説明

胚幹細胞の培地及び培養

【課題】ヒト胚幹細胞を培養するためのこれまでの方法は、該幹細胞を未分化状態に保持するために、線維芽支持細胞又は線維芽支持細胞に露出された培地のいずれかを必要とした。
【解決手段】ここで、高濃度の線維芽成長因子、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータが、該幹細胞が培養される培地に加えられる場合に、該幹細胞が支持細胞又はならし培地を用いなくとも複数の継代中に無制限に未分化のままでいることが見出された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
〔関連出願に対するクロスリファレンス〕
本出願は、2004年9月8日に提出された米国仮特許出願Ser. No. 60/608,040からの優先権を主張する。
【0002】
〔連邦政府の援助を受けた研究又は開発に関する声明〕
本発明は、以下の機関:NIH RR17721によって授与された米国政府援助によってなされた。米国は本発明における一定の権利を有する。
【背景技術】
【0003】
〔背景技術〕
幹細胞は、多くの他の分化細胞タイプに分化することのできる細胞として定義される。
胚幹細胞は、成熟体の、全てではないが、大部分の分化細胞タイプに分化することができる胚からの幹細胞である。幹細胞は多分化能と呼ばれ、これは多くの細胞タイプに分化するこの能力を表現している。研究団体が高い関心のある多分化能幹細胞の部類は、ヒト胚幹細胞、ここでは略してヒトES細胞であり、ヒト胚源由来の胚幹細胞である。ヒト胚幹細胞が非常に科学的関心が高いのは、それらが培養液中で無制限に増殖でき、及びそれによって、少なくとも原理的には、不備又は欠陥のあるヒト組織の代わりとなる細胞及び組織を供給することができるからである。ヒト胚幹細胞が培養液中に存在することは、ヒトの健康を補助する種々の治療プロトコルに使用するためのヒト細胞及び組織の無制限量の潜在能力を提供する。将来的には、ヒト胚幹細胞は増殖され、及び特定の系統に分化する方向に向かい、治療目的のために人体に移植することのできる分化細胞又は組織を開発することが想定される。ヒト胚幹細胞及びそれらから生じ得る分化細胞は、ヒト細胞及び発生系の研究のための強力な科学的ツールにもなる。
【0004】
ヒト胚幹細胞を作成及び培養するための基本的な技術が説明されている。これまでに報告されている技術は正常に機能するが、ヒト胚幹細胞を培養するために現在用いられている手順の多くには制限及び欠点がある。一つの制限は特に懸念される。大部分の現存するヒト胚幹細胞系は、ある程度までネズミ細胞又はネズミ細胞が以前に培養された培地に直接露出される。現存する細胞系からの一部のES細胞が、通常はヒト細胞から作成されないシアル酸残渣Neu5Gcを示すことが見出された事実は、報道において多くの注目を受けた。
ヒト胚幹細胞の生成及び培養のための従来技術は、ヒト胚幹細胞を培養することのできる支持層として、ネズミ胚線維芽細胞(MEF)支持細胞の使用を必要とした。線維芽細胞支持細胞が作用し、一部が今のところまだ完全には理解されていないメカニズムによって、幹細胞を未分化状態のままにすることを助長する。後に、幹細胞が“ならし培地”に露出された場合に同じ現象が達成され得ることが発見された。ならし培地は、支持細胞、例えばMEFsが予め培養されている幹細胞培地である。支持細胞は該培地にいくつかの因子を分け与えるか、又は該培地からいくつかの因子を除去したが、結果的にならし培地を用いて幹細胞を分化させることなく培養することができる。培養条件、ネズミ支持細胞上におけるヒトESの直接成長、又はならし培地の使用のいずれも、ウィルスなどの1種以上の病原体がネズミ細胞からヒトES細胞に遺伝され得るという関心事を生じる。ヒト胚幹細胞培養の目的の一つが、究極的には人体に移植できる組織を作成することである場合、幹細胞を、別種の細胞又は別種の細胞を培養するのに用いた培地に決して露出しないことが非常に望ましい。従って、線維芽細胞支持層を用いずにヒト胚幹細胞の増殖及び培養を可能にする培養条件を定義することが、ヒト胚幹細胞の長期培養のための技術の継続的な発展に非常に重要である。
【0005】
培養中のヒト胚幹細胞の特徴的な形質は、条件が理想に満たない場合に、細胞が分化する傾向にあることである。ヒトES細胞の分化を誘起するのは容易であり、培養液中にヒトES細胞を未分化状態で保持させるのは厳しい要求である。大部分の培養条件は、特に成長しているES細胞コロニーの末梢周辺で、一定レベルの望ましくない分化を生じる。ES細胞は、ある程度の望ましくない分化を伴って培養され得るので、この目的は、該培養をできる限り未分化のまま、すなわち、できる限り少ない分化細胞のままで可能にする培養条件を定義することである。我々は、特に厳密な標準を用いて、未分化ES細胞培養物の無限の培養を支持する条件を定義することを考える。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
いくつかの培地処方は、ヒトES細胞を多少の時間未分化のままにすることができるが、この状態はしばしばそれ自体を保持することができない。特に、培養容器における最初の種培養物から同一の培養容器における集密までのヒトES細胞の成長を“継代”としての定義する。激しい分化をしない1回又は2回の継代のためのヒトES細胞の培養を可能にするが、続いて該細胞がその後の継代で迅速に分化するいくつかの培地処方を見出した。ならし培地又は線維芽細胞支持細胞を用いずに、分化させることなくヒトES細胞の無限増殖を正確に支持する培地のためには、該培地が少なくとも5回の継代のために実質的に均一且つ未分化状態でヒトES細胞の培養を支持することを実証しなければならないと考えるようになった。該培養物が、培養期間中に比較的均一且つ未分化のままであり、及びヒトES細胞の重要な特徴の全てを保持することも重要である。
【0007】
幹細胞培養物の分化状態は、該細胞の形態学的特徴を判断することによって非常に容易に評価することができる。未分化幹細胞は特徴的な形態、すなわち、明確に画定された細胞境界線を有する小さく且つ緻密な細胞を有し、顕微鏡下での幹細胞培養物の検査によって容易に判断することのできる形態である。それに反し、分化した細胞はより大きく且つより散在して見え、不明瞭な境界線を有する。ある種の未分化細胞は未分化細胞のコロニーの縁で見ることができ、及び通常は見え、最適な幹細胞培養物は、分化しているように見える該培養物の周辺において、培養容器中で最小数のみの細胞で増殖するものである。
経験とともに、ヒトES細胞培養物の分化及び健康の状態を視覚的に良好な精度で判断することができる。未分化のES細胞の状態を追跡するのに用いられる生化学的マーカーは、転写調節因子Oct4の存在であり、これはES細胞の未分化状態の最も信頼できるマーカーとしてみなされており、且つ未分化細胞が分化し始めると消失する重要なマーカーの一つである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
〔発明の開示〕
本発明は、支持細胞又はならし培地を必要としないヒト胚幹細胞を培養するための、塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータを、全てが複数の培養継代中に該幹細胞を未分化状態に保持するのに十分な量で含む培地でヒト胚幹細胞を培養する工程を含む方法として要約される。
本発明は、幹細胞を線維芽細胞支持細胞又はならし培地を必要とせずに無制限に未分化状態で培養することのできる、高濃度の線維芽細胞成長因子、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータを含む培地で培養されるヒト胚幹細胞の生体内細胞における培養も意図している。
本発明の目的は、支持細胞からの又は幹細胞が培養されているならし培地のための、動物細胞及び動物性蛋白質の使用又はそれらへの露出を回避するヒト胚幹細胞のための長期培養条件を定義することである。
本発明の別の目的は、培養液中の最大割合の細胞をできる限り未分化状態でできる限り保持する上記のヒト胚幹細胞のための培養条件を定義することである。
本発明の他の目的、特徴及び利点は、以下の明細書から明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】培地の成分が、その中で成長したヒトES細胞の培養液中の未分化細胞を減らすことを示す明細書中に記載された割合実験研究からのデータ。
【図2】ヒト基質蛋白質を有する培地が、非ヒト由来のシアル酸残渣を示さない培養ヒトES細胞を生じることを示すデータのグラフ表現。
【図3】ヒト幹細胞培養液中の高濃度の未分化細胞を示すデータのグラフ表現。
【図4】ここに記載されている培地が、幹細胞培養液の優れた成長を生じることを示すデータのグラフ表現。
【発明を実施するための形態】
【0010】
〔発明の詳細な説明〕
未分化状態且つさらに支持細胞及びならし培地の不存在下でのヒト胚幹細胞の無限培養及び活気のある増殖を可能にする複数の培養条件及び培地を確認した。これらの培地及び培養条件の開発が、任意の種類の動物細胞に直接的又は間接的に露出されることなく、定義され且つ制御された条件でのヒトES細胞系の誘導及び保持を可能にする。これらの培地は、未分化ES細胞の増殖を、これらの培地がそのような培養を無制限に支持することが確実に明らかである少なくとも5回の複数の継代中に支持することが証明された。
【0011】
ヒトES細胞の培養及び増殖のために定義され且つヒト化された培地は、典型的には塩、ビタミン、グルコース源、ミネラル及びアミノ酸を含む。培地条件及び供給条件を補完して細胞成長を支持するために、最初の幹細胞は一つの供給源又は別の供給源からの血清を含んだ。以前にも、線維芽細胞成長因子及び血清置換添加剤の添加が、血清無しでヒトES細胞の増殖を可能にすることが報告された。血清置換剤は、そのために販売されている市場で入手可能な製品であり得るか、又は蛋白質、例えば血清アルブミン、ビタミン、塩、ミネラル、トランスフェリン又はトランスフェリン代用物、及びインスリン又はインスリン代用物の調合混合物であり得る。この血清置換成分はセレンで補完されてもよい。ここで好ましくは、定義された血清置換剤が、ヒトES細胞を培養する際に任意の供給源からの血清の代わりに用いられ、血清成分における変化の問題を回避し、且つできる限り上記の培地を使用する。我々は、十分な培地、及び以下に記載される表1で開示されここで教示される培地の成分の全てを定義し、該表は我々のTeSR1と命名する培地の全ての成分と該成分の濃度を列挙する。TeSR1培地は、ヒト血清アルブミンで補完されるDMEM/DF12塩基、ビタミン、抗酸化剤、微量のミネラル、特定の脂質、及びクローン成長因子からなる。
【0012】
以前はヒトES細胞を未分化状態に保持するのに必要であると考えられていた線維芽細胞支持細胞層の必要性を回避するために、より高い濃度のFGF(10〜1000ng/mL)の使用と、GABA(ガンマアミノ酪酸)、ピペコリン酸(PA)、リチウム(LiCl)及び形質転換成長因子ベータ(TGFβ)の使用の組み合わせが、培地が未分化幹細胞成長を支持することを可能にすることをここで報告する。これらの添加剤の組み合わせは、支持細胞又はならし培地への露出無く、ヒトES細胞の培養を未分化状態で保持するのに十分であることが見出された。これらの添加剤は明らかに十分である。しかし、それらの全ては全ての培地処方に必要とはなり得ない。これらの添加剤の選択的な除外により、1種以上のこれらの成分を除外して、培養液中の未分化状態の純度を失いながら依然として成長するヒトES細胞培養物を得ることができる。該培養物は、多数の継代中で安定でも安定でなくてもよい。しかし、該組み合わせは、種々の培地が支持細胞又はならし培地を用いない無限回の継代中に、未分化ヒトES細胞の長期間培養及び増殖を支持することを可能にするのに十分であることは明らかである。
【0013】
ヒトES細胞によって発現する受容体のために選択されるこれらの個々の成長因子の我々の最初の主観的なスクリーニングは、未分化増殖において陽性の効果を有するようないくつかの因子を確認した。もちろん、bFGF、LiCl、γ-アミノ酪酸(GABA)、ピペコリン酸、及びTGFβが、結局はTeSR1に含まれた。試験された各四種の細胞系では、増殖率及び特徴的なヒトES細胞マーカーの発現を保持する細胞の割合は、TeSR1におけるよりも、線維芽細胞ならし培地で培養された制御細胞の方が高く、及びこれらの5種の因子の任意の1種の除去は、培養効率を減少させる。これらのデータの一部は図1に説明されており、該図は省かれたこれらの成分の任意の1種を有する培地で成長した培養物が、これらの培地成分の全ての4種が含まれる培養物と比較して未分化状態のままでいる細胞がより少ない割合を示したことを示している。Oct4、SSEA-I、SSEA-4、Tral-60及びTral-80は全て、幹細胞の分化状態を探知するのに用いられる細胞表面マーカー又は転写調節因子(Oct4)であることを意味する。図4は、複数回の継代に渡って培養物の成長率が最も高かったときは、全てのこれらの成分が共に培養培地にあったときであることを説明する同様の試みを説明している。
【0014】
ヒトES細胞の培養条件において、培養容器に生物学的基質を含むことも有用である。用いた1種の該物質はMatrigelTMであり、これはネズミ細胞由来の人工的基底膜であり、ネズミ細胞を含まない市販の製品として供給される。現在同様の目的を果たすことも知られているヒト由来の別の物質は、その不溶性形態で用いられて繊維基質を作成し、さらにES細胞培養のための基底膜としての役割も果たすヒト型糖蛋白質であるフィブロネクチンである。我々が考えるに、フィブロネクチンの基質単独では十分でない。しかし、ここでヒト型基質物質がヒト型基質蛋白質コラーゲンIV、フィブロネクチン、ラミニン、及びビトロネクチンの組み合わせから製造できることも見出され、及びこの基質はTeSR1培地においてヒトES細胞を無制限に未分化状態に支持するのに十分である。
【0015】
上記培地添加剤の到達に続き、80種以上の個々の成長因子の方法論的な試験をした。一部の添加剤が、少なくともいくつかの継代で、培養中のヒトES細胞の成長を支持するように見える一方、多くがその後の継代において該ES細胞を未分化状態に保持することができなかった。以下の実施例に記載される培地添加剤の結果を与えたこれらの因子の他の組み合わせを確認していない。これは、該成分をいくつかの変化に付さないと言うわけではない。例えば、LiClを培地に用いるのは、wnt経路を刺激するからである。この経路のwnts自体又は他の刺激物、例えばアクチビンは、LiClがおそらくこの目的のために最も経済的な試薬であるとしても、当量のLiClと置き換えることができる。同様に、GABAはGABA受容体と相互作用すると考えられ、及び科学文献は、同一の受容体の作用薬であり、且つ培地におけるGABAの同等物として置き換えられ得るいくつかの分子の同定を含む。PAは、GABA受容体とも相互作用すると考えられている。PA及びGABAの両方がここで用いられる濃度で培地に有用であることが見出され、1種以上の他のこれらの成分が濃度で劇的に上昇し、他の必要性を取り除くことも考えられる。
【0016】
より高い濃度(40〜100ng/ml)の線維芽細胞成長因子は、支持細胞の必要性を除外するように見える。好ましいFGFは、bFGF及びFGF2とも呼ばれる塩基性FGFであるが、少なくともFGF4、FGF9、FGF17及びFGFl8を含む他のFGFsは、この目的のために同様に十分である。他のFGFsは、より高い濃度でも作用し得る。
【0017】
線維芽細胞支持細胞の存在下又はならし培地において培養されるときに、ヒト胚幹(ES)細胞培養物を予め未分化状態のみで保持するという知見は、線維芽細胞がES細胞の分化を阻害するように作用する因子を該培地に放出するという推測を導いた。しかし、培地に対する線維芽細胞支持細胞によって媒介される効果が何であれ、以下に記載される培地が該効果の代わりとなることは明らかである。以下に定義される3種の培地を明確にし、動物性細胞を含まず、及び未分化状態での未分化ヒトES細胞の長期培養を可能にする。実施例は、“ヒト化”培地にするために培地における蛋白質が全てヒト型である培地、及び動物由来の細胞下生成物に関する全ての起こり得る問題を回避する培養条件も示す。
【実施例】
【0018】
実施例
特に明記しない限り、ここに記載される全ての培養液に用いたTeSR1培地の成分を、以下の表1に述べる。我々の予備実験は、未分化ヒトES細胞増殖が7.2のpH、350mOsMolのモル浸透圧濃度、及び10%CO2/5%O2の気圧で最適であることを示した。これらの条件を、ここで記載される全てのその後の培養液に用いた。
【0019】
ヒトES細胞系Hl、H7、H9、及びH14細胞は、それぞれ11、7、25、及び17回の継代(2〜6ヶ月)の間にTeSRlにおいて全て強く増殖された。核型は、7回の継代後の細胞系H14、及び8回及び21回の継代後のH9で正常であることを確認した。奇形腫形成は11回及び20回の継代後にH1及びH9で確認した。
【0020】
先のES細胞培養物が最適に満たないのはヒトが製造できないシアル酸であるNeu5Gcの存在のためであることが示された。ヒト型基質成分のコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン及びビトロネクチンがヒトES細胞のためのTeSR1培養条件から最終動物性生成物を除去したため、Neu5Gcがこの培地における培養中に現存するヒトES細胞系から除去されたか否かを試験した。線維芽細胞ならし培地において培養されたヒトES細胞でNeu5Gcの存在を確認し、減少したが検出可能な量でTeSR1上で培養された細胞でMatrigelを検出し、及び4種のヒト型基質成分を用いてTeSR1において培養されるES細胞上には全くNeu5Gcは検出できなかった。これらのデータを図2に説明する。従って、TeSR1及びヒト型蛋白質の基質で培養されたヒトES細胞は、ネズミ支持細胞上で培養される細胞で見出される非ヒト型シアル酸残渣を示さない。
【0021】
ヒトES細胞培養液の長期間維持のためのES細胞コロニーの条件及び培養液の安定性を試験するために、TeSR1培地を、我々の考えるならし培地を使用する最も優れた従来の培地条件と比較した。TeSR1培地が、ヒトES細胞を、90%以上の細胞が長期間の培養後でもOct4に対して陽性を検定し続けるような未分化状態で保持できたことを見出した。この試験の結果を図3のグラフに示す。これは、いかなる支持細胞及びいかなるならし培地も含まない培地が、ヒトES細胞の未分化成長の濃度を、培養液中の90%以上の細胞が全ての段階で未分化のままでいる程度に保持したことが分かる最も重要な事例を示している。
【0022】
3回の継代で培養されたH1の成長曲線及びFACS分析を、TeSR1培地、及び以下の各成分:TGFβ、PA、LiCl、GABA及びbFGFを省いたTeSR1培地で測定した。培養を始めるために、各細胞系から3×105個の細胞を継代1の0日目に蒔いた。細胞数は3種のウェルからカウントし、付着物(2〜3日)及び継代における最終細胞数(6〜7日)を評価した。最初のプレーティング密度及びサンプリング時間を、5回の継代中に出来る限り繰り返した。細胞は継代3の6日目にFACSによって細胞表面マーカーSSEAl、SSEA4、Tra 1-60及びTra 1-81、及び転写因子Oct4に対して分析した。このデータを図1にグラフ式で示す。これらのデータは、ヒトES細胞が、培養液中の細胞のある種の望ましくない分化の損害のためにこれらの各成分の無い培地で培養できること、及び最も高い濃度の未分化培養物のみがこれらの成分の全てを用いることによって達成され得ることを示している。同様の結果が、他の細胞系でも同じように得られた。
【0023】
TeSR1培地において保持したヒトES細胞系の多分化能を試験した。Matrigel基質上で11回及び20回の継代中にTeSR1培地で培養された新規潜在性細胞系WAOl及びWA09の細胞を、それぞれSCID-ベージュマウスに注入した。複雑な分化を示す奇形腫が、接種後6〜8週間のネズミにおいて発生した。
【0024】
表1 TeSRl培地の完全な処方
無機塩 mM
塩化カルシウム(無水物) 0.8232
HEPES 11.76
塩化マグネシウム(無水物) 0.2352
硫酸マグネシウム(MgSO4) 0.319088
塩化カリウム(KCl) 3.26144
重炭酸ナトリウム(NaHCO3) 11.2112
塩化ナトリウム(NaCl) 94.55824
リン酸ナトリウム、二塩基(dibas)(無水物) 0.392
リン酸ナトリウム、モノ(NaH2PO4-H2O) 0.355152
【0025】
微量ミネラル mM
硝酸鉄(Fe(NO3)3-9H2O) 0.00009408
硫酸鉄(FeSO4-7H2O) 0.001176
硫酸銅(CuSO4-5H2O) 4.0768E-06
硫酸亜鉛(ZnSO4-7H2O) 0.001176
メタバナジン酸アンモニウムNH4VO3 0.000056
硫酸マンガンMnSO4 H2O 1.00592E-05
モリブデン酸アンモニウム 1.00404E-05
NiSO4 6H2O 4.94861E-06
メタケイ酸ナトリウムNa2SiO3 9H2O 0.004926108
SnCl2 5.32544E-05
CdCl2 6.21931E-05
CrCl3 9.41176E-06
AgNO3 5.00293E-06
AlCl3 6H2O 2.4855E-05
Ba(C2H3O2)2 4.99217E-05
CoCl2 6H2O 5.0021E-05
GeO2 2.5337E-05
KBr 5.04202E-06
KI 5.12048E-06
NaF 0.000500119
【0026】
アミノ酸 mM
L-アラニン 0.1392
L-アルギニンヒドロクロライド 0.5488
L-アスパラギン-H2O 0.1392
L-アスパラギン酸 0.1392
L-システイン-HCl-H2O 0.0784
L-シスチン 2HCl 0.0784
L-グルタミン酸 0.1392
L-グルタミン 2.96
グリシン 0.296
L-ヒスチジン-HCl-H2O 0.1176
L-イソロイシン 0.326144
L-ロイシン 0.353584
L-リシンヒドロクロライド 0.391216
L-メチオニン 0.090944
L-フェニルアラニン 0.16856
L-プロリン 0.2176
L-セリン 0.296
L-トレオニン 0.352016
L-トリプトファン 0.0346528
L-チロシン 2Na 2H2O 0.167776
L-バリン 0.354368
【0027】
ビタミン mM
アスコルビン酸 0.375
ビオチン 1.12112E-05
塩化コリン 0.0502544
D-カルシウムパントテナート 0.0036064
葉酸 0.004704
i-イノシトール 0.05488
ナイアシンアミド 0.012936
ピリドキシンヒドロクロライド 0.0076048
RbCl 5.00414E-05
ZrOCl2 8H2O 9.03834E-05
リボフラビン 0.0004704
チアミンヒドロクロライド 0.02460217
ビタミンB12 0.000392
【0028】
成長因子 mM
GABA 0.979
ピペコリン酸 0.000984
bFGF 5.80E-06
LiCl 0.979
TGFベータ1 2.35E-08
【0029】
脂質 mM
リノール酸 0.0070976
リポ酸 0.00039984
アラキドン酸 0.001312
コレステロール 0.0113798
DL-アルファトコフェロール-アセテート 0.02962
リノレン酸 0.007184
ミリスチン酸 0.008758
オレイン酸 0.00708
パルミトレイン酸 0.007862
ステアリン酸 0.00703
【0030】
エネルギー基質 mM
D-グルコース 13.72784
ピルビン酸ナトリウム 0.392
【0031】
蛋白質 mM
ヒトインスリン 0.0034438
ヒトホロトランスフェリン 0.14
ヒト血清アルブミン 199.7
【0032】
他の成分 mM
グルタチオン(還元型) 0.00592996
ヒポキサンチンNa 0.01176
フェノールレッド 0.0159936
プトレッシン-2HCl 0.000394352
チミジン 0.001176
2-メルカプトエタノール 0.1
セレン 0.000177304
Pluronic F-68 0.238
Tween 80 0.3358
【0033】
本発明の好ましい態様は、例えば以下の通りである。
〔1〕
支持細胞又はならし培地を必要としない基質上でヒト幹細胞を未分化状態で培養するための、塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータを、複数回の連続する培養継代中に該ヒト幹細胞を未分化状態で保持するのに十分な量で含む培地において、該ヒト幹細胞を培養する工程を含む、方法。
〔2〕
培地が、少なくとも40ng/mLの濃度で線維芽細胞成長因子を含む、〔1〕記載の方法。
〔3〕
培地が、トランスフェリン及びインスリンも含む、〔1〕記載の方法。
〔4〕
ヒト幹細胞が胚幹細胞である、〔1〕記載の方法。
〔5〕
基質上でヒト胚幹細胞を培養する方法において、及び塩、ビタミン、アミノ酸、及び線維芽細胞成長因子を含む培地において、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータを、複数回の連続する培養継代中に該細胞を未分化状態で保持するのに十分な量で該培地に加えることを含む、方法。
〔6〕
ヒト幹細胞;
幹細胞が成長することのできる基質;及び
塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータを、複数回の培養継代中に該ヒト幹細胞を未分化状態で保持するのに十分な量で含む培養培地であって、支持細胞を含まず、且つ支持細胞に決して露出されない培地:
を培養容器内に含む、生体外細胞培養。
〔7〕
培地が、少なくとも40ng/mLの濃度で線維芽細胞成長因子を含む、〔6〕記載の細胞培養。
〔8〕
培地が、少なくとも100ng/mLの濃度で線維芽細胞成長因子を含む、〔6〕記載の細胞培養。
〔9〕
培地が、アルブミン、インスリン及びトランスフェリンからなる群から選択される蛋白質をさらに含む、〔6〕記載の細胞培養。
〔10〕
蛋白質がヒト型である、〔6〕記載の細胞培養。
〔11〕
インスリン及びトランスフェリンが組み換え型蛋白質である、〔10〕記載の細胞培養。
〔12〕
幹細胞がヒト胚幹細胞である、〔6〕記載の細胞培養。
〔13〕
未分化ヒト幹細胞、基質及び培養培地を含むヒト胚幹細胞の培養であって、該培養は支持細胞又は支持細胞に露出された培地を含まず、該培地は非ヒト型動物からの生成物も含まず、該ヒト胚幹細胞は未分化状態で増殖し、且つ長期培養中に転写因子Oct4に対して少なくとも90%陽性である、培養。
〔14〕
細胞がシアル酸残渣Neu5Gcを示さない、〔13〕記載のヒト胚幹細胞の培養。
〔15〕
幹細胞を培養するための培地であって、塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸、リチウム及び形質転換成長因子ベータを、複数回の培養継代中に該培地において未分化状態で成長した幹細胞を保持するのに十分な量で含む、培地。
〔16〕
培地が、アルブミン、インスリン及びトランスフェリンからなる群から選択される蛋白質をさらに含む、〔15〕記載の培地。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持細胞又はならし培地を必要としない基質上でヒト多分化能幹細胞を未分化状態で培養するための方法であって、塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、形質転換成長因子ベータと、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸及びリチウムの少なくとも2つとを、複数回の連続する培養継代中に該ヒト多分化能幹細胞を未分化状態で保持するのに十分な量で含む培地において、該ヒト多分化能幹細胞を培養する工程であって、前記培地が10〜1000ng/mLの濃度で繊維芽細胞成長因子を含む工程を含む、前記方法。
【請求項2】
培地が、少なくとも40ng/mLの濃度で線維芽細胞成長因子を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
培地が、トランスフェリン又はトランスフェリン代用物及びインスリン又はインスリン代用物も含む、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記ヒト多分化能幹細胞の少なくとも90%が、複数回の連続する培養継代中に転写因子Oct4に対して陽性である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記ヒト多分化能幹細胞が、シアル酸残渣Neu5Gcを示さない、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記ヒト多分化能幹細胞が、ヒト胚幹細胞である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
生体外細胞培養物であって、
ヒト多分化能幹細胞;
幹細胞が成長することのできる基質;及び
塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、形質転換成長因子ベータと、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸及びリチウムの少なくとも2つとを、複数回の培養継代中に該ヒト幹細胞を未分化状態で保持するのに十分な量で含む培養培地であって、支持細胞を含まず、且つ支持細胞に決して露出されない培地:
を培養容器内に含み、前記培地が10〜1000ng/mLの濃度で繊維芽細胞成長因子を含む、前記生体外細胞培養物。
【請求項8】
培地が、少なくとも40ng/mLの濃度で線維芽細胞成長因子を含む、請求項7記載の細胞培養物。
【請求項9】
培地が、少なくとも100ng/mLの濃度で線維芽細胞成長因子を含む、請求項7記載の細胞培養物。
【請求項10】
前記培地が、アルブミン、インスリン又はインスリン代用物及びトランスフェリン又はトランスフェリン代用物をさらに含む、請求項7〜9のいずれか1項に記載の細胞培養物。
【請求項11】
インスリン及びトランスフェリンが組み換え型蛋白質である、請求項10記載の細胞培養物。
【請求項12】
前記ヒト多分化能幹細胞が、複数回の連続する培養継代中に転写因子Oct4に対して少なくとも90%陽性である、請求項7〜11のいずれか1項に記載の細胞培養物。
【請求項13】
前記ヒト多分化能幹細胞が、シアル酸残渣Neu5Gcを示さない、請求項12に記載の細胞培養物。
【請求項14】
前記ヒト多分化能幹細胞が、ヒト胚幹細胞である、請求項7〜13のいずれか1項に記載の細胞培養物。
【請求項15】
ヒト多分化能幹細胞を培養するための培地であって、塩、ビタミン、アミノ酸、グルコース、線維芽細胞成長因子、形質転換成長因子ベータと、ガンマアミノ酪酸、ピペコリン酸及びリチウムの少なくとも2つとを、複数回の培養継代中に該培地において未分化状態で成長した幹細胞を保持するのに十分な量で含み、10〜1000ng/mLの濃度で繊維芽細胞成長因子を含む、前記培地。
【請求項16】
アルブミン、インスリン又はインスリン代用物及びトランスフェリン又はトランスフェリン代用物をさらに含む、請求項15記載の培地。
【請求項17】
非ヒト動物からの生成物を含まない、請求項15又は16に記載の培地。
【請求項18】
ヒト多分化能幹細胞が、ヒト胚幹細胞である、請求項15〜17のいずれか1項に記載の培地。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−206064(P2011−206064A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−165510(P2011−165510)
【出願日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【分割の表示】特願2007−531300(P2007−531300)の分割
【原出願日】平成17年9月8日(2005.9.8)
【出願人】(500395761)ウイスコンシン アラムニ リサーチ ファンデーション (25)
【Fターム(参考)】