説明

膜密着性の評価方法

【課題】プラスチックレンズのコート膜の密着性をより厳密かつ正確に評価でき、また、短時間で容易に行うことのできる評価方法を提供することを目的とする。
【解決手段】プラスチックレンズ基材上に形成されたコート膜に切れ込みを入れ、その後、切れ込みを入れたコート膜に対し、紫外線への暴露及び結露状態への暴露を行う。そして、コート膜の切れ込み幅の変化を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材表面に形成された薄膜の密着性を評価する方法に関する。特に、プラスチックレンズ基材の表面に形成された膜の密着性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック眼鏡レンズ等のプラスチックレンズ表面には、例えばハードコート層や反射防止膜、撥水膜等のコート膜が付与されている。こうしたコート膜に対しては、例えばクロスハッチテストによりその密着性を検査することが従来より知られている。
例えば、下記特許文献1では、QUV試験機によってプラスチックレンズを紫外線と結露状態に暴露した後、コート膜をクロスカットし、粘着テープ貼り付けることが記載されている。そして、粘着テープを剥がした後の膜剥がれの有無を調べることにより、コート膜の密着性の評価を行う。
【0003】
特に、下記特許文献1では、キセノン光照射への暴露前と暴露後におけるレンズ基材のYI値の変化ΔYI対して基準値を設け、レンズの暴露後におけるΔYIの値がこの基準値となるようにQUV試験の暴露条件を定める。
このように、暴露条件をΔYI値によって定めることにより、密着性の経時的な低下の評価に適した暴露環境を設定することができ、膜の密着性を的確に評価することが可能となるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−96300号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、上述の評価方法による結果が合格であったとしても、屋外の自然環境にて長期間に渡り放置し、実環境に則した試験を行うと、コート膜の剥がれが生じてしまう場合があった。
また、上述の従来の評価方法では、暴露条件の設定を変えることで、より正確にコート膜の密着性評価を行おうとするものである。ところが、この場合には、より正確に評価を行おうとすればするほど暴露条件を厳密に設定する必要があり、試験が煩雑なものとなる。
【0006】
また、従来の方法では、紫外線や高湿環境に暴露した後に粘着テープを貼り付け、剥がした後の膜剥がれ状態を調べる必要がある。この場合には、プラスチックレンズに対して一度このクロスハッチテストを行うと、粘着テープの張り/剥がしによりコート膜の状態が変化しているので、そのプラスチックレンズを用いて引き続き試験を行うことができない。
したがって、紫外線や高湿環境への暴露時間を変える場合には、その度に新たなプラスチックレンズを用意し、何度も繰り返し試験を行う必要があった。
また、暴露時間に応じた密着性の低下を経時的に調べるには、このように何度も試験を行う必要があるため時間もかかり、コストが高くなる。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、プラスチックレンズのコート膜の密着性をより厳密かつ正確に評価でき、また、短時間で容易に行うことのできる評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明による膜密着性の評価方法は、プラスチックレンズ基材上に形成されたコート膜に切れ込みを入れるカット工程と、切れ込みを入れたコート膜に対し、紫外線への暴露及び結露状態への暴露を行う暴露工程と、を含む。
そして、この暴露工程後におけるコート膜の切れ込みの幅の変化を評価することを特徴とする。
【0009】
本発明の膜密着性の評価方法によれば、プラスチックレンズのコート膜に予め切れ込みを入れておき、紫外線や結露への暴露を行う。そして、暴露後における切れ込みの幅の変化を評価する。
暴露後における切れ込み幅の変化を調べることにより、コート膜の劣化度合いをより正確に評価することが可能となる。
また、従来のように粘着テープを貼り付け、剥がすといった作業も必要としない。
【0010】
また、本発明の膜評価方法においては、暴露工程前におけるコート膜の最大切れ込み幅と、暴露工程後におけるコート膜の最大切れ込み幅とを比較することが好ましい。
特に、暴露工程前後における最大切れ込み幅の比を求めることで、コート膜の密着性が数値によって定量化され、コート膜の密着性を一般化して簡易に評価することが可能となる。
【0011】
また、本発明の膜評価方法は、プラスチックレンズ基材上に形成される様々な膜の密着性評価に適用できる。評価対象とするコート膜は、例えばハードコート層やプライマー層を含んでいてよく、さらに反射防止膜やフォトクロミック膜等を含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、暴露後における切れ込み幅の変化を調べることにより、コート膜の劣化度合いを評価する。コート膜の切れ込み幅といった微視的な変化を用いるため、粘着テープを剥がした際にコート膜が剥がれるか否かを調べる従来の巨視的な方法よりも正確かつ厳密に密着性を評価することができる。
また、粘着テープを貼ったり剥がしたりといった作業も必要ないため容易に試験を行うことができ、さらに、切れ込み幅を測定した後に再び暴露工程へ連続して投入することができる。したがって、これを繰り返すことにより、一枚のプラスチックレンズに対し暴露時間に応じた経時的なコート膜の劣化を調べることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1Aは、実施例1のプラスチックレンズの、カット工程直後におけるコート膜の切れ込みを撮影した拡大写真図であり、図1Bは、実施例1においてプラスチックレンズを暴露工程に投入し、12サイクル経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図であり、図1Cは、暴露工程において、21サイクル経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
【図2】図2Aは、実施例2のプラスチックレンズの、カット工程直後におけるコート膜の切れ込みを撮影した拡大写真図であり、図2Bは、実施例2においてプラスチックレンズを暴露工程に投入し、12サイクル経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図であり、図2Cは、暴露工程において、21サイクル経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
【図3】図3Aは、実施例3のプラスチックレンズの、カット工程直後におけるコート膜の切れ込みを撮影した拡大写真図であり、図3Bは、実施例3においてプラスチックレンズを暴露工程に投入し、12サイクル経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図であり、図3Cは、暴露工程において、21サイクル経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
【図4】実施例1、実施例2、実施例3において、暴露工程での暴露時間とコート膜の最大切れ込み幅との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下本発明を実施するための最良の形態の例を説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。説明は以下の順序で行う。
1.評価方法の実施の形態
(1)カット工程
(2)暴露工程
(3)評価
2.実施例
【0015】
1.評価方法の実施の形態
本発明による膜密着性の評価方法は、眼鏡用のプラスチックレンズに対して好ましく適用できるが、その他のプラスチックレンズにも適用可能である。また、プラスチックレンズに用いるレンズ基板の材料は特に限定されるものではない。
また、プラスチックレンズ基材上に形成された種々のコート膜に対して、本発明の評価方法によりその密着性の評価を行うことができる。そのコート膜は例えばプライマー層やハードコート層、反射防止膜、撥水膜等の膜を含んで構成されていてよく、またフォトクロミック膜を含んでいてもよい。
【0016】
例えば、ハードコート層の密着性能を確認したい時には、レンズ基板上にハードコート層を形成した段階のコート膜に対して、本発明による評価方法を適用する。また、レンズ基板とハードコート層の間にはプライマー層を介在させていてもよい。
また、反射防止膜の密着性能を確認したいときには、例えばハードコート層上に反射防止膜を形成した段階において本発明による評価方法を適用する。
このように、レンズ上にコート膜を形成する各段階において適宜本発明による評価方法を適用することで、各種層や膜の密着性を個別に確認することも可能である。また、各種層や膜を単独で形成し、本発明による評価方法を適用してもよい。
【0017】
また、本発明では、プラスチックレンズ基材に形成されたコート膜に切れ込みを入れるカット工程と、カット工程により切れ込みの入れられたコート膜に紫外線への暴露及び結露状態への暴露を交互に行う暴露工程を経ることにより、コート膜の密着性を評価する。
そして以下にその詳細を述べるように、本発明では、暴露工程後におけるコート膜の切れ込みの幅の変化を調べることで、コート膜の密着性を評価することができる。
【0018】
(1)カット工程
カット工程では、レンズ基材上に形成された評価対象とするコート膜に切れ込みを入れる。例えば、JIS規格K5600-5-6(ISO 2409:1992)に基づいてコート膜を1mm間隔でクロスカットし、直角の格子パターンを100マス分だけ形成してもよい。切れ込みの数は少なくとも一以上あればコート膜の密着性を評価することが可能であるが、多ければ切れ込みの劣化状態の評価を行うためのデータ数を増せる。
また、複数の切れ込みは、交差すること無く例えば平行に配設されてもよい。ただし、クロスカットのようにコート膜をそれぞれ独立した複数の領域に区切ると、例えばコート膜の剥がれ等の劣化が切れ込み位置において表出しやすく、コート膜の密着性をより厳密に評価できるので好ましい。
【0019】
(2)暴露工程
暴露工程では、カット工程により切れ込みの入れられたコート膜に対して、紫外線の照射と、結露状態への暴露を行い、コート膜の劣化を促進させる。
例えば、紫外線照射による暴露調整機能と、調温調湿機能とを備える促進耐候試験機(QUV装置)に上述のカット工程を経たプラスチックレンズを配置し、紫外線照射サイクルと結露サイクルを繰り返す。
【0020】
このように、本発明では予めコート膜に切れ込みを入れた後に、紫外線、結露状態への暴露を行う。これにより、紫外線照射や結露への暴露時には、露出した切り込み断面から直接コート膜の密着面の劣化が促進される。したがって、暴露環境を変えなくとも、より大きい負荷を容易にコート膜に付与できる。このため、従来においては差別化のできなかったコート膜の密着性能も検出可能となり、さらなる品質の向上を図れる。
【0021】
(3)評価
そして、暴露工程を終えたプラスチックレンズに対して、切れ込み状態の劣化を評価することにより、密着性の評価を行う。
切れ込み状態とは、例えば切れ込みの幅を測定することが好ましい。切れ込み幅といった微視的な変化を判定する本発明の方法は、粘着テープによりコート膜が剥がれたか否かを判定する従来の方法よりも厳密にコート膜の劣化を検出できるため、コート膜の密着性を正確に評価することができる。
特に、紫外線や結露状態への暴露前における最大の切れ込みの幅と、暴露後における最大の切れ込みの幅とを比較して、切れ込みの劣化状態を評価することが望ましい。
【0022】
また、暴露前の最大切れ込み幅に対する暴露後の最大切れ込み幅の比を求めることにより、コート膜の密着性を数値化して定量化することが可能となり、種類の異なるコート膜の密着性を容易に比較できる。
例えば、暴露前の最大切れ込み幅に対する暴露後の最大切れ込み幅の比(暴露後の最大切れ込み幅/暴露前の最大切れ込み幅)が、暴露時間100時間において2を超える場合には、プラスチックレンズ上に形成されるコート膜として密着性が足りず、不適合であると判断することができる。
【0023】
従来においては、例えばクロスカットしたコート膜に対して粘着テープを貼り付け、粘着テープを引き剥がした時のコート膜の剥がれが調べられていた。しかし、こうした手法では、粘着テープの引き剥がし角度や、引き剥がし速さ、引き剥がす時の引っ張り強さ等にばらつきが生じやすく、正確なデータを得るのが困難である。
【0024】
また、粘着テープを引き剥がした後のコート膜には、クロスカットされた各領域において、例えば全く剥がれの無い領域や、一部剥がれの生じた領域、全てコート膜の剥がれた領域等の様々な状態が存在し得る。
コート膜の密着性を厳密に評価するためには、これらの状態を細かく分類したり、また各領域において分類された状態の数をカウントする等の作業(例えばJIS規格K5600-5-6,8.3節参照)が必要であり、作業が煩雑なものとなる。
【0025】
しかし、本発明では、暴露工程を経たコート膜の切れ込み幅をそのまま測定するものであり、上述のようなテープの貼り付け、引き剥がし作業を必要としない。
また、暴露前における最大切れ込み幅と、暴露後における最大切れ込み幅という2つの数値のみによって評価を行うことができ、簡潔かつ簡易にコート膜の密着性を調べることが可能である。
【0026】
また、本発明の評価方法においては、紫外線や結露状態への暴露時間を長くする程、コート膜の種類による密着性の差を顕著に表すことが可能である。例えば、紫外線や結露状態への暴露時間の合計が100時間以上であると、コート膜の密着性をより確実に評価できるので望ましい。
【0027】
2.実施例
<実施例1>
以下に、本発明による膜密着性の評価方法の実施例について説明する。
(1)プラスチックレンズ基材
プラスチックレンズ基材には、屈折率1.71、中心厚1.0mm、レンズ度数0.00、直径80mmのポリスルフィド結合を有するレンズ基材(EYRY:HOYA(株)製)を用いた。
【0028】
(2)プライマー液の作成
プライマー層の原料としては、応力緩和能の高さからウレタン系のものを用いるのが好ましい。また、中でもポットライフ及び硬化の容易さの点からブロック型ポリイソシアネートとポリオールを主成分とする熱硬化性ウレタンプライマーを用いるのが好ましい。
ブロック型ポリイソシアネートの具体例としては、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、メタキシリレンジイソシアネート等の各種イソシアネートをベースとし、末端をフェノール、ε−カプロラクタム、活性メチレン、MEKオキシム、各種アミン類等でブロックしたものが挙げられる。
【0029】
ここでは、ステンレス製容器に三洋化成工業(株)製サンプレンIB−1700D 32重量部とプロピレングリコールモノメチルエーテル125重量部を加え、攪拌しながら日本ポリウレタン工業(株)製コロネートHL 1.9重量部と酸化ジルコニウムゾル微粒子溶液(日産化学工業(株)製:NZS-30A)53重量部を加え混合した。そして、シリコーン系界面活性剤(L−7604:東レ・ダウコーニング(株)製)0.1重量部を加え一昼夜撹拌した。その後、ろ過を行いプライマー層形成用塗工液(以下A液とする)を作成した。なお、このA液は、熱硬化性の塗工液である。
【0030】
(3)ハードコート液の作成
ステンレス製容器にγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン1045重量部とγ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン200重量部を加え、撹拌しながら0.01モル/リットル塩酸299重量部を添加した。そしてこの溶液を一昼夜撹拌することにより、シラン加水分解物を作成した。
【0031】
また、別の容器内に酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化ケイ素を主体とする複合微粒子ゾル3998重量部を投入し、メチルセロソルブ4018重量部とイソプロパノール830重量部を加え撹拌混合した。そして、シリコーン系界面活性剤(L−7001:東レ・ダウコーニング(株)製)4重量部とアルミニウムアセチルアセトネート100重量部とを加え、一昼夜撹拌を続けた。
撹拌を終えると、上述のシラン加水分解物と混合し、さらに一昼夜撹拌した。その後、ろ過を行うことで、ハードコート膜形成用塗工液を形成した。
【0032】
(4)プライマー層及びハードコート層の形成
上述のプラスチックレンズ基材に対して、Dip法により150mm/分で引き上げながら、上述のプライマー液を塗工した。そして100℃20分の加熱処理によって塗布したプライマー液を硬化させ、膜厚1.5μmのプライマー層を形成した。
また、プライマー層の形成されたプラスチックレンズ基材に対して、Dip法を用いて同様に上述のハードコート液を塗布し、その後、過熱することでハードコート層を形成した。
【0033】
(5)反射防止膜の形成
プライマー層及びハードコート層を形成したプラスチックレンズを蒸着装置に入れ、排気しながら85℃に加熱し、イオン銃処理(キャリアガス:酸素、電圧:400eV、処理時間:30秒)を行った。次いで真空度2×10-5Torrまで排気を続けたのち、電子ビーム加熱法にて蒸着原料を蒸着させ、ハードコート層側から、Ta25(0.12λ)/SiO2(0.05λ)/Ta25(0.25λ)/SiO2(0.25λ)の4層で構成された反射防止膜を形成し、プラスチックレンズを作製した。
【0034】
(6)カット工程
JIS規格K5600-5-6(ISO 2409:1992)に基づいて、上述のプラスチックレンズのプライマー層、ハードコート層、反射防止膜によるコート膜を1mm間隔でクロスカットし、直角の格子パターンを100マス形成した。
なお、クロスカットしたコート膜を顕微鏡撮影し、撮影した写真をPC(パーソナルコンピュータ)に取り込んでコート膜の最大切れ込み幅を測定した。
【0035】
(7)暴露工程
コート膜をクロスカットしたレンズ基板をQUV装置に投入し、温度45℃にて紫外線照射(照度0.20)4時間、結露状態(99%RH)4時間を1サイクルとして、紫外線及び結露状態への暴露を21サイクル行った。
また、暴露工程を経たレンズ基板のコート膜を顕微鏡撮影し、撮影した写真をPCに取り込んでコート膜の最大切れ込み幅を測定した。
【0036】
<実施例2>
ステンレス製容器に三洋化成工業(株)製サンプレンIB−2000 32重量部とプロピレングリコールモノメチルエーテル125重量部を加え、攪拌しながら日本ポリウレタン工業(株)製コロネートHL 1.9重量部と酸化ジルコニウムゾル微粒子溶液(日産化学工業(株)製:NZS-30A)53重量部を加え混合した。
次いで、この混合溶液にシリコーン系界面活性剤(L―7604:東レ・ダウコーニング(株)製)0.1重量部を加え一昼夜撹拌し、その後、ろ過を行うことにより、熱硬化性のプライマー層形成用塗工液(以下B液とする)を形成した。
そして、このプライマー層形成用塗工液を用いてプライマー層を形成したこと以外は、実施例1と同様にして評価を行った。
【0037】
<実施例3>
ステンレス製容器に三洋化成工業(株)製パーマリンUA−150 25重量部と水40重量部を加え、攪拌しながらメタノール32重量部とダイアセトンアルコール61重量部と酸化チタン微粒子溶液(日揮触媒化成(株)製:オプトレイク1130Z)41重量部を加え混合した。
次いで、この混合溶液にシリコーン系界面活性剤(L−7604:東レ・ダウコーニング(株)製)0.1重量部を加え一昼夜撹拌し、その後、ろ過を行うことで、プライマー層形成用塗工液(C液とする)を形成した。なお、このプライマー層形成用塗工液(C液)は、熱可塑性である。
そして、このプライマー層形成用塗工液を用いてプライマー層を形成したこと以外は、実施例1と同様にして評価を行った。
【0038】
<比較例1>
プライマー層、ハードコート層、反射防止膜を形成したプラスチックレンズをそのままQUV工程にかけ、QUV工程後のプラスチックレンズのコート膜に対してクロスハッチテストを行った。
クロスハッチテストは、JIS規格K5600-5-6(ISO 2409:1992)に基づいてコート膜を1mm間隔で基盤目にクロスカットし、直角の格子パターンを100マス形成した。そして、このクロスカットした部分に粘着テープ(セロハンテープ:ニチバン(株)製)を強く貼り付けた後、急速に粘着テープを剥がすことによって行った。また、粘着テープを剥がした後にコート膜の基盤目の剥がれの有無を調べたこと以外は、実施例1と同様にして行った。
【0039】
<比較例2>
プラスチックレンズのプライマー層、ハードコート層、反射防止膜を上述のようにクロスカットした後に、プラスチックレンズをQUV工程にかけた。そして、QUV工程後のコート膜のクロスカットした部分に粘着テープ(セロハンテープ:ニチバン(株)製)を強く貼り付けた後、急速に粘着テープを剥がし、コート膜の基盤目の剥がれの有無を調べたこと以外は、比較例1と同様にして行った。
【0040】
<比較例3>
プライマー層、ハードコート層、反射防止膜によるコート膜をプラスチックレンズ基材上に形成した後、1.5cm四方の大きさにカットしたスチールウールを用い、500gの加重をかけながら、コート膜上の幅5cmの範囲を20往復擦過した。
そして、このプラスチックレンズをQUV工程にかけ、QUV工程後のコート膜の擦過部分に粘着テープを貼り付け、急速に剥がしたこと以外は、比較例1と同様にして行った。
【0041】
<比較例4>
比較例3と同様にして、プラスチッレンズのコート膜上をスチールウールで擦過し、QUV工程にかけた。
そして、QUV工程後のコート膜を1mm間隔で基盤目に100目クロスカットし、粘着テープを貼り付けた後、急速に剥がしたこと以外は比較例3と同様にして行った。
【0042】
<比較例5>
プライマー層を、実施例2におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例1と同様にして行った。
【0043】
<比較例6>
プライマー層を、実施例2におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例2と同様にして行った。
【0044】
<比較例7>
プライマー層を、実施例2におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例3と同様にして行った。
【0045】
<比較例8>
プライマー層を、実施例2におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例4と同様にして行った。
【0046】
<比較例9>
プライマー層を、実施例3におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例1と同様にして行った。
【0047】
<比較例10>
プライマー層を、実施例3におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例2と同様にして行った
【0048】
<比較例11>
プライマー層を、実施例3におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例3と同様にして行った
【0049】
<比較例12>
プライマー層を、実施例3におけるプライマー層形成用塗工液を用いて形成したこと以外は、比較例4と同様にして行った。
【0050】
<比較例13>
実施例1〜3と同条件にて作製したプラスチックレンズをそれぞれ準備して屋外に3ヶ月放置し、実際の自然環境に対する暴露試験を行った。
【0051】
まず、上述の比較例1〜比較例12の方法による評価結果を表11に示す。
表中の数字は、クロスカットによって百目に分割されたコート膜の各領域において、剥がれの無かった領域数を表す。
なお、比較例3,7,11においては、クロスカットを行っていないため、粘着テープを剥がした後において、コート膜の剥がれた箇所数を調べた。
【0052】
【表1】



【0053】
比較例1,5,9では剥がれの無い領域数が100であり、全く膜剥がれが生じていないことが確認された。
一方、比較例2,6,10では、剥がれの無い領域数が90であり、少し膜剥がれが生じている。これは、比較例2,6,10ではコート膜をクロスカットした後に紫外線及び高湿状態への暴露を行ったため、コート膜の切れ込みにおいて露出された密着断面が直接負荷を受けることにより剥がれやすくなったためである。
【0054】
また、比較例3,7,11では、コート膜の剥がれは全く見られなかった。このため、表1では「OK」の表記としている。
また、比較例4,8,12では、剥がれの無い領域数がともに99であり、僅かに剥がれが生じる程度となっている。
【0055】
このように、粘着テープを貼り付け、剥がした後の膜剥がれを確認する手法では、コート膜への負荷のかけ方により多少の差は生じるものの、いずれも同等の結果となっている。例えば、剥がれの無い領域数が80以上の場合を密着性の合格基準としている場合には、どの手法を用いたとしても全てコート膜の密着性に問題は無いという評価結果となる。
【0056】
また、表1からわかるように、試験方法が同じであれば、剥がれの無かった領域数はプライマー層の原料に関わらず等しくなっている。すなわち、この結果からすると、プライマー層の原料はコート膜の密着性に影響を及ぼさないということになる。
【0057】
一方、プライマー層の原料にそれぞれA液、B液、C液を用いたプラスチックレンズを屋外に3ヶ月間載置した比較例13では、A液、B液を用いたプラスチックレンズにおいて膜剥がれ等の異常は確認されなかった。
ところが、プライマー層の原料にC液を用いたプラスチックレンズでは、レンズコバから光学面にかけて僅かながら膜剥がれが生じていることが確認された。
【0058】
すなわち、実際の自然環境、使用環境においては、プライマー層の材料種によってコート膜の密着性に大きな差が生じるにも関わらず、従来の評価方法である比較例1〜12の手法では、その密着性の差を検出できていないと言える。
【0059】
これに対して、本発明による評価方法を用いた実施例1〜3の結果を図1〜図3に示す。
図1Aは、実施例1において、カット工程直後におけるコート膜の切れ込みを撮影した拡大写真図である。
また、図1Bは、実施例1においてカット工程後のプラスチックレンズを暴露工程に投入し、12サイクル(96時間)経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
また、図1Cは、実施例1においてカット工程後のプラスチックレンズを暴露工程に投入し、21サイクル(168時間)経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
【0060】
図2Aは、実施例2においてカット工程直後におけるコート膜の切れ込みを撮影した拡大写真図である。
また、図2Bは、実施例2において暴露工程の12サイクル(96時間)経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
また、図2Cは、実施例2において暴露工程の21サイクル(168時間)経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
【0061】
図3Aは、実施例3においてカット工程直後におけるコート膜の切れ込みを撮影した拡大写真図である。
また、図3Bは、実施例3において暴露工程の12サイクル(96時間)経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
また、図3Cは、実施例3において暴露工程の21サイクル(168時間)経過時における同じ切れ込み箇所の拡大写真図である。
【0062】
プライマー層の原料としてA液を用いた実施例1では、21サイクルの暴露工程後において切れ込み幅が僅かに大きくなっている。
プライマー層の原料としてB液を用いた実施例2では、21サイクルの暴露工程後においても、切れ込み幅がほとんど変化していないことが確認された。
また、プライマー層の原料としてC液を用いた実施例3では、12サイクルの時点で既に切れ込み幅が広がっており、21サイクルの終了時には、切れ込み幅が大きく広がり、暴露前と比べて3倍以上にもなっている。
【0063】
この実施例1〜3におけるコート膜の最大切れ込み幅を、カット工程直後、暴露工程の6サイクル(48時間)経過時、暴露工程の12サイクル(96時間)経過時、21サイクル(168時間)経過時においてそれぞれ測定した結果を図4に示す。
図4において、横軸は暴露工程への投入時間(hr)であり、縦軸は、カット工程直後の切れ込み幅Wに対する、暴露工程のそれぞれの経過時間における切れ込み幅Wの比(W/W)である。
また、シンボルaは実施例1の場合であり、シンボルbは実施例2、シンボルcは実施例3を示す。
【0064】
図4に示すように、プライマー層の原料としてB液を用いた実施例2のシンボルbでは、21サイクルの168時間経過した後においてもW/Wの値はほぼ1に近く、切れ込みの最大幅にほとんど変化が生じていない。
また、プライマー層の原料としてA液を用いた実施例1のシンボルaでは、21サイクル後においてW/Wの値はおよそ1.3程であり、最大切れ込み幅がわずかに大きくなっている。
【0065】
これに対して、プライマー層の原料としてC液を用いた実施例3のシンボルcでは、6サイクル(48時間)経過時点において既にW/Wの値が1.8程度となり、21サイクル終了時には、3.5以上と大幅に大きくなっている。
また、暴露工程への暴露時間が長くなる程、実施例1〜3におけるW/Wの差が大きくなっている。
【0066】
従来の評価方法である比較例1〜12では、表1において示したように大差の無い結果となっており、比較例13において示されたような実際の密着性を評価できていなかった。
しかし、暴露工程前のコート膜における最大切れ込み幅と、暴露工程後におけるコート膜の切れ込み幅を比較した本発明による実施例1〜3では、W/Wの値に違いが顕著に現れている。
特に、プライマー層の原料としてC液を用いた実施例3では、上述のようにW/Wの値が極端に増大しており、比較例13において剥がれが生じたコート膜の密着性の弱さを検出できている。
すなわち、実施例1〜3によれば、プライマー層の材料によってコート膜の密着性に差が生じているのを識別できている。
【0067】
このように、コート膜に入れた切れ込みの幅を、暴露工程の前後において比較することで、従来の手法では評価のできなかったコート膜の密着性の差異が容易に検出される。
したがって、より厳密かつ正確にコート膜の密着性能を評価でき、高品質なプラスチックレンズを提供することが可能となる。
【0068】
また、最大切れ込み幅を比較することのみによって評価可能であるため測定も容易であり、従来のように基盤目に分割された各領域の剥がれ具合を分類する必要も無い。
また、クロスカットしたコート膜に粘着テープを貼り、剥がすという作業も不要であるので、人為的な作業のばらつきを原因とする誤差も低減される。
【0069】
また、暴露工程前後における最大切れ込み幅の比を求めることで、コート膜の密着性が数値によって定量化され、コート膜の密着性を一般化して簡易に評価できる。
例えば、暴露時間が100時間において、暴露工程前後における最大切れ込み幅の比W/Wが2以上である時は、コート膜の密着性が不足していると判断可能である。
【0070】
なお、ここではプライマー層の材料種が起因でコート膜の密着性に差が生じる例を挙げた。これは一例であり、コート膜を構成するその他の層や膜が原因となる場合も同様に差異を検出し評価することが可能である。
また、本発明による評価方法を用いることで、プライマー液、ハードコート液、反射防止膜やその他の機能性膜を開発するうえで、液の処方における原料の選別手段としても有効に利用することが可能である。
【0071】
以上、本発明によるプラスチックレンズの実施の形態及び実施例について説明した。本発明は上記実施の形態にとらわれることなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、なお考えられる種々の形態を含むものであることは言うまでもない。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチックレンズ基材上に形成されたコート膜に切れ込みを入れるカット工程と、
切れ込みを入れた前記コート膜に対し、紫外線への暴露及び結露状態への暴露を行う暴露工程と、
を含み、前記暴露工程後における前記コート膜の切れ込み幅の変化を評価することを特徴とする
膜密着性の評価方法。
【請求項2】
前記暴露工程前における前記コート膜の最大切れ込み幅と、前記暴露工程後における前記コート膜の最大切れ込み幅とを比較する請求項1に記載の膜密着性の評価方法。
【請求項3】
前記コート膜は反射防止膜を含む請求項2に記載の膜密着性の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−32241(P2012−32241A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−171138(P2010−171138)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】