説明

血液凝固関連マーカー濃度の測定方法

【課題】より正確な血液凝固関連マーカーの濃度を得ることができる血液凝固関連マーカー濃度の測定方法を提供する。
【解決手段】血球検査用採血管と血液凝固検査用採血管とに採血された血液検体を用いて血液凝固関連マーカーの濃度を測定する方法であって、前記血球検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H(%)を測定し、前記血液凝固検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H2(%)と、血液凝固関連マーカーの濃度c2とを測定し、下記式(1)に従って、血液凝固関連マーカーの濃度c1を算出する血液凝固関連マーカー濃度の測定方法。
〔数1〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、より正確な血液凝固関連マーカーの濃度を得ることができる血液凝固関連マーカー濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾病の予防や診断を目的に身体の状態を定量的に調べるため血液検査が行われている。
血液検査の種類としては検査対象項目毎に分類されており、血液中の蛋白質や酵素等を調べる生化学検査、赤血球や血小板等の血液細胞を調べる血球検査、血液中のブドウ糖濃度を調べる血糖検査、及び、血液凝固因子や血液凝固機能を調べる血液凝固検査がある。
【0003】
上記血液凝固検査においては血液凝固関連マーカーが測定され、なかでもフィブリノーゲン(fibrinogen:mg/dl)、FDP(fibrinogen degradation products:μg/ml)、Dダイマー(D dimer:μg/ml)、トロンビン・アンチトロビンIII複合体(thrombin・antithrombin III complex:ng/ml)、血小板第4因子PF4(platelet factor 4:ng/ml)、β−トロンボグロブリン(β−thromboglobulin:ng/ml)等の各血液凝固関連マーカーは、測定値が成分濃度として示される。
【0004】
通常、血液検査を行うためにはプラスチック製の真空採血管(以下、採血管)が使用されている。血液検査を行うためには、検査に応じた検体を準備する必要がある。検査のなかでも血球検査、血糖検査及び血液凝固検査においては、検体として血漿や血球が必要となる。従って、これらの検査に用いる真空採血管の中には、予め設定採血量に応じた抗凝固剤と呼ばれる血液の凝固を防ぐ薬剤(薬液)が収容されている。
【0005】
上記抗凝固剤としては、一般的には例えば、血球検査用採血管(以下、血算管)には乾燥状態のEDTA−2K、EDTA−2Naが、血液凝固検査用採血管(以下、凝固管)には溶液状態のクエン酸ナトリウムが用いられている。例えば、クエン酸ナトリウム水溶液としては、3.13%、3.2%等の種々の濃度のものが市販されている。
【0006】
凝固管においては、採血する血液量と抗凝固剤量との容量比が9:1となるように規定されている(以下、血液量と抗凝固剤量との容量比9:1を「基準容量比」ともいう)。例えば、採血後の採血管内の液量(採血血液量+抗凝固剤量)を2.0mLとするためには、予め採血管に抗凝固剤0.2mLを収容しておき、採血される血液量が1.8mLとなるように採血管内の真空度を設定しておく。各血液凝固関連マーカーの測定値は、基準容量比に基づいて算出されることを前提にしている。
【0007】
しかしながら、凝固管の製造時の抗凝固剤量バラツキ、経時変化による抗凝固剤の減少、採血時の採血量バラツキ等により、実際の容量比は基準容量比から外れてしまっている可能性が高い。実際の容量比が基準容量比から外れた場合には、各血液凝固関連マーカーの測定値は実際の数値から誤って算出される可能性がある。
【0008】
このような血液凝固関連マーカーの測定値の誤りは、例えば、非特許文献1において論じられている。非特許文献1の第893頁の図3には、横軸にクエン酸ナトリウム溶液と血液の混合比とし、縦軸に混合比が1:9のときの測定値を100とした場合のプロトロンビン値(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、フィブリノーゲン(Fibg)の相対測定値が示されている。図3より、クエン酸ナトリウム溶液の混合比率が高くなるほどPT、APTTの測定値は高値化し、フィブリノーゲンの測定値は低値化することが判る。
【0009】
特に、プラスチック製の真空採血管の場合には、管の材質が通常はPET(ポリエチレンテレフタレート)であるため、水蒸気の透過を無視することができず、経時的に採血管内の水分が蒸散することで薬剤(薬液)量が減少していくと考えられる。そこで、より正確に各血液凝固関連マーカーを測定する方法が求められていた。
【非特許文献1】成田厚子、外4名、「血液凝固検査における誤差要因について 第1報検体の採取法による影響」、医学検査、1995年、第44巻、第5号、890頁〜984頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記現状に鑑み、より正確な血液凝固関連マーカーの濃度を得ることができる血液凝固関連マーカー濃度の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、血球検査用採血管と血液凝固検査用採血管とに採血された血液検体を用いて血液凝固関連マーカーの濃度を測定する方法であって、前記血球検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H(%)を測定し、前記血液凝固検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H2(%)と、血液凝固関連マーカーの濃度c2とを測定し、下記式(1)に従って、血液凝固関連マーカーの濃度c1を算出する血液凝固関連マーカー濃度の測定方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0012】
【数1】

【0013】
本発明者らは、血液検査の際には検査対象項目毎に別々の採血管に血液を採取することに着目した。そして鋭意検討の結果、血球検査用採血管と血液凝固検査用採血管とに採血された血液検体の各々について全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値を測定し、各ヘマトクリット値を用いて測定された血液凝固関連マーカーの濃度を補正することにより、凝固管が基準容量比から外れてしまっている場合であっても、正確な血液凝固関連マーカー濃度が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
血球検査用採血管に採血された血液のヘマトクリット値Hは、血液中に占める赤血球の容積比率を示している。一方、血液凝固検査用採血管に採血された血液は薬剤量に応じた希釈を受けている。そのため、両者のヘマトクリット値から、血液凝固検査用採血管に採血された血液の希釈率を算出することができる。基準容量比は血液量と抗凝固剤量との容量比が9:1であり、血液濃度としては90%になる。従って、両者のヘマトクリット値を用いて、血液濃度が90%となるような関係式を導くことで、基準容量比に変換する希釈率補正係数を得ることができる。
【0015】
本発明の血液凝固関連マーカー濃度の測定方法は、以下の手順にて行う。
(1)同一人より同時に血液を血球検査用採血管と血液凝固検査用採血管とに採血する。
(2)血球検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H(%)を測定する。
(3)血液凝固検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H2(%)と、血液凝固関連マーカーの濃度c2とを測定する。
(4)上記式(1)に従って、血液凝固関連マーカーの濃度c1を算出する。
【0016】
本発明の血液凝固関連マーカー濃度の測定方法において用いる血球検査用採血管及び血液凝固検査用採血管としては特に限定されず、従来公知のものを用いることができる。もちろん、市販品を用いてもかまわない。
【0017】
上記ヘマトクリット値は、全血液中に占める赤血球の容積比率であり、通常は、血液一般検査を実施したときに赤血球数、血色素量、血小板数等と同時に測定される。
上記ヘマトクリット値の基準値は、男性では40〜50%、女性では35〜45%である。
上記ヘマトクリット値の測定方法としては特に限定されず、従来公知の方法により測定することができる。
【0018】
本発明の血液凝固関連マーカー濃度の測定方法の対象とする血液凝固関連マーカーは、血液検査において測定値が成分濃度として示されるものであれば特に限定されない。具体的には、例えば、フィブリノーゲン、FDP、Dダイマー、トロンビン・アンチトロビンIII複合体(TAT)、血小板第4因子PF4、β−トロンボグロブリン(β−TG)等が挙げられる。
これらの各血液凝固関連マーカーの測定方法としては特に限定されず、従来公知の方法により測定することができる。
【0019】
上記式(1)の導き方について以下に簡単に説明する。
まず、式(1)を導くための記号を表1のように定義する。ここで、血液凝固検査用採血管が基準容量比である場合の各値を1の記号で、基準容量比から外れた不明の容量比である場合の各値を2の記号で表す。
【0020】
【表1】

【0021】
式(1)は以下の手順にて導くことができる。
まず、成分濃度は同じであることから、m1/s1=m2/s2である。これより、
式(ア) m1/m2=s1/s2
が導ける。
【0022】
薬剤希釈時のヘマトクリット値は、H1=b1/(s1+b1+a1)である。これより、
式(イ) s1+a1=b1(1−H1)/H1
が導ける。同様に、
式(ウ) s2+a2=b2(1−H2)/H2
も導ける。
【0023】
血漿と血球との比は同じであることから、s1/b1=s2/b2である。これより、
式(エ) s1×b2=s2×b1
が導ける。
【0024】
薬剤を加味した濃度より、
式(オ) c1=m1/(s1+a1)
が導ける。同様に、
式(カ) c2=m2/(s2+a2)
も導ける。
【0025】
式(オ)/式(カ)より、c1/c2=m1/m2×(s2+a2)/(s1+a1)。
この式に式(ア)を代入すると、c1/c2=s1/s2×(s2+a2)/(s1+a1)。更に式(イ)(ウ)を代入すると、c1/c2=s1/s2×(b2(1−H2)/H2)/(b1(1−H1)/H1)=s1/s2×b2/b1×((1−H2)/H2)/((1−H1)/H1)。
式(エ)より、
c1/c2=((1−H2)/H2)/((1−H1)/H1)=H1/(1−H1)×(1−H2)/H2。
【0026】
H1とH2で表した補正式は、
式(キ) c1=c2×H1/(1−H1)×(1−H2)/H2
となる。
【0027】
一方、H1とHの関係式は、
式(ク) H1=9/10H
である。
【0028】
式(キ)、(ク)より、
c1=c2×9/10×H/(1−9/10×H)×(1−H2)/H2
=c2×9×H/(10−9×H)×(1−H2)/H2
である。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、より正確な血液凝固関連マーカーの濃度を得ることができる血液凝固関連マーカー濃度の測定方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下に実施例を挙げて本発明の態様を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例にのみ限定されるものではない。
【0031】
(1)実験準備と採血
注射用水(大塚製薬)を用いてクエン酸3ナトリウム・2水和物(和光純薬製、試薬特級)を溶解し、重量濃度が3.13%となるように抗凝固剤液を調製した。
PET管(外径13mm、長さ75mm)に血液量と抗凝固剤液量とが表2となるようにして血液凝固検査用採血管を準備した。
【0032】
【表2】

【0033】
一方、血球検査用採血管としては、抗凝固剤であるEDTA−2KがPET管内面にコーティングされた規定採血量2mLの真空採血管(徳山積水工業株式会社製、インセパックII−D SPM−K0502EM−ムラサキ)を用いた。
該血球検査用採血管中の血液検体を用いて、ヘマトクリット値Hを測定したところ、41.2%であった。
【0034】
(2)フィブリノーゲンの測定
血液凝固検査用採血管中の血液検体を用いて、ヘマトクリット値H2(%)と、血液凝固関連マーカーとしてフィブリノーゲンの濃度c2とを測定した。基準容量比に相当する実験番号4のフィブリノーゲンの測定値を100%として、上記式(1)に従いフィブリノーゲン値(%)を算出した。
結果を表3に示した。
【0035】
【表3】

【0036】
表3より、直接測定したフィブリノーゲンは容量比に依存して測定値が変動するのに対し、式(1)により算出したフィブリノーゲン値は容量比が変わっても、ほぼ一定した測定値に補正されていることが判った。
図1に血液濃度を横軸として、直接測定したフィブリノーゲンの相対値と、式(1)により算出したフィブリノーゲンの相対値のプロットを示した。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、より正確な血液凝固関連マーカーの濃度を得ることができる血液凝固関連マーカー濃度の測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】直接測定したフィブリノーゲンの相対値と、式(1)により算出したフィブリノーゲンの相対値のプロットである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血球検査用採血管と血液凝固検査用採血管とに採血された血液検体を用いて血液凝固関連マーカーの濃度を測定する方法であって、
前記血球検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H(%)を測定し、
前記血液凝固検査用採血管中の血液検体を用いて、全血液中に占める赤血球の容積比率であるヘマトクリット値H2(%)と、血液凝固関連マーカーの濃度c2とを測定し、
下記式(1)に従って、血液凝固関連マーカーの濃度c1を算出する
ことを特徴とする血液凝固関連マーカー濃度の測定方法。
【数1】


【図1】
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