説明

腎不全治療剤

【構成】 腎不全治療剤は、一般式(1)
【化1】


(式中、R1およびR2の少なくともいずれか一方が脱離基を表す。)で示されるホスホン酸ジエステル誘導体を有効成分として含む。このホスホン酸ジエステル誘導体は、毒性や変異原性を示すこと無く、GGTを選択的に阻害する。腎組織内では、GGT活性が抑制されることによって、虚血時および再灌流時の酸化ストレスが抑制され、腎機能の維持や回復が促される。
【効果】 安全性の高い有用な腎不全治療剤を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は腎不全治療剤に関し、特にたとえば、腎虚血−再灌流に伴う急性腎不全の予防または治療を行う、腎不全治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腎不全とは、正常腎が行っている排泄機構を主体とする腎機能が障害された状態をいい、その機能低下の進行の違いによって急性腎不全と慢性腎不全とに大別される。腎不全時には、水分-電解質バランスの異常や老廃物の蓄積によって生命が脅かされることから、透析療法が導入されることも少なくない。腎障害による生体内恒常性異常に対する対症療法として、利尿薬、イオン交換樹脂製剤、および活性型ビタミンD製剤などが頻用される他、一部の腎疾患では、ステロイド剤、免疫抑制剤およびレニン-アンジオテンシン系阻害薬などが用いられているが、日本における透析導入患者数は増加する一方である。このため、腎不全治療剤の更なる開発が望まれている。
【0003】
急性腎不全の原因の1つとして、虚血(組織や臓器への動脈血の流入が減少あるいは途絶すること)が挙げられる。また、一定時間虚血にさらされた腎臓(腎組織)に血流再開がなされた場合に、障害がさらに悪化する現象が報告されている。腎移植する場合を考えれば、随伴する虚血-再灌流障害を最小限に抑えることが重要であることは言うまでもない。
【0004】
近年、虚血-再灌流による障害の主要な機構の1つとして、虚血時および血流再開時に生じるフリーラジカルや活性酸素が引き金となり、生体膜の脂質が過酸化し、生体膜障害が生じる結果、組織-臓器障害に至ると考えられている。そこで、虚血-再灌流に伴う急性腎不全の予防または治療剤として、キサンチンオキシダーゼを阻害して活性酸素の生成を抑制するアロプリノール、および過酸化水素を消去するカタラーゼ-グルタチオンペルオキシダーゼ等の利用が研究されているが、臨床的に実用化されるに至ったものはこれまで知られていない。
【0005】
一方、非特許文献1においては、虚血ラット腎の酸化ダメージに対するGGT(γ-グルタミルトランスぺプチターゼ)の寄与について報告されている。非特許文献1では、虚血ラットにアシビシンを投与すると、腎組織におけるGGT活性が抑制され、これに伴い虚血時の酸化ストレスが抑制されることが記載されている。
【非特許文献1】「Contribution of γglutamyl transpeptidase to oxidative damage of ischemic rat kidney」(Kidney International, Vol.57(2000), pp.526-533)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1では、虚血時の酸化ストレスに対するアシビシン投与の影響について述べられているだけであり、一定時間虚血にさらされた腎臓に血流再開がなされた後、つまり再灌流時に増大する酸化ストレスに対するアシビシン投与の効果は不明である。
【0007】
また、アシビシンは、GGT以外にも、多くのグルタミン依存性の酵素を阻害し、プリン塩基、ピリミジン塩基、アミノ酸およびアミノ糖などの生合成を阻害する。この結果、アシビシンは、強い細胞毒性や中枢神経毒性を示す。したがって、アシビシンを腎不全治療剤として使用することは、安全性に問題が残り、リスクが高いため実用に向かない。
【0008】
それゆえに、この発明の主たる目的は、新規な、腎不全治療剤を提供することである。
【0009】
この発明の他の目的は、安全性の高い、腎不全治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明は、上記の課題を解決するために、以下の構成を採用した。なお、括弧内の参照符号および補足説明などは、本発明の理解を助けるために後述する実施の形態との対応関係を示したものであって、この発明を何ら限定するものではない。
【0011】
第1の発明は、腎虚血−再灌流に伴う急性腎不全の予防または治療を行うための腎不全治療剤であって、一般式(1)
【0012】
【化1】

【0013】
(式中、R1およびR2の少なくともいずれか一方が脱離基を表す。)で示されるホスホン酸ジエステル誘導体を有効成分として含む、腎不全治療剤である。
【0014】
第1の発明では、腎不全治療剤は、一般式(1)で示される、脱離基を有するホスホン酸ジエステル誘導体を有効成分として含む。このホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、GGT阻害剤として作用し、毒性や変異原性を示すこと無く、GGTを選択的に阻害する。腎組織では、GGT活性が抑制されることによって、虚血時および再灌流時の酸化ストレスが抑制され、腎機能の維持や回復が促される。
【0015】
第1の発明によれば、腎機能の維持や回復を促すことができる、安全性の高い有用な腎不全治療剤を提供できる。
【0016】
第2の発明は、第1の発明に従属し、R1およびR2の少なくともいずれか一方が、グルタチオンまたはその抱合体の、グルタミル基を除く部分と同じ構造またはそれに近い構造を有する基である。
【0017】
第2の発明では、有効成分であるホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、GGTの基質であるグルタチオンと類似する構造を有する。ヒトGGTは、グルタチオンまたはその抱合体を本来の基質とするため、ホスホン酸ジエステル誘導体がグルタチオンと類似する構造を有することによって、ヒトGGTに対して高い阻害効果を発揮する。
【0018】
第2の発明によれば、GGT活性を抑制する効果が大きくなるので、ヒト腎における酸化ストレスをより効果的に抑制でき、腎機能の保全や回復をより促すことができる。
【0019】
第3の発明は、第1または第2の発明に従属し、R1がOR10であり、R2がOR11であり、OR10およびOR11の少なくとも一方において、リン原子に結合する酸素原子から末端までの水素原子を除く原子数が6−8のいずれかである。
【0020】
第3の発明においても、有効成分であるホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、GGTの基質であるグルタチオンと類似する構造を有し、第2の発明と同様の作用効果を示す。
【0021】
第4の発明は、第1ないし第3のいずれかの発明に従属し、ホスホン酸ジエステル誘導体は、2−アミノ−4−{[3−(カルボキシメチル)フェニル](メチル)ホスホノ}ブタン酸を含む。
【0022】
2−アミノ−4−{[3−(カルボキシメチル)フェニル](メチル)ホスホノ}ブタン酸は、脱離基を有するホスホン酸ジエステル誘導体(1)の中でも、特に化学的安定性に優れる化合物である。したがって、第4の発明によれば、より化学的安定性の高い腎不全治療剤を提供できる。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、安全性が高く有用な腎不全治療剤を提供できる。
【0024】
この発明の上述の目的、その他の目的、特徴および利点は、図面を参照して行う後述の実施例の詳細な説明から一層明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】再灌流29時間後の腎機能に対する、この発明に係る腎不全治療剤の影響を示すグラフである。
【図2】再灌流29時間後の腎組織障害の病理組織学的評価を示す表である。
【図3】各実験動物群の腎組織のGGT活性を示すグラフであり、(A)は虚血直後、(B)は再灌流6時間後、(C)は再灌流29時間後のGGT活性を示す。
【図4】各実験動物群の腎組織のスーパーオキシド産生量を示すグラフであり、(A)は虚血直後、(B)は再灌流6時間後、(C)は再灌流29時間後のスーパーオキシド産生量を示す。
【図5】各実験動物群の腎組織のTBARS含量を示すグラフであり、(A)は虚血直後、(B)は再灌流6時間後、(C)は再灌流29時間後のTBARS含量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
この発明の腎不全治療剤は、脱離基を有するホスホン酸ジエステル誘導体を有効成分として含み、GGTを選択的に阻害することによって、腎虚血時および再灌流時の酸化ストレスを抑制し、腎虚血−再灌流に伴う急性腎不全の予防または治療を行う。
【0027】
この発明の有効成分として用いられるホスホン酸ジエステル誘導体の構造は、具体的には、一般式(1)で示される。
【0028】
【化2】

【0029】
ここで、R1およびR2の少なくともいずれか一方が脱離基である。脱離基には、その解離定数pKaが12以下程度のものが用いられる。たとえば、脱離基として、一般式(2)−一般式(6)などが挙げられる。
【0030】
【化3】

【0031】
3としては、置換基を有していてもよいアリール基、または置換基を有していてもよい複素環残基などが挙げられ、アリール基には、フェニル基などが挙げられる。R4、R5、R6、R7、R8およびR9のそれぞれとしては、水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、または電子吸引基などが挙げられ、これらは互いに同一であっても異なっていてもよい。電子吸引基には、ハロゲン原子、カルバモイル基、カルボニル基、シアノ基、アルキルスルファニル基、アリールスルファニル基、またはカルボキシ基などが挙げられる。また、R5およびR6の少なくともいずれか一方が、GGTの基質であるグルタチオンまたはその抱合体の、グルタミル基を除く部分と同じ構造またはそれに近い構造を有する基であることが好ましい。なお、R4−R8の置換基のうち隣接する2つの置換基が互いに結合して環を形成してもよい。
【0032】
ホスホン酸ジエステル誘導体(1)のなかでも、R1がOR10であり、R2がOR11であるホスホン酸ジエステル誘導体(7)が好ましい。
【0033】
【化4】

【0034】
ホスホン酸ジエステル誘導体(7)において、R10およびR11が水素原子以外であって、OR10およびOR11の少なくともいずれか一方が脱離基である。この脱離基には、一般式(2)−(4)で示される置換基などが挙げられ、なかでも一般式(2)の−O−R3が好ましく、特にR3が置換基を有していてもよいアリール基であることが好ましい。この場合、R10が、置換基を有していてもよいアルキル基、または置換基を有していてもよいアリール基であり、R11が、置換基を有していてもよいアリール基であることが好ましい。また、OR10およびOR11の少なくともいずれか一方が、GGTの基質であるグルタチオンまたはその抱合体の、グルタミル基を除く部分と同じ構造またはそれに近い構造を有する基であることが好ましい。特に、末位の炭素原子にカルボキシ基またはその等価体が結合しており、かつリン原子に結合する酸素原子から末端までの原子数であって、水素原子を除いた原子数が6−8である構造が好ましい。
【0035】
10における置換基を有していてもよいアルキル基の置換基としては、置換基を有していてもよいフェニル基、窒素を有する複素環残基、アルキルスルファニル基、アリールスルファニル基、ヒドロキシ基、カルバモイル基、アミノ基、グアニジノ基、アルコキシ基、アミド基、カルボキシ基、またはカルボキシ基の等価体などが挙げられる。
【0036】
また、R10における置換基を有していてもよいアルキル基のアルキル鎖としては、直鎖であってもよいし、分岐鎖であってもよい。なかでも、
【0037】
【化5】

【0038】
であることが好ましい。
【0039】
12としては、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、または水素原子などが挙げられる。
【0040】
12の置換基を有していてもよいアルキル基の置換基としては、置換基を有していてもよいフェニル基、窒素を有する複素環残基、アルキルスルファニル基、アリールスルファニル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、カルバモイル基、アミノ基、グアニジノ基、アルコキシ基、またはアミド基などが挙げられる。
【0041】
この置換基を有していてもよいフェニル基で置換されたアルキル基としては、
【0042】
【化6】

【0043】
などが好ましい。X3としては、アルコキシ基または低級アルキル基などが挙げられ、低級アルキル基としては、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、またはtert−ブチルなどの炭素数1−4の直鎖または分岐鎖状のアルキル基などが挙げられる。
【0044】
窒素を有する複素環残基で置換されたアルキル基としては、
【0045】
【化7】

【0046】
などが挙げられる。
【0047】
ヒドロキシ基で置換されているアルキル基としては、−CH2OH、または−CH(CH3)OHなどが挙げられる。カルボキシ基で置換されているアルキル基として、−CH2COOH、または−CH2CH2COOHなどが挙げられる。カルバモイル基で置換されているアルキル基として、−CH2CONH2、または−CH2CH2CONH2などが挙げられる。アミノ基で置換されているアルキル基としては、−(CH24NH2などが挙げられる。グアニジノ基で置換されているアルキル基としては、−(CH23NHC(=NH)NH2などが挙げられる。
【0048】
アルキルスルファニル基またはアリールスルファニル基で置換されているアルキル基としては、−CH2CH2SCH、−CH2SH、−CH2S)2、または−CH2SR12’などが挙げられる。アルコキシ基で置換されているアルキル基としては、−CH2OR12’などが挙げられる。アミド基で置換されているアルキル基としては、−CH2NHCOR12’などが挙げられる。
【0049】
12’は、水素原子以外であり、各酵素の基質構造に相当する。なかでも、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいベンジル基、置換基を有していてもよいフェニル基、または置換基を有していてもよい複素環残基などが挙げられる。なお、R12’は、R12の下の概念であって、R’と異なる。
【0050】
12’の置換基を有していてもよいアルキル基の置換基としては、アシル基、アルコキシカルボニル基、またはアミド基などが挙げられる。また、R12’のアルキル基としては、炭素数1−6のアルキル基が好ましい。
【0051】
また、R12のアルキル基としては、−CH3、−CH2CH3、−CH2CH2CH3、−CH(CH32、−CH2CH2CH2CH3、−CH(CH3)CH2CH3、−CH2CH(CH32、−C(CH33、または−CH2CH212’などが挙げられる。R12’は上記と同様である。
【0052】
さらに、R12のアリール基としては、フェニル基などが挙げられる。
【0053】
13としては、水素原子、または
【0054】
【化8】

【0055】
などが挙げられる。
【0056】
ここで、n1が0−4の整数であり、n2が0または1であり、n3が0−4の整数である。なかでも、n3が0または1であることが好ましい。また、n2が0のとき、n1とn3との和が1−3であり、n2が1のとき、n1とn3との和が0または1であることが好ましい。
【0057】
1としては、アミド基またはアルケニル基などが挙げられ、アルケニル基では−CH=CH−などが好ましい。X2としては、カルボキシ基、またはカルボキシ基の等価体などが挙げられる。
【0058】
14としては、水素原子または低級アルキル基などが挙げられ、低級アルキル基には上記と同様のものが挙げられ、なかでも、メチル基およびエチル基が好ましい。
【0059】
なお、置換基を有していてもよいアルキル基において、上記全てのカルボキシ基およびカルボキシ基の等価体としては、−COOR、−CONR2、−COR、−CN、−NO2、−NHCOR、−OR、−SR、−OCOR、−SO3R、または−SO2NR2などが挙げられる。このRは、水素原子またはアルキル基であり、アルキル基には上記と同様の低級アルキル基が好ましく、特にメチル基が好ましい。
【0060】
また、R10およびR11における置換基を有していてもよいアリール基の置換基としては、カルボキシ基またはカルボキシ基の等価体により置換されていてもよいアルキル基、電子吸引基、カルボキシ基、あるいはカルボキシ基の等価体などが挙げられる。
【0061】
置換基を有していてもよいアリール基としては、アリール基またはそれに置換された置換基における炭素原子にカルボキシ基またはその等価体が結合しており、かつホスホン酸ジエステル誘導体(7)におけるリン原子に結合する酸素原子からカルボキシ基またはその等価体の末端までの原子数であって、水素原子を除いた原子数が、6−8である構造が好ましい。
【0062】
アリール基としては、フェニル基などが挙げられる。
【0063】
置換基を有してもよいフェニル基は、
【0064】
【化9】

【0065】
で表される。
【0066】
1としては、−R’、−OR’、または電子吸引基などが挙げられ、なかでも電子吸引基が好ましい。R’は、水素原子、または二重結合を有してもよいアルキル基であり、このアルキル基には上記と同様の低級アルキル基が好ましく、特にメチル基またはエチル基が好ましい。
【0067】
2としては、カルボキシ基およびカルボキシ基の等価体のいずれかで置換されていてもよく、かつ二重結合を有していてもよいアルキル基、水素原子、カルボキシ基、あるいはカルボキシ基の等価体などが挙げられる。このアルキル基には、上記と同様の低級アルキル基が好ましく、なかでもメチル基またはエチル基が好ましい。
【0068】
なお、Y1およびY2は、オルト位、メタ位、およびパラ位のいずれでもよいが、なかでもメタ位およびパラ位が好ましく、特にパラ位が好ましい。
【0069】
また、たとえば、一般式(11)−一般式(13)に示すように、隣接する2つの置換基Y1とY2とが互いに結合して環を形成してもよい。R16としては、水素原子または上記と同様の低級アルキル基などが挙げられ、なかでも水素原子、メチル基、またはエチル基が好ましい。
【0070】
【化10】

【0071】
なお、置換基を有していてもよいアリール基において、上記全ての電子吸引基として、ハロゲン原子、−COOR’、−CONR’2、−COR’、−OCOR’、−CF3、−CN、−SR’、−S(O)R’、−SO2R’、−SO2NR’2、−PO(OR’)2、または−NO2などが挙げられる。ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、またはヨウ素などが挙げられる。R’は前記と同じ意味を表す。
【0072】
また、置換基を有していてもよいアリール基において、上記全てのカルボキシ基およびカルボキシ基の等価体として、−COOR”、−CONR”2、−COR”、−CN、−NO2、−NHCOR”、−OR”、−SR”、−OCOR”、−SO3R”、または−SO2NR”2などが挙げられる。R”は、水素原子、または二重結合を有してもよいアルキル基であり、このアルキル基には上記と同様の低級アルキル基が好ましい。
【0073】
そして、R11が、Y1で置換されていてもよいフェニル基の場合、ホスホン酸ジエステル誘導体は、
【0074】
【化11】

【0075】

【0076】
【化12】

【0077】
、または
【0078】
【化13】

【0079】
であることが好ましい。なお、R12、R14、X2、Y1、n1、およびn3が前記と同じ意味を表す。
【0080】
また、R11が、Y1および/またはY2で置換されていてもよいフェニル基の場合、ホスホン酸ジエステル誘導体は、
【0081】
【化14】

【0082】
であることが好ましい。なお、R15は上記と同様の低級アルキル基であり、なかでもメチル基またはエチル基が好ましい。Wは、一般式(18)−一般式(21)などである。R16、Y1およびY2が前記と同じ意味を表す。この一般式(18)では、Y2は、カルボキシ基またはカルボキシ基の等価体で置換されたアルキル基、カルボキシ基、あるいはカルボキシ基の等価体であることが好ましい。
【0083】
【化15】

【0084】
また、R10およびR11が、Y1および/またはY2で置換されていてもよいフェニル基の場合、ホスホン酸ジエステル誘導体は、
【0085】
【化16】

【0086】
であることが好ましい。なお、Y1およびY2が前記と同じ意味を表す。
【0087】
上述のようなホスホン酸ジエステル誘導体(1)の製造方法は、この発明者らが先に出願したWO2007/066705 A1にその詳細が記載されているので、参照されたい。
【0088】
ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、脱離基が置換されていることによって、GGTを不可逆的に失活させる。また、GGTに対して選択的に作用し、GAT(glutamine amidotranceferase)類を阻害せず、毒性や変異原性もないことも確認されている。つまり、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、動物(人体)に投与しても安全である。
【0089】
その中でも、上述の一般式(7)において、OR10およびOR11の少なくともいずれか一方が、GGTの基質であるグルタチオンまたはその抱合体の、グルタミル基を除く部分と同じ構造またはそれに近い構造を有する基であることが好ましく、末位の炭素原子にカルボキシ基またはその等価体が結合しており、かつリン原子に結合する酸素原子から末端までの原子数(水素原子を除く)が6−8である構造を有することが好ましい。つまり、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、GGTの基質であるグルタチオンと類似する構造を有することが好ましい。これにより、ヒトGGTの活性中心である基質認識部位によく適合するようになり、ヒトGGTに対して高い阻害効果を発揮する。したがって、より効果的にヒト腎における酸化ストレスを抑制でき、腎機能の保全や回復をより効果的に促すことができる。
【0090】
その中でも特に、以下に示す構造を有する、2−アミノ−4−{[3−(カルボキシメチル)フェニル](メチル)ホスホノ}ブタン酸は、中性の水に溶かして室温で1ヶ月間放置しても全く分解が認められない、きわめて化学的に安定な化合物であるため、腎不全治療剤としての利用に適する。
【0091】
【化17】

【0092】
この発明の腎不全治療剤は、上述のように、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)を有効成分として含む。この際、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、必要に応じて製剤上許容しうる担体(賦形剤、結合剤、崩壊剤、矯味剤、矯臭剤、乳化剤および溶解補助剤など)と混合することができ、腎不全治療剤は、固形製剤、半固形製剤および液体製剤などとして調製される。これらの製剤は、経口、注射および局所投与などの任意の投与方法によって投与できる。なお、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、その1種類を有効成分として単独で含めることもできるし、複数の種類を併用して含めることもできる。
【0093】
以下、実験結果を参照して、腎虚血−再灌流に伴う急性腎不全に対する、この発明の腎不全治療剤の有効性について具体的に説明する。以下の実験においては、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)の一例である、2−アミノ−4−{[3−(カルボキシメチル)フェニル](メチル)ホスホノ}ブタン酸を有効成分として含む腎不全治療剤(以下、「治療剤1」と言う。)を用いた。
【0094】
先ず、虚血−再灌流誘発性の急性腎不全モデル動物の作成方法について説明する。この病態モデル動物の作成には、8週齢のSD(Sprague-Dawley)系雄性ラットを用いた。はじめに、ペントバルビタール(50mg/kg,i.p.)麻酔下で、ラットの右側腹部を2cm程度切開して、腎臓を露出させる。腎動静脈および輪尿管を結紮後、右腎を摘除し、切開面を縫合する。2週間の回復期間を与えた後、ペントバルビタール麻酔下のもと、左側腹部を3.5cm程度切開し、左腎を露出して腎動静脈周囲の脂肪を除去する。そして、非外傷性クリップを用いて左腎動静脈の血流を遮断し、腎臓を虚血状態にする。このとき、腎臓より1cmほど離れた部分にクリップを留めることで腎臓との直接の接触を避け、また、虚血中は乾燥を防ぐため腎臓を腹腔内へ戻しておく。虚血開始の45分後、クリップを除去することによって血流を再開通(再灌流)させる。その後、腎臓を腹腔内に戻して切開面を縫合することによって、急性腎不全モデル動物を得ることができる。
【0095】
急性腎不全に対する治療剤の有効性の検証は、上述の左腎虚血処置の5分前に、治療剤を投与することによって行う。この実験においては、頚静脈投与によって治療剤1を投与することにより、薬物投与群のラットを作成した。また、治療剤1の代わりに、溶媒のみを頚静脈投与することにより、対照群のラットを作成した。さらに、左腎の虚血−再灌流処置を除く同様の操作を行ったラットを、偽手術群のラットとした。
【0096】
治療剤の有効性を検証する際には、再灌流処置終了24時間後のラットから、5時間尿を採取する。採尿終了後、ペントバルビタール麻酔下で、腹部大動脈から採血し、続いて左腎を摘出する。そして、採取した尿、血液および腎臓を利用して、治療剤の有効性を判断する。すなわち、採取した尿および血液の腎機能パラメータとなる各種成分などを分析することによって、腎機能が正常に働いているか否かを判断する。また、採取した腎臓の一部は、組織標本作製用として10%ホルマリン含有の中性リン酸緩衝液で組織固定し、顕微鏡観察に用いる。さらに、この実験では、腎臓の一部を用いて、腎組織中のGGT活性、スーパーオキシド産生量およびTBARS含量を測定した。
【0097】
以下、腎機能パラメータの測定方法について説明する。腎機能パラメータとしては、血中尿素窒素濃度;BUN(mg/dl)、血漿クレアチニン濃度;Pcr(mg/dl)、
クレアチニンクレアランス;Ccr(ml/min/kg)、尿量;UF(μl/min/kg)、尿中ナトリウム排泄率;FENa(%)、および尿浸透圧;Uosm(mOsm/kg)を測定し、腎機能の判定に用いる。
【0098】
BUNは、尿素窒素B-テスト(和光純薬工業)を用いて測定した。具体的には、血漿をウレアーゼ含有溶液に加え、37℃で15分間加熱することにより、尿素をアンモニアに分解した。このアンモニアを、ニトロプルシッドナトリウム存在下、サリチル酸および次亜塩素酸と37℃で10分間反応させ、インドフェノールを産生させた。アルカリ性下で呈する青色の吸光度を570nmの波長で測定し、標準液から得られた検量線により、BUNを算出した。
【0099】
PcrおよびUcr(尿中クレアチニン濃度(mg/dl))のそれぞれは、クレアチニン-テスト(和光純薬工業)を用いて測定した。具体的には、血漿および11倍希釈尿を試料とし、徐タンパク試液を加えて遠沈後、上清を分離した。この上清に水酸化ナトリウムおよびピクリン酸を加え、27.5℃の水浴中で20分間放置した(Jaffe’s反応)。生じた橙赤色縮合物の吸光度を520nmの波長で測定し、標準液から得られた検量線により、PcrおよびUcrを算出した。また、Pcr、UcrおよびUFから、Ccrを算出した(Ccr=(UF×Ucr)/(Pcr×1000))。
【0100】
血漿および尿中のナトリウム濃度(PNa,UNa)は、炎光光度計(日立製作所製)を用いて測定した。そして、PNa、UNa、UFおよびCcrから、FENaを算出した(FENa=UNaV/(PNa×Ccr)×100,UNaV=UF×UNa/1000)。また、Uosmは、浸透圧計(Fiske社製)を用いて測定した。
【0101】
また、病理組織学的検討を行うために、ホルマリンで組織固定した腎臓のパラフィン切片(3−5μm)を作成し、hematoxylin-eosin染色を行った後、光学顕微鏡下で観察した。腎組織障害の程度は、変化なし(1)、軽度(2)、中等度(3)、高度(4)、きわめて高度(5)の5段階で数値化して評価した。
【0102】
続いて、腎組織中のGGT活性、スーパーオキシド産生量およびTBARS含量の測定法について説明する。
【0103】
GGT活性は、人工基質であるγ-グルタミル-p-ニトロアニリド(γGPNA)と受容体であるグリシルグリシン(GlyGly)とを用い、GGTが触媒するγ-グルタミル基の転移反応に伴い遊離するp-ニトロアニリンの生成速度を測定することによって算出した。具体的には、γGPNAとGlyGlyとを含む基質溶液に腎臓ホモジナイズ溶液を加え、37℃で1分間反応させてp-ニトロアニリンを産生させた。生成したp-ニトロアニリンが呈する黄色の吸光度を410nmの波長で測定した。吸光度の変化はGGT活性と比例するため、この吸光度の変化からGGT活性を算出した。
【0104】
スーパーオキシド(O)産生量は、Oと特異的に反応するルシゲニンを用いた化学発光法によって測定した。具体的には、遮光した試験管内にKrebs-HEPES緩衝液(pH7.4)と腎臓の一部とを加え、37℃で15分間安定放置した。その後、ルミノメータ(Sirius-2,Berthold Detection Systems)内にてルシゲニンを添加し、ルシゲニンとOとの反応によって生じた光子を計測した。ルミノメータの計測値は、RLU(Relative Light Unit)として表示され、腎臓の乾燥重量1mg、計測時間1分間あたりのRLUを腎組織からのO産生量とした。
【0105】
TBARS(チオバルビツール酸陽性物質)含量は、腎臓ホモジナイズ溶液にチオバルビツール酸を加え、15分間沸騰水浴中で反応させ、反応生成物であるTBARSが呈する赤色の吸光度を535nmの波長で測定することによって算出した。なお、TBARSは、脂質過酸化(つまり酸化ストレス)のマーカとして用いられる物質である。
【0106】
図1−5を参照して、実験結果について説明する。なお、実験結果は、平均値±標準誤差で示している。有意差検定は、2群比較の場合、studentの対応のないt検定を用いた。また、3群以上の有意差検定は、多重比較検定により行った。すなわち、一元配置分散分析(one-way ANOVA test)を行い、有意差が認められた場合、対照群を対照にDunnett法による多重比較検定を行った。いずれの場合にも有意水準は、両側5%とした。
【0107】
なお、図1−5において、薬物投与群1−3のそれぞれは、上述の病態モデルを作成する際に、治療剤として0.1、1、10mg/kg i.v.の治療剤1を投与したラット群を示す。また、対照群は、治療剤として溶媒のみを投与したラット群を示す。さらに、偽手術群は、上述の病態モデルを作成する際に、左腎の虚血−再灌流処置を行わなかったラット群であって、偽手術群1は、治療剤として溶媒のみを投与したラット群を示し、偽手術群2は、治療剤として10mg/kg i.v.の治療剤1を投与したラット群を示す。また、nは検体数を示す。
【0108】
図1は、再灌流29時間後の腎機能に対する治療剤1の影響を示す。図1に示すように、対照群のラットと比較して、薬物投与群1−3のラットは、BUN、Pcr、UFおよびFENaに明らかな減少が認められ、CcrおよびUosmに明らかな増加が認められる。
【0109】
図2は、再灌流29時間後の腎組織障害の病理組織学的評価を示す表である。図2には、腎組織障害の程度を5段階で数値化したものの平均値を示している。図2に示すように、対照群のラットと比較して、薬物投与群3のラットは、尿細管壊死、髄質うっ血、およびタンパク円柱のいずれにおいても、腎組織障害の程度は低く抑えられることが確認された。
【0110】
図1および2の実験結果から、治療剤1を投与することによって、腎機能の悪化が防止または抑制されていることが分かる。つまり、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)が、腎虚血−再灌流に伴う急性腎不全(腎障害)の予防や治療に有用であることが分かる。
【0111】
図3は、各経過時刻における、腎組織のGGT活性を示す。図3に示すように、対照群のラットと比較して、薬物投与群1−3のラットは、虚血直後、再灌流6時間後、および再灌流29時間後のいずれの場合にも、GGT活性が抑制されている。したがって、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、腎組織においてGGT阻害剤として有効に機能していることが分かる。
【0112】
図4は、各経過時刻における、腎組織のスーパーオキシド産生量を示す。図4に示すように、対照群のラットと比較して、程度差はあるものの、薬物投与群1−3のラットは、虚血直後、再灌流6時間後、および再灌流29時間後のいずれの場合にも、スーパーオキシド産生量が抑制されている。特に、対照群のラットにおいては、再灌流後に、スーパーオキシド産生量が増大しているのに対し、薬物投与群2または3のラットにおいては、再灌流後(特に29時間後)も、スーパーオキシド産生量が抑制されている。
【0113】
図5は、各経過時刻における、腎組織のTBARS含量を示す。図5に示すように、対照群のラットと比較して、虚血直後の薬物投与群1または2のラットにおいて効果は確認されないものの、それ以外の薬物投与群1−3のラットでは、TBARS含量が抑制されている。特に、対照群のラットにおいては、再灌流後に、TBARS含量が増大しているのに対し、薬物投与群1−3のラットにおいては、再灌流後も、TBARS含量が抑制されている。
【0114】
図3−5に示した実験結果から分かるように、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)を投与することによって、腎組織内のGGT活性が抑制され、これに伴い、腎組織内のスーパーオキシド産生量およびTBARS含量が抑制される。これは、グルタチオンの分解酵素であるGGTを阻害することによって、酸化ストレスに対抗する物質であるグルタチオンの量が増えるためと考えられる。また、GGTによるグルタチオンの分解産物であるCys-Glyは、きわめて活性なチオールであるため、生理的条件下で金属イオンを介して容易に酸素を還元し、活性酸素種を作り出す。つまり、GGT活性の増大は、酸化ストレスを亢進させることにつながるので、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)によって腎組織のGGT活性を抑制することにより、腎組織の酸化ストレスを抑制できると考えられる。
【0115】
このように、この発明の腎不全治療剤に有効成分として含まれるホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、GGTを選択的に阻害することによって、急性腎不全の原因の1つと考えられている腎虚血時および再灌流時の酸化ストレスを抑制でき、延いては腎機能の維持や回復を促すことができる。また、ホスホン酸ジエステル誘導体(1)は、毒性や変異原性を示すこと無く、安全に人体に投与できる。したがって、この発明によれば、安全性の高い有用な腎不全治療剤を提供することができる。
【0116】
なお、上述の実験では、虚血前に腎不全治療剤を投与したが、再灌流後に腎不全治療剤を投与するようにしてもよい。図4および5に示したように、この発明に係る腎不全治療剤は、再灌流時に増大する酸化ストレスを抑制できるので、再灌流後に腎不全治療剤を投与した場合であっても、腎機能の維持や回復を促すことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腎虚血−再灌流に伴う急性腎不全の予防または治療を行うための腎不全治療剤であって、
一般式(1)
【化1】


(式中、R1およびR2の少なくともいずれか一方が脱離基を表す。)で示されるホスホン酸ジエステル誘導体を有効成分として含む、腎不全治療剤。
【請求項2】
1およびR2の少なくともいずれか一方が、グルタチオンまたはその抱合体の、グルタミル基を除く部分と同じ構造またはそれに近い構造を有する基である、請求項1記載の腎不全治療剤。
【請求項3】
1がOR10であり、R2がOR11であり、
OR10およびOR11の少なくとも一方において、リン原子に結合する酸素原子から末端までの水素原子を除く原子数が6−8のいずれかである、請求項1または2記載の腎不全治療剤。
【請求項4】
前記ホスホン酸ジエステル誘導体は、2−アミノ−4−{[3−(カルボキシメチル)フェニル](メチル)ホスホノ}ブタン酸を含む、請求項1ないし3のいずれかに記載の腎不全治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−168511(P2011−168511A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32161(P2010−32161)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】