説明

腐植化促進材、有機物の腐植化方法及び腐植物質

【課題】 有機性廃棄物の腐植化を促進し、早期に腐植物質を生成する。
【解決手段】 アルカリ化合物と鉄化合物から成る腐植化促進材を家畜排泄物、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥等の有機性廃棄物に添加して置くことにより腐植化を促進し、早期に腐植物質を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物の腐植化促進材、腐植化方法及びおよびこれらによって得られた腐植物質に関する。
【背景技術】
【0002】
動植物の遺体や動物の排泄物などの有機物は土壌中で微生物による分解を受けアンモニアなどの栄養素となり植物に吸収される。この過程で一部は糖類やアミノ酸、脂肪酸などの低分子有機物となり微生物による再分解や再合成を繰り返す。さらに粘土などの無機成分による触媒的作用を受け長い時間をかけて最終的に不定形の高分子有機化合物である腐植物質となる。腐植物質の生成過程(腐植化過程)ではその進行に伴い色調が黄、赤褐、黒褐と暗色に変化する。したがって一般的に黒っぽい土壌は腐植物質の含有量も多く、肥沃な土壌であるとされている。
【0003】
化学肥料により農業生産性は著しく向上したが、一方で有機物の土壌還元量が低下して土壌中の腐植物質が合成されず地力の低下を招いている。これを補う堆肥の施用は効果的ではあるが、従来の堆肥製造時に添加する微生物資材などは有機物を分解するのが目的であり腐植物質の生成までもターゲットとしたものではない。
【0004】
腐植物質の定義・分別は国際腐植学会(International Humic Subtances Society、略称IHSS)で定めている。それによると腐植物質とは土壌をNaOH等のアルカリで抽出した画分あるいは天然水でXAD、PVP等の疎水性樹脂に吸着し希アルカリ水溶液で溶出される画分のことであり、さらに腐植物質の中で酸により沈殿する画分をフミン酸又は腐植酸、沈殿しない画分をフルボ酸という。
【0005】
腐植物質の生成過程についてはその農学的な重要性から古くから活発に議論されているが未だ結論を得ていない。その生成には多くの種類の物質と複雑多岐にわたる反応が関与するが、土壌中の無機成分の働きが大きく関与していると考えられている。
【0006】
土壌の肥沃度は「地力(ちりょく)」という言葉でも表現されている。「地力」とは昭和59年に施行された地力増進法によると「土壌の性質に由来する農地の生産力」と定義されている。地力と腐植物質には密接な関連があり土壌中の腐植物質の増加は地力の向上を意味するといえる。
【0007】
有機物を施用せずに化学肥料を連用すると土壌中の腐植物質が分解される。その分解率は年間約5%といわれている。農地における平均的な腐植の含有量が5%であるならば、10a当たり約20tの腐植物質があり、それから年間約1tが失われていることになる。腐植の喪失による地力の低下は深刻化している。
【0008】
腐植物質は土壌の物理的、化学的、生物的構造に大きな影響を与えており、農作物の生産性の向上に大きな影響を与えている。
【0009】
腐植物質が多く含まる土壌は微細な粘土粒子と結合して土壌の物理的性質を変化させるため、土壌の透水性、保水性の改善や通気性を改善する。化学的な効果ではpH変化などに対する緩衝作用が大きくなる。また腐植は、マイナスに荷電していることからアンモニウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオンなどの植物の生育にとって必須栄養素を吸着して肥料効果を高め、肥料の流出を防ぐ。
【0010】
腐植物質は植物にとって成長阻害成分であるアルミニウムと強固に結合し不活性化する働きがあり、アルミニウムと結合しやすいリン酸の肥効の向上と移動拡散を促進する。
【0011】
生物的な効果では腐植物質がオーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンの持つ生理活性機能を示すことから植物の病害に対する抵抗性もあるとされている。これらの腐植物質の機能により、腐植物質の農地への施用は化学肥料や農薬の使用量を削減できる可能性を示唆している。
【0012】
さらに工学的な分野では、腐植物質を触媒として六価クロムの無毒化還元や有機ハロゲン化物の脱塩素化などの有害化学物質の浄化作用でも注目を集めている。また、腐植物質の持つ吸着性能を応用して脱臭などにも広く応用されている。
【0013】
腐植の量と程度は、気温(地温)、土壌水分、地上植生、粘土含量に依存して一定の平衡状態に保たれている。地上の植生が気候変動や農耕地化などによって変化すれば腐植物質の量と質は新たな平衡状態に移行する。
【0014】
山地、丘陵地、草地を開墾して農耕地にした場合、農業生態系のなかで土壌に還元される植物遺体の量は自然生態系に比べ著しく少なくなる。また、耕作によって作土が好気的になり微生物の活性が高まるため、易分解性腐植の分解量が多くなり腐植含量は減少する。これらの失われた腐植を補うための手段として堆肥等の有機物の施用があるが、微生物によって分解されただけで腐植化されていない堆肥は土壌中でさらに分解、再合成することになり腐植として安定するまでに長い時間がかかり、決して効率的とはいえない。堆肥等の土壌に投入される有機物は最終的には安定的な腐植の状態にすることが望ましい。
【0015】
近年、植物残渣物や家畜排泄物、厨芥などの有機性廃棄物を堆肥化して農地に還元すべく、積極的な研究開発が行われている。しかし、ここでの堆肥化は有機物を微生物によってより低分子の糖やアミノ酸、タンパク質にまで分解することであって、より安定的な形である腐植の生成には至っていない。土壌を肥沃化するには腐植化が必須であるが、温湿度のコントロール以外に腐植化を促進する手段は今のところ見出されていず、より効率的な腐植化技術の確立が望まれている。
【0016】
腐植化促進材の開発により短時間に、そして任意に腐植物質を生成することが可能となれば、生成した腐植を農地に還元できるだけではなく、土壌浄化や脱臭などのより工学的な分野での応用も期待できるほか、任意に腐植を生成することによって腐植物質から植物ホルモン様物質などの有用物質の抽出などへの道が開けることが期待できる。さらに腐植物質の持つ多様な機能によって、地力が高まり植物本来の持つ生理活性や病虫害抵抗性を高め、化学肥料や農薬の使用量の削減にも効果が期待されるため、いわゆる有機農業の分野での利用が有効である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本願発明者らは、家畜排泄物の腐植化を促進する材料の検討を行い、アルカリ化合物と鉄化合物を同時に家畜排泄物に混合することにより、腐植化を促進することができることを発見した。
【0018】
本発明はこの技術的な発見に根ざし、有機物又は有機物分解生成物を効果的に腐植化できる腐植化促進材、これを用いた腐植化方法及びこれらにより生成された腐植物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
請求項1の発明の腐植化促進材は、アルカリ化合物と鉄化合物とを含有することを特徴とするものである。
【0020】
請求項2の発明は、請求項1の腐植化促進材において、前記アルカリ化合物は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を含み、水溶化した際にアルカリ性を示す化合物であることを特徴とするものである。
【0021】
請求項3の発明は、請求項1の腐植化促進材において、前記アルカリ化合物は、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウムのうちのいずれか1又は複数のものの炭酸塩、水酸化物若しくは酸化物の少なくとも1つを含むことを特徴とするものである。
【0022】
請求項4の発明は、請求項1の腐植化促進材において、前記鉄化合物は、非晶質又は結晶質の酸化鉄、非晶質又は結晶質の水酸化鉄、二価又は三価の鉄塩、鉄錯化合物、鉄イオン、元素鉄のいずれかの単体、又はそれらの2種類以上の混合物であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項5の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の腐植化促進材において、前記アルカリ化合物および前記鉄化合物を、無機物または有機物を主たる基質とする担体に担持または含浸させたものである。
【0024】
請求項6の発明の有機物の腐植化方法は、有機物又は有機物の分解にて生成された有機物分解生成物に対して、請求項1〜5のいずれかの腐植化促進材を添加して置くことにより、前記有機物又は有機物分解生成物を腐植化することを特徴とするものである。
【0025】
請求項7の発明は、請求項6の有機物の腐植化方法において、前記有機物は、動物の糞尿、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥又は動植物の遺体であることを特徴とするものである。
【0026】
請求項8の発明の腐植物質は、有機物又は有機物の分解にて生成された有機物分解生成物に対して、請求項1〜5のいずれかの腐植化促進材を添加して置くことにより、前記有機物又は有機物分解生成物を腐植化したものである。
【0027】
請求項9の発明は、請求項8の腐植物質において、前記有機物は、動物の糞尿、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥又は動植物の遺体であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、アルカリ化合物と鉄化合物からなる腐植化促進材によって家畜排泄物、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥等の有機性廃棄物等の有機物又は有機物分解生成物の腐植化を促進し、植物生長を阻害しない、土壌施用できるレベルの堆肥を短期間で製造することを可能にし、地力の増進に必要な腐植物質を大量に提供することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態を図に基づいて詳説する。
【0030】
[腐植について]
「腐植」とは、「動植物の遺体が土壌中で微生物などによって分解された後、新たに合成(縮合、重合)されてできた分子量が数万から数十万程度の褐色か暗黒色の非結晶性有機物」といわれている。腐植は多様な物質の集合体であり、図1に示すように、有機物をピロリン酸ナトリウムや水酸化ナトリウムなどのアルカリ性物質で抽出することによって得られる物質をいう。この腐植物質は単位炭素当たりの黒色味の強い二次的高分子化合物であり、腐植化の進行による縮合および重合反応に伴って単位炭素当たりの黒色味が強い二次的高分子化合物となることから、腐植の色調が黄色、赤褐色、黒褐色へと変わる。この腐植化度を示すのに黒色化の度合いを用いる。
【0031】
本発明に記載の腐植化において対象となる有機物には、動物の糞尿、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥および動植物の遺体、ならびにこれらの有機物を含む液体が含まれる。有機物を含む液体としては、例えば糞尿スラリーなどのスラリー状物質、および堆肥製造時において余剰水分が滲出したレキ汁などがある。
【0032】
腐植化の進行度合いを評価するために、腐植化度、腐植酸含量および腐植酸の形態分析を行った。試料は105℃の乾燥機で48時間以上通風乾燥し、乾燥後の試料を粉砕して調製した。
【0033】
腐植酸含量は、農林水産省が定める「泥炭および腐植酸質資材の試験方法」に準じて測定した。
【0034】
腐植化度については、泥炭の分解度指標として用いられる方法に準じて、ピロリン酸ナトリウム抽出液の波長550nmにおける吸光度を測定した。
【0035】
腐植酸の形態分析では、試料から水酸化ナトリウム溶液ないしピロリン酸ナトリウム・水酸化ナトリウム混液を用いて腐植を抽出後、抽出液を酸性化して腐植酸(沈殿部)とフルボ酸を分離し、得られた腐植酸を水酸化ナトリウム溶液で再溶解した溶液について、有機炭素含量と波長400および600nmにおける吸光度を測定した。腐植酸の分類法に基づき、色調係数(ΔlogK)と相対色度(RF)を算出した。色調係数(ΔlogK)は、波長400nmにおける吸光度と波長600nmにおける吸光度との差から次式に示すようにして求められる。
ΔlogK=ΔlogK400−ΔlogK600
(ただし、K400およびK600はそれぞれ、波長400nmおよび600nmにおける吸光度を示す。)
また、RFは腐植酸液の波長600nmにおける吸光度とKMnO消費量ないし有機炭素濃度から求めることができる。
【0036】
色調係数(ΔlogK)と相対色度(RF)を指標とする腐植化の進行度合いを図2に示す。このRFとΔlogKとの相関によって腐植酸を分類することが可能である。領域Aは高腐植化度領域、領域Rpは低腐植化度領域、B、Pは中間領域である。一般に、腐植化の進行(腐植酸の黒色化と安定化)に伴い、ΔlogKは小さくなり、RF値は大きくなる。土壌に本法を適用した場合、ΔlogKが0.7以下、RF値が80以上であればA型腐植酸に分類され、黒ボク土等の黒色土壌が含む腐植化が極めて進んだ腐植酸を意味する。
【0037】
そして図3に示すように、有機性廃棄物の腐植化前の物質、つまり非腐植物質は、腐植化過程においてRp−P−Aの経路で腐植化が進み、あるいはRp−B−Aの経路で腐植化が進む。
【0038】
腐植酸の形態においては、水酸化ナトリウムによる抽出では遊離型腐植酸、また、ピロリン酸ナトリウム(Na)抽出では遊離型に加え、アルミニウム水酸化物や鉄酸化物等と複合体を形成している結合型腐植酸を抽出することができる。
【0039】
[腐植化促進材]
このような腐植物質を製造するには、自然界で有機物質の分解による腐植生成を待っていたのではあまりにも長時間を要する。ところが本願発明者らは、フリーストール牛舎より排出された家畜排泄物に対して堆肥化資材として再生紙製造プラントの排水処理汚泥であるペーパースラッジを高温処理することで得られるペーパースラッジ炭化物(PSC)、商品名ブラックライト(登録商標、道栄紙業株式会社製)を添加して混合し、一定周期で、堆積物をよく攪拌して積みなおしを行う、いわゆる切り返し作業を行い、性質変化を観察していたところ、PSC混合直後に臭気が著しく軽減することを発見した。また、家畜排泄物の温度は堆積後からゆるやかに上昇すること、また第2回目の切り返し後にも同様の温度上昇傾向を見た。しかも、温度は堆積物の底部に近いほど高く、水分率が高く還元状態に近いところでも発熱反応が起きていることを観察した。
【0040】
この現象から、本願発明者らは、PSCに含有されている何らかの成分が家畜排泄物のような有機性廃棄物に対して有効な腐植化促進作用をもたらしているのではないかと仮定し、PSCの含有成分を分析し、かつ、その中から腐植化促進作用を示す物質の特定を行った。
【0041】
PSCに含有される成分の分析結果は、図4の表1に示すようなものであった。PSC中には元素分析結果から酸化物に換算するとアルカリ化合物として酸化カルシウムを重量比15〜20%含有し、鉄化合物として酸化鉄を7〜20%含有していることが判明した。さらに、PSC中のカルシウムは古紙原料に填料として使われていた微細な炭酸カルシウムを主体とし、ごく一部が炭化の際に生石灰に変化している。鉄化合物は排水処理過程で無機凝集剤として使われていたポリ硫酸第二鉄([Fe(OH)(SO3−n/2)]を由来とするものであり、炭化の際にその半量が非晶質鉄となっている。また、酸化鉄、元素鉄を含む。
【0042】
上述した腐植化過程でアルカリ化合物と鉄化合物は次のように作用すると推測される。アルカリ化合物は有機性廃棄物中に含まれている腐植物質やタンニンやリグニンなどのポリフェノール類(一次的な腐植酸様物質)を溶出させる。次に溶出された腐植物質やポリフェノール類、有機性廃棄物中に存在している有機酸が、鉄化合物の触媒作用を受け重合や縮合などの化学反応を起こす。そしてこの化学反応の際に、鉄化合物やアルカリ化合物に含有されている鉄やカルシウム、マグネシウムなどの金属が腐植物質生成の際の架橋物質として作用する。
【0043】
しかもこれら一連の反応は温度の上昇によってより促進されるが、鉄化合物は温度上昇作用にも寄与する。すなわち、アルカリ化合物および鉄化合物、特に酸化鉄が酸素を供給することにより有機性廃棄物中の還元状態を抑制する。ここで供給された酸素は有機性廃棄物中の物質の酸化反応ならびに好気的微生物反応を促進し発熱するとともに、アルカリ化合物は有機性廃棄物に含まれる酸性物質と中和反応することにより発熱する。これらの発熱量は微量であるが、家畜排泄物堆積物のような有機性廃棄物の大量の堆積により、その表面が強力な断熱材となって蓄熱効果を高める。以上の発熱反応により腐植化は促進されることになる。もちろん、微生物による有機物分解生成物も腐植物質生成の際の前駆的物質となる。
【0044】
上述の発熱反応については次のようなメカニズムが推測される。
【0045】
スラリー状糞尿や高水分糞尿では、大気中からの酸素供給が極めて少ない状態であり、また、糞尿内部の溶存酸素は微生物反応等により消費されるために、好気的な発酵は起りにくいといえる。しかし、腐植化促進材として非晶質鉄酸化物、結晶質鉄酸化物を添加した場合には、これらの酸化鉄化合物により糞尿内部液中に酸素が供給され、この酸素を利用する酵素反応および微生物の代謝反応を引き起こすことが推察される。
【0046】
すなわち、糞尿内部の溶存酸素濃度が低いときには、微生物の一部が生産する酵素による触媒作用によって鉄酸化物は酸素を放出し、二価に還元される。放出された酸素は糞尿中のセルロースや易分解性有機物の好気的微生物分解に利用されて、二酸化炭素と水、そして熱が得られる。一方で、酸素を放出し還元された二価鉄イオン(還元性鉄イオン)は、硫化水素やメチルメルカプタンなどの硫黄系臭気物質と化合して悪臭の発生を抑制するとともに、この二価鉄イオンは腐植物質と安定的な複合体を形成し、二次的な腐植酸の生成と腐植化の進行を促進する。
【0047】
このメカニズムを糞尿スラリーや堆肥滲出液などの水溶性腐植物質を含む液に適用した場合には、二価ないし三価の鉄イオンは水溶性腐植酸と安定的な腐植酸を形成し、その一部は沈殿する。
【0048】
このような考察から、腐植化促進材として有用な物質は、アルカリ化合物と鉄化合物を主成分とするもので、アルカリ化合物は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を含み、水溶化した際にアルカリ性を示す化合物であり、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウムのうちのいずれか1又は複数のものの炭酸塩、水酸化物若しくは酸化物であり、他方、鉄化合物は、非晶質又は結晶質の酸化鉄、非晶質又は結晶質の水酸化鉄、二価又は三価の鉄塩、鉄錯化合物、鉄イオン、元素鉄のいずれかの単体、又はそれらの2種類以上の混合物が好ましい。さらに、腐植化促進材には、前駆物質として微生物分解によって生成されたアミノ酸又は糖類の低分子有機化合物を含有することが好ましい。
【0049】
本発明の腐植化促進材は、アルカリ化合物および鉄化合物を、無機物または有機物を主たる基質とする担体に担持または含浸させたものであってもよい。また、本発明の腐植化促進材は、上記担体に担持または含浸させたものを乾燥、焼成、炭化させて用いてもよい。前記無機物には、例えばゼオライトまたは粘土などがあり、前記有機物には、例えば木材チップまたはおがくずなどがある。
【0050】
上記腐植促進材の添加量は、有機性廃棄物に対して少量、例えば1wt%であっても効果があるが、より多い方が好ましい。
【0051】
本発明の腐植化促進は鉄化合物のみを含有する腐植化促進材によっても達成しうるが、本発明に記載の腐植化促進材は、鉄化合物のみならずアルカリ化合物をも含むことが好ましい。
【0052】
[腐植化促進実験例1]
フリーストール牛舎より排出された水分率85%の家畜排泄物25tに対して堆肥化資材としてアルカリ化合物として炭酸カルシウムを乾燥重量比10〜20%含有し、鉄化合物を乾燥重量比5〜20%含有する資材を家畜排泄物の含水重量に対し2%、500kgを添加してよく混合した。なお、鉄化合物はその半量は非晶質形態であった。試験区と同等の排泄物を用いて対照区を設定した。腐植化促進材混合後は30日に一度、よく攪拌して積みなおしを行う、いわゆる切り返し作業を行った。
【0053】
腐植化促進材混合直後に臭気が著しく軽減した。これは、臭気成分であるメチルメルカプタン、硫化水素などの硫黄系の臭気、および酪酸、イソ吉草酸、プロピオン酸などの揮発性脂肪酸系の臭気が腐植化促進材に含まれるアルカリ化合物によって中和されるとともに、鉄化合物による触媒作用により腐植物質と化合して取り込まれたことにより不活性となったためである。
【0054】
堆積時の温度(表面からの深度50cm)では、腐植化促進材処理区では堆積後からゆるやかに上昇して、30日後の第1回切り返し時には約37℃に達した。一方で対照区では温度上昇がほとんど見られなかった。60日後の第2回切り返し時においても同様の傾向がみられた。腐植化促進材混合区では温度が約40℃に達した。
【0055】
また温度は堆積物の底部に近いほど高く、水分率が高く還元状態に近いところでも発熱反応が起きていることから、腐植化促進材に含有している鉄、特に酸化鉄成分による酸素供給が酸化反応による発熱を誘引するとともに、好気性微生物の活性を高めるものと考えられる。これらの発熱量は微量であるが、大量の堆積により家畜排泄物堆積物表面が強力な断熱材となっていることから蓄熱効果が高かったと考えられる。
【0056】
90日後の第3回切り返しにおいては、腐植化促進材の温度上昇は低く、むしろ低下傾向にあった。これは発熱に必要なアルカリ化合物、鉄化合物の消費によるものであると考えられる。堆積物の黒色味が増し、腐植化の進行が見られた。
【0057】
図5〜図7は、上記実験時の開始1ヶ月後、2ヶ月後、3ヶ月後それぞれの腐植化促進材処理区(左側)、未処理の対照区(右側)のサンプルの写真であり、腐植化促進処理区(左側)での黒色化が時間と共に進行していることが判る。
【0058】
[腐植化促進実験例2]
フリーストール牛舎より排出された敷料としての麦稈を若干量含む水分率85%の糞尿5tに対してPSCを重量比で5%量に相当する250kg混合し、コンクリート床、屋根付きの堆肥盤内に堆積した。PSC混合糞尿はPSCの混合により水分率が81%に低下した。同時に無処理区を設置した。両区とも1週間に1度の切返しを行う管理条件を設定した。試験期間は2003年5月27日から7月21日の8週間とした。試験期間中継続的に堆積内部温度(50cm深)を測定した。また、8週間の堆積期間終了後の堆積物について腐植化度、易分解性有機炭素の計測を行った。さらに幼植物(コマツナ)を用い発芽率、初期生育段階の根長、生体重を測定し、生育阻害度合いを判定した。
【0059】
温度変化の結果は図8に、腐植化度の結果は図9に、幼植物を用いた生育試験結果は図10A〜図10Cに示してある。なお、堆積期間中における腐植化度の変化はピロリン酸での腐植抽出液で示した。
【0060】
<堆積温度の変化と臭気の状況>
図8のグラフから判るように、牛糞単独の対照区は温度上昇がほとんど認められず、形状や臭気などから発酵が進んでいる兆候は見られない。しかも、強烈な腐敗臭(硫化水素などの一般臭気)とアンモニア臭が続いた。一方、PSC混合区では、試験開始直後から対照区と比較してわずかに温度上昇が起り、しかも時間の経過とともに継続的に温度上昇傾向が見られ、試験終了時には約45度まで温度上昇した。発酵が進んでいるためアンモニア臭気は感じたが腐敗臭は全く感じられなかった。
【0061】
<腐植化度>
腐植化度の測定は粉砕乾燥試料0.3gを遠沈管に測りとり、0.0025mol/lピロリン酸ナトリウム溶液30mlを加えて、16時間振とう後、0.1%Accoflocを試料の1%となるように加え、3000rpmで20分間遠心分離後、上澄み液をろ過し、さらに0.45μmのメンブランフィルターで限外ろ過したろ液を5倍に希釈し、分光光度計にて波長550nmにおける吸光度を計測して、その測定値を100倍したものを単位重量当たりの糞尿乾物の腐植化度とした。その結果、堆積後8週間目の腐植化度は対照区7.0に対しPSC区8.8となり腐植化が顕著に起きたことが判明した。図9の写真から、PSC区の黒色化が進んでいることも明らかである。
【0062】
<幼植物を用いた生育試験結果>
発芽率、根長測定にはPSC区、対照区、各8週間後の試料2.5gに沸騰水を加え、1時間放置後のろ液をシャーレ内にコマツナ種子50粒を播いた発芽シートに10ml分注した。
【0063】
ポット栽培試験では容量500ml、表面積100cm2のノイバウエルポットを用い、植害試験の標準区に相当するようN、P、KOとしてそれぞれ25mgとなるように化学肥料の硫酸アンモニウム、過リン酸石灰、塩化カリウムを施用した。堆積物の施用量は1000m2当たり10tに設定した。すなわち、本試験で使用する表面積100cmのポットでは20gに相当する。これにコマツナ種子25粒を播き栽培した。結果は図10A〜図10Cに示す。
【0064】
[腐植化促進実験例2]の実験結果から、PSC単独での発酵促進(温度上昇)効果は低いが、腐植化(黒色化)促進効果と臭気抑制効果が顕著であることが判った。
【0065】
[腐植化促進実験例3]
[腐植化促進実験例2]で示した試験終了後の両区の堆積物を、2003年10月より野積して腐熟化を観察した。この間、数回の切り返し作業を行い、2004年8月に採取した。[腐植化促進実験例2]における8週間と合わせて、試験開始から約1年間の堆肥熟成に相当する。採取した試料については、理化学性、腐熟度および腐植化に関する分析を行った。分析結果を図11A〜図11Cに示す。
【0066】
乳牛糞尿堆肥化試験(2003年度開始)堆積1年後の非腐植化サンプル(対照区)および腐植化サンプル(PSC区)の理化学性分析結果を、図11Aに示す。対照区では1年間の堆積と熟成を行ったにもかかわらず、堆積した糞尿は悪臭を放ち、性状も生糞尿とほとんど変わらないものであった。PSC区はほとんど土壌というに差し支えない程度まで腐熟しており、悪臭等も一切感じられなかった。性状は、堆肥と呼ぶよりはまさに土であり、測定した水分含量や灰分含量がこれを明瞭に支持している。また、PSC区においては、対照区と比較して灰分含量が高く、全炭素量が低い傾向にあり、発酵が十分に進んだことを示している。
【0067】
乳牛糞尿堆肥化試験(2003年度開始)堆積1年後の非腐植化サンプル(対照区)および腐植化サンプル(PSC区)の幼植物発芽試験結果を、図11Bに示す。対照区では、2日目においても38%と低い発芽率であり、これは、腐熟化が進んでおらず、植物に対して悪影響を及ぼすことを示している。一方、PSC区では、2日目において96%であり、これは、PSC区においては対照区と比較して腐熟化の進行度に歴然とした差があることを示している。また、根長についても、2日目において対照区では0.61mmに対し、PSC区では4.85mmであり、腐熟化の進行度の差が明瞭になった。
【0068】
乳牛糞尿堆肥化試験(2003年度開始)堆積1年後の非腐植化サンプル(対照区)および腐植化サンプル(PSC区)の腐植分析結果を、図11Cに示す。PSC区と対照区では、上述のように腐熟化の進行度に明瞭な差が見られた(図11B)にもかかわらず、腐植酸含量は対照区のほうが高く、また腐植化度も対照区のほうが腐植酸含量の増加に応じて高くなった。
【0069】
この結果は、腐植化が進行していない未熟な腐植であっても、量が多ければ全体の色が黒色化して見えることを意味しており、腐植化度だけで腐植化の進行を判断することの難しさを示唆している。すなわち、このデータが意味する腐植酸量には、PSCの添加によって新たに生成された腐植物質(二次的に生成した腐植酸)のみならず、糞尿にもともと含まれていたタンニンやリグニンなどのポリフェノール類などの未熟な腐植酸様物質(一次的な腐植酸様物質)を含むものであり、PSC添加による腐植化のみを反映したものとはいえない。
【0070】
また、腐植酸の形態分析の結果(図11C)、NaOH抽出では、対照区と比較してPSC区のほうがΔlogKは低く、RF値は高かった。この傾向はNa抽出において顕著に現れており、特にRF値はPSC区が対照区に対し2倍程度高かった。上述のように、NaOH抽出では遊離型腐植酸が抽出できるのに対し、Na抽出では遊離型に加え、結合型腐植酸を抽出することができることから、この結果は、PSC区に含まれている腐植酸が結合型腐植酸であることを意味している。
【0071】
[腐植化促進実験例3]の結果から、水分含量の高い乳牛糞尿にPSCを添加して堆積・撹拌を行い、堆積と熟成などにより腐熟化させることにより、腐植化が促進されることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】図1は、一般的な腐植の分別の説明図である。
【図2】図2は、色調係数(ΔlogK)と相対色度(RF)を指標とする腐植化の進行度合いの説明図である。
【図3】図3は、腐植化過程の説明図である。
【図4】図4は、PSCの分析結果を示す表1である。
【図5】図5は、本発明の[腐植化促進実験例1]における腐植化実験開始1ヶ月後の腐植化サンプル(左側)と非腐植化サンプル(右側)との対比写真である。
【図6】図6は、本発明の[腐植化促進実験例1]における腐植化実験開始2ヶ月後の腐植化サンプル(左側)と非腐植化サンプル(右側)との対比写真である。
【図7】図7は、本発明の[腐植化促進実験例1]における腐植化実験開始3ヶ月後の腐植化サンプル(左側)と非腐植化サンプル(右側)との対比写真である。
【図8】図8は、本発明の[腐植化促進実験例2]における腐植化処理区(PSC区)と対照区との温度変化のグラフである。
【図9】図9は、本発明の[腐植化促進実験例2]における非腐植化サンプル(上側:対照区)と腐植化サンプル(下側:PSC区)との黒色化対比写真である。
【図10】図10A〜図10Cは、本発明の[腐植化促進実験例2]で得た非腐植化サンプル(対照区)と腐植化サンプル(PSC区)とによる幼植物を用いた生育試験結果を示すものである。図10Aはコマツナ種子の発芽率を示す表であり、図10Bは、コマツナの根長を示す表であり、図10Cは、コマツナ1株当たりの生体重を示す表である。
【図11】図11A〜図11Cは、本発明の[腐植化促進実験例3]で得た、乳牛糞尿堆肥化試験(2003年度開始)堆積1年後の非腐植化サンプル(対照区)および腐植化サンプル(PSC区)の分析結果を示すものである。図11Aは理化学性分析結果を示す表であり、図11Bは幼植物発芽試験結果を示す表であり、図11Cは堆肥の腐植分析結果を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ化合物と鉄化合物とを含有することを特徴とする腐植化促進材。
【請求項2】
前記アルカリ化合物は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属を含み、水溶化した際にアルカリ性を示す化合物であることを特徴とする請求項1に記載の腐植化促進材。
【請求項3】
前記アルカリ化合物は、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウムのうちのいずれか1又は複数のものの炭酸塩、水酸化物若しくは酸化物の少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1に記載の腐植化促進材。
【請求項4】
前記鉄化合物は、非晶質又は結晶質の酸化鉄、非晶質又は結晶質の水酸化鉄、二価又は三価の鉄塩、鉄錯化合物、鉄イオン、元素鉄のいずれかの単体、又はそれらの2種類以上の混合物であることを特徴とする請求項1に記載の腐植化促進材。
【請求項5】
前記アルカリ化合物および前記鉄化合物を、無機物または有機物を主たる基質とする担体に担持または含浸させた、請求項1〜4のいずれかに記載の腐植化促進材。
【請求項6】
有機物又は有機物の分解にて生成された有機物分解生成物に対して、請求項1〜5のいずれかの腐植化促進材を添加して置くことにより、前記有機物又は有機物分解生成物を腐植化することを特徴とする有機物の腐植化方法。
【請求項7】
前記有機物は、動物の糞尿、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥又は動植物の遺体であることを特徴とする請求項6に記載の有機物の腐植化方法。
【請求項8】
有機物又は有機物の分解にて生成された有機物分解生成物に対して、請求項1〜5のいずれかの腐植化促進材を添加して置くことにより、前記有機物又は有機物分解生成物を腐植化した腐植物質。
【請求項9】
前記有機物は、動物の糞尿、生ゴミ、有機性汚泥、堆肥又は動植物の遺体であることを特徴とする請求項8に記載の腐植物質。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−151787(P2006−151787A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−89300(P2005−89300)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(504407930)株式会社リープス (4)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】