説明

薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法

【課題】書込素子から発生する磁束の立ち上がり特性を精度よく評価する。
【解決手段】薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法は、書込素子へのプリ・コンペンセイション処理をおこなわずに、記録媒体に磁気情報を記録し、非線形ビットシフトを測定する第1の測定ステップと、第1の測定ステップと異なる書込タイミングで、記録媒体に磁気情報を記録し、非線形ビットシフトを測定する第2の測定ステップと、測定された各非線形ビットシフトから、書込素子で発生する磁束の、記録媒体のビット長方向に対する傾きを求めるステップとを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法に関し、特に、書込素子で発生する磁束の立ち上がり特性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスク装置の面記録密度は、近年ますます増加しており、これに伴い、より高速度での記録が求められている。そのためには、回転する記録媒体の各ビットに対して、所定のタイミングで所定の磁束を正確に印加することが必要である。磁束は書込素子の磁極先端部から記録媒体に向けて放出されるが、磁束の成長は、書込素子への書込電流の印加に対して多少の時間遅れを伴う。このため、磁束の立ち上がり特性を改善することが重要であり、その前提として、磁束の立ち上がり特性を正確に評価することが必要となる。
【0003】
従来から、書込素子から発生する磁束の特性を評価する方法が多数開示されている。たとえば、特許文献1には、カー(Kerr)効果を用いる方法が開示されている。書込素子からの磁束によって磁化された磁性膜に直線偏光されたレーザー光を照射すると、その反射光の偏光面は、カー効果により、磁化の強さに応じて入射光の偏光面に対して回転する。この回転角を検出することによって、磁性膜に与えられた磁界の大きさを測定することができる。
【0004】
特許文献2には、MFM(磁気力顕微鏡)を用いる方法が開示されている。この技術によれば、まず、記録ヘッドを用いて信号を記録媒体に記録する。次に、記録された信号のパターンを、MFMを用いて再生する。次に、再生されたパターンについてトラック幅を測定する。MFMを用いることによって、磁気情報を視覚化することができる。
【特許文献1】特開平8−54452号公報
【特許文献2】特開2002−269708号公報
【特許文献3】特開2000−285423号公報
【特許文献4】特開平10−269508号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
カー効果を用いる方法は、磁性膜(記録媒体)の磁化特性を動的に測定することができるが、高価であり、また、近年の薄膜磁気ヘッドにおける書込電流の低下に伴い、解像度が不足する傾向にある。MFMを用いる方法はMFMの解像度の制約によって、すでに現実的とはいえなくなっている。
【0006】
本発明は、以上の状況に鑑みて、薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法を提供することを目的とする。本発明は、特に、書込素子から発生する磁束の立ち上がり特性を精度よく評価することのできる、簡便な手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施態様によれば、薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法は、書込素子へのプリ・コンペンセイション処理をおこなわずに、記録媒体に磁気情報を記録し、非線形ビットシフトを測定する第1の測定ステップと、第1の測定ステップと異なる書込タイミングで、記録媒体に磁気情報を記録し、非線形ビットシフトを測定する第2の測定ステップと、測定された各非線形ビットシフトから、書込素子で発生する磁束の、記録媒体のビット長方向に対する傾きを求めるステップとを有している。
【0008】
書込素子から発生する磁束の立ち上がり特性においては、磁束の勾配の大きさが重要である。磁束の勾配は非線形ビットシフトに依存しているため、非線形ビットシフトを測定することによって磁束の勾配を評価することができる。プリ・コンペンセイション処理をおこなわない場合と、おこなう場合の両ケースで非線形ビットシフトを測定すると、簡易な計算式で書込素子から発生する磁束の勾配の大きさを算出することができる。このため、本実施態様によれば、磁束の勾配の大きさを定量的に比較することができる。
【0009】
本発明の他の実施態様によれば、第1の測定ステップと、第2の測定ステップと、傾きを求めるステップとを、書込素子に印加する記録電流の大きさを変えて複数回おこない、記録電流に対する磁束の傾きの関係を求めることを含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明によれば書込素子から発生する磁束の勾配の大きさを簡便な方法で精度よく評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明は、従来から用いられているスピンスタンドを用いて実施することができる。図1は、本実施形態で使用するスピンスタンドの一例を示す。スピンスタンド1は、装置の支持台としてのべース2を備えている。磁気ディスクである記録媒体3は、ベース2に設けられたスピンドルモータ(図示せず)によって、任意の回転数で回転させられる。スピンスタンド1はまた、記録媒体3に磁気情報を記録・再生する薄膜磁気ヘッド4を備えている。薄膜磁気ヘッド4はキャリッジ5に支持され、キャリッジ5を搭載する回転ステージ6が回転することによって、記録媒体3を、あらかじめ決められた測定用トラックTの幅を横切る方向に走査する。回転ステージ6は、平行移動するリニアステージ7に搭載されており、記録媒体3の回転中心とキャリッジ5の回転中心との距離を変更することができる。薄膜磁気ヘッド4には、結果を表示するディスプレー、メモリー、CPU等を搭載した処理装置9が接続している。さらに、図示しないが、薄膜磁気ヘッド4を記録媒体3上からロード、アンロードするロードアンロード機構が備えられている。なお、スピンスタンド自体は一般的なDPテストが可能なテスターであれば特に制約はないが、後述する非線形ビットシフト(NLTS:Non-linear Transition Shift)が測定可能なタイプであることが望ましい。
【0012】
ここで、図2を参照して、NLTSについて説明する。図2は、記録媒体3の測定用トラックTに、ダイビットパターンに対応する磁気情報が記録される状況を示している。ダイビットパターンとは、一対の連続する同一符号のビット(たとえば、1と1)が他のビット(0)の間に間歇的に現れる波形をいう。書込電流に対応する書込データ信号は、ダイビットパターンを有している。ダイビットパターンを印加すると、1ビット分だけ周囲のビットと向きの異なる(反対方向となる)書込電流パターンおよび磁界パターンが得られる。
【0013】
今、図2に示すように、記録媒体3が、移動方向12に移動しながら、測定用トラックTの円周方向に記録ビット11a,11b,11c,11d,・・が形成される場合を考える。記録ビット11a,11bは左側に磁化されている(磁化方向15a,15b)。書込素子の磁極先端部(図示せず)は、ダイビットパターンに対応する記録ビット11cにあり、書込素子の磁極先端部には磁束バブル13が発生し、磁束バブル13による磁界(以下、ヘッド磁界Hhという。)が生じている。記録ビット11cがダイビットパターンとなるように、ヘッド磁界Hhの向きは、記録ビット11cを右側に磁化するよう、右向きとなっている。また、記録ビット11bは、一種の磁界発生源として作用し、記録ビット11cの近傍には、記録ビット11bからの磁界(以下、隣接ビットの反磁界Hdという。)が生じている。隣接ビットの反磁界Hdは、記録ビット11cの近傍では右側を向いている。
【0014】
このように、記録ビット11cの近傍には、ヘッド磁界Hhと隣接ビットの反磁界Hdの両者を合わせた磁界が存在している。このため、磁化転移は、記録媒体3が、記録媒体3の保磁力Hcと等しい磁界を受けた位置、すなわち、隣接ビットの反磁界Hdとヘッド磁界Hhとの合計が保磁力Hcと等しくなった位置で発生する。ヘッド磁界Hhと隣接ビットの反磁界Hdはともに右向きの磁界であるため、記録ビット11cは、ヘッド磁界Hhから受ける磁界よりも大きな右向きの磁界を受けている。このため、実際の磁化転移点(この点を磁化転移位置x2という。)は、本来の磁化転移点(以下、正常転移位置x1という。)よりも記録媒体3の移動方向12に対して前方、すなわち図中左側にずれる。換言すれば、磁化転移は、隣接ビットの反磁界Hdの値d2が、ヘッド磁界Hhの保磁力Hcからの不足分d1と一致した位置(あるいは、不足分d1を補う位置)で生じる。そして、正常転移位置x1と磁化転移位置x2とのずれ(距離)をNLTSという。
【0015】
以上の説明を前提として、以下、本発明の薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法の具体的な手順を詳細に説明する。
【0016】
(ステップ1)薄膜磁気ヘッドへのプリ・コンペンセイション処理をおこなわず、所定の書込電流Iwで記録媒体3に磁気情報を記録し、NLTSを測定する(第1の測定ステップ)。ここで、プリ・コンペンセイション(Pre Compensation)処理とは、磁化転移位置x2が正常転移位置x1と一致するように書込電流の印加タイミングをずらす処理をいう。すなわち、図3を参照すると、書込電流の印加タイミングを遅らせると、磁束バブルの発生、成長もその分遅れるため、ヘッド磁界Hhpのように、書込素子から記録媒体3に印加される磁束の印加位置を、記録媒体3のビット長方向14にずらすことができる。ビット長方向14への磁束の印加位置を適切に設定すると、隣接ビットの反磁界Hdとヘッド磁界Hhpとの和が、正常転移位置x1でちょうど保磁力Hcとなる。すなわち、図3において、正常転移位置x1で値d1pと値d2pが等しくなる。
【0017】
本ステップでは、このプリ・コンペンセイション処理をおこなわずに、NLTSを求める。図4は、図3の楕円形で囲んだ領域の部分詳細図を示す。この状態におけるNLTSをNLTS1とすると、図中、Hd(x2)=Bであることを用いて、
NLTS1=x1−x2=B/a=Hd(x2)/a・・(1)
によって与えられる。ここで、Hd(x2)は、位置x2における隣接ビットの反磁界Hdの大きさを、aは、前述したヘッド磁界Hhの勾配を示す。
【0018】
(ステップ2)次に、ステップ1と同一の書込電流Iwで、第1の測定ステップから書込素子の磁束の印加タイミングをずらして、記録媒体に磁気情報を記録し、NLTSを測定する(第2の測定ステップ)。印加タイミングのずれは、図4の距離dに相当する時間である。この状態におけるNLTSをNLTS2とすると、
NLTS2=x1’−x2’=Hd(x2’)/a・・(2)
となる。ここで、Hd(x2’)は、位置x2’における隣接ビットの反磁界Hdの大きさを示す。また、ヘッド磁界Hh,Hhpの勾配はほぼ直線状であるため、ヘッド磁界Hhpについても同じ勾配aを用いることができる。
【0019】
(ステップ3)次に、測定された各非線形ビットシフトNLTS1,NLTS2から、磁束のビット長方向14に対する傾きを求める。具体的には、式(1),(2)より、
NLTS1−NLTS2=(x1−x2)−(x1’−x2’)
=(Hd(x2))−Hd(x2’))/a・・(3)
となる。ここで、Hd(x2)とHd(x2’)はあらかじめ定めておくことができるので、結局、NLTS1とNLTS2が分かれば、ヘッド磁界Hhの勾配aを求めることができる。
【0020】
さらに、書込電流Iwを変動させながら以上のステップ1〜3を繰り返すと、書込電流Iwに対するヘッド磁界Hhの勾配aの関係が得られる。また、このステップを異なる磁気ヘッドについておこなうと、各ヘッドのヘッド磁界Hhの勾配aを比較することができる。勾配aは、書込素子から発生する磁束の立ち上がり特性に直接関連するパラメータであり、大きいほど立ち上がり特性が良好である。薄膜磁気ヘッドにはヘッドごとに決められた書込電流しか流さないが、本発明によれば、ヘッド毎の最適な書込電流を検討することにも役立つ。
【0021】
なお、記録パターンの影響をより低減させるためには、測定ステップの前に、記録媒体にACイレーズをおこなうことが望ましい。イレーズの方法としては、DCイレーズも考えられるが、+方向にDCイレーズした場合と、−方向にDCイレーズした場合とでは、記録媒体の磁化パターンが逆になり、NLTSが記録媒体毎に異なってくる。ACイレーズでは、記録媒体が全体として均一な磁化状態におかれるため、記録媒体の磁化パターンの影響を受けにくくなる。
【0022】
本発明は、記録媒体が高速で回転する場合および書込電流が高周波である場合に、特に有効である。すなわち、上述のように、通常、磁界の勾配aは、時間とともに増大していくが、これらの場合には、磁束バブルが成長するより早く、記録媒体が移動し、あるいは書込動作が終了してしまう。つまり、磁界勾配が増加する途中の段階で記録がおこなわれるため、記録に寄与する磁界勾配は実際の勾配より小さなものとなる。従来のカー法やMFMでは、記録媒体の磁化状態から書込素子の磁束の立ち上がり特性を逆算していたため、この現象の影響を分離または排除することはできず、測定ノイズの原因となっていた。しかし、上述のように、本実施形態によれば、NLTSから書込素子の磁束の立ち上がり特性を求めることができるため、より精度の高い測定が可能となる。
【0023】
なお、この特性評価方法では、書込ドライバの電流上昇は500psec未満であることが望ましい。また、スピンスタンドは10000rpm以上であることが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明で使用するスピンスタンドの一例を示す概念図である。
【図2】NLTSの概念を説明する模式図である。
【図3】本発明の薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法を説明する概念図である。
【図4】図3の楕円形で囲んだ領域の部分詳細図である。
【符号の説明】
【0025】
3 記録媒体
11a,11b,11c,11d 記録ビット
12 移動方向
13 磁束バブル
14 ビット長方向
Hc 保磁力
Hd 隣接ビットの反磁界
Hh,Hhp ヘッド磁界
Iw 書込電流
T 測定用トラック
x1 正常転移位置
x2 磁化転移位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜磁気ヘッドの書込素子の特性評価方法であって、
前記書込素子へのプリ・コンペンセイション処理をおこなわずに、記録媒体に磁気情報を記録し、非線形ビットシフトを測定する第1の測定ステップと、
前記第1の測定ステップと異なる書込タイミングで、前記記録媒体に前記磁気情報を記録し、前記非線形ビットシフトを測定する第2の測定ステップと、
測定された各非線形ビットシフトから、前記書込素子で発生する磁束の、前記記録媒体のビット長方向に対する傾きを求めるステップと、
を有する特性評価方法。
【請求項2】
前記測定ステップの前に、前記記録媒体にACイレーズをおこなうステップを有する、請求項1または2に記載の特性評価方法。
【請求項3】
前記磁気情報に対応する書込データ信号は、ダイビットパターンを有している、請求項1または2に記載の特性評価方法。
【請求項4】
前記第1の測定ステップと、前記第2の測定ステップと、前記傾きを求めるステップとを、前記書込素子に印加する記録電流の大きさを変えて複数回おこない、該記録電流に対する磁束の傾きの関係を求めることを含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の特性評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−334980(P2007−334980A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−164830(P2006−164830)
【出願日】平成18年6月14日(2006.6.14)
【出願人】(500393893)新科實業有限公司 (361)
【氏名又は名称原語表記】SAE Magnetics(H.K.)Ltd.
【住所又は居所原語表記】SAE Technology Centre, 6 Science Park East Avenue, Hong Kong Science Park, Shatin, N.T., Hong Kong
【Fターム(参考)】