説明

船舶の船尾部構造

【課題】中高速で航行するPCCやコンテナ船のようにフラットな船尾船底を持つ船舶に生じる船尾から誘起される造波現象を緩和すると同時に推進エネルギーに転換すること。
【解決手段】船舶の船尾端部2aにおける船尾船底2b近傍に設けた紡錘体100aと、この紡錘体100aの前部を前記船尾船底2bに回動可能に係止する係止部100cと、前記紡錘体100aを前記船尾船底2bから付勢するばねを含む付勢部100dとを有した紡錘状造波抑制部100を備え、中高速航行時に生じる船尾からの造波を抑制するとともに造波抑制時の波エネルギーを推力に変換可能に構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえば船舶の船尾部構造に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶から排出されるCOは、ほぼその主機出力に比例するため、船種で考えた場合に、多くのCOを排出しているのは、大型の高速コンテナ船やPCC(Pure Car Carrier、以下、単に「PCC」ともいう。)などの大出力船である。このような船の場合、これまで船首部がその抵抗増加の主たる発生部位と考えられてきた。このため、波浪中の抵抗増加を考えるために、船首部の形状について種々のアイデアが検討され、実用化もされている。
【0003】
一方、昨今の研究から船首部が同じでも船尾形状が異なると波浪中の抵抗増加が10%以上も異なる場合もあるという事実が明らかになっている。さらに、中高速で航行するPCCやコンテナ船で船尾の喫水をわずかに変化させるだけで波浪中の抵抗増加が増加したり減少したりする現象が現れた。この現象は、これらの船型が非常にフラットな船底を持つことと強い相関関係があると考えられている。また、上述した抵抗増加が、このフラットな船底を入射波が通過する際に増幅され船尾付近から扇状に振動する様子が観察され、船自身が定常的に作る船尾波が抵抗増加となっていると推察される。
【0004】
PCCやコンテナ船の船尾船底形状が非常にフラットなのは、これまでの復元性規則改正による影響やより多くの貨物を積むための船型変更の過程で現在のような船尾形状になったことが原因であると考えられる。これは、ここ10〜15年くらいの傾向であり、このような船尾における造波現象はあまり知られていない。
【0005】
たとえば、特許文献1では、船体周囲や船体下方の水の流れを修正するように船尾形状を略M字型にし、引き波等の発生を防止する高速滑走型の船体形状とすることで、速度を高めたり燃費を抑えたり、海岸近辺でも高速航行を可能とするような技術的思想が開示される。しかし、この思想では、船尾端部に衝突する波のエネルギーを利用することはできない。
【0006】
特許文献2では、船尾端部に主機関を備えるスペースを設け、それに伴い機関室前部隔壁を後退させ、貨物倉庫容積を大きく確保し、運航効率の向上を図ろうとする技術的思想が開示される。しかし、この思想では、船尾端部に衝突する波によって発生する造波を抑制することを目的としていない。
【0007】
特許文献3では、高速船では船尾の流速が速く、負圧の影響で船尾の沈下量が大きいことから、船尾底面に対して船尾端部を後ろ下がりに傾斜させ水流偏向体を形成し、さらに船尾方向に延びる整流板を備えた技術的思想が開示される。しかし、この思想は単に船尾の沈降量を低減させ船体抵抗を低減するものであり、波が発生する海域を航行する際は、船尾端部に波が衝突して引き波等が生じてしまい、造波エネルギーを分散させることもできない。
【0008】
特許文献4では、トランサムスターンを有する船舶の船尾端部に変曲点を設け、船底を流れる水の流速を当該変曲点前後で変化させることで造波を低減し、燃費向上等を図る技術的思想が開示される。しかし、この思想では、船尾端部に衝突する波の造波エネルギーを活用することが目的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−329874号公報
【特許文献2】特開平9−286385号公報
【特許文献3】特開2008−189197号公報
【特許文献4】特開2002−154475号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、一般的に、船舶が実海域で遭遇する波浪による抵抗増加は運航時の燃費増の主要な原因であり、これまで種々の船型開発が実施されてきたが、反射波を抑制することをその目的とした低速肥大船が対象であるか、船首部のスプレーを抑制することを主眼とするものであった。また、船尾部に対する従来の技術も単に造波を低減したり、船体抵抗の低減を図ったりするだけのものであった。
【0011】
本発明は、これに対し、中高速で航行するPCCやコンテナ船のようにフラットな船尾船底を持つ船舶に生じる船尾から誘起される造波現象を緩和すると同時に推進エネルギーに転換することを目的とする。また、新造船にはもちろんのこと、既存船にも適用可能とするものを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するために、本願の請求項1に係る船舶の船尾部構造は、船舶の船尾端部における船底に楔状もしくは紡錘体状を含む形状を成す造波抑制手段を設け、中高速航行時に生じる船尾からの造波を抑制したことを特徴とする。
【0013】
「船舶の船尾端部」とは、船体の最後方に存する船尾においてさらにその末端の下部及びその近辺を示す語である。
【0014】
「造波抑制手段」とは、船舶が航行時に波を作り出すエネルギーの分、航行用の燃料から生み出すエネルギーをロスし燃費が悪化するところ、航行時に発生させる波を可能な限り少なくするためのあらゆる手段をいい、たとえば波を抑制する形状を有する構造物等を含む概念である。
【0015】
「楔状」とは、たとえば硬い金属や樹脂等で作られた三角錐あるいは四角錐のような、一方から他方に向かって多面体が収束する形状もしくはかかる形状を有する構造体をいう。また、三角錐や四角錘のような多面体が複数個組み合わされた集合体も含むものである。
【0016】
「紡錘体状」とは、たとえばラグビーボールや鶏卵のように、球体をその中心を通る軸の方向へ引き伸ばしたあらゆる扁平形状もしくはかかる形状を有する構造体をいう。
【0017】
こうした構成を備えることにより、造波抑制手段に波が衝突した場合、造波抑制手段の持つ楔状もしくは紡錘体状の形状によって波が分解されることから、船尾部における造波が抑制される。また、この抑制効果により、造波エネルギーを減少せしめる。
【0018】
また、上記課題を解決するために、本願の請求項2に係る船舶の船尾部構造は、船舶の船尾端部における船底近傍に設けた紡錘体と、この紡錘体の前部を前記船底に回動可能に係止する係止手段と、前記紡錘体を前記船底から付勢するばねを含む付勢手段とを有した造波抑制手段を備え中高速航行時に生じる船尾からの造波を抑制するとともに造波抑制時の波エネルギーを推力に変換可能に構成したことを特徴とする。
【0019】
「紡錘体」とは、たとえばラグビーボールや鶏卵のように、球体をその中心を通る軸の方向へ引き伸ばしたあらゆる扁平形状をもつ構造体をいう。
【0020】
「回動可能に係止する係止手段」とは、たとえば部材同士を自由度をもたせて係止する機能を有するあらゆるもので、ピンや軸等により動作可能に止め得るものをいう。
【0021】
「付勢手段」とは、たとえば紡錘体を変位させようとする外力に抗して反力を生じせしめる機能を有する一定の剛性及び弾性を持ったもの、また弾性を制御するものをいい、バネ、ゴム等やダンパー、ショックアブソーバー類を含む。
【0022】
こうした構成を備えることにより、紡錘体に波が衝突した場合、紡錘体によって波が分解されることから、船尾部における造波が抑制される。また、波が紡錘体に衝突して、波の上下動等の影響を受けて船尾端部及び/もしくは紡錘体が水中に潜っても、係止手段の回動に伴う付勢手段の伸縮により船舶の航行に対する抵抗体になることがない。さらに、波の衝突による紡錘体を付勢するばねを含む付勢手段の撓みとして蓄えられたエネルギーを、波の上下動等に伴い船底が持ち上がり遠ざかろうとする際に放出し、船舶に対する推力として得ることができる。
【0023】
また、上記において、請求項3に示すように、付勢手段の特性上の定数を可変として構成してもよい。
【0024】
「付勢手段の特性上の定数」とは、当該付勢手段をその反力性として利用する際における物理的な性質を指標する数値(特性値)をいい、たとえばバネのバネ定数、ゴムの弾性値等やダンパー、ショックアブソーバー類の減衰値を含む。
【0025】
「特性上の定数を可変として」とは、上記付勢手段の数値(特性値)が任意に変更できるようにすることをいい、たとえば数種類から選択可能とする、或いは制御的に状況に応じて変動せしめることを可能とすることをいう。
【0026】
こうした構成を採用すれば、船舶の航行中の波の状況、また揺れやピッチングを把握して、適宜その状態に適合した付勢手段の定数を選択することにより、航行中の流動的な状態に動的に対応した造波抑制や波エネルギーの推力変換を実現することになる。
【0027】
また、上記において、請求項4に示すように、前記楔状の前記造波抑制手段の稜線もしくは前記紡錘体の中心軸の傾斜を前記船底の傾斜よりも大きく設定して構成してもよい。
【0028】
「造波抑制手段の稜線を船底の傾斜よりも大きく設定して」とは、船のおかれた静止水平面を0度の基準面としたときに、船底の傾斜がその基準面となす角度よりも、造波抑制手段の稜線がその基準面となす角度の方が大きい状態を作り出すことをいう。
【0029】
「紡錘体の中心軸を船底の傾斜よりも大きく設定して」とは、船のおかれた静止・航行する水平面を0度の基準面としたときに、船底の傾斜がその基準面となす角度よりも、紡錘体の中心軸がその基準面となす角度の方が大きい状態を作り出すことをいう。
【0030】
こうした構成を採用すれば、造波抑制手段の稜線もしくは紡錘体の中心軸の傾斜が船底の傾斜より大きいために波の成分をベクトル分解したときに、造波抑制手段の面あるいは紡錘体を前方向に押し出すベクトル成分が得られることから、船舶に対する推力を確実に得ることになる。
【0031】
また、上記において、請求項5に示すように、前記造波抑制手段が楔形の場合にこの底部を前記船舶の船底と接しさせて構成してもよい。
【0032】
「造波抑制手段の底部を前記船舶の船底と接しさせて」とは、一方から他方に向かって収束する多面体の形状、たとえば三角錐や四角錐などにおいて、その底面を船舶の船底の面と接する形で設置することをいう。
【0033】
こうした構成を採用すれば、造波抑制手段を船底と一体的に形成でき、無駄な空間の形成や接触面積の増大を防ぐことができる。
【0034】
また、上記の構成において、請求項6に示すように、前記造波抑制手段を、船尾付加物として前記船舶の前記船底に取り付けた構成としてもよい。
【0035】
「船尾付加物として前記船舶の前記船底に取り付けた」とは、たとえば船舶の建造中、進水後に関わらず、船体の形成が完了した後において前記の造波抑制手段を追加の造作として船舶の船底に取り付けることを意味する。
【0036】
こうした構成を採用すれば、造波抑制手段を後発的に取り付けることが可能となるため、既存の船舶に対しても、広く本願の思想を適用することが可能となる。
【発明の効果】
【0037】
本願によれば、造波抑制手段に波が衝突した場合、造波抑制手段の持つ楔状もしくは紡錘体状の形状によって波が分解されることから、船尾部における造波が抑制される。また、この抑制効果により、船体の抵抗増加を減少せしめる。さらに、波によって得たエネルギーを利用して船底が持ち上がり水面から遠ざかろうとする際に推力方向に水を押し出すことで推力を得るため、船舶の推進力をさらに高めることができる。したがって、船舶の省エネ化を図ることができる。
【0038】
また、船底に回動可能に係止した紡錘体と付勢手段により、波の衝突時に蓄えられたエネルギーを、波の上下動等に伴い船底が持ち上がり遠ざかろうとする際に放出し、船舶に対する推力として得て、さらに船舶の省エネ化を図ることができる。
【0039】
また、付勢手段の特性上の定数を可変とすることにより、航行中の波や船体の状況に適合させて最適な造波抑制や波エネルギーの推力変換効果の増大が実現できる。
【0040】
また、造波抑制手段の稜線もしくは紡錘体の中心軸の傾斜を船底の傾斜よりも大きく設定することにより、波の船体を前方向に押し出すベクトル成分を有効に利用して、推力を確実に得ることができる。
【0041】
また、造波抑制手段が楔形の場合、船底に接しさせて構成することにより、無駄な空間の形成を防止し、接触面積の増大を防ぎ船体抵抗の増加を抑制できる。
【0042】
さらに、造波抑制手段を船尾付加物として取り付けることにより、既存の船舶に対しても適用が可能となり、取り替えやメンテナンスも実施し易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施形態に係る船舶の船尾部構造の部分的側面図である。
【図2】同船尾端部の拡大図(図1のT部分)である。
【図3A1】同船尾端部へ波が衝突するときの状態を示す状態図に係る側面図である。
【図3A2】同船尾端部へ波が衝突するときの状態を示す状態図に係る背面図である。
【図3B1】同船尾端部へ波が衝突した後の状態を示す状態図に係る側面図である。
【図3B2】同船尾端部へ波が衝突した後の状態を示す状態図に係る背面図である。
【図4】同船尾部構造の付勢手段としてのダンパー付き付勢部の断面図である。
【図5】本発明の他の実施形態に係る船舶の船尾部構造の船尾端部の拡大図である。
【図6】従来の船尾端部へ波が衝突するときの状態を示す状態図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、図面を参照して本発明を実施するための形態について説明する。なお、以下では、本発明の目的を達成するための説明に必要な範囲を模式的に示し、本発明の該当部分の説明に必要な範囲を主に説明することとし、説明を省略する箇所については公知技術によるものとする。
【0045】
図1は、本発明の一実施形態に係る船舶の船尾部構造の部分的側面図である。同図に示すとおり、たとえば船舶1の船体2に係る船尾端部2aの船尾船底2bには、舵50及びプロペラ60に干渉しない位置に造波抑制部10が設置される。
【0046】
船舶1は、たとえばPCC船やコンテナ船のような中高速船である。この種の船の場合、船尾端部2aにおいて復原性を重視する船型に特有な非常にフラットな船尾船底2bを有している。本発明の適用される船尾船底2bの形状についてはフラットであればよく、船舶の用途はいずれでもよく、船長や最大積載量等に関しても限定はない。
【0047】
船尾端部2aは、その形状及び寸法に特に限定はない。船尾船底2bが水平であっても緩やかな傾斜を有していてもよい。また、図示するように舵50及びプロペラ60を少なくとも一つずつ或いは複数個備えてもよい。船尾船底2bに造波抑制部10を備えるスペースを十分に有していることが好ましい。すなわち、舵50は操舵により所定の角度動き、プロペラ60は航行上正回転及び逆回転するため、これらの動作を妨げないように紡錘状造波抑制部100を設置するようにする。なお、プロペラ60は図示しないポッド推進器のプロペラである場合も含む。
【0048】
造波抑制部10は船舶1に対して備えられるものである。その形状及び寸法に限定はなく、また、航行に係る舵50及びプロペラ60の動作の妨げにならない位置に設置すればよい。備える造波抑制部10の数に限定はなく、船舶1の重心や舵50及びプロペラ60の数を考慮して少なくとも一つ或いは複数個でもよい。たとえば一つ設置する際は、センターライン上であることが好ましく、奇数個設置する場合は一つをセンターライン上に設置し、二つあるいは偶数個設置する際は、センターラインに対して(略)左右対称であることが好ましい。
【0049】
こうした構成を備えることにより、船尾船底2bと波との衝突によって発生する造波を抑制することができ、また船体に作用する力を均衡させることができる。詳細には、造波抑制部10は船尾船底2bよりも下部に備えられており、波が衝突する際は、まず造波抑制部10に衝突し、続いて船尾船底2bに衝突する。このときに、造波抑制部10に用いられた造波抑制用の部材がたとえば楔型或いは紡錘体状であれば、この形状により衝撃を緩和する緩衝材としての役割を果たすとともに、必然的に造波成分を分解するため、船舶1自ら形成する造波を抑制することができる。また、この抑制効果により、造波エネルギーを減少せしめるため、発生した造波の拡散を減少させることができる。さらに、造波抑制部10に用いる造波抑制用の部材の形状や角度を最適に設定することによって、波のベクトルを前向きの力に変換し、船舶1に対する推力を得ることができる。
【0050】
(第一の実施形態)
図2は、本発明の一実施形態に係る船尾端部の拡大図(図1のT部分)である。図中、Aは船尾端部2aの動作方向を示している。
【0051】
同図に示すように、紡錘状造波抑制部100は、水からの抵抗を回避する形状に係る紡錘体100a、紡錘体100aと船尾船底2bとを接続する支持部材100b、紡錘体100aが船底に回動可能とする係止部100c、紡錘体100aを船尾船底2bから付勢する付勢部100dを備えて構成される。
【0052】
紡錘体100aは、その形状及び寸法については特に限定はないが、同図中に示すX−X断面のように、下方向から突き上げる水の衝突に係る抵抗及び上方向から流れ落ちる水の荷重に係る抵抗を回避し得る扁平形状であって、船舶1の用途によって異なる船尾船底2bの幅に応じて造波抑制効果を与えるものであることが好ましい。
【0053】
また、紡錘体100aは進行方向の前方の船尾船底2bに対して、支持部材100bを介して設置される。支持部材100bの形状、寸法及び数に関しては特に限定はないが、流線形等の水に対する抵抗体とならないものが好ましく、紡錘体100aの中心及び/または所定の位置に食い込ませる構成や左右方向から側面を挟ませる構成等のいずれでもよい。船尾船底2bに対する支持部材100bの接合方法は、溶接を含む脱着不能な状態であっても、ネジを含む接合部材を用いて脱着可能な状態であってもよい。紡錘体100a及び支持部材100bの材質としては、舵等と同様な強度を有する素材、たとえば硬質であって防錆効果を有する素材、たとえば金属(たとえば鉄、鋼鉄等に塗装を施したもの)、合成樹脂、セラミック、ゴム等であることが好ましいがこれに限定されることはない。
【0054】
一方、紡錘体100aに対して支持部材100bは、回動可能な係止部100cで係止される。係止部100cは、たとえばピンやボールジョイント等の継手その他回動可能なものであればいずれでもよく、紡錘体100aの動作に応じて柔軟に回動することが好ましい。また係止部100cは、材料自身が柔軟性を有している場合は、紡錘体100aと支持部材100bに固定的に設け、回動可能に構成してもよい。
【0055】
さらに、紡錘体100aは進行方向の後方の船尾船底2bに対して、付勢部100dを介して船尾船底2bと連結するように構成される。付勢部100dは、その形状及び寸法に限定はないが、特性上の定数を可変とするものが好ましく、たとえば、所定のばね定数を有するばね、ばねと空気・油・液体等を媒体とするダンパーとを組み合わせたダンパー式のものを含む。具体的に、特定の定数を可変とするには、ばねそのもののばね定数可変のもの、複数のばねを組み合わせて用い数の選択により可変とするもの、空気ばねのように空気側の調節によりばね定数を可変とするもの、ダンパー式に係るばね及びダンパーの特性について可変とするもの、当該ダンパー式に係るばねのセット荷重を可変とするもののいずれか及びこれらの組み合わせにより実現してもよい。当該特定の定数の可変動作は、図示しないコンピュータ装置からの信号によりに自動可変とし、及び/または操作員等からの操作・指示により可変としてもよい。なお、当該ばねは、硬質であって防錆効果を有する素材、たとえば金属(たとえば鉄、鋼鉄等に塗装を施したもの)が好ましい。また、紡錘体100a及び/もしくは船尾船底2bに対する付勢部100dの接合方法は、溶接を含む脱着不能な状態であっても、ネジを含む接合部材を用いて脱着可能な状態であってもよい。
【0056】
上記のように支持部材100b及び付勢部100dを介して船尾船底2bに設置した紡錘体100aの中心軸における傾斜は、船尾船底2bの傾斜よりも大きく設定することが好ましい。すなわち、支持部材100bを支点として波の影響等により付勢部100dが伸縮して紡錘体100aの後方が上下動を行うところ、波が紡錘体100aに衝突したとき及び衝突後に水位が上がる状態において当該中心軸における傾斜角が船尾船底2bの傾斜角よりも大きなものとするか、或いは水位が下がる状態及び水中から上がるときに付勢部100dが最大限伸び切った状態においても当該中心軸における傾斜角が船尾船底2bの傾斜角よりも大きなものとするか、のいずれでもよい。こうすることで、波の衝突の際においては常に紡錘体100aに衝突する波のエネルギーを紡錘体100aの傾斜を利用してさらに前方への推進力を得ることができる。
【0057】
なお、水位が下がる状態及び水中から上がるときには、当該船舶の進行方向から見た紡錘体100aの後部が、俯角方向に傾斜し、その後方先端部が係止部100cよりも低い位置にまで下がるという形にしてもよい。これにより、紡錘体100aに波が下から当たるときと同様の効果を、水位が下がる状態及び水中から紡錘体100aが上がるときにも得ることができ、これを前方への推進力として得ることができる。紡錘体100aは、その形状から、水が落下し易くなっており、水に浸った後でも船舶全体で見た重量が増えるといった悪影響はほぼ無いものと考えてよい。
【0058】
以下に、紡錘状造波抑制部100が造波を抑制する動作原理の詳細な説明をする。
【0059】
図3A1及び図3A2は、本発明の一実施形態に係る紡錘状造波抑制部に波が衝突するときの状態を示す状態図である。
【0060】
図3A1は衝突するときの紡錘状造波抑制部100についての側面図である。図3A2は衝突するときの紡錘状造波抑制部100を船尾端部2aについての背面図である。両図中、Aは船尾端部2aの動作方向を、Bは紡錘状造波抵抗部100が波から受ける力の向き(衝突時)を、Cは付勢部の圧縮方向を、Dは波のエネルギー変換による力の向きを、それぞれ示している。
【0061】
同両図に示すように、船舶1が波5の上下動等の影響を受けて下方向Aに動作する際に、紡錘体100aの下面部に上向きの波が衝突すると、波は紡錘体100aによって分解されるとともに紡錘体100aに上方向Bの力を及ぼす。これにより、付勢部100dは斜め上方向Cに圧縮され、係止部100cが回動する。したがって、紡錘体100aが緩衝材としての役割を果たし、時間的遅れをもって船尾船底2bに波が衝突し、また、紡錘体100aの形状によって必然的に造波成分が分解されるため、造波を抑制する。これとともに、衝突による波のエネルギーが当該形状によってベクトル分解される結果、船舶1を前に推進する方向Dへの成分が得られることから、これを航行の推力として得ることができる。
【0062】
図3B1及び図3B2は、本発明の一実施形態に係る紡錘状造波抑制部が水面上に浮上するときの状態を示す状態図である。図3B1は浮上するときの紡錘状造波抑制部100についての側面図、図3B2は浮上するときの紡錘状造波抑制部100を船尾端部2aについて見た場合の背面図である。両図中、A´は船尾端部2aの動作方向を、C´は付勢部100dの伸長方向を、D´は波のエネルギー変換による力の向きを、Eは水の流れる向きを、Fは水の荷重及び紡錘体100aの自重がかかる向きを、それぞれ示している。
【0063】
同図に示すように、図3Aにおける波の衝突後、船尾端部2a及び/もしくは紡錘状造波抑制部100は、一時的に水中に存在することになる。その後、船舶1が波の上下動等の影響を受けて上方向A´に動作する際に、波の作用力とともに水の浮力が減少し紡錘体100aが圧縮された付勢部100dの伸長により、波を押すように係止部100cを中心に回動する。この作用により、また船舶1を前に推進する方向への成分D´が得られる。なおこのときに、紡錘体100aの上面部分に存在する水は、紡錘体100aが空気中に臨んだときに扁平形状に沿って(図中E方向)流れ落ちるため、水の荷重を回避する(図中F方向)ことができる。
【0064】
こうした一連の作用により、波が紡錘体100aに衝突し、波の上下動等の影響を受けて船尾端部2a及び/もしくは紡錘体100aが水中に没入しても、波は紡錘体100aによって分解されるとともに紡錘体100aは、係止部100cの回動に伴う付勢部100dの圧縮によりエネルギーを蓄え、波が遠ざかろうとする際にこのエネルギーを放出するため、造波抵抗を抑制すると共に、衝突時の波のエネルギーを前方へ向けることで、船舶1に対する推力として得ることができる。
【0065】
以下に、付勢部100dの別の実施形態について詳細に説明する。
【0066】
(第二の実施形態)
図4は、本発明の一実施形態に係る紡錘状造波抑制部におけるダンパー式の付勢部の概念的断面図である。同図に示すように、ダンパー式の付勢部は、ばね100d−1とダンパー100d−2とを組み合わせて構成される。
【0067】
ばね100d−1は所定のばね定数を有し、少なくとも一つ及び複数個連結して用いてもよい。このばね特性を可変とするには、モータ100d−11及びギヤ100d−12によりばねのセット荷重を設定するようにすることが考えられる。より詳細には、モータ100d−11の回転でギヤ100d−12を駆動し、ねじ100d−13を利用してばね100d−1を上から押し込むことにより、ばねのセット荷重を設定するとよい。なお、モータ100d−11の形状、寸法及び性能やギヤ100d−12のギヤ比等に限定はなく、船尾端部2aに格納できる程度であればよい。また、ばね100d−1は、ばね定数そのものを可変とし、或いは複数個の組み合わせを用いて数の選択により可変としてもよい。
【0068】
ダンパー100d−2は、ピストン100d−21及び比例ソレノイド弁100d−22を備えて構成され、所定のダンパー特性を有する。ピストン100d−21は空気圧、油圧、或いは水圧のいずれかで上下運動を行い、ばね100d−1の中を通って紡錘体100aに接続される。当該ダンパー特性を可変にするには、比例ソレノイド弁100d−22を介してダンパー100d−2の経路の開口調整を行うことにより、所望の減衰値を設定する。なお、ダンパー100d−2の形状、寸法及び容積、ピストン100d−21の形状、寸法、材質、比例ソレノイド弁100d−22の形状、寸法及び性能に限定はなく、ダンパー100d−2が船尾端部2aに格納できる程度のもので、ピストン100d−21は防錆効果を有するものが好ましい。
【0069】
こうした構成及びそれに基づく作用により、ばねのセット荷重及び/またはダンパー特性を可変とするため、波の影響に対して、上下動する紡錘状造波抑制部100の動作も併せてより柔軟に対応することができる。すなわち、ばねのセット荷重の設定だけでは造波抑制機能を十分に果たすことができない状況下では、さらにダンパー特性を設定することで、衝撃の強い波に対しても引き波等を発生させることなく波のエネルギーを推力とすることができる。逆に、ばねのセット荷重だけでは紡錘状造波抑制部100の上下動に係る応答が良すぎる状況下では、当該ダンパー特性を設定することで、紡錘状造波抑制部100において所望の動作を実現することができる。なお、ばね100d−1は、ばね定数を可変とし、セット荷重の変更やダンパー特性の変更と組み合わせてもよい。
【0070】
以下に、造波抑制部10の別の実施形態について詳細に説明する。
【0071】
(第三の実施形態)
図5は、本発明の一実施形態に係る楔形造波抑制部を設けた船尾端部の拡大図(図1のT部分)である。同図に示すように、楔状造波抑制部110は、三角錐状からなる進行方向の前方部分の前方楔部110a及び後方部分の後方楔部110bを合わせて四角錐状として構成されるが、これらを一連の部材から形成して四角錐状としてもよく、船尾船底2bに接した構造でもよい。
【0072】
前方楔部110a及び後方部分の後方楔部110bは、その形状及び寸法については特に限定はないが、船舶1の用途によって異なる船尾船底2bの幅に応じて造波抑制効果を与え、楔状造波抑制部110の稜線の傾斜を船尾船底2bの傾斜よりも大きく設定することが好ましい。すなわち、後方楔部110bを前方楔部110aより後方に長くすることで、後方楔部110bの後方に伸びる稜線の傾斜が船尾船底2bの傾斜より大きくなるようにする。こうすることで、楔状造波抑制部110に衝突する波のエネルギーを、船舶1の造波を抑制しつつ推力として作用するようにベクトル分解することができる。なお、楔状造波抑制部110の表面は水に対する抵抗体とならず所望の造波抑制効果を得るものであればよいため、平面に限らず、部分的な穴があってもよい。また、いわゆる幾何学的に完全な楔形形状でなく、たとえば角を丸めた面取り的な加工等が施されており、若干流線型を取るようなものであったとしても、略楔型と言える形状であればよい。
【0073】
また、楔状造波抑制部110を船尾付加物として船尾船底2bに取り付ける場合、船尾船底2bに対する楔状造波抑制部110の接合方法は、溶接を含む脱着不能な状態であっても、ネジを含む接合部材を用いて脱着可能な状態であってもよく、船尾船底2bとの間に水が入り込む隙間が生じない程度に密着して接した構造であることが好ましい。なお、楔状造波抑制部110の材質は、硬質であって防錆効果を有する素材、たとえば金属(たとえば鉄、鋼鉄等に塗装を施したもの)、合成樹脂、セラミック、ゴム等であることが好ましいが、これに限定されることはない。
【0074】
こうした構成を備えることにより、稜線の傾斜が船尾船底2bよりも大きい楔状造波抑制部110に波5が衝突するため、かかる形状により造波成分が分解され、これにより船尾船底2bへの衝突によって発生する造波が抑制され、ベクトル分解した波のエネルギーを船舶1を推進する方向へ向けることで、船舶1に対する推力として得ることができる。
【0075】
以上詳細に説明したように、楔形、紡錘型を問わずこれらの実施形態によれば、船底端部に波が衝突する際に、造波抑制部の形状によって必然的に造波成分を分解することで発生する造波を抑制するため、造波分のエネルギーを抑制することができる。また、波によって得たエネルギーを船底が持ち上がり水面から遠ざかろうとする際に推力方向に水を押し出すことで推力を得るため、船舶の推進力をさらに高めることができる。したがって、船舶の省エネ化を図ることができる。
【0076】
また、大型船舶においては、航行の際、船尾より生じる引き波が1メートルほどになることも多く、混雑した海域ではこれが小型船舶の転覆の原因となるといった事例もあるところ、本実施形態により船尾部の造波を抑制することから、海域の安全性をより高めることができる。
【0077】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することが可能である。
【0078】
また、上述した実施例は、本発明に係る技術思想を具現化するための実施形態の一例を示したにすぎないものであり、他の実施形態でも本発明に係る技術思想を適用することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明によれば、船底端部に波が衝突することで発生する造波を抑制するとともに、波のエネルギーを船舶の推力として利用できるため、主に造船産業を中心に広く利用可能性が認められるのみならず、環境対策上もすぐれたものである。
【符号の説明】
【0080】
1…船舶、2a…船尾端部、2b…船尾船底、10…造波抑制部、100…紡錘状造波抑制部、100a…紡錘体、100c…係止部、100d…付勢部、110…楔状造波抑制部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶の船尾端部における船底に楔状もしくは紡錘体状を含む形状を成す造波抑制手段を設け、中高速航行時に生じる船尾からの造波を抑制したことを特徴とする船舶の船尾部構造。
【請求項2】
船舶の船尾端部における船底近傍に設けた紡錘体と、この紡錘体の前部を前記船底に回動可能に係止する係止手段と、前記紡錘体を前記船底から付勢するばねを含む付勢手段とを有した造波抑制手段を備え中高速航行時に生じる船尾からの造波を抑制するとともに造波抑制時の波エネルギーを推力に変換可能に構成したことを特徴とする船舶の船尾部構造。
【請求項3】
前記ばねを含む付勢手段の特性上の定数を可変としたことを特徴とする請求項2記載の船舶の船尾部構造。
【請求項4】
前記楔状の前記造波抑制手段の稜線もしくは前記紡錘体の中心軸の傾斜を前記船底の傾斜よりも大きく設定したことを特徴とする請求項1乃至3のうちの1項記載の船舶の船尾部構造。
【請求項5】
前記造波抑制手段が楔形の場合にこの底部を前記船舶の船底と接しさせて構成したことを特徴とする請求項1乃至4のうちの1項記載の船舶の船尾部構造。
【請求項6】
前記造波抑制手段を、船尾付加物として前記船舶の前記船底に取り付けたことを特徴とする請求項1乃至4のうちの1項記載の船舶の船尾部構造。

【図1】
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【図2】
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【図3A1】
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【図3A2】
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【図3B1】
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【図3B2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−16471(P2011−16471A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−163174(P2009−163174)
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(501204525)独立行政法人海上技術安全研究所 (185)