存在する蛍光微小球の量は、冒された肢内の血流量と直接相関する。B)は、数的な表形式にてA)に示された平均血流量のデータである。
【図3】A)は、虚血性肢および体側肢において21日目に測定された毛細血管密度を示すヒストグラムである。ビヒクルで処理された虚血性肢群と比較して、細胞で処理された虚血性肢群のすべてにおいて、毛細血管密度の著しい増加が観察された。B)は、数的な表形式にてA)に示された平均毛細血管密度のデータである。
【図4】A)は、免疫能を有する糖尿病のマウスモデルにおいて、ビヒクルのみで処理された虚血性肢と比較して、神経幹細胞で処理された虚血性肢は血流量が増加しかつ持続することを示す線グラフである。血流量の測定は、レーザドップラーを用いて0、3、7、14および21日間行われた。データは、非虚血性(体側)肢に対して虚血性肢内で測定された血流量の平均比率として表現された。B)は、A)で示される各曲線より下の領域に描かれるヒストグラムである。B)は、ビヒクルのみで処理された虚血性肢と比較して、細胞で処理された虚血性肢では、本研究にわたって総合的に改善していることを示す。
【図5】図5は、免疫能を有する糖尿病の動物(21日目)において、ビヒクルのみで処理された虚血性肢筋肉と比較して、神経幹細胞で処理された肢筋肉は、血流量(組織ml/分/グラム)が増加していることを示す散布図である。動物は、21日間の研究の終わりに、蛍光微小球を静脈内でかん流させ、虚血性肢(IL)および体側(CL)肢の筋肉組織に存在する蛍光微小球の量が測定された。肢筋肉組織内に存在する蛍光微小球の量は、冒された肢内の血流量と直接相関する。
【図6】A)は、免疫能を有する糖尿病モデルにおいて、虚血性肢および体側肢において21日目に測定された毛細血管の密度を示す散布図である。B)は、免疫能を有する糖尿病モデルにおいて、虚血性肢および体側肢において21日目に測定された細動脈の密度を示す散布図である。ビヒクルで処理された糖尿病の虚血性肢群と比較して、細胞で処理された糖尿病の虚血性肢群のすべてにおいて、毛細血管密度および細動脈密度の著しい増加が観察された。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明は、骨髄細胞および間葉起源細胞の代替となる体性幹細胞型、すなわち神経幹細胞が、末梢動脈疾患に対して拡張性があり、安全でかつ非常に効果が高い同種異系の治療を提供するという驚くべき発見に基づく。
【0034】
神経幹細胞(NSCs)は、胎児の脳および成人の脳の脳室領域および海馬領域由来であることができ、特定の細胞表面マーカーを用いて脳細胞を分類することにより単離することができ(Uchida et al.,2000)、かつ、付加的な成長因子を有する規定の培地で増やすことができる(Reynolds および Weiss, 1992; Carpenter et al.,1999; Vescovi et al.,1999)。また、NSCsは、胚性幹細胞等の多能性細胞から直接生成させることができる(Conti et al. 2005)。そのような細胞は適切であるけれども、NSCsの増殖能力は、相対的に少数の細胞代培養に限定され、拡張性があり、規格化され、安定で、かつ、したがって商業的な応用が可能な付加的な技術を必要とする。これにより、細胞は、細胞の多継代培養が可能であるように改変されていてもよいし、または、細胞の多継代培養を促進する条件にて細胞を培養してもよい。適切な条件は当業者に明らかであろう。
【0035】
本明細書において、「神経幹細胞」という用語は、当該技術分野における通常の意味を有し、異なる神経フェノタイプを有する細胞に分化する能力がある細胞を意味する。細胞は系統が限定されており(lineage-restricted)、かつ、おそらく多能性(pluripotent)、マルチポテント(multipotent)またはオリゴポテント(oligopotent)である。この用語はまた、「前駆」細胞として言及される細胞を含む。
【0036】
「多能性(pluripotent)」という用語は、当該技術分野においてよく認識されており、3種類以上の細胞型に成長する細胞の能力を意味する。多能性神経上皮細胞は、異なるフェノタイプの神経細胞へと分化する能力を有する。
【0037】
「前駆(progenitor)」という用語は、当該技術分野においてよく認識されており、規定のフェノタイプへと分化する細胞の能力を意味する。神経前駆細胞は、神経フェノタイプを有する細胞へのみ分化することができる。
【0038】
本発明の神経幹細胞は、胎児起源または成人起源の由来であってもよい。また、細胞は、胚性幹細胞を由来として誘導されたものであってもよく、該胚性幹細胞は神経幹細胞へと分化されるために誘導されたものであってよい。また、細胞は、誘導された多能性細胞であってもよく、すなわち、転写因子の使用を介して、多能性フェノタイプへと誘導された、遺伝的に作り直された細胞であってもよい。
【0039】
一実施形態では、細胞には、条件付きで誘導可能ながん遺伝子が存在していてもよい。本明細書において、「条件付きで誘導可能」という用語は、「がん遺伝子」について所定の条件下で制御することができる発現を意味するのに用いられる。がん遺伝子は、いわゆる許容状態の(permissive)条件が適用される場合に発現するだろう。例えば、いくつかのがん遺伝子は温度感受性であり、環境温度が所定の値を下回った場合にのみ発現する。したがって、がん遺伝子は既定の条件によって、「発がんステージ」から「非発がんステージ」へと切り替えられる。本発明の一実施形態では、用いられるがん遺伝子は、DNA非結合性で、温度感受性のSV40ラージT抗原遺伝子(U19tsA58)の変異体である。また、適切な代替物は既知であり、ポリオーマT抗原のがん遺伝子を含む。
【0040】
通常は細胞成長の間に発現する、自然発生するがん原遺伝子であるc−mycの遺伝的なトランス遺伝子の発現は、細胞増殖を安定して高め、かつ、細胞株を製造するのに要求される大規模な生産拡大の間に細胞核型が変化するのを抑制する手段である。mycが不死化された細胞の治療上の使用は、好ましい実施形態では、対照がMycタンパク質の機能を超えるのを許容するだろう。療法用の神経幹細胞の製造において拡張性、安全性および安定性を取り扱う試みは、品質が保障された条件下での代培養0−1神経幹細胞の遺伝的な改変によってクローンの細胞株を生成することである。条件付きの成長制御を達成するのに採用される技術(c−mycERTAM)は、合成薬である4−ヒドロキシタモキシフェン(4−OHT)によって制御される、成長促進遺伝子、c−mycおよびホルモン受容体を含む融合タンパク質である(Littlewood et al., 1995)。好ましい実施形態では、使用される細胞株は、欧州特許出願No.05255932.5においてCTX0E03として記載された細胞株である。CTX0E03株は原型ではないが、cGMP細胞の製造を経験し、発作についての英国でのフェーズI臨床試験に対して英国所轄官庁(医薬および健康管理監督機関)によって承認された「臨床グレード」の細胞株である。
【0041】
本明細書において、「末梢動脈疾患」または「PAD」という用語は、急性および慢性重症肢虚血、バーチャー病、ならびに糖尿病における重症肢虚血を意味する。
【0042】
本明細書において、「患者」という用語は、非霊長類(例えば、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコ、ラットおよびマウス)および霊長類(例えばサルおよびヒト)を含む哺乳類を意味し、より好ましくヒトである。
【0043】
本発明は、末梢動脈疾患を患う患者の療法的な治療のための神経幹細胞(または前駆細胞)を含む薬剤を提供する。
【0044】
患者に伝達するための製剤の調製方法は当業者に明らかであろう。適切な賦形剤、希釈剤等はまた、神経幹細胞をベースとした療法を調製する際や文献に記載される現行の実務に基づいて明らかであろう。伝達に必要とされる細胞の量は、治療の形態、疾患/損傷の重篤度および治療期間にわたって反復投与を適用する必要性に依存するだろう。しかしながら、当業者は、既存の細胞移植療法に基づいた適切な治療を容易に決定することができる。
【0045】
好ましい実施形態では、移植のための細胞は、トロロックス、Na、K、Ca2+、mg2+、Cl、HPO、HEPES、ラクトビオネート、ショ糖、マンニトール、グルコース、デキストラン−40、アデノシンおよびグルタチオンを含む組成物に懸濁されている。組成物は好ましくは、双極性非プロトン性溶媒、例えばDMSOを含まない。適切な組成物は市販されており、例えばHypoThermasol(登録商標)-FRSである。
【0046】
そのような組成物は、細胞を4℃から25℃で延長された期間(数時間〜数日間)保存できるか、または細胞を凍結温度(すなわち−20℃未満の温度)で保存できるので好ましい。次に、DMSOまたは他の毒性を有する化合物を除去する必要なく、細胞がこの組成物中に調合される。
【0047】
患者への前記細胞の投与経路は、静脈内注入または筋肉内注入を介していてもよい。細胞の用量は、虚血の程度および重篤度に依存するだろうが、好ましい範囲は、1用量あたり5×10から5×10細胞(個)である。
【0048】
したがって、本発明の一実施形態では、細胞は、得られる細胞の数が1人を超える患者を治療するのに十分であるような組織培地実験室内での増殖能力を有することが好ましく、好ましい実施形態では、セルバンクを行うことができる能力を有するだろう。
【0049】
神経幹細胞または前駆細胞は前記治療に適しており、好ましい実施形態ではヒト神経幹細胞(hNSCs)が用いられる。本発明の方法は、hNSCsが末梢動脈疾患に対する効果的治療を提供するという驚くべき知見に基づく。hNSCsは、例えば、以下のものを含む様々な起源由来であってもよい:
i)胎児または成人の中枢神経系(例えば脳および脊髄);
ii)末梢神経系を含有する胎児または成人の組織;
iii)ヒト胚性幹細胞のhNSCフェノタイプへの分化;および
iv)誘導された多能性ヒト幹(iPS)細胞のhNSCフェノタイプへの分化。
【0050】
本発明で用いられる細胞は、虚血性組織への血液供給を増加させるだろう。好ましい実施形態では、治療による血液供給の増加は、前記細胞の移植後に生じる血管の形成増加(血管新生)の結果である。本発明の方法は、移植後に前血管新生(pro-angiogenic)する細胞を提供する。
【0051】
以下の非限定的な実施例を参照して、本発明を説明する。
【実施例】
【0052】
[方法]
(移植用細胞の調製)
c−mycERトランス遺伝子で不死化された安定なヒト神経幹細胞株の誘導は、既に記載されている(米国特許:7416888;Miljan et al 2008;Pollock et al 2006)。本明細書で記載された方法は、ECACC受託番号04091601のCTX0E03細胞またはその誘導体として言及される、c−mycERトランス遺伝子を用いて条件付きで不死化されたヒト神経幹細胞株を用いる。
【0053】
最初の実験では、70%〜90%の融合性(confluent)までTフラスコ中で細胞培地を膨張させた。使用済みの培地を吸引し、次いで、マグネシウムイオンまたはカルシウムイオンを用いないHBSS(Invitrogen)を用いて細胞単層を洗浄した。洗浄物を吸引し、次いで細胞は、組み換えウシトリプシン(Lonza TrypZean/EDTA)を用いて37℃で5分間解離させた。解離された細胞懸濁物を、トリプシン阻害剤溶液(DMEM:F12
[Invitrogen]中、0.55mg/mlの大豆トリプシン阻害剤 [Sigma]、1%HSA
[Grifols]、および25U/mlベンゾンヌクレアーゼ[VWR])と混合し、〜500×gで5分間遠心分離した。上清を吸引し、DMEM:F12中の50%HypoThermosol(登録商標)-FRS (BioLife Solutions)で細胞ペレットを洗浄し、次いで、〜500×gで5分間遠心分離した。次に、1マイクロリットルあたり10,000細胞(個)(低用量)、1マイクロリットルあたり33,000細胞(個)(中用量)および1マイクロリットルあたり100,000細胞(個)(高用量)の濃度でHypoThermosol(登録商標)-FRS中に細胞ペレットを懸濁させた。45マイクロリットルの細胞懸濁物を含有する10アリコートを各濃度で調製した。細胞懸濁物のアリコートには24時間の品質保持期限が割り当てられ、本明細書において新鮮な細胞懸濁物として記載される。45マイクロリットルのHypoThermosol(登録商標)-FRSを含有する10アリコートは、細胞を含有せず、対照注入に使用される。
【0054】
次の実験では、十分に製造された「すぐに注入する(ready-to-inject)」凍結保存された細胞懸濁物製剤が調査された。この製造工程では、三層Tフラスコ[Nunc]を用いて細胞培地を膨張させた。代培養のために、使用済みの培地を三層Tフラスコからデカンテーションし、組み換えウシトリプシン(Lonza TrypZean/EDTA)解離試薬を予め洗浄せずに37℃で5分間〜180分間添加した。解離された細胞懸濁物を、トリプシン阻害剤溶液(DMEM:F12[Invitrogen]中、0.55mg/ml大豆トリプシン阻害剤[Sigma]、1%HSA[Grifols]、および25U/mlベンゾンヌクレアーゼ[VWR])と混合し、この細胞懸濁物を直接、遠心分離せずに、1:2〜1:4の範囲の分割比を用いた新鮮な培地を含有する多重三層Tフラスコに添加した。完全な培地交換は、次の日に行った。前の段落で記載されたように、三層Tフラスコ由来の細胞懸濁物の最終製剤は、解離された細胞懸濁物の遠心分離を必要とした。次に、細胞ペレットを、1マイクロリットルあたり50,000細胞(個)の濃度でHypoThermosol(登録商標)-FRSに懸濁させ、冷凍保存のために凍結保存した。このスケールアップさせた三層Tフラスコの製造は、洗浄工程および遠心分離工程が省略されている点で、一層Tフラスコでの膨張よりも有用である。細胞懸濁物の凍結保存された製剤は、必要に応じて、冷凍ステージで長期間保存することができ、解凍でき、かつ、さらなる操作をすることなく直接注入することができるため、有用である。
【0055】
(マウス後肢虚血モデル)
すべての動物研究は英国動物(科学的処置)法(1986)にしたがって実行され、地域動物倫理審査委員会によって承認された。後肢虚血の外科処置に先立って、免疫不全ICRF NUDE Nu/Nu-マウス(Harlan)を7日間飼育した。2,2,2−トリブロモエタノール(Avertin)を用いてマウスに麻酔を施し、左大腿骨動脈を露出させた。露出させた大腿骨動脈を、微細な鉗子を用いて、大腿骨静脈のできるだけ近くから分離した。次に、6−0絹縫糸を用いて、近接位置および遠位位置の両方で大腿骨動脈を結紮し、縫い目の間の動脈を電気焼灼した。同じ手順の間、3回の10マイクロリットルの細胞懸濁物またはビヒクル(対照)の注入(1動物あたり全部で30マイクロリットル体積の注入)が、微細な針(30ゲージ)の使い捨てシリンジを用いて、3箇所の異なる位置にて虚血性の内転筋へと行われた。続いて、6−0縫合糸を用いて傷を閉じ、回復するまで観察した。最初の実験では、各治療群につき合計10動物を使用し(すなわち、研究全体で40動物を使用した)、i)対照(ビヒクルのみ);ii)新鮮な細胞−高用量(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);iii)新鮮な細胞−中用量(1動物あたり全部で1×10個の細胞を移植した);およびiv)新鮮な細胞−低用量(1動物あたり全部で0.3×10個の細胞を移植した)からなる。第2の実験では、新しく調製された細胞懸濁物の性能を、凍結保存された細胞懸濁物と直接比較した。各治療群につき合計10動物を使用し(すなわち、研究全体で80動物を使用した)、i)新鮮な対照(ビヒクルのみ);ii)新鮮な細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植);iii)新鮮な細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);iv)新鮮な細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);v)冷凍対照(ビヒクルのみ);vi)凍結保存された細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);vii)凍結保存された細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);iix)凍結保存された新鮮な細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した)からなる。研究および分析の間にわたり、治療を受けた動物が外科医にわからないようにした。
【0056】
糖尿病を患う免疫能マウスにおける後肢虚血モデルを用いた細胞移植を調査するために、第3の実験が行われた。最初の2つの実験で用いられた免疫不全ICRF NUDE Nu/Nu-マウスについて記載されたように、片側肢虚血を行う4週間前にストレプトゾシン(40mg/g/日×5日間)を注入することにより、野生型CD1マウスに糖尿病が誘導された。結紮時に、3つの異なる用量の凍結保存された細胞またはビヒクル(対照)を、注射によって虚血性肢内転筋に投与した。全部で10動物が糖尿病を発病したと確認され、i)対照(ビヒクルのみ);ii)凍結保存された細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);iii)凍結保存された細胞(1動物あたり全部で3×10個の細胞を移植した);iv)凍結保存された細胞(1動物あたり全部で1.5×10個の細胞を移植した)からなる各治療群(すなわち、研究全体で40動物を使用した)に対して用いられた。ドップラー測定は、3日目、7日目、14日目および21日目に行われた。処理された虚血性内転筋の血流量測定、組織部分酸素圧(Oxford Optronix)および毛細血管密度は21日目に測定された。
【0057】
(虚血からの臨床成果)
後肢は、外科処置の前に、レーザドップラーによって測定された。これが0日目のドップラーである。追跡ドップラー測定は、すべての動物において、処置後3日目、7日目、14日目および21日目に行われた。ドップラー測定は、2,2,2−トリブロモエタノール(Avertin)を用いて麻酔が施された動物に対して行われ、その後、十分に回復するまで、加温パッドおよび保温器の上で動物を回復させた。虚血性肢と非虚血性肢との間のかん流の比が算出された。細胞で処理された虚血性肢は、対照であるビヒクルのみで処理された虚血性肢と比較して、増加したかん流を示した(図1)。細胞で処理された虚血性肢の向上したかん流は、研究の間にわたって維持された。対照である、細胞で処理されていない虚血性肢の自発的な回復がレーザドップラーによって確認されたが、しかしながら、細胞で処理された虚血性肢で観察された回復率は、細胞治療を行っていない場合よりも早かった。レーザドップラー測定は、生存している動物について行うことができる点で有利であるが、レーザの貫通および測定深さが制限される点に留意することが重要である。
【0058】
21日目の研究完了時点で、内転筋全体を介した絶対血流量の測定が蛍光微小球を用いて実行された。各群から5匹の動物がこの手順を行った。麻酔下、蛍光微小球(Invitrogen,直径0.02μm)が10秒間に5回の間隔で心臓の左心室に注入された。最後の注入の後、参考となる血液試料が採取され、動物が処置され、内転筋(虚血性および非虚血性の両方)が収集された。また、動物の血流にわたる微小球の均一な分布を実証するために、腎臓が内部対照臓器として収集されて分析された。採取された臓器を秤量し、水酸化カリウムで消化させ、かつ、存在する蛍光微小球の量を、蛍光分光光度計を用いて定量した。参考となる血液試料ともに、このデータは、組織における絶対血流量を計算するのに用いられ、組織1グラムあたり1分間にミリリットルで示される。絶対血流量の測定では、いくつかの場合では対照のレベルに近かったが、細胞で処理された虚血性肢は、通常の非虚血性肢と比較して劇的な改善を示した(図2)。対照であるビヒクルのみで処理された虚血性肢は、健康な肢と比較して約60%の血流量であった;これに対して、細胞で処理された虚血性肢は、健康な非虚血性肢と比較して約85%の血流量であった。
【0059】
レーザドップラー測定および血流量測定は、虚血性肢が回復し、かつ、動脈結紮箇所にて内転筋に細胞を直接移植することに起因した改善が持続することを支持する。移植されたヒト細胞の前血管新生の潜在的なさらなる証拠を提供するために、各群からの残りの5匹の動物を21日目に処置し、組織学による毛細血管密度分析のために、内転筋をパラフィンで処理した。3つの5ミクロン片を虚血性肢および非虚血性肢のそれぞれから収集し、内皮細胞マーカーであるイソレクチンB4で染色した。イソレクチンB4は、筋肉片内の毛細血管を染色した。毛細血管密度は、処理された3つの各片の10視野内の血管密度を手動で集計することにより同定された。細胞で処理された虚血性肢では、対照であるビヒクルのみで処理された虚血性肢と比較して、毛細血管密度がおよそ2倍増加した(図3)。毛細血管密度のデータは最終的に、細胞で処理された虚血性肢で観察された血流量の増加が、毛細血管の密度増加に由来して達成されることを実証する。さらに、対照であるビヒクルで処理された虚血性肢では、非虚血性肢と比較して毛細血管密度がほとんど増加しなかったことから、毛細血管密度の増加は、細胞移植に直接起因する。
【0060】
(組織病理)
内転筋の組織片は、毛細血管密度分析で余剰であったため、有害な病変およびヒト細胞の生存を調べるためにさらに分析された。虚血性筋肉試料、非虚血性筋肉試料、対照筋肉試料および細胞で処理された筋肉試料を含むすべての内転筋試料からなる試料について、ヘマトキシリンおよびエオシン(H&E)が実行された。細胞で処理された群のいずれにおいても有害な組織病理が検出されなかったことから、これらの細胞の筋肉内注入は毒性を有さないことが示唆される。パラフィンで固定化された、移植されたマウスの内転筋試料内でのヒト細胞の生存は、ヒトミトコンドリア抗原(Millipore)に対する抗体およびネスチンに対するヒト特異的抗体(Millipore)を用いて実行された。これらの抗体は、移植されたヒト細胞を特異的に認識し、宿主であるネズミの抗原とは交差反応しなかった。ヒト細胞の生存に対する筋肉組織の網羅的なサンプリングは行わなかったが、ヒト細胞の生存は、移植された虚血性筋肉試料のいくつかのみで実証されたが、すべての試料では実証されなかった。細胞で処理された虚血性肢を患うすべての動物で血流が改善したため、筋肉内に移植された細胞の長期間の生存は、細胞治療に起因する療法的な前血管新生の効果を達成するための絶対的な要件ではないかもしれない。
【0061】
(細胞製剤)
細胞は、患者への投与に適合する懸濁物中に存在すべきである。最初の実験で用いられた細胞は、新たに採取した培地から調製され(図1〜3)、24時間内に使用した。HypoThermosol(登録商標)-FRS中のこれらの細胞の製剤は、患者への投与に適合しているが、しかしながら、実際は、細胞産物の24時間の品質保持期限が、多数の患者人口への配布を制限する。凍結保存された細胞懸濁物は、非毒性のHypoThermosol(登録商標)-FRS溶液中で製剤化されるが、該細胞懸濁物は、冷凍状態で長期間保存が可能であり、かつ、さらなる操作を行わずに患者に直接投与するために解凍が可能であるという付加的な利点を有する。細胞の凍結保存は、虚血性筋肉を処理する細胞の生物学的活性を修正したり変更したりしない点に留意することが重要である。新鮮な細胞懸濁物の等量濃度と凍結保存された細胞懸濁物の等量濃度との間の直接的な比較研究では、試験された3つの細胞用量および4つのアッセイでは、表1に示される後肢虚血モデルの治療において、新鮮な細胞および冷凍細胞が統計的に同等であるという結果を示す。
【0062】
【表1】

【0063】
(糖尿病における虚血に対する臨床成果)
糖尿病は、CLIの開発に重大な貢献する因子である。後肢虚血の免疫能糖尿病モデルは、潜在的な慢性疾患を有する場合に、細胞が肢虚血の治療に効果的であることを実証するのに用いられた。ビヒクルで処理された糖尿病の動物は、ビヒクルで処理された対照(糖尿病にかかっていない)マウスと比較して、血流能力の低下を示した。ドップラー(図4)、内転筋血流量(図5)ならびに毛細血管密度および細動脈密度(図6)によって測定されたように、最も低い細胞用量(3×10細胞(個))では、大きな改善を示さず、2つのより高い用量(3×10細胞(個)および1.5×10細胞(個))では、虚血性肢への血流が著しく回復したことが示された。
【0064】
(要旨)
本発明で示された方法は、末梢動脈疾患の一形態である、肢虚血の療法的な治療に適した神経幹細胞を記載する。前記細胞産物を用いて限定数を超える患者を治療するために十分な数の細胞を利用できるような細胞株を条件付きで不死化させる方法として、c−mycER技術が示されている。さらに、糖尿病等の慢性疾患を患う場合であっても、ヒト神経幹細胞は、マウスの後肢虚血モデルにおいて、結論として療法的な前血管新生の効果を提供した。レーザドップラー、蛍光微小球の血流および毛細血管密度分析は、この結論を支持しかつ裏付ける。確かに、細胞移植の便益は、移植後数日の間に確認され、かつ、3週間持続した。この方法で示される細胞用量(1動物あたり0.3×10細胞(個)〜1動物あたり3×10細胞(個))はすべて、実行された分析において治療上の便益を達成した。
【0065】
本明細書で言及された刊行物は、本参照によって本明細書に組み込まれる。
【0066】
[参考文献]
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
末梢動脈疾患を罹患する患者の治療のための薬剤の製造における神経幹細胞の使用。
【請求項2】
前記末梢動脈疾患は、肢虚血またはバーチャー病である、請求項1記載の使用。
【請求項3】
前記末梢動脈疾患は、重症肢虚血である、請求項2記載の使用。
【請求項4】
前記末梢動脈疾患は、急性肢虚血である、請求項2記載の使用。
【請求項5】
前記末梢動脈疾患は、糖尿病と関連する、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の使用。
【請求項6】
前記薬剤は、静脈内伝達または筋肉内伝達のための形態である、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の使用。
【請求項7】
前記神経幹細胞は、多能性神経上皮細胞である、請求項1ないし6のいずれか1項に記載の使用。
【請求項8】
前記神経幹細胞は、ヒト細胞である、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の使用。
【請求項9】
前記神経幹細胞は、成人細胞である、請求項1ないし8のいずれか1項に記載の使用。
【請求項10】
前記神経幹細胞は、条件付きで不死化されている、請求項1ないし9のいずれか1項に記載の使用。
【請求項11】
前記神経幹細胞は、温度感受性がん遺伝子の取り込みによって不死化されている、請求項10に記載の使用。
【請求項12】
前記がん遺伝子は、SV40 T抗原をコードする、請求項11に記載の使用。
【請求項13】
前記がん遺伝子は、mycである、請求項11に記載の使用。
【請求項14】
前記がん遺伝子は、c−mycERである、請求項13に記載の使用。
【請求項15】
前記神経幹細胞は、CTX0E03として設計された細胞である、請求項11に記載の使用。
【請求項16】
前記神経幹細胞は、トロロックス、Na、K、Ca2+、mg2+、Cl、HPO、HEPES、ラクトビオネート、ショ糖、マンニトール、グルコース、デキストラン−40、アデノシンおよびグルタチオンを含む組成物中に懸濁されている、請求項1ないし15のいずれか1項に記載の使用。
【請求項17】
治療用量の神経幹細胞を患者に投与する工程を含む、患者における末梢動脈疾患を治療する方法。
【請求項18】
前記神経幹細胞は、請求項7ないし15のいずれか1項で規定される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
末梢動脈疾患を罹患する患者の治療に使用される神経幹細胞。
【請求項20】
前記神経幹細胞は、請求項7ないし15のいずれか1項で規定される、請求項19に記載の神経幹細胞。
【請求項21】
前記末梢動脈疾患は、請求項2ないし5のいずれか1項で規定される、請求項19または20に記載の神経幹細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2012−516884(P2012−516884A)
【公表日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−548784(P2011−548784)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【国際出願番号】PCT/GB2010/050185
【国際公開番号】WO2010/089605
【国際公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【出願人】(504164608)リニューロン・リミテッド (6)
【氏名又は名称原語表記】ReNeuron Limited
【Fターム(参考)】