説明

膜電極接合方法と膜電極接合体の製造方法

【課題】電解質膜の膜面に電極を接合した膜電極接合体のより簡便な製造手法を提供する。
【解決手段】膜電極接合装置100は、第1プロセスにおいて、電極Dを所定ピッチでシート状電解質膜DSに配設し、電極配設済みのシート状電解質膜DSを、巻き取りローラー132の周囲にロール状に巻き取る。この巻き取りに際して、シート状電解質膜DSに長尺方向に沿った張力Tを掛ける。これにより、シート状電解質膜DSは、その膜面に電極Dを密着させたまま張力Tを受けつつロール状に巻き取られることから、巻き取られるシート状電解質膜DSには、ロール中心に向かう径方向応力σrが発生する。この径方向応力σrは、シート状電解質膜DSの膜面に所定ピッチで配設済みの電極Dを当該膜面に押し付けるよう作用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解質膜の膜面に電極を接合して形成する膜電極接合方法と、膜電極接合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電解質膜の膜面に電極を接合した膜電極接合体は、燃料電池の発電単位として用いられる。燃料電池は、この膜電極接合体におけるアノードとカソードの両電極に、ガス拡散層を経て燃料ガスと酸化ガス、例えば水素ガスと空気を供給し、水素と酸素の電気化学反応により発電する。このように膜電極接合体は、燃料電池の基幹部材であることから、種々の製造手法が提案されている(例えば、下記特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−297531号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の特許文献では、電解質膜の膜面への電極(触媒層)の接合を、ローラーを用いたローラー転写により行っている。一般に、こうしたローラー転写は、ローラーを加熱し、或いは加熱環境下でローラーを電解質膜に押圧する熱転写方式となる。熱転写での電解質膜の膜面への電極接合の実効性確保には、ローラー回転速度を遅くして熱転写時間を長くしたり、ローラーでの押圧を高める等の工程設計が必要であった。ところが、熱転写の長時間化は生産性の低下を招きがちとなり、ローラー押圧を高めるには、押圧ローラーの増加やローラー機構の大型化が必要となることから、ランニングコストの増大が懸念される。
【0005】
本発明は、上述した従来の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、電解質膜の膜面に電極を接合した膜電極接合体をより簡便に得ることができる新たな手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決することを目的としてなされたものであり、以下の構成を採用した。
【0007】
[適用1:膜電極接合方法]
電解質膜の膜面に電極を接合して膜電極接合体を形成する膜電極接合方法であって、
長尺のシート状とされたシート状電解質膜の膜面に、前記電極を前記シート状電解質膜の長尺方向に沿って所定ピッチで配設する電極配設工程と、
前記所定ピッチで前記電極が配設済みの前記シート状電解質膜をロール状に巻き取る巻き取り工程と、
前記シート状電解質膜をロール状に巻き取った状態で、前記シート状電解質膜の膜面への前記電極の熱転写が可能な温度環境下で保管する保管工程とを備える
ことを要旨とする。
【0008】
上記構成を備える膜電極接合方法では、電極がシート状電解質膜の長尺方向に沿って所定ピッチで配設済みのシート状電解質膜をロール状に巻き取るので、巻き取り後の状態では、電極配設済みのシート状電解質膜が重なることになる。こうして巻き取られたシート状電解質膜は、その巻き取り状態のままであることから、電極配設済みのシート状電解質膜は、その膜面に電極を密着させた上で、ロール状巻き取りの際の力を受ける。そして、この力は、シート状電解質膜の膜面への電極の熱転写が可能な温度環境下で保管される間において、シート状電解質膜が巻き取り状態のままであることから、維持されるので、シート状電解質膜の膜面への電極接合のために働く。よって、上記構成の膜電極接合方法によれば、押圧ローラーや押圧駆動のための設備機器が不要となるので、コスト低減に寄与できる。しかも、上記構成の膜電極接合方法によれば、上記した応力による電解質膜の膜面への電極接合を上記の保管期間において達成するので、この電極接合を、保管前の工程、具体的には、所定ピッチでの電極配設やシート状電解質膜の巻き取りを行うライン外工程、つまりオフラインとできる。このことは、電極接合の進行状況に合わせて保管前の工程を行う必要がなくなることを意味するので、生産効率の低下を抑制できる。
【0009】
このように電極配設済みのシート状電解質膜を巻き取るに当たり、シート状電解質膜に長尺方向に沿った張力を掛けるようにできる。こうすれば、シート状電解質膜は、こうした張力を受けつつロール状に巻き取られることから、このシート状電解質膜の巻き取りは、シート状電解質膜を基材と仮定した場合におけるこの基材に発生するロール内部応力のモデルが適用できる(例えば、(株)情報機構発刊の「ロールtoロール要素技術と可能性」における第6章Roll to Roll搬送・制御技術)。そして、このロール内部応力のモデルによれば、上記張力(周方向応力)を掛けつつロール状に巻き取られた基材(シート状電解質膜)は、ロール中心に向かうロール半径方向の応力(ロール内部の径方向応力)を受ける。この応力は、シート状電解質膜の膜面に所定ピッチで配設済みの電極を当該膜面に押し付けるよう作用する。そして、この応力(電極の押し付け力)は、シート状電解質膜のロール状の巻き取り完了品が所定の温度環境下(シート状電解質膜の膜面への電極の熱転写が可能な温度環境下)で保管される保管期間に亘って作用するので、この保管期間において、電解質膜の膜面に電極を確実に接合できる。よって、既述した効果を確実に奏することができる。
【0010】
上記構成を備える膜電極接合方法は、次のような態様とすることができる。例えば、前記巻き取り工程において、前記ロール半径方向の応力が一定となるように、前記シート状電解質膜に前記長尺方向に沿って掛ける前記張力を前記シート状電解質膜の巻き取りロール径に応じて調整するようにできる。こうすれば、シート状電解質膜の巻き取り位置、詳しくは巻き取られた箇所のロール半径に拘わらず一定のロール半径方向の応力で電極をシート状電解質膜の膜面に作用させることができるので、電解質膜の膜面への電極接合の均一化、延いては、膜電極接合体の品質の均一化を図ることができる。
【0011】
また、前記電極配設工程において、前記シート状電解質膜の膜面に配設済みの前記電極を加熱するようにすれば、シート状電解質膜の膜面への電極の熱転写が可能な温度にて電極の接合をシート状電解質膜の巻き取り当初から図ることができる。よって、早期の内に電解質膜の膜面への電極接合を図ることができ、生産性の向上を図ることができる。
【0012】
また、前記電極配設工程にて電極を配設するに当たり、前記電極が剥離可能に付着した基材を用い、該基材に付着済みの前記電極を前記シート状電解質膜の膜面に向かせて、前記基材ごと、前記シート状電解質膜の長尺方向に沿って所定ピッチで配設するようにできる。既述した特許文献にもあるように、電解質膜への電極転写に先だち、既存の手法では電極を予め基材に付着させておいてその基材の取扱を経て電極配設を行うので、上記態様によれば、既存手法での電極配設が可能となり、既存設備の有効利用を図ることができる。
【0013】
[適用2:膜電極接合体の製造方法]
電解質膜の膜面に電極を接合した膜電極接合体の製造方法であって、
上記したいずれかの膜電極接合方法で得られた前記シート状電解質膜のロール状の巻き取り完了品から、前記シート状電解質膜を巻き戻し、前記電極を含む領域ごとに前記シート状電解質膜を切断する
ことを要旨とする。
【0014】
上記構成を備える膜電極接合体の製造方法では、電解質膜の膜面に電極を接合した膜電極接合体を容易に製造できる。しかも、シート状電解質膜の巻き戻しと切断で済むことから、特段の設備機器が不要となるので、コスト低減にも寄与できる。
【0015】
本発明は、上記した膜電極接合体を有する燃料電池としても適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本実施例の膜電極接合体製造工程を模式的に示す説明図である。
【図2】第1プロセスにおける設備機器構成を模式的に示す説明図である。
【図3】基材Kへの電極Dの付着形成の様子を説明する説明図である。
【図4】巻き取りローラー132にシート状電解質膜DSを巻き取り終えた電解質巻き取り体DSrに作用する内部応力の概要を示す説明図である。
【図5】シート状電解質膜DSの巻き取りに伴う径方向応力σrと周方向応力σθの様子を示す説明図である。
【図6】電解質巻き取り体DSrをローラー押圧する変形例を示す説明図である。
【図7】第2変形例の第1プロセスの概略を示す説明図である。
【図8】第3変形例の第1プロセスの概略を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、その実施例を図面に基づき説明する。図1は本実施例の膜電極接合体製造工程を模式的に示す説明図、図2は第1プロセスにおける設備機器構成を模式的に示す説明図である。
【0018】
図1に示すように、本実施例の膜電極接合装置100では、電極配設とその加熱およびシート巻き取りを担う第1プロセスと、保管による電極接合を担う第2プロセスと、シート巻き戻しと基材剥離およびシート切断を担う第3プロセスとを順次実行することで、矩形形状の電解質膜DSpの膜面に電極Dが接合した膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly/MEA)を、長尺のシート状とされたシート状電解質膜DSから製造する。シート状電解質膜DSは、シート状ではあるものの、固体高分子材料、例えばフッ素系樹脂により形成されたプロトン伝導性のイオン交換膜であり、湿潤状態で良好な電気伝導性を示す。電極Dは、例えば白金あるいは白金合金等の触媒、導電性を有する担体(例えば、カーボン粒子)上に担持させ、この触媒担体をプロトン伝導性を有する電解質樹脂で薄膜状に形成された触媒電極層である。電極Dの形成については後述する。
【0019】
第1プロセスでは、シート状電解質膜DSが巻き取り搬送される過程のストレート状の搬送経路において、電極配設部110と電極加熱部120による工程を実行し、その後に、巻き取り部130による工程を実行する。電極配設部110は、図2に示すように、対となる上流ローラー対112と、駆動調整機器113と、電極配設機器114とを備える。上流ローラー対112は、駆動調整機器113による送り回転駆動制御とブレーキ制御を受けながら、シート状電解質膜DSを下流側に送り出す。電極配設機器114は、電極Dを表面に付着形成済みの基材Kを基材電極体DKとして基材Kごと取り扱い、基材Kに付着済みの電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に向かせて、基材Kごと、シート状電解質膜DSの膜面に配設する。この際の配設状況については後述する。駆動調整機器113による上流ローラー対112の駆動およびブレーキ制御と、電極配設機器114による基材電極体DKの配設制御は、制御装置200にてなされる。
【0020】
図3は基材Kへの電極Dの付着形成の様子を説明する説明図である。基材電極体DKを得るに当たり、本実施例では、まず、電極Dの形成用の触媒ペーストを用意し、この触媒ペーストを、所定の基材K(例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレンナフタレート(PEN)あるいはポリエチレン(PE)から成る基材)上に塗布する(図3(A))。これら基材Kは、電極Dを剥離可能に付着させる。触媒ペーストは、触媒である白金あるいは白金合金を担持したカーボン粒子と、シート状電解質膜DSと同様のフッ素系高分子電解質とを含有するペーストである。例えば、白金を担持したカーボン粒子は、カーボンブラック等から成るカーボン粒子を、白金化合物の溶液(例えば、テトラアンミン白金塩溶液やジニトロジアンミン白金溶液や白金硝酸塩溶液、あるいは塩化白金酸溶液など)中に分散させて、含浸法や共沈法、あるいはイオン交換法によって作製する。このようにして作製した触媒担持カーボン粒子を、適当な水および有機溶剤中に分散させると共に、既述した電解質を含有する電解質溶液をさらに混合することで、触媒ペーストが得られる。このような触媒ペーストの基材Kへの塗布は、例えば、グラビア印刷、スプレー法、スクリーン印刷、ドクターブレード法、ダイコート法あるいはインクジェット法により行なうことができる。
【0021】
次いで、基材Kに塗布した触媒ペーストを乾燥させることで、この乾燥の触媒ペーストが後に電極Dとなり、この状態で基材Kの表面に電極D(乾燥状況触媒ペースト)が付着した基材電極体DKが得られる。この場合、触媒ペーストを半乾燥の状態としておくこともできる。そして、この基材電極体DKは、その基材Kにおいて電極配設機器114(図2参照)に把持等され、シート状電解質膜DSの膜面に配設される。
【0022】
電極加熱部120は、加熱ヒーター122をシート状電解質膜DSの上方に備え、当該ヒーターにて、シート状電解質膜DSに配設済みの電極Dを、基材Kの側から加熱する。加熱ヒーター122による加熱温度の調整は、制御装置200にてなされ、加熱ヒーター122は、電極Dをシート状電解質膜DSのガラス転移点温度以上に加熱する。この加熱温度は、シート状電解質膜DSの膜面への電極Dの熱転写が可能な温度である。
【0023】
巻き取り部130は、巻き取りローラー132と、その駆動モータ134とを備え、制御装置200による駆動モータ134の駆動制御を経て、シート状電解質膜DSをシート端部から巻き取りローラー132の周囲に巻き取る。この場合、巻き取りローラー132は、その外周に図示しないスリットを備え、当該スリットによりシート状電解質膜DSのシート端部を噛み込んで保持する。制御装置200は、駆動モータ134によるシート状電解質膜DSの巻き取り速度と電極配設部110における駆動調整機器113のブレーキ状況とに基づいて、電極Dが配設済みのシート状電解質膜DSにその長尺方向に沿った張力Tを掛けつつ、シート状電解質膜DSを巻き取りローラー132の周囲にロール状に巻き取る。つまり、シート状電解質膜DSは、電極D(詳しくは基材電極体DK)を配設したまま巻き取りローラー132に巻き取られ、巻き取り完了に伴って電解質巻き取り体DSrとなる。この場合、電解質巻き取り体DSrは、巻き取ったシート状電解質膜DSが巻戻らないようシート終端Seにおいて、固定具Stによりシート終端で固定されている。また、巻き取り部130の手前における電極加熱部120にて、基材電極体DKの電極Dはシート状電解質膜DSのガラス転移点温度以上に加熱されていることから、電極Dはこの温度をほぼ保ったまま、シート状電解質膜DSと共に巻き取られる。
【0024】
制御装置200は、上記のように張力を受けて巻き取りローラー132に巻き取られるシート状電解質膜DSの巻き取り速度、詳しくは電極配設部110を含むストレート状の搬送経路におけるシート状電解質膜DSの搬送速度に応じて電極配設機器114を駆動制御することで、基材電極体DKを単位として、電極Dをシート状電解質膜DSの上に長尺方向に沿って所定ピッチで配設する。これにより、電極Dは、シート状電解質膜DSの膜面に接して所定ピッチで配設されて電解質膜面に密着することになる。この電極Dの配設ピッチは、等ピッチとできるほか、不等ピッチとすることもできる。等ピッチで電極Dを配設すれば、後述の第3プロセス終了後に同一サイズの電極Dを有する膜電極接合体が得られ、不等ピッチであれば、異なるサイズの電極Dを有する膜電極接合体が得られる。なお、図2では、基材電極体DKとシート状電解質膜DSの模式的な描画のために、この両者を同等の厚みとしているが、基材電極体DKの厚みは、シート状電解質膜DSよりも薄いほうが好ましい。基材電極体DKを薄くすれば、電極加熱部120から受けた熱が伝わりやすくなり、効率的に電極Dをシート状電解質膜DSに接合できるほか、電極Dの材料の節約を図ることができる。
【0025】
次に、シート状電解質膜DSの巻き取りに伴って電極Dに作用する応力の様子について説明する。図4は巻き取りローラー132にシート状電解質膜DSを巻き取り終えた電解質巻き取り体DSrに作用する内部応力の概要を示す説明図、図5はシート状電解質膜DSの巻き取りに伴う径方向応力σrと周方向応力σθの様子を示す説明図である。これら図および関連する下記の記述は、(株)情報機構発刊の「ロールtoロール要素技術と可能性」における第6章Roll to Roll搬送・制御技術で述べられた応力解析を踏襲したものである。
【0026】
図4に示すように、巻戻りのない状態の電解質巻き取り体DSrには、既述したようにシート状電解質膜DSに巻き取りの際に長尺方向に沿った張力Tを掛けていることから、径方向応力σrと周方向応力σθと巾方向応力σzのロール内部応力が発生する。電解質巻き取り体DSrでは、巻き取られたシート状電解質膜DSが層状に重なることから、シート状電解質膜DSと共に巻き取られた電極Dをロール中心に向けて作用する応力は、径方向応力σrとなり、巾方向応力σzと周方向応力σθについては、その分力が電極Dに作用するとしても、ごく僅かなため、無視できる。
【0027】
図5に示すように、シート状電解質膜DSの巻き取り前にあっては、巻き取りローラー132の外周には当然に何の力も作用しないが、シート状電解質膜DSをこれに上記の張力Tを掛けつつ巻き取りローラー132に巻き取ると、電解質巻き取り体DSrの最初の巻き取り層のシート状電解質膜DSには、ロール中心に向かう径方向応力σrが発生し、当該応力は巻き取りローラー132の外周側に作用する。図においては基材電極体DKを示していないが、この基材電極体DKは巻き取られるシート状電解質膜DSの内周面側に位置して電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に接していることから、基材電極体DKの電極Dは、上記のシート状電解質膜DSの側からロール中心に向けて径方向応力σrを受けることになる。つまり、径方向応力σrは、シート状電解質膜DSの膜面に所定ピッチで配設済みの電極Dを当該膜面に押し付けるよう作用することになる。シート状電解質膜DSの巻き取りが進む状況では、張力Tを受けて新たに巻き取られつつあるシート状電解質膜DSにおいて、既述したようにロール中心に向かう径方向応力σrが発生し、当該応力はその巻き取られつつあるシート状電解質膜DSの内周面側の電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に押し付けるよう作用する。そして、こうした電極Dの押し付けが、巻き取られつつあるシート状電解質膜DSにおいて起きることになる。
【0028】
上記したようにシート状電解質膜DSに生じる径方向応力σrは、上記した書籍で述べられた内部応力解析モデルに述べられているように、シート状電解質膜DSの巻き取りの際に加える張力Tw(図5では、巻き取り数に対応してT1、T2と記述)を変数として、下記の数式1で表される。
【0029】
【数1】

【0030】
この数式1において、張力Tw以外の添え文字a、b等は係数もしくは変数であり、rは任意のロール径、Rはロール外半径、sはロール外半径Rと任意のロール径rの差分である。係数aは下記の数式2にて導出される。
【0031】
【数2】

【0032】
この数式2において、εcは、電解質巻き取り体DSrを構成するシート状電解質膜DSの電解質巻き取り体DSrにおける半径方向弾性係数Erと円周方向弾性係数Etとで定まるコアに対する相対的な半径方向圧縮率であり、εc=Et/Erとなる。
【0033】
また、数式2におけるγは、下記の数式3〜4にて導出される。
【0034】
【数3】

【0035】
この数式3において、εrは、電解質巻き取り体DSrを構成するシート状電解質膜DSの電解質巻き取り体DSrにおけるコア弾性係数Ecと円周方向弾性係数Etとで定まるロールに対する相対的な半径方向圧縮率であり、εr=Et/Ecとなる。数式4におけるμt、μrは、電解質巻き取り体DSrを構成するシート状電解質膜DSの電解質巻き取り体DSrにおける円周方向ポアソン比と半径方向ポアソン比であり、δは異方性ポアソン比となる。
【0036】
そして、数式2におけるμは、等方性ポアソン比であり、円周方向ポアソン比μtと半径方向ポアソン比μrと上記の半径方向圧縮率εrとから次の数式5で導出される。
【0037】
【数4】

【0038】
また、数式1における係数bは、上記の係数aを用いて下記の数式6から導出される。
【0039】
【数5】

【0040】
本実施例では、上記の数式1に記したように、シート状電解質膜DSに生じる径方向応力σrは、シート状電解質膜DSの巻き取りの際に加える張力Twを変数として定まることから、巻き取り部130におけるシート状電解質膜DSの巻き取りを行うに当たり、制御装置200により張力Tをシート状電解質膜DSの巻き取り外径に応じて調整することで、シート状電解質膜DSに生じる径方向応力σrが一定となるようにした。具体的には、シート状電解質膜DSの巻き取りを重ねる毎に張力Tを調整したり、電解質巻き取り体DSrの巻き取り総数を等分割し、その分割した巻き取り数毎に張力Tを調整して、シート状電解質膜DSに生じる径方向応力σrをシート状電解質膜DSの巻き取り毎に、或いは等分割数の巻き取り数毎に一定とした。しかも、電極加熱部120による加熱を巻き取り部130の手前で行うので、シート状電解質膜DSは、電極Dがガラス転移点温度以上の温度のまま、巻き取りローラー132に巻き取られ、電解質巻き取り体DSrをなす。また、電解質巻き取り体DSrは、固定具Stにより巻戻りが起きないようにされるので、径方向応力σrは、電極Dに上記したように作用したままとなる。
【0041】
上記した第1プロセスに続く第2プロセスは、図1に示すように、恒温保管室140に、第1プロセス終了済みの電解質巻き取り体DSr、即ち、固定具Stにて巻戻りがない状態とされた電解質巻き取り体DSrを保管する。恒温保管室140は、天井ヒーター142と図示しない攪拌機を備え、室内をシート状電解質膜DSの膜面への電極Dの熱転写が可能な温度環境下、具体的にはシート状電解質膜DSのガラス転移点温度の環境下、もしくは当該温度以上の環境下に維持する。これにより、電解質巻き取り体DSrは、恒温保管室140での保管期間に亘って、シート状電解質膜DSの膜面への電極Dの熱転写が可能な温度環境下に置かれるので、電極Dにあっては、この保管期間において、径方向応力σrを受けたまま熱転写が可能な温度に晒されることになる。この場合、電解質巻き取り体DSrの保管期間は、シート状電解質膜DSの性状や、シート状電解質膜DSの膜面への電極Dの熱転写の状況等に応じて適宜設定すればよい。
【0042】
続く第3プロセスは、上記の第2プロセスを経た電解質巻き取り体DSrを恒温保管室140から図示しない作業ラインに搬送し、固定具Stを取り除いてシート終端Se(図4参照)から電解質巻き取り体DSrを巻き戻し、シート状電解質膜DSがストレート状の搬送経路となるよう搬送する。その搬送の過程で、図示しない基板剥離ローラーを基材電極体DKにおける基材Kに押し当てつつ回転させて、基材Kを順次剥離する。そして、基材Kの剥離箇所下流において、図示しないローラーカッター等の切断機器にて、シート状電解質膜DSを、電極Dを中央に含むよう図示する切断ラインCLに沿って切断する。これにより、電極Dを中央に含んだ上で、この電極Dを膜面に接合した矩形形状の電解質膜DSp、即ち膜電極接合体MEAを得ることができる。そして、得られた電解質膜DSpを電極Dが外側を向くよう背中合わせに接合すれば、電解質膜の両膜面にアノード・カソードの両電極Dを接合した膜電極接合体MEAを得ることができる。
【0043】
この場合、第1プロセスにおいて、シート状電解質膜DSの表裏面のそれぞれに同ピッチで基材電極体DKを配設して、この状態で巻き取りローラー132に巻き取るようにすることもできる。こうすれば、第3プロセスの切断を経て、電解質膜の両膜面にアノード・カソードの両電極Dを接合した膜電極接合体を得ることができる。なお、上記のようにシート状電解質膜DSの表裏面に基材電極体DKを配設してシート状電解質膜DSを巻き取る際、最外層のシート状電解質膜DSの外側に基材電極体DKが位置する。よって、上記の巻き取りに当たっては、電解質巻き取り体DSrの最外層、もしくは最外層から数層の巻き取り領域においては、基材電極体DKを配設しないようにすればよい。また、電解質巻き取り体DSrにおいては、表裏に基材電極体DKが位置することから、シート状電解質膜DSの巻き取りの際には、剥離シートをシート状電解質膜DSの一方の面に重ねて巻き取ればよい。
【0044】
以上説明したように、図1の第1〜第3プロセスを行う本実施例によれば、第1プロセスにおいて、電極Dを所定ピッチで配設済みのシート状電解質膜DSを巻き取りローラー132の周囲にロール状に巻き取るに当たり、シート状電解質膜DSに長尺方向に沿った張力Tを掛ける。シート状電解質膜DSは、その膜面に電極Dを密着させたままこうした張力Tを受けつつロール状に巻き取られることから、図4〜図5で説明したように、巻き取られるシート状電解質膜DSには、ロール中心に向かう径方向応力σrが発生し、この径方向応力σrは、シート状電解質膜DSの膜面に所定ピッチで配設済みの電極Dを当該膜面に押し付けるよう作用する。
【0045】
そして、巻き取り完了品である電解質巻き取り体DSrは、固定具Stにより巻き戻りが起きないようにされた上で、第2プロセスの恒温保管室140において、シート状電解質膜DSの膜面への電極Dの熱転写が可能な温度環境下(シート状電解質膜DSのガラス転移点温度の環境下、もしくは当該温度以上の環境下)に保管される。この保管期間において、電解質巻き取り体DSrには巻き戻りが起きないので、上記の径方向応力σrは、継続して電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に押し付ける。よって、第2プロセスにおける恒温保管室140での保管期間において、シート状電解質膜DSの膜面に電極Dを確実に接合できる。この結果、本実施例の膜電極接合手法(第1〜第2プロセス)によれば、従来必要であって押圧ローラーやローラー押圧駆動のための設備機器が不要となるので、コスト低減を図ることができる。しかも、本実施例の膜電極接合手法(第1〜第2プロセス)によれば、径方向応力σrによるシート状電解質膜DSの膜面への電極接合を恒温保管室140での電解質巻き取り体DSrの保管期間において達成できるので、この電極接合を、保管前の工程である第1プロセス(電極配設と巻き取り)のライン外の工程、つまりオフラインとできる。よって、第1プロセスを第2プロセスの進行状況に合わせて行う必要はなくなることから、第1プロセスを随時行って電解質巻き取り体DSrを第2プロセスの保管に回せばよい。よって、電極接合に合わせてその前工程(第1プロセス)の進行状況を調整する必要がなくなり、生産効率の向上を図ることができる。
【0046】
また、本実施例の膜電極接合手法(第1〜第2プロセス)では、その第1プロセスにおけるシート状電解質膜DSの巻き取りに際して、制御装置200により張力Tをシート状電解質膜DSの巻き取り外径に応じて調整することで、シート状電解質膜DSに生じて電極Dに押し付け力として作用する径方向応力σrを一定となるようにした。このため、本実施例の膜電極接合手法によれば、シート状電解質膜DSの巻き取り毎に、或いは等分割数の巻き取り数毎に一定の径方向応力σrで電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に作用させることができるので、電解質膜膜面への電極接合の均一化、延いては、膜電極接合体の品質の均一化を図ることができる。
【0047】
また、本実施例の膜電極接合手法(第1〜第2プロセス)では、その第1プロセスにおいて、図1に示すように、シート状電解質膜DSを巻き取りローラー132に巻き取る前に、シート状電解質膜DSの膜面に電極Dを密着させた上で、その電極Dを加熱ヒーター122により加熱するようにした。そして、この際の加熱温度は、シート状電解質膜DSの膜面への電極Dの熱転写が可能な温度であることから、本実施例の膜電極接合手法(第1〜第2プロセス)によれば、巻き取りローラー132へのシート状電解質膜DSの巻き取り当初から、電極接合を図ることができ、生産性の向上を図ることができる。
【0048】
また、本実施例の膜電極接合手法(第1プロセス)では、シート状電解質膜DSの膜面への電極配設に当たり、電極Dを剥離可能に付着させた基材Kを用い、基材Kに付着済みの電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に向かせて、基材Kごと、所定ピッチで配設するようにした。こうした電極Dの配設手法は、既存手法であることから、既存手法での電極配設が可能となり、既存設備の有効利用を図ることができる。
【0049】
また、本実施例の第3プロセスでは、保管の間に電極Dが膜面に接合済みの電解質巻き取り体DSrを巻き戻し、その巻き戻したシート状電解質膜DSを電極Dを中央に含むように切断するだけで、電極Dが膜面に接合した膜電極接合体を容易に製造できる。しかも、シート状電解質膜DSの巻き戻しと切断で済むことから、特段の設備機器が不要となるので、低コスト化を図ることができる。
【0050】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明はこのような実施の形態になんら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において種々なる態様での実施が可能である。例えば、上記の実施例では、その第1プロセスにおいてシート状電解質膜DSに張力Tを掛けつつ巻き取りようにしたが、巻き取られた電解質巻き取り体DSrを押圧するように変形することもできる。図6は電解質巻き取り体DSrをローラー押圧する変形例を示す説明図である。図示するように、この第1変形例では、巻き取りローラー132と平行に押圧ローラー150を備え、この押圧ローラー150を回転させながら電解質巻き取り体DSrに押し付ける。こうすれば、電解質巻き取り体DSrにおいて、上記した径方向応力σrとローラー押圧力とを電極Dに作用させることができるので、電解質膜膜面への電極接合の実効性を高めることができると共に、第2プロセスでの保管時間を短縮できる。
【0051】
図7は第2変形例の第1プロセスの概略を示す説明図である。図示するように、この変形例の膜電極接合装置100Aは、長尺のシート状とされた基材シートKSにノズル160から既述した触媒ペーストを噴出し、基材シートKSの表面に所定ピッチで電極Dを形成する。この基材シートKSは、乾燥反転装置162に送り込まれ、当該装置において電極Dの乾燥(図3参照)とシート反転に処され、案内ローラー164により案内されて、電極Dがシート状電解質膜DSの膜面に密着するようシート状電解質膜DSと重ね合わされる。そして、膜電極接合装置100Aは、シート状電解質膜DSと基材シートKSとを重ねたまま、巻き取りローラー132に巻き取る。この際、シート状電解質膜DSには既述したように張力Tが掛けられる。この変形例にあっても、電解質巻き取り体DSrの状態において、既述したように径方向応力σrにより電極Dをシート状電解質膜DSの膜面に接合できるほか、第3プロセスにおける基材シートKSの剥離が簡便となる。
【0052】
図8は第3変形例の第1プロセスの概略を示す説明図である。図示するように、この変形例の膜電極接合装置100Bは、基材電極体DKとほぼ同じ厚みの補助シートHSを、シート状電解質膜DSに重ねて巻き取りローラー132に巻き取る。補助シートHSは、基材電極体DKの形状に合わせた窓Wを基材電極体DKの配設ピッチに合わせて備える。よって、シート状電解質膜DSに補助シートHSが重なった状態では、基材電極体DKは補助シートHSの窓Wに入り込むことになる。このため、この変形例では、電解質巻き取り体DSrにおいて重なり合うシート状電解質膜DSをより密着させて巻き取ることができる。
【符号の説明】
【0053】
100、100A〜100B…膜電極接合装置
110…電極配設部
112…上流ローラー対
113…駆動調整機器
114…電極配設機器
120…電極加熱部
122…加熱ヒーター
130…巻き取り部
132…巻き取りローラー
134…駆動モータ
140…恒温保管室
142…天井ヒーター
150…押圧ローラー
160…ノズル
162…乾燥反転装置
164…案内ローラー
200…制御装置
D…電極
K…基材
T…張力
DK…基材電極体
CL…切断ライン
HS…補助シート
DS…シート状電解質膜
KS…基材シート
St…固定具
DSp…電解質膜
DSr…電解質巻き取り体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜の膜面に電極を接合して膜電極接合体を形成する膜電極接合方法であって、
長尺のシート状とされたシート状電解質膜の膜面に、前記電極を前記シート状電解質膜の長尺方向に沿って所定ピッチで配設する電極配設工程と、
前記所定ピッチで前記電極が配設済みの前記シート状電解質膜をロール状に巻き取る巻き取り工程と、
前記シート状電解質膜をロール状に巻き取った状態で、前記シート状電解質膜の膜面への前記電極の熱転写が可能な温度環境下で保管する保管工程とを備える
膜電極接合方法。
【請求項2】
前記巻き取り工程は、前記シート状電解質膜に前記長尺方向に沿った張力を掛けつつ、前記シート状電解質膜をロール状に巻き取ることで、ロール状に巻き取られた前記シート状電解質膜にロール中心に向かうロール半径方向の応力を掛ける、請求項1に記載の膜電極接合方法。
【請求項3】
前記巻き取り工程は、前記ロール半径方向の応力が一定となるように、前記シート状電解質膜に前記長尺方向に沿って掛ける前記張力を前記シート状電解質膜の巻き取りロール径に応じて調整する、請求項2に記載の膜電極接合方法。
【請求項4】
前記電極配設工程は、前記シート状電解質膜の膜面に配設済みの前記電極を加熱する請求項1ないし請求項3いずれかに記載の膜電極接合方法。
【請求項5】
前記電極配設工程は、前記電極が剥離可能に付着した基材を用い、該基材に付着済みの前記電極を前記シート状電解質膜の膜面に向かせて、前記基材ごと、前記シート状電解質膜の長尺方向に沿って所定ピッチで配設する請求項1ないし請求項4いずれかに記載の膜電極接合方法。
【請求項6】
電解質膜の膜面に電極を接合した膜電極接合体の製造方法であって、
請求項1ないし請求項5いずれかに記載の膜電極接合方法で得られた前記シート状電解質膜のロール状の巻き取り完了品から、前記シート状電解質膜を巻き戻し、前記電極を含む領域ごとに前記シート状電解質膜を切断する
膜電極接合体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate