説明

脳機能リハビリテーション装置

【課題】 脳血管障害患者、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の障害側手指の運動訓練を簡単な構成で行うことができ、障害側手指の運動機能をより強く改善する効果を奏するとともに、前記効果を長期間持続することができる脳機能リハビリテーション装置を提供する。
【解決手段】 本発明に係る脳機能リハビリテーション装置1の特徴は、脳血管障害による障害側手指を回復させる脳機能リハビリテーション装置であって、健側運動野に低頻度の磁気刺激を与えるための磁気を発生する健側刺激コイル4と、障害側運動野に前記健側刺激コイルよりも高い頻度で磁気刺激を与えるための磁気を発生する障害側刺激コイル5と、低頻度刺激パルスを送出する健側刺激パルス発生部31と、高頻度刺激パルスを送出する障害側刺激パルス発生部32と、低頻度刺激パルスと高頻度刺激パルスとを同期かつ連続して送出させる制御を行う制御装置2とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳血管障害患者、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の障害側手指の運動訓練に用いられ、前記障害側手指の運動機能をより強く改善する効果を奏するとともに、前記効果を長期間持続することができる脳機能リハビリテーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、頭蓋を透過して大脳皮質の機能領域に磁気的刺激を与えると、大脳皮質に悪影響を及ぼすことなくその働きを変化させられることが知られており(非特許文献1)、例えば、経頭蓋磁気刺激(以下、「TMS」という。)が感情の機能を神経解剖学の面から探究するために利用可能であることが示されている(非特許文献2)。
【0003】
一方、TMSを用いて、脳内疾患の治療または改善を目的とする装置が提案されている。脳卒中後の機能回復は中枢神経系の再構築による可塑性に由来すると考えられており(非特許文献3等)、適切な可塑性を引き起こし、機能回復を改善させる様々な方法が考えられている(非特許文献4等)。例えば、特表2004−511314号公報には、薬物耽溺や鬱病のような神経生理的障害や心血管病態を治療するための磁気刺激装置が提案されている(特許文献1)。
【0004】
一方、本発明者らによれば、周波数1.0Hzという低頻度の連続TMS(以下、「rTMS」という。)を健側運動野に与えることにより、脳卒中患者の運動機能が改善されることが示されている(非特許文献5)。この非特許文献5には、低頻度のrTMSが大脳皮質の興奮性を数分間程度にわたり変化させることができる非侵襲的な方法であることと、低頻度のrTMSが刺激部位を抑制することとが示されている。
【0005】
【特許文献1】特表2004−511314号公報
【非特許文献1】J. Neuro psychiatry,1996 ; 8 : 373 記号382
【非特許文献2】Neurology, 1996 ; 46 : 499 〜 502
【非特許文献3】Neuroscience, 2002 ; 111 : 761 〜 773
【非特許文献4】Curr Opin Neurol 2005 ; 18 : 667 〜 674
【非特許文献5】Stroke. 2005, vol.36, p2681 〜 2686
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に記載された発明は、側坐核のような脳の深部領域等の領域に磁気刺激を与えることが可能であり、薬物耽溺や鬱病等の治療には有効であると記載されているものの、具体的にどの領域に磁気刺激を与えることにより薬物耽溺や鬱病に加えて、心血管病態の治療にまで有効であるかを特定しておらず、また、どの程度の刺激を与えることにより当該治療に有効であるかを特定していないという問題がある。
【0007】
また、上記非特許文献5に記載された発明は、健側運動野と同期させて障害側運動野へ磁気刺激を与えるというものではなく、かつ、障害側手指の運動機能は一次的に改善する効果を奏するものの、前記効果を長期間持続することができないという問題がある。
【0008】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、脳血管障害患者、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の障害側手指の運動訓練を簡単な構成で行うことができ、障害側手指の運動機能をより強く改善する効果を奏するとともに、前記効果を長期間持続することができる脳機能リハビリテーション装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る脳機能リハビリテーション装置の特徴は、頭蓋を透過して大脳皮質運動野に磁気刺激を与えることにより脳血管障害による障害側手指を回復させる脳機能リハビリテーション装置であって、健側運動野に低頻度の磁気刺激を与えるための磁気を発生する健側刺激コイルと、障害側運動野に前記健側刺激コイルよりも高い頻度で磁気刺激を与えるための磁気を発生する障害側刺激コイルと、前記健側刺激コイルに低頻度刺激パルスを送出する健側刺激パルス発生手段と、前記障害側刺激コイルに高頻度刺激パルスを送出する障害側刺激パルス発生手段と、前記健側刺激パルス発生手段から送出する低頻度刺激パルスと前記障害側刺激パルス発生手段から送出する高頻度刺激パルスとを同期かつ連続して送出させる制御を行う制御手段とを有している点にある。
【0010】
ここで、本発明にいう「健側運動野」とは、脳血管障害のない側の大脳半球すなわち健側半球の大脳皮質運動野をいい、「障害側運動野」とは、脳血管障害のある側の大脳半球すなわち障害側半球の大脳皮質運動野をいう。また、「健側手指」とは、健側半球とは反対側の手指をいい、「障害側手指」とは、障害側半球とは反対側の手指をいう。例えば、大脳右半球に脳血管障害がある場合、健側運動野は大脳左半球の大脳皮質運動野と、障害側運動野は大脳右半球の大脳皮質運動野と、健側手指は右手指と、障害側手指は左手指となる。
【0011】
また、本発明において、前記低頻度刺激パルスが0.5Hz以上1.0Hz以下であり、前記高頻度刺激パルスが5.0Hz以上50.0Hz以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明において、前記脳血管障害が脳卒中であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る脳機能リハビリテーション装置によれば、脳血管障害患者、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の障害側手指の運動訓練を簡単な構成で行うことができ、障害側手指の運動機能をより強く改善する効果を奏するとともに、前記効果を長期間持続することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る脳機能リハビリテーション装置1の実施形態について図面を用いて説明する。図1は、本実施形態の脳機能リハビリテーション装置1の基本構成および使用態様を説明する概念図である。図1に示すように、本実施形態の脳機能リハビリテーション装置1は、主として、送出する低頻度刺激パルスと高頻度刺激パルスとを制御するための制御装置2と、前記低頻度刺激パルスと前記高頻度刺激パルスとを発生するための刺激パルス発生器3と、前記低頻度刺激パルスによって磁気を発生し、脳血管障害患者(以下、「対象患者A」という。)、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の頭蓋を経て磁気刺激を大脳皮質の健側運動野に与える健側刺激コイル4と、前記高頻度刺激パルスによって磁気を発生し対象患者Aの頭蓋を経て磁気刺激を大脳皮質の障害側運動野に与える障害側刺激コイル5とから構成されている。
【0015】
なお、脳機能リハビリテーション装置1によるリハビリテーションに際しては、対象患者Aの最適刺激部位を検出する装置として筋電図(図示しない)を、リハビリテーション後の運動機能を評価する装置として対象患者Aの障害側手指のピンチ力を計測するピンチ計測器7や対象患者Aの障害側手指の加速度を計測する加速度計8等が使用されるが、これらの筋電図(図示しない)やピンチ計測器7、加速度計8等は本発明を構成するものではない。
【0016】
図2は、本実施形態の脳機能リハビリテーション装置1の回路構成を説明するブロック図である。図2に示すように、本実施形態の脳機能リハビリテーション装置1の制御装置2は、主として、操作パネル21と、刺激パルス発生器3が送出する刺激パルスを制御する送出パルス制御部22と、送出パルス制御部22において設定された、低頻度刺激パルスに係る各種データのうち少なくともその頻度と送出時間を記憶する健側パルス記憶部23と、送出パルス制御部22において設定された、高頻度刺激パルスに係る各種データのうち少なくともその頻度と送出時間を記憶する障害側パルス記憶部24とから構成されており、刺激パルス発生器3は、主として、健側刺激パルス発生部31と、障害側刺激パルス発生部32とから構成されている。
【0017】
なお、脳機能リハビリテーション装置1は、対象患者Aの脳血管障害の状況を調べるために、脳を非侵襲的に造影する方法を併用してもよく、例えば、磁気共鳴画像(MRI)や陽電子射出断層撮影(PET)等を併用してもよい。
【0018】
以下、各構成手段についてより詳細に説明する。制御装置2の操作パネル21は、例えば液晶パネルやキーボード等からなり、キー操作により手動刺激または自動刺激の選択や各種データの設定等の入力を行うことにより、送出パルス制御部22を操作するものである。送出パルス制御部22は、CPU(Central Processing Unit)等から構成され、図示しないプログラム記憶部にインストールされたパルス発生制御プログラムを実行させることにより、刺激パルス発生器3が送出する刺激パルスの頻度や刺激パルス発生器3の駆動時間を制御するものである、
【0019】
本実施形態において、送出パルス制御部22は、健側刺激パルス発生部31から送出する刺激パルスを所望の低頻度の周波数に設定する健側パルス頻度設定部61と、前記健側刺激パルス発生部31から送出する低頻度刺激パルスの送出時間を設定する健側パルス送出時間設定部62と、障害側刺激パルス発生部32から送出する刺激パルスを所望の高頻度の周波数に設定する障害側パルス頻度設定部63と、前記障害側刺激パルス発生部32から送出する高頻度刺激パルスの送出時間を設定する障害側パルス送出時間設定部64とを有している。
【0020】
すなわち、送出パルス制御部22は、健側刺激パルス発生部31より発生される刺激パルスを低頻度に設定調節し、障害側刺激パルス発生部32より発生される刺激パルスを高頻度に設定調節し、かつ、健側刺激パルス発生部31と障害側刺激パルス発生部32の駆動時間を自在に設定調節し得る結果、前記低頻度に設定調節された低頻度刺激パルスと前記高頻度に設定調節された高頻度刺激パルスとを同期かつ連続して送出させる制御を行うことができる。なお、送出パルス制御部22は公知のパーソナルコンピュータを利用することができる。
【0021】
制御装置2における健側パルス記憶部23および障害側パルス記憶部24は、ハードディスクやRAM(Random Access Memory)等から構成されており、各種のデータを記憶するものである。本実施形態において、健側パルス記憶部23は、送出パルス制御部22に接続されており、健側パルス頻度設定部61において設定された低頻度刺激パルスの頻度を記憶する健側パルス頻度記憶部65と、健側パルス送出時間設定部62において設定された低頻度刺激パルスの送出時間を記憶する健側パルス送出時間記憶部66とを有している。
【0022】
また、本実施形態における障害側パルス記憶部24は、送出パルス制御部22に接続されており、障害側パルス頻度設定部63において設定された高頻度刺激パルスの頻度を記憶する障害側パルス頻度記憶部67と、障害側パルス送出時間設定部64において設定された高頻度刺激パルスの送出時間を記憶する障害側パルス送出時間記憶部68とを有している。
【0023】
刺激パルス発生器3は、送出パルス制御部22に接続されており、健側刺激コイル4に低頻度刺激パルスを、障害側刺激コイル5に高頻度刺激パルスをそれぞれ送出するものである。本実施形態において、刺激パルス発生器3は、健側刺激パルス発生部31と障害側刺激パルス発生部32とから構成されている。前記健側刺激パルス発生部31は、送出パルス制御部22により低頻度の周波数に設定された低頻度刺激パルスを所定の設定時間にわたって送出するように制御される。また、障害側刺激パルス発生部32は、送出パルス制御部22により、高頻度の周波数に設定された高頻度刺激パルスを発生し、所定の設定時間にわたって送出するように制御される。なお、健側刺激パルス発生部31と障害側刺激パルス発生部32とは、一体型に構成してもよいし、別体として構成してもよい。
【0024】
健側刺激コイル4は、刺激パルス発生器3の健側刺激パルス発生部31から送出された低頻度刺激パルスに基づいて磁気刺激を発生する構成を備えており、障害側刺激コイル5は、刺激パルス発生器3の障害側刺激パルス発生部32から送出された高頻度刺激パルスに基づいて磁気刺激を発生する構成を備えている。
【0025】
なお、健側刺激コイル4および障害側刺激コイル5は、円形、8の字型、四角形、花弁形、および、らせん形等、多様な形状に作製してもよい。なお、後述する実施例においては8の字型コイルを用いている。
【0026】
また、健側刺激コイル4および障害側刺激コイル5は、発生する磁気刺激を健側運動野または障害側運動野に与えるために、収束型の磁気刺激を発生する構成であってもよく、または、図示していない支持装置を使用して対象患者Aの頭部の適切な位置に圧接して密着させてもよい。また、前記支持装置は公知の構成のものを使用することができる。
【0027】
つぎに、本実施形態の脳機能リハビリテーション装置1の作用について、図面を参照しつつ説明する。
【0028】
本実施形態の脳機能リハビリテーション装置1を用いて対象患者Aの障害側手指の運動訓練を行う場合、まず、対象患者Aの健側半球の頭蓋外部に健側刺激コイル4を配置し、障害側半球の頭蓋外部に障害側刺激コイル5を配置する。このとき、対象患者Aの健側運動野が刺激されるように健側刺激コイル4を、対象患者Aの障害側運動野が刺激されるように障害側刺激コイル5を配置する。本実施形態では、健側刺激コイル4および障害側刺激コイル5を第一背側骨間筋(以下、「FDI」という。)の最適刺激部位に配置している。
【0029】
前記FDIの最適刺激部位は筋電図を用いて検出され、具体的には、閾値よりやや強い磁気刺激によって最も大きな運動誘発電位(Motor evoked potential ; 以下「MEP」という。)がFDIに誘発される部位を前記FDIの最適刺激部位としている。
【0030】
ここで、本発明にいう「低頻度」とは、障害側運動野に与えられる磁気刺激の周波数よりも低い頻度をいい、0.5Hz以上1.0Hz以下の周波数であることが好ましい。本実施形態では、周波数が1.0Hzの頻度を最適な低頻度としている。また、本発明にいう「高頻度」とは、健側運動野に与えられる磁気刺激の周波数よりも高い頻度をいい、5.0Hz以上50.0Hz以下の周波数であることが好ましい。本実施形態では、周波数が10.0Hzの頻度を最適な高頻度としている。
【0031】
つづいて、制御装置2の操作パネル21において、キー操作により手動刺激または自動刺激の選択や各種データの設定等の入力が行われる。そして、操作パネル21を介して健側刺激コイル4へ送出する低頻度刺激パルスの周波数データが入力されると、健側パルス頻度設定部61によって当該低頻度の周波数データが健側パルス頻度記憶部65に記憶される。また、前記操作パネル21を介して障害側刺激コイル5へ送出する高頻度刺激パルスの頻度データが入力されると、障害側パルス頻度設定部63によって当該高頻度の周波数データが障害側パルス頻度記憶部67に記憶される。これにより、健側刺激パルス発生部31と障害側刺激パルス発生部32から送出される刺激パルスの頻度が制御されるため、それぞれ入力された所望の低頻度刺激パルスと高頻度刺激パルスが送出しうる状態になる。
【0032】
また、操作パネル21を介して健側刺激コイル4へ送出する低頻度刺激パルスの送出時間が入力されると、この送出時間が健側パルス送出時間設定部62によって健側刺激パルス発生部31の駆動時間として健側パルス送出時間記憶部66に記憶される。また、操作パネル21を介して障害側刺激コイル5へ送出する高頻度刺激パルスの送出時間が入力されると、この送出時間が障害側パルス送出時間設定部64によって障害側刺激パルス発生部32の駆動時間として障害側パルス送出時間記憶部68に記憶される。したがって、健側刺激パルス発生部31と障害側刺激パルス発生部32より送出される刺激パルスの送出時間が制御されるため、それぞれ入力された所望の低頻度刺激パルスの送出時間と高頻度刺激パルスの送出時間の設定ができ、これにより低頻度刺激パルスと高頻度刺激パルスとを同期かつ連続して送出しうる状態になる。
【0033】
以上のような健側パルス記憶部23と障害側パルス記憶部24に記憶された刺激パルスの頻度や送出時間等のデータは、自動刺激データとして格納され、自動刺激を選択する場合に用いられる。
【0034】
つづいて、操作パネル21を介して脳機能リハビリテーション装置1の駆動指令が入力されると、送出パルス制御部22が図示しないパルス発生制御プログラムを読み出し、これに従って起動する。つまり、送出パルス制御部22が健側パルス記憶部23および障害側パルス記憶部24にアクセスし、低頻度刺激パルスおよび高頻度刺激パルスの頻度データと送出時間データをそれぞれ読み出し、これらのデータを制御信号として健側刺激パルス発生部31と障害側刺激パルス発生部32に出力する。前記これにより低頻度刺激パルスと高頻度刺激パルスとが同期かつ連続して送出される。
【0035】
そして、制御信号を受けた健側刺激コイル4では、刺激パルス発生器3の健側刺激パルス発生部31より送出された低頻度刺激パルスによって低頻度の磁気が発生し、これにより健側運動野が刺激される。また、制御信号を受けた障害側刺激コイル5では、刺激パルス発生器3の障害側刺激パルス発生部32より送出された高頻度刺激パルスによって高頻度の磁気が発生し、これにより障害側運動野が刺激される。このようにして高頻度の磁気および低頻度の磁気がそれぞれ同期かつ連続して対象患者Aの所定の運動野に照射される。
【0036】
以上のように健側運動野に低頻度の磁気刺激を、障害側運動野に高頻度の磁気刺激を同期かつ連続して与えることにより、脳血管障害患者、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の障害側手指の運動機能がより強く改善され、長期間持続することができる。なお、このメカニズムは明らかにされていないが、本発明者は以下のように考えている。つまり、大脳左右半球の対立モデルから鑑みて、脳血管障害患者の障害側手指の運動麻痺は、障害側半球における直接的な障害による興奮の減少に加え、健側運動野からの障害側運動野に対する脳梁抑制が相対的に過剰な状態であるため障害側運動野の機能がさらに低下していることに由来すると考えられ(Arch Neurol 2004 ; 61 : 1844 〜 1848等)、障害側運動機能の改善は障害側半球における興奮の増加、健側半球における興奮性の低下によって得られると本発明者は考えたのである。
【0037】
すなわち、本発明の脳機能リハビリテーション装置1により、健側運動野へ低頻度rTMSが与えられて健側運動野の興奮が抑えられ、脳梁抑制が減少するとともに、同期に障害側運動野へ高頻度rTMSが与えられて障害側運動野の興奮が増加することにより、前記脳梁抑制の減少による間接的な活性化と相俟って障害側運動野が活性化し、錐体路への連絡機能が増加した結果、障害側手指の運動機能が改善されたと考えられるのである。図3に当該メカニズムの模式図を示す。
【0038】
一方、他のメカニズムとして、本発明者は、本発明の脳機能リハビリテーション装置1により、健側運動野へ低頻度rTMSが与えられ、同期に障害側運動野へ高頻度rTMSが与えられた結果、運動野の脱抑制を引き起こしたとも考えた。具体的には、抑制の減少は潜在する病変周囲の神経回路を活性化させ、皮質の再構築に関与するとの報告(Neuroscience, 2002 ; 111 : 761 〜 773)や、運動野への1.0Hzの rTMSは対側半球の運動野の脱抑制を引き起こしたとの報告(Neurology 2004 ; 62 : 91 〜 98)があることから、健側運動野への1.0Hzの rTMSによって脳梁抑制が減少し、障害側運動野の脱抑制を引き起こしたと考えたのである。
【0039】
すなわち、健側運動野へ低頻度rTMSが与えられ、同期に障害側運動野へ高頻度rTMSが与えられることにより、健側運動野へ1.0Hzの rTMSを与えた場合よりもより強い障害側運動野の脱抑制を引き起こした結果、隠れた神経回路が活性化され、麻痺側手指の運動機能が改善したと本発明者は考えたのである。
【0040】
つぎに、本発明に係る脳機能リハビリテーション装置の実施例について説明する。なお、本発明の範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0041】
本実施例では、本発明に係る脳機能リハビリテーション装置を用いて運動訓練を行うことにより、得られる障害側手指における運動機能改善効果が、健側運動野へ低頻度rTMSを与えたのみの場合および障害側運動野へ高頻度rTMSを与えたのみの場合の、それぞれの障害側手指における運動機能改善効果と比較して、どの程度効果が強く、どの程度効果が持続するかを確認するための実験を行った
【0042】
<方法>
12名の初発の脳梗塞患者で、発症から6ヶ月以上経過した慢性期にある皮質下梗塞の患者を対象とした。前記患者全員のミニメンタルステート検査(Mini-mental State Examination)スコアは正常であった。ランダムに、健側運動野へ低頻度rTMSを与えたのみの群(4人)、障害側運動野へ高頻度rTMSを与えたのみの群(4人)、健側運動野へ低頻度rTMSが与えられるとともに同期に障害側運動野へ高頻度rTMSが与えられる群(4人)の3群に分けて実験を行った。以下、健側rTMSとは健側運動野へ低頻度rTMSを与えるのみのこと、障害側rTMSとは障害側運動野へ高頻度rTMSを与えるのみのこと、および、両側rTMSとは健側運動野へ低頻度rTMSが与えられるとともに同期に障害側運動野へ高頻度rTMSが与えることをいう。なお、本実験は北海道大学倫理委員会での審査を受け、患者全員より書面による同意を得て行った。
【0043】
<実験デザイン>
rTMSを与える前(以下、「Pre-rTMS」という。)、rTMSを与えた後(以下、「Post1」という。)、その後の運動訓練後(以下、「Post2」という。)、およびrTMSの7日後(以下、「Post3」という。)に障害側運動機能を評価することにより、運動機能改善効果とその持続性を確認した。障害側運動機能の評価は障害側手指のピンチ力と加速度を計測することにより行った。図4に、rTMSを与える前(Pre-rTMS)、rTMSを与えた後(Post1)、その後の運動訓練後(Post2)、およびrTMSの7日後(Post3)に障害側運動機能を評価した比較実験の時間的経過を示す。
【0044】
<TMS評価>
rTMSの付与は直径70mmの8の字コイルとMagstim Rapid stimulator(Magstim Co. Ltd.)を用いて行った。運動野の刺激部位はFDIの最適刺激部位に8の字コイルを置いて刺激を与えた。最適刺激部位は閾値よりやや強い刺激にて最も大きなMEPがFDIに誘発される部位とし、この部位にマークをして実験した。筋電図は塩化銀電極をFDIに置くことによって計測を行った。電気信号は増幅(MP110-10-301、メディセンス)およびフィルター後、コンピュータ(Neuropack、日本光電)上にて処理を行った。10回中5回以上50μV以上のMEPが誘発される最小強度を安静時閾値(以下、「rMT」という。)と定義した。
【0045】
<rTMSと運動訓練>
健側rTMSは1.0Hzの頻度にて90%rMT、50秒50刺激を行った。このセッションを10秒間の休憩をはさみ20回施行することで計1,000刺激を行った。障害側rTMSは10.0Hzの頻度で90%rMT、5秒50刺激を行った。このセッションを55秒間の休憩をはさみ20回施行することで計1,000刺激を行った。両側rTMSは前記健側rTMSの計1,000刺激と前記障害側rTMSの計1,000刺激とを同期に行った。その後、運動訓練としてピンチのタスクを15分間行った。ピンチのタスクは障害側手指の人差し指と親指をメトロームのペースに合わせ0.3〜0.5Hzの周期で行った。
【0046】
<運動機能評価>
運動機能評価のためピンチ力と加速度を計測した。障害側手指のピンチ力はピンチ計測器(Pinch Meter SPR-641、酒井医療)にて計測した。被験者は親指と人差し指のみで10回のピンチ力を計測し平均化を行った。加速度は加速度計(MP110-10-101、メディセンス)を親指につけることによって計測を行った。電気信号は増幅器(MP110-10-301、メディセンス)にて増幅し、コンピュータ(Neuropack、日本光電)上にて処理を行った。加速度は15回計測を行い平均化した。なお、本実験を行う前日、この運動機能評価になれるために事前練習を行っている。
【0047】
<データ解析>
データ処理はブラインドにて行った。データ値は市販の統計ソフト(StatView、SAS Institute)を用いて重複測定分散分析を行い、分散分析の結果が有意であった場合はBonferroniの方法による多重比較検定を行った。すべてのデータはrTMSを与える前(Pre-rTMS)のパーセントにて表示した。
【0048】
<結果>
本実験中、rTMSによる副作用は認められなかった。図5に加速度とピンチ力のデータを、図6に健側rTMS、障害側rTMS、および両側rTMSのそれぞれの加速度データのグラフを、図7に健側rTMS、障害側rTMS、および両側rTMSのそれぞれのピンチ力データのグラフを示す。
【0049】
重複測定分散分析において、時間要因と条件要因の交互作用における加速度{F(6,27)= 4.130, p = 0.005}およびピンチ力{F(6,27)= 6.831, p < 0.001}にて有意差が認められた。さらに時間要因における加速度{F(3,27)= 7.377, p < 0.001}およびピンチ力{F(3,27)= 21.216, p < 0.001}において、共に有意差が認められた。
【0050】
つぎに、多重比較試験において、両側rTMS後における加速度の有意な改善が認められた(Pre-rTMS vs. Post 1; p < 0.001)。両側rTMS後の運動訓練により、加速度のさらなる改善は認められなかった(Post 1 vs. Post 2; p = 0.327)が、前記加速度の有意な改善はrTMS後一週間継続した(Pre-TMS vs. Post 3; p < 0.001)。
【0051】
なお、多重比較試験において、両側rTMS直後のピンチ力の改善は認められなかったが(Pre-rTMS vs. Post 1; p = 0.051)、両側rTMS後の運動訓練によりピンチ力の改善が認められた(Pre-rTMS vs. Post 2; p < 0.001, Post 1 vs. Post 2; p < 0.001)。この改善は、両側rTMS後における加速度の有意な改善と同様、rTMS後一週間継続した(Pre-rTMS vs. Post 3; p < 0.001, Post 1 vs. Post 3; p < 0.002)。
【0052】
一方、健側rTMS群では、多重比較試験において、rTMS後における運動機能改善の有意差は認められなかったが(Pre-rTMS vs. Post 1; 加速度 p = 0.150, ピンチ力 p = 0.228)、健側rTMS後の運動訓練によりピンチ力の改善が認められた(Pre-rTMS vs. Post 2; 加速度 p = 0.249, ピンチ力 p = 0.007)。しかしながら、この改善は両側rTMS群とは異なり、rTMS後一週間継続しなかった(Pre-rTMS vs. Post 3; p = 0.068)。
【0053】
また、障害側rTMS群においては、多重比較試験において、rTMS後および運動訓練後の変化は認められなかった(Pre-rTMS vs. Post 1; 加速度 p = 0.363, ピンチ力 p = 0.793, and Pre-rTMS vs. Post 2; 加速度 p = 0.447, ピンチ力 p = 0.613)。
【0054】
以上の結果、両側rTMS後に運動訓練を行った場合は、健側rTMS後および障害側rTMS後に運動訓練を行った場合よりも、麻痺側手指機能が改善したことが明らかとなった(両側rTMS vs. 健側rTMS; 加速度 p = 0.001, ピンチ力 p = 0.001, and 両側rTMS vs. 障害側rTMS; 加速度 p < 0.001, ピンチ力 p < 0.001)。
【0055】
以上のような本実施形態によれば、
1.脳血管障害患者、特に脳卒中等の慢性期脳血管障害患者の障害側手指の運動訓練を簡単な構成で行うことができる。
2.運動訓練に用いることにより、障害側手指の運動機能をより強く改善する効果を奏する。
3.障害側手指の運動機能改善効果を長期間持続することができる。
【0056】
なお、本発明に係る脳機能リハビリテーション装置は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。例えば、本実施形態では、制御装置2および刺激パルス発生器3を別体として構成し、電気的に接続しているが、一体型の装置として構成してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本実施形態の脳機能リハビリテーション装置の基本構成および使用態様を説明する概念図である。
【図2】本実施形態の脳機能リハビリテーション装置の回路構成を説明するブロック図である。
【図3】本実施形態の脳機能リハビリテーション装置により障害側手指の運動機能が改善するメカニズムの想定図である。
【図4】rTMSを与える前(Pre-rTMS)、rTMSを与えた後(Post1)、その後の運動訓練後(Post2)、およびrTMSの7日後(Post3)に障害側運動機能を評価した比較実験の時間的経過を表した図である。
【図5】rTMSを与える前(Pre-rTMS)、rTMSを与えた後(Post1)、その後の運動訓練後(Post2)、およびrTMSの7日後(Post3)に障害側運動機能を評価した比較実験に係る加速度とピンチ力のデータである。
【図6】rTMSを与える前(Pre-rTMS)、rTMSを与えた後(Post1)、その後の運動訓練後(Post2)、およびrTMSの7日後(Post3)に障害側運動機能を評価した比較実験に係る健側rTMS、障害側rTMS、および両側rTMSの加速度データのグラフである。
【図7】rTMSを与える前(Pre-rTMS)、rTMSを与えた後(Post1)、その後の運動訓練後(Post2)、およびrTMSの7日後(Post3)に障害側運動機能を評価した比較実験に係る健側rTMS、障害側rTMS、および両側rTMSのピンチ力データのグラフである。
【符号の説明】
【0058】
1 脳機能リハビリテーション装置
2 制御装置
3 刺激パルス発生器
4 健側刺激コイル
5 障害側刺激コイル
7 ピンチ計測器
8 加速度計
21 操作パネル
22 送出パルス制御部
23 健側パルス記憶部
24 障害側パルス記憶部
31 健側刺激パルス発生部
32 障害側刺激パルス発生部
61 健側パルス頻度設定部
62 健側パルス送出時間設定部
63 障害側パルス頻度設定部
64 障害側パルス送出時間設定部
65 健側パルス頻度記憶部
66 健側パルス送出時間記憶部
67 障害側パルス頻度記億部
68 障害側パルス送出時間記憶部
A 対象患者


【特許請求の範囲】
【請求項1】
頭蓋を透過して大脳皮質運動野に磁気刺激を与えることにより脳血管障害による障害側手指を回復させる脳機能リハビリテーション装置であって、
健側運動野に低頻度の磁気刺激を与えるための磁気を発生する健側刺激コイルと、
障害側運動野に前記健側刺激コイルよりも高い頻度で磁気刺激を与えるための磁気を発生する障害側刺激コイルと、
前記健側刺激コイルに低頻度刺激パルスを送出する健側刺激パルス発生手段と、
前記障害側刺激コイルに高頻度刺激パルスを送出する障害側刺激パルス発生手段と、
前記健側刺激パルス発生手段から送出する低頻度刺激パルスと前記障害側刺激パルス発生手段から送出する高頻度刺激パルスとを同期かつ連続して送出させる制御を行う制御手段と
を備えることを特徴とする脳機能リハビリテーション装置。
【請求項2】
請求項1において、前記低頻度刺激パルスが0.5Hz以上1.0Hz以下であり、前記高頻度刺激パルスが5.0Hz以上50.0Hz以下である脳機能リハビリテーション装置。
【請求項3】
請求項1または2において、前記脳血管障害が脳卒中である脳機能リハビリテーション装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−301902(P2008−301902A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−149715(P2007−149715)
【出願日】平成19年6月5日(2007.6.5)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】