説明

花托プロモーター

【課題】本発明の課題は、果実(偽果)を構成する花托において転写活性を有し、果実に目的とする遺伝子を発現させる花托プロモーター、および花托で組換えタンパク質を生産する組換え植物を作出する方法を提供するものである。
【解決手段】
偽果を構成する花托に高蓄積するタンパク質をコードする遺伝子および/または花托で高発現している遺伝子を同定し、該遺伝子の発現を制御する5’転写調節領域を解析し、プロモーター領域の塩基配列を決定する。一過性発現解析や遺伝子組換え植物を用いてレポーター遺伝子の活性を測定し、プロモーターの活性を調べ、花托プロモーターを取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、花托プロモーターに関するものであり、該プロモーターは遺伝子組換え技術を利用した植物の新品種の開発や組換えタンパク質を生産させる植物開発に利用される。
【背景技術】
【0002】
既存の品種に外来遺伝子を発現させ、除草剤耐性や病害虫耐性などの形質を付加した遺伝子組換え技術による植物の品種改良が既に実用化されている。また、色素合成などの代謝系を導入した外来遺伝子で操作し、通常の交配育種では作出が不可能であった新品種の開発も行われている。さらには、有用タンパク質やペプチド(以下、単に「有用タンパク質」とする)を組換え植物で発現させる試みに注目が集まっている。組換え植物で発現させる有用タンパク質は、植物性のものに限らず、動物性タンパク質の生産も可能である。特にワクチン、抗体、サイトカイン類といった医療用タンパク質生産への応用が進んでいる。
【0003】
組換え植物による有用タンパク質の生産では、微生物や培養細胞を用いた生産と比べ、生産コストが低いこと、栽培環境の調整で生産規模の管理が容易であること、ウイルス等の動物由来病原体の混入が無く安全性が高いといった多くの利点がある。また、植物の可食部に有用タンパク質を発現させれば、これを植物体から精製せず、可食部を直接摂取する経口投与が可能となる。精製コストの削減に加え、精製物の侵襲性投与によるストレスを回避することも期待できる。
【0004】
植物種に応じて様々な可食部が存在するが、代表的なものとして、葉、果実、種子、根(塊根、球根)、茎(塊茎)などが挙げられる。経口投与に適した有用タンパク質を組換え植物で生産するには、可食部に適切な量の有用タンパク質を発現させることが必要である。さらには、タンパク質の熱変性を回避する観点から、生食可能な組織・器官に有用タンパク質を発現させることも求められる。
【0005】
有用タンパク質を特定の組織・器官で生産するには、有用タンパク質をコードする遺伝子を目的の組織・器官で発現させることが必要である。その遺伝子発現制御において重要な役割を担うのがプロモーターである。プロモーターには発現制御の様式によって、構成的、誘導的、組織・器官特異的または時期的なものに大別することができる。なかでも生食可能な組織・器官において、組換え遺伝子を高発現制御する構成的なプロモーターや、組織・器官特異的に発現制御するプロモーターの利用が有効である。
【0006】
ところで、植物の可食部のうち生食可能なものとして、葉、果実或いは種子が挙げられる。その中でも果実や種子は貯蔵性にも優れており、有用タンパク質の生産と蓄積に適した組織である。さらに、果実は生食可能なものが多いので、有用タンパク質の経口投与に最も適した組織・器官といえる。種子は花における有性生殖の結果形成され、被子植物においては種子を包む様々な器官が成熟して果実を形成する。果実は、雌しべの子房が成熟した真果と、子房以外の花托などが成熟・肥大化した偽果に大別することができる。真果に分類される果実には、トマト、ブドウ、カキ、カンキツ類やマメ類を挙げることができる。一方、偽果に分類される果実には、イチゴ、リンゴ、ナシなど主要な作物が含まれている。真果と偽果は、一般的には共に果実として扱われるが、植物組織学上ではそれぞれ異なる組織・器官である。
【0007】
これまでに果実特異的若しくは種子特異的プロモーターは、多々報告されている。しかし、果実特異的プロモーターとされるものの多くは、真果特異的プロモーターに分類されるものである(特許文献1)。真果と偽果は、前述のとおり植物組織学上は異なる組織で構成されるため、真果特異的プロモーターを偽果に適用しても、所望する組織・器官において組換えタンパク質の蓄積は果せない。また、さらに種子特異的プロモーターでは、リンゴやナシ等のナシ状果のように種子が食用に適さない植物種の果実では、可食部に組換えタンパク質が蓄積しない。また、イチゴ等で特徴的な小粒状の種子が表面に存在するイチゴ状果のように、種子が食用可能であっても消化されにくいものでは、種子中のタンパク質を摂取することが困難もしくは極めて効率が悪い。そのため、偽果に分類される果実に組換えタンパク質を生産させるためには、偽果を構成する花托等で転写活性を有するプロモーターの利用が重要となる。
【0008】
偽果の代表例ともいえるイチゴにおいて、果実もしくは花托特異的に発現する遺伝子や、これら遺伝子の発現を制御するプロモーターの解析が行われている。イチゴの花托と痩果で発現する遺伝子をマイクロアレイで網羅的に解析し、特に花托で高発現する遺伝子を同定した報告があるが、痩果発現遺伝子との比較解析にとどまる(非特許文献1)。イチゴend−β−1,4−glucanaseが果実で高発現することから、当該遺伝子のプロモーター(FaEG1、2)の発現解析について報告がある。しかし、汎用されているカリフラワーモザイクウイルス(以下CaMV)35Sプロモーターと同程度の転写活性であった(非特許文献2)。イチゴ果実由来のD−galacturonaseのプロモーター(GgalUR promoter)が、果実特異的に機能することが報告されている。しかし、光要求性であることや、転写活性が対照のCaMV35Sプロモーターと最大でも同程度しかないことが報告されている。加えて、トマト果実プロモーターの転写活性はイチゴ果実では極めて低いことも検証されている(非特許文献3)。また、ペチュニア由来の花托高発現プロモーターであるFBPプロモーターのイチゴ果実における転写活性を評価した報告もあるが、形質転換イチゴ果実における当該プロモーターの転写活性は対照のCaMV35Sプロモーターに劣る結果となっている(非特許文献4)。この報告は、花托高発現プロモーターであっても、花托が肥大化しない植物種に由来するものでは、イチゴ等の偽果を構成する植物種の花托には適用できない、もしくは適用できたとしても既存のプロモーター以上の転写活性は期待できないことを示唆する。そのため、花托を含む花の組織や器官で機能するプロモーターの先行技術にあって、肥大化して偽果を構成する花托における転写活性を検証していないものは、当該器官に適用しうるプロモーターを開示したことにはならない(特許文献2、3)。
【0009】
このような技術背景をふまえ、本発明者らは、イチゴ(Fragaria×ananassa)を対象に、その内在性遺伝子から花托にて高い転写活性を有するプロモーターを単離すべく検討を行った。まず、イチゴ花托のタンパク質をプロテオーム解析して、複数種のイチゴ花托高蓄積タンパク質を分離・同定するに至った。イチゴ花托高蓄積タンパク質をコードする遺伝子を同定し、当該遺伝子の5’転写調節を解析すれば、花托高発現プロモーターを単離することが期待できる。同定したイチゴ花托高蓄積タンパク質の一種は、カルコン合成酵素(Chalcone synthase、CHS)であることが判明した(非特許文献5)。これまでにイチゴ以外の植物種において、CHSおよびCHSプロモーターの研究・開発は多岐にわたる。近年では、植物のエピジェネティクス研究におけるCHS遺伝子のコサプレッションなどが挙げられる(非特許文献6)。また、イチゴのCHSに関しては、四季成品種からのCHS遺伝子の単離報告(非特許文献7)や、一過性発現系を利用した果実におけるイチゴCHSのRNAi報告などが挙げられる(非特許文献8)。また、イチゴCHSは、イチゴ果実の色素合成に関与することから、特に果実の成熟後期に花托で高発現することが報告されているが、痩果の発現比較のみであることや、高発現する時期が限定されることが示唆されている(非特許文献1)。すなわち、これらの研究成果において、イチゴCHSのプロモーター解析や、その花托における転写活性の評価などは検討されていない。そのため、本発明者は、イチゴCHSプロモーターの花托プロモーターとしての評価検討を実施した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3539961号公報
【特許文献2】特許第4113952号公報
【特許文献3】特許第4134281号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Aharoni et al.(2002)Journal of Experimental Botany,Vol.53,No.377,pp.2073−2087「Gene expression analysis of strawberry achene and receptacle maturation using DNA microarrays」
【非特許文献2】Spolaore et al.(2003)Journal of Experimental Botany,Vol.54,No.381,pp.271−277「Isolation and promoter analysis of two genes encoding different endo−b−1,4−glucanases in the non−climacteric strawberry」
【非特許文献3】Agius et al.(2005)Journal of Experimental Botany,Vol.56,No.409,pp.37−46「Functional analysis of homologous and heterologous promoters in strawberry fruits using transient expression」
【非特許文献4】Schaart et al.(2002)Plant Cell Rep,21,pp313−319「Tissue−specific expression of the β−glucuronidase reporter gene in transgenic strawberry(Fragaria × ananassa)plants」
【非特許文献5】古田ら(2008)「イチゴ花托高発現遺伝子の単離と転写調節世領域の解析」、BMB2008(第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会合同大会)講演要旨集2P−1359
【非特許文献6】島本功ら監修(2008)細胞工学別冊植物細胞工学シリーズ24「植物のエピジエネティクス」
【非特許文献7】Sakurai et al.(1997)Plant Biotechnology,14(3),183−185「Isolation and characterization of a cDNA for chalcone synthase from cultured cells of the strawberry Fragaria ananassa,cv Shikinari」
【非特許文献8】Hoffman et al.(2006)The Plant Journal 48,818−826「RNAi−induced silencing of gene expression in strawberry fruit(Fragaria×ananassa)by agroinfiltration:a rapid assay for gene function analysis」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、偽果を構成する花托において転写活性を有し、偽果に目的とする遺伝子を発現させる花托プロモーター、および花托で組換えタンパク質を生産する組換え植物を作出する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を進め、イチゴCHSプロモーターが花托において既存で汎用されているCaMV35Sプロモーターより数倍高い転写活性を有することを見出し、本発明の完成に至った。
すなわち本発明は、以下の(a)、(b)または(c)に記載のDNAからなる、花托プロモーター
(a)配列番号:1に記載の塩基配列からなるDNA
(b)配列番号:1に記載の塩基配列において1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有する塩基配列からなり、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
(c)配列番号:1に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
に関するものである。
【0014】
さらに本発明は、配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とするDNAからなる花托プロモーターに関するものである。
【0015】
また、本発明は、前記塩基配列において、もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有し、かつ花托プロモーター機能を有するDNAからなる花托プロモーターに関するものである。加えて、前記塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNAからなる花托プロモーターに関する。
【0016】
また本発明は、以下の(a)、(b)または(c)に記載のDNAからなる花托プロモーター
(a)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列からなるDNA
(b)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列において1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有する塩基配列からなり、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
(c)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
に関する。
【0017】
さらに本発明は、前記プロモーターと、当該プロモーターの転写制御下にある任意の遺伝子とを含む、植物発現カセットに関する。また本発明は、前記植物発現カセットを含む植物発現ベクターに関する。さらに本発明は前記植物発現カセットを保持した形質転換植物細胞に関する。また本発明は、前記植物発現ベクターが導入された形質転換植物細胞に関する。さらに本発明は、前記細胞が保持された形質転換植物に関する。また、本発明は、前記形質転換植物の子孫またはクローンである、形質転換植物に関する。
【0018】
さらに本発明は、下記の(a)、(b)および(c)の工程を含む、任意の遺伝子を植物に導入して形質転換植物を作出する方法
(a)前記の植物発現カセットまたは前記の植物発現ベクターを植物細胞に導入する工程
(b)該植物細胞から植物体を再生する工程
(c)導入した任意の遺伝子が花托において発現している該植物体を選抜する工程
に関する。
【0019】
さらに本発明は、細胞がイチゴからの細胞である前記の形質転換植物細胞に関する。また本発明は、植物がイチゴである前記の形質転換植物に関する。また本発明は、植物がイチゴである前記の方法に関する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、花托で転写活性を有するプロモーターを提供することができ、イチゴ等の偽果を構成する花托において組換え遺伝子を発現させることが可能となる。さらに、本発明の花托プロモーターと有用タンパク質の遺伝子を利用することで、植物に有用タンパク質を生産させることができる。
【0021】
組換え植物による有用タンパク質生産では、微生物や培養細胞を用いた生産とくらべ生産コストが低く、栽培環境の調整で生産規模の管理を容易にすることができる。また、ウイルス等の動物由来の病原体の汚染を回避することができるため、安全性も確保できる。偽果など植物の可食部で有用タンパク質を生産することができるので、植物体からの精製を必要とせず、そのまま経口によって該有効タンパク質を摂取することを可能とする
【0022】
従来は注射等による侵襲性投与が行われた有用タンパク質においては、非侵襲性の投与を可能とし、侵襲ストレスを回避も可能とする。加熱処理を必要としないイチゴ等の生食可能な植物種を選択することで、熱変性による有用タンパク質の失活を回避することもできる。
【0023】
また、本発明によれば、花托に任意の遺伝子発現を可能とするため、花托や偽果における代謝工学を解析する有効なツールとしても活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】イチゴ花托タンパク質の二次元電気泳動像と、CHSのタンパク質スポットを示す。
【図2】花托プロモーターディレーションフラグメントを示す。
【図3】植物発現用ベクターの構成の概略を示す。
【図4】一過性発現解析によるイチゴ果実でのプロモーター活性の評価結果を示す。
【図5】花托プロモーター形質転換イチゴの果実におけるGUS染色像を示す。
【図6】花托プロモーター形質転換イチゴの果実におけるGUS染色像を示す。
【図7】花托プロモーター形質転換イチゴFACP21系統の果実の生育段階毎のGUS活性を示す。
【図8】花托プロモーター形質転換イチゴの葉と果実におけるGUS活性の定量的解析結果を示す。
【図9】花托プロモーター形質転換イチゴの葉と果実におけるGUS活性の定量的解析結果を示す。
【図10】花托プロモーター形質転換イチゴの果実におけるGUS活性の定量的解析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本明細書において「植物」または「植物種」とは、植物界に属する生物全般をさし、代表的なものは顕花植物をいう。単子葉植物と双子葉植物のいずれも含む。好ましくは可食部を有する植物である。さらに好ましくは、可食部が生食可能な植物である。具体例としては、バラ科植物等を挙げることができる。そのほかに、イチゴ、リンゴ、ナシ、カンキツ、モモ、バナナ、パイナップル、イチジクなどが挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0026】
本明細書において「可食部」とは、主にヒトなどの動物がその植物を摂取する際に、食することが出来る部分をいい、植物種によって可食部は異なるが、代表的なものとして、葉、花(花托を含む)、果実、種子、根(塊根、球根を含む)、茎(塊茎を含む)などを挙げることができる。「生食可能」とは、植物の可食部を摂取する際に、加熱処理等を経ずに、そのまま摂取可能であることをいう。
【0027】
本明細書において「プロモーター機能を有する」とは、プロモーターとして転写活性を有することをいう。プロモーターの転写活性は、プロモーターとレポーター遺伝子を融合し、植物体に導入して形質転換体を作出し、そのレポーターの活性等を検定することで、評価することができる。レポーター遺伝子としては、β−glucronidase(GUS)遺伝子、ルシフェラーゼ(LUC)遺伝子、Green fluorescent protein(GFP)遺伝子等を利用することができ、各遺伝子に応じたレポーター活性の評価方法は、当該分野において周知である。
【0028】
本明細書において「花托プロモーター」とは、植物における花の形成部位の一つである花托において、転写活性またはプロモーター機能を有するDNAからなるプロモーターをいう。また、花托に高蓄積しているタンパク質をコードする遺伝子の発現を制御するプロモーターや、花托高発現遺伝子の発現を制御するプロモーターであることが望ましい。なお、「花托に高蓄積しているタンパク質」は花托で発現しているタンパク質のプロテオーム解析等により、花托タンパク質の組成で高濃度に蓄積しているタンパク質より選ばれうるものであり、「花托高蓄積タンパク質」ともいう。また、花托高蓄積タンパク質をコードする遺伝子を「花托高発現遺伝子」といい、花托で発現しているcDNAより該花托高蓄積タンパク質cDNAを取得し、その5’非転写領域等の解析より、さらに花托で発現頻度の高いものを選抜することで選ばれうるものをいう。
【0029】
花托プロモーターには、花托特異的プロモーターのほか、花托以外にも活性を有する構成的なプロモーターも含まれる。構成的なプロモーターにあっては、例えば葉組織と比較して花托の転写活性が高いことや、既存の例えばCaMV35Sプロモーターと比較して花托の転写活性が高いことが望ましい。また、花托は特に限定するものではないが、イチゴやリンゴといった植物種で観察されるような花が受粉後に肥大化などの発達を経て偽果を構成する花托において、転写活性を有することが特に望ましい。
【0030】
本発明の花托プロモーターの一つの態様は、配列番号:1の塩基配列で示されるDNAからなる花托プロモーターである。配列番号:1で示される塩基配列は、イチゴCHS遺伝子の5’上流領域に由来し、イチゴCHS遺伝子を制御する領域である。別の態様において、花托プロモーター機能を有する限り、配列番号:1に記載の塩基配列において、1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有するDNAからなる花托プロモーターであってもよい。また、花托プロモーター機能を有する限り、配列番号:1に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAからなる花托プロモーターであってもよい。
【0031】
また、別の態様において、本発明の花托プロモーターは、以下のDNAからなる。すなわち、配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ
配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とするDNAからなる花托プロモーター
【0032】
配列番号:2で示される塩基配列は、イチゴCHS遺伝子の5’上流領域に由来し、イチゴCHS遺伝子を制御する領域である。第4509位から第4648位までの配列からなるコアプロモーター領域は、配列番号:1に示した塩基配列と一致する。
【0033】
また、配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とするDNAにおいて、花托プロモーター機能を有する限り、1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有してもよい。また、同様に、花托プロモーター機能を有する限り、配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とする塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAからなる領域であってもよい。
【0034】
ここでいう「配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列」とは、配列番号:2から選択される連続した配列であり配列長は当業者によって自由に選択することができる塩基配列をいい、最大配列長は4767塩基である。コアプロモーター領域を含有し、鎖長を140塩基で選択した場合は、コアプロモーター領域のみを選択したものと同義である。
【0035】
本発明のプロモーターにおける「コアプロモーター領域」とは、転写活性に必要な最小の領域であり、その領域中に必須のcis−elementとしてTATA−boxを含む領域である。本発明の花托プロモーターのコアプロモーター領域は、具体的には配列番号:1または配列番号:2の第4509位から第4648位の塩基配列からなる領域である。当該領域において、1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換があってもプロモーター機能を有する限り、これら塩基配列もコアプロモーター領域に含まれる。
【0036】
また、配列番号:1または配列番号:2の第4509位から第4648位の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズする領域も、プロモーター活性を有する限り、コアプロモーター領域に含まれる。
【0037】
また、別の態様において、本発明の花托プロモーターは、以下のDNAからなる。
すなわち、
配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ
配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とする塩基配列において、1若しくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を湯有する塩基配列からなり、かつ花托プロモーター機能を有するDNA。
【0038】
また、別の態様において、本発明の花托プロモーターは、以下のDNAからなる。
すなわち、
配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ
配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とする塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNA。
【0039】
さらに別の態様において、本発明の花托プロモーターは、以下のDNAからなる。
すなわち、
以下の(a)、(b)または(c)に記載のDNAからなる花托プロモーター
(a)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列からなるDNA
(b)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列において1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有する塩基配列からなり、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
(c)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNA。
【0040】
上記の塩基配列からなるDNAは、例えば配列番号:1や配列番号:2の配列を基に合成オリゴヌクレオチドを合成し、これをPolymerase Chain Reaction法のプライマーとして供し、例えばゲノムDNAを鋳型としてPCR法にて獲得することができる。さらに、ポイントミューテーション法などにより、核酸の挿入、欠損または置換といった変異を導入することも可能である。また、配列番号:1および配列番号:2に基づき、化学合成によって、あるいは該配列を有する核酸断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって、所望の植物のゲノムDNAライブラリーから得ることもできる。
【0041】
本発明におけるストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。かかる条件は、塩基配列の鎖長や塩基組成によって決定しうるもので、当業者であれば理解するものである。例えば、ハイブリダイズの温度条件が50℃で、緩衝液(0.1×SSC、0.1%SDSなど)による50℃での洗浄処理にて、相補的な配列を有する核酸と検査対象の核酸とを反応させる条件をいう。
【0042】
本発明の「発現カセット」は、少なくとも転写開始を制御するプロモーターとその転写制御下にある遺伝子および転写終結を制御するターミネーターで構成される。プロモーター、遺伝子、ターミネーターのほか、転写効率を上げるエンハンサーまたは転写された遺伝子の翻訳を促進する翻訳エンハンサーなどの領域を含んでいても良い。
【0043】
本発明の「植物発現用ベクター」の構築には、pBI系、pUC系ベクターなど植物発現ベクターとして使用されているベクターが好適に利用できる。
【0044】
植物発現カセットおよび植物発現ベクターには、形質転換体を効率よく選抜するために、選抜マーカーをコードする遺伝子とその発現を制御するプロモーターやターミネーターを含んでも良い。選抜マーカーとしては、上述したレポーター遺伝子のほか、薬剤耐性遺伝子が好適に用いられる。薬剤耐性遺伝子の具体例として、カナマイシン耐性を付与するためのネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(npt II)遺伝子や、ハイグロマイシン耐性を付与するハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子(hpt)など挙げることができる。
【0045】
本発明において植物発現カセットや植物発現ベクターにおいて、「転写制御下にある」とは、任意の遺伝子が、プロモーターの制御下で発現するように、プロモーターの下流側に連結された状態をいう。任意の遺伝子をプロモーターの下流側に連結する方法は、当該分野においては周知技術である。
【0046】
また、本発明において、花托プロモーターの転写制御下にある任意の遺伝子は、公知の遺伝子であれば特に限定されるものではない。例えばタンパク質をコードする遺伝子のほか、そのアンチセンス鎖なども含まれる。有用タンパク質をコードする遺伝子としては、ワクチン遺伝子、抗体をコードする遺伝子、抗原ペプチドをコードする遺伝子、各種サイトカイン類をコードする遺伝子、各種アディポサイトカイン類をコードする遺伝子など、医薬品となるタンパク質をコードするものなどを挙げることができる。
【0047】
本発明において、「形質転換細胞」とは、形質転換によって作出された形質転換体のうち細胞をいい、「形質転換植物」とは、形質転換によって作出された形質転換細胞を保持する植物である。「再生」とは、個体の一部分から個体の全体が復元されることをいう。植物体において、個体の一部分には細胞も含まれ、そのほかには葉、葉柄、根、カルス等の組織片も含まれる。再生の方法は、植物種によって最適条件は異なるが、当該分野においては周知の技術である。
【0048】
形質転換植物を作出する方法や、植物細胞に植物発現カセットや植物発現ベクターを導入する方法は、特に限定されない。エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法などが挙げられるが、植物種や細胞に応じた各種形質転換法を選択することができ、これら方法は当該分野において周知である。
以下に本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの態様に限定されるものではない。
【実施例】
【0049】
1.花托高蓄積タンパク質の単離と同定
イチゴ花托高蓄積タンパク質を単離するためプロテオーム解析を実施した。イチゴ品種‘エッチエス−138’を栽培して、開花から完熟までを6期に分けた生育ステージ毎にイチゴ果実を収穫した。収穫したイチゴ果実から蔕および痩果を除去し、花托よりタンパク質を抽出し、これを一次元目に等電点電気泳動を、二次元目にはSDS−PAGEを行う二次元電気泳動法にて分離した。泳動後のゲルを銀染色法で染色して、タンパク質スポットパターンを得た。タンパク質スポット解析は、解析ソフトImageMaster(GE Healthcare社)を用いて実施した。花托各生育ステージのタンパク質スポットのマッチング解析や、同時期に採取した葉および蔕のタンパク質の蓄積量の比較解析により、花托で高濃度に蓄積しているタンパク質を検出した(図1)。花托高蓄積タンパク質スポットを二次元電気泳動法にて分取し、N末端アミノ酸配列を解析したところ、カルコン合成酵素(Chalcone synthase、CHS)が同定された(配列番号:3)。
【0050】
2.花托高蓄積タンパク質のcDNAクローニング
同定されたCHSについて、決定したアミノ酸配列に基づき縮重プライマーを合成した(配列番号:4、配列番号:5)。イチゴ花托および葉から全RNAを抽出し、GeneRacer Kit(Invitrogen社)を用いて、5’アダプター配列(配列番号:6)および3’アダプター配列(配列番号:7)を付加したcDNA(Race−ready cDNA)合成を行った。このcDNAを鋳型核酸として、縮重プライマー、3’primer(配列番号:8)(Invitrogen社)および3’nested primer(配列番号:9)(Invitrogen社)を用いてnested PCRを行い、3’RACE法によって、cDNAを増幅した。PCR酵素はAccuPrime Taq(Invitrogen社)を使用した。TA cloning kit(Invitrogen社)を使用してPCR産物をプラスミドベクターpCR2.1に導入し、大腸菌(INVαF’)のtransformationはTA cloning kit(Invitrogen社)記載の方法に従い実施し、獲得した形質転換体からQIAquick miniprep kit(QIAGEN社)を用いてプラスミド抽出を行った。得られたプラスミドクローンのシークエンス反応を行い、花托および葉のCHScDNAの塩基配列を決定した。シークエンス反応は、蛍光色素(IRD700およびIRD800)標識したM13プライマーとSequiTherm Excel II DNA sequencing Kit(EPICENTRE)を用いて行い、反応産物はDNA sequencer LONGREADIR 4200(LI−COR)にて解析を行った。
【0051】
3.花托高発現遺伝子の同定
CHS転写開始点の確定と、花托高発現CHS遺伝子を同定するため、さらに、5’RACEによりCHSmRNAの5’非翻訳領域(5’UTR)の決定を試みた。3’RACEにて決定した塩基配列に基づき、5’RACE用プライマーを設計した(配列番号:10、11)。花托および葉からRNA抽出し、これを鋳型としてRace−ready cDNA合成した。このcDNAを鋳型核酸として、5’primer(配列番号:12)(Invitrogen社)、5’nested−primer(配列番号:13)(Invitrogen社)および上記イチゴCHS由来の5’RACE用プライマーを用いてnested PCRを行い、5’RACE法によって、cDNAを増幅した。PCR酵素はAccuPrime Taq(Invitrogen社)を使用した。5’RACEで得たPCR産物のTAクローニング&シークエンスを実施した。花托および葉由来の総計80種のcDNAクローンの塩基得配列を決定し、マルチプルアライメントによる比較解析を行い、花托で最も発現頻度の高いCHS 5’UTR配列を決定した(配列番号:14)。決定したCHS 5’UTRに基づきcDNAプローブを調整し、次のゲノミッククローン選抜に使用した。
【0052】
4.イチゴゲノミックライブラリーの作製と、花托高発現遺伝子のクローン選抜
イチゴ(品種‘エッチエス−138’)の葉よりゲノムDNA抽出を行い、約1mgのゲノムDNAをλファージライブラリー作製に供した。ライブラリー作製は、Lambda DASH II/BamHI Vector kit(STRATGENE社)を用いて実施した。作製したライブラリー1μl用いて、宿主大腸菌としてMRA(P2)に接種し、タイターを測定した。その結果、8.8×10pfu/μlであり、ライブラリーの全タイターは1.2×10であった。また、独立した36個のプラークからLA−PCR(TAKARA社)を行い、PCR産物をアガロース電気泳動で確認した。31クローンで増幅が認められ、平均インサートサイズは約13Kbであった。ゲノミックライブラリー(λファージ)を希釈して、約6×104pfuのファージを10本調整し、これを宿主大腸菌と共に14×10cm角型シャーレ10枚にて培養・プラーク形成を行い、スクリーニング用ファージプレートを作製した。各プレートにつき2枚のHybond−N+(GE Healthcare社)にプラークリフティングし、アルカリ変性処理の後80℃・2時間の乾燥を行った。Gene Images AlkPhos Direct Labeling and Detection System(GE Healthcare社)を用いてcDNAプローブを調整し、ハイブリダイゼーションを行った。シグナルは、VersaDoc5000(BIO−RAD社)を用いて化学発光法にて検出した。シグナルが検出されたプラークを特定し、シングルプラークを単離し、花托高発現CHSゲノミッククローンを単離した。
【0053】
5.花托高蓄積タンパク質の転写調節領域の解析とプロモーター領域の選抜
単離したCHSゲノミッククローン(λファージ)をプレートライセート法にて増殖し、QIAGEN Lambda Kit(QIAGEN社)を用いてDNA抽出した。花托高発現CHS遺伝子の5’側に設計したプライマーとT7(配列番号:15)若しくはT3プライマー(配列番号:16)にてPCRを行い、5’上流領域のサブクローニングを行った。PCR酵素はAccuPrimeTaq High−fiedilty(Invitrogen社)を使用し、増幅断片はTA cloning kit(Invitrogen社)を用いてクローニングを行った。獲得したサブクローンより5’上流領域の塩基配列を解析し、花托高発現CHS遺伝子の5’UTRを含む5’転写調節領域4767ntの配列を決定した(配列番号:2)。
【0054】
5.花托高発現CHSプロモーターのディレーションフラグメントのクローニング
花托高発現CHS遺伝子の5’転写調節領域の塩基配列に基づきプライマーを設計した(表1)。プライマーの5’末端には、それぞれ制限酵素認識部位を挿入した。花托高発現CHS遺伝子ゲノミッククローン(λ−DNA)を鋳型とし、PCR法でプロモーター様配列のディレーションフラグメント(ragarina×nanassaHSromoter:FACP12、13、21および61)を増幅した(図2)。これらのフラグメントをTA cloning kit(Invitrogen社)を用いてプラスミドベクターpCR2.1にクローニングし、それぞれのプラスミドクローンを獲得した(それぞれ、pCR2.1−FACP12、13、21および61とした)。
【表1】

【0055】
6.β−グルクロニダーゼ遺伝子(GUS)発現ベクターの作製
pCR2.1−FACP12,13、21および61をそれぞれのプライマー部位に付加した制限酵素認識部位に応じた酵素で処理し、ディレーションフラグメントを回収した。これを、各ディレーションフラグメントの末端と同じ制限酵素処理したpBI101(Jefferson et al.(1987)The EMBO Journal vol.6 no13.pp3901−3907)と混和してライゲーション反応を行い、植物発現用GUS発現プラスミドベクターpBI−FACP12、13、21および61を作製した(図3)。pBI−FACPに挿入されている各CHSプロモーターのディレーションフラグメントは、GUS遺伝子の5’上流に配置され、pBI−FACP12は配列番号:1、pBI−FACP13は配列番号:25、pBI−FACP21は配列番号:26、またpBI−FACP61は配列番号:27にそれぞれ示した塩基配列をプロモーター配列として有する。また、一過性発現用ベクターとして、pBI−FACP12、13、21、および61それぞれのGUS遺伝子内のSnaB Iサイトに、イチゴquinone oxidoreductase由来のイントロン配列を挿入した。イントロン配列は、イチゴゲノムDNAを鋳型としてイチゴquinone oxidoreductase配列(Genbank AY158836)に基づき合成したFWプライマー(配列番号:23)とRVプライマー(配列番号:24)プライマーのPCR法で増幅した。これは、Agoroinfiltration法による一過性発現解析に際して、アグロバクテリウム内でのGUS遺伝子の発現を抑制させるためのものである。すなわち、イチゴ遺伝子由来のイントロン配列をGUS遺伝子内に挿入することで、植物のスプライシング機構を持たないアグロバクテリウムの菌体内で、GUS遺伝子の成熟したmRNA形成を阻害し、植物組織内の転写活性を測定可能とする(Vancanneyt et al.(1990)Mol Gen Genet 220:245−250、Hoffman et al.(2006)The Plant Journal 48,818−826)。イントロン配列を挿入したpBI−FACPベクターは、それぞれpBI−FACP12int、pBI−FACP13int、pBI−FACP21intおよびpBI−FACP61intと表記した(図3)。
【0056】
7.Agroinfiltration法による一過性発現解析
前記6で作製した一過性発現用pBI−FACPintベクター4種を、直接導入法にてアグロバクテリウム(菌株LBA4404)に導入した。獲得したカナマイシン耐性株を用いて、Agroinfiltration法による果実の一過性発現解析を実施した。Agroinfiltraion法は、Spolaoreらの方法(Spolaore et al.(2001)Journal of Experimental Botany,vol.52,No.357pp.845−850)に従い実施した。pBI−FACPintベクターを保持するアグロバクテリウムの菌液をイチゴに接種、22℃16時間の光条件で静置した。静置後のイチゴ果実より横断面の切片を切り出し、これをGUS染色液((1mM X−Gluc、100mMリン酸緩衝液(pH7.0)、0.1% Triton X−100、10mM K(CN)、10mMK(CN)、10mM EDTA、20%メタノール)に浸漬して、37℃で12時間暗所に静置した。静置後は、染色液を70%エタノールに置換し、発色反応を停止した。果実切片の染色の程度によりGUS活性を確認した。FACP12、13、21、61のいずれからもGUS活性を示す発色が認められた。特にFACP12では、対照として供試したCaMV35Sプロモーターを有するpBI121:GUS(Jefferson et al.(1987)The EMBO Journal vol.6 no13.pp3901−3907)を導入したアグロバクテリウム接種区(一過性発現用にイチゴ遺伝子由来イントロン配列をGUS遺伝子内に挿入済み:pBI121int)より強い発色が認められた(図4)。この結果から、FACP12に含まれる140塩基の塩基配列に花托プロモーター活性があることが確認できた。
【0057】
8.形質転換イチゴFACP系統の作製
前記6で作製したpBI−FACPベクター4種を、直接導入法にてアグロバクテリウム(菌株LBA4404)に導入した。獲得したカナマイシン耐性株を用いて、イチゴ(品種’エッチエス−138’)を形質転換した。カナマイシン添加培地を用いてカルス誘導と再分化を行い、カナマイシン耐性の形質転換イチゴを得た。形質転換イチゴの葉からDNAを抽出して、GUS遺伝子の導入をPCRで確認した。対照としてpBI121:GUS((Jefferson et al.(1987)The EMBO Journal vol.6 no13.pp3901−3907)を導入した、CaMV35Sプロモーターで転写制御されたGUS発現形質転換イチゴも作製した。
【0058】
9.形質転換イチゴ果実のGUS染色によるプロモーター活性の確認
前記7で得られたFACP各系統の培養苗を特定網室内にて馴化し、培養土に移植して果実栽培を行った。赤熟果を収穫の対象とし、FACP21およびFACP61系統の果実を採取した。収穫した果実より切片を切り出し、GUS染色液に浸漬し、37℃で12時間暗所に静置した。静置後は、染色液を70%エタノールに置換し、発色反応を停止した。果実切片の染色の程度によりGUS活性を確認した。カリフラワーモザイクウイルス35SプロモーターとGUS遺伝子を導入した形質転換体(35S:GUS系統)より採取したイチゴ果実と非組換えイチゴ果実を比較対照として用いた。FACP21系統とFACP61系統の果実で発色が認められた。なかでも、FACP21系統で強い発色が認められた。発色は皮層、維管束、髄、中心柱と花托組織全域に認められたが、特に維管束で強い発色をする傾向があった。なお、痩果表皮の一部にも発色が認められた。FACP61系統は35S:GUS系統と同程度の発色が認められた(図5)。
【0059】
続いて、FACP12およびFACP13系統の果実を採取し、前記と同様に果実のGUS染色を行った。両系統の果実で、FACP21系統と比べると発色程度は劣るが、GUS活性を示す発色がみとめられた(図6)。
【0060】
最も発色が強かったFACP21系統について、赤熟果の他、果実成熟初期の緑色果と、成熟中期の白色果のGUS染色を行った。その結果、緑色果と白色果共にGUS染色が認められた。このことから花托高発現CHSプロモーターは、果実の成熟過程の全般にわたり花托において転写活性を有することがわかった(図7)。
【0061】
10.形質転換イチゴ果実の定量的GUS活性の測定とプロモーター評価−1
花托におけるGUS活性を定量的に評価するため、Jeffersonらの方法(Jefferson et al.(1987)The EMBO Journal vol.6no13.pp3901−3907)に従って4−MU生成反応を指標とした蛍光法による測定を行った。FACP21系統より採取したイチゴ果実より蔕を除去し(痩果を含む花托)、これを5倍量(w/v)のGUS抽出緩衝液(50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、10mM EDTA、0.1% Triton X−100、0.1%サルコシル、10mM β−メルカプトエタノール、Complete protease inhibitor cooktail(Roche社))で、乳棒と乳鉢を用いて磨砕し、磨砕液を遠心分離し、上清を回収しタンパク質抽出液とした。上清10μlを分取し、蛍光基質溶液(1mM MUG)500ulに添加・混和し、37℃15分間反応を行った。反応液は100ulを分取し、0.2M炭酸ナトリウム900ulに添加し反応を停止した。停止後の反応液に含まれる4−MUの蛍光を測定し(365nm励起、455nm発光)、GUS活性を算出した。また、タンパク質抽出液のタンパク質濃度をプロテインアッセイキット(BIO−RAD社)で定量した。FACP21系統と35S:GUS系統の果実におけるGUS活性の測定結果を図8に示す。35S:GUS系統の葉において、最も高いGUS活性が観察されたが、果実のGUS活性は葉と比べ著しく減少した。FACP21系統の果実では、35S:GUS系統の果実の5倍弱のGUS活性が認められた。35S:GUS系統では、果実より葉のGUS活性が高い結果となったが、FACP21系統では逆転して葉より果実の方が高いGUS活性が認められた。
【0062】
同じ実験を、別途採取した試料を用いて行った。FACP21系統と35S:GUS系統の果実・葉におけるGUS活性の測定結果を図9に示す。前記の結果と同様の結果が得られた。FACP21系統では、葉より果実のGUS活性が高く、35S:GUS系統の果実の2倍弱の活性が認められた。以上から花托高発現CHS由来のプロモーターは、花托において既存で汎用されている35Sプロモーターより高い転写活性を有することがわかった。
【0063】
11.形質転換イチゴ果実の定量的GUS活性の測定とプロモーター評価−2
果実色によりイチゴ果実の成熟段階を3つに分けて、各段階のGUS活性を測定してプロモーター活性の推移を評価した。果実成熟初期を緑色果「Green]とし、成熟中期を白色果「White」とし、成熟後期を赤熟果「Red」とした。GUS活性の測定方法は前段の方法と同様。35S:GUS系統、FACP21系統およびFACP61系統で比較をおこなった。結果を図10に示す。35S:GUS系統とFACP21系統で高いGUS活性が認められ、また成熟初期の活性が高かった。FACP21系統で、概ね35S:GUS系統よりも高い活性が認められたことから、高校発現CHS由来のプロモーターは、花托において既存の35Sプロモーターよりも高い転写活性を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば、花托で転写活性を有するプロモーターを提供することができ、イチゴ等の偽果を構成する花托において組換え遺伝子を発現させることが可能となる。さらに、本発明の花托プロモーターと有用タンパク質の遺伝子を利用することで、植物に有用タンパク質を生産させることができる。組換え植物による有用タンパク質生産では、微生物や培養細胞を用いた生産とくらべ生産コストが低く、栽培環境の調整で生産規模の管理を容易にすることができる。また、ウイルス等動物由来の病原体の汚染を回避することができるため、安全性も確保できる。果実に有用タンパク質を生産することができるので、植物体からの精製を必要とせず、そのまま経口によって該有効タンパク質を摂取することを可能とする。従来は注射等による侵襲性投与が行われた有用タンパク質においては、非侵襲性の投与を可能とし、侵襲ストレスを回避も可能とする。加熱処理を必要としないイチゴ等の生食可能な植物種を選択することで、熱変性による有用タンパク質の失活を回避することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)、(b)または(c)に記載のDNAからなる、花托プロモーター
(a)配列番号:1に記載の塩基配列からなるDNA
(b)配列番号:1に記載の塩基配列において1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有する塩基配列からなり、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
(c)配列番号:1に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
【請求項2】
配列番号:2で示される塩基配列より選択される連続した部分配列であって、かつ
配列番号:2の4509位〜4648位の塩基配列(配列番号:1)をコアプロモーター領域として含有することを特徴とするDNAからなる花托プロモーター
【請求項3】
請求項2に記載の塩基配列において、1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有し、かつ花托プロモーター機能を有するDNAからなる花托プロモーター
【請求項4】
請求項2に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNAからなる花托プロモーター
【請求項5】
以下の(a)、(b)または(c)に記載のDNAからなる花托プロモーター
(a)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列からなるDNA
(b)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列において1もしくは数個の核酸の挿入、欠損または置換を有する塩基配列からなり、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
(c)配列番号:25から27のいずれかに記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ花托プロモーター機能を有するDNA
【請求項6】
請求項1、2、3、4、または5に記載の花托プロモーターと、当該プロモーターの転写制御下にある任意の遺伝子とを含む、植物発現カセット
【請求項7】
請求項6に記載の植物発現カセットを含む植物発現ベクター。
【請求項8】
請求項6に記載の植物発現カセットを保持した形質転換植物細胞。
【請求項9】
請求項7に記載の植物発現ベクターが導入された形質転換植物細胞。
【請求項10】
請求項8または請求項9に記載の細胞が保持された形質転換植物。
【請求項11】
請求項10に記載された形質転換植物の子孫またはクローンである、形質転換植物。
【請求項12】
下記の(a)、(b)および(c)の工程を含む、任意の遺伝子を植物に導入して形質転換植物を作出する方法。
(a)請求項6に記載の植物発現カセットまたは請求項7に記載の植物発現ベクターを植物細胞に導入する工程
(b)該植物細胞から植物体を再生する工程
(c)導入した任意の遺伝子が花托において発現している該植物体を選抜する工程
【請求項13】
細胞がイチゴからの細胞である請求項8または請求項9に記載の形質転換植物細胞
【請求項14】
植物がイチゴである請求項10または請求項11に記載の形質転換植物
【請求項15】
植物がイチゴである請求項12に記載の方法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−115164(P2011−115164A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−259476(P2010−259476)
【出願日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度経済産業省 戦略的技術開発委託費「植物機能を活用した高度モノ作り基盤技術開発/植物利用高付加価値物質製造基盤技術開発」に係る委託事業の成果であり、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(391011076)ホクサン株式会社 (6)
【Fターム(参考)】