説明

薬剤投与デバイスおよび薬剤投与方法

【課題】対象としての、生体実験用の小動物の極小器官内の部分に微量の薬剤を投与する新たな手法とデバイスを提供する。
【解決手段】対象に薬剤を投与する薬剤投与デバイスは、ガイドカニューラおよびその内腔に挿入する薬剤注入管を有して成り、(1)薬剤注入管は対象に投与薬剤を吐出する排出口を有する遠位端部を有し、排出口が対象に隣接するようにガイドカニューラの内腔に挿入され、(2)ガイドカニューラは、対象に向かって器官内に殖入され、その内腔に沿って薬剤注入管を案内してガイドカニューラの遠位端部から薬剤注入管が突出することを許容すると共に、薬剤注入管を支持し、ガイドカニューラの殖入深さが、ガイドカニューラが殖入状態で器官に固定され、且つ、薬剤注入管の挿入深さに対して十分小さくなるように、ガイドカニューラおよび薬剤注入管は構成され、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入による対象の力学的損傷を最小限とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の器官または組織(以後、これらの総称として「器官」なる用語を用いる)、特に小動物の極小の器官(例えば脳)の一部分(本明細書では、このような一部分を「対象」と呼び、具体的には「核」、「帯」、「層」等と呼ばれる部分を例示できる)に、微量の薬剤を投与するために用いる薬剤投与デバイス、およびそのような対象に薬剤を投与する方法に関する。
【0002】
尚、本発明における、上述のような対象の例を示すものとして、図5にラットの脳の断面図矢状断を示す。この図において、実線および/または破線で囲まれた最小単位の部分が本発明における対象に対応する。これにより、当業者であれば、本発明における「対象」の意味を容易に理解できる。後述するように、対象の例として参照する視床下部弓状核を図5にて斜線および矢印にて示す。
【背景技術】
【0003】
従来、ラット等の小動物の脳のような極小の器官内の対象への薬剤の投与操作は、遠位端部として極細形状を有する薬剤注入管を用いて実施され、薬剤はそのような極細形状の遠位端部に位置する排出口から対象に吐出される。
【0004】
そのような投与操作は、図1に示す極小注入用インジェクター(「マイクロインジェクター」とも呼ばれる)10を用いて、具体的には以下のようにして実施される:
【0005】
(1)ガイドカニューラ12および薬剤注入管14により構成される極小注入用インジェクター10を準備する。
【0006】
(2)予め、薬剤注入管14の器官内への挿入をガイドするためのガイドカニューラ12を脳に挿入して、ガイドカニューラの遠位端部16を薬剤投与の対象(例えば視床下部弓状核)の近傍に位置させて殖入する。例えば、図3aに示すように、対象としてのラットの視床下部弓状核18内に薬剤を投与する場合、通常、頭頂部に位置する脳表面(または硬膜)20から8mm程度の殖入深さでガイドカニューラ12を殖入する。
【0007】
(3)殖入後、殖入に際して傷ついた器官内の部分を回復させることを目的として、少なくとも5日、例えば1週間程度そのままの状態で放置する。
【0008】
(4)その後、図3bに示すように、ガイドカニューラ12の内腔に沿って、薬剤投与の24時間前に薬剤注入管14を挿入し、その遠位端部22がガイドカニューラの遠位端部16から突出して対象18に接するようにする。このように挿入する場合、市販されている極小注入用インジェクターでは、例えばラットのような小動物の脳等の微小器官に薬剤を投与する場合には、薬剤注入管の遠位端部22がガイドカニューラの遠位端部16から1mm突出する(従って、後述の挿入深さは約9mmとなる)ように設計されている。尚、市販のこのような極小注入用インジェクターのガイドカニューラ12の外径は0.5mmであり、薬剤注入管14の外径は0.35mmであるように設計されている。
【0009】
(5)薬剤注入管14の挿入後、薬剤注入管に注入すべき薬剤(薬液)を供給し、その遠位端部22の排出口から薬剤を吐出して対象に投与する。
【0010】
上述のように極小注入用インジェクターを用いてラットの視床下部弓状核のような対象に対して薬剤投与を実施する場合、
(a)ラットの脳へのガイドカニューラの殖入後、ラットの体重が著しく減少し、殖入後の回復期間として1週間放置しても体重回復が認められず、回復のための放置の効果が認められない;また、
(b)薬剤注入管をガイドカニューラに沿って挿入して薬剤注入管の遠位端部から薬剤を吐出する場合には、視床下部弓状核がガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入によって力学的損傷を受ける。
【0011】
上述の(a)および(b)を考慮すると、極小注入用インジェクターを用いた、極小器官の一部分、例えば視床下部弓状核への薬剤投与による、視床下部弓状核に関する生理学・薬理学的な効果を検証する実験は十分な信頼性があるとは必ずしも断言できない。
【0012】
このようなことに鑑み、極小注入用インジェクターを上述のように使用しない、視床下部弓状核に関する薬理学・生理学的な効果を検証する実験として、視床下部近傍の脳室内腔へ薬剤を投与することが行われている。この方法では、視床下部全体へ薬剤を作用させることになるため、薬剤の作用が広範囲に及び、薬剤作用を介する脳の部位を限局することが不可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Nakazato M, Murakami N, Date Y, Kojima M, Matsuo H, Kangawa K, Matsukura S.,Nature Jan 11;409(6817):194-198. 2001, A role for ghrelin in the central regulation of feeding.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従って、本発明が解決しようとする課題は、対象に薬剤を、特に微量の薬剤を投与する新たな手段を提供し、それによって、そのような対象に関する薬剤の生理学的および/または薬理学的な効果を、より大きい信頼性をもって検証することを可能ならしめることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述の従来の極小注入用インジェクターを用いてラットの視床下部弓状核に薬剤を投与する方法について検討を重ねた結果、ガイドカニューラの内腔に薬剤注入管を挿入して薬剤投与する従来の方式では、視床下部弓状核は損傷を受けて機能障害を生じることが見出された。例えば、視床下部弓状核の場合、高次脳機能(側座核)による、末梢血中のホルモンに対する反応の消失がみられる。そしてこのような機能障害の発生について更に検討を重ねた結果、以下の事項が、単独または組み合わせで障害発生の原因として考え得るとの結論に到った:
【0016】
(1)ラットの脳の寸法に対して、ガイドカニューラの外径が0.5mmと大きく、ガイドカニューラの殖入による、視床下部弓状核(その周辺の部分をも含む)に対する力学的刺激が大きく、その結果、これが損傷を受けること;
(2)ガイドカニューラの遠位端部から薬剤注入管がわずか1mmしか突出していないために、ガイドカニューラの遠位端部を視床下部弓状核またはその近傍に達するように脳の深部まで殖入せざるを得ず、その結果、ガイドカニューラによって与えられる力学的刺激は非常に大きくなり、視床下部弓状核の損傷が大きくならざるを得ないこと;
(3)薬剤注入管の外径も0.35mmと大きいことから、薬剤注入管による、視床下部弓状核に対する直接的な力学的刺激が大きく、薬剤注入管の挿入による視床下部弓状核及びその周辺の器官内の部分の損傷が大きいこと;
(4)薬剤注入管の内径が大きく、また、薬剤投与速度も大きいため、薬剤注入量が大きくなり、その結果、対象である視床下部弓状核以外のその周辺の部分まで薬剤が広範囲に注入される恐れがあること;および
(5)薬剤注入管の挿入の直後に薬剤を投与することから、薬剤注入管の挿入によるラットヘの影響が十分に緩和されていないこと。
【0017】
上記事項を考慮しながら、極小器官の対象への薬剤投与について鋭意検討を重ねた結果、以下に説明する本発明の薬剤投与デバイスに到った。
【0018】
第1の要旨において、本発明は、対象としての、実験用動物の器官の一部分に薬剤を投与する薬剤投与デバイスを提供し、このデバイスは、ガイドカニューラおよびその内腔に挿入する薬剤注入管を有して成り、
(1)薬剤注入管は対象に投与薬剤を吐出する排出口を有する遠位端部を有し、排出口が対象に隣接するようにガイドカニューラの内腔に挿入され、
(2)ガイドカニューラは、対象に向かって器官内に殖入され、その内腔に沿って薬剤注入管を案内してガイドカニューラの遠位端部から薬剤注入管が突出することを許容すると共に、薬剤注入管を支持し、
ガイドカニューラの殖入深さが、ガイドカニューラが殖入状態で器官に固定され、且つ、薬剤注入管の挿入深さに対して十分小さくなるように、ガイドカニューラおよび薬剤注入管は構成され、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入による対象の力学的損傷を最小限とすることを特徴とする。
【0019】
尚、薬剤注入管がガイドカニューラの遠位端部から突出し、また、薬剤注入管の排出口が対象に隣接するので、ガイドカニューラは、その殖入された状態では対象から離隔している。また、対象の力学的損傷とは、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入によって対象が力学的刺激を受ける結果、対象が何等かの損傷を受けることを意味する。具体的には、そのような損傷は、後述するように体重が回復しない現象、側坐核のホルモン投与、摂食行動等に対するドーパミン神経反応の消失がみられる現象等として現れる。
【0020】
本発明において、薬剤とは、対象に与える影響を評価することを意図する種々の薬を意味し、例えば単一の化合物であっても、複数の化合物の混合物であってもよい。薬剤は、薬剤注入管を用いて対象に投与できるものであり、薬剤自体が本来的に固体である場合は、それを含む溶液または分散液(または懸濁液)の形態の薬剤として用いて、本発明のデバイスを用いて投与する。
【0021】
本発明において、ガイドカニューラの「殖入深さ」とは、器官の表面からガイドカニューラの遠位端部までの距離を意味する。ここで、器官の表面は器官の最外面を意味する。例えば、脳の場合は、硬膜の外側面を意味する。また、薬剤注入管の「挿入深さ」とは、器官の表面から薬剤注入管の遠位端部(従って、対象としての器官の一部分の最外面)までの距離を意味する。
【0022】
ガイドカニューラの殖入は、器官内の対象およびその周囲の部分に損傷を与え得るため、殖入深さはより小さいこと(即ち、ガイドカニューラは対象から遠く離れて存在すること)が好ましく、他方、ガイドカニューラを殖入状態で器官に固定するには、殖入深さはより大きいことが好ましい。殖入深さに関する、このような相反する事項を考慮して検討を重ねた結果、薬剤注入管の挿入深さに対してガイドカニューラの殖入深さの割合を次のような範囲内で選択することにより、対象の力学的損傷をより適切に最小限にできることが分かった。
【0023】
本発明のデバイスにおいて、対象の力学的損傷を最小限にする好ましい態様では、ガイドカニューラの「殖入深さ」の薬剤注入管の「挿入深さ」に対する割合(即ち、殖入深さ/挿入深さ)は10%〜50%であり、より好ましくは20〜40%であり、特に好ましくは25〜30%である。
【0024】
殖入深さが過度に小さければ、ガイドカニューラは実験動物の器官において安定に殖入して固定化することができなくなり、また、薬剤注入管の遠位端部の位置決めの正確性に影響が出る。逆に、殖入深さが過度に大きければ、器官内への殖入による力学的損傷が大き過ぎ、後述するように、ガイドカニューラ殖入後、一定期間放置したとしても、器官における損傷の回復が不十分となる可能性が大きくなる。
【0025】
尚、対象に薬剤投与する場合は、通常、器官の表面から対象までの最短距離を規定するライン、または可及的に最短の距離を規定するラインに沿って、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入を実施する。但し、ガイドカニューラの殖入および/または薬剤挿入管の挿入によって、対象に到るまでの器官内の途中の部分が損傷を受け、その結果、薬剤投与する意味が損なわれる問題が発生することがある場合には、当該部分を避けるラインを採用する必要がある。
【0026】
例えばラットのような小動物の器官としての脳の内部の対象としての視床下部弓状核の場合、上述のように最短距離を規定するラインに基づくことが可能であり、通常、そのようなラインは、頭頂部から視床下部弓状核に直線的に到る経路に相当する。この場合、薬剤注入管の「挿入深さ」は8〜11mm、例えば9〜10mm、約9.5mmである。この挿入深さおよび上記割合から、ガイドカニューラの「殖入深さ」の好ましい範囲は自ずと算出できるが、より具体的には、「殖入深さ」は、好ましくは1〜5mm、より好ましくは1.5mm〜3mm、例えば約2mm程度である。
【0027】
尚、一般的には、ガイドカニューラは、器官への殖入の際の取扱性、薬剤注入管の挿入時の操作性等を考慮して、殖入状態の場合、その近位側部分が器官の表面(例えば脳の硬膜外側面)から一般的に4mm〜12mm程度突出するように設計されている。この突出長さは、頭骨の厚さおよびガイドカニューラを取り扱うために必要な長さ等を考慮した長さである。尚、薬剤注入管は、ガイドカニューラの内腔に挿入して操作する必要があるため、薬剤注入管の近位端部は、通常ガイドカニューラの近位端部からも突出する。従って、本発明のデバイスでは、ガイドカニューラおよび薬剤注入管はそのような突出する長さを、殖入深さおよび挿入深さにそれぞれ加えた長さとなるように設計する必要がある。
【0028】
薬剤注入管の挿入深さに関しては、例えば、器官としてのラットの大脳の対象としての視床下部弓状体の場合、薬剤注入管の遠位端部が、対象に隣接するように、薬剤注入管を挿入する。ここで、「隣接」とは、薬剤注入管の排出口が、対象とそれに隣接する他の部分との境界に位置することを意味する。しかしながら、当業者が境界に位置すると判断しても問題が実質的に無い場合と判断できる場合、排出口は境界の多少内側または外側に位置してもよい。排出口の位置が、対象の外側で過度に境界から離れると、対象以外の部分への薬剤投与が生じて、薬剤投与の影響を的確に評価することはできない。逆に、排出口の位置が、対象の内側に過度に入り込むと、対象が損傷を受けるため、薬剤投与の影響を的確に評価することはできない。
【0029】
好ましい態様では、本発明のデバイスは、対象に加えて、薬剤注入管の周囲に位置する、器官の他の部分の力学的損傷を最小限とする。具体的には、薬剤注入管の挿入による、対象ならびにそれに到るまでの器官内の部分と薬剤注入管との接触面積を最小限とする。接触面積を最小限とするには、薬剤注入管の外径はより小さいのが好ましい。他方、薬剤注入管の外径がより小さくなれば、それに対応してその内径もより小さくなり、所定量の薬剤を投与する必要がある場合には、薬剤注入管の吐出口から排出される薬剤の線速度が増加する。この線速度の増加は、吐出による対象および/またはそれ以外のその周辺の部分に対する動力学的損傷を増やし兼ねない。これを考慮して、外径をより小さくしながら、内径をより大きくすると、薬剤注入管の強度がより小さくなるため、薬剤注入管の操作に際して細心の注意が必要となる。これらの点から、薬剤注入管の外径をより小さくすることには一長一短がある。
【0030】
このような薬剤注入管の外径に関する相反する事項を考慮して検討を重ねた結果、ガイドカニューラの遠位端部から突出する、薬剤注入管の部分の外径を次のような範囲内で選択することにより、対象に加えて、薬剤注入管の周囲に位置する、器官の他の部分の力学的損傷を最小限とできることが分かった:即ち、薬剤注入管の外径は、(薬剤注入管の挿入深さ)−(ガイドカニューラの挿入深さ)、即ち、ガイドカニューラの遠位端部から突出している、薬剤注入管の遠位側部分の長さ(「突出長さ」とも呼ぶ)の好ましくは1/5〜1/25程度、より好ましくは1/10〜1/20程度、例えば1/15程度であるのが望ましいことが分かった。このような範囲内で薬剤注入管の外径を選択することによって、対象およびそれに到るまでの器官内の部分と薬剤注入管との接触による力学的損傷を十分に低減することができる。
【0031】
薬剤注入管の内径は、上述の薬剤注入管の外径の範囲および薬剤注入管の強度を考慮した上で、可及的に大きいことが好ましい。そのようにすると、投与薬剤の吐出時による動力学的刺激による対象の損傷を最小限にすることができる。
【0032】
尚、ガイドカニューラの外径は、ガイドカニューラの殖入による器官内の部分への影響、特に力学的損傷を最小限とするために、ガイドカニューラの内腔への薬剤注入管の挿入または抜去の操作を円滑に実施できることを確保しながら、可及的に小さいことが好ましい。即ち、上述の薬剤注入管の外径およびガイドカニューラの強度を考慮すると、ガイドカニューラの外径は、一般的には、ガイドカニューラの殖入深さの好ましくは1/6〜1/2、より好ましくは1/5〜1/3、例えば約1/4である。具体的な例示として、ラットの大脳視床下部へ薬剤を投与する場合には、0.7mm以下であることが好ましく、また、0.3mm以上であることが好ましく、例えば約0.5mmであることがより好ましい。ガイドカニューラの内径は、その内腔への薬剤注入管の挿入および抜去を円滑に実施できるように選択される。
【0033】
このようにガイドカニューラを構成すると、ガイドカニューラの殖入による、器官内の部分への影響、特に力学的損傷を最小限とすることができる。即ち、ガイドカニューラは、それを対象に向かって器官内に殖入する際、上述のように器官内の部分に力学的損傷を与え得るが、その損傷の程度は、その後、回復できる程度に抑制できる。具体的な1つの態様では、ガイドカニューラの殖入後、例えば脳のような器官内の部分が損傷を受ける結果、小動物の体重が一旦減少するが、その後、後述のように小動物の体重が実質的に回復するように、ガイドカニューラを構成できる。
【0034】
本発明の薬剤投与デバイスは、げっ歯類(例えばラット、モルモット、マウス、ハムスター等)、比較的小さな他の哺乳類(ウサギ、ネコ、イヌ、サル等)等の医学等の実験用小動物の器官内の特定の部分に薬剤を投与するのに好適である。そのような動物の器官の一部分を対象として薬剤を投与する。特に好ましい対象としては、脳のような器官内の部分としての視床下部弓状核を例示できる。尚、本発明において「対象に向かって器官内に殖入する」とは、対象から離隔して殖入されたガイドカニューラの長手方向(即ち、ガイドカニューラの軸方向)の延長線上に対象が位置することを意味する。
【0035】
上述のように、本発明の薬剤投与デバイスを用いる場合、ガイドカニューラは、それを対象に向かって器官内に殖入する際、上述のように器官内の部分に力学的損傷を与えるが、その損傷の程度は、殖入の後、実質的に回復できる程度である。
【0036】
この回復は、例えば、上述のようにラットのような小動物の体重の回復として具現する。詳細には、例えばラット等のげっ歯類の対象(たとえば視床下部弓状核)に薬剤を投与するに際して、ガイドカニューラを殖入する場合、殖入の直後は、ラット等の体重が一旦減少するが、ガイドカニューラの殖入後、所定の期間(この期間を「回復期間」とも呼ぶ)、例えばカニューラ殖入術後7日間を経過するまでにラット等の体重が増加する。尚、このような増加の結果、ラット等の体重が殖入前の体重の80%以上、好ましくは90%以上の体重となっていれば、本発明に関しては、体重が実質的に回復している、従って、殖入による損傷が回復しているとみなす。
【0037】
ラット等の小動物の視床下部弓状核に薬剤を投与する場合では、上述の体重の回復に加えて、またはその代わりに、上述の回復期間内で、側坐核のホルモン投与、摂食行動等に対するドーパミン神経反応の消失がみられないようになることで、殖入による損傷が回復した(即ち、殖入が成功した)と判断できる。
【0038】
このように損傷が実質的に回復するようにするには、ガイドカニューラの外径およびガイドカニューラの遠位端部の位置(従って、ガイドカニューラの殖入深さ)が特に重要なファクターとなることが見出された。上述の範囲内でこれらを種々変更して体重の減少量を確認することによって、望ましい損傷の回復、例えば体重の回復を実現できるファクターの組み合わせを選択できる。
【0039】
本発明の薬剤投与デバイスの好ましい態様において、ガイドカニューラの殖入深さは、それを器官内に固定するため十分な長さであると共に、器官内の部分、特に殖入状態のガイドカニューラの周囲の部分および対象に対する損傷を最小限にするために、過度に大きくてはならない。この観点から、ガイドカニューラの殖入深さは、薬剤注入管の挿入方向に沿った、器官の表面から対象までの距離(この距離は薬剤注入管の挿入深さに相当)の好ましくは1/10〜1/2、より好ましくは1/5〜2/5、特に1/4〜3/10であることが推奨される。
【0040】
例えば、ラットの大脳における視床下部弓状核への薬剤投与のために殖入に際しては、大脳の上部(即ち、頭頂部)から視床下部弓状核に向けて、ガイドカニューラを殖入し、ガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管が挿入される。この場合、大脳の表面から視床下部弓状核までの器官の距離は通常8.5mm〜10mm程度である。従って、ガイドカニューラの殖入深さは、約1mm〜5mmが推奨される。特に、殖入深さが、約1.5mm〜4mm、例えば2mm程度であるのが特に好ましい。
【0041】
薬剤注入管の構造としては、ガイドカニューラと同様に、直管状の細管の構造であってよい。後述するように、薬剤注入管を挿入して一定時間放置して対象および/または他の部分を回復または緩和するために、また、その後、安定して薬剤を投与するために、薬剤注入管はガイドカニューラによって安定に保持固定されることが望ましい。このために、薬剤注入管が所定位置まで、即ち、その遠位端部の排出口が対象に隣接するような位置まで挿入された状態において、ガイドカニューラの内腔内に位置する、薬剤注入管の近位側部分は、ガイドカニューラの内径に近い、好ましくは実質的に等しい外径とし、他方、ガイドカニューラの遠位端部から突出している、薬剤注入管の部分は、内腔に位置する部分より小さい外径を有するのが好ましい。即ち、薬剤注入管は、言わば2段構造であるのが好ましい。
【0042】
このようにすると、薬剤注入管のより太い部分、即ち、ガイドカニューラの内腔内に位置する部分は、薬剤注入管を安定して保持することができ、ガイドカニューラの遠位端部から突出する、薬剤注入管のより細い部分は、器官内の部分と接触する面積が小さくなるので、対象および/または他の部分に与える力学的損傷を最小限にできる。
【0043】
更に、薬剤注入管の挿入深さが過度に深くならないように、排出口が対象に隣接した時に、更なる挿入を防止できるように、ストッパーを薬剤注入管に設置することも望ましい。具体的には、ガイドカニューラを所定箇所にて対象に向かって所定の深さに殖入し、その後、薬剤注入管の遠位端部の排出口が対象に隣接するように薬剤注入管を挿入した状態になった時に、薬剤注入管の近位端部付近の外側に設けた突出部がストッパーとして機能してガイドカニューラの近位端部に当接し、その結果、薬剤注入管をそれ以上挿入できないように構成するのが好ましい。そのようなストッパーとしての突出部は、薬剤注入管の近位側でその外側に、例えばリング状、半リング状または単なる突起状のものであってよい。
【0044】
尚、ガイドカニューラ及び薬剤注入管の材質に関しては特に限定されることはなく、通常のガラス管(硬質ガラスでも軟質ガラスでも差し支えない)、金属管等を使用することが出来る。金属管を使用する場合は、腐食に対して耐久性のある材質が好ましいことから、ステンレス鋼やチタン材が推奨される。生体適合性の観点からは、チタン材を用いることが好ましい。
【0045】
第2の要旨において、本発明は、上述および後述の本発明のデバイスを用いて、対象としての、実験用小動物の器官内の一部分に薬剤を投与する方法、即ち、薬剤投与方法を提供し、この方法は、
(1)内腔を有するガイドカニューラを対象に向かって挿入して器官内にガイドカニューラを殖入する工程、
(2)薬剤注入管の遠位端部が対象に隣接するように、ガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を挿入する工程、ならびに
(3)薬剤注入管に薬剤を供給し、その遠位端部の排出口から薬剤を吐出して対象に薬剤を投与する工程
を含んで成り、
ガイドカニューラの殖入深さを、ガイドカニューラが殖入状態で器官に固定され、且つ、薬剤注入管の挿入深さに対して十分小さくなるように選択し、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入による対象の力学的損傷を最小限とすることを特徴とする。
【0046】
本発明の薬剤投与デバイスに関連する、本明細書における説明は、特に問題が生じない限り、本発明の薬剤を投与する方法にも同様に当て嵌まる。例えば、上述のガイドカニューラの殖入深さと薬剤注入管の挿入深さとの関係を満たすように、これらを操作して用いることによって好都合な薬剤投与が可能となる。
【0047】
第3の要旨において、本発明は、上述および後述の本発明のデバイスを用いて、対象としての、実験用小動物の器官内の一部分に与える薬剤の薬理学的および/または生理学的効果を評価するための実験方法であって、
(1)内腔を有するガイドカニューラを対象に向かって挿入して器官内にガイドカニューラを殖入する工程、
(2)その後、所定期間放置して、ガイドカニューラの殖入によって生じた損傷を回復させる工程、
(3)ガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を対象に向かって挿入し、薬剤注入管の遠位端部を対象に隣接させる工程、
(4)その後、所定時間放置して、薬剤注入管の挿入によって生じた損傷を回復または緩和させる工程、ならびに
(5)薬剤注入管に薬剤を供給し、その遠位端部から薬剤を吐出して対象に薬剤を投与する工程
を含んで成り、薬剤注入管の挿入前、殖入されたガイドカニューラは、実験用小動物の体重を実質的に回復させ、また、薬剤注入管の遠位端部が対象内に配置された状態では、ガイドカニューラの遠位端部は対象から離れて位置することを特徴とする実験方法を提供する。
【0048】
本発明の薬剤投与デバイスおよび薬剤投与方法に関連する、本明細書における説明は、特に問題が生じない限り、本発明の実験方法にも同様に当て嵌まる。例えば、上述のガイドカニューラの殖入深さと薬剤注入管の挿入深さとの関係を満たすように、これらを操作して用いることによって好都合な実験が可能となる。
【0049】
特に、本発明の実験方法では、ガイドカニューラの殖入後、その内腔に薬剤注入管を挿入するまでに、ガイドカニューラを殖入した状態にて放置して殖入による損傷を回復するための所定期間(即ち、回復期間)を設けることを特徴とする。
【0050】
回復期間は、本発明の薬剤投与デバイスを用いて実験するに際して、種々の条件下でガイドカニューラを殖入した後、損傷を受けた状態から回復状態に達するまでの期間を実験的に求めることによって決定できる。回復状態に達する期間としては、例えば体重の変化を尺度とし、上述のように体重が実質的に回復するまでの期間を採用でき、一般的には少なくとも5日程度の期間である。
【0051】
具体的には、回復期間としては、例えばラット等の小動物の器官の一部分である対象への薬剤投与の場合、好ましくは4日〜10日、より好ましくは1週間程度である。例えば、上述したラットの大脳視床下部弓状核への薬剤投与を実施する実験方法において、ガイドカニューラをラットの大脳上部(即ち、頭頂部)から殖入する際、外径0.5mmのガイドカニューラを大脳上部から2mmの深さまで殖入した場合には、1週間(7日間)の回復期間を設けることで体重が実質的に回復した。しかしながら、同一外径のガイドカニューラ管を8.5mmの深さまで殖入した場合には、10日間放置しても体重は減少したままで実質的に回復せず、損傷の回復は期待できなかった。
【0052】
また、薬剤注入管の遠位端部の排出口の内径が必要以上に大きい場合には、対象への薬剤投与に際して、排出口を経て薬剤が広範囲に広がって投与されることとなり、対象以外の他の部分へも薬剤が投与される可能性がある。
【0053】
他方、薬剤注入管の内径を過度に小さくすることは、排出口を通過して対象に注入すべき薬剤の線速度が過度に大きくなる可能性がある。対象に薬剤を投与するに際して、このように線速度が大きくなると、投与薬剤の流動による圧力が増大し、その結果、増加した圧力が対象および/またはその周辺の部分に力学的損傷を与える可能性がある。更には、対象以外の部分への薬剤の投与を引き起こす可能性もある。
【0054】
このような薬剤注入管の排出口に関する、相反する事項を考慮した結果、本発明の実験方法において、薬剤注入管の遠位端部の排出口における、投与薬剤の流体線速度は、通常7.5cm/分以下とすることが好ましいことが分かった。本発明の実験方法の1つの態様では、そのような線速度は、例えば1〜10cm/分、好ましくは3〜7.5cm/分の範囲から選択する。
【0055】
また、そのような実験方法に用いる薬剤投与デバイスにおいて、薬剤注入管の排出口の内径は、対象の最大幅の好ましくは1/20〜1/60である。尚、「対象の最大幅」とは、対象を含む器官の矢状断(図5参照)および冠状断における薬剤注入管の挿入方向に対して垂直な方向の対象の寸法の最大の寸法の内の小さい方の寸法を意味する。従って、そのような範囲の内径を薬剤注入管の排出口が有する場合、そのような内径は、対象の最大幅より十分に小さいため、排出口は、実質的に対象にのみ隣接することができる。
【0056】
具体的な例示として、対象としてラットの大脳視床下部弓状体(対象の最大幅が約3mm)への薬剤投与に際して、薬剤注入管の外径が0.151mmで、内径(即ち、排出口の径)が0.075mm(視床下部弓状体の最大幅の約40分の1)場合、薬剤注入量を0.15マイクロリッター/分とすれば、薬剤の線速度は7.5cm/分となり、薬剤注入量を0.1マイクロリッター/分とすれば、薬剤の線速度は5.1cm/分となり、いずれの場合であっても、本発明の実験方法による薬剤投与の影響の評価を問題なく実施できる。
【0057】
本発明の実験方法では、薬剤注入管を挿入した後、挿入によってもたらされる対象および器官内のその他の部分の損傷を回復または緩和する目的で、挿入した状態で所定時間(「緩和時間」とも呼ぶ)放置し、その後、薬剤投与する。この所定時間は、小動物の対象に応じて、適宜選択できるが、通常8時間〜2日、好ましくは12時間〜36時間、より好ましくは18時間〜30時間、例えば24時間である。このような緩和時間を設けない場合、対象および/または器官内の部分の回復が不十分となり、薬剤投与の影響を適切に評価する実験ができない可能性がある。
【0058】
具体的には、例えばラットの大脳視床下部弓状核への薬剤投与においては、外径0.151mmの薬剤注入管を挿入した後、通常12時間〜36時間、好ましくは18時間〜30時間、例えば24時間放置する緩和時間を採用することが推奨される。このような緩和時間を設けないで、薬剤注入管の挿入直後に薬剤を投与した場合は、挿入による力学的損傷により、薬剤投与の影響を正確に評価することが出来ない。
【0059】
上述のように、本発明の実験方法は、薬剤注入管を所定位置まで挿入した後、薬剤投与までに所定の緩和時間放置することを特徴とする。従来、薬剤注入管を挿入することは、器官内の対象の損傷を拡大するため、正確な薬理効果の評価の実験では、放置せず、挿入後直ちに薬剤投与することが行われてきた。従来のように、従来の薬剤投与デバイスを用いる場合、外径が相対的に大きいガイドカニューラが対象に近接して位置するため、従来から望ましいとされているように薬剤注入管の挿入直後に薬剤を投与しても、あるいは薬剤注入管の挿入後に一定時間放置しても、器官が受けた損傷は回復せず、薬剤投与の効果を確認することはできない。ちなみに、本発明の薬剤投与デバイスを用いる場合であっても、薬剤注入管の挿入直後に薬剤を投与する場合には、力学的損傷が残存するため、薬剤投与効果の所望の評価をすることができない。
【0060】
このような本発明の実験方法は、一般に、薬剤を投与する工程の後、薬剤を投与された小動物の薬理学的および/または生理学的な効果を評価する工程を更に含む。この評価する工程は、薬剤の種類、薬剤を投与する対象等に応じて、当業者であれば、これまでに知られている情報に基づいて容易に実施できる。
【0061】
更に、本発明は、上述の本発明の薬剤投与デバイスを構成するガイドカニューラおよび薬剤注入管をも提供する。
【発明の効果】
【0062】
本発明の薬剤投与デバイスを用いて視床下部弓状核のような対象に微量の薬剤を投与する場合、デバイスによって与えられる損傷を回復できる。具体的には、小動物の体重が実質的に回復し、あるいは高次脳(側坐核)の機能障害を抑制できる。その結果、そのような対象に関する薬剤の生理学的および/または薬理学的な効果をより正確に評価することを可能となる。例えば、視床下部弓状核に限局した薬理学的研究、現在まで試みられていない研究、例えば視床下部弓状核と高次脳との間の神経機能ネットワークの研究等を推し進めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1aは、従来から市販されている極小注入用インジェクターの薬剤注入管の側方断面図を模式的に示す。また、図1bは、図1aの市販されている極小注入用インジェクターの薬剤注入管をガイドカニューラに挿入した状態を側方断面図にて模式的に示す。
【図2】図2aは、本発明の薬剤投与デバイスのマイクロインジェクターの側方断面図を模式的に示す。また、図2bは、図2aの本発明の薬剤投与デバイスの薬剤注入管をガイドカニューラに挿入した状態を側方断面図にて模式的に示す。
【図3】図3aは、図1に示す従来から市販されている極小注入用インジェクターのガイドカニューラをラットの脳の視床下部弓状核に向かって挿入して殖入した状態を模式的に示す。また、図3bは、図3aの状態に殖入したガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を挿入し、その先端を視床下部弓状核に配置した状態を模式的に示す。
【図4】図4aは、図2に示す本発明の薬剤投与デバイスのガイドカニューラをラットの脳の視床下部弓状核に向かって挿入して殖入した状態を模式的に示す。また、図4bは、図4aの状態に殖入したガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を挿入し、その遠位端部を視床下部弓状核に隣接状態で配置した様子を模式的に示す。
【図5】図5は、対象の例としてのラットの脳の矢状断を示す。
【図6】図6は実施例1の実験結果を示す。
【図7】図7は比較例1の実験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0064】
本発明の実施形態を、図面を参照してより具体的に説明する。但し、参照する図面の態様、説明に用いた数値、構造等は、ラットの視床下部弓状核への薬剤投与に用いるためのデバイスについての例示であり、本発明については、これらの態様、数値、構造等に限定されるものではない。
【0065】
本発明の薬剤投与デバイス100を図2に模式的に示す。この薬剤投与デバイスは、図2aに示す薬剤注入管104およびそれをガイドするガイドカニューラ102から構成される。ガイドカニューラ102の長さは、図1に示す、従来から市販されている極小注入用インジェクターのガイドカニューラより短く、その結果、従来から市販されている極小注入用インジェクターと比較して、その遠位端部116から突出する、薬剤注入管104の部分の長さが従来の薬剤注入管より長くなるように構成されている。例えばラットの視床下部弓状核に薬剤を投与する場合、薬剤注入管104のストッパー128がガイドカニューラ102の近位端部に当接した状態で、図4に示すように、薬剤注入管104が例えば7.5mm突出する(即ち、ガイドカニューラ102の遠位端部116と薬剤注入管の遠位端部122(または排出口)との間の距離が7.5mmとなる)ように設計されている。
【0066】
図示した薬剤注入管104は、その所定状態でガイドカニューラ102に挿入した状態でガイドカニューラの内面と接触する部分(近位側部分)130は、市販されている極小注入用インジェクターの薬剤注入管の外径および内径が実質的に同じであるが、ガイドカニューラ102の遠位端部116から突出して対象までに到る、薬剤注入管の部分(遠位側部分)132はより小さい外径および内径を有する。即ち、図2に示す薬剤注入管は、2段構造を有する。尚、より小さい外径および内径を有する部分132は、カニューラの遠位端部116から丁度始まっても、あるいは図2に示すように遠位端部116から少し離れた箇所から開始してもよい。具体的には、市販の極小注入用インジェクターの薬剤注入管(例えば図1の薬剤注入管14)の遠位側部分を切断・除去して本発明の薬剤注入管の部分130およびその近位側部分を得、それに細いガラス管140を接着することによってそのような小さい外径および内径を有するようにできる。例えば、ガラス管140は外径0.151mmおよび内径0.05mmを有する。
【0067】
このような構成にすることによって、本発明の薬剤投与デバイスを用いて薬剤を投与する場合、ガイドカニューラ102の遠位端部116は、対象から比較的遠く離隔した箇所に位置することができ、その結果、ガイドカニューラ102が、対象の手前側における、器官内の部分において占める体積を小さくでき、これらの部分との接触面積を低減することが出来るので、ガイドカニューラ102の殖入によって生じる力学的損傷を最小限にできる。また、そのような遠位端部116から突出して対象に向かって延在する薬剤注入管の部分132はより細いため、薬剤注入管104が遠位端部116から対象に到るまでの、器官内の他の部分で占める体積およびそのような部分との接触面積を小さくできることから、薬剤注入管の挿入によって生じる力学的損傷を抑制できる。
【0068】
次に、本発明の薬剤投与デバイスを用いて、例としてのラットの視床下部弓状核に薬剤を投与する方法を、図4を参照して具体的に説明する:
【0069】
最初に、図4aに示すように、硬膜120の下方約2mmの深さにガイドカニューラ102の遠位端部116が位置するように(即ち、殖入深さが2mmとなるように)、ガイドカニューラ102を脳内に挿入して殖入する。尚、この挿入は、ガイドカニューラ102が対象としての視床下部弓状核118に向かうように、即ち、ガイドカニューラ102の長手方向軸に沿ったその延長上に対象118が位置するように実施する。殖入自体は、既知の方法で実施することができる。
【0070】
次に、図4bに示すように、薬剤注入管104をガイドカニューラ102の内腔に沿って挿入し、ストッパー128(図示せず)をガイドカニューラの近位端部に当接させて、薬剤注入管104の遠位端部122を対象118に隣接させる。尚、この状態では、薬剤注入管の遠位端部122に位置する薬剤排出口が、ガイドカニューラ102の遠位端部116から突出して例えば7.5mm前方に位置する。
【0071】
その後、薬剤注入管104に所定の薬剤を供給し、その遠位端部122の排出口から薬剤を吐出し、対象118に向かって薬剤を注入して投与する。
【0072】
上述のように薬剤を対象に投与して、薬剤による対象の薬学的および/または生理学的効果を評価する場合、例えば、ラットの視床下部弓状核に関する薬剤の効果に関する評価を次のように実施できる。
【0073】
上述のようにガイドカニューラ102を殖入した後、対象としての例えばラットの視床下部弓状体への薬剤投入の場合には、所定日数放置として、1週間放置し、ガイドカニューラの殖入によって生じた損傷を回復させる。その後、ガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を目的部位に向かって挿入し、薬剤注入管の遠位端部が対象に隣接して位置させた後、例えば緩和時間として24時間放置して、薬剤注入管の挿入によって生じた損傷を回復させる。
【0074】
損傷が回復した後、薬剤注入管に薬剤を供給し、その薬剤放出口から目的部位に薬剤を投与し、薬剤に応じて所定の効果に関して評価を実施する。
【実施例】
【0075】
(実施例1)
図4を参照して説明したようにして、図2に示す本発明の薬剤投与デバイスを用いて、対象としてのラットの視床下部弓状核に生理食塩水を投与した。尚、図4に示すように、ガイドカニューラの殖入深さを2mmとし、薬剤注入管の挿入深さを9.5mmとした。
【0076】
使用した薬剤投与デバイスは次の寸法を有した:
ガイドカニューラ102(ステンレス鋼製、直管)
硬膜から遠位端部までの長さ:2mm
外径: 0.5mm
内径: 0.4mm
長さ: 13.0mm
薬剤注入管104(ガラス製、2段構造の直管)
近位側部分130の外径: 0.35mm
近位側部分130の内径: 0.17mm
(近位側部分130+ストッパー+その近位側部分)の長さ:31mm
遠位側部分132の外径: 0.15mm
遠位側部分132の内径: 0.075mm
遠位側部分132の長さ(遠位端部116からの突出部分の長さ):7.5mm
【0077】
ラットの側坐核から側坐核の細胞外液を取り出すために、また、視床下部弓状核に薬剤を投与すべく、全身麻酔下、側坐核および視床下部弓状核に対するガイドカニューラの殖入術をラットに施した。
側坐核および視床下部弓状核の位置座標は、側坐核に対してブレグマを基準にAP 1.7mm, ML 0.8mm, DV 6.2mmとし、また、視床下部弓状核に対してブレグマを基準にAP -6.6mm, ML 0.4mm, DV 8.05mmとし、また、矢状方向に16度の角度とした。尚、視床下部弓状核へのアプローチは、この位置座標のアプローチ以外では永久的な組織損傷がおこることを以前に確認している(Microinjection of Galanin-Like Peptide into the Medial Preoptic Area Stimulates Food Intake in Adult Male Rats、J Neuroendocrinol. 2006 Oct;18(10):742-747. Endogenous ghrelin is an orexigenic peptide acting in the arcuate nucleus in response to fasting. Regul Pept. 2003 Mar 28;111(1-3):161-167参照)。
【0078】
ガイドカニューラの殖入術後に5日間の回復期間を設け、その後、6日目に薬物の全身投与用の静脈内カニューレを全身麻酔下で設置した。同時に、マイクロダイアリシスカニューラを側坐核ガイドカニューラに設けると共に、薬剤注入管を視床下部ガイドカニューラへ挿入して固定した。
【0079】
24時間後(即ち、ガイドカニューラ殖入術後7日目)、上述のように挿入した、本発明の薬剤投与デバイスの薬剤注入管を通じて、生理食塩水を視床下部弓状核に0.5μl/分で投与した。そして、側坐核のドーパミン神経の活性変動を測定するためにマイクロダイアリシスから得られる側坐核の細胞外液のドーパミン量の測定を開始した。
【0080】
その直後、摂食誘発量としてグレリン3nmolを静脈内投与した。これにより、ラットの摂食行動が数分後から開始した。尚、このような処置の場合、視床下部弓状核にカニューレ殖入術を施さない場合、側坐核ドーパミン量の有意な増加が観察されることを事前に確認している(Neuroscience 161(3) 855-864, 2009参照)。
【0081】
この状態で、生理食塩水の投与を1分間継続し、その間の側坐核ドーパミンのレベルを測定した。その結果を図6(縦軸:ドーパミンレベル(%)、横軸:グレリン投与開始時を0とした時間(分))に示す。尚、図6のグラフは7匹のラット(n=7)について実施した実施例の平均値をプロットしている。明らかなように、静脈内に投与されたグレリンに対する側坐核(高次脳)のドーパミン反応が増加している。即ち、本発明の薬剤投与デバイスを用いて視床下部弓状核に生理食塩水を投与する場合、高次脳の機能障害は生じていないことが分かる。
【0082】
(比較例1)
上述の実施例において、本発明の薬剤投与デバイスに代えて、図1に示す従来技術のマイクロインジェクター(即ち、薬剤投与デバイス)を用いて図3を参照して説明したように、ガイドカニューラを脳内に殖入し、その後、薬剤注入管を挿入した。
【0083】
使用した薬剤投与デバイスは次の寸法を有した:
ガイドカニューラ12(ステンレス鋼製、直管)
硬膜から遠位端部までの長さ: 8mm
外径: 0.5mm
内径: 0.4mm
長さ: 13mm
薬剤注入管14(ガラス製)
外径: 0.35mm
内径: 0.17mm
長さ: 42.5mm
ガイドカニューラからの突出長さ: 1mm
【0084】
上記実施例と同様に、グレリンおよび生理食塩水を投与して、側坐核ドーパミンのレベルを測定した。その結果を、図6と同様に、図7に示す。尚、図7のグラフは5匹(n=5)のラットについて実施した実施例の平均値をプロットしている。明らかなように、静脈内に投与されたグレリンに対する側坐核(高次脳)のドーパミン反応が認められない。即ち、従来技術の薬剤投与デバイスを用いて視床下部弓状核に生理食塩水を投与する場合、高次脳の機能障害が生じていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によって、ラット等の小動物の脳の視床下部弓状核等への薬剤投与による影響の適切な評価が実施可能となる。具体的には、脳内では、ホルモン作用の主要部位の一つである視床下部の中でも、その弓状核に限局して直接ホルモンを投与すること、また、この部位のホルモン作用を薬剤により部位特異的に遮断することが可能となる。これにより、弓状核の機能の解析を正確に行うことが可能となる。また、現在まで注目されてきたにも関わらず、未だ行われていない視床下部と高次脳など他の脳部位との神経ネットワークの解明の研究が可能となる。
【符号の説明】
【0086】
10…薬剤投与デバイス、12…ガイドカニューラ、14…薬剤注入管、
16…遠位端部、18…対象または視床下部弓状核、20…硬膜、22…遠位端部、
100…薬剤投与デバイス、102…ガイドカニューラ、104…薬剤注入管、
116…遠位端部、118…対象または視床下部弓状核、120…硬膜、
122…遠位端部、128…ストッパー、130…近位側部分、132…遠位側部分、
140…ガラス管。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象としての、実験用動物の器官の一部分に薬剤を投与するための、ガイドカニューラおよびその内腔に挿入する薬剤注入管を有して成る薬剤投与デバイスであって、
(1)薬剤注入管は対象に投与薬剤を吐出する排出口を有する遠位端部を有し、排出口が対象に隣接するようにガイドカニューラの内腔に挿入され、
(2)ガイドカニューラは、対象に向かって器官内に殖入され、その内腔に沿って薬剤注入管を案内してガイドカニューラの遠位端部から薬剤注入管が突出することを許容すると共に、薬剤注入管を支持し、
ガイドカニューラの殖入深さが、ガイドカニューラが殖入状態で器官に固定され、且つ、薬剤注入管の挿入深さに対して十分小さくなるように、ガイドカニューラおよび薬剤注入管は構成され、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入による対象の力学的損傷を最小限とすることを特徴とする薬剤投与デバイス。
【請求項2】
ガイドカニューラの「殖入深さ」の薬剤注入管の「挿入深さ」に対する割合は、10%〜50%であることを特徴とする請求項2に記載のデバイス。
【請求項3】
薬剤注入管の外径は、(薬剤注入管の挿入深さ)−(ガイドカニューラの挿入深さ)の1/5〜1/25であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のデバイス。
【請求項4】
ガイドカニューラの外径は、ガイドカニューラの殖入深さの1/6〜1/2であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のデバイス。
【請求項5】
薬剤注入管は、2段構造を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のデバイス。
【請求項6】
実験用動物は、げっ歯類(例えばラット、モルモット、マウス、ハムスター等)から選択され、器官は脳であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のデバイス
【請求項7】
ガイドカニューラの外径は、0.7mm以下であり、また、0.3mm以上であることを特徴とする請求項6に記載のデバイス。
【請求項8】
薬剤注入管の「挿入深さ」は8〜11mmであり、ガイドカニューラの「殖入深さ」は1〜5mmであることを特徴とする請求項6または請求項7に記載のデバイス。
【請求項9】
対象は、視床下部弓状核であることを特徴とする請求項6〜8のいずれかに記載のデバイス。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の薬剤投与デバイスを用いて、対象としての、実験用小動物の器官内の一部分に薬剤を投与する方法であって、
(1)内腔を有するガイドカニューラを対象に向かって挿入して器官内にガイドカニューラを殖入する工程、
(2)薬剤注入管の遠位端部が対象に隣接するように、ガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を挿入する工程、ならびに
(3)薬剤注入管に薬剤を供給し、その遠位端部の排出口から薬剤を吐出して対象に薬剤を投与する工程
を含んで成り、
ガイドカニューラの殖入深さを、ガイドカニューラが殖入状態で器官に固定され、且つ、薬剤注入管の挿入深さに対して十分小さくなるように選択し、ガイドカニューラの殖入および薬剤注入管の挿入による対象の力学的損傷を最小限とすることを特徴とする薬剤投与方法。
【請求項11】
ガイドカニューラの「殖入深さ」の薬剤注入管の「挿入深さ」に対する割合が10%〜50%となるように、(2)殖入する工程および(3)挿入する工程を実施することを特徴とする請求項10に記載の薬剤投与方法。
【請求項12】
実験用動物は、げっ歯類(例えばラット、モルモット、マウス、ハムスター等)から選択され、器官は脳であることを特徴とする請求項10または請求項11に記載の薬剤投与方法。
【請求項13】
薬剤注入管の「挿入深さ」が8〜11mmとなるように(2)殖入する工程を実施し、ガイドカニューラの「殖入深さ」が1〜5mmとなるように(3)挿入する工程を実施することを特徴とする請求項12に記載の薬剤投与方法。
【請求項14】
対象は、視床下部弓状核であることを特徴とする請求項12または請求項13に記載の薬剤投与方法。
【請求項15】
請求項1〜9のいずれかに記載の薬剤投与デバイスを用いて、対象としての、実験用小動物の器官内の一部分に与える薬剤の薬理学的および/または生理学的効果を評価するための実験方法であって、
(1)内腔を有するガイドカニューラを対象に向かって挿入して器官内にガイドカニューラを殖入する工程、
(2)その後、所定期間放置して、ガイドカニューラの殖入によって生じた損傷を回復させる工程、
(3)ガイドカニューラの内腔に沿って薬剤注入管を対象に向かって挿入し、薬剤注入管の遠位端部を対象に隣接させる工程、
(4)その後、所定時間放置して、薬剤注入管の挿入によって生じた損傷を回復または緩和させる工程、ならびに
(5)薬剤注入管に薬剤を供給し、その遠位端部から薬剤を吐出して対象に薬剤を投与する工程
を含んで成り、薬剤注入管の挿入前、殖入されたガイドカニューラは、実験用小動物の体重を実質的に回復させ、また、薬剤注入管の遠位端部が対象内に配置された状態では、ガイドカニューラの遠位端部は対象から離れて位置することを特徴とする実験方法。
【請求項16】
実験用動物は、げっ歯類(例えばラット、モルモット、マウス、ハムスター等)から選択され、器官は脳であることを特徴とする請求項15に記載の実験方法。
【請求項17】
工程(2)における所定期間は、4日〜10日であることを特徴とする請求項16に記載の実験方法。
【請求項18】
工程(4)における所定期間は、8時間〜2日であることを特徴とする請求項16または請求項17に記載の実験方法。
【請求項19】
薬剤注入管の遠位端部の排出口から薬剤を3〜7.5cm/分の線速度で吐出することを特徴とする請求項15〜18のいずれかに記載の実験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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