説明

蟹類養殖装置及び蟹類の養殖方法

【課題】
蟹類等の共食いの激しい水棲動物の養殖には、共食いを緩和するために様々な方法が考えられているが、経費や水質維持の観点から問題点が多く、蟹類の大量生産ベースでの養殖技術はいまだ確立されていない。
【解決手段】
蟹類等の種苗を投入した生簀の水面または水中を照明器具で照らし、蟹類の活発な摂餌活動を抑えるとともに、それに蝟集する生物を餌料として利用することで解決した。種苗の収容密度が高い場合等は必要に応じてシェルターを1基または複数基設置し、他の生餌や配合餌等を併用し残餌が出た場合も、多くは生簀底面より外へ出ていくため、腐敗による生簀内の水質悪化は低減される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蟹類の養殖装置及びその使用方法に関する。詳しくは、蟹類を養殖するための新規な装置とその装置を用いて蟹類を養殖する新規な方法に関する。さらに詳しくは海水中、汽水中又は淡水中に生息する蟹類を飼育ないし、養殖する際に発生する「共食い」等に起因する生存数の低下を抑え、かつ、脚部欠損の蟹類の増加を防止するための蟹類の養殖装置及びその装置を使用する蟹類の養殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蟹類のほとんどは、日中は潜砂する、岩陰に身を潜める等、行動が低調であるのに対し、夜間は餌を求めて活発に行動する性質を有する。
【0003】
蟹類は脱皮によって成長する動物であり、稚ガニから親ガニに成長するまでに数回から20回前後(通常は15回程度)の脱皮を繰り返す。脱皮直後の新生体は、甲羅及び脚部が軟甲であるため、砂底に潜ることができない。この脱皮直後の軟甲個体が同種の蟹類または外敵に遭遇すると、攻撃されて、共食い死又は斃死する。これが蟹類の養殖時の生存数や生存歩留まりを低下させている大きな原因である。蟹類等の共食いの激しい水棲動物の養殖には、共食いを緩和するために多量の生物餌料を与える、配合餌料や冷凍生餌を投餌回数の頻度を高く給餌する、飽食以上の給餌を行う等の方法がある。しかし、生物餌料を十分な量を与えるには購入経費が高く、配合餌料や冷凍生餌の投餌頻度をあげるには人的経費が高いため、経済行為としては成立しがたい。また、飽食以上の給餌は陸上水槽では腐敗による水質悪化を招き、生残が低下する。他の方法としてシェルターを多数設置し蟹同士の遭遇頻度を下げる方法もあるが、陸上水槽飼育時には残餌の除去が難しく、水まわりも悪化する為、残餌・糞等が発生した場合は腐敗による水質悪化を招き、生残が大きく低下することがある。したがって、蟹類の大量生産ベースでの養殖技術はいまだ確立されていない。蟹類の飼育方法として、特開2006-254880、特開2003-274793や特開2002-360110が見られるが、全ての飼育方法が池や水槽による飼育を基本とした発明であり、施設の拡大が困難である。今回の技術のような生簀式の飼育方法とは根本的に異なる。魚類の飼育方法として照明器具を用いた飼育方法は既に考案されているが、魚類飼育での目的は自然の生物餌を有効に使う目的のみで、蟹類の生態的特徴を生かした共食いの防止としての目的は蟹類固有のものであるため、目的そのものが一部異なる。また、今回の発明では共食いをより効果的に防止する為シェルターを併用する、照明器具を複数設置する方法も示しているが、魚類の飼育ではシェルターを併用する方法や照明器具を複数設置する方法は検討されていない。
【0004】
【特許文献1】特開2006-254880
【特許文献2】特開2003-274793
【特許文献3】特開2002-360110
【非特許文献1】栽培漁業シリーズ No.8 ハタハタの生物特性と種苗生産技術 社団法人 日本栽培漁業協会 平成14年3月発行 p32-33
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような状況に鑑み、本発明は稚ガニから市場に出荷できるサイズの親ガニに至るまでの養殖期間中における共食い死や斃死による蟹類の生存数の減少を効果的に防止するための蟹類の養殖装置及びその装置を用いて効果的に蟹類を養殖する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を達成するための、本発明1は、蟹類等の種苗を収容した海面飼育用生簀網内もしくは周辺を水中もしくは水面直上〜10mに設置した灯火、電球、蛍光灯、LED球等の電照器具により照明した蟹類の養殖装置である。
【0007】
本発明2は養殖装置内に、シェルターは網や布、人工海藻、天然海藻、天然柴、藁等を材料としたものであり、シェルターの配置は電照装置からの光がなるべく多く生簀の外へ漏れる様、光の進行方向に対し平行に配置してある蟹類の養殖装置である。
【0008】
また、本発明3は養殖装置内に、複数の電照器具を生簀内もしくは生簀上に設置する場合は生簀全面をできるだけ均等に照らすよう、分散して配置する蟹類の養殖装置である。
【0009】
本発明4は発明1から3のいずれ蟹記載の養殖装置を使用して実施する蟹類の養殖方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の蟹類の養殖装置とその装置を用いる蟹類の養殖方法を実施したところ、養殖期間中の共食い死や斃死を大幅に減少できた。
例えば、ガザミの場合、初夏に飼育を開始し、冬には食用サイズまで成長した。今回の発明により養殖事業が開始されれば、漁業による漁獲量が大幅に減少する冬場の漁獲量を補う形で大量に供給できる。

【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
まず、本発明の養殖装置に用いる照明器具について詳しく説明する。本発明で用いる照明器具は灯火、電球、蛍光灯、LED球等、水面もしくは水中を照らせるものであればどのような照明器具でも差し支えない。ただし、水面上で使用する場合も野外で使用するため、一定レベルの防水機能を兼ね備えたものが望ましい。
【0012】
水面上に照明器具を設置する位置については、照明器具が1基の場合は水面から離れると照度が落ちる為、生簀中央の可能な限り水面近くに設置する。これは、餌生物が出来るだけ多く生簀内にとどまるための措置である。ただし、照明器具が複数の場合は生簀内をなるべく均しく照明できるよう、場合により水面から離して設置することもありうる。これは、生簀内の餌生物や稚ガニを生簀全体に広く分散させるための措置である。
【0013】
水中に照明器具を設置する場合、照明器具の位置は、照明器具が1基の場合は生簀の中心部分に配置する。ただし、照明器具が複数の場合は生簀内をなるべく均等に照明できるよう配置する。
【0014】
シェルターは網や布、人工海藻、天然海藻、天然柴、藁等を材料としたもので、収容した蟹類同士の遭遇率を低下させるものであれば、どのようなものでも構わない。シェルターの配置は照明器具からの光をできるだけ、生簀の外へ漏らすよう光の進行方向に対して平行に配置するのが望ましい。これは出来るだけ広い範囲から光に集まる生物を集める為の措置である。また、照明器具に近い場所を中心に、光に集まる餌生物は高い密度となる上、蟹類の種類や成長過程によっては光に集まる習性もあるため、照明器具に近い場所に蟹類が集まることが多い。このため、照明器具に近い場所にシェルターを重点的に配置することが望ましい。また、初期は浮遊生活を行うが成長するに伴い底性生活へ移行するような蟹類の場合は、成長に合わせて底面に重点をおいたシェルターの数量、配置に変えていくのが望ましい。
【0015】
生簀網を複数基設置する場合は、可能であれば別の生簀網の光が届かない程度に離したほうが良い。これは生簀網同士が光に集まる生物の競合を防ぐためである。
【0016】
投餌を行う場合、餌の種類は蟹類が捕食可能なサイズの魚類、甲殻類等の活きているものが望ましい。都合により死んだ生物餌や配合飼料等を与える場合は、可能な限り投餌回数が多いほうが良い。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を図面に基づき、実施例によってさらに説明する。図1と図2は、本発明で使用する照明器具1と網生簀2、人工海藻シェルター3及び水面位置4の配置例を示している。以下、本発明を試験例によってさらに説明する。
【0018】
(試験例1)
〈照明器具設置の効果を検討する試験〉2007年に種苗生産されたガザミ稚ガニを使用し、容量1tの240径モジ網生簀2(2基)にそれぞれ、長さが5mの人工海藻シェルター3を投入し、配合飼料を昼夜関係無く2時間おき12回に分けて、飽食量以上に十分与えた。さらに試験区には照明器具1として60W耐震電球を水面上20cmに設置し、8月13日より25日間飼育した。飼育期間中、数回にわたり試験区及び対照区の稚ガニの生残数と成長を観察した。試験結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
表1に基づいて、試験の結果を考察する。試験区における稚ガニの成長及び生残率は対照区と比較して良好であった。また、夜間観察すると、照明器具で照らされた水面近くを中心に生簀の網目を通過した小型の生物が集まり、それらを捕食する稚ガニの行動が観察された。このことから、試験区の稚ガニは照明器具の設置により、光に餌となる生物が集まり、それを食べたことで対照区と比較して成長が良好となったと考えられた。試験区は活きた餌を捕食する為、照明器具の下に稚ガニが集まり他個体との接触機会が多く、また試験区対照区ともに配合飼料を飽食量与えているにもかかわらず、対照区の生残率が試験区より低かったことから、試験区は光により稚ガニの活動が鈍り、他の稚ガニを攻撃することが少なかったと考えられた。
【0021】
(試験例2)
〈シェルターの設置数を検討する試験〉2007年に種苗生産されたガザミ稚ガニを使用し、容量0.4tの240径モジ網生簀3基に60W耐震電球を水面上20cmに設置し、各生簀にそれぞれ人工海藻シェルター6m、13.5m、24mを投入し、9月24日より24日間飼育した。各生簀に収容した稚ガニは試験例1より少ない500尾であった。飼育期間中、数回にわたり試験区及び対照区の稚ガニの生残数と成長を観察した。試験結果を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
表2に基づいて、試験の結果を考察する。本試験結果よりシェルター数を増やすことで、大きく生残率は向上することが分かった。また、試験例1と比較して収容尾数を減らし、シェルター数を増やした本試験結果は、試験例1より生残率が高いことから、生残率は収容尾数とは反比例、シェルター数とは比例関係にあることが考えられた。試験例1の試験区では配合飼料を併用していたが、本試験では配合飼料は給餌していない。しかし、本試験では試験例1の試験区の結果より良好な生残率であったことから、配合飼料等の追加の餌は必ずしも必要無く、光に集まった生物餌量が不足していると判断される場合に併用する程度で良いと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明に係る養殖装置及び養殖方法は、蟹類の種類を問わず、どのような蟹類にも適用できるが、例えば、ガザミ、ノコギリガザミ、タイワンガザミ、ジャノメガザミ、イボガザミ、サワガニ、イシガニ、フタホシイシガニ、ケガニ、ズワイガニ、タラバガニ、ハナサキガニ、タイザガニ、ベニズワイガニ、アサヒガニ、シマイシガニ、イバラガニ、ヒラツメガニ、タカアシガニ、ヤシガニ、モクズガニ、チュウゴクモクズガニ等を対象に出来る。また、蟹類同様に共食いが激しく飼育が困難な、イセエビ、ニシキエビ、ゴシキエビ、カノコイセエビ、ウチワエビ、セミエビ、ゾウリエビ、アメリカウミザリガニ、ザリガニ、アメリカザリガニ、クルマエビ、クマエビ、コウライエビ、ヨシエビ、テナガエビ、ホッカイエビ、アカザエビ等の海老類にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係る一実施例を示す蟹類養殖装置の縦断面図である。
【図2】本発明に係る一実施例を示す蟹類養殖装置の平面図である。
【符号の説明】
【0026】
1 照明措置
2 網生簀
3 水面位置
4 人工海藻シェルター



【特許請求の範囲】
【請求項1】
蟹類の種苗を収容した海面飼育用生簀網内もしくは周辺を水中もしくは水面を照明する照明器具を設置したことを特徴とする蟹類養殖装置。
【請求項2】
上記蟹類養殖装置内に、シェルターを照明器具からの光の進行方向に対し平行に配置することを特徴とする請求項1に記載の蟹類養殖装置。
【請求項3】
上記照明器具を生簀内もしくは生簀上に一個または複数個、光が均等に分散する様に配置することを特徴とする請求項1に記載の蟹類養殖装置。
【請求項4】
上記蟹類養殖装置を用いて蟹類を養殖することを特徴とする蟹類の養殖方法。

【図1】
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【図2】
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