説明

血小板の誘導方法

【課題】造血幹/前駆細胞に代表される血小板前駆細胞から、血小板を効果的に産生する新規な誘導方法を提供する。
【解決手段】支持多孔膜の少なくとも一方の面上に多孔薄膜が積層された特定の複合膜を浸漬した培養液中において、血小板前駆細胞を培養することで血小板前駆細胞を血小板へ分化させる血小板の誘導方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔薄膜と支持多孔膜が積層された特定の複合膜を用いて、血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ効率良く分化させる、血小板産生技術に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板は、直径2〜4μmの血液細胞の一種であり、生体において止血や血栓の形成に重要な役割を演じる。血小板は、骨髄中の造血未分化細胞が巨核球系前駆細胞を経て巨核球に分化した後、成熟した巨核球の細胞質がちぎれ、断片化したものであることが知られている。
血小板輸血は、がん化学療法や血小板減少症などの血液疾患の治療に広く実施されている。しかしボランティアドナーに頼る現行の血小板輸血は、1)血小板同種抗体(HLA、HPA由来)の出現により頻回受血者が次第に血小板輸血不応状態に陥ってしまうこと、2)ウインドウ期の輸血によるウィルス感染リスクが依然として存在すること、3)血小板の成分採血はドナーへの時間的負担が大きく、ドナー数も年々減少傾向にあるため医療現場での慢性的な血小板製剤不足が続いていること、等の問題が挙げられている。医療現場での血小板製剤不足の要因として、保存期間が短いこと(3日間)も挙げられるため、その問題を解決するため血小板の表面糖鎖を修飾することで血小板を低温で長期に保存する方法も提案されているが(非特許文献1)、実用化には至っていない。
また、がん化学療法後の血小板減少症に対するサイトカイン療法としてトロンボポエチン(TPO)を患者に投与する方法も検討されてきたが、期待された効果は得られず、逆に抗TPO抗体の発生といった課題も明らかとなり、開発は中断されている。人工血小板の開発も進められているが(非特許文献2)、未だ臨床応用の段階には至っていない。
これらの課題に対し、近年の再生医療技術の発展にともない、造血未分化細胞(主に造血幹/前駆細胞)を体外で培養(分化誘導)することで多量の血小板を産生・取得し、これを生体内に戻す輸血代替療法、すなわち体外血小板産生技術の検討が活発になってきた。このような技術が進歩し、将来的に血小板を工場で大量生産できれば、現在の献血システムは不要となり、血小板製剤不足やウィルスリスクの問題がほぼ解決されることになる。
造血幹細胞は、主に骨髄、臍帯血、末梢血を細胞ソースとして採取することが可能である。これらを細胞ソースとして用いる場合、自己骨髄や自己末梢血由来の造血幹細胞を用いて血小板を誘導すれば、血小板不応症の問題やウィルスリスクは完全に回避される。また同種の骨髄や臍帯血を用いる場合でも、近年の骨髄バンクや臍帯血バンクの充実によりHLAがほぼ100%一致する造血幹細胞を用いることが可能なため、同様に理想的な治療法となりうる。
造血未分化細胞を用いる体外血小板産生技術では、特に(1)造血未分化細胞から巨核球への分化誘導技術と(2)巨核球から血小板への分化誘導技術が重要となる。(1)については、代表的な巨核球誘導因子であるTPOを培養系へ添加する方法を基本技術とした報告が主体であり、例えばTPOと数種のサイトカインの組み合わせや(非特許文献3)、TPOと各種グルコサミノグリカンとの組み合わせによる巨核球誘導および増幅効率向上の報告(非特許文献4)などが挙げられるが、大きな進展は見られていないのが現状である。一方、(2)に関しては報告が殆ど無く、生体内における巨核球からの血小板放出メカニズムの解明に関する報告が幾つか見られる程度である(例えば非特許文献5や非特許文献6参照)。
すなわち、造血未分化細胞からの体外血小板産生技術は現在でも発展途上であり、新しい技術的アプローチが強く望まれている技術領域である。特に巨核球への分化及び又は巨核球からの血小板産生を効果的に誘起する技術開発は、体外血小板産生技術の実用化には不可欠である。
さらにこの技術は、骨髄や臍帯血からの造血未分化細胞を利用する場合に指摘される、幹細胞の量的な不足問題をクリアしうる幹細胞ソースとして注目される胚性幹細胞(ES細胞;Embryonic Stem Cell)や、ES細胞の倫理的問題や拒絶反応の問題を解決するとされ注目されている人工多能性幹細胞(iPS細胞;Induced Pluripotent Stem Cell)を用いる血小板産生技術(例えば特許文献1)にも応用できる可能性があるため、技術的インパクトは非常に大きいといえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−89432号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Science,Vol.301,1531−1534(2003).
【非特許文献2】人工血液,Vol.11,193−199(2003).
【非特許文献3】Blood, 91(1),353−359(1998).
【非特許文献4】YAKUGAKU ZASSHI,121(9),691−699(2001).
【非特許文献5】Blood,99(10),3579−3584(2002).
【非特許文献6】GENES&Dev.,17,2864−2869(2003).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、造血未分化細胞(血小板前駆細胞)から血小板を効果的に誘導・産生する新しい技術的手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、造血未分化細胞からの血小板誘導、特に巨核球からの血小板放出には従来の化学的因子(サイトカインや糖タンパク等の化学物質)を培養系に添加するだけの方法には限界があると考え、生体骨髄中の造血微小環境を参考にすることで、血小板誘導に効果的な物理的因子、すなわち足場となる構造体を培養系へ導入する技術的アプローチを取り入れた。そして種々の高分子構造体の血小板及び又は巨核球産生に与える効果を検討したところ、細胞の3次元保持を可能とする特定の支持多孔膜を培養系に加えると、造血未分化細胞からの効果的な血小板及び又は巨核球産生が誘起されることを見出した。また、数μm程度の孔を多数有する多孔薄膜と、細胞の3次元保持を可能とする支持多孔膜が積層された特定の複合膜を培養系に加えると、造血未分化細胞からの効果的な血小板産生及び又は巨核球産生が誘起されることを見出した。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
(1)支持多孔膜の少なくとも一方の面上に多孔薄膜が積層された複合膜を浸漬した培養液中において、血小板前駆細胞を培養することで血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ分化させる誘導方法であって、該多孔薄膜の開孔率が5〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦20、孔直径の標準偏差σd(μm)が0≦σd/D≦0.6であり、該支持多孔膜の平均流量孔径が1μm以上である上記誘導方法。
(2)支持多孔膜の少なくとも一方の面上に多孔薄膜が積層された複合膜を培養液に浸漬して形成される、多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域に血小板前駆細胞を配置して培養することで、血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ分化させる誘導方法であって、該多孔薄膜の開孔率が5〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦20、孔直径の標準偏差σd(μm)が0≦σd/D≦0.6であり、該支持多孔膜の平均流量孔径が1μm以上である上記誘導方法。
(3)多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜が存在しない領域の培養液によって多孔薄膜にシェアストレスを負荷させることを特徴とする、前記(2)に記載の誘導方法。
(4)多孔薄膜の平均膜厚T(μm)が0.5≦T≦30であり、膜厚の標準偏差σt(μm)が0≦σt/T≦0.5である前記(1)〜(3)のいずれか一に記載の誘導方法。
(5)多孔薄膜の開孔率が10〜80%である前記(1)〜(4)のいずれか一に記載の誘導方法。
(6)多孔薄膜の開孔率が15〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦10、平均膜厚T(μm)が0.5≦T≦15である前記(1)〜(5)のいずれか一に記載の誘導方法。
(7)支持多孔膜の平均流量孔径が1〜100μmである前記(1)〜(6)のいずれか一に記載の誘導方法。
(8)支持多孔膜が不織布である前記(1)〜(7)のいずれか一に記載の誘導方法。
(9)多孔薄膜を構成する有機高分子化合物が支持多孔膜中に侵入した構造を有する前記(1)〜(8)のいずれか一に記載の誘導方法。
(10)多孔薄膜の内部にて隣接する孔が連通している前記(1)〜(9)のいずれか一に記載の誘導方法。
(11)不織布が、平均繊維径7〜30μmの少なくとも1種の細繊維と、平均繊維径0.5〜5μmの少なくとも1種の微細繊維が交絡して混和した構造を有する前記(8)に記載の誘導方法。
(12)平均繊維径7〜30μmの細繊維が長繊維であり、平均繊維径0.5〜5μmの微細繊維が短繊維である前記(11)に記載の誘導方法。
(13)多孔薄膜が有する貫通孔の割合が20%以上である前記(1)〜(12)のいずれか一に記載の誘導方法。
(14)血小板前駆細胞が造血幹細胞である前記(1)〜(13)のいずれか一に記載の誘導方法。
(15)血小板前駆細胞が骨髄細胞または臍帯血由来細胞である前記(1)〜(14)のいずれか一に記載の誘導方法。
(16)臍帯血由来細胞が単核球である前記(15)に記載の誘導方法。
(17)少なくとも1種類以上のサイトカインを培養液中に添加する前記(1)〜(16)のいずれか一に記載の誘導方法。
(18)サイトカインがTPO、VEGF、およびSCFから選ばれる前記(17)に記載の誘導方法。
(19)予め血小板前駆細胞を支持多孔膜中に充填した後、該血小板前駆細胞が充填された複合膜を培養液に浸漬して血小板前駆細胞を培養する前記(1)〜(18)のいずれか一に記載の誘導方法。
(20)前記(1)〜(19)のいずれか一に記載の方法で作製される血小板及び/又は巨核球。
(21)前記(1)〜(13)のいずれか一に記載の複合膜を含んでなり、複合膜を培養液に浸漬して形成される、多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域に血小板前駆細胞を配置して培養することで、血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ誘導することを可能とする血小板及び/又は巨核球産生装置。
(22)下記(ii)の性質を有する支持多孔膜の少なくとも一方の面上に、下記(i)の性質を有する多孔薄膜が積層された複合膜であって、当該複合膜を浸漬した培養液中において、血小板前駆細胞を培養することで血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ分化させるために用いられる、複合膜。
(i)多孔薄膜の開孔率が5〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦20、孔直径の標準偏差σd(μm)が0≦σd/D≦0.6である
(ii)支持多孔膜の平均流量孔径が1μm以上である
【発明の効果】
【0007】
本発明の複合膜を用いる方法を用いれば、造血未分化細胞(血小板前駆細胞)を用いた体外血小板産生において効果的な血小板産生が可能となる。従って本発明の技術を単独または公知の技術との組み合わせにて用いることで、現行の血小板輸血に相当する量の血小板を体外で産生・取得し、これを生体内に戻すという安定かつ安全な輸血代替療法の完成が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】円筒状の培養容器に複数枚の複合膜を容器底面に対して平行に配置した培養方法の一態様を示した模式図である。
【図2】直方体状の培養容器に複数枚の複合膜を容器底面に対して垂直に配置した培養方法の一態様を示した模式図である。
【図3】カップ型容器を構成する筒状体の一態様を示した模式図である。
【図4】カップ型容器を構成する筒状体の一態様を示した模式図である。
【図5】クローズドタイプ培養装置の基本ユニットの一態様を示した模式図である。
【図6】実施例1で得られた複合膜の多孔薄膜側表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図7】実施例1で得られた複合膜(多孔薄膜部位)の断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例1、2、比較例1、2にて観察された培養細胞の倒立顕微鏡写真である。写真aとb;比較例1。培養皿内で、単純にSCF(50ng/ml)、TPO(10ng/ml)、VEGF(10ng/ml)を含む培養液により造血幹細胞を培養し、10日目の顕微鏡像。(a)明視野像。(b)蛍光像。少量の血液細胞の存在と、その中に少量の巨核球の存在が確認できる(b, 矢頭)。写真cとd;比較例2。0.4ミクロンの孔を有する市販の膜付きカップ型容器内で、比較例1と同様の培養液にて造血幹細胞を培養した10日目の顕微鏡像。(c)明視野像。(d)蛍光像。少量の血液細胞の存在と、その中に少量の巨核球の存在が確認できる(d, 矢頭)。写真eとf;実施例2。不織布つきのカップ型容器内で、比較例1と同様の培養液にて造血幹細胞を培養した10日目の顕微鏡像。(e)明視野像。(f)蛍光像。多量の血液細胞の存在と、その中に多量の巨核球の存在が確認できる(f, 矢頭)。写真gとh;実施例1。複合膜付きのカップ型容器内で、比較例1と同様の培養液にて造血幹細胞を培養した10日目の顕微鏡像。(g)明視野像。(h)蛍光像。多量の血液細胞の存在と、その中に多量の巨核球の存在が確認できる(h, 矢頭)。
【図9】メイギムザ染色を行った血液細胞の顕微鏡写真である。実施例1のカップ型容器内で増殖する血液細胞を回収してサイトスピン標本を作製し、メイギムザ法にて血液細胞を染色したもの。矢印で示すような20〜40μmの巨核球が観察される。
【図10】実施例1、2、比較例1、2で得られた全回収細胞数と巨核球数をまとめた表と棒グラフである。A;培養10日後の全回収細胞数と巨核球数を示した表。B;A表に示す全回収細胞数をグラフ化したもの。C;A表に示す巨核球数をグラフ化したもの。
【図11】実施例1、2、比較例1、2で行ったフローサイトメトリー法における血小板分画の解析図である。図中楕円で囲んだ領域が血小板分画。%は全細胞数に対するその血小板分画中の細胞数の割合を示す。(a)比較例1、(b)比較例2、(c)実施例2、(d)実施例1。
【図12】実施例1、2、比較例1、2で得られた全血小板数をまとめた表と棒グラフである。A;血小板数を示す表。B;A表に示す血小板数を棒グラフ化したもの。
【図13】実施例1、2、比較例1、2で得られた血小板数と巨核球数の比(血小板数/巨核球数)を棒グラフ化したものである。
【図14】実施例1、2、比較例2において10日間の培養後にwell下部から膜周辺領域を観察した倒立蛍光顕微鏡写真である。(a)比較例2、(b)実施例2、(c)実施例1。(a)と(c)ではキャップ外には血液細胞の流出が認めないが、(b)では流出している。図中破線は、カップ型容器の辺縁を示す。
【図15】実施例1と同様に造血幹細胞を10日間培養後に複合膜にシェアストレスを付加した後のカップ型培養器外の培養液中の血小板のフローサイトメトリー解析である。図中、赤枠は血小板分画を示し、%は全体の細胞中の血小板の占める割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本発明を詳細に説明する。
細胞
本発明において、血小板前駆細胞とは、血小板に分化しうる任意の未分化細胞の総称である。血小板前駆細胞としては、例えば造血幹細胞や、造血幹細胞から血小板への分化の過程にて見られる造血前駆細胞、骨髄球系前駆細胞、巨核芽球、巨核球などが挙げられる。また成体幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)、およびそれらが血小板に分化する過程で見られる細胞群も含むことができる。なお、血小板前駆細胞はこれらに限定されるものではない。
【0010】
血小板前駆細胞は、上記記載の未分化細胞の少なくとも1種から選ばれる。すなわち、純化した造血幹細胞や巨核球のみを血小板前駆細胞として用いても構わないし、2種以上が混在したものを用いても良い。
2種以上が混在した血小板前駆細胞としては、純化した細胞種の2種以上を意図的に混合して使用する方法と、種々の未分化細胞が混在した形態である骨髄細胞や臍帯血由来細胞を用いる方法が挙げられる。ただし、純化した血小板前駆細胞を用いる場合、一般的に巨核球は増幅しない細胞であり、また造血幹細胞も特殊な条件下でなければ体外増幅させることができないため、十分な血小板を得るためには多量の純化細胞が必要となるという問題がある。これに対し、血小板前駆細胞として骨髄細胞や臍帯血由来細胞を用いる場合、骨髄や臍帯血は種々の分化段階の未分化細胞が含まれ、その内の幾つかは体外増幅が比較的容易なため、培養による血小板前駆細胞の増幅効果が期待できる。従って、最終的に多量の血小板を得るためには後者は有効な方法である。 骨髄細胞は、哺乳動物の胎児、新生児、成体の骨髄由来の任意の細胞を用いることができる。骨髄細胞の哺乳動物からの採取は、周知の方法にしたがって行われる。骨髄細胞としては採取直後のものを用いることが好ましいが、凍結保存されている骨髄細胞を用いてもよい。
【0011】
臍帯血由来細胞も、哺乳動物由来のものであれば特に限定されないが、臍帯血中の単核球が好ましい。臍帯血からの細胞の採取は、周知の方法に従って行われる。
なお本発明の方法で得られた血小板を哺乳類に移植する場合は、移植する哺乳類と同じ種に由来する血小板前駆細胞を用いることが好ましい。特にヒトへの移植を行う場合、血小板前駆細胞(骨髄細胞や臍帯血由来細胞)のHLA(ヒト白血球抗原)がほぼ一致しているヒト由来細胞を使用することが好ましく、骨髄を用いる場合は自己骨髄を使用することが特に好ましい。
【0012】
複合膜
本発明で用いる複合膜は、多孔薄膜と支持多孔膜が積層した構造を有している。例えば、多孔薄膜1枚と支持多孔膜1枚が積層された2層構造(すなわち、「多孔薄膜/支持多孔膜」の構造)、支持多孔膜の両面が多孔薄膜である3層サンドイッチ構造(「多孔薄膜/支持多孔膜/多孔薄膜」の構造)、等の構造が挙げられる。
複合膜の支持多孔膜が、2枚の多孔薄膜によって挟まれた構造の場合は、それぞれの多孔薄膜の平均孔直径や開孔率等の物性、又は多孔薄膜を構成する物質等は同一であっても、異なっていてもよい。このような3層サンドイッチ構造の複合膜では、膜切断面から支持多孔膜中に血小板前駆細胞を導入することにより、血小板前駆細胞を膜内に閉じ込めた複合膜とすることができる。 ただし、1枚の多孔薄膜と1枚の支持多孔膜からなる構造が、製造も容易であり使い勝手もよいため好ましく用いられる。
【0013】
複合膜の膜厚は、厚すぎると種々の形態への加工特性が低下する。また複合膜が厚い場合、必然的に支持多孔膜が厚くなるため、多孔薄膜に近接して存在する血小板前駆細胞(特に巨核球)の割合が低下し、血小板への誘導効率が低下するので、その膜厚は5mm以下が好ましく、3mm以下がより好ましく、1mm以下が最も好ましい。一方、薄すぎると取り扱い性や加工性が低下するので、その膜厚は1μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましく、10μm以上が最も好ましい。
【0014】
まず、複合膜を構成する多孔薄膜について説明する。
多孔薄膜が有する孔を、複合膜の多孔薄膜平面に対して垂直な方向から見た時の孔の形状は特に限定されないが、血小板や巨核球の細胞質の容易な通過性を考慮すれば円形であることが好ましい。なおここに言う円形とは、完全な真円の他に、楕円状の形状も含む。
【0015】
多孔薄膜の膜平面を顕微鏡写真により観察した場合の、多孔薄膜の開孔率は5〜80%である。さらに10〜80%が好ましく、15〜80%がより好ましく、20〜70%がさらに好ましく、25〜70%が特に好ましく、最も好ましくは30〜60%である。開孔率が5%未満であると、巨核球からの血小板の誘導効率が低下する。また血小板前駆細胞を、多孔薄膜で仕切れられた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域に配置して培養する場合には、産生した血小板のみを多孔薄膜の孔を介して通過させ反対側の領域に分離し、回収することができるが、開孔率が5%未満であるとその分離効率が低下する。
本発明では、体骨髄中の血流を模し、培養液の液流により生ずるシェアストレスを血小板前駆細胞に与えることで細胞の分化誘導を促進することができる。しかし開孔率が低いと、支持多孔膜が存在しない領域の培養液によって多孔薄膜にシェアストレスを負荷させて培養を行っても、支持多孔膜中の細胞がシェアストレスを感知しにくいため、開孔率が5%未満であることは不都合である。一方、開孔率が80%を超えると多孔薄膜の強度が著しく低下するため、多孔薄膜の破損(破れ、亀裂)などの原因となる。
【0016】
平均孔直径D(μm)の値は、0.5≦D≦20、好ましくは1≦D≦15、より好ましくは1≦D≦10、最も好ましくは1≦D≦5である。Dが20μmを超えると、孔が大きすぎるため巨核球からの血小板の誘導効率が低下する。また血小板前駆細胞を支持多孔膜側の領域に配置して培養する場合には、産生した血小板のみを多孔薄膜の孔を介して通過させ反対側の領域に分離し、回収することができるが、Dが20μmを超えると、血小板前駆細胞の多くも孔を通過してしまうため、血小板のサイズ分離機能が発現しない。
一方、Dが0.5μmより小さくても、巨核球からの血小板誘導効率が低下するとともに、産生血小板は多孔薄膜を通過することができず、既述の産生血小板の分離が行われなくなってしまう。また、多孔薄膜にシェアストレスを負荷させて培養を行う場合も、上記開孔率に関する下限と同様に、Dが小さすぎると、支持多孔膜中の細胞がシェアストレスを感知しにくいため、0.5μm以上が望ましい。
【0017】
孔直径の標準偏差σd(μm)は、好ましくは0≦σd/D≦0.6であり、より好ましくは0≦σd/D≦0.5、特に好ましくは0≦σd/D≦0.4、最も好ましくは0≦σd/D≦0.3である。σd/Dが0.6を超えると、孔直径の大きさの分布が広くなり、巨核球から血小板への誘導効率が安定せず、産生血小板のみのサイズ分離の効率も低下する。
【0018】
本発明で用いる複合膜は、支持多孔膜の少なくとも一方の面上に多孔薄膜が積層されていればよい。なお支持多孔膜と多孔薄膜は、接着して容易に両者が分離しないことが実用上好ましい支持多孔膜と多孔薄膜は、多孔薄膜と支持多孔膜面の接触面の広い範囲に渡って接着部位が存在することが好ましいが、複合膜の四隅や周辺のみにおいて接着した構造であっても構わない。後者の場合、接着部位の構造は特に限定されず、公知の接着剤(溶出物等によって培養に悪影響を与えないもの)が使用されていても、熱融着されていても良い。
ただし支持多孔膜と多孔薄膜が、多孔薄膜の孔閉塞を最小限に抑えつつ、両者の積層面の広い範囲にて満遍なく接着部位が存在する場合、接着強度も高くなる上、支持多孔膜と多孔薄膜が接着または近接した状態が多くなることで血小板前駆細胞からの血小板誘導効率も高くなることが期待されるため、このような接着構造は特に好ましい。
上記の場合、接着剤等を用いて接着すると、多孔薄膜および支持多孔膜の孔閉塞が極端に多くなり好ましくない。従って、多孔薄膜に隣接する支持多孔膜面の少なくとも一部において、多孔薄膜の一部が支持多孔膜中に侵入している構造が好ましい。このような浸入状態とは、複合膜における多孔薄膜の表面を電子顕微鏡で観察した場合、多孔薄膜が支持多孔膜の凹み部位など(支持多孔膜が不織布の場合には繊維間空隙や繊維交絡部分)に侵入し、孔形状が乱れ、孔が多孔薄膜の支持多孔膜側面において閉塞したりしている状態(非貫通構造)として観察することができる。
【0019】
多孔薄膜と支持多孔膜が両者の積層面の広い範囲にて満遍なく接着した場合、支持多孔膜が多孔薄膜の孔を閉塞させる現象が起こるため、多孔薄膜が有する孔の全てが貫通した状態となることは極めて稀である。従って複合膜においては、多孔薄膜が有する貫通孔の割合は好ましくは20%以上であり、より好ましくは30%以上であり、さらに好ましくは40%以上、最も好ましくは50%以上である。貫通孔の割合が20%未満であると、巨核球からの血小板誘導効率や、産生血小板の分離効率が低下する。
本発明において、多孔薄膜の「貫通孔」とは、多孔薄膜側からの複合膜平面の顕微鏡観察(主に電子顕微鏡観察)によって、孔の反対側の支持多孔膜構造(多孔薄膜に接着していない支持多孔膜構造もしくは支持多孔膜の孔によって形成される空隙)が、その孔を通して観察可能なものをいう。
【0020】
多孔薄膜の平均膜厚T(μm)は、複合膜の断面を顕微鏡(主に電子顕微鏡)により観察した場合に測定することが可能であり、0.5≦T≦30であり、好ましくは0.5≦T≦20、さらに好ましくは1≦T≦15、特に好ましくは1≦T≦10、最も好ましくは1≦T≦7である。Tが0.5未満であると、膜強度が著しく低下するため使用時における膜破れの原因となり易い。また、Tが30を超えると巨核球からの血小板誘導効率や、産生血小板の分離効率が低下する。特に、支持多孔膜が存在しない領域の培養液によって多孔薄膜にシェアストレスを負荷させて培養を行う場合、支持多孔膜中の巨核球(血小板前駆細胞)にシェアストレスを感知させるためには、Tは小さい方が良い。
【0021】
膜厚の標準偏差σt(μm)は、好ましくは0≦σt/T≦0.5であり、より好ましくは、0≦σt/T≦0.4、特に好ましくは0≦σt/T≦0.3である。σt/Tが0.5を超えると、膜厚の分布が広くなり、巨核球から血小板への誘導効率が安定せず、産生血小板のサイズ分離の効率も低下する。
【0022】
なお、開孔率、D、σd、貫通孔の割合を、本明細書記載の方法にて規定できないものは、本発明の多孔薄膜の範囲外である。例えば不織布や、主に相分離法にて得られる3次元網状に連通孔を有する多孔質体は、本発明記載の方法ではこれらを規定することが困難であるので、本発明にいう多孔薄膜とは明らかに異なる。
【0023】
多孔薄膜の内部構造は特に限定されないが、孔は膜内部にて隣接する孔と連通していることが好ましい。さらに孔の構造は、直管構造でも屈曲管構造でも良く、特に限定されないが、特に膜内部にて球状に膨らんだ孔構造であることが、巨核球の細胞質進入や産生血小板の透過効率において好都合である。
【0024】
膜内部にて隣接する孔が互いに連通し、しかも膜内部の孔が球状に膨らんだ膜構造の製造方法は特に限定されるものではないが、微小水滴を鋳型とした公知の成膜方法(例えばThin Solid Films,327−329,854(1998).を参照)ではこのような多孔薄膜を製造することができ、この技術を応用した複合多孔膜とその製造方法はWO2005/014149A1パンフレットに開示されている。すなわちWO2005/014149A1パンフレットに開示された複合多孔膜は、本発明の血小板誘導方法で用いる複合膜の形態として最も適したものの一つである。
一方、孔が直管構造の多孔薄膜は、種々の薄い高分子フィルムに対して、放射線照射とそれに引き続いてエッチング処理を行う方法、フォトリソグラフィー法、突起構造を有するモールドを用いたナノインプリントリソグラフィー法等を施すことで製造可能である。
【0025】
多孔薄膜を形成する素材は有機素材でも無機素材でも構わないが、膜形成が容易な点で有機高分子化合物が好ましい。有機高分子化合物としては特に制限はなく、例えば、ポリ乳酸、ポリヒドロキシ酢酸、ポリカプロラクトン、ポリエチレンアジペートなどのポリエステル類、ポリウレタン類、ポリ(メタ)アクリル酸エステル類、ポリビニルアセタール類、ポリアミド類、ポリスチレン類、ポリスルホン類、セルロース誘導体、ポリフェニレンエーテル類、ポリエーテルスルホン類、ポリカーボネート類、ポリビニルアルコール、エチレンビニルアルコール共重合体などの単独素材、これらから選ばれる2種以上のポリマーアロイやブレンド物、又は上記ポリマーを形成するモノマーの共重合体などが挙げられるが、上記の例に限定されるものではない。
【0026】
次に、支持多孔膜について説明する。
支持多孔膜は、多孔薄膜を支持・補強し、複合膜に充分な機械的強度を付与する機能を担うが、機械的強度付与だけでなく血小板前駆細胞の足場材料としての機能も考慮する必要があるので、細胞を含む細胞浮遊液の透過性や、支持多孔膜内部への細胞導入性と導入された細胞の3次元保持性に適した孔径を有することが好ましい。したがって支持多孔膜は、平均流量孔径が1μm以上、好ましくは1〜100μm、さらに好ましくは1〜50μmの連通孔を有する。平均流量孔径が1μm未満であると、支持多孔膜内部、さらには支持多孔膜側の多孔薄膜面もしくはその近傍への血小板前駆細胞の導入が困難となり、血小板前駆細胞の3次元培養ができず、また多孔薄膜の特性を活かした血小板誘導を誘起することもできなくなる。平均流量孔径が100μmを超えると、多孔薄膜の支持が不十分となるため多孔薄膜が破れやすくなるし、血小板前駆細胞の3次元保持や足場としての機能が発揮できなくなる。
連通孔とは、支持多孔膜の一方の膜面から反対側の膜面にかけて連通した孔のことであって、その連通孔を通して液体やガスが通過するとこができるのであれば、その孔の膜表面の形状や膜内部の構造はどのようなものであってもよい。
【0027】
支持多孔膜の膜厚は、大きすぎると複合膜を種々の形態へ加工することが困難になり、また支持多孔膜内部への血小板前駆細胞の導入性が低下する場合もあるので、膜厚は好ましくは5mm以下、より好ましくは3mm以下、最も好ましくは1mm以下である。支持多孔膜が薄すぎると、支持層としての役割を果たせなくなる場合があるので、好ましくは1μm以上、より好ましくは5μm以上、最も好ましくは10μm以上である。
【0028】
支持多孔膜の具体例としては、天然繊維、合成高分子繊維、再生高分子繊維、ガラス繊維に代表される無機繊維、有機/無機複合繊維などから得られる不織布や、有機高分子素材を、熱溶融した状態、溶媒によって溶解した溶液状態、可塑剤を用いて可塑化した状態等から、発泡法、相分離法(熱誘起相分離法や湿式相分離法)、延伸法、焼結法等によって得られる三次元網状連通孔を有する多孔質体(多孔質膜)が挙げられる。また同様に天然繊維、合成高分子繊維、再生高分子繊維、ガラス繊維、有機/無機複合繊維などから得られる織布や編布、更に有機素材、無機素材、金属素材、それらのハイブリッド素材からなる各種メッシュ類などが挙げられる。
【0029】
なお、支持多孔膜には血小板前駆細胞(数μm〜数十μm)を含む細胞浮遊液(培養液)を吸収させることによって、同時に血小板前駆細胞を支持多孔膜中へ導入し、さらにそれら導入細胞の3次元的な保持機能に優れることが要求されるため、細胞サイズに応じた比較的大きな孔径(数μm〜数十μm程度)や空隙率の設計が容易なものであることが好ましい。不織布はこのような構造設計の幅が広いため、支持多孔膜として特に好ましいと言える。特に、孔径や目付けのバリエーションが豊富であり、加工性にも優れる有機高分子不織布は好ましく用いることができる。
【0030】
不織布に用いられる有機高分子素材としては、例えばポリアルキレンテレフタレート類、ポリカーボネート類、ポリウレタン類、ポリ(メタ)アクリル酸エステル類、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコール、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリビニルアセタール、ポリエステル類、ポリアミド類、ポリスチレン、ポリスルホン類、セルロース及びセルロース誘導体類、ポリフェニレンエーテル類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニル、ポリ塩化ビニル、ポリフッ化ビニリデン等、及びこれらを構成するモノマーの共重合体、更には上記高分子の1種又は2種以上のアロイ、ブレンド等が挙げられるが、不織布の素材は上記の例に限定されるものではない。
【0031】
支持多孔膜として不織布を用いる場合の不織布の平均繊維径は、大きすぎると多孔薄膜の孔の貫通性を阻害してしまう。逆に小さすぎると不織布自体の強度低下により複合膜として充分な強度を達成できない場合がある。従って、不織布の平均繊維径は、好ましくは0.1〜50μm、より好ましくは0.5〜30μm、更に好ましくは1〜15μm、最も好ましくは1〜5μmである。
【0032】
不織布の目付量は、多すぎると多孔薄膜の孔貫通性を阻害する場合や、不織布中への血小板前駆細胞の導入が困難な場合がある。少なすぎると多孔薄膜の支持・補強が充分にできない場合や、複合膜として充分な強度を達成できない場合がある。従って、不織布の目付量は、好ましくは5〜250g/m2、より好ましくは10〜150g/m2、更に好ましくは10〜100g/m2である。
【0033】
さらに本発明で用いる複合膜には、1)後述するように細胞浮遊液(培養液)に浸漬するか、支持多孔膜側から細胞浮遊液を通液することで容易に細胞を支持多孔膜内部、さらには支持多孔膜側の多孔薄膜表面もしくはその近傍まで導入することができること、2)多孔薄膜には膜破れがなく良好な形状で支持多孔膜に満遍なく接着していること、という2つの性能が要求される。これらの要求を満たすためには、WO2005/014149A1パンフレットに開示された製造方法に従い、支持多孔膜として少なくとも1種の細繊維と、少なくとも1種の微細繊維が交絡して混和した構造を有する不織布を用いて作成した複合膜を用いることが好ましい。
【0034】
細繊維とは、平均繊維径が、不織布全体の機械的強度保持と多孔薄膜の良好な一体成膜性の観点から7〜30μmであり、10〜25μmが好ましく、13〜20μmが特に好ましい。細繊維の繊維径が7μmより小さいと複合不織布あるいは複合膜全体の機械的強度が不十分となり扱いが困難になる。一方、繊維径が30μmよりも大きいと多孔薄膜と接着する面積が多くなることで多孔薄膜の孔貫通性を著しく阻害する場合があり、また複合不織布表面に一体成膜(接着成膜)された多孔薄膜が、複合不織布表面の繊維径に起因するミクロな凹凸によって激しいアンジュレーションを生じ、膜面(特に繊維に沿った部分)に亀裂が生じて膜破れが発生しやすくなる。細繊維は、長繊維でも短繊維でも構わないが、細繊維が比較的少ない目付け量にて複合不織布さらには複合膜の機械的強度を主体となって担うことになるため、長繊維であることが好ましい。
【0035】
一方、微細繊維とは、平均繊維径が0.5〜5μmであり、1〜5μmが好ましく、1〜3μmが特に好ましい。微細繊維の繊維径が0.5μmより小さいと繊維強度が弱く切れやすくなるため、成膜中や複合膜使用時に繊維屑が発生することがあり用途によっては好ましくない場合がある。また微細繊維の繊維径が5μmよりも大きいと、細繊維の繊維径に近くなるため、微細繊維の導入の意義が薄れてしまう。さらに細繊維と微細繊維が絡みにくくなるため、両繊維が交絡して混和した構造が不十分となり、繊維の複合化効果が十分に発現されなくなってしまう。微細繊維は長繊維であっても短繊維であっても構わないが、細繊維との交絡や細繊維領域への進入が起こりやすいことが好ましいので、短繊維であることが好ましい。
【0036】
複合不織布を構成する細繊維と微細繊維の総重量における、微細繊維の重量割合(wt%)は特に限定されないが、1〜50wt%が好ましく、5〜40wt%がより好ましく、10〜30wt%が特に好ましい。1wt%未満であると微細繊維の導入効果が発揮できない。50%を超えると複合不織布の機械的強度が低下する。
【0037】
複合不織布における細繊維と微細繊維が交絡して混和した構造とは、細繊維にて形成される不織布層中に微細繊維が進入した構造であり、そのような構造の存在は光学顕微鏡(特に実体顕微鏡)や電子顕微鏡にて確認することができる。細繊維層への微細繊維の進入の程度は、本発明の効果が得られるのであれば特に限定はされないが、細繊維層の隙間を微細繊維が均等に埋めた、微細繊維が細繊維層へ十分進入した構造が特に好ましい。
【0038】
細繊維層に微細繊維が進入した構造の複合不織布は、種々の方法によって得ることが可能である。例えば、スパンボンド法によって製造された細繊維不織布(長繊維不織布)とメルトブロー法によって製造された微細繊維不織布(短繊維不織布)を重ね、熱エンボスロールを用いる熱圧着法にて積層する方法が挙げられる。ただし、このような方法では細繊維層への微細繊維の進入が不十分となりやすい。これに対し、WO2004/094136号パンフレットに記載の方法、すなわちスパンボンド長繊維不織布の製造プロセスにおいて、移動する捕集体面上に溶融紡糸された多数本の連続長繊維からなる堆積長繊維ウエブに、直接メルトブロー微細繊維を吹き付けることを基本とする方法を用いると、微細繊維の進入が良好な不織布が得られる。具体的には、移動捕集体面上に溶融紡糸された多数本の連続長繊維からなる第一の堆積長繊維ウエブ(SW1)の全面に、メルトブロー微細繊維ウエブ(MW)が直接吹き付け形成され、更にこのMW層全面に同じく多数本の連続長繊維からなる第二の堆積長繊維ウエブ(SW2)を堆積すると、全体としてシート状SMSウエブ積層体が形成され、MW層がサンドイッチ状で熱圧着される工程の間に一体化されることでメルトブロー微細短繊維が全面で高度にスパンボンド細長繊維層に進入した複合不織布構造が得られるが、このような複合不織布は本発明において特に好ましい構造である。
【0039】
本発明で用いる複合膜は、親水性向上、タンパク非吸着性向上、細胞接着性の制御などのために、親水化処理に代表される膜表面改質を施してもよい。
膜表面改質、特に親水化処理の具体的な方法としては、(a)複合膜の表面に元来存在する官能基に高分子反応によって目的の親水性官能基等を導入する方法、(b)複合膜に電子線やγ線を照射してラジカルを発生させ、これに目的の親水性官能基を有するモノマーを作用させてグラフト重合する方法、(c)複合膜に必要な開始剤基を導入した後、必要に応じて触媒等を加えて行う種々のリビング重合法(例えばリビングラジカル重合法やリビングアニオン重合法)にて目的の官能基を有するモノマーをグラフト重合する方法、(d)複合膜に浸漬法やスプレー法を用いて目的の官能基を有するポリマーをコーティングする方法等が挙げられる。特に(d)のコーティング法は、コーティング用ポリマーの合成反応時において導入したい官能基の種類や量、重合連鎖分布等も容易に設計できるし、更にコーティングプロセス自体も簡便で、生産性も高くなるので好ましい。コーティング方法の詳細は、WO2005/014149A1パンフレットの記載に従えば良い。
またコーティング剤は、WO2005/014149A1パンフレットに記載の公知の合成親水性ポリマーや、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン等、ゼラチン、レクチン、ポリリジン等の従来公知の天然ポリマーの1種又は2種以上を用いることができる。
【0040】
培養方法
ここでは多孔薄膜1枚と支持多孔膜1枚が積層された2層構造の複合膜を用いた培養方法について説明する。
本発明における血小板前駆細胞の血小板への誘導は、複合膜を浸漬した培養液中において血小板前駆細胞を培養すること、すなわち複合膜と血小板前駆細胞を共存させた状態で、血小板前駆細胞を培養することで行われる。
培養液中に複合膜と血小板前駆細胞を共存させる方法は特に限定されないが、例えば(1)血小板前駆細胞を含む培養液に複合膜を浸漬する方法、(2)複合膜を予め入れた培養容器に血小板前駆細胞を含む培養液を入れる方法、(3)予め血小板前駆細胞を支持多孔膜中に充填した後、該細胞充填複合膜を培養液に浸漬する方法、が挙げられる。
なお、培養液中の血小板前駆細胞は、支持多孔膜中に保持された状態で3次元培養されることで巨核球への誘導効率が高まり、さらに巨核球は支持多孔膜に積層された多孔薄膜の近傍に存在して多孔薄膜の構造を感知することで血小板への誘導効率が高まると考えられるため、上記の方法(3)は好ましい方法である。
【0041】
上記(3)に示したように、血小板前駆細胞を支持多孔膜中に充填する方法は限定されないが、例えば血小板前駆細胞を含む細胞浮遊液を、複合膜の支持多孔膜面から多孔薄膜側に通液する方法が挙げられる。通液することで液体成分の大部分は透過排出され、細胞のみが支持多孔膜側の多孔薄膜表面またはその近傍に導入、捕捉される。液体成分の排出が遅い場合には、排出側(多孔薄膜側)を減圧するか、導入側(支持多孔膜側)を加圧してもよい。または排出側の多孔薄膜に吸水体(吸水シート等)を接触させておくと、簡単に液体成分の排出を加速することができる。
【0042】
培養液中に浸漬する複合膜の形状は特に限定されない。平膜をフラットな形状のまま浸漬してもよいし、プリーツ状やロール状に加工して、培養液中に配置・浸漬しても構わない。
平膜をフラットな形状のまま浸漬する場合は、例えば培養容器の形状に合わせた任意の形に切断し、それらの1枚もしくは2枚以上を容器底面に並行に配置してもよく、また1枚または2枚以上を容器底面に垂直に配置して浸漬しても構わない。図1は平膜複数枚を容器底面に平行に配置した模式図、図2は平膜複数枚を容器底面に垂直に配置した模式図である。なお図1のように平膜を容器底面に平行に配置する場合は、多孔薄膜側を底面に向けて平膜(複合膜)を配置すれば、重力によって支持多孔膜中の細胞を多孔薄膜近傍に近づけることができるので、多孔薄膜の構造を血小板前駆細胞が感知しやすく、血小板誘導効率に対して有利となる。
【0043】
複合膜をいかなる形状で培養液に浸漬する場合でも、培養液に浸漬する複合膜の面積は大きいほうが良い。浸漬面積が大きいと、支持多孔膜中に血小板前駆細胞が存在する確率が高くなり、さらに血小板前駆細胞が多孔薄膜近傍に存在する確率も高くなるため、血小板への誘導効率が高くなる。ただし、浸漬膜面積(浸漬膜量)が多すぎると、逆に培養容器中に入れられる培養液量、つまり細胞に必要な栄養分が少なくなるし、培養液全体に酸素が十分に行き渡らなくなる恐れも出てくる。従って複数枚の複合膜間には適切なスペーサーを入れるなどして、培養目的に応じて適切な膜浸漬量を判断する必要がある。
【0044】
また本発明における血小板前駆細胞の血小板への誘導は、複合膜を培養液に浸漬して形成される、多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域に血小板前駆細胞を配置して培養することで行われる。
ここでいう、2つの領域の「領域」とは、細胞を培養するための領域をいい、複合膜を構成する多孔薄膜が2つの領域を仕切る役割を担っている。従って、支持多孔膜の片面に多孔薄膜が積層された複合膜を培養液に入れた場合、当該多孔薄膜1枚を境に2つの領域が形成され、支持多孔膜の両面に多孔薄膜が積層された3層サンドイッチ構造の複合膜を培養液に入れた場合、当該複合膜の2つの多孔薄膜により3つの領域が形成されることになる。この場合、2枚の多孔薄膜に挟まれた領域、すなわち支持多孔膜自体が、支持多孔膜側の領域ということになる。
複合膜を培養液に浸漬して多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域を形成する方法も特に限定されないが、以下のような方法が挙げられる。
例えば、本発明で用いる複合膜を同じ大きさの四角形に切断し、互いに内側を支持多孔膜にして重ね合わせて3辺をヒートシールして得られる袋状の複合膜を培養液中に1枚配置すれば(袋の開口部は液面より上に出すか、封じておく)、袋状複合膜の内部と外部(袋の内部と外部)に多孔薄膜で隔てられた2つの隣接する領域が形成されるので、袋状複合膜の内部に血小板前駆細胞を含む細胞浮遊液を入れて細胞を濾過し、細胞を支持多孔膜内部に充填し、これを培養液に浸漬すればよい。同様に2枚の袋状複合膜を培養液中に配置すれば、多孔膜にて隔てられた培養領域が3つ得られ、3枚挿入すれば4つの培養領域が得られることになる。複数枚の袋状複合膜を培養液中に配置した形態を示す模式図は図2にて代替することができる。
また複合膜と種々の部材を組み合わせて培養装置(血小板産生装置)を組み立てることで、多孔膜で仕切られた少なくとも2つの領域を培養液中に形成することもできる。
【0045】
培養装置の基本構造は、ガラスやプラスチック製の筒状体の1つの端面に複合膜を接着させて一体化したカップ型容器と、該カップ型容器と培養液を内部に入れることが可能な容器を組み合わせたものである。筒状体の形態や大きさは特に限定されないが、例えば図3や図4のような形態が挙げられる。1つの端面への複合膜の接着は、複合膜の支持多孔膜側からでも多孔薄膜側からでも良く、用途や目的に応じて選択される。ただし既述のように、まず支持多孔膜側から複合膜中へ血小板前駆細胞を導入する場合は、支持多孔膜面を筒状体に接着した形態が使いやすい。
【0046】
培養系へのコンタミネーションを防ぐため、外気と遮断した形で培養を行う場合には、カップ型容器と、該カップ型容器と培養液を内部に入れることが可能な容器は一体化させておく必要がある。例えば図5に示したような基本ユニットの出入り口を配管等で接続することでクローズドタイプの培養装置とすることができる。図5の基本ユニットは、血小板前駆細胞の導入口(5)、培養液の導入口(6)、産生血小板浮遊液の取り出し口(7)、複合膜(8)、カップ型容器(9)、培養液容器(10)、ハウジング(11)、スターラー(12)からなるが、必要に応じて新たな導入口等を付設することは可能である。マグネティックスターラー等を装置下部に置くことで、スターラーを回転し、多孔薄膜を介して支持多孔膜側の血小板前駆細胞(特に巨核球)に流体によるシェアストレスを感知させることができる。
【0047】
以上のように培養液を多孔薄膜で仕切り、支持多孔膜側の領域に血小板前駆細胞を配置して培養する方法は、多孔薄膜の孔径を制御することで血小板前駆細胞から産生した血小板のみが多孔薄膜の孔を介して反対側の領域に移動することがサイズ的に可能となるため、培養終了後の産生血小板回収が容易となる。
特に図5のようなクローズドタイプの装置とすれば、支持多孔膜領域にて巨核球から血小板を産生させ、多孔薄膜の孔を通過して培養液容器側に出てきた産生血小板を培養液の循環・回収に伴って連続的に取得することも可能となる。この場合、培養容器側の培養液に血小板前駆細胞(特に巨核球)が混入することは、血小板産生の効率自体が減少すると考えられるため、血小板を除いた細胞群の混入をサイズ選択的に阻止する機能は、多孔薄膜の重要な機能の一つである。さらに自己の造血幹細胞(血小板前駆細胞)を用いて血小板産生を行う時には特に問題は発生しないが、白血球抗原の異なる他人の造血幹細胞(血小板前駆細胞)を用いる際や、あるいはES細胞やiPS細胞といった細胞を幹細胞ソースとして血小板産生を誘導する場合には、自己の細胞以外の細胞核を有する細胞が混入することは移植において危険が伴う。全血球から血小板のみを遠心分離にて選択的に回収する方法は存在するが、混入の危険性を避けるためには、有核細胞の膜外への透過をできるだけ妨げた方が有利であるため、多孔薄膜による血小板の選択的通過は重要な機能の一つである。
なお培養を行う際、複合膜の支持多孔膜側に、さらに1枚以上の支持多孔膜を重ねても良い。支持多孔膜を重ねることで、支持多孔膜側に導入された血小板前駆細胞の3次元培養領域が大きくなる。この場合、重ねる支持多孔膜は複合膜を構成する支持多孔膜と同じであっても異なっていても構わない。
【0048】
本発明の血小板誘導を行う際、培養液は静置した状態でも良いが、培養液を循環させたり、攪拌することが好ましい。これは培養液中の全細胞に対して酸素や栄養素を均等に供給する効果を有するが、さらに生体骨髄中の血流を模したシェアストレスを血小板前駆細胞に与えることで細胞の分化誘導、特に巨核球からの血小板放出を促進する効果がある。
特に、複合膜を培養液に浸漬して形成される、多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域、特に支持多孔膜中に血小板前駆細胞を配置して培養する場合、支持多孔膜が存在しない領域の培養液によって多孔薄膜にシェアストレスを負荷させれば、血小板前駆細胞が流体によるシェアストレスを多孔薄膜の孔を介して感知することで血小板放出が促進されるため、好ましい培養方法となる。支持多孔膜が存在しない領域の培養液によって多孔薄膜にシェアストレスを負荷させる方法は特に限定されないが、例えば培養液を攪拌して流動性を持たせる方法や、反対に多孔薄膜(複合膜)を移動、回転又は振動させたりすることでも培養液によってシェアストレスを負荷することが可能となる。ただし、シェアストレスを負荷しすぎると、産生血小板の凝集や活性化に繋がるため、注意が必要である。
【0049】
細胞の培養液としては、DMEM培養液、MEM培養液、α−MEM培養液、RPMI培養液、DMEM/F12培養液等、通常哺乳動物の細胞培養に用いられる培養液を用いることができる。また適量の牛血清またはヒト血清を添加しても構わない。添加される血清の量は、特に限定されず、細胞の起源や種類に応じて適宜設定される。好ましくは0%〜20%、より好ましくは5%〜10%程度の血清を添加する。血清に代えて、ニュートリドーマ(Behringer製)などの血清に代わる無血清培養液を使用してもよい。
【0050】
培養の期間は、血小板前駆細胞の種類によって異なるため限定されない。例えば血小板前駆細胞として造血幹細胞を用いる場合には、造血幹細胞から巨核球への誘導期間が必要であるため1週間程度が必要となる。一方、血小板前駆細胞として巨核球を用いる場合には、1〜4日間が好ましく、1〜2日間がより好ましい。いずれの場合にも、血小板の寿命は短いことを考慮し、血小板産生開始時期をモニタリングすることで産生血小板が失活しない培養期間を決定することが好ましい。
【0051】
培養の温度やCO2等の条件は、用いる細胞の性質に応じて適宜設定されるが、一般に4〜6%CO2、33〜37℃、特に5%CO2、37℃程度で行われる。培養に際しては、細胞の分化増殖を促すサイトカインを適宜培養液に添加してもよい。そのようなサイトカインとしては、例えば、EGF、TGF−α、HB−EGF、FGF、HGF等のEGFファミリー、TGF−β等のTGF−βファミリー、LIF等のILファミリー、VEGF−A等のVEGFファミリー、PDGF−AB、PDGF−BB等のPDGFファミリー、エフリンB等のエフリンファミリー、SCF(Stem Cell Factor)、TPOなどを挙げることができる。特に、TPO、VEGF、SCFなどが好ましい。
【0052】
添加されるサイトカインの量は、用いるサイトカインや細胞の性質に応じて適宜設定される。マウスの骨髄組織から単離された細胞を用いた場合、TPOであれば1〜50ng/ml程度、VEGFであれば1〜50μg/ml程度、SCFであれば1〜100ng/ml程度添加するとよいが、これらに限定されるものではない。
【0053】
必要な培養期間が終了したら、培養液から産生血小板を遠心濃縮等で回収する。複合膜を培養液から取り出す際にはピペッティング操作によって多孔薄膜面や支持多孔膜中の細胞(血小板を含む)を洗い流しても良い。また培養系が図5のようなクローズド系の場合は、使用したものと同じ培養液やPBS溶液等を培養容器中に新たに流し、液流にて産生血小板を含む細胞浮遊液を流しだし、遠心濃縮回収することができる。
【0054】
本発明では、血小板前駆細胞の培養誘導によって血小板及び又は巨核球を提供する。ここで血小板とは、巨核球から産生される2〜4μmの小さな細胞を指し、止血機能を有する。血小板由来成長因子(PDGF)やトランスフォーミング成長因子(TGF)、セロトニンなどを含んでおり、血管新生の促進作用、平滑筋収縮作用などもある。血小板はインテグリン(GPIIb/IIIa)を発現しており、フローサイトメトリーでも特異な領域に分画されることから、分化誘導された細胞は血小板であることが確認できる。また、巨核球とは、白血球や赤血球と同様に、骨髄において造血幹細胞が巨核球コロニー形成細胞と呼ばれる前駆細胞に分化し、さらに巨核芽球と呼ばれる未分化な細胞から分化した細胞である。この間、細胞は分裂を数回から十数回行う。巨核球の直径は40〜100μmである。骨髄では骨髄静脈洞の血管内皮細胞直下に多く認められ、細胞質の数カ所から隆起が出現し、やがて細胞質から細長い細胞突起を形成する。この突起が伸長して数珠状につながる血小板の原形を形成して、さらにこの数珠状の血小板の原形が分断されて、遊離した血小板が形成される。一個の巨核球からは4000〜6000個の血小板が形成される。
【0055】
本発明で用いられる測定方法は以下の通りである。
(1)複合膜を構成する多孔薄膜の平均孔直径D、孔直径の標準偏差σd、開孔率、及び貫通孔の割合
多孔薄膜の平均孔直径D、孔直径の標準偏差σd、開孔率及び貫通孔の割合は、多孔薄膜の膜平面に対する垂直方向からの光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡写真を撮影した上で、得られる平面像(写真)にて観測される多孔薄膜の孔群(貫通孔と非貫通孔をあわせたもの)を解析することで算出される。
具体的には、得られた複合膜をその中心付近から1辺6.7cmの正方形サンプルに打ち抜き、その中心(点A)、及び4つの四隅をB’、C’、D’、E’とし、それら4つの点と点Aとの4つの中点をそれぞれB、C、D、Eとする。A〜Eの5点の近傍を走査型電子顕微鏡写真(日立製作所製S−3000N)を多孔薄膜が接着した側の膜面の垂直方向から撮影する(1000〜3000倍)。
こうして得られた5枚の写真を画像解析ソフト(Image−Pro Plus(Media Cybernetics社製、Version 4.0 for Windows(登録商標))にそれぞれ取り込む。各写真において約200個の孔を含んだ画像範囲を無作為に選択した後、写真全体の中の孔領域を自動識別可能な状態までコントラストを調整して、平均孔直径を自動計算する。なお孔形状の多くは真円ではないため、長径と短径の平均値から各孔の孔直径が算出され、これが平均化される。得られた5つの平均孔直径をさらに平均して「平均孔直径D」を算出する。なお、画像解析ソフトによるコントラスト自動調整だけで孔領域を自動識別させることができない場合は、予め画像解析ソフトに取り込む写真の孔部分を黒く塗りつぶしておくなどの手動作業を行う必要がある。
孔直径の標準偏差σdとは、上記の「平均孔直径D」を規定した5つの画像範囲におけるそれぞれの孔直径の標準偏差を更に平均化した値である。「開孔率」は、同じ画像範囲において得られた5つの開孔率を平均化したものである。いずれも上記の画像解析によって算出できる。
貫通孔の割合は、上記のD、σd及び開孔率を算出したそれぞれの5つの画像領域において、各写真に含まれる全孔数(貫通孔と非貫通孔をあわせたもの)をN1、そのうち貫通している状態の孔数をN2とすると、両者を数えてN2/N1×100(%)の値を計算し、それら5つの平均値として算出する。
【0056】
(2)複合膜を構成する多孔薄膜の平均膜厚T、膜厚の標準偏差σtの測定方法、及び孔の断面構造観察
膜断面観察が可能なように凍結割断処理(複合膜をエタノールに浸漬して液体窒素にて凍結後、割断する)した複合膜を、走査型電子顕微鏡用の円盤状試料台に両面テープ等を用いて緩やかに不織布側にて接着固定して白金蒸着する(蒸着膜厚は約12nmになるように設定)。これを走査型電子顕微鏡(日立製作所製S−3000N)で、膜の真横方向(膜平面方向)から観察し、複合膜を構成する多孔薄膜の平均膜厚Tおよび膜厚の標準偏差σtを測定する。
具体的には、上述(1)の平均孔直径Dを算出する際に選んだ、A〜Eの5点近傍の断面を走査型顕微鏡で観察しながら、その画像におけるスケールを用いて、50μm間隔で多孔薄膜厚を算出する。5点それぞれにおいて、約10点膜厚を測定して平均膜厚を計算する。次いで、5点の平均膜厚の値を平均化して、「平均膜厚T」を算出する。さらにこれらのデータを用いて膜厚の標準偏差σtを算出する。
【0057】
(3)不織布の平均流量孔径の測定
平均流量孔径は、ASTM E1294−89に準拠し、パームポロメーター(PMI(Porous Materials,Inc.)社製)を用いてハーフドライ法により求めた。浸液は同じくPMI社製SILWICK(表面張力19.1dyn/cm)を用いた。
【0058】
(4)不織布の平均繊維径の測定
複合膜を構成する不織布、または複合膜の製造に用いる不織布を、デジタルマイクロスコープ(キーエンス製VT−8000)を用いて観察し、細繊維および微細繊維の直径を各30点ずつ測定し、平均値を算出して平均繊維径の値とした。
【実施例】
【0059】
以下に本発明を、実施例及び比較例に基づき詳細に説明する。ただし、本発明はこれらによってなんら限定されるものではない。
[実施例1]複合膜を用いる造血幹細胞の培養
【0060】
1)不織布
不織布は、WO2004/094136A1パンフレットに記載された実施例1〜4と同様の条件で製造されたスパンボンド長繊維ウエブ/メルトブロー短繊維ウエブ/スパンボンド長繊維ウエブからなる3層積層ウエブを、フラットロールに通して熱圧着して得たポリエチレンテレフタレート製3層積層不織布を用いた。この不織布は、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡で観察することで、平均繊維径15μmの長繊維(細繊維)と平均繊維径1.6μmの短繊維(微細繊維)が交絡して混和した構造を観察することができる。
不織布の平均流量孔径は10.4μm、総目付け量20g/m2(不織布1m2当たりの繊維重量)、厚み0.034mmであり、細繊維と微細繊維の総重量における、細繊維の重量割合(wt%)は17wt%である。
【0061】
2)不織布の親水化(コーティング)
2−ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)と2−(N、N−ジメチルアミノ)エチルメタクリレート(DMAMA)をランダム共重合したコポリマー(HEMA/DMAMA=97/3(モル比))の0.2wt%エタノール溶液を調製し、これをコーティング溶液とした。不織布をコーティング溶液に浸漬時間が5秒になるように連続的に浸漬した後、ニップロールに挟んで通過させて余分なコーティング溶液を除去し、乾燥してコーティングした不織布を得た。上記コポリマーの合成は、WO2005/014149A1パンフレットの実施例1の1−1に記載した方法に従った。
【0062】
3)複合膜の製造
クロロホルムを溶媒として、ポリスルホン(PSU:テイジンアコモエンジニアリングプラスチックス製 UDEL P−3500)とポリアクリルアミド系両親媒性ポリマー(下記化学式(I))を溶質とする1.0g/Lの疎水性有機溶媒溶液を調製した。PSU/ポリアクリルアミド系両親媒性ポリマーは重量比で9/1であった。化学式(I)のポリアクリルアミド系両親媒性ポリマーの合成は、WO2005/014149A1パンフレットの実施例1の2に記載した方法に従った。この両親媒性ポリマーは、ユニットmとユニットnのモル比がm/n=4/1のランダムコポリマーである。
2)で準備したコーティング不織布を一辺16cmの正方形に切り、ビーカー中にて純水に浸漬し、超音波洗浄器で5分間脱気しながら十分に水を保持させた。この水を充分保持した不織布(含水不織布)をビーカーから取り出してガラス板上に置き、更に一辺15cmの正方形を打ち抜いた厚さ1mmの金属枠を、金属枠の打ち抜き部全面から該含水不織布が露出するように不織布上に重ねて配置し、ガラス板、含水不織布、金属枠を重ねた状態にしてクリップで固定した。
この含水不織布が露出した金属枠の打ち抜き部に、準備しておいたPSUとポリアクリルアミド系両親媒性ポリマーを含むクロロホルム溶液を、静かに14cm3流し入れ、室温25℃、相対湿度40%の恒温恒湿室中にて、溶液表面に相対湿度60%の空気を6リットル/分で吹き付けクロロホルム除去を行って、含水不織布上にPSUを主成分とする多孔薄膜を形成させた。続いて金属枠をはずし、室温で不織布を風乾し、複合膜を得た。
得られた複合膜の膜厚は35μmであり、多孔薄膜の開孔率は45%、平均孔直径Dは3.8μm、σd/Dは0.20、貫通孔の割合は68%、多孔薄膜の平均膜厚Tは3.0μm、σt/Tは0.20であった。
複合膜の表面を、多孔薄膜側から撮影した走査型電子顕微鏡写真を図6に示す。写真下、左上及び中央に見える太い繊維が平均繊維径15μmの不織布の長繊維、太い繊維の間に見える無数の細い繊維が平均繊維径1.6μmの不織布の微細短繊維である。また、ハニカム形状に見える無数の孔は多孔薄膜の孔を示し、この多孔薄膜の孔を通して不織布の構造を観察することができるが、これより多孔薄膜に膜破れが無いことがわかる。さらに、多孔薄膜には、不織布繊維が侵入(接着)し、その結果、孔が閉塞している状態も観察することができる。また、多孔薄膜近傍の複合膜断面を撮影した走査型電子顕微鏡写真を図7に示す。多孔薄膜の孔は膜内部で膨らんだ球状貫通孔構造であり、互いに隣接する孔が膜面方向に互いに連通していることも観察できる。
【0063】
【化1】

【0064】
4)マウス造血幹細胞の培養
製造した複合膜を25mmφの円形状に切り抜き、ガラス製リング(内径22mm、外径25mm、高さ10mm)の1つの端面に、複合膜の不織布面にて接着してカップ型容器を作成した。接着剤にはポリマー濃度17%のPSUのクロロホルム溶液を用いた。
このカップ型容器を121℃で20分間オートクレーブ滅菌した後、吸水性シート(セルロース製不織布、オートクレーブ滅菌済み)の上に複合膜を下にして置き、カップ内の複合膜上にマウス(Green Mouse;GFP蛍光蛋白トランスジェニックマウス)の骨髄細胞から単離した造血幹細胞の懸濁液(500個を含む)を滴下した。殆どの液体が複合膜を通過して吸水シートに吸収されたことで、造血幹細胞が導入された複合膜付きのカップ型容器を得た。
なおマウスの造血幹細胞を含む懸濁液は、次のように作成した。まず生後8週目のマウス10匹分から、大腿骨を取り出し、常法に基づき骨髄液を調整した。Lin抗体(CD4,CD8,Gr−1,Mac−1,B220、TER119抗体を混和したもの;成熟した血液細胞を認識できる組み合わせ。いずれもPharmingen社製。)と、c−kit抗体(Pharmingen社製)あるいはSca−1抗体(Pharmingen社製)で染色し、フローサイトメトリー法により自動蛍光細胞回収装置(JSAN; eBiosystems社製)にてLin陰性、c−kit陽性、Sca−1陽性の造血幹細胞を分画回収し、RPMI1640基本培地(Sigma社製)に10%牛血清、SCF(50ng/ml)、TPO(10ng/ml)、VEGF(10ng/ml)(いずれもGIBCO社製)を添加した培養液に500細胞/mlの濃度になるように調整した。
次に6wellの培養プレートから任意に選ばれた4つのwellに、No.1〜No.4のナンバリングを施し、No.1のwellにRPMI1640基本培地に10%牛血清、SCF(50ng/ml)、TPO(10ng/ml)、VEGF(10ng/ml)を添加した培養液を3ml入れた。
このNo.1のwellに、造血幹細胞が導入された複合膜付きカップ型容器を静置し、5%CO2、37℃で培養を開始した。なお、No.2〜No.4のwellは、以下の実施例2及び比較例1〜2の実験に使用した。
【0065】
5)産生細胞および巨核球の観察と定量
培養開始から10日後、No.1のwell内に培養される細胞を倒立蛍光顕微鏡(オリンパス社製)でwell下部より観察し、写真を撮影した(図8のg(暗視野像)とh(蛍光像))。その結果、複合膜上で、直径20〜40μmの大型の血液細胞が多数観察されることが判明した。本培養で観察される、直径20〜40μmの大型の血液細胞は巨核球であることはメイギムザ染色法(図9、矢印)により確認された。
また同じく培養10日後の倒立蛍光顕微鏡観察にて、複合膜領域、膜周辺領域(ガラスリングとの接着領域周辺)、複合膜のない領域をwell下部より観察したところ、図14の写真cに示したように複合膜が見られない培養液領域(写真の破線部右側。破線は有効多孔薄膜の辺縁を示す。)には細胞の流出が見られなかった。これによって多孔薄膜の
細胞流出阻止機能が確認された。
次に複合膜付きカップ型容器内外の培養液を回収し、計算板により血液細胞数、巨核球数を計測したところ、回収された全細胞数は5.40×105個であり、巨核球は4200個であることが計測された。全回収細胞数と巨核球数を実施例2及び比較例1〜2の結果とともに、図10のA(表)およびBとC(棒グラフ)に示した。
【0066】
6)フローサイトメトリーによる産生血小板の定量
5)に記載の培養後10日にて得られた細胞を、フローサイトメトリー法を用いてCalibur (Becton Dickinson社製)にて解析したところ、血小板分画の細胞の割合は全体の細胞中1.13%であることが判明した(図11のd)。この計測数をもとに、回収された全細胞数から計算し、本培養液には血小板が6102個存在することが判明した。全血小板数を実施例2及び比較例1〜2の結果と比較し、図12のA(表)とB(棒グラフ)に示した。
【0067】
[実施例2]不織布のみを用いる造血幹細胞の培養
実施例1の1)で使用した不織布を25mmφの円形状に切り抜き、ガラス製リング(内径22mm、外径25mm、高さ10mm)の1つの端面に接着してカップ型容器を作成し、121℃で20分間オートクレーブ滅菌した。接着剤にはポリマー濃度17%のPSUのクロロホルム溶液を用いた。
実施例1の4)にて準備した6wellの培養プレートのNo.4のwell中にて(No.1〜3に入れたものと同じ培養液入り)、作成した不織布付きカップ型容器を、不織布を下にして培養液に浸漬し、実施例1と同様にして採取したGreen Mouse由来の造血幹細胞の500個を5%CO2、37℃で培養した。なおこの場合、不織布は造血幹細胞が容易に通り抜けることとから、まず2mlの培養液をwellに加え、その後に不織布付きカップ型容器を浸漬、静置したのちに、その容器の中に500個の造血幹細胞を含む1mlの培養液を滴下した。
培養開始から10日後、No.4のwell内に培養される細胞を倒立蛍光顕微鏡でwell下部より観察したところ、不織布中に多数の細胞が確認され、巨核球も多数含まれていた(図8のe(暗視野像)とf(蛍光像))。実施例1の5)と同様に全培養液を回収して、全細胞数と巨核球数を計算したところ、全細胞数は6.25×105個、巨核球は5000個確認された。全回収細胞数と巨核球数を実施例1および比較例1と2の結果とともに、図10のA(表)およびBとC(棒グラフ)に示した。
また、同じく培養10日後の倒立蛍光顕微鏡観察にて、不織布領域、不織布周辺領域(不織布接着領域周辺)、不織布のない領域をwell下部より観察したところ、図14の写真bに示したように不織布が見られない培養液領域(写真の破線部下側。破線は有効不織布の辺縁を示す。)には、複合膜やセルカルチャーインサート膜と異なり、細胞の流出が見られた。すなわち不織布だけでは細胞阻止機能がないため、培養液中の特定の領域(例えば不織布中)にて細胞培養を行うことはできないことが分かる。
培養後10日目にて得られた培養液を用い、実施例1の6)と同様に、血小板分画を計測したところ、全細胞中0.54%が血小板であり(図11のc)、得られた全細胞数からの計算により、本培養液中には3375個の血小板が含まれていることが確認された。
全血小板数を実施例1および比較例1と2の結果とともに、図12のA(表)とB(棒グラフ)に示した。
【0068】
[実施例3] シェアストレス負荷による血小板放出の促進
実施例1−4)で実施した方法と同様に、造血幹細胞をカップ型培養器内で10日間培養を行い、巨核球が産生されている状況になった時点で、培養器を直径10cmのプラスチック培養皿(RPMI1640基本培地(Sigma社製)に10%牛血清、SCF(50ng/ml)、TPO(10ng/ml)、VEGF(10ng/ml)(いずれもGIBGO社製)を添加した培養液10mlを含む)に移動した。その際、培養皿の底面に2本の毛細採血管を並べて培養皿に設置し、その上にカップ培養器を置くことで、培養皿とカップ培養器の間に約2mmの隙間をあけた。
培養皿中のカップ型培養器より3cmほど離れた位置に長さ2cmのスターラーバーを設置し、200rpmの回転数により、培養液に液流を生じさせ、流体シェアストレスをカップ型培養器の底面の多孔薄膜(複合膜と一体化)に負荷した。シェアストレスを負荷してから0日後(5秒後)、1日後、3日後のカップ型培養器外の培養液を回収し、複合膜の多孔膜より放出された血小板をフローサイトメトリーにより解析した(図15)。シェアストレス負荷を開始した直後(5秒後)では、カップ型培養器外の培養液中には血小板は存在しないが、1日後、3日後と血小板の放出が促進された。
【0069】
[比較例1]液体成分のみでの造血幹細胞の培養
実施例1の4)にて準備した6wellの培養プレートのNo.2のwellに、No.1のwellに入れたものと同じ培養液を3ml入れ、これに実施例1と同様にして採取したGreen Mouse由来の造血幹細胞を500個播種し、5%CO2、37℃で培養を開始した。
培養開始から10日後、well内の細胞を倒立蛍光顕微鏡でwell下部より観察すると、少数の細胞が培養皿上で確認され、そのなかには巨核球も含まれていた(図8のa(暗視野像)とb(蛍光像))。しかし実施例1の5)と同様に全培養液を回収して、全細胞数と巨核球数を計算したところ、全細胞数は1.33×105個、巨核球は310個であり少なかった。全回収細胞数と巨核球数を実施例1、2および比較例2の結果とともに、図10のA(表)およびBとC(棒グラフ)に示した。
培養後10日目にて得られた培養液を用い、実施例1の6)と同様に、血小板分画を計測したところ、全細胞中0.17%が血小板であり(図11のa)、得られた全細胞数からの計算により、本培養液中には225個の血小板が含まれていることが確認された。全血小板数を実施例1、2および比較例2の結果とともに、図12のA(表)とB(棒グラフ)に示した。
【0070】
[比較例2]セルカルチャーインサート膜を用いる造血幹細胞の培養
実施例1において、複合膜付きカップ型容器の代わりに、0.4ミクロンのポアを有する市販のセルカルチャーインサート膜付きカップ型容器(Cell culture insert、6well用、FALCON製)を使用する以外は、実施例1と同様にしてGreen Mouse由来の造血幹細胞の培養を5%CO2、37℃で培養を開始した。この膜は、ポリエチレンテレフタレート製の単層膜で厚みが約15μm、開孔率は約5%であり、直管状の孔を有する。
具体的には、実施例1の4)にて準備した6wellの培養プレートのNo.3のwellに、No.1および2のwellに入れたものと同じ培養液を3ml入れ、これにカップ内部の膜面に造血幹細胞を載せたセルカルチャーインサート膜付きカップ型容器を浸漬、静置した。
培養開始から10日後、No.3のwell内に培養される細胞を倒立蛍光顕微鏡でwell下部より観察したところ、少数の細胞が培養皿上で確認され、そのなかには巨核球も含まれていた(図8のc(暗視野像)とd(蛍光像))。しかし実施例1の5)と同様に全培養液を回収して、全細胞数と巨核球数を計算したところ、全細胞数は1.30×105個、巨核球は355個であり少なかった。全回収細胞数と巨核球数を実施例1および比較例1と3の結果と比較し、図10のA(表)およびBとC(棒グラフ)に示した。
また同じく培養10日後の倒立蛍光顕微鏡観察にて、セルカルチャーインサート膜領域、膜周辺領域(膜接着領域周辺)、複合膜のない領域をwell下部より観察したところ、図14の写真aに示したように膜が見られない培養液領域(写真の破線部右側。破線は有効セルカルチャーインサート膜の辺縁を示す。)には、複合膜と同様に細胞の流出は見られなかった。
培養後10日目にて得られた培養液を用い、実施例1の6)と同様に、血小板分画を計測したところ、全細胞中0.16%が血小板であり(図11のb)、得られた全細胞数からの計算により、本培養液中には208個の血小板が含まれていることが確認された。全血小板数を実施例1、2および比較例1の結果とともに、図12のA(表)とB(棒グラフ)に示した。
【0071】
〔考察〕
以上の実施例1、2および比較例1、2の結果をまとめると、本発明について以下の効果を確認することができた。
(1)造血幹細胞から巨核球への誘導
同じ成分の培養液中、等量の造血幹細胞数から開始した培養において、全回収細胞数は、3次元培養環境を提供しうる不織布を有する培養系(実施例1(複合膜)と実施例2(不織布のみ))が、比較例1(液体成分のみ)と比較例2(セルカルチャーインサート膜)に比べ5倍近い細胞の回収率を得ることができた。
さらに、巨核球数に至っては、不織布を有する培養系(実施例1と実施例2)が、比較例1と比較例2に比べ約15倍の数を得ることができた。これらの結果から、本発明で用いる支持多孔膜(特に不織布)は、造血幹細胞群の増幅を促進すると伴に、特に巨核球への分化誘導を効果的に促進する機能を有することが分かる。
(2)巨核球から血小板への誘導
血小板数を比較した場合、実施例1(複合膜)で得られた血小板数は、比較例1(液体成分のみ)と比較例2(セルカルチャーインサート膜)に比べ約30倍であり、実施例2(不織布のみ)と比べても約2倍であった。図13は、得られた血小板数と巨核球数の比(血小板数/巨核球数)により、巨核球からの血小板産生の効率を計算したものである。
実際には一つの巨核球が複数の血小板を放出した場合と、巨核球が血小板を全く放出していない場合も含まれると考えられるため、あくまで平均化した値であるが、比較例1、2に比較して、実施例1では血小板数/巨核球数の比は1を超えており、実施例1が最も効率良く血小板産生を誘導できることが判明した。これらの結果より、本発明で用いる多孔薄膜は、巨核球からの血小板産生を特異的に誘起する機能を有することが分かる。
(3)造血幹/前駆細胞からの巨核球産生、および巨核球からの血小板産生
本発明で用いる複合膜は、造血幹/前駆細胞からの巨核球産生、および巨核球からの血小板産生の双方を促進しうる培養足場材料(スキャホールド)として機能するため、本発明の複合膜を用いた誘導方法は血小板前駆細胞からの体外血小板産生に有用である。さらに複合膜を構成する多孔薄膜は、血小板前駆細胞(特に有核細胞)が支持多孔膜側から反対側へ流出することを阻止する役割を果たすこともできるため、産生された血小板の臨床応用の点を鑑みても、本発明の複合膜を用いる誘導方法は実用性の高い方法であると言える。
【産業上の利用可能性】
【0072】
骨髄や臍帯血由来の造血未分化細胞を幹細胞ソースとする体外血小板産生は、得られた血小板を移植する際の拒絶反応やウイルスリスクが極めて低いことが特徴であるが、生体から取得可能な造血未分化細胞数が少ないため幹細胞ソースとしては不向きとされる。しかし、本発明の誘導方法は、造血幹/前駆細胞からの巨核球誘導効率および巨核球からの血小板産生効率の双方に優れるため、本発明の方法単独にて、さらには従来の技術と組み合わせることで骨髄や臍帯血由来の造血幹/前駆細胞からの実用的な血小板移植治療を実現することが期待される。
さらに本発明の方法は、上記由来の幹細胞の量的な不足問題をクリアしうる幹細胞ソースとして注目される成体幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞;Embryonic Stem Cell)や、ES細胞の倫理的問題や拒絶の問題を解決するとされ注目されている人工多能性幹細胞(iPS細胞;Induced Pluripotent Stem Cell)を用いる血小板産生技術にも応用できるため、技術的インパクトは非常に大きい。
近い将来、血小板減少症などの患者へ頻回移植される血小板が、本技術に立脚して体外生産された血小板に徐々に置き換えられることで、安定かつ安全な輸血治療が広がってゆくものと考えられる。そして最終的には、現行のボランティアドナーに依存する輸血事業から脱却し、血小板のみならず赤血球やリンパ球などの血液成分を大量かつ安全に製造する、いわゆる「血液工場」の基盤確立に展開してゆくものと期待される。
なお最近、血小板が減少した患者に対する血小板数回復の手段として、巨核球を移植する試みもなされている(例えばhaematologica 2004;89(5):May 2004)。既述の通り、本発明に用いる複合膜は、造血幹細胞からの巨核球誘導に効果的である。従って本発明の方法は、血小板前駆細胞として特に造血幹/前駆細胞、ES細胞、iPS細胞等の未分化な細胞を用いる場合、優れた巨核球の誘導方法としても有用となり、今後体内および体外における血小板誘導技術の研究現場で使用され、さらに巨核球を用いた臨床応用へ発展する可能性を有する。
【符号の説明】
【0073】
1 円筒状の培養容器
2 平行配置された複数枚の複合膜
3 直方体状の培養容器
4 垂直配置された複数枚の複合膜
5 血小板前駆細胞の導入口
6 培養液の導入口
7 産生血小板浮遊液の取り出し口
8 複合膜
9 カップ型容器
10 培養液容器
11 ハウジング
12 スターラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持多孔膜の少なくとも一方の面上に多孔薄膜が積層された複合膜を浸漬した培養液中において、血小板前駆細胞を培養することで血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ分化させる誘導方法であって、該多孔薄膜の開孔率が5〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦20、孔直径の標準偏差σd(μm)が0≦σd/D≦0.6であり、該支持多孔膜の平均流量孔径が1μm以上である上記誘導方法。
【請求項2】
支持多孔膜の少なくとも一方の面上に多孔薄膜が積層された複合膜を培養液に浸漬して形成される、多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域に血小板前駆細胞を配置して培養することで、血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ分化させる誘導方法であって、該多孔薄膜の開孔率が5〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦20、孔直径の標準偏差σd(μm)が0≦σd/D≦0.6であり、該支持多孔膜の平均流量孔径が1μm以上である上記誘導方法。
【請求項3】
多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜が存在しない領域の培養液によって多孔薄膜にシェアストレスを負荷させることを特徴とする、請求項2に記載の誘導方法。
【請求項4】
多孔薄膜の平均膜厚T(μm)が0.5≦T≦30であり、膜厚の標準偏差σt(μm)が0≦σt/T≦0.5である請求項1〜3のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項5】
多孔薄膜の開孔率が10〜80%である請求項1〜4のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項6】
多孔薄膜の開孔率が15〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦10、平均膜厚T(μm)が0.5≦T≦15である請求項1〜5のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項7】
支持多孔膜の平均流量孔径が1〜100μmである請求項1〜6のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項8】
支持多孔膜が不織布である請求項1〜7のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項9】
多孔薄膜を構成する有機高分子化合物が支持多孔膜中に侵入した構造を有する請求項1〜8のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項10】
多孔薄膜の内部にて隣接する孔が連通している請求項1〜9のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項11】
不織布が、平均繊維径7〜30μmの少なくとも1種の細繊維と、平均繊維径0.5〜5μmの少なくとも1種の微細繊維が交絡して混和した構造を有する請求項8に記載の誘導方法。
【請求項12】
平均繊維径7〜30μmの細繊維が長繊維であり、平均繊維径0.5〜5μmの微細繊維が短繊維である請求項11に記載の誘導方法。
【請求項13】
多孔薄膜が有する貫通孔の割合が20%以上である請求項1〜12のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項14】
血小板前駆細胞が造血幹細胞である請求項1〜13のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項15】
血小板前駆細胞が骨髄細胞または臍帯血由来細胞である請求項1〜14のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項16】
臍帯血由来細胞が単核球である請求項15に記載の誘導方法。
【請求項17】
少なくとも1種類以上のサイトカインを培養液中に添加する請求項1〜16のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項18】
サイトカインがTPO、VEGF、およびSCFから選ばれる請求項17に記載の誘導方法。
【請求項19】
予め血小板前駆細胞を支持多孔膜中に充填した後、該血小板前駆細胞が充填された複合膜を培養液に浸漬して血小板前駆細胞を培養する請求項1〜18のいずれか一項に記載の誘導方法。
【請求項20】
請求項1〜19のいずれか一項に記載の方法で作製される血小板及び/又は巨核球。
【請求項21】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の複合膜を含んでなり、複合膜を培養液に浸漬して形成される、多孔薄膜で仕切られた少なくとも2つの領域の内、支持多孔膜側の領域に血小板前駆細胞を配置して培養することで、血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ誘導することを可能とする血小板及び/又は巨核球産生装置。
【請求項22】
下記(ii)の性質を有する支持多孔膜の少なくとも一方の面上に、下記(i)の性質を有する多孔薄膜が積層された複合膜であって、当該複合膜を浸漬した培養液中において、血小板前駆細胞を培養することで血小板前駆細胞を血小板及び/又は巨核球へ分化させるために用いられる、複合膜。
(i)多孔薄膜の開孔率が5〜80%、平均孔直径D(μm)が0.5≦D≦20、孔直径の標準偏差σd(μm)が0≦σd/D≦0.6である
(ii)支持多孔膜の平均流量孔径が1μm以上である

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図11】
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【図15】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−297023(P2009−297023A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117105(P2009−117105)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】