説明

血管疾患検査装置およびバイパス血管診断装置

【課題】血管疾患の手術後の血行再建について正確で分かりやすい検査を行うようにすることである。
【解決手段】血管の特性には、血管の細さを表わす抵抗Rと血管の柔らかさを表わすコンプライアンスCとがある。そこで、動脈抵抗Ra、動脈コンプライアンスCa、動脈血圧Pa、末梢血管抵抗Rp、静脈抵抗Rv、静脈コンプライアンスCv、静脈血圧Pv、心臓血圧Phを用いて、体循環系に等価な電気回路のモデルを立て、このモデルに基づく血圧(電圧に相当する)と血流速(電流に相当する)についての関係式を立てることができる。血管疾患検査装置は、血圧と血流速のデータから、血圧と血流速との関係を規定する等価定数を求める等価定数演算手段と、その等価定数を用いて、血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流速値を算出し、動的血管状態を求める動的血管状態演算手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血流速波形又は血圧波形又は血流量波形に基づいて虚血性疾患等の血管疾患を検査する血管疾患検査装置およびバイパス血管診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血管疾患の従来の検査法として、血管内部に侵襲させた圧力センサーや、血管外部に押し当てた超音波ドップラー式流速センサ、圧力センサ等を用いるものが知られている。そして、血管疾患の中で、血管が閉塞し、その閉塞部分をグラフト(移植した生体の血管一般をさす)によりバイパスして、下流部分に血液を供給するバイパス手術が行われる場合には、そのパイパス手術の評価として、人体の各部位の血圧、血流速、血流量が測定、検査される。
【0003】
例えば、図19は、下肢虚血症におけるバイパス手術の血行再建評価法の説明図である。下肢虚血症は、下肢に至る動脈経路に閉塞が起こる症状であるが、この閉塞部分をグラフト(移植した生体の血管一般をさす)によりバイパスして、下肢部分に血液を供給するバイパス手術が行われる。バイパスされた血液は、図19の下肢21を通る膝下動脈23により、下肢21を下行し、足表25に至る。足表25にある足背動脈27に、皮膚の上より、超音波ドップラー式流速計29を押し当てることで、下肢21全体の血行再建を評価できる。
【0004】
この場合、人体の各部位の血圧、血流速、血流量が測定、検査して、比較する分節的血圧測定法が用いられ、特に、足関節−上腕血圧比API(Ankle/brachial Pressure Index)法、ABI法(Pressureでなく、Blood)が知られている。API法は、上腕部の血圧と、下肢例えば足関節部の血圧の双方を測定し、その比をAPIとし(API=足首血圧/腕の血圧)、この値から血管疾患の度合を診断するものである。ABI法は、同様に血流量の比をABIとするものである。例えば、上腕部、足関節部にマンシェットを巻き加圧し、その圧力を下げていって、拍動が始めて聞こえるときの血流量を測定し、その比からABI値を求める。足表の血流量は、足背動脈27に押し当てた流速計29で求めた血流速に、血管の太さを仮定して求める。上腕部についても同様である。
【0005】
また、図20は、心臓部に栄養を供給する冠動脈に疾患があるときのバイパス手術におけるグラフト中を流れる血行再建の評価法の説明図である。心臓31の上行大動脈33から、冠動脈が分岐し、右冠動脈(一般にRCAと略される)35、左前下行枝(LADと略される)37、第一および第二対角枝(Dと略される)、左回旋枝(CIRCと略される)41等となる。図では、左前下行枝37にグラフト43により、バイパスを設けた場合を示す。この場合、グラフト43自体をその周囲をクリップするようにドップラー式流量計45のセンサ部が取付けられ、手術中にグラフト43中を流れる血流の最大値等を評価する。ここで留意すべきことは、冠動脈のバイパス手術の場合は、グラフト43そのものの外周にセンサ部をクリップすることで、バイパス血管であるグラフト43の太さを仮定することなく直接流量が評価できる一方で、手術が完了すると、再び胸部が閉じられ、外部から血行再建の評価が出来ない特殊性があることである。
【0006】
また、上記のABI値の評価、冠動脈バイパス血管流量最大値等以外の評価の他、例えば動脈流速波形を周波数解析表示又はゼロ交差表示するものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−308294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の下肢虚血症における分節的血圧測定法特にABI値の評価、また心臓冠動脈のバイパス血管を流れる最大流量値等の評価により、血管疾患、バイパス血管の評価、検査ができる。しかし、ABI値等の分節的血圧測定法は、複数の部位で血流量を測定する必要がある。
【0009】
また、手術中、手術直後の患者の状態は安静状態で、その血流速、血流量は、手術環境の安静状態における血圧下のものであるのに対し、術後例えば10日後の血行再建評価は日常生活での血圧下のものである。したがって、臨床例からは、例えばABI値と、バイパス手術後の血管再建の経過とは必ずしも一致しない。同様に、冠動脈バイパス血管を流れる最大流量値もバイパス手術後の血管再建の経過とは必ずしも一致しない。
【0010】
また、動脈流速波形の周波数解析表示結果又はゼロ交差表示結果から疾患を診断するには、専門的知識と経験が必要である。
【0011】
本発明はこのような課題を解決するためになされたもので、血流速波形又は血圧波形又は血流量波形の特徴量を求めることで、正確で分かりやすい検査を行うことが出来、術後の血行再建と対応付けることが出来る、血管疾患検査装置およびバイパス血管診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る血管疾患検査装置は、血圧と血流速、または血圧と血流量を測定する測定装置から出力される血圧および血流速の波形信号、または血圧と血流量の波形信号に基づいて、血圧と血流速の関係を規定する血管の等価定数、または血圧と血流量の関係を規定する血管の等価定数を演算する等価定数演算手段と、演算された血管の等価定数を用いて、血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流速値又は血流量値を算出し、動的血管状態を求める動的血管状態演算手段と、を備えることを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る血管疾患検査装置において、等価定数演算手段は、血管の等価定数として、血管の等価抵抗及び等価コンプライアンスを別々に求めることが好ましい。
【0014】
また、本発明に係るバイパス血管診断装置は、血圧と血流速、または血圧と血流量を測定する測定装置から出力される血圧および血流速の波形信号、または血圧と血流量の波形信号に基づいて、血圧と血流速の関係を規定するバイパス血管の等価定数、または血圧と血流量の関係を規定するバイパス血管の等価定数を演算する等価定数演算手段と、演算された血管の等価定数を用いて、バイパス血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流速値又は血流量値を算出し、動的バイパス血管状態を求める動的バイパス血管状態演算手段と、を備えることを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係るバイパス血管疾患検査装置において、等価定数演算手段は、血管の等価定数として、バイパス血管の等価抵抗及び等価コンプライアンスを別々に求めることが好ましい。
【0016】
動脈の流速波形又は流量波形を解析することにより、抹消血管抵抗及び血管コンプライアンスの評価が可能であり、血管疾患性疾患の診断に有効である。
【0017】
正常者の血流速波形又は血流量波形と患者の血流速波形又は血流量波形とでは、それらの波形に違いがある。よって、これらの波形から求められる血管の等価定数に基づいて血管疾患の検査・診断をすることができる。
【0018】
また、血流速及び血圧の波形信号に基づいて血管の抵抗及びコンプライアンスを別々に求めることで、血管の抵抗及びコンプライアンスのそれぞれに基づくより精緻な診断が可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る血管疾患検査装置およびバイパス血管診断装置は、血流速波形又は血流量波形から血管の等価定数を求め、これらに基づいて血管に負荷をかけたときの仮想血圧状態における動的血管状態を求めることができるので、血管疾患の検査・診断を的確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る血管疾患検査装置のブロック構成図である。
【図2】動脈に疾患を有する患者の手術前の血流速波形を示すグラフである。
【図3】同患者の手術直後の血流速波形を示すグラフである。
【図4】同患者の手術1週間後の血流速波形を示すグラフである。
【図5】本発明の参考実施形態に係る、波形の特徴量として時定数を求める場合の説明図である。
【図6】本発明の参考実施形態に係る、波形の特徴量として先鋭度を求める場合の説明図である。
【図7】典型的な心臓冠動脈のバイパス血管を流れる血液の血流量波形の例を示す図である。
【図8】本発明の参考実施形態に係る、血流速波形の特徴量として、波形の立上り時期の傾きを用いる場合の、傾きを定義した図である。
【図9】バイパス手術前、手術直後、術後所定日経過後における、従来技術のABI値と、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの変化の一症例の結果をグラフにした図である。
【図10】バイパス手術前、手術直後、術後所定日経過後における、従来技術のABI値と、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの変化の他の症例の結果をグラフにした図である。
【図11】バイパス手術前、手術直後、術後所定日経過後における、従来技術のABI値と、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの変化のさらに他の症例の結果をグラフにした図である。
【図12】心臓冠動脈バイパス血管の血流量波形について、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きを定義する場合の説明図である。
【図13】心臓冠動脈のバイパス手術について、三か所のバイパスグラフトを施した一症例における、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの大きさを、血流量の最大値と比較して示した図である。
【図14】心臓冠動脈のバイパス手術について、三か所のバイパスグラフトを施した他の症例における、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの大きさを、血流量の最大値と比較して示した図である。
【図15】心臓冠動脈のバイパス手術について、三か所のバイパスグラフトを施した他の症例における、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの大きさを、血流量の最大値と比較して示した図である。
【図16】心臓冠動脈のバイパス手術について、三か所のバイパスグラフトを施した他の症例における、本発明の参考実施形態に係る正規化した傾きの大きさを、血流量の最大値と比較して示した図である。
【図17】体循環系に等価な電気回路のモデルを示す図である。
【図18】体循環系に等価な電気回路の簡易なモデルを示す図である。
【図19】従来技術における、下肢虚血症におけるバイパス手術の血行再建評価法の説明図である。
【図20】従来技術における、心臓部に栄養を供給する冠動脈に疾患があるときのバイパス手術におけるグラフト中を流れる血行再建の評価法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0022】
図1は、本発明に係る血管疾患検査装置のブロック構成図である。血管疾患検査装置1は、A/D変換部2と、メモリ部3と、波形解析部4と、出力部5とからなる。符号10は超音波ドップラー法の血流速測定装置(又は血圧測定装置)である。血流速測定装置(又は血圧測定装置)10によって測定された目的部位の血流速信号(又は血圧信号)は、血管疾患検査装置1に供給される。
【0023】
A/D変換部2は、血流速(又は血圧)の波形信号を、デジタル波形信号へ変換する。デジタル波形信号は、時系列との対応を付けてメモリ部3に格納される。波形解析部4は、メモリ部3に記憶されたデジタル波形信号に基づいて波形の特徴量を求める。この波形解析部4は、CPU又はDSP(Digital Signal Processor)と波形解析プログラムとで構成している。出力部5は、波形解析部4で求めた波形の特徴量を出力する。この出力部5は、モニタ装置等の画像表示装置で構成している。なお、出力部5は、波形の特徴量の出力をプリントアウトするためのプリンタ装置を備える構成としてもよい。
【0024】
本発明の別の実施の形態であるバイパス血管診断装置のブロック図もほぼ同様で、図1の血流速測定装置(又は血圧測定装置)10に代わり、血流量測定装置(又は血圧測定装置)を用いることができ、これらによって測定された目的部位の血流量信号(又は血圧信号)が、血管疾患検査装置1に代わり、バイパス血管診断装置に供給される。
【0025】
図2から図4は、下肢虚血症患者に、疾患のある動脈にバイパス手術を行い、足背動脈に押し当てたドップラー式流速計から、血流速信号を得て、血行再建の様子をみた結果である。図2は、動脈に疾患を有する患者の手術前の血流速波形を示すグラフ、図3は、同患者の手術直後の血流速波形を示すグラフ、図4は、同患者の手術1週間後の血流速波形を示すグラフである。これらのグラフで、縦軸は血流速、横軸は時間である。なお、横軸の値は、血流速信号を所定のサンプリング周期でサンプリングした際のサンプリング番号で示している。
【0026】
これらのグラフから、動脈閉塞が進んでいる場合の血流速波形は、立上り、立下りが緩やかであり、バイパス手術後の血流速波形は、立上り、立下りが急峻であることが分かる。
【0027】
図5は、波形解析部における特徴量の抽出処理の一例を示す図である。図5は波形の特徴量として時定数を求める場合を示している。波形解析部4は、例えば正側のピーク値に基づいて1峰性の急速前進相を認識し、各急速前進相に基づいて血流速度波形の各周期を切り出す。波形解析部4は、血流速度が0からピーク値の約63パーセントの値に上昇るまでの時間を求め、これを立上り時定数とする。波形解析部4は、血流速度がピーク値からピーク値の約37パーセントの値に下降するまでの時間を求め、これを立下り時定数とする。波形解析部4は、各周期毎に立上り時定数及び立下り時定数をそれぞれ求め、複数の周期についてそれぞれの平均値を求め、立上り時定数及び立下り時定数を出力する。なお、波形解析部4は、立上り時定数のみを求めて出力するようにしてもよい。
【0028】
出力部5を構成する画像表示装置の画面には、血流速度の波形が表示されるとともに、立上り時定数及び立下り時定数の値が表示される。これにより、医師等は、表示された時定数に基づいて血管疾患の度合等を判断することができる。血管の狭窄、閉塞等の疾患があると時定数は大きな値となるからである。
【0029】
なお、正常と判断するしきい値、血管疾患の度合を判定するしきい値を予め設定しておき、波形解析部4は算出した時定数と各しきい値とを比較することで血管疾患の度合を判定し、その判定結果を出力部5に表示させるようにしてもよい。
【0030】
また、波形の特徴量として、フーリエ変換値,微分値又は積分値を用いてもよい。
【0031】
さらに、波形の特徴量として、先鋭度を用いてもよい。図6は、波形の特徴量として先鋭度を求める場合の一例を示す図である。急速前進相のピーク値に対してその50パーセントとなる期間を求め、これを半値幅とする。そして、1周期の期間に対する半値幅の期間の比率(半値幅/周期)を求め、求めた比率を先鋭度とする。
【0032】
なお、上記の参考実施形態では血流速波形を例示しその特徴量を求める例を示したが、血圧波形又は血流量の特徴量を求めるようにしてもよい。
【0033】
図7は、典型的な心臓冠動脈のバイパス血管を流れる血液の血流量波形の例を、左前下行枝(LAD)に、左内胸骨動脈をグラフトとしてバイパスし、そのバイパス血管にドップラー式流量計のセンサ部をクリップして、バイパス血管を流れる血流量を測定した場合を示す。横軸に時間、縦軸に血流量として示した。なお、横軸は、測定のサンプリング周期のサンプリング番号で示した。
【0034】
図7の心臓冠動脈のバイパス血管を流れる血流量波形は、 図2から図4の、足背動脈の血流速波形と相違して、一心拍周期中に二つの急進前進相のピークがみられる。これは、心臓拍動が拡張期と収縮期の二つの期間を有することに起因する。すなわち、一般の端末動脈には拡張期に対応して血液が送り込まれるが、心臓冠動脈の場合には、収縮期においても心筋が弛緩することで血液が冠動脈に流れやすくなり、これら二つの周期に対応して、二つの急進前進相のピークが出るためである。
【0035】
図8は、下肢虚血症における血流速波形の特徴量として、波形の立ち上り時期の傾きを用いる場合の、傾きを定義した図である。血流速度の最低点と最高点を直線で結び、その直線の傾きを求め、傾きとする。この傾きは、血流速度/時間の単位であるが、血流速測定装置10で電圧/電圧に変換され、さらにこの波形データを直接出力部5に出力すれば、Y軸方向長さ/X軸方向長さとなるので、これらの変換についてそれぞれ正規化を行えば、図8の図形のY軸方向長さとX軸方向長さを求め、その比で比較できる。
【0036】
図9から図11は、バイパス手術前、手術直後、術後所定日経過後における、正規化した傾きの変化をグラフにした図である。この場合、ABI値と比較して示した。
【0037】
例えば、図9において、図9(a)はABI値の変化につき、手術前、手術直後、術後17日後を示した。図9(b)は、これに対応して、正規化した傾きの変化を示した。この患者の症例では、バイパス手術によりABI値が若干改善され、術後17日経過において、ABI値が向上している。正規化した傾きについては、バイパス手術により大幅な改善が見られ、術後17日経過時点でその改善は顕著である。
【0038】
図10の患者の症例では、ABI値は手術前ゼロで、バイパス手術直後のも回復していない。一方正規化した傾きは、バイパス手術で改善がみられ、術後11日経過後では、ABI値も回復し、正規化した傾きは大幅に改善された。
【0039】
図11の患者の症例では、ABI値は、バイパス手術によりゼロに落ちたが、正規化した傾きは大幅に回復し、術後10日経過後では、ABI値は若干回復したが手術前の値に戻らず、一方正規化した傾きはさらに大幅に改善された。
【0040】
このように、バイパス手術前後におけるABI値の変化が、改善、無変化、低下の三つの場合についてみると、ABI値に変化は血行再建の結果と対応せず、これに対し正規化した傾きではいずれも顕著な改善が見られ、血行再建の結果と一致することがわかる。
【0041】
したがって、下肢虚血症のバイパス手術において、足背動脈の血流速度波形の正規化した傾きは、術後の血行再建の評価、すなわち血管疾患検査装置にとり、有効な波形の特徴量であることが分かる。
【0042】
図12は、心臓冠動脈バイパス血管の血流量波形について、上記正規化した傾きを定義する場合の説明図である。この場合、心拍一周期の拡張期、収縮期の二つの期間に応じて二種類の波形が得られるので、拡張期の立ち上り時期、収縮期に立ち上り時期のそれぞれに正規化した傾きを求め、それをS1,S2と区別する。また血流量の最大値についても、拡張期、収縮期に対応したそれぞれの最大値をM1,M2として区別した。この場合の血流量についても正規化した量で比較することとした。
【0043】
図13から図16は、心臓冠動脈のバイパス手術について、三か所のバイパスグラフトを施した症例における、正規化した傾きS1,S2の大きさを、血流量の最大値M1,M2と比較して示したものである。三か所のバイパス個所は、患者により異なるが、右冠動脈(RCA)、左前下行枝(LAD)、左回旋枝(CIRC)、第一および第二対角枝(D)のうちの三箇所等である。
【0044】
例えば、図13において、図13(a)は、三か所のバイパス血管の正規化した最大血流量M1,M2につき、その値の範囲を知るため、小さい値から大きい値の順に並べたものである。この症例では最小値が0.15、最大値が0.45である。図13(b)は、対応する正規化した傾きについて、その範囲を知るため、小さい値から大きい値の順に並べたものである。最小値が0.25、最大値が2.65であった。
【0045】
このように、正規化した最大血流量が、三か所のバイパス血管で大きな差が見られず、言い換えれば正規化した最大血流量をみる限りでは、バイパス血管の血行再建に大きな差がないように評価される。しかし、正規化した傾きについては、三か所のバイパス血管で顕著な差が見られることが分かる。
【0046】
同様のことは、異なる症例を示した図14、図15、図16についても言える。特に、心臓冠動脈バイパス手術においては、バイパス血管の特性的評価は、一旦手術が完了すると胸部が閉じられてしまうので、血行再建に大きな差が評価できる正規化した傾きは、特徴量として用いるとき、きわめて有効な評価手段となる。
【0047】
したがって、心臓冠動脈のバイパス手術において、バイパス血管の血流量波形の正規化した傾きは、バイパス手術による血行再建の評価、すなわちバイパス血管診断装置にとり、有効な波形の特徴量であることが分かる。
【0048】
図17は、体循環系に等価な電気回路のモデルを示す図である。血管の特性には、血管の細さを表わす抵抗R(電気回路の抵抗に相当する)と血管の柔らかさを表わすコンプライアンスC(電気回路のキャパシタンスに相当する)とがある。上述の時定数はCRを求めていることになり、この時定数を求めることだけでも病気の診断には有効であるが、より精緻な診断をするためには、これら抵抗RとコンプライアンスCとを別々に求めることが望まれる。すなわち、時定数だけでは血管が硬く太い場合と柔らかく細い場合とを区別できないので、これらを区別することが望まれる。
【0049】
末梢血管は抵抗が大きいので、コンプライアンスを無視することができ、体循環系のモデルを図17のように表わすことができる。ここで、Raは動脈抵抗、Caは動脈コンプライアンス、Paは動脈血圧、Rpは末梢血管抵抗、Rvは静脈抵抗、Cvは静脈コンプライアンス、Pvは静脈血圧、Phは心臓血圧である。
【0050】
図18は、体循環系に等価な電気回路の簡易なモデルを示す図である。静脈は生理的な要因によってそのパラメータが変化することはほとんどなく、また、動脈抵抗Raは末梢血管抵抗Rpと比べて小さいので無視できるから、図18のように、診断のための体循環系のモデルをより簡易にすることができる。
【0051】
そして、抵抗RとコンプライアンスCとを求めるには、次の2通りの方法がある。
(第一の方法). 血圧(電圧に相当する)と血流速(電流に相当する)とを測定し、最小2乗法などを用いて抵抗R及びコンプライアンスCを同定する。最小二乗法で求める場合、離散系のモデル式は次のようになり、この式1をモデルとして、測定された多数の血圧V(k)及び血流速i(k)から末梢血管抵抗Rp及び動脈コンプライアンスCaを求めることができる。
【数1】

(1)
(第二の方法). 図2〜図4に示すように波形周期には比較的安定している期間があり、この間のコンプライアンスCは無視できるので、この間の血圧と血流速とを測定して抵抗Rを求め、また別途、上述の時定数を求め、これら時定数と抵抗RとからコンプライアンスCを求めることができる。
【0052】
したがって、第一の方法の場合は、コンピュータによる演算に適するように、図17、図18に示す体循環系のモデルを、連続系から離散(ディジタル)化した式1を用いる。具体的にはサンプリングにより測定された多数の血圧と血流速のデータを離散化データとして、モデルのパラメータ同定を最小二乗法を用いて、血管の等価定数である等価抵抗、等価コンプライアンスを求める。第二の方法の場合は、血流速が比較的安定している期間の血圧も同時に測定することで、血管の等価定数である等価抵抗、等価コンプライアンスが求められる。
【0053】
このようにして求められた、血圧と血流速の関係を規定する血管の等価定数は、その血管に固有の値であって、安静状態下でも、日常生活下でも同じである。このことを利用して、血管の等価定数がわかれば、患者のさまざまな生活環境下における血圧と血流速の関係を求めることができる。
【0054】
本発明の実施の形態である血管疾患検査装置は、血圧と血流速のデータから、血圧と血流速との関係を規定する等価定数を求める等価定数演算手段と、その等価定数を用いて、血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流速値を算出し、動的血管状態を求める動的血管状態演算手段とを設けたので、バイパス手術後の血管の動的状態を予測できる。
【0055】
すなわち、式1において、血管の等価定数である、Ts,Ca,Rpが与えられれば、適切な血圧V(k)を入力することで、その血圧下における血流速i(k)が演算できる。手術中、手術直後において患者は安静状態であり、そのときの血圧下における血流速は、術後所定日経過後の日常生活における血圧下の血流速とは異なる。したがって、手術中に、血管疾患検査装置において、リアルタイムで血管の等価定数を演算し、その結果を用いて、式(1)に仮想的な日常生活下の血圧値を入力して、術後所定日経過後の日常生活下の血流速を予測して演算できる。
【0056】
同様に、本発明のさらなる実施の形態であるバイパス血管診断装置において、血圧と血流量のデータから、血圧と血流量との関係を規定する等価定数を求める等価定数演算手段と、その等価定数を用いて、血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流量値を算出し、動的血管状態を求める動的血管状態演算手段とを設けたので、バイパス手術後のバイパス血管の動的状態を予測できる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係る血管疾患検査装置およびバイパス血管診断装置は、虚血性疾患等の血管疾患検査、その結果としてのバイパス手術後の術後診断等に利用できる。
【符号の説明】
【0058】
1 血管疾患検査装置、2 A/D変換部、3 メモリ部、4 波形解析部、5 出力部、10 血流速(又は血圧)測定装置、21 下肢、23 膝下動脈、25 足表、27 足背動脈、29 流速計、31 心臓、33 上行大動脈、35 右冠動脈、37 左前下行枝(LAD)、39 第一および第二対角枝(D)、41 左回旋枝(CIRC)、43 グラフト、45 流量計。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血圧と血流速、または血圧と血流量を測定する測定装置から出力される血圧および血流速の波形信号、または血圧と血流量の波形信号に基づいて、血圧と血流速の関係を規定する血管の等価定数、または血圧と血流量の関係を規定する血管の等価定数を演算する等価定数演算手段と、
演算された血管の等価定数を用いて、血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流速値又は血流量値を算出し、動的血管状態を求める動的血管状態演算手段と、
を備えることを特徴とする血管疾患検査装置。
【請求項2】
請求項1に記載の血管疾患検査装置において、
等価定数演算手段は、血管の等価定数として、血管の等価抵抗及び等価コンプライアンスを別々に求めることを特徴とする血管疾患検査装置。
【請求項3】
血圧と血流速、または血圧と血流量を測定する測定装置から出力される血圧および血流速の波形信号、または血圧と血流量の波形信号に基づいて、血圧と血流速の関係を規定するバイパス血管の等価定数、または血圧と血流量の関係を規定するバイパス血管の等価定数を演算する等価定数演算手段と、
演算された血管の等価定数を用いて、バイパス血管に負荷をかけた仮想血圧状態における血流速値又は血流量値を算出し、動的バイパス血管状態を求める動的バイパス血管状態演算手段と、
を備えることを特徴とするバイパス血管診断装置。
【請求項4】
請求項3に記載のバイパス血管診断装置において、
等価定数演算手段は、血管の等価定数として、バイパス血管の等価抵抗及び等価コンプライアンスを別々に求めることを特徴とするバイパス血管診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2012−5863(P2012−5863A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192394(P2011−192394)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【分割の表示】特願2001−262965(P2001−262965)の分割
【原出願日】平成13年8月31日(2001.8.31)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【出願人】(504023811)つくばテクノロジーシード株式会社 (3)
【Fターム(参考)】