説明

血栓形成をモニタリングするためのシステム

【課題】 血管柄付遊離組織移植術後の血管吻合部などにおける血栓形成をモニタリングするためのシステムを提供すること。
【解決手段】 血栓が形成される可能性のある部位に交流電流を印加して電圧を測定することで取得されたインピーダンスの大きさと位相の計算値をデータ処理し、両者の経時的に維持されていた数値のある時点を境にした変動によって検知される血栓形成を表示するようにしたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管柄付遊離組織移植術後の血管吻合部などにおける血栓形成をモニタリングするためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
1970年代後半にマイクロサージャリーの技術を用いた血管柄付遊離組織移植術が開発されて以来、当該術式は現在では形成再建外科領域において必須の技術とされるまでに標準的なものとなっているが、その最大の合併症は吻合部における血栓形成であることは医療従事者によく知られた事実である。その確率は約5%以下とされており、血栓形成が確認された場合、移植される組織の種類にもよるが、2時間以内に再吻合術を行うことで、移植された組織が救済されることが多い。従って、吻合血管の閉塞を早期に発見することは極めて重要である(非特許文献1)。
一般に、遊離組織移植術後の血流の確認は、移植組織が体表から観察可能な場合には組織の色調、温度、弾性、毛細血管の再充血などを判断材料として、医師による診察によって行われることが多い。その他、レーザー温度計なども用いられるが、適応範囲は限られている。移植組織が体内に埋入されており、体表からの観察が困難である場合には、ドップラー超音波を利用して血流が確認されることが多い。しかしながら、医師による診察は客観性に乏しく、複数の医師の総合的判断で血栓形成の可能性が高いとされた場合に再手術を行い、吻合血管を直視下に確認して血栓形成の有無が判断されることも多い。また、ドップラー超音波を用いた観察では、観察対象である吻合血管ではなく、その周囲に存在する血管の血流を観察している場合も多く、結果として、血流音が確認されているにも関わらず、吻合血管は血栓を形成していたということも多く存在する。従って、現状においては、いずれの方法も熟練した医師による確認を必要とするものであり、かつ、手法自体に不確実性が存在することが否めない。また、先述したように、血栓が形成された場合には、2時間以内に再手術を行うことが望ましいが、そのためには頻回の観察作業を必要とするため、医療従事者の負担が大きい状況にある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Daniel N et al. Salvage of failed free flaps used in head and neck reconstruction. Head and Neck oncology 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、血管柄付遊離組織移植術後の血管吻合部などにおける血栓形成をモニタリングするためのシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、血栓が形成される可能性のある部位に交流電流を印加して電圧を測定し、印加した交流電流と測定された電圧から計算されるインピーダンスの大きさと位相の数値の経時的な推移の変動は、血流量の変動を反映していることを知見した。
【0006】
上記の知見に基づいてなされた本発明の血栓形成をモニタリングするためのシステムは、請求項1記載の通り、血栓が形成される可能性のある部位に交流電流を印加して電圧を測定することで取得されたインピーダンスの大きさと位相の計算値をデータ処理し、両者の経時的に維持されていた数値のある時点を境にした変動によって検知される血栓形成を表示するようにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、血管柄付遊離組織移植術後の血管吻合部などにおける血栓形成をモニタリングするためのシステムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1におけるインピーダンスの大きさと位相の数値のそれぞれの変動を示すグラフである。
【図2】実施例2におけるインピーダンスの大きさと位相の数値のそれぞれの変動を示すグラフである。
【図3】実施例3におけるインピーダンスの大きさと位相の数値を組み合わせて表現されるインピーダンスベクトルの終点の軌跡を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の血栓形成をモニタリングするためのシステムは、血栓が形成される可能性のある部位に交流電流を印加して電圧を測定することで取得されたインピーダンスの大きさと位相の計算値をデータ処理し、両者の経時的に維持されていた数値のある時点を境にした変動によって検知される血栓形成を表示するようにしたことを特徴とするものである。
【0010】
本発明の血栓形成をモニタリングするためのシステムは、例えば、血栓が形成される可能性のある部位に交流電流を印加して電圧を測定し、印加した交流電流と測定された電圧からインピーダンスの大きさと位相の数値を計算するための手段、それぞれの計算値をデータ処理して両者の数値の経時的な推移を表示するための手段から構成される。前者の手段としては、例えば回路素子測定器(LCRメータ)や周波数特性解析装置(FRA)を用いることができ、後者の手段としては、例えば表示装置を備えたコンピュータを用いることができる。
【0011】
血栓が形成される可能性のある部位(例えば血管柄付遊離組織移植術における移植組織)への交流電流の印加は、例えば0.1〜100kHz,0.01〜1Vの設定で、電極を当該部位に貼付したり刺入したりすることで行えばよい。印加した交流電流と測定された電圧から計算されるインピーダンスの大きさと位相の数値の経時的な推移の変動は、それぞれ血流量の変動を反映し、例えば上記の条件で交流電流を印加した場合、位相の数値の上昇(位相の数値は−90〜0°の範囲で変動するので絶対値として捉えた場合は数値の低下)は血流量の低下を意味する(大きさの数値の変動については一定の方向性はない)。従って、血流に対する障害と位置付けられる血栓形成は、経時的に維持されていた両者の数値のある時点を境にした変動によって検知することができる。血栓が形成された場合、インピーダンスの位相の数値の上昇の割合は、例えば10分間で5%以上(0.5%/分)である(インピーダンスの大きさの数値の変動の割合も同程度である場合がある)。従って、インピーダンスの大きさと位相のそれぞれのこのような数値の変動をモニタリングして表示することにより、血栓形成を客観的かつ正確に検知することができる。
【0012】
インピーダンスの大きさと位相のそれぞれの数値の経時的な推移の表示はどのような方法で行ってもよく、例えばそれぞれを個別に横軸(x軸)を時間、縦軸(y軸)を数値とした二次元座標上に表示することができる。また、両者を組み合わせてインピーダンスベクトル(Z=|Z|cosθ−|Z|sinθi)として表現し(|Z|はインピーダンスの大きさを、θはインピーダンスの位相を、iは虚数単位をそれぞれ示す)、その終点の軌跡を複素ベクトル平面上に表示してもよい。このような表示方法を採用した場合、インピーダンスの大きさと位相の数値のそれぞれの変動は、両者を個別に表示するよりも大きな変動として表示され、インピーダンスベクトルの終点の急激な変動が現れることよって容易に読み取ることができる。
【実施例】
【0013】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0014】
実施例1:
Wister系ラット(体重約300g)の鼡径部に3.5×7cm大の大腿動静脈を茎とする皮弁を挙上した。皮弁の皮下の肉眼的には無血管野に先端以外が絶縁された4端子電極(電極間の距離は1mm)を刺入した。LCRメータを用いて1kHz,0.1Vの設定で交流電流を印加して電圧を測定し、印加した交流電流と測定された電圧からインピーダンスの大きさと位相の数値を求め、パーソナルコンピュータを用いて両者の数値の経時的な推移を画面上に表示した。
皮弁挙上操作後約60〜120分でインピーダンスの大きさと位相の数値は経時的にほぼ安定し、インピーダンスの大きさは8000〜12000Ω、インピーダンスの位相は−60〜−30°の範囲にあった。その変動の割合はいずれも10分間で0.5%程度であった。次に、皮弁を栄養する動脈に血栓が形成することで血流が遮断された状態の模擬状態として動脈をクランプすると、インピーダンスの大きさと位相の数値はいずれも10分間で約7〜10%の割合で低下し、低下は1時間程度持続した(図1:時間0分が動脈をクランプした時点)。
以上の結果から、インピーダンスの大きさと位相の経時的に維持されていた数値の変動によって血栓形成が検知できることがわかった。特筆すべきは、クランプした動脈の近傍とは言えない皮弁の皮下の肉眼的には無血管野に交流電流を印加して電圧を測定しているにもかかわらず、血流の遮断を正確に検知できたことであり、従って、臨床上の吻合部トラブルの原因となりうる吻合部近傍への測定機器の留置の回避が期待できた。
【0015】
実施例2:
動脈をクランプするかわりに静脈をクランプすること以外は実施例1と同様の実験を行ったところ、実施例1における結果と同様に、血流の遮断をインピーダンスの大きさと位相の数値の変動によって検知することができた(図2:時間0分が静脈をクランプした時点)。
【0016】
実施例3:
実施例1と同様の実験動物を用い、動脈をクランプし、その2時間後にクランプを解除し、1時間経過した後、今度は静脈をクランプし、その1時間後にクランプを解除した。動脈をクランプする時点の1時間前の時点から静脈のクランプを解除して10分後の時点までのインピーダンスの大きさと位相の数値の変動を、インピーダンスベクトル(Z)の終点の軌跡として複素ベクトル平面上に表示した。5分毎にプロットした結果を図3に示す。
図3から明らかなように、動脈をクランプする前の安静時にはベクトルの終点の変動はそれほど認められず、血行動態が安定していたが、動脈をクランプすると、血流が遮断されたことでベクトルの終点は急激に変動し、グラフの右下方向に移動した。2時間後にクランプを解除すると、血流の回復によりベクトルの終点は上方向に移動した後、血行動態の安定に向かうべく下方向に転じ、1時間後、動脈をクランプする前の安静時のベクトルの終点に近づいた。次に、静脈をクランプすると、ベクトルの終点は、一過的に血液の貯留が起こることに起因すると考えられる変動としていったん左下方向に移動した後、右方向に移動した。1時間後にクランプを解除すると、血流の回復によりベクトルの終点は上方向に移動した。
以上の結果から、抵抗の要素を示す横軸(実数軸)と容量の要素を示す縦軸(虚数軸)からなる複素ベクトル平面上に、インピーダンスの大きさと位相の数値を組み合わせて表現されるベクトルの終点を表示することで、両者の変動をベクトルの終点の急激な変動(右〜右下への移動)として容易に読み取ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は、血管柄付遊離組織移植術後の血管吻合部などにおける血栓形成をモニタリングするためのシステムを提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
血栓形成をモニタリングするためのシステムであって、血栓が形成される可能性のある部位に交流電流を印加して電圧を測定することで取得されたインピーダンスの大きさと位相の計算値をデータ処理し、両者の経時的に維持されていた数値のある時点を境にした変動によって検知される血栓形成を表示するようにしたことを特徴とするシステム。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−87705(P2011−87705A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−242551(P2009−242551)
【出願日】平成21年10月21日(2009.10.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)平成21年9月1日 社団法人日本形成外科学会が発行する「第18回日本形成外科学会基礎学術集会 プログラム・抄録集」に発表 (2)平成21年10月1日 日本マイクロサージャリー学会が発行する「第36回日本マイクロサージャリー学会学術集会 プログラム・抄録集」に発表
【出願人】(509292065)
【Fターム(参考)】