説明

色素上皮由来因子の定量法

【課題】 色素上皮由来因子の正確で再現性ある定量法を開発すること。
【解決手段】 色素上皮由来因子を含有する試料を終濃度が8Mを超える濃度の尿素により処理することを特徴とする、色素上皮由来因子の定量法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色素上皮由来因子の新規定量法および該方法を実施するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
色素上皮由来因子(Pigment epithelium−derived factor、以下PEDFともいう)は、セリンプロテアーゼ阻害物質のスーパーファミリーに属する糖タンパクであり、はじめに強力な神経細胞分化誘導能を有する因子としてヒト網膜色素上皮細胞の培養上清から単離された。近年、PEDFが培養細胞および動物モデルにおいて血管新生をきわめて効果的に阻害することが示された。PEDFは、網膜内皮細胞の増殖、遊走を阻害し、虚血誘発性網膜新血管形成を抑制する。また、本発明者は、PEDFががん細胞においてアポトーシスを誘発し悪性黒色腫等のがん細胞の増殖を抑制することから、がんの予防または治療に有効であることを見出した(特許文献1)。さらに、本発明者は、PEDFがNADPHオキシダーゼ活性を阻害し、それによりNF−κB、IL−6、TNF−α等のサイトカインの活性を抑制することから、血管炎、アテローム性動脈硬化症、急性冠症候群、高血圧、代謝症候群(インシュリン抵抗性症候群)、糖尿病、肥満、糖尿病血管合併症、脳梗塞、炎症、関節リウマチ、肝疾患、腎疾患等の各種疾患の予防または治療に有効であることを示した(特許文献2)。以上のことから、PEDFの生理機能は現在著しく注目されるに至っている。
【0003】
PEDFは各種疾患に関与し、治療薬または診断薬としても有用性が期待されることから、その定量法の必要性は大きい。現在抗PEDF抗体が市販されており、PEDFの定量に使用されている。また、色素上皮由来因子を含有する試料を終濃度8Mの尿素により処理する定量法が知られている(非特許文献1)。しかしながら本発明者による研究では、PEDFは血中にて複合体の形で存在しており、そのため公知の方法での追試等で得られた値は非処置群に比べ、誤差範囲内であって、感度がきわめて低く、その精度は信頼性が低く、再現性は必ずしも良好でなく、従来ではPEDFの定量が困難であったことを示している。
【特許文献1】特願2004−080387
【特許文献2】特願2004−133310
【非特許文献1】Pigment Epithelium−Derived Factor(PDEF)Sandwich ELIZA Kit(Chemicon International社、商品名ChemiKine、カタログ番号:CYT420)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、医学的重要性が注目されているPEDFの感度が高く、正確で再現性のある定量法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上述の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、PEDFを含有する試料を尿素により処理することにより、試料中のPEDFを正確に、かつ再現性よく定量できることを見出し、発明を完成した。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、従来測定が困難であったPEDFを、正確に、再現性よく、かつ高感度に定量することを可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、以下のものを提供する:
(1)色素上皮由来因子を含有する試料を終濃度が8Mを超える濃度の尿素により処理することを特徴とする、色素上皮由来因子の定量法;
(2)色素上皮由来因子を含有する試料に尿素を添加してインキュベートすることを含む、(1)記載の方法;
(3)尿素により処理した試料を50〜100倍に希釈して用いる、(1)または(2)に記載の方法;
(4)抗色素上皮由来因子抗体を用いる、(1)から(3)のいずれかに記載の方法;
(5)(1)から(4)のいずれかに記載の方法を実施するためのキット。
【0008】
本発明は、PEDFの定量法を提供する。PEDFはヒト以外の種、例えば、マウス、ラット、ウサギ等由来のものであってよいが、主としてヒト由来のものを対象とする。本発明の方法により定量できるPEDF含有試料には、ヒト血液、血清、体液、組織、組織からの抽出液が含まれる。
【0009】
本発明の方法は、PEDFを含有する試料を終濃度が8Mを超える濃度の尿素により処理することを特徴とする。終濃度とは、尿素により処理した後の試料における尿素濃度を意味する。終濃度の上限は特に規定はないが、20M程度までが測定効率上好ましい。該処理は、定量対象の試料に尿素を添加してインキュベートすることにより行う。尿素は水溶液の形で添加するのが好ましく、その溶媒としては、蒸留水、注射用精製水等が好ましい。尿素の添加量は、定量対象の試料に含有されるPEDFの定量を可能とする量、通常はPEDFの量に対して過剰量、例えば濃度10Mの尿素水溶液の場合、容量比で試料:尿素水溶液が1:4から1:49、好ましくは1:4から1:19となる量が好ましい。インキュベートは、たとえば4℃にて1時間行う。
【0010】
尿素により処理した試料は、必要に応じて緩衝液等により希釈して定量することができる。希釈に用いる緩衝液には、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液、グルタミン酸緩衝液が含まれるが、リン酸緩衝液またはトリス緩衝液が好ましい。希釈倍率は、PEDF濃度が測定系の測定可能範囲に入る濃度となる倍率、例えば1倍から100倍、好ましくは10倍から100倍、より好ましくは50倍から100倍の範囲である。
【0011】
尿素により処理した試料中のPEDF量は、抗PEDF抗体を用いる通常のELISA法(酵素免疫定量法)により定量することができる。抗PEDF抗体は市販の抗体であってよく、例えばヒト抗PEDFモノクローナル抗体((株)トランスジェニック、KM037)およびビオチン標識抗ヒトPEDF抗体(米国R&D System社、BAF1177)を用いることができる。
【0012】
ELISA法の原理は以下の通りである。はじめに、プラスチックの表面などの固相に目的のタンパク質を含有する溶液を接触させ、溶液中のタンパク質を吸着させる。その後液相を除いて固相に吸着したタンパク質だけを残し、ここに目的のタンパク質のみに特異的に反応する抗体の液を加える。最初に加えたタンパク質の量と後から加えた抗体の量が適切な範囲にあれば、固相に吸着しているタンパク質の量に応じて結合する抗体の量が変化する。抗体を酵素標識して酵素反応によって発色する物質を検出に用いれば、色の濃さ(吸光度)を測定することにより結合した抗体の量を知ることができ、目的のタンパク質を定量することができる。
【0013】
ELISA法には直接吸着法とサンドイッチ法の2種類がある。直接吸着法では、目的のタンパク質を含有する溶液を直接固相(プラスチックチューブやマイクロプレートのウェル)に接触させ、固相表面に非特異的に吸着させる(実際にはタンパク質の持つ電荷や疎水性相互作用で、物理化学的に吸着する)。次いで、後から加える抗体が直接固相に吸着しないように、固相表面を無関係なタンパク質で覆う(ブロッキング)。次に目的のタンパク質に特異的な抗体を加え、当該タンパク質に結合しなかった抗体を洗い流し、残った抗体、言いかえれば目的のタンパク質、を酵素反応により定量する。サンドイッチ法では、先ず固相に目的のタンパク質に特異的な抗体(最初に当該タンパク質を捉える抗体で、通常Capture抗体という)を結合させておく。固相表面をブロックした後、目的のタンパク質を含有する溶液を加えると、溶液中のタンパク質が「抗原抗体反応により」固相に結合する。固相に結合しなかった目的のタンパク質や目的外のタンパク質を洗い流した後、標識した抗体を加え、固相に結合した目的のタンパク質を定量する。
【0014】
本発明では、上記「目的のタンパク質を含有する溶液」として、PEDFを含有する試料を尿素により処理したものを採用する。
【0015】
本発明の方法は、キット化して実施することができる。本キットは尿素を含み、さらに抗PEDF抗体を含んでもよい。本キットはまた、適当な希釈液、洗浄液、発色剤、反応停止液、PEDF標準品等を含むことができる。
【0016】
本発明は、PEDFが関与する疾患の診断にも使用することができる。該疾患には、癌、血管炎、血管障害、アテローム性動脈硬化症、急性冠症候群、高血圧、代謝症候群(インシュリン抵抗性症候群)、糖尿病、肥満、糖尿病血管合併症、脳梗塞、炎症、関節リウマチ、肝疾患、腎疾患が含まれる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はいかなる意味においてもこれらに限定されない。
実施例
ヒト血清50μLに5M、7.5M、10M、12.5M、15Mおよび20Mの尿素(関東化学)を200μL添加し(それぞれ終濃度4M、6M、8M、10M、12Mおよび16M)、4℃にて1時間インキュベートした。インキュベート後の試料を0.25%牛血清アルブミン(BSA)および0.05%ツイーン20含有10mMリン酸緩衝液(pH7.4)を用いて50〜100倍希釈した。
ヒト抗PEDF抗体((株)トランスジェニック)含有溶液(抗体濃度1.0μg/mL、液量100μL)を固相(96ウェルプレート。NUNC-Immno Module、ダイナテック社)に接触させ4℃にて一昼夜インキュベートし、該抗体を固相に吸着させた。0.05%ツイーン20含有トリス緩衝液(pH7.6)350μLにて洗浄を4回行った。1%BSA、0.05%ツイーン20および0.3%SynperonicF68(Serva社)を含有するトリス緩衝液(pH7.6)を200μLずつ分注し、室温で2時間静置することによって、固相表面をブロッキングした。これを室温にて1〜2時間インキュベートし、0.05%ツイーン20含有リン酸緩衝液にて洗浄を4回行った。PEDF標準液(組換えヒトPEDF、Chemicon International社製)および定量対象の試料液をそれぞれ100μLずつ加え、室温にて2時間振とうした。0.05%ツイーン20含有トリス緩衝液(pH7.6)にて洗浄を4回行った。ビオチン標識抗PEDF抗体(米国R&D Systems社)含有溶液100μL(抗体濃度1.0μg/mL)を加え、室温にて2時間振とうした。これにより免疫複合体が形成された。未反応の標識抗体を0.05%ツイーン20含有トリス緩衝液(pH7.6)にて洗浄を4回行った。ストレプトアビディン−西洋わさび パーオキシダーゼ(米国Zymed社)100μLを添加して、室温にて30分間インキュベートした。0.05%ツイーン20含有トリス緩衝液(pH7.6)にて4回洗浄後、基質液としてのテトラメチルベンジジン(Biosource社)100μLを加えて室温にて10分間インキュベートした。1.8N硫酸100μLを加えて反応を停止させ、450nmおよび630nmにおける吸光度を測定した。
【0018】
尿素により処理した試料を100倍希釈した試料液について、様々な尿素濃度での前処理でのPEDFの測定値を図1に示す。この図から、前処理における尿素濃度はその終濃度が8Mではなく、それを超える濃度、たとえば、10Mが好ましいことが理解される。PEDF標準液を用いての測定値を以下の表1に示し、その値に基づいて作成した検量線を図2に示す。
【表1】

ヒト血清中のPEDFは、その血清試料を終濃度が8Mを超える濃度の尿素により処理することによって、ELISA法を用いて定量することができた。この結果は、PEDFを含有する試料を終濃度が8Mを超える濃度の尿素により処理することによって試料中のPEDFが感度よく、正確に再現性よく、定量可能となることを示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、尿素により処理した試料を100倍希釈した試料液について、前処理での様々な尿素濃度でのPEDFの測定値を示す。横軸は尿素の終濃度を示す。
【図2】図2は、標準液の測定値に基づいて作成した検量線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色素上皮由来因子を含有する試料を終濃度が8Mを超える濃度の尿素により処理することを特徴とする、色素上皮由来因子の定量法。
【請求項2】
色素上皮由来因子を含有する試料に尿素を添加してインキュベートすることを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
尿素により処理した試料を50〜100倍に希釈して用いる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
抗色素上皮由来因子抗体を用いる、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の方法を実施するためのキット。


【図1】
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【図2】
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