説明

脊髄損傷治療剤

【課 題】 脊髄損傷を根本的に治療するのに有効な薬剤を提供することを目的とする。
【解決手段】 HGF蛋白質またはそれをコードするDNAを有効成分とする脊髄損傷治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は脊髄損傷治療剤に関し、更に詳しくは肝細胞増殖因子(以下、HGFと略記する。)またはそれをコードするDNAを有効成分とする脊髄損傷治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄損傷(spinal cord injury:SCI)とは、交通事故や高所転落に伴う脊脱臼骨折などの外傷で、脊髄実質が損傷されることにより、損傷部以下の末梢の運動・感覚・自律神経系の麻痺を呈する病態のことである。
現在、脊髄損傷の患者は、日本では約10万人、米国では25万人に及ぶとされており、年間日本では5千人、米国では1万人以上の患者が増加している。
【0003】
近年医療の進歩に伴い受傷後の生存率は上昇し、障害の進行を抑えるべく脊椎骨損傷の再建手術の方法も飛躍的に進歩してきた。したがって、2次的な神経症状の増悪を抑えることも成功しはじめている。さらに、リハビリテーションによる機能回復訓練技術の向上や補助器具(電動車いす等)の開発等により、患者の日常生活動作(ADL)が向上してきてはいる。しかし、根本的な脊髄損傷自体(神経損傷からの神経保護・再生)への有効な治療法がないために、自立した排尿・排便・手作業や歩行が不能な患者が大量に存在しているのが現状である。
【0004】
一方、HGFは、最初に成熟肝細胞に対する強力なマイトージェンとして同定され、1989年にその遺伝子クローニングがなされた(非特許文献1、2)。HGFは肝細胞増殖因子として発見されたが、ノックアウト/ノックインマウスの手法を含む発現および機能的解析における近年の多数の研究により、HGFは新規な神経栄養因子であることも明らかにされた(非特許文献3、4)。
【0005】
なお、特許文献1には、パーキンソン病モデルラットを用いて、HGF遺伝子のモデルラットへの作用効果を行動学的におよび組織学的に検討した実施例が示されており、HGF遺伝子の前投与により中脳黒質ドーパミンニューロンを神経毒6−OHDAから保護し、パーキンソン病モデルラットの症状を抑えたとの実験結果が示されている。そして、この特許文献1では、このような実験結果に基づいて、HGF遺伝子がパーキンソン病のみならず、アルツハイマー病、脊髄小脳変性症、多発性硬化症、線条体黒質変性症、脊髄性筋萎縮症、ハンチントン舞踏病、シャイ・ドレーガー症候群、シャルコー・マリー・トース病、フリードライヒ失調症、重症筋無力症、ウイリス動脈輸閉塞症、アミロイドーシス、ピック病、スモン病、皮膚筋炎・多発性筋炎、クロイツフェルド・ヤコブ病、ベーチェット病、全身性エリテマドーデス、サルコイドーシス、結節性動脈周囲炎、後縦靭帯骨化症、広範性脊柱狭窄症、混合性結合組織病、糖尿病性末梢神経炎、虚血性脳血管障害(脳梗塞、脳出血など)などの神経疾患の治療にも適用できるとし、かかる神経疾患の1つとして脊髄損傷も挙げられている。
【0006】
しかしながら、パーキンソン病は中脳黒質部のドーパミン作動性ニューロンという特定種のニューロンが選択的に脱落する神経変性疾患であるのに対して、脊髄損傷は主に外傷により脊髄内の多くの種類のニューロンやグリアが広汎に非選択的に傷害される疾患であり、臨床的には全く異なる病態を示す。このため、パーキンソン病モデルラットの上記実験結果のみから、脊髄損傷の治療に有効であるとは到底いえず、また有効であったとする報告もない。
【特許文献1】WO2003/045439
【非特許文献1】Biochem.Biophys.Res.Commun.,122,1450−1459(1984)
【非特許文献2】Nature,342,440−443(1989)
【非特許文献3】Nat.Neurosci.,2,213−217(1999)
【非特許文献4】Clin.Chim.Acta.,327,1−23(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、脊髄損傷を根本的に治療するのに有効な薬剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく種々研究を重ねた結果、HGF蛋白質またはそれをコードするDNAが脊髄損傷に対して優れた治療効果を奏することを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、
(1)HGF蛋白質またはそれをコードするDNAを有効成分とする脊髄損傷治療剤、
(2)有効成分がHGF蛋白質である前記(1)記載の治療剤、
(3)有効成分がHGF蛋白質をコードするDNAである前記(1)記載の治療剤、
(4)HGFが、配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列を含む蛋白質、配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質であってHGFとして作用する蛋白質、又はこれらの部分ペプチドであってHGFとして作用するペプチドである前記(2)記載の治療剤、
(5)HGF蛋白質をコードするDNAが、配列番号3又は4で表される塩基配列からなるDNA、あるいは配列番号3又は4で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつHGFとして作用する蛋白質をコードするDNAである前記(3)記載の治療剤、
(6)脊髄損傷部位に局所適用するための前記(1)〜(5)のいずれかに記載の治療剤、および
(7)髄腔内投与用注射剤の剤型である前記(6)記載の治療剤、
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の治療剤は、脊髄損傷に対して極めて優れた治療効果を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で使用されるHGF蛋白質は公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。HGF蛋白質の製造方法としては、例えばHGF蛋白質を産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清等から分離、精製して該HGF蛋白質を得ることができる。あるいは遺伝子工学的手法によりHGF蛋白質をコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主細胞に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGF蛋白質を得ることもできる。(例えば、特開平5−111382号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.1989年、第163巻,p.967等を参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母又は動物細胞等を用いることができる。このようにして得られたHGF蛋白質は、天然型HGF蛋白質と実質的に同じ作用を有する限り、そのアミノ酸配列中の1若しくは複数個〔例えば、数個(例えば1〜8個;以下同様である。)〕のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加されていてもよく、また同様に糖鎖が置換、欠失若しくは付加されていてもよい。そのようなHGF蛋白質として、下記する5アミノ酸欠損型HGF蛋白質を挙げることができる。ここで、アミノ酸配列について、「1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加」とは、遺伝子工学的手法、部位特異的突然変異誘発法等の周知の技術的方法により、又は天然に生じうる程度の数(1〜数個)が、欠失、置換若しくは付加等されていることを意味する。糖鎖が置換、欠失若しくは付加したHGF蛋白質とは、例えば天然のHGF蛋白質に付加している糖鎖を酵素等で処理し糖鎖を欠損させたHGF蛋白質、また糖鎖が付加しない様に糖鎖付加部位のアミノ酸配列に変異が施されたもの、あるいは天然の糖鎖付加部位とは異なる部位に糖鎖が付加するようアミノ酸配列に変異が施されたもの等をいう。
さらに、HGF蛋白質のアミノ酸配列と少なくとも約80%以上の相同性を有する蛋白質、好ましくは約90%以上の相同性を有する蛋白質、より好ましくは約95%以上の相同性を有する蛋白質であって、かつHGFとして作用する蛋白質も含まれる。上記アミノ酸配列について「相同」とは、蛋白質の一次構造を比較し、配列間において各々の配列を構成するアミノ酸残基の一致の程度の意味である。
【0012】
上記HGF蛋白質としては、例えば配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列等が挙げられる。配列番号2で表されるHGF蛋白質は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の161〜165番目の5個のアミノ酸残基が欠失している5アミノ酸欠損型HGF蛋白質である。配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質は、両者ともヒト由来の天然HGF蛋白質であって、HGFとしてのマイトゲン活性、モートゲン活性等を有する。
配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一であるアミノ酸配列を含む蛋白質としては、配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列と少なくとも約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む蛋白質、例えば配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列から、1〜数個のアミノ酸残基を挿入又は欠失させたアミノ酸配列、1〜数個のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基と置換させたアミノ酸配列又は1〜数個のアミノ酸残基が修飾されたアミノ酸配列等を含む蛋白質であってHGFとして作用する蛋白質であることが好ましい。挿入されるアミノ酸又は置換されるアミノ酸は、遺伝子によりコードされる20種類のアミノ酸以外の非天然アミノ酸であってもよい。非天然アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基を有する限りどのような化合物でもよいが、例えばγ−アミノ酪酸等が挙げられる。
これらの蛋白質は、単独であっても、これらの混合蛋白質であってもよい。
【0013】
本発明に用いられるHGF蛋白質は、C末端がカルボキシル基(−COOH)、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)又はエステル(−COOR)のいずれであってもよい。ここでエステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピルもしくはn−ブチル等のC1−6アルキル基、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル等のC3−8シクロアルキル基、例えば、フェニル、α−ナフチル等のC6−12アリール基、例えば、ベンジル、フェネチル等のフェニル−C1−2アルキル基もしくはα−ナフチルメチル等のα−ナフチル−C1−2アルキル基等のC7−14アラルキル基のほか、ピバロイルオキシメチル基等が用いられる。本発明で用いられるHGF蛋白質が、C末端以外にカルボキシル基(又はカルボキシレート)を有している場合、カルボキシル基がアミド化又はエステル化されているものも本発明におけるHGF蛋白質に含まれる。この場合のエステルとしては、例えば上記したC末端のエステル等が用いられる。さらに、本発明に用いられるHGF蛋白質には、上記した蛋白質において、N末端のメチオニン残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチル等のC2−6アルカノイル基等のC1−6アシル基等)で保護されているもの、N末端側が生体内で切断され生成したグルタミル基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば、−OH、−SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基等)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチル等のC2−6アルカノイル基等のC1−6アシル基等)で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖蛋白質等の複合蛋白質等も含まれる。
【0014】
本発明で用いるHGF蛋白質の部分ペプチド(以下、部分ペプチドと略記する場合がある。)としては、上記したHGF蛋白質の部分ペプチドであればいずれのものであってもよい。本発明において、部分ペプチドのアミノ酸の数は、上記したHGF蛋白質の構成アミノ酸配列のうち少なくとも約20個以上、好ましくは約50個以上、より好ましくは約100個以上のアミノ酸配列を含有するペプチド等が好ましい。本発明の部分ペプチドにおいては、C末端がカルボキシル基(−COOH)、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)又はエステル(−COOR)のいずれであってもよい。さらに、部分ペプチドには、上記したHGF蛋白質と同様に、N末端のメチオニン残基のアミノ基が保護基で保護されているもの、N端側が生体内で切断され生成したGlnがピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基が適当な保護基で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖ペプチド等の複合ペプチド等も含まれる。
【0015】
本発明に用いられるHGF蛋白質又はその部分ペプチドの塩としては、酸又は塩基との生理学的に許容される塩が挙げられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩等が挙げられる。
【0016】
本発明に用いられるHGF蛋白質の部分ペプチド又はその塩は、公知のペプチドの合成法に従って、あるいはHGF蛋白質を適当なペプチダーゼで切断することによって製造することができる。ペプチドの合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれでも良い。すなわち、HGF蛋白質を構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は、保護基を脱離することにより目的のペプチドを製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては、例えば、M.Bodanszky及びM.A.Ondetti、ペプチド・シンセシス(Peptide Synthesis),Interscience Publishers,New York(1966年)、Schroeder及びLuebke、ザ・ペプチド(The Peptide), Academic Press,NewYork(1965年)等に記載された方法が挙げられる。反応後は通常の精製方法、例えば、溶媒抽出・蒸留・カラムクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・再結晶等を組み合わせてHGF蛋白質の部分ペプチドを精製単離することができる。上記方法で得られる部分ペプチドが遊離体である場合は、公知の方法によって適当な塩に変換することができるし、逆に塩で得られた場合は、公知の方法によって遊離体に変換することができる。
【0017】
本発明の治療剤は、HGF蛋白質をコードするDNAを有効成分として含有することもできる。
HGF蛋白質をコードするDNAとしては、例えば、配列番号3又は4で表わされる塩基配列を有するDNA、又は配列番号3又は4で表わされる塩基配列を有するDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、HGF蛋白質と実質的に同質の活性、例えばマイトゲン活性、モートゲン活性等を有する蛋白質をコードするDNA等が挙げられる。なお、配列番号3又は4で表わされる塩基配列を有するDNAとハイブリダイズするDNAとは、例えば上記DNAをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味する。具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、約0.7〜1.0M程度の塩化ナトリウム存在下、約65℃程度でハイブリダイゼーションを行った後、約0.1〜2倍程度の濃度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムよりなる。)を用い、約65℃程度の条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAを挙げることができる。
【0018】
上記の配列番号3又は4で表される塩基配列を有するDNAとハイブリダイズするDNAとして具体的には、配列番号3又は4で表わされる塩基配列と約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列を有するDNA等が挙げられる。ハイブリダイゼーションは、公知の方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning,A laboratory Manual, Third Edition(J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab.Press,2001:以下、モレキュラー・クローニング第3版と略す。)に記載の方法等に従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
【0019】
さらに、本発明のHGF蛋白質をコードするDNAは上記に限定されず、発現する蛋白質がHGF蛋白質と実質的に同じ作用を有するDNAである限り、本発明のHGF蛋白質をコードするDNAとして使用できる。例えばHGF蛋白質の部分ペプチドをコードするDNA等もHGFとしての作用を有する部分ペプチドをコードするものであれば、本発明のHGF蛋白質をコードするDNAの範疇に含まれる。HGF蛋白質の部分ペプチドをコードするDNAとしては、上記した部分ペプチドをコードする塩基配列を有するDNAであればいかなるものであってもよい。また、上記のHGF蛋白質をコードするDNAと同様に、ゲノムDNA、ゲノムDNAライブラリー、上記した細胞・組織由来のcDNA、上記した細胞・組織由来のcDNAライブラリー、合成DNAのいずれでもよい。ライブラリーに使用するベクターは、バクテリオファージ、プラスミド、コスミド、ファージミド等いずれであってもよい。また、上記した細胞・組織よりmRNA画分を調製したものを用いて、直接RT−PCR法によって増幅することもできる。具体的な本発明の部分ペプチドをコードするDNAとしては、例えば、(a)配列番号3又は4で表わされる塩基配列を有するDNAの部分塩基配列を有するDNA、(b)配列番号3又は4で表わされる塩基配列を有するDNAの部分塩基配列を有するDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、HGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質をコードするDNA、又は上記(a)或いは(b)の部分塩基配列を有するDNA等が挙げられる。
該DNAは、例えば通常のハイブリダイゼーション法やPCR法等により容易に得ることができ、該DNAの取得は具体的には前記Molecular Cloning等の基本書等を参考にして行うことができる。
【0020】
なお、本発明で用いられるHGF蛋白質またはそれをコードするDNAは、ヒトに適用する場合は前記したヒト由来のものが好適に用いられるが、ヒト以外の哺乳動物に由来するHGF蛋白質またはそれをコードするDNAであってもよい。たとえば、ラット由来のHGF蛋白質は配列番号5で表され、ラットHGF蛋白質をコードするDNAは配列番号6で表される。
また、本発明で用いられるHGF蛋白質又は部分ペプチドをコードするRNAも、逆転写酵素によりHGF蛋白質又は部分ペプチドを発現することができるものであれば、本発明に用いることができ、本発明の範囲内である。また該RNAも公知の手段により得ることができる。
【0021】
本発明の脊髄損傷治療剤は、ヒトのほか、ヒト以外の哺乳動物(例えば、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコなど)にも適用できる。
【0022】
本発明の脊髄損傷治療剤を患者に投与する場合、その投与形態、投与方法、投与量などは、有効成分がHGF蛋白質の場合と、HGF蛋白質をコードするDNAの場合と若干異なる。
たとえば、有効成分がHGF蛋白質である場合は、種々の製剤形態、例えば液剤、固形剤等をとりうるが、一般的にはHGF蛋白質のみ又はそれと慣用の担体と共に注射剤、噴射剤、徐放性製剤(例えば、デポ剤)などとされる。上記注射剤は、水性注射剤又は油性注射剤のいずれでもよい。水性注射剤とする場合、公知の方法に従って、例えば、水性溶媒(注射用水、精製水等)に、医薬上許容される添加剤、例えば等張化剤(塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、マンニトール、ソルビトール、ホウ酸、ホウ砂、ブドウ糖、プロピレングリコール等)、緩衝剤(リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、グルタミン酸緩衝液、イプシロンアミノカプロン酸緩衝液等)、保存剤(パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル、クロロブタノール、ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、ホウ酸、ホウ砂等)、増粘剤(ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール等)、安定化剤(亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、アスコルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン等)又はpH調整剤(塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸、酢酸等)などを適宜添加した溶液に、HGF蛋白質を溶解した後、フィルター等で濾過して滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。また適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)又は非イオン界面活性剤(ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油50等)などを使用してもよい。油性注射剤とする場合、油性溶媒としては、例えば、ゴマ油又は大豆油等が用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル又はベンジルアルコール等を使用してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプル又はバイアルに充填される。注射剤中のHGF蛋白質含量は、通常約0.0002〜0.2w/v%程度、好ましくは約0.001〜0.1w/v%程度に調整される。なお、注射剤等の液状製剤は、凍結保存又は凍結乾燥等により水分を除去して保存するのが望ましい。凍結乾燥製剤は、用時に注射用蒸留水等を加え、再溶解して使用される。
【0023】
噴霧剤も製剤上の常套手段によって調製することができる。噴霧剤として製造する場合、その添加剤としては、一般に吸入用製剤に使用される添加剤であればいずれのものであってもよく、例えば、噴射剤の他、上記した溶剤、保存剤、安定化剤、等張化剤、pH調整剤などが用いられる。噴射剤としては、液化ガス噴射剤又は圧縮ガス等が用いられる。液化ガス噴射剤としては、例えば、フッ化炭化水素(HCFC22、HCFC−123、HCFC−134a、HCFC142等の代替フロン類等)、液化石油、ジメチルエーテル等が挙げられる。圧縮ガスとしては、例えば、可溶性ガス(炭酸ガス、亜酸化窒素ガス等)又は不溶性ガス(窒素ガス等)などが挙げられる。
【0024】
また、本発明で用いられるHGF蛋白質は、生体分解性高分子と共に、徐放性製剤(例えばデポ剤)とすることもできる。HGF蛋白質は特にデポ剤とすることにより、投薬回数の低減、作用の持続性及び副作用の軽減等の効果が期待できる。該徐放性製剤は公知の方法に従って製造することができる。本徐放性製剤に使用される生体内分解性高分子は、公知の生体内分解性高分子のなかから適宜選択できるが、例えばデンプン、デキストラン又はキトサン等の多糖類、コラーゲン又はゼラチン等の蛋白質、ポリグルタミン酸、ポリリジン、ポリロイシン、ポリアラニン又はポリメチオニン等のポリアミノ酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸重合体又は共重合体、ポリカプロラクトン、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸、ポリリンゴ酸、ポリ酸無水物又はフマル酸・ポリエチレングリコール・ビニルピロリドン共重合体等のポリエステル、ポリオルソエステル又はポリメチル−α−シアノアクリル酸等のポリアルキルシアノアクリル酸、ポリエチレンカーボネート又はポリプロピレンカーボネート等のポリカーボネート等である。好ましくはポリエステル、更に好ましくはポリ乳酸又は乳酸・グリコール酸重合体又は共重合体である。ポリ乳酸−グリコール酸重合体又は共重合体を使用する場合、その組成比(乳酸/グリコール酸)(モル%)は徐放期間によって異なるが、例えば徐放期間が約2週間ないし3カ月、好ましくは約2週間ないし1カ月の場合には、約100/0ないし50/50である。該ポリ乳酸−グリコール酸重合体又は共重合体の重量平均分子量は、一般的には約5,000ないし20,000である。ポリ乳酸−グリコール酸共重合体は、公知の製造法、例えば特開昭61−28521号公報に記載の製造法に従って製造できる。生体分解性高分子とHGF蛋白質の配合比率は特に限定はないが、例えば生体分解性高分子に対して、HGF蛋白質が約0.01〜30w/w%程度である。
【0025】
投与方法としては、注射剤もしくは噴霧剤を直接脊髄損傷のある組織に直接注射(髄腔内(intrathecal)投与、徐放性ポンプによる髄腔内持続投与など)もしくは噴霧するか、あるいは徐放性製剤(デポ剤)を脊髄損傷のある組織に近い部位に埋め込むのが好ましい。また、投与量は、剤形、疾患の程度又は年齢等に応じて適宜選択されるが、通常、1回当たり1μg〜500mg、好ましくは10μg〜50mgである。また、投与回数も剤形、疾患の程度又は年齢等に応じて適宜選択され、1回投与とするか、ある間隔をおいて持続投与とすることもできる。持続投与の場合、投与間隔は1日1回から数ヶ月に1回でよく、例えば、徐放性製剤(デポ剤)による投与や徐放性ポンプによる髄腔内持続投与の場合は、数ヶ月に1回でもよい。
【0026】
一方、有効成分がHGF蛋白質をコードするDNAである場合は、その投与形態としては非ウイルスベクターを用いる場合と、ウイルスベクターを用いる場合とに別れ、その投与方法は常法により行うことができる。
非ウイルスベクターを用いる場合は、慣用の遺伝子発現ベクターが組み込まれた組換え発現ベクターを用いて脊髄損傷の組織へ導入される。組織への遺伝子導入法としては、内包型リポソームによる遺伝子導入法、静電気型リポソームによる遺伝子導入法、HVJ−リポソーム法、HVC−Eベクターを用いる方法、改良型HVJ−リポソーム法、HVC−Eベクターを用いる方法、レセプター介在性遺伝子導入法、パーティクル銃で担体と共にDNA分子を細胞に移入する方法、naked−DNAの直接導入法、正電荷ポリマーによる導入法などに供することにより、組換え発現ベクターを脊髄神経細胞などの細胞に取り込ませることができる。
【0027】
また、ウイルスベクターを用いる場合は、無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)などのDNAウイルスまたはRNAウイルスに目的とする遺伝子を導入し、細胞に組換えウイルスを感染させることにより、細胞内にHGF蛋白質をコードするDNAを導入することが可能である。
【0028】
本発明の遺伝子治療剤の患者への適用法は、該治療剤を直接脊髄損傷のある組織(例えば、髄腔内)に直接導入するin vivo法、および該組織から細胞を取り出し体外で遺伝子治療剤を該細胞に導入し、その細胞を脊髄損傷のある部位へ戻すex vivo法がある。本発明ではin vivo法が好ましい。
【0029】
HGF蛋白質をコードするDNAを患者に投与するには、常法、例えば別冊実験医学,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、別冊実験医学,遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、日本遺伝子治療学会編遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス,1999等に記載の方法に従って、行うことができる。
製剤形態としては、上記の各投与形態に合った種々の公知の製剤形態(例えば、注射剤、噴霧剤、徐放性製剤(デポ剤)、マイクロカプセル剤など)をとり得ることができる。注射剤、噴霧剤、徐放性製剤(デポ剤)はHGF蛋白質の場合と同様にして調製できる。また、マイクロカプセル剤とする場合、例えばHGF蛋白質をコードするDNA若しくはHGF蛋白質をコードするDNAを含む発現プラスミドを導入した宿主細胞等を芯物質としてこれを公知の方法(例えばコアセルベーション法、界面重合法又は二重ノズル法等)に従って被膜物質で覆うことにより直径約1〜500、好ましくは約100〜400μmの微粒子として製造することができる。被膜物質としては、カルボキシメチルセルロース、セルロースアセテートフタレート、エチルセルロース、アルギン酸又はその塩、ゼラチン、ゼラチン・アラビアゴム、ニトロセルロース、ポリビニルアルコール又はヒドロキシプロピルセルロース、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、キトサン−アルギン酸塩、硫酸セルロース−ポリ(ジメチルジアリル)アンモニウムクロライド、ヒドロキシエチルメタクリレート−メチルメタクリレート、キトサン−カルボキシメチルセルロース、アルギン酸塩−ポリリジン−アルギン酸塩等の膜形成性高分子が挙げられる。
製剤中のDNAの含量や投与量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重等により適宜調節することができるが、投与量は、通常、HCV−HGF(ヘルペス単純ウイルス−1由来ベクターにHGF遺伝子を導入したもの)に換算して、1.5×10pfu〜1.5×1012pfu、好ましくは1.5×10pfu〜1.5×1010pfuであり、これを数日ないし数ヶ月に1回投与するのが好ましい。
【0030】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
また、以下の実施例においては、HGF蛋白質をコードするDNAは、ラットHGF蛋白質のcDNAを用いた。このラットHGFcDNAの遺伝子配列は配列番号6の通りである。
【実施例】
【0031】
[材料および方法]
(試験動物)
妊娠正期のSDラットを、12時間明・12時間暗サイクル下にある温度調整された部屋で個々の飼育箱で飼育した。一方、生後ニューロン中のHGFの目標発現に特徴を有し、ニューロン特異的エノラーゼ遺伝子プロモーターのコントロール下にあるHGF過剰発現トランスジェニックマウス(NSE−HGF−Tg)を、Sunらの方法(J.Neurosci.2002,22,6537−6548)によって作成した。野生型同腹子をコントロールとして使用した。全ての実験は慶應義塾大学医学部の“実験動物の飼育と使用ガイドライン”に従って実施した。
【0032】
(脊髄損傷動物の調製)
ラットに脊髄損傷を生じさせるために、成体雌性SDラットをケタミンおよびキシジンの腹腔内投与により麻酔し、第10胸椎(以下、T10という。)の椎弓および棘突起を除去して硬膜の環状部位を露出させた。第9胸椎(以下、T9という。)および第11胸椎(以下、T11という。)の棘突起を組織鉗子で挟みつけ、ついでそれをコプフ(Kopf)のラット脊椎止め具で固定して脊柱を安定化させた。棘突起によりラットの胸部が懸垂するように止め具を上昇させた。T10レベルの露出した硬膜上に1Hインパクターを用いて200kDyneの圧挫損傷モデルを作成した。脊髄損傷後、ラットの筋層を椎弓切除部位で縫合し、皮膚を損傷クリップで閉じた。術後、生理食塩水5mlの皮下注射と抗生物質の筋肉内注射を毎日行い、排尿反射が回復するまで、用手的排尿を1日2回施行した(図1)。
【0033】
マウスの脊髄損傷のために、成体NSE−HGFトランスジェニックマウスおよびそれの野生型同腹子にHSV−HGFまたはHSV−LacZを脊髄損傷3日前に注射した。すなわち、マウスを深く麻酔し、T10硬膜をラットの場合と同様にして露出させ、5μlのHSV−HGFまたはHSV−LacZをコプフ(Kopf)の定位固定インジェクターを用いて注射した。次いで1Hインパクターを用いて60kDyneの脊髄損傷を引き起こした。
【0034】
(HSV調製とそのインビボ遺伝子導入)
HSV1764/−4/pR19−HGFウイルスベクターをZhaoらの方法で調製した。すなわち、HSV1764/−4/pR19GFP(J.Neurosci.2002,22,6537−6548)中の緑色蛍光蛋白質(GFP)遺伝子を、KT3エピトープ(ラットHGFKT3)でタグ化した全長ラットHGFcDNAで置き換え,このベクター(pR19ラットHGFKT3WPRE)の信頼性をシークエンス分析で確認した。そしてプラスミドpR19ラットHGFKT3WPREのDNAとHSV1764/−4/pR19GFPウイルスDNAのコトランスフェクションによりM49細胞において相同組み換えを実施した。白色プラークを選択し、3回精製し、抗ラットHGFポリクローナル抗体を用いる免疫染色法で、パルマー(Palmer)らの方法(J.Virol.,2000,74,5604−5618)により、複製能力のないウイルスを増殖させた。pR19ラットHGFKT3WPREのHSV−1ウイルスで感染させたM49細胞のならし培地中で、ラットHGF−KT3の発現と産生をウエスターンブロット分析およびラットHGFのELISAにより確認した。最終的に、1〜2×10pfu/mlの濃度でHSV1764/−4/pR19−HGFウイルス(HSV−HGF)を得た。これを本実験に用いた。
【0035】
成体雌性SDラットの脊髄のT10レベルの箇所に、ミニポンプを用いてベクター懸濁液5μlを定位注射した。その後経時的に、ラットを氷冷した4%パラホルムアルデヒド中で灌流固定し、切片を作成した。lacZ発現を視覚化するために、注射部位および神経系内での接続部位を、5mM K(CN)、5mM KFe(CN)O・6HO、1mM MgCl、および150μg/mlの4−クロロ−5−ブロモ−3−インドリル−ガラクトシダーゼ(X−Gal)を含む1×リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)で染色した。
【0036】
(定量的リアルタイムRT PCR)
障害を受けた脊髄または擬似手術された脊髄の近位、中位および遠位切片(各4mm)から、障害後所定時間後に、イソゲン(ISOGEN)試薬(日本ジーン社製)を用いて、全RNAを採取した。全RNAのうち、RNase無含有のDNase Iで前処理した1μgを、Superscript II逆転写酵素(ライフ テクノロジー社製)を用いてランダムヘキサプライマーにより逆転写して第1鎖cDNAとした。PRISM7000リアルタイムPCRシステム(ABI社製)を用いて増幅とオンライン定量を行った。リアルタイムPCR用のプライマーおよびプローブ、HGF、Met、およびGAPDHはABI社から入手した。プライマーおよびマウスHGFのTaqMan蛍光プローブ(パーキン・エルマー・バイオシステムズ社製)のための配列は次の通りである。
マウスHGFフォワードプライマー:
5’-AAG AGT GGC ATC AAG TGC CAG-3’ 配列番号7
リバースプライマー:
5’-CTG GAT TGC TTG TGA AAC ACC-3’ 配列番号8
プローブ:
5’(FAM)-TGA TCC CCC ATG AAC ACA GCT TTT TG-(TAMARA)3’ 配列番号9
実験サンプルは、同じPCRプロトコールを用い、連続希釈物を増幅することによって作成した標準曲線と対比した。RNA回収における変動を是正し逆転写の効率を確実にするために、gapdh cDNAを増幅して、各cDNAを定量した。相対的な数を目的遺伝子/gapdhとして算出した。
【0037】
(HGFの固相酵素免疫検定法(ELISA)分析)
組織中のHGFレベルを,抗ラットHGFポリクローナル抗体(特殊免疫研究所社製)を用い、船越らの方法(Clin Chim Acta,2003,327,1−23)により定量した。ラットHGF ELISAシステムは同様のアフィニティーでもって、ラットおよびマウスのHGFを特異的に検出する。
【0038】
(組織解析)
脊髄損傷もしくは擬似手術から一定時間後、マウスをジエチルエーテル吸入により深く麻酔し、次いでリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)中4%パラホルムアルデヒド溶液で心臓内灌流した。3つの4mm脊椎断片(吻側、中央、尾側)を取り出し、PBS中4%パラホルムアルデヒドで24時間、4℃で後固定(postfixed)した。組織サンプルをPBS中10%〜20%シュクロース溶液に24時間4℃で浸漬し、OCTコンパウンド(サクラファインテクニカル社)中に包埋した。包埋組織を液体窒素中で直ちに凍結し、8μmの軸方向もしくは長手方向の切片に切除した。ついで、切片をヘマトキリンおよびエオシン(HE)で二重染色し、一般の組織検査を行った。
【0039】
(免疫組織化学)
特異的抗体:(1)モノクローナル抗NeuN抗体(1:500希釈)、(2)モノクローナル抗GFAP抗体(1:500希釈)(ケミコン・インターナショナル社製)、(3)ポリクローナル抗c−Met抗体(1:50希釈)(サンタ・クルツ・バイオテック社製)で切片を染色した。すなわち、PBS中5%ヤギ血清・0.1%トリトンX−100で室温1時間ブロッキングを行った後、前記の抗体を4℃で一晩切片に適用した。この切片をPBSで洗浄後、Alexa488(緑)またはAlexa546(赤)フルオレッセンス(1:1,000希釈)で標識した二次抗体を用い、室温1時間インキュベートして免疫反応性を視覚化した。Hoechst33342(10μM)を用いるカウンター染色を実施して核形態を視覚化した。蛍光免疫染色した切片を蛍光顕微鏡で観察した。
【0040】
(行動分析)
脊髄損傷から一定時間後に、Basso−Beattie−Bresnahan(BBB)運動評価スケール(J.Neurotrauma,1995,12,1−21)を用いて、ラットまたはマウスの行動機能を評価した。
【0041】
(統計解析)
統計解析はStatview software package(SAS社製)を用いて実施し、統計的差分は対応のないt−検定により評価した。
【0042】
[結果]
1)ラットの脊髄損傷後、HGFおよびc−MetのmRNAは特徴的な経時的変化を示した。
脊髄損傷におけるHGFの役割を調べるために、HGFおよびc−Met/HGFレセプターのmRNAが脊髄損傷後に調節されているかどうかを定量的リアルタイムRT−PCRを用いて検討した。すなわち、成体雌性ラットを麻酔し、“材料および方法”の項で述べた方法により、定量的脊髄圧挫損傷をT10レベルで作成した。擬似手術ラットをコントロールとした。脊髄損傷から一定時間後に、3つの4mm胸部脊椎断片(吻側、中央、尾側)を切除し、全RNAを精製し、mRNA分析した。リアルタイムPCRの結果、脊髄損傷から1日および2日後に、吻側断片において、c−MetのmRNAレベルが著しく増大した。その後、脊髄損傷から1週間までc−MetのmRNAレベルは減少したが、コントロールの非障害脊髄のそれよりも高いレベルで維持された。c−MetのmRNAは脊髄損傷から2および3週間後に再び上昇し、そのレベルはコントロールの非障害脊髄に較べて3倍になった(図2A)。他方、HGFのmRNAレベルは脊髄の中央断片において、緩やかに上昇した。HGFのmRNAレベルは脊髄損傷後1〜2週間で特に高い値であった。吻側および尾側の脊髄断片において、HGF mRNAレベルは障害後わずかに上昇しただけであった(図2B)。これらの知見は、脊髄損傷後の脊髄におけるHGFおよびc−Metの誘導を明らかに示しており、かつ障害由来栄養因子としての機能を果たしている可能性を高めている。しかしながら、c−Metの高度の誘導とは対照的に、障害から1〜3日後の初期時点での著しいHGF誘導の欠如は、脊髄損傷後の初期の時点においてHGFが不十分なレベルで存在することを示唆しており、注目に値する。
【0043】
2)c−Metは、コントロールの非障害脊髄のニューロンで発現し、ラットで脊髄損傷から1週間後に反応性星状細胞において誘導される。
c−MetおよびNeuN(ニューロンマーカー)または星状細胞マーカーのいずれかとを二重免疫染色することにより、脊髄損傷後にどのタイプの細胞がHGF機能にかかわっているかを調べた。蛍光免疫染色により、c−Met免疫反応性(c−Met−IR)が正常な脊髄のNeuN−陽性のニューロンに存在していることが明らかになった。免疫反応性は大運動ニューロンにおいてより大きかった。c−Met−IRはGFAP陽性の星状細胞には存在していなかった(図3A)。これとは対照的に、c−Met−IRは損傷から1週間後に反応性星状細胞において誘導された(図3B)。この知見は、ALSから入手したマウスモデルの反応性星状細胞におけるc−Metの誘導(J.Neurosci.,2002,22,6537−6548)と一致しており、脊髄ニューロンおよび反応性星状細胞における脊髄損傷後のHGFに対する役割を示唆している。
【0044】
3)HGFのニューロン特異的なトランスジェニック過剰発現が脊髄組織像と運動機能障害を改善する。
脊髄損傷後の脊髄ニューロンにおけるHGFの役割を直接評価するために、本発明者らはニューロン特異的エノラーゼ(NSE)遺伝子プロモーターのコントロール下にあるHGFを過剰発現しているトランスジェニックマウス(NSE−HGF−Tgマウス)を利用した。ここで、誘導されたHGFの発現は、J.Neurosci.,2002,22,6537−6548に記載されているように、生後ニューロンに特異的に局在していた。1Hインパクターを用いて、NSE−HGF−Tgマウスおよびその野生型同腹子のT10レベルで、60kDyne脊髄打撲障害を作成し、HE染色した軸断片および矢状断片において組織学的差異を解析した。
【0045】
野生型同腹子の脊髄のHE染色した軸方向像において、脊髄構造が大きく破壊されていた。すなわち、多量の神経細胞死および炎症細胞浸潤がはっきりと見られた。加えて、脊髄損傷後、脊髄にいくつかの空洞が形成された(図4、上部パネル)。野生型同腹子の矢状方向像において、脊髄の広範囲にわたる神経細胞死に加えて、軸索変性が長い範囲ではっきりと見られた。野性型同腹子とは対照的に、NSE−HGF−Tgマウスの軸方向像および矢状方向像のいずれにおいても、より少ない神経細胞死とより少ない軸索変性が見られた(図4)。BBBスケールにより後肢運動機能解析から、脊髄損傷7日後から良好な機能回復が観察され、スコアは、その後、脊髄損傷42日後までさらに増加した(図5)。これらの知見は、ニューロン特異的なHGFの過剰発現は脊髄ニューロンにおける神経細胞変性および軸索変性を改善すること、およびHGFが脊髄の再生にとってより良好な環境を生じていることを明確に立証している。
【0046】
4)複製能力のないHSV1由来ベクターを用いるHGFの遺伝子導入は脊髄ニューロンおよびその軸索の変性を改善し、ラットの脊髄損傷モデルにおいて運動機能の回復を促進する。
トランスジェニックにおけるHGF過剰発現は人為的なアプローチであり、ヒトの患者に適用することは難しい。このため、本発明者らは次に、複製能力のないヘルペス単純ウイルス−1由来ベクター(HSV)を用いるHGFの遺伝子導入が、NSE−HGF−Tgマウスの結果を再現できるかどうかという問題に取り組んだ。ヘルペス単純ウイルス タイプ−1は向神経性の二重鎖DNAウイルスであり、大きな遺伝子を組み込む能力を有している。そのため、本発明者らは、必須の前初期遺伝子ICP27およびICP4の欠損による複製能力のないHSVを用いた。これはニューロン特異的でかつHSVの複製能を欠失させたものである(J.Virol.,2001,75(9),4343−4356)。複製能力のないHSVを用いた理由は、ニューロンを効率的に形質転換することが示されており、かつ筋萎縮性側索硬化症のトランスジェニックマウスモデルにおいて安全にかつ非毒性的にニューロンへ遺伝子導入して持続的な発現を行うためにHSVベクターを用いる可能性が示されていたためである。HSV1764/−4/pR19−HGFウイルス由来ベクター(HSV−HGF)は、“材料および方法”の項で記載した方法で調製した。また、HSV1764/−4/pR19−LacZウイルス由来ベクター(HSV−LacZ)はコントロールとして用いた。
【0047】
本発明者らは、まず、ミニポンプを組み込んだ定位固定インジェクターを用いてラットのT10脊髄にHSV−LacZを直接接種することにより脊髄ニューロンにLacZを効率的に導入できるかどうかを確認した。図6に示されているように、β−gal(β−ガラクトシダーゼ)染色により、多数の緑色β−gal染色されたLacZ発現ニューロンが、注入3日後に、脊髄にはっきりと認められ、これによりHSVを脊髄ニューロンへ首尾よく導入できることが立証された。
【0048】
本発明者らは、次に、HSV−HGFの脊髄ニューロンへの直接接種がNSE−HGF−Tgで示された向神経性活性を再現でき、ラットにおける脊髄損傷後の自発運動機能の結果に影響を与えるかどうかを検討した。脊髄損傷3日前に、成体雌性SDラットにHSV−HGFまたはHSV−LacZを前注入することにより、脊髄損傷後早い時点で、脊髄ニューロンにHGFまたはLacZを発現させた。その理由は、hgfレベルが、脊髄で高度に誘導されたc−metレベルと較べて、損傷後早い時点、すなわち1〜7日目には、相対的に低かったからである(図2)。HSV−HGF注入ラットおよびHSV−LacZ注入ラットに、1Hインパクターを用いて、“材料および方法”の項で述べた方法で、200kDyne量の脊髄打撲障害を生じさせた。脊髄のHE染色断片から、HSV−HGF注入群はHSV−LacZ注入群に較べて、脊髄損傷後に補修した組織の比率が大きく、また神経細胞死およびその軸索変性が少なかったことが分かった(図7)。さらに、BBBスコアから、HSV−HGF注入群はHSV−LacZ注入群に較べて、顕著に良好な運動能力を示したことが分かった(図8)。このことから、脊髄にラットHGFをHSV介在遺伝子で導入することが神経細胞保護および脊髄障害のラットモデルにおいて運動機能の回復に有益であることが分かる。
【0049】
なお、上記実施例はHGF遺伝子を導入したものであるが、HGF遺伝子の代わりに5残基欠失型リコンビナントヒトHGF蛋白質(配列番号2)を髄腔内注射(投与量:200μg/月)する以外は、上記と同様の実験を行うことにより、HGF蛋白質が脊髄損傷治療剤となることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明により、脊髄損傷の治療に有用な薬剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は脊髄損傷のラットモデルを模式的に示した図である。 成体雌性ラットを深く麻酔し、脊髄のT10レベルでIHインパクターを用いて、200kDyneの定量的脊髄圧挫損傷を作成した。4mmの断片(吻側、中央、尾側)を切除した。この断片は免疫染色に用いると共に、SCIから一定時間後にHGFおよびc−Metの定量的リアルタイムRT−PCRを行うために用いた。
【図2】ラットの脊髄損傷後の脊髄におけるc−MetおよびHGFのmRNAの発現変化を示す線図である。 全RNAをSCIから一定時間後に脊髄の各断片(吻側、中央、尾側)から精製し、c−met(A)およびhgf(B)の定量的リアルタイムRT−PCRを“材料および方法”の項で記載した方法で実施した。GAPDHをコントロールとして使用した。
【図3】正常な脊髄ニューロンにおいて発現されるc−Metと、反応性星状細胞においてラット脊髄損傷1週間後に誘導されるc−Metを示す写真である。 定量的脊髄圧挫損傷(200kDyne)を“材料および方法”の項で記載した方法で成体雌性SDラットの脊髄のT10レベルで作成した。ニューロンマーカーNeuNと星状細胞マーカーGFAPを用いるc−Metの二重標識免疫染色を正常コントロールラットとSCIラットで実施した。(A):コントロールラットの脊髄、(B):SCIから1週間後の障害ラットの脊髄
【図4】NSE−HGFマウスと野生型同腹子との、脊髄損傷後に補修した組織を示す写真である。 定量的脊髄圧挫損傷(200kDyne)を“材料および方法”の項で記載した方法でNSE−HGF−Tgおよび野生型同腹子の脊髄のT10レベルで作成し、HE染色した軸索断片および矢状断片を作成した。Wt:野生型同腹子、NSE−HGF:NSE−HGF−Tg
【図5】NSE−HGFトランスジェニックマウスと野生型同腹子との、脊髄損傷後のBBBスコアを示す線図である。 定量的脊髄圧挫損傷(200kDyne)を“材料および方法”の項で記載した方法でNSE−HGF−Tgおよび野生型同腹子の脊髄のT10レベルで作成し、後肢運動機能を所定時間にBBBスコアで分析した。Wt:野生型同腹子、NSE−HGF:NSE−HGF−Tg
【図6】複製能力のないHSV−LacZを脊髄に注入し、その3日後にβ−gal染色した矢状断片の写真である。 HSV−LacZ(1.5×10pfu/ml)5μlを、深麻酔下に、成体ラットの脊髄(T10レベル)に、ミニポンプを用いて定位固定的に注入した。注入3日後、ラットをPBS中の4%パラホルムアルデヒドで灌流し、PBS中の20%シュクロース溶液でクレオプロテクションし、冷凍断片を作成した。ついで、HSV−LacZベクターに起因するβ−ガラクトシダーゼ発現をβ−gal染色した。
【図7】脊髄損傷3日前に投与したHSV−HGF注入群とHSV−LacZ注入群のHE染色した軸索断片と矢状断片を示す写真である。 HSV−HGF注入またはHSV−LacZ注入3日後に、定量的脊髄圧挫損傷(200kDyne)を“材料および方法”の項で記載した方法で、成体雌性SDラットの脊髄のT10レベルで作成し、SCIから1週間後に、HE染色した軸索断片および矢状断片を作成した。HSV−Lac:SCIの3日前にHSV−Lacを前注射した脊髄、HSV−HGF:SCI3日前にHSV−HGFを前注射した脊髄。
【図8】HSV−HGF注入群とHSV−LacZ注入群におけるBBBスコアを示す線図である。 HSV−HGFまたはHSV−LacZをSCIの3日前に前注射した成体雌性SDラットの脊髄のT10レベルで、定量的脊髄圧挫損傷(200kDyne)を“材料および方法”の項で記載した方法で作成し、SCIから一定時間後に後肢運動機能をBBBスコアにより分析した。LacZ:HSV−LacZ前注射群、HGF:HSV−HGF前注射群。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
HGF蛋白質またはそれをコードするDNAを有効成分とする脊髄損傷治療剤。
【請求項2】
有効成分がHGF蛋白質である請求項1記載の治療剤。
【請求項3】
有効成分がHGF蛋白質をコードするDNAである請求項1記載の治療剤。
【請求項4】
HGF蛋白質が、配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列を含む蛋白質、配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質であってHGFとして作用する蛋白質、又はこれらの部分ペプチドであってHGFとして作用するペプチドである請求項2記載の治療剤。
【請求項5】
HGF蛋白質をコードするDNAが、配列番号3又は4で表される塩基配列からなるDNA、あるいは配列番号3又は4で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつHGFとして作用する蛋白質をコードするDNAである請求項3記載の治療剤。
【請求項6】
脊髄損傷部位に局所適用するための請求項1〜5のいずれかに記載の治療剤。
【請求項7】
髄腔内投与用注射剤の剤型である請求項6記載の治療剤。

【図2】
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【図5】
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【図8】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−77125(P2007−77125A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−270915(P2005−270915)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(502068908)クリングルファーマ株式会社 (16)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】