説明

苦味成分検出材料および苦味成分検出材料を使用した苦味成分検出センサ

【課題】
苦味成のキニーネ分子を効率よく捕らえることができ、十分な電位を発生するアラキン酸脂質膜層を提供し、電位感受性蛍光色素をドープしたとき十分な蛍光発生能力を有するための、脂質膜表面改良を目的とする
【解決手段】
苦味成分を検出するための苦味成分検出材料であって、アラキン酸脂質膜層の上にステアリン酸メチルを積層してなり、好ましくは、RhB-C18ドープアラキン酸LB膜上に、同じくLB法を用いてステアリン酸メチルを2層から6層程度累積させる。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、味覚成分に接触するLB膜を使用して多チャンネルの出力信号から人間の味覚に近い判断信号を出力する味覚センサに関し、LB膜への分子構成改良を行うことによって特にその苦味成分の感度を高めるものである。
【背景技術】
【0002】
味覚は、多種類にわたる化学物質の相互作用を含む感覚であるため、選択性を重視した従来型のセンサを用いての測定は困難であるとされている。そこで、人の味受容器である味細胞の構成分子である脂質に注目し考案されたものが、脂質膜型マルチチャネル味覚センサである。脂質は多種存在し、その多くは人工的な合成や薄膜作製が比較的容易である。とはいえ、味細胞による味覚検知は複数の機構によって成されており、また一方、脂質膜の電位応答の物質選択性はそう高いものではない。したがって、脂質膜型味覚センサは、いくつかの脂質膜を組み合わせたマルチチャネル型センサとする必要がある。
【0003】
ところで、個々の脂質膜の作用として、味物質によって脂質膜電位が変化する性質を利用したものが知られている。この脂質膜としては、たとえばLB法で形成されたアラキン酸脂質膜(以下、アラキン酸LB膜という)などが知られている。
【0004】
従来の技術としては、味物質によって変化する脂質膜電位を測定するために、イオンセンサなどで使われている構造である、内部電極に塩−塩化銀電極、内部液に塩化カリウムを用いた膜形センサが用いられてきた。味覚センサはマルチチャネル型にする必要があるが、このような膜型センサは内部液が必要なことなどもあり、センサヘッドを小型化することは難しい。したがって、味覚センサ全体は大型化し、試料となる味溶液の量を少なくすることは困難である。(特許文献1)
【0005】
また、小型化が可能な一手段として基板上に有機薄膜作成技術であるLangmuir-Blodgett法(以下LB法という)を用いて 人間が味を識別するのに重要な部位であるとされる脂質二分子膜を模倣した類似膜を生成したものが検討されている。(非特許文献1)
【0006】
さらに、LB法により生成した脂質膜中に電位感受性蛍光色素をドープすることで、味物質に伴う電位変化を蛍光強度変化として取り出す光センシングが開発されている。(非特許文献2)
【0007】
この光センシングでは光ファイバを組み合わせた光ファイバセンサを使用し、小型軽量、高フレキシブルなプラスチック光ファイバ(POF)センサであって、センシング機能性を付加しやすく、その直径も1mm程度であるため小型の味覚センサヘッドの実現が期待できる。
【0008】
【特許文献1】特開平7−5147号公報
【非特許文献1】電気学会(Akitani etl ,IEEJ Trans、SM、Vol127、No8、2007)pp376-381
【非特許文献2】「Optical taste substance sensing using an optrode-type POF multi-channel sensor, Proc. of 17th International Conference on Optical Fibre Sensors, pp.379-382(2005)」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来におけるシステムでは、電位感受性色素として長鎖アルキルを付加したローダミンB(RhB-C18)色素をドープしたアラキン酸LB膜(蛍光LB膜という)にレーザー照射し、色素から発生する蛍光を光フィルターにて取り出して、その蛍光出力を光センサにて検出している。蛍光LB膜は苦味成分であるキニーネ塩酸塩(以下、キニーネという)溶液に接触した状態で波長534.5nmのレーザー光を照射すると、この励起用レーザー光と異なる波長で蛍光を発生する。この発生した蛍光を励起用のレーザー光から分離して光電変換素子にて電気信号に変換して計測する。ところが、この従来の技術では十分な蛍光発生が無く、検出レベルのS/Nが十分確保できない。そのため、濃度が薄い苦味成分の検出が出来ない。
【0010】
本発明は、上記に鑑みてなされたもので、本発明では、上述の蛍光LB膜単体で用いるのではなく、蛍光LB膜であるRhB-C18ドープアラキン酸LB膜上に、同じくLB法を用いてステアリン酸メチルを累積させたヘテロ型のLB膜(以下、ヘテロ型蛍光LB膜という)を用いることで、苦味成分のキニーネ分子を効率よく捕らえることができ、十分な蛍光発生能力有するため、キニーネの検出S/N比を上げて高感度を達成するセンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、請求項1の発明は、苦味成分を検出するための苦味成分検出材料であって、基材上にアラキン酸脂質膜層の上にステアリン酸メチルを積層してなることを特徴とする苦味成分検出材料であることを要旨とする。これによって、従来のアラキン酸脂質膜層のみで発生する苦味成分に対する電位を大きくすることが出来る。
【0012】
そして、請求項2の発明は、前記アラキン酸脂質膜層には、電位感受性蛍光色素がドープされており、苦味成分により前記アラキン酸脂質膜の電位が変化し、前記電位感受性蛍光色素の発光量が変化することを特徴とする、請求項1に記載の苦味成分検出材料であることを要旨とする。これによって、よりコンパクトな光利用による検出ヘッドを構成可能な蛍光レベル検出による苦味検出をより高感度に達成する。
【0013】
また、請求項3の発明は、前記苦味成分検出材料が検出する苦味成分がキニーネであることを特徴とする、請求項1と2に記載の苦味成分検出材料であることを要旨とする。
【0014】
あるいは、請求項4の発明は、前記アラキン酸脂質膜層上に累積させるステアリン酸メチル脂質膜は、2層から6層であることを特徴とする、請求項1と2に記載の苦味成分検出材料であることを要旨とする。このことは、検出感度を最も最適化するために好ましい形態である。
【0015】
別の形態として、請求項5の発明は、請求項2から4に記載の苦味成分検出材料を使用した苦味成分センサであって、前記苦味成分検出材料が積層された透明材料と、該透明材料にうけた励起用のレーザー光により苦味成分に応じて発光する前記電位感受性蛍光色素の発光を検出する検出手段と、を備えたことを特徴とする苦味成分検出センサであることを要旨とする。これにより、苦味成分に応じて変化するアラキン酸脂質膜層での電位をステアリン酸メチルの捕獲によって大きくし、ドープした電位感受性蛍光色素が光として変換することで、高感度に苦味成分を検出しそれを光信号として捕らえる苦味成分検出センサを提供できる。
【0016】
その上で、請求項6の発明は、前記電位感受性蛍光色素の発光の捕獲を光ファイバーで行うことを特徴とする、請求項5の苦味成分検出センサとする。 これによって、コンパクトな苦味成分検出センサが実現できる。
【0017】
さらに、請求項7の発明は、前記励起用のレーザー光と前記電位感受性蛍光色素の発光とを光フィルターによって分離して、該電位感受性蛍光色素の発光の強度を光電変換素子によって検出することを特徴とする、請求項5の苦味成分検出センサであることを要旨とする。
【発明の効果】
【0018】
以上説明した本発明によれば、ヘテロ型蛍光LB膜では、蛍光LB膜上のステアリン酸メチルが分子の形状から水面上に展開したときそのモホロジーが分子の間に隙間がある構造になり、このステアリン酸メチルを脂質膜表面に数分子層累積することで、苦味物質の脂質膜表面吸着・脱離性の向上をはかり、よって特に苦味成分のキニーネを効率よく捕らえるため、高感度な苦味センサを提供できる。更には、ステアリン酸メチルの脂質膜表面に数分子層累積が4層程度であることが望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を用いて本発明の実施の形態を説明する。本発明の説明に入る前に、従来技術の説明を行う。
【0020】
図7は、味物質によって変化する脂質膜電位を測定するために、イオンセンサで使われている構造である、内部電極103、104に塩−塩化銀電極、内部液102に塩化カリウムを用いた膜形センサが用いられてきた。味覚センサはマルチチャネル型にする必要があるが、このような膜型センサは内部液102が必要なことなどもあり、センサヘッドを小型化することは難しい。したがって、味覚センサ全体は大型化し、試料となる味溶液の量を少なくすることは困難である。
【0021】
容器100の中には、味成分溶液101が入っており、この味成分溶液101に内部液(以下、標準イオン溶液)102を入れる小容器とその標準イオンに接触する内部電極103があり、この出力が基準電位となる。一方、味成分溶液101に直接接触する第2の内部電極104があり、容器100の中の味成分溶液101を均一に測定するため、上下方向に8点の計測をアナログスイッチ105を切り替えてA/D変換器107でデジタル化したデータをマイクロコンピュータ106に入力して記録したり、X−Yレコーダ108で記録する。
【0022】
このとき、A/D変換器107の基準電位として、上述の、標準イオン溶液102に接触する内部電極103からの出力が与えられることにより、標準イオンからの電位と味成分溶液101からの電位との差分を検出することが出来、この電位に基づいて味成分濃度を判定する。
【0023】
図8は、従来の蛍光LB膜100の構成を示したものである。基材とする透明材料200の上に電位感受性色素として長鎖アルキルを付加したローダミンB(RhB-C18)色素201をドープしたアラキン酸202のLB膜である。この蛍光LB膜100による検出も、本実験装置である図3に示したシステムの味溶液60に接触することで使用される。図3の詳細説明は後で述べる。
【0024】
図1は、ヘテロ型蛍光LB膜10であって、図8に示した蛍光LB膜10上に、同じくLB法を用いてステアリン酸メチル23を累積させてへテロ構造を形成したものである。
ステアリン酸メチル23は親水基の極性が分子の重心からずれているため、水面上で疎水鎖がやや傾いた状態となる。そのため、疎水鎖同士が邪魔し合い膜に隙間を生じさせる。この隙間に味物質イオンが入り込むことで、膜中から膜外へ味物質イオンが出にくくなる。このため、膜中の電位差および蛍光強度変化も大きくなる。詳細の構造を以下に説明する。
【0025】
図2は、図1の構成を構造式的に示した図である。LB膜を作成可能な代表的な脂質はアラキン酸22である。アラキン酸22は水上に展開すると、疎水基を空気層に向け水面とほぼ直角に疎水鎖を向けるため、疎水鎖同士が邪魔しあうことがなく、配向性の高い稠密な膜となる。さらに、長鎖アルキル基であるヘキサデシル基のある色素を混入してもその膜の配向性や製膜性は保たれる。そこで、電位に対して感受性があり、ヘキサデシル基を有するRhB-C1821を混入させることにより、LB膜電位変化を蛍光強度変化として測定を行う。
【0026】
図示を省略したが、苦味成分であるキニーネが上方より近接し、側鎖の間に入り込むと、電位変化を起こす。ローダミンB(RhB−C18)色素はこの電位変化に応じて蛍光発生能力が変化して、励起光を受けたときの発生蛍光が変化する。
【0027】
図3は実験を行った時の構成である。ヘテロ型蛍光LB膜10を苦味成分溶液60に浸して、ヘテロ型LB膜61を形成してるガラス基板62に側面よりレーザー光(He−Ne・Laser、543.5nm)を入れる。ここでは苦味成分としてキニーネを使用しており、溶液60に接触(分子レベルで近接)すると色素が励起され溶液60の濃度に応じて蛍光発生する。図3のようにガラス基板62のヘテロ型蛍光LB膜10と反対の面からファイバー63を使用して光を引き出す。励起光とレーザー光とが重畳しているので、バンドパスフィルター64を用いて励起光のみを取り出し光電変換素子である光電子倍増管65にて電気信号に変換する。あとは、デジタルマルチメータ66を使用してデジタル化してPC(パーソナルコンピュータ)67にてデータ処理を行う。
【0028】
尚、図示しての説明は省略するが、ガラス基板62は図3の様な大きい物である必要は無く、ファイバー63の端面にヘテロ型蛍光LB膜10を形成することも可能で、コンパクトなセンサとなる。
【実施例】
【0029】
次に、上記のヘテロ型蛍光LB膜10による苦味成分センサを用いて、本発明に係わる苦味成分に対する応答性について実験した結果を説明する。以下の、表1に記載の組成割合、表2に記載の速度条件で、本ヘテロ型蛍光LB膜10を生成した

【表1】

【表2】

【0030】
図3に示した実験装置により測定を行った結果が、図4から図6に示したグラフである。ヘテロ型蛍光LB膜10を累積したガラス基板62は、測定ケースに固定してキニーネ溶液と触れさせる。ガラス基板の側面からは、He−Neレーザ(波長543.5nm)を照射し、レーザ光はガラス基板62内を反射しながら進み、ヘテロ型蛍光LB膜10中のRhB-C1821を励起する。キニーネ溶液60による蛍光強度を変化はプラスチック光ファイバ63で採光し、バンドパスフィルタ64で励起光や自然光を除去後、光電変換素子としての光電子増倍管65で測定する。デジタルマルチメータ66でデジタル変換された測定データは、PC67で記録する。
【0031】
以上の実験系で、一定時間ごとに味溶液濃度を変化させて、その蛍光強度変化を測定した。図4に蛍光強度の時間応答を示し、図5に感度特性を示す。この結果より、色素層のみの膜Aよりも、膜Aの上層にステアリン酸メチル23のLB膜を累積させた膜Cの方が味溶液濃度変化に対し、大きな蛍光強度変化を起こすことがわかる。一方、上層にアラキン酸を累積した蛍光LB膜100は蛍光強度がほとんど変化しない。
【0032】
これは、アラキン酸22のLB膜は稠密な膜であるため膜内部に味物質が浸透せず、蛍光色素層201に分子が届かないために蛍光強度変化が起こらない。したがって、分子間に距離のあるステアリン酸メチル23のLB膜はキニーネ分子を透過しやすいために、大きな蛍光強度変化を起こす。
【0033】
次に、図6にステアリン酸メチル脂質膜の層数の異なるヘテロ型蛍光LB膜10によるそれぞれの蛍光強度変化を比較した結果を示す。横軸は味溶液濃度、縦軸は蛍光強度を表す。この結果より、ステアリン酸メチル23の層数が2層のヘテロ型蛍光LB膜Dと4層のヘテロ型蛍光LB膜Eが同程度で最も味溶液濃度変化による蛍光強度変化が大きく、次いで、8層のヘテロ型蛍光LB膜C、16層の膜Fはステアリン酸を累積させない色素層のみの蛍光LB膜Aと同程度の小さな変化を示した。
【0034】
これは、ステアリン酸メチル23のLB膜4層目あたりまでは膜に空いた隙間から膜内部に味物質イオンが入り込みやすいが、8層、16層と累積層数が増えるにつれて、色素層まで入り込みにくくなるため色素が電位変化を捉えにくくなるためである。そのため、色素層21上に累積させるステアリン酸メチル脂質膜は、2層から6層であることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の苦味成分検出材料の概念図である。
【図2】本発明の苦味成分検出材料の構造図である。
【図3】本発明の苦味成分検出材料を使用したセンサの図である。
【図4】蛍光強度の時間応答を示す図である。
【図5】感度特性を示す図である。
【図6】層数の異なるヘテロ型蛍光LB膜の感度差異を示す図である。
【図7】従来のイオン検出方センサの図である。
【図8】従来の蛍光LB膜材料の図である。
【符号の説明】
【0036】
10 ヘテロ型蛍光LB膜
20 ガラス基板
21 ローダミンB(RhB-C18)色素
22 アラキン酸
23 ステアリン酸メチル
60 苦味成分を含む味溶液
61 ヘテロ型蛍光LB膜
62 ガラス基板
63 光導出用の光ファイバー
64 光バンドパスフィルター
65 光電子倍増管
100 蛍光LB膜
200 ガラス基板
201 ローダミンB(RhB-C18)色素
202 アラキン酸



【特許請求の範囲】
【請求項1】
苦味成分を検出するための苦味成分検出材料であって、基材上に積層されたアラキン酸脂質膜層の上にステアリン酸メチルを積層してなることを特徴とする苦味成分検出材料
【請求項2】
前記アラキン酸脂質膜層には、電位感受性蛍光色素がドープされており、苦味成分により前記アラキン酸脂質膜の電位が変化し、前記電位感受性蛍光色素の発光量が変化することを特徴とする、請求項1に記載の苦味成分検出材料
【請求項3】
前記苦味成分検出材料が検出する苦味成分がキニーネであることを特徴とする、請求項1と2に記載の苦味成分検出材料
【請求項4】
前記アラキン酸脂質膜層上に累積させるステアリン酸メチル脂質膜は、2層から6層であることを特徴とする、請求項1と2に記載の苦味成分検出材料
【請求項5】
請求項2から4に記載の苦味成分検出材料を使用した苦味成分センサであって、前記苦味成分検出材料が積層された透明材料と、該透明材料にうけた励起用のレーザー光により苦味成分に応じて発光する前記電位感受性蛍光色素の発光を検出する検出手段と、を備えたことを特徴とする苦味成分検出センサ
【請求項6】
前記電位感受性蛍光色素の発光の捕獲を光ファイバーで行うことを特徴とする、請求項5の苦味成分検出センサ
【請求項7】
前記励起用のレーザー光と前記電位感受性蛍光色素の発光とを光フィルターによって分離して、該電位感受性蛍光色素の発光の強度を光電変換素子によって検出することを特徴とする、請求項5の苦味成分検出センサ

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−109215(P2009−109215A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−278842(P2007−278842)
【出願日】平成19年10月26日(2007.10.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年7月2日 社団法人 電気学会発行の「電気学会研究会資料/CHS−07−32」に発表
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】