説明

腹足類の剥離方法

【課題】生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を安全かつ効率よく剥離し得る、即効性と持続性とを兼ね備えた剥離効果を有する腹足類の剥離方法を提供することを課題とする。
【解決手段】壁面に腹足類が付着する生簀または水槽内に、ニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物(A成分)とパラアミノ安息香酸エチル(B成分)とを同時または別々に、該生簀または水槽内のニコチン酸濃度(但し、ニコチン酸アミドはニコチン酸換算濃度)が1〜100mg/リットル、パラアミノ安息香酸エチル濃度が10〜100mg/リットルになるように添加して、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を剥離させることを特徴とする腹足類の剥離方法により、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腹足類の剥離方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を安全かつ効率よく剥離し得る、即効性と持続性とを兼ね備えた剥離効果を有する腹足類の剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アワビの種苗を生産する過程、例えば付着硅藻から海藻への飼料転換、殻長別の選り分け、密度調整などにおいては、稚貝を採苗器から剥離する作業が不可欠である。これらの剥離作業では、作業効率や作業時の稚貝の生残率を向上させるためのより有効な技術開発が広く要望されている。
【0003】
従来から、アワビの種苗生産現場では、アワビの剥離方法として主に温水剥離法や麻酔剥離法が採用されてきた。
温水剥離法は、付着したアワビを温水に浸漬してアワビを剥離する方法であり、特に殻長10mm以下の稚貝に対して効率が悪いという問題がある。
【0004】
麻酔剥離法は、薬剤で一時的にアワビの知覚を鈍麻・消失させ、その間にアワビを剥離する方法であり、例えば、薬剤として塩化カリウムを用いる方法(浜田サツ子,「アワビの事故死を防ごう」,養殖,株式会社緑書房,1965年,2月号,p.43〜45:非特許文献1)およびパラアミノ安息香酸エチルを用いる方法(小畑千賀志ら,「パラアミノ安息香酸エチルによるアワビ稚貝の麻酔剥離」,栽培技研,1981年,第10巻,第1号,p.29〜34:非特許文献2)などがある。
しかしながら、これらの麻酔剥離法は実用化に対して問題がある。例えば、非特許文献2のパラアミノ安息香酸エチルを用いる方法では、アワビが麻酔からの回復するまでの時間が長く、大量処理時に海水により薬剤濃度が低下するという問題がある。
【0005】
また、特公昭52−7053号公報(特許文献1)には、ニコチン酸アミドを含有する二枚貝の開殻および除具用薬剤が開示されている。この薬剤は、ムラサキイガイ、アサリ、スミノエガキ、アコヤガイなどの二枚貝を対象とし、海水利用工業における二枚貝による各種障害の防止、二枚貝の養殖時における開殻に用いられる。具体的には、ニコチン酸アミドを含有する薬剤は二枚貝に作用して開殻させ、二枚貝を付着面から剥離させる。
【0006】
ムラサキイガイのような二枚貝は、足から足糸を分泌して海水冷却水系などの壁面や岸壁などに付着する。
一方、アワビのような腹足類は、二枚貝とは異なるメカニズム、すなわち足裏から分泌される粘着物質(タンパク質)により壁面に付着する。
上記特許文献1には、腹足類の剥離効果については一切記載されておらず、また上記のような付着メカニズムの違いから、特許文献1に記載の薬剤を腹足類の剥離剤として転用することは、技術的に想定し得なかった。
【0007】
【特許文献1】特公昭52−7053号公報
【非特許文献1】浜田サツ子,「アワビの事故死を防ごう」,養殖,株式会社緑書房,1965年,2月号,p.43〜45
【非特許文献2】小畑千賀志ら,「パラアミノ安息香酸エチルによるアワビ稚貝の麻酔剥離」,栽培技研,1981年,第10巻,第1号,p.29〜34
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
アワビのような腹足類は、閉鎖された生簀または水槽中に放置されると1日程度で死滅する。したがって、これらの養殖場では、1日1回程度、新鮮な海水が入った生簀または水槽に腹足類を移し替える作業が行なわれている。この作業では、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を傷付けずに安全かつ効率よく剥離して、別の生簀または水槽に移し替える必要がある。そして、用いられる薬剤は、その添加後、直ちに生簀または水槽の壁面から腹足類を剥離させる即効性と、別の生簀または水槽に腹足類を移し替える時間、腹足類の剥離状態を維持する持続性とが要求される。しかしながら、これらを兼ね備えた薬剤は未だ開発されていない。
【0009】
本発明は、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を安全かつ効率よく剥離し得る、即効性と持続性とを兼ね備えた剥離効果を有する腹足類の剥離方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、意外にもニコチン酸またはニコチン酸アミドと、パラアミノ安息香酸エチルとを併用することにより、即効性と持続性とを兼ね備えた腹足類の剥離効果が得られることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0011】
かくして、本発明によれば、壁面に腹足類が付着する生簀または水槽内に、ニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物(A成分)とパラアミノ安息香酸エチル(B成分)とを同時または別々に、該生簀または水槽内のニコチン酸濃度(但し、ニコチン酸アミドはニコチン酸換算濃度)が1〜100mg/リットル、パラアミノ安息香酸エチル濃度が10〜100mg/リットルになるように添加して、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を剥離させることを特徴とする腹足類の剥離方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を安全かつ効率よく剥離し得る、即効性と持続性とを兼ね備えた剥離効果を有する腹足類の剥離方法を提供することができ、産業上極めて有用である。
また、A成分のニコチン酸およびニコチン酸アミドは、別名ナイアシンおよびナイアシンアミドと呼ばれるビタミンB複合体の一つあり、B成分のパラアミノ安息香酸エチルは、日本薬局方に局所麻酔薬の成分として記載された化合物であり、過剰量を用いない限り、腹足類や周辺環境に悪影響を及ぼすことがなく、本発明の剥離方法は安全性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の腹足類の剥離方法は、壁面に腹足類が付着する生簀または水槽内に、ニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物(A成分)とパラアミノ安息香酸エチル(B成分)とを同時または別々に、該生簀または水槽内のニコチン酸濃度(但し、ニコチン酸アミドはニコチン酸換算濃度)が1〜100mg/リットル、パラアミノ安息香酸エチル濃度が10〜100mg/リットルになるように添加して、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を剥離させることを特徴とする。
【0014】
本発明で剥離される腹足類としては、巻貝類、ナメクジ類、マイマイ、カタツムリ類などが挙げられる。
巻貝類としては、例えば、エゾアワビ、クロアワビ、マダカアワビ、メガイアワビなどのミミガイ科が挙げられる。
ナメクジ類としては、例えば、コウラナメクジ、チャコウラナメクジ、ノハラナメクジなどのコウラナメクジ科;ナメクジ、ヤマナメクジなどのナメクジ科;ニワコウラナメクジなどニワコウラナメクジ科が挙げられる。
【0015】
カタツムリ類としては、例えば、オカモノアライガイなどのオカモノアライガイ科;アフリカマイマイなどのアフリカマイマイ科;ウスカワマイマイなどのオナジマイマイ科が挙げられる。
本発明の腹足類の剥離方法は、上記の腹足類の中でも、ミミガイ科の巻貝類に対して、特にアワビに対して好適に用いられる。
【0016】
本発明で使用されるA成分のニコチン酸およびニコチン酸アミドならびにB成分のパラアミノ安息香酸エチルとしては、通常、工業用として市販されているものが挙げられる。
本発明におけるニコチン酸およびニコチン酸アミドならびにパラアミノ安息香酸エチルによる腹足類の剥離の作用機序は定かでないが、各成分が腹足類に対して筋弛緩作用を及ぼしているものと考えられる。
【0017】
本発明の腹足類の剥離方法は、A成分とB成分とを水もしくは水と水溶性有機溶剤との混合溶剤に溶解もしくは分散させた液剤、または前記A成分とB成分とを固体希釈剤で希釈されてなる固形剤として添加されるのが好ましい。
上記の液剤および固形剤以外の剤型であってもよく、これらの製剤は公知の方法により製剤化することができる。
【0018】
液剤とする場合には、例えば、ニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物とパラアミノ安息香酸エチルとその他の構成成分とを水に溶解もしくは分散させて製剤化することができる。また、必要に応じて、水溶性有機溶剤を加えてもよい
液剤中のニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物のニコチン酸濃度(但し、ニコチン酸アミドはニコチン酸換算濃度)としては、通常、0.01〜50%が好ましく、0.1〜30%が特に好ましい。
また、液剤中のパラアミノ安息香酸エチル濃度としては、通常、0.1〜20%が好ましく、1〜10%が特に好ましい。
【0019】
固形剤とする場合には、例えば、ニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物とパラアミノ安息香酸エチルとその他の構成成分とを固体希釈剤(例えば、多糖類、単糖類、カオリン、クレー、ベントナイト、CMC、二酸化チタン、ホワイトカーボン、タルク、木粉、澱粉、デキストリン、シリカゲル粉末、無水石膏、水酸化カルシウムなどのカルシウム塩など)で希釈し、混合粉砕して製剤化することができる。
固形剤中のニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物のニコチン酸含有量(但し、ニコチン酸アミドはニコチン酸換算重量)としては、製剤を100重量部としたとき、0.1〜50重量部が好ましく、0.5〜20重量部が特に好ましい。
また、固形剤中のパラアミノ安息香酸エチルの含有量としては、製剤を100重量部としたとき、0.1〜50重量部が好ましく、0.5〜20重量部が特に好ましい。
【0020】
上記の製剤は、A成分およびB成分以外に本発明の効果を阻害しない範囲で公知の麻酔剤などを含有していてもよい。
このような麻酔剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、二酸化炭素、エタノール、フェノキシエタノール、オイゲノールなどが挙げられる。
また、製剤化しない場合であっても、これらの公知の麻酔剤などをA成分およびB成分と共に併用してもよい。
【0021】
生簀または水槽内に、A成分とB成分とを同時または別々に、各成分が上記の濃度になるように添加するには、各成分を海水または淡水で所定の濃度に希釈して用いるのが好ましく、上記の液剤を海水または淡水で所定の濃度に希釈して、あるいは上記の固形剤の剥離剤を海水または淡水で所定の濃度に溶解もしくは分散させて用いるのがより好ましい。
生簀または水槽内にA成分とB成分とを添加し、これらを分散させて濃度を均一する方法としては、公知の方法が適用できるが、実用上、生簀または水槽の上方からA成分とB成分とを散布する方法が、簡便であって好ましい。
【0022】
ニコチン酸濃度は、腹足類の種類や数量、水温などの周辺状況や薬剤での処理時間により適宜設定すればよく、通常、1〜100mg/リットルであり、2〜50mg/リットルが特に好ましい。
ニコチン酸濃度が1mg/リットル未満である場合には、腹足類の剥離効果が得られないことがある。また、ニコチン酸濃度が100mg/リットルを超える場合には、ショック性症がみられ、十分な剥離効果が得られないことがある。
【0023】
パラアミノ安息香酸エチル濃度は、腹足類の種類や数量、水温などの周辺状況や薬剤での処理時間により適宜設定すればよく、通常、10〜100mg/リットルであり、30〜80mg/リットルが特に好ましい。
パラアミノ安息香酸エチル濃度が10mg/リットル未満である場合には、剥離が不十分となり、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を剥離できないことがある。また、パラアミノ安息香酸エチル濃度が100mg/リットルを超える場合には、麻酔から回復するまでの時間が長くなり、場合によっては斃死が起こることがある。
【0024】
本発明の方法における剥離剤での処理時間(剥離剤と腹足類との接触時間)は、例えば、ニコチン酸濃度が25mg/リットル、パラアミノ安息香酸エチル濃度が6mg/リットルのときは3〜20分、好ましくは5〜20分である。このような処理であれば、生簀または水槽の壁面からエゾアワビやクロアワビなどの腹足類を死滅させることなく、安全かつ効率よく剥離することができ、即効性と持続性とを兼ね備えた剥離効果が発揮される。
【実施例】
【0025】
この発明を試験例により具体的に説明するが、この発明はこれらの試験例により限定されるものではない。
【0026】
試験例1(アワビの剥離効果および剥離後の安全性確認試験)
水温22℃の砂ろ過海水18リットルを容量20リットルの水槽に満たし、ニコチン酸濃度がそれぞれ表1に示す濃度3mg/リットルおよび6mg/リットルになるようにニコチン酸アミド(和光純薬工業株式会社製)と、パラアミノ安息香酸エチル濃度がそれぞれ表1に示す濃度25mg/リットルおよび50mg/リットルになるようにパラアミノ安息香酸エチル(和光純薬工業株式会社製)とを加えて試験液とした。
飼育水槽から取り出した巻貝(メガイアワビの稚貝、殻長約15mm)をポリ塩化ビニル製の波板(30cm×20cm)1枚につき20個体ずつ、巻貝同士が重なり合うことがないように離して付着させた。
得られたポリ塩化ビニル製の波板を略鉛直方向になるように各試験液に浸漬し、それぞれ表1に示す経過時間毎(分)に落下した巻貝の累積個数を計数した(実施例1〜4)。
【0027】
また、ニコチン酸濃度がそれぞれ表1に示す濃度3mg/リットル、6mg/リットル、25mg/リットルおよび50mg/リットルになるようにニコチン酸アミド(和光純薬工業株式会社製)のみ、パラアミノ安息香酸エチル濃度がそれぞれ表1に示す濃度25mg/リットルおよび50mg/リットルになるようにパラアミノ安息香酸エチル(和光純薬工業株式会社製)のみを加えた試験液を用いたこと以外は上記と同様にして試験した(比較例1〜6)。
得られた結果を表1に示す。
【0028】
上記試験から30分経過後に、各試験水から剥離した10個の巻貝を取り出し、清浄海水(水温22℃の砂ろ過海水)18リットルで満たした容量20リットルの水槽の内底に、巻貝の殻が下の状態になるように設置し、それぞれ表2に示す経過時間毎(分)に反転した巻貝の累積個数を計数した。ここで、反転とは、巻貝が自力で殻が下の状態から上の状態に動くことを意味する。
得られた結果を表2に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

表1および表2の結果から、ニコチン酸アミドとパラアミノ安息香酸エチルとの併用では、10分以内にすべての巻貝を剥離でき、すべての巻貝が反転するまでに30分以上の時間を要することがわかる。
一方、ニコチン酸アミド単独では、すべての巻貝が剥離するまでに10分以上の時間を要し、10分以内にすべての巻貝が反転することがわかる。
また、パラアミノ安息香酸エチル単独では、すべての巻貝が剥離するまでに10分以上の時間を要することがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
壁面に腹足類が付着する生簀または水槽内に、ニコチン酸、ニコチン酸アミドまたはそれらの混合物(A成分)とパラアミノ安息香酸エチル(B成分)とを同時または別々に、該生簀または水槽内のニコチン酸濃度(但し、ニコチン酸アミドはニコチン酸換算濃度)が1〜100mg/リットル、パラアミノ安息香酸エチル濃度が10〜100mg/リットルになるように添加して、生簀または水槽の壁面に付着する腹足類を剥離させることを特徴とする腹足類の剥離方法。
【請求項2】
前記腹足類が、ミミガイ科の巻貝類である請求項1に記載の腹足類の剥離方法。
【請求項3】
前記巻貝類が、アワビである請求項2に記載の腹足類の剥離方法。
【請求項4】
前記A成分とB成分とを水もしくは水と水溶性有機溶剤との混合溶剤に溶解もしくは分散させた液剤、または前記A成分とB成分とを固体希釈剤で希釈されてなる固形剤として添加される請求項1〜3のいずれか1つに記載の腹足類の剥離方法。

【公開番号】特開2009−165437(P2009−165437A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−9346(P2008−9346)
【出願日】平成20年1月18日(2008.1.18)
【出願人】(000154727)株式会社片山化学工業研究所 (82)
【Fターム(参考)】