説明

荷電ビーム用レンズ

【構成】第1、第2、第3、第4の四極子レンズ11,12,13,14 と前記第1四極子レンズの前に配置された第1開口電極21、第1と第2四極子レンズ間に配置された第2開口電極22、第2と第3四極子レンズ間に配置された第3開口電極23、第3と第4四極子レンズ間に配置された第4開口電極24、第4四極子レンズの後に配置された第5開口電極25とからなり、荷電ビームを第3開口電極23付近で線状に集束させるように四極子レンズを励起する手段と第1〜第5開口電極21〜25の励起によって誘起される八極子レンズ作用で開口収差を補正制御するための電圧を印加する手段を具備した荷電ビーム用レンズ。
【効果】比較的弱いレンズ励起強度によって開口収差を規制する4つの収差係数を任意に制御でき、特に倍率1で、作動距離の長いプローブ形成用レンズにおいて開口収差0のレンズ系が実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、開口(球面)収差の制御が可能な荷電ビーム用のレンズに関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来から、電子ビームやイオンビーム装置で使用されている荷電ビーム用のレンズの多くは、荷電ビームの飛翔方向を光軸(Z軸)とすると、光軸に対して回転(軸)対称な形状を有する磁界レンズや電界レンズであり、これら軸対称レンズでは開口収差(球面収差)を補正できない。
【0003】一方、光軸に平行に4つの電極や磁極を配置した四極子レンズは電界或は磁界の主成分が荷電ビームと直交して作用するため、強いレンズ作用が得られる反面、1段の四極子レンズではX−Z面で発散(凹)レンズ作用、Y−Z面で集束(凸)レンズ作用を有するというように、極端な軸非対称レンズである。
【0004】このため、イオンマイクロアナライザ、イオンビームリソグラフィ装置、オージェ電子分光装置やX線マイクロアナライザ等のビーム集束に四極子レンズを利用する場合、2段乃至3段以上の四極子レンズを組み合わせて使用する必要がある。
【0005】上記のような荷電ビーム装置では微小ビーム径にビームを集束した時のビーム電流値が大きいほど、装置の特性やスループットを向上させることができ、またビーム電流を増大させるためには荷電ビーム源等に問題がなければビームの有効開き角を大きくすれば良い。
【0006】しかし、これを規制しているのはレンズの開口(球面)収差である。一般に、ビーム光軸に対して回転対称形の磁界レンズ、円筒レンズ、三枚電極レンズ等による結像位置における開口収差によるボケΔrは、ビームの開き角をβとすると次式で表わされる。
【0007】
Δr=Cs β3 (1)
ここで、Cs は開口収差係数である。
【0008】これに対して、球面レンズ作用をもたない四極子レンズでは、開口収差は更に複雑となり、X−Z面とY−Z面における開口収差によるボケΔX、ΔYは各々の面でのビームの開き角α,βに依存する開口収差係数をCA30 ,CA12 ,CA21 ,CA03 とすると、次式で表わすことができる。
【0009】
ΔX=(CA30α2 +CA12β2 )α (2)
【0010】
ΔY=(CA21α2 +CA03β2 )β (3)
【0011】四極子レンズを3段以上組み合わせてレンズ系を構成し回転対称レンズと同様な使い方して、X−Z面のレンズ倍率とY−Z面のレンズ倍率が|MX|=|MY|=1 と等しい場合、α=βの関係が成り立ち、CA21 =CA12 となる。
【0012】このようなステイグマティックな条件のもとでは3項[(2)式、(3)式では4項のうち2項は等しい)ある開口収差係数がどの程度の値であるかを知ればよいことになる。
【0013】上記のような四極子レンズ系では、八極子レンズ作用と組み合わせることによって、開口収差の補正が可能であり、また四極子レンズ系は八極子レンズと組み合わせなくとも、四極子レンズ系と光軸を同じくする開口電極と組み合わせることにより八極子レンズ作用を励起させて開口収差の補正が可能である(特公昭53-30628号公報、特公昭55-28179号公報)。
【0014】
【発明が解決しようとする課題】しかし、3段四極子レンズ系において、四極子レンズの励起条件が第2四極子レンズに対して左右対称でない場合は、CA12 ≠CA21 となり、4つの開口収差係数を完全に同じように制御することは非常に難しい。
【0015】即ち、CA30 の補正によってCA12 、CA21 が増大し、CA12 、CA21 の補正ではCA30 やCA03 が増大するというように非常に大きな係数が相互に打ち消し合わなければならないため、八極子レンズの励起作用も強くなり、僅かなミスアライメントから残留する収差が大きいことやミスアライメントに起因する機械的な収差によって補正特性が著しく損なわれるため現実的には補正が困難となる。
【0016】例えば、図2に示すような3段の四極子レンズと開口電極を組み合わせた補正系(特許第1458265 号) において、1、2、3は四極子レンズ、4、5は開口電極、XはX−Z面のビーム軌道、YはY−Z面のビーム軌道であるが、この補正系においては四極子レンズ系が3段であり、CA12 ≠CA21 となる励起条件下で収差補正を行なうところから、上記の開口収差係数を自由に補正制御する完全補正系を実現することができないという課題を残している。
【0017】上記補正系では加速電圧に対する印加電圧の比で表わした励起強度(図2で四極子レンズ系や開口電極上に示した数値)で明らかなように、第2四極子の入射端面付近で線状集束させるために、強い四極子励起強度を必要とし、このためX−Z面(発散−集束−発散)面のビームの離軸距離も大きくなるなどの難点がある。
【0018】
【課題を解決するための手段】以上の課題を解決するために、この発明では四極子レンズとこれと光軸を同じくする軸上に開口を有する開口電極を組み合わせることによって開口収差を制御する荷電ビーム用レンズにおいて、第1、第2、第3、第4の四極子レンズと前記第1四極子レンズの前に配置された第1開口電極、第1四極子レンズと第2四極子レンズ間に配置された第2開口電極、第2四極子レンズと第3四極子レンズ間に配置された第3開口電極、第3四極子レンズと第4四極子レンズ間に配置された第4開口電極及び第4四極子レンズの後に配置された第5開口電極からなり、更に荷電ビームを第2開口電極付近で線状に集束させるように前記四極子レンズを励起する手段と第1〜第5開口電極の励起によって誘起される八極子レンズ作用で開口収差を補正制御するための電圧を印加する手段を具備せしめた荷電ビーム用レンズを提供するものである。
【0019】ここで、四極子レンズは電界型或は磁界型の四極子レンズ何れをも使用することができる。
【0020】
【作用】この発明に係るレンズ系は4つの四極子レンズと5つの開口電極とからなり、構成要素は多いが、制御は下記のように極めて簡単に行なわれる。
【0021】即ち、この発明による荷電ビーム用レンズの特徴とレンズ作用を次に示すと、(1)第1、第4四極子レンズと第2、第3四極子レンズの励起強度を各々等しくし、第3開口電極付近で線状に集束する励起条件を使用することにより、X−Z(発散−集束−集束−発散レンズ作用)面の倍率は1、Y−Z(集束−発散−発散−集束レンズ作用)面の倍率は−1となる。(2)第3開口電極の励起によって、Y−Z面のビーム軌道が光軸と交差する位置で、X−Z面の開口収差係数CA30 を補正することにより他の収差係数の増大を抑えることができる。(3)励起条件が第3開口電極を中心に対称であるため、収差係数はCA12 =CA21 となる。(4)このため、第1、第5開口電極と第2、第4開口電極の励起を等しく、この2つの励起の調整によって、CA03 とCA12 を補正することができる。
【0022】
【実施例】図1はこの発明の一実施例を示すもので、11,12,13,14 はそれぞれ電界型の第1、第2、第3、第4の四極子レンズ、21,22,23,24,25はそれぞれ第1、第2、第3、第4、第5開口電極、X´はX−Z面、Y´はY−Z面のビーム軌道、αはX−Z面、βはY−Z面のビームの開き角である。
【0023】なお、各四極子レンズ11〜14及び第1〜第5開口電極21〜25への電圧を印加する手段は省略してある。
【0024】このレンズ系では、第1四極子レンズ11と第4四極子レンズ14、第2四極子レンズ12と第3四極子レンズ13の励起強度を各々等しくし、第3開口電極23付近で荷電ビームが線状に集束されるようにする。
【0025】更に第3開口電極23の励起によってX−Z面の開口収差係数CA30 を補正し、また第1開口電極21、第5開口電極25と第2開口電極22、第3開口電極23の励起が各々等しくなるように調整して開口収差係数CA03 とCA12 並びにCA21 を調整する。
【0026】即ち、この実施例によれば第1四極子レンズ11と第4四極子レンズ14、第2四極子レンズ12と第3四極子レンズ13の励起強度を各々等しくし、第3開口電極23付近で荷電ビームが線状に集束する励起条件を使用することにより、レンズ系におけるX−Z面の倍率は1、Y−Z面での倍率は−1となる。
【0027】このため、第3開口電極33の励起により、ビーム軌道Y´がビーム光軸28と交差する位置で開口収差係数CA30 を補正でき、しかも他の収差係数の増大を抑えることができる。
【0028】また励起条件が第3開口電極23を中心に対称であるため、開口収差係数CA12=CA21 となり、更に第1、第5開口電極2125 と第2、第3開口電極2223 を等しく励起させることにより、開口収差係数CA03 とCA12 を補正することができる。
【0029】下記の表1は4つの四極子レンズと5つの開口電極から構成される本発明のレンズ系において、励起強度によって開口収差係数がどのように変化するかを計算から求めた開口収差制御特性の例であり、表中開口電極励起前とは4段四極子レンズ系の特性である。
【0030】また、電界型四極子レンズの電極長を14mm、四極子レンズ及び開口電極の開口径を約7mm 、開口電極の厚さを2mm 、ビーム源から第1四極子レンズ11中心までの距離Z1 と第4四極子14中心から集束点までの距離Z0 はZ1 =Z0 =57mmの一定条件で計算した。
【0031】
【表1】


【0032】表1中において、励起強度は加速電圧に対する印加電圧の比で表わし、例えばVQ1/Va =0.038699は加速電圧がVa =20kVであれば、第1四極子レンズ11と第4四極子レンズ14に印加する電圧は773.98V となる。
【0033】したがって、開口電極の励起前と励起時の四極子レンズ励起強度がVQ1、VQ2で0.19% 、0.12% 程度異なるのは開口電極の励起によって誘起される電界レンズ作用による焦点特性のズレを四極子レンズの励起で補償したことを示している。
【0034】また、図1の31( 実線) は四極子レンズフィールドを表わす電位分布、32( 一点鎖線)は八極子レンズフィールドを表わす電位分布、33(破線)は電界レンズフィールドを表わす電位分布である。
【0035】これらの電位分布は四極子レンズと開口電極による補正レンズの特徴で、開口電極励起による軸対称な電界レンズ作用が非常に弱く、レンズの焦点特性はほぼ四極子レンズの励起で決まり、開口電極励起によって開口収差を制御できることを示している。
【0036】表1に示した開口収差の補正例では、四極子レンズ及び開口電極には加速電圧の3.9%以下の印加電圧で、四極子電極及び開口電極の励起強度が比較的弱く、励起制御も簡単な条件で、全ての開口収差係数を0にすることができることを示している。
【0037】また、この発明によれば従来不可能であった開口収差を自由に制御できるので、軸対称な磁界レンズや電界レンズの前或は後にこの発明によるレンズを配置することにより、軸対称レンズの開口収差係数CS を打ち消すことができる。
【0038】即ち、四極子レンズ及び開口電極の励起条件を制御することにより、CA30 =CA12 =CA21 =CA03 =−CS となるような収差補正レンズシステムを実現できる。
【0039】
【発明の効果】以上要するに、この発明によれば比較的弱いレンズ励起強度によって開口収差を規制する4つの収差係数を任意に制御できることになる。特に倍率1のレンズにおいて開口収差0のレンズ系を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明による荷電ビーム用レンズの構成とビーム軌道を示す図
【図2】従来の3段の四極子レンズと開口電極とから構成される荷電ビーム用レンズにおけるビーム軌道と励起強度及びその特性を示す図
【符号の説明】
11,12,13,14 は第1、第2、第3、第4四極子レンズ
21,22,23,24,25は第1、第2、第3、第4、第5開口電極
31,32,33は四極子レンズ、八極子レンズ、電界レンズの電位分布
X´はX−Z面のビーム軌道
Y´はY−Z面のビーム軌道
αはX−Z面のビームの開き角
βはY−Z面のビームの開き角

【特許請求の範囲】
【請求項1】 四極子レンズとこれと光軸を同じくする軸上に開口を有する開口電極を組み合わせることによって開口収差を制御する荷電ビーム用レンズにおいて、第1、第2、第3、第4の四極子レンズと前記第1四極子レンズの前に配置された第1開口電極、第1四極子レンズと第2四極子レンズ間に配置された第2開口電極、第2四極子レンズと第3四極子レンズ間に配置された第3開口電極、第3四極子レンズと第4四極子レンズ間に配置された第4開口電極及び第4四極子レンズの後に配置された第5開口電極からなり、更に荷電ビームを第2開口電極付近で線状に集束させるように前記四極子レンズを励起する手段と第1〜第5開口電極の励起によって誘起される八極子レンズ作用で開口収差を補正制御するための電圧を印加する手段を具備せしめたことを特徴とする荷電ビーム用レンズ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平5−234550
【公開日】平成5年(1993)9月10日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−69231
【出願日】平成4年(1992)2月18日
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【指定代理人】
【氏名又は名称】工業技術院電子技術総合研究所長