説明

虚血性疾患治療剤の製造方法

【課題】 効果的な虚血性疾患治療剤の製造方法を提供すること。
【解決手段】 血管内皮前駆細胞の細胞集団におけるアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の分布を調べ、最も多くの細胞が示す活性よりも弱い活性を示す細胞を分取して使用することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性疾患治療剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
閉塞性動脈硬化症、バージャー病、狭心症、心筋梗塞などの虚血性疾患は、血管の動脈硬化に起因する病態であり、今日、我が国においては、生活の欧米化などに伴って年々増加する傾向にある。従って、虚血性疾患の治療方法については、近年、様々な研究開発が精力的に行われており、中でも血管内皮前駆細胞(EPC:endothelial progenitor cell)を用いた再生治療が注目を集めている(例えば非特許文献1)。しかしながら、この治療方法は未だ確立されておらず、血管内皮前駆細胞の基礎的研究を含めてさらなる検討が必要とされている。
【非特許文献1】J Jpn Coll Angiol,2006,46:273−280
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は、効果的な虚血性疾患治療剤の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、血管内皮前駆細胞の細胞集団を、細胞内のアルデヒドを酸化してカルボン酸やアシル基に変換するアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の高い集団と低い集団に二分すると、虚血性疾患に対する治療効果は活性の低い集団にのみ見られることを突き止めた。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の虚血性疾患治療剤の製造方法は、請求項1記載の通り、血管内皮前駆細胞の細胞集団におけるアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の分布を調べ、最も多くの細胞が示す活性よりも弱い活性を示す細胞を分取して使用することを特徴とする。
また、請求項2記載の製造方法は、請求項1記載の製造方法において、細胞内のアルデヒドデヒドロゲナーゼと反応することにより細胞内に留まる形態を呈する光学的に検出可能な基質を細胞集団に添加した後、細胞の発光強度を指標にしてそのアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性量を測定することで活性の分布を調べることを特徴とする。
また、請求項3記載の製造方法は、請求項2記載の製造方法において、発光が蛍光であることを特徴とする。
また、請求項4記載の製造方法は、請求項3記載の製造方法において、基質としてBODIPY−アミノアセトアルデヒドを用いることを特徴とする。
また、本発明の虚血性疾患治療剤は、請求項5記載の通り、血管内皮前駆細胞の細胞集団におけるアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の分布を調べ、最も多くの細胞が示す活性よりも弱い活性を示す細胞を有効成分とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、効果的な虚血性疾患治療剤の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において、血管内皮前駆細胞とは、臍帯血、骨髄、末梢血に存在し、血管新生に関与する未分化な細胞であって、血管内皮細胞表面マーカーであるCD31,CD105,CD34,CD133,Flk−1,Flt−1に陽性で、汎血球細胞マーカーであるCD45に陰性であり、増殖能が高い細胞を意味する。血管内皮前駆細胞については、臍帯血、骨髄、末梢血から血球細胞を除き、単核細胞を単離し、そこから蛍光励起細胞分取装置(FACS:Fluorescence−activated cell sorting)を用いて分取することができることや、ウシ胎児血清や線維芽細胞増殖因子などを添加したIMDMなどの培地を用いて培養することができることが当業者によって知られている(必要であれば非特許文献1やその参照文献などを参照のこと)。
【0008】
本発明の虚血性疾患の製造方法は、血管内皮前駆細胞の細胞集団におけるアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の分布を調べ、最も多くの細胞が示す活性よりも弱い活性を示す細胞を分取して使用することを特徴とするものであるが、これは、要すれば、血管内皮前駆細胞の細胞集団をアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の高い集団と低い集団に二分した際の活性の低い集団に含まれる細胞を分取して使用することを意味する。当該細胞の分取方法は特段制限されるものではないが、好適な方法としては、細胞内のアルデヒドデヒドロゲナーゼと反応することにより細胞内に留まる形態を呈する光学的に検出可能な基質を細胞集団に添加した後、細胞の発光強度を指標にしてそのアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性量を測定することで活性の分布を調べ、所望の細胞を分取する方法が挙げられる。この方法は、例えば、下記の化学式で表されるBODIPY(4,4−ジフルオロ−5,7−ジメチル−4−ボラ−3a,4a−ジアザ−5−プロピオン酸)−アミノアセトアルデヒド(BAAA)を基質とするAldefluor試薬(StemCell technologies Inc)を用いた細胞染色と蛍光励起細胞分取装置を用いて行うことができる。具体的には、血管内皮前駆細胞をBAAAで染色し、細胞内のアルデヒドデヒドロゲナーゼによってBAAAをBODIPY−アミノアセテート(BAA)に変換させることでBAAアニオンとして細胞内に留まらせ、細胞内のBAAアニオンに基づく蛍光強度を指標にして細胞のアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性量を測定し、それをヒストグラムに展開し(蛍光強度を横軸にして細胞数を縦軸にした凸状の分布)、最も多くの細胞が示す蛍光強度よりも弱い蛍光強度を示す細胞集団(即ち凸状の分布におけるピークの左側の領域)に含まれる細胞を分取することで行うことができる(必要であればUS6991897B2やBlood.2004;104:1648−1655を参照のこと)。
【0009】
【化1】

【0010】
以上のようにして分取した所望の細胞は、例えばリン酸緩衝生理食塩水(PBS)などに懸濁させ、静脈内投与などの非経口的投与を行うことによって虚血性疾患に対して優れた治療効果を発揮する。この場合、虚血性疾患治療剤の有効成分とする細胞は、患者本人のものが望ましい。その投与量は患者の年齢や体重や性別や症状などに応じて適宜決定することが望ましいが、一例を挙げれば、数週間〜数ヶ月にわたって毎週または隔週、1×10〜1×1010個/日の割合で投与することにより、細胞が疾患部位に持続的に集積した状態が維持されるようにすることが望ましい。なお、使用する細胞は、アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性が異なる細胞からなる細胞集団であってもよいし、単一のアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を示すクローン細胞であってもよい。いずれの細胞を使用しても虚血性疾患の効果的な治療を行うことができるので、その調製段階における臍帯血、骨髄、末梢血からの細胞の採取や、細胞の培養などについての負担軽減化を図ることができる。
【実施例】
【0011】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。なお、以下の実施例では、血管内皮前駆細胞をEPCと略称する。
【0012】
(1)EPCの単離および培養
国立大学法人筑波大学倫理規則の厳守のもと、ヒト臍帯血より血球細胞を除き、単核細胞を単離し、IMDMに10%FBSおよびb−FGF10ng/mlを添加した培地を用い、37℃、5%COの培養条件下で培養し、蛍光励起細胞分取装置(FACS Vantage:BD Biosciences)を用いて増殖性の高いEPCを採取した(必要であれば非特許文献1やその参照文献などを参照のこと)。
【0013】
(2)アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性に従ったEPCの分離
BAAAを基質とするAldefluor試薬(StemCell technologies Inc)を用い、その取扱説明書に従ってEPCを染色した後、蛍光励起細胞分取装置(同上)にかけ、図1に示すように、前方散乱光(FSC)を横軸にして側方散乱光(SSC)を縦軸にしたスキャッタグラムを作成し、EPCの細胞集団領域に対するゲート設定をR1のようにして行い、細胞の蛍光強度と細胞数の関係をヒストグラムに展開して細胞集団の蛍光強度の分布を調べ、蛍光強度を横軸(Aldefluor)にして細胞数を縦軸(Relative cell number)にした凸状の分布からアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の高い細胞集団(Alde−High)と低い細胞集団(Alde−Low)を分取した(図1におけるAldefluor aloneで示される実線,Aldefluor+Inhibitorで示される破線はアルデヒドデヒドロゲナーゼの特異的阻害剤であるジエチルアミノベンズアルデヒドを添加して行ったネガティブコントロール)。細胞数頻度はAlde−Highが24.6±9.4%、Alde−Lowが37.3±1.5%であった(n=3)。
【0014】
(3)ALDE−HighとALDE−Lowの虚血性疾患に対する治療効果
C57/BL6とICRが混合した遺伝的背景を持つ成体マウスに対し、試験開始の2日前から試験終了までシクロスポリンAを20mg/kg体重(溶媒はPBS)で1日1回腹腔内投与することで免疫抑制を行った。試験は、背部に3cm×2cmの半島状の切り込みを入れたマウスに、GFPラベル化したAlde−HighとAlde−Low(いずれもMSCV−IRES−EGFPに感染させることによって調製)をそれぞれ5×10cells/マウス(溶媒はPBS)で尾静脈投与するとともに、対照群としてPBSのみを尾静脈投与し、7日後の切り込み部(虚血性病変部)の回復状況を観察することで行った(必要であればCirc Res.2003;93:e51−62およびNat Med.2004;10:858−864を参照のこと)。それぞれの投与群の試験結果を図2に示す(各群2頭ずつ)。図2から明らかなように、Alde−Low投与群では、Alde−High投与群とPBS投与群に比較して顕著な切り込み部の回復効果が見られた。
また、7日後のそれぞれの投与群のマウスの切り込み部の壊死領域割合(Necrotic area)を測定した結果を図3に示す(n=3)。図3から明らかなように、Alde−Low投与群は、Alde−High投与群とPBS投与群に対して有意に壊死領域割合が減少した(**P<0.01)。
さらに、Alde−Low投与群の7日後の切り込み部における血管新生状況を、GFP陽性EPCの局在の蛍光観察とテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)結合レクチンを用いた染色による蛍光観察により評価した。また、Alde−High投与群とAlde−Low投与群の7日後の切り込み部に遊走したGFP陽性EPCの個数を測定した。結果を図4に示す。図4から明らかなように、Alde−Low投与群の7日後の切り込み部にはGFP陽性EPCの集積が見られ(図4左上:GFP)、その局在部分の少なくとも一部はTRITC陽性毛細血管に相当していた(同左下:GFP/TRITC−Lectin矢印部分,Barは100μmを示す)。また、Alde−Low投与群は、Alde−High投与群に対して有意に切り込み部に遊走したGFP陽性EPCの個数(Number of GFP−positive cells)が多かった(同右,P<0.05)。
Alde−HighとAlde−Lowは、細胞表面マーカーの発現に差が見られないが(別途の試験にて確認)、唯一、アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の違いにより大別され、Alde−Lowのみが虚血性病変部に遊走して血管新生を誘発し、虚血組織の回復に寄与することは驚くべき事実であった。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明は、効果的な虚血性疾患治療剤の製造方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例におけるFACSによるAlde−HighとAlde−Lowの分離に関するチャートである。
【図2】同、Alde−HighとAlde−Lowの虚血性疾患に対する治療効果を示すマウスの写真である。
【図3】同、Alde−HighとAlde−Lowの虚血性疾患に対する治療効果の虚血性病変部の壊死領域割合に基づく評価結果を示すグラフである。
【図4】同、虚血性病変部への遊走特性に基づく評価結果を示す蛍光顕微鏡写真とグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管内皮前駆細胞の細胞集団におけるアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の分布を調べ、最も多くの細胞が示す活性よりも弱い活性を示す細胞を分取して使用することを特徴とする虚血性疾患治療剤の製造方法。
【請求項2】
細胞内のアルデヒドデヒドロゲナーゼと反応することにより細胞内に留まる形態を呈する光学的に検出可能な基質を細胞集団に添加した後、細胞の発光強度を指標にしてそのアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性量を測定することで活性の分布を調べることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
発光が蛍光であることを特徴とする請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
基質としてBODIPY−アミノアセトアルデヒドを用いることを特徴とする請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
血管内皮前駆細胞の細胞集団におけるアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の分布を調べ、最も多くの細胞が示す活性よりも弱い活性を示す細胞を有効成分とすることを特徴とする虚血性疾患治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−290961(P2008−290961A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−137091(P2007−137091)
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年3月22日 http://bloodjournal.hematologylibrary.org/cgi/content/abstract/bloodjournal;blood−2006−10−047092を通じて発表
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】