説明

肺胞の4次元モデルの構築方法

【課題】肺胞および肺胞口の形状の変化を良好に再現できる肺胞の4次元モデルの構築。
【解決手段】肺胞2の4次元モデルの構築方法は、肺胞口弾力線維輪の伸縮と肺胞壁接合角度の変化により肺胞2の容積が変化し、肺胞2が最小容積の際に肺胞口3が閉鎖し、かつ肺サーファクタントのもつ表面張力依存性により安定状態が得られるという仮定に基づく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺胞の4次元モデルの構築方法に関する。ここで4次元は、空間の3次元に時間軸を加えたものである。
【背景技術】
【0002】
肺胞構造が呼吸中にどのように変形するかについては、幾多の研究が積み重ねられているが(非特許文献1〜6)、生体内の肺胞構造の変化を立体的に観察する手段がないため、統一的な見解はいまだ得られていない。モデルによる推論と予測は、このような、観察による証拠が得がたい現象のメカニズムを探求する上で有用である。
【0003】
これまでいくつかの3次元肺胞モデルが発表されている(非特許文献7〜11)。そのうち、2つのモデルが呼吸中の変形を扱っている。具体的には、Dennyらは、残気量位における肺胞を、14面体の一部が開口した構造とみなし、これが吸気中にどのように変形するかを有限要素法で計算している(非特許文献8)。また、Harberらは、相似変形する半球状の肺胞モデルを用いて安静呼吸下でのエアロゾル沈着を計算している(非特許文献10)。両者ともに、呼吸中に肺胞の位相幾何学的性質、すなわち、要素間の連結性が変化する可能性には言及していない。しかるに、気道系の連結性が変化する現象である末梢気道閉塞は、クロージングボリュームの成因とみなされ(非特許文献12)、重要な研究対象になっている。肺胞系においても、連結性の変化を考慮する意義は大きいと考えられる。
【0004】
呼吸中の肺胞の変形は主に肺胞壁の弾力線維の伸縮による。肺胞壁の弾力線維の分布は一様ではなく、肺胞入口輪に集中していることが知られている(非特許文献13)。なお、肺胞口閉鎖について最初に言及したのはMercerらであるが(非特許文献5)、その生理学的意義についてはその後、ほとんど論じられていない。
【0005】
【非特許文献1】Young SL, Tierney DF, Clements JA. Mechanism of compliance change in excised rat lungs at low transpulmonary pressure. J Appl Physiol 1970; 29: 780-785
【非特許文献2】Gil J, Bachofen H, Gehr P, et al. Alveolar volume-surface area relation in air and saline-filled lungs fixed by vascular perfusion. J Appl Physiol 1979; 47: 990-1001
【非特許文献3】Smaldone GC, Mitzner W, Itoh H. Role of alveolar recruitment in lung inflation: influence on pressure-volume hysterisis. J Appl Physiol 1983; 55: 1321-1332
【非特許文献4】Robertson CH, Hall DL, Hogg JC. A description of lungdistortion due to localized pleural stress. J Appl Phsiol 1986; 34: 344-350
【非特許文献5】Mercer R, Laco TJM, Crapo JD. Three-dimensional resonstruction of alveoli in the rat lung for pressure-volume relationships. J Appl Physiol 1987; 62: 1480-1487
【非特許文献6】Carney DE. Bredenberg CE, Schiller HJ, et al. The mechanism of lung volume change during mechanical ventilation. Am J Respir Crit Care Med 1999; 160: 1697-1702
【非特許文献7】Fung YC. A model of the lung structure and its validation. J Appl Physiol 1988; 64: 2132-2142
【非特許文献8】Denny E, Schroter CR. A mathematical model of the morphology of a pulmonary acinus. ASME J Biomech Eng 1999; 119: 289-297
【非特許文献9】Kitaoka H, Tamura S, Takaki R. A three-dimensional model of the human pulmonary acinus. J Appl Phsiol 2000; 88: 2260-2268
【非特許文献10】Haber S, Yitzhak, Tsuda A. Gravitational deposition in a ryhmically expanding and contracting alveolus. J Appl Physiol 2003; 95: 657-671.
【非特許文献11】Fichele S, Paley MNJ, Woodhouse N, et al. Finite-difference simulations of 3He diffusion in 3D alveolar ducts: comparison with the cylinder model. Magn Resn Med 2004; 52:917-920
【非特許文献12】Dollfuss RE, Milic-Emili J, Batres DV. Regional ventilation of the lung studied with boluses of 133Xenon. Respir Physiol 1967; 2: 234-246
【非特許文献13】Mercer R, Crapo JD. Spatial distribution of collagen and elastin fibers in the lungs. J Appl Physiol 1990; 69: 756-765
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、肺胞および肺胞口の形状の変化を良好に再現できる肺胞の4次元モデルの構築方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明は以下の仮定に基づく肺胞の4次元モデルの構築方法を提供する。
1)肺胞口弾力線維輪の伸縮と肺胞壁接合角度の変化により肺胞の容積が変化し、
2)肺胞が最小容積の際に肺胞口が閉鎖し、かつ
3)肺サーファクタントのもつ表面張力依存性により安定状態が得られる
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る方法により構築した肺胞の4次元モデルは、実画像で観察された肺胞および肺胞口の形状の変化を良好に再現できる。また、本発明に係る肺胞の4次元モデルにより、肺胞の形態計測、瀰漫性肺胞傷害の組織所見、クロージングボリュームの成因など、呼吸器学の諸問題に統一的な説明が与えられることが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
肺胞入口輪の弾力線維と肺胞壁の接合線がつくるヒンジ(蝶番)の組み合わせで肺胞変形のメカニズムをモデル化し、総肺気量位から残気量位までに肺胞が変形する過程を再現した。本発明に係る4次元モデルは、最小容積時に肺胞口が閉鎖し、肺サーファクタントにより閉鎖肺胞が安定化するとする仮説を包含している。
【0010】
生体の構造モデルは、単に構造を模倣したものではなく、形態形成過程に適ったものが望ましい。胎児期における肺胞の形態形成は、幾何学的な見地から、図1の上段のように3段階にまとめられる。第1段階(胚期〜腺管期)では分岐肺胞管が形成される(Kitaoka H, Burri PH, Weibel ER. Development of the human fetal airway tree: analysis of the numerical density of airway endtips. Anat Rec 1996; 244: 207-213.)。第2段階(網管期、嚢胞期)では、肺胞管の内腔が拡張すると同時に間質が狭まっていく。また、壁に毛細血管が侵入することにより、壁にジャバラ状の凹凸が生じる。第3段階(肺胞期)には、肺胞管内に突出する隔壁が成長することにより、半球状の肺胞が形成される。Burriらは後に追加される隔壁を2次隔壁、もともとある肺胞管壁を1次隔壁と名づけた(Burri PH. The postnatal growth of the rat lung. Anat Rec 1974; 180: 77-98)。(1次隔壁は異なる肺胞管の境いとなる隔壁であり、2次隔壁は同一肺胞管に所属する肺胞の境いとなる隔壁であるので、本明細書では、それぞれ、肺胞管間隔壁、肺胞管内隔壁と呼ぶことにする。また、肺胞管を肺胞管腔とそこに開口する肺胞を含んだ構造として定義する)。この形態形成過程は、図1の下段に示す幾何学的な変化として表現することができる。すなわち、第1段階で滑らかな壁をもつ通路が形成され、第2段階で壁に凹凸が生じ、第3段階で、壁の凸部に隔壁が付着する。「背景技術」の欄で言及した肺胞モデルのうち、肺胞形態形成過程を考慮したものは、本発明者が過去に発表したモデル(非特許文献9)だけである。そのモデルは、与えられた空間を立方体のセルの集合であらわし、すべてのセルへの到達経路が最短になるように通路を構成したのち、肺胞間内隔壁を垂直に付着するものであった。本発明では、上述の形態形成過程の第2、第3段階にのっとった改良を施した。
【0011】
以下、本発明の肺胞の4次元モデルの構築方法に関してさらに詳細に説明する。最初にモデル構築のアルゴリズムを説明する。ついで、異なる肺気量位におけるモデルの形状と形態計測値を示す。さらに、実験的に得られた画像とモデルによるシミュレーション画像の比較結果を示す。
【0012】
(肺胞の力学的特性にもとづいた動的挙動のモデリング)
図2を参照すると、まず、4枚の正方形の壁からなる肺胞管から出発する。それぞれの壁(肺胞管間隔壁)1を4つ(=2×2)の小領域1aに分割し、個々の少領域1aの中央部を台形状に押し出したりへこませたりして、交互に凹凸をつける(図2(a),(b−1))。管の角では、凸(凹)同士が接するようにする(図2(b−2))。最後に、凸部の稜線に隔壁を付着する(図2(c−1))。そうすると、角をまたいで肺胞2が出来上がる。肺胞2は1つの角に2個ずつ、全部で8個生成される。凸同士でつくられた肺胞2は浅く、凹同士でつくられた肺胞2は深い。浅い肺胞2は6面体の一部で、深い肺胞2は18面体の一部である。この18面体は、6面体のすべての稜(12本)を切り落とすことで形成される。図2(c−1)の##は、深い肺胞2だけを取り出して描画したものである。肺胞管内隔壁の自由縁がつながって、肺胞入口輪3を形成しているのがわかる。
【0013】
肺胞管間隔壁1は隣り合う肺胞管により共有されている。したがって、肺胞管間隔壁1の凹と凸は、となりの肺胞管からみれば、凸と凹に逆転する。すなわち、深い肺胞2の背中側には浅い肺胞2が位置し、底面を共有する。図2(c−1)では、個々の肺胞2の形をわかりやすくするため、隣接する肺胞管腔に向かう隔壁は描画されていないが、図2(c−2)ではすべての肺胞管内隔壁4が描画されている。
【0014】
図2(c−2)の構造をダクトユニット5と呼ぶことにする。空気の経路が確保されるようにダクトユニット5を連結して空間を充填することで、肺実質が生成される。肺胞管内隔壁4の付着角度や大きさ、肺胞管間隔壁4の凹凸の程度に小さなゆらぎを与えると、形状が少しずつ異なる肺胞が生成される。図3(a)は9個のダクトユニット5が連結してできた分岐肺胞管モデルである。図3(b−1)は、6個×6個×6個の不規則なダクトユニット5から生成された肺実質モデルである。図3(b−2)にモデルの内視像を示す。これらのモデルは後述する顕微画像シミュレーションの際に用いられる。
【0015】
(肺胞の力学的特性にもとづいた動的挙動のモデリング)
本発明におけるバネ・ヒンジモデルの基本的な考え方は、経肺圧の変化に応じて肺胞口におけるバネの伸縮が生じ、肺胞壁のヒンジ角度が変化することにより肺胞の形状が変化するというものである。実際の肺胞壁はどこでも変形能をもつ弾性膜であるが、ここでは単純化のために、剛体部と変形部に分離して、剛体部の接合部にヒンジを設けた。剛体部の形状の設計や非剛体部の取り扱い方など、様々なモデル化が可能であるが、実施形態では、最も単純な正方形の剛体板の組み合わせでモデル化した。なお、肺胞の動態をモデル化するためには、肺胞壁の構造と材料特性だけでなく、液層の表面張力が重要であるが、本実施形態では、最大容積から最小容積に至る過程を対象とし、表面張力の関与は後述する最小容積時以外は無視した。
【0016】
図4を参照とすると、1枚の肺胞管間隔壁をあらわす正方形11から出発する。この正方形11を4つの小領域11aに分割し、凹凸をつける(図4(a))。これは前述した構造モデルの生成過程と同じである。バネ・ヒンジモデルでは、凹部、凸部、およびこれらをつなぐ部分をヒンジ12で連結された正方形13の剛体板に置換する(図4(b))。その際、ヒンジ面は裏表交互になるように配置する。図4bの最濃色部(青色部)は肺胞の底面に、最淡色部(水色部)は側面に対応する。ついで、ヒンジ面の反対側に肺胞管内隔壁14を接着する(図4(c−1))。ただし、肺胞管内隔壁14はバネ14aと剛体部14bおよび変形膜部14cの3要素に分離されており、肺胞管間隔壁に付着するのは三角形の剛体部14bのみで、側壁板に垂直に固定される。さらに、バネ14aを肺胞管内隔壁の剛体部に接着する(図4(c−2))。最後に肺胞管内壁14の変形膜部14cを追加すると(図4(c−3))、図2(c−1)で示したダクトユニット5の壁の構造とほぼ等価の構造が完成する。これらの構造をまとめてウォールユニット15と呼ぶことにする。ウォールユニット15は、単独では肺胞構造を構成できない。ウォールユニット15を同一平面上に並べると、図4(d)において符号16で示すようなカップ状の肺胞構造ができる。肺胞の開口部は4本のバネ14aで構成されている。ウォールユニット15を垂直に組み合わせると、図5(a)に示すような立体的な分岐肺胞管のバネ・ヒンジモデルが生成される。
【0017】
ウォールユニット15は、バネ14aの伸縮を介してヒンジ12の角度が変化することで変形する。本モデルでは、ヒンジ12の動作範囲を90度から135度と定めた。ヒンジ角度が135度のとき、ウォールユニットは最大となり、バネ14aの長さは剛体板14bの一辺の長さと等しい。90度のとき、ウォールユニットは最小となり、バネ14aの長さは0になる。平衡時のバネ14aの長さを剛体板14bの一辺の長さの半分とすると、そのときのヒンジ角度は111度と計算される。ウォールユニット15で構成される肺胞管の容積は、ヒンジ角度が135度のときを100%とすると、111度のとき50%、90度のとき20%と計算される。
【0018】
図5にモデルの形状の変化を示す。バネ14aが縮むにつれ、ヒンジ角度が小さくなり、ついには、肺胞管内隔壁の剛体板13が一枚の正方形となる。それぞれの剛体板13は直角に接して立方体を構成し、構造全体が安定する。しかし、ここでみられる幾何学的な安定は、モデルを合同の正方形で構成しているから実現しているものであり、実際の肺胞の構成要素は合同ではない。本モデルでは、肺胞構造の安定化を説明するために、肺サーファクタント(pulmonary surfactant)の作用を導入した。すなわち、1)低肺気量位にて肺胞口が狭まると、肺サーファクタントの液膜が開口部を覆い、空気を内部に保った状態で肺胞口が閉鎖する、2)サーファクタントの特性である表面張力の表面積依存性(Schurch S, Goerke J, Clements JA. Direct determination of the surface tension in the lung. Proc Nat Acad Sci U SA 1976; 73: 4698)により、大きさの異なる閉鎖肺胞の内圧と肺胞管腔内圧(=気道内圧)が均衡し、小閉鎖肺胞の虚脱が免れる、とするものである。肺胞虚脱は閉鎖肺胞が圧不均衡により圧挫すると仮定し、肺胞壁がダクトユニットの基準面に折りたたまれるという形態形成の逆過程としてモデル化した。
【0019】
図2及び図3を参照して説明した前述の肺胞管の構造モデルは、ヒンジ角度が135度の場合に相当する。構造モデルにおける肺胞壁は、バネ・ヒンジモデルにおける要素間の接合部がより滑らかになるように複数の三角形に置換されており、ヒンジ角度の変化に応じて、これらの三角形は連結性を保持しつつ変形する。すなわち、肺胞構造の動的モデルとしては、非剛体の多面体として振舞う。
【0020】
(肺胞管モデルの形状と形態計測結果)
図2(c−1)に示したダクトユニット5の2個半からなる直進肺胞管モデル21の形状を図6に示す。ここでは、個々の肺胞22を正面視できるように、図2(c−1)に示したモデルを軸周りに45度回転してある。肺胞口の縁23は濃色部(赤色)で示してある。肺胞管の容積がそれぞれ、最大容積(100%)、50%、20%、及び虚脱時の際の形状が提示されている。具体的には、図6(a)は直進肺胞管モデル21を軸方向から見た図、図6(b)は直進肺胞管モデル21を側方から見た図、図6(c)は1個の肺胞2を示す。浅い肺胞2(*)と深い肺胞2(**)が交互に並んでおり、これら2種類の肺胞は異なった変形パターンを示している。深い肺胞2では肺胞管内隔壁が内側に移動して肺胞口23が閉じていく。肺胞管内隔壁はとなりの浅い肺胞と共有されているため、浅い肺胞2では、肺胞管内隔壁は外側に開いていき、肺胞2は扁平化する。そして、最小容積にいたると、もはや肺胞としては認識できなくなる。このとき、浅い肺胞2の底面が肺胞管腔に露出し、肺胞管腔は滑らかな管状構造となっている。また、肺胞虚脱状態では、肺胞はつぶれて肺胞管腔が拡張している。
【0021】
(画像シミュレーションの方法)
人工呼吸下のラット肺の胸膜下顕微鏡観察(非特許文献6)による肺胞動態画像のシミュレーションに本実施形態の分岐肺胞管モデル(図3(a))を用いた。また、凍結組織標本(非特許文献4)の画像シミュレーションに肺実質モデル(図3b)を用いた。ダクトユニットの最大容積時の一辺の長さは、ラット肺の場合は50μm、ヒトおよびイヌ肺の場合は500μmとした(前述の非特許文献9)。画像の生成には汎用可視化ソフトウエア(AVS Express,AVS Inc.)を用いた。胸膜下肺胞の顕微画像を模擬するために、半透明サーフィスレンダリング法を用いた。また、肺実質モデルの断面像をもって、組織標本の模擬画像とした。
【0022】
(顕微鏡観察で得られたラット肺胞の動態画像)
図7は、胸膜直下のラット肺胞の正常状態(図7(a))とサーファクタント失活状態(図7(c)〜(d))の画像である。図7(a),(b),(c)は呼気脚を、図7(d)は吸気脚を示している。正常状態では肺胞は呼吸サイクルを通して密に配置しており、ほとんど変化はなかった。他方、サーファクタント失活状態では、暗赤色の虚脱肺実質に取り囲まれて含気肺胞が認められた。これらの肺胞は呼気終末にも含気があるので、肺胞洗浄を免れて、サーファクタントが残存している肺胞と考えられた。1回換気量は正常肺の場合と同じであるのに、呼吸サイクルにおける肺胞の膨張収縮は著明であった。大半の肺胞が虚脱しているため、肺胞1個あたりに配分される空気の量が正常状態と比べて大量であるためと考えられた。
【0023】
図7(b)は胸膜と並行する分岐肺胞管の画像である。呼気終末において個々の肺胞の中央部にたくさんの白く光る輪状の線が認められた。肺胞の変形と同期して、白い輪は拡大収縮していた。解剖学的な知見と光学的な知識より、これらの輪は、肺胞口周囲の液層が反射した光と推測された。
【0024】
胸膜に垂直に位置する肺胞嚢の尖端が数個並んでいるのが、図7(c)(呼気脚)と図7(d)(吸気脚)で観察される。破線の黒丸で示した肺胞嚢には6つの肺胞が認められた。これらの肺胞はすべて、呼吸サイクルの間、含気を保ちつつ膨張収縮をしていた。破線の丸31で示した肺胞嚢は呼気終末には1個の大型肺胞のみであるが、吸気終末には7個の肺胞が確認された。6個の肺胞は呼気中に虚脱し、吸気中に虚脱から回復していた。このように、呼気中に虚脱する肺胞と、含気を保ちつつ収縮する肺胞は明瞭に区別できた。
【0025】
(画像シミュレーションの結果)
図8は分岐肺胞管モデルを用いて行なった顕微鏡写真の画像シミュレーションの結果である。ヒンジ角度を135度から100度まで変化させた。肺胞口の縁(図8(a)の矢印31)は、肺胞壁の2倍の厚さに設定してある。胸膜と並行して位置する肺胞管の像を図8(a)に示した。この図8(a)は図7(b)で示した実画像と対応する。図8aの丸32で示した部分で、肺胞嚢の先端の画像を作成し、その呼気脚を図8(b)と図8(c)(虚脱肺胞嚢)に示した。それぞれ、図7cの黒丸と青丸で示した肺胞嚢に対応する。実画像で認められた白色の輪状構造が、肺胞管モデルの肺胞口と、部位、大きさともによく一致することが確かめられた。また、肺胞の大きさの変化と肺胞口の大きさの変化も、実画像とシミュレーション画像は良好に類似していた。
【0026】
図9は肺実質モデルの断面像による組織標本シミュレーション画像である。最大容積時(100%)、50%容積時、20%容積時、虚脱時の同一断面の画像が示されている。断面像の面積は、モデルの容積の2/3乗に比例している。100%容積時の断面像は通常の肺組織標本の特徴をよく再現していた。20%容積時には多数の小さな閉じた多角形が認められた。100%容積時の組織像と20%容積時の組織像を青丸の領域で比較すると、100%容積時に認められた肺胞管内隔壁の突出が、20%容積時には消失している。また、肺胞管の周囲に多数の小さな閉じた多角形が生成されている。これらの多くは閉鎖した肺胞の断面像である。肺胞虚脱時のシミュレーション画像では、折り重なった虚脱肺胞壁があたかも1枚の肥厚した肺胞壁のように観察された。
【0027】
以上の説明から明らかなように、構造モデルに動的な変形を取り入れた本発明に係る肺胞の4次元モデルによれば、実際の顕微鏡観察で得られた画像と良好に類似したシミュレーション画像が得られる。また、肺胞口閉鎖仮説を包含した本発明の係る肺胞の4次元モデルにより、肺胞の形態計測、瀰漫性肺胞傷害の組織所見、クロージングボリュームの成因など、呼吸器学の諸問題に統一的な説明が与えられることが期待される。
【0028】
構造モデルに動的な変形を取り入れた本発明に係る肺胞の4次元モデルによれば、埋め込み型人工肺のガス交換ユニットを設計することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】肺胞の形態形成を示す模式図。
【図2】(a)〜(c−2)は肺胞のダクトユニットを説明するための斜視図。
【図3】(a)は分岐肺胞管モデルを示す斜視図、(b−1)はダクトユニットから構成された立方体状の肺実質モデルを示す斜視図、(b−2)は肺実質モデルの内視像を示す図。
【図4】(a)〜(d)はバネ・ヒンジモデルを説明するための斜視図。
【図5】バネ・ヒンジモデルの動的挙動を示す模式図。
【図6】(a)〜(c)は直管肺胞管モデルの変形シミュレーションを示す図。
【図7】(a)〜(d)は胸膜直下のラット肺胞の顕微鏡写真。
【図8】(a)〜(c)は顕微鏡写真のシミュレーション画像を示す図。
【図9】(a)〜(d)は肺実質モデルの断面像による組織標本シミュレーション画像を示す図。
【符号の説明】
【0030】
1肺胞管間隔壁
1a 小領域
2 肺胞
3 肺胞入口輪
4 肺胞管内隔壁
5 ダクトユニット
11 1枚の肺胞管間隔壁をあらわす正方形
11a 小領域
12 ヒンジ
13 剛体板
14 肺胞管内隔壁
14a バネ
14b 剛体部
14c 変形膜部
15 ウォールユニット
16 カップ状の肺胞構造
21 直進肺胞管モデル
23 肺胞口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺胞口弾力線維輪の伸縮と肺胞壁接合角度の変化により肺胞の容積が変化し、
肺胞が最小容積の際に肺胞口が閉鎖し、かつ
肺サーファクタントのもつ表面張力依存性により安定状態が得られる
という仮定に基づくことを特徴とする、肺胞の4次元モデルの構築方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−9502(P2008−9502A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−176543(P2006−176543)
【出願日】平成18年6月27日(2006.6.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、循環・呼吸器疾患病態・治療薬作用のモデルシステムの開発による委託研究「画像ベース呼吸動態アナリシミュレータ開発プロジェクト」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】