説明

葉の水分蒸散を調節する方法、及び植物の耐乾燥性を向上させる方法

【課題】 葉の水分蒸散を調節する方法、植物の耐乾燥性を向上させる方法、さらには、植物の耐乾燥性を向上させる物質のスクリーニング方法などを提供すること。
【解決手段】 本発明は、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を制御することによって葉の水分蒸散を調節する方法、とりわけ、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって葉の水分蒸散を抑制する方法、を提供する。スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって気孔からの水分蒸散を抑え、植物の耐乾燥性を高めることができるので、本発明は、例えば鑑賞植物の長寿命化に利用したり、乾燥環境(乾燥ストレス)に強い植物の創出などに利用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、葉の水分蒸散を調節する方法、及び植物の耐乾燥性を向上させる方法に関し、例えば、鑑賞植物の長寿命化、鑑賞植物および農作物の生産地域の拡大、砂漠の緑化用耐乾燥性植物の創出などの分野において利用可能である。
【背景技術】
【0002】
陸上植物において、植物体からの水分消失のおよそ95 %以上は気孔からの蒸散によるため、葉の気孔開閉を制御することによって例えば水分蒸散を抑え、植物の耐乾燥性を高めることが期待できる。
【0003】
スフィンゴ脂質に属するスフィンゴシン 1-リン酸は、気孔の閉鎖を促進するアブシジン酸のシグナル伝達経路に関与する脂質メディエーターである。スフィンゴ脂質は、酵母から植物、動物細胞に至るまで広く保存された膜成分であり、スフィンゴイド塩基(長鎖塩基、long-chain baseともいう)を構造骨格としてもつ脂質の総称である。当初、スフィンゴ脂質は主に膜の構造維持の役割を担っていると考えられていたが、最近の研究により、スフィンゴ脂質やそれらの代謝中間体が、細胞認識、細胞成長や分化の調節、細胞間連絡そしてシグナル伝達経路を仲介する高度な生理活性物質であることが分かってきた(Hannun et al. 1989, Merrill et al. 1991, Hakomori 1981, Riboni et al. 1997)。
【0004】
動物細胞のスフィンゴ脂質の骨格は主にスフィンゴシンであるが、植物や真菌では主にファイトスフィンゴシンである。天然に存在するスフィンゴイド塩基の炭素数は一般に18であり、また、C-2,3位の立体化学構造はD-erythro型である。現在考えられている主要スフィンゴ脂質の生合成経路について説明すると、スフィンゴシンの生合成はまず小胞体(endoplasmic reticulum ; ER)において、パルミトイルCoAとセリンが縮合することによって、3-ケトジヒドロスフィンゴシンが生成されることから始まる。3-ケトジヒドロスフィンゴシンはさらに3-ケトジヒドロスフィンゴシンレダクターゼによりジヒドロスフィンゴシンへと変換され、酵母および植物ではジヒドロスフィンゴシンはさらにスフィンゴイド塩基C-4ヒドロキシラーゼによりファイトスフィンゴシンになる(HaaK et al. 1997, Sperling et al. 2001)。また、ジヒドロスフィンゴシンは動物および植物ではスフィンゴイド塩基 C-4不飽和化酵素によってスフィンゴシンへと変換される。これらのスフィンゴイド塩基からセラミド合成酵素によってそれぞれ、ジヒドロセラミド、ファイトセラミド、セラミドが合成される。セラミドはその後、ゴルジ体においてスフィンゴミエリンあるいはスフィンゴ糖脂質へ変換され、細胞膜表面に輸送される。また、スフィンゴイド塩基はスフィンゴイド塩基リン酸化酵素によってスフィンゴイド塩基 1-リン酸に変換され、脱リン酸化酵素あるいは分解酵素によって分解される。
【0005】
これらの生合成、代謝経路により産生されるセラミド、スフィンゴシン、スフィンゴシン 1-リン酸などの脂質が、細胞の生存、増殖、アポトーシスといった様々な細胞機能に関与することが示唆されてきた。1986 年にスフィンゴシンがin vitroでプロテインキナーゼC(PKC)の強力な阻害剤となることが明らかにされたのをきっかけに(Hannun 1986)、スフィンゴ脂質が細胞内シグナル伝達物質として注目されるようになり、そのシグナル機構について研究が盛んに行われるようになった。1993 年、Hannunらが神経細胞のtumor necrosis factor (TNF)-αによるプログラム細胞死において、セラミドが情報伝達物質である可能性を示した (Obeid et al. 1993)。現在までに動物や酵母においてセラミドは高温ストレスの応答(Dickson et al. 1997)や、アポトーシスを誘導するCaspaseの活性化をする重要な調節因子であることが報告されている(Jenkins et al. 2002)。また、スフィンゴシンもセラミドとは異なる独自のアポトーシス誘導機能を持つことが明らかとなっている(Sweeney et al. 1996, Nakamura et al. 1996, Kim et al. 2001)。そして酵母において、スフィンゴイド塩基はエンドサイトーシスの制御に関わることや(Zanolari et al. 2000, Friant et al. 2000)、アミノ酸の取り込みを阻害することが報告されている(Skrzypek et al. 2000, Chung et al. 2001)。
【0006】
これまでセラミドやスフィンゴイド塩基の生理活性について述べたが、特にスフィンゴシン 1-リン酸(以下、略して「S1P」ともいう)は細胞内セカンドメッセンジャーとしてだけでなく、細胞間シグナル伝達物質としてもはたらく新しいタイプの生理活性脂質として注目を集めている。細胞内で作られたS1Pは細胞外へ放出後、細胞間シグナル伝達物質として、細胞増殖、細胞運動制御、分化など様々な細胞応答を引き起こす(Pyne et al. 2000)。動物細胞においては、S1Pの細胞間シグナル伝達物質としての役割は、7 回膜貫通領域を持つG-タンパク質結合型EDG (endothelial differentiation growth)受容体を介して行われている(Pyne et al. 2000, Spiegel et al. 2000a, Spiegel et al. 2000b, An et al. 2000)。一方、細胞内セカンドメッセンジャーとしてのS1Pは、カルシウム動員、ホスホリパーゼDの活性化、アポトーシスを抑制し、細胞増殖を促進することが報告された(Igarashi 1997, Spiegel 1999, Birchwood at al. 2001)。このように、多くの重要なイベントのシグナル伝達物質であるS1Pの細胞内レベルは厳密に制御されており、スフィンゴシンカイネース(SPHK)により合成され、スフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼ(以下、「SPP」ともいう)によって脱リン酸化される。また、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(sphingosine 1-phosphate lyase: 以下、略して「SPL」ともいう)によってホスホエタノールアミンとC16のアルデヒドへと分解される。これらの酵素について、酵母や動物では遺伝子のクローニングや機能解析がなされている。酵母において、ジヒドロスフィンゴシン-1-リン酸ホスファターゼ(LCB3: 酵母にはスフィンゴイド塩基 C-4不飽和化酵素がないためスフィンゴシンがなく、ジヒドロスフィンゴシン-1-リン酸が動物細胞におけるS1Pと類似の細胞応答を引き起こしている)の欠損株Δlcb3や、ジヒドロスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(DPL1)の欠損株Δdpl1では野生株の数倍、Δlcb3Δdpl1二重欠損株では数百倍のスフィンゴイド塩基 1-リン酸が細胞内に蓄積している(Kim et al. 2000)。また、生育段階において、野生株は定常期に達するとG1期で増殖を停止するが、Δdpl1では定常期での成育停止が大幅に遅れ、野生株で定常期にみられる細胞濃度の約2 倍に達して生育を停止する(Gottlieb et al. 1999)。以上の報告より、これらの酵素の働きによって細胞内スフィンゴイド塩基 1-リン酸レベルは制御されていると考えられる。
【0007】
植物におけるS1Pの働きは、酵母や動物と比べるとまだ研究は進んでいないが、2000 年にNishiuraらによって植物では初めてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana: 以下、「A. thaliana」ともいう)からスフィンゴシンカイネースの遺伝子(AtLCBK1)がクローニングされ、機能解析がなされている(Nishiura et al. 2000, Imai et al. 2005)。さらに、2001 年にNgらによって、S1Pが植物でカルシウムの移動を起こし、アブシジン酸(以下、「ABA」ともいう)による気孔孔辺細胞の膨圧の調節に関与するシグナル伝達分子であることが報告され(Ng et al. 2001)、また、S1Pを生産する酵素スフィンゴシンキナーゼがA. thalianaでABAにより活性化され、ABAによる気孔開口抑制および気孔閉鎖促進の両方に関与していることが明らかにされた(Coursol et al. 2003)。特に、これらのS1Pによる役割は、ジヒドロスフィンゴシン 1-リン酸では全く作用がないことが興味深い。現在主に知られている乾燥ストレス応答の気孔閉鎖のメカニズムは以下のとおりである。通常、ABAは葉肉細胞のクロロプラスト内に蓄積しており、乾燥ストレスを感じると解離型になり孔辺細胞へ放出される。ABAが受容体に結合すると、セカンドメッセンジャーであるイノシトール1, 4, 5-3リン酸がERカルシウムプールよりカルシウムイオン(Ca2+)を放出させる。細胞質内のCa2+濃度が上昇することで陰イオンチャネルが活性化され、リンゴ酸イオンや塩素イオンが細胞外へ放出されて膜電位の脱分極が起こる。さらにカリウムイオン排出チャネルが活性化され、カリウムイオンの排出が促進されることで孔辺細胞の浸透圧が低下し、膨圧が下がることで気孔が閉じる(Schroeder et al. 2001)。しかしながら、このメカニズムとS1Pがどの段階で関わってくるか、または、独自の伝達経路があるか等はあまりよく分かっていない。
【0008】
植物における細胞内S1Pレベルの調節については、合成酵素であるAtLCBK1が同定されているだけで、分解系については全く調べられていない。酵母や動物細胞において、S1Pを分解する酵素は、脱リン酸化酵素である前記SPPと、S1Pを完全に分解する前記SPLとが挙げられる。1969 年、Stoffelらのラットの肝臓を用いた実験で、SPLの活性がミクロソーム画分とミトコンドリア膜画分に確認され、ピリドキサル 5’-リン酸を補酵素として必要とし、スフィンゴイド塩基 1-リン酸のC2-3の結合を切断する酵素であることが初めて報告された(Stoffel et al. 1969)。しかし、1991 年にVan Veldhovenらにより、ミトコンドリア画分の活性はミクロソーム画分のコンタミであることが確認され、SPLは完全な膜タンパク質であり、活性部位を細胞質側に露出していることが報告された(Van Veldhoven et al. 1991, Van Veldhoven 1999)。その後、Saccharomyces cerevisiaeにおいてはじめてクローニングおよび機能解析が行われ(Saba et al. 1997)、マウス、ヒト、粘菌、ショウジョウバエ、線虫と次々にクローニング、機能解析が行われた(Zhou et al. 1997, Van Veldhoven et al. 2000, Li et al. 2001, Herr et al. 2003, Mendel et al. 2003)。これらの報告では、様々な生物でスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(SPL)が細胞内S1Pレベルを調節しており、線虫のSPL欠損体においては胚発生が正常にできず、器官の分化や発達が異常であるためセミリーサルであった。
【0009】
ところで、下記の特許文献1には、「スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼポリペプチド、ポリヌクレオチド、ならびにそれらについての調節剤および使用方法」と、これらの物質および方法が、がんの診断や治療に有効である旨開示されている。また、下記の特許文献2〜4には、植物孔辺細胞の特異的遺伝子発現プロモーター、植物V−ATPアーゼプロモーターにより植物の遺伝子発現を制御する方法、トランスジェニック植物についての選択方法がそれぞれ記載されている。
【0010】
【特許文献1】特表2001−518303号公報
【特許文献2】特開2001−252076号公報
【特許文献3】特表2003−507074公報
【特許文献4】特表2002−514915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、以上の様な状況下なされたものであり、その課題・目的は、植物における細胞内スフィンゴシン 1-リン酸レベルの制御機構について研究を進め、産業上有用な葉の水分蒸散を調節する方法、植物の耐乾燥性を向上させる方法、さらには、植物の耐乾燥性を向上させる物質のスクリーニング方法などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の課題を解決するため、特に前記スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(SPL)に着目し、SPLは植物においてスフィンゴシン 1-リン酸(S1P)の細胞内レベルを調節する上で重要な役割を果たし、S1Pによる気孔機能の調節機構に関与しているのではないかと考えた。そのため、A. thalianaよりSPL遺伝子をクローニングし、酵素機能の解析および植物内でのSPLによる細胞内S1Pレベルの制御機構について鋭意検討を行った。さらに、SPL遺伝子を欠損させたSPL欠損体において葉の水分蒸散量が抑制され、SPL遺伝子発現の抑制が植物の葉の水分調節に関与していること等を見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明は第1に、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を制御することによって葉の水分蒸散を調節する方法、とりわけ、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって葉の水分蒸散を抑制する方法、を提供するものである。
【0014】
後述の実施例にも示すように、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(SPL)を欠損させたSPL欠損体においては、野生株よりも葉の水分蒸散量が有意に低下、抑制されている。また、植物に乾燥ストレスを与えるとSPL遺伝子の転写レベルが低下するという後述の結果をあわせて考慮すると、SPL遺伝子は葉の水分蒸散を正に制御する機能をもった遺伝子であり、乾燥ストレス下ではその転写レベルが低下するものと考えられる。
【0015】
したがって、SPLの遺伝子発現または活性を制御することによって、植物の葉の水分蒸散を抑制し、あるいは促進することが可能である。すなわち、SPLは、植物においてスフィンゴシン 1-リン酸(S1P)の細胞内レベルの調節に関与して植物の気孔開閉のシグナル伝達を制御していると考えられるので、SPLの遺伝子発現または活性を制御することによって気孔開閉を制御し、葉の水分蒸散の調整、調節に利用することができる。
【0016】
また、SPLの遺伝子発現または活性を抑制することによって気孔からの水分蒸散を抑え、植物の耐乾燥性を高めることができる。これにより、例えば植物をしおれにくくし、つまり日持ちを良くして鑑賞植物の長寿命化に利用したり、従来生産困難であった乾燥地域での生産を可能にすることによって、鑑賞植物および農作物の生産地域の拡大に利用することができる。さらに、水分環境が十分ではない乾燥環境(乾燥ストレス)に強い植物を創出することができるので、砂漠の緑化用耐乾燥性植物の創出などに利用することも可能である。
【0017】
SPLの遺伝子発現または活性を抑制する方法については、特に制限されるものではない。SPL遺伝子の発現量を抑制する方法としては、SPLゲノムを改変する方法(例えば後述のノックアウト法)、転写後に抑制する方法(例えば後述のRNAi法によるノックダウン法)が例示される。その他、SPL遺伝子の転写を選択的に阻害・抑制する方法であってもよいし、SPLのスプライシング,翻訳、翻訳後修飾の何れかのプロセスを選択的に阻害し、SPL蛋白の発現を特異的に抑制する方法であってもよい。後述の「スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制する物質」としては、SPLの酵素活性を阻害・抑制する作用を持つ物質のほか、このようにSPL蛋白の発現を特異的に抑制する作用を持つ物質であってもよい。本発明は、このような物質を植物細胞、組織または植物個体に投与することによってSPLの発現または活性を抑制する方法も含まれる。
【0018】
SPL遺伝子の発現量を特異的に抑制する方法として、RNAi法を用いてもよい。例えば、人工的に作製したsiRNAを植物細胞内に導入する方法や、SPL特異的RNAi発現ベクターを作製し、これを植物細胞内に導入する方法などが例示される。SPL特異的RNAi発現ベクターは、(1)1本のRNAで適当な長さのヘアピン構造をもつdsRNAを対象細胞内で発現させるように設計されたもの、(2)センス鎖、アンチセンス鎖それぞれを対象細胞内で発現させ、会合させるように設計されたもの、のいずれであってもよい。RNAi発現ベクターを使用することにより、植物細胞においてSPL遺伝子の細胞内発現を持続的・安定的に抑制することができる。本発明は、このようなsiRNAやRNAi発現ベクターを植物細胞に導入することによってSPLの発現を特異的に抑制し、植物の耐乾燥性を高める方法、つまり、SPLの発現を特異的に抑制するsiRNAやRNAi発現ベクターを植物の耐乾燥性向上剤として利用する方法をも含むものである。
【0019】
なお、本発明において植物細胞でのSPLの発現を抑制する方法としては、野生型と比べてSPLの発現量を実質的に低下させる方法であればよく、SPLの発現を完全に抑制するものでなくてもよい。
【0020】
siRNAやRNAi発現ベクターの配列は特に限定されるものではなく、対象植物のSPL遺伝子配列をもとに公知の方法にしたがって任意に設計すればよい。例えば、シロイヌナズナのSPL遺伝子について、配列表の配列番号1および図2には本発明者によってクローニングされた当該遺伝子のcDNA配列が掲げられている。この配列をもとに、シロイヌナズナのSPL遺伝子の発現を特異的に抑制するsiRNAやRNAi発現ベクターを設計することが可能である。
【0021】
SPL遺伝子の発現を特異的に抑制するその他の方法としては、例えば、アンチセンスオリゴヌクレオチド、リボザイム、低分子化合物などを対象となる植物細胞、組織または植物個体に投与する方法が挙げられる。なお、本発明における「植物」の範疇には、植物個体のほか、植物の根、茎、葉、生殖器官(花器官および種子を含む)などの各種器官(特に葉)、各種組織、植物細胞などが含まれ、さらにはプロトプラスト、スフェロプラスト、誘導カルス、再生個体およびその子孫、なども含まれるものとする。また、本発明は双子葉植物に限らず、単子葉植物に適用してもよい。
【0022】
SPL遺伝子の発現を特異的に抑制する更に他の方法として、ノックアウト(遺伝子破壊)法を挙げることができる。この方法はT-DNA、トランスポゾン等を利用してタグライン(遺伝子破壊株の集団)を作製し、この中からPCR等でSPL遺伝子が破壊された系統を選抜することにより、ゲノム中のSPL遺伝子がノックアウトされた変異体を得るものである(例えば、「細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ14 植物のゲノム研究プロトコール」(秀潤社)66−67頁、82−84頁参照)。
【0023】
SPL遺伝子を破壊するためのT-DNA、トランスポゾンの挿入位置としては、SPLの発現・活性を欠損または野生型に比べて著しく低下させることができれば、イントロン領域であってもよいしエクソン領域であってもよいし、あるいはプロモーター領域であってもよい。また、SPLの発現・活性を著しく低下させることができれば、SPLホモ欠損体に限らず、SPLヘテロ欠損体であってもよい。「著しく低下させる」とは、例えば野生型の発現または活性を100としたときに、SPLの発現または活性が80%以下、好ましくは50%以下、更に好ましくは30%以下になることを意味する。
【0024】
SPL遺伝子がノックアウトされたミュータントの選抜方法としては、使用するT-DNA等の塩基配列とSPL遺伝子の塩基配列とに基づいて、SPL遺伝子の領域にT-DNA等が挿入されたものを選抜することによって行うことができるが(後述の実施例参照)、この方法に限定されるものではない。得られたミュータントのカルスを再分化させることによりミュータントの植物個体を得ることができる。
【0025】
上記ノックアウト(遺伝子破壊)法以外に、ゲノム中のSPL遺伝子の配列を人為的に改変することによって、植物細胞でのSPL遺伝子の発現を抑制してもよい。例えば、部位特異的変異導入法(Site-Directed Mutagenesis)等によってSPLの酵素活性に重要な領域に点変異などの変異を導入し、本来の活性を失ったSPL変異蛋白を発現するように改変する方法などが挙げられる。
【0026】
本発明は、前述のようにSPLの機能解析の結果その機能に着目し、植物細胞でのSPLの発現又はその活性を制御することにより、葉の水分蒸散を調節する方法であり、発現・活性の制御は、発現・活性を抑制することと亢進することとの両方を含む意味である。SPLの発現又はその活性を亢進する方法としては、例えば、SPL発現ベクターを植物細胞内に導入してSPLを過剰発現させる方法や、SPLを活性化する薬剤を投与する方法などが挙げられる。
【0027】
勿論、これまで説明した上記例示の方法に限らず、従来公知の種々の方法を適用してSPLの発現および活性を制御することができる。また、本発明以降に新たに開発された方法を使用するものであってもよい。
【0028】
前述のように、植物細胞でのSPLの発現又はその活性を抑制することによって気孔からの水分蒸散を抑え、植物の耐乾燥性を高めることができるので、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制する物質は、植物の耐乾燥性向上剤として有用であり、そのスクリーニング方法も本発明に含まれる。
【0029】
本発明のスクリーニング方法としては、遺伝子・蛋白の発現量、酵素の活性変化等を調べる従来公知の種々の方法を適用することができ、特に限定されるものではない。また、本発明以降に新たに開発されたスクリーニング方法を使用するものであってもよい。in vitro及びin vivoスクリーニング系のいずれであってもよいし、cell-free systemでスクリーニングを行ってもよい。また、SPL遺伝子・蛋白は、シロイヌナズナ由来のもののほか、他の植物由来のものを使用してもよい。勿論、SPL蛋白の高次構造の情報を利用してスクリーニングを行ってもよい。
【実施例】
【0030】
以下、図面を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明は下記実施例によって何ら限定されるものではない。
【0031】
[本実施例の要旨]
Arabidopsis thalianaからSPL遺伝子を単離し、植物においてSPLの機能解析を行った。まずHomo sapiensのSPLアミノ酸配列(NM_003901)を用いて、BLAST検索よりA. thalianaのSPLであると推定される遺伝子を見つけた。この遺伝子のORFは1,635塩基からなり、ここから予想されるアミノ酸配列は、H. sapiens SPLおよびSaccharomyces cerevisiae DPL (dihydrosphingosine -1-phosphate lyase)に対して、それぞれ43 %と40 %の相同性を示した。単離した遺伝子がA. thaliana SPLであることを証明するために、S. cerevisiaeのDPL 欠損株(Δdpl1)においてA. thaliana SPL遺伝子を導入し、発現させることでDPL活性を相補するか調べた。スフィンゴシン存在下でΔdpl1はS1Pの蓄積により成長阻害される。一方、A. thaliana SPLを発現させたΔdpl1は成長阻害を受けなかった。また、これらの形質転換体からスフィンゴイド塩基およびスフィンゴイド塩基 1-リン酸を抽出し、HPLCにより分析することでスフィンゴイド塩基 1-リン酸の分解を確認した。これらのことから、今回単離した遺伝子が機能的にA. thaliana SPLをコードしていることが示された。SPLのA. thalianaにおける役割を調べるために、定量的RT-PCR法を用いて、各器官および、根と葉の成長段階ごとの転写レベル変化を分析した。その結果、SPL遺伝子は花で特にmRNA蓄積レベルが高く、また、根においては成長段階ごとでスフィンゴシンカイネース遺伝子とSPL遺伝子が拮抗してmRNAの蓄積レベルが変化していることが分かった。乾燥ストレスを与えたA. thalianaから経時的にRNAを抽出し、定量的RT-PCR法によって分析した結果、乾燥ストレスの時間が増加するに従ってSPL遺伝子のmRNAの蓄積レベルが低下していた。SPLのA. thaliana内での気孔開閉に関わる役割を検討するために、SALK種子を用いて、A. thaliana SPL欠損体の葉の重さを経時的に測定し、水分蒸散量を調べた。その結果、SPL欠損体は野生株よりも水分の蒸散量が約40 %低下していた。これらの結果は、A. thalianaにおいてSPLの発現制御が細胞内S1Pレベルを調節していることを示している。すなわち、スフィンゴ脂質代謝系に関わる酵素遺伝子の発現が、気孔開閉のシグナル伝達を制御するという証拠を植物において初めて提出するものである。
【0032】
[実験材料と方法]
本実施例で使用したArabidopsis thalianaはColumbia株であり、Murashige and Skoog (MS)培地、またはバーミキュライトで23 ℃、2,000 lux (National FL 20S・PG 植物育成用ランプ)明期16 時間、暗期8 時間の長日条件で生育させた。また、用いたプライマーおよび酵母株はInvitrogen社から購入した。配列と株をそれぞれ下記の表1、表2に示す。PCRには特に記すことがない限りTaKaRa Ex Taq (TaKaRa)を使用し、PCR Thermal Cycler (TaKaRa)でDNAを増幅させた。酵素機能解析をするにあたって用いたスフィンゴ脂質は、D-erythro-phytosphingosine hydrochloride (SIGMA)、D-erythro-phytosphingosine 1-phosphate (Matreya Inc)、D-sphingosine (SIGMA)、D-erythro-sphingosine 1-phosphate (CAYMAN CHEMICAL COMPANY)、DL-erythro-dihydrosphingosine (SIGMA)、D-erythro-dihydrosphingosine 1-phosphate (Matreya Inc)、DL-erythro-C20-Dihydro-sphingosine (Matreya Inc)であり、各メーカーよりそれぞれ購入した。
【0033】
【表1】


表1中、実線は制限酵素切断部位、破線はFLAGペプチドのコード配列を示す。また、かっこ内の数字は配列表の配列番号を示す。
【0034】
【表2】

【0035】
[I]Arabidopsis thalianaにおけるスフィンゴイド塩基-1-リン酸分解酵素(AtSPL1)をコードするcDNAの単離
[I−i]A. thaliana cDNAからの単離
ヒトのスフィンゴイド塩基 1-リン酸分解酵素(Accession No.AJ011304)のアミノ酸配列を用いて、A. thalianaのESTを検索した結果、At1g27980遺伝子のアミノ酸配列が特に高い相同性を示した。このORF配列の開始コドンから34 b上流および、終止コドンから39 b下流にプライマーAtSPL-nestFとAtSPL-nestRをそれぞれ作成し、ORFの開始コドンおよび、終止コドンの位置に制限酵素認識配列を付加したプライマーAtSPL-F(BamHI)とAtSPL-R(SmaI)を作製した。テンプレートとするcDNAは、A. thalianaからRneasy Plant Mini Kit (QIAGEN)を用いて全RNAを抽出し、Oligo (dT)12-18 Primer (Invitrogen)、M-MLV Reverse Transcriptase(Invitrogen)でcDNAとし、Rnase H(Promega)で37 ℃、60 分処理を行って調製した。
【0036】
得られたA. thaliana cDNAをテンプレートにし、プライマーAtSPL-nestFとAtSPL-nestRを用いて、アニーリング56 ℃、伸長反応2 分、30 サイクルでPCRを行った結果、約1,700 bpと約2,200 bpの増幅断片が確認された。予想される長さに相当する約1,700 bpのバンドをGen Elute MINUS EtBr SPIN COLUMNS (Sigma)を用いてゲル抽出を行った。これをテンプレートにしてプライマーAtSPL-F(BamHI)とAtSPL-R(SmaI)を用いて、アニーリング58 ℃、伸長反応2分、30 サイクルでPCRを行った。その結果、約1,650 bpの単一バンドが確認されたことから、この増幅断片を標的配列とみなし、pQE40ベクター(QIAGEN)にサブクローニングした。
【0037】
[I−ii]サブクローニング及び大腸菌への形質転換
PCRにより増幅した目的とするDNA断片をアガロースゲル電気泳動で分離し、ゲル抽出することで精製した。このDNA断片とpQE40をBamHI(TaKaRa)およびSmaI(TaKaRa)で30 ℃、30 分制限酵素処理した。ライゲーションにはLigation Kit Ver.2 (TaKaRa)を用い、16 ℃で30 分間反応させた。反応終了後、大腸菌JM109を形質転換させ、形質転換体選抜のために50 mg/mlのアンピシリンを含むLB培地にプレーティングした。生育してきたコロニーが目的とする断片を含むクローンであることを確認するため、pQE40のマルチクローニングサイト両脇にあるプライマーpQE-F及びpQE-Rを用いて、アニーリング58 ℃、伸長反応2 分、30 サイクルでコロニーからのダイレクトPCRを行った。ポジティブであったクローンから、Wizard Plus Minipreps (Promega)を用いてプラスミドの回収を行った。
【0038】
[I−iii]蛍光色素を用いたシークエンスによる塩基配列の決定
プライマーpQE-FとpQE-R及び、ORF中の418番目の塩基から設定したプライマーSeq SPL-Fを用いたシークエンスによりこのDNA断片の塩基配列を決定した。シークエンス試薬はBigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems)を使用し、ABI PRISM 310NT Genetic Analyzerで解析した。以降、このDNA断片をAtSPL1 (A. thaliana Sphingosine 1-phosphate lyase 1)とする。
【0039】
[II]AtSPL1の酵母内における発現及び機能解析
[II−i]発現ベクターへのサブクローニング及び大腸菌への形質転換
上記[I−iii]において塩基配列を決定したDNA断片AtSPL1を鋳型として、遺伝子特異的プライマーFLAG-AtSPL(BamHI)とAtSPL-R(EcoRI)を用いて、アニーリング58 ℃、伸長反応2 分、30 サイクルでPCRを行った。なお、センス側プライマーにはBamHI認識配列、コザック配列(ACC ATG G)、FLAG配列そしてAtSPL1アニーリング配列を含んでおり、このPCRによって5’側にFLAGタグを持ったAtSPL1を増幅させた。PCR産物を電気泳動後、約1,700 bpの位置にあるシングルバンドをゲル抽出によって精製した。FLAG-AtSPL1と誘導性GAL1プロモーターを含むマルチコピー型大腸菌 / 酵母シャトルベクターであるpYES2(Invitrogen)を、BamHIとEcoRI(TaKaRa)で制限酵素処理しライゲーションすることでpYES2-FLAG-AtSPL1を得た。これを大腸菌JM109へ形質転換させ、インサートの有無をpYES2のマルチクローニングサイト両脇に設定したプライマーpYES2-FおよびpYES2-Rを用いて、アニーリング 58 ℃、伸長反応1.5分、30 サイクルでコロニーからのダイレクトPCRにより確認した。ポジティブクローンからpYES2-FLAG-AtSPL1を回収し、プライマーpYES2-FおよびpYES2-Rでそれぞれシークエンスを行うことで、コザック配列、FLAG配列が正確であることを確認した。
【0040】
[II−ii]酵母へのpYES2-FLAG-AtSPL1の導入
クローニングしてきたAtSPL1を、S. cerevisiae (BY4741株)のDihydrosphingosine-1-phosphate lyase (DPL1)欠損株に遺伝子導入し、発現させることでその機能を確認した。なお、Δdpl1はジェネティシン耐性遺伝子KanMX4により遺伝子破壊された株である。そこで、pYES2-FLAG-AtSPL1とpYES2をそれぞれΔdpl1に以下のように酢酸リチウム法で導入した。Δdpl1を2 mlのYPD+geneticin培地(1 % Yeast extract, 2 % Peptone, 2 % Dextrose, 0.2 mg/ml geneticin)で28 ℃、16 時間前培養した。前培養液0.75 mlを5 mlのYPD+G418培地に加え、4 時間本培養した。集菌し、1 M酢酸リチウム(pH 7.5) 1 mlで洗浄後、ペレットを75 mlの1 M酢酸リチウムに懸濁した。別のチューブにプラスミド1 mg、熱変性させたキャリヤDNA 40 mgを入れ、懸濁した菌液15 mlを混ぜた。50 %ポリエチレングリコール4000水溶液を75 ml加え、ボルテックスで良く混ぜ、30 ℃のウォーターバスで60 分インキュベートした。ペレットを滅菌水で希釈し、グルコース-ura+geneticin培地(0.67 % Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids, 2 % Glucose, 0.02 mg/ml L-methionine , 0.02 mg/ml L-histidin , 0.1 mg/ml L-leucine , 0.2 mg/ml geneticin )にプレーティングし、30 ℃で培養した。Uracil非要求性かつジェネティシン耐性であったクローンのインサートの有無をpYES2のマルチクローニングサイト両脇に設定したプライマーpYES2-FおよびpYES2-Rを用いて、アニーリング 58 ℃、伸長反応1.5分、30 サイクルでコロニーからのダイレクトPCRにより確認した。これにより得られた形質転換体を、Δdpl1-pYES2及びΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1とする。
【0041】
[II−iii]Δdpl1のSphingosineによる成長阻害
Δdpl1においてsphingosineが含まれる培地では、sphingosine 1-phosphateが分解されずに高濃度に蓄積するため成長阻害される(Zhou et al. 1998)。培地に含まれるsphingosine濃度は10 mMから50 mMの濃度で成長阻害されることが報告されている。そこで、培地に含まれるsphingosine濃度を0 mM, 7.5 mM, 10 mM, 12.5 mM, 15 mMと濃度を振り、Δdpl1のsphingosineによる成長阻害濃度を調べた。なお、sphingosineを培地に加える際には、0.5 %タージトールにsphingosineを懸濁してからYPD + geneticin培地に加えた。
【0042】
[II−iv]AtSPL1による機能的相補性実験
上記[II−iii]の実験結果を踏まえ、10 mM sphingosineを含む培地でAtSPL1による機能的相補性実験を行うことにした。YPD培地、グルコース+sphingosine培地 (0.67 % Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids, 2 % Glucose, 0.02 mg/ml L-methionine, 0.02 mg/ml L-histidin, 0.1 mg/ml L-leucine , 0.1 mg/ml Uracil, 10 mM D-erythro-sphingosine )、及びガラクトース+sphingosine培地 (0.67 % Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids, 2 % Galactose, 0.02 mg/ml L-methionine, 0.02 mg/ml L-histidin, 0.1 mg/ml L-leucine, 0.1 mg/ml Uracil, 10 mM D-erythro-sphingosine ) にBY4741 (WT)、Δdpl1、Δdpl1-pYES2、Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1をそれぞれストリークし、28 ℃で培養した。
【0043】
[II−v]酵母タンパク質の調製
BY4741 (WT)をガラクトース培地、Δdpl1-pYES2およびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1をガラクトース−uracil+genetisin培地それぞれ100 mlでOD600=2.0まで培養し、GAL1プロモーターの発現誘導を行った。遠心分離(1,500 x g、5 分、4 ℃)によって集菌し、2 mlのホモジナイズバッファー(0.25 M sucrose、5 mM MOPS pH 7.5、1 mM EDTA、1 mM DTT)に懸濁し、ペレットの洗浄を行った。洗浄したペレットを3 mlのホモジナイズバッファーに再懸濁し、等量のグラスビーズ(425-600 microns, Sigma)を加えて、30 秒間のボルテックスによる破砕を4 ℃にて15 回行い、上清を分取した。沈殿に1 mlのホモジナイズバッファーを加えて、その上清を前回の上清に合わせた。ホモジネートは5,000 x g、10 分、4 ℃で遠心分離し、上清を回収した(全タンパク質画分)。さらに、その上清を105,000 x g、1 時間、4 ℃で超遠心分離を行い、可溶性タンパク質とミクロソームタンパク質を調製した。タンパク質の定量にはBCA Protein Assay Kit (PIERCE)を用いて行った。なお、ミクロソームタンパク質は0.5 N NaOHで30 分間、37 ℃で処理した後、遠心上清のタンパク質を定量した。
【0044】
[II−vi]イムノブロットによる発現の確認
上記[II−v]で調製したΔdpl1-pYES2およびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1の全タンパク質、可溶性タンパク質、ミクロソームタンパク質を10 mgずつ10 %アクリルアミドゲルで電気泳動し、セミドライ式ブロッティング装置で1 cm2あたり2 mAの定電流で60 分間、Immobilon-NT+ Transfer Membranes (MILLIPORE)にタンパク質を転写した。抗体はANTI-FLAG M2-PEROXIDASE CONJUGATE を1/1000の濃度で使用した。検出にはECL PLUS Western Blotting Detection Reagents (Amersham Biosciences)を用い、ECL Mini-cameraで撮影した。
【0045】
[II−vii]HPLCによるAtSPL1の活性測定
HPLCによるスフィンゴイド塩基およびスフィンゴイド塩基 1-リン酸の分析は、Caliganらの方法を少し改良して以下のように行った(Caligan et al. 2000)。
【0046】
サンプル調製
BY4741 (WT)をガラクトース培地、Δdpl1-pYES2およびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1をガラクトース−uracil+genetisin培地それぞれ200 mlでOD600=2.0まで培養し、GAL1プロモーターの発現誘導を行った。集菌したペレットを5 mlのガラクトース培地+50 mM sphingosineに再懸濁し、28 ℃で2 時間培養することでsphingosineを各株に吸収させた。集菌し、蒸留水で2 回洗浄した菌体を2 mlの氷冷したmethanol : H2O(1 : 1, v/v)に懸濁し、超音波処理を4 ℃で10 秒間、5 回行うことで細胞を破砕した。2,000 x gで10 分間遠心分離し上清を回収した。残りのペレットを1 mlの氷冷したmethanol : H2O(1 : 1, v/v)に再懸濁し、超音波処理を4 ℃で10 秒間行い、2,000 x gで10 分間遠心分離して初めに回収した上清とあわせた。
【0047】
スフィンゴ脂質の抽出
内部標準としてC20-dihydrosphingosineを上清に加え、シリカゲルにオクタデシル基を導入した逆相分配クロマト用ゲルを基材としたTOYOPAK ODS-Sゲルカラム(TOSOH)に上清を通した。その後、1 mlのmethanol : H2O(1 : 1, v/v)でカラムを洗浄し、2 mlのmethanol : 10 mM リン酸カリウムバッファー pH 7.2(9 : 1, v/v)でスフィンゴ脂質を溶出させた。回収したサンプルを遠心吸引乾燥させた後、グリセロ脂質を分解するために、200 mlのメタノール性0.1 M KOHに溶解させて37 ℃で1 時間インキュベートした。
【0048】
OPA処理
KOH処理したサンプル200 mlに750 mlのmethanolを加え、ソニケーションを行った。O-フタルアルデヒド(OPA)試薬を安定化させるために100 mlの10 ml EDTAを加えた。さらに100 mlの3 %(w/v)ホウ酸カリウム水溶液(pH10.5)と50 mlのOPA試薬(OPA 1 mgにethanol 20 ml加えソニケーションにより溶解した後、3 %(w/v)ホウ酸カリウム水溶液1.98 ml、2-mercaptoethanol 1 ml加えたもの)を加え、遮光して室温で20 分間インキュベートした。
【0049】
HPLC分析
HPLC分析は、いずれも島津製作所の送液ユニットLC-10ATVP、カラムオーブンCTO-10ASVP、蛍光検出器RF-10XLを用いた。カラムにはTSK-GEL ODS-120A 4.6×150 (TOSOH)を用いた。OPA誘導体は励起波長340 nm、蛍光波長455 nmで検出された。移動層溶媒はmethanol : 10 mM リン酸カリウムバッファー(pH 4.2) : 1 M tetrabutylammonium dihydrogen phosphate(TBAP) 水溶液 (83:16:1, v/v/v)を用い、流速1.2 ml/minで行った。標準物質として、phytosphingosine、phytosphingosine 1-phosphate、sphingosine、sphingosine 1-phosphate、dihydrosphingosine、dihydrosphingosine 1-phosphate、C20-dihydrosphingosineを用いている。
【0050】
[III]A. thaliana内におけるAtSPL1の機能解析
[III−i]各器官におけるmRNA蓄積レベルの解析
A. thalianaにおけるAtSPL1の発現解析のために、各器官のmRNA蓄積レベルを定量的RT-PCR法により分析した。MS培地で発芽後4 週間目のA. thalianaの根、茎、葉及び花、各100 mgより全RNAを抽出し、前述と同様にして各器官のcDNAを調製した。コントロールとして、各器官で常に同レベルの発現が確認されているA. thalianaのAt-Act2を用いた(Kandasamy et al. 2002)。各器官のcDNAをそれぞれテンプレートとして、At-Act2特異的プライマーAct2-FとAct2-Rを用いてPCRを行った。PCRの条件はアニーリング59 ℃、伸長反応1.5 分、シグナルが飽和しない22 サイクルで行った。PCR産物を1 %アガロースゲルで60 分間電気泳動し、エチジウムブロマイドで15 分間染色した。ゲルをモレキュラーイメージャーFX Pro (Bio-Rad)でスキャンし、根、茎、葉、花におけるAt-Act2のシグナル強度を測定した。cDNAテンプレートの量を微調整し、At-Act2で各器官のシグナル強度が一致するまで繰り返した。At-Act2のシグナル強度が一致した各器官のテンプレート量で、AtSPL1についても同様に行った。AtSPL1特異的プライマーにAtSPL-F(BamHI)およびAtSPL-R(EcoRI)を使用し、アニーリング59 ℃、伸長反応1.5 分、シグナル強度が飽和しない30 サイクルでPCRを行った。AtSPL1のシグナル強度を測定し、根、茎、葉、花におけるmRNA蓄積レベルの違いを分析した。
【0051】
[III−ii]成長段階ごとのAtSPL1mRNA蓄積レベルの解析
A. thalianaの根と葉を用いて、成長段階ごとのAtSPL1のmRNA蓄積レベルを分析した。A. thaliana種子をMSプレート培地に播種後、1 週間から4 週間まで各週の根と葉それぞれ100 mgから全RNAを抽出し、cDNAを調製した。上記[III−i]と同様にコントロールをAt-Act2とし、根と葉で各週のAt-Act2のシグナル強度が一致する条件でAtLCBK1およびAtSPL1のmRNA蓄積レベルの変化を分析した。AtLCBK1のプライマーは、ORFの開始コドンに設定したAtLCBK1-ORF-Uと終止コドンに設定したAtLCBK1-ORF-Lを用いて、同じ条件で25 サイクルでPCRを行った。
【0052】
[III−iii]乾燥ストレスによるAtSPL1mRNA蓄積レベルの変化
植物体への乾燥ストレスの与え方は吉田らの方法に従って、乾燥ストレスにより発現誘導がかかるSRK2Eをポジティブコントロールとして以下のように行った(Yoshida et al. 2002)。MSプレート培地で育てた播種後4 週間のA. thalianaを用い、インキュベーター内でプレートの蓋を開けて放置することで乾燥ストレスを与えた。0、1、2、3 時間それぞれ経時的にストレスを与えたA. thalianaの葉から全RNAを抽出し、cDNAをそれぞれ調製した。[III−i]と同様にコントロールをAt-Act2とし、ストレスを与えた各時間のAt-Act2のシグナル強度が一致する条件でSRK2E、AtLCBK1およびAtSPL1のmRNA蓄積レベルの変化を分析した。SRK2Eのプライマーは、ORFの開始コドンに設定したSRK2E-S1と終止コドンに設定したSRK2E-A1を用いて、同じ条件で29 サイクルでPCRを行った。
【0053】
[III−iv]AtSPL1欠損A. thalianaを用いた機能解析
欠損体のスクリーニング
Salk Institute Genomic Analysis Laboratory によるシロイヌナズナの遺伝子破壊株の集団の中から、At1g27980にT-DNAが挿入されている種子(SALK_028094)を見出した。この種子をMS-カナマイシン培地(カナマイシン25 mg/ml)プレートに蒔き、カナマイシン耐性の個体の葉から全RNAを抽出した。cDNAへと調製し、AtSPL1特異的プライマーにAtSPL-F(BamHI)およびAtSPL-R(EcoRI)を使用し、アニーリング59 ℃、伸長反応1.5 分、28 サイクルでPCRを行った。約1,650 bpのAtSPL1の位置にシグナルが出ていない個体をスクリーニングし、AtSPL1欠損体を得た。さらに、この個体がホモ欠損体であることを確認するために、ゲノムをテンプレートとして、AtSPL-F(BamHI)とAtSPL-R(EcoRI)のPCRおよび、AtSPL-F(BamHI)とT-DNAのレフトボーダープライマーLba1でPCRを行った。PCR条件はいずれもアニーリング58 ℃、伸長反応4 分で30 サイクル行った。
【0054】
シークエンスによるゲノム挿入位置の確認
AtSPL1欠損体のゲノムをテンプレートにし、AtSPL-F(BamHI)とLba1をプライマーにPCRを行った。PCR産物を電気泳動し、約1,100 bpのバンドをゲル抽出することでDNA断片を精製した。これをテンプレートにし、プライマーAtSPL-F(BamHI)とLba1でそれぞれシークエンスを行い、T-DNAの挿入位置を決定した。
【0055】
AtSPL1欠損体における蒸散率測定
野生株とAtSPL1欠損体の葉からの蒸散率は、Zhangらの方法に従って以下のように測定した(Zhang et al. 2004)。バーミキュライトで育てた播種後6 週間の個体から完全に開いたコーライン葉を4 枚切り離し、インキュベーター内で葉の重さを経時的に測定した。蒸散率は、始めの葉の重さからそのときの重さの差をパーセントで表して求めた。
【0056】
[実験結果及び考察]
[I]Arabidopsis thaliana SPL1 (AtSPL1)遺伝子の単離および構造解析
ヒトのスフィンゴイド塩基 1-リン酸分解酵素(HsSPL)のアミノ酸配列を用いてA. thalianaのESTを検索した結果、At1g27980遺伝子のアミノ酸配列が特に高い相同性を示した。A. thalianaの全RNAより調製したcDNAを用いてプライマーAtSPL-nestFとAtSPL-nestRによりPCRを行った結果、約1,700 bpと約2,200 bpの増幅断片が確認された。予想される長さに相当する約1,700 bpのバンドをゲル抽出により精製し、これをテンプレートにしてプライマーAtSPL-F(BamHI)とAtSPL-R(SmaI)を用いてPCRを行った。その結果、約1,650 bpのcDNA断片を得た。このcDNA断片がA. thalianaのSPLであると考え、pQE40ベクターにサブクローニングし、シークエンスにより塩基配列を解読した結果、At1g27980遺伝子のORF配列と一致した。この予想されるAtSPL1は第1 染色体上に位置し、15 個のエクソンからなることが分かった(図1)。以下、このcDNAをAtSPL1と称する。
【0057】
AtSPL1のORFは1,635 bpであり、544アミノ酸残基からなり、推定分子量59,477推定等電点7.9のタンパク質をコードしていた(図2および配列番号1・2参照)。このAtSPL1アミノ酸配列と、既にクローニング、機能解析が行われているヒトSPLおよび酵母DPLアミノ酸配列においてアライメントを行った結果を図3に示す。アライメント結果より、補酵素であるピリドキサルリン酸の結合モチーフがAtSPL1においても保存されており、ピリドキサルリン酸とのシッフ塩基を形成すると思われる349K (リジン)が確認できた。また、HsSPLの活性に重要であることが報告されている317C(システイン)が(Van Veldhoven et al. 2000)AtSPL1の314Cに相当すると考えられた。しかし、HsSPLの 317Cと同様に、218Cも活性に重要であることが報告されていたが、AtSPL1においてはそれに相当すると考えられるシステイン残基は確認できなかった。また、AtSPL1をTMpred (http://www.ch.embnet.org/software/TMPRED_form.html)でハイドパシー分析を行った結果を図4に示す。HsSPLではN末端においてER膜に1 回貫通し、活性サイトは細胞質側に露出していることが報告されている(Van Veldhoven et al. 2000)。AtSPL1の結果より、AtSPL1はHsSPLと同様にN末端で1 回膜貫通領域を持つと考えられるが、およそ290-300の領域および、380-410の領域において膜にゆるく結合し、間の領域に含まれる活性サイトおよび、ピリドキサルリン酸結合領域と予想される部分を細胞質側に露出するような構造をしていると考えられた。Van Veldhovenらは、HsSPLの膜貫通領域を除く部分をpQEベクターに組み込み、大腸菌でHis-Tag融合タンパク質を可溶性画分に発現させている。AtSPL1のHsSPL膜貫通領域に相当すると思われる領域を除き、同様にpQEベクターでHis-Tag融合タンパク質を発現させたところ、ミクロソーム画分に発現タンパク質が確認できた。この結果からも、AtSPL1がHsSPLよりも疎水度が高いことが考えられ、N末端の膜貫通領域以外にも2 箇所でゆるく膜に結合している考察を支持している。
【0058】
[II]AtSPL1の酵母内における発現及び機能解析
A. thalianaのSPLをコードしていると予想されるAt1g27980遺伝子のcDNAをクローニングしたが、この遺伝子がコードするタンパク質が機能的にSPL活性を持つことを、酵母のリアーゼミュータント(Δdpl1)を用いて確認した。Δdpl1はリアーゼ活性がないため、sphingosineが含まれる培地ではS1Pが分解されずに蓄積するため成長阻害される。そこで、クローニングしてきたcDNAをΔdpl1に遺伝子導入し、タンパク質を発現させることで酵母のDPL活性を補うことができるか実験した。
【0059】
Δdpl1のSphingosineによる成長阻害
まず、Δdpl1がどれくらいの濃度のsphingosineによって成長阻害されるかを確認しなければならない。そこで、0 mMおよび7,5 mMから15 mMまでsphingosine濃度を振ったプレート培地にΔdpl1をストリークし、28 ℃で培養した。その結果、7,5 mMから15 mMのsphingosine濃度の培地全てにおいてΔdpl1の成長阻害が見られ、いずれの培地でも生育してこなかった。この結果より、10 mMのsphingosine濃度で機能的相補性実験を行うことにした。
【0060】
AtSPL1による機能的相補性実験
酵母内で発現していることを証明するためにFLAG-Tagを5’側に付けたcDNAを作製し、pYES2にサブクローニングして形質転換した。YPD培地、グルコース+sphingosine培地、及びガラクトース+sphingosine培地にBY4741 (WT)、Δdpl1、Δdpl1-pYES2、Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1をそれぞれストリークし、28 ℃で培養した。sphingosine を含まないYPD培地においては全ての株において通常に生育がみられた。グルコース+sphingosine培地においてはWTのみが正常に生育し、他の株はsphingosine感受性を示したが、ガラクトース+sphingosine培地においては、WTおよびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1が正常な生育を示した(図5)。これらの結果より、ガラクトースによりpYES2に組み込んだFLAG-AtSPL1の発現を誘導することでΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1はWTと同様にsphingosine耐性を示したことがわかる。FLAG-Tagは8アミノ酸から成る小さなペプチドであり、ネイティブタンパク質のコンフォメーションが受ける影響は非常に小さい。よって、今回単離してきたcDNAがコードするタンパク質の活性によってΔdpl1にsphingosine耐性を与えたと考えられる。つまり、このタンパク質がA. thalianaのSPL活性を有しており、SPL活性によってΔdpl1内に蓄積するS1Pを分解したためにsphingosine耐性を示したと考えられる。これより、A. thalianaからクローニングしたAtSPL1は、A. thalianaのSPLをコードする遺伝子と判断した(Accession No: AB175035)。
【0061】
イムノブロットによる発現の確認
ガラクトースにより誘導をかけたΔdpl1-pYES2およびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1の全タンパク質画分、可溶性タンパク質画分、ミクロソームタンパク質画分をANTI-FLAG抗体によってイムノブロットを行った結果、Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1の全タンパク質画分および、ミクロソームタンパク質画分の約60 kDaの位置にΔdpl1-pYES2にはないシグナルが確認できた(図6)。予想されるFLAG-AtSPL1の分子量とほぼ一致することから、Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1は、ガラクトースの誘導によりFLAG-AtSPL1を発現していることが分かる。さらに、ミクロソーム画分に発現が見られ、可溶性画分には全くシグナルが確認できないことから、AtSPL1は完全な膜タンパク質であることが示唆される。
【0062】
HPLCによるAtSPL1の活性測定
Δdpl1においてAtSPL1を発現させ、sphingosine耐性を与えたことで機能的相補を確認したが、実際にS1Pを分解していることを確認するためにHPLCを用いた活性測定を行った。BY4741、Δdpl1-pYES2およびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1からスフィンゴ脂質を抽出する前に、50 mM sphingosine培地で2 時間培養することによりsphingosineを吸収させた。酵母はsphingosineタイプのスフィンゴイド塩基を持たないため、sphingosineを吸収させることでS1Pを蓄積させ、SPLによるS1Pの分解を確認するためにこの操作を行った。HPLCの結果を図7〜図10に示す。BY4741においては、吸収されたsphingosineのみが大きなピークとして検出され、S1Pや内在性のphytosphingosine 1-phosphate (PS1P)は微量しか検出できなかった。これは、酵母内在性のDPL1活性によりS1PやPS1Pを分解し、蓄積していないためである。一方、Δdpl1-pYES2では吸収させたsphingosine以外に、S1PやPS1Pが大きなピークとして検出された。DPL1が欠損しているために、S1PやPS1Pが分解されずに蓄積していることが分かる。Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1では、WTとほぼ同じような検出パターンを示し、sphingosineのみが大きなピークとして検出され、S1Pや内在性のPS1Pは微量しか検出できなかった。発現させたAtSPL1が本来蓄積するべきS1PやPS1Pを分解したためと考えられる。HPLCより得られたデータをもとに、Δdpl1-pYES2においてS1Pおよび、PS1Pの蓄積量を100 %としたときのBY4741とΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1のそれぞれの蓄積量を示す(図11)。S1PとPS1Pの蓄積量は、BY4741においてそれぞれ0.85 %と3.6 %であった。Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1においては、それぞれ7 %と6.2 %であり、いずれもWTと同程度であった。以上のAtSPL1における機能的相補試験およびHPLCを用いたin vivoでの分析により、AtSPL1がスフィンゴイド塩基 1-リン酸を分解し、さらにS1PおよびPS1Pを基質とすることが分かった。
【0063】
[III]A. thaliana内におけるAtSPL1の機能解析
各器官におけるmRNA蓄積レベルの解析
A. thalianaにおけるAtSPL1の発現解析のために、各器官のmRNA蓄積レベルをsemi-quantitative RT-PCR法により分析した。At-Act2のシグナル強度が一致した根、茎、葉、花のテンプレート量でAtLCBK1およびAtSPL1について分析した結果、根、茎、葉においてはAtLCBK1、AtSPL1共にmRNA蓄積レベルに目立った差はなかった。しかし、花においてはAtLCBK1で根の約2.5 倍、AtSPL1で根の約2 倍のmRNAの蓄積が見られた(図12)。AtLCBK1においては、以前、寺田によって報告された結果と同じであった。また、中川によりA. thalianaからsphingoidbase-1-phosphate phosphatase(AtSPP1)遺伝子がクローニングされ、同様の実験においてAtSPP1が花において根の約5 倍のmRNA蓄積量があることが確認された。これらのことより、A. thalianaの花においてS1Pの合成系および分解系の酵素のmRNA蓄積量が高いことが分かり、花芽の分化や成熟、種子の形成などにS1Pがシグナル伝達物質など、なんらかの役割をもっているのではないかと考えられた。
【0064】
成長段階ごとのAtSPL1mRNA蓄積レベルの解析
A.thalianaの根と葉を用いて、播種後1から4週間後の成長段階ごとにおけるAtSPL1のmRNA蓄積レベルをsemi-quantitative RT-PCR法により分析した(図13、図14)。葉においては、AtLCBK1およびAtSPL1に目立った変化は見られず、mRNA蓄積パターンも同じ結果が得られた。しかし、根においてはAtLCBK1が1、2 週間後においてmRNA蓄積量が多く、3、4 週間後になると除々に低下していくパターンを示した。一方、AtSPL1においては根の発育段階初期にmRNA蓄積量が低く、発育が進むにつれて高くなり、AtLCBK1と拮抗するようなmRNA蓄積パターンを示した。この結果は、根の発育段階初期においてS1Pレベルが蓄積するパターンであり、根においてS1Pが必要とされていることが考えられる。2003 年、OhashiらによってA. thalianaにおいて、根毛の形成パターンの調節にホスホリパーゼD (AtPLDzeta1)の活性化が必要であることが報告された(Ohashi et al. 2003)。また、ヒトにおいて、S1PがホスホリパーゼD(PLD)を活性化することが知られている (Orlati et al. 2000)。これらの報告より、植物においてもS1PがホスホリパーゼDを活性化すると仮定すると、根の発育段階初期にS1P量が増加し、S1PがAtPLDzeta1を活性化することで根毛の形成を調節している可能性もある。
【0065】
乾燥ストレスによるAtSPL1mRNA蓄積レベルの変化
次に、AtSPL1が細胞内S1Pレベルを調節することにより、気孔閉鎖のメカニズムの過程でどのように関わっているのかを調べるために、乾燥ストレスを与えることによるmRNAの蓄積レベルを上記と同様の方法で調べた(図15)。SRK2Eは、ABAや浸透圧ストレスにより発現が誘導されるプロテインカイネースをコードする遺伝子である。この遺伝子をポジティブコントロールとして用いて乾燥ストレスを与えると、ストレスを与える時間が増加するに従ってSRK2EのmRNAの蓄積も増加していくのが分かる。このことから、この実験方法で乾燥ストレスを植物体に与えていることがわかる。この条件でAtLCBK1およびAtSPL1についてmRNAの蓄積レベルを調べた。AtLCBK1において、乾燥ストレスの時間が2 時間から3 時間でmRNAの蓄積レベルが増加した。一方、AtSPL1においては、乾燥ストレスを与える時間が増加するに従ってmRNA蓄積レベルは低下していった。AtLCBK1とAtSPL1が拮抗するようなパターンであり、乾燥ストレスに対して気孔を閉じるためにS1Pを蓄積させるような結果である。この結果から、S1Pがシグナル伝達物質として作用する気孔閉鎖メカニズムにAtSPL1が関与し、細胞内S1P量を調節していることが考えられる。
【0066】
AtSPL1欠損A. thalianaを用いた機能解析
乾燥ストレスによるmRNA蓄積レベルの変化を調べた結果より、AtSPL1が欠損した植物体はS1Pが通常よりも蓄積すると考えられるため、乾燥ストレスに強い植物体になるのではと考えた。そこで、SALK種子を用いてAtSPL1が欠損している個体をスクリーニングした。RT-PCRにより、AtSPL1の発現が確認できなかった個体をAtSPL1-KOとする(図16(a))。このRT-PCRの結果は28サイクルでPCRを行ったが、同じテンプレート量で32 サイクルでPCRを行うと、WTのAtSPL1のシグナルと同じ位置にごくわずかではあるがシグナルが見えた。このシグナル強度をモレキュラーイメージャーFX Proでスキャンし、WTのシグナル強度と比較すると1/1000以下のシグナルであった。得られたAtSPL1-KOがホモ欠損体であることを確認するために、WTとAtSPL1-KOから抽出したゲノムをテンプレートとして図16(c)に各位置を示すプライマーでPCRを行った(図16(b)(c))。その結果、AtSPL1の開始コドン位置のプライマーと終止コドン位置のプライマーで行ったPCRでは、WTのみに約4,000 bpのシグナルが確認できた。また、開始コドン位置のプライマーとT-DNAのLBプライマーで行ったPCRでは、AtSPL1-KOのみに約1,000 bpのシグナルが確認できた。この結果より、AtSPL1-KOはホモでAtSPL1遺伝子が破壊されているといえる。AtSPL1の全長配列で、T-DNAの挿入部位を決定するためにシークエンスを行った。その結果、T-DNAは開始コドンから713 bpの第2イントロンに挿入されていることが分かった(図17)。
【0067】
AtSPL1欠損体における蒸散率測定
陸上植物において、植物体からの水分消失のおよそ95 %以上は気孔からの蒸散によるものである。したがって、葉を切り離した際の切り口からの水分消失は全ての葉に共通であるため、今回の方法により測定した水分消失率は気孔からの蒸散率に置き換えて考えることができる。WTおよびAtSPL1-KOの葉からの蒸散率を調べた結果、WTは2 時間後には約60 %もの水分を蒸散により失っていた。一方、AtSPL1-KOでは測定開始直後から明らかにWTよりも蒸散量は低い状態を維持し、最終的には2 時間後でも20 %程度の蒸散率であった(図18)。AtSPL1-KOはSPLがないため、酵母のΔdpl1のように、WTよりもS1Pが植物体内に蓄積していると考えられる。したがって、葉を切り離す以前からAtSPL1-KOは気孔を閉じていたために、測定開始直後から明らかな差が出たことが考えられる。また、閉じていなかった気孔もS1Pが初めから多く存在しているため、結果的にWTよりも早く、そしてより多くの気孔を閉じることができたと考えられる。これらのことからAtSPL1-KOは最終的にWTよりも約40 %も蒸散率が低いという結果がでたのだろう。
【0068】
以上の結果より、今回初めて植物においてA. thalianaからAtSPL1を単離し、Δdpl1を用いた機能的相補実験およびHPLCによるin vivoでの分析によりSPL酵素活性を確認した。植物内においてAtSPL1の花においてmRNA蓄積レベルが高く、根においては発育段階が進むにつれて、AtLCBK1と拮抗するようにmRNA蓄積レベルが上昇していく。また、乾燥ストレスにより、mRNA蓄積レベルはAtLCBK1において上昇し、AtSPL1は低下する。AtSPL1欠損体を用いた分析では、AtSPL1-KOはWTよりも蒸散率が40 %低いという結果を得た。これらのことから、AtSPL1は動物細胞や酵母と同様に植物において細胞内S1Pレベルを調節しており、気孔開閉を調節していることが示唆された。今回の研究結果より考えられる、アブシジン酸(ABA)のS1Pを介した気孔閉鎖メカニズムにおけるAtSPL1の位置付けを図19に示す。光合成をする際は気孔を開くためにAtSPL1はS1Pを分解し、気孔の閉鎖を抑制している。一方、乾燥ストレス等により気孔を閉じなければいけないときは、AtSPL1の転写は抑制され、S1Pが孔辺細胞内に蓄積し、気孔閉鎖は促進される。この気孔開閉の調節においてABAが直接、または間接的にAtSPL1の転写を抑制している可能性も考えられる。
【0069】
以上のように、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(SPL)ホモ欠損体であるAtSPL1-KOにおいてはS1Pが多く蓄積しているためにWTよりも気孔をより多く閉じていると考えられる。この結果から、SPLは気孔開閉の調節機構に関与し、SPLの発現量や活性を変化させることによって、水分量が十分にある環境下では気孔をできるだけ開かせて光合成を促進することに利用する一方、水分環境が十分ではない環境においては気孔閉鎖を促進させて乾燥ストレスに強い植物の創出などに利用できると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
以上のように、本発明は、植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を制御することによって葉の水分蒸散を調節する方法、及び植物の耐乾燥性を向上させる方法に関するものであり、前述したとおり、鑑賞植物の長寿命化、鑑賞植物および農作物の生産地域の拡大、砂漠の緑化用耐乾燥性植物の創出などの分野において利用できるほか、産業上種々の分野への利用が可能である。
【0071】
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【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】AtSPL1(At1g27980)遺伝子のゲノム構造を模式的に示す図である。AtSPL1遺伝子はシロイヌナズナ第1染色体に座乗し、14個のイントロンを有する。
【図2】AtSPL1 cDNAのORF領域の配列と、それによってコードされる544個のアミノ酸配列を示す図である。
【図3】AtSPL1アミノ酸配列(A. thaliana)と、ヒトSPLおよび酵母DPLアミノ酸配列(H. sapiensおよびS. cerevisiae)のアライメント結果を示す図である。
【図4】AtSPL1およびHsSPL(Human SPL)をTMpredでハイドパシー分析した結果を示す図である。
【図5】Δdpl1のSphingosineによる成長阻害と、この成長阻害をAtSPL1により機能的に相補できるか調べた結果を示す図である。YPD培地、グルコース+sphingosine培地、及びガラクトース+sphingosine培地にBY4741 (WT)、Δdpl1、Δdpl1-pYES2 (pYES2)、Δdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1 (pYES2-AtSPL1)をそれぞれストリークし、28 ℃で培養した。ガラクトースによりpYES2に組み込んだFLAG-AtSPL1の発現を誘導することでΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1はWTと同様にsphingosine耐性を示したことがわかる。
【図6】イムノブロットによりFLAG-AtSPL1の発現を検討した結果を示す図である。Δdpl1-pYES2およびΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1の全タンパク質画分(5,000 x g sup(上清))、可溶性タンパク質画分(105,000 x g sup(上清))、ミクロソームタンパク質画分(105,000 x g ppt(沈殿))をANTI-FLAG抗体によってイムノブロット解析した結果を示す。
【図7】HPLCによるスフィンゴイド塩基標準品の検出パターンを示すグラフである。
【図8】HPLCによる野生型BY4741株からのスフィンゴイド塩基の検出パターンを示すグラフである。
【図9】HPLCによるΔdpl1-pYES2からのスフィンゴイド塩基の検出パターンを示すグラフである。
【図10】HPLCによるΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1からのスフィンゴイド塩基の検出パターンを示すグラフである。
【図11】各酵母株におけるスフィンゴシン 1-リン酸(S1P)とファイトスフィンゴシン 1-リン酸(PS1P)の蓄積レベルを比較して示すグラフである。Δdpl1-pYES2においてS1PおよびPS1Pの蓄積量を100 %としたときのBY4741(WT)とΔdpl1-pYES2-FLAG-AtSPL1のそれぞれの蓄積量を示す。
【図12】各器官におけるAtSPL1のmRNA蓄積レベルの解析結果を示す図である。At-Act2のシグナル強度が一致した根、茎、葉、花のテンプレート量でAtLCBK1(=AtSPHK)およびAtSPL1のmRNA蓄積レベルの変化を分析した。その結果を相対強度で示す。
【図13】各成長段階の葉におけるAtSPL1のmRNA蓄積レベルの解析結果を示す図である。1 週間から4 週間まで各週の葉からcDNAを調製し、At-Act2のシグナル強度が一致する条件でAtLCBK1(=AtSPHK)およびAtSPL1のmRNA蓄積レベルの変化を分析した。その結果を相対強度で示す。
【図14】各成長段階の根におけるAtSPL1のmRNA蓄積レベルの解析結果を示す図である。1 週間から4 週間まで各週の根からcDNAを調製し、At-Act2のシグナル強度が一致する条件でAtLCBK1(=AtSPHK)およびAtSPL1のmRNA蓄積レベルの変化を分析した。その結果を相対強度で示す。
【図15】乾燥ストレスを与えることによりAtSPL1のmRNA蓄積レベルが低下していったことを示す図である。乾燥ストレスにより発現誘導がかかるSRK2Eをポジティブコントロールとして、ストレスを与えた各時間のAt-Act2のシグナル強度が一致する条件でSRK2E、AtLCBK1(=AtSPHK)およびAtSPL1のmRNA蓄積レベルの変化を分析した。その結果を相対強度で示す。
【図16】(a)〜(c)は、AtSPL1欠損体の解析結果を示す図である。(a)は、野生型(WT)とAtSPL1欠損体(KO)におけるAtSPL1およびAt-Act2の発現をRT-PCRにより調べた結果、(b)は、野生型(WT)とAtSPL1欠損体(KO)から抽出したゲノムをテンプレートとしてプライマー(I+IIおよびI+III)でPCRを行った結果、(c)は、プライマーI-IIIの各位置を示す図である。
【図17】AtSPL1欠損体におけるT-DNAの挿入位置を模式的に示す図である。
【図18】AtSPL1欠損体における蒸散率測定結果を示すグラフである。AtSPL1欠損体(AtSPL1-KO)の葉からの蒸散率(水分消失率)は、測定開始直後から明らかに野生型(WT)よりも低い状態を維持し、最終的には2 時間後でも20 %程度の蒸散率であった。
【図19】気孔開閉の調節機構におけるスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ(SPL)の役割について説明する図である。SPLは、植物細胞内のスフィンゴシン 1-リン酸(S1P)レベルの調節を介して、気孔開閉を調節していると考えられる。例えばアブシジン酸(ABA)のS1Pを介した気孔閉鎖メカニズムにおいて、光合成をする際は気孔を開くためにSPLはS1Pを分解し、気孔の閉鎖を抑制する一方、乾燥ストレス等により気孔を閉じなければいけないときは、SPLの転写は抑制され、S1Pが孔辺細胞内に蓄積し、気孔閉鎖は促進されると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を制御することによって、葉の水分蒸散を調節する方法。
【請求項2】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって、葉の水分蒸散を抑制する方法。
【請求項3】
植物細胞でのスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制することによって、植物の耐乾燥性を向上させる方法。
【請求項4】
ゲノム中のスフィンゴシン-1-リン酸リアーゼ遺伝子をノックアウトすることによって、あるいは他の方法で当該遺伝子配列を改変することによって、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現を抑制する、請求項2又は3記載の方法。
【請求項5】
スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現を特異的に抑制するRNAを植物細胞に導入することによって、スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現を抑制する、請求項2又は3記載の方法。
【請求項6】
スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現を特異的に抑制するRNA、または当該RNAを植物細胞で発現するよう構築されたRNAi発現ベクターを含む、植物の耐乾燥性向上剤。
【請求項7】
スフィンゴシン-1-リン酸リアーゼの発現または活性を抑制する物質を探索することを特徴とする、植物の耐乾燥性を向上させる物質のスクリーニング方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−44012(P2007−44012A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−234607(P2005−234607)
【出願日】平成17年8月12日(2005.8.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年2月16日 甲南大学主催の「修士論文発表会」において文書をもって発表
【出願人】(397022911)学校法人甲南学園 (18)
【Fターム(参考)】