説明

脂肪族ポリエステルの製造方法

環状エステルを開環重合して脂肪族ポリエステルを製造する方法において、水分含有率が60ppm以下の精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御する脂肪族ポリエステルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、グリコリドなどの環状エステルを開環重合して、ポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルを製造する方法に関し、さらに詳しくは、精製した環状エステルを出発原料として用い、該環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御する脂肪族ポリエステルの製造方法に関する。
【背景技術】
ポリグリコール酸やポリ乳酸等の脂肪族ポリエステルは、土壌や海中などの自然界に存在する微生物または酵素により分解されるため、環境に対する負荷が小さい生分解性高分子材料として注目されている。また、脂肪族ポリエステルは、生体内分解吸収性を有しているため、手術用縫合糸や人工皮膚などの医療用高分子材料としても利用されている。
脂肪族ポリエステルの中でも、ポリグリコール酸は、酸素ガスバリア性、炭酸ガスバリア性、水蒸気バリア性などのガスバリア性に優れ、耐熱性や機械的強度にも優れているので、包装材料などの分野において、単独で、あるいは他の樹脂材料などと複合化して用途展開が図られている。
脂肪族ポリエステルは、例えば、グリコール酸や乳酸などのα−ヒドロキシカルボン酸の脱水重縮合により合成することができるが、高分子量の脂肪族ポリエステルを効率よく合成するには、一般に、α−ヒドロキシカルボン酸の二分子間環状エステルを合成し、該環状エステルを開環重合する方法が採用されている。例えば、グリコール酸の二分子間環状エステルであるグリコリドを開環重合すると、ポリグリコール酸が得られる。乳酸の二分子間環状エステルであるラクチドを開環重合すると、ポリ乳酸が得られる。
環状エステルは、一般に、原料として使用したα−ヒドロキシカルボン酸や直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーなどの遊離カルボン酸化合物、水などの不純物を含んでいる。水などの不純物は、環状エステルの開環重合に悪影響を及ぼすので、開環重合に際して、不純物を除去した環状エステルを使用することが提案されている。
他方、脂肪族ポリエステルの分子量を制御するために、環状エステルの開環重合に際し、分子量調整剤として高級アルコールなどのアルコール類が使用されている(例えば、米国特許第3,442,871号明細書)。
また、環状エステルから水などの不純物を除去するための精製方法が提案されている(例えば、特開平8−301864号公報)。この文献には、環状エステルに含まれている水、α−ヒドロキシカルボン酸やその低分子量オリゴマーなどの不純物は、開始剤、連鎖移動剤、触媒失活剤等の様々な作用を及ぼして、開環重合を阻害するので、これらの不純物を除去すべきことが指摘されている。
水分含有量が80ppm以下で、酸価が0.10mgKOH/g以下の環状エステルを開環重合させる脂肪族ポリエステルの製造方法が提案されている(例えば、特開平10−158371号公報)。この文献には、、環状エステル中の水分量を減少させると、重合速度を速くして、高分子量のポリマーが得られること、また、アルコールを重合系に存在させると、水分の作用を抑制して、品質のよい脂肪族ポリエステルを製造できることが記載されている。
環状エステルを開環重合して脂肪族ポリエステルを製造する方法において、環状エステル中に含まれる遊離カルボン酸化合物の量に基づいて、反応系に添加する水酸基化合物の量を定めることを特徴とする製造方法が提案されている(例えば、特許第3075665号明細書)。この文献には、遊離カルボン酸化合物として、環状エステルの製造時に用いたα−ヒドロキシカルボン酸や直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーが示されており、水酸基化合物として、炭素数12〜18の一価の直鎖状飽和脂肪族アルコールが好ましいことが記載されている。
また、該文献には、環状エステル中に水分や遊離カルボン酸化合物などの不純物が含まれていると、重合反応に悪影響を及ぼして、同一重合条件下でも、狙った分子量のポリマーを製造するというターゲッティングが不可能であることが指摘されている。該文献には、水分の含有量が多いと脂肪族ポリエステルの分子量の制御が困難となる傾向を示すので、分子量を精度良く制御するために、環状エステル中の水分を100ppm以下にすることが好ましいと記載されている。
さらに、該文献には、環状エステル中の水分については、重合直前の精製・乾燥工程において除去することが容易であるが、遊離カルボン酸化合物は、除去することが困難であり、重合反応に与える影響も大きく、しかも貯蔵中に微量の水分により環状エステルが開環して新たな遊離カルボン酸化合物を生成し易いことが指摘されている。該文献には、環状エステルに含まれる遊離カルボン酸化合物を定量して、それに見合う量の水酸基化合物(例えば、高級アルコール)を添加することにより、目標どおりの分子量を有する脂肪族ポリエステルを製造する方法が提案されている。
このように、環状エステルの開環重合により脂肪族ポリエステルを製造する方法において、水分や遊離カルボン酸化合物などの不純物を除去した環状エステルを使用し、かつ、分子量調整剤としてアルコール類、特に高級アルコール類を使用することが公知の技術水準であった。近年、グリコリドなどの環状エステルを高純度で製造する技術が開発され、水分などの不純物の含有量が小さな環状エステルを製造したり、入手することは比較的容易になってきている。他方、ポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルが工業的規模で製造される状況になると、分子量調整剤として高級アルコールを使用することに伴う問題が顕在化することが予想される。
分子量調整剤としてアルコール類が使用されているのは、その水酸基が分子量調整に寄与するためであるが、その中でも、高級アルコールが汎用されている理由は、高級アルコールの水酸基濃度が低いため、計量誤差が小さく、重合仕込み操作上の利点があるためである。例えば、ポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルの製造を小規模で行う場合、分子量調整剤として使用するアルコール類の使用量は極めて僅かであるが、アルコール類の分子量が大きくなるほど、その使用量が多くなり、計量精度やハンドリング性がよくなる。また、高級アルコールは、開環重合温度よりも高い沸点を有しており、安定した重合操作が期待できる。
しかし、ラウリルアルコール(「ドデカノール」または「ドデシルアルコール」ともいう)などの高級アルコールは、高価であることや、粘性があるため、重合反応系に導入するときに導入装置(例えば、シリンジ)内に残存し易く、ロスが大きいことなどの問題があった。さらに、高級アルコールは、工業的規模での脂肪族ポリエステルの製造に使用する場合には、(1)その使用量が多くなること、(2)高級アルコールを保存したり、重合装置に導入するために一時使用するタンクや計量装置が大型化すること、(3)可燃性であるため、使用する装置に安全対策が必要になること、(4)装置を使用した後、装置の洗浄が必要になること、(5)装置の洗浄に用いた洗浄液の処理が必要になることなど、脂肪族ポリエステルの製造コストアップにつながる多くの問題を抱えている。
また、環状エステルに高級アルコールを添加すると、開始剤としても作用するため、高級アルコールが導入されたポリマー構造を有する脂肪族ポリエステルが生成し、脂肪族ポリエステルの物性が変動する。さらに、高級アルコールは、環状エステルに対する溶解性が十分ではなく、その結果、開環重合反応が不均一に起り、分子量や溶融粘度の正確な制御に問題があった。
【発明の開示】
本発明の課題は、グリコリドなどの環状エステルを開環重合してポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルを製造する方法において、分子量調整剤として水を使用して、溶融粘度や分子量等の物性を正確に制御することができる新規な製造方法を提供することにある。
本発明者らは、前記課題を達成するために鋭意研究した結果、環状エステルを開環重合して脂肪族ポリエステルを製造する方法において、水分含有率が60ppm(重量基準)以下にまで高度に精製した環状エステルをモノマーとして使用し、該環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御できることを見出した。
水は、環状エステルの開環重合を阻害する不純物として除去することが技術常識であったが、驚くべきことに、分子量調整剤として優れた作用を有することが判明した。例えば、グリコリドに極めて少量の水を添加して、全プロトン濃度を低水準の範囲内に調整すると、分子量調整剤を用いない場合や分子量調整剤として高級アルコールを用いた場合に比べて、高分子量かつ高溶融粘度のポリグリコール酸を得ることができる。
また、水の添加により全プロトン濃度を変化させると、ポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルの溶融粘度や分子量が変動するが、この場合、全プロトン濃度と溶融粘度や分子量との間に相関関係があり、全プロトン濃度を水の添加により調整することによって、目標とする溶融粘度や分子量を有する脂肪族ポリエステルを製造することができる。しかも、水を分子量調整剤として使用すると、高級アルコールを用いた場合に比べて、生成ポリマー中の残存モノマーなどの揮発性成分(揮発分)の含有量を顕著に低減することができる。さらに、水を分子量調整剤として使用すると、脂肪族ポリエステルの溶融粘度や分子量が低い範囲では、黄色度(YI)が小さくなり、着色が抑制されたポリマーを得ることができる。本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
かくして、本発明によれば、環状エステルを開環重合して脂肪族ポリエステルを製造する方法において、水分含有率が60ppm以下の精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御することを特徴とする脂肪族ポリエステルの製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
1.環状エステル
本発明で用いる環状エステルとしては、α−ヒドロキシカルボン酸の二分子間環状エステル、ラクトン、及びその他のエステル構造を有する環状化合物が好ましい。二分子間環状エステルを形成するα−ヒドロキシカルボン酸としては、例えば、グリコール酸、L−及び/またはD−乳酸、α−ヒドロキシ酪酸、α−ヒドロキシイソ酪酸、α−ヒドロキシ吉草酸、α−ヒドロキシカプロン酸、α−ヒドロキシイソカプロン酸、α−ヒドロキシヘプタン酸、α−ヒドロキシオクタン酸、α−ヒドロキシデカン酸、α−ヒドロキシミリスチン酸、α−ヒドロキシステアリン酸、及びこれらのアルキル置換体などを挙げることができる。
ラクトンとしては、例えば、β−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、ピバロラクトン、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、β−メチル−δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトンなどが挙げられる。
その他のエステル構造を有する環状化合物としては、例えば、ジオキサノンなどを挙げることができる。
環状エステルは、不斉炭素を有する物は、D体、L体、及びラセミ体のいずれでもよい。これらの環状エステルは、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。2種以上の環状エステルを使用すると、任意の脂肪族コポリエステルを得ることができる。環状エステルは、所望により、共重合可能なその他のコモノマーと共重合させることができる。他のコモノマーとしては、例えば、トリメチレンカーボネート、1,3−ジオキサンなどの環状モノマーなどが挙げられる。
環状エステルの中でも、グリコール酸の二分子間環状エステルであるグリコリド、L−及び/またはD−乳酸の二分子間環状エステルであるL−及び/またはD−ラクチド、及びこれらの混合物が好ましく、グリコリドがより好ましい。グリコリドは、単独で使用することができるが、他の環状モノマーと併用してポリグリコール酸共重合体(コポリエステル)を製造することもできる。ポリグリコール酸共重合体を製造する場合、生成コポリエステルの結晶性、ガスバリア性などの物性上の観点から、グリコリドの共重合割合は、好ましくは60重量%、より好ましくは70重量%以上、特に好ましくは80重量%以上とすることが望ましい。また、グリコリドと共重合させる環状モノマーとしては、ラクチド、ε−カプロラクトン、ジオキサノン、トリメチレンカーボネートが好ましい。
環状エステルの製造方法は、特に限定されない。例えば、グリコリドは、グリコール酸オリゴマーを解重合する方法により得ることができる。グリコール酸オリゴマーの解重合法として、例えば、米国特許第2,668,162号明細書に記載の溶融解重合法、特開2000−119269号公報に記載の固相解重合法、特開平9−328481号公報や国際公開第02/14303A1パンフレットに記載の溶液相解重合法を採用することができる。K.ChujoらのDie Makromolekulare Cheme,100(1967),262−266に報告されているクロロ酢酸塩の環状縮合物として得られるグリコリドも用いることができる。
グリコリドを得るには、上記解重合法の中でも、溶液相解重合法が好ましい。
溶液相解重合法では、(1)グリコール酸オリゴマーと230〜450℃の範囲内の沸点を有する少なくとも一種の高沸点極性有機溶媒とを含む混合物を、常圧下または減圧下に、該オリゴマーの解重合が起こる温度に加熱して、(2)該オリゴマーの融液相の残存率(容積比)が0.5以下になるまで、該オリゴマーを該溶媒に溶解させ、(3)同温度で更に加熱を継続して該オリゴマーを解重合させ、(4)生成した2量体環状エステル(すなわち、グリコリド)を高沸点極性有機溶媒と共に溜出させ、(5)溜出物からグリコリドを回収する。
高沸点極性有機溶媒としては、例えば、ジ(2−メトキシエチル)フタレートなどのフタル酸ビス(アルコキシアルキルエステル)、ジエチレングリコールジベンゾエートなどのアルキレングリコールジベンゾエート、ベンジルブチルフタレートやジブチルフタレートなどの芳香族カルボン酸エステル、トリクレジルホスフェートなどの芳香族リン酸エステル、ポリエチレンジアルキルエーテルなどのポリアルキレングリコールエーテル等を挙げることができ、該オリゴマーに対して、通常、0.3〜50倍量(重量比)の割合で使用する。高沸点極性有機溶媒と共に、必要に応じて、該オリゴマーの可溶化剤として、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなどを併用することができる。グリコール酸オリゴマーの解重合温度は、通常、230℃以上であり、好ましくは230〜320℃である。解重合は、常圧下または減圧下に行うが、0.1〜90.0kPa(1〜900mbar)の減圧下に加熱して解重合させることが好ましい。
環状エステルとしては、水分含有率が60ppm(重量基準)以下、好ましくは50ppm以下、より好ましくは40ppm以下の精製した環状エステルを使用する。出発原料の環状エステル中の水分含有率が高すぎると、分子量調整剤として水を添加しても、制御できるポリマーの溶融粘度及び分子量の幅が抑制される。
環状エステル中に不純物として含まれるヒドロキシカルボン酸化合物の含有率は、できるだけ低い方が好ましい。環状エステル中のα−ヒドロキシカルボン酸の含有率は、好ましくは200ppm(重量基準)以下、より好ましくは150ppm以下、さらに好ましくは130ppm以下、特に好ましくは100ppm以下である。
環状エステル中には、通常、直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーが含まれている。このオリゴマーの殆んどは、直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸二量体である。環状エステル中の直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーの含有率は、好ましくは2,000ppm以下、より好ましくは1,500ppm以下、さらに好ましくは1,200ppm以下、特に好ましくは1,000ppm以下である。
グリコリドやラクチドなどの環状エステルは、不純物として含まれている微量の水分によって、貯蔵中に加水分解反応や重合反応が起り、α−ヒドロキシカルボン酸や直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーの含有率が上昇傾向を示す。そのため、精製直後の環状エステルは、水分含有率が50ppm以下、α−ヒドロキシカルボン酸含有率が100ppm以下、直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマー含有率が1,000ppm以下であることが望ましい。なお,環状エステルの精製は、常法に従って、粗環状エステルの再結晶処理や乾燥処理などを組み合わせることによって行うことができる。
2.脂肪族ポリエステルの製造方法
環状エステルを用いて脂肪族ポリエステルを製造するには、環状エステルを加熱して開環重合させる方法を採用することが好ましい。この開環重合法は、実質的に塊状による開環重合法である。開環重合は、触媒の存在下に、通常100〜270℃、好ましくは120〜260℃の範囲内の温度で行われる。
触媒としては、各種環状エステルの開環重合触媒として使用されているものであればよく、特に限定されない。このような触媒の具体例としては、例えば、スズ(Sn)、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、アンチモン(Sb)、ジルコニウム(Zr)、亜鉛(Zn)など金属化合物の酸化物、塩化物、カルボン酸塩、アルコキシドなどが挙げられる。より具体的に、好ましい触媒としては、例えば、ハロゲン化スズ(例えば、二塩化スズ、四塩化スズなど)、有機カルボン酸スズ〔例えば、2−エチルヘキサン酸スズなどのオクタン酸スズ〕などのスズ系化合物;アルコキシチタネートなどのチタン系化合物;アルコキシアルミニウムなどのアルミニウム系化合物;ジルコニウムアセチルアセトンなどのジルコニウム系化合物;ハロゲン化アンチモンなどを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
触媒の使用量は、一般に、環状エステルに対して少量でよく、環状エステルを基準として、通常0.0001〜0.5重量%、好ましくは0.001〜0.1重量%の範囲内から選択される。
本発明では、開環重合に先立って、環状エステル中に不純物として含まれる水分やヒドロキシカルボン酸化合物の含有量を測定し、それぞれの含有量に基づいて、不純物の全プロトン量を算出する。環状エステル中の水分含有率は、カールフィッシャー水分計を用いて測定する。環状エステル中に含まれるα−ヒドロキシカルボン酸や直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーは、それぞれのカルボキシル基をアルキルエステル基に変換した後、ガスクロマトグラフィ分析などにより定量する。
環状エステル中に含まれる不純物の全プロトン濃度は、環状エステル中に不純物として含まれるヒドロキシカルボン酸化合物と水分との合計量に基づいて算出する。例えば、グリコリドの場合は、微量の水分と、グリコール酸及び直鎖状のグリコール酸オリゴマーからなるヒドロキシカルボン酸化合物とが不純物として含まれている。精製グリコリドに含まれる直鎖状のグリコール酸オリゴマーの殆んどは、グリコール酸二量体である。ラクチドの場合には、水分、乳酸、直鎖状の乳酸オリゴマーが不純物として含まれている。これらのヒドロキシカルボン酸化合物に基づくプロトン濃度(モル%)は、それぞれの含有量と分子量と水酸基数(通常1個)とに基づいて算出される。水分のプロトン濃度(モル%)は、水分の含有量と分子量とに基づいて算出される。プロトン濃度は、環状エステルと不純物との合計量を基準とするモル%として算出される。
環状エステル中に含まれる不純物の全プロトン濃度は、好ましくは0.01〜0.5モル%、より好ましくは0.02〜0.4モル%、特に好ましくは0.03〜0.35モル%である。不純物全プロトン濃度は、精製によるヒドロキシカルボン酸化合物の低減化に限界があり、極度に低くすることは困難である。不純物全プロトン濃度が高すぎると、水の添加による溶融粘度や分子量などの正確な制御が困難になる。
本発明では、水分含有率が60ppm以下の精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、生成する脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御する。精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を好ましくは0.09モル%超過2.0モル%未満、より好ましくは0.1〜1.0モル%の範囲内に調整する。
溶融粘度は、脂肪族ポリエステルの成形条件を設定するのに必要とされる物性であり、成形物の機械的強度などを予測するのにも使用される物性である。したがって、目標とする溶融粘度を有する脂肪族ポリエステルを製造することは、生産技術の観点から重要な課題である。脂肪族ポリエステルの分子量も成形条件の設定や成形物の機械的強度に関連する物性である。脂肪族ポリエステルの黄色度は、脂肪族ポリエステルの品質を示す指標であり、また、所望の色調に調色する上でも重要な物性である。
精製環状エステルに水を添加することなく開環重合を行うと、生成ポリマー中に未反応モノマーが残留し易くなる。残留モノマーを主成分とする揮発分の含有量が多くなると、ポリマーの品質が低下することに加えて、溶融粘度が低下し、黄色度も大きくなる。環状エステルの精製の程度を制御するだけでは、ポリマーの溶融粘度等まで制御することは困難である。
分子量調整剤として高級アルコールを用いた場合には、揮発分量を幾分低減することができるものの、未だ十分ではなく、かなりの割合で残留モノマーを含むポリマーが生成する。そのため、高級アルコールを用いたのでは、生成ポリマーの溶融粘度を正確に制御することが困難である。すなわち、高級アルコールを用いて脂肪族ポリエステルの分子量(例えば、重量平均分子量)を調整することは可能であるが、残留モノマー量が多いため、高分子量ポリマーであっても、溶融粘度が低い場合が生じる。この場合、ポリマーの溶融粘度は、その分子量のみならず残留モノマー量によっても影響を受ける。また、分子量調整剤として高級アルコールを用いると、黄色度を小さくすることが困難である。
これに対して、精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整すると、生成ポリマーの溶融粘度、分子量、黄色度などの物性を正確に制御することができる。驚くべきことに、分子量調整剤として水を使用すると、開環重合の反応効率が高く、残留モノマーを主成分とする揮発分の含有量を顕著に低減できることが判明した。つまり、分子量調整剤として水を用いると、高分子量かつ高溶融粘度のポリマーを合成することができる。水の添加により、環状エステル中の全プロトン濃度を変化させると、揮発分(残留モノマー)量を低水準に抑えたままで、生成ポリマーの溶融粘度と分子量を所望の範囲に制御することができる。その結果、環状エステル中の全プロトン濃度とポリマーの溶融粘度や分子量との間に緊密な相関関係が生じる。
具体的に、水の添加量を変化させて環状エステル中の全プロトン濃度を変化させたこと以外は、同じ重合条件(反応容器、重合温度、重合時間、モノマーの種類と精製度など)で開環重合を行い、得られた脂肪族ポリエステルの溶融粘度や分子量、黄色度を測定した結果をデータベースとして、回帰分析を行うと、前記の如き相関関係を明らかにすることができる。
例えば、グリコリドに水を添加して全プロトン濃度を変化させ、そして、グリコリドの開環重合によって得られたポリグリコール酸の溶融粘度、重量平均分子量、及び黄色度を測定したところ、これら各物性と全プロトン濃度との間に関連性のあることが判明した。
データベースに基づいて回帰分析を行うには、例えば、独立変数(説明変数)としてグリコリドの全プロトン濃度(x)を使用し、従属変数(被説明変数)としてポリグリコール酸の溶融粘度(y)を使用する。回帰分析の結果、これらの間には、線形モデル、両対数モデル、半対数モデルの関係式が成立することが分かった。これらの中でも、下記式(1)
y=a・b (1)
(式中、a及びbは、パラメータである。)
で表わされる半対数モデルの関係式が、重相関R及び重決定Rが最も高いことが判明した。
この関係式(1)に目標とする溶融粘度値(y)を代入すると、それに対応する全プロトン濃度(x)を算出することができる。そこで、この全プロトン濃度(x)と環状エステル中の不純物プロトン濃度(水を添加する前の全プロトン濃度)との差を算出し、その差の量に相当する水を添加すると、目標とする溶融粘度を有する脂肪族ポリエステルを得ることができる。
したがって、精製した環状エステル(例えば、グリコリド)に水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整するに際し、予め求めておいた環状エステル中の全プロトン濃度と制御すべき物性値との間の関係式に基づいて、制御すべき物性の目標値に対応する全プロトン濃度となるように、環状エステルに添加する水の量を調整すれば、目標とする溶融粘度を有する脂肪族ポリエステル(例えば、ポリグリコール酸)を製造することができる。
本発明の方法によれば、同じ重合条件下で環状エステルの全プロトン濃度を水の添加により調整することにより、溶融粘度のみならず、重量平均分子量などの分子量をも制御することができる。その理由は、分子量調整剤として水を使用することにより、溶融粘度に影響を及ぼす揮発分の生成量を顕著に抑制することができるからである。
前記式(1)の如き半対数モデルの関係式が成立する理由は、水の添加量を少なくして、環状エステルの全プロトン濃度を低く抑えると、分子量調整剤として高級アルコールを使用した場合や、分子量調整剤を添加しない場合に比べて、より高分子量かつ高溶融粘度の脂肪族ポリエステルが得られるからである。
また、水の添加量を多くして、環状エステル中の全プロトン濃度を高くしていくと、生成ポリマーの溶融粘度と分子量が低下していくが、黄色度(イエローインデックス;YI)がそれに逆比例して小さくなり、着色度が改善されることが分かった。したがって、環状エステルの全プロトン濃度を水の添加により調整することにより、射出成形などに適した低溶融粘度で黄色度の小さな脂肪族ポリエステルを製造することができる。
本発明の方法によれば、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度を制御することができる。したがって、環状エステルの全プロトン濃度とこれらの物性と間のデータベースに基づいて、単純回帰分析または重回帰分析などの回帰分析を行うことにより、線形モデルや非線形モデル(両対数モデルや片対数モデル)の関係式を容易に作成することができ、それによって、目標とする物性値に対応する全プロトン濃度となるように水の添加量を調整することができる。これらの関係式のモデルとしては、重相関R及び重決定Rが最も高いモデルを選択することが望ましい。
環状エステルの開環重合は、重合容器を用いて行うか、モノマーの種類によっては押出機の中で行うなど任意であるが、通常は、重合容器内で塊状開環重合する方法を採用することが好ましい。例えば、グリコリドを加熱すると溶融して液状になるが、加熱を継続して開環重合させると、ポリマーが生成する。重合温度がポリマーの結晶化温度以下の重合反応系では、重合反応途中でポリマーが析出し、最終的には固体のポリマーが得られる。重合時間は、開環重合法や重合温度などによって変化するが、容器内での開環重合法では、通常10分間〜100時間、好ましくは30分間〜50時間、より好ましくは1〜30時間である。重合転化率は、通常95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上であり、未反応モノマーの残留を少なくし、かつ、生産効率を高める上で、フル・コンバージョンとすることが最も好ましい。
したがって、本発明では、精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整した後、環状エステルを触媒の存在下に加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを開環重合する方法が好ましい。この重合法は、塊状での開環重合法である。
また、本発明では、精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整した後、環状エステルを触媒の存在下に溶融槽内で加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを両端が開閉可能な複数の管を備えた重合装置に移送し、各管内で密閉状態で開環重合して生成ポリマーを析出させる方法がより好ましい。さらに、本発明では、精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整した後、環状エステルを触媒の存在下に溶融槽内で加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを攪拌機付き反応缶で開環重合を進行させた後、生成したポリマーを取卸し、一度ポリマーを冷却固化させた後、ポリマーの融点以下の温度で固相重合を継続する方法を採用することも好ましい。密閉系で重合温度を制御することにより、目標とする溶融粘度などの物性を有するポリマーを安定的に、かつ、再現性良く製造することができる。
本発明の方法では、環状エステル(例えば、グリコリドまたはグリコリドを主成分とする環状エステル)の開環重合により、温度240℃及び剪断速度121sec−1で測定した溶融粘度が好ましくは50〜6,000Pa・s、より好ましくは100〜5,000Pa・sのポリグリコール酸を得ることができる。また、本発明の方法によれば、重量平均分子量が好ましくは50,000以上、より好ましくは80,000以上、特に好ましくは100,000以上の高分子量の脂肪族ポリエステルを製造することができる。重量平均分子量の上限は、500,000程度である。
さらに、本発明の方法によれば、黄色度(YI)が4〜20程度の脂肪族ポリエステルを得ることができ、分子量を調整することによって、黄色度を制御することができる。例えば、重量平均分子量を200,000以下、さらには、180,000以下にすることにより、黄色度(YI)が10以下のポリマーを得ることができる。
本発明では、環状エステルを開環重合して脂肪族ポリエステルを製造する方法において、分子量調整剤として水を使用する。従来技術水準によれば、水は、不純物として環状エステルの開環重合に悪影響を及ぼし、特に重合速度、分子量、溶融粘度に悪影響を及ぼすので、環状エステル中の水分含有量を可能な限り減少させることが教示されるだけである。
環状エステル中の水分が脂肪族ポリエステルの分子量や溶融粘度に影響を及ぼすことは、水を分子量調整剤として使用できることまで示唆するものではない。水は、高級アルコールに比べて低分子量であるため、計量精度が低い。しかも、水は、開環重合温度よりも沸点が低く、反応系の水分濃度を正確に調整することは困難である。さらに、環状エステル中の水分量と脂肪族ポリエステルの溶融粘度や分子量との間には、正確な相関関係があるわけではない。したがって、水が分子量調整剤として作用し、かつ、実用性能に優れていることは、先行技術からは到底示唆されない。
ところが、グリコリドなどの環状エステルの開環重合により、ポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルを製造する場合、高純度の環状エステルを使用し、該環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、生成ポリマーの溶融粘度や分子量を正確に制御できることが見出された。環状エステル中の全プロトン濃度は、不純物として含有されている水分やヒドロキシカルボン酸化合物の量にも依存する。水の添加を含めて環状エステル中の全プロトン量を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度や分子量を制御できることは知られていなかった。
脂肪族ポリエステルを工業的規模で大量生産する場合には、分子量調整剤として比較的大量の水を使用することになるため、計量精度の問題を克服することが可能である。また、重合装置を工夫して密閉系装置などを採用することにより、重合反応系の水分濃度、ひいては全プロトン濃度を厳密に維持することも可能である。
水は、安価であるばかりではなく、装置の単純化、縮小化に有効である。また、水を分子量調整剤として使用すると、装置の洗浄操作や洗浄液の処理などが不必要になる。水を用いる方法によれば、低エネルギー化、クリーン化、環境保全にも適した製造プロセスを提供することができる。水としては、蒸留水、イオン交換水などの実質的に不純物を含有しない精製した水を使用することが好ましい。
本発明の製造方法は、原料供給手段や重合反応器などと分析手段及び情報処理装置とを連結することにより、自動化または半自動化することが可能である。例えば、溶解槽に供給する環状エステルを自動サンプリングして、その中に含まれる不純物量を分析し、その分析結果を情報処理装置に入力すると共に、演算手段により前記の如き関係式に基づいて算出した目標とする溶融粘度に対応する全プロトン濃度とを対比し、その差に応じた水の量を算出して、制御動作信号を生成させて、必要量の水と環状エステルを溶解槽に供給する方法を採用することができる。
また、本発明の製造方法によれば、環状エステル中の全プロトン濃度から生成する脂肪族ポリエステルの溶融粘度などの物性値を予測することができるので、所望の溶融粘度などの物性値を有するポリマーを得るために、各バッチで得られたポリマーのブレンド比を決定することもできる。
【実施例】
以下に、合成例、実施例、及び比較例を挙げて、本発明についてより具体的に説明する。分析法、測定法、計算法などは、以下の通りである。
(1)不純物定量分析:
高純度アセトン10mlの中に、約1gを精秤したグリコリドと内部標準物質として4−クロロベンゾフェノン25mgとを加え、十分に溶解させた。その溶液約1mlを採取し、該溶液にジアゾメタンのエチルエーテル溶液を添加した。添加量の目安は、ジアゾメタンの黄色が残るまでとする。黄色く着色した溶液に2μlをガスクロマトグラフ装置に注入し、内部標準物質の面積比とグリコリド及び内部標準物質の添加量を基にメチルエステル化されたグリコール酸及びグリコール酸二量体を定量した。
<ガスクロマトグラフィ分析条件>
装置:日立G−3000、
カラム:TC−17(0.25mmφ×30m)、
気化室温度:290℃、
カラム温度:50℃で5分間保持後、20℃/分の昇温速度で270℃まで昇温し、270℃で4分間保持、
検出器:FID(水素炎イオン化検出器)、温度:300℃。
ラクチドについても、グリコリドと同様の方法により、不純物を定量した。
(2)水分測定:
気化装置付カールフィッシャー水分計〔三菱化学社製CA−100(気化装置VA−100)〕を用い、予め220℃に設定し加熱した気化装置に、精密に秤量した約2gのポリマーサンプルを入れた。気化装置からカールフィッシャー水分測定器に流速250ml/分で乾燥窒素ガスを流した。サンプルを気化装置に導入した後、気化した水分をカールフィッシャー液に導入し、電気伝導度がバックグラウンドより+0.1μg/Sまで下がった時点を終点とした。モノマーの水分測定については、気化装置の温度を140℃にし、電気伝導度がバックグラウンドより+0.05μg/Sまで下がった時点を終点とした。
(3)プロトン濃度の算出法:
環状エステル中の全プロトン濃度は、環状エステル中に含まれるヒドロキシカルボン酸化合物と水との合計量に基づいて算出する。ヒドロキシカルボン酸化合物に基づくプロトン濃度(モル%)は、それぞれの含有量と分子量と水酸基数とに基づいて算出される。他方、水に基づくプロトン濃度は、環状エステル中に含まれている不純物の水分、処理槽などの雰囲気中に含まれている水分、及び添加水の合計量と分子量とに基づいて算出される。
(4)モノマー溶解槽内の水分測定:
モノマー溶解槽内部に予め乾燥空気を流しておき、その雰囲気の相対湿度を湿度計で求めた。その雰囲気の温度から絶対温度を算出し、それと槽容積から、槽内部の水分量を算出した。
(5)揮発分測定:
生成ポリマーの粉砕品をアルミニウム製カップに約10g精秤し、乾燥空気を流速約10リットル/分で流した120℃の恒温乾燥機に入れて、6時間放置した。所定時間後、該カップを取り出して、シリカゲルを入れたデシケーター中で30分間以上放置した。その後、室温にまで冷却してから重量を測定し、初期値に対する重量減少率を算出した。
(6)溶融粘度:
ポリマーサンプルを120℃の乾燥器に入れて乾燥空気と接触させて、水分含有量を100ppm以下にまで低減させた。その後、乾燥器で十分に乾燥した。溶融粘度測定は、キャピラリー(1mmφ×10mmL)を装着した東洋精機製キャピログラフ 1−Cを用いて測定した。設定温度240℃に加熱した装置に、サンプル約20gを導入し、5分間保持した後、剪断速度121sec−1での溶融粘度を測定した。
(7)色調:
東京電色技術センター製TC−1800を使用し、標準光C、2°視野、及び表色系の条件で、反射光測定法により測定した。装置は、標準白色板(No.88417)により校正した。測定は、専用のシャーレ(直径3cm、高さ1.3cm)に微粉が入らないように粉砕品サンプルを最密充填し、測定ステージに載せ、サンプルの位置を変えて3回行い、その平均値を算出した。色調は、黄色度を示すYI(イエローインデックス)値を用いた。
(8)分子量測定:
ポリマーサンプルを分子量測定で使用する溶媒に溶解させるために、非晶質のポリマーを得る。すなわち、十分乾燥したポリマー約5gをアルミニウム板に挟み、275℃のヒートプレス機に載せて90秒間加熱した後、2MPaの圧力で60秒間加圧した。その後、直ちに氷水中に入れて急冷した。このようにして、透明な非晶質のプレスシートを作製した。
上記操作により作製したプレスシートからサンプル10mgを切り出し、このサンプルを5mMのトリフルオロ酢酸ナトリウムを溶解させたヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)溶液に溶解させて、10mlの溶液とした。サンプル溶液をメンブランフィルターで濾過後、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)装置に注入し、分子量を測定した。なお、サンプルは、溶解後30分以内にGPC装置に注入した。
<GPC測定条件>
装置:Shimazu LC−9A、
カラム:HFIP−806M、2本(直列接続)プレカラム、
カラム温度:40℃、
溶離液:5mMのトリフルオロ酢酸ナトリウムを溶解させたHFIP溶液、
流速:1ml/分、
検出器:示差屈折率計(Refractive Index;RI)
分子量校正:分子量の異なる標準PMMA5種を用いた。
[合成例1]グリコリドの合成例(1)
ジャケット付き攪拌槽(「反応缶」ともいう)に70重量%グリコール酸水溶液を仕込み、常圧で攪拌しながら、ジャケット内に熱媒体油を循環することにより缶内液を200℃まで加熱昇温し、生成水を系外に留出させながら縮合反応を行った。次いで、缶内液を200℃に維持した状態で、缶内圧を段階的に3kPaまで減圧しながら、生成水、未反応原料などの低沸点物質を留去し、グリコール酸オリゴマーを得た。
上記で調製したグリコール酸オリゴマーをSUS304製ジャケット付き攪拌槽に仕込み、溶媒としてジエチレングリコールジブチルエーテルを加え、さらに、可溶化剤としてポリエチレングリコールを加えた。グリコール酸オリゴマーと溶媒との混合物を加熱及び減圧下、解重合反応させて、生成グリコリドと溶媒とを共留出させた。留出物は、温水を循環させた二重管式コンデンサーで凝縮した。凝縮液は、常温の受器に受けた。反応液中の溶媒量を一定に保つために、留出した溶媒量に見合う分の溶媒を連続的に反応槽に供給した。
前記反応を継続し、グリコリドと溶媒との混合物を留出させ、凝縮させた。凝縮液から析出しているグリコリドを固液分離し、2−プロパノールで再結晶し、次いで、減圧乾燥した。示差走査熱量計(DSC)で測定したグリコリドの純度は、99.99%であった。解重合からグリコリドを固液分離するまでの操作を所要の回数繰り返し、回収した固形分を一度に再結晶し、減圧乾操した。
[合成例2]グリコリドの合成例(2)
可溶化剤をポリエチレングリコールからオクチルテトラトリエチレングリコールに代えたこと以外は、合成例1と同様にして、凝縮液を得た。凝縮液は、温水をジャケットに循環させた受器に受けた。受器内の凝縮液は、二液に層分離し、上層が溶媒で、下層がグリコリド液体であった。二液の層を形成後も解重合反応を続け、かつ、共留出を続けると、コンデンサーにより冷却されたグリコリドは、液滴となって溶媒層を通過し、下層のグリコリド層に凝縮されていった。反応液中の溶媒量を一定に保つため、上層の溶媒層を反応槽内に連続的に戻した。反応系の圧力を一時的に常圧に戻し、受器の底部から液状グリコリドを抜き出し、再び圧力を元に戻し、解重合反応を続けた。この操作を数回繰り返した。
回収した液状グリコリドは、室温にまで冷却されると固化した。該グリコリドを2−プロパノールを用いて再結晶し、次いで、減圧乾燥した。DSCにより測定したグリコリドの純度は、99.99%であった。解重合からグリコリドを固液分離するまでの操作を所要の回数繰り返し、回収した固形分を一度に再結晶し、減圧乾燥した。
[合成例3]グリコリドの合成例(3)
合成例1において、溶媒をジエチレングリコールジブチルエーテルからトリエチレングリコールブチルオクチルエーテルに代え、かつ、可溶化剤をポリエチレングリコールからポリエチレングリコールモノメチルエーテルに代えたこと以外は、合成例1と同様にしてグリコリドを得た。さらに、合成例1においては、解重合反応系から回収したグリコリドを再結晶により精製したのに対し、塔型精製装置を用いて精製した。解重合後、塔型精製装置の下部に設けた原料結晶の仕込み口へ固液分離した粗グリコリド結晶を一定速度で連続的に投入した。塔型精製装置内部に装着された撹拌装置で該グリコリドを上昇させながら攪拌し、精製装置内での精製結晶成分の降下融解液と上昇粗グリコリド結晶との向流接触により精製した。この精製装置の上部に設けられた取出口から精製後の結晶を、一定速度で連続的に取り出した。回収した精製グリコリドは、DSC測定による純度が99.99%以上であった。
【実施例1】
合成例1に従って製造したグリコリド(ロットA)の不純物を定量したところ、グリコール酸80ppm、グリコール酸二量体570ppm、及び水35ppmであった。したがって、不純物の全プロトン濃度は、0.084mol%であった。
スチームジャケット構造と攪拌機を備え、密閉可能な56リットルのSUS製容器(溶解槽)内に、上記グリコリド22,500g、二塩化スズ2水和物0.68g(30ppm)、及び水1.49gを加え、全プロトン濃度を0.13mol%に調整した。水の添加量は、容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量を考慮して決定した。すなわち、全プロトン濃度は、容器内の雰囲気中に含まれる水分量0.11gをも加えて算出した。
容器を密閉し、攪拌しながらジャケットにスチームを循環させ、内容物の温度が100℃になるまで加熱した。この内容物は、加熱途中で均一な液体になった。内容物の温度を100℃に保持したまま、内径24mmの金属(SUS304)製管からなる装置に移した。この装置は、管が設置されている本体部と金属(SUS304)製の上下板からなり、本体部と上下板のいずれもジャケット構造を備えており、このジャケット部に熱媒体油が循環する構造になっている。内容物を本装置に移送する際には、下開口部に下板を取り付けた管の上開口部から内容物を入れ、移送が終了したら、直ちに上板を取り付けて上開口部を密閉した。本体部及び上下板のジャケット部に170℃の熱媒体油を循環させ、7時間保持した。所定時間後、ジャケットに循環させている熱媒体油を冷却することにより、重合装置を室温付近まで冷却した。冷却後、下板を取り外し、管の下開口部から生成ポリグリコール酸の塊状物を取り出した。この重合方式によれば、収率は、ほぼ100%になる。塊状物を粉砕機により粉砕した。得られた粉砕物について、物性を測定した。結果を表1に示す。
【実施例2】
合成例1に従って製造したグリコリド(ロットB)の不純物を定量したところ、グリコール酸80ppm、グリコール酸二量体700ppm、及び水45ppmであった。したがって、不純物の全プロトン濃度は、0.099mol%であった。このグリコリド22,500gを用い、全プロトン濃度を0.13mol%に調整するために水0.76g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.34gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【実施例3】
合成例2に従って製造したグリコリドの不純物を定量したところ、グリコール酸70ppm、グリコール酸二量体420ppm、及び水35ppmであった。したがって、不純物の全プロトン濃度は、0.053mol%であった。このグリコリド22,500gを用い、全プロトン濃度を0.13mol%に調整するために水2.40g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.27gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
【実施例4】
合成例3に従って製造したグリコリドの不純物を定量したところ、グリコール酸70ppm、グリコール酸二量体500ppm、及び水21ppmであった。したがって、不純物の全プロトン濃度は、0.068mol%であった。このグリコリド22,500gを用い、全プロトン濃度を0.13mol%に調整するために水1.82g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.36gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
[比較例1]
合成例1に従って製造した別のロットのグリコリド(ロットC)の不純物を定量せず、そのまま溶解槽に22,500g仕込み、二塩化スズ2水和物0.060gを加え、水は添加しなかった。以降の操作は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
[比較例2]
合成例1に従って製造した別のロットのグリコリド(ロットC)の不純物を定量せず、そのまま溶解槽に22,500g仕込み、二塩化スズ2水和物0.060g、及び水4.54gを加えた。水の添加量4.54gは、ロットCのグリコリドの純度が100%であると仮定した場合に、全プロトン濃度が0.13mol%に設定される量に相当するものである。以降の操作は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。
[比較例3]
合成例1に従って製造した別のロットのグリコリド(ロットC)の不純物を定量せず、そのまま溶解槽に22,500g仕込み、二塩化スズ2水和物0.060g、及び1−ドデシルアルコール46.9gを加えた。1−ドデシルアルコールの添加量46.9gは、ロットCのグリコリドの純度が100%であると仮定した場合に、全プロトン濃度が0.13mol%に設定される量に相当するものである。以降の操作は、実施例1と同様に行った。結果を表1に示す。

実施例1〜4の実験結果は、各不純物の含有量と不純物の全プロトン濃度が異なるグリコリドを用いた場合であっても、水の添加により設定プロトン濃度を調整することによって、所望の溶融粘度と重量平均分子量とを有し、残留モノマー量の少ない開環重合体が得られることを示している。
グリコリド中の不純物の含有量を測定せずに重合した場合(比較例1〜3)、生成ポリマー(開環重合体)中の揮発分量が多くなったり、溶融粘度及び重量平均分子量が小さいことが分かる。したがって、設定プロトン濃度を調整しても、所望の溶融粘度と重量平均分子量が得られず、残留モノマー量も変動する。特に、水を添加しない場合(比較例1)には、ポリマー中の揮発分量が多くなる。また、高級アルコールを添加した場合(比較例3)には、生成ポリマーの溶融粘度が低く、揮発分量も多い。
したがって、グリコリド中の不純物を定量し、かつ、溶解槽内の水分(湿気)量まで定量し、そして、水を分子量調整剤として使用して設定プロトン濃度を調整することにより、目標通りの溶融粘度と重量平均分子量を有し、揮発分が少なく、黄色度(YI)も小さい開環重合体が得られることが分かる。
【実施例5】
合成例1に従って製造した別のロットのグリコリド(ロットD)の不純物を定量したところ、グリコール酸60ppm、グリコール酸二量体460ppm、及び水21ppmであった。したがって、不純物の全プロトン濃度は、0.062mol%であった。
スチームジャケット構造と撹拌機を備え、密閉可能な12リットルのSUS製容器(溶融槽)内に、上記グリコリド2,000g、二塩化スズ2水和物0.060g(30ppm)、及び水0.13g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.08gを考慮〕を加え、全プロトン濃度を0.13mol%に調整した。
容器を密閉し、攪拌しながらジャケットにスチームを循環させて、内容物の温度が100℃になるまで加熱した。この内容物は、加熱途中で溶融し均一な液体になった。この内容物は、加熱途中で均一な液体となった。内容物の温度を100℃に保持したまま、内径25mmの金属(SUS304)製管からなる装置に移した。この装置は、管が設置されている本体部と金属(SUS304)製の上下板からなり、本体部と上下板のいずれもジャケット構造を備えており、このジャケット部に熱媒体油を循環させる構造になっている。内容物を該装置に移送する際には、下板を取り付けてあり、各管内に移送が終了したら、直ちに上板を取り付けた。本体部及び上下板のジャケット部に170℃の熱媒体油を循環させ、7時間保持した。所定時間後、ジャケットに循環させている熱媒体油を冷却することにより、重合装置を冷却した。室温付近まで冷却し、下板を取り外し、生成ポリグリコール酸の塊状物を取り出した。この重合方式によれば、収率は、ほぼ100%になる。塊状物を粉砕機により粉砕した。得られた粉砕物について、物性を測定した。結果を表2に示す。
分子量調整剤として水を用いてグリコリドの開環重合を行う場合、前記の如き重合条件(モノマーの精製度、重合装置の種類、触媒の種類と量、重合温度、重合時間など)を前提として、実験により蓄積したデータベースに基づいて回帰分析を行うと、これらの間には、以下のような非線形の関係式の得られることが分かった。
すなわち、独立変数(説明変数)として全プロトン濃度(x)を用い、開環重合体の溶融粘度(y)を従属変数(被説明変数)とすると、これらの間には、以下のような半対数モデルの非線形の関係式(1)を得ることができる。
y=a・b (1)
前記重合条件下では、a=10000、b=0.0004325である。この式(1)は、下記の式(2)
log y=log a+xlog b (2)
に書き変えることができ、より具体的に、データベースから下記式(3)
log y=4.00×−3.364x (3)
が導き出される。
上記半対数モデルの関係式は、重相関及び重決定Rが高く(R=0.9986)、実験データに最も近似していることが判明した。実施例1において、水を添加することにより全プロトン濃度を0.13mol%に設定したのは、溶融粘度が約3,600Pa・sの開環重合体を得るためである。その結果、表2に示すように、溶融粘度が3,490Pa・sの開環重合体を得ることができた。
【実施例6】
全プロトン濃度を0.18mol%に調整するために水0.28g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.08gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例5と同様に行った。水を添加して全プロトン濃度を0.18mol%に調整したのは、溶融粘度が約2,500Pa・sの開環重合体を得るためであったが、その結果、溶融粘度が2,550Pa・sの開環重合体が得られた。結果を表2に示す。
【実施例7】
全プロトン濃度を0.22mol%に調整するために水0.43g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.05gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例5と同様に行った。水を添加して全プロトン濃度を0.22mol%に調整したのは、溶融粘度が約1,800Pa・sの開環重合体を得るためであったが、その結果、溶融粘度が1,920Pa・sの開環重合体が得られた。結果を表2に示す。
【実施例8】
全プロトン濃度を0.47mol%に調整するために水1.16g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.11gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例5と同様に行った。水を添加して全プロトン濃度を0.47mol%に調整したのは、溶融粘度が約260Pa・sの開環重合体を得るためであったが、その結果、溶融粘度が260Pa・sの開環重合体が得られた。結果を表2に示す。
[比較例4]
水を添加しなかったこと以外は、実施例5と同様に行った。溶解槽内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.08gを考慮すると、全プロトン濃度は、0.09mol%であった。結果を表2に示す。

表2の結果から明らかなように、本発明の方法によれば(実施例5〜8)、少量の水を添加することにより、目的とする溶融粘度を持つグリコリドの開環重合体(ポリグリコール酸)を得ることができる。
実施例7及び8に特に顕著に表われているのは、水を分子量調整剤として用いると、溶融粘度や重量平均分子量が比較的小さい領域では、黄色度(YI)が著しく改善される傾向である。溶融粘度が低く、黄色度(YI)が小さな開環重合体は、射出成形用ポリマーとして好適である。
水を添加しない場合(比較例4)には、開環重合体中の揮発分量が多くなる。
これに対して、水を分子量調整剤として使用すると(実施例5〜8)、揮発分量を顕著に減らすことができる。
【実施例9】
全プロトン濃度(設定プロトン濃度)を0.22mol%に調整するために水0.42g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.07gを考慮〕を加えて、重合装置の本体及び上下板のジャケット部に200℃の熱媒体油を循環させ5時間保持したこと以外は、実施例7と同様に行った。結果を表3に示す。
[比較例5]
水を添加しなかったこと以外は、実施例9と同様に行った。溶解槽内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.09gを考慮すると、全プロトン濃度は,0.09mol%であった。結果を表3に示す。

実施例9は、実施例7において、重合温度を170℃から200℃に変更し、かつ、重合時間を7時間から5時間に変更した場合に相当するが、揮発分量が少なく、黄色度(YI)が小さな開環重合体が得られている。これに対して、比較例5は、比較例4において、重合温度を170℃から200℃に変更し、かつ、重合時間を7時間から5時間に変更した場合に相当するが、揮発分量が多く、黄色度(YI)も大きい開環重合体が得られている。
【実施例10】
合成例1に従って製造した別のロットのグリコリド(ロットE)の不純物を定量したところ、グリコール酸50ppm、グリコール酸二量体360ppm、及び水33ppmであった。したがって、不純物の全プロトン濃度は、0.060mol%であった。このグリコリド22,500g、二塩化スズ2水和塩0.68g(30ppm)、及び水2.11g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.34gを考慮〕を加え、全プロトン濃度0.13mol%に調整したこと以外は、実施例1と同様に行った。結果を表4に示す。
【実施例11】
実施例10で使用したのと同じグリコリドをアルミニウム製の缶に入れ、乾燥窒素でパージした後、蓋をして室温で放置した。4週間後、ドライボックス中でその缶を開け、グリコリドを一部取り出して分折したところ、グリコール酸100ppm、グリコール酸二量体1,000ppm、水21ppmを含有し、不純物全プロトン濃度が0.115mol%に変化していた。このグリコリドを用い、全プロトン濃度(設定プロトン濃度)を0.13mol%に調整するために水0.17g〔溶解容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.35gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例10と同様に行った。結果を表4に示す。
【実施例12】
実施例11と同様にして4週間保存したグリコリドについて、不純物の分析を行うことなく、保存前と同じ不純物量(すなわち、不純物全プロトン濃度0.060mol%)であると仮定して、実施例10と全く同じように、水2.11g〔溶解容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.35gを考慮〕を加えた。実際の全プロトン濃度(設定プロトン濃度)は、0.1855mol%となっている。結果を表4に示す。

実施例10と実施例11とを対比すると、貯蔵中にグリコリドに含まれる不純物量が増大し、不純物全プロトン濃度が変動しても、分子量調整剤として水を添加して、設定プロトン濃度を調整すると、ほぼ同じレベルの溶融粘度、重量平均分子量、黄色度(YI)を有する開環重合体の得られることが分かる。
実施例12の場合には、グリコリドの経時変化による不純物の分析を行わずに、不純物全プロトン濃度が一定に保持されていると仮定して添加する水の量を決めたので、実施例10に比べて、溶融粘度、重量平均分子量、黄色度(YI)がかなり変化した開環重合体が得られている。勿論、実施例12においても、重合前に不純物の分析を行えば、水の添加により所望の設定プロトン濃度にすることにより、所望の溶融粘度などの値を有する開環重合体を得ることが可能である。
【実施例13】
モノマーとして、合成例1と同じ方法により製造したグリコリド22,050g(グリコール酸50ppm、グリコール酸二量体380ppm、水20ppm;不純物全プロトン濃度0.053mol%)と、L−ラクチド450g(乳酸0ppm、乳酸二量体270ppm、水8ppm;不純物全プロトン濃度0.030mol%)とを用い、全プロトン濃度(設定プロトン濃度)を0.105mol%に調整するために水1.45g〔容器内の雰囲気中に含まれる水分(湿気)量0.27gを考慮〕を加え、重合装置のジャケット部に170℃熱媒体油を循環させ、また、上下板の温度も170℃に保温し、24時間保持したこと以外は、実施例10と同様に行った。重合終了後、生成ポリ(グリコール酸/L−乳酸)共重合体の塊状物の収率は、ほぼ100%であった。この塊状物を、粉砕機により粉砕し、その粉砕物の諸物性を測定した。結果を表5に示す。
【実施例14】
グリコリド22,050g(グリコール酸70ppm、グリコール酸二量体360ppm、水20ppm;不純物全プロトン濃度0.054mol%)と、L−ラクチド450g(乳酸0ppm、乳酸二量体270ppm、水8ppm;不純物全プロトン濃度0.030mol%)とを用い、全プロトン濃度(設定プロトン濃度)を0.124mol%に調整するために水2.06g〔容器内の雰囲気に含まれる水分(湿気)0.36gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例13と同様に行った。重合終了後、生成ポリ(グリコール酸/L−乳酸)共重合体の塊状物の収率は、ほぼ100%であった。この塊状物を、粉砕機により粉砕し、その粉砕物の諸物性を測定した。結果を表5に示す。
[比較例6]
水を添加しないこと以外は、実施例13と同様に行った。溶解容器内の雰囲気に含まれる水分(湿気)0.36gを考慮すると、全プロトン濃度は、0.064mol%であった。重合終了後、生成ポリグリコール酸の塊状物の収率は、ほぼ100%であった。結果を表5に示す。

実施例13及び14の結果から、グリコリドとラクチドとの開環共重合体の場合にも、水が分子量調整剤として効果的であり、揮発分量が少なく、所望の溶融粘度と重量平均分子量を有する開環共重合体の得られることが分かる。分子量調整剤として水を用いない場合(比較例6)には、揮発分量が多く、溶融粘度が所望の値より低い開環共重合体が得られ、黄色度(YI)も大きくなる。
【実施例15】
グリコリド21,375g(グリコール酸60ppm、グリコール酸二量体460ppm、水21ppm;不純物全プロトン濃度0.063mol%)と、L−ラクチド1,125g(乳酸0ppm、乳酸二量体270ppm、水8ppm;不純物全プロトン濃度0.030mol%)を用い、全プロトン濃度(設定プロトン濃度)を0.095mol%に調整するために水0.90g〔容器内の雰囲気に含まれる水分(湿気)0.27gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例12と同様に行った。重合終了後、生成ポリ(グリコール酸/L−乳酸)共重合体の塊状物の収率は、ほぼ100%であった。この塊状物の粉砕物の諸物性を測定した。結果を表6に示す。
【実施例16】
グリコリド21,375g(グリコール酸60ppm、グリコール酸二量体570ppm、水30ppm、不純物全プロトン濃度0.078mol%)と、L−ラクチド1,125g(乳酸0ppm、乳酸二量体270ppm、水8ppm、不純物全プロトン濃度0.030mol%)を用い、全プロトン濃度(設定プロトン濃度)を0.117mol%に調整するために水1.12g〔容器内の雰囲気に含まれる水分(湿気)0.31gを考慮〕を加えたこと以外は、実施例14と同様に行った。重合終了後、生成ポリ(グリコール酸/L−乳酸)共重合体の塊状物の収率は、ほぼ100%であった。結果を表6に示す。
[比較例7]
水を添加しないこと以外は、実施例15と同様に行った。溶解容器内の雰囲気に含まれる水分(湿気)0.27gを考慮すると、全プロトン濃度は、0.069mol%であった。重合終了後、生成ポリグリコール酸の塊状物の収率は、ほぼ100%であった。結果を表6に示す。

実施例15及び16の結果から、グリコリドとラクチドとの開環共重合体の場合にも、水が分子量調整剤として効果的であり、揮発分量が少なく、所望の溶融粘度と重量平均分子量を有する開環共重合体の得られることが分かる。分子量調整剤として水を用いない場合(比較例7)には、揮発分量が多く、溶融粘度が所望の値より低い開環共重合体が得られ、黄色度(YI)も大きくなる。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、グリコリドなどの環状エステルを開環重合してポリグリコール酸などの脂肪族ポリエステルを製造する方法において、分子量調整剤として水を使用することにより、溶融粘度や分子量等の物性を正確に制御することができる製造方法が提供される。本発明によれば、高度に精製した環状エステルをモノマーとして使用し、該環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状エステルを開環重合して脂肪族ポリエステルを製造する方法において、水分含有率が60ppm以下の精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整することにより、脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量、及び黄色度のうちの少なくとも一つの物性を制御することを特徴とする脂肪族ポリエステルの製造方法。
【請求項2】
環状エステル中の全プロトン濃度が、環状エステル中に不純物として含まれるヒドロキシカルボン酸化合物と水との合計量に基づいて算出されるものである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
ヒドロキシカルボン酸化合物が、α−ヒドロキシカルボン酸及び直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマーである請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
水を添加する前の精製した環状エステル中に含まれる不純物の全プロトン濃度が0.01〜0.5モル%の範囲内である請求項1記載の製造方法。
【請求項5】
水を添加する前の精製した環状エステルの水分含有率が50ppm以下、α−ヒドロキシカルボン酸含有率が100ppm以下、かつ、直鎖状のα−ヒドロキシカルボン酸オリゴマー含有率が1,000ppm以下である請求項3記載の製造方法。
【請求項6】
精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を0.09モル%超過2.0モル%未満の範囲内に調整する請求項1記載の製造方法。
【請求項7】
精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整するに際し、予め求めておいた環状エステル中の全プロトン濃度と制御すべき物性値との間の関係式に基づいて、制御すべき物性の目標値に対応する全プロトン濃度となるように、環状エステルに添加する水の量を調整する請求項1記載の製造方法。
【請求項8】
前記関係式が、環状エステル中の全プロトン濃度を変化させて開環重合を行い、変化させた全プロトン濃度と、それぞれの全プロトン濃度の環状エステルの開環重合により得られた脂肪族ポリエステルの溶融粘度、分子量または黄色度の測定結果をデータベースとし、該データベースを回帰分析して得られる線形モデル、両対数モデルまたは半対数モデルの関係式である請求項7記載の製造方法。
【請求項9】
前記関係式が、環状エステルの全プロトン濃度xを独立変数とし、溶融粘度yを従属変数とする下記式(1)
y=a・b (1)
(式中、a及びbは、パラメータである。)
で表わされる半対数モデルの関係式である請求項8記載の製造方法。
【請求項10】
精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整した後、環状エステルを触媒の存在下に加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを開環重合して生成ポリマーを析出させる請求項1記載の製造方法。
【請求項11】
精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整した後、環状エステルを触媒の存在下に溶融槽内で加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを両端が開閉可能な複数の管を備えた重合装置に移送し、各管内で密閉状態で開環重合して生成ポリマーを析出させる請求項1記載の製造方法。
【請求項12】
精製した環状エステルに水を添加して、環状エステル中の全プロトン濃度を調整した後、環状エステルを触媒の存在下に溶融槽内で加熱溶融させ、次いで、溶融状態の環状エステルを撹拌機付き反応缶で開環重合を進行させた後、生成したポリマーを取卸し、一度ポリマーを冷却固化させた後、ポリマーの融点以下の温度で固相重合を継続する請求項1記載の製造方法。
【請求項13】
環状エステルが、α−ヒドロキシカルボン酸の二分子間環状エステルまたはラクトンである請求項1記載の製造方法。
【請求項14】
α−ヒドロキシカルボン酸の二分子間環状エステルが、グリコリドまたはラクチドである請求項13記載の製造方法。
【請求項15】
環状エステルが、グリコリド単独またはグリコリド60重量%以上とグリコリドと開環共重合可能な他の環状モノマー40重量%以下との混合物である請求項1記載の製造方法。
【請求項16】
他の環状モノマーが、ラクチドである請求項15記載の製造方法。
【請求項17】
温度240℃及び剪断速度121sec−1で測定した溶融粘度が50〜6,000Pa・sのポリグリコール酸を得る請求項15記載の製造方法。
【請求項18】
重量平均分子量が50,000以上のポリグリコール酸を得る請求項15記載の製造方法。
【請求項19】
黄色度が4〜20のポリグリコール酸を得る請求項15記載の製造方法。
【請求項20】
重量平均分子量が200,000以下で、黄色度が10以下のポリグリコール酸を得る請求項15記載の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/033527
【国際公開日】平成16年4月22日(2004.4.22)
【発行日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−542842(P2004−542842)
【国際出願番号】PCT/JP2003/012881
【国際出願日】平成15年10月8日(2003.10.8)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】