説明

船体における船尾軸受構造体

【課題】 樹脂を利用しつつ、船内外の防水性を十分に、かつ、容易に確保する。
【解決手段】 プロペラ軸10を船尾フレーム20に対して、回転自在に支持固定するために、円筒状のブッシュ30およびスリーブ40が用意される。ブッシュ30は、潤滑油を介してプロペラ軸10の表面に接しており、プロペラ軸10は自由に回転する。ブッシュ30の外周には、円筒状のスリーブ40が圧入嵌合している。スリーブ40と船尾フレーム20との間の間隙部分には、第1の樹脂50が充填固化されており、この第1の樹脂50の両端部分は、第2の樹脂60によって封止されている。第1の樹脂50は、硬化した状態において、プロペラ軸10の軸芯を航行に必要な精度で固定するために十分な剛性を有し、第2の樹脂60は、クラックや剥離が生じないために十分な柔軟性を有する。

【考案の詳細な説明】
【0001】
【考案の属する技術分野】
本考案は、船体における船尾軸受構造体に関し、特に、樹脂を利用して軸受を固定する技術を用いるのに適した構造体に関する。
【0002】
【従来の技術】
船舶のプロペラ軸は、船尾部分に回転自在に取り付ける必要があり、しかも、海水の侵入を防ぐための工夫を施す必要がある。すなわち、船尾軸受構造体は、プロペラ軸を滑らかに回転させるためのベアリングとして機能するとともに、海水の侵入を防ぐ防水壁としても機能しなければならない。このような機能を果たす船尾軸受構造体としては、船尾フレームに円筒状の金属部材を圧入させた構造を有するものが古くから知られている。しかしながら、造船時の圧入工程は、非常に手間のかかる工程である。そこで、近年、樹脂を利用して軸受を固定する技術が実用化されている。すなわち、船尾部分に十分に余裕をもった挿通孔を用意しておき、この挿通孔に円筒状の金属部材を挿通させた後、隙間に樹脂を流し込んで固化させるのである。このように樹脂を利用した船尾軸受構造体では、造船時の圧入工程が不要になるというメリットが得られる。
【0003】
【考案が解決しようとする課題】
しかしながら、上述した樹脂を利用した船尾軸受構造体には、樹脂の外周面が船尾フレームの内周面から剥離しやすいという問題点がある。一般に、樹脂は硬化時の発熱反応で熱膨張し、硬化後の温度降下により収縮するため、表面の一部が船尾フレームから剥離する可能性が高い。また、硬化後においても、温度環境が変化すると、このような剥離現象が起こりやすくなる。このように、樹脂の表面部分に剥離が生じると、船尾フレームとの間にμmのオーダーの間隙が生じ、この間隙を伝わってシャフトスペース内の潤滑油が船外へと流出したり、逆に、船外の海水が船内に侵入したりすることになり、大きな問題になる。もちろん、このような問題を解決するために、従来は、Oリングなどの封止部材を取り付けたりシールリングを溶接したりする方法を採っているが、いずれも複雑な構造が必要になり、取り付けのための工程も増えるという新たな問題が生じることになる。
【0004】
そこで本考案は、樹脂を利用しているにもかかわらず、船内外の防水性を十分に、かつ、容易に確保することが可能な船尾軸受構造体を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
(1) 本考案の第1の態様は、船体のプロペラ軸を船尾において回転自在に支持する船体の軸受構造体において、 潤滑油を介してプロペラ軸の表面に接するのに適した内周面を有する円筒状のブッシュと、 このブッシュの外周に嵌合した円筒状のスリーブと、 このスリーブの外周面との間に所定の間隙を保ちつつ、このスリーブを収容する船尾フレームと、 スリーブと船尾フレームとの間の間隙部分に充填された状態で硬化した第1の樹脂と、 この間隙部分を封止することができるように、スリーブの端部外周に沿って充填された状態で硬化した第2の樹脂と、 を設け、第1の樹脂として、硬化した状態において、プロペラ軸の軸芯を航行に必要な精度で固定するために十分な剛性を有する樹脂を用い、第2の樹脂として、硬化時および硬化後において、クラックもしくは剥離が生じないために十分な柔軟性を有する樹脂を用いるようにしたものである。
【0006】
(2) 本考案の第2の態様は、上述の第1の態様に係る船体における船尾軸受構造体において、 プロペラ軸を支持するために必要な複数箇所に、それぞれスリーブおよびブッシュの組み合わせを設けるようにしたものである。
【0007】
(3) 本考案の第3の態様は、上述の第1または第2の態様に係る船体における船尾軸受構造体において、 各スリーブの両端部の外周に沿って、それぞれ第2の樹脂を充填するようにしたものである。
【0008】
(4) 本考案の第4の態様は、上述の第1〜第3の態様に係る船体における船尾軸受構造体において、 第1の樹脂と第2の樹脂との境界部分に、スポンジを介挿するようにしたものである。
【0009】
【考案の実施の形態】
以下、本考案を図示する一実施形態に基づいて説明する。図1(a) および図2(a) は、本考案の一実施形態に係る船尾軸受構造体の構成を示す側断面図である。この船尾軸受構造体は、船体のプロペラ軸10を船尾において回転自在に支持する軸受として機能する。図2(a) は、図1(a) に示す構造体の右方に連なる部分を示している。ここでは図示が省略されているが、プロペラ軸10の図の左端にはスクリューが接続され、図の右端にはエンジンが接続されている。ここに示す実施形態では、プロペラ軸10は、図1(a) に示す第1の構造体と、図2(a) に示す第2の構造体との双方によって、船体に支持されている。
【0010】
図1(a) に示す第1の構造体は、船体の一部を構成する船尾フレーム20に対して、プロペラ軸10を回転自在に固定する軸受として機能し、その基本構成要素は、ブッシュ30とスリーブ40である。ブッシュ30は、潤滑油を介してプロペラ軸10の表面に接するのに適した内周面を有する円筒状の構成要素であり、本体部分は鋳物材料で構成されているが、その内周面には、厚み2mm程度のホワイトメタル層が形成されている。このホワイトメタル層は、潤滑油となじみやすい合金から構成されており、潤滑油を介して、プロペラ軸10の外周面に滑らかに接することができる。一方、スリーブ40は、ブッシュ30の外周に嵌合した円筒状の構成要素であり、鋳物材料または鋼管で構成されている。ブッシュ30はスリーブ40に圧入された状態となっており、ブッシュ30とスリーブ40との間は摩擦力と機械的なスクリューネジにより固定されている。
【0011】
船尾フレーム20は、船体の一部を構成する構造体であり、その内周部分は、ほぼ円筒状をしている。船尾フレーム20の内周部分は、スリーブ40を収容するのに適した貫通孔を形成しているが、スリーブ40の外周面と船尾フレーム20の内周面との間には、所定の間隙が保たれている。この間隙部分には、第1の樹脂50が充填されている。図示のように、船尾軸受構造体が船体に取り付けられた状態では、第1の樹脂50は硬化しており、スリーブ40は船尾フレーム20に対して確実に接合された状態(スリーブ40の外周面に沿って充填された状態)となっている。もっとも、製造段階では、この第1の樹脂50は液状であり、船尾フレーム20の側面に設けられた貫通孔21,22,23は、液状の樹脂を充填する際に利用された孔である。具体的には、貫通孔22,23は、液状の樹脂を導入させるために利用され、貫通孔21は、空気抜き孔として利用される。
【0012】
このように、樹脂を用いて船尾軸受構造体を船体に固定する手法は、たとえば、特開平8−40389号公報などに開示されている公知の技術である。本考案の特徴は、第1の樹脂50の他に、更に、第2の樹脂60を用いて、船外に対する封止を十分に行えるようにした点にある。この第2の樹脂60による封止状態は、図1(b) および図1(c) に詳細に示されている。図1(b) および図1(c) は、それぞれ図1(a) の部分Bおよび部分Cの拡大図である。第1の樹脂50と第2の樹脂60との境界部分には、スポンジ70が介挿されている。このスポンジ70は、液状の第1の樹脂50を充填させる工程において、樹脂の流出を防ぐストッパとして機能する。上述したように、第1の樹脂50は、主剤と硬化剤とを撹拌後、スリーブ40と船尾フレーム20との間の間隙部分に充填され、硬化することになる。このとき、化学反応で樹脂の温度は上昇し、再び大気温度まで下降する。この温度下降時の収縮により、船尾フレーム20の内周部分と樹脂の外周部分との間に、部分的な剥離が生じることになる(船尾フレーム20の内周部分は、意図的に面粗度を粗くしてあるため、このような部分的な剥離が生じていても、スリーブ40に対する固定力に支障はない。)。一方、第2の樹脂60は、スリーブ40と船尾フレーム20との間の間隙部分を封止することができるように、スリーブ40の両端部(図1(a) における左側端部と右側端部)の外周に沿って充填された状態で硬化している。
【0013】
通常、プロペラ軸10と船尾フレーム20との間の空隙部分Sには、潤滑油が満たされる。したがって、第1の樹脂50の外周部分と船尾フレーム20の内周部分との剥離によって間隙が形成されていると、この間隙を伝わって潤滑油が海中へと漏洩したり、逆に、海水が空隙部分Sへと流入したりするおそれがある。
本考案に係る船尾軸受構造体では、第2の樹脂60によって完全な封止が行われているため、このような問題は生じなくなる。従来は、封止を行うために、Oリングなどの封止部材を用いたり、シールリングを溶接したりする必要があったが、本考案では、第2の樹脂60によって封止が可能になるため、封止部材を固定するための余分な構造は不要になり、また、工程も簡略化できる。特に、図示の例のように、スリーブ40の両端部(図1(a) における左側端部と右側端部)の外周に沿って、それぞれ第2の樹脂60を充填しておけば、より強度な封止効果が得られる。
【0014】
このように、本考案に係る船尾軸受構造体の特徴は、第1の樹脂50でスリーブ40を船尾フレーム20に固定するとともに、第2の樹脂60で封止を行うようにした点にある。したがって、第1の樹脂50および第2の樹脂60としては、それぞれの機能を果たすための条件を備えた樹脂を用いる必要がある。
【0015】
まず、第1の樹脂50としては、硬化した状態において、プロペラ軸10の軸芯を航行に必要な精度で固定するために十分な剛性を有している必要があり、スリーブ40を船尾フレーム20に対してしっかりと固定するという本来の機能を果たす必要がある。そのためには、硬化後に十分な剛性を有する樹脂を用いる必要がある。この実施形態では、米国フィラデルフィア・レジンズ・コーポレーション(Philadelphia Resins Corporation )社製のエポキシ系樹脂「チョックファースト・オレンジ(Chockfast Orange)」(登録商標)なる樹脂を用いている。
【0016】
一方、第2の樹脂60としては、硬化時および硬化後において、クラックもしくは剥離が生じないために十分な柔軟性を有する必要がある。この第2の樹脂60の機能は、スリーブ40を固定することではなく、外周面の剥離が生じやすい第1の樹脂50を封止するためのものである。したがって、第2の樹脂60としては、スリーブ40を固定するための剛性は必要はないが、硬化の段階においても、また、硬化後の経年変化においても、クラックや剥離が生じない性質をもった樹脂を用いる必要がある。この実施形態では、米国フィラデルフィア・レジンズ・コーポレーション(Philadelphia Resins Corporation )社製のエポキシ系樹脂「フィリーボンド・オレンジ(Phyllybond Orange)」(登録商標)なる樹脂を用いている。この樹脂は、ある程度の柔軟性を有しているため、硬化段階においてクラックや剥離が生じることはなく、また、硬化後においても、スリーブ40と船尾フレーム20との間に温度変化に起因して多少の相対位置変化が生じても、クラックや剥離が生じることはない。
【0017】
なお、本実施形態では、プロペラ軸10は、図1(a) に示す箇所で支持されるとともに、図2(a) に示す箇所でも支持されている。図2(a) に示されている構造体は、図1(a) に示す構造体とほぼ同様の構成を有している。すなわち、ブッシュ30とスリーブ40との組み合わせにより、プロペラ軸10が船尾フレーム20に対して回転自在に固定されている。このように、実用上は、必要な複数箇所(この例では、2箇所であるが、3箇所以上でもかまわない)に、それぞれスリーブおよびブッシュの組み合わせを設け、プロペラ軸10を回転自在に固定するのが好ましい。
【0018】
図2(a) に示す船尾フレーム20は、図1(a) に示す船尾フレーム20とは若干、形状などが異なっているが、基本的な機能は同じである。ブッシュ30はスリーブ40に圧入された状態となっており、スリーブ40は船尾フレーム20内に収容されている。スリーブ40と船尾フレーム20との間隙部分には、第1の樹脂50が充填された状態で硬化している。船尾フレーム20に設けられた貫通孔24,25は、液状の第1の樹脂50の導入時に利用されたものである。ここでも、第1の樹脂50と船尾フレーム20との間に生じた間隙に対する封止を行うために、第2の樹脂60が用いられている。この第2の樹脂60による封止状態は、図2(b) および図2(c) に詳細に示されている。図2(b) および図2(c) は、それぞれ図2(a) の部分Bおよび部分Cの拡大図である。第1の樹脂50と第2の樹脂60との境界部分には、やはりスポンジ70が介挿されている。
【0019】
最後に、参考までに、本考案に係る船尾軸受構造体を船体に取り付ける具体的な工程を述べておく。まず、図3(a) の正断面図に示すような円筒状のブッシュ30を用意する。図では参考のために、内部にプロペラ軸10が挿入された状態が示されているが、実際のプロセスにおいては、この時点ではまだプロペラ軸10は挿入しない。ブッシュ30の内周面には、潤滑油となじみやすい合金からなるホワイトメタル層35(厚み2mm程度)が形成されており、ブッシュ30は、潤滑油を介してプロペラ軸10を回転自在に支持する機能を果たす。この例では、直径D1のプロペラ軸10を支持するために、外径D2のブッシュ30を用意している。続いて、図3(b) に示すようなスリーブ40を用意する。この例では、スリーブ40の内径はD2、外径はD2+30〜50mmである。ただし、厳密な寸法値としては、スリーブ40の内径はD2よりも若干小さくなっており、内部にブッシュ30を圧入固定することができる寸法となっている。具体的には、ブッシュ30の外形がD2であるのに対し、スリーブ40の内径は(D2−0.005mm)に設定されており、0.005mmのマージンが確保されている。したがって、スリーブ40内にブッシュ30を圧入すると、ブッシュ30はスリーブ40内にしっかりと固定された状態になる。図4は、この圧入後の状態を示す正断面図である。
【0020】
なお、本考案に係る船尾軸受構造体を用いる場合、ブッシュ30をスリーブ40内に圧入する工程は、造船所のドックではなく、工場内で行うことができる。
すなわち、図4に示すような圧入後の構造体を得るまでの工程は、すべて工場内で行うことができる。上述した0.005mmなるマージン寸法は、造船所のドックで圧入作業を行う場合には小さすぎるが、工場内で圧入作業を行う場合には十分な寸法値である。
【0021】
こうして、図4に示す構造体が得られたら、この構造体を建造ドックへと搬入し、船体へと取り付ける作業を行う。まず、この構造体を船尾フレーム20内に挿入し、プロペラ軸10の軸合わせを行う。続いて、各スリーブ40の両端部の外周に沿って、スポンジ70を詰め込む作業を行い、更に、ペースト状の第2の樹脂60(フィリーボンド・オレンジ)を充填する。この後、液状の第1の樹脂50(チョックファースト・オレンジ)を各注入孔より流し込んで硬化させる。
以上の工程により、図1(a) および図2(b) に示すような船尾軸受構造体を船体に取り付ける作業が完了する。最後に、ブッシュ30内にプロペラ軸10が挿入される。
【0022】
【考案の効果】
以上のとおり本考案に係る船尾軸受構造体によれば、2種類の樹脂を用いて、それぞれスリーブの固定および封止を行う構造を採ったため、樹脂を利用しているにもかかわらず、船内外の防水性を十分に、かつ、容易に確保することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本考案の一実施形態に係る船尾軸受構造体の一部分の構成を示す側断面図およびその部分拡大図である。
【図2】本考案の一実施形態に係る船尾軸受構造体の別な一部分の構成を示す側断面図およびその部分拡大図である。
【図3】図1および図2に示すブッシュおよびスリーブの正断面図である。
【図4】図3に示すブッシュおよびスリーブを嵌合した状態の正断面図である。
【符号の説明】
10…プロペラ軸
20…船尾フレーム
21〜25…貫通孔
30…ブッシュ
35…ホワイトメタル層
40…スリーブ
50…第1の樹脂
60…第2の樹脂
70…スポンジ
B,C…拡大部分
S…空隙部分

【実用新案登録請求の範囲】
【請求項1】 船体のプロペラ軸を船尾において回転自在に支持する軸受構造体であって、潤滑油を介してプロペラ軸の表面に接するのに適した内周面を有する円筒状のブッシュと、このブッシュの外周に嵌合した円筒状のスリーブと、前記スリーブの外周面との間に所定の間隙を保ちつつ、前記スリーブを収容する船尾フレームと、前記スリーブと前記船尾フレームとの間の間隙部分に充填された状態で硬化した第1の樹脂と、前記間隙部分を封止することができるように、前記スリーブの端部外周に沿って充填された状態で硬化した第2の樹脂と、を備え、前記第1の樹脂は、硬化した状態において、プロペラ軸の軸芯を航行に必要な精度で固定するために十分な剛性を有し、前記第2の樹脂は、硬化時および硬化後において、クラックもしくは剥離が生じないために十分な柔軟性を有することを特徴とする船体における船尾軸受構造体。
【請求項2】 請求項1に記載の船尾軸受構造体において、プロペラ軸を支持するために必要な複数箇所に、それぞれスリーブおよびブッシュの組み合わせを設けたことを特徴とする船体における船尾軸受構造体。
【請求項3】 請求項1または2に記載の船尾軸受構造体において、各スリーブの両端部の外周に沿って、それぞれ第2の樹脂を充填したことを特徴とする船体における船尾軸受構造体。
【請求項4】 請求項1〜3のいずれかに記載された船尾軸受構造体において、第1の樹脂と第2の樹脂との境界部分に、スポンジを介挿したことを特徴とする船体における船尾軸受構造体。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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