説明

芳香族水酸化物の製造方法

【課題】1段階のプロセスで芳香族化合物のベンゼン環の1位および4位に高効率かつ高選択的に二つの水酸基を導入し、対応する芳香族水酸化物を得る方法の提供。
【解決手段】一般式(1)


で示される芳香族化合物の存在下、金属酸化物からなる光電極に一定の電位を印加しながら光を照射することを特徴とする、一般式(2)


で示される芳香族水酸化物の製造方法。(式(1)および式(2)中、R、R、R、及び、Rは、それぞれ独立に水素原子または炭素原子数1〜20のアルキル基を示し、RとRおよび/またはRとRは、互いに結合して環を形成していても良い。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族水酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェノール、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノンに代表される芳香族水酸化物は、写真薬、酸化防止剤などの、多様な用途に用いられている重要な化学品であることは良く知られている。これら芳香族水酸化物は、理想的には、対応する芳香族炭化水素を酸化することによって一段階で合成が達成されるが、芳香族化合物の選択的な酸化は困難である。これら炭化水素から一段階の酸化で対応する水酸化物を合成するには、過酸化水素や過酢酸のような、危険性の高い過酸化物を用いることが必要であり(特許文献1、非特許文献1)、より安全に芳香族炭化水素を対応する芳香族水酸化物へと変換する反応の開発が望まれていた。特に、複数の水酸基の選択的な導入は、反応性の制御が非常に困難であり、合成には多段階の反応が必要であり、優れた製法の開発が望まれていた。これまで、酸化チタン等の光触媒粉末粒子を用いた芳香族の直接水酸化も検討され、実際に水酸化物が生成することが知られている。しかし、生成した水酸化物が逐次的に酸化されて芳香環の開裂や二酸化炭素までの過酸化が進行するため、反応収率および選択率ともに極めて低い。一般的に、酸化チタン等の光触媒粉末を反応に利用する際には、光励起によって生成した電子と効率良く反応する電子アクセプターとして酸素分子が用いられるが、酸素分子が存在する場合にはラジカル連鎖反応による過酸化反応が促進され、目的生成物の収率および選択率を著しく低下させる。また酸化チタンを励起するために紫外光が照射されると芳香族化合物の光化学的反応が進行し、目的とする水酸化物の選択率がさらに低下することが知られている。(非特許文献2、3、4)
【0003】
【特許文献1】WO 2006−043075号公報
【非特許文献1】Acc.Chem.Res.1975年、第8巻、125ページ
【非特許文献2】J.Electroanal.Chem.1981年、第126巻、277ページ
【非特許文献3】Catalysis Today、2005年、第101巻、291ページ
【非特許文献4】Chemistry Letters,1983年、1691ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記に鑑み、芳香族炭化水素の安全かつ効率的な酸化反応により、複数の水酸基を一度に高効率かつ高選択的に導入する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、鋭意研究を続けてきた。その結果、光電気化学反応による芳香族化合物の水酸化反応において、酸化タングステン等からなる光電極を反応溶液に浸し、一定の電位を印加しながら光照射を行うと、励起電子が対極へと導かれて水の還元による水素生成に効率よく消費され、光電極に残った正孔が芳香族化合物を開裂させることなく芳香族化合物と反応し、その結果、芳香族化合物のベンゼン環の1位および4位に高効率かつ高選択的に二つの水酸基を導入できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、
[1]一般式(1)
【0006】
【化1】

【0007】
(式中、R、R、R、及び、Rは、それぞれ独立に水素原子または炭素原子数1〜20のアルキル基を示し、RとRおよび/またはRとRは、互いに結合して環を形成していても良い。)で示される芳香族化合物の存在下、金属酸化物からなる光電極に一定の電位を印加しながら光を照射することを特徴とする、一般式(2)
【0008】
【化2】

【0009】
(式中、R、R、R、及び、Rは、前記と同じ意味を示す。)で示される芳香族水酸化物の製造方法;
[2]R、R、R、及び、Rが水素原子である[1]に記載の製造方法;
[3]金属酸化物が酸化タングステンを含む[1]または[2]に記載の製造方法;
[4]金属酸化物が酸化タングステンである[1]または[2]に記載の製造方法;
[5]酸化タングステンがタングステン酸塩のイオン交換により調製されたものである[4]に記載の製造方法;
[6]タングステン酸塩がタングステン酸ナトリウムである[5]に記載の製造方法;
[7]金属酸化物からなる光電極が透明電極に金属酸化物を塗布したものである[1]または[2]に記載の製造方法;
[8]透明電極がフッ素ドープ酸化スズ(FTO)電極である[7]に記載の製造方法;
[9]光が可視光領域を含む[1]から[8]のいずれか1つに記載の製造方法;
[10]光が可視光である[1]から[8]のいずれか1つに記載の製造方法;
[11]金属酸化物からなる光電極と対極とをイオン交換膜によって分離した2室セル型の装置を用いて行なわれる[1]から[10]のいずれか1つに記載の製造方法;
[12]溶媒の存在下で行なわれる[1]から[11]のいずれか1つに記載の製造方法;
[13]溶媒が水を含む[12]に記載の製造方法;
[14]溶媒がアセトニトリルと水との混合溶媒である[12]に記載の製造方法;
[15]光を照射する前に溶媒中の酸素が除去される[12]から[14]のいずれか1つに記載の製造方法;
[16]一定の電位が−0.5V〜2.0Vである[1]から[15]のいずれか1つに記載の製造方法;を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、一段階で芳香族化合物のベンゼン環の1,4−位に選択的に水酸基を導入する事ができる。例えば、ベンゼンからヒドロキノンを一段階で選択性良く合成する事ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、芳香族化合物の存在下、金属酸化物からなる光電極に一定の電位を印加しながら光を照射する(すなわち、光電気化学反応を行う)ことにより、ベンゼン環の1,4−位に水酸基を導入して、該芳香族化合物を対応する芳香族水酸化物に変換することを要旨とする。
【0012】
一般式(1)で示される芳香族化合物における、置換基R、R、RおよびRで示される「炭素原子数1〜20のアルキル基」としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、sec−ペンチル基、tert−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−オクチル基、n−デシル基、n−ドデシル基、n−ペンタデシル基、n−エイコシル基などが挙げられ、好ましくはメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert−ブチル基およびtert−ペンチル基である。
【0013】
とRおよび/またはRとRは、互いに結合して環を形成していてもよい。該「環」とは、4員〜8員のシクロアルケン環であり、例えば、シクロブテン環、シクロペンテン環、シクロヘキセン環、シクロヘプテン環、シクロオクテン環などが挙げられる。
【0014】
一般式(1)で示される芳香族化合物としては、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、n−プロピルベンゼン、クメン、tert−ブチルベンゼン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン、o−ジエチルベンゼン、m−ジエチルベンゼン、p−ジエチルベンゼン、o−シメン、m−シメン、p−シメン、テトラリン、1,2,3,4,5,6,7,8−オクタヒドロアントラセン等が挙げられ、好ましくは、ベンゼンおよびトルエンであり、さらに好ましくはベンゼンである。
【0015】
一般式(2)で示される芳香族水酸化物としては、ヒドロキノン、メチルヒドロキノン、エチルヒドロキノン、n−プロピルヒドロキノン、イソプロピルヒドロキノン、tert−ブチルヒドロキノン、2,3−ジメチルヒドロキノン、2,5−ジメチルヒドロキノン、2,6−ジメチルヒドロキノン、2,3−ジエチルヒドロキノン、2,5−ジエチルヒドロキノン、2,6−ジエチルヒドロキノン、2,5−ジヒドロキシ−o−シメン、2,5−ジヒドロキシ−m−シメン、2,5−ジヒドロキシ−p−シメン、5,6,7,8−テトラヒドロ−1,4−ナフタレンジオール、1,2,3,4,5,6,7,8−オクタヒドロ−9,10−アントラセンジオール等が挙げられ、好ましくは、ヒドロキノンおよびメチルヒドロキノンであり、さらに好ましくはヒドロキノンである。
【0016】
本製造方法においては、モノヒドロキシ化合物、トリヒドロキシ化合物、キノン類が生成することもあるが、好ましい条件下においては、ジヒドロキシ化合物(すなわち、一般式(2)で示される芳香族水酸化物)が優先して生成する。
【0017】
本発明において「金属酸化物」の金属としては、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、モリブテン、タングステンなどが挙げられ、好ましくはチタンおよびタングステンであり、さらに好ましくはタングステンである。該「金属酸化物」としては、少なくとも1種の前記金属を含む酸化物が挙げられる。好ましくは、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化バナジウム、酸化ニオブ、酸化モリブテンおよび酸化タングステンであり、さらに好ましくは酸化タングステンである。
【0018】
該「金属酸化物」は、金属酸塩を含んでいてもよい。「金属酸塩」としては、例えば、チタン酸バリウム、チタン酸ストロンチウム、バナジン酸ビスマス、タングステン酸ビスマス、タングステン酸ストロンチウムなどが挙げられ、好ましくはタングステン酸ビスマスである。
【0019】
本発明における「金属酸化物」は、好ましくは、対応する金属酸塩のイオン交換によって調製されたコロイド状の金属酸化物である。例えば、タングステン酸塩(好ましくは、タングステン酸ナトリウム)をイオン交換(具体的には、例えば、タングステン酸ナトリウムのナトリウムイオンをプロトンに交換)することにより、コロイド状酸化タングステンを調製することができる。対応する金属酸塩のイオン交換によって調製されたコロイド状の金属酸化物を用いることにより、実効比表面積が大きく、かつ電荷の移動性が良く、その結果として高い光電流(反応効率)が得られる光電極を作製することが出来る。
【0020】
本発明において、「金属酸化物からなる光電極」とは、電極に金属酸化物が塗布されたものである。かかる電極は特に限定されないが、電極裏側から光照射をすることにより、電極近傍の金属酸化物粒子内に生成した電子が、正孔と再結合することなく効率良く電極まで移動でき、結果として照射した光が有効に利用できるという観点から透明電極が好ましく利用される。かかる透明電極としては、例えば、ITO(スズドープ酸化インジウム)電極、FTO(フッ素ドープ酸化スズ)電極などが挙げられ、好ましくは、FTO電極である。「金属酸化物からなる光電極」は、例えば、金属酸化物の溶液を電極に塗布し、焼成する方法、対応する金属板を焼成して表面を酸化する方法、対応する金属種を電極上へスパッタ成膜し、焼成酸化する方法などによって作製することができる。
【0021】
本発明の製造方法では、上記「金属酸化物からなる光電極」を作用極として用いて一定の電位が印加される。電位の印加は、通常、作用極、対極および参照極を用い、作用極に電位を印加するいわゆる「3極式」により行うことができるが、参照極を用いず、作用極と対極のみを用い、両者間に電位を印加するいわゆる「2極式」によって行ってもよい。
上記「対極」としては、通常の電解反応で用いられる電極が挙げられるが、作用極から対極を伝わって供給される電子を効率良く反応(例えば、水の還元による水素生成)させるという観点から、触媒活性が高くかつ実効表面積が高い白金メッシュ電極が好ましい。上記「参照極」としては、通常の電解反応で用いられる電極が挙げられるが、参照極中に含まれる成分が目的とする反応(芳香族化合物の水酸化)を阻害しないという観点から、銀−塩化銀電極が好ましい。また、電位の印加の際に用いる支持電解質としては、例えば、硫酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、硫酸、硫酸カリウム、水酸化カリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩酸、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸、過塩素酸ナトリウム、過塩素酸カリウム、過塩素酸、過塩素酸テトラブチルアンモニウムなどが挙げられ、上記一定の電位において反応に寄与しない点から硫酸ナトリウム、水酸化ナトリウムおよび硫酸が好ましく、これらを適宜混合してpH2〜pH10の間に調整して使用することがより好ましく、金属酸化物の腐食を防ぐ観点からpH6〜pH8の中性付近に調整した溶液を用いることがさらに好ましい。
上記一定の電位は、「金属酸化物からなる光電極」の金属酸化物の種類、「2極式」または「3極式」のいずれを採用するか等により異なるが、例えば−0.5V〜2.0Vであり、好ましくは0.4V〜1.5Vである。例えば、酸化タングステンからなる光電極を作用極、銀・塩化銀電極を参照極、白金メッシュ電極を対極として用いた場合には、電位が0.4Vより低いと得られる光電流が小さくなって反応速度が低下し、1.5Vより高いと電極表面において電気化学的な酸化反応(例えば水の酸化)が併発し反応速度を低下させる。また、例えば、参照電極を用いず、酸化タングステンからなる光電極(作用極)と白金メッシュ電極(対極)との間に電位を印加する場合においても、先と同様の理由により0.4V〜1.5Vの電位が好ましい。
【0022】
本発明の製造方法を実施するために用いられる装置は、光電気化学反応を行うことができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、電解セルなどが挙げられ、具体的には、金属酸化物からなる光電極(作用極)と対極とが一つのセル中に設置された1室セル型の装置(例えば、図2を参照)、金属酸化物からなる光電極(作用極)と対極とをイオン交換膜によって分離した(すなわち、作用極と対極とが別個のセル中に設置された)2室セル型の装置(例えば、図1を参照)などが挙げられる。目的生成物の収率および選択率の観点から、2室セル型の装置を用いるのが好ましい。
【0023】
本発明の製造方法において照射する光は特に限定されないが、可視光領域を含む光を照射するのが好ましく、波長300nm以上の光を照射するのがより好ましく、特に一般式(1)で示される芳香族化合物の直接光反応を抑制する観点から、可視光(とりわけ、波長400nm以上の可視光のみ)を照射するのがさらに好ましい。光の照射時間は、目的生成物の生成速度や電流効率の経時変化にもよるが、通常、1〜12時間である。光源としては、特に限定されるものではなく、例えば、キセノンランプ、タングステンランプ、高圧水銀灯、発光ダイオード、蛍光灯、ブラックライト、太陽光などが挙げられる。
【0024】
反応(電位の印加および光の照射)は、好ましくは溶媒の存在下において実施される。かかる溶媒は、特に限定されないが、アセトニトリル、プロピオニトリルなどのニトリル化合物、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールなどのアルコール化合物、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトンなどのケトン化合物、酢酸エチル、酢酸メチルなどのエステル化合物、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドンなどのアミド化合物、水、および、これらの混合物が挙げられる。好ましくは水を含む溶媒であり、さらに好ましくは、水とアセトニトリルとの混合溶媒であり、その混合比は任意であるが、好ましくは水:アセトニトリル=5:95〜95:5の範囲の混合比(体積比)であり、さらに好ましくは50:50の混合比(体積比)である。
【0025】
反応(電位の印加および光の照射)時の温度は特に限定されないが、通常、20〜30℃の範囲である。
【0026】
反応(電位の印加および光の照射)時のガス雰囲気は特に限定されないが、好ましくは、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気である。また、ラジカル連鎖反応による過酸化反応を抑制するために、光を照射する前に不活性ガスのバブリング等の操作を行うことによって溶媒中の酸素を除去してから、光の照射を行うことが好ましい。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
生成物の分析は、高速液体クロマトグラフィーを用いて行った。以下にその詳細な条件を示す。
・UV 検出器:SHIMADZU SPD-10A vp(検出波長210または245nm)
・送液ポンプ:SHIMADZU LC-10AT
・恒温槽:SHIMADZU CTO-10As vp
・移動相:アセトニトリル:10 mmolL-1 リン酸水溶液を体積比4:6で混合
・流量:0.5 mL min-1
・カラム:shodex ODP2 HP-4E
・恒温槽温度:40 ℃
また、高速液体クロマトグラフィーとフラクションコレクター(SHIMADZU FRC-10A)を用いて各生成物を分画し、質量分析計付きガスクロマトグラフィーを用いて分子構造の同定を行った。以下のその詳細な条件を示す。
・ガスクロマトグラフィー:SHIMADZU GC-17A
・質量分析計:SHIMADZU GC-MS-QP5050
・キャピラリーカラム:J&W SCIENTIFIC INC(長さ:30 m,内径:0.250 mm)
・キャリアーガス:ヘリウム
・イオン源:化学イオン化法(CI法)
・反応ガス:イソブタン
・オーブン温度設定:試料注入後80℃,3 min保持 250℃まで昇温速度25 ℃ min-1
【0029】
本反応における電流効率は以下の様に算出した。
生成物に対する電流効率(%)=水酸化化合物の量/外部回路を通過した電子数
【0030】
実施例1
[酸化タングステン電極の調製]
タングステン酸ナトリウム二水和物(和光純薬)8.3gをイオン交換水30mLに溶解させ、これをイオン交換樹脂(ダウ・ケミカル・カンパニー、DOWEX 500W−X2、体積80mL)に通過させてナトリウムイオンを水素イオンに交換し、エタノール(和光純薬)100mLに滴下した。この溶液にポリエチレングリコール(和光純薬、PEG300)を30g加えた。得られた溶液をロータリーエバポレーターにて減圧蒸留し、体積が半分になるまで濃縮した。フッ素ドープ酸化スズ(FTO)透明導電性ガラス(旭ガラス、縦50mm、横10mm)の両端をメンディングテープでマスキングし、上記で得られたタングステン酸溶液を該透明導電性ガラスの露出部(縦40mm、横10mm)に塗布した。メンディングテープを除去した後に100℃にて仮焼成(上昇時間:10分、保持時間:60分)し、さらに500℃にて本焼成(上昇時間:40分、保持時間:30分)した。上記の塗布・焼成を合計5回繰り返すことによって、酸化タングステン電極を得た。
【0031】
[ベンゼンの酸化反応]
ベンゼンの酸化反応は、イオン交換膜(Ardrich,Nafion 115)によって仕切られた2室セル型の装置(パイレックス硝子製、各セル内容積:15mL)を用いて行った。前述の手法によって作成した酸化タングステン電極を作用極として用い、対極には白金メッシュ電極を、参照極には銀−塩化銀(Ag/AgCl)電極を用いた。作用極と参照極とを同一のセル内に配置し、白金対極はもう一方のセル内に配置した。アセトニトリルと水を体積比1:1で混合した溶媒に、0.1mol/L相当の硫酸ナトリウムを溶かして反応溶液(pH=5.9)とした。これを各セル内に7.5mLずつ入れて、アルゴンガスによるバブリングを30分行うことによって、セル内の溶液中に溶存する空気をアルゴンガスに置換した。その後、作用極側のセル内にベンゼンを0.5mol/Lになるように332μL加えてから密封し、マグネチックスターラーを用いて溶液を撹拌した。ポテンシオスタット(北斗電工、HA−151A)を用いて作用極へ一定の電位(0.6V vs.Ag/AgCl)を印加しながら、作用極へ可視光の照射を行った。光源には紫外線カットフィルター(L−42,旭テクノグラス製)を装着したキセノンランプ(300W,Cermax製)を用いて波長400nm以上の可視光のみを照射した。光照射時間15分おきに溶液を25μL採取し、高速液体クロマトグラフィーにて分析を行った。また外部回路に流れた電流値はデジタルマルチメーター(ADVANTEST ADCE 7351E)を用いて計測した。光照射時間とともに、ヒドロキノンとフェノールが増加し、1時間後の生成量はそれぞれ57.8μmol、2.6μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ95.3%、4.3%となった。ベンゼンの水酸化化合物以外の定量を行った結果、ベンゼン環の開裂化合物としてアジピン酸が1.9μmol確認された。
【0032】
実施例2
ベンゼン添加前のアルゴンガスによるバブリングを行わなかったこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ84.4μmol、3.2μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ65.1%、2.5%となった。ベンゼンの水酸化化合物以外の定量を行った結果、ベンゼン環の開裂化合物としてマレイン酸およびアジピン酸が95.3μmol、40.5μmol確認された。
【0033】
実施例3
2室セル型の装置の代わりに1室セル型の装置を用いたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ98.3μmol、2.7μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ65.1%、1.8%となった。
【0034】
実施例4
2室セル型の装置の代わりに1室セル型の装置を用い、さらにベンゼン添加前のアルゴンガスによるバブリングを行わなかったこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ56.7μmol、2.6μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ47.6%、2.1%となった。
【0035】
実施例5
作用極への印加電位を0.4V(vs.Ag/AgCl)としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ46.0μmol、0.9μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ62.2%、1.3%となった。
【0036】
実施例6
作用極への印加電位を0.8V(vs.Ag/AgCl)としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ93.1μmol、2.5μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ78.0%、2.1%となった。
【0037】
実施例7
作用極への印加電位を1.0V(vs.Ag/AgCl)としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ37.0μmol、5.8μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ14.6%、2.3%となった。
【0038】
実施例8
反応溶液のpHを硫酸によって2.1に調整したこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ53.6μmol、3.7μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ39.3%、2.7%となった。
【0039】
実施例9
反応溶液のpHを水酸化ナトリウムによって8.3に調整したこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ109.0μmol、6.8μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ74.6%、2.8%となった。
【0040】
実施例10
反応溶媒を水100%としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、30分後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ4.9μmol、2.2μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ34.2%、15.4%となった。
【0041】
実施例11
反応溶媒をアセトニトリルと水との体積比3:7の混合溶媒としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、30分後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ31.4μmol、1.9μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ59.3%、3.5%となった。
【0042】
実施例12
反応溶媒をアセトニトリルと水との体積比8:2の混合溶媒としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、30分後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ43.3μmol、3.4μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ53.1%、4.1%となった。
【0043】
実施例13
反応溶媒をアセトニトリルと水との体積比95:5の混合溶媒としたこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、30分後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ20.4μmol、3.4μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ30.0%、4.9%となった。
【0044】
実施例14
紫外線カットフィルターを用いずに波長300nm以上の光を作用極へ照射したこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ281μmol、7.8μmolとなり、生成量に対する電流効率はそれぞれ81.9%、2.3%となった。また、ベンゼンのカップリング化合物としてビフェニルが1.2μmol生成した。
【0045】
比較例1
作用極への光照射を行わなかったこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後にヒドロキノンおよびフェノールのいずれも検出されなかった。
【0046】
比較例2
作用極への電位の印加を行わなかったこと以外は実施例1と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後にヒドロキノンおよびフェノールのいずれも検出されなかった。
【0047】
比較例3
内容積15mLのパイレックスガラス製の試験管内に、アセトニトリルと水の混合溶媒(体積比1:1)を7.5mL入れて、ここに酸化タングステン粉末(高純度化学研究所社製、10mg)を加えて、マグネチックスターラーを用いて均一に撹拌した。アルゴンガスによるバブリングを30分行うことによって、試験管内の溶液に溶存する空気をアルゴンガスに置換し、その後ベンゼンを0.5mol/Lになるように332μL加えてから密栓し、紫外線カットフィルターを装着したキセノンランプを用いて400nm以上の可視光のみを照射した。光照射を1時間行った後に溶液を遠心分離(3000回転、30分間)して酸化タングステン粉末を沈殿させ、残った上澄みを高速液体クロマトグラフィーによって分析した。その結果、ヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ0μmol、0.1μmolとなった。
【0048】
比較例4
アルゴンガスによるバブリングを行わなかったこと以外は比較例3と同様にして、ベンゼンの酸化反応を実施した。高速液体クロマトグラフィーによる分析の結果、1時間後のヒドロキノンおよびフェノールの生成量はそれぞれ6.3μmol、11.7μmolとなった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の製造方法によれば、1段階のプロセスで芳香族化合物のベンゼン環の1位および4位に高効率かつ高選択的に二つの水酸基を導入し、対応する芳香族水酸化物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の製造方法を実施するために用いられる2室セル型の装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の製造方法を実施するために用いられる1室セル型の装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0051】
1 作用極(酸化タングステン電極)
2 参照極(銀・塩化銀電極)
3 対極(白金メッシュ電極)
4 イオン交換膜(ナフィオン)
5 酸化セル
6 還元セル
7 外部回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】


(式中、R、R、R、及び、Rは、それぞれ独立に水素原子または炭素原子数1〜20のアルキル基を示し、RとRおよび/またはRとRは、互いに結合して環を形成していても良い。)で示される芳香族化合物の存在下、金属酸化物からなる光電極に一定の電位を印加しながら光を照射することを特徴とする、一般式(2)
【化2】


(式中、R、R、R、及び、Rは、前記と同じ意味を示す。)で示される芳香族水酸化物の製造方法。
【請求項2】
、R、R、及び、Rが水素原子である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
金属酸化物が酸化タングステンを含む請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
金属酸化物が酸化タングステンである請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項5】
酸化タングステンがタングステン酸塩のイオン交換により調製されたものである請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
タングステン酸塩がタングステン酸ナトリウムである請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
金属酸化物からなる光電極が透明電極に金属酸化物を塗布したものである請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項8】
透明電極がフッ素ドープ酸化スズ(FTO)電極である請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
光が可視光領域を含む請求項1から8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
光が可視光である請求項1から8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
金属酸化物からなる光電極と対極とをイオン交換膜によって分離した2室セル型の装置を用いて行われる請求項1から10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
溶媒の存在下で行われる請求項1から11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
溶媒が水を含む請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
溶媒がアセトニトリルと水との混合溶媒である請求項12に記載の製造方法。
【請求項15】
光を照射する前に溶媒中の酸素が除去される請求項12から14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】
一定の電位が−0.5V〜2.0Vである請求項1から15のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−1539(P2010−1539A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162152(P2008−162152)
【出願日】平成20年6月20日(2008.6.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年3月29日 社団法人電気化学会主催の「電気化学会第75回大会」において文書をもって発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】