説明

脳モデル

【課題】触感だけでなく、生体脳の力学的特性、特に押圧後の回復挙動を忠実に再現した脳モデルの提供。
【解決手段】深さ10mmまで押圧し、10秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、80〜95%である、脳モデル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体脳の力学的特性、特に、押圧後の回復挙動を忠実に再現した脳モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から脳モデルとして様々な脳の模型が知られている。しかし、実際の脳は、一般に、変形後、瞬時には戻らず、少なくとも10〜20秒間かけて原形へとゆっくり戻る力学的特性、すなわち、回復挙動を有する。従来の脳モデルは、脳の立体的な形状のみを再現した形状模型であり、実際の脳とは押圧後の回復挙動が大きく異なり、座学での使用には問題ないが、手術用器具を用いた教育および訓練には適していない。
【0003】
当該分野では、外科手術の教育および訓練において、ヒト生体を用いることが最も望ましいが、実際にはヒト以外の動物(例えば、ブタ、サルなど)を用いる。しかし、これらの動物において、ヒトと同様の術部構造、すなわち、患部を再現することは非常に困難である。
【0004】
また、現状では、ヒト生体脳を使用した外科手術の教育および訓練の機会はほぼ皆無であり、そのため、献体などによるヒト人体での教育および訓練を実施しているが、献体数には限りがあり、また、術感などは生体とは大きく異なる。従って、現在、医学生や経験が浅い外科医は、熟練医師の傍らで実際の手術を観察することによって、技能スキルの向上を図っている。
【0005】
このような状況下、医療技能の修得に適した人体模型が開発されている。例えば、特許文献1には、「人体の頭部の内部構造を、頭蓋骨から形状を採取し、CT画像データからの光造形モデルも参考にして再現した医療トレーニング用人体頭部模型であって、生体と類似した触感感覚を感じられるようにするために複数の材料を用いて複合させた構造であり、該人体頭部模型の一部又は複数部分を、前記部分と形状が同一又は異なる部品と交換可能であり、該交換可能部分とその周辺部分との間隙に圧力検知部を備え、該人体頭部模型に外部からかかる圧力を検出することを特徴とする医療トレーニング用人体頭部模型」が開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示の人体頭部模型は、内視鏡を用いた診断および手術などの高度な技能が要求される分野、特に、内視鏡による鼻腔内の診断および手術などの技能修得用トレーニングに用いるものであり、脳モデルに関するものではない。
【0007】
また、当該分野では、実際の脳に近い触感、および、ある程度類似した押圧時の硬さ(圧縮弾性率)を有するポリアクリル酸ゲルを使用した脳モデルが知られているが、これは押圧後の回復挙動が実際の脳とは大きく異なる。
【特許文献1】特許第3845746号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、触感だけでなく、生体脳の力学的特性、特に押圧後の回復挙動を忠実に再現した脳モデルの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、ウレタンゲル層上にラテックス層を被覆してなる2層構造を有する脳モデルが、実際の生体脳とほぼ同一の力学的特性、特に押圧後の回復挙動を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。従って、本発明は以下を提供する。
【0010】
[1] 深さ10mmまで押圧し、10秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、80〜95%である、脳モデル。
[2] 深さ10mmまで押圧し、20秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、90〜95%である、上記[1]に記載の脳モデル。
[3] 深さ10mmまで押圧し、25秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、90〜95%である、上記[1]または[2]に記載の脳モデル。
[4] ラテックス層およびウレタンゲル層を含む2層構造を有し、該ラテックス層が該ウレタンゲル層を被覆する、上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の脳モデル。
[5] 前記ウレタンゲル層が、
成分(A):ポリエステルポリオール、および
成分(B):ヘキサメチレンジイソシアネート
を混合して使用する2液ポリウレタンから形成される、上記[4]記載の脳モデル。
[6] 前記成分(A)および前記成分(B)の重量比が、100:45〜100:50[成分(A):成分(B)]である、上記[5]記載の脳モデル。
[7] 前記成分(A)および前記成分(B)の重量比が、100:47[成分(A):成分(B)]である、上記[6]記載の脳モデル。
[8] 前記成分(A)が、3−メチル−1,5−ペンタジオールおよびアジピン酸から形成されるポリエステルポリオールである、上記[5]〜[7]のいずれか1項に記載の脳モデル。
[9] ラテックス層の厚みが50〜300μmである、上記[4]〜[8]のいずれか1項に記載の脳モデル。
【発明の効果】
【0011】
本発明の脳モデルは、実際の生体脳とほぼ同一の力学的特性、特に押圧後の回復挙動を示すので、これまで実習が困難であったヒト生体脳の代替として非常に有用である。また、本発明の脳モデルは、既存のコンピュータグラフィックス等の仮想モデリングを遙かに凌駕し、実物に近い触感を再現することができるので、医学生および経験の浅い外科医等を対象とした実際に手術用器具を用いた教育および訓練が可能となった。さらに、本発明の脳モデルでは、ラテックス層を用いることによって、実際の脳の触感および形状を忠実に再現することができ、さらに、CT画像データを併用することによって、患部の状態をも容易に再現することができるので、非常に実用性および応用性がある。また、本発明の脳モデルは、例えば、医師が患者に対して症状や手術方法等を説明するインフォームド・コンセント用模型や、医師間での術前における手術戦略用の模型としても活用できる。また、本発明の脳モデルに使用したウレタン複合材料、すなわち、深さ10mmまで押圧し、10秒後の回復率が、押圧した深さ(すなわち、押し込み量)10mmに対して、80〜95%である材料は、その特殊な力学的特性から、低反発材、衝撃吸収材、緩衝材などの材料として利用することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の脳モデルは、図1に示す通り、ウレタンゲル層上にラテックス層を被覆してなる2層構造を有することを特徴とし、深さ10mmまで押圧した場合、10秒後の回復率が押圧した深さ10mmに対して80〜95%であり、実際の生体脳とほぼ同じ力学的特性、特に押圧後の回復挙動を示すことができる。
【0013】
本発明の脳モデルは、
脳組織表面の形状を再現した型にラテックス水溶液を塗布してラテックス層を形成する工程(以下、第1工程);および
2液ポリウレタンを充填してウレタンゲル層を形成する工程(以下、第2工程);
を包含する方法によって製造することができる。
【0014】
第1工程:ラテックス層の形成
第1工程によって形成されるラテックス層は脳組織表面の形状および触感を忠実に再現することができる。第1工程に使用する型は、脳表面の溝の形状、深さ、表面下の空洞形状などを忠実に再現した型であれば特に制限はない。また、型を構成する材料としては、特に限定はないが、例えば、シリコーン樹脂、石膏などが挙げられ、特に、脳形状の再現性および操作性の観点から、シリコーン樹脂が特に好ましい。また、本発明において、凹型および凸型を使用してもよい。さらに、CT画像データを利用して型を作製することも可能であり、この場合、患者の術部を忠実に再現することができるので非常に有益である。
【0015】
ラテックス層の厚みは、好ましくは50〜300μmであり、ラテックス層の厚みが50〜300μmであると脳組織表面の形状および触感を忠実に再現することができる。
【0016】
使用するラテックスは、水溶液を容易に形成することができれば特に限定はなく、市販のラテックス(例えば、(株)レジテックス製S−500(天然ゴム加硫型)、(株)レジテックス製NRLATEX(天然ゴム非加硫型)、市川ゴム工業(株)製ART−TEX(加硫剤入り)、クォー・ユー化成(有)製L−5000など)などが挙げられる。なかでも、(株)レジテックス製S−500(天然ゴム加硫型)を使用すると、脳組織表面の形状および触感をより忠実に再現することができるので好ましい。
【0017】
均質なラテックス層を形成するためには、上記ラテックスを水溶液として塗布することが好ましい。
【0018】
ラテックス水溶液を型に塗布し、室温(10℃〜35℃)で放置することによってラテックス層を形成する。このとき必要に応じて加温または風乾を行ってもよい。
【0019】
第2工程:ウレタンゲル層の形成
第1工程で形成したラテックス層上に、成分(A):ポリエステルポリオールおよび成分(B):ヘキサメチレンジイソシアネートを混合して使用する2液ポリウレタンを充填してウレタンゲル層を形成する。
【0020】
成分(A)のポリエステルポリオールとしては、特に限定はなく、例えば、3−メチル−1,5−ペンタジオールおよびアジピン酸から形成されるポリエステルポリオールが好ましい。また、当業者に公知の方法に従って合成してもよく、市販のポリエステルポリオールを使用してもよい。
【0021】
成分(B)のヘキサメチレンジイソシアネートとしては、特に限定はなく、当業者に公知の方法に従って合成することもできるが、市販のヘキサメチレンジイソシアネートを使用してもよい。
【0022】
なお、本発明で使用することのできる2液ポリウレタンは、成分(A)が主剤であり、成分(B)が硬化剤であり、形成されるウレタンゲルの力学的特性は、主に、成分(A)および成分(B)の配合量に依存する。
【0023】
成分(A)および成分(B)の重量比は、100:45〜100:50が好ましく、最も好ましくは100:47[成分(A):成分(B)]である。成分(A)および成分(B)の重量比が100:47[成分(A):成分(B)]の場合、ヒト生体脳に最も近い力学的特性を与えることができる。なお、成分(A)および成分(B)の重量比が、100:43[成分(A):成分(B)]の場合、ブタ生体脳に最も近い力学的特性(特に、回復挙動)を与えることができる。
【0024】
成分(A)および成分(B)を上記配合量で予備混合して混合液を調製し、上記ラテックス層が形成された型に混合液を充填する。予備混合の際、硬化の観点から、主剤である成分(A)に硬化剤である成分(B)を添加して均一に混合することが好ましい。また、予備混合の際、着色剤を添加してウレタンゲルを着色することも可能である。例えば、主剤である成分(A)に着色剤を添加し、その後、硬化剤である成分(B)を添加して混合することによって均一に着色することができる。着色剤としてはウレタン系着色剤が好ましく、2液ポリウレタン中に均一に混合することができる。
【0025】
充填後、加熱硬化(40〜80℃、好ましくは約60℃)することによってウレタンゲル層を形成することができる。硬化後、型を取り外すことによって、本発明の脳モデル(本願明細書中、ウレタン複合材料と呼ぶ場合もある)を得ることができる。
【0026】
以下、本発明の脳モデルの力学的特性の評価について詳細に説明する。
【0027】
力学的特性の評価:回復挙動測定
本発明の脳モデルの力学的特性は、主に、回復挙動測定によって評価することができる。図2は、本発明で採用する回復挙動測定方法を模式的に示す図である。回復挙動測定では、まず、円筒形ジグ(直径:20mm、長さ:12mm、重さ:2.26g)を用いて本発明の脳モデルを押圧し、ジグの底面が深さ10mmにまで達した時点、すなわち、押し込み量が10mmの時点で荷重負荷を停止し、レーザー変位計(例えば、キーエンス製 LC2100など)を用いて、変形した脳モデルの形状の回復に伴う押し込み量の変化を経時的に測定する。
【0028】
脳モデルの回復挙動は、押し込み量(mm)の変化から、回復率(%)として表すことができる。
回復率(%)=[測定時の押し込み量(mm)]/
[測定開始時(0秒)での押し込み量(すなわち10mm)]×100
【0029】
一般に、ヒト生体脳は、変形後、瞬時には戻らず、少なくとも10〜20秒間かけて原形へと戻る力学的特性を有する。本発明の脳モデルは、深さ10mmまで押圧し、上述の通り回復挙動を測定すると、10秒後の回復率は、深さ10mmに対して、80〜95%であり、ヒト生体脳に近い回復挙動を示す。
【0030】
本発明の脳モデルは、上述ウレタンゲルの使用によって生体脳の力学的特性、特に押圧後の回復挙動を忠実に再現することができる。ただし、本発明の脳モデルではウレタンゲルが実際の生体脳とは異なる粘着性(タック感)を有するので、ラテックス層による被覆が必要である。このようにウレタンゲル層上にラテックス層を被覆することによって、実際の生体脳の力学的特性だけでなく、触感および形状をも忠実に再現することができる。また、本発明の脳モデルは、より忠実に生体脳を再現するために、適切な弾力性および触感を有する市販のシリコーンチューブを用いて脳血管を作製して設置してもよく、さらに着色してもよい。
【0031】
本発明を以下の実施例でさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0032】
製造例1:型の作製
ヒト頭蓋骨から形状を採取し、CT画像データからの光造形モデルを用いて、脳組織表面形状を再現した型を作製した。このとき、脳組織表面形状に現れる多数の溝(脳表面における溝の幅よりも、脳内部の溝の底部の幅が大きく、表面からなだらかに幅が大きくなるような構造をしている)を忠実に再現した。
【0033】
製造例2:ラテックス水溶液の調製
(株)レジテックス製S−500(天然ゴム加硫型ラテックス)を水に溶解してラテックス水溶液を調製した。
【0034】
製造例3:2液ポリウレタンの調製
2液ポリウレタンとして、以下の成分(A)および成分(B)を使用した。
成分(A):3−メチル−1,5−ペンタジオールとアジピン酸からなるポリエステルポリオール(分子量:1000)
成分(B):ヘキサメチレンジイソシアネートプレポリマー(溶剤として、マレイン酸 ジ2−エチルヘキシルを含有)
【0035】
実施例1:脳モデルの作製
製造例1で作製した型に製造例2で調製したラテックス水溶液を薄く均一に塗布し、室温(約20℃)にて自然乾燥させ、外皮のラテックス層(厚み:50〜300μm)を形成した。
製造例3の2液ポリウレタンを成分(A):成分(B)=100:45の重量比で混合し、上記のラテックス皮膜処理した型に流し込み、60℃で30分間硬化させた。混合の際、主剤である成分(A)に対してウレタン系着色剤(ミクニペイント株式会社製、ポリデュール)を添加し、その後、硬化剤である成分(B)を添加し、混合することによって均一に着色した(肌色)。
硬化後、型を外して脳モデルを得た。
実施例2:脳モデルの作製
製造例3の2液ポリウレタンを成分(A):成分(B)=100:47の重量比で混合したことを除いて、実施例1と同様に脳モデルを作製した。
実施例3:脳モデルの作製
製造例3の2液ポリウレタンを成分(A):成分(B)=100:50の重量比で混合したことを除いて、実施例1と同様に脳モデルを作製した。
比較例1:脳モデルの作製
製造例3の2液ポリウレタンを成分(A):成分(B)=100:43の重量比で混合したことを除いて、実施例1と同様に脳モデルを作製した。
【0036】
比較例2:従来の脳モデル(ポリアクリル酸ゲル製)
モノマー溶液濃度が10重量%となるようにアクリル酸(ナカライテスク株式会社製)を蒸留水に溶解した。次いで、架橋剤としてN,N’−メチレンビスアクリルアミド(MBA、ナカライテスク株式会社製)をモノマーに対して0.75モル%加え、さらに開始剤として過硫酸アンモニウム(APS、和光純薬工業株式会社製)を0.5モル%加え、モノマー溶液を調製した。
上記で調製したモノマー溶液を製造例1で作製した型に流し込み、70℃に保った恒温水槽中で4時間重合反応を行った。重合反応によって生成したポリアクリル酸ゲルを型から取り出し、蒸留水で洗浄して未反応モノマーおよび開始剤残渣を除去した。その後、ポリアクリル酸ゲルを蒸留水中に浸漬し、平衡に達するまで膨潤させて脳モデルを作製した。
【0037】
触感評価
ベテラン脳神経外科医(合計17名)が実施例および比較例の脳モデルに触れ、その触感が最もヒト生体脳に近いものを選択した。結果を以下の表に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
結果、実施例1〜3の脳モデル[成分(A):成分(B)=100:45〜100:50(重量比)]は、ヒト生体脳に近い触感を有し、特に、実施例2[成分(A):成分(B)=100:47(重量比)]の脳モデルは最もヒト生体脳に近い触感を有することが分かった。
【0040】
力学的特性評価:回復挙動測定(回復率(%)と時間(秒)との関係)
ヒト生体脳は、一般に、変形後、瞬時には戻らず、少なくとも10〜20秒間かけて原形へと戻る力学的特性を有する。本発明の実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルについて、力学的特性を上述の回復挙動測定に基づいて評価した。
【0041】
図2に示す通り、円筒形ジグ(直径:20mm、長さ:12mm、重さ:2.26g)を用いて脳モデルを押圧し、ジグの底面が深さ10mmにまで達した時点、すなわち、押し込み量が10mmの時点で荷重負荷を停止し、レーザー変位計(キーエンス製 LC2100)を用いて、形状の回復に伴う押し込み量の変化を経時的に測定した。
【0042】
図3において、実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの回復挙動を回復率(%)と時間(秒)との関係に基いて示す(縦軸:回復率(%)、横軸:時間(秒)、実施例1(・)(小丸)、実施例2(●)(大丸)および実施例3(◆)ならびに比較例1(▲)および比較例2(■))。
【0043】
従来の脳モデル(比較例2)では、0.04秒後の回復率がほぼ100%であり、実際のヒト生体脳の回復挙動とは大きく異なる。
【0044】
本発明の脳モデル(実施例1〜3)では、図3のグラフに示す通り、5秒後の回復率が75〜90%、10秒後の回復率が80〜95%、15秒後の回復率が85〜95%、20秒後の回復率が90〜95%、25秒後の回復率も90〜95%であり、特に、10秒後の回復率が80〜95%、20秒後の回復率が90〜95%であり、少なくとも10〜20秒間かけてゆっくりとその形状が回復することから、本発明の脳モデルはヒト生体脳に近い回復挙動を示すことが分かった。また、このことから、10〜25秒間に回復率が90%に達する脳モデルがヒト生体脳に最も近いことも分かった。また、比較例1の脳モデルは、10秒後の回復率が75%未満であり、25秒後の回復率が約80%であり、25秒後でさえも回復率が90%に届かず、ヒト生体脳とは異なる回復挙動を示すことが分かった。
【0045】
押圧後の回復挙動:荷重(g)と押し込み量(mm)との関係
本発明では、さらに、脳モデルの押圧後の回復挙動を荷重(g)と押し込み量(mm)との関係に基づいて検証した。鉛直下方に可動する円筒形ロッドを備えた圧縮試験装置(ロッド断面積:7.07mm、圧縮速度:0.996mm/秒)(図6)を用いて実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの押圧後の回復挙動を測定した。図4は、実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの押圧後の回復挙動を示すグラフである(y軸:荷重(g)、x軸:押し込み量(mm))。
実施例1(・)の脳モデルは、二次関数:y=2.2133x+0.5107x、
実施例2(●)の脳モデルは、二次関数:y=0.9502x+2.3596x、
実施例3(◆)の脳モデルは、二次関数:y=1.3411x+4.441x、
比較例1(▲)の脳モデルは、二次関数:y=0.8137x−0.3013x、
比較例2(■)の脳モデルは、一次関数:y=1.2228x
で示される挙動を有することが分かった(ただし、x=0〜10)。
【0046】
実際のヒト生体脳の押圧後の回復挙動に関して、荷重(g)をy軸にとり、押し込み量(mm)をx軸にとると、両者の関係は一般に二次関数で示される。上述の通り、実施例1〜3の脳モデルの押圧後の回復挙動はすべて二次関数で表され、実際のヒト生体脳の挙動に酷似していることが分かった。なお、比較例2の脳モデルは、従来の脳モデルであり、その押圧後の回復挙動は一次関数で表され、実際のヒト生体脳の挙動とは全く異なることが分かった。
【0047】
また、比較例1の脳モデルも二次関数(y=0.8137x−0.3013x)で示される回復挙動を示すが、これは、ブタ生体脳の回復挙動(y=0.9968x−1.1416x)に酷似していることが分かった(図4、比較例1(▲)、ブタ生体脳(○)(白丸))。
【0048】
押圧時の挙動:荷重(g)と押し込み量(mm)との関係
本発明では脳モデルの押圧時(押し込み時)の挙動についても検証した。実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの押圧時の挙動を上記の圧縮試験装置(ロッド断面積:7.07mm、圧縮速度:0.996mm/秒)を用いて測定した。図5は、実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの押圧時の挙動を示すグラフである(y軸:荷重(g)、x軸:押し込み量(mm))。
実施例1(・)の脳モデルは、二次関数:y=0.4514x+1.6266x、
実施例2(●)の脳モデルは、二次関数:y=0.6648x+1.8708x、
実施例3(◆)の脳モデルは、二次関数:y=0.6307x+4.7606x、
比較例1(▲)の脳モデルは、二次関数:y=0.4511x+0.1603x、
比較例2(■)の脳モデルは、一次関数:y=1.0624x
で示される挙動を有することが分かった(ただし、x=0〜10)。
【0049】
実際のヒト生体脳の押圧時の挙動は二次関数で示される。上述の通り、実施例1〜3の脳モデルの押圧時の挙動はすべて二次関数で表され、実際のヒト生体脳の押圧時の挙動に酷似していることが分かった。なお、比較例2の脳モデルは、従来の脳モデルであり、その押圧時の挙動は一次関数で表され、実際のヒト生体脳の押圧時の挙動とは全く異なることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の脳モデルは、上述の通り、実際の生体脳とほぼ同一の力学的特性、特に押圧時の挙動および押圧後の回復挙動を示すので、これまで実習が困難であったヒト生体脳の代替として非常に有用である。また、本発明の脳モデルは、既存のコンピュータグラフィックス等の仮想モデリングを遙かに凌駕し、実物に近い触感を再現することができるので、医学生および経験の浅い外科医等を対象とした実際に手術用器具を用いた教育および訓練が可能となる。さらに、本発明の脳モデルでは、ラテックス層を用いることによって、実際の脳の触感および形状を忠実に再現することができ、さらに、CT画像データを併用することによって、患部の状態をも容易に再現することができるので、非常に実用性および応用性がある。また、本発明の脳モデルは、例えば、医師が患者に対して症状や手術方法等を説明するインフォームド・コンセント用模型や、医師間での術前における手術戦略用の模型としても活用できる。また、本発明の脳モデルに使用したウレタン複合材料、すなわち、深さ10mmまで押圧し、10秒後の回復率が、押圧した深さ(すなわち、押し込み量)10mmに対して、80〜95%である材料は、その特殊な力学的特性から、低反発材、衝撃吸収材、緩衝材などの材料として利用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、本発明の脳モデルの概略図である。
【図2】図2は、本発明の脳モデルの力学的特性を評価するための回復挙動測定方法を示す模式図である。
【図3】図3は、実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの回復挙動を回復率(%)と時間(秒)との関係で示すグラフである(実施例1(・)(小丸)、実施例2(●)(大丸)および実施例3(◆)ならびに比較例1(▲)および比較例2(■))。
【図4】図4は、実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの回復挙動を荷重(g)と押し込み量(mm)との関係で示すグラフである(実施例1(・)(小丸)、実施例2(●)(大丸)および実施例3(◆)ならびに比較例1(▲)および比較例2(■))。
【図5】図5は、実施例1〜3および比較例1〜2の脳モデルの押圧時(押し込み時)の挙動を荷重(g)と押し込み量(mm)との関係で示すグラフである(実施例1(・)(小丸)、実施例2(●)(大丸)および実施例3(◆)ならびに比較例1(▲)および比較例2(■))。
【図6】図6は、圧縮試験装置の概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
深さ10mmまで押圧し、10秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、80〜95%である、脳モデル。
【請求項2】
深さ10mmまで押圧し、20秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、90〜95%である、請求項1に記載の脳モデル。
【請求項3】
深さ10mmまで押圧し、25秒後の回復率が、該深さ10mmに対して、90〜95%である、請求項1または2に記載の脳モデル。
【請求項4】
ラテックス層およびウレタンゲル層を含む2層構造を有し、該ラテックス層が該ウレタンゲル層を被覆する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の脳モデル。
【請求項5】
前記ウレタンゲル層が、
成分(A):ポリエステルポリオール、および
成分(B):ヘキサメチレンジイソシアネート
を混合して使用する2液ポリウレタンから形成される、請求項4記載の脳モデル。
【請求項6】
前記成分(A)および前記成分(B)の重量比が、100:45〜100:50[成分(A):成分(B)]である、請求項5記載の脳モデル。
【請求項7】
前記成分(A)および前記成分(B)の重量比が、100:47[成分(A):成分(B)]である、請求項6記載の脳モデル。
【請求項8】
前記成分(A)が、3−メチル−1,5−ペンタジオールおよびアジピン酸から形成されるポリエステルポリオールである、請求項5〜7のいずれか1項に記載の脳モデル。
【請求項9】
ラテックス層の厚みが50〜300μmである、請求項4〜8のいずれか1項に記載の脳モデル。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−244519(P2009−244519A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89895(P2008−89895)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】