説明

荷電粒子ビーム偏向装置

【課題】2つの異なる方向から入射する荷電粒子ビームを1本の光路に集約でき、両ビームの透過率が高く、且つ加工が容易なセクターマグネットを備える荷電粒子ビーム偏向器を提供する。
【解決手段】入射側端面21と出射側端面22を有する二重集束型のセクターマグネット20を備える。入射側端面21の角度αと出射側端面22の角度βは、セクターマグネット20の出射側端面22から荷電粒子ビーム10の集束点Qまでの距離をVとするとき、それぞれ、dV/dα=0を満たす値α、dV/dβ=0を満たす値βの近傍に設定する。セクターマグネット20の背面には、直進する荷電粒子ビーム40を集束させる磁界レンズ27を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子ビーム偏向装置に関するものであり、特に、生成磁場に平行および垂直な方向に対して、集束作用を有する二重集束型荷電粒子ビーム偏向装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、荷電粒子ビームを偏向させる場合、静電場あるいは静磁場を用いた偏向器が用いられている。このような偏向器は、静電場あるいは静磁場による荷電粒子ビームの集束と分散を活かして、荷電粒子のエネルギー選別や質量分析に利用されている。
【0003】
更に、荷電粒子の運動エネルギーが高い場合は、静磁場型偏向器が一般的に用いられる。これは、静電場型が絶縁耐圧等の問題により所望の電場を得難くなるのに比べ、磁場型の場合は荷電粒子の速度に比例するローレンツ力を利用でき、所望の磁場が得られやすいことによるものである。
【0004】
このような静磁場型偏向器を、エネルギー選別器として透過型電子顕微鏡に応用した例が特許文献1に開示されている。このエネルギー選別器は、電子ビームの軌道上に4台の静磁場型偏向器が配置されている構成となっており、該軌道がギリシャ文字Ωのようになることから、一般的にオメガフィルタと呼ばれている。このオメガフィルタによるエネルギー選別により、電子ビームのエネルギー幅は狭くなる。従って、透過型電子顕微鏡内の電子光学系もたらす色収差が低減され、電子顕微鏡の高分解能化が図られる。
【0005】
しかしながら、上記の構成は複数の荷電粒子ビームを1つの光路に輸送する場合、又は1つの荷電粒子ビームを2つの光路に分岐させる場合には適用できない。また、偏向器を4台配置するために、荷電粒子ビームのビーム軸合せ(いわゆるアライメント)が難しく、さらに、個々の偏向器に対して高い加工精度が要求される。
【0006】
複数の荷電粒子ビームを入射ビームとして用いた走査型電子顕微鏡の例が、特許文献2に開示されている。図9に示すように、この走査型電子顕微鏡は、電子銃101と、それに対向するように設けられた陽電子源111と、電子銃‐陽電子源の間に設けられた偏向マグネット104と、を備えている。偏向マグネット104は紙面後方から前方に向かって静磁場Bを発生する。紙面右側にある電子銃101から放出された電子ビーム102は、アノード103により加速され、偏向マグネット104によって紙面下方に偏向される。その後、スリット105および収束レンズ106を通過し、最終的に試料107に入射する。一方、紙面左側に設けられた陽電子源104から放出された陽電子ビーム113は熱化板112による減速を受けた後、加速管114により所望の運動エネルギーまで加速される。次に収束レンズ115により集束された後、偏向マグネット104に入射する。陽電子ビームの電荷は電子と逆であるため、偏向マグネット104によって紙面下方に進むような偏向を受け、最終的に、電子ビームと同様の過程を経て試料107に入射する。
【0007】
上記の構成によれば、当該電子ビーム102或いは陽電子ビーム113は、偏向マグネット104が生成した磁場の境界に対して垂直に入射する。この場合、両ビームは磁場に垂直な力を受けるだけである。従って、磁場に垂直な平面内での集束は得られるものの、磁場に平行な面上での集束は得られない。このことにより、両ビームの強度は偏向マグネット104を通過後に減少してしまう。
【0008】
この問題を解決する手法として、荷電粒子ビームの入射及び出射方向に対して、生成磁場の境界を斜めに配置する方法が用いられている。2枚のセクターマグネットの間は、マグネットに対し垂直な磁場が発生するが、その周辺には両マグネットの端面から外側に膨らんだ漏れ磁場が発生する。この漏れ磁場は入射する荷電粒子ビームから見ると、両マグネットと平行な成分を有することから、両マグネットに垂直な方向にも集束作用が生ずる。
【0009】
非特許文献3は、2枚のセクターマグネットを用いた静磁場型偏向器において、荷電粒子ビームの軌道を理論的に計算した結果を示しており、荷電粒子ビームに対するセクターマグネットの入射面および出射面は、想定される荷電粒子ビームの軌道半径の中心と、磁場への入射点又は出射点を結ぶ線に対して、軌道面内において、それぞれ所定の角度を成すように形成されている。これら2つの角度の調整により、磁場に平行な面における荷電粒子ビームの集束点と、この面に垂直な面における、同ビームの集束点が変化することが示されている。
【0010】
しかしながら、実際に加工したセクターマグネットの寸法には必ず誤差が含まれることを考慮すると、荷電粒子ビームを所望の位置に集束させるためには、セクターマグネットに対して非常に高い加工精度が要求される、という問題点があった。
【特許文献1】特許公報3869957号
【特許文献2】特公平6−16408
【非特許文献3】W. G. Cross, Review of Scientific Instrument, Vol. 22 (1951), p. 717
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、二重集束する偏向器において二種類の荷電粒子ビームに対し、充分な透過率を有しつつ、該ビームの光路を1本に集約できる、または1本の荷電粒子ビームの光路を2本に分岐できる、加工が容易な荷電粒子ビーム偏向器を提供することを目的とする。即ち、セクターマグネットの入射側端面と出射側端面の角度に誤差が生じても、荷電粒子ビームの集束点の位置変化には影響が少ない荷電粒子ビーム偏向器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたもので、第1の荷電粒子ビームの出射ビームが水平方向及び垂直方向において、同じ位置で集束する荷電粒子ビーム偏向装置であって、入射側端面角をα、出射側端面角をβとして形成されたセクターマグネットを備える。そして、このセクターマグネットの出射側端面から前記集束位置までの距離をVとするとき、前記入射側端面角αはdV/dα=0を満たす値αの近傍の値を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
上記の構成による荷電粒子ビーム偏向装置によれば、セクターマグネットから出射した荷電粒子ビームの集束位置の変化は入射側端面角、及び出射側端面角の誤差に対して緩やかになる。従って、セクターマグネットの加工精度が緩和されるので、その作製が容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
<第1実施形態>
本発明の本発明に係る荷電粒子ビーム偏向装置の一実施形態について、図1〜図3を用いて説明する。
【0015】
図1は、本発明の第1実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の斜視図である。
【0016】
図1に示すように本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置は、間隔を置きながら上下に配置した2枚の磁極から成るセクターマグネット20を備えており、このセクターマグネット20は側面に入射側端面21、出射側端面22を有している。また、入射側端面21および出射側端面22の前に、所定の間隔をおいて設けられた磁性体23、24を備えている。磁性体23、24は、セクターマグネット20による漏れ磁場の広がりを限定する。なお、この磁性体の材料はパーマロイやミューメタルなど、高い透磁率を有する金属であれば良く、組成は問わない。
【0017】
図中の一点鎖線は、荷電粒子ビーム10の理想的な軌道であるビーム軸30を表す。励磁状態において、荷電粒子ビーム10は、点Pから入射側端面21に入射し、セクターマグネット20内の磁場により偏向され、出射側端面22から出射し、最終的に点Qに至る。
【0018】
図2は第1実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。理想的な荷電粒子ビームの軌道であるビーム軸30と入射側端面との交点をA、該ビーム軸と出射側端面との交点をBとする。セクターマグネット20内でこのビーム軸30は半径Rの円弧となり、この円弧の中心をOとして角AOBを荷電粒子ビームの偏向角θと定義する。さらに、線OAと入射側端面が成す角度を入射側端面角α、線OBと出射側端面が成す角度を出射側端面角βとする。
【0019】
セクターマグネット20の入射側端面21は、線OAに対して入射側端面角αを成す角度を有し、出射側端面22は、線OBに対して出射側端面角βを成す角度を有する。これによりセクターマグネット20は荷電粒子ビームに対して、各セクターマグネットを配置する方向(図1の垂直方向Z)と、これに直交する方向(図1の水平方向X)に集束作用(二重集束作用)を有するようになる。
【0020】
この集束作用において、X、Z方向の集束点の位置が一致する条件を二重集束条件という。図1は、この条件下における荷電粒子ビーム10の軌道を模式的に示したものであり、ビーム軸30に対しX、Z方向に僅かな角度ψ、ψ’を成す荷電粒子ビーム10x、10zがセクターマグネット20を通過したとき、上述の集束作用によって同一の点Qに集束することを表している。
【0021】
第1実施形態の場合、磁性体23、24によって漏れ磁場の広がりがセクターマグネット20の端面21、22と磁性体23、24の間に制限されたことにより、入射側端面角α、及び出射側端面角βに対する荷電粒子ビームの集束点Qの位置を解析的に求めることができる。以下、これについて説明する。
【0022】
図2に示すように、荷電粒子ビームの荷電粒子源または集束点である点Pから、磁性体背面23aと入射側端面21の中間点40までの距離をU、また、出射側端面22と磁性体背面24aの中間点41から、荷電粒子ビームが集束する位置までの距離をVと定義する。
【0023】
上記の構成において、例えばセクターマグネット20の偏向角θを90°としたとき、距離Vは次式で表される。
【数1】

【0024】
一例として、R=100mm、U=200mmとした場合のαに対するVの変化を図3に示す。この曲線から分かるように、Vは1つの極大値Vm0を有する。
【0025】
荷電粒子ビームをある距離に二重集束させる場合は、その距離Vmと、それに対応する入射側端面角αをこの関数から求め、さらに、このαに対して二重集束条件により一義的に定義される出射側端面角βを算出して、両端面21、22を加工すれば良い。
【0026】
ただし、この加工においては加工誤差が必然的に生じることを考慮すると、距離Vに対する加工誤差の影響が小さくなるような角度を選ぶ必要がある。
【0027】
そこで、図3に示すように、入射側端面角αに対する距離Vの変化が、極大値Vm0の周辺で最も緩やかになることに着目すると、(1)式において、距離Vが極大値Vm0となるときの値αm0(=α)は、
【数2】

【0028】
と表される。また、二重集束条件によってβm0はαm0に対して一義的に決定されるので、
【数3】

【0029】
と表される。入射側端面角α、出射側端面角βの変化による距離Vの変化ΔVを低減するには、各端面角α、βがそれぞれ、上記のαm0、βm0となるように(即ち、αm0及びβm0を設計値として)加工することが望ましい。
【0030】
ここで更に、
【数4】

【数5】

【0031】
となるδαmとδβmを定義し、セクターマグネットの両端面角α、βが、それぞれαm0、βm0を中心に±δαm、±δβmの範囲内に収まるように設定する。
【0032】
上記のように両端面角α、βの値を設定すると、α、βの変化に伴う距離Vの変化ΔVを、極大値Vm0に対して2%以内に抑えることができる。
【0033】
図3は(4)式で求めたδαmを基に、入射側端面角αの許容範囲(=2δαm)を破線で示している。この例でδαmは3.8°程度であり、この許容範囲内において距離Vの変化ΔVは2%以内となっている。
【0034】
従って入射側端面角α、出射側端面角βを上記に基づいて設定することで、セクターマグネット20の入射側端面21と出射側端面22に対する加工精度は緩和され、その作製が容易になる。
【0035】
また上記の構成によれば、セクターマグネット20は荷電粒子ビーム10に対して、二重集束条件を満たすように形成されているので、励磁状態において該セクターマグネットを通過する荷電粒子ビームの透過率が向上する。
【0036】
また、磁性体23、24が漏れ磁場を遮蔽することで、セクターマグネット20の磁場が周辺に設置される磁界レンズ等の磁場を乱すことがなく、荷電粒子ビームの操作が向上する。
【0037】
なお、本発明の荷電粒子ビーム偏向装置によって発生する磁場のように、磁場の分布が荷電粒子ビームのビーム軸に対して非対称な場合は、荷電粒子ビームの集束点において非点収差が生じる。従って、本実施形態において、この収差を低減する収差補正レンズを、セクターマグネット20の前、又は後に設置しても良い。
【0038】
図4は、本実施形態において、セクターマグネット20の前に収差補正レンズ24を設けた例である。これにより点Qにおいて、荷電粒子ビームの形状を最適に調整できる。
【0039】
<第2実施形態>
本発明に係る荷電粒子ビーム偏向装置の一実施形態について、図5および図6を用いて説明する。なお、図中の参照符号において図1、図2と同符号のものは、第1実施形態で説明した内容と同義である。
【0040】
図5は本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の斜視図である。この図に示すように、荷電粒子ビーム偏向装置は第1実施形態と同様に、間隔を置きながら上下に配置した2枚の磁極から成るセクターマグネット20を備えており、このセクターマグネット20は側面に入射側端面21、出射側端面22を有している。
【0041】
励磁状態において、点Pから出射し、その後入射側端面21から入射した荷電粒子ビーム10は、セクターマグネット20内の磁場により偏向され、出射側端面22から出射し、最終的に点Qにおいて集束する。
【0042】
図6は第2実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。理想的な荷電粒子の軌道であるビーム軸30と入射側端面との交点をA、該ビーム軸と出射側端面との交点をBとする。セクターマグネット20内でこのビーム軸10は半径Rの円弧となるが、この円弧の中心をOとして角AOBを荷電粒子ビームの偏向角θと定義する。さらに、線OAと入射側端面が成す角度を入射側端面角α、線OBと出射側端面が成す角度を出射側端面角βと定義する。なお、この図ではセクターマグネット20の偏向角θを90°としているが、この限りではない。
【0043】
また、点Pから交点Aまでの距離(即ち、荷電粒子源の位置または荷電粒子ビームの集束点から入射側端面までの距離)をU、交点Bから点Qまでの距離(即ち、出射側端面から荷電粒子ビームが垂直方向、水平方向において同時に集束する集束点までの距離)をVとする。
【0044】
上述したように、セクターマグネット20の入射側端面角α、及び出射側端面角βを調整することで、荷電粒子ビームの垂直方向における集束点の位置と、水平方向における集束点の位置が変化する。シミュレーションによる軌道解析を用いて、これらの集束点の位置が一致するように(即ち、二重集束条件を満たすように)αを選ぶと、βはαに対して一義的に決定される。このとき、距離Vはαに対して極大値Vを有する関数となる(図3参照)。
【0045】
荷電粒子ビームを二重集束させる場合は、得られた関数に従う入射側端面角αと、このαに対して二重集束条件により一義的に定義される出射側端面角βを算出して、両端面21、22を加工すれば良い。
【0046】
ただし、この加工においては加工誤差が必然的に生じることを考慮すると、距離Vに対する加工誤差の影響が小さくなるような角度を選ぶ必要がある。
【0047】
そこで、入射側端面角αに対する距離Vの変化が、極大値Vの周辺で最も緩やかになることに着目し、距離Vが極大値Vと成るときの値をそれぞれα、βとする。入射側端面角α、出射側端面角βの変化による距離Vの変化ΔVを低減するには、各端面角α、βがそれぞれ、上記のα、βとなるように(即ち、α及びβを設計値として)加工することが望ましい。
【0048】
このとき、
【数6】

【数7】

【0049】
を満たすδα及びδβを定義し、セクターマグネットの両端面角α、βが、それぞれα、βを中心に±δα、±δβの範囲内に収まるように設定する。
【0050】
上記のよう両端面角α、βの値を設定すると、α、βの変化に伴う距離Vの変化ΔVを、極大値Vに対して2%以内に抑えることができる。従って上記構成によれば、セクターマグネット20の入射側端面21と出射側端面22に対する加工精度が緩和されるので、その作製が容易になる。
【0051】
また、セクターマグネット20は荷電粒子ビームに対して、二重集束条件を満たすように形成されているので、励磁状態において該セクターマグネットを通過する荷電粒子ビームの透過率が向上する。
【0052】
本発明の荷電粒子ビーム偏向装置によって発生する磁場の分布が荷電粒子ビームのビーム軸に対して非対称な場合は、荷電粒子の集束点において非点収差が生じる。従って、本実施形態においても第1実施形態と同様に、この収差を低減するための収差補正レンズをセクターマグネット20の前、又は後に設置しても良い。
【0053】
図7は、本実施形態において、セクターマグネット20の前に収差補正レンズ26を設けた例である。これにより、点Qにおける荷電粒子ビームの形状が適宜調整できる。
【0054】
<第3実施形態>
本発明に係る荷電粒子ビーム偏向装置の一実施形態について説明する。
【0055】
本実施形態は、第1実施形態で述べたセクターマグネット20と磁性体23、24を用いて、2種類の荷電粒子ビームを使い分けることを可能にした実施形態である。
【0056】
以下、上記2種類の荷電粒子ビームについて、第1の荷電粒子ビームを電子ビーム、第2の荷電粒子ビームを陽電子ビームとした例を説明する。なお、実施例は上記に限定されず、荷電粒子ビームは電子ビーム、陽電子ビーム、イオンビーム、または何れかの組み合わせであっても良い。
【0057】
図8は本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。なお、図中の参照符号において図1、図2と同符号のものは、第1実施形態で説明した内容と同義である。
【0058】
本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置は、第1実施形態で示した図1のように、間隔を置きながら上下に配置した2枚の磁極から成るセクターマグネット20を備えており、このセクターマグネット20は側面に入射側端面21、出射側端面22を有している。なお、図8ではセクターマグネット20の偏向角θを90°としたが、この限りではない。さらに、本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置は、セクターマグネット20の前方に磁界レンズ27が設けられている。磁界レンズ27についての説明は後述する。
【0059】
本実施形態においても、セクターマグネット20の入射側端面21は、線OAに対して入射側端面角αを成す角度を有し、出射側端面22は、線OBに対して出射側端面角βを成す角度を有する。従って、点Pから出射した電子ビーム(第1の荷電粒子ビーム)10は、セクターマグネット20によって偏向され、最終的に点Qに到達する。入射側端面角αと出射側端面角βの調整により、垂直方向(紙面に垂直な方向)および水平方向(紙面に平行な方向)に対する荷電粒子ビームの集束点の位置が変化することは、第1実施形態と同様である。
【0060】
本実施形態において、第1実施形態のように、セクターマグネット20の入射側端面21および出射側端面22の前に、間隔をおいて両端面21、22と平行に磁性体23、24を設け、偏向角θを90°とした場合、距離Vは(1)式で表される。第1実施形態で述べたように、この距離Vは入射側端面角αに対して極大値Vm0を有する関数となる(図3参照)。そして、距離Vが極大となるときの、セクターマグネット20の入射側端面角αと出射側端面角βは(2)式および(3)式によって決定される。入射側端面21、出射側端面22の加工誤差を考慮すると、それぞれの端面角α、βは、これらの値αm0、βm0を有するように(即ちαα及びβm0を設計値として)加工することが望ましい。ここで更に(4)式及び(5)式を用いてδαm及びδβmを定義し、セクターマグネットの両端面角α、βを、それぞれαm0、βm0を中心に±δαm、±δβmの範囲内に収まるように設定すると、α、βの変化に伴う距離Vの変化ΔVを極大値Vm0に対して2%以内に抑えることができる。
【0061】
次に、磁界レンズ27について説明する。
【0062】
本項の冒頭に述べたように、本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置は更に、セクターマグネット20の前方に、陽電子ビーム(第2の荷電粒子ビーム)40を集束させる磁界レンズ27を備えている。図8に示すように、磁界レンズ27は、その光軸がセクターマグネット20から出射した電子ビーム10のビーム軸31と一致するように配置される。
【0063】
図8において、点Sから出射した陽電子ビーム40がセクターマグネット20を通過する場合、セクターマグネット20による励磁を停止させる。このとき、セクターマグネット20内に磁場は発生していないので、入射した陽電子ビーム40は強度の減衰を受けずに点Qに向かって直進し、陽電子ビーム40のビーム軸41は、セクターマグネット出射後の電子ビーム10のビーム軸31と一致する。そして直進した陽電子ビーム40は、磁界レンズ27の調整によって点Qに集束する。
【0064】
以上の操作により、電子ビーム10が集束する位置と、陽電子ビーム40が集束する位置が点Qにおいて一致することになる。従って、点Qよりも下流側に磁界レンズ等の電子光学系が設けられた場合、その調整は、電子・陽電子ビームの何れに関わることなく行うことが出来る。
【0065】
また本実施形態において、電子・陽電子ビームの集束点である点Q又はその近傍に、荷電粒子検出器70を設けても良い。この荷電粒子検出器70は、該荷電粒子ビームの強度を測定するための二次電子増倍機能を有した検出器であり、測定時にはビーム軸31上に設置され、測定終了後はビーム軸31から(例えば、図中のD方向に)離れるような可動式となっている。この荷電粒子検出器70は、さらに位置敏感機能を有していても良い。
【0066】
上記構成によれば、点Q以降の電子光学系は2種類の荷電粒子ビームに対して併用できる。
【0067】
この場合に用いられる荷電粒子ビーム偏向装置においても、該装置のセクターマグネット20の入射側端面21と出射側端面22に対する加工精度が緩和され、従って、その作製が容易になる。
【0068】
また、セクターマグネット20は電子ビームに対して、二重集束条件を満たすように形成されているので、励磁状態において該セクターマグネットを通過する電子ビームの透過率は向上する。
【0069】
また、磁性体23、24を設置した場合には、セクターマグネット20からの漏れ磁場が遮蔽され、周辺に設置される磁界レンズ等の磁場を乱すことがなくなるため、電子ビーム10または陽電子ビーム40の操作が向上する。
【0070】
さらに上記構成によれば、陽電子ビーム30の強度は、セクターマグネット20によって減衰することがない。従って、陽電子ビーム30のように本質的に強度の低い荷電粒子ビームはセクターマグネット20内を直進させ、電子ビームのように充分な強度が得られる荷電粒子ビームはセクターマグネット20により偏向させることで、両ビームの集束点以降に設けられた電子光学系は、充分な強度を有する2種類の荷電粒子ビームを併用することが出来る。
【0071】
なお上記構成において、磁性体23、24を除去しても良い。
【0072】
この場合、第2実施形態と同様に、シミュレーションによる軌道解析を用いて、電子ビームの垂直方向及び水平方向に対する集束点の位置が一致するように(即ち、二重集束条件を満たすように)入射側端面角αを選ぶ。すると、距離Vに対して、入射側端面角αに対して1つの極大値Vを有する関数が得られる。出射側端面角βは、二重集束条件によって入射側端面角αに対して一義的に決定される。この極大値におけるα、βを、それぞれα、βとする。入射側端面21、出射側端面22の加工誤差を考慮すると、それぞれの端面角α、βは、これらの値α、βを有するように(即ちα及びβを設計値として)加工することが望ましい。そして、第2実施形態で述べた(6)式及び(7)式を用いてδα及びδβを定義し、セクターマグネットの両端面角α、βが、それぞれα、βを中心に±δα、±δβの範囲内に収まるように設定すると、α、βの変化に伴う距離Vの変化ΔVを極大値Vに対して2%以内に抑えることができる。従って、上記何れの場合においても、セクターマグネット20の入射側端面21と出射側端面22に対する加工精度は緩和されることになる。
【0073】
<第4実施形態>
本発明に係る荷電粒子ビーム偏向装置の一実施形態について説明する。
【0074】
図9は、本発明に係るセクターマグネット20を用いて、1つの荷電粒子ビームを2つのビーム軸に分岐させる荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。なお、図中の参照符号において図4、図5と同符号のものは、第2実施形態で説明した内容と同義である。
【0075】
本実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置は、第2実施形態と同様のセクターマグネット20と、該セクターマグネット20の背面に磁界レンズ28を備える。この磁界レンズ28は、その光軸が点Pから入射側端面21に向かって直進する荷電粒子ビームのビーム軸32と一致するように配置される。なお、図9ではセクターマグネット20の偏向角θを90°としているが、この限りではない。
【0076】
この実施形態において、セクターマグネット20が励磁状態にあるとき、点Pから出射する荷電粒子ビーム10は、セクターマグネット20の磁場による偏向を受け、出射側端面22から出射する。セクターマグネット20の入射側端面角αおよび出射側端面角βは、前述した二重集束条件に適うような角度に設定されているので、荷電粒子ビームは垂直・水平方向に対し、点Qで集束する。
【0077】
この場合、セクターマグネット20の入射側端面角αと出射側端面角βについて、第2実施形態と同様に、距離Vが極大値となるようなαとβを定義する。入射側端面21、出射側端面22の加工誤差を考慮すると、それぞれの端面角α、βは、これらの値α、βを有するように(即ちα及びβを設計値として)加工することが望ましい。さらに、(6)式および(7)式によってδα及びδβを定義し、セクターマグネットの両端面角α、βが、それぞれα、βを中心に±δα、±δβの範囲内に収まるように設定する。このようにすると、両端面角α、βの変化に伴う距離Vの変化ΔVは極大値Vに対して2%以内に抑えられる。
【0078】
一方、セクターマグネット20が非励磁状態にあるとき、点Pから出射する荷電粒子ビームは、セクターマグネットによる偏向を受けず、そのまま直進する。そして、荷電粒子ビームは磁界レンズ28によって点Tに集束する。
【0079】
上記構成によれば、セクターマグネット20の励磁・非励磁によって1つの荷電粒子ビームを2つの光路に輸送することが出来る。
【0080】
また、セクターマグネット20の両端面角α、βは、距離Vが極大値となるα、βを中心にそれぞれ±δα、±δβの範囲内に収まるように設定すればよいことから、セクターマグネット20の入射側端面21と出射側端面22に対する加工精度が緩和され、その作製が容易になる。さらに、セクターマグネット20は荷電粒子ビームに対して、二重集束条件を満たすように形成されているので、励磁状態において該セクターマグネットを通過する荷電粒子ビームの透過率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の第1実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の斜視図である。
【図2】本発明の第1実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。
【図3】本発明の第1実施形態に係るセクターマグネットの入射側端面角αと、該セクターマグネットの出射側端面から荷電粒子ビームの集束点までの距離Vの関係を表したグラフである。
【図4】本発明の第1実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図であり、収差補正レンズを設けた実施形態である。
【図5】本発明の第2実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の斜視図である。
【図6】本発明の第2実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図であり、収差補正レンズを設けた実施形態である。
【図8】本発明の第3実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。
【図9】本発明の第4実施形態に係る荷電粒子ビーム偏向装置の平面図である。
【図10】従来技術の電子・陽電子顕微鏡を示す模式図である。
【符号の説明】
【0082】
10:(第1の)荷電粒子ビーム
30:(第1の)荷電粒子ビームのビーム軸
20:セクターマグネット
21:入射側端面
22:出射側端面
23、24:磁性体
25、26:収差補正レンズ
27、28:磁界レンズ
40:第2の荷電粒子ビーム
41:第2の荷電粒子ビームのビーム軸
70:荷電粒子検出器
P:(第1の)荷電粒子ビームの集束点
Q:第1及び第2の荷電粒子ビームの集束点
S:第2の荷電粒子ビームの出射点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の荷電粒子ビームの出射ビームが、水平方向及び垂直方向において、同じ位置で集束する荷電粒子ビーム偏向装置であって、
入射側端面角をαとして形成されたセクターマグネットを
備え、
出射側端面から前記集束位置までの距離をVとするとき、
前記入射側端面角αはdV/dα=0を満たす値αの近傍の値を有する、
ことを特徴とする荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項2】
前記セクターマグネット内を通過する前記第1の荷電粒子ビームの中心軌道半径をR、該第1の荷電粒子ビームの荷電粒子源または集束点から前記入射側端面までの距離をU、δα=−2.75(R/U)+5.1(R/U)+1.95とするとき、前記入射側端面角αは、α−δα<α<α+δαを満たすことを特徴とする
請求項1記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項3】
前記荷電粒子ビーム偏向装置は、更に
前記セクターマグネットの前記入射側端面の前面に、間隔をおいて設けられた第1の磁性体と、
前記セクターマグネットの前記出射側端面の前面に、間隔をおいて設けられた第2の磁性体と、
を備え、
前記セクターマグネット内を通過する前記第1の荷電粒子ビームの中心軌道半径をR、該第1の荷電粒子ビームの荷電粒子源、または集束点から前記第1の磁性体の背面と前記入射側端面の中間点までの距離をU、δα=−2.75(R/U)+5.1(R/U)+1.95とするとき、前記入射側端面角αは、α−δα<α<α+δαを満たすことを特徴とする
請求項1記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項4】
前記セクターマグネットは、偏向角が90°となるように形成されたことを特徴とする、
請求項1乃至請求項3の何れかに記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項5】
前記荷電粒子ビーム偏向装置は、更に
前記荷電粒子源と前記入射側端面との間に設けられた収差補正レンズ、
を備えることを特徴とする
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項6】
前記荷電粒子ビーム偏向装置は、更に、
前記セクターマグネットの背面に設けられ、第2の荷電粒子ビームを前記第1の荷電粒子ビームの集束点に集束させる磁界レンズ
を備え、
前記磁界レンズの光軸は、前記セクターマグネットから出射した後の前記第1の荷電粒子ビームのビーム軸と一致することを特徴とする
請求項1乃至請求項5の何れかに記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項7】
前記第1の荷電粒子ビームの出射ビームと、前記第2の荷電粒子ビームの出射ビームが集束する位置の近傍に設けられた可動式荷電粒子検出器を
備えることを特徴とする
請求項6記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項8】
前記可動式荷電粒子検出器は、マイクロチャネルプレートであることを特徴とする
請求項7記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項9】
前記第1の荷電粒子ビームと、前記第2の荷電粒子ビームは、電荷の符号が互いに異なることを特徴とする
請求項1乃至請求項8の何れかに記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項10】
前記第1の荷電粒子ビームは電子ビームであり、前記第2の荷電粒子ビームは陽電子ビームであることを特徴とする
請求項9記載の荷電粒子ビーム偏向装置。
【請求項11】
前記荷電粒子ビーム偏向装置において、
前記セクターマグネットに入射する前の第1の荷電粒子ビームのビーム軸の延長線上において、前記セクターマグネットの背面に設けられ、前記セクターマグネットの非励磁状態において、前記第1の荷電粒子ビームを集束させるための磁界レンズ
を備え、
前記磁界レンズの光軸は、前記セクターマグネットに入射する前の前記第1の荷電粒子ビームの前記ビーム軸と一致することを特徴とする、
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の荷電粒子ビーム偏向装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−300149(P2008−300149A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−143985(P2007−143985)
【出願日】平成19年5月30日(2007.5.30)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】