説明

腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価する方法、及び阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定する方法

【課題】腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を正確に評価する方法及び阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を正確に判定する方法を提供すること。
【解決手段】腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤で前記試料を処理する処理工程と、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞に対する前記阻害剤の増殖抑制効果を評価する評価工程と、を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜貫通型チロシンキナーゼの活性値に基づいて、腫瘍細胞に対する膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤の増殖抑制効果を評価する方法に関する。また、本発明は、膜貫通型チロシンキナーゼの活性値に基づいて、膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定する方法に関する。さらに、本発明は、膜貫通型チロシンキナーゼの総活性値に基づいて、化合物をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞膜に存在する膜貫通型のチロシンキナーゼ(以降、膜貫通型チロシンキナーゼとする)は、細胞の増殖、細胞の生存、細胞の分化や血管新生などにおいて重要な役割を果たしている。例えば、膜貫通型チロシンキナーゼには細胞のがん化に関わるものが多く、その発現量の異常や酵素活性の異常が細胞のがん化を引き起こすことが知られている。具体的には、インシュリン様増殖因子受容体(insulin-like growth factor receptor;IGFR)は、腫瘍細胞において過剰に発現することが報告されている。さらに、ヒト上皮細胞増殖因子受容体(human epithelial growth factor receptor;HER)のうち、HER1は主に肺癌において活性が高くなっていることが知られており、HER2は主に乳癌において活性が高くなっていることが知られている。
【0003】
がんなどの膜貫通型チロシンキナーゼが関連する疾患の研究や治療などを目的として、膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤が研究開発されている(例えば非特許文献1)。非特許文献1では、HER1やHER2に対するtyrphostinの阻害能が検討されている。ここに記載されている阻害能を確認する方法としては、例えば、HER1又はHER2の自己リン酸化を検出する方法が挙げられる。具体的には、細胞を溶解し、それを遠心して膜抽出物を採取し、この膜抽出物とEGFとをプレインキュベートする。この後、膜抽出物に[32P]-ATPや阻害剤を含む反応混合液を添加し、SDS-PAGEでタンパク質を分離した後にオートラジオグラフィーで自己リン酸化によって32Pを取り込んだHER1又はHER2のバンドを検出している。また、別の方法として、リン酸化された基質(Poly-Gu4-Tyr1)を検出する方法が記載されている。まず細胞を溶解し、それを遠心して上清を採取し、この上清とEGFとをプレインキュベートした後、抗HER1細胞外ドメインモノクローナル抗体が結合したプロテインAセファロースビーズを用いてHER1又はHER2を免疫沈降する。免疫沈降で得られた沈殿に、[32P]-ATP、阻害剤、基質としてのPoly-Gu4-Tyr1を含む反応混合液を添加してインキュベートする。インキュベートした後、沈殿を除いて上清を得る。この上清には、32Pでリン酸化されたPoly-Gu4-Tyr1が含まれている。これを、上清をWhatman 3MM paper stripに塗布し、その放射能を測定することにより32Pでリン酸化されたPoly-Gu4-Tyr1を検出している。このような方法により、非特許文献1では、HER1に対する阻害能やHER2に対する阻害能をそれぞれ確認している。
【0004】
【非特許文献1】N Osherov et. al., Selective inhibition of the epidermal growth factor and HER2/neu receptors by tyrphostins, Journal of Biological Chemistry, May 1993, Vol. 268, p11134 - 11142
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
がんの治療において有効な阻害剤を検討する上で、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果や阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性は、非常に有用な情報である。しかしながら、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果や阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を調べる場合、非特許文献1に記載されているような、個々の膜貫通型チロシンキナーゼに対する阻害能を確認するだけでは不十分である。なぜならば、患者の腫瘍細胞の細胞膜には、複数種類の膜貫通型チロシンキナーゼが存在するからである。さらに、膜貫通型チロシンキナーゼの中には、ヘテロ2量体を形成することにより活性化されるものがある。また、腫瘍細胞などの細胞膜には未知の膜貫通型チロシンキナーゼや変異型が存在する可能性がある。さらに、阻害剤は1種類の膜貫通型チロシンキナーゼだけに作用するとは限らない。以上のことから、腫瘍細胞の様々な種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する阻害剤の影響に基づいて、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果又は阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を調べることができる技術の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤で前記試料を処理する処理工程と、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞に対する前記阻害剤の増殖抑制効果を評価する評価工程とを含む、腫瘍細胞に対する膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤の増殖抑制効果を評価する方法を提供する。
【0007】
また、本発明は、腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤で前記試料を処理する処理工程と、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、前記リン酸化された基質を検出する検出工程と前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞の前記阻害剤に対する感受性を判定する判定工程とを含む、膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定する方法を提供する。
【0008】
また、本発明は、腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、化合物で前記試料を処理する処理工程と、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞の細胞膜に存在する膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する化合物をスクリーニングするスクリーニング工程とを含む、腫瘍細胞の膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する化合物をスクリーニングする方法を提供する。
【0009】
また、本発明は、腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、化合物で前記試料を処理する処理工程と、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞の増殖を阻害する化合物をスクリーニングするスクリーニング工程と、を含む、腫瘍細胞の増殖を阻害する化合物をスクリーニングする方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、腫瘍細胞の様々な種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する阻害剤の影響を反映した活性値を得ることができる。そして、得られた活性値に基づいて、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価したり、阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定したりすることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本実施形態の方法では、細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する。細胞の細胞膜には様々な種類の膜貫通型チロシンキナーゼが存在しているため、細胞から細胞質を分離して得られた試料中には、細胞膜に由来する膜貫通型チロシンキナーゼ群が含まれる。次に、調製された試料を、膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤で処理する。そして、処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させる。これによって、処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により基質をリン酸化することができる。そして、リン酸化された基質を検出し、その検出結果に基づいて、処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する。このようにして得られた活性値は、細胞に存在する様々な種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する阻害剤の影響を反映したものであり、また、阻害剤による細胞の増殖抑制効果と相関がある。ゆえに、上述した方法において細胞として腫瘍細胞を使用して活性値を測定する場合、得られた活性値に基づいて、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価することが可能になる。また、上述した方法において細胞として腫瘍細胞を使用して活性値を測定する場合、得られた活性値に基づいて、阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定することが可能になる。そして、このようにして得られた腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果の評価結果や阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性の判定結果は、がんの治療において有効な膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤を検討する上で非常に有用な情報となる。
【0012】
膜貫通型チロシンキナーゼは、細胞膜に存在するチロシンキナーゼであれば特に限定されない。具体的には、例えば、インシュリン受容体(insulin receptor;IR)、インシュリン様成長因子受容体(insulin-like growth factor receptor;IGFR)、血小板由来増殖因子受容体(platelet-derived growth factor receptor;PDGFR)、線維芽細胞増殖因子受容体(fibroblast growth factor;FGFR)、ヒト上皮細胞増殖因子受容体(human epithelial growth factor receptor;HER)、血管内皮増殖因子受容体(vascular endothelial growth factor;VEGFR)などの増殖因子受容体が挙げられる。なお、HERファミリーは、HER1、HER2、HER3、及びHER4を含む。
【0013】
膜貫通型チロシンキナーゼは、細胞の細胞膜から回収される。細胞は、生体から採取された生体試料に含まれる細胞であってもよいし、生体から採取された細胞を株化した培養細胞であってもよい。具体的には、細胞として腫瘍細胞を使用することができる。そして、腫瘍細胞は、患者から採取された生体試料に含まれる腫瘍細胞であってもよいし、患者から採取された腫瘍細胞を株化した培養細胞であってもよい。
【0014】
膜貫通型チロシンキナーゼを回収する方法は、細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製するような方法であれば特に限定されない。例えば、以下の方法により膜貫通型チロシンキナーゼを回収することができる。まず、細胞の細胞膜を適当な緩衝液(以降、ホモジナイズ試薬とする)中で破砕し、遠心分離によって上清と沈殿物とに分離して上清を除去する。この上清には、細胞質由来のタンパク質等が含まれており、沈殿物には種々の膜貫通型チロシンキナーゼを保持した細胞膜の断片が含まれている。この沈殿物と、界面活性剤を含む溶液(以降、可溶化処理液とする)とを混合し、遠心分離によって上清と沈殿物に分離する。上清には界面活性剤によりミセル化した、種々の膜貫通型チロシンキナーゼを含む細胞膜が含有されており、沈殿物には不溶性タンパク質及びDNA等が含有されている。そして、この上清を、膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料とする。このようにして調製された試料中では、断片化された細胞膜に種々の膜貫通型チロシンキナーゼが貫通した状態で、その細胞膜が界面活性剤によりミセル化されている。
【0015】
なお、膜貫通型チロシンキナーゼは、リガンドが結合することによってホモ2量体又はヘテロ2量体を形成することが知られている。上述した方法により調製された試料には、ホモ2量体又はヘテロ2量体を形成可能な程度に立体構造を保持した状態で膜貫通型チロシンキナーゼが含まれている。したがって、上述した方法により調製された試料を用いることにより、より正確に、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価したり、阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定したりすることが可能になる。
【0016】
ホモジナイズ試薬は、細胞を破砕する際に、膜貫通型チロシンキナーゼが変性するのを防ぐために用いられる。pHとしては、膜貫通型チロシンキナーゼを変性させたり失活させたりすることなく、安定した状態で回収できる範囲であれば特に限定されず、好ましくは4.0〜9.0、より好ましくは4.5〜8.5、さらに好ましくは5.0〜8.0である。ホモジナイズ試薬は、緩衝剤を含むことが好ましい。緩衝剤としては例えば、リン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、MOPS(3−モルホリノプロパンスルホン酸)、HEPES(2−[4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジニル]エタンスルホン酸)、Tris(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)、トリシン(N−[トリス(ヒドロキシメチル)メチル]グリシン)等が挙げられる。可溶化処理液も、上記のような緩衝剤を含み、ホモジナイズ試薬と同程度のpHであることが好ましい。なお、ホモジナイズ試薬及び/又は可溶化処理液に、プロテアーゼインヒビター、脱リン酸化酵素阻害剤、SH基の酸化を防ぐための試薬(以降、SH基安定剤とする)等を添加して用いてもよい。
【0017】
細胞膜の破砕の方法としては、細胞膜を断片化することができれば特に限定されない。例えば、ピペットによる吸引排出、凍結融解による細胞破砕、ボルテックスミキサーによる攪拌、ブレンダーによる破砕、ペッスルによる加圧、超音波処理装置による超音波処理等が挙げられる。
【0018】
可溶化処理液に含まれる界面活性剤は、断片化した細胞膜を可溶化(ミセル化)するために用いることができる。ただし、細胞膜に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼを分解したり変性したりしないものを用いることが好ましい。電荷を有する界面活性剤は、膜貫通型チロシンキナーゼに結合して立体構造を変化させる可能性があるため、膜貫通型チロシンキナーゼに実質的に結合しない非イオン性界面活性剤を用いることが好ましい。このような非イオン性界面活性剤としては、例えば、ドデシルエーテル、セチルエーテル、ステアリルエーテル、p−t−オクチルフェニルエーテル等を基本構造として有するものが挙げられる。具体的には、ノニデットP−40(NP−40、Shell International Petroleum Company Limitedの登録商標)、Triton−X(Union Carbide Chemicals and Plastics Inc.の登録商標)、トゥイーン(ICI Americas Inc.の登録商標)、Brij(ICI Americas Inc.の登録商標)、Emulgen(花王の登録商標)等が挙げられる。可溶化処理液中の界面活性剤の濃度としては、好ましくは0.05〜5%、より好ましくは0.1〜3%、さらに好ましくは0.1〜1%である。
【0019】
プロテアーゼインヒビターは、膜貫通型チロシンキナーゼが、細胞に含まれるプロテアーゼによって分解されることを防ぐために用いることができる。プロテアーゼインヒビターとしては例えば、EDTAやEGTA等のようなメタロプロテアーゼインヒビター、PMSF、トリプシンインヒビターやキモトリプシン等のようなセリンプロテアーゼインヒビター、ヨードアセトアミドやE−64等のようなシステインプロテアーゼインヒビター等が挙げられる。これらのプロテアーゼインヒビターは単独で用いてもよいし、混合して用いてもよい。また、プロテアーゼインヒビターカクテル(シグマ社)のような、あらかじめ複数のプロテアーゼインヒビターが混合された市販品を用いることもできる。
【0020】
脱リン酸化酵素阻害剤は、膜貫通型チロシンキナーゼの酵素活性が、細胞内に含まれる脱リン酸化酵素によって低下させられることを防ぐために用いることができる。脱リン酸化酵素阻害剤としては、例えば、オルトバナジン酸ナトリウム(Na3VO4)、フッ化ナトリウム(NaF)、オカダ酸などが挙げられる。脱リン酸化阻害剤は、単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。
【0021】
SH基安定剤は、膜貫通型チロシンキナーゼの失活を防ぐために用いることができる。酵素に含まれるSH基は、酸化されてより安定なジスルフィドを形成しやすい。ジスルフィドの形成は、酵素の構造を変化させるため、酵素の失活の原因となることがある。SH基の酸化は、SH基を含有する試薬によって防ぐことができる。SH基安定化剤としては例えばジチオスレイトール(DTT)、2−メルカプトエタノール、グルタチオン、システイン、ホモシステイン、補酵素A、ジヒドロリポ酸等が挙げられる。ホモジナイズ試薬及び/又は可溶化処理液中のSH基安定化剤の濃度としては、例えばDTTであれば、好ましくは0.05〜2mM、より好ましくは0.07〜1.7mM、さらに好ましくは0.1〜1.5mMである。例えば、2−メルカプトエタノールであれば、好ましくは0.1〜15mM、より好ましくは0.3〜13mM、さらに好ましくは0.5〜12mMである。
【0022】
本実施形態では、細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製し、調製された試料を阻害剤で処理する。
【0023】
阻害剤としては、膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害するものであれば特に限定されない。膜貫通型チロシンキナーゼの阻害剤としては、膜貫通型チロシンキナーゼのATP結合部位に結合する阻害剤、膜貫通型チロシンキナーゼの基質結合部位に結合する阻害剤、膜貫通型チロシンキナーゼの細胞外ドメイン(例えばリガンド結合部位)に結合する阻害剤などがある。膜貫通型チロシンキナーゼのATP結合部位に結合する阻害剤(以降、ATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤とする)としては、イレッサ(アストラゼネカ社)、グリベック(ノバルティスファーマ社)、タルセバ(OSI社)、PD153035(カルビオケム社)、AG1478(カルビオケム社)、4557W(EGFR/ErbB-2 Inhibitor)(カルビオケム社)、PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III(カルビオケム社)、VEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III(カルビオケム社)などが挙げられる。膜貫通型チロシンキナーゼの基質結合部位に結合する阻害剤としては、tyrphostin(カルビオケム社)などが挙げられる。膜貫通型チロシンキナーゼの細胞外ドメインに結合する阻害剤としては、ハーゼプチン(ジュネンテック社)、Cetuximab(イムクロン社)、pertuzumab(ジェネンテック社)などが挙げられる。
【0024】
阻害剤による試料の処理は、上述したような阻害剤と試料中の膜貫通型チロシンキナーゼとを接触させることができる処理であれば特に限定されない。このような処理方法としては、例えば、阻害剤を緩衝液などの適当な溶液に溶解し、この溶液と試料とを混合することが挙げられる。
【0025】
本実施形態では、阻害剤で処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する。膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する方法では、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質を利用する。具体的には、試料に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させる。この接触によって、処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により基質をリン酸化する。そして、リン酸化された基質を検出し、得られた検出結果に基づいて活性値を測定することができる。好ましくは、阻害剤で処理された試料と、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対応する基質と、リン酸基供与体と、を混合して接触させ、チロシンキナーゼ活性によりリン酸化された基質を検出する。膜貫通型チロシンキナーゼは、自己リン酸化により活性化され、それにより基質をリン酸化してシグナルを伝える。しかしながら、自己リン酸化されていても、基質をリン酸化するとは限らない。ゆえに、基質のリン酸化を検出する方が、より正確に活性値を測定することができる。
【0026】
上述した少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質としては、特定の膜貫通型チロシンキナーゼに対して特異性の高い基質を、複数種類組み合わせたものを使用することができる。特定の膜貫通型チロシンキナーゼに対して特異性の高い基質としては、例えば、HER1に対して特異性の高い基質であるGrb2、ミエリン塩基性タンパク質(MBP)、ヒストンH2B(HH2B)、ホスホリパーゼC ガンマ等を用いることができる。また、GST EGFR−substrate(ストラタジーン社)のような市販の基質をHER1に対して特異性の高い基質として用いることもできる。GST−EGFR substrateは、GSTと、HER1の酵素活性によってリン酸化されるよう人為的に作製された基質との融合タンパク質である。測定においてこのような基質を組み合わせて使用することにより、試料中の種々の膜貫通型チロシンキナーゼからなる膜貫通型チロシンキナーゼ活性値を測定することが可能になる。
【0027】
また、上述した少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質としては、膜貫通型チロシンキナーゼの種類に対する特異性が低い基質を使用することができる。そのような基質としては、膜貫通型チロシンキナーゼの種類に対する特異性が低くなるように人為的に作製された、公知の合成ペプチドが挙げられる。例えば、Norio Sasaki et al, 1985, The Journal of Biological Chemistry, Vol.260, No.17, 9793〜9804、Sergei Braun et al, 1984, The Journal of Biological Chemistry, Vol.259, No.4, 2051〜2054、及びM. Abdel-Ghany et al, 1990, Proceeding of The National Academy of Science, Vol.87, 7061〜7065等の文献において、チロシンキナーゼの基質として使用されている合成ペプチドが挙げられる。これら文献に開示されている合成ペプチドは、グルタミン酸(以降、Gluと省略する)及びチロシン残基(以降、Tyrと省略する)を含むアミノ酸配列からなり、Tyrが2種類以上のチロシンキナーゼによりリン酸化されうるよう人為的に作製された合成ペプチドである。上記アミノ酸配列としては、具体的には、4つのGluと1つのTyrからなる配列が2回以上繰り返されたアミノ酸配列(以降、アミノ酸配列aとする)、1つのGluと1つのTyrからなる配列が2回以上繰り返されたアミノ酸配列(以降、アミノ酸配列bとする)、6つのGluと1つのTyrと3つのアラニン残基(以降、Alaと省略する)からなる配列が2回以上繰り返されたアミノ酸配列(以降、アミノ酸配列cとする)、1つのGluと1つのTyrと1つのAlaからなる配列が2回以上繰り返されたアミノ酸配列(以降、アミノ酸配列dとする)、2つのGluと1つのTyrと6つのAlaと5つのリジン残基(以降、Lysと省略する)からなる配列が2回以上繰り返されたアミノ酸配列(以降、アミノ酸配列eとする)などが例示できる。なお、Tony Hunter, 1982, The Journal of Biological Chemistry, Vol.257, No.9, 4843〜4848の文献において、チロシンキナーゼによるTyrのリン酸化には酸性アミノ酸残基が重要であるいう報告があり、これより、特に、酸性のアミノ酸残基であるGluを多く含有するアミノ酸配列aやアミノ酸配列cが好ましい。測定においてこのような基質を使用することにより、試料中に含まれる種々の膜貫通型チロシンキナーゼからなる膜貫通型チロシンキナーゼ活性値を測定することが可能になる。
【0028】
なお、より正確に、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価したり、阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定したりするためには、できるだけ多くの種類の膜貫通型チロシンキナーゼからなる膜貫通型チロシンキナーゼ活性値を測定することが好ましい。ゆえに、上述した膜貫通型チロシンキナーゼの種類に対する特異性が低い基質を使用することが好ましい。
【0029】
膜貫通型チロシンキナーゼが触媒する酵素反応では、自己リン酸化により活性化した膜貫通型チロシンキナーゼの酵素活性により、リン酸基供与体のリン酸基が基質に取り込まれる。ここで、リン酸基供与体としては例えば、アデノシン三リン酸(ATP)、アデノシン5'−O−(3−チオトリホスフェート)(ATP−γS)、32P標識したアデノシン5'−O−(3−トリホスフェート)(γ−〔32P〕−ATP)、アデノシン二リン酸(ADP)、アデノシン一リン酸(AMP)等が挙げられる。
【0030】
基質は、アフィニティータグを有することが好ましい。アフィニティータグと、アフィニティータグと結合可能な結合物質を有する固相(以降、固相とする)を用いて、基質を回収することができる。具体的には、アフィニティータグを有する基質と、固相とが結合した複合体を回収し、回収した複合体におけるアフィニティータグと、固相が有する結合物質との結合を解離させることにより、基質を回収することができる。
【0031】
アフィニティータグは、結合物質に結合可能であり、基質の膜貫通型チロシンキナーゼへの結合や基質のリン酸化を妨害しない物質であれば特に限定されない。アフィニティータグとしては、例えば、ポリペプチド、ハプテン等を用いることができる。具体的には、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(以降、GSTとする)、ヒスチジン、マルトース結合タンパク質、FLAGペプチド(シグマ社)、Mycタグ、HAタグ、Strepタグ(IBA GmbH社)、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン等を用いることができる。
【0032】
アフィニティータグを有する基質としては、例えば、基質とアフィニティータグとの融合タンパク質を用いることができる。融合タンパク質としては、アフィニティータグと基質とを結合させたものを用いてもよいし、アフィニティータグと基質との融合タンパク質を発現する組み換え遺伝子を有するベクターを宿主に導入し、宿主が産生した融合タンパク質を回収して用いてもよい。
【0033】
結合物質は、アフィニティータグと解離可能に結合できるものであれば特に限定されない。結合物質としては、例えば、グルタチオン、ニッケル、アミロース、FLAG抗体(シグマ社)、Myc抗体、ヘマグルチニン(HA)抗体、Strep−Tactin(IBA GmbH社)等が挙げられる。
【0034】
固相は、結合物質と結合可能である担体であれば特に限定されない。固相の材質としては、例えば、多糖類、プラスチック、ガラス等が挙げられる。固相の形状としては、例えば、ビーズ、ゲル等が挙げられる。固相の具体例としては、セファロースビーズ、アガロースビーズ、磁性ビーズ、ガラスビーズ、シリコーンゲル等が挙げられる。また、上述したビーズやゲルをカラムに充填して用いることもできる。
【0035】
アフィニティータグと標識固相との組み合わせとしては、以下のような例が挙げられる。
アフィニティータグとしてGSTを選択した場合、固相は、例えばグルタチオンセファロースビーズ(以降、グルタチオンビーズとする)を用いることができる。膜貫通型チロシンキナーゼの酵素活性によってリン酸化したGST―substrateとグルタチオンビーズとを結合させる。これを回収し、還元型グルタチオンを添加すると、GSTとグルタチオンビーズとの結合を解離させることができる。これにより、リン酸化したGST−substrateを回収することができる。リン酸化したGST−EGFR substrateを回収する際には、あらかじめGST−substrateとグルタチオンビーズとを結合させてから酵素反応に用いてもよいし、酵素反応後にGST−substrateとグルタチオンビーズとを結合させてもよい。
また、アフィニティータグとしてヒスチジンを選択した場合、標識固相は例えばニッケルアガロースビーズを用いることができる。ヒスチジンとニッケルとの結合は例えば、Glycine−HCl等の酸や、イミダゾールを用いて解離させることができる。
アフィニティータグとしてマルトース結合タンパク質を選択した場合、標識固相は例えばアミロース磁性ビーズを用いることができる。マルトース結合タンパク質とアミロースとの結合は例えば、遊離のアミロースを添加することにより解離させることができる。
アフィニティータグとしてFLAGペプチドを選択した場合、標識固相は、シグマ社のFLAGアフィニティーゲルを用いることができる。FLAGペプチドとFLAGアフィニティーゲルの結合は例えば、Glycine−HCl等の酸や、3×FLAGペプチド(シグマ社)を用いて解離させることができる。
アフィニティータグとしてMycタグを選択した場合、標識固相は例えばMyc抗体を結合したアガロースビーズを用いることができる。また、標識抗体としてHAタグを選択した場合、HA抗体を結合したアガロースビーズを用いることができる。MycタグとMyc抗体との結合、HAタグとHA抗体との結合はどちらも例えば、酸やアルカリを加えてタンパク質を変性させることにより、解離させることができる。この時、変性したタンパク質を元の状態に戻すことのできる酸又はアルカリを選択することが好ましい。具体的には例えば、酸では塩酸等、アルカリでは水酸化ナトリウム等が挙げられる。
アフィニティータグとしてStrepタグを選択した場合、標識固相としてはIBA GmbH社のStrep−Tactin固相化ゲルカラムを用いることができる。StrepタグとStrep−Tactinの結合は例えば、ストレプトアビジンと可逆的に反応するデスチオビオチンを用いて解離させることができる。
【0036】
試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと基質とを酵素反応させた後、基質を回収する前に、加熱処理、冷却処理、又はEDTA等を用いて酵素反応を停止させてもよい。基質の回収工程において、さらに酵素反応が進んでしまうことがあり、試料ごとに測定結果にバラつきを生じさせる原因となる可能性があるが、酵素反応を停止させることにより、これを回避することができる。
【0037】
リン酸化基質を検出するため、標識物質を用いる。標識物質としては例えば、蛍光物質、酵素、放射性同位元素等が挙げられるが、これに限定されない。蛍光物質としては例えば、フルオレセイン、クマリン、エオシン、フェナントロリン、ピレン、ローダミン等が挙げられる。酵素としては例えば、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ等が挙げられる。放射性同位元素としては例えば、32P、33P、131I、125I、3H、14C、35S等が挙げられる。
【0038】
リン酸化基質を検出するため、リン酸化基質に標識物質を結合させる。例えば標識物質を有し且つリン酸化基質に特異的に結合可能な抗体を用いることにより、リン酸化基質に標識物質を結合させることができる。
又は、リン酸化基質に特異的に結合可能な抗体(以降、リン酸化基質認識抗体とする)と、リン酸化基質認識抗体に結合可能であり且つ標識物質を有する抗体(以降、リン酸化基質認識抗体に結合可能な抗体を二次抗体とする)を用いることにより、リン酸化基質に標識物質を結合させることができる。この場合、リン酸化基質認識抗体と二次抗体を介して、標識物質をリン酸化基質に実質的に結合させることができる。
又は、リン酸化基質認識抗体と、ビオチンを有する二次抗体と、標識物質を有するアビジンを用いることにより、リン酸化基質に標識物質を結合させることができる。この場合、リン酸化基質認識抗体と二次抗体とビオチンとアビジンを介して、標識物質をリン酸化基質に実質的に結合させることができる。なお、二次抗体がアビジンを有し、ビオチンが標識物質を有していてもよい。
又は、ビオチンを有するリン酸化基質認識抗体と、標識物質を有するアビジンを用いてもよいし、アビジンを有するリン酸化基質認識抗体と、標識物質を有するビオチンを用いてもよい。
標識物質が発するシグナルを検出することにより、リン酸化された基質を検出することができ、これにより膜貫通型チロシンキナーゼの活性を測定することができる。
【0039】
上述したリン酸化基質認識抗体及び二次抗体は、動物に抗原を接触させて免疫を促し、この動物の血液を精製して得られた抗体、遺伝子組み換えによって得られた抗体、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体等を用いることができる。また、これらの抗体のうち少なくとも2種類を混合したものを用いることもできる。ここでいう抗体とは、抗体のフラグメント及びその誘導体も含む。具体例としては、Fabフラグメント、F(ab')フラグメント、F(ab)2フラグメント、sFvフラグメント等(Blazar et al., 1997, Journal of Immunology, 159 : 5821−5833及びBird et al., 1988, Science, 242 : 423−426)が挙げられる。抗体のクラスはIgG、IgM等を用いることができるが、これに限定されない。
【0040】
リン酸化基質の検出方法は、標識物質の種類により適宜選択しうる。標識物質が蛍光物質である場合、ウエスタンブロッティングによって基質のリン酸化を検出することができる。リン酸化基質をメンブレンで分離し、リン酸化基質認識抗体を加えてリン酸化基質と結合させ、さらに蛍光物質を有する二次抗体をリン酸化基質認識抗体に結合させ、この蛍光を検出すればよい。リン酸化基質を、上述したアフィニティータグを用いてあらかじめ分離した場合は、ウエスタンブロッティングの代わりにスロットブロット法を用いて基質のリン酸化を検出することもできる。標識物質として、蛍光物質の代わりに酵素を用いることもできる。酵素を用いる場合、二次抗体の有する酵素を、基質を加えて発色反応させ、この発色を検出すればよい。
また、リン酸化基質を含む溶液をチューブに収容し、蛍光物質を有するリン酸化基質認識抗体を加えてリン酸化基質と結合させ、蛍光強度を測定することにより、基質のリン酸化を検出することもできる。
標識物質が酵素である場合、固相酵素免疫検定法(以降、ELISA法とする)によって基質のリン酸化を検出することができる。ELISA法には、直接吸着法とサンドイッチ方が含まれる。
直接吸着法では、リン酸化基質を固相の表面に吸着させ、酵素を有するリン酸化基質認識抗体を加え、リン酸化基質と結合させる。次に、リン酸化基質認識抗体が有する酵素を、基質を加えて発色反応させ、この発色を検出すればよい。
サンドイッチ法では、固相にリン酸化基質認識抗体を結合させ(以降、固相抗体とする)、リン酸化基質を加えて固相抗体と結合させる。次に、酵素を有するリン酸化基質認識抗体(以降、標識抗体とする)を加え、リン酸化基質と結合させる。標識抗体の有する酵素を、基質を加えて発色反応させ、この発色を検出すればよい。
例えば酵素がアルカリホスファターゼである場合、基質としてニトロテトラゾリウムブルークロライド(NBT)及び5−ブロモ−4−クロロ−3−インドキシルホスフェイト(BCIP)の混合溶液を用いて反応させ、発色させることができる。酵素がペルオキシダーゼである場合、基質としてジアミノベンジジン(DAB)を用いて反応させ、発色させることができる。
サンドイッチ法を用いる場合、固相抗体と標識抗体とは、リン酸化基質の異なる部位に結合することが好ましい。すなわち、リン酸化基質に複数の抗体結合部位があるか、用いる2種類の抗体がリン酸化基質の異なる抗原決定基を認識することが好ましい。
標識物質が放射性同位元素である場合、放射線免疫検定法(以降、RIAとする)によって基質のリン酸化を検出することができる。具体的には、放射性同位元素を有するリン酸化基質認識抗体をリン酸化基質に結合させ、放射線をシンチレーションカウンター等によって測定し、基質のリン酸化を検出することができる。
【0041】
このようにして、本実施形態の方法では、試料中の種々の膜貫通型チロシンキナーゼからなる膜貫通型チロシンキナーゼ活性値を測定する。そして、得られた活性値は、細胞に存在する様々な種類の膜貫通型キナーゼに対する阻害剤の影響を反映したものであり、また、阻害剤による細胞の増殖抑制効果と相関がある。ゆえに、上述した方法において細胞として腫瘍細胞を使用して活性値を測定する場合、得られた活性値に基づいて、腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価することが可能になる。また、上述した方法において細胞として腫瘍細胞を使用して活性値を測定する場合、得られた活性値に基づいて、阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定することが可能になる。
【0042】
腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果は、上述したような方法で得られた、阻害剤処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値に基づいて評価することができる。具体的には、得られた活性値と所定の閾値とを比較することによって、増殖抑制効果を評価することができる。例えば、得られた活性値が閾値未満であれば、増殖抑制効果が高いと評価すればよい。得られた活性値が閾値以上であれば、増殖抑制効果が低いと評価すればよい。
また、阻害剤で処理された試料に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼの第一の活性値と、阻害剤未処理の試料に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼの第二の活性値とを測定し、得られた第一活性値及び第二活性値に基づいて、増殖抑制効果を評価することができる。具体的には、例えば、第一活性値と第二活性値とを比較し、第一活性値の有意な低下が認められれば、増殖抑制効果が高いと評価すればよい。第一活性値の有意な低下が認められなければ、増殖抑制効果が低いと評価すればよい。なお、第一活性値の有意な低下は、例えば、第一活性値と第二活性値との差又は割合を算出し、得られた差又は割合と所定の閾値とを比較することで確認することができる。例えば、第一活性値と第二活性値との差が閾値以上であれば、第一活性値の有意な低下が認められたとして、増殖抑制効果が高いと評価すればよい。差が閾値未満であれば、第一活性値の有意な低下が認められなかったとして、増殖抑制効果が低いと評価すればよい。また、第一活性値と第二活性値との割合が閾値未満であれば、第一活性値の有意な低下が認められたとして、増殖抑制効果が高いと評価すればよい。割合が閾値以上であれば、第一活性値の有意な低下が認められなかったとして、増殖抑制効果が低いと評価すればよい。
【0043】
同様に、阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性は、上述したような方法で得られた、阻害剤処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値に基づいて判定することができる。具体的には、得られた活性値と所定の閾値とを比較することによって、感受性を評価することができる。例えば、得られた活性値が閾値未満であれば、腫瘍細胞が阻害剤に対して感受性であると判断すればよい。得られた活性値が閾値以上であれば、腫瘍細胞が阻害剤に対して非感受性であると判断すればよい。
また、阻害剤で処理された試料に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼの第一の活性値と、阻害剤未処理の試料に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼの第二の活性値とを測定し、得られた第一活性値及び第二活性値に基づいて、感受性を判断することができる。具体的には、例えば、第一活性値と第二活性値とを比較し、第一活性値の有意な低下が認められれば、腫瘍細胞が阻害剤に対して感受性であると判断すればよい。第一活性値の有意な低下が認められなければ、腫瘍細胞が阻害剤に対して非感受性であると判断すればよい。なお、第一活性値の有意な低下は、例えば、第一活性値と第二活性値との差又は割合を算出し、得られた差又は割合と所定の閾値とを比較することで確認することができる。例えば、第一活性値と第二活性値との差が閾値以上であれば、第一活性値の有意な低下が認められたとして、腫瘍細胞が阻害剤に対して感受性であると判断すればよい。差が閾値未満であれば、第一活性値の有意な低下が認められなかったとして、腫瘍細胞が阻害剤に対して非感受性であると判断すればよい。また、第一活性値と第二活性値との割合が閾値未満であれば、第一活性値の有意な低下が認められたとして、腫瘍細胞が阻害剤に対して感受性であると判断すればよい。割合が閾値以上であれば、第一活性値の有意な低下が認められなかったとして、腫瘍細胞が阻害剤に対して非感受性であると判断すればよい。
【0044】
上述した方法で得られた活性値は、細胞に存在する様々な種類の膜貫通型キナーゼに対する阻害剤の影響を反映したものであり、また、阻害剤による細胞の増殖抑制効果と相関がある。ゆえに、別の観点から、本実施形態の方法を利用して、腫瘍細胞の膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する化合物をスクリーニングすることができる。具体的には、腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する。得られた試料を候補化合物で処理する。処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させることにより、処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により基質をリン酸化する。リン酸化された基質を検出し、その検出結果に基づいて、処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する。そして、得られた活性値に基づいて、腫瘍細胞の細胞膜に存在する膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する化合物をスクリーニングすることができる。また、上記のスクリーニング方法と同様にして得られた活性値に基づいて、細胞の増殖を阻害する化合物をスクリーニングすることができる。上述したように、膜貫通型チロシンキナーゼの発現量の異常や酵素活性の異常が、細胞のがん化を引き起こすことが知られている。さらに、イレッサなどの膜貫通型チロシンキナーゼの阻害剤が、抗癌剤として利用されている。これらのことから、上記のスクリーニング方法は、抗癌剤の創薬研究において、抗癌剤として有望な化合物のスクリーニングに利用できる。
【0045】
上述したような測定に用いられる試薬類を試薬キットとすることができる。このキットは、膜貫通型チロシンキナーゼに対応する基質と、膜貫通型チロシンキナーゼの活性により基質に導入されうるリン酸基を含むリン酸基供与体と、リン酸基を導入した基質に結合することができ、検出可能なシグナルを発する標識物質と、を備える。上記成分は、単一の容器に収容してもよいし、少なくとも1つの成分を別の容器に収容してもよい。好ましくは、基質とリン酸基供与体とを含有する試薬を第1容器に収容し、標識物質を含有する試薬を第2容器に収容する。また、標識物質が、基質に結合可能な一次抗体と、一次抗体に結合可能であり、標識物質を有する二次抗体からなる場合、これらの一次抗体と二次抗体はそれぞれ別の容器に収容することが好ましい。なお、測定において阻害剤で試料を処理する場合は、上記試薬に、試料を処理するための阻害剤を含有させてもよい。上記試薬には、pHを調整するため緩衝液を含有させてもよい。緩衝液は、先述したものを用いることができる。試薬キットは、ホモジナイズ試薬、及び/又は可溶化試薬を備えていてもよい。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の方法について、実施例に基づき、より具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0047】
以下の実施例では、膜貫通型チロシンキナーゼの種類に対する特異性が低い基質を使用した。まず、基質を作製する方法を説明する。
【0048】
1.チロシンキナーゼの基質の作製
4つのグルタミン酸残基と1つのチロシン残基からなる配列が5回繰り返されたアミノ酸配列(配列番号1)からなるペプチド(以降、poly(Glu、Tyr)ペプチドとする)とGSTとの融合タンパク質を作製し、この融合タンパク質を、膜貫通型チロシンキナーゼによりリン酸化されうる基質として用いた。以降、この融合タンパク質をGST-poly(Glu、Tyr)基質とする。
【0049】
GST-poly(Glu、Tyr)基質は、以下の方法で作製した。poly(Glu、Tyr)ペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)をコードするDNA(配列番号2)、このDNAの塩基配列を基に設計したセンスプライマー(配列番号3)及びアンチセンスプライマー(配列番号4)及びKODplusDNApolymerase(東洋紡株式会社)を用いて、PCRを行った。PCRにより得られた増幅産物(以降、poly(Glu,Tyr)DNAとする)及びGST融合タンパク質発現用のプラスミドベクターであるpGEX-4T-3(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)を制限酵素(BamH1及びEcoR1)で処理し、poly(Glu,Tyr)DNAをpGEX-4T-3に組み込み、組換えプラスミドを作製した。この組換えプラスミドを大腸菌JM109にトランスフォームし、この大腸菌を、液体培地(LB培地)中で培養液の吸光度(600nm)が0.6になるまで培養した。この培養した大腸菌に1mM IPTG(培養液中の濃度)を添加して4時間培養し、発現を誘導した。次に、大腸菌を溶菌し、グルタチオンセファロース4B(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)を用いてGST-poly(Glu、Tyr)基質を回収した。このGST-poly(Glu、Tyr)基質のアミノ酸配列を配列番号5に示した。
【0050】
次に、作製したGST-poly(Glu、Tyr)基質が、種々の膜貫通型チロシンキナーゼによりリン酸化されることを確認した。
【0051】
2.GST-poly(Glu、Tyr)基質のリン酸化の検出
市販の膜貫通型チロシンキナーゼの細胞内ドメイン(intracellular domain;ICD)を用いてGST-poly(Glu、Tyr)基質をリン酸化し、ウエスタンブロッティングによりリン酸化したGST-poly(Glu、Tyr)基質を検出した。なお、膜貫通型チロシンキナーゼは、細胞外ドメイン、膜貫通ドメイン、細胞内ドメインから構成されており、細胞内ドメインにチロシンキナーゼの活性を示す部位が存在する。
【0052】
(反応用試料の調製)
緩衝液1(20mM HEPES pH7.4、10mM MnCl2、1% NP40、1mM DTT、0.2%プロテアーゼインヒビター(以降、PIとする)、10% グリセロール、200μM Na3VO4及び50mM NaFを含む)50μlと市販の膜貫通型チロシンキナーゼのICD 0.5pmolを混合し、これを反応用試料として以下の酵素反応に用いた。ここでは、ICDとして、PDGF Recepter β Kinase(以降、PDGFR-βとする)、VEGF Recepter 1 Kinase(以降、VEGFR1とする)、VEGF Recepter 2 Kinase(以降、VEGFR2とする)、EGF Recepter 1 Kinase(以降、HER1とする)、ErbB2 Kinase(以降、HER2とする)、ErbB4 Kinase(以降、HER4とする)、IGF-1Receptor Kinase(以降、IGF1Rとする)(全てCell Signaling Technology社)を用いた。なお、緩衝液1とPDGFR-βとを混合したものを反応用試料iとし、緩衝液1とVEGFR1とを混合したものを反応用試料ii、緩衝液1とVEGFR2とを混合したものを反応用試料iii、緩衝液1とHER1とを混合したものを反応用試料iv、緩衝液1とHER2とを混合したものを反応用試料v、緩衝液1とHER3とを混合したものを反応用試料vi、緩衝液1とIGF1Rとを混合したものを反応用試料viiとする。
【0053】
(酵素反応)
反応用試料i 25μlと、GST-poly(Glu、Tyr)基質を含む基質溶液1(20mM HEPES pH7.4、10mM MnCl2、1mM DTT、1% NP40、0.2% PI、10% グリセロール、200μM Na3VO4、50mM NaF、40μM ATP、及び5μg GST-poly(Glu、Tyr)基質を含む)25μlとを混合し、25℃で60分間インキュベートした。この反応液に、SDSサンプルバッファーpH6.8(200mM Tris、40% グリセロール、8% SDS、及び10% 2−メルカプトエタノールを含む ) 25μlを加え、100℃で5分間ボイルして酵素反応を停止した。このようにして調製された溶液をSDS用試料i(+)とする。同様にして、反応用試料ii〜viiからSDS用試料ii(+)〜vii(+)を調製した。
【0054】
また、反応用試料i 25μlと、ATPを含まない基質溶液2(20mM HEPES pH7.4、10mM MnCl2、1mM DTT、1% NP40、0.2% PI、10% グリセロール、200μM Na3VO4、50mM NaF、及び5μg GST-poly(Glu、Tyr)基質を含む)25μlとを混合し、25℃で60分間インキュベートした。この反応液に、上述したSDSサンプルバッファー 25μlを加え、100℃で5分間ボイルして酵素反応を停止した。このようにして調製された溶液をSDS用試料i(−)とする。同様にして、反応用試料ii〜viiからSDS用試料ii(−)〜vii(−)を調製した。基質溶液2は、ATPが含有されていない点を除いて、基質溶液1と同じ組成である。そして、SDS用試料i(−)〜vii(−)は、SDS用試料i(+)〜vii(+)のネガティブコントロールとして使用した。
【0055】
(リン酸化されたGST-poly(Glu、Tyr)基質の検出)
各SDS用試料をポリアクリルアミドゲル(PAGミニ「第一」4/20(13W)(第一化学薬品株式会社))の別々ウェルに注入し、泳動槽(カセット電気泳動槽「第一」DPE−1020(ミニ2連式)(第一化学薬品株式会社))を用いて25mAで70分間電気泳動した。電気泳動によって分離したタンパク質を、ミニトランスブロットセル(バイオラッド社)を用いて100Vで1時間電圧をかけ、ポリアクリルアミドゲルからポリビニリデンフロライド(PVDF)メンブレン(Immobilon−FL 0.45μm ポアサイズ(ミリポア社))に転写した。このPVDFメンブレンを、4%ブロックエース(大日本住友製薬株式会社)溶液で60分間ブロッキングした。ブロッキングしたPVDFメンブレンを、一次抗体溶液(0.4%ブロックエース及び0.5μg/ml Anti−Phosphotyrosine clone 4G10(upstate社)を含む)2ml中で60分間振蕩した後、TBS−T(25mM Tris、150mM NaCl及び0.1% Tween−20を含む)で3回洗浄した。次に、このPVDFメンブレンを、二次抗体溶液(0.4%ブロックエース及び2.7μg/ml抗マウスイムノグロブリン・ウサギポリクローナル抗体 FITC標識(DAKO社)を含む)2ml中で60分間振蕩した後、TBS−Tで3回洗浄した。このPVDFメンブレンを乾燥させ、画像解析装置(Pharos FX system(バイオラッド社))を用いて解析し、蛍光を検出した。このようにして、ウエスタンブロッティングにより、SDS用試料i(+)〜vii(+)及びSDS用試料i(−)〜vii(−)に含まれるリン酸化されたGST-poly(Glu、Tyr)基質を検出した。
【0056】
図1は、ウエスタンブロッティングの結果を示す蛍光写真である。図中のiはチロシンキナーゼとしてPDGFR-βを、iiはVEGFR1を、iiiはVEGFR2を、ivはHER1を、vはHER2を、viはHER4を、viiはIGF1Rを用いた場合の結果を示す。また、i〜viiの各写真において、−はATPを含まない基質溶液2を用いて調製したSDS用試料から得られた結果である。+はATPを含む基質溶液1を用いて調製したSDS用試料から得られた結果である。P-ICDは、自己リン酸化したチロシンキナーゼが出現する位置を示し、P-GST-poly(Glu、Tyr)はリン酸化したGST-poly(Glu、Tyr)基質が出現する位置を示す。
【0057】
図1の全て(i〜vii)の+において、リン酸化したGST-poly(Glu、Tyr)基質が出現する位置に単一のバンドが見られた。これより、上記1で作製されたGST-poly(Glu、Tyr)基質が、多くの種類のチロシンキナーゼによりリン酸化されることがわかった。
【0058】
なお、図1のii、iii、iv、vi及びviiの−において、リン酸化したGST-poly(Glu、Tyr)基質が出現する位置にバンドが見られないのは、酵素反応において反応液にATPが含まれず、GST-poly(Glu、Tyr)基質がリン酸化されなかったためであると考えられる。一方、図1のi及びvの−において、リン酸化したGST-poly(Glu、Tyr)基質が出現する位置に非常に薄いバンドが見られたが、検出に用いた抗体が非特異的に結合したため、又は、測定で使用した製品に微量のATPが混在していたため、などが考えられる。
【0059】
実施例1:ATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤の影響
本例では、培養細胞から調製された膜貫通型チロシンキナーゼを含む反応用試料をATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤で処理し、GST-poly(Glu、Tyr)基質を用いて反応用試料中の膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値を測定し、阻害剤が培養細胞のチロシンキナーゼ活性を阻害する程度を検討した。
【0060】
(反応用試料)
5種類の培養細胞(MDA-MB453、MDA-MB468、SKBr3、Hela及びHT29)から調製された反応用試料を用いた。具体的には、培養細胞と細胞処理液(20mM HEPES pH7.4、0.2% PI、10% グリセロール、200μM Na3VO4、及び50mM NaFを含む)1mlとを混合し、ペッスルを用いて加圧することにより細胞膜を破壊し、細胞溶液を調製した。得られた細胞溶液を遠心分離し、上清を廃棄して沈殿物を回収した。回収した沈殿物と細胞膜可溶化液(20mM HEPES pH7.4、1% NP40、0.2% PI、10% グリセロール、200μM Na3VO4、及び50mM NaFを含む)とを混合し、ペッスルを用いて加圧することにより細胞膜を可溶化し、遠心分離して上清を回収した。この上清を反応用試料として用いた。MDA-MB453は乳癌由来の培養細胞であり、この細胞から調製された反応用試料を反応用試料MB453とする。MDA-MB468は乳癌由来の培養細胞であり、この細胞から調製された反応用試料を反応用試料MB468とする。SKBr3は乳癌由来の培養細胞であり、この細胞から調製された反応用試料を反応用試料SKBr3とする。Helaは子宮頸癌由来の培養細胞であり、この細胞から調製された反応用試料を反応用試料Helaとする。HT29は大腸癌由来の培養細胞であり、この細胞から調製された反応用試料を反応用試料HT29とする。
【0061】
(ELISAプレートへのGST-poly(Glu、Tyr)基質の結合)
ELISA用のプレートとして、グルタチオンコートプレート(Reacti-Bind Clear Glutathione Coated Plates, 8-well Strip(PIERCE社))を用いた。まず、プレートの各ウェルをTBS−T(25mM Tris、150mM NaCl及び0.05% Tween−20を含む)で3回洗浄した。次に、各ウェルに、上記1において調製したGST-poly(Glu、Tyr)基質を含む基質溶液1(5μg/mlのGST-poly(Glu、Tyr)基質を含むTBS)50μlを入れ、軽く震蕩しながら25℃で1時間インキュベートした。インキュベート後、各ウェルをTBS-Tで2回洗浄し、さらに20mM HEPES pH7.4(0.05% Tween20を含む)で1回洗浄した。このようにして、ELISA用プレートのウェルの表面にGST-poly(Glu、Tyr)基質を結合させた。このELISA用プレートを以下の酵素反応に使用した。
【0062】
(ATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤による処理)
本例では、PD153035(カルビオケム社)、AG1478(カルビオケム社)、4557W(EGFR/ErbB-2 Inhibitor)(カルビオケム社)、PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III(カルビオケム社)及びVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III(カルビオケム社)の5種類のATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤を用いた。PD153035は、HER1及びHER2の阻害剤である。AG1478は、HER1及びHER2の阻害剤である。4557Wは、HER1及びHER2の阻害剤である。PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIは、PDGFRの阻害剤である。VEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIはVEGFRの阻害剤である。各阻害剤の構造式は、図2に示した。
【0063】
まず反応用試料MB453 25μlを6本のチューブそれぞれに収容した。6本のうち、1本には、400μMのPD153035を含む処理液(20mM HEPES pH7.4、20mM MnCl2、2mM DTT、1% NP40、10% グリセロール、200μM Na3VO4、50mM NaF、400μM ATP) 25μlを、別の1本には400μMのAG1478を含む処理液 25μlを、別の1本には400μMの4557Wを含む処理液 25μlを、別の1本には400μMのPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIを含む処理液 25μlを、別の1本には400μMのVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIを含む処理 25μlを、残りの1本には阻害剤を含まない処理液 25μlを添加した。こうして得られた溶液を反応溶液とする。同様にして、反応用試料MB468、反応用試料SKBr3、反応用試料Hela及び反応用試料HT29を用いて、反応用試料を調製した。なお、膜貫通型チロシンキナーゼの酵素活性を抑えるため、この作業は4℃以下の条件下で行われた。
【0064】
(酵素反応及びリン酸化された基質の検出)
各反応溶液 50μlをELISA用プレートの別々のウェルに入れ、25℃でおよそ30分間インキュベートした。インキュベーション後、各ウェルに反応停止液(1mM EDTAを含むTBS-T)100μlを添加し、さらにTBS-Tで3回洗浄した。次に、各ウェルをStartingBlock T20 (TBS) Blocking Buffer(PIERCE社)300μlで洗浄した。洗浄後、StartingBlock T20 (TBS) Blocking BufferでHRP標識一次抗体(p-Tyr (PY20), sc-508 HRP(SANTA Cruz Biotechnology社))を1000倍希釈した一次抗体液を各ウェルに100μl入れ、25℃でおよそ1時間30分間軽く震蕩しながらインキュベートした。インキュベーション後、各ウェルをTBS-Tで5回洗浄した。洗浄後、TMB溶液(3,3',5,5'-Tetramethylbenzidine (TMB) Liquid Substrate System for ELISA (Sigma社))150μlを各ウェルに入れ、室温で遮光しながら5〜30分の間で適度に呈色させたのち、VersaMax(Molecular Device社)で吸光度(650nm)を測定した。
【0065】
(結果)
測定結果に基づいて、図3のレーダーチャートを作成した。図3は、反応用試料MB453を用いた場合のレーダーチャート、反応用試料MB468を用いた場合のレーダーチャート、反応用試料SKBr3を用いた場合のレーダーチャート、反応用試料Helaを用いた場合のレーダーチャート及び反応用試料HT29を用いた場合のレーダーチャートを示している。これらレーダーチャートは、反応用試料に阻害剤の処理を行わなかった場合の測定値を100%として、反応用試料に阻害剤の処理を行って得られた測定値の割合を示した。レーダーチャートにおいて、1はPD153035で反応用試料を処理した場合、2はAG1478で反応用試料を処理した場合、3は4557Wで反応用試料を処理した場合、4はPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIで反応用試料を処理した場合、5はVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIで反応用試料を処理した場合である。
【0066】
図3から、5種類の阻害剤による、各培養細胞の細胞膜に由来する膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性阻害効果を確認することができた。例えば、MDA-MB468では、PD153035、AG1478及び4557Wによって膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性が阻害されていた。Helaでは、いずれの阻害剤においても膜貫通型チロシンキナーゼ群の阻害が認められなかった。SKBr3、MDA-MB453及びHT29では、4557Wにより膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性が阻害されていた。
【0067】
また、図3において、5種類の阻害剤による膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性阻害効果は、MB453、SKBr3及びHT29において類似の特徴が認められた。一方、MB468やHelaは、それぞれ別の特徴が認められた。
【0068】
膜貫通型チロシンキナーゼは、細胞の増殖において重要な役割を果たしていることが知られている。ゆえに、細胞の増殖においても阻害剤の影響が見られるのではないかと予測した。そこで、以下の比較例1において、阻害剤による細胞の増殖への影響を確認した。
【0069】
比較例1:ATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤による細胞の増殖への影響
実施例1で用いた5種類の培養細胞(MDA-MB453、MDA-MB468、SKBr3、Hela及びHT29)について、実施例1で使用した5種類の阻害剤による細胞増殖への影響を確認した。
【0070】
(阻害剤による処理及び細胞培養)
培養用プレート(96 Well Solid White Flat Bottom Polystyrene TC-Treated Microplates、Corning社)に1ウェルあたり1000個の細胞を撒き、37℃で24時間培養する。培養後、各ウェルに阻害剤を添加し、さらに37℃で3日間培養した。細胞は、実施例1で使用した5種類の培養細胞(MDA-MB453、MDA-MB468、SKBr3、Hela及びHT29)を用いた。阻害剤は、実施例1で使用した5種類の阻害剤(PD153035、AG1478、4557W、PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III及びVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III)を用いた。各阻害剤の濃度は表1の通りである。なお、表1の最終濃度とは、阻害剤がウェルに添加されて細胞と混合された時の濃度のことである。
【0071】
【表1】

【0072】
(細胞増殖の測定)
細胞増殖の測定には、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(Promega社)を用いた。これは、培地中の代謝活性のある細胞に由来するATPを定量して、生存細胞を測定することができる試薬キットである。まず、キットに添付のプロトコルに従って測定用試薬を調製した。測定用試薬を1ウェルあたり100μl添加し、シェーカーで培養プレートを2分間撹拌した。撹拌後、プレートを10分間静置し、GENios(TECAN社)を用いて蛍光を測定した。培地中の代謝活性のある細胞に由来するATP量に比例して蛍光が生じることから、蛍光を測定することで培地中の生存細胞を測定することができる。
【0073】
(結果)
測定結果に基づいて、図4のレーダーチャートを作成した。図4は、MDA-MB453を用いた場合のレーダーチャート、MDA-MB468を用いた場合のレーダーチャート、SKBr3を用いた場合のレーダーチャート、Helaを用いた場合のレーダーチャート及びHT29を用いた場合のレーダーチャートを示している。これらのレーダーチャートは、細胞に阻害剤の処理を行わなかった場合の測定値を100%として、細胞に阻害剤の処理を行って得られた測定値の割合を示した。レーダーチャートにおいて、1はPD153035で細胞を処理した場合、2はAG1478で細胞を処理した場合、3は4557Wで細胞を処理した場合、4はPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIで細胞を処理した場合、5はVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIで細胞を処理した場合である。
【0074】
図4から、5種類の阻害剤による、各培養細胞の増殖抑制効果を確認することができた。例えば、MDA-MB468では、PD153035、AG1478及び4557Wによる増殖の阻害が認められた。Helaでは、いずれの阻害剤においても増殖の阻害が認められなかった。SKBr3、MDA-MB453及びHT29では、4557Wによる増殖の阻害が認められた。
【0075】
そして、実施例1で得られた結果(図3)と比較例1で得られた結果(図4)を比較すると、阻害剤による膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性阻害効果と、阻害剤による細胞の増殖抑制効果には高い相関があることがわかった。このことから、膜貫通型チロシンキナー群ゼの活性値から、阻害剤による細胞の増殖抑制効果を評価することが可能であることがわかった。
なお、比較例2では、細胞の増殖抑制効果を確認するため、阻害剤で細胞を処理した後に細胞培養を必要とする。しかし、細胞培養には、煩雑な作業が伴い、また時間もかかる。さらに、実際に患者から採取した細胞を細胞培養することは容易ではない。ゆえに、阻害剤による細胞の増殖抑制効果を評価する場合、培養作業を必要としない本実施形態の方法は非常に有用であると考えられる。
【0076】
また、図3と同様に図4においても、5種類の阻害剤による細胞の増殖抑制効果は、反応用試料MB453、反応用試料SKBr3及び反応用試料HT29において類似の特徴が認められた。一方、反応用試料MB468や反応用試料Helaは、それぞれ別の特徴が認められた。
【0077】
膜貫通型チロシンキナーゼは、細胞内ドメインのATP結合部位にATPを取り込み、ATPのリン酸基を基質に移動させる。膜貫通型チロシンキナーゼの種類によってATP結合部位の構造が異なるため、その特徴を利用した薬剤として様々なATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤が開発されている。実施例1で使用したATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤は、図2に示されるように、共通の基本骨格と異なる構造のアーム構造とを有している。そして、実施例1において、このアーム構造の違いで阻害効果が異なることを確認することができた。このように、阻害剤で処理された膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値に基づいて、どのようなアーム構造を有する阻害剤が細胞の細胞膜に存在する膜貫通型チロシンキナーゼ群に対して阻害効果示すのかを予測して、阻害剤のスクリーニングを行うことが可能であることが示された。このことから、化合物で処理された膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値に基づいて、どのような構造を有する化合物が細胞の細胞膜に存在する膜貫通型チロシンキナーゼ群に対して阻害効果示すのかを予測して、化合物のスクリーニングを行うことが可能であることが示された。また、実施例1と比較例1の結果から、阻害剤で処理された膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値に基づいて、どのようなアーム構造を有する阻害剤が細胞の増殖に対して抑制効果示すのかを予測して、阻害剤のスクリーニングを行うことが可能であることが示された。このことから、化合物で処理された膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値に基づいて、どのような構造を有する化合物が細胞の増殖に対して抑制効果示すのかを予測して、化合物のスクリーニングを行うことが可能であることが示された。
【0078】
比較例2:ATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤による、生体内の腫瘍細胞の増殖への影響
実施例1で使用した阻害剤(AG1478及び4557W)による、マウス体内の腫瘍細胞の増殖への影響を確認した。
【0079】
(マウス体内における腫瘍形成)
実施例1で使用したMDA-MB468を、225cm2のフラスコにおいて60%コンフェルエントとなるように、培養液(10% FBS(Hyclone社)を含むDMEM-F12(Sigma社))中で培養した。得られた培養細胞を、DMEM-F12 100μl中に約1×107個となるように懸濁して、MDA-MB468細胞液を調製した。
10週齢のメスのマウス(BALB/c nu/nu)の脂肪体(fat pad)に、MDA-MB468細胞液 100μlを注射した。14日後に、マウス体内において腫瘍が大きくなっていることを確認した。このようにして、3匹のマウス体内において腫瘍を形成させた。
【0080】
(阻害剤による処理)
MDA-MB468細胞液を注射してから14日後、腫瘍が発生したマウスに阻害剤溶液を注射した。具体的には、ジメチルスルホキシド(DMSO、Sigma社) 100μlに、実施例1で使用したAG1478を溶解して、阻害剤溶液1を調製した。そして、阻害剤の投与量が30mg/kg/dayとなるように、マウスに阻害剤溶液1を注射した。阻害剤溶液1の注射は、7日間連続して行った。
また、DMSOに実施例1で使用した4557Wを溶解して、阻害剤溶液2を調製した。そして、上記阻害剤溶液1と同様にして、別のマウスに阻害剤溶液2を注射した。
さらに、比較のため、上記阻害剤溶液1と同様にして、別のマウスにDMSOを注射した。
【0081】
(腫瘍の大きさの測定)
最初にマウスに阻害剤溶液を注射した日を注射後1日目とした。そして、注射後1日目、3日目、5日目、8日目において、マウス体内の腫瘍の体積を測定した。腫瘍の体積は、腫瘍の長径と短径を測定し、腫瘍の形を楕円球と仮定して長径と短径から体積を算出した。
DMSOを注射したマウスについても、上記と同様にして腫瘍の体積を測定した。
【0082】
(結果)
測定結果を図5に示した。図5は、注射後1日目の体積を1として、3日目、5日目、8日目の体積の変化を示した。
図5から、阻害剤による、マウス体内の腫瘍細胞の増殖抑制効果を確認することができた。例えば、DMSOを注射したマウスの腫瘍の体積変化と、阻害剤を注射したマウスの腫瘍の体積変化とを比較すると、AG1478及び4557Wによる腫瘍細胞の増殖の阻害が認められた。そして、比較例2の結果は、実施例1の結果と一致した。すなわち、実施例1において、MDA-MB468の膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性阻害効果が確認されたAG1478及び4557Wについて、比較例2においても、マウス生体内の腫瘍細胞の増殖の阻害が認められた。このことから、膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値から、阻害剤による生体内の腫瘍細胞の増殖抑制効果を評価することが可能であることがわかった。
【0083】
実施例2:2種類のATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤を組み合わせた場合の影響
本例では、実施例1で使用した反応用試料MB468を、2種類のATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤を組み合わせて処理し、GST-poly(Glu、Tyr)基質を用いて処理された反応用試料MB468に含まれる膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値を測定し、活性値に基づいて2種類の阻害剤の組み合わせが、培養細胞のチロシンキナーゼ活性を阻害する程度を検討した。
【0084】
(反応用試料)
実施例1で調製された反応用試料MB468を使用した。
【0085】
(ELISAプレート)
実施例1で作製されたELISA用プレートを以下の酵素反応に使用した。
【0086】
(ATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤による処理)
本例では、実施例1で使用したATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤のうち、AG1478、4557W、PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III及びVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIの4種類の阻害剤を用いた。2種類の阻害剤を組み合わせる場合には、AG1478と4557W、4557WとPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III、4557WとVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIをそれぞれ組み合わせて使用した。
【0087】
まず、反応用試料MB468 25μlを8本のチューブそれぞれに収容した。8本のうち、1本には400μMのAG1478を含む処理液(20mM HEPES pH7.4、20mM MnCl2、2mM DTT、1% NP40、10% グリセロール、200μM Na3VO4、50mM NaF、400μM ATP)25μlを、別の1本には400μMの4557Wを含む処理液 25μlを、別の1本には400μMのPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIを含む処理液 25μlを、別の1本には400μMのVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIを含む処理液 25μlを、別の1本には400μMのAG1478及び400μM の4557W を含む処理液 25μlを、別の1本には400μM の4557W及び400μMのPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIを含む処理液 25μlを、別の1本には400μM の4557W及び400μMのVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIを含む処理液 25μlを、残りの1本には阻害剤を含まない処理液 25μlを添加した。こうして得られた溶液を反応溶液とする。なお、膜貫通型チロシンキナーゼの酵素活性を抑えるため、この作業は4℃以下の条件下で行われた。
【0088】
(酵素反応及びリン酸化された基質の検出)
実施例1と同様にして、各反応溶液について、ELISA法により基質のリン酸化を測定した。
【0089】
(結果)
測定結果を図6に示した。図6は、反応用試料MB468に阻害剤の処理を行わなかった場合の測定値を100%として、反応用試料MB468に阻害剤の処理を行って得られた測定値の割合を示した。図中の2はAG1478で反応用試料MB468を処理した場合、3は4557Wで反応用試料MB468を処理した場合、4はPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIで反応用試料MB468を処理した場合、5はVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIで反応用試料MB468を処理した場合、2+3はAG1478と4557Wとを組み合わせて反応用試料MB468を処理した場合、3+4は4557WとPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIとを組み合わせて反応用試料MB468を処理した場合、3+5は4557WとVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIとを組み合わせて反応用試料MB468を処理した場合である。
【0090】
図6より、阻害剤を単独で使用するよりも、組み合わせて使用した方がより高い膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性阻害効果を示すことがわかった。単独でもっとも高い活性阻害効果を示したのは4557Wである。この4557Wと別の阻害剤を組み合わせた場合、4557W単独よりも、より高い活性阻害効果を示した。特に、PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIやVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIは、それぞれ単独では、ほとんど膜貫通型チロシンキナーゼの活性阻害効果を示していないが、4557Wと組み合わせることで高い活性阻害効果を示した。
【0091】
細胞の増殖阻害においても同様の結果が得られるのではないかと予測した。そこで、以下の比較例2において、阻害剤による細胞の増殖阻害を確認した。
【0092】
比較例3:2種類のATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤の組み合わせによる細胞増殖への影響
培養細胞MDA-MB468について、実施例2で使用した各阻害剤による細胞増殖への影響を確認した。
【0093】
(阻害剤による処理及び細胞培養)
比較例1と同様にして、培養プレートのウェルにおいてMDA-MB468を阻害剤で処理した後、細胞を培養した。阻害剤は、実施例2で使用したATP競合的チロシンキナーゼ阻害剤のうち4種類の阻害剤(AG1478、4557W、PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III及びVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III)を用いた。2種類の阻害剤を組み合わせる場合には、AG1478と4557W、4557WとPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor III、4557WとVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIをそれぞれ組み合わせて使用した。各阻害剤の濃度は表2の通りである。なお、表2の最終濃度とは、阻害剤がウェルに添加されてMDA-MB468と混合された時の濃度のことである。
【0094】
【表2】

【0095】
(細胞増殖の測定)
比較例1と同様にして、細胞増殖を測定した。
【0096】
(結果)
測定結果を図7に示した。図7は、MDA-MB468に阻害剤の処理を行わなかった場合の測定値を100%として、MDA- MB468に阻害剤の処理を行って得られた測定値の割合を示した。図中の2はAG1478でMDA- MB468を処理した場合、3は4557WでMDA- MB468を処理した場合、4はPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIでMDA- MB468を処理した場合、5はVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIでMDA- MB468を処理した場合、2+3はAG1478と4557Wとを組み合わせてMDA- MB468を処理した場合、3+4は4557WとPDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIとを組み合わせてMDA- MB468を処理した場合、3+5は4557WとVEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor IIIとを組み合わせてMDA- MB468を処理し
た場合である。
【0097】
実施例2で得られた結果(図6)と比較例3で得られた結果(図7)を比較すると、2種類の阻害剤を組み合わせた場合においても、阻害剤による膜貫通型チロシンキナーゼの活性阻害効果と、阻害剤による細胞の増殖抑制効果には高い相関があることがわかった。このことから、膜貫通型チロシンキナーゼ群の活性値から、複数の阻害剤を組み合わせによる細胞への増殖抑制効果を評価することが可能であることがわかった。
【0098】
実施例2及び比較例3の結果からもわかるように、単独で阻害剤を用いた場合の阻害効果から、複数の阻害剤を用いた場合の阻害剤の相乗効果を予想するのは非常に困難である。ゆえに、複数の阻害剤の組み合わせを検討する場合、実際に阻害効果を確認する必要がある。例えば比較例3のように、細胞の増殖抑制効果を確認するには、複数の阻害剤で細胞を処理した後に細胞培養を必要とする場合が多い。しかし、細胞培養には、煩雑な作業が伴い、また時間もかかる。さらに、実際に患者から採取した細胞を細胞培養することは容易ではない。ゆえに、複数の阻害剤の組み合わせを検討する場合、培養作業を必要としない本実施形態の方法は非常に有用であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】本実施形態で作製されたGST-poly(Glu、Tyr)基質の、膜貫通型チロシンキナーゼによるリン酸化を検出した結果である。
【図2】本実施形態で使用した各阻害剤の構造式を示す図である。
【図3】実施例1の結果を示す図である。
【図4】比較例1の結果を示す図である。
【図5】比較例2の結果を示す図である。
【図6】実施例2の結果を示す図である。
【図7】比較例3の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、
膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤で前記試料を処理する処理工程と、
前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、
前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、
前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、
前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞に対する前記阻害剤の増殖抑制効果を評価する評価工程と、
を含む、腫瘍細胞に対する膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤の増殖抑制効果を評価する方法。
【請求項2】
前記評価工程が、前記活性値と閾値とを比較し、活性値が閾値よりも低い場合に、前記腫瘍細胞に対する前記阻害剤の増殖抑制効果が高いと評価する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、前記試料調製工程において調製された試料の一部を分取する分取工程と、
前記分取された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記分取された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する第二接触工程と、
前記第二接触工程においてリン酸化された基質を検出する第二検出工程と、
前記第二検出工程の検出結果に基づいて、前記分取された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する第二測定工程と、を含み、
前記評価工程が、前記分取された試料から得られた活性値及び前記阻害剤で処理された試料から得られた活性値に基づいて、前記増殖抑制効果を評価する請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記評価工程が、前記分取された試料から得られた活性値と前記阻害剤で処理された試料から得られた活性値との差を算出し、算出された差と閾値とを比較し、差が閾値以上の場合に、前記腫瘍細胞に対する前記阻害剤の増殖抑制効果が高いと評価する請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記評価工程が、前記分取された試料から得られた活性値と前記阻害剤で処理された試料から得られた活性値との割合を算出し、算出された割合と閾値とを比較し、割合が閾値よりも低い場合に、前記腫瘍細胞に対する前記阻害剤の増殖抑制効果が高いと評価する請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記試料調製工程が、前記腫瘍細胞を緩衝液中で破砕し、破砕された腫瘍細胞と界面活性剤を含む溶液とを混合し、得られた混合物の上清を採取することにより膜貫通型チロシンキナーゼ含む試料を調製する請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記界面活性剤が非イオン性界面活性剤である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記膜貫通型チロシンキナーゼが、インシュリン様成長因子受容体(insulin-like growth factor receptor;IGFR)、血小板由来増殖因子受容体(platelet-derived growth factor receptor;PDGFR)、ヒト上皮細胞増殖因子受容体(human epithelial growth factor receptor;HER)及び血管内皮増殖因子受容体(vascular endothelial growth factor;VEGFR)を含む請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記基質が、特定の膜貫通型チロシンキナーゼに対して特異性の高い基質が複数種類組み合わされた基質の組み合わせ、又は、膜貫通型チロシンキナーゼの種類に対する特異性が低い基質である請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記特異性の低い基質が、グルタミン酸残基及びチロシン残基を含むアミノ酸配列からなるペプチドを含む請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記阻害剤が、膜貫通型チロシンキナーゼのATP結合部位に結合することによって膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、
膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する阻害剤で前記試料を処理する処理工程と、
前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、
前記リン酸化された基質を検出する検出工程と
前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、
前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞の前記阻害剤に対する感受性を判定する判定工程と、
を含む、膜貫通型チロシンキナーゼ阻害剤に対する腫瘍細胞の感受性を判定する方法。
【請求項13】
前記判定工程が、前記活性値と閾値とを比較し、活性値が閾値よりも低い場合に、前記腫瘍細胞が前記阻害剤に対して感受性であると判定する請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記試料調製工程が、前記腫瘍細胞を緩衝液中で破砕し、破砕された腫瘍細胞と界面活性剤を含む溶液とを混合し、得られた混合物の上清を採取することにより膜貫通型チロシンキナーゼ含む試料を調製する請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
前記基質が、特定の膜貫通型チロシンキナーゼに対して特異性の高い基質が複数種類組み合わされた基質の組み合わせ、又は、膜貫通型チロシンキナーゼの種類に対する特異性が低い基質である請求項12〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、
化合物で前記試料を処理する処理工程と、
前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、
前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、
前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、
前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞の細胞膜に存在する膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する化合物をスクリーニングするスクリーニング工程と、
を含む、腫瘍細胞の膜貫通型チロシンキナーゼの活性を阻害する化合物をスクリーニングする方法。
【請求項17】
腫瘍細胞から細胞質を分離して膜貫通型チロシンキナーゼを含む試料を調製する試料調製工程と、
化合物で前記試料を処理する処理工程と、
前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼと、少なくとも2種類の膜貫通型チロシンキナーゼに対する基質とを接触させて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性により前記基質をリン酸化する接触工程と、
前記リン酸化された基質を検出する検出工程と、
前記検出結果に基づいて、前記処理された試料中の膜貫通型チロシンキナーゼの活性値を測定する測定工程と、
前記活性値に基づいて、前記腫瘍細胞の増殖を阻害する化合物をスクリーニングするスクリーニング工程と、
を含む、腫瘍細胞の増殖を阻害する化合物をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−104456(P2008−104456A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−224923(P2007−224923)
【出願日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】