説明

血中デスアシルグレリン濃度による血糖値・血中インスリン濃度の予測方法

【課題】特定の炭水化物含有食品摂取後の血糖値や血中インスリン濃度を予測する方法や、特定の炭水化物含有食品が血糖値や血中インスリン濃度をどの程度上昇させるか、あらかじめ評価指標とするバイオマーカーを提供すること。
【解決手段】炭水化物含有食品を空腹時(摂取する前)と摂取した後経時的に、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の変化を予測し、血中デスアシルグレリン濃度を当該食品の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇性評価指標とする。空腹時の血中デスアシルグレリン濃度と比較して食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が、低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度低上昇性食品と評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品摂取後の血中デスアシルグレリン濃度を測定することにより、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度やその変化を予測する方法や、血中デスアシルグレリン濃度を当該食品の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇性評価指標とする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本の糖尿病人口は増加の一途を辿っており、増加を阻止する為の一次予防が課題となっている。食欲や体重の管理は一次予防の重要な因子である。食欲や体重増加は、様々な因子により調節されている。長年、成長ホルモン(GH)の下垂体前葉からの分泌は、視床下部ホルモンであるGHRHとソマトスタチンによって制御されていると考えられていたが、一方で成長ホルモン分泌促進物質(growth hormone secretagogue:GHS)と結合するレセプター(GHS−R)の内因性リガンドの存在が示唆されていた。グレリン(アシルグレリン)は、GHS−Rに特異的に結合する内因性リガンドとして胃組織から単離され、構造が決定された生理活性タンパク質であり、アミノ酸28個のペプチドの3番目のセリン残基がn−オクタン酸でアシル化修飾された構造を有する(非特許文献1〜3参照)。またグレリンは、ヒトを含む哺乳類のみならず、鳥類、両生類、魚類でも同定されており、なかでもN末端側の7アミノ酸は高度に保存され、いずれも3番目のセリン残基又はスレオニン残基に脂肪酸が付加されている(非特許文献4参照)。
【0003】
グレリンを投与すると、げっ歯類及びヒトにおいて、食欲を刺激し(非特許文献5〜10参照)、また、ラットやマウスを用いた研究により、グレリンは体重増加と脂肪蓄積を誘発する(非特許文献5〜8参照)。一方で、空腹時のインスリン濃度の上昇により、空腹時の血中グレリン濃度は低下する(非特許文献11及び12参照)。また、インスリン濃度の上昇によりグレリン濃度は低下することが報告されている(非特許文献13〜15参照)。これらの所見は、グレリンがインスリン分泌の調節に関与していることを示唆している。また、ヒト健常者と合併症のないII型糖尿病患者では空腹時の血漿グレリン濃度は、体格指数(Body Mass Index)と負の相関関係を示すことから、体重調節への関与も示唆されている(非特許文献16〜21参照)。かかる成長ホルモン分泌促進活性は、セリンの脂肪酸修飾が必須であるとされている(非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、ヒト血漿総グレリン濃度の80〜90%は、グレリンが脱アシル化されたデスアシルグレリンとして存在している。デスアシルグレリンは、グレリンと同様、アミノ酸28個からなり、3番目のセリン残基がn−オクタン酸でアシル化修飾されていないペプチド構造を有し、グレリンの生物活性は、n−オクタン酸によるアシル化修飾がとれることで不活化すると考えられていたが、デスアシルグレリンの生理作用は知られていなかった。
【0005】
長期にわたるデスアシルグレリンの過剰発現の効果を調査するため、デスアシルグレリンを過剰発現するトランスジェニックマウスが作出された。デスアシルグレリンを投与したマウスでの、食物摂取、胃内容排出、視床下部のc−Fos発現、及び視床下部の神経ペプチド遺伝子発現を測定したところ、デスアシルグレリンの投与により、視床下部の傍室核と弓状核に対する作用を通じて、食物摂取と胃内容排出速度が減少し、食欲不振を起こすコカインとアンフェタミンに制御される転写物とウロコルチンの遺伝子発現は増加した。デスアシルグレリン過剰発現マウスは、体重、食物摂取、及び脂肪の減少、並びに成長の線形減少を伴った。内容排出速度もデスアシルグレリン過剰発現マウスでは減少した。これらの知見により、グレリンと対照的にデスアシルグレリンは、食物摂取の減少と胃内容排出速度の減速を招くことが示された(非特許文献22参照)。
【0006】
また、グレリンとデスアシルグレリンの情報伝達経路は異なっていることが明らかになった。グレリンは胃から分泌されて胃壁内の迷走神経知覚線維終末の受容体に作用して、神経性に脳内に入力し、視床下部の弓状核にあるNPYニューロンを介して摂食や消化管運動を亢進させると考えられている一方、デスアシルグレリンは、胃から血液中に分泌され脳血管関門を通過して直接脳内に入り、視床下部の室傍核にあるCRFやウロコルチンニューロンに作用し、CRF2型受容体を介して、摂食や消化管運動を抑制することが明らかになっている(非特許文献23参照)。
【0007】
さらに、ELISAアッセイにより、健常者のボランティアの血漿中のグレリンとデスアシルグレリンの濃度を別々に測定すると、グレリンレベルは従前にRIAで測定した場合と同じレベルであったが、デスアシルグレリンレベルはRIAで測定した総グレリンレベルから予測されたよりも低かった。BMIに照らして調整後のグレリンの血漿レベルは、男性よりも女性のほうが高く、ホルモンのパラメーターもグレリンとデスアシルグレリンと相関性があった。これらの知見により、グレリンとデスアシルグレリンを別々に測定することで、構造や、性差、生理学的な関与について情報が得られるであろうことが示唆された(非特許文献24参照)。
【0008】
また、デスアシルグレリンの静脈内投与は、グレリンの静脈内投与により誘導されるグルコースレベルの増加及びインスリンレベル分泌の抑制という作用を阻害することから、デスアシルグレリンはグレリンの末梢作用の機能的アンタゴニストとして作用するという知見をもとに、デスアシルグレリン、その類似体、及びその塩の食後のインスリン抵抗性の誘発を予防及び/又は軽減するための組成物が提案されている(特許文献1参照)。
【0009】
一方、Jenkinsらによって提唱されたグリセミックインデックス(GI)は、同じ糖質量の食品であっても、素材が異なれば血糖値への影響は同様でないという考えに基づくもので、ブドウ糖(糖質50g相当)を摂取開始から2時間までの血糖上昇下面積(IAUC)を100とした場合に、ブドウ糖と同糖質量の試験食品を摂取し、試験食品の面積とグルコースの面積の比に係数100をかけたものとして表される糖質の質を表す指標であり(非特許文献25参照)、疫学研究により低GI食は糖尿病発症の重要な抑制因子であるとされている(非特許文献26〜28参照)。
【0010】
【特許文献1】特表2005−511771号公報
【非特許文献1】Nature 1999; 402(6762):656-660
【非特許文献2】Endocrinology 2000; 141:4255-4261
【非特許文献3】Bio Clinica 2003 18(6):486-487
【非特許文献4】細胞2005; 37(12):4-7
【非特許文献5】Nature 2000; 407:908-913
【非特許文献6】Diabetes 2001; 50:2540-2547
【非特許文献7】Endocrinology 2000;141:4325-4328
【非特許文献8】Nature 2001; 409:194-198
【非特許文献9】Gastroenterology 2001; 120:337-345
【非特許文献10】J Clin Endocrinol Metab 2001; 86: 5992
【非特許文献11】Diabetes 2002; 51: 3408-3411
【非特許文献12】Diabetes 2003; 52: 2546-2533
【非特許文献13】J Endocrinology 2002; 175: R7-R11
【非特許文献14】J Clin Endocrinol Metab 2002; 87: 3997-4000
【非特許文献15】J Endocrinol Invest 2002; 25: RC36-8
【非特許文献16】N Engl J Med 2002;346:1623-30
【非特許文献17】J Clin Endocrinol Metab 2002; 87: 240-4
【非特許文献18】Am Clin Lab 2002; 21: 22-3
【非特許文献19】J Clin Endocrinol Metab 2002; 87: 2984
【非特許文献20】Eur J Endocrinol. 2001; 145: 669-73
【非特許文献21】Diabetes 2001; 50: 707-9
【非特許文献22】Gut 2005;54:18-2)
【非特許文献23】Gastroenterology 2005;129(1):8-25
【非特許文献24】J.Clin EndocrinolMetab 90:6-9
【非特許文献25】Am J Clin Nutr 1981; 34: 362-6
【非特許文献26】Diabetes Care 1997; 20: 545-50
【非特許文献27】Am J Clin Nutr 2000; 71: 921-30
【非特許文献28】Am J Clin Nutr 2006; 83: 1161-9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、特定の炭水化物含有食品摂取後の血糖値や血中インスリン濃度を予測する方法や、特定の炭水化物含有食品が血糖値や血中インスリン濃度をどの程度上昇させるか、あらかじめ評価指標とするバイオマーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、食事形態や食物繊維含量が異なる3つの試験食(グルコース:液体・単純糖質・高GI(GI値100)/米:固体・複合糖質・高GI(GI値80)/大麦:固体・複合糖質・低GI(GI値30))を用い、血糖値や血中インスリン濃度の他満腹感等と、デスアシルグレリンとの関係を評価した。その結果、食後のデスアシルグレリン濃度やその変動が少ない食品ほど、血糖値やインスリン濃度の上昇が抑制されること、また、食後のデスアシルグレリン濃度の差異は、血糖値ではあまり差が見られない場合でも生じること、低GI食であればデスアシルグレリン濃度は食前と比べて低下せず変化が少ないことを見い出した。したがって、デスアシルグレリン濃度及びデスアシルグレリン濃度の変化は食事負荷に対する生体反応を評価する上で、血糖値や血中インスリン濃度よりも、より鋭敏な指標となりうる可能性が考えられ、食の質、すなわちGI値とは異なるバイオマーカーになりうることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち本発明は、[1]炭水化物含有食品を摂取した後、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度を予測する方法や、[2]空腹時における血中デスアシルグレリン濃度についても測定することを特徴とする上記[1]記載の方法や、[3]空腹時の血中デスアシルグレリン濃度と比較して食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が、(a)低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇の程度が小さい;(b)低下して、かつ変動が大きい場合に、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇の程度が大きい;と予測することを特徴とする上記[2]記載の方法や、[4]炭水化物含有食品として、糖質量75g以上の炭水化物を含有する食品を用いることを特徴とする上記[1]〜[3]のいずれか記載の方法に関する。
【0014】
また本発明は、[5]炭水化物含有食品を摂取した後、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度を予測し、血中デスアシルグレリン濃度を当該食品の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇性評価指標とする方法や、[6]空腹時における血中デスアシルグレリン濃度についても測定することを特徴とする上記[5]記載の方法や、[7]空腹時の血中デスアシルグレリン濃度と比較して食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が、(a)低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度低上昇性食品と評価する;(b)低下して、かつ変動が大きい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度高上昇性食品と評価する;ことを特徴とする上記[6]記載の方法や、[8]糖尿病の予防をすることが可能な食品であるかどうかを評価することを特徴とする上記[5]〜[7]のいずれか記載の方法や、[9]炭水化物含有食品として、糖質量75g以上の炭水化物を含有する食品を用いることを特徴とする上記[5]〜[8]のいずれか記載の方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、血中デスアシルグレリン濃度を測定することにより、血糖値と血中インスリン濃度を同時に予測することができ、また、食事負荷に対する生体反応を評価する上で、血糖値や血中インスリン濃度よりも、より鋭敏な指標となり、食品の質、すなわちGI値とは異なる新たなバイオマーカーを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の方法としては、炭水化物含有食品を摂取した後、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度やその変化(変動)を予測する方法や、炭水化物含有食品を摂取した後、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度やその変化(変動)を予測し、血中デスアシルグレリン濃度を当該食品の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇性評価指標とする方法であれば特に制限されるものではなく、炭水化物含有食品の摂取量としては、予測精度等の向上の点から糖質量(炭水化物量)として30g以上が好ましく、50g以上がより好ましく、特に75g以上が好ましく、中でも100g以上が好ましい。食品中の糖質量の測定方法としては、従来公知の測定方法であれば特に制限されず、例えば、フェノール硫酸法(J.E.Hodge, B.T.Hofreiter, "Methods in carbohydrate chemistry" Vol. 1 ed. by R.L.Whistler, M.I.Wolfrom, Academic Press, Inc., New York, N.Y., 1962 p388)、酵素法、遊離糖類の高速液クロマトグラフィー(HPLC)分析法、ベルトラン法等を挙げることができる。
【0017】
炭水化物含有食品を摂取した後の血中デスアシルグレリン濃度の測定は、経時的に3〜5時間測定することが好ましく、例えば30分又は60分ごとに3〜5時間測定することが好ましい。また、空腹時や当該炭水化物含有食品の摂取前における血中デスアシルグレリン濃度についても測定することが、予測精度等を向上させる点で好ましい。
【0018】
そして、空腹時あるいは炭水化物含有食品の摂取前の血中デスアシルグレリン濃度と比較して、(a)食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇の程度が小さい;(b)食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が低下して、かつ変動が大きい場合に、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇の程度が大きい;と予測することができ、また、(a)食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度低上昇性食品と評価する;(b)食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が低下して、かつ変動が大きい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度高上昇性食品と評価する;ことができる。
【0019】
血中デスアシルグレリン濃度、好ましくは血漿中や血清中、より好ましくは血漿中のデスアシルグレリン濃度の測定方法としては、例えば、デスアシルグレリンを特異的に認識する抗体を用いた酵素免疫測定法(ELISA法)やC末端抗体を用いたラジオイムノアッセイ法、あるいは、ガスクロマトグラフィー(GC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、及びGCマススペクトロメトリー(GC−MS)等の機器による分析法を挙げることができるが、デスアシルグレリンの特異的モノクローナル抗体を用いたELISA法が好ましい。
【0020】
血中デスアシルグレリン濃度を炭水化物含有食品の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇性評価指標とする方法により、血糖値及び/又は血中インスリン濃度低上昇性食品と評価された場合、当該食品は糖尿病の予防をすることが可能な食品、特にインスリン抵抗性に起因する糖尿病の予防をすることが可能な食品、インスリン濃度の上昇抑制による糖尿病の予防をすることが可能な食品であるといえる。
【0021】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。なお、以下の実験等は、徳島大学倫理委員会の承認を受け、被検者は試験開始前に試験内容及び方法などについて十分な説明を受け、文書による同意を得てから実施された。
【実施例1】
【0022】
デスアシルグレリンと血糖・インスリン反応や満腹度との関係を評価する為の試験をおこなった。
【0023】
(対象者)
被検者は、健常者9名(男性6名、女性3名、年齢26.7±1.1歳、BMI22.0±0.7kg/m)であった。被検者に対し事前に健康診断を行い、空腹時血糖値及び血清インスリン濃度が正常であることを確認した。被検者の肝機能、腎機能は正常で、代謝性疾患、消化器疾患の既往もなかった(表1参照)。
【0024】
【表1】

【0025】
(試験食)
グルコース(GL)、日本人の主食として欠かすことはできないが、パンやパスタと比べ高GIの食品である米飯(WR)、及び日本人に馴染みのある食品で、穀類の中でも水溶性食物繊維を多く含み、低GIの食品である麦飯(BAR)を試験食として用いた。米飯は『サトウのごはん』(佐藤食品工業株式会社製)の同一ロットを用い、摂取10分前に500Wで2分間電子レンジで加熱した。大麦は『押麦』(株式会社はくばく製)を用いた。押麦は重量の2倍の水に90分間浸水させ、炊飯、放冷し、冷凍保存したものを試験前日から解凍して試験食に用いた。調理条件を統一させるために米飯と同様、試験食摂取10分前に500Wで2分間電子レンジで加熱した。すべての試験食の糖質量は75gに統一した(表2参照)。グルコースはトレーランG(225mL)を用いた。GL以外の試験食は水とともに摂取し、総容量が650mLとなるように飲水量を調節した(表2参照)。摂取時間は20分以内であり、1口あたりの咀嚼回数は約25回程度で摂取するよう指示した。また、試験食と水は交互に摂取するよう指示した。
【0026】
【表2】

【0027】
(試験デザイン)
[採血]
本試験はランダムクロスオーバー方式で行った。各試験日は1週間間隔をあけて実施した。試験前日は、欠食、飲酒、激しい運動を禁止し、20時に指定の夕食を摂取した後、水以外の摂取を禁止した。試験当日は、午前8時から安静状態を保った後、試験食を摂取する前の空腹時に0分として採血を行った。午前9時から試験食を摂取し、各試験食を摂取後、30分、45分、60分、90分、120分、180分、240分の各時間に採血した。
【0028】
[血漿グルコース濃度、血清インスリン濃度、血漿デスアシルグレリン濃度、及び血清遊離脂肪酸濃度の測定]
血漿グルコース濃度はヘキソキナーゼ法、血清インスリン濃度はEIA法、血漿デスアシルグレリン濃度はELISA法、血清遊離脂肪酸濃度は酵素法により測定した。
【0029】
[血糖値AUCの測定]
また、0分から各採血時間までの血糖値反応曲線を作成し各時間帯での濃度曲線下面積(area under the curve;AUC)を計算し、試験食を摂取した後の血糖(グルコース)値の上昇を反映させた。なお、基準となる0分の血糖値より下回る部分の面積は、AUCとして算出しないこととした。
【0030】
[インスリン濃度AUCの測定]
また、0分から各採血時間までのインスリン濃度反応曲線を作成し、各時間帯での濃度曲線下面積(area under the curve;AUC)を計算し、試験食を摂取した後のインスリン濃度の上昇を反映させた。なお、基準となる0分のインスリン濃度より下回る部分の面積は、AUCとして算出しないこととした。
【0031】
[視覚的評価法]
採血と同時に、視覚的評価法(visual analog scale;VAS)を行い、被検者の主観的な満腹度、空腹度を評価した。VASの評価用紙には10cmの線分の下側に空腹、上側に満腹と記載され、被検者は各時間での採血時における感覚に該当する位置に印をつけることで評価を行った。空腹0点、満腹10点として両端から被検者の評価点までの距離を測量することによりその評価値を求め、VAS評価点とした。
【0032】
[統計処理]
各検査の値は平均値±標準誤差(mean±SE)として示し、一元配置分散分析後、Fisher PLSD法による多重比較にて解析した。なお、全ての統計処理はStatView(登録商標)(version 5.0、SAS InstitudeInc.社製 Cary,NC,USA)を用い、危険率p<0.05を統計学的に有意とした。
【0033】
(結果)
[血糖値]
各試験食摂取後0〜240分の血漿グルコース濃度の変化を図1−aに示す。BAR摂取後30分、45分及び60分ではGL及びWR摂取後と比較して、血糖値は有意に低値を示したが、GL摂取後180分及び240分ではWR及びBAR摂取後と比較して、血糖値は有意に低値を示した。
【0034】
[血糖値AUC]
各試験食摂取後0〜240分の血糖値のAUCを図2−aに示す。BAR摂取後0〜30分、0〜60分のAUCは、GL及びWR摂取後と比較して有意に低値を示した。BAR摂取後0〜120分、0〜180分、0〜240分のAUCは、GL及びWRに対し低値を示す傾向がみられたが、有意差はみられなかった。
【0035】
[血清インスリン濃度]
各試験食摂取後0〜240分の血清インスリン濃度の変化を図1−bに示す。WRはGLと比べ、血糖値に有意な差は見られなかったが、インスリンは有意に低値を示した。また、BAR摂取後では食後30分に血清インスリン濃度が頂値を示したのに対し、GL及びWR摂取後では食後45分に頂値を示した。また、BAR摂取後60分では、血清インスリン濃度はGL及びWR摂取後と比較して、有意に低値を示した。
【0036】
[血清インスリン濃度AUC]
各試験食摂取後0〜240分の血清インスリン濃度のAUCを図2−bに示す。WR及びBAR摂取後では0〜30分、0〜60分、0〜120分、0〜180分、0〜240分の全ての区間においてGLと比較して有意に低値を示し、WRと比較してBARは食後0〜120分及び0〜180分に有意に低値を示した。
【0037】
[血清遊離脂肪酸濃度]
各試験食摂取後0〜240分の血清遊離脂肪酸濃度の変化を図1−cに示す。血清遊離脂肪酸濃度はいずれの試験食においても摂取後に低下した。BAR摂取後の血清遊離脂肪酸濃度は、他の2群と比較して食後の低下が緩やかであり、食後45分、120分ではGL摂取後と比較して有意に高値を示し、また食後180分ではGL及びWR摂取後と比較して有意に高値を示した。GL摂取後の血清遊離脂肪酸濃度は、食後240分では空腹時と同程度まで上昇し、WR及びBAR摂取後と比較して有意に高値を示した。食後240分での血清遊離脂肪酸濃度はGL>WR>BAR摂取後の順に高値を示した。GL摂取4時間後に見られた遊離脂肪酸濃度の急上昇は、引き続いて摂取する食事に対する血糖、インスリン反応を上昇させる可能性が示唆される。
【0038】
[血漿デスアシルグレリン濃度]
各試験食摂取後0〜240分の血漿デスアシルグレリン濃度の変化を図1−dに示す。血漿デスアシルグレリン濃度はBAR摂取後において食後の変動が最も少なかった。GL摂取後30分から180分の血漿デスアシルグレリン濃度は、BAR摂取後と比較して有意に低値であった。WR摂取後60分の血漿デスアシルグレリン濃度はBAR摂取後と比較して有意に低値であり、またGL摂取後120分の血漿デスアシルグレリン濃度は、WR摂取後と比較して有意に低値であった。また、食事を摂取したときの血糖値(図1−a参照)、インスリン濃度(図1−b参照)、デスアシルグレリンの(図1−d参照)濃度変化を比較した場合、GL及びWRのように食後血糖値が高い食品(高GI食)ほど、デスアシルグレリン濃度は低く、BARのように食後血糖値が低い食品(低GI食)では、デスアシルグレリン濃度は高値を示した。また、BAR摂取後のデスアシルグレリン濃度は、試験食摂取前と比較して低下せず変動が最も少なかった。
【0039】
[満腹度、空腹度]
各試験食摂取後0〜240分の満腹度の変化を図1−eに、空腹度の変化を図1−fに示す。満腹度はいずれの試験食においても摂取後30分で頂値を示し、BAR摂取後の満腹度は、GL摂取後と比較して有意に高値を示した。試験食摂取後の満腹度はいずれの区間においてもBAR>WR>GLの順に高値を示した。BAR摂取後の満腹度は、GL及びWR摂取後と比較して低下が緩やかであり、食後180分、240分ではGL及びWR摂取後と比較して有意に高値を示した。空腹度は、いずれの試験食においても摂取後速やかに低下し、食後30分で最低値を示した。いずれの試験食においても最低値から徐々に増加したが、いずれの時間においてもBAR摂取後の空腹度がGL及びWRよりも低値を維持した。
【実施例2】
【0040】
大麦の配合割合を詳細に検討する為の試験を行った。大麦は低GIの食品であるが、食感が悪い為に単独で摂取することは困難であり、大抵の場合、白米に20〜30%混ぜて摂取される。しかし、日常的に摂取可能な割合での、大麦の食後高血糖抑制効果は明らかとなっていない。そこで本研究の第二の目的として、大麦の濃度依存的な食後高血糖に及ぼす効果について検討した。
【0041】
(試験食)
米飯(WR)、糖質量の3割が大麦の糖質で、残りの7割が米飯である3割麦飯(30BAR)、及び糖質量の5割が大麦の糖質で、残りの5割が米飯である5割麦飯(50BAR)を用いた(表3参照)。実施例1と同様に、米飯は『サトウのごはん』(佐藤食品工業株式会社)を、大麦は『押麦』(株式会社はくばく)を使用し、加熱を行い、混合割合に応じて、30BAR及び50BARを調製した。全ての試験食の糖質量は75gに統一し、総容量が650mLとなるように飲水量を調節した(表3参照)。摂取時間及び咀嚼回数等の条件は実施例1と同様とした
【0042】
【表3】

【0043】
(試験デザイン)
採血、血糖値の測定、血糖値AUCの算出、インスリン濃度の測定、インスリン濃度AUCの算出、デスアシルグレリン濃度の測定、血清遊離脂肪酸濃度の測定、視覚的評価法については、実施例1と同様に行った。
【0044】
[統計処理]
各検査の値は平均値±標準誤差(mean±SE)として示し、米飯(WR)と3割麦飯(30BAR)、米飯と5割麦飯(50BAR)をそれぞれ対応あるt−検定(paired t-test)にて解析した。その他は実施例1と同様の処理を行った。
【0045】
(結果)
[血糖値]
試験食摂取後0〜240分の血漿グルコース濃度の変化を図3−aに示す。50BAR摂取後45分では、WRと比較して血糖値は有意に低値を示し、30BAR摂取後の血糖値は、WR摂取後と比較して有意差はみられなかったが、低値を示す傾向がみられた(p=0.07)。
【0046】
[血糖値AUC]
試験食摂取後0〜240分の血糖値AUCを図4−aに示す。30BAR及び50BAR摂取後0〜120分、0〜180分、及び0〜240分のAUCは、WR摂取後と比較して、麦の含有量が増加するとともに低値を示す傾向がみられたが、いずれの区間においても有意差はみられなかった。
【0047】
[血清インスリン濃度]
試験食摂取後0〜240分の血清インスリン濃度の変化を図3−bに示す。30BAR及び50BAR摂取後では食後30分に血清インスリン濃度が頂値を示したのに対し、WR摂取後では食後45分に頂値を示した。30BAR及び50BAR摂取後の血清インスリン濃度は、WRと比較して頂値からの低下がすみやかにおこり、食後60分では有意に低値を示した。
【0048】
[血清インスリン濃度AUC]
試験食摂取後0〜240分の血糖値AUCを図4−bに示す。血清インスリン濃度AUCは血糖値AUCと同様に麦の含有量が増加するとともに低値を示す傾向がみられたが、いずれの区間においても有意差はみられなかった。
【0049】
[血清遊離脂肪酸濃度]
各試験食摂取後0〜240分の血清遊離脂肪酸濃度の変化を図3−cに示す。50BAR摂取後の血清遊離脂肪酸濃度は食後120分及び180分で、WR摂取後と比較して有意に高値を示した。30BAR摂取後の血清遊離脂肪酸濃度はいずれの区間もWRとほぼ同じ値を示し、有意差はみられなかった。
【0050】
[血漿デスアシルグレリン濃度]
各試験食摂取後0〜240分の血漿デスアシルグレリン濃度の変化を図3−dに示す。血漿デスアシルグレリン濃度は、麦の含有量が多いほど食後の低下が少ない傾向が観察された。50BAR摂取後60分、180分の血漿デスアシルグレリン濃度はWR摂取後に比して有意に高値であった。
【0051】
[満腹度、空腹度]
各試験食摂取後0〜240分の満腹度の変化を図3−eに、空腹度の変化を図3−fに示す。満腹度はいずれの試験食においても摂取後30分で頂値を示し、30BAR及び50BAR摂取後の満腹度は、WR摂取後と比較して満腹度が持続し、食後180分、240分で有意に高値を示した。空腹度はいずれの試験食摂取後も食後30分に最低値を示した。30BAR、50BAR摂取後はWRと比較し、最低値からの上昇が緩やかであり、食後180分、240分は有意に低値を示した。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】グルコース(図1−a)、インスリン(図1−b)、遊離脂肪酸(図1−c)、デスアシルグレリン(図1−d)、満腹度(図1−e)、空腹度(図1−f)の平均値を示す。デスアシルグレリンについては、0分の値を0として、3種類の試験食を摂取した後4時間にわたる変動を表す。×はグルコース(GL); ○は白米(WR); ●は麦飯(BAR)を示す。図中、*はグルコースと麦飯の間で有意差(P<0.05)があることを示し、#はグルコースと白米の間で有意差(P<0.05)があることを示し、$は麦飯と白米の間で有意差(P<0.05)があることを示す。
【図2】実施例1における3種類の試験食を摂取後4時間にわたる、グルコース濃度のAUCの増分(図2−a)、及び、インスリン濃度のAUCの増分(図2−b)を示す。黒色は、グルコース(GL)、白色が白米(WR)、斜線が麦飯(BAR)であり、グラフの上に付されているabcについては、aとb、bとc、aとcのそれぞれの値に有意差があることを示す。
【図3】グルコース(図3−a)、インスリン(図3−b)、遊離脂肪酸(図3−c)、デスアシルグレリン(図3−d)、満腹度(図3−e)、空腹度(図3−f)の平均値を示す。デスアシルグレリンについては、0分の値を0として、3種類の試験食を摂取した後4時間にわたる変動を表す。○は白米; ▲は30%麦飯; ■は50%麦飯を示す。図中、*は白米と30%麦飯の間で有意差(P<0.05)があることを示し、#は白米と50%麦飯の間で有意差(P<0.05)があることを示す。
【図4】実施例2における3種類の試験食を摂取後4時間にわたる、グルコース濃度のAUCの増分(図4−a)、及び、インスリン濃度のAUCの増分(図4−b)を示す。白色は白米(WR)、斜線が30%麦飯(30BAR)、黒色が50%麦飯(50BAR)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭水化物含有食品を摂取した後、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度を予測する方法。
【請求項2】
空腹時における血中デスアシルグレリン濃度についても測定することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
空腹時の血中デスアシルグレリン濃度と比較して食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が、
(a)低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇の程度が小さい;
(b)低下して、かつ変動が大きい場合に、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇の程度が大きい;
と予測することを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項4】
炭水化物含有食品として、糖質量75g以上の炭水化物を含有する食品を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の方法。
【請求項5】
炭水化物含有食品を摂取した後、血中デスアシルグレリン濃度を測定し、デスアシルグレリン濃度及びその濃度変化から、当該食品摂取後の血糖値及び/又は血中インスリン濃度を予測し、血中デスアシルグレリン濃度を当該食品の血糖値及び/又は血中インスリン濃度の上昇性評価指標とする方法。
【請求項6】
空腹時における血中デスアシルグレリン濃度についても測定することを特徴とする請求項5記載の方法。
【請求項7】
空腹時の血中デスアシルグレリン濃度と比較して食品摂取1〜2時間後のデスアシルグレリン濃度が、
(a)低下せず、かつ変動が小さい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度低上昇性食品と評価する;
(b)低下して、かつ変動が大きい場合に、当該食品を血糖値及び/又は血中インスリン濃度高上昇性食品と評価する;
ことを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
糖尿病の予防をすることが可能な食品であるかどうかを評価することを特徴とする請求項5〜7のいずれか記載の方法。
【請求項9】
炭水化物含有食品として、糖質量75g以上の炭水化物を含有する食品を用いることを特徴とする請求項5〜8のいずれか記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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