説明

血液浄化器

【課題】長時間の治療に於いても白血球や血小板などの血球の付着を抑制でき、生体適合性に優れた血液浄化器を提供すること。しかも製造工程の追加や複雑化を伴わずに生体適合性に優れた血液浄化器を提供すること。
【解決手段】本発明の血液浄化器は、ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンとを含むポリスルホン系中空糸膜が充填された血液浄化器であって、300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されており、前記ポリビニルピロリドンの40日間保存(窒素雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が1未満である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液浄化器に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで血液透析、血液濾過、血液濾過透析などの膜分離技術を利用した多くの血液浄化療法が考案されている。これらの血液浄化療法は、慢性腎不全患者のみならず急性腎不全患者、うっ血性心不全患者等にまで適用され、近年では救命救急やICU等でも広く施行されるに至っている。
【0003】
膜分離による血液浄化療法を急性腎不全患者に対して施行する場合、基本的には慢性腎不全患者と同様な体外循環が行なわれるが、急性腎不全患者では多臓器不全を併発する、あるいは循環動態が不安定であるなど、慢性腎不全患者と比較して病態が悪いケースが少なくない。したがって、急性腎不全患者に対して、通常の血液透析のような短時間かつ間歇的な治療モードを採用することには無理があった。
【0004】
そこで、急性腎不全患者に対しては、長時間かけて少量ずつ濾過や透析を行なう持続的血液濾過や持続的血液濾過透析が施行される。持続的血液濾過や持続的血液濾過透析における血液流速や濾過速度は、通常の血液濾過や血液透析よりも低く設定され、例えば、50〜150ml/分の血液流速や5〜30ml/分の透析液流速、5〜50ml/分の濾過速度が用いられる。
【0005】
また、持続的血液濾過や持続的血液濾過透析の施行時間は、いずれの場合も通常の血液透析時間の4〜5時間よりはるかに長く、20時間以上〜数日間にもわたるケースがある。そして、施行中に持続的血液濾過器が血液流路内で目詰まりを起こすことがあり、血液入口側と血液出口側での圧力損失が高くなって体外循環の途中で治療を中止せざるを得ない、あるいは、施行途中で持続的血液濾過器を交換しなければならないケースが散見された。
【0006】
このような長時間施行上の問題に対して、持続的血液濾過器のライフタイムを長くするために血液凝固による目詰まりを改善する工夫が数多くなされている。例えば、特許文献1には、膜をポリアルキレングリコール溶液に0℃以上18℃以下で浸漬または接触させた後、放射線照射する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4218163号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記従来技術で開示されている方法によれば、白血球や血小板などの血球の付着を抑制でき、生体適合性に関して一定の効果は得られるものの、当該生体適合性を付与するために新たな製造工程が必要となり、また生体適合性を付与するために使用した材料の保存安定性や溶出などに対して新たな対策が必要となる。
【0009】
本発明は、前記従来技術の問題点に鑑みて、長時間の治療に於いても白血球や血小板などの血球の付着を抑制でき、優れた生体適合性を有し、しかも生体適合性を付与するための特別な製造工程の追加や複雑化を伴わない血液浄化器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、特定のポリスルホン系中空糸膜を充填した血液浄化器が優れた生体適合性を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下に関する。
【0012】
[1] ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンとを含むポリスルホン系中空糸膜が充填された血液浄化器であって、
300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されており、
前記ポリビニルピロリドンの40日間保存(窒素雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が1未満であることを特徴とする血液浄化器。
【0013】
[2] ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンとを含むポリスルホン系中空糸膜が充填された血液浄化器であって、
300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されており、
前記ポリビニルピロリドンの40日間保存(空気雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が2未満であることを特徴とする血液浄化器。
【0014】
[3] 前記ポリビニルピロリドンがN−ビニル−2−ピロリドンのホモポリマーであり、
前記N−ビニル−2−ピロリドンが、γ−ブチロラクトンとモノエタノールアミンとを液相で分子間脱水反応させてN−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンに転化した後、該N−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンを気相分子内脱水反応させることにより得られることを特徴とする[1]または[2]に記載の血液浄化器。
【0015】
[4] 前記N−ビニル−2−ピロリドンをガスクロマトグラフィーで分析したときに観測されるピークの数が2個以下であることを特徴とする[3]に記載の血液浄化器。
【0016】
[5] 前記血液浄化器が持続的血液濾過器であることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載の血液浄化器。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、白血球や血小板などの血球の付着が少ない等の優れた生体適合性を有し、しかも生体適合性を付与するための特別な製造工程を必要としない血液浄化器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施の形態に用いるN−ビニル−2−ピロリドン(N−ビニルピロリドン)のガスクロマトグラフィーの分析結果の一例を示した図である。
【図2】従来の製造方法で得られたN−ビニル−2−ピロリドン(N−ビニルピロリドン)のガスクロマトグラフィーの分析結果の一例を示した図である。
【図3】従来の製造方法で得られたN−ビニル−2−ピロリドン(N−ビニルピロリドン)のガスクロマトグラフィーの分析結果の一例を示した図である。
【図4】窒素雰囲気下(40℃)での、本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンのK値の変化と、従来の製造方法で得られたポリビニルピロリドンのK値の変化とを示すグラフである。
【図5】空気雰囲気下(40℃)での、本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンのK値の変化と、従来の製造方法で得られたポリビニルピロリドンのK値の変化とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0020】
≪血液浄化器≫
本実施の形態に係る血液浄化器は、特定のポリスルホン系中空糸膜が充填された血液浄化器である。
【0021】
〔ポリスルホン系中空糸膜〕
本実施の形態に用いるポリスルホン系中空糸膜は、ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンとを含む。
【0022】
〈ポリスルホン系樹脂〉
本実施の形態に用いるポリスルホン系樹脂としては、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリルエーテルスルホン等が挙げられる。これらのポリスルホン系樹脂は、製膜性や強度の点から好ましく、更に放射線に対する滅菌耐性に優れ、かつ低透水型から高透水型までの幅広い孔径制御に優れることからも好ましい。当該ポリスルホン系樹脂の代表的な構造単位を下記式(1)および下記式(2)に示す。
【0023】
【化1】

【0024】
【化2】

本実施の形態に用いるポリスルホン系樹脂の重合度や分子量は特に限定されない。
【0025】
本実施の形態に用いるポリスルホン系樹脂の含有量は、ポリスルホン系中空糸膜全体を100重量%とした場合、70〜99重量%であることが好ましく、80〜98重量%であることがより好ましく、90〜97重量%であることがさらに好ましい。
【0026】
〈ポリビニルピロリドン〉
本実施の形態に用いるポリビニルピロリドン(以下「PVP」とも記す。)は、N−ビニル−2−ピロリドンのホモポリマーであることが好ましい。
【0027】
前記N−ビニル−2−ピロリドンは、γ−ブチロラクトンとモノエタノールアミンとを液相で分子間脱水反応させてN−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンに転化した後、該N−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンを気相分子内脱水反応させて得られるものが好ましい。
【0028】
このようにして得られたN−ビニル−2−ピロリドンは不純物をほとんど含んでおらず、該N−ビニル−2−ピロリドンをガスクロマトグラフィーで分析したときに、N−ビニル−2−ピロリドンを示すピーク以外の不純物ピークは通常1個以下である(図1参照)。N−ビニル−2−ピロリドンを示すピークは、通常9〜12分の範囲で検出されるピークであり、当該ピーク以外のピークが不純物を示すピークである。
【0029】
本実施の形態において、前記N−ビニル−2−ピロリドンをガスクロマトグラフィーで分析したときに観測されるピークの数は2個以下であることが好ましい。
【0030】
なお、本実施の形態において、ガスクロマトグラフィーで分析したときに観測される不純物を示すピークとは、通常9〜12分の範囲で検出される最も大きなピーク以外のピークと定義する。
【0031】
このようなN−ビニル−2−ピロリドンから得られるポリビニルピロリドンを含むポリスルホン系中空糸膜は、親水性となる傾向があり、好ましい。
【0032】
一方、従来のN−ビニル−2−ピロリドンは、通常、γ−ブチロラクトンとアンモニアとから2−ピロリドンを合成し、2−ピロリドンにReppe法でアセチレンを付加して得られる。このような液相反応法で得られたN−ビニル−2−ピロリドンをガスクロマトグラフィーで分析すると多数の不純物ピークが検出される(図1参照)。
【0033】
本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンは、前記N−ビニル−2−ピロリドンを酸素濃度5容量%以下の低酸素雰囲気下で重合させて得られるものが好ましい。重合反応液に多価カルボン酸(マロン酸)を添加して未反応の単量体量を低減し、第2級アミン(ジエチルアミン)を添加してpHを調整する。本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンは、株式会社日本触媒から購入でき、例えば、K−85N(日本触媒社製)が挙げられる。
【0034】
本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンの40日間保存(窒素雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が1未満である。
【0035】
また、本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンの40日間保存(空気雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が2未満である。
【0036】
なお、本実施の形態におけるK値とは、分子量と相関する粘性特性値であり、ポリビニルピロリドン水溶液の水に対する相対粘度(ηrel)とポリビニルピロリドン水溶液中のポリビニルピロリドン濃度(c、重量%)とをFikentscherの式(下記式(i))に適用して算出される値である。前記相対粘度は、毛細管粘度計により25℃で測定される値である。
【0037】
【数1】

【0038】
このようにK値の保存安定性が高いポリビニルピロリドンは、例えば、上述したようにN−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンを気相分子内脱水反応させて得られるN−ビニル−2−ピロリドンを重合させることにより得ることができる。
【0039】
一方、上述したとおり液相反応法で製造された従来のN−ビニル−2−ピロリドンから得られるポリビニルピロリドンのK値は、窒素雰囲気下、40℃で40日間保存すると1〜3低下し、空気雰囲気下、40℃で40日間保存すると3〜4低下する(図2参照)。
【0040】
本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンの重量平均分子量は、80万〜150万Daであることが好ましく、90万〜140万Daであることがより好ましく、100万〜130万Daであることがさらに好ましい。ポリビニルピロリドンの重量平均分子量が前記範囲内であると、ポリスルホン系中空糸膜からの溶出が小さくなる傾向があり、好ましい。
【0041】
なお、本実施の形態における重量平均分子量は、液体クロマトグラフィーにより得られる値である。
【0042】
本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンの含有量は、ポリスルホン系中空糸膜全体を100重量%とした場合、1〜30重量%であることが好ましく、2〜20重量%であることがより好ましく、3〜10重量%であることがさらに好ましい。
【0043】
本実施の形態に係る血液浄化器は、300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されている。
【0044】
前記ピロ亜硫酸ナトリウムの濃度は、400ppm以上であることが好ましく、500ppm以上であることがより好ましい。ピロ亜硫酸ナトリウムの濃度が前記下限未満であると、得られる血液浄化器の生体適合性が充分ではなく、またポリスルホン系中空糸膜の強度が劣化する。前記ピロ亜硫酸ナトリウムの濃度に特に上限はないが、コストを考慮すると600ppm以下が好ましい。
【0045】
前記ピロ亜硫酸ナトリウムの他に、ピロ亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸カリウム、チオ硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、次亜リン酸、アスコルビン酸、アスコルビン酸誘導体などの抗酸化剤が使用できるが、洗浄性の良いピロ亜硫酸ナトリウムが特に好ましい。
【0046】
前記放射線としては、ガンマ線、電子線等が挙げられる。
【0047】
本実施の形態に用いるポリスルホン系中空糸膜の膜厚は、20〜60μmであることが好ましく、30〜55μmであることがより好ましく、40〜50μmであることがさらに好ましい。なお、本実施の形態でいう膜厚とは、ポリスルホン系中空糸膜100本の平均値である。また、本実施の形態に用いるポリスルホン系中空糸膜の内径は、180〜250μmであることが好ましく、190〜240μmであることがより好ましく、200〜230μmであることがさらに好ましい。
【0048】
〔ポリスルホン系中空糸膜の製造方法〕
本実施の形態に用いるポリスルホン系中空糸膜は、上記ポリスルホン系樹脂と上記ポリビニルピロリドンと溶剤とを含む原液(以下、単に「製膜原液」ともいう。)を攪拌し、攪拌後の製膜原液を、内部液とともに2重環状ノズルから凝固浴中に同時に吐出させ、凝固させることにより製造することができる。
【0049】
前記製膜原液の溶剤としては、上記ポリスルホン系樹脂と上記ポリビニルピロリドンとの両方を溶解するものであれば良く、例えば、ポリスルホン系ポリマーがポリスルホン系ポリマーであれば、溶剤はN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルアセトアミド等が用いられる。
【0050】
前記製膜原液中のポリスルホン系樹脂(例えば、ポリスルホン系ポリマー等)の濃度は、該原液からの製膜が可能で、かつ得られた膜が膜としての性能を有するような濃度の範囲であれば特に制限されず、1〜50重量%であることが好ましく、10〜35重量%であることがより好ましく、10〜30重量%であることがさらに好ましい。高い透水性能又は大きな分画分子量を達成するためには、ポリマー濃度は低い方が良く、10〜25重量%が好ましい。また、製膜原液には、原液粘度、溶解状態を制御する目的で、水、塩類、アルコール類、エーテル類、ケトン類、グリコール類等の非溶剤を複数添加することも可能であり、その種類、添加量は組み合わせにより随時決定すればよい。
【0051】
製膜原液中のポリビニルピロリドンの量は、1〜30重量%、好ましくは1〜20重量
%であるが、用いるポリビニルピロリドンの分子量により最適濃度が決定される。
【0052】
前記ポリスルホン系中空糸膜の製造に用いられる内部液は、当該中空糸膜の中空部を形成させるために用いるものである。外表面に緻密層を形成させる場合は、内部液としてジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン等からなる郡より選ばれる溶剤の高濃度水溶液を用いることができる。内表面に緻密層を形成させる場合は、内部液には後述する凝固浴に記載したものを採用することができる。また、内部液の粘性を制御する目的でテトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール等のグリコール類及びグリセリン等の非溶剤を加えることも可能である。
【0053】
前記ポリスルホン系中空糸膜は、公知のチューブインオリフィス型の2重環状ノズルを用いて製膜することができる。より具体的には、前述の製膜原液と内部液とをこの2重環状ノズルから同時に吐出させ、エアギャップを通過させた後、凝固浴で凝固させることにより前記ポリスルホン系中空糸膜を得ることができる。
【0054】
ここで、「エアギャップ」とは、ノズルと凝固浴との間の距離(隙間)を意味する。
【0055】
前記凝固浴としては、例えば、水;メタノール、エタノール等のアルコール類;エーテル類;n−ヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素類など重合体を溶解しない、製膜原液に対して相分離を誘発させる液体(非溶剤)が用いられるが、水を用いることが好ましい。また、凝固浴に前記重合体の良溶剤を添加することにより凝固速度をコントロールすることも可能である。
【0056】
前記凝固浴の温度は、−30〜100℃、好ましくは0〜98℃、さらに好ましくは10〜95℃である。前記凝固浴の温度が100℃を超えたり、又は、−30℃未満であると、凝固浴中のポリスルホン系中空糸膜の表面の状態が安定しにくい。
【0057】
本実施の形態に係る血液浄化器は、上述したポリスルホン系中空糸膜が充填され、300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されている。
【0058】
前記放射線としては、ガンマー線、電子線等が挙げられる。前記放射線の照射量は、15〜50kGyであることが好ましく、20〜40kGyであることがより好ましく、20〜30kGyであることがさらに好ましい。
【0059】
本実施の形態において、血液浄化とは、ヒトや動物等の血液中の尿素、水分等の不要物の除去並びに血液、血漿からの病気原因物質の除去をいう。例えば、高脂血病患者であれば、血液から血漿のみを取り出して、該血漿から脂質を除去することも可能である。
【0060】
本実施の形態に係る血液浄化器は、上述したポリスルホン系中空糸膜が充填され、300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されているため、白血球や血小板などの血球の付着を抑制でき、優れた生体適合性を有している。しかも本実施の形態に係る血液浄化器は、生体適合性を付与するための特別な製造工程を必要とせずに得ることができる。
【0061】
血液浄化器の血液適合性は、例えば、血液浄化器が持続的血液濾過器の場合、持続的血液濾過器のミニモジュールに血液を流した時に、前記ポリスルホン系中空糸膜に付着する白血球や血小板などに含まれる乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase:以下「LDH」とも記す。)の酵素活性で評価する。
【0062】
具体的には、有効長7cm、112本の前記ポリスルホン系中空糸膜を容器に充填した持続的血液濾過器のミニモジュールを作製して、抗凝固剤としてヘパリン(Heparin Sodium Injection、吉富製薬株式会社)を1,000IU/Lで添加したヒト血液30mlを1.8ml/minの流速で、前記ミニモジュールに37℃で18時間通液する。その後、該ミニモジュールを生理的食塩水でよく洗浄して、前記ポリスルホン系中空糸膜に緩く付着している赤血球などの血球を洗浄除去する。洗浄後、該ミニモジュールにおける前記ポリスルホン系中空糸膜を取り出し、0.5重量%Triton溶液(TritonX−100、Polysciences, Inc.)1mlに浸漬し、室温で60分間750rpmにて振盪することにより、前記ポリスルホン系中空糸膜に強く付着している白血球や血小板を溶解させて抽出液を得る。
【0063】
この抽出液中に含まれる血球由来のLDHの酵素活性を、次のようにして測定する。
【0064】
まず、0.6mMピルビン酸ナトリウム(和光純薬株式会社)/リン酸緩衝液(和光純薬株式会社):0.18mM還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(SIGMA)/リン酸緩衝液(和光純薬株式会社)=9:1で反応液を調製し、この反応液3mlに対して50μlの割合で上記抽出液を添加し、37℃で60分間加温する。その後、速やかに340nmで吸光度を測定し、未処理膜と比較しLDHの酵素活性値を算出する。単位膜面積当たりのLDHの酵素活性は、酵素活性を示す国際単位であるIUで表す。1IUは、37℃で1分間当たりに1マイクロモルの基質に作用する酵素量を意味する。
【0065】
このようにして測定された単位膜面積当たりのLDHの酵素活性が低い程、前記ポリスルホン系中空糸膜に付着している血球は少なく、該中空糸膜を充填した持続的血液濾過器は生体適合性に優れている、と判断される。
【0066】
本実施の形態に係る血液浄化器は、上述したように測定されたLDHの酵素活性が、1.0IU/mL/cm2以下であることが好ましく、0.3IU/mL/cm2以上1.0IU/mL/cm2以下であることがより好ましい。
【0067】
本実施の形態に係る血液浄化器は、例えば、上述したポリスルホン系中空糸膜を容器(ハウジング)に充填することにより得ることができる。
【0068】
前記容器(ハウジング)の素材は、ポリスチレン系ポリマー、ポリスルホン系ポリマー、ポリエチレン系ポリマー、ポリプロピレン系ポリマー、ポリカーボネート系ポリマー、及びスチレン・ブタジエンブロックコポリマーの様な混合樹脂が用いられる。素材のコストの観点からポリエチレン系ポリマー、ポリプロピレン系ポリマーが好ましく用いられる。ポリウレタン系の接着剤との相性および容器の強度から、特にポリプロピレン系ポリマーが好ましい。ポリプロピレン系ポリマーを容器の素材に用いる場合、ポリウレタン系の接着剤との接着性を向上させるために、本実施の形態では容器をコロナ放電処理することが好ましい。さらに接着性を向上させるには、容器だけでなくポリスルホン系中空糸膜にもコロナ放電処理することがより好ましい。ポリスルホン系中空糸膜へのコロナ放電は、接着部位だけに行う。
【0069】
本実施の形態に係る血液浄化器としては、血液透析器、血液濾過器、血液濾過透析器などが挙げられる。特に、血液浄化器が持続的血液濾過器であることが好ましい。持続的血液濾過器とは、8時間以上持続的に血液濾過を行う、または8時間以上持続的に血液濾過を行うことが予定されている血液濾過器をいう。
【実施例】
【0070】
以下、実施例に従って本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0071】
[実施例1]
(1)持続的血液濾過器のミニモジュールを作製
ポリスルホン(P−1700:ソルベイ社製)18重量部とポリビニルピロリドン(以下「PVP」とも記す。)(K−85N:日本触媒社製。日本触媒社製のK−85Nは、窒素雰囲気下、40℃で40日間保存した後のK値の低下量が1未満であった。)6.5重量部とを、ジメチルアセトアミド(以下「DMAC」とも記す。)75.5重量部に溶解し、10時間攪拌して紡糸原液を得た。得られた紡糸原液を、内部液(20重量%のDMAC水溶液)とともに、70℃の状態で同時に二重紡口から押し出し、10cmの空走部を経て、55℃の水からなる凝固浴に導いた後、カセ状に巻き取り、ポリスルホン系中空糸膜を得た。
【0072】
このポリスルホン系中空糸膜を、85℃の45重量%DMAC水溶液で50分洗浄した後、90℃の熱水で20時間水洗を行い、グリセリンを付与し乾熱乾燥した。乾燥後、ポリスルホン系中空糸膜を、600ppmに調整したピロ亜硫酸ナトリウム水溶液とともに密閉容器に入れ、ガンマ線を25kGy照射して滅菌を行った。
【0073】
滅菌済みのポリスルホン系中空糸膜112本を採取し、有効長7cmとして容器に充填し、該容器の両端をエポキシ樹脂で包埋し、エポキシ樹脂部分を切断してポリスルホン系中空糸膜の開口端を形成して、持続的血液濾過器のミニモジュールを作製した。
【0074】
(2)ミニモジュールの生体適合性試験
このミニモジュールを用いて、以下の生体適合性試験を2回行った。
【0075】
予め生理的食塩水で洗浄し抗凝固剤としてヘパリン(Heparin Sodium Injection、吉富製薬株式会社)を1,000IU/Lで添加したヒト血液30mlを、1.8ml/minの流速で上記作製したミニモジュールに37℃で18時間循環させた。その後、該ミニモジュールを生理的食塩水で洗浄し、該ミニモジュールにおけるポリスルホン系中空糸膜を取り出し0.5%Triton溶液(TritonX−100、Polysciences、Inc.)1mlに浸漬し、室温で60分間750rpmにて振盪することにより、該ミニモジュールにおけるポリスルホン系中空糸膜に強く付着している白血球や血小板を溶解させて抽出液を得た。この抽出液中に含まれるLDHの酵素活性を測定した。結果を表1に示す。
【0076】
[実施例2]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を500ppmとした以外は実施例1と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0077】
[実施例3]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を400ppmとした以外は実施例1と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0078】
[実施例4]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を300ppmとした以外は実施例1と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0079】
[比較例1]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を200ppmとした以外は実施例1と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0080】
[比較例2]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を100ppmとした以外は実施例1と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0081】
[比較例3]
紡糸原液として、ポリスルホン(P−1700:ソルベイ社製)18重量部とポリビニルピロリドン(K−90:K−90は、窒素雰囲気下、40℃で40日間保存した後のK値の低下量が3であった。)6.5重量部とを、DMAC75.5重量部に溶解し、10時間攪拌して得られた液を用いた以外は実施例1と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0082】
[比較例4]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を500ppmとした以外は比較例3と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0083】
[比較例5]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を400ppmとした以外は比較例3と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0084】
[比較例6]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を300ppmとした以外は比較例3と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0085】
[比較例7]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を200ppmとした以外は比較例3と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0086】
[比較例8]
滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を100ppmとした以外は比較例3と同様の方法でミニモジュールを作製し、該ミニモジュールの生体適合性試験を行った。結果を表1に示す。
【0087】
【表1】

実施例1〜4のLDHの酵素活性は0.3〜1.0IU/mL/cm2であり、これらの平均値は0.6U/mL/cm2であった。一方、比較例1および2のLDHの酵素活性は1.3〜2.1IU/mL/cm2であり、これらの平均値は1.7IU/mL/cm2であった。また、比較例3〜6のLDHの酵素活性は1.2〜2.4IU/mL/cm2であり、これらの平均値は1.7IU/mL/cm2であった。また、比較例7〜8のLDHの酵素活性は1.4〜2.3IU/mL/cm2であり、これらの平均値は1.9IU/mL/cm2であった。
【0088】
以上の結果から、窒素雰囲気下、40℃で40日間保存した後のK値の低下量が1未満であるポリビニルピロリドンを使用し、且つ滅菌する際のピロ亜硫酸ナトリウム水溶液の濃度を300ppm以上とした場合、LDHの酵素活性が低い値となることがわかった。すなわち、実施例1〜4で得られた血液浄化器は、生体適合性に優れていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の血液浄化器は、白血球や血小板の付着が少なく生体適合性に優れているので、施行時間が長時間に亘る血液浄化療法に有効に用いることができる。
【符号の説明】
【0090】
NS:本実施の形態に用いるポリビニルピロリドンのK値の変化
A :従来の製造方法で得られたポリビニルピロリドンのK値の変化
B :従来の製造方法で得られたポリビニルピロリドンのK値の変化

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンとを含むポリスルホン系中空糸膜が充填された血液浄化器であって、
300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されており、
前記ポリビニルピロリドンの40日間保存(窒素雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が1未満であることを特徴とする血液浄化器。
【請求項2】
ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンとを含むポリスルホン系中空糸膜が充填された血液浄化器であって、
300ppm以上のピロ亜硫酸ナトリウムを含む水溶液が充填された状態で放射線滅菌されており、
前記ポリビニルピロリドンの40日間保存(空気雰囲気下、40℃)後のK値の低下量が2未満であることを特徴とする血液浄化器。
【請求項3】
前記ポリビニルピロリドンがN−ビニル−2−ピロリドンのホモポリマーであり、
前記N−ビニル−2−ピロリドンが、γ−ブチロラクトンとモノエタノールアミンとを液相で分子間脱水反応させてN−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンに転化した後、該N−(2−ヒドロキシエチル)−2−ピロリドンを気相分子内脱水反応させることにより得られることを特徴とする請求項1または2に記載の血液浄化器。
【請求項4】
前記N−ビニル−2−ピロリドンをガスクロマトグラフィーで分析したときに観測されるピークの数が2個以下であることを特徴とする請求項3に記載の血液浄化器。
【請求項5】
前記血液浄化器が持続的血液濾過器であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の血液浄化器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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