腐食環境の数値解析方法
【課題】現場の状態を的確に反映し、導電体の腐食状態を精度よく推定することができる解析手法を得る。
【解決手段】漏れ電流により、媒質中の導電体3に発生する腐食環境の数値解析方法であって、前記導電体3が除かれ、漏れ電流源1から媒質中を介して流入対象物2へ電流が流れる基準モデルを構築し解析する基準モデル解析工程と、得られる電位分布から、前記導電体3が存在する領域における電位分布を求める領域電位分布抽出工程と、領域の電位分布と導電体3の材料分極特性とに基づいて、当該導電体3が複数の解析セグメントからなるとしてこれらセグメントの解析分極特性を決定し、導電体3のみが場内に存在し、これらセグメントによりマクロセルが形成されるとした解析を行い、導電体3の分極電位分布及び導電体から媒質への電流の流出入分布を求める。
【解決手段】漏れ電流により、媒質中の導電体3に発生する腐食環境の数値解析方法であって、前記導電体3が除かれ、漏れ電流源1から媒質中を介して流入対象物2へ電流が流れる基準モデルを構築し解析する基準モデル解析工程と、得られる電位分布から、前記導電体3が存在する領域における電位分布を求める領域電位分布抽出工程と、領域の電位分布と導電体3の材料分極特性とに基づいて、当該導電体3が複数の解析セグメントからなるとしてこれらセグメントの解析分極特性を決定し、導電体3のみが場内に存在し、これらセグメントによりマクロセルが形成されるとした解析を行い、導電体3の分極電位分布及び導電体から媒質への電流の流出入分布を求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流流出源から媒質を介して流入対象物へ電流が流入する場内に存在する検討対象物の電気化学的解析を行う数値解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本願技術の説明を、一例として導電性の埋設管の腐食に関して説明する。
本願が対象とする腐食としては、図1に示すように、図1(a)(b)に示す漏れ電流による電食、(c)に示す干渉による腐食が存在する。
前者の例は、直流電気鉄道100において、レール101を流れる電流の一部が地中102に流出することに起因して、その近傍に埋設されている導電性埋設管103に発生する腐食が問題となる例であり、図1(a)(b)に矢印で示すように漏れ電流が流れる。
後者の例は、埋設管104に外部電源装置105により電気防食を実施したとき、近接する他の導電性埋設管103に防食電流の一部が流入し、電流流出部において発生する腐食の例であり、所謂、干渉問題と呼ばれる例である。この場合、(c)に矢印で示すように防食電流が流れる。これらの図で、その腐食部位をAで示した。
【0003】
さて、これらの例で、電流流出源は、前者の場合は変電所106から遠隔地にあるレール部位101a、若しくはレール101自体であり、後者の場合は対極105aである。一方、流入対象物は、前者の場合は変電所106に近接したレール部位101bであり、後者の場合は防食対象の埋設管104(導電体)である。そして、本願にいう検討対象物とは、前者の場合、導電性埋設管103がこれに相当し、後者の場合、非防食状態にある導電性埋設管103がこれに当たる。
【0004】
さて、腐食は、電流が媒質である例えば土壌内に流出する部位で発生するため、この位置の特定が必要となる。なお、電流の流入部は防食状態となる。
【0005】
この種の腐食部位の推定に係わる技術手法として、現場での実地測定からの推定、シミュレーションを使用した方法等が提案されている。
1 現場での実地測定から推定する方法
特許文献1には、埋設金属構造物の電位を測定し、電食原因となる可能性のある対象物の対地電位を基に埋設構造物の防食状態を判定する電食対策システムが提案されている。
【0006】
2 シミュレーションを使用する方法
特許文献2には、本願に係る発明者らにより、電位分布をラプラス方程式に従うラプラス場と見なして、被干渉対象物が前記被防食対象物に対して所定の電位状態にある境界条件を加味することによって、干渉問題の解決を行う方法を提案している。
【0007】
【特許文献1】特開2004−176103号公報
【特許文献2】特開平11−160271号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、各従来技術には以下のような問題がある。
1 特許文献1に記載の技術の問題点
この文献に記載の技術では、リアルタイムの把握が可能であるが、腐食状況の推定が可能な部位が、電位測定を行う点のみに限られるため、電位測定ができない箇所での把握が困難である。
【0009】
2 特許文献2に記載の技術の問題点
この文献に記載の技術では、大規模モデルを扱う場合には、すべての位置において一定値の電位差状態を与えることは、現状を良好に代表できるとは言いがたく、また、複数の種類の埋設管が存在する場合には、分極特性のシフト値として複数のパラメータが存在するため、シミュレーション計算において、収束が不安定となりやすい。
【0010】
本発明の目的は、現場の状態を的確に反映し、検討対象物の状態を精度よく推定することができる解析手法を得ることにある。そして、その解析対象は、上述の漏れ電流によるもの、干渉によるものの両方に適用できるものを対象とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するための本発明に係る、電流流出源から媒質を介して流入対象物へ電流が流入する場内に検討対象物が存在する腐食環境の数値解析方法の特徴構成は、
前記検討対象物が除かれ、前記電流流出源から前記媒質を介して前記流入対象物へ電流が流入する基準モデルを構築し、前記基準モデルをラプラス方程式に従うラプラス場と見なして解析を実行する基準モデル解析工程と、
前記基準モデル解析工程で得られた前記基準モデルにおける電位分布から、前記検討対象物が存在する領域における電位分布を求める領域電位分布抽出工程と、
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布と前記検討対象物の材料分極特性とに基づいて、前記検討対象物のみが場内に存在するとして解析を実行し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める検討対象物解析工程とからなることにある。
【0012】
この手法にあっては、先ず、基準モデルに基づいた解析を行い解析対象の場全体の電位分布を求める。ここで求められる電位分布は、検討対象としている腐食環境における電位勾配を代表できる電位の分布である。即ち、等電位線に直交する状態で電位勾配が発生している場を扱うこととなる。
このモデルにあっては、電流流出源、流入対象物が特定されているため、その位置関係に基づいて電位分布を求めることができ、電流量は通常流れると推定される電流量を適宜使用することができる。また電流量は、電流流出源と流入対象物間の電圧とその間の抵抗によっても推定することができる。
【0013】
さて、このようにして求まった場内の電位分布に基づき、前記基準モデルの解析では存在しないと仮定した検討対象物が実際には存在する領域の電位分布を領域電位分布抽出工程で抽出する(求める)。
【0014】
そして検討対象物解析工程では、検討対象物のみを対象とし、基準モデルでの当該領域の電位分布と、その材料分極特性(例えば材料分極特性の実測値)を使用する。そして、検討対象物を、電流の流入及び流出が起こっている導電体として取り扱うことで、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。このとき、検討対象物の解析は、これが場内で、マクロセルを成すものとして解析を実行することで、検討対象物解析工程を実行できる。
結果、媒質内に電流流出源、流入対象物及び検討対象物が存在する場の解析を、検討対象物の存在にも係わらず、現状に適した状態で良好に行うことができる。
従って、先に説明した、漏れ電流による腐食、干渉による腐食を解析対象とすることができる。
【0015】
上記解析を行おうとすると、その検討対象物が存在する位置での解析上の境界条件を設定するため、検討対象物の各部位(各々の部位が後述するセグメントに対応する)の材料分極特性が必要となる。この材料分極特性は、例えば、埋設管各部位の位置と、埋設管とその回りにある土壌との関係により決まるものであり、実際は、各位置における環境状態が異なるため、各部位は異なった材料分極特性を取る。
しかしながら、解析の度毎に、各部位(セグメント)の材料分極特性を測定していたのでは作業が煩雑となり、実用的でない。即ち、材料分極特性を測定しようとすると、各セグメントについて、電位と電流密度との関係を、例えば電位側を変えながら逐次測定する必要が生じるが、このような作業は煩雑である。この作業は、解析対象が土壌中に埋設された埋設管の場合、具体的には、プローブ(検討対象物である埋設管と同材質でできたテストピース)を土中に挿入し、当該埋設管と短絡して土壌となじませた後、埋設管と切り離し、プローブだけについて分極特性を測定する作業である。
【0016】
そこで、前記検討対象物の材料分極特性を設定するに、所定の材料分極特性を、前記検討対象物の各部位の自然電位に一致するように、各部位毎に電位軸方向にシフトさせることが好ましい。この自然電位を得る作業は、解析対象が土壌中に埋設された埋設管の場合、具体的には、上記の分極特性測定を除くプロセスを行った後、プローブだけの自然電位のみを測定し、その自然電位に一致するように所定の材料分極特性を電位軸方向にシフトさせる作業となる。また、現場の場合、実際の埋設管の自然電位を使用して、シフトさせることもできる。
ここで、所定の材料分極特性とは、予め用意しておく基準とする材料分極特性である。この種の基準とする材料分極特性は、例えば経験値を採用したり、予め、一度だけ各部位で材料分極特性を測定するとともに、基準とする自然電位に変換して平均化する(実測値を使用して、自然電位が基準とする自然電位となるように分極特性を電位軸方向にシフトさせ、シフト後の材料分極特性について、各電位毎に各電流密度を平均化する)ことにより得ることができる。
【0017】
一方、各部位の自然電位に関しては、各部位について解析前に現場にて予め測定しておく。
そして、解析においては、各部位の材料分極特性として、上記所定の材料分極特性を、前記検討対象物の各部位の自然電位に一致するように、各部位毎に電位軸方向にシフトさせた材料分極特性を使用する。即ち、現場での材料分極特性の測定の代わりに自然電位の測定のみを実行し、この自然電位と予め求められている所定の材料分極特性を使用して各部位の材料分極特性を得、領域電位分布抽出工程により求められた電位分布を反映した解析分極特性を境界条件として、検討対象物解析工程の解析を行う。結果、現場作業としては、各位置での自然電位の測定だけを行い、本願に係る腐食環境の数値解析方法を使用することで、簡易に前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。
【0018】
さて、上記方法を採用するに、前記検討対象物解析工程において、
前記検討対象物を、電気的に接続された複数の解析セグメントからなる連続体と見なすとともに、前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントそれぞれの解析分極特性を設定し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。
【0019】
本願における検討対象物解析工程にあっては、検討対象物の挙動の特定が問題となる。先にも示したように、本願では領域電位分布抽出工程で求められる、その領域の電位分布を使用する。一方、検討対象物を構成する材料は予め判明するため、これが、その近傍の媒質(例えば土壌)との関係で取りうる分極特性(本願にあっては、この分極特性を材料分極特性と呼んでいる)は判明又は測定することができる。
【0020】
そこで、解析対象の場内における検討対象物の例えば電流分布を求めるのに、この対象物を解析セグメントに分割し、その解析セグメントの位置で別途求められている電位分布に従って、各解析セグメントの分極特性(本願にあっては、この分極特性を解析分極特性と呼ぶ)を設定する。例えば、各解析セグメントについて、材料分極特性に対して、求められている領域(土壌)の電位分布に従って、その電位差分だけ電位軸方法にシフトさせた分極特性を採用するのである。
【0021】
そして、シフトされた解析分極特性を、各々の解析セグメントに与える。それによって、各解析セグメントは、あたかも自然電位(電流の出入りのない電流ゼロのときの電位)がお互いに異なるように振る舞い、それらをショートとしてマクロセル解析を行うことができる。このようにして、検討対象物の分極電位分布及び検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める。
この種の電流分布等の導出に際しては、上記の基準モデルとは逆に、電流流出源及び流入対象物が除かれ、検討対象物のみがある場を対象とし、この検討対象物のみが場内にある状態で、ラプラス場を解くことで、非線形な境界を構成する検討対象物の電流分布を求めることができる。この手法は、一般にマクロセル腐食の解析と呼ばれている。このようにすることで、検討対象物における電流分布が判明することで、腐食が問題となる電流流出部位を特定することができる。
【0022】
本願に係る腐食環境の数値解析方法は、先に示したように、基準モデル解析工程、領域電位分布抽出工程及び検討対象物解析工程からなる。
そして、腐食環境を、ラプラス方程式に従うラプラス場を解くことが可能なソルバーを使用して解析するのであるが、このソルバーとして、境界条件として、その境界を成す各要素に関して、要素毎に与えられる分極特性条件が満足されるようなラプラス解を得ることができるソルバーを使用する。
解析に際しては、先ず、基準モデル解析工程において、検討対象物がないとして、その領域における電位分布を求める。次に、領域電位分布抽出工程で抽出された電位分布を利用し、さらに、検討対象物を複数の解析セグメントからなるものと見なし、各解析セグメントの解析分極特性を決定する。
その後、検討対象物を、複数の解析セグメントからなり、各々が解析分極特性条件をみたすべき一種の境界を成すとしてマクロセル解析を行う。この様にすることで、検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。
【0023】
さて、領域電位分布抽出工程で求められる電位分布を、解析分極特性の設定に使用するのに、解析手法上、例えば、境界要素法等を採用することにより、境界要素の数だけ離散化する等、離散化した分布値として求められる電位を関数化し、解析分極特性の決定に、この関数を使用してもよい。
【0024】
この場合は、前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントの解析分極特性を設定するに、前記検討対象物の材料分極特性に対して、前記領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置に基づいた関数として電位分布を設定し、前記材料分極特性を電位軸方向にシフトさせることとなる。
【0025】
離散化された電位分布を使用することなく、一定の関係にある関数に基づいて電位分布を設定することで、基準モデル解析工程で使用する基準モデルにおける検討対象物の部位の領域分割状態と、検討対象物解析工程での検討対象物の分割状態とに差がある場合(基準モデル解析工程で使用する基準モデルでの分割数と、検討対象物解析工程で使用する解析セグメントの分割数に多寡がある場合)も、適切な解析が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本願の実施の形態を、以下図面を参照しながら説明する。
本願は、特定の腐食環境を対象として適用できる数値解析手法に関係する。
【0027】
1 腐食環境の数値解析方法(シミュレーション)
この数値解析方法の説明に際しては、電流流出源である対極(電車に相当)から流入対象物である平板(変電所に相当)に電流を流して、その電流が、場内にある検討対象物である埋設管内を流れ、腐食を発生する電食問題を例にとって説明する。
【0028】
本願は、独特の数値解析方法を提案するものであるが、この数値解析方法の信頼性の確認のためモデル実験での検証を行った。そこで、この数値解析方法の説明にあっては、先ず、本願手法を適用する腐食環境に関して説明するとともに、本願に係る数値解析手法及び、その結果について説明する。
【0029】
1−1 解析の対象とした腐食環境(モデル実験対象)
解析の対象を以下のような図2に示す腐食環境とした。
図2に示す水槽4(長辺 1500mm、短辺700mm、深さ120mm)の下部(図下側に位置する部位)に白金対極(電車に相当する電流流出源1)、水槽上部(図上側に位置する部位)にステンレス板(変電所に相当する流入対象物2)を設置し、水槽4内部に硫酸ナトリウム(比抵抗2520Ω・cm)水溶液が満たされ、白金対極1からステンレス板2に直流電流(30mA)を通電しているものとした。そして、この場内で、白金対極1の直裏側(紙面表裏方向の奥側で水槽の底部側)に、水槽短辺に平行に、深さ7cmの位置に鋼製丸棒(埋設管に相当する検討対象物3)が浸漬されているものとした。
【0030】
この場は、白金対極は電食を与える原因となる電流流出源1、ステンレス板は電食の原因となる電流が流れ込む流入対象物2、鋼製丸棒は電食を受ける管となる。従って、この鋼製丸棒は、本願にいう検討対象物3であり、この検討対象物における電流の流出部の特定が解析の目標となる。
【0031】
実験に使用した鋼製丸棒は、長さ5cm(Φ1cm)のテストピース12個から構成されており、各テストピース30から各々電流を測定するためのリード線(図示省略)を出し電流分布を測定可能な構成とした。この構成を採用することにより、テストピース30を流れる各々の電流が判明する。
【0032】
1−2 数値解析手法
本願で採用する場の数値解析では、従来同様、解析対象場の電位分布をラプラス方程式に従うラプラス場と見なし、この場に対応した数値解析モデルを構築するとともに、線形及び非線形な境界条件下でラプラス場を解くことが可能なソルバーを、構築される数値解析モデルに適用して、シミュレーション解析を行う。
但し、本願では、解析対象とする場において、前記検討対象物3を除いた場の解析を一旦実行し、その後、この解析で得られた検討対象物の配設領域の電位分布を利用して、この検討対象物3のみが場内に存在するラプラス場に関して数値解析をさらに行い、検討対象物3から媒質への電流の流出入分布を得る。
【0033】
この種の線形・非線形な境界条件の下にラプラス場を数値的に解くには、数値解析法として境界要素法が適用できるが、このような手法を使用することができるソルバーは公知である。本例にあっては、ソルバーとして、「腐食解析システム 3D−Cafe」(みずほ情報総研社製)と同等の機能を有するプログラムを使用した。このソルバーは、腐食環境をラプラスの方程式に従うラプラス場として解析可能なソルバーであり、その境界条件の設定に関しては、境界を成す各要素に関して、定電流条件、定電位条件、あるいは、その要素の分極特性を条件とする分極特性条件の何れかを選択的に与えて、解析を行うことができる。
【0034】
以下、数値解析の手順を、上記解析対象に適用する場合について工程順に説明する。
図3には、この数値解析のフローを示した。
イ 基準モデル解析工程
解析対象となる場に関して、白金対極(電流流出源1)、ステンレス板(流入対象物2)が硫酸ナトリウム水溶液(媒質5)内にある状態の数値解析モデルを、各部材1,2、5の位置関係、及び媒質5の比抵抗が代表されるように構築する(ステップ1)。この数値解析モデルにおいては、検討対象物3をモデル内には備えず、媒質5が一様に分布しているものとする。但し、比抵抗分布が不均一の場合も境界条件の設定により解析は可能である。このモデルを本願にあっては基準モデルと称する。この基準モデルの構成を図2に対応して示したのが図4である。
この基準モデルにおいて、電流流出源1から媒質5内を介して流入対象物2に所定の電流が流れるとの条件の下、場内の電位分布を求める(ステップ2)。電流量としては、30mAを適用する。この様にして求められた電位分布を図5に示した。電流流出源1から流入対象物2に向かってラプラス方程式を満たす電位分布(抵抗を持った水溶液中を流れる電流による電圧降下(IRドロップ)による電位分布が発生している。これが起電力の要因となる)が形成されていることがわかる。
【0035】
ロ 領域電位分布抽出工程
基準モデル解析工程で得られた基準モデルにおける電位分布から、検討対象物3が存在する領域における電位分布を求める(ステップ3)。図6に水槽4内における検討対象物3の位置関係を示した。同図は、この検討対象物3が図左側から60個の解析セグメント300に分割されていることを示している。
上記基準モデル解析工程で得られた電位分布から、検討対象物3の位置において、60個の離散値として求められる電位分布と、この分布を関数化処理したものを示したのが図7である。同図に示すように、電流流出源である対極1が存在する距離0.07mの近傍位置に電位のピークが存在し、離間するに従って、電位は低下(電流と溶液抵抗による電圧降下、即ち、IRdropによる降下分だけ低下)している。
【0036】
ハ 検討対象物解析工程
領域電位分布抽出工程により求められた電位分布と、検討対象物3の材料分極特性とに基づいて、検討対象物3を流れる電流分布を求める(ステップ4)。この材料分極特性の一例を図8に実線の分極曲線(本溶液中における鋼の分極特性の実測値)として示した。この分極曲線は、図上右側で二つに分岐しているが、電流密度を対数座標で表記しているためであり、電位が自然電位より高い状態においては上側の分岐線で電位と流出電流密度との関係は表され、電位が自然電位より低い状態においては下側の分岐線で電位と流入電流密度との関係は表される。
この検討対象物解析工程において、検討対象物3を、解析セグメント300からなる連続体と見なすとともに、領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、解析セグメント300の位置に対応して各解析セグメントに電位差を与え、それを基に各解析セグメント300の解析分極特性を設定し、その後、それらを全て電気的に接続してマクロセル解析を行い、検討対象物3からの媒質への電流の流出入分布を求める。ここで、解析分極特性とは、解析対象となっている場において、各々単独で存在する時の各解析セグメント間の相互の電位差をも考慮した分極特性である。
【0037】
この検討対象物解析工程における処理フローを図9に示した。
この解析工程にあっては、検討対象物3を構成する解析セグメント300の分極特性(材料分極特性)、検討対象物3が存在する領域の電位分布(領域電位分布)及び、検討対象物3を構成する解析セグメント300それぞれの位置及び電気的接続関係が取り込まれる(ステップ4−1a,4−1b,4−1c)。
【0038】
そして、これら取り込まれたデータを利用して、各解析セグメント300の分極特性を解析分極特性として求める(ステップ4−2)。この解析分極特性は、具体的には、図8に実線で示すような材料分極特性に対して、領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置の電位分布に基づいて、その電位差分だけ電位軸方向に材料分極特性をシフトさせて求めることができる。図8に破線で、この解析分極特性を示し、そのシフト量をsで示した。なお、溶液中を流れる電流の向きに対して、上流側にある解析セグメントは、下流にある解析セグメントよりも、領域電位抽出工程で求められた電位が高いので高電位側にシフトする。どの解析セグメントを基準としても、電流分布の結果は同じとなる。ここで問題となるのは、解析セグメント間の電位差のみである。ここで、同一分極特性をシフトさせているが、このセグメントの近傍で個々に実測した分極特性をシフトさせてもよい(後に示す図15〜図22で説明する例では、各セグメントの位置の自然電位を考慮した解析を行っている)。
同図に示す解析分極特性は単一であるが、実際の解析においては、解析セグメント300の数(60個)だけ、解析分極特性が設定される。
【0039】
このシフト操作においては、図7に各点で示すように離散化された電位値として求まる実際の値を使用しても良いし、図7に連続線として示すように、領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメント300の位置に基づいた関数として領域における電位分布を設定し、材料分極特性をシフトさせることもできる。
【0040】
以上のようにして、検討対象物3を一体として成す各解析セグメント300の分極特性を、シフト済み状態で得る。そして、検討対象物3のみが場内にあるラプラス場に関して、検討対象物3を境界として、数値解析を実行する。この時、各解析セグメント300のシフト済み分極特性(解析分極特性)が、各解析セグメント300の位置において、その部位における非線形の境界条件となる。その後、解析においては、実質的に検討対象物3を全て電気的にショートされたものとして取り扱い、この境界に於ける電流の流入・流出量が均衡するように解析して電流分布を求める(ステップ4−4)。このマクロセル解析においては、検討対象物3のみが、先に解析の対象とした場内にあるとして(図6の構造)、非線形の境界条件を取り扱うことができるラプラス場を対象とするソルバーを使用する(このソルバーは先の基準モデル解析工程で使用したものと、同一のものである。)。即ち、解析の条件が異なり、この解析は、電流流出源、流入対象物は除かれ、解析セグメント化され、夫々解析分極特性が固定化された解析セグメントからなる境界を有するラプラス場での解析となる(この解析は、検討対象物に関してマクロセルの解析と呼ばれる)。このようにして、検討対象物3内の電流分布を求めることができ、その結果は出力される(ステップ4−5)。
【0041】
1−3 本願に係る数値解析の有効性
1−1で示したモデル実験の腐食環境において、検討対象物3である鋼製丸棒内における電流分布の実測値を図10に〇で示し、本願に係る数値解析手法に従った解析結果を同図に◇で示した(電流の流入をマイナス、流出をプラスとして表した)。この解析結果は、同図において、近接する5点毎の平均値として表示している。両者の結果は良く一致している。従って、本願に係る数値解析手法が有効であることが判る。
【0042】
以上が、本願に係る腐食環境の数値解析方法に関する説明であるが、さらに、複雑な腐食環境での解析に関して説明する。
以下、この解析の処理フローを図11に示した。さらに、図12に、この処理フローに対応する処理状態を図面で示した。
【0043】
2−1 解析の対象とした腐食環境
図13に、解析対象としたモデル実験の状態を示した。図2に示す例に対して、さらに複雑な形状の鋼製丸棒13を対象とした。
図13(a)に示すように、水槽14(長辺1500mm、短辺700mm、深さ120mm)内に、2190Ω・cmの硫酸ナトリウム水溶液を満たし、検討対象物3は、比較的複雑な鋼製丸棒13を使用した。この鋼製丸棒13は34個のテストピース30(長さ5cm、直径Φ1cm)を電気的にショートしたものである。
この例の場合の電流流出源1は、図13(a)に示すテストピース10の直上に配設した。流入対象物2は同図右端にあるとした。さらに、場を流れる電流量は30mAとした。
この腐食環境で発生する、鋼製丸棒13内の電流分布を実測したのが、図13(b)である(電流の流入をマイナス、流出をプラスとして表した)。
【0044】
2−2 数値計算
数値計算に際しては、図11に示す、以下の手順で行った。
2−2−1 前提
検討対象物の位置等の条件(ステップ11)、検討対象物3の分極特性、及び検討対象物3周りの媒質(水溶液)の比抵抗を予め得ておく(ステップ12)。
【0045】
2−2−2 数値解析(シミュレーション)
上記モデル実験において判明している条件を基に、その数値解析モデルを構築する。
この時、本願にあっては、先に説明した数値解析方法を使用するため、検討対象物3を除いたモデル(先に説明した基準モデル)を用意する。このモデルの状態を図12(a)に示した。
そして、図12(b)に示すように場を形成する媒質の比抵抗を測定工程で測定された比抵抗に設定する(ステップ14)。
以上の準備を終えた後、先に数値解析において説明したように、基準モデル解析工程、領域電位分布抽出工程、検討対象物解析工程を経て、電流流出源1の位置、流入対象物2の位置、さらに電流量に対して、それら条件を満たす電位分布を求めるとともに、検討対象物3から媒質への電流の流出入分布を求める(ステップ15〜17)。
【0046】
この解析に際しては、これまで説明してきたように、基準モデルを使用した電位分布の導出(ステップ15)、検討対象物3が存在する領域での電位分布の抽出及びそれに基づいた、検討対象物3を構成する各解析セグメント300の解析分極特性の決定(ステップ16)、各解析セグメント300に設定された解析分極特性を使用しての電流分布の導出(ステップ17)を実行する。電位分布の導出状態を模式的に図12(c)に、電流分布の導出状態を模式的に図12(d)に示した。
【0047】
図14(b)に具体的に示したのが、このようにして解析的に求められた場内の電位分布であり、図14(c)に具体的に示したのが、このようにして解析的に求められた各解析セグメント300の電流分布である。図(c)において、横軸は解析セグメントの各番号を、縦軸は電流量を示している。
【0048】
2−2−3 比較結果
モデル実験結果である図13(b)の結果と、数値解析結果である図14(c)の結果は、よく一致していた。
【0049】
検討対象物の材料分極特性を単一として解析を進める例を示したが、材料分極特性が位置と環境に依存して変化している場合、その位置での材料分極特性を実測し、それぞれ使用することとなる。しかしながら、実際の埋設腐食環境の場合、検討対象物の各部位の位置、(例えば埋設管の場合、埋設管各部位の位置)によって、その自然電位が異なるとともに、各部位の材料分極特性も当然に異なる。一方、先にも示したように、自然電位の測定は容易ではあるが、各部位に関して、全て材料分極特性を測定することは煩雑である。
そこで、以下、各部位の自然電位のみを測定し、その結果を利用して本願の解析に適用する場合の例に関して説明する。
この例に関し、図15に、図13を模擬して管を埋設した埋設腐食環境のモデル実験の状況を示す。
図中には、実際に材料分極特性を測定した15箇所の位置を○印で示している。代表例として、図16、図17に、各々A地点とB地点における材料分極特性の実測値を示した。また、以下の表1には、15地点の自然電位の一覧を示す。左欄が各測定地点(A〜O:これまで説明してきた各部位に相当する)を、右欄が各地点の自然電位を示す。なお、この例では、流入対象物2を▲の位置に固定し、電流流出源1の位置を破線に沿って10箇所程度、適当に移動させて流出電流の測定を行った。
【0050】
【表1】
【0051】
本解析では、埋設管を成す金属の分極特性(所定の材料分極特性に相当)を図18のように仮定し、図18の材料分極特性を、検討対象である埋設管の自然電位(表1を参照)に一致するように、各部位(地点)ごとに電位軸方向にシフトさせて材料分極特性を設定した。代表例として、図18の材料分極特性をA地点の自然電位(−747mV)に一致するようにシフトした結果を図19に、同様に図18の分極特性をB地点の自然電位(−493mV)に一致するようにシフトした結果を図20に示す。なお、これら材料分極特性を使用して解析を行う実際の解析では、塗覆装の影響を考慮して、全ての材料分極特性の電流密度の値を一例として1/200に補正した。
【0052】
数値計算に際しては、図11に示す2−2−1及び2−2−2と同様の手順で実施した。この解析では、先に説明した自然電位を考慮した材料分極特性を使用するとともに、上述の電流密度の補正も行った。そして、自然電位が測定可能な地点に対して、その近傍に測定不可能な地点がある場合は、測定可能な地点からの距離を参考に、測定不可能な地点での自然電位に関しても、これを推定して設定するものとした。本願の解析方法を使用して得た結果と実測値(プローブを土中に挿入し、管と短絡して、プローブと管との間に流れる電流を測定)とを比較した。
比較結果として、図21に、流出電流の実測値を横軸、図18の材料分極特性を先に説明した本願手法に従って使用し流出電流を得た解析結果を縦軸にしてプロットしたグラフを示す。なお、実測値と解析結果の比較は、図15に示すA,B,C,E,F,G,H,I,Mの9点で行った。プロットの分布が右上がりとなっており、実測値と解析結果が定性的に一致していることが分かる。なお参考までに、15箇所の位置で実測された材料分極特性を全て使用して同様の解析を行った結果を図22に示すが、図21とほぼ同様の傾向にあることが分かる。
【0053】
〔別実施の形態〕
(a) 上記の実施の形態にあっては、電食を問題としたが、電食以外の干渉の問題も取り扱うことができる。
(b) 上記の実施の形態にあっては、材料分極特性として、予め得られている材料分極特性を使用したり、各部位について自然電位を考慮した材料分極特性を使用したりしたが、測定不可能な位置の材料分極特性としては、位置に依存した内挿若しくは外挿を実行して決定することができる。
この様にすると、位置が異なる場合、分極特性の形状が変化することを想定し、有限の場所で測定された分極特性を利用した解析が可能となる。
さらに、分極特性は、図8に示すような電流密度と電位の関係図表として与えても良いし、これら電気化学的関係数表等として記憶させておき、その関係数表として、与えてもよい。
(c) 上記の実施の形態にあっては、検討対象物に関して、その電流分布を求める例を示したが、対象物内における分極電位分布を求めるものとしてもよい。
なお、電流分布から鋼管の分極電位分布へ換算する場合、材料分極特性(解析分極特性ではない)を用いて、電流から電位に変換し分極電位を得ることとなる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
現場の状態を的確に反映し、電食検討対象物の腐食状態を精度よく推定することができる解析手法を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本願に係る解析対象となる電食の発生原因の説明図
【図2】実験例の電食場の構成を示す図
【図3】本願に係る数値解析方法の概略フローを示す図
【図4】基準モデルの構成を示す図
【図5】基準モデル解析工程により得られた溶液中の電位分布を示す図
【図6】検討対象物の分割構成を示す図
【図7】検討対象物における溶液中の電位分布の解析結果を示す図
【図8】検討対象物の材料分極特性及び解析分極特性を示す図
【図9】本願に係る検討対象物解析工程のフローを示す図
【図10】実測値と数値解析結果を示す図
【図11】別モデル実験例の解析フローを示す図
【図12】別モデル実験例の解析の実行手順の説明図
【図13】別モデル実験例の電食場の構成及び電流分布の実測値を示す図
【図14】図13に示す実験例の解析結果を示す図
【図15】埋設腐食環境のモデル実験の状態を示す図
【図16】A地点の材料分極特性の実側値を示す図
【図17】B地点の材料分極特性の実測値を示す図
【図18】仮定した材料分極特性を示す図
【図19】図18の材料分極特性からシフトして求めたA地点の材料分極特性を示す図
【図20】図18の材料分極特性からシフトして求めたB地点の材料分極特性を示す図
【図21】図18の材料分極特性からシフトして求めた各地点の材料分極特性を使用した場合の流出電流の実測値と解析結果との関係を示す図
【図22】各地点の材料分極特性実測値を使用した場合の流出電流の実測値と解析結果との関係を示す図
【符号の説明】
【0056】
1:電流流出源
2:流入対象物
3:検討対象物
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流流出源から媒質を介して流入対象物へ電流が流入する場内に存在する検討対象物の電気化学的解析を行う数値解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本願技術の説明を、一例として導電性の埋設管の腐食に関して説明する。
本願が対象とする腐食としては、図1に示すように、図1(a)(b)に示す漏れ電流による電食、(c)に示す干渉による腐食が存在する。
前者の例は、直流電気鉄道100において、レール101を流れる電流の一部が地中102に流出することに起因して、その近傍に埋設されている導電性埋設管103に発生する腐食が問題となる例であり、図1(a)(b)に矢印で示すように漏れ電流が流れる。
後者の例は、埋設管104に外部電源装置105により電気防食を実施したとき、近接する他の導電性埋設管103に防食電流の一部が流入し、電流流出部において発生する腐食の例であり、所謂、干渉問題と呼ばれる例である。この場合、(c)に矢印で示すように防食電流が流れる。これらの図で、その腐食部位をAで示した。
【0003】
さて、これらの例で、電流流出源は、前者の場合は変電所106から遠隔地にあるレール部位101a、若しくはレール101自体であり、後者の場合は対極105aである。一方、流入対象物は、前者の場合は変電所106に近接したレール部位101bであり、後者の場合は防食対象の埋設管104(導電体)である。そして、本願にいう検討対象物とは、前者の場合、導電性埋設管103がこれに相当し、後者の場合、非防食状態にある導電性埋設管103がこれに当たる。
【0004】
さて、腐食は、電流が媒質である例えば土壌内に流出する部位で発生するため、この位置の特定が必要となる。なお、電流の流入部は防食状態となる。
【0005】
この種の腐食部位の推定に係わる技術手法として、現場での実地測定からの推定、シミュレーションを使用した方法等が提案されている。
1 現場での実地測定から推定する方法
特許文献1には、埋設金属構造物の電位を測定し、電食原因となる可能性のある対象物の対地電位を基に埋設構造物の防食状態を判定する電食対策システムが提案されている。
【0006】
2 シミュレーションを使用する方法
特許文献2には、本願に係る発明者らにより、電位分布をラプラス方程式に従うラプラス場と見なして、被干渉対象物が前記被防食対象物に対して所定の電位状態にある境界条件を加味することによって、干渉問題の解決を行う方法を提案している。
【0007】
【特許文献1】特開2004−176103号公報
【特許文献2】特開平11−160271号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、各従来技術には以下のような問題がある。
1 特許文献1に記載の技術の問題点
この文献に記載の技術では、リアルタイムの把握が可能であるが、腐食状況の推定が可能な部位が、電位測定を行う点のみに限られるため、電位測定ができない箇所での把握が困難である。
【0009】
2 特許文献2に記載の技術の問題点
この文献に記載の技術では、大規模モデルを扱う場合には、すべての位置において一定値の電位差状態を与えることは、現状を良好に代表できるとは言いがたく、また、複数の種類の埋設管が存在する場合には、分極特性のシフト値として複数のパラメータが存在するため、シミュレーション計算において、収束が不安定となりやすい。
【0010】
本発明の目的は、現場の状態を的確に反映し、検討対象物の状態を精度よく推定することができる解析手法を得ることにある。そして、その解析対象は、上述の漏れ電流によるもの、干渉によるものの両方に適用できるものを対象とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するための本発明に係る、電流流出源から媒質を介して流入対象物へ電流が流入する場内に検討対象物が存在する腐食環境の数値解析方法の特徴構成は、
前記検討対象物が除かれ、前記電流流出源から前記媒質を介して前記流入対象物へ電流が流入する基準モデルを構築し、前記基準モデルをラプラス方程式に従うラプラス場と見なして解析を実行する基準モデル解析工程と、
前記基準モデル解析工程で得られた前記基準モデルにおける電位分布から、前記検討対象物が存在する領域における電位分布を求める領域電位分布抽出工程と、
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布と前記検討対象物の材料分極特性とに基づいて、前記検討対象物のみが場内に存在するとして解析を実行し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める検討対象物解析工程とからなることにある。
【0012】
この手法にあっては、先ず、基準モデルに基づいた解析を行い解析対象の場全体の電位分布を求める。ここで求められる電位分布は、検討対象としている腐食環境における電位勾配を代表できる電位の分布である。即ち、等電位線に直交する状態で電位勾配が発生している場を扱うこととなる。
このモデルにあっては、電流流出源、流入対象物が特定されているため、その位置関係に基づいて電位分布を求めることができ、電流量は通常流れると推定される電流量を適宜使用することができる。また電流量は、電流流出源と流入対象物間の電圧とその間の抵抗によっても推定することができる。
【0013】
さて、このようにして求まった場内の電位分布に基づき、前記基準モデルの解析では存在しないと仮定した検討対象物が実際には存在する領域の電位分布を領域電位分布抽出工程で抽出する(求める)。
【0014】
そして検討対象物解析工程では、検討対象物のみを対象とし、基準モデルでの当該領域の電位分布と、その材料分極特性(例えば材料分極特性の実測値)を使用する。そして、検討対象物を、電流の流入及び流出が起こっている導電体として取り扱うことで、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。このとき、検討対象物の解析は、これが場内で、マクロセルを成すものとして解析を実行することで、検討対象物解析工程を実行できる。
結果、媒質内に電流流出源、流入対象物及び検討対象物が存在する場の解析を、検討対象物の存在にも係わらず、現状に適した状態で良好に行うことができる。
従って、先に説明した、漏れ電流による腐食、干渉による腐食を解析対象とすることができる。
【0015】
上記解析を行おうとすると、その検討対象物が存在する位置での解析上の境界条件を設定するため、検討対象物の各部位(各々の部位が後述するセグメントに対応する)の材料分極特性が必要となる。この材料分極特性は、例えば、埋設管各部位の位置と、埋設管とその回りにある土壌との関係により決まるものであり、実際は、各位置における環境状態が異なるため、各部位は異なった材料分極特性を取る。
しかしながら、解析の度毎に、各部位(セグメント)の材料分極特性を測定していたのでは作業が煩雑となり、実用的でない。即ち、材料分極特性を測定しようとすると、各セグメントについて、電位と電流密度との関係を、例えば電位側を変えながら逐次測定する必要が生じるが、このような作業は煩雑である。この作業は、解析対象が土壌中に埋設された埋設管の場合、具体的には、プローブ(検討対象物である埋設管と同材質でできたテストピース)を土中に挿入し、当該埋設管と短絡して土壌となじませた後、埋設管と切り離し、プローブだけについて分極特性を測定する作業である。
【0016】
そこで、前記検討対象物の材料分極特性を設定するに、所定の材料分極特性を、前記検討対象物の各部位の自然電位に一致するように、各部位毎に電位軸方向にシフトさせることが好ましい。この自然電位を得る作業は、解析対象が土壌中に埋設された埋設管の場合、具体的には、上記の分極特性測定を除くプロセスを行った後、プローブだけの自然電位のみを測定し、その自然電位に一致するように所定の材料分極特性を電位軸方向にシフトさせる作業となる。また、現場の場合、実際の埋設管の自然電位を使用して、シフトさせることもできる。
ここで、所定の材料分極特性とは、予め用意しておく基準とする材料分極特性である。この種の基準とする材料分極特性は、例えば経験値を採用したり、予め、一度だけ各部位で材料分極特性を測定するとともに、基準とする自然電位に変換して平均化する(実測値を使用して、自然電位が基準とする自然電位となるように分極特性を電位軸方向にシフトさせ、シフト後の材料分極特性について、各電位毎に各電流密度を平均化する)ことにより得ることができる。
【0017】
一方、各部位の自然電位に関しては、各部位について解析前に現場にて予め測定しておく。
そして、解析においては、各部位の材料分極特性として、上記所定の材料分極特性を、前記検討対象物の各部位の自然電位に一致するように、各部位毎に電位軸方向にシフトさせた材料分極特性を使用する。即ち、現場での材料分極特性の測定の代わりに自然電位の測定のみを実行し、この自然電位と予め求められている所定の材料分極特性を使用して各部位の材料分極特性を得、領域電位分布抽出工程により求められた電位分布を反映した解析分極特性を境界条件として、検討対象物解析工程の解析を行う。結果、現場作業としては、各位置での自然電位の測定だけを行い、本願に係る腐食環境の数値解析方法を使用することで、簡易に前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。
【0018】
さて、上記方法を採用するに、前記検討対象物解析工程において、
前記検討対象物を、電気的に接続された複数の解析セグメントからなる連続体と見なすとともに、前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントそれぞれの解析分極特性を設定し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。
【0019】
本願における検討対象物解析工程にあっては、検討対象物の挙動の特定が問題となる。先にも示したように、本願では領域電位分布抽出工程で求められる、その領域の電位分布を使用する。一方、検討対象物を構成する材料は予め判明するため、これが、その近傍の媒質(例えば土壌)との関係で取りうる分極特性(本願にあっては、この分極特性を材料分極特性と呼んでいる)は判明又は測定することができる。
【0020】
そこで、解析対象の場内における検討対象物の例えば電流分布を求めるのに、この対象物を解析セグメントに分割し、その解析セグメントの位置で別途求められている電位分布に従って、各解析セグメントの分極特性(本願にあっては、この分極特性を解析分極特性と呼ぶ)を設定する。例えば、各解析セグメントについて、材料分極特性に対して、求められている領域(土壌)の電位分布に従って、その電位差分だけ電位軸方法にシフトさせた分極特性を採用するのである。
【0021】
そして、シフトされた解析分極特性を、各々の解析セグメントに与える。それによって、各解析セグメントは、あたかも自然電位(電流の出入りのない電流ゼロのときの電位)がお互いに異なるように振る舞い、それらをショートとしてマクロセル解析を行うことができる。このようにして、検討対象物の分極電位分布及び検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める。
この種の電流分布等の導出に際しては、上記の基準モデルとは逆に、電流流出源及び流入対象物が除かれ、検討対象物のみがある場を対象とし、この検討対象物のみが場内にある状態で、ラプラス場を解くことで、非線形な境界を構成する検討対象物の電流分布を求めることができる。この手法は、一般にマクロセル腐食の解析と呼ばれている。このようにすることで、検討対象物における電流分布が判明することで、腐食が問題となる電流流出部位を特定することができる。
【0022】
本願に係る腐食環境の数値解析方法は、先に示したように、基準モデル解析工程、領域電位分布抽出工程及び検討対象物解析工程からなる。
そして、腐食環境を、ラプラス方程式に従うラプラス場を解くことが可能なソルバーを使用して解析するのであるが、このソルバーとして、境界条件として、その境界を成す各要素に関して、要素毎に与えられる分極特性条件が満足されるようなラプラス解を得ることができるソルバーを使用する。
解析に際しては、先ず、基準モデル解析工程において、検討対象物がないとして、その領域における電位分布を求める。次に、領域電位分布抽出工程で抽出された電位分布を利用し、さらに、検討対象物を複数の解析セグメントからなるものと見なし、各解析セグメントの解析分極特性を決定する。
その後、検討対象物を、複数の解析セグメントからなり、各々が解析分極特性条件をみたすべき一種の境界を成すとしてマクロセル解析を行う。この様にすることで、検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求めることができる。
【0023】
さて、領域電位分布抽出工程で求められる電位分布を、解析分極特性の設定に使用するのに、解析手法上、例えば、境界要素法等を採用することにより、境界要素の数だけ離散化する等、離散化した分布値として求められる電位を関数化し、解析分極特性の決定に、この関数を使用してもよい。
【0024】
この場合は、前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントの解析分極特性を設定するに、前記検討対象物の材料分極特性に対して、前記領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置に基づいた関数として電位分布を設定し、前記材料分極特性を電位軸方向にシフトさせることとなる。
【0025】
離散化された電位分布を使用することなく、一定の関係にある関数に基づいて電位分布を設定することで、基準モデル解析工程で使用する基準モデルにおける検討対象物の部位の領域分割状態と、検討対象物解析工程での検討対象物の分割状態とに差がある場合(基準モデル解析工程で使用する基準モデルでの分割数と、検討対象物解析工程で使用する解析セグメントの分割数に多寡がある場合)も、適切な解析が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本願の実施の形態を、以下図面を参照しながら説明する。
本願は、特定の腐食環境を対象として適用できる数値解析手法に関係する。
【0027】
1 腐食環境の数値解析方法(シミュレーション)
この数値解析方法の説明に際しては、電流流出源である対極(電車に相当)から流入対象物である平板(変電所に相当)に電流を流して、その電流が、場内にある検討対象物である埋設管内を流れ、腐食を発生する電食問題を例にとって説明する。
【0028】
本願は、独特の数値解析方法を提案するものであるが、この数値解析方法の信頼性の確認のためモデル実験での検証を行った。そこで、この数値解析方法の説明にあっては、先ず、本願手法を適用する腐食環境に関して説明するとともに、本願に係る数値解析手法及び、その結果について説明する。
【0029】
1−1 解析の対象とした腐食環境(モデル実験対象)
解析の対象を以下のような図2に示す腐食環境とした。
図2に示す水槽4(長辺 1500mm、短辺700mm、深さ120mm)の下部(図下側に位置する部位)に白金対極(電車に相当する電流流出源1)、水槽上部(図上側に位置する部位)にステンレス板(変電所に相当する流入対象物2)を設置し、水槽4内部に硫酸ナトリウム(比抵抗2520Ω・cm)水溶液が満たされ、白金対極1からステンレス板2に直流電流(30mA)を通電しているものとした。そして、この場内で、白金対極1の直裏側(紙面表裏方向の奥側で水槽の底部側)に、水槽短辺に平行に、深さ7cmの位置に鋼製丸棒(埋設管に相当する検討対象物3)が浸漬されているものとした。
【0030】
この場は、白金対極は電食を与える原因となる電流流出源1、ステンレス板は電食の原因となる電流が流れ込む流入対象物2、鋼製丸棒は電食を受ける管となる。従って、この鋼製丸棒は、本願にいう検討対象物3であり、この検討対象物における電流の流出部の特定が解析の目標となる。
【0031】
実験に使用した鋼製丸棒は、長さ5cm(Φ1cm)のテストピース12個から構成されており、各テストピース30から各々電流を測定するためのリード線(図示省略)を出し電流分布を測定可能な構成とした。この構成を採用することにより、テストピース30を流れる各々の電流が判明する。
【0032】
1−2 数値解析手法
本願で採用する場の数値解析では、従来同様、解析対象場の電位分布をラプラス方程式に従うラプラス場と見なし、この場に対応した数値解析モデルを構築するとともに、線形及び非線形な境界条件下でラプラス場を解くことが可能なソルバーを、構築される数値解析モデルに適用して、シミュレーション解析を行う。
但し、本願では、解析対象とする場において、前記検討対象物3を除いた場の解析を一旦実行し、その後、この解析で得られた検討対象物の配設領域の電位分布を利用して、この検討対象物3のみが場内に存在するラプラス場に関して数値解析をさらに行い、検討対象物3から媒質への電流の流出入分布を得る。
【0033】
この種の線形・非線形な境界条件の下にラプラス場を数値的に解くには、数値解析法として境界要素法が適用できるが、このような手法を使用することができるソルバーは公知である。本例にあっては、ソルバーとして、「腐食解析システム 3D−Cafe」(みずほ情報総研社製)と同等の機能を有するプログラムを使用した。このソルバーは、腐食環境をラプラスの方程式に従うラプラス場として解析可能なソルバーであり、その境界条件の設定に関しては、境界を成す各要素に関して、定電流条件、定電位条件、あるいは、その要素の分極特性を条件とする分極特性条件の何れかを選択的に与えて、解析を行うことができる。
【0034】
以下、数値解析の手順を、上記解析対象に適用する場合について工程順に説明する。
図3には、この数値解析のフローを示した。
イ 基準モデル解析工程
解析対象となる場に関して、白金対極(電流流出源1)、ステンレス板(流入対象物2)が硫酸ナトリウム水溶液(媒質5)内にある状態の数値解析モデルを、各部材1,2、5の位置関係、及び媒質5の比抵抗が代表されるように構築する(ステップ1)。この数値解析モデルにおいては、検討対象物3をモデル内には備えず、媒質5が一様に分布しているものとする。但し、比抵抗分布が不均一の場合も境界条件の設定により解析は可能である。このモデルを本願にあっては基準モデルと称する。この基準モデルの構成を図2に対応して示したのが図4である。
この基準モデルにおいて、電流流出源1から媒質5内を介して流入対象物2に所定の電流が流れるとの条件の下、場内の電位分布を求める(ステップ2)。電流量としては、30mAを適用する。この様にして求められた電位分布を図5に示した。電流流出源1から流入対象物2に向かってラプラス方程式を満たす電位分布(抵抗を持った水溶液中を流れる電流による電圧降下(IRドロップ)による電位分布が発生している。これが起電力の要因となる)が形成されていることがわかる。
【0035】
ロ 領域電位分布抽出工程
基準モデル解析工程で得られた基準モデルにおける電位分布から、検討対象物3が存在する領域における電位分布を求める(ステップ3)。図6に水槽4内における検討対象物3の位置関係を示した。同図は、この検討対象物3が図左側から60個の解析セグメント300に分割されていることを示している。
上記基準モデル解析工程で得られた電位分布から、検討対象物3の位置において、60個の離散値として求められる電位分布と、この分布を関数化処理したものを示したのが図7である。同図に示すように、電流流出源である対極1が存在する距離0.07mの近傍位置に電位のピークが存在し、離間するに従って、電位は低下(電流と溶液抵抗による電圧降下、即ち、IRdropによる降下分だけ低下)している。
【0036】
ハ 検討対象物解析工程
領域電位分布抽出工程により求められた電位分布と、検討対象物3の材料分極特性とに基づいて、検討対象物3を流れる電流分布を求める(ステップ4)。この材料分極特性の一例を図8に実線の分極曲線(本溶液中における鋼の分極特性の実測値)として示した。この分極曲線は、図上右側で二つに分岐しているが、電流密度を対数座標で表記しているためであり、電位が自然電位より高い状態においては上側の分岐線で電位と流出電流密度との関係は表され、電位が自然電位より低い状態においては下側の分岐線で電位と流入電流密度との関係は表される。
この検討対象物解析工程において、検討対象物3を、解析セグメント300からなる連続体と見なすとともに、領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、解析セグメント300の位置に対応して各解析セグメントに電位差を与え、それを基に各解析セグメント300の解析分極特性を設定し、その後、それらを全て電気的に接続してマクロセル解析を行い、検討対象物3からの媒質への電流の流出入分布を求める。ここで、解析分極特性とは、解析対象となっている場において、各々単独で存在する時の各解析セグメント間の相互の電位差をも考慮した分極特性である。
【0037】
この検討対象物解析工程における処理フローを図9に示した。
この解析工程にあっては、検討対象物3を構成する解析セグメント300の分極特性(材料分極特性)、検討対象物3が存在する領域の電位分布(領域電位分布)及び、検討対象物3を構成する解析セグメント300それぞれの位置及び電気的接続関係が取り込まれる(ステップ4−1a,4−1b,4−1c)。
【0038】
そして、これら取り込まれたデータを利用して、各解析セグメント300の分極特性を解析分極特性として求める(ステップ4−2)。この解析分極特性は、具体的には、図8に実線で示すような材料分極特性に対して、領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置の電位分布に基づいて、その電位差分だけ電位軸方向に材料分極特性をシフトさせて求めることができる。図8に破線で、この解析分極特性を示し、そのシフト量をsで示した。なお、溶液中を流れる電流の向きに対して、上流側にある解析セグメントは、下流にある解析セグメントよりも、領域電位抽出工程で求められた電位が高いので高電位側にシフトする。どの解析セグメントを基準としても、電流分布の結果は同じとなる。ここで問題となるのは、解析セグメント間の電位差のみである。ここで、同一分極特性をシフトさせているが、このセグメントの近傍で個々に実測した分極特性をシフトさせてもよい(後に示す図15〜図22で説明する例では、各セグメントの位置の自然電位を考慮した解析を行っている)。
同図に示す解析分極特性は単一であるが、実際の解析においては、解析セグメント300の数(60個)だけ、解析分極特性が設定される。
【0039】
このシフト操作においては、図7に各点で示すように離散化された電位値として求まる実際の値を使用しても良いし、図7に連続線として示すように、領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメント300の位置に基づいた関数として領域における電位分布を設定し、材料分極特性をシフトさせることもできる。
【0040】
以上のようにして、検討対象物3を一体として成す各解析セグメント300の分極特性を、シフト済み状態で得る。そして、検討対象物3のみが場内にあるラプラス場に関して、検討対象物3を境界として、数値解析を実行する。この時、各解析セグメント300のシフト済み分極特性(解析分極特性)が、各解析セグメント300の位置において、その部位における非線形の境界条件となる。その後、解析においては、実質的に検討対象物3を全て電気的にショートされたものとして取り扱い、この境界に於ける電流の流入・流出量が均衡するように解析して電流分布を求める(ステップ4−4)。このマクロセル解析においては、検討対象物3のみが、先に解析の対象とした場内にあるとして(図6の構造)、非線形の境界条件を取り扱うことができるラプラス場を対象とするソルバーを使用する(このソルバーは先の基準モデル解析工程で使用したものと、同一のものである。)。即ち、解析の条件が異なり、この解析は、電流流出源、流入対象物は除かれ、解析セグメント化され、夫々解析分極特性が固定化された解析セグメントからなる境界を有するラプラス場での解析となる(この解析は、検討対象物に関してマクロセルの解析と呼ばれる)。このようにして、検討対象物3内の電流分布を求めることができ、その結果は出力される(ステップ4−5)。
【0041】
1−3 本願に係る数値解析の有効性
1−1で示したモデル実験の腐食環境において、検討対象物3である鋼製丸棒内における電流分布の実測値を図10に〇で示し、本願に係る数値解析手法に従った解析結果を同図に◇で示した(電流の流入をマイナス、流出をプラスとして表した)。この解析結果は、同図において、近接する5点毎の平均値として表示している。両者の結果は良く一致している。従って、本願に係る数値解析手法が有効であることが判る。
【0042】
以上が、本願に係る腐食環境の数値解析方法に関する説明であるが、さらに、複雑な腐食環境での解析に関して説明する。
以下、この解析の処理フローを図11に示した。さらに、図12に、この処理フローに対応する処理状態を図面で示した。
【0043】
2−1 解析の対象とした腐食環境
図13に、解析対象としたモデル実験の状態を示した。図2に示す例に対して、さらに複雑な形状の鋼製丸棒13を対象とした。
図13(a)に示すように、水槽14(長辺1500mm、短辺700mm、深さ120mm)内に、2190Ω・cmの硫酸ナトリウム水溶液を満たし、検討対象物3は、比較的複雑な鋼製丸棒13を使用した。この鋼製丸棒13は34個のテストピース30(長さ5cm、直径Φ1cm)を電気的にショートしたものである。
この例の場合の電流流出源1は、図13(a)に示すテストピース10の直上に配設した。流入対象物2は同図右端にあるとした。さらに、場を流れる電流量は30mAとした。
この腐食環境で発生する、鋼製丸棒13内の電流分布を実測したのが、図13(b)である(電流の流入をマイナス、流出をプラスとして表した)。
【0044】
2−2 数値計算
数値計算に際しては、図11に示す、以下の手順で行った。
2−2−1 前提
検討対象物の位置等の条件(ステップ11)、検討対象物3の分極特性、及び検討対象物3周りの媒質(水溶液)の比抵抗を予め得ておく(ステップ12)。
【0045】
2−2−2 数値解析(シミュレーション)
上記モデル実験において判明している条件を基に、その数値解析モデルを構築する。
この時、本願にあっては、先に説明した数値解析方法を使用するため、検討対象物3を除いたモデル(先に説明した基準モデル)を用意する。このモデルの状態を図12(a)に示した。
そして、図12(b)に示すように場を形成する媒質の比抵抗を測定工程で測定された比抵抗に設定する(ステップ14)。
以上の準備を終えた後、先に数値解析において説明したように、基準モデル解析工程、領域電位分布抽出工程、検討対象物解析工程を経て、電流流出源1の位置、流入対象物2の位置、さらに電流量に対して、それら条件を満たす電位分布を求めるとともに、検討対象物3から媒質への電流の流出入分布を求める(ステップ15〜17)。
【0046】
この解析に際しては、これまで説明してきたように、基準モデルを使用した電位分布の導出(ステップ15)、検討対象物3が存在する領域での電位分布の抽出及びそれに基づいた、検討対象物3を構成する各解析セグメント300の解析分極特性の決定(ステップ16)、各解析セグメント300に設定された解析分極特性を使用しての電流分布の導出(ステップ17)を実行する。電位分布の導出状態を模式的に図12(c)に、電流分布の導出状態を模式的に図12(d)に示した。
【0047】
図14(b)に具体的に示したのが、このようにして解析的に求められた場内の電位分布であり、図14(c)に具体的に示したのが、このようにして解析的に求められた各解析セグメント300の電流分布である。図(c)において、横軸は解析セグメントの各番号を、縦軸は電流量を示している。
【0048】
2−2−3 比較結果
モデル実験結果である図13(b)の結果と、数値解析結果である図14(c)の結果は、よく一致していた。
【0049】
検討対象物の材料分極特性を単一として解析を進める例を示したが、材料分極特性が位置と環境に依存して変化している場合、その位置での材料分極特性を実測し、それぞれ使用することとなる。しかしながら、実際の埋設腐食環境の場合、検討対象物の各部位の位置、(例えば埋設管の場合、埋設管各部位の位置)によって、その自然電位が異なるとともに、各部位の材料分極特性も当然に異なる。一方、先にも示したように、自然電位の測定は容易ではあるが、各部位に関して、全て材料分極特性を測定することは煩雑である。
そこで、以下、各部位の自然電位のみを測定し、その結果を利用して本願の解析に適用する場合の例に関して説明する。
この例に関し、図15に、図13を模擬して管を埋設した埋設腐食環境のモデル実験の状況を示す。
図中には、実際に材料分極特性を測定した15箇所の位置を○印で示している。代表例として、図16、図17に、各々A地点とB地点における材料分極特性の実測値を示した。また、以下の表1には、15地点の自然電位の一覧を示す。左欄が各測定地点(A〜O:これまで説明してきた各部位に相当する)を、右欄が各地点の自然電位を示す。なお、この例では、流入対象物2を▲の位置に固定し、電流流出源1の位置を破線に沿って10箇所程度、適当に移動させて流出電流の測定を行った。
【0050】
【表1】
【0051】
本解析では、埋設管を成す金属の分極特性(所定の材料分極特性に相当)を図18のように仮定し、図18の材料分極特性を、検討対象である埋設管の自然電位(表1を参照)に一致するように、各部位(地点)ごとに電位軸方向にシフトさせて材料分極特性を設定した。代表例として、図18の材料分極特性をA地点の自然電位(−747mV)に一致するようにシフトした結果を図19に、同様に図18の分極特性をB地点の自然電位(−493mV)に一致するようにシフトした結果を図20に示す。なお、これら材料分極特性を使用して解析を行う実際の解析では、塗覆装の影響を考慮して、全ての材料分極特性の電流密度の値を一例として1/200に補正した。
【0052】
数値計算に際しては、図11に示す2−2−1及び2−2−2と同様の手順で実施した。この解析では、先に説明した自然電位を考慮した材料分極特性を使用するとともに、上述の電流密度の補正も行った。そして、自然電位が測定可能な地点に対して、その近傍に測定不可能な地点がある場合は、測定可能な地点からの距離を参考に、測定不可能な地点での自然電位に関しても、これを推定して設定するものとした。本願の解析方法を使用して得た結果と実測値(プローブを土中に挿入し、管と短絡して、プローブと管との間に流れる電流を測定)とを比較した。
比較結果として、図21に、流出電流の実測値を横軸、図18の材料分極特性を先に説明した本願手法に従って使用し流出電流を得た解析結果を縦軸にしてプロットしたグラフを示す。なお、実測値と解析結果の比較は、図15に示すA,B,C,E,F,G,H,I,Mの9点で行った。プロットの分布が右上がりとなっており、実測値と解析結果が定性的に一致していることが分かる。なお参考までに、15箇所の位置で実測された材料分極特性を全て使用して同様の解析を行った結果を図22に示すが、図21とほぼ同様の傾向にあることが分かる。
【0053】
〔別実施の形態〕
(a) 上記の実施の形態にあっては、電食を問題としたが、電食以外の干渉の問題も取り扱うことができる。
(b) 上記の実施の形態にあっては、材料分極特性として、予め得られている材料分極特性を使用したり、各部位について自然電位を考慮した材料分極特性を使用したりしたが、測定不可能な位置の材料分極特性としては、位置に依存した内挿若しくは外挿を実行して決定することができる。
この様にすると、位置が異なる場合、分極特性の形状が変化することを想定し、有限の場所で測定された分極特性を利用した解析が可能となる。
さらに、分極特性は、図8に示すような電流密度と電位の関係図表として与えても良いし、これら電気化学的関係数表等として記憶させておき、その関係数表として、与えてもよい。
(c) 上記の実施の形態にあっては、検討対象物に関して、その電流分布を求める例を示したが、対象物内における分極電位分布を求めるものとしてもよい。
なお、電流分布から鋼管の分極電位分布へ換算する場合、材料分極特性(解析分極特性ではない)を用いて、電流から電位に変換し分極電位を得ることとなる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
現場の状態を的確に反映し、電食検討対象物の腐食状態を精度よく推定することができる解析手法を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本願に係る解析対象となる電食の発生原因の説明図
【図2】実験例の電食場の構成を示す図
【図3】本願に係る数値解析方法の概略フローを示す図
【図4】基準モデルの構成を示す図
【図5】基準モデル解析工程により得られた溶液中の電位分布を示す図
【図6】検討対象物の分割構成を示す図
【図7】検討対象物における溶液中の電位分布の解析結果を示す図
【図8】検討対象物の材料分極特性及び解析分極特性を示す図
【図9】本願に係る検討対象物解析工程のフローを示す図
【図10】実測値と数値解析結果を示す図
【図11】別モデル実験例の解析フローを示す図
【図12】別モデル実験例の解析の実行手順の説明図
【図13】別モデル実験例の電食場の構成及び電流分布の実測値を示す図
【図14】図13に示す実験例の解析結果を示す図
【図15】埋設腐食環境のモデル実験の状態を示す図
【図16】A地点の材料分極特性の実側値を示す図
【図17】B地点の材料分極特性の実測値を示す図
【図18】仮定した材料分極特性を示す図
【図19】図18の材料分極特性からシフトして求めたA地点の材料分極特性を示す図
【図20】図18の材料分極特性からシフトして求めたB地点の材料分極特性を示す図
【図21】図18の材料分極特性からシフトして求めた各地点の材料分極特性を使用した場合の流出電流の実測値と解析結果との関係を示す図
【図22】各地点の材料分極特性実測値を使用した場合の流出電流の実測値と解析結果との関係を示す図
【符号の説明】
【0056】
1:電流流出源
2:流入対象物
3:検討対象物
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流流出源から媒質を介して流入対象物へ電流が流入する場内に検討対象物が存在する腐食環境の数値解析方法であって、
前記検討対象物が除かれ、前記電流流出源から前記媒質を介して前記流入対象物へ電流が流入する基準モデルを構築し、前記基準モデルをラプラス方程式に従うラプラス場と見なして解析を実行する基準モデル解析工程と、
前記基準モデル解析工程で得られた前記基準モデルにおける電位分布から、前記検討対象物が存在する領域における電位分布を求める領域電位分布抽出工程と、
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布と前記検討対象物の材料分極特性とに基づいて、前記検討対象物のみが場内に存在するとして解析を実行し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める検討対象物解析工程とからなる腐食環境の数値解析方法。
【請求項2】
前記検討対象物の材料分極特性を設定するに、所定の材料分極特性を、前記検討対象物の各部位の自然電位に一致するように、前記各部位毎に電位軸方向にシフトさせる請求項1記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項3】
前記検討対象物解析工程において、
前記検討対象物を、電気的に接続された複数の解析セグメントからなる連続体と見なすとともに、前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応した前記各解析セグメントの解析分極特性を設定し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める請求項1又は2記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項4】
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントの解析分極特性を設定するに、
前記検討対象物の材料分極特性に対して、前記領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置の電位分布に基づいて、前記材料分極特性を電位軸方向にシフトさせる請求項3記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項5】
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントの解析分極特性を設定するに、
前記検討対象物の材料分極特性に対して、前記領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置に基づいた関数として前記領域における電位分布を設定し、前記材料分極特性を電位軸方向にシフトさせる請求項3記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項6】
前記電流流出源が漏れ電流源で、前記流入対象物が前記漏れ電流が流入する流入対象物であり、前記検討対象物が前記場内にある導電体である請求項1〜5のいずれか一項記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項7】
前記電流流出源が電気防食用の対極で、前記流入対象物が電気防食の対象である電気防食対象物であり、前記検討対象物が前記場内にある導電体である請求項1〜5のいずれか一項記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項1】
電流流出源から媒質を介して流入対象物へ電流が流入する場内に検討対象物が存在する腐食環境の数値解析方法であって、
前記検討対象物が除かれ、前記電流流出源から前記媒質を介して前記流入対象物へ電流が流入する基準モデルを構築し、前記基準モデルをラプラス方程式に従うラプラス場と見なして解析を実行する基準モデル解析工程と、
前記基準モデル解析工程で得られた前記基準モデルにおける電位分布から、前記検討対象物が存在する領域における電位分布を求める領域電位分布抽出工程と、
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布と前記検討対象物の材料分極特性とに基づいて、前記検討対象物のみが場内に存在するとして解析を実行し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める検討対象物解析工程とからなる腐食環境の数値解析方法。
【請求項2】
前記検討対象物の材料分極特性を設定するに、所定の材料分極特性を、前記検討対象物の各部位の自然電位に一致するように、前記各部位毎に電位軸方向にシフトさせる請求項1記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項3】
前記検討対象物解析工程において、
前記検討対象物を、電気的に接続された複数の解析セグメントからなる連続体と見なすとともに、前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応した前記各解析セグメントの解析分極特性を設定し、前記検討対象物の分極電位分布及び前記検討対象物からの媒質への電流の流出入分布を求める請求項1又は2記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項4】
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントの解析分極特性を設定するに、
前記検討対象物の材料分極特性に対して、前記領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置の電位分布に基づいて、前記材料分極特性を電位軸方向にシフトさせる請求項3記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項5】
前記領域電位分布抽出工程により求められた電位分布に基づいて、前記解析セグメントの位置に対応して、前記各解析セグメントの解析分極特性を設定するに、
前記検討対象物の材料分極特性に対して、前記領域電位分布抽出工程により求められた各解析セグメントの位置に基づいた関数として前記領域における電位分布を設定し、前記材料分極特性を電位軸方向にシフトさせる請求項3記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項6】
前記電流流出源が漏れ電流源で、前記流入対象物が前記漏れ電流が流入する流入対象物であり、前記検討対象物が前記場内にある導電体である請求項1〜5のいずれか一項記載の腐食環境の数値解析方法。
【請求項7】
前記電流流出源が電気防食用の対極で、前記流入対象物が電気防食の対象である電気防食対象物であり、前記検討対象物が前記場内にある導電体である請求項1〜5のいずれか一項記載の腐食環境の数値解析方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
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【図11】
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【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2007−17433(P2007−17433A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−161264(P2006−161264)
【出願日】平成18年6月9日(2006.6.9)
【出願人】(000000284)大阪瓦斯株式会社 (2,453)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年6月9日(2006.6.9)
【出願人】(000000284)大阪瓦斯株式会社 (2,453)
【Fターム(参考)】
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