説明

血液細胞の凍結保存剤

【課題】 血液細胞の凍結保存剤として、DMSOの使用に伴う副作用を回避しうる凍結保存剤を提供すること。
【解決手段】 N−メチルアセトアミドと、デキストランおよび/またはヒドロキシエチルスターチとを含む血液細胞の凍結保存剤が開示される。好ましくは、凍結保存剤中のN−メチルアセトアミドの濃度は3〜8%である。また好ましくは、血液細胞は造血幹細胞である。さらに、血液細胞を本発明の凍結保存剤とともに凍結することを含む、血液細胞の凍結保存方法も提供される。本発明の凍結保存剤は、血液細胞の凍結保存に有効であり、増殖能力を維持したまま細胞を半永久的に保存し、融解後に高い生存率を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液細胞の凍結保存剤に関する。
【背景技術】
【0002】
輸血や、骨髄や臍帯血の移植医療においては、血液を凍結保存する技術がきわめて重要である。細胞をそのまま凍結させると氷の結晶が細胞をつぶして殺してしまう凍害が生じるため、血液の凍結に際しては、凍害から血液細胞を保護するための凍害防止剤が用いられる。
【0003】
赤血球の凍害防止剤としては、グリセリンが知られている。グリセリンは終末濃度10.0%となるように用いた場合に、最も高い耐凍効果が期待できる。また糖質のグリセリンは体内に入って副作用が少ないため、輸血用の赤血球の凍結保存剤として汎用されている。しかしグリセリンは赤血球のような無核細胞の凍結保存にしか利用できず、白血球のような有核細胞に対しては凍害防止剤としての効果がない。
【0004】
赤血球以外の多くの細胞に適用できる凍害防止剤としては、DMSO(ジメチルスルホキシド)が一般に用いられている。DMSOは細胞に浸透して、そのイオウの電子親和力が氷の結晶の形成を抑制して氷を柔らかい構造に変えることで、凍結時に細胞がつぶれることを防ぐ。
【0005】
例えば、市販の造血幹細胞凍結保存液CP-1(極東製薬工業株式会社製)は、生理食塩水100mLにHES(ヒドロキシエチルスターチ)を12g、DMSOを10g、ヒト血清アルブミン8gを溶解した構成であり、骨髄移植に用いる臍帯血や造血幹細胞100mLと混合して凍結保存する。ここで、DMSOは凍害防止剤として作用し、HESおよびアルブミンは、DMSOの反応性によって細胞が傷害されて死亡細胞が増加することを防ぐ細胞保護剤として作用して、DMSOの耐凍効果を有効に発揮させると考えられている。
【0006】
DMSOは有用な耐凍効果を持ち、生物学研究で生細胞の凍結保存に広く用いられているが、凍結していない状態で細胞がDMSOと接触する時間が長いと、細胞生存率が下がることが知られており、融解後はすみやかにDMSOを取り除くことが必要である。上記の凍結保存液CP-1を用いて凍結保存された造血幹細胞を骨髄移植すると、まれにアレルギー反応が起きたり、肝機能障害が生じる等の副作用が生じることが報告されている。これは、CP-1に凍害防止剤として含まれるDMSOに原因があると考えられる。また、DMSOによる細胞分化の誘導も報告されている。凍結保存された造血幹細胞を溶解した後に凍結保存剤をクエン酸デキストロースを補充したRPMI-6410培地で置き換えたところ、副作用が軽減したことが最近報告された(Hirata et al., International Society of Blood Transfusion Vox Sanguinis 2009, 97, p.168)。
【0007】
生物学の研究において凍結保存細胞を用いる場合には、DMSOをすみやかに除去して高い生存率を得ている。一方、ヒトの骨髄移植治療の現場では、凍結保存された造血幹細胞を融解後にDMSOを除去する時間がなく、DMSOを含んだままで細胞を患者に静脈注射することが一般に行われている。このことによって、凍結していない状態でのDMSOと造血幹細胞の接触時間を最も短縮できるからである。しかし、DMSOによって、患者はまれにアレルギー反応を起こしたり、肝機能障害を生じる場合がある。
【0008】
DMSO以外の凍結保存剤としては、ラフィノース、ケストース、トレハロース等の多糖類や、ポリフェノールについて報告があるが(特開平5−38284、特開2000−344602など)、骨髄細胞の凍結保存剤として有効であることは実証されていない。
【0009】
したがって、DMSOと同様の耐凍効果を持ちながら、DMSOより毒性が低く副作用のない凍結保存剤が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平5−38284
【特許文献1】特開2000−344602
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Hirata et al., International Society of Blood Transfusion Vox Sanguinis 2009, 97, p.168
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、血液細胞の凍結保存剤として、上記のDMSOのような問題点を有しない凍結保存剤を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、N−メチルアセトアミド(NMA)が、造血幹細胞などの血液細胞に対して凍害防止剤として優れた効果を示すこと、さらに細胞保護剤としてデキストランおよびヒドロキシエチルスターチと組み合わせることにより、高い細胞生存率が得られることを見いだした。
【0014】
すなわち本発明は、N−メチルアセトアミドと、デキストランおよび/またはヒドロキシエチルスターチとを含む血液細胞の凍結保存剤を提供する。好ましくは、凍結保存剤中のN−メチルアセトアミドの濃度は3〜8%(細胞を懸濁したときの最終濃度)である。また好ましくは、血液細胞は造血幹細胞である。
【0015】
別の観点においては、本発明は、血液細胞を本発明の凍結保存剤とともに凍結することを含む、血液細胞の凍結保存方法を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の凍結保存剤は、血液細胞の凍結保存に有効であり、増殖能力を維持したまま細胞を半永久的に保存し、融解後に高い生存率を得ることができる。また、本発明の方法により凍結保存した造血幹細胞を骨髄移植に用いることによって、従来のDMSOの使用に伴う副作用を避けることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、DMSOまたはNMAを含む凍結保存剤を用いて凍結保存し、融解した後の細胞の生存率を示す。
【図2】図2は、DMSOまたはNMAを含む凍結保存剤の、血液細胞に対する毒性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の凍結保存剤は、N−メチルアセトアミドと、デキストランおよび/またはヒドロキシエチルスターチを含むことを特徴とする。N−メチルアセトアミドは、凍害防止剤として作用して、凍結の際の氷の結晶の形成を抑制すると考えられる。N−メチルアセトアミドは、これまでに人工授精用の精子の凍結保存剤として有効であることが報告されているが(特開平11−228301)、精子のような特殊な構造の細胞以外の細胞についても凍害保護効果があるかどうかは知られていない。デキストランおよびヒドロキシエチルスターチは多糖類であり、N−メチルアセトアミドの作用から細胞膜を保護する細胞保護剤として機能して、融解後の細胞の生存率の向上に寄与する。
【0019】
本発明の凍結保存剤は、生理食塩水にN−メチルアセトアミドと、デキストランおよび/またはヒドロキシエチルスターチを溶解することにより製造することができる。N−メチルアセトアミドの好ましい濃度は、凍結すべき細胞と混合したときの最終濃度として、3%〜8%、より好ましくは4〜7%、さらに好ましくは5〜6%である。デキストランの好ましい濃度は1%〜10%、より好ましくは1〜2%である。ヒドロキシエチルスターチの好ましい濃度は4〜7%、より好ましくは5〜6%である。また、本発明の凍結保存剤にはさらにヒト血清アルブミンを加えることができる。
【0020】
本発明の凍結保存剤を用いて凍結保存するのに適した血液細胞としては、造血幹細胞、樹状細胞およびリンパ球が挙げられる。これらの血液細胞は、末梢血から分離ないし部分精製した細胞であってもよく、初代培養細胞であってもよく、細胞株であってもよい。また、末梢血、臍帯血、骨髄などを採取して分離した細胞を用いてもよい。
【0021】
本発明はまた、本発明の凍結保存剤を用いる血液細胞の凍結保存方法を提供する。本発明の凍結保存方法においては、緩衝液や培地に懸濁した血液細胞、あるいは採取した末梢血、臍帯血、骨髄などを、本発明の凍結保存剤と混合して冷却する。冷却は、プログラムフリ−ザ−による緩速凍結、または、超低温フリ−ザ−による簡易式凍結により行うことができる。プログラムフリーザーは、毎分−2℃の計画された速さで冷却する方法である。一方、簡易凍結法は、キャニスター等の保護ケースに入れた細胞浮遊液を−80℃の冷凍庫内の発砲スチロール箱に入れて、上記と同様の速度で緩徐に凍結させるものである。一例として、生理食塩水100mLにヒドロキシエチルスターチを12g、N−メチルアセトアミドを10g、ヒト血清アルブミン8gを溶解し、造血幹細胞の懸濁液100mLと混合して、毎分1〜2℃の速度で−80℃まで冷却し、この温度で凍結保存する。さらに、液体窒素の温度まで冷却して、液体窒素中で保存してもよい。
【0022】
解凍は、37℃温水に浸すことにより急速解凍することができる。具体的には、凍結した細胞を37〜40℃の恒温相に入れて、よく震盪しながら急速に解凍を行う。100gの細胞浮遊液であれば、目安として2〜3分以内で解凍することが望ましい。
【0023】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
実施例1
凍害防止剤としてジメチルスルホキシド(DMSO)またはN−メチルアセトアミド(NMA)を用い、細胞保護剤としてヒドロキシエチルスターチ(HES)およびヒト血清アルブミン(Alb)を用いて、滅菌水中に以下の成分を含む凍結保存剤を調製した。なお、濃度は細胞と混合したときの最終濃度として表す。
5% DMSO + 0.9% NaCl + 6% HES + 4% Alb
1-8% NMA + 0.9% NaCl+ 6% HES + 4% Alb
【0025】
培地に懸濁したヒト血液細胞株RPMI8226 1ml(1x106/ml)に、2倍濃度の上記の凍結保存剤1mlを加えた。1分間に1℃の冷却速度で、室温から−80℃まで冷却した後、−80℃で24時間保存した。その後、凍結細胞を37℃の温水で解凍し、トリパンブルーを用いて生細胞数をカウントし、細胞の生存率を測定した。結果を図1に示す。5%DMSOの場合の生存率は74%であった。NMAは濃度が5%の場合に生存率が80%となって最も生存率が良かった。
【0026】
なお、N−メチルアセトアミド(NMA)に似た分子として、N−メチルホルムアミド(NFA)についても同様に調べた。NMAを凍害防止剤として使用した場合の解凍後の生存率が80%以上あることに対して、NFAを凍害防止剤として使用した場合の解凍後の生存率は24%にとどまった。
【0027】
実施例2
NMAとDMSOの毒性を比較するために、次の凍結保存剤を調製した(最終濃度)。
5% DMSO + 0.9% NaCl + 6% HES + 4% Alb
5% NMA + 0.9% NaCl + 6% HES + 4% Alb
ヒト血液細胞株RPMI8226を凍結保存剤に加え、37℃でインキュベーションし、トリパンブルーを用いて1時間ごとに生細胞数をカウントして、細胞の生存率の経時変化を観察した。3回の実験の平均値を図2に示す。
【0028】
図2に示されるように、NMAを含む本発明の凍結保存剤では、DMSOを含む凍結保存剤を用いた場合よりも生存率が高かった。このことは、NMAがDMSOに比較して毒性が低いことを意味している。
【0029】
実施例3
マウス骨髄細胞およびヒト末梢血幹細胞を用いて、本発明の凍結保存剤の効果を調べた。マウス骨髄細胞はマウスを解剖して骨髄を採取し、ただちに凍結保存液に加えた。凍結保存液の組成物は次のとおりである(最終濃度)。
5% DMSO + 0.9% NaCl + 6% HES + 4% Alb
5% NMA + 0.9% NaCl + 6% HES + 4% Alb
ヒト末梢血幹細胞は、以前に採取して凍結保存されていた幹細胞を解凍して用いた。末梢血幹細胞は、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)投与等で刺激した状態のヒト末梢血から採集した。採集は、血管から採血した血液を連続血液成分採血装置中で体外循環の回路にて遠心分離し、造血幹細胞を多く含む単核球層を採取した。造血幹細胞は、濃縮されて血漿に浮遊した単核球浮遊液として採集バッグ中に採集されるので、細胞濃度を調整して保存した。なお、細胞有益実験への転用に関しては被験者から同意を取得済みである。
これらの細胞を実施例1と同様にして冷却し、−80℃で24時間凍結保存した後、解凍して細胞の生存率を調べた。結果を下記の表に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
表から明らかなように、DMSOを用いた場合と比較して、NMAを用いた場合のほうが生存率が高かった。
【0032】
実施例4
実施例3と同様にして、マウス骨髄細胞およびヒト末梢血幹細胞を凍結保存剤に加えて凍結した。−80℃で1週間凍結保存した後、解凍し、メチルセルロ−ス培地上(mouse GF M3434、human GF H4044))にて37℃で培養した。2週間後、出現したコロニー数をカウントした。結果を下記の表に示す。
【0033】
【表2】

【0034】
DMSOを含む凍結保存剤で凍結保存した細胞のコロニー形成は101個であり、DMSOをNMAで置き換えた本発明の凍結保存剤で凍結した細胞のコロニー形成は163個であった。すなわち、本発明の凍結保存剤を用いた場合でも、コロニー形成が可能であり、かつ解凍後の細胞増殖率がより高いことが判明した。また、コロニーを赤血球(BFU-E)、白血球(CFU-GM)および赤血球、白血球および血小板の混合物である骨髄系前駆細胞(CFU-GEMM)に分類してそれぞれ数を調べたところ、NMAを用いた場合にも正常な分化誘導が可能であることが確認された。
【0035】
実施例5
4%のヒト血清アルブミンを含む生理食塩水に、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N−メチルアセトアミド(NMA)、ヒドロキシエチルスターチ(HES)およびデキストラン(DEX)を下記の表に示す濃度で加えて凍結保存剤を調製した(濃度は細胞と混合したときの最終濃度で示す)。実施例4と同様にして、マウス骨髄細胞を凍結後−80℃で一週間保存し、解凍後2週間後の骨髄細胞のコロニー形成数を比較した。また、骨髄を摘出してから凍結保存剤中で室温で45分間保持した後に凍結した実験も行った。これは凍結保存剤の細胞に対する毒性を観察するためである。5%NMA単独では、5%DMSOより解凍後のコロニー形成数が低かった。しかし、細胞保護剤として、DEXかHESのいずれかを入れると細胞増殖率が非常に高くなった。なお、解凍後の生存率は60%から70%の間であった。
【0036】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の凍結保存剤は、細胞生物学的研究に、ならびに輸血、骨髄移植、臍帯血移植などの医療に有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−メチルアセトアミドと、デキストランおよび/またはヒドロキシエチルスターチとを含む血液細胞の凍結保存剤。
【請求項2】
凍結保存剤中のN−メチルアセトアミドの濃度は3〜8%(最終濃度)である、請求項1記載の凍結保存剤。
【請求項3】
血液細胞は造血幹細胞である、請求項1または2に記載の凍結保存剤。
【請求項4】
血液細胞を請求項1または2に記載の凍結保存剤とともに凍結することを含む、血液細胞の凍結保存方法。
【請求項5】
血液細胞は造血幹細胞である、請求項4記載の凍結保存方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−109987(P2011−109987A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270830(P2009−270830)
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:第57回 日本輸血・細胞治療学会総会 主催者 :有限責任中間法人 日本輸血・細胞治療学会 開催日 :平成21年5月28〜30日
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】