説明

芍薬の等級鑑定方法

【課題】客観的な分析データに基づいた芍薬の等級鑑定方法を提供する。
【解決手段】(1)芍薬中の揮発性成分の量に基づいて等級を評価する。(2)揮発性成分の量が芍薬中の成分を溶媒にて抽出し、抽出された成分を分析し、検出された量である。(3)揮発性成分がノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルである。(4)揮発性成分がノピノンである。(5)抽出に用いる溶媒が水である。(6)50〜70℃の温水である。(7)抽出に用いる溶媒が水であり、抽出された揮発性成分を有機溶媒に転溶し、有機溶媒中に含まれる揮発性成分をガスクロマトグラフィーにて定量する。(8)抽出された成分を固相抽出法で捕捉し、捕捉された揮発性成分を直接熱脱着法でガスクロマトグラフに導入し定量するか、または有機溶媒で溶出後ガスクロマトグラフィーにて定量する。(9)抽出された成分を液体クロマトグラフィーにて定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮発性成分分析による芍薬の等級鑑定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本薬局方記載の生薬としての芍薬は、シャクヤク(Paeonia lactiflora Pallas)の根であり、細根やコルク層を削り取った根を乾燥して調製され、換算した生薬の乾燥物に対してペオニフロリン2%以上含むことが規定されている(非特許文献1)。一方、中国漢方薬では、芍薬を「白芍」と「赤芍」に大別し、それぞれ異なった性味や効能を有する薬物として区別して配合しており、基原植物としてPaeonia lactiflora Pallas以外にP.obovata Maxim.、P.veitchii Lynch.も用いられている。
【0003】
芍薬は、主として漢方処方用薬として用いられ、鎮痛鎮痙薬、婦人薬、冷え症用薬、かぜ薬、皮膚疾患用薬、消炎排膿薬としてみなされる処方及びその他の処方に高頻度で配合されている。例えば、当帰芍薬散、四物湯、桂枝茯苓丸、芍薬甘草湯、十全大補湯など数多くの漢方薬に処方されている。
【0004】
生薬としての芍薬の性状は、円柱形を呈し、長さ7〜20cm、径1〜2.5cm、外面は褐色〜淡灰褐色で、明らかな縦じわ及びいぼ状の側根の跡と横長の皮目がある。横切面はち密で淡灰褐色を呈し、木部は淡褐色の放射状の線がある。本品は特異なにおいがあり、味は初めわずかに甘く、後に渋くてわずかに苦い(非特許文献1)。芍薬のなかでも、太くて内部が充実し、やや柔軟性を帯び、内部が微赤色〜白色を呈し、収斂性とやや苦みがあり、芍薬独特のにおいが強いものが良品とされており、奈良県産の芍薬の「大和芍薬」は高級品とされている。
【0005】
実際の日本市場における芍薬の品質および価格は、外観、においおよび味についての熟練者による官能試験に基づく鑑定結果に依存している。しかし、官能試験に基づき正確な鑑定を行うには、長い経験年数がかかること、そして五感に頼る鑑定では客観性や再現性に問題を生じる場合もある。従って、五感に頼る鑑定に加えて、客観的な分析データによる科学的技法に基づく鑑定の裏づけが可能であれば、鑑定の信頼度はさらに向上し、市場価格の適正化にも寄与すると期待される。さらにシャクヤクの採集から生薬までの調製加工が、その生薬の薬効成分量等の含量や品質に大きく関与してくるが(非特許文献2、3)、科学的技法に基づく鑑定方法は、その調製加工の適正な工程管理や製品の品質管理にも寄与できると期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】第15改正日本薬局方 3589〜3591頁など
【非特許文献2】池田憲廣ら、薬学雑誌 116巻、138〜147頁(1996年)
【非特許文献3】野口衛ら、FFIジャーナル 213巻、727〜736頁(2008年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、長年の経験に基づいた熟練者の五感を用いた官能試験による芍薬の等級鑑定を裏付ける客観的な分析データに基づいた芍薬の科学的等級鑑定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、五感の鑑定の中でも熟練者が重要としているにおいに着目し、すでに熟練鑑定家により等級付けされた芍薬について、芍薬の持つ香気成分を含む揮発性成分の分析結果を解析した。鋭意検討した結果、芍薬中の揮発性成分全体に占めるノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量の割合ならびにこれらの成分の一つ以上の合計した量の割合と、熟練鑑定家により鑑定された芍薬の等級とが良く相関し、等級を判別する上で有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)芍薬中の揮発性成分の量に基づいて等級を評価することを特徴とする芍薬の等級鑑定方法;
(2)揮発性成分の量が芍薬中の成分を溶媒にて抽出し、抽出された成分を分析し、検出された量である(1)記載の等級鑑定方法;
(3)揮発性成分がノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルである(1)または(2)記載の等級鑑定方法;
(4)揮発性成分がノピノンである(3)記載の等級鑑定方法;
(5)抽出に用いる溶媒が水である(1)〜(4)のいずれかに記載の等級鑑定方法;
(6)50〜70℃の温水である(5)記載の等級鑑定方法;
(7)抽出に用いる溶媒が水であり、抽出された揮発性成分を有機溶媒に転溶し、有機溶媒中に含まれる揮発性成分をガスクロマトグラフィーにて定量する(1)〜(4)のいずれかに記載の等級鑑定方法;
(8)抽出された成分を固相抽出法で捕捉し、捕捉された揮発性成分を直接熱脱着法でガスクロマトグラフに導入し定量するか、または有機溶媒で溶出後ガスクロマトグラフィーにて定量する(1)〜(7)のいずれかに記載の等級鑑定方法;
(9)抽出された成分を液体クロマトグラフィーにて定量する(1)〜(6)のいずれかに記載の等級鑑定方法;
などを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、従来熟練者の官能試験結果に基づき行われていた芍薬品質評価、即ち芍薬等級鑑定が、簡便で、客観的かつ再現性の良い分析データに基づき、芍薬の等級鑑定をすることが可能である。従って、芍薬等級鑑定の信頼度はさらに向上し、市場価格の適正化、調製加工の適正な工程管理ならびに製品の品質管理にも寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】芍薬揮発成分のガスクロマトグラフィー分析のチャートを示す。チャートにおけるサンプルSY25H,SY23H,SY03HおよびSY04Hは、それぞれ表1のサンプル番号1、2、3および4である。
【図2】図1のチャートを部分拡大したもので、ノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルのピーク位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下において、本発明を詳細に説明する。本発明の等級鑑定方法により鑑定することができる芍薬としては、シャクヤク(Paeonia lactiflora Pallas)の根だけでなく、近縁植物のP.obovata Maxim.やP.veitchii Lynch.の根も等級鑑定することができる。
【0013】
本発明は、芍薬中の成分を溶媒にて抽出し、抽出された揮発性成分中の特定成分の量あるいは複数成分の合計量に基づいて等級を評価する芍薬の等級鑑定方法に関するものである。抽出に用いる芍薬サンプルは、抽出効率を考慮して、スライス切片として用いるのが好ましいが、これを更に細かく粉砕したものでも構わない。たとえばスライスの場合は1mm〜2mm程度のスライスとして溶媒抽出に用いるのが好ましい。
【0014】
等級鑑定に用いられる芍薬の特定成分としては、ノピノン(nopinone)、ミルタナール(myrtanal)、ミルタノール(myrtanol)、ミルテナール(myrtenal)およびサリチル酸メチル(methyl salicylate)が挙げられる。これら成分のうち、ノピノン、ミルタナール、ミルタノールおよびミルテナールは、エナンチオマーおよびジアステレオマーの立体異性体の混合物であっても良い。例えば、ミルタナールおよびミルタノールの場合は、シス体、トランス体のジアステレオマー、およびそれらのエナンチオマーの混合物であっても良い。
【0015】
抽出溶媒は、ノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチル等の芍薬中の揮発性成分が抽出される溶媒であればよく、例えば水、ならびにメタノールまたはエタノール等のアルコール類、アセトン、エーテル、塩化メチレン、ヘキサンなどの有機溶媒等が用いられる。
【0016】
抽出時の溶媒の温度は、水の場合は50〜70℃程度の温水を用いるのが好ましい。通常、揮発性成分の分析は、サンプルから揮発性成分を、例えば50〜70℃程度の温水で抽出し、ここから更に脂溶性成分を有機溶媒に転溶し、溶媒を濃縮して得られる溶液をガスクロマトグラフィーにて分析する。また、抽出された成分を固相抽出法で捕捉し、捕捉された揮発性成分を直接熱脱着法でガスクロマトグラフに導入し定量するか、有機溶媒で溶出後ガスクロマトグラフィーにて定量することもできる。
【0017】
ここで、固相抽出法とは、一般的には、化学結合型シリカゲル、ポーラスポリマー、アルミナ、活性炭等の固定相(固相)を用いながら複雑な組成を示す試料中から特定の目的成分のみを選択的に抽出し、分離・精製を行っていく手法のことをいう。例えば、3M社製エムポア(登録商標)、GLサイエンス社製MonoTrap(登録商標)などを用いてこれに水溶液中の有機物を吸着させ、有機溶媒で溶出する方法が挙げられる。他にも、各社カートリッジ化した製品、例えば、バリアン社製ボンドエルート(登録商標)、ウォーターズ社製セップパックなど、またはそれらの相当品でも同様な操作で水溶液中の有機物を回収することができる。また、スペルコ社製SPME、ゲステル社製Twisterなどを用いた場合には、上に示した例と同様、吸着後有機溶媒による抽出も可能だが、直接熱脱着によりガスクロマトグラフへの吸着物の導入が可能である。
【0018】
一方、芍薬サンプルの温水抽出物をそのまま液体クロマトグラフィーにて分析することも可能である。
【0019】
本発明方法の一例を示すと、芍薬の厚さ1〜2mm程度のスライス切片を60℃の湯浴中で水にて3回抽出し、得られた熱水抽出物から減圧蒸留に付して、水と共に揮発性成分を回収、ついで有機溶媒に転溶後、有機溶媒を濃縮して分析用のサンプルを得て、これをガスクロマトグラフィーにて分析し、各成分量を定量する。この定量値をもとに、ノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量あるいはこれら成分の2つ以上の成分の合計量を算出し、これらの値の検出されたトータルの揮発性成分に対する割合を算出する。そして検出される揮発性成分に対するノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量あるいはこれら成分の2つ以上の成分の合計量の割合が高いほど、芍薬としてよい等級となる。
【0020】
このように、芍薬中の微量成分であるノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの量が芍薬の等級と良く相関し、等級を判別する上で有効であることから、鑑定士による等級既知のサンプルと未鑑定のサンプルにおける、検出される揮発性成分に対するノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量あるいはこれら成分の2つ以上の成分の合計量の割合を比較することにより、それらの等級を判定することができる。
【0021】
具体的には、すでに鑑定されたサンプルを用いて、検出される揮発性成分に対するノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量あるいはこれら成分の2つ以上の成分の合計量の割合から芍薬の等級を算出する算出式を作成し、等級未決定のサンプルを同一の条件にて処理・分析し、得られた分析値からその算出式を用いて芍薬の等級を算出することもできる。
【0022】
あるいは、等級判定対象の芍薬を同一条件にて、検出される揮発性成分を分析し、揮発性成分に対するノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量あるいはこれら成分の2つ以上の成分の合計量の割合を求めたのち、いくつかのサンプルを抽出して、鑑定士により従来の方法にて鑑定して当該サンプルの等級を決定し、当該サンプルの、検出される揮発性成分に対するノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルテナールおよびサリチル酸メチルの個々の量あるいはこれら成分の2つ以上の成分の合計量の割合から芍薬の等級を算出する算出式を作成し、等級未決定の残りのサンプルについて、得られた分析値からその算出式を用いて芍薬の等級を算出することもできる。このように、サンプルの官能鑑定による等級と分析値との関係式を作成し、その式をもとに実際のサンプルの分析値から等級を判定することができ、分析に供するサンプルの使用部分、使用量、熱水抽出時間、減圧蒸留の終了点設定、などの影響を排除することができる。
【0023】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。本発明は以下の実施例によってなんら限定されるものではなく、本発明の属する技術分野における通常の変更を加えて実施することが出来ることは言うまでもない。
【実施例】
【0024】
実施例1
芍薬サンプル(厚さ約1mm程度のスライス、5.0g)を純水60mLにて、60℃の湯浴中2時間抽出し第一抽出液を得た。この液をろ過にて回収し、残りの固形物に新たに50mLの純水を添加し、同様の抽出操作を二度繰返し、得られた三回分の抽出液を合併した。合併された抽出液は、温度40℃の湯浴中で、15〜25mmHgの減圧下で減圧蒸溜し、全溜分を回収、これを塩化メチレン100mLで3回抽出して揮発性成分を回収し、全塩化メチレン抽出液は合併し、硫酸ナトリウムで乾燥後、常圧で0.2mLまで濃縮し、これをGC分析用サンプルとした。
【0025】
実施例2
GC分析には内径0.25mm、全長30m、膜厚0.25μmのDBWAXカラムを用い、ヘッド圧200KPa、初発オブン温度40℃から220℃まで毎分4.0℃の昇温条件で、FID検出器を用いて分析した。この時、ミルタナールのシス体及びトランス体は25.25分、25.86分に、ノピノンは26.34分に、またサリチル酸メチルエステルは32.42分に出現した。ガスクロマトグラフィー分析のチャートを図1,2に示す。この時の全揮発性成分に対するこれらの成分の面積比を表1にまとめた。
【0026】
【表1】

【0027】
実施例3
実施例1で得たGC用サンプルに内部標準としてヘプタン酸エチルエステルの1%エタノール溶液を5μLマイクロシリンジで添加し、同様にGC分析を行った。この時、内部標準に対する面積比Rより求められた200μLサンプル中のそれぞれの成分濃度A[ppm]は250×Rで表せ、元の芍薬乾燥重量1g当りの含量をW[μg]とすると、W=A/25=10×Rの関係になる。この時、鑑定によってそれぞれ等級がつけられた芍薬サンプル12本でのNopinone、cis−及びtrans−Myrtanalの和、サリチル酸メチルそれぞれの濃度Aは表2の通となり、これらの成分の含量が等級と良く相関した。
【0028】
【表2】

【0029】
この等級との相関において、成分量と官能における評点の関係と同じ様に含有率ないし含量を対数で目盛ると相関が更によくなる。例えば、官能鑑定による等級とLog10(Myrtanal全体量)の相関係数(R)は0.60であり、等級とLog10(Nopinone量)の相関係数(R)は0.66、等級とLog10(Myrtanal全体量+Nopinone量)の相関係数(R)は0.75であった。
【0030】
また、サンプル溶液200μL中のノピノンの濃度をC〔ppm〕とすると、等級(G)を式(1)であらわすことが出来る。
【0031】
【数1】

【0032】
この式(1)の有用性は、サンプルのグレードが知らされずに分析を行い得られた表3にまとめた4サンプルのノピノン含有量を基に算出した算定等級と、実際に鑑定された等級を比較しても明らかである。
【0033】
【表3】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
芍薬中の揮発性成分の量に基づいて等級を評価することを特徴とする芍薬の等級鑑定方法。
【請求項2】
揮発性成分の量が芍薬中の成分を溶媒にて抽出し、抽出された成分を分析し、検出された量である請求項1記載の等級鑑定方法。
【請求項3】
揮発性成分がノピノン、ミルタナール、ミルタノール、ミルタナールおよびサリチル酸メチルである請求項1または2記載の等級鑑定方法。
【請求項4】
揮発性成分がノピノンである請求項3記載の等級鑑定方法。
【請求項5】
抽出に用いる溶媒が水である請求項1〜4のいずれか1項記載の等級鑑定方法。
【請求項6】
50〜70℃の温水である請求項5記載の等級鑑定方法。
【請求項7】
抽出に用いる溶媒が水であり、抽出された揮発性成分を有機溶媒に転溶し、有機溶媒中に含まれる揮発性成分をガスクロマトグラフィーにて定量する請求項1〜4いずれか1項記載の等級鑑定方法。
【請求項8】
抽出された成分を固相抽出法で捕捉し、捕捉された揮発性成分を直接熱脱着法でガスクロマトグラフに導入し定量するか、または有機溶媒で溶出後ガスクロマトグラフィーにて定量する請求項1〜7のいずれか1項記載の等級鑑定方法。
【請求項9】
抽出された成分を液体クロマトグラフィーにて定量する請求項1〜6のいずれか1項記載の等級鑑定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−33591(P2011−33591A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−182938(P2009−182938)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(306023336)財団法人奈良県中小企業支援センター (18)