説明

花弁の伸長に関与する新規遺伝子およびその利用

【課題】 植物の花弁の伸長に関与する新規な遺伝子およびタンパク質を提供し、並びに当該遺伝子を利用した花弁の形状が改変された植物の作製方法を提供する。
【解決手段】 花弁をまっすぐ伸長させる機能が損なわれた結果、花弁が屈曲する表現型を表すシロイヌナズナの突然変異体を分離し、当該変異の原因遺伝子を単離・同定した。当該遺伝子に変異を導入することにより、花弁の形状が改変された植物を作製することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の花弁の伸長に関与する新規遺伝子および当該遺伝子がコードするタンパク質、並びに当該遺伝子を利用して植物の花弁の形状を改変する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
植物の花弁は花器官の中で最も多様な形態をしており、花粉媒介者の誘引等の重要な役割をもつ。花弁形成機構については、これまでに花弁原基形成やアイデンティティの確立などのメカニズムが遺伝子レベルで明らかにされている。しかしながら、花弁原基形成後に花弁がどのような機構で伸長し、一定の形態をとるようになるのかはほとんど知られていない。
【0003】
花弁の形態形成に関与する遺伝子としては、キンギョソウ(Antirrhinum majas)のCIN遺伝子(非特許文献1)およびDICHTOMA遺伝子(非特許文献2)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のFRL1遺伝子(非特許文献3)が知られている。
【0004】
キンギョソウのCIN遺伝子は花弁のlobeと呼ばれる上部部分の表皮細胞の分化に関与しており、cin突然変異体ではこの上部部分が小さくなったり、少し曲がったりする。また、キンギョソウのDICHTOMA遺伝子は背側(dorsal)の花弁形態を非対称にする役割を持つ。これらの相同遺伝子はシロイヌナズナにも存在するが、その機能については明らかにされていない。
【0005】
シロイヌナズナのFRL1遺伝子については、frl1突然変異体では花弁の先端がギザギザになり、フリルのような形状になる。これは花弁先端部のDNA複製が異常になっていることに起因しており、FRL1遺伝子が花弁の細胞分裂に関与することを示している。しかしながら、FRL1遺伝子は未だクローニングされていない。
【0006】
一方、ほとんどの園芸植物は花弁の色や形状に特色があり、それによって価値を高めている。例えばキンギョソウや多くのランは、花弁の色や模様とともに花弁の形状が変化していることが鑑賞の対象となっている。また、台咲と呼ばれる変化アサガオは、花弁の屈曲に特徴があり、アサガオ市等で高値で取引されている。しかしながら人工的に花弁の形状を改変することは困難である。現状では、自然界で偶然に生じる突然変異を見出し、相当の時間と労力を費やして交雑による育種を行う方法が用いられている。
【非特許文献1】Brian C.W. Crawford, Utpal Nath, Rosemary Carpenter, and Enrico S. Coen (2004) CINCINNATA Controls Both Cell Differentiation and Growth in Petal Lobes and Leaves of Antirrhinum. Plant Physiology 135, 244-253.
【非特許文献2】Luo D., Carpenter R., Copsey L., Vincent C., Clark J. and Coen E. (1999) Control of Organ Asymmetry in Flowers of Antirrhinum. Cell 99, 367-376.
【非特許文献3】Hase Y., Tanaka A., Baba T. and Watanabe H (2000) FRL1 is required for petal and sepal development in Arabidopsis. The Plant journal 24(1), 21-32.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、花弁がどのような機構で伸長し、一定の形態をとるようになるのかについてはほとんど解明されていない。また、花弁の形態形成に関与することが知られている遺伝子も非常に数が少ない。
【0008】
花弁形成機構の解明を進展させるためには、花弁の形態形成に関与する新規な遺伝子を数多く見出し、その機能を明らかにすることが重要である。特に花弁の伸長など、花弁の後期発生に関わる遺伝子は未だ見出されておらず、花弁の後期発生に関わる遺伝子を単離できれば、花弁形成機構の解明に大きく貢献できることが期待される。
【0009】
また、上述のように、花弁の形状を人工的に改変することは困難である。それゆえ、遺伝子操作により花弁の形状を改変することができれば、園芸価値の高い花弁の形状に特徴がある植物を容易に作製することが可能となる。
【0010】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、花弁の伸長に関与する新規な遺伝子を提供すること、および当該遺伝子を利用した花弁の形状を改変する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、変異誘導したシロイヌナズナのスクリーニングを行い、花弁が折れ曲がる表現型を表す個体を分離し、この変異の原因となる単一の遺伝子をシロイヌナズナゲノムから単離・同定した。さらに、変異個体の詳細な観察、および野生型遺伝子による相補実験の結果、当該変異の原因遺伝子およびその産物は花弁をまっすぐ伸長させる機能を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち本発明は、花弁の伸長に関与する新規遺伝子およびその利用に関し、以下の発明を包含する。
(1)花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドであって、
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列、または
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列、
からなるポリペプチド。
(2)(1)に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
(3)配列番号2に示される塩基配列のコード領域を含む、(2)に記載のポリヌクレオチド。
(4)配列番号2に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
(5)(2)ないし(4)のいずれかに記載のポリヌクレオチドのフラグメント。
(6)(2)ないし(4)のいずれかに記載のポリヌクレオチド、または(5)に記載のフラグメントを含むベクター。
(7)(6)に記載のベクターが導入されている形質転換体。
(8)(1)に記載のポリペプチドに結合する抗体。
(9)(2)ないし(4)のいずれかに記載のポリヌクレオチドに変異を導入する工程を含むことを特徴とする、花弁の形状が改変された植物の作製方法。
(10)(2)ないし(4)のいずれかに記載のポリヌクレオチド、または(5)に記載のフラグメントを細胞に導入する工程を含むことを特徴とする、花弁の形状が改変された植物の作製方法。
(11)(9)または(10)に記載の方法で作製された植物。
【発明の効果】
【0013】
本発明の遺伝子およびタンパク質は、花弁伸長という花弁の後期発生に関与する遺伝子およびタンパク質として初めて単離されたものである。それゆえ、花弁原基形成後の花弁伸長機構の解明に貢献できるという効果を奏する。
【0014】
また、本発明の遺伝子に変異を導入することにより、または、本発明の遺伝子の発現を阻害することにより花弁の形態を改変することができ、花弁形態が多様な園芸価値の高い植物を遺伝子操作により容易に作製することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0016】
(1)ポリペプチド
本発明者らは、変異処理を施したシロイヌナズナをスクリーニングし、花弁がまっすぐ伸びずに曲がってしまう突然変異体folded petals(fop)を見出し、当該変異の原因遺伝子が新規遺伝子FOLDED PETALS(FOP)であることを明らかにした。
【0017】
FOP遺伝子がコードするタンパク質については、ドメイン検索の結果、既知のドメインは見つからなかったが、高い疎水性アミノ酸が連続している領域を有し、1つの膜貫通ドメインを有することが予想された。また、FOP−GFP融合タンパク質をタマネギ表皮細胞で発現させたところ、当該融合タンパク質は細胞膜に局在することが明らかとなった。
【0018】
また、FOP遺伝子をfop突然変異体に導入したところ、得られた全ての個体で花弁の屈曲が回復した。
【0019】
fop突然変異体の詳細な観察の結果、fop突然変異体は花弁原基の初期発生には異常が見られず、花弁が伸長を始める頃から屈曲した。また、花弁表皮細胞の形態を電子顕微鏡で観察した結果、野生型では基部に細長い細胞が形成され、先端に向かうにしたがって徐々に丸い細胞に変化していたが、fop突然変異体では基部の細長い細胞から屈曲箇所で細胞形態が急激に変化し、先端では尖った細胞が形成されていた。
【0020】
以上の観察結果より、FOP遺伝子およびそれがコードするFOPタンパク質は花弁の後期発生に関与し、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有すると考えられる。
【0021】
本明細書中において、用語「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。本発明に係るポリペプチドはまた、天然供給源より単離されても、化学合成されてもよい。
【0022】
用語「単離された」ポリペプチドまたはタンパク質は、その天然の環境から取り出されたポリペプチドまたはタンパク質が意図される。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生されたポリペプチドおよびタンパク質は、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドおよびタンパク質と同様に、単離されていると考えられる。
【0023】
本発明に係るポリペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物を含む。組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、本発明に係るポリペプチドは、グリコシル化され得るか、または非グリコシル化され得る。さらに、本発明に係るポリペプチドはまた、いくつかの場合、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。
【0024】
本発明は、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドを提供する。一実施形態において、本発明に係るポリペプチドは、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、または配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの変異体でありかつ花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドである。
【0025】
変異体としては、欠失、挿入、逆転、反復、およびタイプ置換(例えば、親水性の残基の別の残基への置換、しかし通常は強く親水性の残基を強く疎水性の残基には置換しない)を含む変異体が挙げられる。特に、ポリペプチドにおける「中性」アミノ酸置換は、一般的にそのポリペプチドの活性にほとんど影響しない。
【0026】
ポリペプチドのアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このポリペプチドの構造または機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけでなく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0027】
当業者は、周知技術を使用してポリペプチドのアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。例えば、公知の点変異導入法に従えば、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの任意の塩基を変異させることができる。また、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの任意の部位に対応するプライマーを設計して欠失変異体または付加変異体を作製することができる。さらに、作製した変異体が花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するか否かは、例えばシロイヌナズナのfop突然変異体に当該変異体をコードするポリヌクレオチドを導入し、花弁の屈曲が回復するか否かを観察することにより、容易に決定し得る。
【0028】
好ましい変異体は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または添加を有する。好ましくは、サイレント置換、添加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。これらは、本発明に係るポリペプチド活性を変化させない。
【0029】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、およびIleの中での1つのアミノ酸の別のアミノ酸への置換、ヒドロキシル残基SerおよびThrの交換、酸性残基AspおよびGluの交換、アミド残基AsnおよびGlnの間の置換、塩基性残基LysおよびArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。
【0030】
上記に詳細に示されるように、どのアミノ酸の変化が表現型的にサイレントでありそうか(すなわち、機能に対して有意に有害な効果を有しそうにないか)に関するさらなるガイダンスは、Bowie, J.U.ら「Deciphering the Message in Protein Sequences: Tolerance to Amino Acid Substitutions」,Science 247:1306−1310 (1990)(本明細書中に参考として援用される)に見出され得る。
【0031】
本実施形態に係るポリペプチドは、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドであって、(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;または(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列、からなるポリペプチドであることが好ましい。
【0032】
上記「1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、最も好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されていることを意味する。このような変異ポリペプチドは、上述したように、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在するポリペプチドを単離精製したものであってもよい。
【0033】
なお、本発明に係るポリペプチドは、アミノ酸がペプチド結合しているポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含む複合ポリペプチドであってもよい。本明細書中で使用される場合、「ポリペプチド以外の構造」としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0034】
また、本発明に係るポリペプチドは、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。付加的なポリペプチドとしては、例えば、HisやMyc、Flag等のエピトープ標識ポリペプチドが挙げられる。
【0035】
また、本発明に係るポリペプチドは、後述する本発明に係るポリヌクレオチド(本発明に係るポリペプチドをコードする遺伝子)を宿主細胞に導入して、そのポリペプチドを細胞内発現させた状態であってもよいし、細胞、組織などから単離精製された場合であってもよい。また、本発明に係るポリペプチドは、化学合成されたものであってもよい。
【0036】
他の実施形態において、本発明に係るポリペプチドは、融合タンパク質のような改変された形態で組換え発現され得る。例えば、本発明に係るポリペプチドの付加的なアミノ酸、特に荷電性アミノ酸の領域が、宿主細胞内での、精製の間または引き続く操作および保存の間の安定性および持続性を改善するために、ポリペプチドのN末端に付加され得る。
【0037】
本実施形態に係るポリペプチドは、例えば、融合されたポリペプチドの精製を容易にするペプチドをコードする配列であるタグ標識(タグ配列またはマーカー配列)にN末端またはC末端へ付加され得る。このような配列は、ポリペプチドの最終調製の前に除去され得る。本発明のこの局面の特定の好ましい実施態様において、タグアミノ酸配列は、ヘキサ−ヒスチジンペプチド(例えば、pQEベクター(Qiagen,Inc.)において提供されるタグ)であり、他の中では、それらの多くは公的および/または商業的に入手可能である。例えば、Gentzら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 86:821−824(1989)(本明細書中に参考として援用される)において記載されるように、ヘキサヒスチジンは、融合タンパク質の簡便な精製を提供する。「HA」タグは、インフルエンザ赤血球凝集素(HA)タンパク質由来のエピトープに対応する精製のために有用な別のペプチドであり、それは、Wilsonら、Cell 37:767(1984)(本明細書中に参考として援用される)によって記載されている。他のそのような融合タンパク質は、NまたはC末端にてFcに融合される本実施形態に係るポリペプチドまたはそのフラグメントを含む。
【0038】
別の実施形態において、本発明に係るポリペプチドは、下記で詳述されるように組換え生成されても、化学合成されてもよい。
【0039】
組換え生成は、当該分野において周知の方法を使用して行うことができ、例えば、以下に詳述されるようなベクターおよび細胞を用いて行うことができる。
【0040】
合成ペプチドは、化学合成の公知の方法を使用して合成され得る。例えば、Houghtenは、4週間未満で調製されそして特徴付けられたHA1ポリペプチドセグメントの単一アミノ酸改変体を示す10〜20mgの248の異なる13残基ペプチドのような多数のペプチドの合成のための簡単な方法を記載している。Houghten,R.A.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 82:5131−5135(1985)。この「Simultaneous Multiple Peptide Synthesis(SMPS)」プロセスは、さらにHoughtenら(1986)の米国特許第4,631,211号に記載される。この手順において、種々のペプチドの固相合成のための個々の樹脂は、別々の溶媒透過性パケットに含まれ、固相法に関連する多くの同一の反復工程の最適な使用を可能にする。完全なマニュアル手順は、500〜1000以上の合成が同時に行われるのを可能にする(Houghtenら、前出、5134)。これらの文献は、本明細書中に参考として援用される。
【0041】
本発明に係るポリペプチドを花弁が折れ曲がる変異植物において発現させることにより、花弁をまっすぐ伸長させ正常な形状の花弁を形成させることができる。また、本発明のポリペプチドは、花弁原基形成後の花弁の後期発生機構を解明するために有用である。
【0042】
このように、本発明に係るポリペプチドは、少なくとも、配列番号1に示されるアミノ酸配列を含んでいればよいといえる。すなわち、配列番号1に示されるアミノ酸配列と特定の機能(例えば、タグ)を有する任意のアミノ酸配列とからなるポリペプチドも本発明に含まれることに留意すべきである。また、配列番号1に示されるアミノ酸配列および当該任意のアミノ酸配列は、それぞれの機能を阻害しないように適切なリンカーペプチドで連結されていてもよい。
【0043】
(2)ポリヌクレオチド
本発明は、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有する本発明に係るポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供する。本明細書中において、用語「ポリヌクレオチド」は「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中において、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0044】
本発明に係るポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖または一本鎖であり得る。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)であり得るか、またはそれは、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であり得る。
【0045】
本発明に係るポリヌクレオチドのフラグメントの長さは特に限定されないが、少なくとも12、15、20、30、40、50、100、150、200、300、400、500、1000nt(ヌクレオチド)であることが好ましい。少なくとも20ntの長さのフラグメントによって、例えば、配列番号2に示される塩基配列からの20以上の連続した塩基を含むフラグメントが意図される。本明細書を参照すれば配列番号2に示される塩基配列が提供されるので、当業者は,配列番号2に基づくDNAフラグメントを容易に作製することができる。例えば、制限エンドヌクレアーゼ切断または超音波による剪断は、種々のサイズのフラグメントを作製するために容易に使用され得る。あるいは、このようなフラグメントは、合成的に作製され得る。適切なフラグメント(オリゴヌクレオチド)が、Applied Biosystems Incorporated(ABI,850 Lincoln Center Dr.,Foster City,CA 94404)392型シンセサイザーなどによって合成される。
【0046】
また本発明に係るポリヌクレオチドは、その5’側または3’側で上述のタグ標識(タグ配列またはマーカー配列)をコードするポリヌクレオチドに融合され得る。
【0047】
本発明はさらに、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの変異体に関する。変異体は、天然の対立遺伝子変異体のように、天然に生じ得る。「対立遺伝子変異体」によって、生物の染色体上の所定の遺伝子座を占める遺伝子のいくつかの交換可能な形態の1つが意図される。天然に存在しない変異体は、例えば当該分野で周知の変異誘発技術を用いて生成され得る。
【0048】
このような変異体としては、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの塩基配列において1個または数個の塩基が欠失、置換、または付加した変異体が挙げられる。変異体は、コードもしくは非コード領域、またはその両方において変異され得る。コード領域における変異は、保存的もしくは非保存的なアミノ酸欠失、置換、または付加を生成し得る。
【0049】
本発明はさらに、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下で、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドにハイブリダイズするポリヌクレオチドを含む、単離したポリヌクレオチドを提供する。
【0050】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号2に示される塩基配列のコード領域を含むポリヌクレオチドであることが好ましい。また、配列番号2に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであることが好ましい。
【0051】
ここで、配列番号2に示される塩基配列は、本発明者がシロイヌナズナから単離したFOP遺伝子の全長cDNAの塩基配列である。コード領域(オープンリーディングフレーム)は50位〜1510位であり、1508位〜1510位のTAAは終止コドンである。また、当該FOP遺伝子を含有するゲノムDNAの塩基配列が配列番号3に示されている。FOP遺伝子は7個のエクソンを有する遺伝子である。
【0052】
なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味し、例えば、50℃で2×SSC洗浄条件下で結合することを意味する。上記ハイブリダイゼーションは、Sambrookら、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,3rd Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(2001)に記載されている方法のような周知の方法で行うことができる。なお、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなり、より相同性の高いポリヌクレオチドを単離できる。
【0053】
別の実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、上記ポリヌクレオチドのフラグメントであることが好ましい。
【0054】
本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。DNAには例えばクローニングや化学合成技術またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。さらに、本発明に係るポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0055】
本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントは、アンチセンスRNA、RNA干渉に用いるsiRNA(small interfering RNA)、リボザイムによる遺伝子発現操作のためのツールとして使用することができる。これらを用いた結果として、遺伝子産物の発現が抑制または阻害される。本発明に係るポリヌクレオチドのフラグメントを導入することによって、FOP遺伝子産物(本発明に係るポリペプチド)の発現を阻害することにより、花弁の形状を改変することができる。
【0056】
本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、公知の技術により、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を単離し、クローニングする方法が挙げられる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドの塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、本発明に係るポリヌクレオチドの塩基配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列および/または長さのものを用いてもよい。
【0057】
あるいは、本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドのcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
【0058】
本発明に係るポリヌクレオチドは、適当な植物の組織や細胞を供給源として取得することができる。植物としては特に限定されず、例えば、シロイヌナズナに近縁な他のアブラナ科の植物、アサガオ、ペチュニア、キンギョソウ、タバコ、イネなどが挙げられる。なお、FOP遺伝子についてホモロジー検索を行ったところ、シロイヌナズナに11個、イネに3個の相同遺伝子が見つかったが、いずれも機能は未知である。当業者は、他の植物においてもFOP遺伝子の相同遺伝子が存在することを容易に予想し得る。
【0059】
(3)ベクター
本発明は、上述した本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを含むベクターを提供する。
【0060】
一実施形態において、本発明に係るベクターは花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドを生成するために使用されるベクターである。このようなベクターは、インビトロ翻訳(無細胞タンパク質合成)に用いるベクターであっても組換え発現に用いるベクターであってもよい。
【0061】
別の実施形態において、本発明に係るベクターは相同組換えに用いるターゲティングベクターである。さらに他の実施形態において、本発明に係るベクターは、アンチセンスRNAまたはsiRNAを発現させるために用いられるベクターである。
【0062】
本発明に係るベクターは、上述した本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを含むものであれば、特に限定されない。組換え発現ベクターの場合、例えば、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのcDNAが挿入された組換え発現ベクターなどが挙げられる。組換え発現ベクターの作製方法としては、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いる方法が挙げられるが特に限定されない。
【0063】
ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に本発明に係るポリヌクレオチドを発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明に係るポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
【0064】
発現ベクターは、好ましくは少なくとも1つの選択マーカーを含む。このようなマーカーとしては、真核生物細胞培養についてはジヒドロ葉酸レダクターゼまたはネオマイシン耐性、およびE.coliおよび他の細菌における培養についてはテトラサイクリン耐性遺伝子またはアンピシリン耐性遺伝子が挙げられる。
【0065】
上記選択マーカーを用いれば、本発明に係るポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認することができる。あるいは、本発明に係るポリペプチドを融合ポリペプチドとして発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein:GFP)をマーカーとして用い、本発明に係るポリペプチドをGFP融合ポリペプチドとして発現させてもよい。
【0066】
上記の宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫(Caenorhabditis elegans)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。上記の宿主細胞のための適切な培養培地および条件は当分野で周知である。
【0067】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、本発明に係るポリペプチドを昆虫で転移発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を用いればよい。
【0068】
本発明のベクターを用いて本発明に係るポリペプチドを生産することができる。本発明に係るポリペプチドを生産する方法としては、無細胞タンパク質合成系を用いる方法、組換え発現系を用いる方法を挙げることができる。
【0069】
無細胞タンパク質合成系を用いる場合、本発明のベクターを無細胞タンパク質合成系に適用すればよい。無細胞タンパク質合成には、種々の市販のキットを用いることができる。組換え発現系を用いる場合、本発明に係るポリヌクレオチドを組換え発現ベクターに組み込んだ後、公知の方法により発現可能に宿主に導入し、宿主内で翻訳されて得られる上記ポリペプチドを精製するという方法などを採用することができる。
【0070】
ポリペプチドを精製する方法としては、周知の方法(例えば、細胞または組織を破壊した後に遠心分離して可溶性画分を回収する方法)で細胞や組織から細胞抽出液を調製した後、または培地や無細胞タンパク質合成液から周知の方法(例えば、硫安沈殿またはエタノール沈殿、酸抽出、陰イオンまたは陽イオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、およびレクチンクロマトグラフィー)によって精製することができる。
【0071】
相同組換えに用いるターゲティングベクターの場合は、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのゲノムDNAと相同組換えが可能なフラグメントを含み、その一部を薬剤耐性遺伝子などのマーカーと結合させたものを挙げることができる。このようなターゲティングベクターにより、標的の遺伝子を破壊することができる。マーカーとして用いる遺伝子は特に限定されないが、例えばカナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子などが挙げられる。上記フラグメントは花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのゲノムDNAと相同組換えを起こすことができる程度の相同性を有していればよい。このような相同性としては、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相同性が挙げられる。また、フラグメントは少なくとも50nt以上の長さを有することが好ましく、より好ましくは100nt以上である。
【0072】
アンチセンスRNAを発現させるために用いられるベクターの場合は、例えば、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのcDNAまたはその一部をプロモーターの下流にアンチセンス方向に連結させたものを挙げることができる。このようなベクターを植物に導入することにより、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドの発現を抑制または阻害することができる。内在の花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドの発現を抑制または阻害することができる限り、当該ポリペプチドをコードする遺伝子の転写産物に完全に相補的なアンチセンスRNAをコードするものでなくてもよい。
【0073】
siRNAを発現させるために用いられるベクターの場合は、例えば、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドのcDNAの一部がプロモーターの下流にセンス方向に連結された部位と、プロモーターの下流に上記cDNAの一部がアンチセンス方向に連結された部位とを有するものを挙げることができる。あるいは、プロモーターの下流にセンス配列とアンチセンス配列とがループ配列を解して連結される構造を有するベクターでもよい。このようなベクターを植物に導入することにより、細胞内で二本鎖のsiRNAが生成し、RNA干渉により花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドの発現を抑制または阻害することができる。
【0074】
上記ベクターの植物細胞への導入方法等についての詳細は後述する。
【0075】
(4)形質転換体
本発明は、上述した花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを含むベクターが導入されている形質転換体を提供する。ここで「形質転換体」には、細胞、組織、器官、生物個体が含まれる。
【0076】
形質転換体の作製方法(生産方法)は特に限定されるものではないが、例えば、上述した組換えベクターを宿主に導入して形質転換する方法を挙げることができる。また、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、上記宿主細胞で例示した各種微生物、植物または動物を挙げることができる。
【0077】
本発明に係る形質転換体は、植物の形質転換体(形質転換植物)であることが好ましい。形質転換植物は、上述の本発明に係るベクターを、当該ベクターに挿入された遺伝子またはその一部が発現し得るように植物中に導入することにより得ることができる。
【0078】
組換え発現ベクターを用いる場合、植物体の形質転換に用いられる組換え発現ベクターは、当該植物内で本発明に係るポリヌクレオチドを発現させることが可能なベクターであれば特に限定されない。このようなベクターとしては、例えば、植物細胞内でポリヌクレオチドを構成的に発現させるプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクター、または外的な刺激によって誘導性に活性化されるプロモーターを有するベクターが挙げられる。
【0079】
本発明において形質転換の対象となる植物は、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子など)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織など)または植物培養細胞、あるいは種々の形態の植物細胞(例えば、懸濁培養細胞)、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどのいずれをも意味する。形質転換に用いられる植物としては、特に限定されず、単子葉植物綱または双子葉植物綱に属する植物のいずれでもよい。
【0080】
植物への遺伝子の導入には、当業者に公知の形質転換方法(例えば、アグロバクテリウム法、遺伝子銃、PEG法、エレクトロポレーション法など)が用いられる。例えば、アグロバクテリウムを介する方法と直接植物細胞に導入する方法が周知である。アグロバクテリウム法を用いる場合は、構築した植物用発現ベクターを適当なアグロバクテリウム(例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens))に導入し、この株をリーフディスク法(内宮博文著,植物遺伝子操作マニュアル,1990,27−31pp,講談社サイエンティフィック,東京)などに従って無菌培養葉片に感染させ、形質転換植物を得ることができる。また、Nagelらの方法(Micribiol.Lett.、67、325(1990))が用いられ得る。この方法は、まず、例えば発現ベクターをアグロバクテリウムに導入し、次いで、形質転換されたアグロバクテリウムをPlantMolecular Biology Manual(S.B.Gelvinら、Academic Press Publishers)に記載の方法で植物細胞または植物組織に導入する方法である。ここで、「植物組織」とは、植物細胞の培養によって得られるカルスを含む。アグロバクテリウム法を用いて形質転換を行う場合には、バイナリーベクター(pBI121またはpPZP202など)を使用することができる。
【0081】
また、遺伝子を直接植物細胞または植物組織に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、遺伝子銃法が知られている。遺伝子銃を用いる場合は、植物体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい。このように調製した試料を遺伝子導入装置(例えばPDS−1000(BIO−RAD社)など)を用いて処理することができる。処理条件は植物または試料によって異なるが、通常は450〜2000psi程度の圧力、4〜12cm程度の距離で行う。
【0082】
遺伝子が導入された細胞または植物組織は、まずハイグロマイシン耐性などの薬剤耐性マーカーで選択され、次いで定法によって植物体に再生される。形質転換細胞から植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。
【0083】
植物培養細胞を宿主として用いる場合は、形質転換は、組換えベクターを遺伝子銃、エレクトロポレーション法などで培養細胞に導入する。形質転換の結果得られるカルスやシュート、毛状根などは、そのまま細胞培養、組織培養または器官培養に用いることが可能であり、また従来知られている植物組織培養法を用い、適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライドなど)の投与などによって植物体に再生させることができる。
【0084】
遺伝子が植物に導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法などによって行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRは、前記プラスミドを調製するために使用した条件と同様の条件で行うことができる。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動またはキャピラリー電気泳動などを行い、臭化エチジウム、SYBR Green液などによって染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することによって、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素などによって標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレートなどの固相に増幅産物を結合させ、蛍光または酵素反応などによって増幅産物を確認する方法も採用することができる。
【0085】
本発明に係るポリヌクレオチドがゲノム内に組み込まれた形質転換植物体がいったん得られれば、当該植物体の有性生殖または無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体またはその子孫、あるいはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。したがって、本発明には、本発明に係るポリヌクレオチドが発現可能に導入された植物体、もしくは、当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、またはこれら由来の組織も含まれる。
【0086】
(5)抗体
本発明は、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドと特異的に結合する抗体を提供する。本明細書中で使用される場合、用語「抗体」は、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgG、IgMおよびこれらのFabフラグメント、F(ab’)フラグメント、Fcフラグメント)を意味し、例としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、単鎖抗体、抗イディオタイプ抗体およびヒト化抗体が挙げられるがこれらに限定されない。本発明に係る抗体は、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドを発現する生物材料の選択に有用であり得る。
【0087】
「抗体」は、種々の公知の方法(例えば、HarLowら、「Antibodies:A laboratory manual,Cold Spring Harbor Laboratory,New York(1988)」、岩崎ら、「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA、講談社(1991)」)に従えば作製することができる。
【0088】
ペプチド抗体は、当該分野に周知の方法によって作製される。例えば、Chow,M.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 82:910−914;およびBittle,F.J.ら、J.Gen.Virol.66:2347−2354(1985)(本明細書中に参考として援用される)を参照のこと。一般には、動物は遊離ペプチドで免疫化され得る。しかし、抗ペプチド抗体力価はペプチドを高分子キャリア(例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)または破傷風トキソイド)にカップリングすることにより追加免疫され得る。例えば、システインを含有するペプチドは、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)のようなリンカーを使用してキャリアにカップリングされ得、一方、他のペプチドは、グルタルアルデヒドのようなより一般的な連結剤を使用してキャリアにカップリングされ得る。ウサギ、ラット、およびマウスのような動物は、遊離またはキャリア−カップリングペプチドのいずれかで、例えば、約100μgのペプチドまたはキャリアタンパク質およびFreundのアジュバントを含むエマルジョンの腹腔内および/または皮内注射により免疫化される。いくつかの追加免疫注射が、例えば、固体表面に吸着された遊離ペプチドを使用してELISAアッセイにより検出され得る有用な力価の抗ペプチド抗体を提供するために、例えば、約2週間の間隔で必要とされ得る。免疫化動物からの血清における抗ペプチド抗体の力価は、抗ペプチド抗体の選択により、例えば、当該分野で周知の方法による固体支持体上のペプチドへの吸着および選択された抗体の溶出により増加され得る。
【0089】
本明細書中において、用語「花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドと特異的に結合する抗体」は、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチド抗原に特異的に結合し得る完全な抗体分子および抗体フラグメント(例えば、FabおよびF(ab’)フラグメント)を含むことを意味する。FabおよびF(ab’)フラグメントは完全な抗体のFc部分を欠いており、循環によってさらに迅速に除去され、そして完全な抗体の非特異的組織結合をほとんど有し得ない(Wahlら、J.Nucl.Med.24:316−325(1983)(本明細書中に参考として援用される))。従って、これらのフラグメントが好ましい。
【0090】
FabおよびF(ab’)ならびに本発明に係る抗体の他のフラグメントは、本明細書中で開示される方法に従って使用され得ることが、明らかである。このようなフラグメントは、代表的には、パパイン(Fabフラグメントを生じる)またはペプシン(F(ab’)フラグメントを生じる)のような酵素を使用するタンパク質分解による切断によって産生される。あるいは、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチド結合フラグメントは、組換えDNA技術の適用または合成化学によって産生され得る。
【0091】
このように、本発明に係る抗体は、少なくとも、本発明に係る花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドを認識する抗体フラグメント(例えば、FabおよびF(ab’)フラグメント)を備えていればよいといえる。すなわち、本発明に係る花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドを認識する抗体フラグメントと、異なる抗体分子のFcフラグメントとからなる免疫グロブリンも本発明に含まれることに留意すべきである。
【0092】
(6)花弁の形状が改変された植物の作製方法
本発明は、花弁の形状が改変された植物の作製方法を提供する。
【0093】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドに変異を導入する工程を含むことを特徴とする。
【0094】
本発明者らは、変異処理を施したシロイヌナズナのスクリーニングにより見出した花弁が屈曲するfop突然変異体は、野生型FOP遺伝子のオープンリーディングフレーム(配列番号2に示される塩基配列の50位〜1510位)の820番目(配列番号2に示される塩基配列の869位)のグアニンがアデニンに置換されており、その結果配列番号1に示されるアミノ酸配列の274位のグリシンがアルギニンに変異していることを確認した(実施例1)。
【0095】
また、本発明者らはソーク研究所(SALK institute,California,SanDiego)から入手した2ラインのT−DNA挿入ラインについて、T−DNAがFOP遺伝子内に挿入されていること、およびfop突然変異体と同様に花弁が屈曲する表現型を表すことを確認した。具体的には、一方のライン(SALK_093133)には第2イントロンに8塩基の欠失を伴うT−DNAの挿入が生じており、他方のライン(SALK_137481)には第2イントロンと第3エクソンに23塩基の欠損を伴うT−DNAの挿入が生じていた。
【0096】
変異を導入する工程において利用できる手法としては、例えばT−DNA挿入法、トランスポゾン挿入法、ジーンターゲティング法などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0097】
T−DNA挿入法による変異導入は、T−DNAをゲノム中にランダムに挿入させ、PCRを用いて標的遺伝子破壊株を見出す方法である。T−DNAの挿入はアグロバクテリウムを介した減圧湿潤法(島本功、岡田清孝監修「新版モデル植物の実験プロトコール」(細胞工学別冊、植物細胞工学シリーズ15)秀潤社、2001年4月2日発行、「4−7減圧浸潤法による形質転換」109−113pp)などの公知の方法により行うことができる。すなわち、アグロバクテリウムの懸濁液に花蕾を含む植物体の全体を浸漬し、減圧下でアグロバクテリウムを浸潤させることによりT−DNAを植物体に導入する。T−DNAを導入した植物から得られた種子を、選択マーカーとして用いた薬剤(例えばカナマイシン等)を含む培地で生育させ、形質転換された個体を選抜し、PCR等によりT−DNAが標的遺伝子(FOP遺伝子)内部に挿入されているか否かを確認することにより、花弁の形状が改変された植物を作製することができる。
【0098】
トランスポゾン挿入法は、トランスポゾンをゲノム中にランダムに挿入させ、PCRを用いて標的遺伝子破壊株を見出す方法である。使用するトランスポゾンについては、特に限定されず、例えばAc/DS等のDNA型トランスポゾンやレトロトランスポゾンを使用することができる。トランスポゾンの挿入はエレクトロポレーション法などの公知の方法(佐々木卓治、田畑哲之、島本功監修「植物のゲノム研究プロトコール」(細胞工学別冊、植物細胞工学シリーズ14)秀潤社、2001年2月5日発行、「2−4遺伝子破壊法」)により行うことができる。
【0099】
ジーンターゲティング法による変異導入は、相同組換えにより本発明に係るポリヌクレオチドの内部に薬剤耐性遺伝子等の他のポリヌクレオチドを挿入することにより行うことができる。その結果相、標的遺伝子は破壊(ノックアウト)され、標的遺伝子が変異した植物細胞を得ることができる。あるいは、相同組換えにより、例えばFOP遺伝子のオープンリーディングフレームの820番目のグアニンに相当する塩基をアルギニンに置換してもよい。例えば、本発明に係るポリヌクレオチドのゲノムDNAのエクソン内に薬剤耐性遺伝子などを挿入したターゲティングベクターを構築し、これを植物細胞内に導入することによって、相同組換えを起こさせることができる。相同組換えが起こったか否かについては、PCRやサザンハイブリダイゼーションにより確認することができる。なお、本方法に用いるターゲティングベクターは、上述の本発明に係るベクターに含まれる。
【0100】
一旦、本発明に係るポリヌクレオチドであるゲノムDNAに変異が導入され植物が得られれば、当該植物から有性生殖または無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体またはその子孫、あるいはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。したがって、本発明には、上述の本発明に係る花弁の形状が改変された植物の作製方法により作製された植物体、もしくは、当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、またはこれら由来の組織も含まれる。
【0101】
他の実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントを細胞に導入する工程を含むことを特徴としている。本発明に係るポリヌクレオチドまたはそのフラグメントとしては、アンチセンスRNAまたはsiRNAとして機能するポリヌクレオチドまたはそのフラグメントが好ましい。これらを細胞に導入することにより、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドの発現を阻害し、花弁の形状が改変された植物を作製することができる。
【0102】
アンチセンスRNAは、正常な転写産物(mRNA)に相補的なRNAを用いて遺伝子発現を特異的に阻害する方法である。例えば、プラスミドベクターのプロモーターに逆向きにcDNAを挿入して宿主細胞に導入し、細胞内でアンチセンスRNAを発現させれば遺伝子の発現(タンパク質の翻訳)を阻害できる。
【0103】
RNA干渉は、2本鎖のRNAを細胞の中に入れると、その配列に相同なmRNAが分解され、遺伝子発現を阻害する現象である。RNA干渉を起こすことができる短い2本鎖RNAはsiRNA(small interfering RNA)と称される。siRNAが、遺伝子特異的にその発現を抑制することは、既に多くの研究で確立されており、当業者において技術常識である。siRNAの設計の指針については既に多数の文献や成書において公表されており、これらの指針にしたがって遺伝子特異的siRNAを設計することができる。細胞内でsiRNAが発現するように構築したベクター(siRNA発現ベクター)を宿主細胞に導入し、細胞内でsiRNAを発現させればポリペプチドの発現を阻害できる。
【0104】
恒常的にアンチセンスRNAまたはsiRNAを過剰発現できるベクターを構築し、植物細胞に導入して染色体に組み込まれた形質転換細胞を得れば、当該植物細胞を再生すれば本発明に係るポリペプチドの発現が恒常的に阻害される植物を作製することができる。
【0105】
一旦このような本発明に係るポリペプチドの発現が恒常的に阻害される植物を得ることができれば、当該植物から有性生殖または無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体またはその子孫、あるいはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。したがって、本発明には、上述の本発明に係る花弁の形状が改変された植物の作製方法により作製された植物体、もしくは、当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、またはこれら由来の組織も含まれる。
【0106】
なお本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0107】
以下、本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0108】
〔実施例1:突然変異体のスクリーニングおよびポジショナルクローニング〕
材料植物として、シロイヌナズナ hy5 突然変異体を用いた。このシロイヌナズナ hy5 突然変異体は、明条件下(24時間光照射下)において胚軸が長く伸び、暗条件下で生育したような表現型を示す突然変異体として単離された(エコタイプはWassilewskija[WS])。HY5 遺伝子はbZIPタイプの転写因子をコードしており、光刺激に応答した植物の成長に関与することが示されている(Oyama et al., Genes & Development 11, 2983-2995, 1997)。使用したアリルはABRC(Arabidopsis Biological Resource Center)より取り寄せたhy5-1である。
【0109】
花弁形成に関わる遺伝子を単離・同定するため、まず花弁形態に異常を示す突然変異体のスクリーニングを行った。すなわち、上記シロイヌナズナ hy5 突然変異体の種子を0.3% ethylmethanesulphonate(エチルメタンサルフォネート、EMS)溶液中で13〜15時間振とう培養した後にバーミキュライト上にまき、成育した植物から種子を回収した(M2種子)。
【0110】
上記M2種子をバーミキュライト上にまいて生育させ、花の形態を肉眼で詳細に観察し、異常を示す個体を選抜した。異常を示す個体の中で、花弁が曲がるという新規の表現型を示すものを見出し、folded petals (fop)と名づけた。図1に野生型(WS)およびfop突然変異体(fop)の花の形状を示した。図1から明らかなように、fop突然変異体では花弁が一度または二度曲がる表現型が見られた。
【0111】
見出されたfop突然変異体については、2回の戻し交配(backcross)により、hy5突然変異を失ったもの(エコタイプはWS)を得て以後の解析に用いた。
【0112】
fop突然変異体(WS)と野生型Col(Columbia)株を掛け合わせ、F2世代の植物の中からfopの表現型を示すものを組換体の候補として選抜した。これらの個体のロゼット葉からDNAを抽出し、SSLP (simple sequence length polymorphism)およびCAPS(cleaved amplified polymorphism sequence)マーカーを利用したラフマッピングにより、FOP遺伝子が5番染色体のnga129とJV61/62マーカーの間に位置することを明らかにした。各染色体に座乗するSSLP, CAPS各マーカーの塩基配列情報は、TAIR(The Arabidopsis Information Resource、www.arabidopsis.org)より入手した。
【0113】
ラフマッピングの後、ColとWSの塩基配列をシークエンスし、違いのあるところをマーカーとしてファインマッピングを行い、5番染色体の南端の約136 kbの領域内にFOP遺伝子があることを突き止めた。領域内のORFの塩基配列をWSとfop突然変異体とで比較することによって、At5g53390遺伝子に1塩基の変異があることを明らかにした。fop突然変異体では、820番目のグアニンがアデニンに変わっており、その結果グリシンがアルギニンに変わっていた。
【0114】
At5g53390遺伝子がFOP遺伝子であることを確かめるため、2.2 kbのプロモーター領域、2.2 kbのORFおよび1.6 kbの3’領域を含む野生型のゲノム断片を、Agrobacterium tumefaciensを介したvacuum infiltration 法によってfop突然変異体に導入した。得られた種子をカナマイシン30 μg/mlを含むMS培地上で選抜し、バーミキュライトに植え替えて成育させた。得られた約80個体について花弁の表現型を観察したところ、全ての個体で花弁の屈曲が回復することが確認された。
【0115】
野生型の茎頂(つぼみを含む)からRNAを抽出し、逆転写反応を行ってcDNAを調製した。mRNAの全長(untranslational region, UTRを含む)を決定するため、上記cDNAをテンプレートとしてそれぞれ5’-RACE、3’-RACEを行った結果、FOP転写産物は49 bpの5’-UTRと217 bpの3’-UTRを持つことが分かった。ドメイン検索を行ったが、既知のドメインはFOP遺伝子産物内に見つからず、1つのtransmembrane domainをもつことが予想された。この領域は配列番号1に示されるアミノ酸配列の191位から213位の間に相当する。この領域は高い疎水性を示すアミノ酸が連続している。
【0116】
ホモロジー検索を行ったところ、シロイヌナズナに11個、イネに3個の相同遺伝子が見つかったが、いずれも機能未知である。これらの遺伝子のアライメントを行ったが、全体によく似ており、目立ったドメインは見出せなかった。
【0117】
〔実施例2:fop突然変異体の解析〕
fop突然変異体の若い花芽を含む茎頂全体をFAA固定液(50%エタノール, 5%酢酸, 3.7%ホルムアルデヒド)中に浸し、30分脱気して固定した。固定後、エタノールシリーズ(50%, 70%, 80%, 90%, 95%, 99%, 100%, 各30分ずつ4度で振とう)で処理し、Technovit 7100(Heraeus Kulzer GmbH&Co.KG)を用いて樹脂に包埋し、5μmの切片をミクロトームで作製した後にスライドグラス上で風乾させ、0.1%のトルイジンブルーで染色して観察を行った。
【0118】
図2に野生型(WS)およびfop突然変異体(fop)の花弁原基の成長を光学顕微鏡を用いて観察した組織切片画像を示した。図2から明らかなように、fop突然変異体においてstage8 の花までには花弁原基の形成や成長に異常は見られないが、stage10 頃から花弁の屈曲が始まり、花弁とがく片、花弁と雄しべの間にそれぞれすき間が生じる(stage10 の矢尻参照)。屈曲箇所の細胞形態には大きな変化は見られなかった(stage12 の矢尻参照)。すなわち、花弁原基の初期発生には異常が見られず、伸長を始める頃から屈曲することが明らかとなった。
【0119】
次に、走査型電子顕微鏡を用いて詳細な観察を行った。fop突然変異体の若い花芽を含む茎頂全体を、上記と同様にFAA液で脱気して固定し、エタノールでリンスした後に酢酸イソアミルに置換した。臨界点乾燥機で処理後オスミウムを蒸着し、電子顕微鏡観察に供した。
【0120】
図3に花弁表皮細胞を走査型電子顕微鏡で観察した画像を示した。図3に示したように、野生型(WS)では基部に近い領域(basal region)に細長い細胞が形成され、先端に近い領域(upper region)には小さな丸い細胞が形成されている。その間の領域(transition region)では細胞の形が徐々に変わっている。これに対してfop突然変異体では、屈曲箇所の細胞の形が急速に変わっている。また、先端部では尖った細胞が形成されている。以上の観察結果から、fop突然変異体は、花弁表皮細胞の形態変化が急速に起こることによって花弁屈曲が引き起こされることが明らかとなった。
【0121】
〔実施例3:RT-PCRによる組織別発現解析〕
野生型の茎(stem)、茎生葉(cauline leaf)、若い花芽を含む茎頂(inflorescence)、花(open flower)、さや(silique)および芽生え(seedling)からIsogen reagent(Nippon gene)またはRNeasy(QIAGEN)を用いてtotal RNAを抽出し、SUPERSCRIPTII reverse transcription kit(Invitrogen)によりcDNAを合成した。FOP遺伝子中の特異的な領域を認識するプライマー(5’-ACGGAGAACGGTAGGAGAATG-3’(配列番号4)と5’-TTTGTCTTGAGGGATACGGAG-3’(配列番号5))を用いたPCR(30 cycle)で増幅した。なお、コントロールとしてゲノムDNAを鋳型として上記プライマーによりPCRを行った。
【0122】
ACT8を認識するプライマーはAida et al., Plant Cell 9, 841-857, 1997 に掲載されているものを使用した。ACT8遺伝子はアクチンタンパク質をコードする遺伝子であり、植物体のいずれの組織でも強く発現していることが知られている。このことより、RT-PCRのポジティブコントロールとしてよく用いられる。
【0123】
図4にRT-PCRの結果を示した。図4から明らかなように、FOP遺伝子は若い花芽を含む茎頂および花で特異的に発現していることがわかった。
【0124】
〔実施例4:FOPプロモーターでβ−グルクロニダーゼ(GUS)を発現させる形質転換体の解析〕
FOP遺伝子の上流約2.2kbのFOPプロモーター領域をPCRによって増幅し、pBI101に導入してFOPp::GUS遺伝子を作製した。アグロバクテリウムC58C1に遺伝子を導入後、vacuum infiltration法により野生型Col株に導入した。カナマイシンを含むアガロースプレートでT1植物を選抜し、土に植え替えた後に花を咲かせた。
【0125】
茎頂を90%アセトンで固定後、GUS染色液中において37℃、16時間処理した後に透明化液で処理して観察した。GUS活性の試薬等はDonnelly et al., Developmental Biology 215, 407-419, 1999 に掲載されている方法に従った。
【0126】
図5にFOPプロモーターでGUSを発現させる形質転換体の発現パターンを観察した画像を示した。図5に示したように、茎頂分裂組織(IM)では発現せず、若い花芽の全体で強く発現し、その後花弁(P)、雄しべ(st)、胚珠、柱頭での発現が認められた。
【0127】
〔実施例5:FOP-GFP融合タンパク質発現タマネギ細胞の解析〕
終止コドンを含まないFOP cDNAをPCRにより増幅し、GFPとともに35Sプロモーターを含むベクターに導入し、35S::FOP-GFP遺伝子を持つコンストラクトを作製した。金粒子にこの遺伝子をコーティングし、Model PDS-1000/He Biolistic particle Delivery System(BIO-RAD)を用いたパーティクルボンバードメント法によってタマネギ表皮細胞に導入した。対照として、GFP遺伝子のみを持つベクターを導入したタマネギ表皮細胞を作製した。16時間培養した後に蛍光顕微鏡を用いて観察を行った。
【0128】
図6に上記タマネギ表皮細胞を観察した画像を示した。GFPのみを発現させた場合は、細胞全体と核とに蛍光が観察された(上段)が、FOP-GFP融合タンパク質を発現させた場合は細胞膜に局在することが明らかとなった(下段)。なお、図6中の矢尻は核の位置を示している。
【0129】
〔実施例6:FOPタンパク質過剰発現シロイヌナズナの作製〕
実施例1で得られたcDNAのオープンリーディングフレームをカリフラワーモザイクウイルス由来のS35プロモーターおよびNopaline synthase遺伝子のターミネーター(NOSt)を持つpGEMベクターに導入し、35S::FOP cDNA:: NOStコンストラクトを作製した。当該コンストラクトをバイナリ−ベクターpBl121に導入し、アグロバクテリウムに形質転換した後、野生型Col株に減圧湿潤法を用いて導入した(T0世代)。T0世代の植物より得られた種子(T1世代)をカナマイシンを含む培地で生育させ、薬剤に耐性を持つ個体を選抜した。
【0130】
T1世代の植物体を観察したところ、花弁の形状を含めて外部から観察可能な表現型については、野生型と比較して顕著に表現型の異なる器官は認められなかった。
【0131】
〔実施例7:シロイヌナズナのT-DNA挿入ラインの検討〕
ソーク研究所(SALK institute, California, San Diego)は、シロイヌナズナのT-DNAラインを大規模に作製しており、T-DNA上のプライマーから隣接部位の塩基配列(flanking sequence)をデータベース化している。そこで、FOP遺伝子の塩基配列に基づいて、ソーク研究所のデータベースを検索したところ、FOP遺伝子にT-DNAが挿入されている2ラインを見出し、その種子をソーク研究所から入手した。
【0132】
ソーク研究所のデータベースでは、T-DNAの挿入位置についてはT-DNAに隣接する左側の塩基配列のみが示されているため、T-DNAに隣接する右側の塩基配列を確認した。すなわち、ソーク研究所から送付された種子から植物を生育し、当該植物からDNAを調製してT-DNAに隣接する右側の塩基配列を決定した。その結果、一方のライン(SALK_093133)には第2イントロンに8塩基の欠失を伴うT−DNAの挿入が生じており(配列番号3に示される塩基配列の第3767位〜第3774位が欠失し、その部分にT-DNAが挿入されていた)、他方のライン(SALK_137481)には第2イントロンと第3エクソンに23塩基の欠損を伴うT−DNAの挿入が生じていた(配列番号3に示される塩基配列の第3823位〜第3845位が欠失し、その部分にT-DNAが挿入されていた)。
【0133】
なお、図7に当該T-DNA挿入ライン(SALK_093133およびSALK_137481)の花の形状を示した。図7から明らかなように、いずれのT-DNA挿入ラインも、発明者らが見出したfop突然変異体と同様に花弁が屈曲する表現型が確認された。
【0134】
以上の結果より、花弁が屈曲する変異体は特定のアミノ酸置換に基づく変異に限定されるものではなく、ランダムなT-DNAの挿入によっても得られることが明らかとなった。また、T-DNAの挿入位置はコード領域に限定されず、イントロンへの挿入でも変異体が得られることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0135】
以上のように、本発明に係るポリペプチドおよびポリヌクレオチドは、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有している。それゆえ、本発明に係るポリペプチドおよびポリヌクレオチドを利用した花弁の形状が改変された植物の作製方法により園芸価値の高い植物を作製することが可能となる。したがって、本発明は農業分野、中でも園芸植物の分野において非常に利用価値が高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0136】
【図1】野生型シロイヌナズナ(WS)およびfop突然変異体(fop)の花の形状を示した写真である。
【図2】野生型シロイヌナズナ(WS)およびfop突然変異体(fop)の花弁原基の成長を光学顕微鏡を用いて観察した組織切片画像である。
【図3】野生型シロイヌナズナ(WS)およびfop突然変異体(fop)の花弁表皮細胞を走査型電子顕微鏡で観察した画像である。
【図4】野生型シロイヌナズナにおけるFOP遺伝子遺伝子の組織別の発現をRT-PCRにより解析した結果を示す塩基泳動画像である。
【図5】FOPプロモーターでGUSを発現させる形質転換体の発現パターンを観察した画像である。
【図6】FOP-GFP融合タンパク質発現タマネギ細胞におけるFOPタンパク質の細胞内局在を観察した画像である。
【図7】ソーク研究所から入手したシロイヌナズナT-DNA挿入ラインの花の形状を示した写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドであって、
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列、または
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列、
からなるポリペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項3】
配列番号2に示される塩基配列のコード領域を含む、請求項2に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
配列番号2に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、花弁をまっすぐ伸長させる機能を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項2ないし4のいずれかに記載のポリヌクレオチドのフラグメント。
【請求項6】
請求項2ないし4のいずれかに記載のポリヌクレオチド、または請求項5に記載のフラグメントを含むベクター。
【請求項7】
請求項6に記載のベクターが導入されている形質転換体。
【請求項8】
請求項1に記載のポリペプチドに結合する抗体。
【請求項9】
請求項2ないし4のいずれかに記載のポリヌクレオチドに変異を導入する工程を含むことを特徴とする、花弁の形状が改変された植物の作製方法。
【請求項10】
請求項2ないし4のいずれかに記載のポリヌクレオチド、または請求項5に記載のフラグメントを細胞に導入する工程を含むことを特徴とする、花弁の形状が改変された植物の作製方法。
【請求項11】
請求項9または10に記載の方法で作製された植物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−122025(P2006−122025A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−318518(P2004−318518)
【出願日】平成16年11月1日(2004.11.1)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】