説明

腫瘍選択的E1AおよびE1B変異体

少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失した、改変されたE1a制御配列を提供する。また、特定のアイソフォームを選択的に発現する、改変されたE1a配列も提供する。更に、E1b-19kクローン挿入部位も提供する。これらの改変された配列を単独で、または別のものと併用して、タンパク質の腫瘍選択的発現を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、米国特許仮出願第61/156,822号(2009年3月2日出願)(参照によりあらゆる目的でその全体が本明細書に組み込まれる)に基づく優先権を主張する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
癌の原因の根底にある分子機構に関して広範な知識が得られているにも関わらず、ほとんどの進行癌が、現行の薬物療法および放射線プロトコルでは未だ治療不能である。腫瘍崩壊性ウイルスは、現在行われている種々の悪性腫瘍の標準的な治療を大幅に増強できる可能性を有するプラットフォーム技術として出現した(Kumar, S.ら, Current opinion in molecular therapeutics 10(4):371-379 (2008);Kirn, D. Expert opinion on biological therapy 1(3):525-538 (2001);Kirn D. Oncogene 19(56):6660-6669 (2000))。ONYX-015はウイルスE1b-55k遺伝子が欠失しており、p53経路に異常を有する腫瘍において腫瘍選択的に複製することが想定されている(Heise, C.ら, Nat Med 3(6):639-645 (1997);McCormick, F. Oncogene 19(56):6670-6672 (2000);Bischoff, J. R.ら, Science 274(5286):373-376 (1996))。E1b-55kはp53に結合してこれを不活性化し、予定外のDNA合成およびウイルス複製を起こさせる。E1b-55kによるp53の不活性化は、正常細胞ではアデノウイルスの効率的な複製に必須である一方、仮説としてp53経路に不活性化変異を有する腫瘍においては重要ではないと考えられている。前臨床試験では、変異型または正常型p53遺伝子配列を有する種々のヒト腫瘍細胞において細胞培養液中でONYX-015が複製されることが証明されており、このことは腫瘍細胞における許容的ウイルス複製がE1b-55kのp53結合作用に厳密には依存しないことを示している(Heise, C.ら, Nat Med 3(6):639-645 (1997);Heise, C.ら, Clin Cancer Res 6(12):4908-4914 (2000);Rogulski, K. R.ら Cancer Res 60(5):1193-1196 (2000);Harada, J. N.ら, J Virol 73(7):5333-5344 (1999);Goodrum, F. D.ら, Journal of virology 72(12):9479-9490 (1998))。過去の研究から、E1b-55kは多機能性タンパク質であり、感染初期のp53への結合および不活性化に加え、感染後期には核膜を通じるmRNAの輸送を促進することが明らかになっている(Babiss, L. E.ら, Mol Cell Biol 5(10):2552-2558 (1985);Leppard, K. N.ら, Embo J 8(8):2329-2336 (1989))。E1b-55kの欠失によってmRNAが効率的に輸送されなくなることにより、腫瘍細胞においても、野生型Ad5に比較してウイルス複製が低下する。詳細な分析により、E1b-55kによるmRNA輸送機能の欠失は腫瘍細胞系において補完されうることが明らかになっており、このことは、腫瘍選択的ウイルス複製の新規の機構を示唆している(O'Shea, C. C.ら, Cancer Cell 8(1):61-74 (2005))。しかしながら、ウイルス遺伝子の欠失によって喪失された機能の補完は、ほとんどの腫瘍細胞において不完全であり、これは腫瘍細胞におけるONYX-015の力価が多くの場合、同じ腫瘍細胞における野生型Ad5より対数で1から2低いためである(Heise, C.ら, Clin Cancer Res 6(12):4908-4914 (2000);Goodrum, F. D.ら, Journal of virology 72(12):9479-9490 (1998))。
【0003】
種々の悪性腫瘍(例えば頭部および頸部癌、結腸直腸癌、膵臓癌、肺癌、乳癌、および脳腫瘍)におけるONYX-015を用いた臨床試験により、この腫瘍崩壊性ウイルスは、単独投与または化学療法との併用の際、十分な許容性を示すことが明らかにされている(Heise, C.ら, Nat Med 3(6):639-645 (1997);Galanis, E.ら, Gene Ther 12(5):437-445 (2005);Chiocca, E. A.ら, Mol Ther 10(5):958-966 (2004);Hecht, J. R.ら, Clin Cancer Res 9(2):555-561 (2003);Reid, T.ら, Cancer Res 62(21):6070-6079 (2002);Vasey, P. A.ら, J Clin Oncol 20(6):1562-1569 (2002);Reid, T.ら, Gene Ther 8(21):1618-1626 (2001);Nemunaitis, J.ら, J Clin Oncol 19(2):289-298 (2001);Kirn, D. Gene Ther 8(2):89-98 (2001);Nemunaitis, J.ら, Gene Ther 8(10):746-759 (2001))。しかしながら、ONYX-015投与後の客観的な臨床反応から、このウイルスは腫瘍内、静脈内、更には動脈内投与でも十分な許容性を示す一方、その有効性は治療薬として広範に適用可能となるためには不十分であるという、まれな問題が浮かび上がった(Kirn, D. Gene Ther 8(2):89-98 (2001))。種々の腫瘍細胞系においてONYX-015のウイルス力価が野生型Ad5に比較して低いことにより、ONYX-015の効力は抗癌剤として臨床的に活性であるというには不十分であるという懸念が生じた。更に、ウイルスによって最初に生成されるタンパク質であるE1aは腫瘍選択的制御下になく、この強力なウイルスタンパク質は正常細胞および腫瘍細胞のいずれでも発現される。E1aの機能は細胞が細胞分裂を開始するのを促進するため、腫瘍崩壊性ウイルスはE1aおよびE1bの両方を腫瘍選択的制御下におくことが好ましい。
【0004】
ONYX-015より改善された抗腫瘍能を有する腫瘍選択的ウイルスの開発のために、膨大な研究が為されてきた。我々および他の研究者らが採用してきた腫瘍崩壊性ウイルスの作製法の1つは、E1a、E1b、およびE4を含む重要な転写ユニットの上流に腫瘍選択的プロモーター要素を挿入するものであった(Li, Y.ら, Clin Cancer Res 11(24 Pt 1):8845-8855 (2005);Huang, T. G.ら, Gene Ther 10(15):1241-1247 (2003) Wirth, T.ら, Cancer Res 63(12):3181-3188 (2003);Gu, J.ら, Gene Ther 9(1):30-37 (2002);Johnson, L.ら, Cancer Cell 1(4):325-337 (2002);Li, X.ら, Cancer Res 65(5):1941-1951 (2005);Li, Y.ら, Mol Cancer Ther 2(10):1003-1009 (2003))。異種プロモーター要素、例えば前立腺特異的抗原(PSA)、発がん性胚抗原(CEA)、E2F1、およびテロメラーゼの導入により、種々のレベルの腫瘍選択的複製が確立された。異種プロモーターを用いて腫瘍選択的複製を起こさせるためのウイルスの臨床利用可能性は、遺伝子発現が非選択的かつ欠落しがち(leaky)であること、これらのベクターの複製能が野生型ウイルスに比較して減弱していること、および異種プロモーター配列による組換え事象によって制限を受けている。例えば、ONYX-411が開発され、E1aおよびE4の上流にE2F1プロモーター領域を挿入することによってONYX-015の効力が改善された(Johnson, L.ら, Cancer Cell 1(4):325-337 (2002))。しかしながら、このウイルスは臨床利用にまでは到らなかった。異種エンハンサー配列の制限のいくつかを克服するために、我々はE1aの天然型ウイルス転写制御領域の評価を行い、天然型E1aエンハンサーの選択的遺伝子操作によって腫瘍選択的ウイルス複製が可能となるか否かを検討した。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、個別に使用するか、または他のものと併用してタンパク質を腫瘍選択的に発現させることができる、改変された配列を提供する。
【0006】
ある観点では、組換えウイルスは、少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失した、改変されたE1a制御配列を含有する。ある観点では、-305から-141の範囲にあるヌクレオチドの少なくとも1つが保持されている。
【0007】
ある観点では、Pea3 II、Pea3 III、Pea3 IV、およびPea3 Vの少なくとも1つ、またはその機能性部分が欠失している。別の観点では、Pea3 IIおよびPea3 IIIの少なくとも1つ、またはその機能性部分が欠失している。ある観点では、Pea3 IIまたはその機能性部分、およびPea3 IIIまたはその機能性部分が欠失している。別の観点では、Pea3 IVおよびPea3 Vの少なくとも1つ、またはその機能性部分が欠失している。別の観点では、Pea3 Iまたはその機能性部分が保持されている。
【0008】
ある観点では、少なくとも1つのE2F結合部位またはその機能性部分が保持されている。
【0009】
ある観点では、ベクターはdl309-6、TAV-255、dl55、dl200、dl230、またはdl200+230である。別の観点では、ベクターはTAV-255である。
【0010】
ある観点では、組換えウイルスは少なくとも1つのE1aアイソフォーム(例えばE1a-12SまたはE1a-13S)を選択的に発現する。別の観点では、組換えウイルスはあるE1aアイソフォーム(例えば選択的に発現されない、E1a-12SまたはE1a-13S以外のもの)の発現を実質的に起こさない。ある観点では、E1aアイソフォームをコードする配列は改変されたE1a制御配列(少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失している)に機能的に結合している。
【0011】
ある観点では、組換えウイルスは、E1b-19K挿入部位に挿入されたDNA配列、例えば導入遺伝子を含有する。ある観点では、挿入部位はE1b-19Kの開始部位とE1b 55Kの開始部位の間に位置する。別の観点では、挿入部位はE1b-19Kの開始部位の後に続く202塩基対が欠失している。
【0012】
ある観点では、導入遺伝子は腫瘍壊死因子またはその機能性部分をコードする配列である。別の観点では、導入遺伝子はkrasまたはその機能性部分をコードする配列である。別の観点では、導入遺伝子は改変されたE1a制御配列(少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失している)に機能的に結合している。
【0013】
これらの観点では、組換えウイルスはアデノウイルスであってもよい。別の観点では、細胞を任意のこれらの組換えウイルスで形質転換する。
【0014】
別の観点では、標的細胞においてペプチドを選択的に発現させる方法は、標的細胞を任意のこれらの組換えウイルスを接触させることを含む。ある観点では、組換えウイルスはペプチド(例えばウイルス複製または癌に関係するペプチド)をコードするヌクレオチド配列に機能的に結合した欠失変異体E1a制御配列を含有する。
【0015】
ある観点では、標的細胞は新生細胞である。別の観点では、標的細胞は正常細胞である。
【0016】
方法はインビボまたはインビトロで実施してもよい。ある観点では、ウイルスの投与は筋肉内、静脈内、動脈内、または腫瘍内注射によって行う。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1a】E1a転写制御領域の欠失。Wt Ad5に感染させた肺線維芽細胞および癌細胞におけるアデノウイルスE1Aタンパク質の発現。静止状態の初代肺線維芽細胞および癌細胞系をWt Ad5に感染多重度(MOI)=5で感染させ、感染後の種々の時点(h.p.i.)でタンパク質を抽出し、E1A発現の分析を行った。(A)静止状態細胞系(MRC-5およびIMR-90)および癌細胞系(A549およびPANC-1)におけるE1Aタンパク質の発現。
【図1b】E1a転写制御領域の欠失。Wt Ad5に感染させた肺線維芽細胞および癌細胞におけるアデノウイルスE1Aタンパク質の発現。静止状態の初代肺線維芽細胞および癌細胞系をWt Ad5に感染多重度(MOI)=5で感染させ、感染後の種々の時点(h.p.i.)でタンパク質を抽出し、E1A発現の分析を行った。(B)種々の腫瘍細胞系、AsPC-1、LNCaP、HeLa、およびCalu-6におけるE1A発現。アミノ酸残基(R):289R、243R、および55Rを有する種々のE1Aタンパク質のスプライス変異体を矢印で示す。β-チューブリン(ローディング・コントロール)をウェスタンブロットの下部に示す。パネルの上部に経過時間を示し、細胞系を各ブロットの左側に示す。
【図2】感染させた(a)MRC-5、(b)A549、および(c)PANC-1細胞における(MOI=5)感染後の種々の時点でのE1A mRNAの誘導。E1A発現の増加は、感染6時間後のMRC5細胞系におけるWt Ad5のE1A発現に相対して算出した。
【図3】アデノウイルスE1Aプロモーター/エンハンサー(+143から+552)によって誘導されるレポーター・プラスミド(pE1P/EGL3)からのルシフェラーゼ発現。細胞をレポーター・プラスミドでトランスフェクトし、各細胞系からの発光値を得た。結果は2重複サンプルの平均値であり、3回の独立した実験を代表するものである。発光値(log)をY軸に示し、細胞系をX軸に示す。
【図4a】Ad5 E1A転写ユニットの上流制御配列の図解。転写開始部位(+1)、エンハンサー領域(-305から-141)、およびITR領域(-498から-395)を上段に示す。Pea3およびE2F1の転写因子結合部位をそれぞれ小矢印および星印で示す。欠失変異体ウイルスおよびそれらが包含するヌクレオチド欠失を太線で示し、領域をその上部に示す。各変異体ウイルスの名称を図の左側に示す。
【図4b】Wt Ad5および変異体ウイルスに感染させたMRC-5およびA549細胞におけるE1Aタンパク質発現。細胞をMOI=5で個々のウイルスに感染させ、感染24時間後にタンパク質を回収した。アミノ酸残基(R):289R、243R、および55Rを有する種々のE1Aタンパク質スプライス変異体を矢印で示す。β-チューブリン(ローディング・コントロール)をウェスタンブロットの下部に示す。細胞系を各ブロットの左側に示す。
【図4c】MRC-5およびA549細胞におけるWt Ad5およびTAV-255によるE1A発現の時間経過アッセイ。細胞をMOI=5で感染させ、感染後、図中に表示する時間にタンパク質を回収した。実線の上にウイルスを示し、アミノ酸残基(R):289R、243R、および55Rを有する種々のE1Aタンパク質スプライス変異体を矢印で示す。β-チューブリン(ローディング・コントロール)をウェスタンブロットの下部に示す。
【図5】感染させた(a)MRC-5および(b)A549細胞における(MOI=5)感染24時間後のE1A mRNAの誘導をリアルタイムQ-PCRで測定した。E1A発現の増加または減少はWt Ad5に相対して算出した。
【図6a】種々のアデノウイルスに感染させた細胞系におけるアデノウイルスE1AおよびE1bタンパク質のウェスタンブロット分析。(a)癌細胞系(A549およびPanc-1)をMOI=5でウイルスに感染させ、感染24時間後にタンパク質を回収した。E1Aのスプライス変異体の発現を小矢印で示し、ウイルスをブロットの上部に、細胞系を実線の上に示す。
【図6b】種々のアデノウイルスに感染させた細胞系におけるアデノウイルスE1AおよびE1bタンパク質のウェスタンブロット分析。(b)Wt Ad5、Onyx-015、およびTAV-255に感染させた(MOI=5)MRC-5およびA549細胞におけるアデノウイルスE1B-55kDaタンパク質ウェスタンブロット分析。感染24時間後にタンパク質サンプルを回収し、E1Bモノクローナル抗体で検出した。小矢印はE1b 55kDaタンパク質の正確なサイズを示す;他のバンドは非特異的である。ウイルスをブロットの上部に示す。
【図7a】Ad5変異体による正常細胞および腫瘍細胞の増殖阻害。(a)正常細胞系MRC-5をWt Ad5/TAV-255/Onyx-015に感染させ(MOI=5)、感染6日後にCCK-8を用いて細胞生存能アッセイを行った。結果は、3重複試験の平均値+/-SD(エラー・バー)で、PBS処理したコントロール細胞を100%として表す。
【図7b】Ad5変異体による正常細胞および腫瘍細胞の増殖阻害。(b)腫瘍細胞系(A549、Hela、およびCalu-6)をWt Ad5/TAV-255/Onyx-015に感染させ(MOI=5)、感染6日後にCCK-8を用いて細胞生存能アッセイを行った。結果は、3重複試験の平均値+/-SD(エラー・バー)で、PBS処理したコントロール細胞を100%として表す。
【図7c】Ad5変異体による正常細胞および腫瘍細胞の増殖阻害。(c)MRC-5細胞をWt Ad5またはTAV-255に感染させ(MOI=5)、PBS処理細胞をコントロールとした。ウイルス処理細胞および未処理(コントロール)細胞を感染6日後に撮影した。
【図8】dl309の欠失変異体およびMRC-5細胞におけるE1a発現。(A)HAd-5 E1a転写ユニットの上流制御配列の図解。転写開始部位(+1)、エンハンサー領域(-305から-141)、およびITR領域(-498から-395)を上段に示す。dl309ゲノム中の5つのPea3結合部位を矢印で示し、2つのE2F結合部位を星印で示す。欠失変異体ウイルスおよびそれらが包含するヌクレオチド欠失を太線で示し、ヌクレオチドをその上部に示す。各変異体ウイルスの名称を図の左側に示す。(B)変異体ウイルスに感染させたMRC-5細胞から感染24時間後に抽出したE1aタンパク質のウェスタンブロット分析;β-チューブリン(ローディング・コントロール)をE1aブロットの下部に示す。(C)MRC-5細胞において感染24時間後に変異体アデノウイルスによって生成されたE1a mRNAの相対量。
【図9】変異体アデノウイルスに感染させたA549細胞におけるE1a発現。(A)細胞を変異体アデノウイルスに感染させ、感染8時間後および24時間後にタンパク質を回収し、E1a特異的抗血清で検出した;β-チューブリン(ローディング・コントロール)も示す。(B)HAd-5変異体に感染させたA549細胞において感染8時間後に生成されたE1A mRNAの相対Q-PCR分析。
【図10】TAV-255中の欠失変異体アデノウイルスおよびMRC-5細胞におけるE1a発現。(A)TAV-255が包含する1つのE2F1部位および2つのPea3部位IIおよびIIIの図解。TAV-255内の6塩基対の欠失を黒い太線で示し、それらが包含するヌクレオチドを上部に示す。各ウイルスの名称を図の左側に示す;dl200はPea3結合部位IIIが欠失、dl212はE2F結合部位が欠失、dl220は6bpヌクレオチドが欠失(コントロールとして)、dl230はPea3結合部位IIが欠失、そしてdl200+230はPea3部位II+IIIが欠失。(B)感染48時間後に種々の変異体ウイルスによって発現されるE1aタンパク質のウェスタンブロット分析;β-チューブリン(ローディング・コントロール)をE1aブロットの下部に示す。(C)種々のアデノウイルス変異体に感染させた細胞における感染24時間後のE1A mRNAの相対Q-PCR分析。
【図11】E2Fの欠失変異体ウイルスおよびMRC-5細胞におけるE1a発現。(A)E1aエンハンサー領域中のE2F部位を星印で示し、それらが包含するヌクレオチドを上部に示す。変異体ウイルスの名称を図の左側に示す;dl212およびdl275は1つのE2F部位欠失を有し、dl212+275は両方のE2F部位が欠失し、dl220はコントロールとして作製した。(B)種々のアデノウイルス変異体に感染させた細胞における感染24時間後のE1aタンパク質のウェスタンブロット分析;β-チューブリンをローディング・コントロールとして示す。(C)種々のアデノウイルス変異体に感染させた細胞における感染24時間後のE1a mRNAの相対Q-PCR分析。
【図12】アデノウイルスに感染させた種々の非形質転換細胞系および形質転換細胞系におけるE1aタンパク質発現。(A)非形質転換細胞系;(a)MRC-5、(b)IMR-90、および(c)WI-38、および(B)形質転換細胞系;(d)HeLa、(e)Panc-1、および(f)Calu-6をdl309/dl200+230に感染させ、感染後、図中に表示する時間にタンパク質を回収し、E1a発現をウェスタンブロットで分析した。
【図13】インビトロにおける腫瘍崩壊活性。(A)形質転換細胞系(A549、HeLa、Panc-1、およびCalu-6)および非形質転換細胞系(MRC-5)をウイルス:Wt HAd-5およびdl200+230アデノウイルスに感染させ、それぞれ感染後4日目および5日目に、CCK-8キットを用いて生存能をアッセイした。(B)種々のアデノウイルスの細胞変性効果の分析を、図中に表示するMOIで感染させたMRC-5細胞においてクリスタルバイオレットアッセイにより感染5日後に染色して行った。
【図14】非形質転換WI-38細胞を集密となるまで培養した後、Ad5またはTAV-255にMOI=10で感染させた。未感染コントロール細胞および感染細胞を感染後7日目に固定し、クリスタルバイオレットで染色し、拡大率40xで撮影した。画像は、コントロール細胞およびTAV-255で処理した細胞では、ウイルスによる細胞崩壊の痕跡が見られず、均一な単層を示している。一方、Ad5で処理した細胞では高度の細胞崩壊が見られる。
【図15】形質転換したA549細胞を集密となるまで培養した後、Ad5またはTAV-255にMOI=10で感染させた。未感染コントロール細胞および感染細胞を感染後3日目に固定し、クリスタルバイオレットで染色し、拡大率40xで撮影した。画像は、コントロール細胞ではウイルスによる細胞崩壊の痕跡が見られず、均一な単層を示している。一方、Ad5およびTAV-255で処理した細胞では高度の細胞崩壊が見られる。
【図16】E1aアイソフォーム12Sおよび13Sの選択的発現 (A)WI-38および(B)MRC-5細胞における野生型Ad5(WT)およびPM975アデノウイルスでの感染(MOI=5)後のE1a発現の時間経過。
【図17】(A)A549および(B)Panc 1におけるE1a発現。
【図18a】a)WI-38細胞およびb)MRC-5細胞(MOI=5)におけるE1A発現の時間経過。
【図18b】c)A549細胞およびd)Panc-1細胞(MOI=5)におけるE1A発現の時間経過。
【図19】A)WI-38細胞およびB)A549細胞(MOI=5)におけるE1A発現の時間経過。
【図20】Ad5、TAV、およびTAV-13sに感染させた増殖停止WI-38細胞における感染後48時間および72時間(MOI=5)のE1A発現。
【図21】dl309、PM975、dl1520、またはdl1520で感染させたWI-38細胞(感染後7日目、MOI=30)、並びにA549、Panc-1、LnCap、およびHep3b細胞(感染後5日目、MOI=3)の生存能。
【図22】MOI=2でのA549におけるE1A発現:A549細胞をAd5、TAV、PM975(13s)、または13sTAVに感染させた(MOI=2)。感染24時間後および48時間後に感染細胞からタンパク質を単離し、ウェスタンブロットでE1a発現を分析した。13S E1a mRNA(289R)の発現は全てのレーンでほぼ同じ量で観察され、13S(PM975)および13S-TAVしか発現しないウイルスでは1つの型しか観察されない。これは、表示するエンハンサー欠失(TAVおよび13S-TAV)の導入によってE1A-289Rの発現が有意に減少しないことを示している。
【図23】WI-38(MOI=2)におけるE1a発現:増殖停止WI-38細胞をAd5、TAV-255(TAV)、PM975(13Sのみ発現)、および13S-TAV(TAV-255プロモーター欠失。13Sのみ発現)に感染させた。感染の24時間後および48時間後に細胞からタンパク質を抽出し、ウェスタンブロットでE1a発現を分析した。Ad5に感染させた細胞では感染48時間後にE1aの289Rおよび243R型の発現が観察され、TAVでもそれより少ない程度であるが観察された。PM975または13S-TAVに感染させた細胞では、検出可能なE1a発現は見られなかった。
【図24】E1b 19Kクローンインサート アデノウイルス5型のE1領域の構成。E1b-19kおよびE1b-55kはmRNAスプライシング変異体によって重複した配列から誘導される。E1b開始部位の後に続く最初の202ヌクレオチドをE1b-19kから欠失させ、E1b-55k開始部位を損傷することなくDNAインサートをこの部位にインフレームでクローニングした。
【図25】E1aおよびE1b領域をE1b-19k挿入部位と共に示す図。
【図26a】Ad5のE1b-19k領域内に選択的に挿入した膜安定化TNFの配列を示す。
【図26b】Ad5のE1b-19k領域内に選択的に挿入した膜安定化TNFの配列を示す。
【図27】E1aのプロモーター中の50塩基対欠失の配列を示す。これによってE1b-19kおよびTAV-255プロモーターが欠失したベクターが生じる。
【図28】AD19kTNF感染後の腫瘍細胞表面上でのTNF発現。
【図29a】感染3日後のMRC5における細胞傷害性アッセイ。
【図29b】感染5日後のMRC5における細胞傷害性アッセイ。
【図30a】感染3日後のA549における細胞傷害性アッセイ。
【図30b】感染5日後のA549における細胞傷害性アッセイ。
【図31a】感染3日後のPanc1における細胞傷害性アッセイ。
【図31b】感染5日後のPanc1における細胞傷害性アッセイ。
【図32a】フローサイトメトリーを用いたAdTAV19kmmTNFによるTNFの表面発現分析。
【図32c】フローサイトメトリーを用いたAdTAV19kmmTNFによるTNFの表面発現分析。
【図33】SK-Mel-28(メラノーマ)における感染3日後のクリスタルバイオレット・アッセイ。
【図34】Ad19kまたはAdTAV19TNFに感染させた(MOI=5)Hep3b細胞における感染48時間後のカスパーゼ-3の活性化。
【図35】AD-Δ19kD-kras/TAV(MOI=2)における感染48時間後のE1b-55kDa発現。
【図36】Ad19kTAVhrGFPトランスフェクション・ライセートからのGFPおよびE1AプロモーターのPCR増幅。
【図37】Ad19kTAVGFPに感染(MOI=2)させたA549におけるGFP発現。
【発明を実施するための形態】
【0018】
発明の詳細な説明
I.略称および定義
本明細書で使用する略称は、化学および生物学の分野におけるその慣例的な意味を有する。参照を容易にするために、本明細書で使用する略称を以下のように定義する:
Wt Ad5:野生型アデノウイルス5型
MOI:感染多重度
hpi:感染後時間
【0019】
本明細書で引用する新生細胞系には以下がある:
A549:肺癌
PANC-1:膵臓癌
AsPC-1:膵臓癌
LNCaP:前立腺癌
HeLa:子宮頸癌
Calu-6:肺癌
SK-Mel-28:メラノーマ
【0020】
本明細書で引用する非新生細胞系には、呼吸肺線維芽細胞系MRC-5、WI-38、およびIMR-90がある。細胞系HEK-293AはアデノウイルスE1を形質転換したヒト胎児腎臓細胞である。
【0021】
本明細書で使用する欠失変異体は、以下に記載するヌクレオチドの欠失を特徴とする。欠失によって影響を受ける結合部位を丸括弧に示す。
dl309:-498から-395、-305から-141
dl309-6:-393から-304(Pea3 VおよびPea3 IV)
dl340-12:-145から-44
TAV-255:-305から-255(Pea3 III、E2F II、Pea3 II)
dl87:-201から-195(Pea3 I)
dl55:-270から-240(Pea3 II)
dl275:-225から-218(E2F I)
dl200:-299から-293(Pea3 III)
dl212:-287から-281(E2F II)
dl220:-280から-275
dl230:-270から-265(Pea3 II)
dl200+230:-299から-293(Pea3 III)、-270から-265(Pea3 II)
dl212+275:-287から-281(E2F II)、-225から-218(E2F I)
【0022】
本明細書で使用する単数形の用語は、特に単数形であることを記載しない限り、1つまたはそれ以上を意味する。
【0023】
II.E1a転写制御領域における欠失の検討
E1aはHAd-5感染後に発現される最初の遺伝子であり、ウイルスがうまく複製されるために必須である(Gaynor, R. B.およびBerk, A. J. (1983). Cis-acting induction of adenovirus transcription. Cell 33: 683-693)。アデノウイルスE1a転写制御領域は、2つのE2F1結合部位および5つのPea3結合部位を含む複数の制御要素を有する(Bruder, J. T.ら, J Virol 65(9):5084-5087 (1991))。これらの転写因子は一般に、腫瘍細胞において異常発現される(de Launoit, Y.ら, Adv Exp Med Biol 480:107-116 (2000);Hanahan, D.ら, Cell 100(1):57-70 (2000))。これらの転写因子の結合部位は複数存在するため、我々は、これらの結合部位のいくつかが正常細胞において効率的にE1aを発現するために重要であるが腫瘍細胞では重要ではないことを確認することを試みた。E1aのmRNAおよびタンパク質が、腫瘍細胞ではヒト・アデノウイルス5型(Ad5)に感染した非形質転換細胞より早期かつ高レベルで発現されることが観察された。この効果の機構を理解するために、我々はE1a転写制御領域を網羅する一連の小欠失が腫瘍細胞および非形質転換呼吸上皮細胞におけるE1a発現に与える影響を検討した。非形質転換呼吸上皮細胞ではE1a開始部位の上流の領域にある種々の欠失によってE1aの発現が低下したが、腫瘍細胞ではE1aの発現に対する影響は最小限であった。特に、TAV-255(E1a開始部位上流の-305から-255に位置する50塩基対領域が欠失している)は、非形質転換細胞ではE1a mRNAおよびタンパク質発現を著しく低下させ、一方、腫瘍細胞ではWt Ad5に匹敵するE1a発現が保持された。更に、この50bpの欠失により、非形質転換細胞ではE1bの発現が著しく低下し、腫瘍細胞ではほぼ正常レベルのE1b発現が保持された。TAV-255は、非形質転換細胞ではかなりの減弱が見られるが、腫瘍細胞系におけるE1aおよびE1bの発現並びに細胞溶解活性は野生型Ad5に匹敵する。
【0024】
E1a mRNAおよびタンパク質は、腫瘍細胞では非形質転換細胞より早期かつ多量に誘導される。Ad5の天然型転写制御領域は、通常腫瘍細胞において過剰発現される転写因子の結合部位(例えばE2F1、Sp1、およびPea3の結合部位)を含有する。結果として、E1a発現の調節は腫瘍細胞と非形質転換細胞では異なりうる。この可能性を検討するために、野生型Ad5を用いて腫瘍細胞および非形質転換細胞を感染し(MOI=5)、細胞感染後のいくつかの時点でE1aタンパク質の発現を評価した。結果(図1a)は、E1a発現が非形質転換呼吸上皮細胞(MRC-5およびIMR-90)に比較して腫瘍細胞系(A549およびPANC-1)では早期かつ多量に検出されることを示している。E1aタンパク質の多量発現は、腫瘍細胞系では感染後6から8時間後(h.p.i.)に観察されるが、非形質転換呼吸上皮細胞系MRC-5およびIMR-90では検出可能なE1a発現は観察されない。感染24時間後にE1a(289Rおよび243R。それぞれ13sおよび12s mRNA種に対応する)の発現はMRC-5およびIMR-90の両方で同程度に観察される。しかしながら、ウェスタンブロットによって腫瘍細胞で検出されたE1a(55R、243R、および289R)の量は、非形質転換細胞で観察される量よりはるかに高い。腫瘍細胞で感染8時間後に観察されるE1aの量は、非形質転換細胞で感染24時間後に観察されるE1aの量に匹敵する。この効果を更に検討するために、E1a発現の開始および量を、AsPc-1およびPANC-1(膵臓)、Calu-6(肺)、LNCaP(前立腺)、およびHeLa(子宮頸部)細胞を含む一連の腫瘍細胞系で評価した(図1b)。これらの細胞系のそれぞれにおいて、形質転換細胞では感染の6から8時間後までにE1aの発現が検出され、形質転換細胞で感染の6から8時間後に観察されたE1aの量は、非形質転換細胞で感染24時間後に観察されるE1aの量に匹敵するものである(図1a)。
【0025】
定量PCRでは、E1a mRNAは非形質転換細胞に比較して腫瘍細胞ではより早期かつ多量に発現される。E1a mRNAの検出可能な増加は、A549およびPANC-1細胞では感染の2から4時間以内に起こり、MRC-5細胞での発現を6倍近く上回る(図2)。8から24時間までに、形質転換細胞におけるE1a発現はMRC-5細胞におけるE1a発現をはるかに上回った(40倍から70倍)。これらの結果は、E1aの転写が腫瘍細胞では非形質転換細胞より効率的に起こり、それによってAd5感染後の腫瘍細胞におけるE1aの発現が早期かつ多量となることを更に証明している。
【0026】
E1aエンハンサー/プロモーターからの転写を更に検討するために、E1aの代わりにルシフェラーゼを含有するプラスミド・レポーターを形質転換および非形質転換細胞にトランスフェクトした。トランスフェクションの24および48時間後に発光を定量した。トランスフェクションの24時間後に行ったアッセイでは、MRC-5細胞系ではルシフェラーゼの発現は検出されず、腫瘍細胞系ではコントロール値に比較して1000倍高いルシフェラーゼ発現が観察された(データ未掲載)。MRC-5およびIMR-90(肺線維芽)細胞では、検出可能なルシフェラーゼ発現はトランスフェクションの48時間後までに観察されたが、依然として腫瘍細胞系でのルシフェラーゼ発現より約100-1000倍低かった(図3)。ウミシイタケ発現の測定も行ってコントロールとし、細胞系間のトランスフェクション効率を比較した。
【0027】
E1A転写制御領域が欠失した変異体を作製し、腫瘍および非形質転換細胞におけるE1A発現を分析した。腫瘍細胞と非形質転換細胞との間にE1aの転写制御の相違があるか否かを確認するために、我々はE1aの上流制御領域に種々の欠失を有するアデノウイルス・コンストラクト(図4a)を用いて腫瘍細胞および非形質転換細胞におけるE1a発現を評価した。これらの各欠失ベクターからの非形質転換細胞(MRC-5)および形質転換細胞(A549)におけるE1a発現の結果を図4bに示す。結果は、これらの欠失がいずれも、A549細胞におけるE1a発現に有意な影響を与えないことを示した。しかしながら、欠失変異体ウイルス、dl309-6およびTAV-255ではMRC-5細胞におけるE1a発現が低下した。明らかに、-305から-255までの領域にわたる欠失により、MRC-5細胞からのE1a発現はほとんど完全に喪失されるが、A549細胞からのE1a発現には測定可能な影響は与えられなかった。この欠失により、非形質転換細胞および形質転換細胞間のE1a発現の差異は最大となった。この影響を更に検討するため、我々はMRC-5およびA549細胞を野生型Ad5およびTAV-255に感染させた後、経時的にE1aタンパク質発現を比較した(図4c)。これらの結果から、A549細胞系はいずれのベクターに感染させた後も多量のE1aを発現することが明らかとなった。しかしながら、非形質転換MRC-5細胞ではTAV-255での感染後、E1a発現は劇的に低下した。
【0028】
エンハンサー変異体からのE1A mRNA発現を定量PCRで分析した。我々は更に、MRC-5およびA549細胞を野生型Ad5、TAV-255、およびdl87(E1a開始部位の最も近くに位置するPea3部位が1つ欠失している)に感染させた後のE1a mRNA発現のキャラクタライズを行った。E1a mRNA発現は、Ad5野生型およびdl87に比較してTAV-255に感染させたMRC-5細胞では20-30倍低下した。しかしながら、これらのウイルスのそれぞれに感染させたA549細胞では、E1a mRNA発現はほぼ同程度である(図5)。
【0029】
Onyx-015およびTAV-255をE1aおよびE1bの発現について比較した。Onyx-015はE1b-55kウイルス遺伝子の欠失を有するが、非形質転換細胞においてE1a発現を制限するような改変は有さない。図6aは、Ad5、TAV-255、およびOnyx-015に感染したA549およびPanc-1細胞におけるE1a発現のレベルが同程度であることを示している。TAV-255のE1b発現に対する影響を確認するために、我々はMRC-5およびA549細胞におけるタンパク質発現を評価した。図6bに示す結果は、TAV-255からのE1b発現がMRC-5細胞ではAd5に比較して減少したことを示している。E1b-55kの欠失を有するOnyx-015は検出可能なE1b発現を示さない。一方、E1b-55kは腫瘍細胞ではAd5およびTAV-255のいずれからも同等のレベルで発現され、Onyx-015に感染した腫瘍細胞系では発現されない。これらの結果から、非形質転換細胞におけるE1b発現は機能的に減弱し、腫瘍細胞ではE1b発現は野生型とほぼ同等のレベルに保持されることが明らかである。
【0030】
我々は、細胞生存能に対するTAV-255の影響を検討した。MRC-5、A549、Hela、およびCaLu-6細胞を野生型Ad5、Onyx-015、およびTAV-255に感染させた。野生型Ad5はこのアッセイで、MRC-5細胞を効率的に死滅させた;一方、Onyx-015およびTAV-255はいずれも、MRC-5細胞に対して最小限の細胞傷害性しか示さなかった(図7a)。これとは対照的に、TAV-255の細胞傷害性は3つの腫瘍細胞系(A549、HeLa、およびCaLu6)において野生型Ad5と同等であり、A549およびHeLa細胞のいずれでも、Onyx-015より明らかに高かった(図7b)。野生型およびTAV-255ウイルスに感染させたMRC-5の顕微鏡写真(図7c)は、感染6日後、MRC-5は野生型Ad5によって本質的に完全に細胞が死滅するが、TAV-255では最小限の細胞傷害性しか観察されないことを示している。野生型Ad5またはTAV-255に感染させたA549細胞では完全な細胞傷害性が観察された(データ未掲載)。
【0031】
ONYX-015は腫瘍崩壊性ウイルスのプロトタイプとされ、種々の悪性腫瘍(例えば頭部および頸部癌、肺癌、結腸直腸癌、卵巣癌、膵臓癌、および脳腫瘍)で臨床試験が行われてきた。1000回以上のONYX-015腫瘍内注射が頭部および頸部癌患者らに、200回以上の輸液が転移性結腸直腸癌患者らの肝動脈に、治療に関連する深刻な有害事象を伴うことなく投与された(Reid, T.ら, Cancer Res 62(21):6070-6079 (2002);Nemunaitis, J.ら, Gene Ther 8(10):746-759 (2001);Khuri, F. R.ら, Nat Med 6(8):879-885 (2000);Nemunaitis, J.ら, Cancer Gene Ther 10(5):341-352 (2003);Nemunaitis, J.ら, Cancer Gene Ther 14(11):885-893 (2007);Reid, T. R.ら, Cancer Gene Ther 12(8):673-681 (2005))。主な副作用はグレードI/IIインフルエンザ様症状、例えば発熱および悪寒であった。十分な許容性がある一方、ONYX-015の客観的な反応が見られたのは少数の患者に限られていた。ONYX-015への客観的反応率が低いため、より高い有効性を有する腫瘍崩壊性ベクターを開発することに努力が払われてきた(Kirn D. Oncogene 19(56):6660-6669 (2000);Li, Y.ら, Clin Cancer Res 11(24 Pt 1):8845-8855 (2005);Johnson, L.ら, Cancer Cell 1(4):325-337 (2002);Hermiston, T. Current opinion in molecular therapeutics 8(4):322-330 (2006))。腫瘍崩壊性ウイルスの腫瘍選択性および効力を向上させるために種々の方法(例えばE1aおよびE1bを特別な腫瘍特異的異種プロモーターの制御下におくための取り組み)が用いられてきた。しかしながらこれらのベクターは、非形質転換細胞におけるE1aおよびE1bの転写が欠落しがち(leaky)であり、組換えが起こりやすく、また、複製能は野生型ウイルスに比較して減弱しているという弱点があった。
【0032】
異種プロモーターを用いてE1aおよびE1bの発現を制御することに伴う制限のいくつかを取り除くために、我々はE1aの内因性アデノウイルス・プロモーターおよびエンハンサーの分析に着目した。我々は、E1a mRNAおよびタンパク質の発現の開始が、腫瘍細胞系では呼吸上皮細胞に比較してより早期に、また、より多量に起こることを発見した。E1aの早期かつ多量発現は、種々の腫瘍細胞系(例えば肺癌、膵臓癌、子宮頸癌、および前立腺癌)で観察された。試験した一連の腫瘍細胞において、感染の6から8時間後のウェスタンブロットでE1aタンパク質が検出できた。感染6-8時間後のE1a発現量は、2つの非形質転換呼吸上皮細胞系における感染24時間後のE1a発現量と同等であった。
【0033】
腫瘍細胞におけるE1aの早期かつ多量発現を更に評価するために、我々はE1a開始部位の上流DNA配列に種々の欠失を有するウイルスからのE1a発現について検討した。エンハンサー配列は、位置または配向性に関わらずに転写を促進し、アデノウイルスを含む種々の系で報告されている(Hearing, P.ら, Cell 33(3):695-703 (1983))。コア配列はE1a開始部位の200から300ヌクレオチド上流で同定されており、これは位置または配向性に依存せずにE1a発現を促進しうる(Hearing, P.ら, Cell 33(3):695-703 (1983))。過去の研究で明らかになったところによれば、このコア・エンハンサー配列の欠失によってHeLa細胞における感染5時間後のmRNA発現が2から5倍低下する;ところが、この欠失は感染24時間後のmRNA発現にはほとんど影響を与えず、また、ウイルスの複製には全く影響を与えなかった(Hearing, P.ら, Cell 33(3):695-703 (1983))。しかしながら、このE1aエンハンサーに関する過去の分析は、天然のアデノウイルス5型感染のホスト細胞である呼吸上皮細胞ではなく、腫瘍細胞(主にHeLa細胞)で行われたものである。Ad5エンハンサー領域内の特異的転写因子結合部位にはE2F1の結合部位が2つ、そしてPea3の結合部位が5つ含まれる。これらの転写因子は通常、腫瘍細胞で過剰発現されるため、E1aエンハンサーの重要な機能は、呼吸上皮細胞ではなく腫瘍細胞に関するエンハンサー分析では不明瞭だった可能性がある。
【0034】
我々は、E1a開始部位の上流領域内の欠失が腫瘍細胞および非形質転換呼吸上皮細胞におけるE1a発現に与える影響を比較することによって、アデノウイルスのエンハンサー領域の更なる分析を行った。過去の文献と一致して、我々は、E1aエンハンサー領域の広範にわたる欠失によって腫瘍細胞系におけるE1a発現およびウイルス複製はほとんど影響を受けないことを確認した(Hearing, P.ら, Cell 33(3):695-703 (1983))。しかしながら我々は、種々の欠失(既定のエンハンサー領域外の欠失を含む)が非形質転換呼吸上皮細胞においてE1a発現およびウイルス複製に顕著な影響を与えることを発見した。特に、我々が発見したところによれば、天然のAd5エンハンサーの50塩基対配列の欠失(1つのE2f1部位および2つのPea3部位が欠失)によって、呼吸上皮細胞におけるE1aおよびE1b mRNA並びにタンパク質発現が顕著に抑制された;しかしながら、この欠失は一連の腫瘍細胞系ではE1a発現にほとんど影響を与えなかった。更に我々は、提唱されているE1aエンハンサーの上流にある99ヌクレオチド配列の欠失によって、非形質転換呼吸上皮細胞ではE1a発現が低下するが、試験した腫瘍細胞系からのE1a発現は最小限の影響しか受けないことを明らかにした。この領域はE1a開始部位の最上流にある2つのPea3部位を含有する。一方、E1a開始部位に最も近いPea3部位を除去した小規模な欠失は、腫瘍細胞または呼吸上皮細胞においてE1a発現に有意な影響を与えなかった。更に、エンハンサーとE1a開始部位との間の領域から101ヌクレオチドを欠失させると、呼吸上皮細胞ではE1a発現が22から30%上昇したが、腫瘍細胞からのE1a発現は有意な影響を受けなかった。これらの結果は、エンハンサー領域を含む欠失は呼吸上皮細胞におけるE1a発現に対して重度の影響を与えるが、それらの影響は腫瘍細胞では観察されないことを示している。このように、アデノウイルスE1aエンハンサー領域は、腫瘍細胞ではなく呼吸上皮細胞において分析する場合、より複雑で、広い領域にわたる。
【0035】
-255から-305までの領域にわたる50ヌクレオチドの欠失は、2つのPea3結合部位および1つのE2f1結合部位を包含する(Bruder, J. T.ら, J Virol 65(9):5084-5087 (1991))。これらの転写因子は通常、広範な腫瘍で過剰発現される。E2fはRbと共に複合体を形成する配列特異的転写因子であり、細胞周期の進行および細胞分化の制御に重要な役割を果たす。サイクリン依存性キナーゼによるRBのリン酸化によりE2F1が放出され、DNAの複製、修復、および組換えに関与する遺伝子の転写活性化が起こる(Johnson, D. G.ら, Front Biosci 3:d447-448 (1998);Muller, H.ら, Biochimica et biophysica acta 1470(1):M1-12 (2000))。悪性腫瘍では一般にRB経路の脱制御が起こり、これは肺癌を含む種々の腫瘍ではほぼ100%に近い(Hanahan, D.ら, Cell 100(1):57-70 (2000))。E2F1の2つの結合部位はE1aの制御領域中にある。E1a開始部位から最も離れた2つのPea3部位を含む欠失は、E1a発現に中度の影響しか与えなかった。しかしながら、遠位のE2F部位を、E2F1部位に直に隣接する2つのPea3部位と共に欠失させると、非形質転換細胞におけるE1a発現、E1b発現、およびウイルス複製が有意に低下する。これらの結果は、この50塩基対フラグメント内に位置するE2F1および/またはPea3部位が呼吸器細胞におけるE1a制御の主要な部位であるか、または、この欠失の影響を受ける更なる因子がE1a発現を決定していることを示唆している。
【0036】
Pea3は高度に保存されたEts転写因子ファミリーのメンバーである(de Launoit, Y.ら, Biochimica et biophysica acta 1766(1):79-87 (2006))。Pea3は通常、胚形成の際に発現され、組織再構築事象、細胞分化、および増殖に関与する。Pea3はマトリクスメタロプロテアーゼ(MMP;正常な再構築事象の際に細胞外マトリクスを分解するように機能する)を含む種々の遺伝子を転写的に活性化する。Pea3は通常、種々の癌(例えば乳癌、肺癌、結腸癌、卵巣癌、および肝臓癌)で過剰発現されるが、それらの癌ではMMPの過剰発現が転移を促進すると考えられている(de Launoit, Y.ら, Adv Exp Med Biol 480:107-116 (2000);Hakuma, N.ら, Cancer Res 65(23):10776-10782 (2005);Boedefeld, W. M., 2ndら, Mol Carcinog 43(1):13-17 (2005); Cowden, D.ら, Mol Cancer Res 5(5):413-421 (2007))。過去の研究により、Pea3部位間の協同的結合によってE1a発現が増加されることが明らかになっている(Bruder, J. T.ら, J Virol 65(9):5084-5087 (1991))。結果として、特異的転写因子結合部位およびそれらの結合部位間の協同性の影響は、転写因子が制限されている非形質転換細胞の方が、転写因子の多量発現がE1a転写を促進する協同性結合の必要性より優位である腫瘍細胞の場合より明らかでありうる。単独および複合体としての種々の転写因子結合部位の相対的重要性について、更に検討する。
【0037】
我々は更に、E1b転写ユニットの腫瘍選択的発現はE1aエンハンサーの改変によって行うことができることを明らかにした。E1bプロモーターはTATAボックスおよびGCボックスを含有する比較的単純なプロモーターであり、配列特異的転写因子、SP-1に結合する。いずれのドメインもE1bの効率的な発現に必要である(Wu, L.ら, Nature 326(6112):512-515 (1987))。これまでの研究で、E1bはE1aからのリードスルー転写物として発現されることが明らかとなっている(Montell, C.ら, Mol Cell Biol 4(5):966-972 (1984))。βグロブリン終結配列の挿入によってE1aからのE1bのリードスルー転写を終結させることにより、E1bの発現が著しく低下したが(Maxfield, L. F.ら, J Virol 71(11):8321-8329 (1997);Falck-Pedersen, E.ら, Cell 40(4):897-905 (1985))、CMVプロモーターのような強力なプロモーターの挿入によってリードスルー転写物が不要となる。我々の発見は、E1aエンハンサーの小欠失によって、非形質転換呼吸上皮細胞においてE1bの発現がE1aと共に協調的に減弱されることを示している。これらの結果は、非形質転換細胞におけるE1bの非効率的なリードスルー転写と矛盾しない。一方、A549細胞ではE1aおよびE1bはいずれも野生型のレベル近くまで発現され、腫瘍細胞におけるE1aからの効率的なリードスルー転写を示している。
【0038】
E1b 55kはウイルス複製に重要な多機能性タンパク質であるため、この遺伝子の欠失ではなくこのタンパク質の発現を腫瘍選択的に減弱させることにより、E1aおよびE1bの両方の発現を低下させることによって非形質転換細胞における高度の減弱を保持しつつ、腫瘍細胞におけるこのウイルスの有効性を向上しうる。我々は、腫瘍および正常細胞においてTAV-255の腫瘍崩壊活性をONYX-015と比較し、TAV-255が腫瘍細胞における細胞溶解の誘導にONYX-015より高い有効性を示し、非形質転換細胞ではONYX-015と同等のレベルの減弱が保持されていることを発見した。
【0039】
E1a転写開始部位を+1とした時の-225から-287にわたるE2F部位の欠失は、形質転換細胞におけるE1a発現に影響を与えなかった(Bruder, J. T.,およびHearing, P. (1989))。核因子EF-1Aは アデノウイルスE1Aコア・エンハンサー要素および他の転写制御領域に結合する(Mol Cell Biol 9: 5143-5153)。Pea3の結合部位は-200、-270、-300、-344、-386に位置し、Pea3結合部位I、II、およびIIIの単独での欠失は、HeLa細胞においてE1a発現に最小限の影響しか与えなかった(Hearing, P.およびShenk, T. (1983))。アデノウイルス5型のE1A転写制御領域は重複エンハンサー要素を含有する(Cell 33: 695-703)。過去の研究は形質転換細胞系におけるE1a転写制御領域の重要性を明らかにしている。しかしながら、腫瘍細胞はウイルスの天然のホストである非形質転換細胞とはかなり異なる。腫瘍細胞は活発に増殖し、多くのシグナル変換経路、細胞調節経路、およびアポトーシス経路の異常発現を示す。E1a転写制御領域に結合する種々の転写因子、例えばE2FおよびPea3は腫瘍細胞で異常に発現する(de Launoit, Y.ら (2000). The PEA3 group of ETS-related transcription factors. Role in breast cancer metastasis. Adv Exp Med Biol 480: 107-116;Hanahan, D.およびWeinberg, R. A. (2000). The hallmarks of cancer. Cell 100: 57-70。E1a expression。従って、E1a転写制御に関する研究は、腫瘍細胞においてこれらの転写因子の発現が改変されていることによって影響を受けていた可能性がある。
【0040】
腫瘍細胞におけるE1a制御を非形質転換ヒト細胞におけるE1a制御と比較すれば、腫瘍細胞におけるインビトロでのE1aエンハンサーの機能が更に深く理解されうる。ヒト二倍体線維芽細胞(MRC-5、WI-38、およびIMR-90)は、数十年にわたってワクチン開発、ウイルス学的診断、および研究において、標準的な実験細胞系として広範囲にわたるウイルス(アデノウイルス、ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、および多くの他のウイルスを含む)の培養および研究のために広範に使用されてきた(Friedman, H. M.,およびKoropchak, C. (1978). Comparison of WI-38, MRC-5, and IMR-90 cell strains for isolation of viruses from clinical specimens. J Clin Microbiol 7: 368-371)。我々はHad-5 E1a転写制御領域における一連の欠失を作製し、Pea3およびE2Fに結合するDNA要素の役割を検討し、一連の形質転換細胞系および非形質転換細胞系におけるE1a発現を比較した。我々は、E1aエンハンサー配列が、非形質転換細胞で評価した場合、これまで報告されたものより更に大型でより複雑であることを提言する。我々は、HAd-5変異体ウイルスの有力な腫瘍崩壊剤としての可能性について検討する。
【0041】
III.結合部位欠失の検討
HAd-5 E1a転写制御領域の欠失変異体を作製し、非形質転換細胞および形質転換細胞におけるE1a発現の検討を行った。HAd-5転写制御領域は複数の転写因子の結合部位を含有し、それらの多くは癌細胞で過剰発現される。結果として、形質転換細胞をE1a転写の研究に使用することは、これらの重要な制御配列に影響を与える種々の転写因子の異常発現による影響を受ける。この制限を解決するために、我々は増殖停止させたヒト肺上皮細胞系を使用してE1a遺伝子発現の研究を行い、これらの結果を一連の腫瘍細胞系におけるE1a発現の結果と比較した。Pea3およびE2F結合部位を特に標的として、種々の欠失変異体を作製した。図8aにPea3およびE2Fの結合部位、およびこれらの転写因子部位に広がる欠失変異体を示す。これらの欠失変異体をプラスミド中で作製し、相同組換えによってHAd-5ゲノムに導入した。これらの変異を保有するHAd-5変異体ウイルスを用いてMRC-5(非形質転換肺)細胞およびA549(形質転換肺)細胞を感染させた後、ウェスタンブロット(図8b)およびQ-PCR(図8c)によってE1a発現遺伝子を分析した。非形質転換細胞では、dl309-6(Pea3部位IVおよびVが欠失)がWt HAd-5(dl309)に比較してE1aタンパク質発現が低下した。欠失変異体dl87(Pea3部位Iが欠失)およびdl275(E2F結合部位が欠失)はWt HAd-5に比較してE1a発現の差異を示さなかった。TAV-255(Pea3結合部位IIおよびIII、並びに2つのPea3結合部位の間に位置するE2Fが欠失)およびdl55(Pea3結合部位IIが欠失)は、感染24時間後までに検出可能なE1aタンパク質発現を起こさなかった。TAV-255およびdl55のレーンに存在する薄いバンドはコントロール・レーンのバンドと同様であり、E1a抗血清との非特異的反応を示唆している。感染24時間後に抽出したmRNAについて実施した相対Q-PCRでは、dl309-6はWt HAd5に比較してE1a mRNA発現は2.5倍少なく、dl87欠失ではE1a遺伝子発現に対する有意な影響は見られなかった。変異体dl275はWt HAd5に比較して20%低いE1a mRNA発現を示した。変異体dl55のE1a mRNA発現はWt HAd-5に比較して10倍低下し、TAV-255のE1a mRNA発現は33倍の低下を示した。
【0042】
これらの変異体ウイルス(図8aに記載するもの)に感染させたA549細胞におけるE1a mRNAおよびタンパク質の発現を感染後8および24時間で比較した。これらの結果(図9a)では、感染8時間後でE1aタンパク質発現はわずかな低下を示したが、これらのウイルスは感染24時間後のE1a発現では有意な差を示さなかった。Q-PCR分析では、感染8時間後で、Wt HAd5に比較してdl87、TAV-255、dl55、およびdl275はE1a遺伝子発現が約2倍低下したが、変異体ウイルスdl309-6は20%のE1a遺伝子発現の増加を示した(図9b)。
【0043】
感染24時間後に実施したQ-PCRでは、Wt HAd5と比較してE1a遺伝子発現の差は見られなかった(データ未掲載)。これらの結果から、MRC-5細胞で研究を行う場合、A549細胞の場合と比較してE1aエンハンサーの欠失変異体がE1a遺伝子発現に対してより大きな影響を与えたことは明らかである。TAV-255内に存在するヌクレオチドの役割を更に理解するために、TAV-255内にいくつかの6bp欠失を作製し、これらの変異をHAd-5ゲノムに再構築し、非形質転換細胞系におけるE1a発現の研究を行った。
【0044】
欠失変異体TAV-255は2つのPea3転写因子結合部位および1つのE2F転写因子結合部位を包含する。それぞれの調節要素の役割を特定するために、個別のPea3およびE2F要素欠失を作製し、これらの変異をHAd-5ゲノムに再構築した(図10a)。2つのPea3部位の間にあるランダムな6bpの欠失(dl220)もコントロールとして作製した。変異体ウイルスおよびWt HAd-5について、MRC-5細胞で感染48時間後にE1aタンパク質発現を測定した(図10b)。同様のE1a発現プロフィールがTAV-255およびdl200+230(Pea3結合部位IIおよびIIIが欠失)で観察された。E2F欠失変異体(dl212)およびコントロール欠失変異体(dl220)はWt HAd5に比較してE1a発現に対する有意な影響は見られなかった。変異体ウイルスdl200+230に感染させた細胞は、感染24時間後のQ-PCR分析で、Wt HAd5に比較してE1a mRNAの50倍の低下を示した(図10c)。TAV-255(Pea3部位II+IIIおよびE2F部位が欠失)は33倍のE1a発現低下を示した。欠失変異体dl212(E2F部位が欠失)は20%のE1a遺伝子発現の低下を示した。dl220はWt HAd5と比較してE1a発現の有意な差を示さなかった。
【0045】
E1aエンハンサー要素中に存在するE2F部位の役割とそれらのE1a発現に対する影響を更に評価するために、E2F部位の単一変異および二重変異を作製し、E1a発現に対するこれらの変異の影響を検討した。アデノウイルス・エンハンサー要素はE2F転写因子の結合部位を、-225および-287に2つ有する(図11A)。個別のE2F結合部位、並びに両部位を合わせて変異させ、相同組換えによってHAd-5ゲノムに再構築した。変異体ウイルスに感染させたMRC-5細胞で、感染24時間後のE1aタンパク質発現を分析した(図11B)。これらの変異体ウイルスはE1a遺伝子発現に関してWt HAd5と比較して有意な差を示さず、E2Fは増殖停止させたMRC-5細胞におけるE1a遺伝子発現に重要な役割を果たしていないことが示唆された。感染24時間後に行ったQ-PCR分析は、Wt HAd5と比較して、dl212並びにdl212+275変異体ウイルスでは20から30%の低下を示したが、変異体ウイルスdl275はE1a遺伝子発現の低下を示さなかった(図11C)。これらの変異体ウイルスを用いて形質転換細胞系(A549)で行った研究では、E1a発現に有意な影響は見られなかった(データ未掲載)。
【0046】
我々は、種々の形質転換および非形質転換細胞において変異体ウイルスdl200+230が示すE1a発現および細胞傷害性を分析した。変異体ウイルスdl200+230(感染24時間後に、MRC-5細胞系において最も高いE1a発現低下を示し、A549細胞系においては有意な低下が見られなかった)を種々の非形質転換細胞系において試験し、Pea3結合部位IIおよびIII欠失の影響を評価した。IMR-90およびWI-38細胞系で行った研究はMRC-5細胞で得たのと同様の結果を示し、E1a発現の低下がMRC-5細胞に限定されるものではなく、他の非形質転換肺細胞系でも同様であることが示唆された。非形質転換細胞系では、dl200+230ウイルスは感染24時間後に検出可能なレベルのE1Aタンパク質発現を示さなかった。感染48時間後、変異体ウイルスはMRC-5およびIMR-90細胞は低レベルのE1a発現を示したが、WI-38細胞では示さなかった。変異体ウイルスとは対照的に、Wt HAd5のE1a発現は感染24時間後で検出され、感染48時間後には変異体からの発現をはるかに上回った(図12a)。我々は種々の形質転換細胞系(HeLa、panc-1、およびCalu-6)において変異体ウイルスの発現を試験し、感染24時間後のE1aタンパク質発現はdl200+230とWt HAd5の間で有意差がないことを見いだした(図12b)。我々は、種々の形質転換細胞系(Hela、Panc-1、Calu-6、およびA549)における感染4時間後、および非形質転換細胞系(MRC-5)における感染5日後のWt HAd5、ONYX-015、およびdl200+230ウイルスの細胞傷害性を比較した。変異体ウイルスdl200+230はWt HAd5と同等のレベルの細胞傷害性を示し、A549およびCalu-6細胞系におけるONYX-015より高い有効性を示した。非形質転換細胞系では、dl200+230はHAd-5に比較して細胞傷害性が非常に低く、ONYX-015と極めて近いレベルの安全性を示した(図13AおよびB)。
【0047】
HAd-5のE1a転写制御領域は、腫瘍細胞において異常発現するいくつかの転写因子の結合部位(2つのE2F結合部位および5つのPea3結合部位を含む)を含有する[19、20]。これまでの研究から、E1aのエンハンサー・ドメインの定義が試みられてきた;しかしながら、これらの研究は、アデノウイルス感染の天然のホストである非形質転換細胞ではなく悪性腫瘍細胞において実施されたものである。E1aエンハンサーをより正確に定義するため、E2FおよびPea3の欠失変異体を作製し、そのE1a発現に対する影響を非形質転換細胞において評価した。
【0048】
Pea3は多くの腫瘍細胞系で一般的に過剰発現される転写因子であり、浸潤性/転移性表現型を伴う(de Launoit, Y.ら (2000). The PEA3 group of ETS-related transcription factors. Role in breast cancer metastasis. Adv Exp Med Biol 480: 107-116)。欠失変異体TAV-255(Pea3結合部位IIおよびIII、並びに遠位E2F部位が欠失)は感染24時間後、33倍のE1a mRNA発現低下を示した。一方、欠失変異体dl200+230(Pea3結合部位IIおよびIIIが欠失しているが、遠位E2F部位は保持)は非形質転換細胞において感染24時間後、50倍のE1a mRNA発現低下を示した。これらの知見は、Pea3転写因子結合部位IIおよびIIIが非形質転換細胞におけるE1a発現の調節に重要な役割を果たしていることを示している。24時間後のE1aタンパク質発現はE1a mRNAでの知見と同様であった。興味深いことに、dl200+230(Pea3結合部位IIおよびIIIが欠失しているが、E2Fは保持)は最も高いE1a発現低下を示した。これらの結果は、E2F部位がE1a発現に最小限の影響しか与えず、E2f部位がE1a発現の初期段階で抑制物質として作用しうることを示唆している。実際、我々はトランスフェクション・アッセイにおいて、E2F部位の不活性化点変異によって、E2FによるE1aの転写活性化ではなく、E2Fの抑制機能の促進によってE1a発現が増加することを明らかにした(データ未掲載)。特定の条件下においてE2Fが転写抑制物質として機能する可能性はこれまでにも示唆されている(Weintraub, S. J., Prater, C. A.およびDean, D. C. (1992). Retinoblastoma protein switches the E2F site from positive to negative element. Nature 358: 259-261)。
【0049】
我々は、非形質転換細胞および形質転換細胞において、各Pea3部位のE1a転写に対する相対的な重要性の評価を行った。Pea3部位Iの欠失(dl87)は非形質転換細胞においてE1a発現に最小限の影響しか与えない。一方Pea3部位IIおよびIIIの欠失では、非形質転換細胞におけるE1a mRNA発現がそれぞれ約10および20倍低下した。Pea3部位IIおよびIIIの両方を欠失させると、非形質転換細胞におけるE1a mRNA発現は50倍低下した。E1a mRNA発現の低下に加え、E1aタンパク質の発現もこれらのPea3結合部位の欠失によって有意に低下する。E1aタンパク質は3つの非形質転換細胞系において感染24時間後に検出限界以下であり、感染48時間後には検出可能ではあるが非常に低かった。これらの結果は、これらのPea3部位が非形質転換細胞におけるE1aの効率的な発現に非常に重要であることを示唆している。しかしながら、非形質転換細胞においてはE1aが後期に低レベルで発現しうるため、これらのPea3部位はE1a発現の唯一の決定要因ではない。我々の知見は更に、Pea3部位IIおよびIIIの両方の欠失が一連の腫瘍細胞系において感染24時間後のE1a発現に対し、最小限の影響しか与えないことを示している。我々の腫瘍細胞系における結果は、Pea3部位IまたはIIIを単独で欠失させると、E1a遺伝子転写が感染5時間後で2-3倍しか低下しないという過去の研究と一致する(Hearing, P.およびShenk, T. (1983). The adenovirus type 5 E1A transcriptional control region contains a duplicated enhancer element. Cell 33: 695-703)。これらの過去の研究では、後期のE1aタンパク質発現の測定は行われていない。
【0050】
E2Fは、腫瘍細胞において一般的に、Rb経路の脱制御により過剰発現される転写因子である。サイクリン依存性キナーゼによるRbのリン酸化によりE2Fが放出され、その後これが転写制御ユニットに結合して、S期の開始を仲介する。我々の結果は、E1aキャップ部位の上流に位置するE2F結合部位の一方または両方の欠失が、非形質転換細胞系におけるE1a発現に最小限の影響しか与えないことを示している。特に、キャップ部位の最も近傍にあるE2F部位(-218から-225)の欠失はE1a mRNAまたはタンパク質発現に全く影響を与えなかった。キャップ部位から最も遠位のE2F部位(-281から-287)の欠失は、mRNA発現を30%低下させたが、ウェスタンブロット分析で測定したE1aタンパク質発現には有意な影響を与えなかった。両方の部位を欠失させると、E1a mRNA発現は20%低下したが、E1aタンパク質レベルはコントロールに比較して検出可能な差異を示さなかった。これらの結果は、E1aキャップ部位の上流に位置する2つのE2F転写因子結合部位の欠失が、非形質転換細胞におけるE1a発現にわずかな役割しか果たしていないことを示している。過去の研究に一致して、我々は、両方のE2F部位を欠失させることによって一連の腫瘍細胞系におけるE1a発現は最小限の影響しか受けないことを明らかにした(データ未掲載)(Bruder, J. T.およびHearing, P. (1989). Nuclear factor EF-1A binds to the adenovirus E1A core enhancer element and to other transcriptional control regions. Mol Cell Biol 9: 5143-5153)。
【0051】
E1aは初期のアデノウイルス遺伝子発現を調節し、効率的なウイルス増殖に必須である(Hearing, P.およびShenk, T. (1983). The adenovirus type 5 E1A transcriptional control region contains a duplicated enhancer element. Cell 33: 695-703)。Pea3部位IIおよびIIIの欠失によって一連の非形質転換細胞ではE1a発現が大幅に減弱されるが一連の腫瘍細胞ではE1a発現への影響がほとんど見られないため、これらのエンハンサー欠失変異体は腫瘍崩壊性ウイルスとして有用であり得る。我々はdl200+230(Pea3部位IIおよびIIIの二重欠失)の細胞傷害性を腫瘍細胞および非形質転換細胞において評価した。dl200+230の細胞傷害活性は一連の腫瘍細胞系においてはコントロール・ウイルスと同等であるが、非形質転換細胞においては最小限の細胞傷害性しか示さない(図13aおよびb)。これまでの研究から、dl1520(ONYX-015)は野生型ウイルスと比較して種々の腫瘍細胞系で有意に減弱されることが明らかになっている。腫瘍細胞においてdl1520の複製能が減弱されることは、E1b-55kが多機能性タンパク質であると言う事実と関連付けられている。p53への結合および不活性化に加え、E1b-55kは核膜を通じるmRNAの輸送に関与している。効率的なmRNA輸送が行われなければ、dl150は種々の腫瘍細胞系において効率的に複製しない。種々の癌患者(原発性頭部および頸部癌、結腸癌)の臨床研究により、有意な臨床反応が見られたのは少数の患者のみであり、ONYX-015の臨床開発は中断された。重要な多機能性タンパク質の欠失のためにウイルスの効力が無くなることによって、その腫瘍崩壊性ウイルスの臨床有効性は制限される。我々は、非形質転換呼吸器細胞における効率的なE1a発現およびHad5複製に重要である特異的転写因子結合部位を決定することによって、腫瘍崩壊性ウイルスの開発に取り組んだ。内因性E1aエンハンサーからのPea3部位の欠失は、腫瘍崩壊性ウイルスの開発の際に、いくつかの利点を有する。第1に、E1aの腫瘍選択的発現を行うために非相同DNA配列を導入することがない。第2に、E1aは細胞のアデノウイルス感染後に発現される最初の遺伝子であり(この遺伝子はその後の初期ウイルス遺伝子発現を調節する)、ほぼ、コントロールのアデノウイルス感染で観察されるのとほぼ等しいレベルで発現される。第3に、多機能性E1b-55k遺伝子は無傷のままである。
【0052】
図14および15にAd5またはプロモーター欠失ウイルス(TAV-255)に感染させた正常細胞(WI-38)および腫瘍細胞(A549)細胞の顕微鏡写真を示す。正常細胞では、TAV-255感染後7日目までに、ウイルスが介在する細胞傷害性の証拠は見られない。一方Ad5に感染させた正常細胞では大量の細胞死が観察される。腫瘍細胞(A549)では、Ad5およびTAV-255のいずれでも、感染3日後で大量の腫瘍細胞死が観察される。従って、TAV-255は腫瘍細胞を選択的に溶解し、正常細胞は溶解しない。
【0053】
要約すると、我々はE1a転写機構が非形質転換細胞と形質転換細胞の間で明らかな相違を示すことを発見した。更に我々は、非形質転換細胞系における研究では、E1aエンハンサーはこれまでの認識より広い領域に及び、より複雑であることを見いだした。これらの結果は、(E2F結合部位ではなく)Pea3転写因子結合部位IIおよびIIIが一連の非形質転換細胞におけるE1aの効率的な発現に重要であるが、形質転換細胞においてはそうではないことを示している。これらの結果は、Pea3転写因子結合ドメインIIおよびIIIの選択的欠失が有効な腫瘍崩壊活性を有しうることを示唆している。
【0054】
IV.改変型制御配列
ある態様では、E1a制御配列を改変する。「改変型制御配列」は野生型配列に比較して1つまたはそれ以上のヌクレオチドの欠失、置換、または付加を有する。ある態様では、転写因子結合部位の配列を、例えばその一部の欠失によって、または1つの点変異を結合部位に挿入することによって、転写因子の親和性が低下するように改変してもよい。欠失変異は、他の変異体型より向上された安定性を示してもよい。好ましくは、改変型制御配列によって新生細胞では発現が起こるが正常細胞では発現が減弱する。それらの改変型制御配列をウイルスベクターまたは形質転換細胞内で使用してもよく、これについては以下に更に記載する。
【0055】
A.欠失変異体
ある態様では、改変型E1a制御配列(E1a転写制御領域)は欠失変異体である。すなわち、野生型の制御配列に比較して1つまたはそれ以上のヌクレオチドが欠失している。
【0056】
欠失ヌクレオチドは、連続していて1つの欠失領域を成していてもよい。この場合、総欠失(total deletion)は欠失領域と同じである。別の態様では、欠失は連続的でない。ある態様では、総欠失は1、2、3、4、またはそれ以上の欠失領域を含有する。ある態様では、総欠失は3つの欠失領域を含有する。別の態様では、総欠失は2つの欠失領域を含有する。特に記載しない限り、「欠失」という用語は「総欠失」および/または任意の1もしくはそれ以上の「欠失領域」の特性を記述するために使用する。
【0057】
ある態様では、欠失(総欠失および/または任意の欠失領域)は約1から約400、約1から約300、約1から約200、約1から約100、約50から約100、約25から約75、約5から約50、約5から約25、または約5から約10ヌクレオチドである。別の態様では、欠失は約100、約90、約50、約30、約10、または約5ヌクレオチドである。別の態様では、欠失は250もしくはそれ未満、150もしくはそれ未満、100もしくはそれ未満、90もしくはそれ未満、50もしくはそれ未満、30もしくはそれ未満、20もしくはそれ未満、15もしくはそれ未満、12もしくはそれ未満、11もしくはそれ未満、10もしくはそれ未満、9もしくはそれ未満、8もしくはそれ未満、7もしくはそれ未満、6もしくはそれ未満、または5もしくはそれ未満のヌクレオチドである。
【0058】
ある態様では、少なくとも1個のヌクレオチドがE1a制御配列の-255から-393、-304から-393、-255から-305、-265から-270、または-293から-299の領域において欠失している。
【0059】
ある態様では、エンハンサー領域(-141から-305)内の少なくとも1つのヌクレオチドが保持されている(すなわち欠失していない)。別の態様では、Pea3 II部位(-1から-255)の近傍の少なくとも1つのヌクレオチドが保持されている。更に別の態様では、Pea3 V部位(-395から-498)から遠位にある少なくとも1つのヌクレオチドが保持されている。別の態様では、少なくとも1つのヌクレオチドが以下の範囲の1つ中に保持されている:-1から-255、-141から-305、および-395から-498。
【0060】
前述のように、Pea3およびE2Fはプロモーター配列に結合する転写因子である。E1a制御配列は5つのPea3結合部位(Pea3 I、Pea3 II、Pea3 III、Pea3 IV、およびPea3 Vと称する)を有し、Pea3 IはE1a開始部位の最も近傍に、Pea3 Vは最も遠位にあるPea3結合部位である。また、E1a制御配列は2つのE2F結合部位(本明細書ではE2F IおよびE2F IIと称する)を含有し、E2F IはE1a開始部位の最も近傍に、E2F IIはより遠位にあるE2F結合部位である。結合部位はE1a開始部位から順に以下のように配列している:Pea3 I、E2F I、Pea3 II、E2F II、Pea3 III、Pea3 IV、およびPea3 V。
【0061】
ある態様では、これら7つの結合部位の少なくとも1つまたはその機能性部分が欠失している。「機能性部分」は、欠失するとそのそれぞれの転写因子(Pea3およびE2F)への結合部位の機能性(例えば結合親和性)が低下するような結合部位の部分である。ある態様では、結合部位全体が1つまたはそれ以上が欠失している。別の態様では、1つまたはそれ以上の結合部位の機能性部分が欠失している。「欠失した結合部位」は、結合部位全体の欠失および機能性部分の欠失の両方を包含する。2つまたはそれ以上の結合部位を欠失させる場合、結合部位全体の欠失および機能性部分の欠失を任意の組み合わせで用いてもよい。
【0062】
他方、ある態様では、少なくとも1つの結合部位またはその機能性部分はE1a制御配列中に保持されている(例えば、欠失していない)。結合部位の少なくとも機能性部分を保持させることにより、それぞれの転写因子への結合親和性が実質的に保持される。「保持された結合部位」は結合部位全体を保持することおよびその機能性部分を保持することを含む。2つまたはそれ以上の結合部位を保持させる場合、結合部位全体の保持および機能性部分の保持を任意の組み合わせで用いてもよい。
【0063】
ある態様では、少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失している。Pea3結合部位の欠失はPea3 I、Pea3 II、Pea3 III、Pea3 IV、および/またはPea3 Vであってもよい。ある態様では、Pea3結合部位の欠失はPea3 II、Pea3 III、Pea3 IV、および/またはPea3 Vであってもよい。別の態様では、Pea3結合部位の欠失はPea3 IVおよび/またはPea3 Vである。別の態様では、Pea3結合部位の欠失はPea3 IIおよび/またはPea3 IIIである。別の態様では、Pea3結合部位の欠失はPea3 IIおよびPea3 IIIの両方である。
【0064】
別の態様では、Pea3 I結合部位またはその機能性部分が保持されている。
【0065】
ある態様では、少なくとも1つのE2F結合部位またはその機能性部分が欠失している。
【0066】
別の態様では、少なくとも1つのE2F結合部位またはその機能性部分が保持されている。ある態様では、保持されるE2F結合部位はE2F Iおよび/またはE2F IIである。別の態様では、保持されているE2F結合部位はE2F IIである。
【0067】
別の態様では、総欠失は本質的に1つまたはそれ以上のPea3 II、Pea3 III、Pea3 IV、および/もしくはPea3 V、またはその機能性部分から成る。換言すると、その他の結合部位(残りのPea3部位および両E2F結合部位)は保持される。
【0068】
ある態様では、欠失変異体はdl309-6、dl340-12、TAV-255、dl87、dl55、dl275、dl200、dl212、dl220、dl230、dl200+230、またはdl212+275である。ある態様では、欠失変異体はdl309-6、TAV-255、dl55、dl200、dl230、またはdl200+230である。別の態様では、欠失変異体はTAV-255、dl55、dl200、dl230、またはdl200+230である。ある態様では、欠失変異体はTAV-255である。
【0069】
V.E1aアイソフォーム12Sおよび13Sの選択的発現
前記のように、-305から-255の領域を除去したアデノウイルス・エンハンサーの欠失(TAV-255)によってE1aの腫瘍選択的発現およびこのウイルスの腫瘍細胞における優先的複製が起こる。過去の研究で明らかにされているところによれば、E1aはアポトーシス促進活性を有するので(Flinterman, Gakenら 2003)、E1aの腫瘍選択的発現によって腫瘍細胞の死滅を促進できる可能性が高い。アデノウイルスE1aタンパク質は、RNAスプライシング(主に13s、12s、および9s mRNAを生ずる)によって修飾されたタンパク質の複合体である。
【0070】
我々は、非形質転換細胞および形質転換細胞においてE1a-13S遺伝子産物を選択的に発現するように改変したアデノウイルスの発現、ウイルス複製、および溶解活性を、天然型E1aプロモーターから発現させた場合およびエンハンサー欠失(TAV-255)を保有するベクター(腫瘍細胞においてE1aの選択的発現を促進する)から発現させた場合で評価した。我々は、13s遺伝子産物を選択的に発現するウイルスが一連の腫瘍細胞において289Rタンパク質を効率的に発現し、このウイルスの複製および溶解活性が野生型Ad5と同等であることを明らかにした。一方、増殖停止非形質転換細胞では腫瘍細胞に比較してE1a 13s発現が顕著に遅延および減弱されることも明らかになった。13s限定ウイルスをdl1520(Onyx-015)と比較した。13s限定ウイルスは非形質転換細胞においてdl1520と同程度に減弱され、試験したいくつかの腫瘍細胞系においては明らかにdl1520より有効性が高かった。これらの結果は、13s限定ウイルスの腫瘍選択的発現に基づく腫瘍崩壊性ウイルスベクターが実現可能であり、腫瘍細胞においてはウイルスを効率的に複製させ、非形質転換細胞においてはウイルス複製を厳格に制限することができることを示している。
【0071】
E1aタンパク質の発現の評価を増殖停止WI-38細胞(非形質転換二倍体肺線維芽細胞)(Hayflick and Moorhead 1961)で行った。結果(図16a-b)は、野生型アデノウイルスでの感染によって2つのタンパク質の発現が起こることを示している。289アミノ酸タンパク質が13s mRNAから誘導され、243アミノ酸タンパク質が12s mRNAから誘導される。12s mRNAはmRNAスプライシング産物であり、13s mRNAとの違いは、他の初期ウイルス遺伝子をトランス活性化するように機能する内部ドメインが除去されていることである。WI-38細胞では、243アミノ酸タンパク質が優占種であった。両種の量は感染後24時間から48時間の間に増加し、その後、感染72時間後までに289アミノ酸産物の相対量は大幅に低下する。一方、野生型ウイルスであるPM975ウイルス(E1aの289アミノ酸型を限定的に発現)はE1a発現開始の顕著な遅延を示し、感染48時間後まで観察されなかった。更に、E1aの289Rアイソフォームの量は、感染24および28時間後で、野生型ウイルスと比較して実質的に低い。感染72時間後までに、289Rアイソフォームの量は野生型ウイルスおよびPM975間で同等となる;しかしながら、E1aタンパク質の総発現量はPM975で有意に低く、これは優占種である243Rが生成されないためである。同様の結果が、別の非形質転換細胞系(MRC-5)において見られる(図16b)。
【0072】
野生型アデノウイルスおよびPM975からのE1a発現の開始を、2つの腫瘍細胞系A549 (肺)およびPanc-1(膵臓)で評価した。結果を図17a-bに示す。非形質転換細胞では感染48時間後までに大型のE1aの検出可能な発現が観察されなかったのとは対照的に、腫瘍細胞系においては感染8時間から24時間後までに289Rの発現が検出された。WI-38細胞では最も早い時点においてでもE1aの243R種の量が最も多かったが、腫瘍細胞では早期の時点における289Rおよび243R種の量は同等であり、感染後の最も早い時点では243Rアイソフォームを上回って289Rアイソフォームが主として発現された。感染の経過にわたって、腫瘍細胞系では243R種の優先的蓄積が感染48から72時間までに観察された。PM975からのE1aの289R型の発現は各細胞系において野生型ウイルスで観察された発現と同等であり、発現のピークは感染後約24時間で起こったが、感染48時間後および72時間後でも継続して多量の発現が見られた。感染72時間後のPM975からの289R種の量は、野生型ウイルスに感染させた細胞において発現される289Rの量と同等またはそれ以上であった。
【0073】
我々は、dl1500(増殖停止させた非形質転換(WI-38およびMRC-5)細胞および腫瘍(A549およびPanc-1)細胞において243Rアイソフォームのみを発現するウイルス)からのE1aの243Rアイソフォーム発現の開始を評価した。dl1500で感染させた細胞における243Rアイソフォームの発現は、野生型ウイルスに感染させた細胞と比較して遅い。243Rアイソフォームの発現の遅延は、いずれの非形質転換細胞系(WI-38およびMRC-5)でも観察された(図18aのパネルaおよびb)。野生型ウイルスでは感染24時間後で243Rアイソフォームの発現が明らかである;しかしながらdl1500では、感染24時間後で検出レベルと同じか、それ未満であった。いずれの細胞系でも、dl1500での感染後、48時間までに243Rアイソフォームの発現が明らかとなり、感染72時間後までに野生型ウイルス感染後に観察される量とほぼ等しくなる。非形質転換細胞系と異なり、腫瘍細胞系では243Rアイソフォームの発現はdl1500での感染の16から24時間後で明らかである。(図18bのパネルaおよびb)。比較のために、WI-38およびA549細胞での一定時間にわたるE1aの発現を示す(それぞれ図19のパネルaおよびb)。WI-38感染細胞からのE1a発現の開始は、(特にdl1500に感染させた細胞において)明らかに遅延されている。
【0074】
我々は既に、2つのPea3部位および1つのE2f部位を除去したE1aプロモーターの欠失を有するウイルス(TAV-255)からのE1a発現の開始が遅延することを報告した。我々はこの50bpの欠失を、E1aの289R型を選択的に発現するベクターに導入し、WI-38およびA549細胞におけるE1a発現の開始を比較した。
【0075】
我々は、1)Ad5、PM975、およびTAV-13sに感染させた増殖停止WI-38細胞におけるE1a発現の開始を、24時間、48時間、および72時間で評価した(MOI=5)。これらの結果は、TAV-13SではE1aの発現が感染72時間後までで検出レベルと同等またはそれ未満であることを示している(図20参照)。
【0076】
1)Ad5、PM975、およびTAV-13sに感染させたA549細胞の24、48、および72時間後(MOI=5)のE1aのウェスタンブロットは、TAV-13sからのE1a発現がA549細胞における野生型ウイルスまたはPM975と比較して有意な遅延を示さないことを示している。
【0077】
図21は、WI-38細胞においてdl309、PM975、dl1520、またはdl1500による感染7日後(MOI=30)、およびA549、Panc-1、LnCap、およびHep3bによる感染5日後(MOI=3)の細胞の生存率を示す。これらの結果は、E1aの289RアイソフォームおよびE1aの243Rアイソフォームを排他的に発現するウイルス(それぞれPM975およびdl1500)が、非常に高いMOI(30)でも感染7日後まで細胞生存に最小限の影響しか与えないことを示している。これら2つのE1a限定ウイルスの細胞傷害性は、野生型ウイルス(dl309)またはE1b-55k欠失ウイルス(dl1520)のいずれよりも顕著に低かった。腫瘍細胞系の細胞生存能を、感染5日後(MOI=3)(WI-38細胞での実験のウイルス添加量より1 log低い)で評価した。結果は、これらの腫瘍細胞系をE1aの289R型を発現するウイルス(PM975)に感染させると、dl1520またはdl1500のいずれと比較しても細胞傷害性が高く、これらの細胞系におけるPM975での細胞傷害性のレベルは野生型ウイルスと同等であることを示している。
【0078】
Ad5のE1a遺伝子はmRNAスプライシングによって加工され、5つの異なるアイソフォーム;13S、12S、11S、10S、および9Sを生ずる。主たる型である13Sおよび12Sは、2つのE1aタンパク質(それぞれ289Rおよび243R)をコードし、アデノウイルスに感染した細胞においてウイルスおよび細胞遺伝子の両方の転写を制御し、これらはアデノウイルスの複製に必須である。289R型は初期アデノウイルス遺伝子:E2、E3、およびE4の転写を活性化する重要な転写活性化ドメインを含有する(Berk, Leeら 1979;JonesおよびShenk 1979)。このドメインはスプライシングによって除去されてE1aの243Rアイソフォームを生じ、243R型のみを発現するウイルスは初期ウイルス遺伝子からの発現をトランス活性化することができない(Montell, Courtoisら 1984)。E1aはc-Fos、c-Jun、およびc-Mycを含む細胞遺伝子の発現を誘導し、c-erbB2および上皮細胞増殖因子受容体の転写を抑制する。E1aタンパク質は、重要な細胞周期タンパク質(pRB、p27、サイクリンA、サイクリンE、CtBP、およびp300/CBPなど)との相互作用によって静止細胞を細胞分化に移行させることができる。
【0079】
過去の研究で、E1aの289R型を選択的に発現するように遺伝子操作したアデノウイルスでは、増殖停止WI-38細胞において早期および後期ウイルスタンパク質はほぼ正常に発現するが、ウイルスDNA合成は減弱することが明らかにされている(Spindler, Engら 1985)。それらの著者は、増殖停止WI-38細胞を天然ウイルス感染のモデルとして使用し、増殖停止細胞においては感染24から36時間後のウイルスDNA合成がコントロール・レベルの20-30%まで低減するが、増殖中の(やや集密な)WI-38細胞またはHela細胞では低下しないことを明らかにした。E1aの289R型だけを発現するウイルスで感染した細胞ではウイルスDNA合成の減弱が観察されたが、初期のウイルスmRNA発現に有意な差は見られず、また、初期または後期のいずれのウイルスタンパク質合成でも差異は見られなかった。しかしながら、初期ウイルスタンパク質発現の測定は、E1a発現の分析ではなく、E1bおよびE2タンパク質の分析によって行われた。過去に報告されている研究とは異なり、我々が明らかにしたところによれば、増殖停止させた非形質転換(WI-38およびMRC-5)細胞をE1aの289Rアイソフォームのみを発現するアデノウイルス(PM975)に感染させた場合、同じ細胞を野生型ウイルス(dl309)に感染させた場合に比較して、E1aの発現開始が有意に遅延され、その量は減少する。非形質転換細胞において、289Rの発現は感染48時間後まで観察されなかったが、野生型Ad5からのE1a発現は非形質転換細胞において24時間以内に観察された。観察される場合でも、E1aの量はコントロールのレベルに比較して大幅に低下している。我々は、従前の研究を発展させ、dl1500に感染させた場合、増殖停止WI-38細胞におけるE1aの243R型の発現が野生型ウイルスの場合に比較して遅延されることを示す。これらの結果は、正常なE1aプロセシングが行われなければ、増殖停止非形質転換細胞におけるE1aの289Rおよび243R型の発現がいずれも遅くなり、量が低下することを示している。
【0080】
E1aを加工し、スプライシング型を改変してそれらの非形質転換細胞において289R型を効率的に発現させる必要性は、腫瘍細胞ではそれほど高くない。我々は、PM975およびdl309に感染させた腫瘍細胞からのE1a発現を評価した。それらの研究の結果は、腫瘍細胞系が感染後8時間という早さでE1aの289R型を発現し、腫瘍細胞系において効率的に289R型を発現させるためにE1aを加工してスプライシング型を改変する必要はないということを示している。非形質転換細胞系とは異なり、289Rしか発現しないウイルス(PM975)に感染させた腫瘍細胞系で発現される289Rの量は、野生型ウイルス(dl309)に感染させた細胞からの289R発現量と等しいか、それ以上となり得る。
【0081】
野生型ウイルス(dl309)、E1b-55k遺伝子が欠失したウイルス(dl1520/Onyx-015)、そして、E1aの298Rおよび243R型を選択的に発現するウイルス(それぞれPM975およびdl1500)に感染させた細胞の生存能を測定した。増殖停止WI-38細胞においては、PM975またはdl1500のいずれかにMOI=30という高さまで感染させた後、7日後までに生存能の有意な低下は観察されなかった。これらの結果は、E1aスプライシング産物がいずれかのE1aアイソフォームに限定されることによって、非形質転換増殖停止細胞におけるこれらのウイルスの溶解活性が大幅に低下しうることを示している。一方、PM975は試験した腫瘍細胞系において、野生型ウイルスとほぼ同じレベルの有効な溶解活性を有する。更にこの分析は、PM975が試験した細胞系において、dl1520(Onyx-015)と比較して溶解活性を有することを示している。E1aはアデノウイルスによって生成される最初のタンパク質であるため、このタンパク質を289R型に選択的に限定させることには、腫瘍崩壊性ウイルスとしての大きな可能性を有する。
【0082】
更にE1a発現を腫瘍細胞に限定させ、非形質転換細胞におけるE1a発現を制限するために、2つのPea3部位および1つのE2F部位を含有するE1aプロモーターの短鎖領域の欠失(TAV-255)を、E1aの298R型を選択的に発現するウイルスに導入した。我々は、このウイルスが増殖停止WI-38細胞においてはE1a発現を顕著に減弱させるが、A549細胞における289Rの発現はA549細胞における野生型ウイルスと同等であることを見いだした。このプロモーター欠失の導入により、非形質転換細胞におけるE1aの発現を最小限とすることができる。
【0083】
同じコード配列から複数のmRNAが差次的に発現されることによって、コンパクトなゲノムからの複雑なアデノウイルス遺伝子発現と、感染の異なる時点における異なるmRNAの蓄積が可能となる。E1a mRNA前駆体は異なるスプライシングを受けて13S、12S、および9S mRNAとなり、13S mRNAは感染初期に優位であり、12S/9Sは感染後期に優位となる。これらのmRNAは共通の3'スプライス部位に結合した異なる5'スプライス部位を用いて生成される(Imperiale, Akusjnarviら 1995)。ウイルスmRNAスプライシングの過程は細胞スプライシング因子に依存し、13Sから12Sおよび9S mRNA発現への切り替えはウイルス感染経過中の特定のスプライシング因子の漸増(titration)によるものと考えられる(Gattoni, Chebliら 1991;Larsson, Kreiviら 1991;Himmelspach, Cavalocら 1995)。E1a 13sのスプライス制御因子の過剰発現によって正常なE1aスプライシングが損なわれると、後期mRNAの蓄積が低減し、ウイルス生成量が低下しうる(MolinおよびAkusjarvi 2000)。我々は、289R型に限定されたE1aのスプライシングによって、非形質転換細胞における289Rの発現は減弱されるが、腫瘍細胞における289Rの発現開始は中程度の影響しか受けず、野生型ウイルスに感染させた場合より高いレベルまで289Rの蓄積が起こりうることを明らかにした。この効果を説明するものとして考えられるのは、PM975に感染させたWI-38細胞におけるウイルスDNA合成の開始の遅延である(Spindler, Engら 1985)。新たなウイルスDNA合成はmRNAのプロセシングに影響を与えうるため(Larsson, Kreiviら 1991)、新たなウイルスDNAの合成の遅延は増殖停止WI-38細胞におけるE1aプロセシングに影響を与えうる。一方、腫瘍細胞は脱制御された増殖をするため、ウイルスDNA合成の開始は遅延されず、243Rが発現しなくても289Rの発現を促進する可能性がある。
【0084】
要約すると、ウイルスの腫瘍選択的複製およびウイルスによる腫瘍細胞選択的溶解が腫瘍崩壊性ウイルスのコンセプトの基礎である。腫瘍崩壊性ウイルスのプロトタイプはOnyx-015(dl1520)である。このウイルスはE1b-55k遺伝子が欠失しており、これによってウイルスは腫瘍選択的に複製し、結果として正常細胞は無傷のままで腫瘍は選択的に溶解される。我々は一連の非形質転換細胞および形質転換細胞において、E1a-289Rだけを発現するウイルスの腫瘍崩壊活性をdl1520と比較した。我々は、E1aの289R型のみに限定されたE1a発現によって、試験した両方の非形質転換細胞でウイルスはdl1520より減弱されることを見いだした。更に我々は、298R型のみに限定されたE1a発現によって、試験した腫瘍細胞系でウイルスの腫瘍崩壊性がより高くなることを明らかにした。289R限定ウイルスは、試験した細胞系においてdl1520より有効性が高く、これらの腫瘍細胞系において野生型Ad5で観察される細胞傷害性レベルに匹敵するものであった。限定されたE1a発現により、おそらくは報告されているE1aプロモーターの欠失と併せて、腫瘍細胞における野生型溶解活性に近い活性を有し、非形質転換細胞では非常に限られた溶解活性しか示さない腫瘍崩壊性ウイルスベクターが得られうる。
【0085】
従ってある態様では、少なくとも1つのE1aアイソフォームを選択的に発現する組換えウイルスを提供する。アイソフォームの「選択的発現」とは、選択されたアイソフォームが(mRNA発現による測定で)1つまたはそれ以上の他のアイソフォームより多く発現されることを意味する。ある態様では、1つのアイソフォームが野生型の発現とほぼ同じレベルで発現され、1つまたはそれ以上の他のアイソフォームの発現が減弱される。ある態様では、選択されたアイソフォームの発現は野生型発現の少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、または少なくとも99%である。別の態様では、1つまたはそれ以上の他のアイソフォームの発現は野生型発現の25%以下、15%以下、10%以下、5%以下、3%以下、または1%以下まで減弱される。
【0086】
いくつかの態様では、組換えウイルスは少なくとも1つのアイソフォームを実質的に発現しない。この場合、アイソフォームの発現は野生型発現の25%以下、15%以下、10%以下、5%以下、3%以下、または1%以下まで減弱される。
【0087】
ある態様では、組換えウイルスはE1a-12Sを選択的に発現する。ある態様では、組換えウイルスはE1a-13Sに比較してE1a-12Sを選択的に発現する。更に別の態様では、組換えウイルスはE1a-12Sを選択的に発現し、E1a-13Sを実質的に発現しない。
【0088】
ある態様では、組換えウイルスははE1a-13Sを選択的に発現する。ある態様では、組換えウイルスはE1a-12Sに比較してはE1a-13Sを選択的に発現する。更に別の態様では、組換えウイルスははE1a-13Sを選択的に発現し、E1a-12Sを実質的に発現しない。
【0089】
IV.E1b 19Kクローン・インサート
E1プロモーターの改変により、一連の腫瘍細胞系においてE1aおよびE1bタンパク質が選択的に発現される。腫瘍細胞ではE1タンパク質の早期かつ多量発現はE1プロモーター改変体に感染させた起こるが、非形質転換細胞ではより遅い時点で低レベルのタンパク質発現が起こる。しかしながら、この低レベルのタンパク質発現は、試験した非形質転換細胞において感染7日後までに有意な細胞溶解を起こすには不十分であった。一方、E1aおよびE1bの多量発現は、腫瘍細胞では感染後8から12時間後という早さで観察され、一連の腫瘍細胞系において感染3日後に大量の細胞死が観察された。これらの知見は、E1aプロモーター欠失ベクターを、腫瘍細胞における選択的タンパク質発現の有効なプラットフォームとして使用できうることを示している。更に、このベクターを用いて、正常細胞に低レベルのタンパク質を送達することもできうる。従って、E1aプロモーター欠失ベクターは、1)腫瘍細胞に感染させる場合は有効な腫瘍崩壊性、そして2)非形質転換細胞に感染させる場合は有効な免疫活性化またはワクチン特性を有する、有効な二重機能発現ベクターでありうる。我々は、腫瘍崩壊性ワクチンとしてのこのベクターについて記載する。我々は更に、目的のDNA配列をクローニングするための部位としての、E1b-19k領域の新規の利用法について記載する。E1b-19kをクローニング部位として使用することにより、E1aおよびE1b-55kウイルスタンパク質を無傷のまま保持することができる。これらの重要なウイルスタンパク質が保持されることにより、一連の腫瘍細胞系において野生型ウイルスのレベルに匹敵するウイルス複製が可能となる。
【0090】
上記のように、E1aの腫瘍選択的発現は内因性E1プロモーターの改変によって行うことができる。従って、改変されたE1aエンハンサーを用いて導入遺伝子の選択的発現を行うことができる。これまで、アデノウイルスへの遺伝子のクローニングは一般に、全E1aカセットを欠失させ、目的の導入遺伝子で置換すること(一般的にはCMVプロモーターのような強力なプロモーターの制御下で)を伴うものであった。しかしながら、この方法ではこれらの導入遺伝子を腫瘍選択的に発現させることはできない。我々はアデノウイルスにおけるクローニング部位としてのE1b-19kの使用に関して報告する。これまでにこの領域をクローニング部位として使用した文献は報告されていない。E1ユニットは2つの主な遺伝子、E1aおよびE1bから成り、これらはいずれも、種々のタンパク質を生成する複数のスプライシング産物を有する。主なE1aタンパク質は289Rおよび243Rと称され、主なE1bタンパク質はE1b-19kおよびE1b-55kである。
【0091】
E1b 19k遺伝子座は、いくつかの理由によって、クローニング部位として使用できる。まず、E1aは効率的なウイルス複製に必須であり、この遺伝子の崩壊により効率的なウイルス複製が重度に損なわれうる。従って、これは導入遺伝子の理想的なクローニング部位ではない。第2に、E1b-55k遺伝子は多機能性タンパク質であり、p53の結合および不活性化、並びに核膜を通じるmRNAの輸送に関与している。E1b-55k遺伝子の欠失は、Onyx-015がp53の変異を伴う腫瘍に選択的であるという提案の根拠であった。しかしながら、E1b-55kの欠失は、核から細胞質へのmRNAの効率的な輸送も阻害する。従って、E1b-55k遺伝子の欠失によって、ウイルスは多くの癌細胞系で十分複製されない、機能不能なものとなる。よって、これは導入遺伝子の理想的なクローニング部位ではない。第3に、E1b-19k遺伝子は主に抗アポトーシス遺伝子として機能し、細胞抗アポトーシス遺伝子、BCL-2のホモログである。子孫ウイルス粒子の成熟化の前にホスト細胞が死滅するとウイルスの複製が行われなくなるため、E1b-19kをE1カセットの一部として発現させて成熟前細胞死を阻止し、それによって感染を進行させ、成熟ウイルス粒子を産生させることができる。多くの腫瘍細胞は、例えばBCL-2の過剰発現によって、アポトーシス・シグナルに打ち勝つ能力を獲得しているため、E1b-19kは腫瘍細胞において潜在的に過剰にあり、遺伝子およびDNA配列を挿入するための部位を提供するために分断することができうる。しかしながら、E1b-19kはE1b-55遺伝子のスプライス産物であり、E1b-55kを分解せずにE1b-19k領域にクローニングすることは技術的に困難である。E1b-19k領域の遺伝子クローニング部位としての使用に関する文献は報告されていない。我々は、E1b-55k遺伝子の分断を行わずに、遺伝子をE1b-19k遺伝子へ選択的にクローニングすることができることを示す。
【0092】
我々は、外来遺伝子(TNFおよび変異型krasペプチドなど)をE1b-19k領域にクローニングすることができ、これらの遺伝子が効率的に発現されることを示す。我々は更に、E1b-19kからの導入遺伝子を発現するウイルス、および、E1aプロモーターが欠失しておりE1b-19k領域に遺伝子が挿入されているウイルスの有効な抗腫瘍効果を示す。
【0093】
図24に示すように、E1b領域は複数のタンパク質をコードし、これらは異なるmRNA開始部位およびスプライシング生成によって規定される。E1b-19およびE1b-55kは重複した配列を有するが、mRNA開始部位が異なる。E1b-19kの開始部位に続く202塩基対領域を欠失させ、E1b-19k領域内のクローン部位とした。E1b-55k開始部位は損傷されていないため、E1b-55kの発現は保持される。
【0094】
フローサイトメトリーによって行ったE1b-19kから発現されたTNFの表面発現分析を図28に示す。この結果は、a)R-40マウス膵臓癌およびb)MiaPaca膵臓癌細胞系におけるAd19k TNFからのTNFの多量発現を示している。コントロールとして、TNFを一般的に使用されるアデノウイルス発現ベクターに挿入した(ウイルスのE1領域が欠失し、TNFが挿入されている)。TNFの発現は、CMVプロモーター(アデノウイルス発現ベクターに一般的に使用される強力なプロモーター)の制御下にある。このベクターをdE1a-TNFと称する。我々は既に、広範な腫瘍細胞タイプにおいて検出可能なTNF発現を起こさせるためには非常に高力価のこのベクターが必要であることを明らかにしている。この研究では、dE1a-TNFを750プラーク形成単位(pfu)/細胞で使用する。750 pfu/細胞の使用で、およそR40細胞の30%およびMia-Paca細胞の85%が検出可能なTNFの表面発現を示した。Ad19k TNFベクターの細胞溶解物を細胞に添加し、細胞表面上のTNF発現を測定した。ウイルス粒子の正確な濃度は、この実験では測定しなかった;しかしながら、その後の研究で、我々はAd19k TNFを2 pfu/細胞で使用すると、dE1a-TNFベクターを750 pfu/細胞で使用した場合と同等またはそれ以上のTNF発現を示すことを明らかにした。今回の研究の結果は、R-40細胞の70-80%がAd19k TNFベクター感染後にその表面にTNFを発現し、これに対してdE1a-TNFベクターに感染させた場合では細胞のわずか約30%であることを示している。Mia-PaCa細胞では、dE1a-TNFベクターを750 pfu/細胞で使用して感染させると細胞の約80%が検出可能なTNF発現を示すのに対し、Ad19k TNFベクターの溶解物に感染させた場合はTNFが発現するのは細胞の約15-25%である。フローサイトメトリーのデータを示す詳細な分析を図5bおよび5cに示す。要約すると、このデータは生物学的に活性なTNFの発現をAd19k TNFベクターから行うことができることを示している。
【0095】
細胞生存能アッセイを非形質転換細胞において、感染後3日目および5日目に行った(図29)。これらの結果は、最も高いMOIのAd5で中度の細胞傷害性を示した以外は、細胞死は試験した全てのウイルスで最低限であることを示している。Ad5およびAd19k TNFウイルスでは、感染後5日目に高度な細胞死が観察される。注目すべきことに、プロモーター欠失ウイルス(TAV-255)では最も高いMOIで感染後5日目に検出可能な細胞死が見られない。TNFを発現する非複製ウイルスは、最も高いMOIで感染後5日目に細胞死を示していない。
【0096】
細胞生存能アッセイを形質転換細胞(A549)において感染後3日目および5日目に行った(図30)。これらの結果は、Ad5、TAV、およびAd19k TNFウイルスでは低MOIで高度な細胞死が起こり、dl1520では最も高いMOIで中度の細胞死が見られることを示している。感染後5日目で、Ad19k TNFウイルスではMOI=0.1で顕著な細胞死が見られ、Ad5のみで観察されものより明らかに高度であった。TNFを発現する非複製ウイルスでは最も高いMOIで感染後5日目までに細胞死を示さず、dl1520では最も高いMOIで中度の活性を示している。
【0097】
形質転換細胞(Panc-1)において、感染後3日目および5日目に細胞生存能アッセイを行った(図31)。これらの結果から明らかなように、Ad5、TAV、およびAd19k TNFウイルスでは低MOIで高度な細胞死が見られ、dl1520では最も高いMOIで中度の細胞死が見られる。感染後5日目で、Ad5、TAV、およびAd19k TNFウイルスではMOI=0.1で顕著な細胞死が見られ、これはTNFを発現する非複製ウイルスで観察されるもの(感染後5日目に最も高いMOIで細胞死は観察されない)より有意に高度である。dl1520で細胞溶解活性が見られるが、TAVおよびAd19k TNFと同様の細胞傷害性を得るためには、より高いMOIを必要とする。
【0098】
フローサイトメトリーを用いたAdTAV19kmmTNFによるTNF表面発現の分析(図32):この分析は、a)CaLu-6、b)LnCap、およびc)Hep3b癌細胞系においてAdTAV19k TNFから多量のTNFが発現されることを示している。感染重度(MOI)=2(2 pfu/細胞に相当)で腫瘍細胞の100%に近いTNFの多量発現が起こる。コントロールとして、dE1a-TNF(MOI=750)を示す。この高MOIでは、これらの細胞系における90%を超える細胞が検出可能なTNF発現を起こす。一方、Ad19k TNFを2-5 pfu/細胞で使用すると、細胞の80-100%が検出可能なTNF発現を起こす。フローサイトメトリー・データを示す詳細な分析を図9c-eに示す。要約すると、このデータは生物学的に活性なTNFの発現をAd19k TNFベクターから、MOI=2から5で行うことができ、MOI=750のdE1a-TNFベクターで得られる結果と同等であることを示している。更にこれらの結果は、E1aプロモーターにおける50塩基対のTAV-255欠失によって、TNFを効率的に発現させることができることを示している。我々は、このプロ-モーター欠失によって非形質転換細胞におけるE1aおよびE1b発現が制限され、腫瘍細胞系ではE1aおよびE1b発現が保持されることを明らかにした。これらの結果は、TAV-255欠失を含有し、ウイルスのE1b-19k領域にTNFがクローニングされたベクターからの効率的なTNF発現を裏付けるものである。
【0099】
SK-Mel-28(メラノーマ腫瘍細胞)の生存をAdTAV19kTNF、dE1a-TNF、およびAd19kでの感染後に評価した(図33)。SK-Mel-28細胞系はアデノウイルス・ベクターでの死滅に耐性を有する。dE1a-TNFでは最も高いMOIで有意な細胞傷害性は観察されず、Ad19kでは中度の細胞傷害性しか観察されない。一方、AdTAV19TNFでは、試験した中で最も低いMOIであるMOI=10で完全な細胞障害性が観察される。
【0100】
TNFはカスパーゼの誘導を通して細胞死を誘導する(図34参照)。TNFの結合によってTNF受容体が活性化されると、デスドメイン・タンパク質がリクルートされ、次いでカスパーゼ-8が活性化され、その後カスパーゼ-3の活性化によってアポトーシス細胞死の誘導が起こる。我々は、Ad19kまたはAdTAV19k TNFにMOI=5で感染させたHep3b細胞においてカスパーゼ-3の活性化を測定した。結果は、AdTAV19k TNFに感染させた細胞ではカスパーゼ-3の顕著な誘導が起こることを示している。Ad19kに感染させた細胞では、カスパーゼ-3活性化の有意な増加は見られなかった。
【0101】
E1b-19k欠失ベクターにおけるE1b-55k発現の測定(図35):E1b-19kが欠失したベクター内に、E1b-55kの開始部位が損なわれないように挿入部位を設計した。E1b-55k遺伝子発現が保持されているか否かを確認するために、E1b-19k領域内にTNFまたはKrasを挿入したベクターにおけるE1b-55kの発現を評価した。結果から、E1b-19kにKrasを挿入したベクターにおいてはE1b-55kが正常に発現することが明らかになった。E1b-55kの発現レベルは野生型Ad5に感染させた細胞で観察されるE1b-55k発現レベルと同等である。これによって、E1b-19k領域内にDNAを挿入しても、E1b-55kの発現が保持できることが確認された。興味深いことに、TNFを発現するベクターからはE1b-55k発現が検出されない。この時点では、この影響の原因は不明である。TNFがE1b-55kの発現を直接阻害するのかもしれず、あるいは挿入の特性によってE1b-55kからの発現が減少されるのかもしれない。これについて検討する。
【0102】
E1b-19kへのGFP挿入の測定。E1b-19kへのGFP挿入をPCRによって確認した(図36)。
【0103】
腫瘍細胞はAd19kTAVhrGFPでの感染後、GFPを発現する(図37)。
【0104】
二重機能ベクターのコンセプト:E1aエンハンサーの調節により、腫瘍細胞においてE1タンパク質を多量発現し、細胞溶解性を示す発現ベクターが得られる。しかしながら、このウイルスの非形質転換細胞におけるE1タンパク質発現は低レベルであり、細胞溶解活性も限られたものである。従って、ウイルスベクターは腫瘍細胞では細胞崩壊性でありうるが、非形質転換細胞においては治療用の導入遺伝子および変異型タンパク質(ワクチン)を発現させるのに使用することもできうる。我々は既に、腫瘍細胞においてE1プロモーター欠失ベクターでの感染後、E1タンパク質が多量に発現されることを示した。一方、E1タンパク質発現は、非形質転換細胞においては遅延され、また、有意に低下する。図4c参照。
【0105】
変異型Krasを目的とする腫瘍崩壊性腫瘍ワクチンのコンセプト:Krasは上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)の下流にある。Krasの変異は、Ras経路の構成的活性化をもたらす。変異型Krasは構成的に活性であるため、EGFR受容体を標的とする治療(例えばエルビタックス(Erbitux)およびベクチビックス(Vectivix)は効果が無い。Krasは一般に種々の悪性腫瘍で変異しており、大腸癌の約50%、膵臓癌の90%以上で見られる。種々のKras点変異が報告されており、Kras変異の配列決定を行って患者がEGFRを標的とする治療に応答するか否かを確認するのが一般的である。我々は、最も報告の多いKras変異を19K発現ベクターにクローニングした。
【0106】
腫瘍抗原に対する免疫を向上するためのE1b-19kからの発現ベクター:Kras変異タンパク質を、3つの異なる方法でE1b-19k発現ベクターにクローニングし、腫瘍抗原発現のロバストなプラットフォームを得た。第1に、変異型Kras配列をコードするDNAをE1b-19k領域に挿入した。第2に、細菌のフラジェリン遺伝子をE1b-19k領域にクローニングした。クローニング部位をフラジェリンDNA配列に導入し、Kras特異的配列をフラジェリン遺伝子の中央に導入した。フラジェリンは免疫原性の高いタンパク質であり、Kras変異型配列に対する免疫応答を促進する助けとなりうる。第3に、E1b-19k CD154-TNFコンストラクトの膜貫通ドメインからTNFを欠失させ、変異型Kras DNA配列をCD154にライゲートした。これによって、細胞表面上における変異型Krasペプチドを多量発現させることができる。使用するコンストラクトによって、Krasを腫瘍細胞表面上の発現に限定するか、またはタンパク分解的に開裂させてKras変異型ペプチドを免疫細胞およびリンパ節へ放出させ、免疫認識およびプロセシングをさせることができる。
【0107】
従って、ある態様では、組換えウイルスはE1b-19k挿入部位を含有する。E1b-19k挿入部位を使用して、例えばDNA配列の挿入を行ってもよい。挿入されたDNA配列は任意の配列をコードしてもよく、それらには例えば導入遺伝子、癌遺伝子、または変異型DNA配列がある。ある態様では、導入遺伝子はTNFである。別の態様では、導入遺伝子はKrasである。更に別の態様では、導入遺伝子は変異型p53配列である。
【0108】
ある態様では、E1b-55kの配列またはその機能性部分が保持される。ある態様では、E1b-55kの開始部位の配列が保持される。ある態様では、挿入部位は約1から約200、少なくとも約100、約100から約200、約1から約150、約1から約50、または少なくとも約10塩基対の欠失をE1b-19kの開始部位とE1b-55kの開始部位の間に有する。ある態様では、挿入部位はE1b-19kの開始部位の後に続く202塩基対の欠失を有する。
【0109】
VII.ウイルスベクター
ある態様では、本明細書に記載する改変された遺伝子および配列をウイルスベクター内に使用する。「ウイルスベクター」および「ウイルス」という用語は、本明細書では同義に使用し、タンパク質合成またはエネルギー生成機構を有さない任意の偏性細胞内寄生体をいう。ウイルスゲノムは、脂質膜で被覆された構造のタンパク質に包含されるRNAまたはDNAであってもよい。本発明の実施に有用なウイルスには組換えによって改変したエンベロープ型または非エンベロープ型DNAおよびRNAウイルスがあり、好ましくはバキュロビリジアエ(baculoviridiae)、パルボビリジアエ(parvoviridiae)、ピコルノビリジアエ(picornoviridiae)、ヘルペスビリジアエ(herpesviridiae)、ポックスビリジアエ(poxviridae)、またはアデノビリジアエ(adenoviridiae)から選択される。ウイルスは天然型ウイルスであってもよく、またはそのウイルスゲノムは組換えDNA技術によって外来導入遺伝子を発現するように改変されてもよく、複製欠損、条件的複製、または複製可能となるように操作されてもよい。それぞれの親ベクターの特性の有益な要素を利用するキメラウイルスベクター(例えばFengら(1997) Nature Biotechnology 15:866-870参照)も本発明の実施に有用であり得る。ウイルス・バックボーンがウイルスベクターの包含に必要な配列だけを含有し、必要によって導入遺伝子カセットを含有するような最小限のベクターシステムを、本発明の実施に従って作製してもよい。一般的に、治療すべき種由来のウイルスを使用するのが好ましいが、場合によっては、好適な病原性を持つ異なる種から誘導されたベクターを使用するのが有益であり得る。例えばヒト遺伝子治療のためのウマ・ヘルペスウイルス・ベクターはWO98/27216に報告されている。報告によれば、ウマ・ウイルスはヒトに対して病原性を持たないため、このベクターはヒトの治療に有用である。同様に、ヒツジ・アデノウイルスベクターはヒト・アデノウイルスベクターに対する抗体から逃れることが報告されているため、これをヒト遺伝子治療に使用してもよい。それらのベクターはWO97/06826に報告されている。
【0110】
好ましくは、ウイルスベクターはアデノウイルスである。アデノウイルスは中型(90-100nm)の非エンベロープ型(ネイキッド)20面体ウイルスであり、ヌクレオカプシドおよび直鎖型2本鎖DNAゲノムから成る。アデノウイルスは哺乳動物細胞の核内で、ホストの複製機構を使用して複製する。「アデノウイルス」という用語はアデノビリジアエ(Adenoviridiae)属のウイルスを指し、それらには、限定されるわけではないがヒト、ウシ、ヒツジ、ウマ、イヌ、ブタ、マウス、およびサル・アデノウイルス亜属がある。特に、ヒト・アデノウイルスにはA-Fの亜属およびその個々の血清型があり、個々の血清型およびA-F亜属には、限定されるわけではないがヒト・アデノウイルス1、2、3、4、4a、5、6、7、8、9、10、11(Ad11AおよびAd 11P)、12、13、14、15、16、17、18、19、19a、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、34a、35、35p、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、および91型がある。好ましくはベクターはヒト・アデノウイルス2および5型から誘導される。
【0111】
ある態様では、改変された制御配列がタンパク質をコードする配列に機能的に結合している。ある態様では、少なくとも1つのE1aおよびE1b遺伝子(コード領域)が改変された制御配列に機能的に結合している。ある態様では、少なくとも1つのE1aおよびE1b遺伝子が野生型で存在する。
【0112】
ある態様では、E1a遺伝子が改変された制御配列に機能的に結合している。別の態様ではE1a遺伝子は野生型である。別の態様では、E1a遺伝子を改変してE1aアイソフォームを選択的に発現させる。
【0113】
更に別の態様では、改変されたE1b遺伝子が野生型プロモーター領域に機能的に結合している。別の態様では、改変されたE1a遺伝子および/または改変されたE1b遺伝子が改変された制御配列に機能的に結合している。
【0114】
「機能的に結合する」という用語は、ポリヌクレオチド要素が機能的な関係で結合していることをいう。核酸配列が別の核酸配列と機能的な関係におかれている時、これは「機能的に結合している」。例えば、プロモーターまたはエンハンサーがコード配列の転写に影響を与える場合、これはコード配列に機能的に結合している。「機能的に結合する」とは、一般に、結合されるヌクレオチド配列同志が連続的であることを意味する。しかしながら、エンハンサーの一般的な機能として、プロモーターから数キロ塩基離れ、イントロン配列の長さが変化しうる場合、いくつかのポリヌクレオチド要素は機能的に結合しうるが直接隣接はせず、異なるアレルまたは染色体からトランスで機能する場合もある。
【0115】
別の態様では、改変された制御配列は細胞傷害性導入遺伝子に機能的に結合している。「細胞傷害性導入遺伝子」とは、標的細胞中で発現して細胞の溶解またはアポトーシスを誘導するヌクレオチド配列をいう。細胞傷害性導入遺伝子という用語には、限定されるわけではないが癌抑制遺伝子、毒素遺伝子、細胞増殖抑制遺伝子、プロドラッグ活性化遺伝子、またはアポトーシス遺伝子がある。
【0116】
ある態様では、任意のこれら細胞傷害性導入遺伝子を上記のようにE1b-19k挿入部位に挿入してもよい。
【0117】
「癌抑制遺伝子」という用語は、標的細胞中で発現して悪性表現型の抑制および/またはアポトーシスの誘導を行うことができるヌクレオチド配列をいう。本発明の実施に有用な癌抑制遺伝子の例として以下がある:p53遺伝子、APC遺伝子、DPC-4遺伝子、BRCA-1遺伝子、BRCA-2遺伝子、WT-1遺伝子、網膜芽腫遺伝子(Leeら (1987) Nature 329:642)、MMAC-1遺伝子、大腸腺腫様ポリポーシス・タンパク質(Albertsenら, United States Patent 5,783,666 issued July 21, 1998)、DDC遺伝子(結腸癌欠失(deleted in colon carcinoma)遺伝子)、MMSC-2遺伝子、NF-1遺伝子、染色体3p21.3にある鼻咽頭癌腫瘍抑制遺伝子(Chengら 1998. Proc. Nat. Acad. Sci. 95:3042-3047)、MTS 1遺伝子、CDK4遺伝子、NF-1遺伝子、NF2遺伝子、およびVHL遺伝子。
【0118】
「毒素遺伝子」という用語は、細胞中で発現して毒素効果をもたらすヌクレオチド配列をいう。それらの毒素遺伝子の例には緑膿菌外毒素、リシン毒素、ジフテリア毒素などをコードするヌクレオチド配列がある。
【0119】
「プロ・アポトーシス遺伝子」という用語は、発現して細胞のプログラム細胞死を起こすヌクレオチド配列をいう。プロ・アポトーシス遺伝子の例として、p53、アデノウイルスE3-11.6K、アデノウイルスE4orf4遺伝子、p53経路遺伝子、およびカスパーゼをコードする遺伝子がある。
【0120】
「プロドラッグ活性化遺伝子」という用語は、発現することによって非治療化合物を治療化合物(細胞を外部因子によって死滅しやすくするか、または細胞中に毒性状態をもたらす)に変換する能力を有するタンパク質を生成させるヌクレオチド配列をいう。プロドラッグ活性化遺伝子の一例としてシトシンデアミナーゼ遺伝子がある。シトシンデアミナーゼは5-フルオロシトシンを5-フルオロウラシル(有効な抗腫瘍剤)に変換する。腫瘍細胞の溶解により、5FCを5FUに変換できるシトシンデアミナーゼが腫瘍の特定の部位で局所的かつ爆発的に生成され、多くの周辺腫瘍細胞が死滅する。この結果、アデノウイルスによる感染を必要とせずに多数の腫瘍細胞が死滅される(いわゆる「バイスタンダー効果」)。更に、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子(例えばWooら,米国特許第5,631,236号(1997年5月20日発行)およびFreemanら,米国特許第5,601,818号(1997年2月11日発行)参照)(TK遺伝子産物を発現する細胞はガンシクロビルの投与によって選択的に死滅しやすくなる)を使用してもよい。
【0121】
「サイトカイン遺伝子」とは、細胞中で発現することによってサイトカインを生成するヌクレオチド配列をいう。それらのサイトカインには、例えばGM-CSF、インターロイキン、特にIL-1、IL-2、IL-4、IL-12、IL-10、IL-19、IL-20、インターフェロンα、β、およびγのサブタイプ(特にインターフェロンα-2b)および融合体(例えばインターフェロンα-2α-1)がある。
【0122】
VIII.形質転換細胞
ベクターを使用してインビトロまたはインビボで細胞を形質転換することができる。細胞は新生細胞および/または正常細胞であってもよい。
【0123】
「新生細胞」は異常増殖表現型を示す細胞であり、正常な細胞増殖制御に依存しないことを特徴とする。新生細胞はどの時点でも、必ずしも複製を必要としないため、新生細胞という用語は活発に複製している細胞または一時的に複製せずに静止状態にある細胞(G1またはG0)が含まれる。新生細胞の局所的集団を新生物と称する。新生物は悪性または良性でありうる。悪性新生物を癌ともいう。新生形質転換は正常細胞から新生細胞、多くの場合は腫瘍細胞への転換をいう。新生細胞ではない細胞を「正常」または「非新生」と称する。
【0124】
IX.腫瘍選択的発現法
ある態様では、組換えウイルスは選択的発現を示す。特に、組換えウイルスは新生細胞において発現を起こすが、正常細胞では発現が減弱される。
【0125】
従って、ある態様では、標的細胞におけるペプチド(例えばタンパク質)の選択的発現法は、ペプチドをコードするヌクレオチド配列に機能的に結合したE1a制御配列欠失を含む組換えウイルスと細胞を接触させることを含む。これに関し、ペプチドは任意の長さ(タンパク質およびその部分を含む)であってもよい。ある態様では、ペプチドはE1aおよび/またはE1bのようにウイルス複製に関係するものである。別の態様では、ペプチドは癌に関係する。
【0126】
別の態様では、標的細胞におけるペプチドの選択的発現法は、1つのE1aアイソフォーム(例えばE1a-12SまたはE1a-13S)を選択的に発現する組換えウイルスと細胞を接触させることを含む。
【0127】
更に別の態様では、標的細胞におけるペプチドの選択的発現法は、E1b-19K挿入部位に挿入された導入遺伝子を含有する組換えウイルスと細胞を接触させることを含む。
【0128】
ある態様では、標的細胞は新生細胞、例えば癌細胞である。この場合、ペプチドが、好ましくは野生型の発現とほぼ同レベルで発現される。ある態様では、発現(mRNA発現またはウェスタンブロッティングによる測定で)は野生型発現の少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、または少なくとも99%である。
【0129】
別の態様では、標的細胞は正常細胞である。この場合、ペプチド発現は野生型発現に比較して選択的に減弱される。ある態様では、発現(mRNA発現またはウェスタンブロッティングによる測定で)は野生型発現の25%以下、15%以下、10%以下、5%以下、3%以下、または1%以下に低下する。ある態様では、約0%から約5%まで減弱される。
【0130】
これらの選択的発現法はインビトロまたはインビボで実施してもよい。
【0131】
X.治療法
本明細書で使用する「疾病の治療法」という用語は、疾病状態、疾病状態から起こる症状、または疾病兆候を治療する方法をいう。疾病の「治療」は以下の1つまたはそれ以上を含む:疾病の生理学的原因への対処、疾病兆候の生理学的原因への対処、疾病の重篤度の低減、疾病の進行の遅延、疾病の兆候の改善、および疾病期間の短縮(例えば寛解の早期化)。
【0132】
本明細書で使用する「被験体」とは、癌の治療を必要とする被験体である。被験体は好ましくはヒトであるが、実験動物、ペット、家畜、または畜産動物であってもよい。ある態様では、被験体は哺乳動物である。
【0133】
ある態様では、癌の治療法は、上記の組換えウイルスを含有する医薬製剤を投与することを含む。医薬製剤を全身投与または局所投与して広範なステージおよびタイプの癌を治療してもよく、それらには限定されるわけではないが以下がある:肺癌、膵臓癌、前立腺癌、頸癌、卵巣癌、肝臓癌、頭部および頸部癌、膀胱癌、乳癌、大腸および結腸癌、子宮内膜癌、腎臓癌、白血病、皮膚癌(メラノーマおよび非メラノーマ)、非ホジキンリンパ腫、および甲状腺癌。
【0134】
ベクターを含有する医薬製剤も提供する。ベクターを当該分野で公知の方法による投与に合わせて調製してもよい。特定の運搬システムを筋肉内、静脈内、動脈内、または腫瘍内注射用に調製してもよい。
【0135】
製剤は、生理学的条件に近似させるために必要な医薬的に許容される以下のような補助物質を含有してもよい:例えばpH調整剤および緩衝剤、等張化剤、湿潤剤など、例えば酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、ソルビタンラウリン酸モノエステル、オレイン酸トリエタノールアミンなど。
【0136】
医薬製剤中の活性物質の濃度は、例えば約0.1重量%未満、一般的には2重量%または少なくとも約2重量%から、20重量%-50重量%以上まで広範にわたり、主に、選択された特定の投与様式に従って液量、粘性などによって選択される。
【0137】
本明細書に記載する製剤および方法は単独で、または慣例的な化学療法剤または治療計画との併用で実施してもよい。
【実施例】
【0138】
XI.実施例
以下の実施例は本発明のある種の態様を例証するものであり、本明細書に記載する本発明の範囲を制限することを意図するものではない。
【0139】
A.E1a転写制御領域の欠失
細胞系、ウイルス、およびプラスミド:HEK-293A(アデノウイルスE1を形質転換したヒト胎児腎臓細胞)、HeLa(子宮頸癌)、A549(肺癌)、LNCaP(前立腺癌)、Calu-6(肺癌)、PANC-1(膵臓癌)、AsPc-1(膵臓癌)、およびMRC-5、WI-38、およびIMR-90(肺線維芽細胞)をAmerican Type Culture Collection(ATCC)から得て、10%ウシ胎仔血清を含有するダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco's modified Eagle's medium)中、5%CO2存在下で培養した。初代細胞を100%の集密度となるまで増殖させて接触阻止させた後、完全培地中で更にインキュベートした。
【0140】
Ad5ゲノムへの変異再構築:野生型Ad5(Dl309)、E3領域の部分欠失、およびAd5 E1Aプロモーター/エンハンサーの種々の欠失;Dl309-6、Dl340-12、およびDl87はPatrick Hearing(ストーニーブルック大学(Stony Brook University)、米国)から供与された。TAV-255ウイルスを構築するために、アデノウイルスベクタープラスミドpXC1(Microbix Biosystem社)を用い、QuickChange II XL部位特異的変異導入キット(Stratagene社、米国カリフォルニア州ラホヤ)を推奨されるマニュアルに従って使用して、E1aプロモーター・エンハンサー領域を欠失させた。プライマー、d194_243_F 5'- AAA GTG ACG TTT TTG GTG TGC GCC GGT GTT TTG GGC GTA ACC GAG TAA GAT TTG GCC A - 3'(SEQ ID NO:1)およびd194_243_R 5' - TGG CCA AAT CTT ACT CGG TTA CGC CCA AAA CAC CGG CGC ACA CCA AAA ACG TCA CTT T - 3'(SEQ ID NO:2)をこの欠失に用いた。得られたプラスミドをpXC1_TAV-255と称し、大腸菌内で増幅し、配列決定を行い、iPur Plasmid Filter Midiprep Kit(Invitrogen社、米国カリフォルニア州カールスバッド)を用いて精製した。アデノウイルスTAV-255を得るために、Fugene(登録商標)6 Transfection Reagent (Roche社、スイス)を使用してpXC1-TAVプラスミドをpJM17と共にHEK-293細胞(ATCC、米国バージニア州マナッサス)に共トランスフェクトした。1.0% シー・プラーク・アガロース(Sea Plaque Agarose)/培養液を細胞に積層し、12日後にシングル・プラークを得た。プラーク精製を2ラウンド行った後、1つのシングル・プラークからのウイルスをHEK-293細胞中で増幅した。AccuPrep Genomic DNA Extraction Kit(Bioneer社、米国カリフォルニア州アラメダ)を用いてウイルスDNAを培養液上清から抽出し、配列決定を行って期待される配列を確認した。
【0141】
dl309ゲノムへの欠失変異の再構築:全ての欠失は、まず、部位特異的変異導入キット(Quick change II XL;Stratagene社、米国カリフォルニア州)を製造者の推奨に従って使用し、pXCl中に作製した。特定の欠失を作製するために使用したプライマーは以下の通りである(それぞれSEQ ID NO:3-12):dl212(dl212S- CGG TGT ACA CAG GAA GTG ACA ATC GGT TTT AGG CG、および、dl212 As- CGC CTA AAA CCG ATT GTC ACT TCC TGT GTA CAC CG)、dl220(dl220s AGT GAC AAT TTT CGC GCA GGC GGA TGT TGT AGT A、および、dl220AS: AGT GAC AAT TTT CGC GCA GGC GGA TGT TGT AGT A)、dl275(dl275S: GTA ACC GAG TAA GAT TTG GCC ATG GAA AAC TGA ATA AGA GG、および、dl275AS: CCT CTT ATT CAG TTT TCC ATG GCC AAA TCT TAC TCG GTT AC)、dl200(dl200S: gcg ccg gtg tac aca gac aat ttt cgc gcg、および、dl200AS: cgc gcg aaa att gtc tgt gta cac cgg cgc)、dl230(dl230S: ttc gcg cgg ttt tag gct gta gta aat ttg ggc g、および、dl230AS: cgc cca aat tta cta cag cct aaa acc gcg cga a)。まず、変異型プラスミドの配列決定を行い、HiPur Plasmid Midiprep Kit(Invitrogen社、米国カリフォルニア州カールスバッド)を用いて増幅したものが所望の変異および文字配列を有することを確認した。dl309ゲノム中に所望の変異を作製するために、Fugene6 Transfection Reagent(Roche社、スイス)を用いて、所望の変異を含有する変異型pXClをpJM17と共にHEK-293細胞(ATCC、米国バージニア州マナッサス)に共トランスフェクトした。1.0% シー・プラーク・アガロース/培養液を細胞に積層し、10日後にシングル・プラークを得た。プラーク精製を2回行った後、1つのシングル・プラークからのウイルスをHEK-293細胞中で増幅した。AccuPrep Genomic DNA Extraction Kit(Bioneer社、米国カリフォルニア州アラメダ)を用いて変異体ウイルスに感染させた培養細胞からウイルスDNAを抽出し、PCR増幅を行った後、配列決定をして期待される変異を確認した。
【0142】
ウイルスの感染、増殖、および定量:全てのウイルスはHEK-293細胞で増殖させた。細胞をMOI=5(Ad5ゲノム)またはMOI=10(dl309ゲノム)で感染させ、感染後3日目に細胞を回収し、完全培地に再懸濁し、3サイクルの凍結/解凍によって溶解した。ライセートを0.4μmのフィルター(Millipore社、米国)に通して清澄化した。最終濃度10%(v/v)のグリセロールをサンプルに添加し、-80℃に凍結させた。ウイルスの力価を定量するために、Clontech社(米国)の報告に従ってプラークアッセイを実施した。
【0143】
細胞ライセートの調製および免疫ブロット分析:ウェスタンブロット分析を行うために、細胞をアデノウイルスに感染(MOI=5)させることによって種々の細胞系からの細胞抽出物を調製し、M-PER(登録商標)哺乳動物細胞用タンパク質抽出試薬(Pierce社、米国)を用いて感染後の種々の時点で全細胞ライセートを調製した。Bradford試薬(Bio-Rad社、米国)を用いてタンパク質量を算出し、25μgのタンパク質サンプルをサンプルバッファー(2% SDS、100mMジチオスレイトール、0.05M Tris-HCl(pH 6.8)、10%グリセロール、および0.1%ブロモフェノールブルー含有)中で5分間煮沸した。製造者の説明書(Invitrogen社、米国カリフォルニア州)に従って、タンパク質を4-12% bis-Trisゲル上で分析した。タンパク質サンプルをSDS-PAGEにより4-12% bis-Trisゲル上で泳動して分離し(Ad5ゲノム)、製造者の記述に従ってポリビニリデンジフルオライド(PVDF)メンブレン、Immobilon-Psq(Millipore社、米国)上に転写した。E1aおよび/またはE1bタンパク質の検出を、例えばAd2 E1Aタンパク質に対するポリクローナル抗体(Santa Cruz社、米国)およびE1b-55kタンパク質に対するモノクローナル抗血清(Dr. A.J. Levine(米国ニュージャージー州)より供与)を用いて行った。
【0144】
リアルタイム定量PCR分析:RNase Easy plus mini kit(Qiagen社、米国)を使用してRNAを抽出し、AMV Reverse Transcriptase(Invitrogen社、米国)を用いて1.5μgの総RNAをcDNAに逆転写した。Power Cyber green reagent(Applied Biosystems社)を用いて定量PCR(Q-PCR)を3重複試験で行い、AB Prism 7900 HT配列検出システムで反応を実施した。逆転写していないRNAサンプルをコントロールとして用いた。SDS 2.2.1ソフトウェア(Applied Biosystems社、米国)を用いてデータを分析した。
【0145】
プラスミド構築:アデノウイルス(Ad5)E1Aプロモーター/エンハンサーDNA配列(+52から-357)のPCR増幅を、プライマーAd143FおよびAd552R(フォワード:5'GGGGTACCAC ATG TAAG CGAC GGATG TGGC3'(SEQ ID NO:13)およびリバース:5'AAACTCGAGCCCGGTGTCGG AGCGGCT3'(SEQ ID NO:14)。それぞれ5'BamHIおよびXhoI制限部位を有する)を用いて行い、ルシフェラーゼ・レポーター・ベクター、pGL3-Basic(プロモーターおよびエンハンサーを含有しないベクター)(Promega社、米国)に挿入し、pE1AP/EGL3と命名した。プラスミドの配列決定を行い(Eton Bioscience社、米国)、E1Aプロモーター/エンハンサーの精度を確認した。
【0146】
一過性トランスフェクションおよびルシフェラーゼ活性:一過性トランスフェクション試験のために、トランスフェクションの前日に細胞を6-ウェルプレートに播種した(5x105細胞/ウェル)。PolyFect(登録商標)介在性の遺伝子導入法により、Qiagen社のマニュアルに記載されるように、細胞のトランスフェクションを行った。簡潔に記載すると、25μLのpolyFect試薬を、1μgのルシフェラーゼ・レポーター・プラスミド(pE1AEG13)またはルシフェラーゼpGL3-コントロールベクター(Promega社、米国マディソン)、および20ng(50:1)のウミシイタケ・ルシフェラーゼ発現ベクターpRLCMV(Promega社)(ルシフェラーゼ・コンストラクトで得られる値を標準化するための内部コントロール)を含有する125μLのDMEM(Highclone社)と混合した。混合物を室温で10分間インキュベートし、複合体を形成させた。その後、混合液を1.0mLのDMEMに希釈し、細胞培養液に添加した。細胞を24時間から48時間培養し、passive lysis buffer(Promega社)で溶解した。蛍およびウミシイタケ・ルシフェラーゼ活性の測定をデュアル・ルシフェラーゼ・アッセイキット(Promega社、米国)により、製造者が記載するようにルミノメーター、Veritas(Turner Biosystems社、米国カリフォルニア州)で行った。全ての実験は少なくとも3回実施し、相対ルシフェラーゼ活性を平均値で表した。
【0147】
細胞生存能アッセイ:Cell Counting Kit-8(Dojindo社、米国ロックビル)を製造者の説明書に従って使用し、細胞生存能アッセイを3重複試験で行った。簡潔に記載すると、細胞(MRC-5、A549、PANC-1、またはAsPC-1)を96ウェル細胞培養プレートに1x104/ウェルの密度で播種した。翌日、細胞をウイルス(野生型Ad5、TAV-255、ONYX-015、dl309、またはdl200+230)に感染させた(MOI=5)。次いで、ウイルスを吸引除去し、フレッシュの培地を各ウェルに添加し、4-6日間インキュベートした。各ウェルに10μLの試薬を添加し、CO2インキュベーターで4時間インキュベートした後、GENious pro(Tecan社、米国)96ウェルプレート・リーダーを用いて450nmでプレートの測定を行った。吸光度を測定し、細胞生存能を以下のように算出した:
細胞生存能=(感染細胞のA450nm平均値)/(未感染細胞のA450nm平均値)*100%
【0148】
細胞変性効果も光学顕微鏡下で可視化し、拡大率100xで撮影した。細胞生存能を定量するためにクリスタルバイオレット試験をいくつかのケースで行った(Fueyo, J.ら (2003). Preclinical characterization of the antiglioma activity of a tropism-enhanced adenovirus targeted to the retinoblastoma pathway. Journal of the National Cancer Institute 95: 652-660)。
【0149】
B.E1aアイソフォーム12Sおよび13Sの選択的発現
ウイルスおよび細胞:A549(肺癌)、Calu-6(肺癌)、Panc-1(膵臓癌)、LnCap(前立腺腺癌)、Hep-3b(肝細胞癌)、そしてMRC-5およびWI-38(肺線維芽)細胞をAmerican Type Culture Collection(ATCC)から得、LnCap以外は、10%ウシ胎仔血清を含有するダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco's modified Eagle's medium)中、5%CO2存在下で培養し、LnCapは10%ウシ胎仔血清、1%炭酸ナトリウム、1%ピルビン酸ナトリウム、および1%非必須アミノ酸を含有するRPMI中で維持した。MRC5およびWI-38培養液は100%の集密度となるまで増殖させて接触阻止させ、その後、接触阻止の状態で5日間インキュベートした後、感染を行った。PM975およびdl1500ウイルスはArnold Berk博士(UCLA)より供与された。
【0150】
ウェスタンブロット分析:全細胞ライセート・サンプルを、M-PER哺乳動物細胞タンパク質抽出試薬(Pierce社)を1μl/ml HALTプロテアーゼ阻害剤(Pierce社)と共に用いて、感染後、種々の時点で調製した。Bradford試薬(Bio-Rad社、米国)を用いてタンパク質量を算出し、20mgのタンパク質サンプルを煮沸した。サンプルの電気泳動を、1.5 mm、4-12% Bis-Trisゲル(Invitrogen社、米国カリフォルニア州)上でNuPAGE MOPS SDS泳動バッファー中、190Vで60分間行った。サンプルをポリビニリデンフルオライド(PVDF)メンブレン、Immobilon-Psq(Millipore社、米国)上に100Vで60分間転写した。転写後、メンブレンをT20(TBS)ブロッキングバッファー(Thermo Scientific社)中、穏やかに撹拌しながら60分間ブロッキングした。ブロッキング後、メンブレンを1:250でブロッキングバッファーに希釈したアデノウイルスE1Aポリクローナル抗体(#sc-430、Santa Cruz Biotechnology社)中、4℃で一晩(12-18時間)インキュベートした。メンブレンをTBSTで洗浄し、TBSTで1:2000に希釈したホースラディッシュ・ペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgG(#sc-2357、Santa Cruz Biotechnology社)と共に室温で30分間インキュベートし、TBSTで5分間の洗浄を3回行った後、TBSで5分間洗浄した。メンブレンから溶液を除去し、2mLのSuperSignal West Pico Chemiluminescent Substrate(Pierce社、米国イリノイ州ロックフォード)中でインキュベートし、溶液を除去した。ブロットを現像フォルダーに配し、フィルムカセット内に移した。メンブレンをフィルム(Denville Scientific社、米国ニュージャージー州メタチェン)に暴露した。2および5秒間の暴露を行った。
【0151】
細胞傷害性アッセイ:Cell Counting Kit-8(Dojindo社、米国ロックビル)を使用し、細胞生存能アッセイを3重複試験で行った。96ウェル細胞培養プレートに細胞を1000/ウェルの密度で播種した。播種後、プレートをWT、Onyx-015、PM975、またはdl1500ウイルスで16時間処理した(種々のMOI。10μLウイルス/細胞培養液)。プレートを、所望の時間、37℃、5% CO2中でインキュベートした。インキュベート後、各ウェル毎にサンプルを10μLのDojindo CCK-8溶液で処理した。4時間のインキュベーション後、GENious pro(Tecan社、米国)96ウェルプレート・リーダーを用いて450nmでプレートの測定を行った。
【0152】
C,E1b 19Kクローン・インサート
ウイルス構築:Ad TAV-255/dl 19kCD154-TNFを以下のように構築した:プラスミドpXC1(Microbix社、カナダ、オンタリオ)を用いて、部位特異的変異導入により、Ad5逆方向末端反復の左腕に対して194-254から50bpのE1Aエンハンサー/プロモーター要素を欠失させた。得られたプラスミドを改変してbp1716にSal I、1916にXhoIを含有させ、これらの酵素の制限消化によってE1b-19KDタンパク質の欠失が起こるようにした。pCDNA3CD154-TNFを用いてCD154-TNFをPCR増幅し、上記のプラスミドのSal IおよびXhoI部位にクローニングした。プラスミドJM17と、膜安定化TNFカセットを含有するpXCl発現プラスミドとの間の相同組換えにより、293細胞中で組換えウイルスを作製した。簡潔に記載すると、293細胞をトランスフェクション当日に60-70%の集密度まで増殖させた。感染後10日目に細胞および上清を回収した。3サイクルの凍結/解凍後、プラークアッセイを行い、個々のプラークを精製し、組換えウイルスからのDNAを単離し、TNF分子の発現についてキャラクタライズを行った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失した、改変されたE1a制御配列を含む組換えウイルス。
【請求項2】
-305から-141の範囲にあるヌクレオチドの少なくとも1つが保持されている、請求項1記載の組換えウイルス。
【請求項3】
Pea3 II、Pea3 III、Pea3 IV、およびPea3 Vの少なくとも1つ、またはその機能性部分が欠失している、請求項1または2記載の組換えウイルス。
【請求項4】
Pea3 IIおよびPea3 IIIの少なくとも1つ、またはその機能性部分が欠失している、請求項1から3のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項5】
Pea3 IIまたはその機能性部分、およびPea3 IIIまたはその機能性部分が欠失している、請求項1から4のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項6】
Pea3 IVおよびPea Vの少なくとも1つ、またはその機能性部分が欠失している、請求項1から5のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項7】
Pea3 Iまたはその機能性部分が保持されている、請求項1から6のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項8】
少なくとも1つのE2F結合部位またはその機能性部分が保持されている、請求項1から7のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項9】
ベクターdl309-6、TAV-255、dl55、dl200、dl230、またはdl200+230を含有する、請求項1記載の組換えウイルス。
【請求項10】
ベクターTAV-255を含有する、請求項9記載の組換えウイルス。
【請求項11】
E1aアイソフォームを選択的に発現する組換えウイルス。
【請求項12】
ウイルスがE1a-12Sを選択的に発現する、請求項11記載の組換えウイルス。
【請求項13】
ウイルスがE1a-13Sを選択的に発現する、請求項11記載の組換えウイルス。
【請求項14】
1つのE1aアイソフォームが実質的に発現されない組換えウイルス。
【請求項15】
発現されないE1aアイソフォームがE1a-12SまたはE1a-13Sである、請求項14記載の組換えウイルス。
【請求項16】
E1aアイソフォームをコードする配列が改変されたE1a制御配列に機能的に結合しており、少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失している、請求項11から15のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項17】
E1b-19k挿入部位に挿入されたDNA配列を含有する組換えウイルス。
【請求項18】
挿入部位がE1b-19kの開始部位とE1b-55kの開始部位の間に位置する、請求項17記載の組換えウイルス。
【請求項19】
E1b-19k挿入部位がE1b-19kの開始部位に続く202塩基対の欠失を含む、請求項17記載の組換えウイルス。
【請求項20】
DNA配列が腫瘍壊死因子またはその機能性部分をコードする配列である、請求項17から19のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項21】
DNA配列がkrasまたはその機能性部分をコードする配列である、請求項17から19のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項22】
DNA配列が改変されたE1a制御配列に機能的に結合しており、少なくとも1つのPea3結合部位またはその機能性部分が欠失している、請求項17から21のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項23】
ウイルスがアデノウイルスである、請求項1から22のいずれかに記載される組換えウイルス。
【請求項24】
請求項1から23のいずれかに記載される組換えウイルスで形質転換した細胞。
【請求項25】
標的細胞においてペプチドを選択的に発現させる方法であって、標的細胞を請求項1から23のいずれかに記載される組換えウイルスと接触させることを含む上記方法。
【請求項26】
組換えウイルスがペプチドをコードするヌクレオチド配列と機能的に結合した欠失変異体E1a制御配列を含有する、請求項25記載の方法。
【請求項27】
標的細胞が新生細胞である、請求項25または26記載の方法。
【請求項28】
標的細胞が正常細胞である、請求項25または26記載の方法。
【請求項29】
方法がインビボで実施される、請求項25から28のいずれかに記載される方法。
【請求項30】
ウイルスを筋肉内、静脈内、動脈内、または腫瘍内注射する、請求項25から29のいずれかに記載される方法。


【図1a】
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【図1b】
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【図2】
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【図3】
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【図4a】
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【図4b】
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【図4c】
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【図5】
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【図6a】
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【図6b】
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【図7a】
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【図7b】
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【図7c】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18a】
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【図18b】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26a】
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【図26b】
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【図27】
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【図28】
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【図29a】
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【図29b】
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【図30a】
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【図30b】
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【図31a】
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【図31b】
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【図32a】
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【図32c】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【公表番号】特表2012−519014(P2012−519014A)
【公表日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−553041(P2011−553041)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【国際出願番号】PCT/US2010/025926
【国際公開番号】WO2010/101921
【国際公開日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(592130699)ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア (364)
【氏名又は名称原語表記】The Regents of The University of California
【Fターム(参考)】