説明

茹で卵の製造方法

【課題】卵白のpHが9以下の新鮮な卵を用いた場合でも、容易にきれいに殻を剥けるように茹で卵を製造する方法を提供する。
【解決手段】殻付き生卵の鈍端部に、卵殻膜を破くことなく卵殻にひびを入れた後、加熱することにより茹で卵を製造する。このひびは、スプーン等の金属製治具の平坦部で鈍端部をたたくことにより形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殻のむき易い茹で卵の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
殻付き生卵を加熱して茹で卵を製造した場合に、卵白に接する卵黄部分が暗緑色化する場合があるが、この着色現象は新鮮な生卵よりも古い生卵で起こりやすい。
【0003】
これは卵白のpHが、産卵直後には7.6〜7.9であるのが、経時的に高まり、最高でpH9.7程度になるところ、この付近のpHでは卵白から硫化水素が発生し易く、加熱中に、この硫化水素が卵黄に含まれている鉄分と反応して硫化鉄を生成することにより硫化黒変するためである(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
したがって、茹で卵の製造には、卵白のpHが9以下の新鮮卵の使用が望まれる。しかしながら、pHが9以下の卵を茹で卵にすると、卵白が卵殻に付着し、殻をきれいにむけないという問題が生じる。
【0005】
これに対しては、予め、卵殻の外周にカッターで筋目を入れた後、茹でて中身を固化し、冷水を注ぎながら殻を外すという方法が提案されている(特許文献1)。この方法は、ゆでている間に内部の膨張力により筋目に割れを生じさせ、冷却時の卵白と内卵殻膜との収縮率の差を利用して殻を剥きやすくするものである。
【0006】
なお、茹で卵の製造時に卵が破裂しないようにする方法としては、卵殻に針穴をあける方法が提案されている(特許文献2、特許文献3)。
【0007】
【非特許文献1】卵−その化学と加工技術−、240頁、株式会社光琳、平成11年6月30日3版
【非特許文献2】食卵の科学と利用、84頁、株式会社地球社、1980年2月20日
【特許文献1】特開平7-170945号公報
【特許文献2】実開平6-38580号公報
【特許文献3】実開平6-36544号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、カッターで卵殻の外周に筋目を入れる方法では、筋が深く入りすぎて
卵殻膜が破れてしまうことがある。特に、特許文献1に記載されているように、卵殻の鈍端部と鋭端部を装置で押さえ、その間の中央部に筋目を入れると、卵殻膜が破れやすくなる。そして、卵殻膜が破れると、茹でている間に卵殻膜の破れたところから卵白が漏れ出し、外形のきれいな剥き卵を得られないという問題が生じる。
【0009】
卵殻に予め針穴をあけた後、茹でる方法は、殻に傷をつけるという点では、上述の卵殻の外周に筋目を入れる方法と共通するが、茹で卵の殻がこの方法で剥きやすくなるとは限らない。この方法で剥きやすくなる確率を高めるには、針穴の径を大きくすることが有効であるが、針穴を大きくすると、茹でている間に卵白が穴から漏れ出すので、外形のきれいな剥き卵を得られないという問題が生じる。
【0010】
そこで、新鮮卵を用いて、茹で卵を工業的に殻を剥きやすく製造する方法としては、一般には、新鮮卵をあえて貯蔵することにより卵白中の炭酸ガスが自然に抜けるようにし、pHをあげる方法がとられている。しかしながら、この方法では、鮮度が落ち、貯蔵中に卵黄部が偏心するという問題が生じる。また、卵白に接する卵黄部分の硫化黒変も生じやすくなる。
【0011】
これに対し、本発明は、卵白のpHが9以下の新鮮な卵を用いた場合でも、容易にきれいに殻を剥けるように茹で卵を製造する方法、特に、そのような茹で卵の製造方法であって工業的にも使用できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、茹で卵の製造にあたり、予め、鈍端部という卵殻の特定部位に、卵殻膜を傷つけることなく、ひびを入れると、卵白のpHが9以下の新鮮卵を茹でた場合でも殻が極めて剥きやすくなり、また、茹でている間にひびから卵白が漏れ出すこともなく、外形のきれいな剥き卵を得られることを見出した。
【0013】
即ち、本発明は、殻付き生卵の鈍端部に、卵殻膜を破くことなく卵殻にひびを入れた後、加熱することを特徴とする茹で卵の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
従来、卵白のpHが9以下の新鮮卵の茹で卵は殻が剥きにくいのに対し、本発明の製造方法によれば、採卵当日の新鮮卵を茹で卵にした場合でも容易にきれいに殻を剥くことが可能となり、卵黄が硫化黒変をきたすこともない。また、生卵を加熱している間に卵白が漏れ出ることもなく、外形のきれいな茹で卵を得ることができる。
【0015】
さらに、本発明の製造方法は、従来の茹で卵の製造ラインを用いて、工業的にも容易に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、各図中、同一符号は同一又は同等の構成要素を表す。
【0017】
本発明の茹で卵の製造方法は、予め殻付き生卵の鈍端部に対して卵殻膜を破くことなく卵殻にひびを入れ、その後に加熱して茹で卵とする方法である。
【0018】
ここで、茹で卵とは、卵白が熱変性によって凝固し、殻剥き後でも卵の形状を保つものをいう。したがって、殻を剥ける程度に卵白が凝固していれば良く、卵黄の凝固状態は問わない。卵黄は、流動性のある液状から凝固によりほぐれやすくなっている状態まで、種々の状態をとることができる。
【0019】
また、鈍端部において卵殻にひびを入れるとは、専ら鈍端部の直下にある気室上の卵殻に亀裂を入れることをいい、気室上の卵殻のみにひびが入っている態様と、気室上の卵殻だけでなく、その周囲の卵殻にもひびが及んでいる態様との双方を含む。ここで、ひびが及ぶ範囲は、図1Aにドットで塗りつぶしたように、鈍端部の先端2から卵1の全長の1/3までの範囲とすることが好ましい。ただし、図1Bに示すように、この範囲外にひび3が形成されていても、そのひび3が鈍端部を叩く等により形成されたもので、かつ、鋭端部の先端4にまで達していなければ構わない。これに対し、鈍端部以外を叩くことにより、図1Cに示すように、上述の範囲外にひびが形成されると、加熱中に内圧上昇により卵殻膜が容易に破れて卵白が漏れ出し、茹で卵に陥没ができるので好ましくない。
【0020】
鈍端部に入れる限り、ひびの大きさや数には特に制限はないが、微細なひび(例えば、長さ7cm未満、幅0.5mm未満)を複数形成することが、卵殻膜が破れる恐れを低減させる点から好ましい。大きなひび(例えば、長さ7cm以上、幅0.5mm以上)を形成すると、加熱中の圧力上昇がそのひびに集中し、卵殻膜が破れやすくなるので好ましくない。
【0021】
このようなひびの形成方法としては、スプーン、フォーク、ナイフ、その他任意の金属製治具の平坦部で生卵の鈍端部を叩く、あるいは鈍端部を下に向けて生卵を平坦な台に落下させる等の方法をあげることができ、中でも、カレー用スプーンのすくい部の裏面平坦部で鈍端部をたたく方法が、簡便に好ましいひびを形成できるので好ましい。
【0022】
なお、ひびの形成は、通常、肉眼観察によって確認することができるが、細かいひびは透光検査によって確認すればよい。透光検査としては、暗所にて卵を背後から照明し、正面から目視観察するか、あるいは拡大画像を撮る方法が好ましい。
【0023】
本発明の方法において、卵殻にひびを入れた後は、公知の茹で卵と同様に加熱することができる。例えば、90〜100℃の湯で5〜20分間茹でる。水から加熱しても熱水から加熱してもよい。また、加圧蒸気で加熱してもよい。
【0024】
加熱後は、冷水に浸漬して速やかに冷却することが好ましい。
【0025】
本発明の方法により、茹で卵の殻が剥きやすくなる理由としては、卵白に溶存していた炭酸ガスが、加熱中にひびを通して卵殻外に抜けることによりpHが上昇し、しっかりとしたゲルが形成され、卵殻膜と卵白との剥離性が高まること、さらに加熱後に冷却水で冷却すると、卵殻膜と卵白との間に冷却水が侵入するため、卵殻膜と卵白との剥離性がいっそう高まること、が考えられる。
【0026】
本発明の方法は、従来の工業的な茹で卵の製造装置に、鈍端部のひび入れ治具を付加することにより容易に実施することができる。このひび入れ治具としては、例えば、図2(a)に示す治具10のように、両端の径が太くなった所謂ダンベル形状の杵状部材11と、該杵状部材11の細径部11aを孔部12で摺動自在に支持し、上下に昇降する昇降板13を備えたものをあげることができる。工業的な茹で卵の製造ラインにおいては、複数の卵1が基台14上の凹み15又は孔部で整列して加熱処理部へ搬送されるので、このひび入れ治具10は、ラインの加熱処理部の前段に設ける。また、基台14には、卵1を、鈍端部を上にして載置する。
【0027】
ひび入れ治具10は、基台13が搬送されてくると、同図(b)に示すように、昇降板13を所定距離下降させ、杵状部材11の下端平坦部11bで卵1の鈍端部を叩く。杵状部材11は、卵1の鈍端部に当たると基台14に対して上方に移動するので、個々の卵1の高さによらず、杵状部材11の重量に応じた力で全ての卵1を叩くことができる。なお、このひび入れ治具10において、叩打力の調節は、杵状部材11の重量や杵状部材11と卵1との距離の調節により容易に行うことができる。
【実施例】
【0028】
実施例1
殻付き生卵(MSサイズ、卵白のpH8.5以下)を90個用意し、それらの鈍端部にカレー用スプーンを用いてひび入れを行ない、95℃の熱湯槽に15分間入れて加熱した。茹で上がった卵を0℃の冷水にて冷却し、本発明の製造方法による茹で卵を得た。
【0029】
得られた茹で卵を手で殻剥きしたところ、非常に殻剥けが良く、殻剥きにより卵白がはがれず、また卵白の鈍端部に陥没もない、きれいな形状のものであった。この殻剥きに要した時間は、90個で1074秒であった。なお、殻剥きの方法としては、卵殻全体にひびを入れ、中央部から剥いた。
【0030】
また、茹で卵の鋭端部にpHメータ(メトラー・トレド社、MP225)のプローブを差込み、鋭端部の卵白のpHを測定したところ、8.8であった。
【0031】
実施例2
殻付き生卵(MSサイズ、卵白のpH8.5以下)4320個を用意し、これらを、茹で卵製造装置の基台に、鈍端が上に向くように載置し、これを図2に示すひび入れ治具に搬送し、上方から杵状部材で叩くことにより鈍端部にひび入れを行ない、鈍端部を上にして立てたまま95℃の熱湯槽に15分間入れて加熱した。茹で上がった卵を4℃の冷水にて冷却し、本発明の製造方法による茹で卵を得た。
【0032】
得られた茹で卵4230個に対して、機械殻剥きしたところ、非常に殻剥けが良く、殻剥きにより卵白がはがれず、また卵白の鈍端部に陥没もない、きれいな形状のものであった。また、得られた茹で卵90個について、実施例1と同様に手で殻剥きした。この場合も、非常に殻剥けがよく、きれいな形状の剥き卵が得られた。殻剥きに要した時間は、90個で1098秒であった。
鋭端部の卵白のpHは、8.8であった。
【0033】
比較例1
ひび入れをしない他は実施例1と同様にして茹で卵を90個製造し、殻剥きし、鋭端部の卵白のpHを測定した。
【0034】
その結果、茹でている間に卵白が漏れ出すことはなかったが、茹でた後の殻は非常に剥きにくく、卵白の多くが卵殻膜に付着して剥がれた。殻剥きに要した時間は90個で1698秒であり、卵白のpHは8.5であった。
【0035】
比較例2
鈍端部に、ひび入れに代えて、気室に貫通する針穴(直径1.2mm)をあける他は実施例1と同様にして茹で卵を90個製造し(特許文献3参照)、殻剥きし、鋭端部の卵白のpHを測定した。
【0036】
その結果、茹でている間に卵白が漏れ出し、茹であがり後に陥没のないきれいな形状を保っていたものは全体の90%未満であり、この方法は工業的に行う大量生産には適していないことが確認できた。また、殻剥きに要した時間は90個で1110秒であり、卵白のpHは8.8であった。
【0037】
比較例3
鈍端部へのひび入れに代えて、カッターで卵殻の中央部外周に筋目を入れる他は、実施例1と同様にして茹で卵を製造し、殻剥きし、鋭端部の卵白のpHを測定した(特許文献1参照)。
【0038】
その結果、茹でている間に卵白が漏れ出したものは、茹であがり後の形状に陥没があり、また、茹でている間に卵白が漏れ出さなかったものは、殻が剥きにくく、卵白の多くが卵殻膜に付着して剥がれ、非常に歩留まりが悪かった。殻剥きに要した時間は90個で1590秒であり、卵白のpHは8.5であった。
【0039】
比較例4
鈍端部に代えて鋭端部にカレー用スプーンを用いてひび入れした他は、実施例1と同様にして茹で卵を製造し、殻剥きし、鋭端部の卵白のpHを測定した。
【0040】
その結果、茹でている間に卵白が漏れ出し、茹であがり後の形状に陥没が生じた。殻剥きに要した時間は90個で1083秒であり、卵白のpHは8.8であった。
【0041】
比較例5
鈍端部に代えて中央部にカレー用スプーンを用いてひび入れした他は、実施例1と同様にして茹で卵を製造し、殻剥きし、鋭端部の卵白のpHを測定した。
【0042】
その結果、茹でている間に卵白が漏れ出し、茹であがり後の形状に陥没が生じた。殻剥きに要した時間は90個で1077秒であり、卵白のpHは8.8であった。
【0043】
以上の結果を表1に示す。表1から、鈍端部にひびを入れることにより、茹でる前の卵白のpHが8.5以下であっても、殻剥きが容易になると共に、殻剥き後の形状も良好になることがわかる。
【0044】
【表1】


【0045】

(*1)殻剥き後の形状の評価基準
A:殻剥きした茹で卵の外形に陥没の無いものが全体の95%以上
B:殻剥きした茹で卵の外形に陥没の無いものが90%以上95%未満
C:殻剥きした茹で卵の外形に陥没の無いものが90%未満

(*2)殻剥きしやすさの評価基準
A:殻剥き時に卵白が卵殻にはりつかなかったものが全体の95%以上
B:殻剥き時に卵白が卵殻にはりつかなかったものが90%以上95%未満
C:殻剥き時に卵白が卵殻にはりつかなかったものが90%未満
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、茹で卵の製造、特に、工業的な茹で卵の製造に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1A】卵殻に入れるひびの好ましい部位の説明図である。
【図1B】卵殻に入れるひびの好ましい部位の説明図である。
【図1C】卵殻に入れるひびの好ましくない部位の説明図である。
【図2】ひび入れ治具の使用状態の説明図である。
【符号の説明】
【0048】
1 卵
2 鈍端部の先端
3 ひび
4 鋭端部の先端
10 ひび入れ治具
11 杵状部材
12 孔部
13 昇降板
14 基台







【特許請求の範囲】
【請求項1】
殻付き生卵の鈍端部に、卵殻膜を破くことなく卵殻にひびを入れた後、加熱することを特徴とする茹で卵の製造方法。
【請求項2】
金属製治具の平坦部で鈍端部をたたくことによりひびを入れる請求項1記載の製造方法。


【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−42682(P2006−42682A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−228348(P2004−228348)
【出願日】平成16年8月4日(2004.8.4)
【出願人】(000001421)キユーピー株式会社 (657)
【Fターム(参考)】