説明

自動車用電線

【課題】現在の自動車用電線に比べて、軽量で細径かつ充分な引張り強度と良好な屈曲特性を有する自動車用電線を提供する。
【解決手段】巻付けにより密着配置された4本のステンレス製素線からなる芯線部と、前記芯線部の周囲に、前記ステンレス製素線と異なるピッチで前記芯線部に螺旋状に巻付けられることにより、1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線からなる外周線部とを有し、さらに前記外周線部を構成する8本の銅製素線全体の断面形状が、パイプ状に形成されていることを特徴とする自動車用電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車用電線に関し、特にステンレス製素線からなる芯線部と銅製素線からなる外周線部を有する構造の自動車用電線に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の電装品の電気的接続等のために用いられる内部配線(ワイヤハーネス)用の電線は、細径であり、かつ電気抵抗が少なく、耐食性や端子との接触性も良好であるだけでなく、機械的特性が優れていること、即ち充分な引張り強度と良好な屈曲特性を有していることが要求される。そこで、単に耐食性と機械的性質が良好なステンレスの細線と、導電性が良好な銅の細線とを多数束ねてなる多芯線とするだけでなく、ステンレスの細線を芯線としてその周囲に多数の銅の細線を配置したり、さらにはステンレスの細線と銅の細線の断面積の比率を所定の範囲内にしたりする等の様々な発明がなされている(特許文献1)。
【特許文献1】特開平9−147631号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、近年の技術の進歩と競争の激化の下で、自動車用電線に要求される細径化、導電性、引張強度、屈曲特性等への水準あるいは要望は、益々厳しくなってきている。特に、近年の電子化の進展の下、乗用車、トラック、単車等自動車用電線の細径化への要求は非常に厳しくなっている。
【0004】
このため、現在用いられている自動車用電線を、より軽量、細径のもので置き換えることが必要とされている。しかしながら、端子への接続作業時に加わる外力あるいは作業性、使用時に加わる振動等を考慮すると、引張強さや屈曲特性は、細径化しても現在用いられている自動車用電線と同等あるいはそれ以上必要とされ、たとえ細径化のために一部劣る面があるとしても大きな遜色があってはならないとされている。
また、公称断面積や公称径が同じであるならば、導電性は同等以上であり、引張り強度や屈曲特性は一層優れ、しかもより軽量な電線が要求されている。
【0005】
また、多芯線の場合、その外周面に凹凸が生じ、このため絶縁被覆は厚くなりがちである。さらに、端子との接続のため工具で絶縁被覆を剥すときに、多芯線の外周面の凹凸で形成された凹み内に線状の絶縁被覆が残らないようにするためにはある程度絶縁被覆を厚くする必要がある。特に、難燃剤を含む絶縁被覆の場合にそうである。
このため、導電部の外周面に凹凸等がなく、絶縁被覆は薄く、その分直径が細く軽量であり、しかも低コストの電線が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以上の要望を充たすためなされたものであり、ステンレス製の芯線を複数の細線(以下、「ステンレス製素線」と記載する)からなるものとし、併せてその本数と外周にある銅製の細線(以下、「銅製素線」と記載する)の本数に工夫を凝らしたものである。
また、ステンレス製素線と銅製素線の断面積にも工夫を凝らしたものである。さらに、ステンレス製素線からなる芯線部の外周に銅製素線を1重かつ相互に密着して配置した状態で電線全体を外から中心方向に圧縮し、細径化したものである。またこれに併せて、絶縁被覆を薄くしたものである。
以下、各請求項の発明について詳しく説明する。
【0007】
請求項1に記載の発明は、4本の密着配置されたステンレス製素線からなる芯線部と、
前記芯線部の周囲に1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線からなる外周線部とを有していることを特徴とする自動車用電線である。
【0008】
本請求項の発明では、主に芯線部のステンレス製素線が引張り強度を受持ち、主に外周線部の銅製素線が導電性(電気伝導)を受持ち、前記の本数の組み合わせにより、同一の外径の電線において、引張強度と導電性とが高い値を有している。
また、各素線は、密着配置されているため、引張り力に対しては一体に受持ち、その一方屈曲による変形は各素線に生じるため、引張強度と屈曲性とのバランスも保たれている。
また、導電性が良好な銅製素線のみが外周に配置されているため、端子との電気的接触も良好になる。
また、銅とステンレスからなるため、耐食性に優れる。
また、芯線が1本の線の場合には、端子への圧着時に硬い芯線が端子に直接接触するいわゆる突き当りが生じる恐れがあるが、本発明では4本の線からなる芯線部とされており、しかも外周の銅製素線は相互に密着して配置されているため、その恐れは少なく、ひいては端子との良好な電気的接触が確保される。
【0009】
請求項2に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記芯線部は、同じ断面積の4本のステンレス製素線が螺旋状に巻付けられてなり、前記外周線部は、同じ断面積の8本の銅製素線が前記ステンレス製素線の周囲に螺旋状に巻付けられてなることを特徴とする自動車用電線である。
【0010】
本請求項の発明では、同じ断面積の(直径)の4本のステンレス製素線が螺旋状に巻付けられてなるため、芯線部の断面は全体としてほぼ円形になり、その外周に銅製素線が巻付け易く構成されている。
また、ステンレス製素線は巻付け(撚り付け)られているため、応力屈曲特性が向上する。即ち、小さな力で大きく曲がるだけでなく、屈曲疲労強度(耐屈曲回数)も向上する。
また、銅製素線は、芯線部に螺旋状に巻付けられているため、ばねやコイルと同じ原理により伸びや屈曲特性が向上する。
また、銅製素線は、強度が大きなステンレス製素線からなる芯線部に巻付けられているので、激しい振動に繰返し曝されても破断しない。
また、銅製素線の巻付けのピッチがステンレス製素線と同じであれば機械の調整等の手間が多少とも少なくなり、異なれば芯線部のステンレス素線間の凹部(溝)に銅製素線が落込むことがない。
なお、銅製素線の巻付けのピッチは、層心径(芯線部の外周にある8本の銅製素線の中心を通る円の直径)の20〜40倍の範囲内、好ましくは20〜34倍程度が、曲げの際に生じる応力の緩和、電気抵抗の増加の防止、製造等の面から適切である。
また、銅製素線の本数は、ステンレス製素線の本数の丁度2倍であるため、巻付けが楽であり、電線の断面の円形化にも寄与する。
また、銅製素線は芯線部の外周に巻付けられているため、銅製素線より導電性が劣るステンレス製素線が端子に直接接触する危険性が少なくなる。
【0011】
請求項3に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記銅製素線は、前記ステンレス製素線よりも断面積が大きいことを特徴とする自動車用電線である。
【0012】
本請求項の発明では、巻付ける銅製素線の方が巻付けられるステンレス製素線よりも断面積が、そして断面が円形であれば直径が大きいため、芯線部のステンレス素線間の凹部に銅製素線が入り込むことがない。
また、引張り強度と導電性のバランスが良好になる。
【0013】
請求項4に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記外周線部を構成する1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線全体の断面形状が、パイプ状に形成されていることを特徴とする自動車用電線である。
【0014】
本請求項の発明では、銅製素線がパイプ状に形成されているため、外径が細くなり、狭い自動車内での配線性が向上する。なおこの際、銅製素線の断面積がステンレス製素線の断面積より大きいと、ステンレスに比べて柔らかな銅製素線の圧縮が容易になり、ステンレス製素線への不必要な加工硬化等が生じ難くなる。
また、外周線部が平滑になるため、絶縁被覆の厚さも均一になり、この面からも電線の細径化と軽量化に寄与する。
また、同じく、現場工事で絶縁被覆を剥した際に、外周の銅製素線間の凹部内に細い糸状に絶縁被覆が残ることがなく、その防止のために絶縁被覆を厚くしておく必要がない。このため、この面からも電線の細径化と軽量化に寄与する。
なお、8本の銅製素線が、全体でその断面形状がパイプ状に形成されてはいるが、自動車用電線が屈曲したときには、各素線は個々に屈曲するため、銅製素線の最外周に大きな曲げ応力が発生することはない。
【0015】
請求項5に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記外周線部の8本の銅製素線全体の断面形状の形成が、外部から前記芯線部方向への圧縮によることを特徴とする自動車用電線である。
【0016】
本請求項の発明では、前記8本の銅製素線全体の断面形状の形成が、8本の銅製素線全体を一度に外部から前記芯線部方向へ圧縮されることによりなされるため、予め成形した銅製素線を巻付けるの等の成形と異なり、より緊密で整然とした断面の形状になる。
また、銅製素線は圧縮により面積がある程度減少しつつ変形し、硬化するが、軟化処理により伸びが大きくなる。その際に、銅製素線の伸びをステンレス製素線の伸びより大きくすることにより、過度の引張りによる破断では、ステンレス製素線が先に破断するようになることに寄与する。この結果、ステンレス製素線のみ断線していない状態で、万が一ユーザが銅製素線の破断に気付かず通電して、自動車用電線が過熱する危険は少くなる。
【0017】
請求項6に記載の発明は、
巻付けにより密着配置された4本のステンレス製素線からなる芯線部と、
前記芯線部の周囲に螺旋状に巻付けられることにより、1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線からなる外周線部とを有し、
さらに前記外周線部を構成する8本の銅製素線全体の断面形状が、パイプ状に形成されていることを特徴とする自動車用電線である。
【0018】
本請求項の発明は、前記請求項1から請求項4までの発明の内、最良の形態の発明を、1の発明として捉えた発明である。このため、前記請求項4の発明と同じ、作用が発揮され、効果が得られる。
【0019】
請求項7記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記外周線部を構成する8本の銅製素線全体の断面形状の形成が、外部から前記芯線部方向への圧縮によることを特徴とする自動車用電線である。
【0020】
本請求項の発明は、前記請求項1から請求項5までの発明の内、最良の形態の発明を、1の発明として捉えた発明である。このため、前記請求項5の発明と同じ、作用が発揮され、効果が得られる。
【0021】
請求項8に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記ステンレス製素線の断面積の合計をAとし、前記銅製素線の断面積の合計をBとしたとき、 13%≦{A/(A+B)}≦35% であることを特徴とする自動車用電線である。
【0022】
本請求項の発明では、ステンレス製素線と銅製素線の断面積の比率が最適化されているため、導電性、引張強度、屈曲特性のバランスが優れた自動車用電線になる。
【0023】
請求項9に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記銅製素線は、直径が0.170mm±10%相当の範囲内であり、
前記ステンレス製素線は、直径が0.130mm±20%の範囲内であることを特徴とする自動車用電線である。
【0024】
本請求項の発明は、公称断面積が0.22mm程度の自動車用電線として、導電性、引張強度、屈曲特性等およびそれらのバランスが優れたものとなる。またこのため、現在の公称断面積が0.5mm程度の自動車用電線に代えて使用可能になる。
ここに、「直径が0.170mm相当の」とは、「直径が0.170mmの素線と同じ断面積の」という意味である。
【0025】
請求項10に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記外周線部を構成する銅製素線の合計断面積が、0.15mm〜0.22mmの範囲内であることを特徴とする自動車用電線である。
【0026】
本請求項の発明も、公称断面積が0.22mm程度の自動車用電線として、導電性、引張強度、屈曲特性等およびそれらのバランスが優れたものとなる。またこのため、現在の公称断面積が0.5mm程度の自動車用電線に代えて使用可能になる。
【0027】
請求項11に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記外周線部の外周に、厚さ0.33mm以下の絶縁被覆を有していることを特徴とする自動車用電線である。
【0028】
本請求項の発明は、絶縁被覆内に難燃剤が添加されていても、現場工事で絶縁被覆を剥した際に、絶縁被覆の一部が外周線部に糸状に取り残されることがなく、かつ薄いため、作業性が良好、軽量かつ細径の自動車用電線になる。
【0029】
請求項12に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記絶縁被覆の厚さが、0.2mm±10%の範囲内であることを特徴とする自動車用電線である。
【0030】
本請求項の発明は、絶縁被覆が一層薄いため、より一層軽量かつ細径の自動車用電線になる。なおこの場合、外周線部を円形に圧縮しているため、薄い絶縁を施すことができる。その圧縮の際に、ステンレス製素線は多少硬化され、伸びは多少減少する。
また、軟化工程において銅製素線の破断伸びを芯線部よりも大きくすることにより、銅製素線の層心径がステンレス製素線の巻付けの径より大きいこともあり、現場作業において、作業者が過誤により過度の引張り力を加えても、ステンレス製素線が先に破断する。この結果、ステンレス製素線は破断しておらず、銅製素線は破断している状態で、ユーザがこれに気付かず通電がなされる危険性が減少する。
【0031】
請求項13に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記ステンレス製素線は伸び15%以上であり、引張強度650MPa以上であることを特徴とする自動車用電線である。
【0032】
本請求項の発明では、ステンレス製素線の(破断)伸びと引張り破断に対する強度が大きいので、製造が容易となると共に、優れた自動車用電線になる。
なお、伸びは17%以上20%程度まで、引張強度は1050MPa以上あることが好ましく、特に引張強度は1100MPa以上あることがより好ましい。
またこのため、本自動車用電線の製造に使用するステンレス製素線の材料ステンレスは、伸び30%以上、好ましくは35〜40%程度、引張強さ700〜800MPa、好ましくは950〜970MPa程度のものが適切である。
【0033】
請求項14に記載の発明は、前記の自動車用電線であって、前記銅製素線は伸び15%以上であり、引張強度200MPa以上であることを特徴とする自動車用電線である。
【0034】
本請求項の発明では、銅製素線の(破断)伸びはステンレス製素線よりも大であり、しかも大きな径で巻付けているため、現場工事で過誤により大きな引張力が作用しても、ステンレス製素線は破断していないが銅製素線は破断しているということがなくなる。このため、過誤の通電でステンレス製素線のみに電気が流れて発熱するという危険がなくなる。
また、銅製素線の破断伸びが大きいので、屈曲特性も向上する。
またこのため、伸びは19%以上が、引張強度は230MPa以上が好ましく、また本自動車用電線の製造に使用する銅製素線の材料としての銅は、引張強度は400〜450MPa程度の硬銅が好ましい。
【0035】
請求項15に記載の発明は、伸び15%以上であり、引張強度650MPa以上かつ直径が0.130mm±20%の範囲内そして同じ断面積の4本のステンレス製素線を螺旋状に巻付けてなる芯線部と、
前記形成された芯線部の外周に、伸び19%以上であり、引張強度220MPa以上かつ直径が0.170mm±10%相当の範囲内そして同じ断面積の8本の銅製素線を1重かつ相互に密着して層心径の20〜40倍のピッチで螺旋状に巻付け、さらに8本の銅製素線全体の断面形状はパイプ状である外周線部と、
前記外周線部の外周に厚さが0.2mm±10%に形成された絶縁被覆とを有していることを特徴とする自動車用電線である。
【0036】
本請求項の発明は、請求項1から請求項14までの発明のうち、材料、寸法、構造等の面から最も好ましい形態を1の発明として捉えたものである。このため、これらの発明の最も好ましい形態と同じ作用がなされ、効果が発揮される。
【0037】
請求項16に記載の発明は、軟材かつ直径が0.130mm±20%の範囲内のステンレス製素線を材料素材として選定するステンレス製素線選定ステップと、
前記選定されたそして同じ断面積の4本のステンレス製素線を螺旋状に巻付けて芯線部を形成する芯線部形成ステップと、
硬銅からなり、直径が0.170mm±10%相当の範囲内である銅製素線を材料素材として選定する銅製素線選定ステップと、
前記形成された芯線部の外周に、1重かつ相互に密着して選定されたそして同じ断面積の8本の銅製素線を層心径の20〜40倍のピッチで螺旋状に巻付けて外周線部を形成する外周線部形成ステップと、
前記外周線部を外部から芯線部の方に押圧して、8本の銅製素線全体の断面形状をパイプ状にし、併せて前記銅製素線の材質を軟化する押圧ステップと、
前記8本の銅製素線全体の断面形状がパイプ状とされた外周線部の外周に絶縁被覆膜層を形成する絶縁被覆膜層形成ステップと、
前記絶縁被覆膜の形成された状態の電線を被覆押出して、絶縁被覆の厚さを0.2mm±10%とする被覆押出ステップとを有していることを特徴とする自動車用電線の製造方法である。
【0038】
本請求項の発明は、請求項1から請求項14までの発明のうち好ましい形態を、製造方法から捉えたものである。このため、これらの発明の好ましい形態と同じ作用がなされ、効果が発揮される。
また、以上の他必要に応じて加熱等他の処理がなされたりもする。
【発明の効果】
【0039】
本発明においては、引張り強度を受持つステンレス製の芯線を4本の素線を巻付けて形成しているため、充分な引張り強度を保持しつつ極めて良好な曲げ疲労特性をも有する自動車用電線となる。
また、芯線が1本の線の場合には、端子への圧着時に硬い芯線が端子に直接接触するいわゆる突き当りが生じる恐れがあるが、本発明では4本の線からなる芯線部とされており、しかも外周の銅製素線は相互に密着して配置されているため、その恐れは少なく、ひいては端子との良好な電気的接触が確保される。
【0040】
また、外周部には導電性が良好な銅製素線のみが配置されているため、端子との接触性が優れた自動車用電線となる。
また、ステンレス製素線、銅製素線のいずれも螺旋状に巻付けられているため、曲げにより発生する応力も小さくなり、このため小さな力で大きく屈曲するだけでなく、屈曲疲労強度も上昇する。
【0041】
また、芯線部方向への圧縮により、銅製素線のみからなる外周線部の外表面はほぼ平滑となるため、その外周の絶縁被覆層の膜厚を薄くすることができ、細径化と軽量化の両面から一層優れた自動車用電線となる。さらに、端子に接続するため絶縁被覆を剥がす際に、外周線部の各銅製素線間に凹部がなく、このため表面は平滑となり、その結果通常の多芯線のごとく細線間の窪み内に絶縁被覆が残ることがなく、作業が楽になる。
【0042】
さらに、具体的な効果の1例を挙げれば、本発明の公称断面積が0.22mmの電線を、従来の公称断面積が0.5mmの一般(80℃)および耐熱絶縁(100、120℃耐熱)を有するフレキシブル導体構成からなる電線(AVSSf、AVSSH、AVSSX等)に代えて自動車のセンサー、信号回路に使用すると、エンジンハーネス重量は15パーセント以上の軽量化が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下、本発明をその最良の実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0044】
(全体構成)
図1に、本実施の形態の自動車用電線10の完成状態の横断面を示す。図1において、20は合計4本のステンレス製素線21からなる芯線部であり、30は合計8本の銅製素線31を圧縮により密着させてなる外周線部であり、40は絶縁被覆である。
この自動車用電線10は、芯線部20の各ステンレス製素線21の横断面はほぼ円形のままであるが、外周線部30の各銅製素線は押圧で一体化され、全体でほぼリング状になっている。またこのため、その外周にある絶縁被覆30は、同じ公称断面積の多芯線に比べて薄くなっている。
以下、この自動車用電線の各部の構造や製造方法について、その特徴を中心に順に説明する。
【0045】
(芯線部)
芯線部20は、直径0.140mmのステンレス製素線21を、4本螺旋状に巻付けたものであり、螺旋のピッチは7mm(7mmで1回転する)程度である。ここに、ステンレスとしてはコスト、引張り強度、伸びの面から高強度、耐熱、ばね用ステンレス鋼を使用している。
このステンレス素線は、加工前において、破断強度は940MPa以上あり、伸びは少なくも30%ある。
なお、ステンレス素線としては、他にSUS304やSUS316を用いることもできる。ただこの場合には、ステンレス製素線の引張強度は最悪で650MPa以上と低下する可能性がある。
【0046】
(外周線部)
外周線部30は、芯線部20の外周に、引っ張り強度が400MPa以上の硬銅からなり、直径が0.190mmの銅製素線31を8本全て同じ方向に螺旋状に巻付け、さらに外部から芯線部方向に銅製素線の断面積が直径0.183mmの素線相当の断面積になるまで圧縮(押圧)して一体化したものである。この結果、外周線部の横断面は、ほぼリング状になり、断面積はおおよそ10%程度減少する。
なお、銅製素線31の巻付けの方向は芯線部20と同じであるが、ピッチは14mmである。ここに、ステンレス製素線21よりもピッチが大きいのは、素線が太いことと、ピッチを変えた方が芯線部20の各ステンレス素線21間の凹部への落込みがなく、良好な巻付けと押圧による一体化がなされることによる。
【0047】
(銅製素線の圧縮)
8本の銅製素線31は、硬銅である。このため、ダイスを使用して外部から芯線方向へ圧縮する際、硬銅といえど銅であるため容易に形状的にパイプ状にされるが、軟銅と異なり過度に線長さ方向に伸びることがなく、作業が容易になる。
図2に、図1に示す自動車用電線10を押圧で圧縮する前の状態を示す。この状態では、4本のステンレス製素線21を撚り合わせてなる芯線部20の外周に、8本の銅製細線(圧縮前と区別するため細線と記す)32が1重に、そして単に相互に接触して巻きつけられているだけの金属線11である。そして、この金属線11の芯線部20と外周線部30とを一端から引張って強制的に細孔のダイスを通過させ、その際8本の銅製細線32をそれらが形成する外縁線から矢印Pで示すように中心方向に同時、均等に押圧する。そして、この押圧により、8本の銅製細線32は全てが一様に変形、密着され、銅製素線31になると共にほぼリング状の外周線部30を形成する。
【0048】
(圧縮でステンレス製素線が受ける外力)
ところで、この押圧の際、中心にある4本のステンレス製素線21には、銅製の細線32ほどには大きな押圧力は作用しない。これを、図3を参照しつつ説明する。図3は、図2に示す圧縮前の金属線11の1/4について、銅製細線32の外縁線から中心方向へ押圧力Pが作用したときに、各部に生じる力を概念的に示したものである。
図3に示すように、各銅製細線32は、押圧力Pにより金属線11の中心方向に動こうとするが、相互に両隣にある他の銅製細線32が邪魔になる。この結果、両隣の銅製細線32から反発力P’、P’’を受けることとなる。
このため、各銅製細線32は、特に相互に接触する部分より外周側では、大きな押圧力を受けて外周端の曲率半径が大きくなり(平坦化し)、また相互の接触部も平坦化により曲率半径が大きくなる。そして、最終的には、全体の横断面がほぼリング状の外周線部30の1/8の要素である銅製素線(圧縮導体)31になる。
【0049】
さて、これらの反発力P’、P’’は、各々反中心方向の分力を有している。このため、各銅製細線32が相互に接触する部分より中心側では、Pが相当打消されることとなる。この結果、中心にあるステンレス製素線21が銅製細線32から受ける押圧力p、さらには他のステンレス製素線21から受ける反力p’は、PやP’、P’’に比較して充分小さくなる。また、軟材とはいえステンレスは硬銅に比較して充分硬い(ヤング率が大きい)。これらのため、強制的にダイスの細孔を通過させた圧縮時に、銅製細線32と異なり、ステンレス製素線21は線方向に多少伸びはするものの、断面の形状は大きくは変化しない。このため、この際の加工により適度に硬化し、これにより引張り強度はある程度向上する。また、この一方多少伸びたこともあり素線そのものの破断伸びはある程度低下する。ただし、4本のステンレス製素線は全体で巻付けられているため、芯線部20としてはその曲げ特性が損われることもない。
その一方で、外周側に位置する銅製素線31との密着および他のステンレス製素線21との密着は適度になされる、即ち引張力には一体的に抵抗し、曲げに対しては各素線ごとに屈曲することとなる。
【0050】
(絶縁被覆)
押圧のためほぼ平坦となった外周線部30に、オレフィン系ポリマー100重量部に難燃剤として水酸化マグネシウムを160重量部添加した絶縁材を、厚さ0.2mmに被覆して絶縁被覆40を形成した。具体的な絶縁材としては、ポリエチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。
なお、絶縁被覆の厚さを0.2mmとするために、外周線部に絶縁被覆層を形成した後に、被覆押出を行った。
【0051】
(曲げ疲労試験結果)
以上の構造の電線の屈曲破断試験を行った。試験方法は、20℃の恒温槽内において、電線の下端に重さ250gの分銅を吊るし、R=6mmのマンドレル(円筒)で電線を軽く挟み込み、マンドレルの外周部に沿って電線を左右に90度ずつ屈曲させ、1往復を1回として90回/分の速度で試験を行った。この上で、500回ごとに、ステンレス製素線または銅製素線のいずれかが破断しているか否かを検査した。
試験結果は、1000回までは異常がなく、1500回で始めて銅製素線が1本破断した。2000回では、全ての銅製素線が破断していたが、充分な曲げ疲労強度を有していることが確認できた。
【0052】
(引張試験結果)
自動車用のハーネス組立の強度(引張破断荷重)規定は、圧着部強度が最も厳しい。そして、公称断面積が0.5mmの場合には、70N以上とされる。ところで、端子圧着では、一般的に強度は70%に低下するため、最低100Nの引張強度が必要となる。
本実施の形態の自動車用電線は、引張り試験の結果、導体強度は100N(破断強度は110N)であった。従がって、充分要求を充たすことが判った。
【0053】
(芯線部と外周線部の伸び試験結果)
以上の製造工程を経て製作されて自動車用電線を、大きな引張り力を加えて破断させた時の芯線部と外周線部の伸びを調べたが、外周線部の方が、芯線部よりも伸びていた。
芯線部のステンレス製素線は伸びが17%であるにも拘らず、外周線部の銅製素線の伸びは20%であること、巻付けのピッチは外周線部の方が大きいことによる。
【0054】
(外径と重量)
外周にある銅製素線を押圧で一体化された外周線部としていること、これに併せて絶縁被覆を薄くしていることのため、絶縁被覆の厚さが0.2mmの自動車用電線の外径は、1.0mmであり、重量は、2.9g/mであり、充分な強度を保持しながら細径化を達成している。
同じく、絶縁被覆の厚さが0.3mmのものでは、外径は1.2mmであり、重量は、3.5g/mである。
【0055】
(比較例1)
従来の公称断面積が0.5mmの自動車用電線は、外径0.19mmの銅線を19本束ねたものである。
この電線は、引張破断加重は120N以上あり、また屈曲試験では1000回までは破断せず、1500回では11本が破断した。このため、機械的強度の面からは、本発明の実施例に遜色はない。しかしながら、電線の外径は1.6mmもあり、重量は7.1g/mmである。
【0056】
(比較例2)
外径0.215mmの純銅製素線を、1本の素線の外周に6本を巻付け、圧縮にて一体化し、さらに厚さ0.2mmの絶縁材を被覆した電線を試作した。
この、電線は、外径こそ0.95mmと細かったが、引張破断加重は65Nと低かった。
【0057】
(比較例3)
外径0.203mmのステンレス製素線の外周に、同じく外径0.203mmの銅製素線を6本螺旋状に巻付けた自動車用電線を製作した。
引張強度が76Nしかなかった。また、曲げ疲労強度も、本発明の実施の形態に比較して低かった。ステンレス製素線の断面積が、銅製素線を含めた金属部の全断面積に対して占める比率が14%と低いのが原因と判断される。
【0058】
(比較例4)
外径0.280mmのステンレス製素線の外周に、同じく外径0.175mmの銅製素線を8本巻きつけた自動車用電線を製作した。
引張強度は、110N程度はあり、要求を充たした。ステンレス製素線の断面積が、銅製素線を含めた金属部の全断面積に対して占める比率が24%程度あるからと思われる。しかし、ステンレス製素線の直径が大きいため、曲げ疲労強度が低下した。
さらに、端子への接続試験では、ステンレス製素線が直接端子に接触する、いわゆる底突きが発生した。
【0059】
(その他の本発明の実施の形態)
前記と同じ直径のステンレス素線と銅製素線を使用して、絶縁被覆厚さが、0.3mmの自動車用電線を製造した。
また、直径が0.135mmのステンレス製素線と、直径が0.192mmの銅製素線を使用して、絶縁被覆厚さが0.2mmの自動車用電線を製造した。なお、銅製素線は、直径0.185mmの素線相当の断面積になるまで圧縮した。
また、直径が0.127mmのステンレス製素線を使用した自動車用電線も製造した。
直径が0.154mmのステンレス製素線と、直径が0.201mmの銅製素線を使用して、絶縁被覆厚さが0.2mmの自動車用電線を製造した。
いずれの実施の形態でも、優れた破断強度と屈曲特性を示した。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の第1の実施の形態の自動車用電線の断面の概念図である。
【図2】図1に示す自動車用電線の圧縮前の断面の概念図である。
【図3】図1に示す電線の外周線部を、押圧にて圧縮する際に、各素線に作用する押圧力を概念的に示す図である。
【符号の説明】
【0061】
10 自動車用電線
11 金属線(押圧前)
20 芯線部
21 ステンレス製素線
30 外周線部
31 銅線素線
32 銅製細線
40 絶縁被覆

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4本の密着配置されたステンレス製素線からなる芯線部と、
前記芯線部の周囲に1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線からなる外周線部とを有していることを特徴とする自動車用電線。
【請求項2】
前記芯線部は、同じ断面積の4本のステンレス製素線が螺旋状に巻付けられてなり、
前記外周線部は、同じ断面積の8本の銅製素線が前記ステンレス製素線の周囲に螺旋状に巻付けられてなることを特徴とする請求項1に記載の自動車用電線。
【請求項3】
前記銅製素線は、前記ステンレス製素線よりも断面積が大きいことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の自動車用電線。
【請求項4】
前記外周線部を構成する1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線全体の断面形状が、パイプ状に形成されていることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項5】
前記外周線部の8本の銅製素線全体の断面形状の形成が、外部から前記芯線部方向への圧縮によることを特徴とする請求項4に記載の自動車用電線。
【請求項6】
巻付けにより密着配置された4本のステンレス製素線からなる芯線部と、
前記芯線部の周囲に螺旋状に巻付けられることにより、1重かつ相互に密着して配置された8本の銅製素線からなる外周線部とを有し、
さらに前記外周線部を構成する8本の銅製素線全体の断面形状が、パイプ状に形成されていることを特徴とする自動車用電線。
【請求項7】
前記外周線部を構成する8本の銅製素線全体の断面形状の形成が、外部から前記芯線部方向への圧縮によることを特徴とする請求項6に記載の自動車用電線。
【請求項8】
前記ステンレス製素線の断面積の合計をAとし、前記銅製素線の断面積の合計をBとしたとき、 13%≦{A/(A+B)}≦35% であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項9】
前記銅製素線は、直径が0.170mm±10%相当の範囲内であり、
前記ステンレス製素線は、直径が0.130mm±20%の範囲内であることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項10】
前記外周線部を構成する銅製素線の合計断面積が、0.15mm〜0.22mmの範囲内であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項11】
前記外周線部の外周に、厚さ0.33mm以下の絶縁被覆を有していることを特徴とする請求項4ないし請求項10のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項12】
前記絶縁被覆の厚さが、0.2mm±10%の範囲内であることを特徴とする請求項11に記載の自動車用電線。
【請求項13】
前記ステンレス製素線は伸び15%以上であり、引張強度650MPa以上であることを特徴とする請求項5または請求項7ないしは請求項12のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項14】
前記銅製素線は伸び15%以上であり、引張強度200MPa以上であることを特徴とする請求項5または請求項7ないしは請求項13のいずれかに記載の自動車用電線。
【請求項15】
伸び15%以上であり、引張強度650MPa以上かつ直径が0.130mm±20%の範囲内そして同じ断面積の4本のステンレス製素線を螺旋状に巻付けてなる芯線部と、
前記形成された芯線部の外周に、伸び19%以上であり、引張強度220MPa以上かつ直径が0.170mm±10%相当の範囲内そして同じ断面積の8本の銅製素線を1重かつ相互に密着して層心径の20〜40倍のピッチで螺旋状に巻付け、さらに8本の銅製素線全体の断面形状はパイプ状である外周線部と、
前記外周線部の外周に厚さが0.2mm±10%に形成された絶縁被覆とを有していることを特徴とする自動車用電線。
【請求項16】
軟材かつ直径が0.130mm±20%の範囲内のステンレス製素線を材料素材として選定するステンレス製素線選定ステップと、
前記選定されたそして同じ断面積の4本のステンレス製素線を螺旋状に巻付けて芯線部を形成する芯線部形成ステップと、
硬銅からなり、直径が0.170mm±10%相当の範囲内である銅製素線を材料素材として選定する銅製素線選定ステップと、
前記形成された芯線部の外周に、1重かつ相互に密着して選定されたそして同じ断面積の8本の銅製素線を層心径の20〜40倍のピッチで螺旋状に巻付けて外周線部を形成する外周線部形成ステップと、
前記外周線部を外部から芯線部の方に押圧して、8本の銅製素線全体の断面形状をパイプ状にし、併せて前記銅製素線の材質を軟化する押圧ステップと、
前記8本の銅製素線全体の断面形状がパイプ状とされた外周線部の外周に絶縁被覆膜層を形成する絶縁被覆膜層形成ステップと、
前記絶縁被覆膜の形成された状態の電線を被覆押出して、絶縁被覆の厚さを0.2mm±10%とする被覆押出ステップとを有していることを特徴とする自動車用電線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−185683(P2006−185683A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−376528(P2004−376528)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(395011665)株式会社オートネットワーク技術研究所 (2,668)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】