説明

蓄熱材構造体の製造方法及び蓄熱材構造体前駆組成物

【課題】炭素含量が少なく、化学蓄熱材の蓄熱・放熱性に優れた蓄熱材構造体を作製することができる蓄熱材構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】化学蓄熱材及び有機バインダーを用いて蓄熱材構造体を作製する蓄熱材構造体の製造方法であって、前記化学蓄熱材の一部を脱水反応により脱水する脱水工程と、前記脱水で水分供給される雰囲気下、前記有機バインダーを加熱分解して炭酸ガスを生成し、生成した炭酸ガスと少なくとも前記化学蓄熱材の残部とを反応させて炭酸塩を生成する塩生成工程と、生成した炭酸塩を熱分解して除去する除去工程とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸放熱を担う化学蓄熱材を用いた蓄熱材構造体の製造方法、及び蓄熱材構造体前駆組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
化学反応を利用して熱の吸収、放出を行なうことのできる物質である化学蓄熱材は、従来より広く知られており、種々の分野で利用が検討されている。
【0003】
例えば、粉体の化学蓄熱材を一次成形して得た一次粒子に、所定の割合で粘土鉱物を混合して二次成形した成形体を焼成して成る化学蓄熱材成形体が開示されており(例えば、特許文献1参照)、350〜500℃の範囲内で焼成すること、水酸化物の状態である化学蓄熱材の脱水反応が生じない温度で焼成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−132844号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、350〜500℃程度の焼成温度で焼成して成る上記従来の化学蓄熱材成形体では、有機バインダーの蒸発、分解が化学蓄熱材の脱水と同時に進行することを期待するものでないため、雰囲気中の水分、加熱温度が充分でなく、したがって有機バインダーの蒸発・分解により生じたカーボン成分は、炭酸塩への改質反応が進みにくく、カーボン成分がそのまま系内に残存してコーキング(炭素化)を招く。この場合、灰色〜黒色の着色が発生するが、この段階での炭素化は、蓄熱材の崩壊の一因となると共に、化学蓄熱材の水和、脱水反応温度域において安定に存在するために、化学蓄熱材の蓄熱・放熱量を低下させる要因ともなる。しかも、残存するカーボン成分は、後工程でも除去され難い。
【0006】
また、炭酸塩に改質されても、炭酸塩が系内に残存すると、化学蓄熱材の蓄熱・放熱量を低下させる一因となる。その一方で、炭酸塩を完全に分解して脱炭酸化しようとすると、850℃を超える高温に曝す必要があり、このような高温下に曝された場合には化学蓄熱材がシンタリングを起こし、結果的に蓄熱・放熱性の低下を招来する。
【0007】
本発明は、上記に鑑みなされたものであり、炭素含量が少なく、化学蓄熱材の蓄熱・放熱性に優れた蓄熱材構造体を作製することができる蓄熱材構造体の製造方法、及び炭素含量を少なく抑え、高い蓄熱・放熱性を有する蓄熱材を提供できる蓄熱材構造体前駆組成物を提供することを目的とし、該目的を達成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、逐次炭素成分の除去を行なうのではなく、ある段階で一時的に雰囲気中の炭素成分が炭酸塩に改質されやすい環境を形成し、炭素成分の多くを一旦炭酸塩として捕らえ、炭酸塩とした状態で一挙に分解除去するように構成すると、炭酸塩の除去効率が向上し、蓄熱材に残存する炭素含量を飛躍的に低減させることができるとの知見を得、かかる知見に基づいて達成されたものである。
【0009】
前記目的を達成するために、第1の発明である蓄熱材構造体の製造方法は、
<1> 化学蓄熱材及び有機バインダーを用いて蓄熱材構造体を作製する蓄熱材構造体の製造方法であって、前記化学蓄熱材の一部を脱水反応により脱水する脱水工程と、前記脱水で水分供給される雰囲気下、前記有機バインダーを加熱分解して炭酸ガスを生成し、生成した炭酸ガスと少なくとも前記化学蓄熱材の残部とを反応させて炭酸塩を生成する塩生成工程と、生成した炭酸塩を熱分解して除去する除去工程と、を設けて構成したものである。
【0010】
第1の発明においては、化学蓄熱材が脱水反応(例えばCa(OH)2→CaO+H2O)する雰囲気中で(好ましくは脱水反応と共に)有機バインダーの加熱分解を行なって炭酸塩を生成し、反応場における炭素の除去をその炭酸塩の除去により行なう過程を設けることで、炭酸塩の生成が促進されるように、有機バインダーが加熱分解する雰囲気中に水分を存在させることができ、有機バインダーの分解で生じた炭素成分の多くを炭酸塩として固定化することが可能である。これにより、炭素成分は一時的に炭酸塩の形で捕獲された状態となるため、コーキング(炭素化)が防止される。このとき、生成される炭酸塩(例えば化学蓄熱材としてCa(OH)2を用いる場合は炭酸カルシウム)は、鉱物性の塩(例えば重質炭酸カルシウム)に比べ、結晶性が低く分解温度がより低温の炭酸塩(例えば軽質炭酸カルシウム)であるため、後に分解除去するときには、低温域で容易に除去することが可能である。したがって、炭酸塩を加熱分解する除去過程では、炭酸塩の除去性に優れている。
上記のように、雰囲気中の炭素成分を一時的に炭酸化するようにし、その後の除去工程で一挙に脱炭酸化を行なうようにすると、炭素成分の除去効率が良く、炭素含量を少なく抑えた蓄熱材構造体が得られ、蓄熱材の反応性、即ち蓄熱・放熱性(水和・脱水性)を優れたものとすることができる。しかも、低温域で分解除去を行なうので、蓄熱材のシンタリングを招くこともない。
【0011】
<2> 前記<1>に記載の蓄熱材構造体の製造方法において、有機バインダーは、前記化学蓄熱材が脱水反応が進行する温度領域に分解温度を有しており、前記脱水工程と前記塩生成工程とが同時に進行する時間帯を有している態様であるのが好適である。
【0012】
有機バインダーの分解温度を、化学蓄熱材が脱水反応する温度領域と重なるように設定することで、化学蓄熱材の脱水と同時に有機バインダーの蒸発、分解を行なうことができる。このように有機バインダーを選択したときには、脱水が起きる反応場温度が炭酸化温度と一致する、すなわち化学蓄熱材(例えばCa(OH)2)やその脱水生成物(例えばCaO)の存在下に水分が共存することになり、炭酸塩(例えばCaCO3)の生成が促進される。その結果、炭素源の多くを効率良く炭酸塩として捕らえておくことができる。すなわち、雰囲気中の炭素源が低減し、コーキング(炭素化)の抑制になる。この炭酸塩はその後の除去工程で加熱分解除去されるため、結果として、炭素含量のより少ない、ひいては蓄熱材の蓄熱・放熱反応(水和・脱水)をより向上させることができる。
【0013】
<3> 前記<1>又は前記<2>に記載の蓄熱材構造体の製造方法において、化学蓄熱材は、アルカリ土類金属の水酸化物であることが好ましい。
化学蓄熱材として、アルカリ土類金属の水酸化物を用いるので、蓄熱・放熱反応(水和・脱水)に対する材料安定性が高い。そのため、長期に亘って安定した蓄熱効果を得ることができる。
【0014】
<4> 前記<3>に記載の蓄熱材構造体の製造方法において、アルカリ土類金属がカルシウムであって、前記有機バインダーの分解温度が300℃〜400℃である態様がより好適である。
【0015】
化学蓄熱材として脱水温度が350℃〜500℃の水酸化カルシウム(Ca(OH)2)を、バインダー成分として300℃〜400℃の分解温度を持つ有機バインダーを用いるので、脱水反応する反応場と、バインダーの分解反応、換言すれば炭酸化反応と、をこれら反応温度が重なる温度領域で同時に行なわせることができる。これにより、系中の炭素源をより効率良く捕らえることができる(Ca(OH)2+CO2→CaCO3+H2O、CaO+CO2→CaCO3)。
【0016】
<5> 前記<1>〜前記<4>のいずれか1つに記載の蓄熱材構造体の製造方法において、除去工程は、減圧下又はヘリウム(He)ガス雰囲気下で熱分解を行なう態様が好ましい。
除去工程での炭酸塩の熱分解を減圧下又はHeガス雰囲気下で行ない、反応阻害となる分子等を排して反応性を維持するので、加熱温度をより低温にすることができ、また炭酸塩の除去性が高められる。これにより、加熱時に生じやすい蓄熱材のシンタリングを抑制しつつ、炭素含量の低減が図れる。
【0017】
<6> 前記<5>に記載の蓄熱材構造体の製造方法における除去工程は、熱分解を550℃〜800℃の温度領域で行なうことが更に好適である。
熱分解温度は低いことが望ましく、減圧下又はHeガス雰囲気に調整することにより、雰囲気中の阻害分子等による反応速度の低下も抑制され、上記範囲の低温域でも熱分解が可能である。
【0018】
また、第2の発明である蓄熱材構造体前駆組成物は、
<7> 化学蓄熱材と、該化学蓄熱材の脱水反応が進行する温度領域に分解温度を有する有機バインダーとを用いて構成したものである。
【0019】
第2の発明においては、バインダー成分として、化学蓄熱材の脱水反応が進行する温度領域に分解温度を有する有機バインダーを含む構成にすることで、これを用いて蓄熱材構造体を得るときに、第1の発明において既述したように、炭素成分の炭酸塩への生成が促され、有機バインダーから分解生成する炭素成分の多くを一時的に炭酸塩として捕らえ、コーキング(炭素化)の防止が図れる。この炭酸塩はその後の除去工程で熱分解除去しやすいため、蓄熱材構造体としたときの炭素含量が少なく抑えられ、優れた蓄熱・放熱反応(水和・脱水)が得られる。また、炭素除去のための加熱を高温域で行なう必要がなく、シンタリングを招くこともない。
【0020】
<8> 前記<7>に記載の蓄熱材構造体前駆組成物において、化学蓄熱材はアルカリ土類金属の水酸化物であることが好ましく、更には該アルカリ土類金属がカルシウムであって、有機バインダーの分解温度が300℃〜400℃である態様がより好適である。
【0021】
上記同様に、アルカリ土類金属の水酸化物を用いるので、蓄熱・放熱反応に対する材料安定性が高い。そのため、長期に亘って安定した蓄熱効果を得ることができる。また、化学蓄熱材及びバインダー成分として、脱水温度が350℃〜500℃のCa(OH)と分解温度が300℃〜400℃の有機バインダーとを用いるので、脱水反応する反応場と炭酸化反応(バインダー分解反応)とをこれら反応温度が重なる温度領域で同時に行なわせることが可能である。これにより、有機バインダーからの炭素源は、一旦炭酸塩として捕獲しておくことが可能で、炭素含量がより低減された蓄熱材構造体の作製が可能である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、炭素含量が少なく、化学蓄熱材の蓄熱・放熱性に優れた蓄熱材構造体を作製することができる蓄熱材構造体の製造方法、及び炭素含量を少なく抑え、高い蓄熱・放熱性を有する蓄熱材を提供できる蓄熱材構造体前駆組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1における脱水、炭酸化、脱炭酸化等の各処理を順次施したときの重量変化の結果を示すグラフである。
【図2】比較例として脱水、炭酸化、脱炭酸化等の各処理を順次施したときの重量変化の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の蓄熱材構造体の製造方法について詳細に説明し、該説明を通じて本発明の蓄熱材構造体前駆組成物についても詳述する。
【0025】
本発明の蓄熱材構造体の製造方法は、少なくとも化学蓄熱材及び有機バインダーを用いて蓄熱材構造体を作製する方法であり、化学蓄熱材の一部を脱水反応により脱水する脱水工程と、前記脱水で水分供給される雰囲気下、有機バインダーを加熱分解して炭酸ガスを生成し、生成した炭酸ガスと前記化学蓄熱材の残部とを反応させて炭酸塩を生成する塩生成工程と、生成した炭酸塩を熱分解して除去する除去工程と、を設けて構成されている。本発明の蓄熱材構造体の製造方法は、必要に応じて、さらに他の工程を有して構成されてもよい。
【0026】
本発明においては、化学蓄熱材の脱水反応を行なった雰囲気中で有機バインダーを加熱分解し、好ましくは脱水反応と有機バインダーの加熱分解とが同時に進行する時間帯を設けるようにすることで、化学蓄熱材の脱水反応で生じた水分(水蒸気)が存在する雰囲気が形成され、この雰囲気中に化学蓄熱材と有機バインダーからの炭素成分とを共存させると、炭素成分と化学蓄熱材の反応が促され、炭素成分の多くを炭酸塩として捕らえることができる。例えば、化学蓄熱材としてCa(OH)を含む場合、Ca(OH)の脱水反応では、下記(i)のように水と共にCaOが生成する。そして、同時に有機バインダーが蒸発、分解することにより、雰囲気中にCOが発生する。生成されたCOは、雰囲気中に共存するCa(OH)と下記(ii)の反応を起こすが、水分の存在下ではより加速的に進行し、炭酸塩の生成性が向上する。また、脱水生成されたCaOもCOと反応してCaCOを生成する。
(i)Ca(OH) → CaO + H
(ii)Ca(OH) + CO → CaCO+ H
(iii)CaO + CO → CaCO
これは、Ca(OH)の脱水反応が進む反応場で蒸発、分解する有機バインダーを選定することにより、上記(ii)、(iii)の炭酸化反応を進ませることができる。このとき、脱水が起きる反応場温度が炭酸化温度と重なる温度領域がある状態になっている。
従来のように例えば反応場より低温で分解する有機バインダーを用いた場合、昇温過程において、その初期には有機バインダーが蒸散、分解するが、この段階では、水蒸気、温度不足のために炭酸塩の生成性は低くコーキングしてしまい、灰色〜黒色の着色が発生する。この段階でのコーキングは、粒子間の相間強度を著しく低下させ、化学蓄熱材の崩壊の要因となると共に、表面の撥水性が増すことで水和反応の低下を招く等、蓄熱材としての機能を低下させる。
以上のようにして、コーキングが抑えられ、蓄熱・放熱性の維持、向上が図られる。
【0027】
更に、炭素成分を炭酸塩として捕らえた後には、炭酸塩を熱分解し除去する。一般に結晶性の炭酸塩の脱炭酸化温度は高く、例えばCaCOでは脱炭酸化温度は950℃以上になる。これに対し、本発明においては上記のように(i)及び(ii)の反応を起こすことにより、連続的に脱炭酸化しようとした場合、その温度を600℃〜700℃程度の低温域とすることができる。このように低温化が可能であるので、蓄熱材の耐熱温度の点(構造材、製造プロセス)の制約や、蓄熱材のシンタリングの温度限界などの自由度を向上することが可能である。
【0028】
−脱水工程−
本発明における脱水工程は、化学蓄熱材の一部を脱水反応により脱水する。脱水反応は、化学蓄熱材の種類に応じて加熱温度を選択することにより行なえる。
【0029】
化学蓄熱材は、化学反応を利用して熱の吸収、放出を行なうことのできる物質であり、その性状は粉状、粒状等のいずれであってもよいが、蓄熱、放熱のしやすさの点で粉状であるのが好ましい。化学蓄熱材が粉状であるとは、粒子を含む粉末の状態をいう。
【0030】
化学蓄熱材としては、例えば、水酸化カルシウム(Ca(OH))、水酸化マグネシウム(Mg(OH))、水酸化バリウム(Ba(OH))及びその水和物(Ba(OH)・HO)などのアルカリ土類金属の無機水酸化物や、水酸化リチウム一水和物(LiOH・HO)などのアルカリ金属の無機水酸化物、酸化アルミニウム三水和物(Al・3HO)などの無機酸化物水和物、MgAl(OH)OHなどの層状複水酸化物などを挙げることができる。
中でも、脱水反応に伴なって吸熱し、水和反応に伴なって放熱する水和反応性蓄熱材を好適に使用することができ、中でも蓄熱・放熱反応(水和・脱水)に対する材料安定性に優れる点で、アルカリ土類金属の水酸化物が好ましい。アルカリ土類金属の中では、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)等が好適である。化学蓄熱材としては、特に水酸化カルシウム(Ca(OH)2)が好ましい。
【0031】
粉状の化学蓄熱材の平均粒径としては、平均一次粒子径で50μm以下が好ましい。成形体内部に存在している化学蓄熱材の平均一次粒子径が50μm以下であると、粘土鉱物との反応が起きやすく反応生成物が得られやすいため、より強固な多孔構造が得られる。中でも、平均一次粒子径は、30μm以下がより好ましく、10μm以下が更に好ましい。また、平均一次粒子径の下限は、0.1μmが望ましい。
なお、平均一次粒子径は、レーザー回折・散乱粒度分布計SALD−2000A〔(株)島津製作所製〕を用いて、レーザー回折散乱法により測定される値である。
【0032】
化学蓄熱材の蓄熱と放熱について、Ca(OH)を例に説明する。
化学蓄熱材であるCa(OH)は、脱水に伴なって蓄熱(吸熱)し、水和(水酸化カルシウムへの復原)に伴なって放熱(発熱)する。すなわち、Ca(OH)は、以下に示す反応により蓄熱、放熱を可逆的に繰り返することができる。
Ca(OH) ⇔ CaO + H
またこれに、蓄熱量、発熱量Qを併せて示すと、以下のように示される。
Ca(OH) + Q → CaO + H
CaO + HO → Ca(OH) + Q
【0033】
脱水工程での脱水温度は、用いる化学蓄熱材の脱水温度、あるいは後述する有機バインダーの分解温度などに依存し、場合に応じて、脱水反応場を加熱等することにより温度を調節することができる。脱水温度としては、300℃〜500℃程度の温度域であるのが望ましく、例えば、化学蓄熱材がCa(OH)では、脱水温度は350℃〜500℃が好ましく、Mg(OH)では、脱水温度は100℃〜350℃が好ましい。
【0034】
−塩生成工程−
本発明における塩生成工程は、前記脱水工程での脱水で水分供給される雰囲気下、有機バインダーを加熱分解して炭酸ガスを生成し、生成した炭酸ガスと少なくとも前記脱水後の化学蓄熱材の残部とを反応させて炭酸塩を生成する。
【0035】
「脱水で水分供給される雰囲気下」とは、化学蓄熱材の脱水反応が進行し、脱水生成した水分が存在する雰囲気中をさす。雰囲気としては、有機バインダーからの炭素成分と化学蓄熱材との反応による炭酸塩の生成促進の観点から必要とされる水分を含む雰囲気であるのが望ましい。
また、脱水で水分供給される雰囲気下で有機バインダーを加熱分解することは、脱水させて水分を存在させた後にその雰囲気中で有機バインダーを加熱分解することのほか、脱水と加熱分解とを同時に行なわせることが含まれる。
【0036】
脱水後の雰囲気中の水分量は、ガス質量に対して数%以上の範囲が好ましい。水分量を上記範囲にすることで、炭酸塩の生成性に優れる。
【0037】
有機バインダーは、蓄熱材構造体の作製にあたって構造体成形性の付与(結着成分)や結晶制御、多孔化など種々の目的で含まれるものである。有機バインダーとしては、例えば、変性又は未変性の各種ポリビニルアルコール(PVA)、カルボキシメチルセルロース等のセルロース系樹脂、水性ウレタン等のウレタン樹脂、デンプンなどの樹脂成分や、ジエチレングリコール(DEG)、エタノールなどの溶剤成分、等を好適に用いることができる。
【0038】
前記有機バインダーの加熱分解温度は、化学蓄熱材の脱水を有機バインダーの分解が起きる温度域で進行させる観点から、化学蓄熱材の脱水反応が進行する温度領域と重なる範囲が好ましく、300℃〜500℃程度の温度域であるのが望ましい。前記有機バインダーのうち、PVAの分解温度は、300℃〜400℃であるため、本工程は300〜400℃の温度領域で行なうのが好ましい。また、カルボキシメチルセルロースの分解温度は350℃〜450℃であり、ウレタンの分解温度は200℃〜450℃である。よって、本工程は、それぞれの温度領域にて行なうのが好ましい。
【0039】
中でも、好ましい態様として、(1)化学蓄熱材としてCa(OH)(脱水温度=350〜500℃)を、有機バインダーとしてPVA(分解温度=300〜400℃)を用いて構成される形態、(2)化学蓄熱材としてCa(OH)(脱水温度=300〜500℃)を、有機バインダーとしてポリビニルアルコール(分解温度=300〜400℃;PVA)を用いて構成される形態、等が挙げられる。
【0040】
例えば、前記好ましい態様(1)の場合、前記脱水工程での脱水温度を350〜400℃とすることにより、塩生成工程も同時に進行し、炭酸塩の生成性を高めることができる。すなわち、塩生成工程での分解温度は、350〜400℃が好ましい。
【0041】
化学蓄熱材と有機バインダーとの存在比(蓄熱材/有機バインダー)については、特に制限はないが、炭酸塩の生成性の観点から、5/100〜1/100の範囲が好ましく、1/100〜2/100の範囲がより好ましい。
【0042】
[蓄熱材構造体前駆組成物]
本発明においては、化学蓄熱材及び有機バインダーを用いて蓄熱材構造体を作製する場合に、特に、化学蓄熱材と、該化学蓄熱材の脱水反応が進行する温度領域に分解温度を有する有機バインダーとを含む蓄熱材構造体前駆組成物を用いることにより、前記工程に則した炭酸塩の生成が可能である。
なお、化学蓄熱材及び有機バインダーの詳細については、既述の通りであり、好ましい態様も同様である。本発明の蓄熱材構造体前駆組成物において、化学蓄熱材についてはアルカリ土類金属の水酸化物が好ましく、更には、化学蓄熱材としてCa(OH)を、バインダー成分として分解温度が300℃〜400℃の有機バインダー(特にPVA)を含む場合が好適である。
【0043】
蓄熱材構造体前駆組成物において、化学蓄熱材の該前駆組成物中における含有比率は、体積比率で組成物全体に対して20〜85体積%が好ましく、60〜80体積%がより好ましい。また、質量比率では、組成物全質量に対して60〜90質量%が好ましく、70〜90質量%がより好ましい。化学蓄熱材の含有量は、20体積%以上又は60質量%以上であると、吸発熱量を高く保つことができ、85体積%以下又は90質量%以下であると、構造強度のより高い成形体が得られる。
【0044】
また、有機バインダーの蓄熱材構造体前駆組成物中における含有比率は、該前駆組成物の全質量に対して、1〜5質量%が好ましく、1〜2質量%がより好ましい。有機バインダーの含有比率は、1質量%以上であると、構造体成形性の付与(結着成分)や結晶制御、多孔化など、種々の目的に有効であり、また5質量%以下であると、塩生成工程での有機バインダーの加熱分解をより良好に進行させることができる。
【0045】
また、蓄熱材構造体前駆組成物は、化学蓄熱材及び有機バインダーのほか、必要に応じて、他の成分を更に含む態様であってもよい。
【0046】
本発明の蓄熱材構造体前駆組成物は、少なくとも(好ましくは粉状の)化学蓄熱材と有機バインダーとを混合することによって作製することができる。
【0047】
−除去工程−
本発明における除去工程は、前記塩生成工程で生成した炭酸塩を熱分解して除去する。上記したように炭素成分を一時的に炭酸塩にする時間帯を設けておき、その後の本工程において、炭酸塩を一挙に熱分解させて除去することで、蓄熱材中の炭素含量を著しく低く抑えることが可能である。
【0048】
炭酸塩の熱分解は、一般には熱分解を完全を期して行なうには850℃以上の高温とする必要性があるが、本発明においては、従来より低温域で炭酸塩の熱分解を行なわせることができる。具体的には、炭酸塩の熱分解は、550℃〜800℃の温度領域で好適に行なえる。より好ましくは、600℃〜700℃の温度領域である。この熱分解温度は、550℃以上であることにより炭酸塩(例えばCaCO3)を高い割合で分解してCaOへ改質することが可能であり、800℃以下であることにより蓄熱材のシンタリングを防止できる。
【0049】
炭酸塩の熱分解性は、その雰囲気を減圧するか、あるいは水素ガス、ヘリウム(He)ガス、ネオン(Ne)ガス、アルゴン(Ar)ガスなどの軽分子量ガス雰囲気に置換等して行なうことにより高めることができ、熱分解の低温化が図れる。減圧あるいは軽分子量ガス雰囲気で行なうので、雰囲気中の阻害分子による反応速度の低下が抑制される等、炭酸塩からの分解生成物の生成が起きやすい。
熱分解の安全性、熱分解の進行のしやすさ等の観点から、特に減圧下又はHeガス雰囲気下で熱分解を行なうことが好ましい。
【0050】
また、雰囲気を減圧する場合、減圧状態としては、0.5KPa以下の範囲が好ましく、更には0.1KPa以下の範囲がより好ましい。Heガス雰囲気中には、低温下に支障を来さない範囲で、他の元素が存在していてもよい。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
(実施例1)
ミクロ熱重量測定装置TGA−50((株)島津製作所製)を用い、以下に示す手順にしたがって、図1に示されるように脱水、炭酸塩の生成及び除去等の処理を行ない、蓄熱材構造体の作製を試みた。なお、図1は、測定装置TGA−50により得られるグラフである。
【0053】
−1.混合−
まず、化学蓄熱材として水酸化カルシウム(Ca(OH))の白色粉末(JIS R9001 等級:特号)を用意し、この白色粉末に、有機バインダーとしてジエチレングリコール(DEG;分解温度=245〜250℃)とポリビニルアルコール(分解温度=300〜400℃)とを、それぞれの混合量が全体量(質量)に対して1〜2%程度となるように加え、混合することにより、蓄熱材構造体を作製するための前駆組成物を調製した。
【0054】
−2.吸着水の除去−
次いで、得られた前駆組成物を窒素ガス及びヘリウムガスの混合ガスで置換した室内に入れ、まず初めに図1中の(a)に示されるように、300℃で10分間の加熱を行なうことにより、吸着水の除去処理を施した。このとき、除去処理後の前駆組成物の重量[mg]を測定した。なお、図1では、加熱を開始する前の前駆組成物の重量を0(ゼロ)として規格化し、その後の重量変化を示した。
【0055】
−3.脱水・炭酸化(塩生成)−
次いで、図1中の(b)のように、除去処理後の前駆組成物に対して500℃で90分間、加熱処理を行なう時間帯を設けることにより、前駆組成物中のCa(OH)を脱水すると共に、DEG及びPVAを蒸発、分解させた。このとき、反応場の雰囲気はCa(OH)から脱水した水分が存在する状況にあり、Ca(OH)の脱水反応と同時にPVA等の蒸発、分解反応が進行している。
この過程において、脱水反応(Ca(OH)→CaO+HO)で脱水生成したCaOと未脱水のCa(OH)とが水分と共存し、下記式のように炭酸カルシウム(CaCO;炭酸Caともいう。)の生成が促進される。このように、雰囲気中の炭素成分は炭酸Caとして捕らえられる。
Ca(OH) + CO → CaCO + H
CaO + CO → CaCO
【0056】
−4.脱炭酸化−
その後、さらに温度を600℃に高めて90分間、図1の(c)のように継続して加熱する時間帯を設けることにより、雰囲気中に生成されている炭酸Caを分解し、脱炭酸を施した(CaCO→CaO+CO)。このとき、図1の時間帯(c)では、重量が急激に減少しており、時間帯(c)において重量比率が30%低下し、加熱終了時点(脱炭酸化処理の終了時点)で全体の14%にまで減少した。これは、時間帯(b)、(c)において、有機バインダーが蒸発、分解され、さらに炭酸Caが急激に分解されて除かれたためと考えられる。
【0057】
その後、雰囲気温度を200℃に下げ、200℃で30分間保持した(水和工程)。その後、加熱して500℃で15分間保持(脱水工程;図1の時間帯(d))した後、再び降温し、200℃に保った。
【0058】
最後に脱炭酸(炭酸Caの除去)の度合を確認するため、200℃で30分保たれた状態から、図1に示されるように1000℃まで加熱し、図1の(e)のように1000℃で10分間保持することにより、炭酸Caが完全に分解除去されるように高温処理を施した。
【0059】
一般に1000℃の高温で熱処理した場合、残存の炭酸カルシウムは分解・除去されるために重量変化がみられるところ、高温処理を施しても、図1の(e)に示されるように重量の更なる低下は認められず、脱炭酸化処理の終了時点の重量から変化はなかった。つまり、図1の時間帯(c)での脱炭酸化する処理によって、雰囲気中に存在する炭酸塩はほぼ完全に除去されたことが確認された。
以上により、炭素含量が低く、蓄熱・放熱反応性に優れた蓄熱材構造体が得られた。
【0060】
(比較例1)
実施例1において、前駆組成物を調製する際に有機バインダーとして用いたPVAを、酢酸ビニル(分解温度=70〜85℃)に代えたこと以外は、実施例1と同様にして、前駆組成物を調製し、さらに同様の手順にて炭酸化、脱炭酸化等の処理を行なった。
各処理の温度変化に基づいて測定装置TGA−50により得られる重量の経時変化を図2に示す。
【0061】
図2に示されるように、図1と同じような波形を示しているものの、図1の時間帯(d)後に同様に1000℃での高温処理を行なったところ、図2の(e')に示されるように、重量に更なる低下が認められた。すなわち、図1の時間帯(c)と同様に脱炭酸化する処理を終了したにも関わらず、この脱炭酸化処理によって、雰囲気中に存在する炭酸塩を充分に除去することができず、炭酸Caの未除去分の存在が認められた。
以上のように、化学蓄熱材から脱水生成した水分が存在する雰囲気下で有機バインダーの蒸発、分解が行なえない組成系では、炭酸塩の除去効率が悪く、結果として、炭素含量が少なく蓄熱・放熱性に優れた蓄熱材構造体は得られなかった。
【0062】
また、上記で用いたポリ酢酸ビニルに代えてプロピオン酸ビニル、カプリル酸ビニルを用いた場合にも、上記比較例1と同様に炭酸塩の除去効率が悪く、結果として、炭素含量が少なく蓄熱・放熱性に優れた蓄熱材構造体は得られなかった。
【0063】
上記実施例では、化学蓄熱材としてCa(OH)を、有機バインダーとしてPVAとDEGを用いた場合を中心に説明したが、化学蓄熱材にMg(OH)等の上記他の化学蓄熱材を用いた場合、及び有機バインダーにPVA、DEG以外の上記他の有機バインダーを用いた場合にも、脱水で水分供給される雰囲気中で有機バインダーの蒸発、分解、炭酸塩の生成を行なう組成系では、同様の効果を奏することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学蓄熱材及び有機バインダーを用いて蓄熱材構造体を作製する蓄熱材構造体の製造方法であって、
前記化学蓄熱材の一部を脱水反応により脱水する脱水工程と、
前記脱水で水分供給される雰囲気下、前記有機バインダーを加熱分解して炭酸ガスを生成し、生成した炭酸ガスと少なくとも前記化学蓄熱材の残部とを反応させて炭酸塩を生成する塩生成工程と、
生成した炭酸塩を熱分解して除去する除去工程と、
を含む蓄熱材構造体の製造方法。
【請求項2】
前記有機バインダーは、前記化学蓄熱材の脱水反応が進行する温度領域に分解温度を有しており、前記脱水工程と前記塩生成工程とが同時に進行する時間帯を有する請求項1に記載の蓄熱材構造体の製造方法。
【請求項3】
前記化学蓄熱材は、アルカリ土類金属の水酸化物である請求項1又は請求項2に記載の蓄熱材構造体の製造方法。
【請求項4】
前記アルカリ土類金属がカルシウムであって、前記有機バインダーの分解温度が300℃〜400℃である請求項3に記載の蓄熱材構造体の製造方法。
【請求項5】
前記除去工程は、減圧下又はヘリウムガス雰囲気下で前記熱分解を行なう請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の蓄熱材構造体の製造方法。
【請求項6】
前記除去工程は、前記熱分解を550℃〜800℃の温度領域で行なう請求項5に記載の蓄熱材構造体の製造方法。
【請求項7】
化学蓄熱材と、該化学蓄熱材の脱水反応が進行する温度領域に分解温度を有する有機バインダーとを含む蓄熱材構造体前駆組成物。
【請求項8】
前記化学蓄熱材は、アルカリ土類金属の水酸化物である請求項7に記載の蓄熱材構造体前駆組成物。
【請求項9】
前記アルカリ土類金属がカルシウムであって、前記有機バインダーの分解温度が300℃〜400℃である請求項8に記載の蓄熱材構造体前駆組成物。

【図1】
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【図2】
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